説明

アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤

【課題】アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤であって、日常的に使用できる、安定かつ安全な剤を開発する。
【解決手段】本発明は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンと、それらの誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤を提供する。前記グッグルステロンは、(Z)−グッグルステロン及び/又は(E)−グッグルステロンの場合がある。前記アディポネクチン受容体は、アディポネクチン受容体1及び/又は2の場合がある。前記剤は、皮膚弾性特性の低下を予防又は改善するために用いられる場合がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロン等を含む、アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、表皮、真皮、皮下組織等から構成されている。皮膚は体の内側を支える支持組織としても機能しており、その物性は外界からの物理的刺激に対する防御や、内部組織の定位などに重要である。この皮膚の物性、特に皮膚の弾性特性が低下することで、たるみの増悪に繋がることが示されている(非特許文献1)。この皮膚の弾性特性は、コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸等の細胞外マトリクス成分の減少によって低下する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Ahn,S.ら、Skin Research and Technology,13:280(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、コラーゲン、ヒアルロン酸等の細胞外マトリクス成分の外用や注射が、皮膚のはりを治す方法として用いられてきた。しかし、前記細胞外マトリクス成分は高分子であるため、外用によって皮膚深部まで到達させることは困難であり、日常的に繰り返し注射することも困難である。そこで、皮膚弾性特性の低下を予防及び改善することができる剤であって、日常的に使用でき、安定かつ安全な剤を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
コラーゲン等の細胞外マトリクス成分は、アディポネクチン等に応答して皮膚の線維芽細胞で産生される(特開2010−75639号公報)。皮膚の弾性特性は加齢とともに低下し、年齢と統計学的に有意に負の相関を示す(PCT/JP2010/056617号明細書)にもかかわらず、血中のアディポネクチン濃度は、年齢とともに高くなる(Isobe,Tら、Eur J Endocrinol、153:91(2005))。
【0006】
本発明者らは、アディポネクチン受容体の発現が、加齢にともなって減少することを新たに見出した。この発見は、加齢にともなう皮膚の弾性特性の低下の原因が、加齢にともなうアディポネクチン濃度の上昇を相殺するアディポネクチン受容体の発現減少であることを示唆する。加齢以外の要因でアディポネクチン受容体の発現が減少する場合でも、皮膚の弾性特性は低下するであろう。するとアディポネクチン受容体発現を促進することによって、皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善できると考えられる。
【0007】
また本発明者らは、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンが、アディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進することも見出した。そこで、本発明者らは、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンを皮膚弾性特性低下の予防及び/又は改善の用途に用いる本発明を想到した。
【0008】
本発明は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンと、それらの誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤を提供する。本発明は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンと、それらの誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、アディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する剤を提供する。
【0009】
本発明の剤において、前記グッグルステロンは、(Z)−グッグルステロン及び/又は(E)−グッグルステロンの場合がある。本発明の組成物において、前記グッグルステロンは、(Z)−グッグルステロン及び/又は(E)−グッグルステロンの場合がある。
【0010】
本発明の剤において、前記アディポネクチン受容体は、アディポネクチン受容体1及び/又は2の場合がある。本発明の組成物において、前記アディポネクチン受容体は、アディポネクチン受容体1及び/又は2の場合がある。
【0011】
