説明

X線応力測定装置

【課題】測定対象物へのX線の照射密度を高めた場合にも、バックグラウンドとなる蛍光X線に影響されることなく回折X線のピークを正確に判別することができるX線応力測定装置を提供する。
【解決手段】金属試料表面にX線を照射するX線照射手段と、金属試料表面から発せられる回折X線を検出するX線検出手段と、回折X線の波長変化から金属の応力を演算する演算手段とを備えたX線応力測定装置において、X線検出手段と金属試料表面との間にTiフィルタとCl化合物フィルタとを備えたことを特徴とする。なおTiとCl化合物とを含有するフィルタを用いてもよい。TiフィルタはFeの蛍光X線を低減させ、Cl化合物フィルタはTiの蛍光X線を低減させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線を金属体の表面に照射し、回折する連続X線の波長の変化によって金属体に作用している応力値を定量的に測定することができるX線応力測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼材その他の金属に引張応力または圧縮応力が作用した場合には、金属の原子間隔に変化が生ずるため、その表面にX線を照射すると回折する連続X線の波長が応力に応じて変化する。この原理を利用したX線応力測定装置は、例えば特許文献1に示されるように従来から知られている。しかし従来のX線応力測定装置は大重量の大型の装置であるために、実験室等に設置して用いるのが常である。
【0003】
このため測定対象物をX線応力測定装置の設置場所まで持ち込む必要があり、例えば橋梁のような大型構造物に現実に作用している応力を測定することは不可能であった。
【0004】
そこで本発明者は、小型で持ち運びが可能なX線応力測定装置を開発中である。このためには測定対象物へのX線の照射密度を従来よりも高めるとともに、金属試料表面から発せられた回折X線の検出精度を向上させることが必要となる。しかし測定対象物へのX線の照射密度を高めると金属試料表面からの蛍光X線の強度も高まり、回折X線の検出が困難となるという問題があった。特に金属が鋼材である場合にはFeの蛍光X線が非常に大きいために回折X線がバックグラウンドとしての蛍光X線に埋没し、回折X線のピークが判別不能となるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−333409号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、測定対象物へのX線の照射密度を高めた場合にも、バックグラウンドとなる金属試料表面からの蛍光X線に影響されることなく回折X線のピークを正確に判別することができるX線応力測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためになされた請求項1の発明は、金属試料表面にX線を照射するX線照射手段と、金属試料表面から発せられる回折X線を検出するX線検出手段と、回折X線の波長変化から金属の応力を演算する演算手段とを備えたX線応力測定装置において、X線検出手段と金属試料表面との間にTiフィルタとCl化合物フィルタとを備えたことを特徴とするものである。
【0008】
また上記の課題を解決するためになされた請求項2の発明は、金属試料表面にX線を照射するX線照射手段と、金属試料表面から発せられる回折X線を検出するX線検出手段と、回折X線の波長変化から金属の応力を演算する演算手段とを備えたX線応力測定装置において、X線検出手段がTiとCl化合物とを含有するフィルタを備えたことを特徴とするものである。
【0009】
なお、何れの発明においてもCl化合物がCl含有樹脂であることが好ましく、またCl含有樹脂が塩化ビニル樹脂であることが好ましい。さらに請求項1の発明においては、Cl化合物フィルタをTiフィルタの後方に配置することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明のX線応力測定装置においては、金属試料表面から発せられる回折X線を検出するX線検出手段は、TiフィルタとCl化合物フィルタまたはTiとCl化合物とを含有するフィルタを備える。Tiフィルタ(Tiを含有するフィルタも同じ)は蛍光X線の遮蔽効果を有し、特にFeの蛍光X線の遮蔽効果に優れるので、蛍光X線によるバックグラウンドが低減される。しかしこのTiからも新たに蛍光X線が発生するため、Tiフィルタを用いただけではTiによる蛍光X線がバックグラウンドとなり、回折X線のピーク判別は容易ではない。
【0011】
そこで本発明ではCl化合物フィルタ(Cl化合物を含有するフィルタ)を併用することによりTiによる蛍光X線を弱め、回折X線のピークを明確に識別可能とした。この結果、本発明のX線応力測定装置は、測定対象物へのX線の照射密度を高めた場合にも、バックグラウンドとなる蛍光X線に影響されることなく回折X線のピークを正確に判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態を示す説明図である。
【図2】計測ターゲットとなるX線スペクトルAを示すグラフである。
【図3】Tiフィルタのない場合のX線スペクトル図である。
【図4】Tiフィルタを用いた場合のX線スペクトル図である。
【図5】TiフィルタとCl化合物フィルタとを使用した場合のX線スペクトル図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の好ましい実施形態を詳細に説明する。
図1において、1はX線照射手段、2はX線検出手段、3は演算手段である。また4は測定対象物である金属体、5はX線集光レンズ、6はスリットである。
【0014】
X線照射手段1はX線発生源7と照射用プリズム8を備え、照射されたX線はX線集光レンズ5により集光され平行X線となって測定対象物である金属体4の表面に照射される。X線集光レンズ5は金属体4への照射密度を高めるためのものであり、例えばキャピラリチューブを用いることができる。金属体4の種類は特に限定されるものではないが、この実施形態では応力が作用している鋼材である。図1では金属体4を模式的に示したが、橋梁のような構造物を測定対象物とすることもできる。X線を照射すると金属体4の表面から原子間隔に応じた回折X線が発生するので、これをスリット6を通すことにより目的角度以外のX線を遮断したうえ、X線検出手段2により受光する。
