説明

めっき基材の製造方法およびめっき基材

【課題】より容易にかつより完全に針状ウィスカの発生を抑制できる鉛フリーのめっき層を有するめっき基材を得る。
【解決手段】母材の表面に鉛フリーのめっき層を有するめっき基材を製造するに際し、母材表面に鉛フリーのめっき層を形成した後、形成しためっき層に冷熱サイクル履歴を与えてノジュール状のウィスカを人為的に発生させる。それにより、めっき層の内部応力は開放されるので、爾後の針状ウィスカの発生が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法と、製造されためっき基材に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置のような電子部品において、外部端子の基材には銅、銅合金、42アロイなどが用いられるが、素地のままでは端子表面が酸化してはんだ付け不良等による導通不良を引き起こす恐れがある。そのために、通常、めっき等により端子表面に保護膜(めっき層)を形成して酸化を防いでいる。
【0003】
めっき層の材料としてSn合金あるいはZn合金を用いる場合、従来から鉛(Pb)を含む合金が用いられてきた。近年、環境負荷を軽減する観点から鉛フリー化が求められるようになり、前記端子のめっき層材料にも、例えば、純SnあるいはSn−Cu,Sn−Bi,Sn−AgのようなSn合金のように、鉛を含まない材料が使用されるようになっている。しかし、鉛フリーの材料で電子部品の端子表面をめっき処理すると、めっき層から例えば径が3μm程度のSn単結晶の連続体である針状ウィスカが発生する。
【0004】
近年、例えばICチップをリードフレームに搭載した半導体装置のような電子部品は一層の小型化が求められており、結果として、その端子間の間隔は数百μm程度まで狭くなってきている。前記針状ウィスカは数百μmの長さにまで成長することがあり、前記のように端子間の間隔が数百μm程度と狭い場合には、発生した針状ウィスカにより端子間ショートが発生する恐れがあるので、針状ウィスカの発生を抑制するための対策が求められている。
【0005】
針状ウィスカの発生および成長のメカニズムは完全には解明されていないが、めっき層中に蓄積された内部応力が一気に開放されることが一因であるとの考えから、めっき層の内部応力を開放することで針状ウィスカの発生を抑制しようとする提案がなされている。
【0006】
特許文献1には、下地金属表面に鉛フリー錫めっき皮膜を形成する工程と、下地金属とめっき皮膜間の固相拡散により拡散層を形成するための加熱と、応力緩和のための徐冷とを、交互に複数回繰り返す熱処理工程とを有する電子部品(めっき部材)の製造方法が記載されている。この製造方法によれば、形成された拡散層は、徐冷により容易に応力緩和され大きな残留応力が残らないために、針状ウィスカの成長が抑制される。
【0007】
特許文献2には、機械加工された銅または銅合金材料表面にスズめっきを施す電子部品用部材(めっき部材)の製造方法において、スズめっきの前に銅または銅合金材料表面をエッチング処理するようにしためっき部材の製造方法が記載されている。この製造方法によれば、エッチング処理により、ストレスがかかった銅部分が除去されたり、あるいはエッチングの過程でそのストレスが緩和され、めっき層でのスズウィスカの発生が抑制される。
【0008】
特許文献3には、外部接続用リードを42アロイで形成し、その表面にSn−Cu合金からなる外装めっき膜を形成し、次に、外装めっき膜の融点T以上の温度で熱処理して、外装めっき膜を溶融させることが記載されている。この熱処理により、外装めっき膜の粒界を消失させることができ、これにより、外装めっき膜の内部応力を緩和させ、針状ウィスカの発生を抑制することができる。
【0009】
【特許文献1】特開2006−111898号公報
【特許文献2】特開2005−206859号公報
【特許文献3】特開2007−81235号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、鉛フリーのめっき層での針状ウィスカの発生について多くの実験と研究を継続して行ってきているが、鉛フリーのめっき層の内部応力を緩和して針状ウィスカの発生を抑制しようとする従来技術は、いずれも充分な成果を上げているとは言い難い。また、所望のめっき層を得るまでのプロセスも複雑となっている。
【0011】
本発明は、上記の事情を考慮してなされたものであり、鉛フリーのめっき層を有するめっき基材において、基本的に内部応力緩和の手法を用いながら、より容易にかつより完全に針状ウィスカの発生を抑制できる鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法と、めっき基材を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明者らは、鉛フリーめっき層に生じるウィスカには、針状ウィスカとノジュール状ウィスカの2種類があることに着目した。針状ウィスカとは、径が3μm〜5μm程度以下である細く長さが長いウィスカであり、長さ100μmを越えるものもある。ノジュール状ウィスカは、径が5μm〜10μm程度と太く、かつ長さが短い(通常、50μm以下)ものである。ノジュール状ウィスカは長さが短いために、鉛フリーめっき層で成長したとしても、端子間ショートを引き起こすことはない。
