説明

ころ軸受用保持器、針状ころ軸受、およびころ軸受用保持器の製造方法

【課題】屈曲部分の強度を高めたころ軸受用保持器を提供することである。
【解決手段】ころ軸受用保持器33は、柱中央部16、一対の柱端部17、および柱中央部16と一対の柱端部17それぞれとの間に位置する一対の柱傾斜部18を含む複数の柱部15と、複数の柱部15の長手方向一方側および他方側端部と接続し、柱部15との接続位置から径方向内側に延びる鍔部19を有する円環形状の一対のリング部14とを備える。そして、柱中央部16、一対の柱端部17、および一対の柱傾斜部18を、円筒部材の軸方向両端部を拡径させて形成し、円筒部材を軸方向に圧縮して鍔部19を形成すると共に、柱中央部16、一対の柱端部17、一対の柱傾斜部18、鍔部19、および一対のリング部14の各部の肉厚より、隣接する各部の境界部分の肉厚を大きくしたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、プレス加工によって製造されるころ軸受用保持器、ころ軸受用保持器を備える針状ころ軸受、およびころ軸受用保持器の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用トランスミッションのアイドラー軸受、およびオートバイ用エンジンのコンロッド大端用軸受等には、ころと保持器とで構成されるケージ&ローラタイプの針状ころ軸受が採用されることが多い。このような軸受が、例えば、特開2000−257638号公報(特許文献1)に記載されている。
【0003】
同公報には、管状素材をバルジ加工により断面M字型の環状部材に成形し、環状部材にころ保持用の窓を形成することにより、軽量で負荷容量の大きいころ軸受用保持器を得ることができると記載されている。
【特許文献1】特開2000−257638号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記公報に記載されている方法でころ軸受用保持器を形成した場合、屈曲部分、すなわち柱中央部と柱傾斜部との境界部分、柱傾斜部と柱端部との境界部分、および柱端部と環状側部との境界部分の肉厚が、管状素材の肉厚と比較して薄くなってしまう。軸受回転中に保持器に作用する応力は屈曲部分に集中するので、屈曲部分の薄肉化によってころ軸受用保持器の破損の危険性が増大する。
【0005】
そこで、この発明の目的は、屈曲部分の強度を高めたころ軸受用保持器、このようなころ軸受用保持器を備えた針状ころ軸受、およびこのようなころ軸受用保持器の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明に係るころ軸受用保持器は、軸方向中央部領域で相対的に径方向内側に位置する柱中央部、軸方向端部領域で相対的に径方向外側に位置する一対の柱端部、および柱中央部と一対の柱端部それぞれとの間に位置する一対の柱傾斜部を含む複数の柱部と、複数の柱部の長手方向一方側および他方側端部と接続し、柱部との接続位置から径方向内側に延びる鍔部を有する円環形状の一対のリング部とを備える。そして、柱中央部、一対の柱端部、および一対の柱傾斜部を、直径が柱中央部と実質的に等しい円筒部材の軸方向両端部を拡径させて形成し、円筒部材を軸方向に圧縮して鍔部を形成すると共に、柱中央部、一対の柱端部、一対の柱傾斜部、鍔部、および一対のリング部の各部の肉厚より、隣接する各部の境界部分の肉厚を大きくしたことを特徴とする。
【0007】
こうすることにより、境界部分の強度が相対的に向上する。その結果、応力集中による保持器の破損の危険性を低減することができる。また、鍔部を形成すると共に、境界部分を肉厚を大きくすることができるため、保持器の加工工程を簡素化することができる。その結果、安価な保持器を得ることができる。なお、本明細書中「肉厚」とは、柱中央部、柱端部、柱傾斜部、およびリング部においては、内径面と外径面との間の厚み寸法を指すものとし、鍔部においては、軸方向の厚み寸法を指すものとする。また、「隣接する各部の境界部分」とは、異なる方向に延びる隣接する各部の境界部分を指すものとする。すなわち、柱中央部と一対の柱傾斜部との境界部分、一対の柱端部と一対の柱傾斜部との境界部分、およびリング部と鍔部との境界部分を指すものとする。
【0008】
