説明

TIG溶接用のトーチ及び補修溶接方法

【課題】欠陥を除去する為の凹部の体積をできるだけ小さく、又凹部の形状を円筒形状とし、凹部形成の加工性の向上を図ると共に溶接体積を減少させ、溶接時の入熱量を低減して熱変形を減少させ、更に、溶融池の中心又は中心近傍にフィラーメタルの供給を可能とし、溶接性の向上を図る。
【解決手段】TIG溶接用のトーチに於いて、電極5とフィラーメタル6とが前記トーチの中心線と平行に配置され、前記電極と前記フィラーメタルとが前記トーチの中心線を中心に一体に回転可能に支持され、少なくとも前記電極は前記中心線に対して偏心した位置にあり、前記電極の下端は先端が壁面に向う様、斜めに切断された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TIG溶接用のトーチ及び溶接部に欠陥が有った場合の補修溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶接を実施した場合、X線検査、超音波検査等の非破壊検査方法により溶接部を検査し、欠陥が有った場合は、欠陥を含む周辺部を削除し、補修溶接を実施して欠陥を除去する様にしている。
【0003】
従来の補修溶接方法として、特許文献1に示されるものがあり、図4〜図6により従来の補修溶接方法を説明する。尚、特許文献1はTIG溶接法による補修溶接方法を示している。
【0004】
溶接部に欠陥が発見された場合、欠陥部を含む様に所要範囲を削除し、母材1に舟形形状の凹部2を形成する。該凹部2の大きさは、溶接機のトーチ先端部3が挿入され、該トーチ先端部3が移動できる程度となっている。又、前記凹部2の周縁迄前記母材1を溶融する様、アーク4を発生させる為の電極5は、前記トーチ先端部3の中心から偏心した位置に設けられ、フィラーメタル6は前記トーチ先端部3の中心に対して偏心して供給される様になっている。
【0005】
上記した従来の補修溶接方法では、欠陥が深い位置に有る場合、前記凹部2の体積は大きくなり、該凹部2を形成するのに加工時間が長くなり、補修時間が長くなる。又、多くのフィラーメタル6を必要とし、溶接時間が長くなると共に溶接時の熱による変形が大きくなる。
【0006】
更に、アーク4が形成される位置とフィラーメタル6の供給位置がずれており、溶融池の中心にフィラーメタル6を供給できない為、溶接性が悪い等の問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭61−253181号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は斯かる実情に鑑み、欠陥を除去する為の凹部の体積をできるだけ小さく、又凹部の形状を円筒形状とし、凹部形成の加工性の向上を図ると共に溶接体積を減少させ、溶接時の入熱量を低減して熱変形を減少させ、更に、溶融池の中心又は中心近傍にフィラーメタルの供給を可能とし、溶接性の向上を図ろうとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、TIG溶接用のトーチに於いて、電極とフィラーメタルとがトーチの中心線と平行に配置され、前記電極と前記フィラーメタルとが前記トーチの中心線を中心に一体に回転可能に支持され、少なくとも前記電極は前記中心線に対して偏心した位置にあり、前記電極の下端は先端が壁面に向う様、斜めに切断されたTIG溶接用のトーチに係るものである。
【0010】
又本発明は、前記フィラーメタルの中心は、前記電極の下端に形成される楕円の長軸に対し所定距離外れた位置となっているTIG溶接用のトーチに係るものである。
【0011】
又本発明は、前記電極と前記フィラーメタルとは円筒の電極保持体に保持され、該電極保持体に対して同心にシールドガスノズルが設けられ、該シールドガスノズルと前記電極保持体との間からシールドガスが噴出されるTIG溶接用のトーチに係るものである。
【0012】
又本発明は、前記電極と前記フィラーメタルとは円筒の電極保持体に保持され、該電極保持体の下端面は斜めに形成され、該下端面を鏡面とすると共に該下端面に対向して撮像装置が設けられ、前記下端面を介して前記撮像装置によりアークの発生を確認可能としたTIG溶接用のトーチに係るものである。
【0013】
