説明

アルミニウム熱間鍛造品およびその製造方法

【課題】耐食性および腐食疲労強度に優れたアルミニウム熱間鍛造品を製造する。
【解決手段】アルミニウム熱間鍛造品の製造方法は、Si:0.6〜1.5質量%およびMg:0.8〜1.5質量%を含み、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成された基材を熱間鍛造し、この基材の表面に2〜50g/m2のZnを付与した後、500〜580℃で5〜180分保持する溶体化処理を施し、さらに250℃までは10℃/秒以上の冷却速度で冷却する焼入処理を施すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アルミニウム熱間鍛造品、特に耐食性および腐食疲労強度に優れたアルミニウム熱間鍛造品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用部品において燃費向上面からの要請や高機能化に伴う電装部品の増加による車体重量の増加を抑制する目的で、車体構造部品の軽量化が強く求められている。このため、材料のアルミニウム化が急速に進んでおり、特にサスペンション部品においてはアルミニウム鍛造部品、押出部品の採用が増加している。
【0003】
これらのサスペンション部品に用いられるアルミニウム合金としては、優れた強度を有する点でAl−Mg−Si系合金が多く用いられ、軽量化を図るために高強度、高耐食性が要求され、組成、熱間鍛造条件、熱処理、表面処理等に関する種々の提案がなされている(特許文献1,2)。
【0004】
特許文献1に記載されたアルミニウム合金は、高度向上を目的としてTi等の微量元素を添加した合金である。
【0005】
特許文献2に記載されたアルミニウム鍛造部品は、合金組成を規定するとともに、鍛造条件、溶体化処理条件および時効条件を規定することにより機械的性質の向上を図ったものである。
【0006】
特許文献3に記載されたAl−Mg−Si系合金材は、耐糸錆性を向上させるために行うリン酸亜鉛処理において、リン酸亜鉛処理性を改善するためのジンケート皮膜の組成を規定したものである。
【0007】
特許文献4に記載されたアルミニウム合金板は、耐糸錆性を向上させるために行うリン酸亜鉛処理においてリン酸亜鉛の付着量を規定したものである。
【0008】
特許文献5に記載されたアルミニウム板は、耐糸錆性の向上を目的として、Zn系めっきまたはFe系めっきを施した後に加熱し、めっき層にアルミニウムを拡散させたものである。
【特許文献1】特開昭63−103046号公報
【特許文献2】特開2002−348630号公報
【特許文献3】特開2000−119785号公報
【特許文献4】特開2000−313932号公報
【特許文献5】特開平5−78888号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一般に、6000系合金(Al−Mg−Si系合金)は7000系合金や2000系合金と比較すると耐食性が優れているとされているが、高強度を指向すると粒界割れによる延性低下や腐食環境における粒界腐食の問題が顕在化し、特にサスペンション部品のような強度、疲労強度、耐食性が同時に要求される部品では特性劣化が重大な問題となる。特許文献1、2に記載された組成限定や熱処理では、上述した特性劣化に十分に対処することができない。
【0010】
また、特許文献3〜5に記載された表面処理では、サスペンション部品のような構造部材における腐食疲労強度、耐候性、耐食性を確保するのに十分ではない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上述した技術背景に鑑み、耐食性および腐食疲労強度に優れたアルミニウム熱間鍛造品およびその製造方法の提供を目的とする。
【0012】
即ち、本発明のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法は、下記[1]〜[8]に記載の構成を有する。
【0013】
[1] Si:0.6〜1.5質量%およびMg:0.8〜1.5質量%を含み、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成された基材を熱間鍛造し、この基材の表面に2〜50g/m2のZnを付与した後、500〜580℃で5〜180分保持する溶体化処理を施し、さらに250℃までは10℃/秒以上の冷却速度で冷却する焼入処理を施すことを特徴とするアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0014】
