説明

Zn含有複合酸化物膜の成膜方法

【課題】Zn含有複合酸化物膜の成膜方法において、Zn抜け問題を解決して、所望の組成比を有する良質のZn含有複合酸化物膜の成膜を可能とする。
【解決手段】 プラズマを用いるスパッタ法により、ターゲットホルダ上のターゲットの構成材料を、ターゲットと離隔した位置にある成膜基板に成膜するZn含有複合酸化物膜の成膜方法において、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下となるように制御して膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタ法によるZn含有複合酸化物膜の成膜方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機ELディスプレイ等の各種ディスプレイや薄膜太陽電池、あるいは紫外線遮断特性、赤外線反射特性に優れたコーティング材料として、可視光透過率が高く、低抵抗な特性を有する透明導電膜が欠かせない。現在最も広く利用されている透明導電膜としては、金属酸化物膜が主であり、高い化学的安定性を有する酸化錫(SnO2)系、優れた電気的・光学的特性を誇る錫添加酸化インジウム(SnO2−In2O3、いわゆるITO)、最近ではITOに匹敵する優れた電気的・光学的特性を有し、かつ低コストで資源的にも豊富な酸化亜鉛(ZnO)系等の透明導電膜が知られている。
【0003】
透明導電膜の成膜法としては、スパッタ法、スプレー法、常圧または減圧CVD法、蒸着法、電着法等種々の方法が知られている。中でもスパッタ法は、高真空中でプラズマ放電により生成される高エネルギーのプラズマイオンをターゲットに衝突させて、これにより放出させたターゲットの構成原子或いは粒子(以下、スパッタ粒子という。)を成膜基板の表面に堆積させることにより成膜する方法であり、密着性の高い成膜が可能、膜厚が成膜時間だけで高精度に制御可能、高融点原料でも成膜が可能、ターゲット原料の組成比を変えずに成膜が可能といった利点を有し、広く使用されている。
【0004】
しかしながら、上記の様な金属酸化物膜からなる透明導電膜を成膜する場合には、組成の制御が非常に難しいため、良質な透明導電膜を成膜する方法が望まれている。例えば、特許文献1および2では、透明導電膜の酸素欠損量を上手く制御することにより、良好な導電性、透明性、平滑性を有する透明導電膜が得られることが記載されている。
【特許文献1】特開2006−249554号公報
【特許文献2】特開2006−342371号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ZnO系透明導電膜のようなZn含有複合酸化物膜をスパッタ法により成膜する場合には、成膜された膜の組成比のうち蒸気圧が高くスパッタされやすいZnの割合が、ターゲット原料の組成比よりも低下してしまう(いわゆる、Zn抜け)という特有の問題がある。この現象は成膜基板の温度が高い場合には顕著に現れる。
【0006】
これは、異なる成膜基板の温度で成膜した場合に、Zn含有複合酸化物膜の構造をばらつかせるだけでなく、膜質の低下をもたらす要因となる。
【0007】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、上記のようなZn抜けを抑制し、所望の組成比を有し良質なZn含有複合酸化物膜を成膜することが可能なZn含有複合酸化物膜の成膜方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
プラズマを用いる気相成長スパッタ法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、基板温度、基板の種類(基板の構造や表面エネルギー等が影響)、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電力、基板/ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度及び電子密度、プラズマ中の活性種密度及び活性種の寿命等が考えられる。本発明者は多々ある成膜ファクターの中で、成膜される膜の特性は、基板温度、およびプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)の2つのファクターに大きく依存することを見出し、これらのファクターを好適化することにより、良質な膜を成膜できることに注目し、本発明に至った。
【0009】
つまり、本発明のZn含有複合酸化物膜の成膜方法は、