一実施形態として、鍔部は、円筒部材の軸方向両端部を径方向内側に所定の角度折り曲げ、さらに軸方向に垂直な方向に折り曲げて形成する。
【0009】
好ましくは、保持器は、打ち抜き加工によって円筒部材の円周面に形成される複数のポケットと、しごき加工によって柱部のポケットに対面する壁面に形成されるころ止め部とを有する。こうすることにより、ころが保持器から脱落するのを適切に防止することができる。
【0010】
好ましくは、柱中央部、一対の柱端部、一対の柱傾斜部、鍔部、および一対のリング部の各部の肉厚は、隣接する各部の境界部分の曲率半径より大きい。こうすることにより、周辺部材と接触する部分の表面積を増加することができる。その結果、接触面圧を低減して、摩耗や焼付きを防止することができる。
【0011】
この発明の他の局面においては、針状ころ軸受は、複数の針状ころと、隣接する柱部の間にころを収容するポケットが形成されている上記のいずれかに記載のころ軸受用保持器とを備える。上記構成のころ軸受用保持器を採用することにより、信頼性の高い針状ころ軸受を得ることができる。
【0012】
この発明のさらに他の局面においては、ころ軸受用保持器の製造方法は、軸方向中央部領域で相対的に径方向内側に位置する柱中央部、軸方向端部領域で相対的に径方向外側に位置する一対の柱端部、および柱中央部と一対の柱端部それぞれとの間に位置する一対の柱傾斜部を含む複数の柱部と、複数の柱部の長手方向一方側および他方側端部と接続し、柱部との接続位置から径方向内側に延びる鍔部を有する円環形状の一対のリング部とを備えるころ軸受用保持器の製造方法である。ころ軸受用保持器の製造方法は、柱中央部、一対の柱端部、および一対の柱傾斜部を、直径が柱中央部と実質的に等しい円筒部材の軸方向両端部を拡径させて形成する工程と、円筒部材を軸方向に圧縮して鍔部を形成すると共に、柱中央部、一対の柱端部、一対の柱傾斜部、鍔部、および一対のリング部の各部の肉厚より、隣接する各部の境界部分の肉厚を大きくする工程とを含む。
【0013】
こうすることにより、境界部分の強度が相対的に向上した保持器を製造することができる。その結果、応力集中による保持器の破損の危険性を低減することができる。また、鍔部を形成すると共に、境界部分の肉厚を大きくすることができるため、保持器の加工工程を簡素化することができる。その結果、安価に保持器を製造することができる。
【発明の効果】
【0014】
この発明によれば、境界部分の肉厚を他の部分より厚くすることにより、高強度のころ軸受用保持器を得ることができる。また、鍔部を形成すると共に、境界部分の肉厚を大きくすることができるため、保持器の加工工程を簡素化することができる。その結果、安価な保持器を得ることができる。
【0015】
また、この発明に係る針状ころ軸受は、上記したころ軸受用保持器を採用することにより、信頼性を高めることができる。
【0016】
また、この発明に係る保持器の製造方法は、境界部分の強度が相対的に向上した保持器を製造することができる。その結果、応力集中による保持器の破損の危険性を低減することができる。また、鍔部を形成すると共に、境界部分の肉厚を大きくすることができるため、保持器の加工工程を簡素化することができる。その結果、安価に保持器を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1〜図4を参照して、この発明の一実施形態に係る針状ころ軸受31、およびころ軸受用保持器33(以下、単に「保持器33」という)を説明する。なお、図1は保持器33の斜視図、図2は針状ころ軸受31の斜視図、図3は保持器33の柱部15の形状を示す斜視図、図4は図3の矢印IVの方向から見た矢視図である。
【0018】
まず、図2を参照して、針状ころ軸受31は、複数の針状ころ12と、複数の針状ころ12を保持する保持器33とを備える。次に、図1を参照して、保持器33は、円環形状の一対のリング部14と、複数の柱部15とを備える。一対のリング部14は、複数の柱部15の長手方向一方側および他方側端部と接続し、柱部15との接続位置から径方向内側に延びる鍔部19を有する。また、隣接する柱部15の間には、針状ころ12を収容するポケット20が形成されている。
【0019】
