説明

アルコール製造方法、アルコール飲料の製造方法、アルコール含有食品の製造方法およびそれらに用いる種菌

【課題】アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れる菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する技術を提供する。
【解決手段】ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成することを特徴とするアルコール製造方法を提供する。このヒダナシタケ目の菌類は、ミミナミハタケ種の菌類を含んでもよい。この炭素源は、グルコース、マンノース、ガラクトース、キシロース、スクロース、マルトースおよびセロビオースからなる群より選ばれる一種以上の糖を含んでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール製造方法、アルコール飲料の製造方法、アルコール含有食品の製造方法およびそれらに用いる種菌に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、世界のエネルギー消費は約9割が化石燃料に依存しており、エネルギー枯渇の窮地に立たされている。40年後に予想される石油枯渇に先立ち、各国で化石燃料に代わる新しい再生可能エネルギーの開発が進められている。新エネルギーとして注目されているのがバイオマスであり、特にEUや米国ではエネルギー開発が進んでいる。
【0003】
従来の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する方法としては、例えば特許文献1に記載されたものがある。同文献に記載された方法では、アルコール発酵能を有する菌として、アミラーゼ活性およびアルコール脱水素活性を有する担子菌を用いている。具体的には、アガリクスタケ、ブナシメジ、マツタケ、ツクリタケ、ヒラタケ、マンネンタケを用いてアルコール発酵を行っている。
【0004】
また、従来の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する方法としては、例えば特許文献2に記載されたものもある。同文献に記載された方法では、発酵工程が、まず被発酵物に担子菌を添加してなされる第一発酵工程と、該第一発酵工程の開始後に酵母を添加してなされる第二発酵工程からなる。
【0005】
また、従来の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する方法としては、例えば非特許文献1に記載されたものもある。同文献に記載された方法では、ヒラタケ、ヒメマツタケ(アガリクスタケ)、エノキタケを用いてアルコール発酵を行っている。
【0006】
また、従来の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する方法としては、例えば非特許文献2に記載されたものもある。同文献に記載された方法では、ヒラタケ、マツタケ、ヒメマツタケ(アガリクスタケ)、エノキタケを用いてアルコール発酵を行っている。
【0007】
【特許文献1】特開2001−286276号公報
【特許文献2】特開2004−298109号公報
【非特許文献1】Tokumitsu OKAMURA, Tomoko OGATA, Norie MINAMOTO, Tomomi TAKENO, Hiroko NODA, Shoko FUKUDA and Masahiro OHSUGI, “Characteristics of Wine Produced by Mushroom Fermentation”, Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry Vol. 65 (2001), No. 7 pp.1596-1600
【非特許文献2】Tokumitsu Okamura-Matsui, Tomomi Tomoda, Shoko Fukuda and Masahiro Ohsugi, “Discovery of alcohol dehydrogenase from mushrooms and application to alcoholic beverages”, Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic、Volume 23, Issues 2-6, 1 September 2003, Pages 133-144
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記文献記載の従来技術は、アルコール生産効率の面でさらなる改善の余地を有していた。特に、アルコール飲料ではなく、ガソリンなどの代替品として用いられる燃料用アルコールにおいては、価格競争力の面からさらに優れたアルコール生産効率が求められているため、さらにアルコール生産効率を向上させる改善の余地があった。