本発明の剤は、皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善するために用いられる場合がある。本発明の組成物は、皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善するために用いられる場合がある。
【0012】
本発明の剤又は組成物は、医薬品として用いられる場合がある。本発明の剤又は組成物は、食品として用いられる場合がある。
【0013】
本発明は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンと、それらの誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤を投与するステップを含む、皮膚状態の悪化を予防及び/又は改善する方法を提供する。本発明は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンと、それらの誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含む、アディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する組成物を投与するステップを含む、皮膚状態の悪化を予防及び/又は改善する方法を提供する。前記皮膚状態の悪化は皮膚弾性特性の低下の場合があるが、これに限定されない。前記グッグルステロンは、(Z)−グッグルステロン及び/又は(E)−グッグルステロンの場合がある。前記アディポネクチン受容体は、アディポネクチン受容体1及び/又は2の場合がある。前記剤又は組成物は、医薬品及び/又は食品の場合がある。
【0014】
本発明において、アディポネクチン受容体の遺伝子発現量は、線維芽細胞におけるアディポネクチン受容体のmRNAの量の他、線維芽細胞におけるアディポネクチン受容体の転写活性を含む。前記線維芽細胞におけるアディポネクチン受容体のmRNAの量は、RT−PCR法、ノザンブロット法その他の固相雑種形成法を含むがこれらに限定されない方法によって測定される。前記線維芽細胞におけるアディポネクチン受容体の転写活性は、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、β−ガラクトシダーゼ(LacZ)、ルシフェラーゼ(Luc)、緑蛍光タンパク質(GFP)その他のレポータータンパク質がアディポネクチン受容体の遺伝子発現制御領域によって駆動されるコンストラクトを線維芽細胞に一時的又は永続的に導入することによって測定されるのが典型的である。
【0015】
本発明において、アディポネクチン受容体の遺伝子発現量は、測定するときの細胞の数又は全タンパク量によって標準化された絶対値として決定される場合がある。あるいは、同じ数の細胞が、複数の同一容器、例えば、ウェル、ディッシュ、フラスコ等に播種される場合には、被験処理条件における培養後の容器1つあたりのアディポネクチン受容体の遺伝子発現量は、被験処理前の前記線維芽細胞のアディポネクチン受容体の遺伝子発現量を基準とする相対値で表される場合がある。さらに、本発明において、アディポネクチン受容体の遺伝子発現量は、同じ数の細胞が、複数の同一容器、例えば、ウェル、ディッシュ、フラスコ等に播種される場合には、同一条件で処理された容器1つあたりの対照遺伝子の発現量で標準化される場合がある。前記対照遺伝子は、いわゆるハウスキーピング遺伝子を含むが、これらに限らず、例えば遺伝子発現アレイチップ等の手段で見つけることができる。本発明において、ハウスキーピング遺伝子は、28SrRNA、18SrRNA、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)、グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、β−アクチン等を含むが、これらに限定されない。前記対照遺伝子がGAPDH又はβ−アクチンの場合には、「対照遺伝子のmRNA量」という文言それぞれは、GAPDH又はβ−アクチンのmRNA量を意味するものとする。
【0016】
本発明において、線維芽細胞は、生体から採取された線維芽細胞と、継代された線維芽細胞株とを含む。
【0017】
本発明において、固相雑種形成法は、いわゆるノザンブロット法の他、遺伝子発現アレイチップへの雑種形成法を含むが、これらに限定されない。
【0018】
本発明において、被験処理条件は、試験化合物を添加した培地中で前記線維芽細胞を培養することを含み、その他に、培養の際の温度、ガス組成、ガス分圧その他の物理的条件が操作される場合がある。
【0019】
本発明において、試験化合物は、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン、(E)−グッグルステロン等を含むが、これらに限定されない。
【0020】
本発明において、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンは、藻類を含む植物の抽出物から精製された化合物か、あるいは化学的に合成され、精製された化合物の場合があるが、これらに限定されない。
【0021】
本発明において、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンの「塩」とは、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンのアディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する効果を損なわないことを条件として、金属塩、アミン塩等を含むいずれかの塩をいう。前記金属塩は、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等を含む場合がある。前記アミン塩は、トリエチルアミン塩、ベンジルアミン塩等を含む場合がある。