なお、本明細書中「円環形状のリング部」とは、円周方向に連続する一体型のリング部のみを指すものとする。すなわち、両端部を溶接等によって接合したリング部は含まないものとして理解すべきである。
【0020】
柱部15は、その軸方向中央部領域で相対的に径方向内側に位置する柱中央部16と、軸方向端部領域で相対的に径方向外側に位置する一対の柱端部17と、柱中央部16および一対の柱端部17それぞれの間に位置する一対の柱傾斜部18とを含む。
【0021】
次に、図3および図4を参照して、ポケット20に対面する柱部15の壁面には、針状ころ12の脱落を防止する第1および第2のころ止め部16a,17aと、針状ころ12の回転を案内する案内面16b,17b,18bと、非接触部16c,17cと、油溝16d,17dとが設けられている。
【0022】
第1のころ止め部16aは、柱中央部16の2箇所に設けられている。より具体的には、ポケット20に対面する柱中央部16の壁面の径方向内側に偏在している。そして、針状ころ12の径方向内側への脱落を防止する。
【0023】
第2のころ止め部17aは、一対の柱端部17それぞれに設けられている。より具体的には、ポケット20に対面する柱端部17の壁面の径方向外側に偏在している。そして、針状ころ12の径方向外側への脱落を防止する。
【0024】
案内面16bは、柱中央部16の第1のころ止め部16aと軸方向に隣接する領域に設けられている。案内面17bは、柱端部17の第2のころ止め部17aと軸方向に隣接する領域に設けられている。案内面18bは、柱傾斜部18の全域に設けられている。また、案内面16b,17b,18bは、同一の平面を構成している。
【0025】
また、第1のころ止め部16aの径方向外側の領域、および第2のころ止め部17aの径方向内側の領域には、それぞれ案内面16b,17bより後退して、針状ころ12と接触しない非接触部16c,17cが設けられている。この領域は、潤滑油を保持する油溜まりとして機能する。さらに、第1のころ止め部16aおよび第2のころ止め部17aの軸方向両側には、径方向に延びる油溝16d,17dが設けられている。これにより、保持器33の径方向の通油性が向上する。
【0026】
上記構成の柱部15において、柱中央部16、柱端部17、柱傾斜部18、リング部14、および鍔部19(以下、これらを総称して「直線部分」という)の肉厚tは実質的に等しく設定されている。一方、柱中央部16と柱傾斜部18との境界部分、柱端部17と柱傾斜部18との境界部分、およびリング部14と鍔部19との境界部分(以下、これらを総称して「境界部分」という)の肉厚tは直線部分の肉厚tより厚くなっている(t<t)。これにより、境界部分の強度が相対的に向上する。その結果、軸受回転時の応力が境界部分に集中しても保持器33の破損を有効に防止することができる。
【0027】
また、直線部分の肉厚tと境界部分の曲率半径rとは、r<tの関係を満たす。境界部分の曲率半径rを小さくすれば、境界部分に隣接する直線部分の軸方向長さを長く、すなわち、直線部分の表面積を大きくすることができる。その結果、軸受回転時の接触面圧を低減することができる。
【0028】
具体的には、保持器33を外径側案内(ハウジング案内)とする場合、柱端部17の外径面とハウジング(図示省略)とが接触する。そこで、少なくとも柱端部17と柱傾斜部18との間の境界部分、およびリング部14と鍔部19との間の境界部分の曲率半径rを上記の範囲内とすれば、柱端部17の外径面とハウジングとの間の接触面圧を低減することができる。
【0029】
また、リング部14および柱端部17の外径面の表面粗さRaは、0.05μm以上0.3μm以下に設定する。これにより、リング部14および柱端部17の外径面とハウジングとの接触による摩耗を防止することができる。なお、「表面粗さRa」とは、算術平均粗さのことである。
【0030】
一方、保持器33を内径側案内(回転軸案内)とする場合、柱中央部16の内径面と回転軸(図示省略)とが接触する。そこで、少なくとも柱中央部16と柱傾斜部18との間の境界部分の曲率半径rを上記の範囲内とすれば、柱中央部16の内径面と回転軸との間の接触面圧を低減することができる。また、この場合には、柱中央部16の内径面の表面粗さRaを、0.05μm以上0.3μm以下に設定すればよい。
【0031】