又本発明は、前記TIG溶接用のトーチを用いた補修溶接方法に於いて、欠陥を含む様、円筒形に切除して凹部を形成し、前記電極を前記凹部に挿入し、フィラーメタルを供給しない状態でアークを発生させつつ少なくとも1回転する前処理工程を含む補修溶接方法に係るものである。
【0014】
又本発明は、前処理工程後、アークを発生させ、溶融池を形成して、該溶融池にフィラーメタルを供給して本溶接を行う工程を有する補修溶接方法に係るものである。
【0015】
又本発明は、前記溶融池が前記凹部の中心部から壁面に掛渡って形成される様、アークを発生させる補修溶接方法に係るものである。
【0016】
更に又本発明は、前記アークを回転させつつ上昇させ、前記凹部の下端から上端に至る迄、螺旋状に連続した肉盛り溶接する補修溶接方法に係るものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、TIG溶接用のトーチに於いて、電極とフィラーメタルとがトーチの中心線と平行に配置され、前記電極と前記フィラーメタルとが前記トーチの中心線を中心に一体に回転可能に支持され、少なくとも前記電極は前記中心線に対して偏心した位置にあり、前記電極の下端は先端が壁面に向う様、斜めに切断されたので、溶融池が偏心した位置に形成され、前記フィラーメタルを前記溶融池の中心、又は中心に近づけて供給でき、溶接効率が向上し、又隅部の溶接が前記トーチを傾けることなく行える。
【0018】
又本発明によれば、前記フィラーメタルの中心は、前記電極の下端に形成される楕円の長軸に対し所定距離外れた位置となっているので、アークの発生に影響を与えることなく、前記溶融池の適正な位置に前記フィラーメタルの供給が可能となる。
【0019】
又本発明によれば、前記電極と前記フィラーメタルとは円筒の電極保持体に保持され、該電極保持体に対して同心にシールドガスノズルが設けられ、該シールドガスノズルと前記電極保持体との間からシールドガスが噴出されるので、ガスシールドする範囲が少なく而も良好なガスシールドが可能となる。
【0020】
又本発明によれば、前記電極と前記フィラーメタルとは円筒の電極保持体に保持され、該電極保持体の下端面は斜めに形成され、該下端面を鏡面とすると共に該下端面に対向して撮像装置が設けられ、前記下端面を介して前記撮像装置によりアークの発生と溶接状況を確認可能としたので、アークの発生不良等や溶込み不良等の確認が可能となり、欠陥の発生を未然に防止できる。
【0021】
又本発明によれば、前記TIG溶接用のトーチを用いた補修溶接方法に於いて、欠陥を含む様、円筒形に切除して凹部を形成し、前記電極を前記凹部に挿入し、フィラーメタルを供給しない状態でアークを発生させつつ少なくとも1回転する前処理工程を含むので、前記凹部底面のエッジ部等がなくなり、欠陥の発生を防止できる。
【0022】
又本発明によれば、前処理工程後、アークを発生させ、溶融池を形成して、該溶融池にフィラーメタルを供給して本溶接を行う工程を有するので、肉盛り時の欠陥の発生を防止できる。
【0023】
又本発明によれば、前記溶融池が前記凹部の中心部から壁面に掛渡って形成される様、アークを発生させるので、アークを回転させることで、前記凹部底面の全域に亘って溶接が可能となる。
【0024】
更に又本発明によれば、前記アークを回転させつつ上昇させ、前記凹部の下端から上端に至る迄、螺旋状に連続した肉盛り溶接するので、一度の工程で穴埋め溶接が可能となり、溶接作業性が向上すると共に溶接品質が向上する等の優れた効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明が実施されるTIG溶接用のトーチ先端部の断面図である。
【図2】図1のA−A矢視図である。
【図3】本発明の他の実施例を示すTIG溶接用のトーチ先端部の説明図である。
【図4】従来例を示す断面図である。
【図5】図4のB−B矢視図である。
【図6】図4のC−C矢視図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施例を説明する。
【0027】
図1は、本発明に用いられるTIG溶接用のトーチの一例の先端部を示している。尚、図1中、図4中で示したものと同等のものには同符号を付してある。
【0028】
8は電極5を保持する円筒の電極保持体であり、前記電極5は前記電極保持体8の軸心と平行に保持されており、又前記電極保持体8の内部からフィラーメタル6が前記電極5と平行に供給される様になっている。
