説明

アルミニウム合金板及びその製造方法

【課題】グレインストリーク、リビングマークが発生しない、表面性状に優れたアルミニウム合金板及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】アルミニウム合金表面の結晶の偏光顕微鏡観察像において、明暗コントラストを3段階に等分したとき、各段階のコントラストを有する結晶の面積分率を、それぞれ20〜50%の範囲とする。またアルミニウム合金鋳塊を均質化処理した後、少なくとも熱間粗圧延及び熱間仕上圧延するアルミニウム合金板材の製造方法において、熱間粗圧延は、開始温度が400〜610℃の範囲、終了温度が300〜470℃の範囲、圧延速度が圧延開始当初から50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下、及び圧下量が30mm以上又は1パス圧下率が30%以上の条件で行ない、熱間仕上圧延は、最終圧延速度が50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下及び総圧下率が65%以上で行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築用内外装パネル、熱交換フィン、平版印刷版支持体、飲料缶、自動車パネル、航空機、鉄道車両など輸送機器、電気部品、光学機器、日用品、厨房用品等の素材として用いられる表面処理用アルミニウム合金板に関するものであり、より詳細には陽極酸化処理等の表面処理が施されて使用される表面性状の改善されたアルミニウム(以下「Al」と記すことがある)合金板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
表面処理用として使用される工業純度の純アルミニウム系合金板(Al純度が99.0%以上)は、その特性として、表面にグレインストリーク等の欠陥が生じない程度に表面品質が優れていること及び加工後の表面においてリビングマークや肌荒れが発生しないこと等が要求される。ここでグレインストリークとは、製品にアルマイト処理を施したときに表面に生じる筋状欠陥をいい、リビングマークとは製品に絞り加工を施したときに圧延方向に沿って生じるしま状の凹凸をいう。
【0003】
そこで、例えば特開昭64−31954号公報では、熱間圧延時に不均一に生じた粗大な再結晶粒がリビングマーク発生原因であるとして、アルミニウム合金鋳塊を均熱処理後、熱間粗圧延を行うに当たり、圧延途中に全圧下量が50%を超えた後での圧延パスと次のパスとの間で、被圧延板の温度を300〜450℃で1分間以上保持する技術が提案されている。また特開平3−204104号公報や特開平5−9675号公報、特開平5−9674号公報、特開平4−23745号公報には、焼鈍を行うだけでは熱間圧延で生じる繊維状組織が集合組織として残存し、これがグレインストリーク及びリビングマークの発生の原因となるから、熱間圧延のパスとパスとの間で再結晶を起こさせ、繊維状組織を消滅させることが有効としている。具体的には、熱間圧延の各パスの圧下量を上げ、圧延温度を上げることによって、グレインストリーク及びリビングマークの発生を防止する技術が開示されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アルミニウム合金板の表面性状については、要求される特性が益々厳しくなる傾向にあるが、これまで提案されている技術では、こうした要求に十分に対応できるアルミニウム合金板を得ることができず、表面性状を更に改善する技術の確立が望まれているのが実情である。
【0005】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、グレインストリーク、リビングマークが発生しない、表面性状に優れたアルミニウム合金板及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、アルミニウム合金表面の結晶の偏光顕微鏡観察像において、明暗コントラストを3段階に等分したとき、各段階のコントラストを有する結晶の面積分率が、それぞれ20〜50%の範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金板が提供される。ここで該結晶の粒径は、100ミクロン以下であることが望ましい。
【0007】
