説明

アルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板およびその製造方法

【課題】本発明は、電池の高容量化、高出力化を志向した近年のアルカリ電池正極缶用のメッキ鋼板として、電池特性を改善しうるメッキ鋼板素材の提供を目的とする。
【解決手段】Fe−Ni拡散層の表層にアノード電解処理により形成された酸化膜は、電子伝導性を有するとともに電池内物質との密着性に優れ、高温で長期間保存してもその変化が少なく、結果として電池特性の改善に寄与する。すなわち、アルカリ電池正極缶用のNiメッキ鋼板であって、缶内面になる面にFe−Ni拡散層を有し、缶外面になる面にFe−Ni拡散層とNiメッキ層とを有し、かつ、前記の少なくとも缶内面になる面に前記Niメッキ鋼板をアノード電解処理することにより形成した酸化膜を有することを特徴とするNiメッキ鋼板及びその製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ電池正極缶に用いられるメッキ鋼板素材に関し、更に詳しくは、前記電池の電池特性および耐食性を改善しうる、メッキ鋼板素材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にアルカリ電池では、正極物質、負極物質、電解液等を内填し、かつ自身が正極の端子を兼ねる容器(正極缶)用の素材として、Niメッキされた鋼板が使用される。従来Niメッキは、缶に加工した後のいわゆるバレルメッキによって行われてきたが、缶内面へのNiメッキの付着が十分ではなく品質上の不安定性の問題があることから、先メッキ鋼板を缶に加工する方法に置き換わりつつある。先メッキ鋼板の場合、Niメッキ層が硬く延展性に乏しいことから、プレス加工性に劣り、また加工時にメッキが剥離して耐食性が劣化しやすい等の問題があった。この問題に対し、Niメッキ後熱処理することでメッキと地鉄の界面にFe−Ni拡散層を形成して密着性を向上させると同時に、Niを再結晶、軟質化してメッキ層の延展性を向上させる方法が知られており、プレス加工性や耐食性は大幅に改善される。
【0003】
ところで、アルカリマンガン電池において、高容量化を達成するためには、正極合剤中の二酸化マンガン含有率を増加させる必要があり、二酸化マンガン自身は導電性が低いことから接触抵抗の増大を招いている。この対策として正極缶の内面に導電性皮膜を形成させることが行われているが、このようなアルカリマンガン電池は初期の接触抵抗は低いものの、高温で長期間保存すると急激に接触抵抗が増大し、電池特性が悪化するという問題がある。
【0004】
また近年は、更なる電池高容量化、高出力化のために、二酸化マンガンに加えて、あるいは替えて、オキシ水酸化ニッケルのようなより酸化作用の大きな物質が正極合剤中に用いられることもあり、高温で長期間保存した場合の電池特性の悪化が顕在化している。
【0005】
前述の電池特性について、鋼板素材側からの改善方法に言及したものとして、以下のような先行例を上げることが出来る。
【0006】
特許文献1では、缶内面になる面の表層に最表層Fe露出率が10%以上であるFe−Ni拡散層を有することを特徴とするNiメッキ鋼板が開示されている。
【0007】
また特許文献2では、缶内面になる面にFe−Ni拡散層または、Fe−Ni拡散層とNiメッキ層が形成され、その最表層の酸化膜厚みが、50〜1000nmであることを特徴とするNiメッキ鋼板が開示されており、前記酸化膜はNiメッキ後、熱処理を行う際の露点を適切に選択することで、制御可能であることが開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開平2002−208382号公報
【特許文献2】特開平2002−212776号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上の従来技術は、電池の高容量化、高出力化を志向した近年のアルカリ電池正極缶用のメッキ鋼板としては、必ずしも満足できる性能レベルを有していなかった。そこで、本発明では、前記電池の電池特性を改善しうる、メッキ鋼板素材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、Fe−Ni拡散層の表層に、アノード電解処理により形成された酸化膜は、電子伝導性を有するとともに、電池内物質との密着性に優れ、高温で長期間保存してもその変化が少なく、結果として、電池特性の改善に寄与することを見出し本発明を完成した。すなわちその要旨とするとことは、アルカリ電池正極缶用のNiメッキ鋼板であって、缶内面になる面にFe−Ni拡散層を有し、缶外面になる面にFe−Ni拡散層とNiメッキ層とを有し、かつ、前記の少なくとも缶内面になる面に前記Niメッキ鋼板をアノード電解処理することにより形成した酸化膜を有することを特徴とするNiメッキ鋼板である。また、缶内面になる面にFe−Ni拡散層を有し、缶外面になる面にFe−Ni拡散層とNiメッキ層とを有するNiメッキ鋼板の少なくとも上記缶内面になる面のFe−Ni拡散層の表層に、前記Niメッキ鋼板をアノード電解処理することにより酸化膜を形成することを特徴とするアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、電池特性の優れた、アルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板およびその製造方法が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