なお、境界部分は、凸側(曲げ加工時に引っ張り応力が作用する側)と、凹側(曲げ加工時に圧縮応力が作用する側)とにそれぞれR部分が形成される。このとき、凸側の曲率半径は、常に凹側の曲率半径より大きい。そこで、本明細書中「境界部分の曲率半径r」とは、凸側の曲率半径を指すものとする。また、「境界部分の肉厚t」とは、凸側の中央部と凹側の中央部とを結ぶ線分の長さを指すものとする。
【0032】
また、柱中央部16の外径面は、柱端部17の内径面よりも径方向外側に位置している。そして、針状ころ12のピッチ円12aは、柱中央部16の外径面より径方向内側であって、かつ柱端部17の内径面より径方向外側に位置している。これにより、針状ころ12は、案内面16b,17b,18bそれぞれに接触する。このように、針状ころ12と案内面16b,17b,18bとの接触面積を増加させることにより、針状ころ12のスキューを有効に防止することができる。
【0033】
ただし、柱中央部16と柱端部17との位置関係は上記の場合に限られない。図5を参照して、保持器33の変形例を説明する。なお、図5は保持器33の変形例を示す図であって、図4に対応する図である。なお、各構成要素の形状や機能は共通するので、同一の構成要素には図4と同一の参照番号を付し、説明は省略する。
【0034】
図5を参照して、柱中央部16の外径面は、柱端部17の内径面よりも径方向内側に位置している。そして、針状ころ12のピッチ円12aは、柱中央部16の外径面より径方向外側であって、かつ柱端部17の内径面より径方向内側に位置している。この場合、針状ころ12は、柱傾斜部18の案内面18bでのみ案内されることになる。上記構成とすれば、第1のころ止め部16aと第2のころ止め部17aとが径方向に離れて配置されるので、針状ころ12の脱落を適切に防止することができる。
【0035】
次に、図6〜図17を参照して、保持器33の製造方法を説明する。なお、図6は保持器33の主な製造工程を示すフロー図、図7〜図10は第1の工程の詳細を示す図、図11〜図14は第2の工程の詳細を示す図、図15〜図17は第3の工程の詳細を示す図である。
【0036】
まず、保持器33の出発材料としては、炭素含有量が0.15wt%以上1.1wt%以下の鋼板(炭素鋼)を使用する。具体的には、炭素含有量が0.15wt%以上0.5wt%以下のSCM415やS50C等、または、炭素含有量が0.5wt%以上1.1wt%以下のSAE1070やSK5等が挙げられる。
【0037】
なお、炭素含有量が0.15wt%未満の炭素鋼は、焼入処理によって浸炭硬化層が形成されにくく、保持器33に必要な硬度を得るためには、浸炭窒化処理を行う必要がある。浸炭窒化処理は、後述する各焼入処理と比較して設備費用が高額になるので、結果として、針状ころ軸受31の製造コストが上昇する。また、炭素含有量が0.15wt%未満の炭素鋼では浸炭窒化処理によっても十分な浸炭硬化層が得られない場合があり、表面起点型の剥離が早期に発生する恐れがある。一方、炭素含有量が1.1wt%を超える炭素鋼は加工性が著しく低下する。
【0038】
図6に示す第1の工程では、上記した出発材料としての鋼板から円筒部材22を得る(S11)。具体的には、図7を参照して、深絞り加工によって鋼板からカップ状部材21を得る。このとき、カップ状部材21の軸方向一方側端部(図7の上側)には底壁21aが、軸方向他方側端部(図7の下側)には外向きフランジ部21bが形成される。また、このとき、しごき加工によって、カップ状部材21の外径面または内径面の表面粗さRaを、0.05μm以上0.3μm以下にする。
【0039】
次に、図8を参照して、打ち抜き加工によってカップ状部材21の底壁21aを除去する。ただし、打ち抜き加工によっては底壁21aを完全に除去することはできず、カップ状部材21の軸方向一方側端部には内向きフランジ部21cが形成される。
【0040】
次に、図9を参照して、バーリング加工によって内向きフランジ部21cを軸方向に立ち上げる。さらに図10を参照して、トリミング加工によってカップ状部材21の軸方向他方側端部を切断することによって外向きフランジ部21bを除去する。
【0041】
これにより、円筒部材22を得ることができる。上記の工程で得られた円筒部材22の外径寸法は、柱中央部16の外径寸法に一致する。また、上記の工程で得られた円筒部材22の肉厚をtとする。
【0042】