また本発明によれば、アルミニウム合金鋳塊を均質化処理した後、少なくとも熱間粗圧延及び熱間仕上圧延するアルミニウム合金板材の製造方法において、熱間粗圧延は、開始温度が400〜610℃の範囲、終了温度が300〜470℃の範囲、圧延速度が圧延開始当初から50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下、及び圧下量が30mm以上又は1パス圧下率が30%以上の条件で行われ、且つ熱間仕上圧延は、最終圧延速度が50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下及び総圧下率が65%以上で行われることを特徴とするアルミニウム合金板の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
このように本発明によれば、グレインストリーク等の表面品質に優れ、絞り加工においてリビングマークおよび肌荒れが生じず、それら特性のコイル内でのばらつきが少ない表面処理用アルミニウム合金板材の製造が可能となる等工業上顕著な効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明者等は、アルミニウム合金の表面性状をさらに向上させるため、鋭意研究を重ね、種々の合金において、集合組織の観点で、エッチングむらの有無を調査し、その発生メカニズムを調査研究した。その結果、アルミニウム合金の表面性状の悪化及び特性ばらつきを生じさせているのは、アルミニウム合金表面の集合組織及び結晶方位のバランス(存在割合)にあることを見出し、本発明を為すに至った。
【0010】
まず、アルミニウム合金が有する結晶面および集合組織について説明すると、通常のアルミニウム合金の場合、Cube方位、Goss方位、Brass方位、Copper方位、S方位と呼ばれる集合組織が主に形成され、それらに応じた結晶面が発生する。ただし、これらの方位は主として挙げたもので、合金元素の添加により変化する。これら結晶の方位バランス(存在割合)によって、研削加工性が異なり、また化学、電気化学的エッチング速度が異なり、表面の凹凸が変化する。このため、結晶方位のバランスによっては、表面性状を悪化させるのみならず、特性ばらつきの原因ともなるという新たな知見を得、アルミニウム合金表面の結晶方位の存在割合についてさらに種々検討した結果、各方位を有する結晶を均一分散させることにより、優れた表面性状が得られ、しかも特性ばらつきを少なくすることができたのである。本発明では、かかる結晶方位の存在割合を示す指標として、アルミニウム合金表面の結晶を偏光顕微鏡によって観察し、その観察像における明暗コントラストを用いることとした。本発明の大きな特徴は、当該コントラストを3段階に等分したときの各段階のコントラストを有する結晶の面積分率を、それぞれ20〜50%の範囲、好ましくは25〜45%の範囲とする点にある。一段階のコントラストを有する結晶の面積分率が20%未満または50%を超えると、表面のエッチング均一性が劣るだけでなく、成形による面内異方性も阻害されるので好ましくない。最も好ましい面積分率は、各段階のコントラストを有する結晶の面積分率が均等であること、すなわちそれぞれ33%近傍の場合である。
【0011】
ここで、明暗コントラストの面積分率とは下記測定法で測定した値をいう。すなわち、アルミニウム板をエメリー紙で約0.05〜0.1mmまで研磨した後、3ミクロンと1ミクロン粗さのダイヤモンドペーストを用いて研磨する。更に、仕上げ研磨として0.05ミクロン粗さのバフ研磨を行う。ここでバフの研磨液はOPU(ストルアス社製)を用いる。次に電解研磨液として、水400mlに対しテトラフルオロほう酸14mlを混合した液を用い、電圧20〜30Vで1〜2分間(Al1000系の場合は60〜90秒、5000系及び6000系の場合は90〜120秒)電解エッチングを行い測定用Al板とする。この測定用Al板を、観察倍率を100倍として最も明暗がはっきりするように偏光レンズを調整しで偏光顕微鏡で観察を行う。かかる偏光顕微鏡観察において、最も明るい部分と最も暗い部分の輝度を特定し、この輝度の差を3等分して、3段階の明暗コントラストを設定し、画像解析装置により各段階の明暗コントラストの面積分率を求める。観察視野は100枚とし、その平均値を各段階の明暗コントラスト面積分率とする。
【0012】
アルミニウム合金の結晶粒径は、圧延直角方向で100ミクロン以下であるのが好ましい。より好ましくは、90ミクロン以下である。結晶粒径が100ミクロンより大きいと、成形加工時の肌荒れの原因となるおそれがある。なお当該結晶粒径は、ラインインターセプト法により測定した値である。