プラズマを用いるスパッタ法により、ターゲットホルダ上のターゲットの構成材料を、ターゲットと離隔した位置にある成膜基板に成膜するZn含有複合酸化物膜の成膜方法において、
成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下となるように制御して膜を形成することを特徴とするものである。
【0010】
また、成膜時のプラズマ中の「プラズマ電位Vs」および「フローティング電位Vf」とは、ラングミュアプローブを用い、シングルプローブ法により測定されたものを意味するものとする。フローティング電位Vfの測定は、プローブに成膜中の膜等が付着して誤差を含まないように、プローブの先端を成膜基板近傍(基板から約10mm)に配し、できる限り短時間で行うものとする。プラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの電位差Vs−Vf(V)は、そのまま電子温度(eV)に相互に変換することができる。電子温度1eV=11600K(Kは絶対温度)に相当する。
【0011】
さらに、本発明によるZn含有複合酸化物膜の成膜方法において、ターゲットと略同一組成の膜を成膜することが好ましく、電位差Vs−Vfの制御は、成膜ガスの通過のための間隙を空けて積層され、かつ数の変更が可能な複数のシールド層からなるシールドによって、ターゲットホルダの成膜基板側の外周を取囲み、複数のシールド層の数を変更することにより行うことが好ましい。
【0012】
ここで、「略同一組成」とは、最もスパッタされにくいZn以外の金属元素に対するZnの成膜された膜中の組成比と、ターゲット中のこの組成比との差が、3%以内であることを意味する。
【0013】
そして、電位差Vs−Vfは30V以下に制御することが好ましく、この場合20V以下に制御することがより好ましい。
【0014】
また、Zn含有複合酸化物膜を成膜する際の成膜基板の基板温度は、100℃以上500℃以下であっても適用することが可能である。
【0015】
さらに、Zn含有複合酸化物膜は、In及び/又はGaを含むものであることが好ましく、透明導電膜であることがより好ましい。
【0016】
ここで、「基板温度」とは、成膜基板の中心の表面温度を意味するものとする。
【0017】
また、「透明導電膜」とは、表面反射率を抜いた光の透過率が70%以上で、かつ抵抗率が1Ω・cm以下の膜を意味するものとする。
【0018】
特開2004−197178号公報には、スパッタリング法にて、プラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの電位差を0V超20V以下に制御して透明導電膜をプラスチックフィルム上に成膜する透明導電性フィルムの製造方法が開示されており、透明導電膜としてZn含有複合酸化物膜が挙げられている。従って、Vs−Vf値を制御してZn複合酸化物膜を成膜することは公知である。
【0019】
しかしながら、特開2004−197178では、一般的な透明導電膜の耐摩耗性を向上させることを目的としており、耐摩耗性を向上させるために結晶成長を阻害しないVs−Vf値を見いだしたものである。これに対し、本発明では、成膜された膜のZn抜けを抑制して、所望の組成のZn含有複合酸化物膜を再現性よく成膜することを可能としたものである。特開2004−197178では、Zn含有複合酸化物膜以外の透明導電膜を対象としているため、Zn含有複合酸化物膜特有のZn抜けの抑制については課題として存在し得ないものであり、記載も示唆も一切ない。従って、本発明のZn含有複合酸化物膜の製造方法は、特開2004−197178号公報から容易に発明し得たものではない。
【発明の効果】
【0020】
本発明のZn含有複合酸化物膜の成膜方法では、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下に制御している。これにより、プラズマイオンおよびスパッタ粒子の運動エネルギーを制御することができ、蒸気圧が高くスパッタされやすいZnの逆スパッタを抑制することができる。この結果、Zn抜けを抑えて所望の組成比を有し良質なZn含有複合酸化物膜を成膜することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明するが、本発明はこれに限られるものではない。
【0022】
「Zn含有複合酸化物膜の成膜方法」
本発明のZn含有複合酸化物膜の成膜方法は、プラズマを用いるスパッタ法により、ターゲットホルダ上のターゲットの構成材料を、ターゲットと離隔した位置にある成膜基板に成膜するZn含有複合酸化物膜の成膜方法において、