まず本発明における、アルカリ電池正極缶内面に相当する面の構成要件について説明する。内面になる面には、Fe−Ni拡散層を有し、更にその表層にアノード電解処理することにより形成した酸化膜を有することが必要である。前記酸化膜が薄すぎると高温で長期間保存した場合の電池特性が低下しやすく、また厚すぎると外観が不均一になりやすいとともに、電気抵抗も増加しやすいことから電池特性も低下しやすい。したがって、5〜100nm、望ましくは、5〜50nmの厚みとするのがよい。
【0013】
前記酸化膜は、Fe,Ni,Oからなり、Fe−Ni拡散層の組成やアノード電解条件によっては、その組成が変化するが、どのような場合も同様な効果が得られる。ただし、より安定した性能を望む場合には、Fe−Ni拡散層の表層Fe濃度が高い方がよく、表層のFe露出率として、10%以上であることが望ましい。なおFe露出率はオージェ分光分析により、表層のFe,Niの強度から、Fe/(Fe+Ni)として定義できる。
【0014】
次に、正極缶外面に相当する面の構成要件について説明する。外面になる面には、Fe−Ni拡散層とその上にNiメッキ層とを有することが望ましく、これによって特に厳しい加工を受ける正極端子部の耐食性が良好になる。前記Niメッキ層は、再結晶軟質化されたものであれば、耐食性上、より好ましい。前記複層のメッキ層は、Niメッキの後熱処理により、Niメッキ層の一部にFe−Ni拡散層を形成し、最表層は純Niを残存させることで形成する方法が採用できる。外面になる面には、アノード電解処理することにより形成する酸化膜を有してもかまわないし、有しなくともよい。
【0015】
アノード電解処理の方法としては特に限定されず、水溶液中で、常温〜80℃の温度にて、0.1〜100A/dm2のアノード電解を行なえばよい。ただし、ここで注意が必要なのは、水溶液として強酸性水溶液を用いた場合、アノード電解によってNiメッキ層のエッチングが優先して起こり、酸化膜が形成されないため、酸性水溶液の場合には弱酸性水溶液とする必要がある。弱酸性水溶液としては、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸等を単独あるいは複合で10g/l未満の濃度とすることが望ましい。また前記濃度では電解質濃度が低く通電が安定しない場合があるため、さらに支持電解質として中性塩を複合添加することが望ましい。アルカリ性水溶液中では、適度な酸化膜厚みを得るのに長時間反応が必要であることから、生産性を考慮すると、中性あるいは弱酸性水溶液中での処理が望ましい。また、アルカリ性水溶液中での処理は反応速度が遅いものの均一に反応が進行しやすく、外観が安定しやすいといった利点もあることから、中性あるいは弱酸性水溶液中での処理に引き続いてアルカリ性水溶液中での処理を行うことも好適に用いられる。
【0016】
中性あるいは弱酸性水溶液中での処理の場合、アノード電解の電流密度によっては耐食性が低下する場合がある。これを防止するためには電流密度として、20A/dm2以上、好ましくは30A/dm2以上とすればよい。またこの高電流密度でのアノード電解の場合、処理浴温度が低いと酸化膜が形成されにくい場合があることから、高めの温度、具体的には50〜80℃、好ましくは60〜80℃での処理が望ましい。
【0017】
アノード電解処理に先立っては、必要に応じてアルカリ脱脂処理や酸洗活性化処理等の前処理を行ってもよい。
【0018】
本発明の鋼板は、缶内面になる面にFe−Ni拡散層を有し、缶外面になる面にFe−Ni拡散層とNiメッキ層とを有するNiメッキ鋼板の少なくとも上記缶内面になる面のFe−Ni拡散層の表層に、前記Niメッキ鋼板をアノード電解処理することにより酸化膜を形成することを特徴とするものである。
【0019】
前記方法として、鋼板の表裏面に差厚のNiメッキを施し、その後、非酸化性雰囲気にて熱処理を行なって、缶内面になる面のNiメッキ層の全てをFe−Ni拡散層とし、缶外面になる面のNiメッキ層の一部をFe−Ni拡散層とし、その後、少なくとも、Niメッキ層の全てがFe−Ni拡散層となっている面をアノード電解処理する方法を採用できる。
【0020】
アノード電解処理の前後のいずれでもロール圧延による形状の矯正と表面粗度の調整を行なうこともできる。ロール圧延は、ダルまたは鏡面ロールにて、伸び率0.1〜3%程度の処理が適用できる。
【実施例】
【0021】
未再結晶のNb,Ti−SULC鋼に脱脂、酸洗の前処理の後、無光沢ワット浴による電気メッキで、表1に示す付着量のNiを形成した。次いで4%H2−N2(露点−50℃)の雰囲気にて、810℃、60sec均熱の熱処理を行なった。次いで表1に示す各条件にて、各種水溶液中、各種条件下でアノード電解処理を行った。処理後水洗乾燥した。なお、実施例10では[1]に示す条件のアノード電解処理の後、水洗し、引き続き[2]に示す条件のアノード電解処理を行い、水洗乾燥した。いずれのサンプルも伸び率2%の調質圧延を行い供試材とした。比較例1〜3ではアノード電解処理を行わなかった。また比較例2では、Niメッキ後の熱処理を、N2のみ(露点0℃)の雰囲気にて行い酸化膜を形成した。
【0022】
(性能評価方法)
(メッキ層状態)
SEM、GDSの分析によりメッキ層状態を確認した。Fe−Ni拡散層となっているものを「A」、Fe−Ni拡散層とその上層にNiメッキ層となっているものを「B」表記した。また、酸化膜厚みは、AES(オージェ電子分析)により表層から深さ方向の元素分析を行い、O強度がアトミック%で5%となる深さを酸化膜厚みとした。また、表層のFe%は、AES(オージェ電子分析)により表層から深さ方向の元素分析を行い、O強度がアトミック%で5%となる深さにおける、Fe/(Fe+Ni)として定義した。
【0023】
(電池性能評価方法)