【0009】
また、上記文献記載の従来技術は、炭素源の資化性の面でさらなる改善の余地を有していた。特に、木質資源を化学的に分解して得られる炭素源には、多様な種類の糖などが含まれているため、さらに炭素源の資化性を向上させる改善の余地があった。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れる菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成することを特徴とするアルコール製造方法が提供される。
【0012】
この方法によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるヒダナシタケ目の菌類を用いるため、アルコール製造方法の生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【0013】
また、本発明によれば、アルコールを含有する液体を含むアルコール飲料の製造方法であって、ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを含有するこの液体を生成することを特徴とするアルコール飲料の製造方法が提供される。
【0014】
この方法によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるヒダナシタケ目の菌類を用いるため、アルコール飲料の製造方法の生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【0015】
また、本発明によれば、アルコールを含有する組成物を含むアルコール含有食品の製造方法であって、ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを含有するこの組成物を生成することを特徴とするアルコール含有食品の製造方法が提供される。
【0016】
この方法によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるヒダナシタケ目の菌類を用いるため、アルコール含有食品の製造方法の生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【0017】
また、本発明によれば、菌類を用いて炭素源からアルコールを生成するための種菌であって、ヒダナシタケ目の菌類の菌糸と、この菌糸を担持する担体と、を備えることを特徴とする種菌が提供される。
【0018】
この構成によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるヒダナシタケ目の菌類の菌糸を担体に担持させているため、菌類を用いて炭素源からアルコールを生成するための種菌として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ヒダナシタケ目の菌類を用いるため、アルコール生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0021】
未利用バイオマスからバイオエタノールを生産し、自動車燃料を始めとするエネルギー源としての利用が各国で推進されている。エタノールの製造工程は大きく分けて糖化工程と発酵工程の2つに分けられるが、一般的に前者は酸による化学的処理、後者は酵母または細菌による発酵法が用いられているのが現状である。
【0022】
担子菌は酵母や細菌に比べ、幅広い糖質資化能を有しており、また糖化と発酵を同時に行うことができるため、その応用が期待される。本実施形態では、担子菌(キノコ)のうちでも、本発明者が見出した優れたヒダナシタケ目の菌類(ミミナミハタケ)の糖質代謝能を利用したエタノール生産について説明する。
【0023】
図1は、実施の形態に係るミミナミハタケの分類学的系統を模式的に示した系統樹である。菌類には、真菌類および粘菌類が含まれる。真菌類には、子嚢菌類と、藻菌類と、担子菌類(真正担子菌綱)と、不完全菌類とが含まれる。担子菌類(きのこ)には、半担子菌亜綱と、同担子菌亜綱(帽菌亜綱)と、異担子菌亜綱とが含まれる。同担子菌亜綱には、ヒダナシタケ目と、ハラタケ目と、フクキン目とが含まれる。
【0024】
ヒダナシタケ目には、ミミナミハタケ科が含まれる。ミミナミハタケ科には、ミミナミハタケ属が含まれる。ミミナミハタケ属には、ミミナミハタケ種と、イタチナミハタケ種とが含まれる。
【0025】
ハラタケ目には、ハラタケ科と、シメジ科とが含まれる。ハラタケ科には、ハラタケ属が含まれる。ハラタケ属には、ヒメマツタケ種(アガリクスタケ)が含まれる。シメジ科には、キシメジ属と、ヒラタケ属と、エノキタケ属とが含まれる。キシメジ属には、マツタケ種が含まれる。ヒラタケ属には、ヒラタケ種が含まれる。エノキタケ属には、エノキタケ種が含まれる。