【0013】
本発明で対象とするアルミニウム合金は、まずJIS−1100,1200等のAl純度が99.0%以上の純アルミニウム系合金を基本的成分とし、少量のFe及びSiを含有するものであるが、その他必要により他の元素を添加してもよい。例えば、工業用純アルミニウムAl−Fe−Si系合金では、主成分の添加量は、Fe:0.8重量%以下、Si:0.5重量%以下である。Feは製品の焼鈍時に生じる再結晶粒を微細化するのに有効に作用し、成形性の向上と肌荒れの防止に効果的である。しかしながら、添加量が0.8重量%を超えるとその効果が発揮されなくなる。なおFe添加量の好ましい下限は0.003%であり、好ましい上限は0.7重量%である。他方Siは、製品強度を向上させる他、LDR(限界絞り値)等の成形性を向上させるのに有効である。しかしながら、添加量が0.5重量%を超えると、成形性の向上が望めないばかりか、Al−Fe−Si系合金の金属間化合物を生じ、加えてアルマイト色調むらが生じやすくなる。なおSi添加量の好ましい下限は0.003重量%であり、好ましい上限は0.4重量%である。また鋳造組織の微細化及び圧延板の再結晶粒微細化のためには、Ti:0.1重量%以下及びB:0.1重量%以下の1種又は2種を含有させるのがよい。さらに、必要により上記元素以外に、Cu:0.5重量%以下、Mn:0.5重量%以下、Mg:0.5重量%以下、Cr:0.3重量%以下、Zr:0.3重量%以下、Zn:0.5重量%以下の1種又は2種以上を含有してもよい。また上記以外の添加元素として、あるいは不可避的不純物として、他の元素が0.05重量%以下で、かつ合計量0.15重量%以下含有されていてもよい。
【0014】
またAl−Cu系合金では、時効析出による硬化作用があるので、Cuの添加量は、1.5〜7.0重量%の範囲がよい。Cuは時効析出することにより硬化や強度の上昇に寄与する。すなわちAl−Cu系合金においては、Al2Cu(β相)やその中間相であるGPゾーン、θ’相の形成といった一連の析出過程によって硬化や強度上昇作用を発揮するのである。添加量が1.5重量%未満では強度不足となることがあり、他方7.0重量%を超えると粗大析出物が生じアルミニウム合金板が脆くなることがある。また、その他成分元素としては、Mg:1.8重量%以下、Mn:1.2重量%以下、Cr:0.4重量%以下、Zr:0.3重量%以下、Zn:0.5重量%以下、Ti:0.3重量%以下の1種又は2種以上を含有してもよい。上記元素はいずれも機械的特性(強度、延性、靱性、硬化等)の向上に寄与する。このうちMgは、Al2CuMgやAl6CuMg4等の化合物として時効析出することにより強度や硬化の向上に寄与する。特に、Cu量が少ない範囲では、Mgによる硬化作用が支配的になってくるのでより重要となる。しかしながら、Mgの添加量が1.8重量%を超えると粗大化合物が形成されアルミニウム合金板が脆くなることがある。より好ましい上限値は1.7重量%である。またMn,Cr,Zr及びTiは、結晶粒を微細化し、強度、延性、靱性等の向上に寄与する。これらの添加量が上記範囲を超えると粗大化合物が形成されてアルミニウム合金板が脆くなるおそれがある。より好ましい上限値はMn:1.1重量%,Cr:0.3重量%、Zr:0.2重量%、Ti:0.2重量%である。更にZnは強度の向上に寄与するが、添加量が0.5重量%を超えると粗大なAl−Zn系化合物が形成されアルミニウム合金板が脆くなることがある。より好ましい上限値は0.4重量%である。
【0015】
Al−Mn系合金では、固溶強化作用および加工硬化作用の点から、Mnの添加量は0.3〜2.0重量%の範囲が好ましい。Mnの添加量が0.3重量%より少ないと、強度不足を招くことがある。好ましい下限値は0.4重量%であり、より好ましくは0.5重量%である。一方、2.0重量%を超えて添加すると、粗大な析出物を形成してアルミニウム合金板が脆くなるおそれがある。好ましい上限値は1.9重量%であり、より好ましくは1.8重量%である。その他元素として、Mg:1.8重量%以下、Cu:0.6重量%以下、Cr:0.4重量%以下、Zr:0.3重量%以下、Zn:0.5重量%以下、Ti:0.3重量%以下の1種又は2種以上を含有してもよい。これら元素はいずれも機械的特性(強度、延性、靱性、硬化等)の向上に寄与する。このうちMgは、固溶強化して硬化に寄与する。