【0022】
本発明において、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンの「誘導体」とは、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンのアディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する効果を損なわないことを条件として、いずれかの原子団と共有結合した、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンを指す。前記いずれかの原子団は、N−フェニルアセチル基、4,4’−ジメトキシトリチル(DMT)基等のような保護基と、タンパク質、ペプチド、糖、脂質、核酸等のような生体高分子と、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリビニル、ポリエステル等のような合成高分子と、エステル基等のような官能基とを含むがこれらに限定されない。前記エステル基は、例えば、メチルエステル、エチルエステルその他の脂肪族エステルか、芳香族エステルかを含む場合がある。
【0023】
本発明の剤又は組成物を含む医薬品は、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンのアディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する効果を損なわないことを条件として、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンか、それらの塩、及び/又は、生体内で薬物代謝酵素その他によって、レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンを放出できる誘導体に加えて、さらに1種類又は2種類以上の薬学的に許容される添加物を含む場合がある。前記添加物は、希釈剤及び膨張剤と、結合剤及び接着剤と、滑剤と、流動促進剤と、可塑剤と、崩壊剤と、担体溶媒と、緩衝剤と、着色料と、香料と、甘味料と、防腐剤及び安定化剤と、吸着剤と、当業者に知られたその他の医薬品添加剤とを含むが、これらに限られない。
【0024】
本発明の剤又は組成物を含む食品は、例えば、キャンディー、クッキー、味噌、フレンチドレッシング、マヨネーズ、フランスパン、醤油、ヨーグルト、ふりかけ、調味料・納豆のたれ、納豆、もろみ黒酢等の従来食品に用いるものであればいずれでもよく、前記例示に限定されるものでない。
【0025】
本発明において、皮膚弾性特性と、アディポネクチン産生と、アディポネクチン受容体の遺伝子発現との測定は当業者に周知のいかなる測定方法を使用して実施されてもかまわない。
【0026】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】アディポネクチンとヒト皮膚弾性特性との相関関係を示すグラフ。
【図2】免疫組織化学染色した真皮切片の顕微鏡写真。
【図3】顕微鏡の視野1個あたりのアディポネクチン受容体1及びアディポネクチン受容体2の陽性細胞数を表すグラフ。
【図4】マウスのアディポネクチン産生における紫外線照射の影響を示すグラフ。
【図5】マウスのアディポネクチン受容体の遺伝子発現における紫外線照射の影響を示すグラフ。
【図6】アディポネクチン受容体1の遺伝子発現における、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの影響を示すグラフ。
【図7】アディポネクチン受容体2の遺伝子発現における、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの影響を示すグラフ。
【図8】アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現における、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの混合物の影響を示すグラフ。
【図9】アディポネクチン産生における、グッグルステロン及びトログリタゾンの影響を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【0029】
以下の実施例に説明される研究は、「ヘルシンキ宣言(2002年10月改定)」、「疫学研究に関する倫理指針(平成14年6月17日文部科学省、厚生労働省)」、「臨床研究に関する倫理指針(平成15年7月30日厚生労働省)」、「実験動物の適正な実施に向けたガイドライン(平成18年6月1日日本学術会議)」、「研究機関における動物実験等の実施に関する基本指針(平成18年6月1日文部科学省)」及び「厚生労働省における動物実験等の実施に関する基本指針(平成18年6月1日厚生労働省)」の趣旨に則り資生堂リサーチセンターの倫理委員会によって承認された後に実施された。
【実施例1】
【0030】
アディポネクチンと皮膚弾性特性との相関関係
1.材料及び方法
(1)被験者
30歳ないし40歳の健康な女性ボランティア30名が、被験者として選定された。これらの女性被検者は、非喫煙者で、日光曝露が中程度である。試験内容等が、選定された被験者に文書に基づいて説明され、全ての被験者の同意が得られた。
【0031】
(2)高分子多量体アディポネクチン濃度の測定