【0026】
生物分類学の最新の研究成果(本郷次雄 監修・解説、伊沢正名 写真、「山渓フィールドブックス 10 きのこ 第4版」、山と渓谷社、2002年6月10日発行を参照)によると、従来は、スエヒロタケ科と、ミミナミハタケ科とは、ハラタケ目に分類されていたが、現在では、ヒダナシタケ目に分類されている。
【0027】
図2は、実施の形態に係るミミナミハタケの形態を示した写真である。「山渓フィールドブックス 10 きのこ 第4版」によれば、和名ミミナミハタケ(Lentinellus cochleatus)は、夏〜秋、広葉樹の切株または倒木などに発生する小〜中型の菌である。傘はへら形〜不整なろうと形、表面は無毛平滑、赤褐色〜淡黄土色である。ひだは柄に垂生し密、帯白色で肉色を帯び、ひだの縁は鋸歯状である。柄は中心生〜偏心生、傘と同色〜暗色、表面に深い溝があり基部で癒着する。肉はウイキョウに似た、またはアニス種子様の匂いがあり無味である。本州東部〜北海道に分布する温帯種である。ドイツの図鑑によれば可食である。
【0028】
図3は、実施の形態に係るミミナミハタケにより炭素源からアルコールを生成する方法を説明するためのフローチャートである。実施の形態に係るアルコール製造方法では、ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成する。
【0029】
なお、後述するように、ミミナミハタケはアルコール脱水素酵素活性を有することを、本発明者は見出している。また、後述するように、ミミナミハタケは、ヒラタケに比べて、同一条件下で10倍程度の優れたアルコール生産能を有することを、本発明者は見出している。さらに、後述するように、ミミナミハタケは、他の菌類に比べて幅広い糖の資化性を有することを、本発明者は見出している。
【0030】
具体的には、図3(a)に示すように、まず、ミミナミハタケの種菌を木質バイオマスまたは各種の糖などを含む炭素源に接種する(S102)。次いで、ミミナミハタケの種菌を接種された炭素源を培養する(S104)。そして、ミミナミハタケにより炭素源から生成されたアルコールを含む液体を濾過などの手法により回収する(S106)。
【0031】
上記の炭素源が木質バイオマスを含む場合には、上記の培養工程において、図3(b)に示すように、ミミナミハタケにより炭素源を糖化する(S108)。そして、糖化された炭素源をミミナミハタケにより発酵してアルコールを生成する(S110)。
【0032】
なお、上述の発酵工程は、嫌気的条件であってもよく、好気的条件であってもよい。後述するように、ミミナミハタケは、嫌気的条件でも、好気的条件でもアルコール発酵を行うことができることを、本発明者は見出している。
【0033】
また、上述の炭素源は、糖を含んでいてもよい。さらに、上述の炭素源は、グルコース、マンノース、ガラクトース、キシロース、スクロース、マルトースおよびセロビオースからなる群より選ばれる一種以上の糖を含んでいてもよい。後述するように、ミミナミハタケは、これらの糖に対する資化性を有していることを、本発明者は見出している。
【0034】
あるいは、上述の炭素源は、木質材料を含んでいてもよい。また、上述の炭素源は、木材、おがくず、紙および藁からなる群より選ばれる一種以上の木質材料を含んでもよい。後述するように、ミミナミハタケは、濾紙、倒木をはじめとする木質材料の分解能を有していることを、本発明者は見出している。また、本発明者は、ミミナミハタケは、グルコマンナンを含む培地で培養すると、培地が透明になることから、グルコマンナンの分解能を有することも見いだしている。
【0035】
また、上述のミミナミハタケにより生成されるアルコールは、エタノールを含んでいてもよい。後述するように、ミミナミハタケは、炭素源からエタノールを生成することを、本発明者は見出している。
【0036】
そして、上述のミミナミハタケにより生成されるアルコールを用いて、アルコール飲料またはアルコール含有食品を製造してもよい。これらのアルコール飲料またはアルコール含有食品には、アルコール以外にも、ミミナミハタケの生成する各種成分が含まれていてもよい。また、アルコール含有食品は、固体であってもよく、液体であってもよく、ゲル状体などであってもよい。
【0037】
図4は、実施の形態に係るミミナミハタケを用いた種菌の構成を模式的に示した概念図である。図4(a)は、おがくずを担体として用いたミミナミハタケの種菌である。この種菌200では、蓋204を備える容器202内に、おがくず208が敷き詰められている。このおがくず中にミミナミハタケの菌糸206a、206bが担持されている。なお、ミミナミハタケの菌糸は、図4(a)のように、きのこを形成している必要はない。
【0038】