次に、図6に示す第2の工程では、拡開プレスによって柱中央部16、一対の柱端部17、および一対の柱傾斜部18を形成する(S12)。拡開プレスは、円筒部材22の外径面を拘束する拡開プレス用外型23(以下、単に「外型23」という)と、円筒部材22の内径面を拘束する一対の拡開プレス用内型25,26(以下、単に「内型25,26」という)とを使用して円筒部材22の軸方向両端部を拡径させる。
【0043】
図11〜図14を参照して、外型23は、内部に円筒部材22を受け入れる円筒空間23aを有する。この円筒空間23aは、柱中央部16の外径寸法に一致する小径部23bと、柱端部17の外径寸法に一致する大径部23cと、小径部23bおよび大径部23cの間に柱傾斜部18の傾斜角度に一致する傾斜部23dとで構成されている。
【0044】
第1の内型25は、円筒部材22の軸方向一方側端部(図11の上側)から挿入される円柱形状の部材である。第1の内型25は、柱中央部16の内径寸法に一致する小径部25aと、柱端部17の内径寸法に一致する大径部25bと、小径部25aおよび大径部25bの間に柱傾斜部18の傾斜角度に一致する傾斜部25cとで構成される。第2の内型26も同一の構成であって、円筒部材22の軸方向他方方端部(図11の下側)から挿入される。
【0045】
外型23は、例えば、90°の間隔で放射状に分割された第1〜第4の分割外型24a,24b,24c,24dによって構成されている。この第1〜第4の分割外型24a〜24dは、それぞれ移動治具27によって円筒部材22の径方向に移動可能である。また、第1および第2の内型25,26は、それぞれ円筒部材22の軸方向に移動可能である。
【0046】
図11を参照して、第1〜第4の分割外型24a〜24dが径方向に後退し、第1および第2の内型25,26が軸方向に後退すると、円筒部材22を円筒空間23aから出し入れ可能な状態となる。ここで「後退」とは、円筒部材22から遠ざかる方向に移動することを指すものとする。
【0047】
次に、図13を参照して、第1〜第4の分割外型24a〜24dが径方向に前進すると、小径部23bで円筒部材22の外径面を拘束する。さらに、図14を参照して、第1および第2の内型25,26が軸方向に前進すると、大径部25b,26bおよび傾斜部25c,26cによって円筒部材22の軸方向両端部が径方向外側に押し広げられる。ここで「前進」とは、円筒部材22に近づく方向に移動することを指すものとする。
【0048】
これにより、柱中央部16、一対の柱端部17、および一対の柱傾斜部18がそれぞれ形成される。なお、拡開プレスによって円筒部材22が引き伸ばされるので、第2の工程終了後の柱中央部16、一対の柱端部17、および一対の柱傾斜部18の肉厚tは、円筒部材22の肉厚tより薄くなっている(t<t)。
【0049】
次に、図6に示す第3の工程では、鍔部19を形成すると共に、増肉加工によって境界部分の肉厚を大きくする(ネッキング加工、S13)。具体的には、鍔部19は、前処理工程と後処理工程の2段階の工程を経て形成される。そして、増肉加工は後処理工程と同時に行われる。
【0050】
図15を参照して、前処理工程は、鍔部19となる円筒部材22の軸方向両端部を柱端部17に対して所定の角度(この実施形態では45°)内側に折り曲げる工程であって、ネッキング用外型43(以下、単に「外型43」という)と、ネッキング用内型45(以下、単に「内型45」という)と、一対のネッキング治具48,49とによって行われる。
【0051】
外型43は、拡開プレス用外型23と同様の構成であって、円筒部材22の外径面を拘束する。ただし、軸方向長さが拡開プレス用外型23より短く、鍔部19となる円筒部材22の軸方向両端部を拘束しないようになっている。
【0052】
内型45は、外径面の軸方向中央部領域に柱中央部16の内径寸法に一致する小径部45aと、軸方向端部領域に柱端部17の内径寸法に一致する大径部45bと、小径部45aおよび大径部45bの間に柱傾斜部18に沿う傾斜部45cと、軸方向両端の角部に前処理加工による鍔部19の折り曲げ角度(45°)を規定するネッキング部45dとを含む円筒形状の部材である。
【0053】
図16を参照して、この内型45は、例えば、45°の角度で放射状に分割された第1〜第8の分割内型46a,46b,46c,46d,46e,46f,46g,46hとによって構成される。第1〜第8の分割内型46a〜46hは、それぞれ径方向に移動可能な状態となっている。