成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下に制御して膜を形成することを特徴とするものである。
【0023】
「背景技術」の項目において、Zn含有複合酸化物膜をスパッタ法により成膜する場合には、成膜された膜の組成比のうちZnの割合が、ターゲットの組成比よりも低下する、いわゆるZn抜けを生じ易いことを述べた。これは、蒸気圧が高くスパッタされやすいZnが、成膜された膜表面においてスパッタされること(逆スパッタ)によるものである。成膜された膜表面においてZnが抜けることにより、膜組成及び膜表面状態が変化するため、良質な膜を得ることが難しくなり、従って良好な膜特性を得ることが難しくなる。本発明では、Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下に制御することにより、Zn抜けを抑制してZn含有複合酸化物膜を成膜する。
【0024】
スパッタ法により成膜する場合、逆スパッタの閾値は物質によって異なるが、概ね15V〜30V程度である。Zn含有複合酸化物膜が逆スパッタされる電位差Vs−Vf(V)を考慮すると、Vs−Vfは30V以下であることが好ましく、20V以下であることがより好ましい。Vs−Vf値を20V以下とした場合は、Zn抜けがほとんどない、ターゲットと略同一組成の膜を得ることができる。
【0025】
また、本発明の成膜方法において、基板温度は特に制限されず、Znがより抜けやすい高温での成膜においてもZn抜けを効果的に抑制することができる。例えば、基板温度が100℃以上500℃以下の高温成膜にも適用することができる。デバイスとしての製造プロセスを考慮した場合、基板温度は他の膜を成膜するときの成膜温度(成膜炉内の温度、基板温度等)と近い方が好ましいとされている。そのため、例えば300℃程度の高温成膜が必要な膜を同時に備えるデバイスにZn複合酸化物膜を成膜する場合にも、Zn抜けを抑制して成膜することが可能である。
【0026】
本発明の成膜方法は、Zn含有複合酸化物膜において、成膜時のZn抜けを抑制して良質な膜を成膜するものであるので、Znを含む複合酸化物からなる全ての膜(不可避不純物を含んでもよい)に適用可能である。例えば、Zn含有複合酸化物膜としては、下記一般式で表されるZnInやInGaZnO(IGZO)等のホモロガス化合物等が挙げられる。
一般式: ZnIn(x+3y/2+3z/2−d)
(式中、M はIn,Fe,Ga,Alからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、x,y,zは0超の実数、dは酸素欠損量であり0≦d≦(x+3y/2+3z/2)/10を満たすものである。)
【0027】
また、Zn含有複合酸化物膜は、透明導電膜であることが好ましく、これにより透明薄膜トランジスタ等の透明電子デバイスへの応用が可能となる。
【0028】
本発明において、上記の成膜条件となるようにプラズマ空間電位を調整できればスパッタリング装置は特に制限されないが、本出願人が先に出願している特願2006-263981号(本件出願時において未公開)に記載のスパッタ成膜装置を用いることにより、簡易な方法でプラズマ空間電位を調整することができる。このスパッタ成膜装置は、ターゲットを保持するターゲットホルダの成膜基板側の外周を取囲むシールドを備え、シールドの存在によって、プラズマ空間の電位状態を調整するものである。
【0029】
以下に、特願2006-263981号に記載の成膜装置を用いる場合を例に本発明によるZn含有複合酸化物膜の成膜方法の実施形態について説明する。
図1Aは、本実施形態のZn含有複合酸化物膜の成膜方法に用いるスパッタ成膜装置の概略断面図であり、図1Bは成膜中の様子を模式的に示す図である。
【0030】
図1Aに示すように、スパッタ成膜装置200は、成膜基板Bを保持すると共に成膜基板Bを所定温度に加熱することができる静電チャック等の基板ホルダ11と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)12とが内部に備えられた真空容器210から概略構成されている。なお、このプラズマ電極12は、ターゲットTを保持するターゲットホルダに相当する。
【0031】