図4(b)は、木材チップを担体として用いたミミナミハタケの種菌である。この種菌300では、容器302内に、コルク栓状の形状からなる木材チップ304a、304b、304c、304d、304e、304fが収納されている。これらの木材チップには、ミミナミハタケの菌糸306a、306b、306c、306d、306e、306fが担持されている。なお、ミミナミハタケの菌糸は、図4(b)のように、きのこを形成している必要はない。
【0039】
図4(c)は、液体培地を担体として用いたミミナミハタケの種菌である。この種菌400では、蓋404を備える容器402内に、各種の糖などの炭素源を含む液体培地408が収納されている。これらの液体培地には、ミミナミハタケの菌糸406が担持されている。なお、ミミナミハタケの菌糸は、図4(c)のように、きのこを形成している必要はない。
【0040】
上述の種菌は、菌類を用いて炭素源からアルコールを生成するための種菌であって、ミミナミハタケの菌糸と、この菌糸を担持する担体とを備える。なお、この菌糸は、定常期の菌糸であってもよい。具体的には、この菌糸は、培養開始3週間経過後の菌糸であってもよい。培養開始3週間経過後の定常期のミミナミハタケの菌糸は、種菌として用いた場合の増殖能が優れていることを、本発明者は見出している。
【0041】
図5は、実施の形態に係るミミナミハタケを用いたアルコール生産の際に機能すると想定される代謝経路の一部を示した代謝経路図である。図5(a)は、ミミナミハタケの有するアルコール脱水素酵素活性による代謝経路を示している。アルコール脱水素酵素(ADH:アルコールデヒドロゲナーゼ)は、NADHをエネルギー源として消費することにより、アセトアルデヒドをエタノールに還元する機能を有する。
【0042】
図5(b)は、ミミナミハタケがグルコースをエタノールに代謝する際に用いると想定される2種類の経路を示した代謝経路図である。ミミナミハタケは、好気的条件では、ED経路(Entner-Doudoroff pathway)によりグルコースをピルビン酸に代謝すると想定される。ED経路により得られるピルビン酸は、アセトアルデヒドに代謝され、さらにエタノールに代謝される。
【0043】
一方、ミミナミハタケは、嫌気的条件では、EMP経路(Embden-Meyerhof-Parnas pathway)によりグルコースをピルビン酸に代謝すると想定される。EMP経路により得られるピルビン酸は、アセトアルデヒドに代謝され、さらにエタノールに代謝される。
【0044】
以下、実施の形態に係るアルコール製造方法の作用効果について説明する。
ミミナミハタケは、後述するようにヒラタケの10倍以上のアルコール生産能を有しているため、ヒラタケなどのヒダナシタケ目以外の目の担子菌類では困難であった優れたアルコール生産効率を実現できる。
【0045】
また、ミミナミハタケは、後述するようにグルコース、マンノース、ガラクトース、キシロース、スクロース、マルトースおよびセロビオースに対する資化性を有するので、ヒラタケなどのヒダナシタケ目以外の目の担子菌類では困難であった幅広い種類の炭素源を用いてアルコール発酵を行うことができる。
【0046】
そのため、上述の実施の形態に係るアルコール製造方法によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるミミナミハタケを用いるため、アルコール製造方法の生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【0047】
図12は、実施の形態に係るミミナミハタケを用いた未利用バイオマス資源の再利用の方法を説明するための概念図である。このように、実施の形態に係るアルコール製造方法は、ミミナミハタケが炭素源を糖化することにより糖を生成する工程と、ミミナミハタケが糖を発酵することによりアルコールを生成する工程と、を含むため、従来の酸による加水分解の工程が必要ではなく、一種類の菌類を用いて糖化・発酵の両工程を行うことができる。このため、未利用バイオマス資源をミミナミハタケによる糖化・発酵工程により効率よくエタノールに変換することができる。
【0048】
ここで、木材や古紙などの木質バイオマスを酸糖化して得られる炭素源には、一般的にグルコースにくわえて、マンノースおよびキシロースが数%含まれる。酵母は、グルコースを好適に資化するが、マンノースおよびキシロースに対する資化性は低い。一方、ミミナミハタケは、酵母により資化することが困難なマンノースおよびキシロースに対しても資化性を有するため、酵母による発酵後に残存するマンノースおよびキシロースも資化することができる。そのため、木材を糖酸化し、酵母およびミミナミハタケを組み合わせてアルコール発酵を行うことにより、資源のリサイクル効率およびアルコール生産効率を高めることができる。
【0049】