【0013】
さらに研究を行うことにより、めっき層に対して人為的な操作を積極的に加えることによってノジュール状ウィスカを選択的に成長させることができること、ノジュール状ウィスカが成長した後のめっき層の内部応力は開放されて小さくなっており、爾後の針状ウィスカの発生は抑制されること、を知見した。また、めっき層に加える人為的な操作は、結晶粒界に反復する応力を繰り返す与える手段であれば適宜の手段であってよいが、操作の容易性および確実性の点から、冷熱サイクル履歴を与えて、めっき層に相転移を起こさせること、または塑性変形を起こさせること、が極めて有効であることも知見した。
【0014】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、請求項1に係る発明は、母材の表面に鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法であって、母材表面に鉛フリーのめっき層を形成する工程と、前記めっき層形成工程の後に、形成しためっき層にノジュール状のウィスカを人為的に発生させる工程、とを少なくとも含むことを特徴とする鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法、である。
【0015】
この製造方法では、鉛フリーめっき層を形成した後に、人為的操作によってめっき層にノジュール状のウィスカを発生させることにより、結果として、鉛フリーめっき層の内部応力が解放される。そのために、それ以降での、例えば長さが30μmを超えるような長さの長い針状ウィスカの発生が抑制される。
【0016】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法において、前記ノジュール状のウィスカを人為的に発生させる工程が、形成しためっき層が相転移を起こす温度を含む温度帯域での冷熱サイクル履歴を少なくともめっき層部分に与える工程を含むことを特徴とする。なお、本発明において、「相転移」とは、金属結晶のα相−β相間の構造変化をいう。
【0017】
鉛フリーのめっき層に相転移を起こす温度を含む温度帯域での冷熱サイクルを400〜1000回程度繰り返して与えることにより、内部応力を開放するのに十分な量のノジュール状ウィスカを発生させることができる。
【0018】
請求項3に係る発明は、特にめっき層がSnまたはSn合金のめっき層の場合に関しており、その場合に、前記冷熱サイクル履歴を行う温度帯域における低温側の最高温度は13℃であり高温側の最低温度は20℃であれば、所期の目的を達成できる相転移をめっき層に生じさせることができる。なお、13℃を閾値としたのは、Snの相転移が13℃以下で起こる理由による。
【0019】
請求項4に係る発明は、請求項1に記載の鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法において、前記ノジュール状のウィスカを人為的に発生させる工程が、形成しためっき層が次式1で現される塑性変形を起こす温度差ΔT以上の温度差ΔTaでの冷熱サイクル履歴を少なくともめっき層部分に与える工程を含むことを特徴とする。
式1:ΔT=a/(α−Mα)/b
ただし、aはめっき層材料の降伏応力、bはめっき層材料のヤング率、αはめっき層材料の熱膨張係数、Mαは母材の熱膨張係数、である。
【0020】
鉛フリーのめっき層に、塑性変形を起こさせる上記の条件での冷熱サイクルを400〜1000回程度繰り返して与えることによっても、内部応力を開放するのに十分な量のノジュール状ウィスカを発生させることができる。この方法において、母材とめっき層の材料の熱膨張係数差、すなわち(α−Mα)の値が小さい場合には、所期の目的を達成できるだけの塑性変形が起こらないことが生じうる。そのような場合には、前記請求項2に係る発明、すなわち鉛フリーのめっき層に相転移を起こさせる態様を選択する。
【0021】
請求項5に係る発明は、特にめっき層がSnまたはSn合金のめっき層の場合に関しており、その場合に、前記ΔTaが60℃以上の温度差であれば、所期の目的を達成できる塑性変形をめっき層に生じさせることができる。
【0022】
請求項6に係る発明は、上記した各発明における母材の材料を選択的に定めるものであり、好ましくは、母材がCu、Cu合金または42アロイである。限定されるものではないが、めっき層材料がSnまたはSn合金のときに、母材がCu、Cu合金であるめっき基材に対しては、前記請求項2に係る発明が好適に適用でき、母材が42アロイであるめっき基材に対しては、前記請求項4に係る発明が好適に適用できる。