血液が、前記被験者から一晩絶食後に採取され、血漿試料が当業者に周知の標準的な方法に従って調製された。その後、常法に従って、血漿試料中の高分子多量体アディポネクチン濃度が測定された。
【0032】
(3)皮膚弾性特性の測定
被験者の皮膚弾性特性は、顔面を洗浄し、恒温恒湿室(室温:21±2°C、湿度:45±5%)で30分間安静にした後、測定された。測定には、陰圧吸引による非侵襲的な生体皮膚粘弾性測定装置であるキュートメーター(Cutometer)MPA580(登録商標、ドイツ、ケルン市、Courage and Khazaka)が用いられた。被験者は、仰臥状態で首を45度傾げて頬を水平にした状態にされ、口角から3cmの頬の中心の皮膚が2mm径のプローブを用いて400mbarの陰圧で2秒間吸引された。その後、常圧に戻して2秒間の緩和時間で皮膚が戻る様子が、波形図で記録された。皮膚弾性特性のパラメーターは、Deleixhe−Mauhin、F.らが報告した論文(Clin. Exp. Dermatol. 19:130−133(1994))の記載に基づいて決定された。皮膚弾性特性回復率は、弾性回復成分(immediate retraction:Ur)を最大吸引値(final distention:Uf)で除算した商として算出された。
【0033】
(4)アディポネクチンと皮膚弾性特性との相関関係の評価
前記高分子多量体アディポネクチン濃度と、前記皮膚弾性特性回復率とのデータは、ピアソンの相関係数を算出して評価された。
【0034】
2.結果
アディポネクチンとヒト皮膚弾性特性との相関関係
図1は、アディポネクチンとヒト皮膚弾性特性との相関関係を調べた実験結果を示すグラフである。グラフ中の「N」の記載は被験者数を、「p」の記載は有意確率を、「r」の記載は積率相関係数を示す。図1に示されるとおり、血漿試料中の高分子多量体アディポネクチン濃度(μg/mL)と、皮膚弾性特性回復率とは正の相関を示した。
【0035】
本実施例の実験結果から、アディポネクチン濃度と皮膚弾性特性回復率とは、ヒトで正の相関を示すことが明らにされた。したがって、血中のアディポネクチン濃度を高くすることによって、皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善できることが示唆された。
【0036】
3.考察
ここで、皮膚弾性特性と、年齢とが統計学的に有意に負の相関を示すことが以前に開示された(PCT/JP2010/056617号明細書)。この明細書を考慮すると、アディポネクチン濃度は、皮膚弾性特性と負の相関を示すことが予測された。しかし、実際には、血中のアディポネクチン濃度は、年齢と正の相関があり(磯部ら、糖尿病、49:119(2006))、年齢とともにアディポネクチン濃度が高くなる傾向がある(Adamczak,Mら、Clin Endocrinol、62:114(2005)、及び、Isobe,Tら、Eur J Endocrinol、153:91(2005))ことが報告されている。そこで、加齢による皮膚弾性特性の低下は、アディポネクチンに対する応答経路の下流のシグナル伝達抑制が原因であると考えられた。
【実施例2】
【0037】
アディポネクチン受容体の免疫組織学的解析
1.材料及び方法
(1)組織切片の作製
組織切片の作製には、同意を得た患者から美容整形手術時に採取された腹部皮膚組織(BIOPREDIC International、株式会社ケー・エー・シー)が用いられた。前記皮膚組織は、アセトン・安息香酸メチル固定後、パラフィン包埋され、前記組織の薄切切片が作製された。
【0038】
(2)免疫組織化学染色
前記組織切片の免疫組織化学染色は、当業者に周知の標準的な方法に従って行われた。簡潔には、組織切片は、キシレン及びエタノールで脱パラフィン処理された後、0.3%過酸化水素を含有するメタノールに浸漬され、内因性ペルオキシダーゼが失活された。ブロッキング処理が、ヤギ血清を用いて20分間室温で行われた。ヒトアディポネクチン受容体1(AdipoR1)抗体(ALX−210−644R、Enzo Life Sciences)と、ヒトアディポネクチン受容体2(AdipoR2)抗体(ALX−210−646R、Enzo Life Sciences)とが、PBSで1000分の1に希釈され、1次抗体として用いられた。前記1次抗体は、室温30分間の反応後、PBSで洗浄された。ビオチン標識ヤギ抗体が2次抗体として用いられた。前記2次抗体は、室温30分間の反応後、PBSで洗浄された。染色がVECTASTAIN Elite ABC kit(PK6105、Vector Laboratories, Inc.、フナコシ株式会社)を用いて、製造者の指示書に従って行われた。その後、核染色が、マイヤーヘマトキシリン溶液を用いて行われた。
【0039】
(3)染色された細胞数の計測
光学顕微鏡(OLYMPUS PROVIS AX80)を用いて、強拡大(対物40倍、接眼10倍)で1標本あたり16視野観察して、各視野毎にアディポネクチン受容体1及び2の陽性細胞数を計測し、全視野の平均値を各被験者のそれぞれの陽性細胞数とした。
【0040】
2.結果
(1)真皮の免疫組織化学染色
図2は、免疫組織化学染色した真皮切片の顕微鏡写真である。図2に示されるとおり、アディポネクチン受容体1(図2(A)及び(B))と、アディポネクチン受容体2(図2(C)及び(D))との発現は、真皮の線維芽細胞で観察された。前記線維芽細胞は、20歳代の試料と比較して60歳代の試料ではほとんど観察されなかった。
【0041】
(2)染色された細胞数の計測