Mgの添加量が1.8重量%を超えると粗大な化合物を形成してアルミニウム合金板が脆くなる。より好ましい上限値は1.7重量%である。またCuは、Al2CuやAl2CuMg等を形成して硬化に寄与する。しかしながらその添加量が0.6重量%を超えると、粗大なAl2CuMgを形成してアルミニウム合金板が脆くなるおそれがある。より好ましくは0.5重量%以下である。また、Cr,ZrおよびTiは、上述した様に結晶粒を微細化し、強度、延性、靱性等を向上させる。これらの添加量が上記範囲を超えると粗大な化合物が形成されてアルミニウム合金板が脆くなる。より好ましい上限値はCr:0.3重量%、Zr:0.2重量%、Ti:0.2重量%である。Znは強度の向上に寄与するが、添加量が0.5重量%を超えると粗大なAl−Zn系化合物が形成されアルミニウム合金板が脆くなる。より好ましい上限値は0.4重量%である。
【0016】
Al−Mg系合金では、Mgの添加量は2〜8重量%の範囲が好ましい。Mgは、固溶体硬化作用および加工硬化作用を有し強度を高める。この様な作用を有効に発揮させるには2重量%以上の添加が必要であり、2重量%未満では強度が不足することがある。好ましい下限値は3重量%であり、より好ましい下限値は4重量%である。一方、8重量%を超えて添加すると延性が低下し、耳割れや表面割れ等を生じて圧延等の加工処理が困難となる。好ましい上限値は7重量%であり、より好ましいのは6重量%である。その他の元素としては、Cu:0.6重量%以下、Mn:1.0重量%以下、Cr:0.4重量%以下、Zr:0.3重量%以下、Ti:0.3重量%以下、Zn:0.5重量%以下の1種又は2種以上を添加してもよい。
【0017】
Al−Mg系合金の中でも、Al−Mg−Si系合金の場合は、Mg2Si析出により硬化作用が奏されるので、Mg添加量は0.3〜1.5重量%の範囲、Si添加量は0.3〜1.5重量%の範囲が望ましい。どちらの元素も添加量が0.3重量%未満では強度不足を招くおそれがある。好ましい下限値はMgが0.4重量%、Siが0.4重量%であり、より好ましいのはMgが0.5重量%、Siが0.5重量%である。一方、どちらの元素も1.5重量%を超えて添加すると粗大な化合物が形成されてアルミニウム合金板が脆くなるので、添加量は1.5重量%以下にすることが必要である。好ましい上限値は1.4重量%であり、より好ましいのは1.3重量%である。その他の元素として、Cu:0.6重量%以下、Mn:1.0重量%以下、Cr:0.4重量%以下、Zr:0.3重量%以下、Ti:0.3重量%以下、Zn:0.5重量%以下の1種又は2種以上を添加してもよい。
【0018】
Al−Mg系合金およびAl−Mg−Si系合金は、更に、Cu:0.6重量%以下,Mn:1.0重量%以下,Cr:0.4重量%以下,Zr:0.3重量%以下,Ti:0.3重量%以下,Zn:0.5重量%以下の元素のうちいずれか1種または2種以上を添加してもよい。これらの元素は、いずれも機械的特性(強度、延性、靱性、硬化等)の向上に寄与する。このうちCuはAl2CuMgを形成して硬化に寄与する。Cuの添加量が0.6重量%を超えると、粗大なAl2CuMgが形成されアルミニウム合金板が脆くなることがある。より好ましくは0.5重量%以下である。またMn,Cr,Zr及びTiは結晶粒を微細化し、強度、延性、靱性等を向上させる効果を奏する。これら元素の添加量が上記範囲を超えると粗大な化合物が形成されてアルミニウム合金板が脆くなる。より好ましい上限値は、Mnが0.9重量%、Crが0.3重量%、Zrが0.2重量%、Tiが0.2重量%である。またZnは、強度の向上に寄与するが、その添加量が上記範囲を超えると、粗大なAl−Zn系化合物が形成されアルミニウム合金板が脆くなる。より好ましい上限値は、Al−Mg系合金の場合0.4重量%であり、Al−Mg−Si系合金の場合は0.3重量%である。
【0019】