【0023】
請求項7に係る発明は、上記した製造方法で製造されるめっき基材に関しており、母材の表面に鉛フリーのめっき層を有するめっき基材であって、めっき層形成後に少なくともめっき層部分に冷熱サイクル履歴が人為的に与えられることによりノジュール状のウィスカが形成されていることを特徴とする。
【0024】
前記したように、このめっき基材では、ノジュール状のウィスカが積極的かつ人為的に成長させられていることにより、めっき層の内部応力は開放されているので、電子機器等として使用している過程で、針状ウィスカが大きく成長することはない。
【0025】
請求項8に係る発明は、上記のめっき基材が車載用のめっき基材であることを特徴とする。車載用のめっき基材は、冷熱の温度差が激しい使用状態におかれるので、恒温放置による試験以上のウィスカに対する耐性が求められており、本発明によるめっき基材は過酷な冷熱サイクル履歴を得て製造されるものであり、車載用のめっき基材として、特に好適である。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、母材の表面に鉛フリーのめっき層を有するめっき基材を製造するに際して、製造工程の1つとして簡単な人為的操作を加えることで、長さが30μmを超えるような長さの長い針状ウィスカが成長するのを確実に抑制することのできるめっき基材を得ることができる。
【実施例】
【0027】
[実施例1]
Cu合金母材に電解めっきにより厚さ9μmのSn−Cu合金による鉛フリーめっき層を形成してめっき基材とした。めっき層形成直後に、低温側−40℃に30分間放置⇔高温側20℃に30分間放置を1サイクルとする冷熱サイクルを500回繰り返す冷熱サイクル履歴をめっき層に与えた。
【0028】
冷熱サイクル履歴後のめっき基材における鉛フリーめっき層の内部応力(圧縮)を測定した。その結果を図1に示した。また、電子顕微鏡(SEM)を用いて、冷熱サイクル履歴後のめっき層表面のウィスカの発生状態を観察した。さらに、そのめっき基材を室温環境に2000時間放置した後、電子顕微鏡(SEM)を用いて、めっき層表面のウィスカの発生状態を観察した。その結果を表1に示した。
【0029】
[比較例1]
実施例1と同じ、母材表面に鉛フリーめっき層を持つめっき基材を作った。それに対して冷熱サイクルを加えることなく、めっき層形成直後の鉛フリーめっき層の内部応力(圧縮)を測定した。その結果を図1に示した。また、めっき基材を室温環境に2000時間放置した後、電子顕微鏡(SEM)を用いて、めっき層表面のウィスカの発生状態を観察した。その結果を表1に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
なお、表1で、径が3μmを超える大きさのウィスカをノジュール状ウィスカとし、径が3μm以下でかつ長さが50μmを超えるものを針状ウィスカとして示した。○は多数観察されたことを示し、△はわずかに観察されたことを示し、×は観察されなかったことを示す。
【0032】
[考察]
図1に示すように、比較例1でのめっき層形成直後の内部応力は20MPaを大きく超えた値である。一方、実施例1において冷熱サイクル履歴後の内部応力は20MPaを大きく下回った値となっている。これは、実施例1では冷熱サイクルを加えることによりめっき層内に相転移が起こり、表1に示すように、ノジュール状ウィスカが多数発生して、それにより内部応力が解放されたものと解釈できる。その結果、2000間放置後の実施例1では、ノジュール状ウィスカはそのまま残っているものの長さの長い針状ウィスカの発生は観察されず、一方、内部応力がそのまま残っている比較例1では、長さの長い針状ウィスカの発生が観察されている。
【0033】
[実施例2]
42アロイ母材(熱膨張係数Mα:7.0×10−6/℃)に電解めっきにより厚さ9μmのSn(熱膨張係数α:22×10−8/℃)による鉛フリーめっき層を形成してめっき基材とした。めっき層形成直後に、温度差ΔTaが60℃である冷熱サイクル(低温側0℃に30分間放置⇔高温側60℃に30分間放置を1サイクルとする冷熱サイクル)を500回繰り返す冷熱サイクル履歴をめっき層に与えた。
【0034】
なお、この例において、前記式1:ΔT=a/(α−Mα)/bから求められるΔTは、40×10÷(22×10−8−7.0×10−6)÷(4.99×1010)=54,1(℃)であり、ここでは、ΔTaとして60℃を選択した。
【0035】
冷熱サイクル履歴後のめっき基材における鉛フリーめっき層の内部応力(圧縮)を測定した。その結果を図2に示した。また、電子顕微鏡(SEM)を用いて、冷熱サイクル履歴後のめっき層表面のウィスカの発生状態を観察した。さらに、そのめっき基材を室温環境に2000時間放置した後、電子顕微鏡(SEM)を用いて、めっき層表面のウィスカの発生状態を観察した。その結果を表2に示した。