【0054】
具体的には、第1〜第8の分割内型46a〜46hを径方向に後退させると、第1〜第8の分割内型46a〜46hを円筒部材22から出し入れ可能な状態となる。一方、第1〜第8の分割内型46a〜46hを径方向に前進させると、円筒部材22の内径面を拘束することができる(図15の状態)。なお、分割内型46a〜46hは、挿入治具47を挿入することによって前進させることができる。
【0055】
ネッキング治具48は、先端に前処理工程における鍔部19の傾斜角度(45°)に沿うネッキング部48aを有し、円筒部材22の軸方向に移動可能な状態となっている。ネッキング治具49も同様の構成である。そして、一対のネッキング治具48,49を軸方向に後退させると、円筒部材22を円筒空間から出し入れ可能な状態となる。一方、一対のネッキング治具48,49を軸方向に前進させると、円筒部材22の軸方向両端部(図15中の破線で示す部分)を所定の角度(45°)内側に折り曲げることができる。
【0056】
次に、図17を参照して、後処理工程では、鍔部19を柱端部17に対して90°、すなわち、軸方向に垂直な方向に折り曲げる。後処理工程における加工治具は、前処理工程で使用したものとほぼ同じ構成のネッキング用外型54a〜54d(54a,54cのみ図示)、ネッキング用内型56a〜56h(56a,56eのみ図示)、挿入治具57、および一対のネッキング治具58,59を使用する。ただし、ネッキング用内型56a〜56hおよび一対のネッキング治具58,59の鍔部19に対面する部分には、ネッキング部は設けられていない。
【0057】
後処理工程では、前処理工程と同様の手順で円筒部材22の内外径面を拘束し、ネッキング治具58,59によって鍔部19を軸方向から圧縮する。これにより、柱端部17と鍔部19とのなす角が90°となる。
【0058】
さらに、このとき、直線部分の内外径面は、ネッキング用外型54a〜54dおよびネッキング用内型56a〜56hによって拘束されているので、肉厚は変化しない。一方、境界部分とネッキング用外型54a〜54dおよびネッキング用内型56a〜56hとの間には、微小な隙間が形成されている。これにより、円筒部材22の軸方向寸法が減少すると共に、境界部分のみが増肉される。後処理工程後の境界部分の肉厚tは、第1の工程で得られた円筒部材22の肉厚tより厚くなっている(t<t<t)。これにより、柱部15の肉厚を全体的に厚くして強度を向上するのではなく、直線部分の肉厚を薄くし、応力集中の生じる境界部分の肉厚を選択的に厚くすることによって強度を向上する。したがって、保持器33を軽量化することができる。また、このとき、同時に境界部分の曲率半径rも直線部分の肉厚tより小さくなる。
【0059】
次に、図6に示す第4の工程では、円筒部材22にポケット20および油溝16d,17dを形成する(S14)。具体的には、打ち抜き加工によって円筒部材22の円周面に複数の矩形形状のポケット20および油溝16d,17dを形成する。次に、しごき加工によって第1および第2のころ止め部16a,17a、案内面16b,17b,18b、および非接触部16c,17cをそれぞれ形成する。
【0060】
次に、図6に示す第5の工程では、保持器33に表面硬さ等の所定の機械的性質を付与するために熱処理を施す(S15)。熱処理としては、保持器33が十分な深さの硬化層を得るために、出発材料の炭素含有量によって適切な方法を選択する必要がある。具体的には、炭素含有量が0.15wt%以上0.5wt%以下の材料の場合には浸炭焼入処理を、炭素含有量が0.5wt%以上1.1wt%以下の材料の場合には光輝焼入処理または高周波焼入処理を施す。
【0061】
浸炭焼入処理は、高温の鋼に炭素が固溶する現象を利用した熱処理方法であって、鋼内部は炭素量が低いまま、炭素量の多い表面層(浸炭硬化層)を得ることができる。これにより、表面は硬く、内部は軟らかく靭性の高い性質が得られる。また、浸炭窒化処理設備と比較して設備費用が安価である。
【0062】
光輝焼入処理は、保護雰囲気や真空中で加熱することによって、鋼表面の酸化を防止しながら行う焼入処理を指す。また、浸炭窒化処理設備や浸炭焼入処理設備と比較して設備費用が安価である。