Al−Zn−Mg系合金では、Znの添加量は0.8〜8.0重量%の範囲、Mgの添加量は1.0〜4.0重量%の範囲が好ましい。ZnとMgは、Mg3Zn3Al2、MgZn2およびその準安定相であるη’相等の化合物を形成することにより硬化に寄与すると共に、強度向上作用を奏する。即ち、これらの化合物は、所定の熱処理(後記する)を施すと時効析出し、その結果、450MPa以上もの引張強度を得ることができるのである。この様な作用を有効に発揮させるにはZn:0.8重量%以上、Mg:1.0重量%以上の添加が必要であり、各下限値未満では強度不足を招くことがある。好ましい下限値はZnが0.9重量%、Mgが1.1重量%であり、より好ましくはZnが1.0重量%、Mgが1.2重量%である。一方、Zn添加量が8.0重量%、Mg添加量が4.0重量%を超えると、粗大なAl−Zn系化合物が形成されて脆くなり、耐応力腐食割れ性も低下する。好ましい上限値はZnが7.9重量%、Mgが3.9重量%であり、より好ましいのはZnが7.8重量%、Mgが3.8重量%である。その他の元素として、Cu:3.0重量%以下、Mn:1.0重量%以下、Cr:0.4重量%以下、Zr:0.3重量%以下、Ti:0.3重量%以下の1種又は2種以上を添加してもよい。これらの元素はいずれも、機械的特性(強度、延性、靱性、硬化等)の向上に寄与する。このうちCuはAl2CuMgやAl2Cu等の化合物を形成して硬化に寄与する。Cuが3.0重量%以下であればこれらの化合物は固溶しているが、3.0重量%を超えると、時効硬化熱処理時において高温域での過飽和度が高くなり、粗大な化合物が形成されアルミニウム合金板が脆くなる。より好ましいのは2.9重量%以下である。またMn,Cr,Zr及びTiは、結晶粒を微細化し、強度、延性、靱性等を向上させる。より好ましい上限値はMnが0.9重量%,Crが0.3重量%、Zrが0.2重量%、Tiが0.2重量%である。
【0020】
本発明に係るアルミニウム合金板は、上記各段階のコントラストを有する結晶分率が規定範囲にあれば、その製造方法に特に限定はなく、いずれの製造方法であってもよいが、後述する本発明に係る製造方法によるのが生産工程の簡略化等の点で好ましい。
【0021】
次に本発明に係る製造方法について説明する。従来は、後工程である冷間圧延・焼鈍工程で焼鈍を2回行うことにより、グレインストリーク及びリビングマークの発生を抑制する方法が取られていたが、かかる方法では、表面品質は良くなるものの、処理工程が増加して製造費の上昇につながり実用上好ましくない。そこで本発明者等は、熱間圧延条件について種々検討を重ねた結果、特定の熱間圧延条件とすることによって従来に比べ簡略された工程で、グレインストリーク及びリビングマークの発生を効率的に抑制し得るという新たな知見を得、本製造方法を発明したのである。
【0022】
本発明の製造方法における大きな特徴の一つは、開始温度が400〜610℃の範囲、終了温度が300〜470℃の範囲、圧延速度が圧延開始当初から50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下、及び圧下量が30mm以上又は1パス圧下率が30%以上の条件で熱間粗圧延を行なう点にある。
【0023】
まず熱間粗圧延の開始温度は、400℃〜610℃の範囲である。当該開始温度とすることにより、熱間粗圧延の間にAl再結晶を2回以上行うことができるのである。最適開始温度はAl合金系によって異なる。例えばAl−Fe−Si系の場合は、上限開始温度は450℃である。当該開始温度が450℃を超えると熱間粗圧延前半で同一結晶面の集合体が生成し好ましくない場合がある。より好ましい上限開始温度は430℃である。開始温度が400℃未満であると、熱間粗圧延時に微細な再結晶が生じなくなり、グレインストリークの抑制及びピックアップレベルの向上をはかることができない。
【0024】
次に、熱間粗圧延の終了温度は、300〜470℃の範囲である。但し、合金種によって最適な当該終了温度は異なる。熱間粗圧延終了後の再結晶粒径を100ミクロン以下にするためには、例えば、Al−Fe−Si系合金では、300〜370℃の範囲とするのが望ましい。当該終了温度が300℃未満では、表面部で微細な再結晶粒が生じない、あるいは部分再結晶組織となって同一結晶面の集合体が生成してしまうことがある。他方当該終了温度が370℃を超えると、結晶粒成長および粒界移動により同一結晶面が成長することがある。またAl−Mn系合金では、最適な終了温度は400℃〜470℃の範囲である。熱間粗圧延の終了温度は、最終パスの速度、パス後の水冷調整及びクーラント量調整により制御すればよい。
【0025】
また熱間圧延の圧延速度は、圧延開始当初から50m/min以上である。当該圧延速度が50m/min未満の場合、熱間粗圧延時にAl合金表面部に導入されるひずみ及びひずみ速度が小さくなるため、パス間に生じる再結晶粒が粗大化して、同一結晶方位の集合体の核を形成してしまうおそれがある。より好ましい圧延速度は60m/min以上である。
【0026】