[2] 前記基材を構成するアルミニウム合金において、さらにCu:0.1〜0.5質量%、Mn:0.05〜0.5質量%、Cr:0.05〜0.5質量%、Fe:0.5質量%以下のうちの1種以上を含有する前項1に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0015】
[3] 前記Znの付与を溶射により行う前項1または2に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0016】
[4] 前記Znの溶射を、熱間鍛造した基材を冷却することなく、基材が350℃以上の高温状態にあるときに行う前項3に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0017】
[5] 前記Znの付与をめっきにより行う前項1または2に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0018】
[6] 前記めっきの前処理としてジンケート処理を行う前項5に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0019】
[7] 前記Znの付与を、熱間鍛造した基材を冷却し、基材の表面を洗浄した後に行う前項1、2、3、5のいずれか1項に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0020】
[8] 前記Znの付与量が4〜20g/m2である前項1〜7のいずれか1項に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【0021】
また、本発明のアルミニウム熱間鍛造品は、下記[9]〜[13]に記載の構成を有する。
【0022】
[9] 表層部に0.01質量%以上のZnを含有するZn濃化層が形成されたアルミニウム熱間鍛造品であって、
Zn濃化層を除く基材が、Si:0.6〜1.5質量%、Mg:0.8〜1.5質量%および0.01質量%未満のZnを含み、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、
前記Zn濃化層の厚さが100〜500μmであり、
前記Zn濃化層の表面から深さ5μmにおける表面Zn濃度が1〜10質量%であり、かつ前記Zn濃化層における平均Zn濃度が0.1質量%以上1質量%未満となされていることを特徴とするアルミニウム熱間鍛造品。
【0023】
[10] 前記基材を構成するアルミニウム合金において、さらにCu:0.1〜0.5質量%、Mn:0.05〜0.5質量%、Cr:0.05〜0.5質量%、Fe:0.5質量%以下のうちの1種以上を含有する前項9に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【0024】
[11] 前記アルミニウム熱間鍛造品は車輌用構造部品である前項9または10に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【0025】
[12] 前記車輌用構造部品は足廻り部品である前項11に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【0026】
[13] 前記足廻り部品はサスペンションアームである前項12に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【発明の効果】
【0027】
[1]の発明にかかるアルミニウム熱間鍛造品の製造方法によれば、溶体化処理時の加熱によって基材の表面にZn濃化層を形成し、耐食性および腐食疲労強度に優れたアルミニウム熱間鍛造品を製造することができる。
【0028】
[2]の発明によれば、アルミニウム熱間鍛造品の強度を向上させることができる。
【0029】
[3]の発明によれば、基材に対して密着性の高いZn付与層を形成でき、作業性も良い。
【0030】
[4]の発明によれば、基材と付与されたZnとの密着性が特に良い。
【0031】
[5]の発明によれば、基材に対して密着性の高いZn付与層を形成でき、作業性も良い。
【0032】
[6][7]の各発明によれば、基材と付与されたZnとの密着性が特に良い。
【0033】
[8]の発明によれば、特に長期的な防食効果に優れたZn濃化層を形成することができる。
【0034】
[9]の発明にかかるアルミニウム熱間鍛造品は、表層部に形成されたZn濃化層により優れた耐食性および腐食疲労強度を有する。
【0035】
[10]の発明は、特に優れた強度を有するアルミニウム熱間鍛造品である。
【0036】
[11]の発明は、優れた耐食性および腐食疲労強度を有する車輌用構造部品である。
【0037】
[12]の発明は、優れた耐食性および腐食疲労強度を有する足廻り部品である。
【0038】