図3は、顕微鏡の視野1個あたりのアディポネクチン受容体1及び2の陽性細胞数を表すグラフである。各実験条件の誤差棒は、被験者の測定値の標準偏差を示す。図3に示されるとおり、アディポネクチン受容体1(図2(A))と、アディポネクチン受容体2(図2(C))との陽性細胞は、30歳代以降で顕著に低下した。
【0042】
本実施例の実験結果から、アディポネクチンに対する応答経路の下流である、アディポネクチン受容体1及び2は、加齢によって減少することが示された。したがって、加齢による皮膚弾性特性の低下は、アディポネクチン受容体1及び2の減少によって生じることが示唆された。
【実施例3】
【0043】
アディポネクチン産生及びアディポネクチン受容体の遺伝子発現における紫外線照射の影響
1.材料及び方法
(1)実験動物
SKH HR−1へアレスマウス(雄、5週齢、チャールズリバー)が用いられた。1週間の予備飼育後、前記ヘアレスマウスは、平均体重が等しくなるように、異なる実験群に配属された。
【0044】
(2)紫外線照射
108mJ/cmの紫外線(UVB)が、紫外線照射機(デルマレイ200、テルモ・クリニカルサプライ)を用いてヘアレスマウスの背部に照射された。紫外線照射量はUVRADIOMETER(UVR−305/365D(II)、トプコン)で測定された。紫外線未照射ヘアレスマウスが陰性対照として用いられた。
【0045】
(3)アディポネクチン濃度の測定
血清試料が、陰性対照のマウス(5匹)と、紫外線照射後24時間のマウス(5匹)とから調製され、総アディポネクチン濃度が測定された。前記総アディポネクチン濃度は、アディポネクチンELISAキット(410713、大塚製薬株式会社)を用いて測定された。
【0046】
(4)アディポネクチン受容体の遺伝子発現
陰性対照のマウス(5匹)と、紫外線照射4、8及び24時間後のマウス(それぞれ5匹)とから皮膚組織が採取され、即座に液体窒素で凍結された。凍結皮膚組織は、凍結プレス破砕装置(クライオプレス、マイクロテック・ニチオン)で粉砕された。RNA及びcDNAの調製は、当業者に周知の標準的な方法に従って実施された。定量RT−PCRには、LightCycler(登録商標)TaqMan(登録商標)Master kit(04535286001、ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)が用いられた。アディポネクチン受容体1、アディポネクチン受容体2及びβ−アクチンの遺伝子を増幅するために、配列番号1及び2と、配列番号3及び4と、配列番号5及び6との順方向及び逆方向プライマー対それぞれが用いられた。PCRは、95°C、10分間を1回と、95°C、10秒間、55°C、20秒間及び72°C、1秒間を45回との反応条件で行われた。アディポネクチン受容体1、アディポネクチン受容体2及びβ−アクチンの遺伝子発現率は、LightCycler Software Ver.3.5(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)で解析され、β−アクチンの発現量で標準化して算出された。
【0047】
2.結果
(1)アディポネクチン濃度
図4は、マウスのアディポネクチン産生における紫外線照射の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、陰性対照群及び紫外線照射群のマウスそれぞれ5匹の血清試料中の総アディポネクチン濃度を測定した実験結果の各群の測定値の標準偏差を示す。図4に示されるとおり、血清試料中の総アディポネクチン濃度は、紫外線照射によって変化しなかった。
【0048】
(2)アディポネクチン受容体の遺伝子発現
図5は、アディポネクチン受容体の遺伝子発現における紫外線照射の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、陰性対照群及び紫外線照射群のマウスそれぞれ5匹における、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現を測定した実験結果の測定値の標準偏差を示す。アステリスク(*)は、parametric Dunnet testで陰性対照と比較したp値が5%未満であることを示す。図5に示されるとおり、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現は、紫外線照射後、経時的に顕著に低下した。
【0049】
本実施例の実験結果から、紫外線照射に対する応答調節が、アディポネクチンと、アディポネクチン受容体とで異なることが示された。このため、加齢に対する応答調節も、アディポネクチンと、アディポネクチン受容体とで異なることが示唆された。したがって、アディポネクチン受容体1及び2の発現促進が、加齢による皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善するために有効であることが示唆された。
【実施例4】
【0050】
アディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する化合物のスクリーニング
1.材料及び方法
(1)試験化合物の調製