【0036】
[比較例2]
実施例2と同じ、母材表面に鉛フリーめっき層を持つめっき基材を作った。それに対して冷熱サイクルを加えることなく、めっき層形成直後の鉛フリーめっき層の内部応力(圧縮)を測定した。その結果を図2に示した。また、めっき基材を室温環境に2000時間放置した後、電子顕微鏡(SEM)を用いて、めっき層表面のウィスカの発生状態を観察した。その結果を表2に示した。
【0037】
【表2】

【0038】
なお、表2で、径が3μmを超える大きさのウィスカをノジュール状ウィスカとし、径が3μm以下でかつ長さが50μmを超えるものを針状ウィスカとして示した。○は多数観察されたことを示し、△はわずかに観察されたことを示し、×は観察されなかったことを示す。
【0039】
[考察]
図2に示すように、ここでも、比較例2におけるめっき層形成直後の内部応力は20MPaを大きく超えた値である。一方、実施例2において冷熱サイクル履歴後の内部応力は20MPaを大きく下回った値となっている。これは、実施例2では冷熱サイクルを加えることによりめっき層内に塑性変形が起こり、それにより表2に示すようにノジュール状ウィスカが多数発生して、内部応力が解放された結果と解釈できる。その結果、2000間放置後の実施例2では、実施例1と同様に、ジュール状ウィスカはそのまま残っているものの長さの長い針状ウィスカの発生は観察されず、一方、内部応力がそのまま残っている比較例2では、長さの長い針状ウィスカの発生が観察されている。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例1および比較例1でのめっき層内の内部応力を示すグラフ。
【図2】実施例2および比較例2でのめっき層内の内部応力を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の表面に鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法であって、母材表面に鉛フリーのめっき層を形成する工程と、前記めっき層形成工程の後に、形成しためっき層にノジュール状のウィスカを人為的に発生させる工程と、を少なくとも含むことを特徴とする鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法。
【請求項2】
前記ノジュール状のウィスカを人為的に発生させる工程が、形成しためっき層が相転移を起こす温度を含む温度帯域での冷熱サイクル履歴を少なくともめっき層部分に与える工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法。
【請求項3】
めっき層がSnまたはSn合金のめっき層であり、前記冷熱サイクル履歴を行う温度帯域における低温側の最高温度は13℃であり高温側の最低温度は20℃であることを特徴とする請求項2に記載の鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法。
【請求項4】
前記ノジュール状のウィスカを人為的に発生させる工程が、形成しためっき層が次式1で現される塑性変形を起こす温度差ΔT以上の温度差ΔTaでの冷熱サイクル履歴を少なくともめっき層部分に与える工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法。
式1:ΔT=a/(α−Mα)/b
ただし、aはめっき層材料の降伏応力、bはめっき層材料のヤング率、αはめっき層材料の熱膨張係数、Mαは母材の熱膨張係数、である。
【請求項5】
めっき層がSnまたはSn合金のめっき層であり、前記ΔTaは60℃以上の温度差であることを特徴とする請求項4に記載の鉛フリーのめっき層を有するめっき基材の製造方法。
【請求項6】
母材がCu、Cu合金または42アロイであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の鉛フリーのSnめっき層を有するめっき基材の製造方法。
【請求項7】
母材の表面に鉛フリーのめっき層を有するめっき基材であって、めっき層形成後に少なくともめっき層部分に冷熱サイクル履歴が与えられることにより成長したノジュール状のウィスカが形成されていることを特徴とするめっき基材。
【請求項8】
車載用のめっき基材であることを特徴とする請求項7に記載のめっき基材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−24237(P2009−24237A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−190683(P2007−190683)
【出願日】平成19年7月23日(2007.7.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】