【0063】
高周波焼入処理は、誘導加熱の原理を利用して、鋼表面を急速に加熱、急冷して焼入硬化層を作る方法である。他の焼入処理設備と比較して設備費用が大幅に安価であると共に、熱処理工程でガスを使用しないので環境に優しいというメリットがある。また、部分的な焼入処理が可能となる点でも有利である。
【0064】
さらに、焼入によって生じた残留応力や内部ひずみを低減し、靭性の向上や寸法を安定化させるために、上記の焼入処理の後に焼戻を行うのが望ましい。
【0065】
上記の各工程を経ることによって、保持器33を得ることができる。なお、保持器33の外径面の表面粗さRaは、円筒部材22の形成(S11)の際のしごき加工において、既に0.05μm以上0.3μm以下となっている。したがって、仕上げ加工工程としての独立した研削加工工程は、省略することができる。
【0066】
また、図15〜図17に示すネッキング加工工程(S13)において、鍔部19の形成と、境界部分の増肉とを同時に行うことができる。したがって、保持器33の加工工程を簡素化して、安価な保持器33を得ることができる。
【0067】
なお、上記の実施形態においては、鋼板(平板)を出発材料として保持器33を製造した例を示したが、これに限ることなく、パイプ材等の円筒部材を出発材料として製造することもできる。この場合、図6に示す第1の工程(S11)は省略することができる。
【0068】
また、上記の実施形態においては、鍔部19は、まず円筒部材22の軸方向両端部を45°に折り曲げ、次に90°に折り曲げるという2段階に分けて折り曲げて形成する例を説明したが、これに限ることなく、1段階で90°に折り曲げて形成してもよい。
【0069】
また、上記の実施形態においては、柱中央部16、一対の柱端部17、および一対の柱傾斜部18は、外型23および内型25,26等の金型を用いて、円筒部材22から形成される例を説明したが、これに限ることなく、円筒部材22を内側から押し広げるようなその他の方法で形成してもよい。
【0070】
また、上記の実施形態においては、ケージ&ローラタイプの針状ころ軸受31の例を示したが、この発明は、内輪、および/または、外輪をさらに有する針状ころ軸受にも適用することが可能である。また、転動体として針状ころ12を採用した例を示したが、これに限ることなく、円筒ころや棒状ころであってもよい。
【0071】
さらに、上記の実施形態に係る針状ころ軸受31は、例えば、自動車用トランスミッションのアイドラー軸受、およびオートバイ用エンジンのコンロッド大端用軸受として使用することにより、特に有利な効果を奏する。
【0072】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態を説明したが、この発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示した実施形態に対して、この発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0073】
この発明は、ころ軸受用保持器、針状ころ軸受、およびころ軸受用保持器の製造方法に有利に利用される。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】この発明の一実施形態に係るころ軸受用保持器を示す斜視図である。
【図2】図1のころ軸受用保持器を採用した針状ころ軸受を示す斜視図である。
【図3】図1のころ軸受用保持器のポケットの構造を示す斜視図である。
【図4】図3の矢印IVから見た矢視図である。
【図5】図1に示すころ軸受用保持器の変形例であって、図4に対応する図である。
【図6】図1に示すころ軸受用保持器の主な製造工程を示すフロー図である。
【図7】深絞り工程を示す図である。
【図8】打ち抜き加工工程を示す図である。
【図9】バーリング加工工程を示す図である。
【図10】トリミング加工工程を示す図である。
【図11】拡開プレス工程の加工前の状態を示す図である。
【図12】拡開プレス用外型を軸方向から見た図である。
【図13】拡開プレス工程の加工途中の状態を示す図である。
【図14】拡開プレス工程の加工後の状態を示す図である。
【図15】前処理工程を示す図である。
【図16】ネッキング用内型を軸方向から見た図である。