さらに熱間粗圧延における圧延ロール温度は150℃以下である。当該圧延ロール温度は、ロールバイトにおけるAl合金表面部の加工温度に大きく影響し、当該圧延ロール温度が150℃より高いと、熱間粗圧延時に形成される再結晶組織の結晶方位の分散が達成されない。より好ましい圧延ロール温度は140℃以下である。
【0027】
また熱間粗圧延における圧下量が30mm以上又は1パス圧下率が30%以上の熱間粗圧延条件を満足する必要がある。熱間粗圧延における圧下量が30mm以上及び1パス圧下率が30%以上のいずれの条件をも満足しない場合は、アルミニウム合金板の表面部に大きなひずみが形成されず、又は大きなひずみ速度で加工することができず、結晶方位を充分に分散させることができないことがある。より好ましくい圧下量は40mm以上であり、またより好ましい1パス圧下率は35%以上である。なお、上記条件は、熱間粗圧延の開始から終了まで、どちらかの条件を継続して満足していることが必要である。ここで、1パス圧下率とは、1回の圧延パス前後の板厚をそれぞれtn、tn+1とした場合に、下記式により算出した値をいう。
1パス圧下率(%)=(tn−tn+1)/tn×100
【0028】
本発明の製造方法におけるもう一つの大きな特徴は、最終圧延速度が50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下及び総圧下率が65%以上の条件で熱間仕上圧延を行なう点にある。このような条件で熱間仕上圧延を行うことにより、グレインストリークとリビングマークの発生を一層抑制することができ、またピックアップレベルの向上及び製品特性のコイル内ばらつきの抑制といった副次的効果も得ることができる。
【0029】
まず、熱間仕上圧延における最終圧延速度は、50m/min以上である。当該速度が50m/min未満の場合、ひずみ蓄積量が充分ではなく、また板厚方向でひずみ導入が不均一となりAl合金板の特性にばらつきが生じるという問題がある。より好ましい最終圧延速度は60m/min以上である。
【0030】
次に、熱間仕上圧延における圧延ロール温度は150℃以下である。当該温度が150℃より高いと、熱間仕上圧延時のロールバイト内でのAl合金表面部の温度が高くなって、ひずみ蓄積量が十分ではなくなり、Al合金に同一結晶方位群が形成される。より好ましい圧延ロール温度は140℃以下である。なお、熱間仕上圧延は、通常は複数のタンデム圧延機(1タンデム〜4タンデム以上)で行われるが、ここで言う圧延ロール温度とは、全ての圧延ロールにおける温度いう。
【0031】
また熱間仕上圧延における総圧下率は65%以上である。当該総圧下率が65%未満の場合、ひずみ蓄積量が充分ではなく、また板厚方向でひずみ導入が不均一となりAl合金板の特性にばらつきが生じる。好ましい総圧下率は70%以上である。
【0032】
上記熱間粗圧延条件および熱間仕上圧延条件は、すべてを満足されて初めて本発明の効果を奏するものであり、いずれか一つの条件でも満足しない場合は本発明の効果は得ることができない。
【0033】
熱間粗圧延開始から終了までの間、及び熱間仕上圧延に移行する間に行われるAl合金の再結晶を精度よく制御するには、熱間粗圧延と熱間仕上圧延はそれぞれ異なった圧延機で行うのがよい。
【0034】
熱間仕上圧延の終了板厚は、製品板厚により定まり、例えば製品板厚が0.1〜6mmであれば、当該終了板厚は1.5〜12mm程度である。
【0035】
本発明の製造方法に用いるAl合金鋳塊はいずれの鋳造法によってもよいが、DC鋳造法によるものが好ましい。Al合金鋳塊に均質化処理を施す場合、均質化処理は、面削後で熱間圧延前に加熱を兼ねて行ってもよいし、均質化処理として熱間圧延の加熱前に別途行ってもよい。なお予め均質化処理を行い、その後面削して再加熱して熱間圧延を行うと、圧延前の鋳塊表面の酸化皮膜が少なくなり表面品質の向上に効果的である。
【0036】
本発明の製造方法では、Al合金の結晶方位の存在割合を熱間粗圧延条件によって主に制御しているため、熱間圧延後の後工程に特に制限はなく、熱間仕上圧延までの処理で製品としてもよいし、Al合金の各用途に要求される板厚や強度の観点から、焼純と冷間圧延、あるいは冷間圧延のみをさらに行い製品としてもよい。
【0037】
焼鈍を行う場合、その条件については、完全に再結晶を生じる条件であれば特に限定はない。但し、過度の焼純は結晶粒成長及び粒界移動による同一結晶面の成長が起こり、結晶方位の存在割合に偏りが生じるので望ましくない。通常、徐加熱焼鈍となるバッチ式焼鈍の場合、300〜450℃で0.5〜6時間の範囲が好ましく、連続式焼鈍の場合は430〜580℃で0.5〜60秒の範囲が好ましい。なお、生産費の観点等からはバッチ焼鈍が好ましい。