アディポネクチン受容体の遺伝子発現を促進する効果を評価するために、レスベラトロール(R5010、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)と、フコキサンチン(067−05511、和光純薬工業株式会社)と、(Z)−グッグルステロン(G5168、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)と、(E)−グッグルステロン(G4923、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)とが試験化合物として用いられた。ウシ胎仔血清を2%添加したFGM−2(CC−3132、LONZA)(以下、「線維芽細胞培養用培地」という。)が前記化合物の調製に用いられた。ここで、レスベラトロールは、15μM、30μM及び60μMとなるように線維芽細胞培養用培地に添加された。フコキサンチンは、5μM、10μM及び20μMとなるように線維芽細胞培養用培地に添加された。(Z)−グッグルステロンは、25μM、50μM及び100μMとなるように線維芽細胞培養用培地に添加された。(E)−グッグルステロンは、12.5μM、25μM及び50μMとなるように線維芽細胞培養用培地に添加された。(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの混合物では、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンそれぞれが、12.5μMとなるように線維芽細胞培養用培地に添加された。DMSOを添加した線維芽細胞培養用培地が、陰性対照として用いられた。
【0051】
(2)細胞培養
細胞は、ヒト真皮線維芽細胞(CC−2509、LONZA)が用いられた。前記細胞は、ウェル1個あたり15.2×10個となるように市販の6ウェル培養プレート(3046、ファルコン、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に播種された。前記細胞は、線維芽細胞培養用培地を用いて、37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で24時間培養された。その後、培地は、前記試験化合物を添加した線維芽細胞培養用培地に切り換えられ、前記線維芽細胞は24時間培養された。
【0052】
(3)アディポネクチン受容体の遺伝子発現
アディポネクチン受容体の遺伝子発現は、実施例3で説明された方法に従って測定された。アディポネクチン受容体1、アディポネクチン受容体2及びグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の遺伝子を増幅するために、配列番号7及び8と、配列番号9及び10と、配列番号11及び12との順方向及び逆方向プライマー対それぞれが用いられた。アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現率は、GAPDHの発現量で標準化して算出された。
【0053】
2.結果
アディポネクチン受容体の遺伝子発現
図6及び7は、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現におけるレスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、陰性対照群及び試験化合物添加群それぞれのウェル4個の線維芽細胞におけるアディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現を測定した実験結果の測定値の標準偏差を示す。アステリスク(*)、(**)及び(***)それぞれは、parametric Dunnet test(AdipoR1)又はSteel test(AdipoR2)で陰性対照と比較したp値が、5%未満、1%未満及び0.1%未満であることを示す。図6及び7に示されるとおり、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンを添加すると、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現は、統計学的に有意に増大した。(E)−グッグルステロンは、(Z)−グッグルステロンと比較して、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現を促進する効果が高かった。
【0054】
図8は、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現における、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの混合物の影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、陰性対照群及び試験化合物添加群それぞれのウェル4個の線維芽細胞におけるアディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現を測定した実験結果の測定値の標準偏差を示す。アステリスク(**)は、Student t testで陰性対照と比較したp値が1%未満であることを示す。図8に示されるとおり、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンの混合物は、(Z)−グッグルステロン単独及び(E)−グッグルステロン単独では作用がみとめられなかった用量でも混合させることでアディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現を著明に増加させた。
【0055】
本実施例の実験結果から、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンは、アディポネクチン受容体1及び2の遺伝子発現を促進することが示された。したがって、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンは、アディポネクチン受容体の発現減少をともなう皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善できることが示唆された。