前記鋼板サンプルをプレス加工した正極缶を用い、通常のLR6型アルカリ電池を製造し、60℃70%RHで60日間貯蔵した。1kHzの交流抵抗計で内部抵抗を計測した。内部抵抗が100mΩ以下を◎、101〜120mΩを○、121〜150mΩを△、151mΩ〜を×、と評価した。
【0024】
(缶内面耐食性評価方法)
前記鋼板サンプルをプレス加工した正極缶を脱脂し、端面を蜜鑞シールした後、60℃×90%RH雰囲気下に3日間放置した。その後内面をルーペ(×10)で子細に観察し錆発生有無を観察した。錆なしを「○」、錆ありを「×」とした。
【0025】
(缶外面耐食性評価方法)
耐食性;前記鋼板サンプルをプレス加工した正極缶を脱脂し、端面を蜜鑞シールした後、正極凸端子部外面を上に向けて、塩水噴霧(JIS−Z−2371準拠)試験機に投入した。3時間試験を行った後取り出し水洗乾燥して、赤錆発生有無を観察した。錆なしを「○」、錆ありを「×」とした。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
本発明の実施例では、良好な性能を示した。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明により、電池の高容量化、高出力化を志向した近年のアルカリ電池正極缶用のメッキ鋼板として十分満足できる性能レベルを有するメッキ鋼板素材の提供が可能となるため、産業上の利用価値は多大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ電池正極缶用のNiメッキ鋼板であって、缶内面になる面にFe−Ni拡散層を有し、缶外面になる面にFe−Ni拡散層とNiメッキ層とを有し、かつ、前記の少なくとも缶内面になる面に前記Niメッキ鋼板をアノード電解処理することにより形成した酸化膜を有することを特徴とするNiメッキ鋼板。
【請求項2】
酸化膜厚みが5nm〜100nmであることを特徴とする請求項1に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板。
【請求項3】
アノード電解処理が、中性または弱酸性またはアルカリ性水溶液中での処理であることを特徴とする請求項1又は2に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板。
【請求項4】
アノード電解処理が、中性または弱酸性水溶液中での処理とこれに引き続くアルカリ性水溶液中での処理であることを特徴とする請求項1又は2に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板。
【請求項5】
弱酸性水溶液が、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸のいずれかあるいは複合で10g/l未満含有することを特徴とする請求項3又は4に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板。
【請求項6】
缶内面になる面にFe−Ni拡散層を有し、缶外面になる面にFe−Ni拡散層とNiメッキ層とを有するNiメッキ鋼板の少なくとも上記缶内面になる面のFe−Ni拡散層の表層に、前記Niメッキ鋼板をアノード電解処理することにより酸化膜を形成することを特徴とするアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。
【請求項7】
酸化膜厚みを5nm〜100nmとすることを特徴とする請求項6に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。
【請求項8】
アノード電解処理が、中性または弱酸性またはアルカリ性水溶液中での処理であることを特徴とする請求項6または7に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。
【請求項9】
アノード電解処理が、中性または弱酸性での処理とこれに引き続くアルカリ性水溶液中での処理であることを特徴とする請求項6または7に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。
【請求項10】
弱酸性水溶液が、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸のいずれかあるいは複合で10g/l未満含有することを特徴とする請求項8または9に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。
【請求項11】
アノード電解処理の電流密度が20A/dm2以上、浴温度が50〜80℃であることを特徴とする請求項8または9または10に記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。
【請求項12】
鋼板に表裏差厚のNiメッキを施した後、熱処理を行い、缶内面になる面のNiメッキ層の全てをFe−Ni拡散層とし、缶外面になる面のNiメッキ層の一部をFe−Ni拡散層とし、その後、少なくとも、Niメッキ層の全てがFe−Ni拡散層となっている面をアノード電解処理することを特徴とする請求項6〜11のいずれかに記載のアルカリ電池正極缶用Niメッキ鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2007−302935(P2007−302935A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−131305(P2006−131305)
【出願日】平成18年5月10日(2006.5.10)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】