【0038】
尚、本発明の製造方法によって製造されたアルミニウム合金板は、焼鈍後の再結晶組織においても、圧延後の加工組織と同様に結晶方位の存在割合に偏りはなく、結晶方位の均一な存在割合を有する。
【実施例】
【0039】
以下に実施例にもとづき本発明を詳細に説明する。
【0040】
実施例1〜5,比較例1〜11
表1に示す合金組成Aのアルミニウム合金をDC鋳造法により、厚さ500mm、幅1,500mmの鋳塊とした。
【0041】
次に上記合金に対して、均質化処理(610℃×4h)をした後、面削を施し、その後熱間圧延に供するため加熱又は炉冷した後、表2に示す熱間圧延条件で熱間圧延を行いアルミニウム合金板を製造し、下記項目について評価を行った。結果を表3、表4に示す。
【0042】
(グレインストリーク)
王水によるエッチング後、目視により評価した。
◎:良好、○:可、△:悪い、×:非常に悪。
【0043】
(リビングマーク及び肌荒れ)
ブランク径61mm、ポンチ径33mmでカップを絞った後、リビングマーク、肌荒れについて目視により評価した。
◎:発生なし、○:軽度に発生、△:発生、×:強く発生。
【0044】
(エッチングむら)
10%NaOH水溶液により60℃で3分間アルカリエッチングを行い、水洗後硝酸でデスマット後、目視と粗さ計により評価した。
◎:良好、○:可、△:悪い、×:非常に悪い。
【0045】
ここで、結晶方位毎に生じた差のことを指すため、数百ミクロン領域でエッチングピット分布の均一・不均一性を評価した。
【0046】
(特性ばらつき評価(強度、LDH、耳率))
1.強度:引張試験片としてJIS5号に準拠したものを使用し、引張速度は0.2%耐力まで5mm/min、その後は20mm/minとして引張試験を行い、0.2%耐力のときの引張力を強度特性として測定した。
【0047】
2.LDH(限界絞り値):しわ押さえ圧200kNで固定された長さ180mm、幅110mmの試験片に、直径101.6mmの球頭張出パンチをパンチ速度4mm/secで垂直に押しあて成形し、試験片がひび割れたときの成形深さを測定した。なお潤滑は鋼板用潤滑油(「R−303P」スギムラ化学工業社製、粘度4cst 40℃)を使用した。
【0048】
上記試験の特性ばらつき評価は、Al合金板の長手方向の先端、中央、後端で幅方向の中央、端部の計6箇所につき、各箇所において各3回試験を行い、その特性値のばらつき割合を下記式から算出し評価した。
特性ばらつき割合(%)=(最大値−最小値)/平均値×100
【0049】
3.耳率:ブランク径80mm、ポンチ径40mm、絞り率50%カップ絞りの条件で試験を行い、下記式から耳率を算出した。
【0050】
【数1】

(ここで、例えば45゜とは、圧延方向から左回りに45゜方向の耳のことをいう。)
【0051】
耳率のばらつき評価は、Al合金板の長手方向の先端、中央、後端で幅方向の中央、端部の計6箇所につき、各箇所において各3回試験を行い、耳率のばらつきの幅(最大値−最小値)で評価した。
【0052】
(面積率)
製造したアルミニウム合金板をエメリー紙で約0.05〜0.1mmまで研磨した後、3ミクロン及び1ミクロン粗さのダイヤモンドペーストを用いて研磨する。更に、仕上げ研磨として0.05ミクロン粗さのバフ研磨を行う。ここでバフの研磨液はOPUを用いる。次に電解研磨液として、水400mlに対しテトラフルオロほう酸14mlを混合した液を用い、電圧20〜30Vで1〜2分間(Al1000系の場合は60〜90秒、5000系及び6000系の場合は90〜120秒)電解エッチングを行い測定用Al板とする。この測定用Al板を、観察倍率が50倍で、最も明暗がはっきりするように偏光レンズを調整しで偏光顕微鏡で観察を行う。かかる偏光顕微鏡観察において、最も明るい部分と最も暗い部分の輝度を特定し、その像又は写真の輝度の差を3等分して、3段階の明暗コントラストを設定し、画像解析装置により各段階の明暗コントラストの面積分率を求める。観察視野は100枚とし、その平均値を各段階の明暗コントラスト面積分率とする。
【0053】
(結晶粒径)
粒径は、圧延直角方向でラインインターセプト法にて測定した。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
【表3】

【0057】
【表4】