【0029】
前記電極5は、図2に見られる様に前記電極保持体8の中心から偏心した位置に配置されている。前記電極5の先端は斜めに切断されており、切断の方向は切断面9(楕円形状となる)の延長が前記電極5の下方で前記フィラーメタル6と交差する様になっており、前記切断面9(楕円)の長軸10は、前記電極5の中心と前記フィラーメタル6の中心とを結ぶ直線に対して平面に投影した状態で、所要角度、例えば30°傾斜している。尚、傾斜角度は30゜に限定されるものではなく、前記長軸10が前記フィラーメタル6から所定距離外れ、アーク4の発生に影響を与えない様になっていればよい。
【0030】
前記フィラーメタル6は、前記電極保持体8の中心に対して偏心し、更に前記電極5に対して所定距離離反しており、前記アーク4の中心から外れ、又前記フィラーメタル6の中心は前記アーク4によって形成される溶融池11内に位置する様に設定されている。
【0031】
前記電極保持体8は、シールドガスノズル12内に収納されており、該シールドガスノズル12と前記電極保持体8との間には円筒状の空間13が形成され、該空間13は図示しないシールドガス供給源に接続され、該空間13よりシールドガス14が噴出される様になっている。
【0032】
又、前記電極保持体8は該電極保持体8の軸心を中心として回転可能となっており、或は前記シールドガスノズル12と前記電極保持体8とが一体に、該電極保持体8の軸心を中心として回転可能となっている。尚、前記電極5と前記フィラーメタル6とが一体に回転できれば、特に構造は限定されない。
【0033】
以下、作用について説明する。
【0034】
溶接部を非破壊検査し、溶接部内部に欠陥があるかどうかが検査され、欠陥が有る場合は、前記欠陥を除去する様に、欠陥部を含む円柱状の凹部2をドリルやエンドミル等により穿設する。該凹部2の直径は、前記電極5、前記フィラーメタル6が挿入され、回転可能な空間となっていればよい。
【0035】
前記シールドガスノズル12からシールドガス14を噴出し、前記凹部2内部及びその周辺をシールドガス14雰囲気とする。該シールドガス14は前記シールドガスノズル12と前記電極保持体8との間から噴出されるので、ガスシールドする範囲が少なくても良好なガスシールドが可能となる。
【0036】
シールドガス14を噴出した状態で、前記電極5に通電して前記母材1と前記電極5間にアーク4を発生させる。該アーク4は前記電極5の下端と前記母材1間で最も距離の短い(抵抗の少ない)方向、即ち前記電極5の下端と前記凹部2の底面間に発生する。更に、前記電極5の先端は斜めに切断され、結果的に先端が前記凹部2の壁面側に偏心した状態となっており、前記アーク4は前記フィラーメタル6の先端を含む様に壁面側に偏心して発生する。
【0037】
本溶接の前処理として、前記アーク4を発生した状態で、前記フィラーメタル6を供給しない状態で、前記電極保持体8を1回転し、前記凹部2の底面を全面に亘って溶融する。前処理として、前記アーク4を発生させた状態で複数回、回転させてもよい。
【0038】
前記凹部2の底面を溶融させることで、ドリル加工した場合に形成される、前記凹部2底面中央の円錐状の窪み、底面周縁のエッジ部が滑らかになる。
【0039】
次に、本溶接として、アーク4を発生させ、前記母材1を溶かして前記溶融池11を形成し、前記フィラーメタル6が前記溶融池11に挿入される様に供給される。前記フィラーメタル6は、先端部から溶融し、前記凹部2の内部に肉盛りされていく。更に、前記電極保持体8を回転することで、前記凹部2の底面全域を肉盛り溶接することができる。
【0040】
又、形成される前記溶融池11の形状及び大きさを、前記凹部2の中心部から壁面に掛渡る形状とすることで、前記電極保持体8を1回転することで前記凹部2の底面全域に亘って肉盛りが可能となる。
【0041】
従って、前記電極保持体8を回転しながら、トーチ先端部3を上方に移動させることで、前記凹部2の底面から上端に亘り、螺旋状に連続した肉盛り溶接することができ、前記凹部2全体の穴埋め溶接を行える。又、前記前処理を実行することで、エッジ部が解消されるので、本溶接で肉盛りした際の欠陥の発生を防止できる。
【0042】
尚、前記アーク4は前記凹部2の内部で発生しており、前記シールドガスノズル12を供給することで、前記シールドガス14が前記凹部2を充満し、良好なシールド状態が実現される。