【0015】
前記したように、金属体4に応力が作用している場合には金属の原子間隔に変化が生ずるため、回折する連続X線の波長がプラス側あるいはマイナス側に変化する。この波長変化をエネルギ変化で表わし、X線の強度スペクトルとして読み取り、演算手段3が応力値として出力する。以上の構成及び検出原理は従来技術と特に変わりはない。なお、図2は計測ターゲットとなるX線スペクトルAを示すグラフである。
【0016】
しかし本発明においては、X線検出手段2と金属試料表面との間にフィルタ9を備える。このフィルタ9は請求項1の発明ではTiフィルタとCl化合物フィルタとを重ねたものであるが、請求項2の発明のようにTiとCl化合物とを含有する1枚のフィルタとすることもできる。なお2枚のフィルタとした場合には、Cl化合物フィルタを後側に配置するものとする。
【0017】
Tiフィルタは蛍光X線の遮蔽効果を有し、特にFeの蛍光X線の遮蔽効果に優れる。このため、金属体4が鋼材である場合にもFe原子からの蛍光X線を遮蔽し、バックグラウンドとなる蛍光X線Bを抑制することができる。
【0018】
図3と図4はこの様子を示すX線スペクトル図であり、図3はTiフィルタのない場合を示している。図3に示されるように、この場合にはFeの蛍光X線によるバックグラウンドBが非常に大きく、計測ターゲットとなる回折X線のピークAを判別することが困難である。これに対してTiフィルタを用いれば、図4に示すようにFeの蛍光X線によるバックグラウンドBは低減され、図3よりは回折X線のピークAを判別し易くなる。しかしTiフィルタを設けると、Feの蛍光X線が低減できる反面、Ti原子がX線を受けることによって発生するTiの蛍光X線Cが強く現れる。このため、Tiの蛍光X線Cが計測ターゲットとなる回折X線のピークAを精度よく判別する妨げとなる。
【0019】
そこで本発明ではCl化合物フィルタを用い、Tiの蛍光X線Cをさらに遮蔽する。この結果、図5に示すようにTiの蛍光X線Cの強度が低下し、相対的に計測ターゲットとなる回折X線のピークAが判別し易くなる。このため測定対象物へのX線の照射密度を高めた場合にも、バックグラウンドとなる蛍光X線Bに影響されることなく回折X線のピークAを正確に判別することが可能となる。なおCl化合物フィルタは有機物であるため、エックス線を受けても新たに蛍光X線が発生することはない。
【0020】
なお、Cl化合物としてはCl含有樹脂を用いることができ、実用的には安価で耐久性に優れる塩化ビニル樹脂を用いることが好ましい。しかしCl含有樹脂であれば塩化ビニル樹脂に限定されず、塩化ビニリデン樹脂、塩素化ポリエチレン等を使用することもできる。またCl含有樹脂からなるフィルム上にTi層を蒸着等の手法により形成すれば、TiとCl化合物とを含有する1枚のフィルタを得ることができる。
【0021】
Tiフィルタの厚みは本実施形態では60μmとしたが、測定対象物の結晶状態によって蛍光X線の発生状況が変化するため、Ti層の最適厚みは変動する。しかし実用的には、6〜600μmの範囲内である。Tiフィルタの厚みが6μm未満であるとFeの蛍光X線によるバックグラウンドの低減効果が不十分であり、逆に600μmを超えると回折X線の強度も低下してしまうため、好ましくない。
【0022】
一方、Cl化合物フィルタはX線がTiフィルタを通過することにより発生するTiの蛍光X線量を低減させるためのものであるから、Tiフィルタの厚みに応じて最適厚みが決定される。Tiの蛍光X線量を1/10に低減させることを目安とすると、Tiフィルタの厚みが60μmである場合には、Cl化合物フィルタ(塩化ビニル樹脂フィルム)の厚みは75μmである。しかしTiフィルタの厚みが30μm以下であるような場合にはTiの蛍光X線量も減少するので、Cl化合物フィルタを省略できる場合もある。
【0023】
以上に説明したように、本発明のX線応力測定装置によれば、測定対象物へのX線の照射密度を高めた場合にも、バックグラウンドとなる蛍光X線に影響されることなく回折X線のピークを正確に判別することができる。
【符号の説明】
【0024】
1 X線照射手段
2 X線検出手段
3 演算手段
4 測定対象物である金属体
5 X線集光レンズ
6 スリット
7 X線発生源
8 照射用プリズム
9 フィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料表面にX線を照射するX線照射手段と、金属試料表面から発せられる回折X線を検出するX線検出手段と、回折X線の波長変化から金属の応力を演算する演算手段とを備えたX線応力測定装置において、
X線検出手段と金属試料表面との間にTiフィルタとCl化合物フィルタとを備えたことを特徴とするX線応力測定装置。
【請求項2】
金属試料表面にX線を照射するX線照射手段と、金属試料表面から発せられる回折X線を検出するX線検出手段と、回折X線の波長変化から金属の応力を演算する演算手段とを備えたX線応力測定装置において、
X線検出手段がTiとCl化合物とを含有するフィルタを備えたことを特徴とするX線応力測定装置。
【請求項3】
Cl化合物がCl含有樹脂であることを特徴とする請求項1または2記載のX線応力測定装置。
【請求項4】
Cl含有樹脂が塩化ビニル樹脂であることを特徴とする請求項3記載のX線応力測定装置。
【請求項5】
Cl化合物フィルタをTiフィルタの後方に配置したことを特徴とする請求項1記載のX線応力測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−13423(P2012−13423A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147324(P2010−147324)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】