[13]の発明は、優れた耐食性および腐食疲労強度を有するサスペンションアームである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法は、基材となるアルミニウム合金の組成を規定するとともに、基材の表面にZnを付与した後に溶体化処理および焼入処理を行い、強度を得るとともに、Znを基材中に拡散させ、表層部に犠牲腐食層となるZn濃化層を形成するものである。
【0040】
基材となるアルミニウム合金組成において、SiおよびMgは高い強度を得るために添加される元素である。Si含有量は0.6〜1.5質量%の範囲とする必要がある。Si含有量が0.6質量%未満では、溶体化処理および焼入処理、あるいはその後の時効処理によっても十分な強度が得られず、1.5質量%を超えると冷却速度を十分に早くしても粒界析出を抑止できず、腐食疲労強度が低下するためである。好ましいSi含有量は0.8〜1.2質量%である。また、Mg含有量は0.8〜1.5質量%の範囲とする必要がある。Mg含有量が0.8質量%未満では溶体化処理および焼入処理、あるいはその後の時効処理によっても十分な強度が得られず、1.5質量%を超えると焼入感受性が低下し、冷却速度を十分に早くしても強度向上効果が得られないためである。好ましいMg含有量は0.8〜1質量%である。残部はAlおよび不可避不純物で構成される。
【0041】
また、上述したSiおよびMgに加えて、微量のCu、Mn、Cr、Fe等の強度向上に寄与する元素を添加しても良い。但し、これらの元素を多量に添加すると耐食性を低下させたり、焼入感受性を低下させるおそれがあるため、Cu含有量を0.1〜0.5質量%、Mn含有量およびCr含有量をそれぞれ0.05〜0.5質量%、Fe含有量を0.5質量%以下とすることが望ましい。即ち、Cu含有量は0.1質量%未満では強度向上に寄与する効果に乏しく、0.5質量%を超えると耐食性が劣化するおそれがある。また、Mn含有量およびCr含有量はそれぞれ0.05質量%未満であると結晶粒微細化効果に乏しく、0.5質量%を超えると焼入感受性が高まり、強度低下を招くおそれがある。また、Fe含有量は0.5質量%を超えると耐食性が低下するおそれがあり、0.2質量%以上の含有で強度向上効果が認められる。これらの元素は上記範囲内で任意の1種以上を添加すれば強度向上効果が得られ、任意の複数種を併用することもできる。
【0042】
犠牲腐食層となるZn濃化層を形成するためのZnの付与量は、1〜50g/m2とする必要がある。1g/m2以下では犠牲腐食層を形成することができず、50g/m2を超えると早期に腐食してしまい、長期的な防食効果を奏することができないばかりか、コストアップにつながる。好ましいZn付与量は4〜20g/m2である。
【0043】
Zn付与方法は限定されないが、付与されたZnと基材との密着性が良好であり、作業性も良い点で溶射またはめっきによる付与を推奨できる。
【0044】
溶射方法は特に限定されず、溶射ガン等の周知手段によって溶射すれば良い。溶射層の酸化を可及的に防止するために、N2ガス等の非酸化雰囲気で行っても良い。溶射層の厚さは上述したZn付与量を満足すれば良く、具体的には0.1〜20μmが好ましい。0.1μm未満では薄すぎて溶射の制御が困難であり、20μmを超えると早期に腐食してまい長期的な防食効果を得ることが困難である。溶射材料は、純Znを用いても良いし、Zn−Al合金を用いてもよい。また、基材と溶射層との密着性を高めるために、450℃以上での熱間鍛造により基材を製作した後、基材が350℃以上の高温状態にあるうちに溶射することが好ましい。
【0045】
めっき方法も限定されないが、硫酸亜鉛めっき浴を用いる方法を例示できる。また、めっきの際の条件としては室温で電流密度:1〜10A/dm2で行うのが好ましい。また、めっき層の密着性を高めるために、めっきの前処理としてジンケート処理を施すことも好ましい。好ましいジンケート処理条件として、水酸化ナトリウム、酸化亜鉛を主成分とする通常のジンケート浴を用い、常温で数10秒間の浸漬を推奨できる。
【0046】
上述しためっきおよびジンケート処理は、基材を熱間鍛造した後に冷却し、要すればバリを除去し、表面洗浄を行った後にうことが好ましい。表面洗浄によって汚れや酸化膜が除去され、めっき皮膜またはたジンケート皮膜の密着性を高めることができる。表面洗浄方法としては、一般的な方法で良く、界面活性剤が入った弱アルカリ性洗剤による洗浄、苛性洗浄、あるいはこれらを組み合わせた洗浄を例示できる。かかる表面洗浄は、基材を冷却した後にZn溶射する場合にも推奨でき、Zn溶射層の密着性を高めることができる。
【0047】