図13は、実施の形態に係るミミナミハタケを用いた未利用バイオマス資源の燃料用アルコールとしての再利用のサイクルを説明するための概念図である。このように、実施の形態に係るアルコール製造方法は、未利用バイオマス資源をミミナミハタケによる糖化・発酵工程により効率よくエタノールに変換することができるため、木質バイオマスと燃料用アルコールとの間で資源の循環システムを構築することができる。そのため、地球環境保全および産業の発展を両立しうるエネルギー供給システムを構築することができる。
【0050】
また、実施の形態に係るアルコール飲料の製造方法によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるミミナミハタケを用いるため、アルコール飲料の製造方法の生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【0051】
さらに、実施の形態に係るアルコール含有食品の製造方法によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるミミナミハタケを用いるため、アルコール含有食品の製造方法の生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大することができる。
【0052】
そして、実施の形態に係る種菌によれば、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるミミナミハタケの菌糸を担体に担持させているため、菌類を用いて炭素源からアルコールを生成するための種菌として好適に用いることができる。
【0053】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0054】
例えば、上記実施の形態では、ヒダナシタケ目の菌類として、ミミナミハタケを用いたが、ミミナミハタケと同様の優れたアルコール生産効率および炭素源の資化性を有する類縁関係のヒダナシタケ目の菌類であれば、好適に用いることができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
<使用菌株>
実施例では、菌株として、Lentinellus cochleatus(和名 ミミナミハタケ)を用いた。この菌は、真正担子菌綱、帽菌亜綱、ヒダナシタケ目、ミミナミハタケ科に属し、夏〜秋、広葉樹の切株または倒木などに発生する小〜中型の菌である。また、日本での生息地は北海道〜東北が中心であり、世界的に分布している。さらに、子実体はウイキョウやアニスの匂いがする。国内ではほとんど食される習慣はないキノコだが、独の図鑑によれば可食である。
【0057】
<実験方法>
1)使用培地
使用培地としては、T培地を用いた。下記に、T培地の基本的な組成を示す。
Glucose* 2.0 %
Yeast extract 1.0 %
KH2PO4 1.0 %
(NH42SO4 0.2 %
MgSO4・7H2O 0.05%
*:Glucoseについては、必要に応じて、他の糖に変更した。
【0058】
2)培養および菌体回収
図6は、実施の形態に係るミミナミハタケの培養および菌体回収の方法を説明するための実験プロトコルである。まず、菌糸懸濁液の調製ステップでは、L. cochleatusの平板培地に、T培地を10ml加え、白金耳で菌糸を懸濁し、133μmメッシュで濾過して菌糸懸濁液を得た。
【0059】
次いで、培養ステップでは、500ml容三角フラスコにT培地を50ml加え、L. cochleatusの菌糸懸濁液を1ml接種し、30℃で静置培養を行った。
【0060】
続いて、培養液の回収ステップでは、液体培養後、次の手順で回収を行った。すなわち、培養液を吸引濾過し、湿菌体を回収して、湿菌体重量測定および冷凍保存を行い、培養濾液については、培養濾液量および培養濾液pHの測定を行ってコーニング管に培養濾液を15ml分注した。そして、培養濾液をHPLC分析、及び活性測定して、その後、冷凍保存した。
【0061】
3)HPLC分析
L. cochleatusの培養濾液をHPLC分析した。分析条件は以下に示した通りである。
【0062】
HPLC分析条件
キャピラリーカラム Shodex KS80
キャピラリーサイズ 8mm×3mm
流量 0.5ml/min
カラム温度 75℃
抽出液 脱気蒸留水
サンプル 10μl
【0063】
4)Glucose以外の糖を用いた培養
T培地の炭素源であるGlucoseに代わり同濃度のXylose、Sucrose、Mannose、Maltose、Galactose、Avicelを用いて、その資化性とエタノール生産の有無を確かめた。手順は2)〜3)と同様である。
【0064】
5)静置培養と振盪培養
Glucoseを炭素源とするT培地で静置培養と(回転)振盪培養をそれぞれ行い、エタノール生産の経時変化を比較した。
【0065】
6)糖濃度試験
1%〜5%のGlucoseをそれぞれ炭素源とするT培地にて静置培養を行い、それぞれの培地におけるエタノール生産量を比較するとともに、菌のグルコース耐性とエタノール耐性を調べた。
【0066】
<結果と考察>