基板ホルダ11とプラズマ電極12とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極12上に成膜する膜の組成に応じた組成のターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極12は高周波電源13に接続されている。なお、プラズマ電極12と高周波電源13をプラズマ生成部という。本実施形態におけるスパッタ成膜装置には、ターゲットTの成膜基板B側の外周を取囲むシールド250が備えられている。なお、この構成は、ターゲットTを保持するプラズマ電極12すなわちターゲットホルダの成膜基板側の外周を取囲むシールド250が備えられているということもできる。
【0032】
本実施形態において、成膜基板Bは特に制限されず、Si基板、ガラス基板、各種フレキシブル基板等、用途に応じて選択すればよい。フレキシブル基板の場合は、成膜温度を基板の耐熱温度以下とする必要がある。例えばフレキシブル基板として、ポリビニルアルコール系樹脂、ポリカーボネート誘導体(帝人(株):WRF)、セルロース誘導体(セルローストリアセテート、セルロースジアセテート)、ポリオレフィン系樹脂(日本ゼオン(株):ゼオノア、ゼオネックス)、ポリサルホン系樹脂(ポリエーテルサルホン)ノルボルネン系樹脂(JSR(株): アートン)、ポリエステル系樹脂(PET、PEN)、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアリレート系樹、ポリエーテルケトン等を挙げることができる。
【0033】
ターゲットTは、成膜するZn含有複合酸化物膜の全ての構成元素を含むものであれば特に制限されず、複合酸化物を構成するそれぞれの酸化物を混合して焼成したターゲット等を用いればよい。例えば、IGZOを成膜する場合は、ZnO、Ga、Inの粉末を混合し、1250℃で焼成したもの等を用いることができる。
【0034】
真空容器210には、真空容器210内に成膜に必要な成膜ガスGを導入するガス導入管214と、真空容器210内の成膜ガスGの排気Vを行うガス排出管15とが取り付けられている。また、成膜ガスGを導入するガス導入口214は、ガス排出管15と反対側に、シールド250と同じ位の高さに設けられている。
【0035】
成膜ガスGとしては、Ar、又はAr/O混合ガス等が使用される。図1Bに模式的に示すように、プラズマ電極12の放電により真空容器210内に導入された成膜ガスGがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成する。生成したプラスイオンIpはターゲットTをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲットTの構成原子或いは粒子(スパッタ粒子)Tpは、ターゲットから放出され中性あるいはイオン化された状態で成膜基板Bに蒸着される。図中、符号Pがプラズマ空間を示している。
【0036】
プラズマ空間Pの電位は、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)となる。通常、成膜基板Bは絶縁体であり、かつ、電気的にアースから絶縁されている。したがって、成膜基板Bはフローティング状態にあり、その電位はフローティング電位Vf(V)となる。このプラズマ空間Pの電位と成膜基板Bの電位との電位差Vs−Vf(V)の加速電圧により、ターゲットTと成膜基板Bとの間にあるスパッタ粒子Tpは、運動エネルギーを得て成膜中の成膜基板Bに衝突し、Zn含有複合酸化物膜として堆積する。下記式に示すように、一般に運動エネルギーEは温度Tの関数で表されるので、成膜基板Bに対して、Vs−Vfは温度と同様の効果を持つと考えられる。
E=1/2mv=3/2kT
(式中、mは質量、vは速度、kは定数、Tは絶対温度である。)
さらにVs−Vfは、温度と同様の効果以外にも、表面マイグレーションの促進効果、弱結合部分のエッチング効果などの効果を持つと考えられる。
【0037】
プラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vfは、ラングミュアプローブを用いて測定することができる。プラズマP中にラングミュアプローブの先端を挿入し、プローブに印加する電圧を変化させると、例えば図3に示すような電流電圧特性が得られる(小沼光晴著、「プラズマと成膜の基礎」p.90、日刊工業新聞社発行)。この図で電流値が0となるプローブ電位がフローティング電位Vfである。この状態は、プローブ表面へのイオン電流と電子電流の流入量が等しくなる点である。絶縁状態にある金属の表面や成膜基板B表面はこの電位になっている。プローブ電圧をフローティング電位Vfより高くしていくと、イオン電流は次第に減少し、プローブに到達するのは電子電流だけとなる。この境界の電圧がプラズマ電位Vsである。