【図17】後処理工程を示す図である。
【符号の説明】
【0075】
31 針状ころ軸受、12 針状ころ、12a ピッチ円、33 保持器、14 リング部、15 柱部、16 柱中央部、17 柱端部、18 柱傾斜部、16a,17a ころ止め部、16b,17b,18b 案内面、16c,17c 非接触部、16d,17d 油溝、19 鍔部、20 ポケット、21 カップ状部材、21a 底壁、21b 外向きフランジ部、21c 内向きフランジ部、22 円筒部材、23,43 外型、23a 円筒空間、23b,25a,26a,45a 小径部、23c,25b,26b,45b 大径部、23d,25c,26c,45c 傾斜部、24a,24b,24c,24d,44a,44b,44c,44d,54a,54c 分割外型、25,26,45 内型、46a,46b,46c,46d,46e,46f,46g,46h,56a,56e 分割内型、27 移動治具、47,57 挿入治具、48,49,58,59 ネッキング治具、45d,48a,49a ネッキング部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向中央部領域で相対的に径方向内側に位置する柱中央部、軸方向端部領域で相対的に径方向外側に位置する一対の柱端部、および前記柱中央部と前記一対の柱端部それぞれとの間に位置する一対の柱傾斜部を含む複数の柱部と、
前記複数の柱部の長手方向一方側および他方側端部と接続し、前記柱部との接続位置から径方向内側に延びる鍔部を有する円環形状の一対のリング部とを備えるころ軸受用保持器において、
前記柱中央部、前記一対の柱端部、および前記一対の柱傾斜部を、直径が前記柱中央部と実質的に等しい円筒部材の軸方向両端部を拡径させて形成し、
前記円筒部材を軸方向に圧縮して前記鍔部を形成すると共に、前記柱中央部、前記一対の柱端部、前記一対の柱傾斜部、前記鍔部、および前記一対のリング部の各部の肉厚より、隣接する各部の境界部分の肉厚を大きくしたことを特徴とする、ころ軸受用保持器。
【請求項2】
前記鍔部は、前記円筒部材の軸方向両端部を径方向内側に所定の角度折り曲げ、さらに軸方向に垂直な方向に折り曲げて形成する、請求項1に記載のころ軸受用保持器。
【請求項3】
前記保持器は、打ち抜き加工によって前記円筒部材の円周面に形成される複数のポケットと、
しごき加工によって前記柱部の前記ポケットに対面する壁面に形成されるころ止め部とを有する、請求項1または2に記載のころ軸受用保持器。
【請求項4】
前記柱中央部、前記一対の柱端部、前記一対の柱傾斜部、前記鍔部、および前記一対のリング部の各部の肉厚は、隣接する各部の境界部分の曲率半径より大きい、請求項1〜3のいずれかに記載のころ軸受用保持器。
【請求項5】
複数の針状ころと、
隣接する前記柱部の間に前記ころを収容するポケットが形成されている請求項1〜4のいずれかに記載のころ軸受用保持器とを備える、針状ころ軸受。
【請求項6】
軸方向中央部領域で相対的に径方向内側に位置する柱中央部、軸方向端部領域で相対的に径方向外側に位置する一対の柱端部、および前記柱中央部と前記一対の柱端部それぞれとの間に位置する一対の柱傾斜部を含む複数の柱部と、
前記複数の柱部の長手方向一方側および他方側端部と接続し、前記柱部との接続位置から径方向内側に延びる鍔部を有する円環形状の一対のリング部とを備えるころ軸受用保持器の製造方法であって、
前記柱中央部、前記一対の柱端部、および前記一対の柱傾斜部を、直径が前記柱中央部と実質的に等しい円筒部材の軸方向両端部を拡径させて形成する工程と、
前記円筒部材を軸方向に圧縮して前記鍔部を形成すると共に、前記柱中央部、前記一対の柱端部、前記一対の柱傾斜部、前記鍔部、および前記一対のリング部の各部の肉厚より、隣接する各部の境界部分の肉厚を大きくする工程とを含む、ころ軸受用保持器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2009−156392(P2009−156392A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−336939(P2007−336939)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】