1)各糖質の資化性とエタノール生産の有無
図7は、実施の形態に係るミミナミハタケを培養した場合の各培地の基質残存率およびエタノール生産量の経時変化を示したグラフである。
【0067】
Glucose以外の炭素源としてMannose、Maltose、Sucrose、Galactose、Xylose、Avicelを用いて培養を行った結果、Avicel以外の基質からエタノールの生産が確認された。エタノール生産の最大量とその培養日数はそれぞれMannose;1.170%(30日目)、Maltose;0.640%(12日目)、Sucrose;0.367%(16日目)、Galactose;0.129%(16日目)、Xylose;0.053%(18日目)であった。(ただし、%表示は全て重量パーセントとする。)
【0068】
Mannose、Maltose、Sucrose、Galactoseを炭素源とする培地におけるエタノール生産量の経時変化と基質残存率は図7にそれぞれ示した。資化性については全ての基質で確認された。菌の生育の点では、Maltoseを用いた培地が最も生育が良好で、Galactoseを用いた培地でも良好であった。しかし、Mannose及びSucroseを用いた培地では生育があまり良くなく、他の糖質に比べ、資化されるのに時間を要した。また、基質にAvicelを用いた培地でも生育が良好であった。Avicelに関して、静置培養と振盪培養を行った結果、資化性は確認されたが28日間の培養ではエタノールの生産は全く検出されなかった。
【0069】
図8は、実施の形態に係るミミナミハタケを培養した場合のエタノール生産量の経時変化をまとめたグラフである。これまでのL. cochleatusの各炭素源に対する生育とエタノール生産の度合いを総合的に評価し、表1に示した。また、T培地におけるエタノール生産量の経時変化についての培養結果を図8と表2にまとめた。
【0070】
【表1】

【0071】
なお、表1において、各記号は、アルコール発酵および菌類に関する技術分野に精通する複数の研究者による主観的評価結果を表し、それぞれ以下の特性を示している。
◎:非常に優れている
○:優れている
△:普通である
【0072】
【表2】

【0073】
以上の結果から、この担子菌はGlucose、Cellobiose、Maltose、Mannose、Sucroseを代謝することで比較的高い濃度のエタノールを生産することが分かった(理論上、約70%のGlucoseがエタノールに転換される)。そのエタノール生産量のピークは炭素源によって異なり、エタノールはある程度蓄積された後、基質が欠乏すると代謝されると考えられる。
【0074】
2)静置培養と振盪培養の比較
図9は、実施の形態に係るミミナミハタケを静置培養および振とう培養した場合の基質残存率とエタノール生産量の経時変化を示したグラフである。静置培養と振盪培養いずれにおいても基質が代謝されるに従い、エタノールが生産されていることが確認できた。エタノール生産の経時変化を比較すると、静置培養よりも振盪培養の方が若干、代謝速度が速いようであったが、今回の実験においては16日目のエタノール生産量と基質残存率を考慮して、静置培養の方がエタノール生産に適しているのではないかと考えられる。なお、菌体量は振盪培養の方が多く、培地pHは双方とも4.5〜4.9程度であった。
【0075】
3)糖濃度試験の培養結果
図10は、実施の形態に係るミミナミハタケを培養した場合の基質残存率およびエタノール生産量の経時変化をまとめたグラフである。なお、作図の都合上、特に高いアルコール濃度が得られた箇所のみグラフを示している。
【0076】
1%,2%,3%,4%,5%,6%,7%,8%,9%,10%濃度のGlucoseをそれぞれ炭素源とするT培地にて静置培養を行った。その結果、得られたエタノール生産量と基質残存率の経時変化を図10に示す。
【0077】
1%,2%,3%,4%,5%の各濃度におけるエタノールの最大生産量、理論収率、またその培養日数はそれぞれ1%;0.458%,70.4%,12日目、2%;0.859%,66.0%,14日目、3%;1.186%,60.8%,19日目、4%;1.520%,58.4%,20日目、5%;2.019%,62.1%,24日目であった(ただし、エタノール生産量の%表示は全て重量パーセントとする)。6%以上にGlucose濃度を高めても、エタノールの最大生産量は少しずつ増大したが、大きな向上はみられなかった。
【0078】
糖濃度が増すにつれ若干、収率の低下がみられたが、Glucose濃度7%までは約60%の収率を維持した。全ての糖濃度において、生育度は同程度であり、培養16日目ほどで菌体量はほぼ最大になった。pHは5.0〜4.2の範囲で、糖濃度が高いほどpH値は低かった。
【0079】