【0038】
図1Aの真空容器210は、さらにターゲットTの成膜基板B側の外周を取囲むシールド250が配置されている。
【0039】
このシールド250は、真空容器210の底面210aに、プラズマ電極12を囲むように立設されたアースシールドすなわち接地部材202上に、ターゲットTの成膜基板B側の外周を取り囲むように配置されている。これにより、シールド250は接地部材202に導通されてアースされ、接地電位が形成される。
【0040】
接地部材202は、プラズマ電極12から側方或いは下方に向けて真空容器210に放電しないようにするためのものである。
【0041】
シールド250は、一例として図1Aおよび図2に示すような複数の円環状金属板すなわちリング(シールド層)250aから構成されている。これらのリング250aは、図示する例では4枚使用されており、各リング250aの間に導電性のスペーサ250bが配置されている(図2)。
【0042】
リング250aは、単にスペーサ250bを介して、シールド層として積み重ねているので、リング250aを取り外して枚数を変更することができる。また、シールド250の最下端のリング250aは、ターゲットTの外周から離隔しているが、このターゲットTとシールド250との間の離隔した直線距離は、ゼロであると、放電が生じなくなり、遠すぎるとシールドの効果が少なくなるため、効率よく効果を得るためには1mmから30mm程度離隔していることが望ましい。
【0043】
スペーサ250bは、リング250aの円周方向に間隔をおいて複数個配置され、スペーサ250b同士の間に成膜ガスGが流れ易くなるように間隙204を形成している。スペーサ250bは、この観点から接地部材202とその直上に載置されるリング250aとの間にも配置されることが望ましい。
【0044】
リング250aおよびスペーサ250bの材質は、特に制限なくSUS(ステンレス)等が好ましい。
【0045】
シールド250の外周側に、複数のリング250aを電気的に導通させる導通部材を取り付ける構成としてもよい。シールド250のリング250a同士は、導電性のスペーサ250bにより導通されており、それだけでもアースを取ることができるが、外周側に別途導通部材を取り付けることで、複数のリング250aのアースを取りやすくなる。
【0046】
なお、上記のシールド250は、スペーサ250bにより間隙204を形成するように、上下方向に配置された複数のリング250aにより構成されているが、これは以下のような2つの利点がある。
【0047】
1つはシールド250のシールド機能を長時間維持することができる点である。
【0048】
ターゲットTから放出されたスパッタ粒子Tpは、成膜基板Bに付着するとともに、ターゲットTの周囲にあるシールド250のリング250aにも付着する。最も付着する量が多いのは、リング250aのターゲットTに面した内周のエッジ251とその近傍である。この状態を図2に示してある。図2に示すように、リング250aの内周のエッジ251と、その近傍のリング250aの上面および下面にはスパッタ粒子Tpが付着して膜253が形成される。この膜253が、各リング250aの全面に形成されると、シールド250の接地電位としての機能が損なわれるので、シールド250はできるだけ膜253が付着しにくいように構成することが好ましい。
【0049】
そこで、シールド250に間隙204を形成することにより、スパッタ粒子Tpが、シールド250全体に付着して、その電位状態が変わることが防止される。従って、シールド250は、繰り返し成膜を行っても安定的に機能し、プラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの電位差Vs-Vfが安定して維持される。
【0050】
特に、シールド層である各リング250aの幅(すなわち、リング250aの外径から内径を引いた長さであり、これが積層方向と直交するシールド250の壁材の厚さとなる。)Lと、シールド層間の距離(すなわち、積層方向に互いに隣接するリング250a間の距離)Sが、L>Sの関係にあることが好ましい。これにより、リング250a間の距離Sに対して厚みLを所定の範囲内に広がり、膜253がリング250a全体に付着しにくいようにする効果がある。すなわち、リング250aの奥行きを広くすることにより、スパッタ粒子Tpが間隙204の外周側まで進入しにくくなり、シールド250が短期間で機能しなくなるということを防止できる。
【0051】