【実施例5】
【0056】
アディポネクチン産生におけるグッグルステロンの影響
1.材料及び方法
(1)試験化合物の調製
(Z)−グッグルステロン(G5168、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)と、(E)−グッグルステロン(G4923、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)と、トログリタゾン(T2573、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)とが、以下のとおり評価された。ウシ胎仔血清を10%添加したブレットキットPGM−2(PT−8002、LONZA)(以下、「脂肪細胞維持用培地」という。)と、該培地に分化因子(PT−9502、LONZA)を添加した培地(以下、「脂肪細胞分化用培地」という。)とが用意された。ここで、(E)−グッグルステロンは、12.5μMとなるように脂肪細胞分化用培地に添加された。(Z)−グッグルステロンは、25μMとなるように脂肪細胞分化用培地に添加された。(E)−グッグルステロン及び(Z)−グッグルステロンの混合物では、(E)−グッグルステロン及び(Z)−グッグルステロンそれぞれが、12.5μMとなるように分化用培地に添加された。トログリタゾンが5μMとなるように脂肪細胞分化用培地に添加された。DMSOを添加した脂肪細胞分化用培地が、陰性対照として用いられた。
【0057】
(2)細胞培養
細胞は、ヒト脂肪細胞(PT−5005、LONZA)が用いられた。前記細胞は、ウェル1個あたり1.2×10個となるように市販の96ウェル培養プレート(3047、ファルコン、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に播種された。前記細胞は、脂肪細胞維持用培地を用いて、37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で24時間培養された。その後、培地は、前記試験化合物を添加した脂肪細胞分化用培地に切り換えられ、前記脂肪細胞は7日間培養された。
【0058】
(3)アディポネクチン濃度の測定
総アディポネクチン濃度は、実施例3で説明された方法に従って測定された。
【0059】
2.結果
図9は、アディポネクチン産生におけるグッグルステロン及びトログリタゾンの影響を調べた実験結果を示すグラフである。各実験条件の誤差棒は、陰性対照群及び試験化合物添加群それぞれのウェル4個の脂肪細胞におけるアディポネクチン産生を測定した実験結果の測定値の標準偏差を示す。図9に示されるとおり、トログリタゾンはアディポネクチン産生を促進した一方、(E)−グッグルステロン単独と、(Z)−グッグルステロン単独と、(E)−グッグルステロン及び(Z)−グッグルステロンの混合物とはアディポネクチン産生を促進しなかった。
【0060】
結論
以上の実験結果から、アディポネクチン濃度と皮膚弾性特性回復率とは、ヒトで正の相関を示すことが明らかとなった。したがって、血中のアディポネクチン濃度を高くすることによって、皮膚状態の悪化、特に皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善できることが示唆された。
【0061】
アディポネクチン受容体1及び2の発現は、加齢、及び、代表的な加齢モデル実験で用いられる紫外線照射において低下することが示された。これらを考慮すると、加齢による皮膚弾性特性の低下は、アディポネクチン受容体1及び2の発現低下によって生じることが示唆された。また、加齢以外のその他の要因によってもアディポネクチン受容体の発現が減少すると、皮膚弾性特性が低下すると考えられた。したがって、アディポネクチン受容体の発現を促進する、レスベラトロール、フコキサンチン、(Z)−グッグルステロン及び(E)−グッグルステロンは、皮膚状態の悪化、特に皮膚弾性特性の低下を予防及び/又は改善できることが示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レスベラトロール、フコキサンチン及びグッグルステロンと、それらの誘導体及び/又は塩とからなる群から選択される1種類又は2種類以上の化合物を含むことを特徴とする、アディポネクチン受容体の遺伝子発現促進剤。
【請求項2】
前記グッグルステロンは、(Z)−グッグルステロン及び/又は(E)−グッグルステロンであることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
前記アディポネクチン受容体は、アディポネクチン受容体1及び/又は2であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
皮膚弾性特性の低下を予防又は改善するために用いられることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1つに記載の剤。


【図1】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−171893(P2012−171893A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33728(P2011−33728)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】