また、Glucose糖濃度20%においても発酵試験を行った。糖濃度5%までの菌体の生育と比較して、培養15日目程度まで生育は乏しかったが、それ以降は生育が良好となった。この結果から、この菌はGlucose糖濃度にして最低でも20%まで耐性を有していると考えられる。また、糖濃度5%の時と比べ、培養中でも官能的にエタノール臭が感じられるほどはるかに匂いが強かった。
【0080】
この菌体を培養38日目に回収を行ったところ、HPLC分析により濾液中のエタノール濃度は1.572%(v/v)で基質残存量は0.2%(w/v)であることが分かった。しかし、液量がほぼ半分にまで低下していたことからエタノールはほとんど揮発してしまっており、実際はかなりの量のエタノールが生産されたのではないかと考えられる。
【0081】
4)L. cochleatusと他の菌のエタノール生産能の比較
図11は、実施の形態に係るミミナミハタケと他の菌類との発酵特性を比較した結果を示したテーブルである。
【0082】
L. cochleatus(担子菌)、Phanerochaete chrysosporium(担子菌)、Rhizopus oryzae(カビ)の発酵特性をそれぞれ比較した(図11)。L. cochleatusはP. chrysosporiumよりもエタノール生産能がはるかに高く、発酵できる糖の範囲も幅広いことが分かった。また、球根腐敗病を引き起こす菌として知られるR. oryzaeと比較すると同レベルのエタノール生産能を有していることが分かった(ただし、グルコースを基質とする培地に対するものである)。
【0083】
5)ヒダナシタケ目とハラタケ目とのエタノール生産能の比較
図14は、実施の形態に係るミミナミハタケと他の菌類とのエタノール生産能を比較した結果を示したテーブルである。図14に示すように、Glucose2%を含むT培地にて同一条件で培養した結果、ヒダナシタケ目のミミナミハタケの最大エタノール生産量は、ハラタケ目のヒラタケ(岩手県採集株および長野県採集株)およびツキヨタケの最大エタノール生産量の10倍以上であった。
【0084】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0085】
例えば、上記の実施例では、炭素源としてT培地を用いているが、他の炭素源も同様に利用可能である。具体的には、木質バイオマスなどを炭素源として用いることもできる。ミミナミハタケは倒木に生育し、濾紙を分解する作用を有することを本発明者は確認しているため、木質バイオマスであっても炭素源として利用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0086】
以上のように、本発明で用いるヒダナシタケ目の菌類は、アルコール生産効率および炭素源の資化性に優れるため、アルコール生産効率を向上し、炭素源の種類の幅を拡大するという効果を有し、アルコール製造方法、アルコール飲料の製造方法、アルコール含有食品の製造方法およびそれらに用いる種菌等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】実施の形態に係るミミナミハタケの分類学的系統を模式的に示した系統樹である。
【図2】実施の形態に係るミミナミハタケの形態を示した写真である。
【図3】実施の形態に係るミミナミハタケにより炭素源からアルコールを生成する方法を説明するためのフローチャートである。
【図4】実施の形態に係るミミナミハタケを用いた種菌の構成を模式的に示した概念図である。
【図5】実施の形態に係るミミナミハタケを用いたアルコール生産の際に機能すると想定される代謝経路の一部を示した代謝経路図である。
【図6】実施の形態に係るミミナミハタケの培養および菌体回収の方法を説明するための実験プロトコルである。
【図7】実施の形態に係るミミナミハタケを培養した場合の各培地の基質残存率およびエタノール生産量の経時変化を示したグラフである。
【図8】実施の形態に係るミミナミハタケを培養した場合のエタノール生産量の経時変化をまとめたグラフである。
【図9】実施の形態に係るミミナミハタケを静置培養および振とう培養した場合の基質残存率とエタノール生産量の経時変化を示したグラフである。
【図10】実施の形態に係るミミナミハタケを培養した場合の基質残存率およびエタノール生産量の経時変化をまとめたグラフである。
【図11】実施の形態に係るミミナミハタケと他の菌類との発酵特性を比較した結果を示したテーブルである。
【図12】実施の形態に係るミミナミハタケを用いた未利用バイオマス資源の再利用の方法を説明するための概念図である。
【図13】実施の形態に係るミミナミハタケを用いた未利用バイオマス資源の燃料用アルコールとしての再利用のサイクルを説明するための概念図である。
【図14】実施の形態に係るミミナミハタケと他の菌類とのエタノール生産能を比較した結果を示したテーブルである。
【符号の説明】
【0088】
200 種菌
202 容器
204 蓋
206 菌糸
208 おがくず
300 種菌
302 容器
304 木材チップ
306 菌糸