そしてもう1つは、間隙204が成膜ガスGの通路としての役割を果たす点である。これにより、成膜ガスGがシールド250の間隙204を通過してターゲットT近傍のプラズマ空間P内に到達しやすくなる。したがって、ターゲットT近傍でプラズマ化されたガスイオンがターゲットTに容易に到達でき、スパッタ粒子Tpを効果的に放出させることができる。その結果、所望の特性を有する良質な膜を安定的に成膜することができる。
【0052】
上記のスパッタ成膜装置200を用いる場合、本発明のZn含有複合酸化物膜の成膜方法は、真空容器210の内部を真空排気した後成膜ガスGを導入し、真空容器210の内部に高周波電力を供給してプラズマを発生させ、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下となるように制御しながら、プラズマによってイオン化された成膜ガスG(プラズマイオン)を電位差Vs−Vfの高電圧により加速させてターゲットTをスパッタし、そしてターゲットTからたたき出されたスパッタ粒子Tpを成膜基板Bに堆積させることにより膜を形成するものである。
【0053】
本実施形態では、ターゲットホルダ12の成膜基板B側の外周を取囲み、成膜ガスGが通過する間隙204を有する上記構成のシールド250によって、プラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差であるVs−Vf(V)を調整および好適化している。これは、リング250aの枚数が多くなり、シールド250全体の高さが高くなる程、電位差Vs−Vfが低下する傾向にあることを利用している。
【0054】
詳細は後述するが、その傾向を示す図が図4である(後記実施例1を参照)。これより、リング250aの枚数が増えるにつれ電位差Vs−Vfが低下していることがわかる。これは、シールド250全体の高さが高くなる程、シールド250とターゲットT間の放電が強くなるため、電位差Vs−Vfが低下するものと考えられる。さらには、これは、シールド250がアースされているので、シールド250によりプラズマの広がりが抑えられ、結果的にプラズマ電位Vsとフローティング電位Vfの電位差Vs−Vfを低下させることができると考えられる。
【0055】
図4より、リング250aの枚数を0〜8枚の間で変更することにより、電位差Vs−Vfを約45〜20Vの間で制御可能であることがわかる。上記したように、本発明では、Vs−Vf値をZnが逆スパッタされる閾値以下に制御する。従って、Vs−Vf値がZnの逆スパッタされる閾値以下となるようにリング250aの枚数を変化させればよい。
【0056】
成膜基板Bに成膜するために、プラズマ電極12に高周波電源13の電圧を印加すると、プラズマがターゲットTの上方に生成されるとともに、シールド250とターゲットTの間にも放電が生じる。この放電によって、プラズマが、シールド250内に閉じ込められて、プラズマ電位Vsが低下し、電位差Vs−Vf(V)が低下すると考えられる。
【0057】
そして上記の結果によって、電位差Vs−Vfを低下させることによりZn抜けを抑制することができる。
【0058】
例えば、IGZOの膜を成膜する場合を考える。ある条件でのInとZnのスパッタ率は、Inが0.8、Znが2.0である。ここでスパッタ率とは、入射イオンの数とそれによってスパッタされた原子数との比で定義されるものであり、その単位は(atoms/ion)である。つまり、Inに比してZnは2倍以上スパッタされやすいということを意味している。
【0059】
IGZOを成膜する際に、ターゲットとしてInZnGaOを用いたときには、均質なターゲットであれば、ターゲットにおいてはZnのみが優先的にスパッタされることなく、ほぼ同じ組成でスパッタされる。これは、仮にある瞬間ではZnが優先的にスパッタされたとしても、このときターゲット表面ではZnが欠乏してしまうため、次の瞬間にはその他のターゲット組成のものがスパッタされるためである。一方膜表面では、膜の堆積と既に堆積した膜中の構成材料の逆スパッタとが同時に起こり得る。このとき、電位差Vs−Vfが高い、すなわちスパッタ粒子の成膜基板に衝突する運動エネルギーが大きければ、スパッタ率の高いZnがスパッタ粒子の衝突により逆スパッタされ成膜基板表面からたたき出されてしまう。つまり、これがZn抜けの要因となる。したがって、電位差Vs−Vfを低下させることにより、スパッタ粒子の成膜基板に衝突する際の運動エネルギーを減少させ、成膜基板表面におけるZnの逆スパッタを抑制することにより、Zn抜けを抑制することができるのである。
【0060】