【0058】
実施例1〜5の本発明の製造方法によれば、例えば図1(a)、図2(a)のように、製造されたAl合金表面の結晶粒径はいずれも41ミクロン以下と小さく、偏光顕微鏡観察像における明暗コントラストの面積率は20〜50%の範囲であった。また、これらAl合金板は、グレインストリーク、エッチングむら、リビングマーク及び肌荒れの各評価項目において良好な結果を示し、強度、LDH、耳率の各ばらつきも5%以下と均質なAl合金板であった。一方、本願請求項3の要件を満足しない比較例1〜11の製造方法では、製造されたAl合金表面の明暗コントラストの面積率は、少なくとも1つの区分の面積率が規定範囲外の値を示し(図1(b)、(c)及び図2(b)、(c))、またAl合金板は、上記評価項目においてよくない結果あるいは特性ばらつきが見られた。
【0059】
実施例6〜10、比較例12〜16
表1に示す組成のアルミニウム合金をDC鋳造法により、厚さ500mm、幅1,500mmの鋳塊とした。次に上記合金に対して、均質化処理(610℃×4h)をした後、面削を施し、その後熱間圧延に供するため加熱又は炉冷した後、表5に示す熱間圧延条件で熱間圧延を行い、厚さ3.5mmのアルミニウム合金板とし、次に40%冷間圧延を行い厚さ2mmのアルミニウム合金板を製造し、実施例1と同様にして評価を行った。評価結果を表6、表7に示す。
【0060】
【表5】

【0061】
【表6】

【0062】
【表7】

【0063】
合金組成を変えて、本発明の製造方法で製造された実施例6〜10のAl合金表面の結晶粒径は、いずれも60ミクロン以下と小さく、偏光顕微鏡観察像における明暗コントラストの面積率は20〜50%の範囲であった。また、これらAl合金板は、グレインストリーク、エッチングむら、リビングマーク及び肌荒れの各評価項目において良好な結果を示し、強度、LDH、耳率の各ばらつきも4%以下と均質なAl合金板であった。これに対し、熱間粗圧延における圧延ロール温度及び圧延速度が本発明の規定範囲外である比較例12〜16の製造方法によるAl合金では、偏光顕微鏡観察像における当該面積率が本発明の規定範囲外となり、特に強度、LDH、耳率の各ばらつきが大きくなった。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】(a)は実施例1,(b)は比較例1,(c)は比較例5のそれぞれ偏光顕微鏡観察像(倍率×100)である。
【図2】図1の偏光顕微鏡観察像を3段階の明暗コントラストに分け、画像解析装置によって明暗コントラストに応じた3色に着色した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金表面の結晶の偏光顕微鏡観察像において、明暗コントラストを3段階に等分したとき、各段階のコントラストを有する結晶の面積分率が、それぞれ20〜50%の範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金板。
【請求項2】
該結晶の粒径が100ミクロン以下であることを特徴とする請求項1記載のアルミニウム合金板。
【請求項3】
アルミニウム合金鋳塊を均質化処理した後、少なくとも熱間粗圧延及び熱間仕上圧延するアルミニウム合金板材の製造方法において、熱間粗圧延は、開始温度が400〜610℃の範囲、終了温度が300〜470℃の範囲、圧延速度が圧延開始当初から50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下、及び圧下量が30mm以上又は1パス圧下率が30%以上の条件で行われ、且つ熱間仕上圧延は、最終圧延速度が50m/min以上、圧延ロール温度が150℃以下、総圧下率が65%以上の条件で行われることを特徴とするアルミニウム合金板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−182628(P2007−182628A)
【公開日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−348217(P2006−348217)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【分割の表示】特願平10−294146の分割
【原出願日】平成10年10月15日(1998.10.15)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】