400 種菌
402 容器
404 蓋
406 菌糸
408 液体培地

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを生成することを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のアルコール製造方法において、
前記菌類は、ミミナミハタケ科の菌類を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項3】
請求項2記載のアルコール製造方法において、
前記菌類は、ミミナミハタケ属の菌類を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項4】
請求項3記載のアルコール製造方法において、
前記菌類は、ミミナミハタケ種の菌類を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4いずれかに記載のアルコール製造方法において、
前記菌類は、アルコール脱水素酵素活性を有する菌類を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5いずれかに記載のアルコール製造方法において、
前記菌類が前記炭素源を発酵させることによりアルコールを生成することを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載のアルコール製造方法において、
前記発酵を嫌気的条件において行うことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載のアルコール製造方法において、
前記発酵を好気的条件において行うことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項9】
請求項1乃至8いずれかに記載のアルコール製造方法において、
前記炭素源は、糖を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項10】
請求項9記載のアルコール製造方法において、
前記炭素源は、グルコース、マンノース、ガラクトース、キシロース、スクロース、マルトースおよびセロビオースからなる群より選ばれる一種以上の糖を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項11】
請求項1乃至5いずれかに記載のアルコール製造方法において、
前記菌類が前記炭素源を糖化することにより糖を生成する工程と、
前記菌類が前記糖を発酵することによりアルコールを生成する工程と、
を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項12】
請求項1乃至11いずれかに記載のアルコール製造方法において、
前記炭素源は、木質材料を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項13】
請求項12に記載のアルコール製造方法において、
前記炭素源は、木材、おがくず、紙および藁からなる群より選ばれる一種以上の木質材料を含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項14】
請求項1乃至13いずれかに記載のアルコール製造方法において、
前記アルコールは、エタノールを含むことを特徴とするアルコール製造方法。
【請求項15】
アルコールを含有する液体を含むアルコール飲料の製造方法であって、
ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを含有する前記液体を生成することを特徴とするアルコール飲料の製造方法。
【請求項16】
アルコールを含有する組成物を含むアルコール含有食品の製造方法であって、
ヒダナシタケ目の菌類を用いて炭素源からアルコールを含有する前記組成物を生成することを特徴とするアルコール含有食品の製造方法。
【請求項17】
菌類を用いて炭素源からアルコールを生成するための種菌であって、
ヒダナシタケ目の菌類の菌糸と、
前記菌糸を担持する担体と、
を備えることを特徴とする種菌。
【請求項18】
請求項17に記載の種菌において、
前記菌糸は、定常期の菌糸であることを特徴とする種菌。
【請求項19】
請求項17または18に記載の種菌において、
前記菌糸は、培養開始3週間経過後の菌糸であることを特徴とする種菌。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−223159(P2006−223159A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−39760(P2005−39760)
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】