なお、電位差Vs−Vfは、ターゲット投入電力や成膜圧力等を変えることでも調整できる。しかしながら、ターゲット投入電力や成膜圧力等を変えて電位差Vs−Vfを制御する場合には、成膜速度等の他のパラメータまで変わってしまい、所望の膜質が得られなくなるおそれがある。本発明者がある条件で実験したところ、ターゲット投入電力を700Wから300Wに変えると、電位差Vs−Vfを38Vから25Vに低減できることができるが、成膜速度が4μm/hから2μm/hに低下してしまった。本実施形態のスパッタ成膜装置200では、成膜速度等の他のパラメータを変えることなく、電位差Vs−Vfを調整することができるので、成膜条件を好適化しやすく、良質な膜を安定的に成膜することができる。
【0061】
以上により、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下となるように制御し、プラズマイオンおよびスパッタ粒子の運動エネルギーを制御することで、スパッタ率の高いZnの逆スパッタを抑制することができる。この結果、Zn抜けを抑えて所望の組成比を有し良質なZn含有複合酸化物膜を成膜することが可能となる。
【実施例】
【0062】
<実施例1>
図1Aのように市販のスパッタ成膜装置200を用意し、120mmφのターゲットTの側方に、内径130mmφ、外径180mmφ、厚さ1mmのステンレス鋼(SUS)製のリング250aを0、1、2、5、8枚とそれぞれ接地電位にして設置し、リング250aの各枚数に対するプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)の値を測定した。
【0063】
各リング250aは、直径10mmφ、厚さ5mmの柱状の導電性のスペーサ250bを介して積層した。スペーサ250bは、リング250aのサイズに比して十分小さいので、真空容器210内に導入された成膜ガスGが、スペーサ250bに影響されずに、リング250aの間隙204を通過してターゲットTに容易に到達することができる。
【0064】
ターゲットTとして、In:Zn:Ga(モル比)=1.0:1.0:1.0の酸化物焼結体を用い、成膜基板Bは熱酸化膜付のSiウェハを用いた。成膜基板BとターゲットTの間の距離は12mmとし、真空度0.4Pa、Ar/O2混合雰囲気(O2体積分率2.5%)の条件下で、高周波電源に700Wを印加した。以上の条件で電位差Vs−Vfを測定したところ、図4のようになった。
【0065】
リング250aがない状態では電位差Vs−Vf=43Vであった。しかしながら、リング250aの枚数を、1枚、2枚と増やすに従い電位差が低下し、2枚ではVs−Vf=33V、5枚ではVs−Vf=22V、8枚ではVs−Vf=20Vとなった。このようにリング250aの枚数を増加させると電位差Vs−Vfは低下し、リング250aの枚数を変えることで電位差Vs−Vfを制御できることが示された。
【0066】
そこで、リング250aの枚数を8枚として電位差Vs−Vf=20Vとし、常温から300℃まで基板温度を変化させ、それぞれの基板温度で成膜したときに得られたZn含有複合酸化物膜の組成比を調べた。その結果が図5であり、組成比はInに対するZnOの割合で表している。なお、組成比は蛍光X線分析(XRF)装置によって測定したものである。
【0067】
図5より、得られた膜中のInに対するZnOの組成が、基板温度に関わらず1.00〜1.03の範囲であるため、Zn抜けがほとんどない、すなわちターゲットと略同一組成のZn含有複合酸化物膜が形成されていることがわかる。
【0068】
また、リングを用いずVs−Vf=43Vの場合のデータも同時に載せている。なお、このときのGaの組成比は一定であった。
【0069】
<実施例2>
リング250aの枚数を2枚としてVs−Vf=33Vとした以外は実施例1と同じ条件で測定を行った。その結果が図6であり、組成比はInに対するZnOの割合で表している。また、リングを用いずVs−Vf=43Vの場合のデータも同時に載せている。なお、このときのGaの組成比は一定であった。
【0070】
これらの実施例より、Vs−Vf=20Vの場合は、Vs−Vf=43Vの場合に比べてInに対するZnOの割合が変化せず、Zn抜けが抑制されていることがわかる。さらに、その割合がほぼ安定して1.0であることから、ターゲット原料の組成比を変えずに成膜できていることもわかる。また図7は、この場合の基板温度とZn含有複合酸化物膜の表面抵抗の関係を示すものである。これから、リング250aを用いて電位差Vs−Vfを制御することにより、膜の特性のばらつきも抑えることができるとわかる。
【0071】
一方、Vs−Vf=33Vの場合も、実施例1程ではないがInに対するZnOの割合がほとんど変化せず、Zn抜けが抑制されていることがわかる。