【0043】
又、前記アーク4は前記フィラーメタル6側に偏って発生するので、前記フィラーメタル6の下方に前記溶融池11が形成され、前記フィラーメタル6が前記溶融池11の中心近くに挿入され、前記フィラーメタル6は効率よく溶融し、溶接性が向上する。
【0044】
本発明によれば、欠陥部分のみを含む縦穴の凹部を形成すればよく、切削は容易であり、又凹部の体積は小さく、溶着金属量が少なく、又入熱量が少ないので、溶接変形を抑制できると共に溶接時間を短縮でき、作業効率が向上する。
【0045】
本発明では、アーク4は前記凹部2の内部に発生するので、外部からアーク4を観察することはできない。
【0046】
図3は凹部2の内部で発生しているアーク4の状態を観察可能とした他の実施例を示している。
【0047】
電極保持体8の下端を斜めに切断し、好ましくは45°に切断し、下端面を鏡面仕上げ、或はアルミ、クロームメッキして鏡面15とする。該鏡面15に対向し水平な光軸を有するCCDカメラ等の撮像装置16を配設する。又、図中、17は該撮像装置16で得られた画像を表示する表示装置である。
【0048】
前記アーク4の状態は、前記鏡面15を介して前記撮像装置16によって撮像され、更に前記表示装置17に表示される。又、該表示装置17に表示される画像は、前記アーク4の直上からの像であり、前記凹部2が小径で、深い場合も、確実に前記アーク4の状態を確認することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 母材
2 凹部
3 トーチ先端部
4 アーク
5 電極
6 フィラーメタル
8 電極保持体
9 切断面
10 長軸
11 溶融池
12 シールドガスノズル
13 空間
14 シールドガス
15 鏡面
16 撮像装置
17 表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TIG溶接用のトーチに於いて、電極とフィラーメタルとがトーチの中心線と平行に配置され、前記電極と前記フィラーメタルとが前記トーチの中心線を中心に一体に回転可能に支持され、少なくとも前記電極は前記中心線に対して偏心した位置にあり、前記電極の下端は先端が壁面に向う様、斜めに切断されたことを特徴とするTIG溶接用のトーチ。
【請求項2】
前記フィラーメタルの中心は、前記電極の下端に形成される楕円の長軸に対し所定距離外れた位置となっている請求項1のTIG溶接用のトーチ。
【請求項3】
前記電極と前記フィラーメタルとは円筒の電極保持体に保持され、該電極保持体に対して同心にシールドガスノズルが設けられ、該シールドガスノズルと前記電極保持体との間からシールドガスが噴出される請求項1のTIG溶接用のトーチ。
【請求項4】
前記電極と前記フィラーメタルとは円筒の電極保持体に保持され、該電極保持体の下端面は斜めに形成され、該下端面を鏡面とすると共に該下端面に対向して撮像装置が設けられ、前記下端面を介して前記撮像装置によりアークの発生を確認可能とした請求項1のTIG溶接用のトーチ。
【請求項5】
請求項1に係るTIG溶接用のトーチを用いた補修溶接方法に於いて、欠陥を含む様、円筒形に切除して凹部を形成し、前記電極を前記凹部に挿入し、フィラーメタルを供給しない状態でアークを発生させつつ少なくとも1回転する前処理工程を含むことを特徴とする補修溶接方法。
【請求項6】
前処理工程後、アークを発生させ、溶融池を形成して、該溶融池にフィラーメタルを供給して本溶接を行う工程を有する請求項5の補修溶接方法。
【請求項7】
前記溶融池が前記凹部の中心部から壁面に掛渡って形成される様、アークを発生させる請求項5又は請求項6の補修溶接方法。
【請求項8】
前記アークを回転させつつ上昇させ、前記凹部の下端から上端に至る迄、螺旋状に連続した肉盛り溶接する請求項7の補修溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−5511(P2011−5511A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150035(P2009−150035)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】