【0072】
以上により、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を制御することで、Zn抜けを抑え所望の組成比を有し良質なZn含有複合酸化物膜を成膜することが可能であることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】(A)本発明の実施形態に使用するRFスパッタ成膜装置の概略断面図、(B)成膜中の様子を示す概略断面図
【図2】シールド及びその近傍の拡大図
【図3】プラズマ電位及びフローティング電位の測定方法を示す説明図
【図4】リングの枚数とプラズマ電位およびフローティング電位の電位差との関係を示す図
【図5】基板温度とInに対するZnの組成比の関係(Vs−Vf=20V)を示す図
【図6】基板温度とInに対するZnの組成比の関係(Vs−Vf=30V)を示す図
【図7】基板温度とZn含有複合酸化物膜の表面抵抗の関係(Vs−Vf=20V)を示す図
【符号の説明】
【0074】
11 基板ホルダ
12 プラズマ電極(ターゲットホルダ)
13 高周波電源
15 ガス排出管
200 スパッタ成膜装置
202 接地部材
204 間隙
210 真空容器
210a 真空容器の底面
214 ガス導入口
250 シールド
250a リング(シールド層)
250b スペーサ
330 制御電源
B 成膜基板
G 成膜ガス
Ip プラスイオン
L 厚み
P プラズマ空間
T ターゲット
Tp スパッタ粒子
Vf フローティング電位
Vs プラズマ電位
V ガス排気
S 距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマを用いるスパッタ法により、ターゲットホルダ上のターゲットの構成材料を、該ターゲットと離隔した位置にある成膜基板に成膜するZn含有複合酸化物膜の成膜方法において、
成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との電位差Vs−Vf(V)を、成膜された膜中のZnが逆スパッタされる閾値以下となるように制御して膜を形成することを特徴とするZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項2】
前記ターゲットと略同一組成の膜を成膜することを特徴とする請求項1に記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項3】
前記電位差Vs−Vfの制御を、成膜ガスの通過のための間隙を空けて積層され、かつ数の変更が可能な複数のシールド層からなるシールドによって、前記ターゲットホルダの前記成膜基板側の外周を取囲み、前記複数のシールド層の数を変更することにより行うことを特徴とする請求項1または2に記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項4】
前記電位差Vs−Vfを30V以下に制御することを特徴とする請求項1から3いずれかに記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項5】
前記電位差Vs−Vfを20V以下に制御することを特徴とする請求項4に記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項6】
前記Zn含有複合酸化物膜を成膜する際の前記成膜基板の基板温度を、100℃以上500℃以下とすることを特徴とする請求項1から5いずれかに記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項7】
前記Zn含有複合酸化物膜が、In及び/又はGaを含むものであることを特徴とする請求項1から6いずれかに記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。
【請求項8】
前記Zn含有複合酸化物膜が透明導電膜であることを特徴とする請求項1から7いずれかに記載のZn含有複合酸化物膜の成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−249655(P2009−249655A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−96046(P2008−96046)
【出願日】平成20年4月2日(2008.4.2)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】