溶体化処理の目的は、熱処理による強度向上とZn拡散によるZn濃化層の形成である。溶体化処理前にZnを付与することにより、一つの熱処理で強度向上とZn濃化層の形成とを同時に行うことができる。表面に付与されたZnは加熱によって基材の深さ方向に拡散し、Zn濃度は表面で最も高く、深部に向かって徐々に低くなり、深さ方向に濃度勾配を有するZn濃化層が形成される。
【0048】
溶体化処理条件は500〜580℃で5〜180分保持するものとする。500℃未満、あるいは5分未満ではM2Siが十分に固溶されないために、所期する強度を得ることができない。一方、580℃を超えると局所的な溶解を生じて機械的性質が低下するとともに、Znが深部まで拡散してしまい、Zn濃化層が深くなりすぎる。Zn濃化層が深くなりすぎると、腐食深さが深くなり長期的な防食効果が低下するとともに、腐食減量が増大して強度が低下する。また、処理時間が180分を超えると生産効率が低下する。好ましい溶体化処理条件は、500〜550℃で30〜60分である。
【0049】
溶体化処理後の焼入処理は、所期する強度を得るために、250℃までは冷却速度10℃/秒以上の冷却速度で急冷する必要がある。換言すれば、10℃/秒以上の冷却速度で250℃まで冷却すれば所期する強度を得ることができる。冷却速度が10℃/秒未満では固溶されたM2Siが析出するために十分な強度を得られない。好ましい冷却速度は50℃/秒以上である。なお、冷却方法は限定されず、水冷、水冷+圧縮空気の二相式冷却等を例示できる。また、250℃まで冷却した後の冷却条件は1℃/秒以上の冷却速度であれば良い。
【0050】
焼入後は、任意に時効処理を行い、さらに強度を向上させる。好ましい時効処理条件は150〜200℃で2〜48時間である。150℃が未満では最高強度に達するまでの時間が著しく長くなって生産効率上好ましくない。一方、200℃を超えると最高強度を得るための時間範囲が短くなって生産管理が難しくなる。特に好ましい時効処理条件は160〜190℃で5〜24時間である。
【0051】
本発明のアルミニウム熱間鍛造品は、基材の表面に所定のZn濃化層が形成されたものであり、例えば上述した本発明の方法により製造される。
【0052】
本発明のアルミニウム熱間鍛造品おけるZn濃化層は、基材の表面に付与されたZnを熱処理により基材中に拡散させたものであるから、図1に示すように、Zn濃度は表面が最も高く、深部に向かって徐々に低くなっている。本発明においては、表面からZn濃度が基材のZn濃度よりも0.01質量%多くなる部分をZn濃化層と定義し、この深さをZn濃化層の厚さ(T)とする。換言すれば、Zn濃化層の任意の深さにおけるZn濃度は0.01質量%以上である。Zn濃化層を0.01質量%以上のZnを含有する層と定義するのは、Zn濃度0.01質量%未満では犠牲腐食効果が乏しいためである。
【0053】
また、基材の組成は、上述した溶体化処理前のSi:0.6〜1.5質量%、Mg:0.8〜1.5質量%に加えて、付与されたZnの拡散により0.01質量%未満のZnを含有するものとなっている。Znは表面に付与したZnの拡散によるものであるからその濃度は深さ方向において均一ではなく、Zn濃化層の近傍で最も高く0.01質量%に限りなく近い濃度を呈し、深部に向かって徐々に低くなっている。
【0054】
前記Zn濃化層は、長期的な防食効果を奏するためにその厚さ(T)を100〜500μmとする必要がある。Zn濃化層の厚さ(T)100μm未満では犠牲腐食層以上の腐食が進行し、犠牲防食効果を期待できない。一方、500μmを超えると最終的な腐食深さが深くなりすぎ、部品としての強度が不足するおそれがある。Zn濃化層の好ましい厚さ(T)は100〜250μmである。
【0055】
また、Zn濃化層におけるZn濃度は、表面から深さ5μmにおける表面Zn濃度(Cs)およびZn濃化層全体の平均Zn濃度(Cm)によって規定する。これらの2つの濃度によってZnの拡散状態を規定し、ひいては所期する耐食性を確保する。
【0056】
前記表面Zn濃度(Cs)は1〜10質量%の範囲とする。表面Zn濃度(Cs)が1質量%未満では犠牲腐食層(Zn濃化層)以上の腐食が進行して犠牲防食効果を期待できず、10質量%を超えるとアルミニウム熱間鍛造品表面の電位が必要以上に低くなり、腐食が過剰に促進されるため、長期の防食効果が得られない。好ましい表面Zn濃度(Cs)は5〜10質量%である。
【0057】
前記平均Zn濃度(Cm)とは、部品の厚さ方向の任意の断面における全Zn量をZn濃化層の厚さ(T)で除した値である。平均Zn濃度(Cm)が0.1質量%未満では犠牲腐食層(Zn濃化層)以上の腐食が進行して犠牲防食効果を期待できず、1質量%以上ではZn濃化層の電位が必要以上に低くなり、腐食が過剰に促進されるため、長期の防食効果が得られない。好ましい平均Zn濃度(Cm)は0.1〜0.5質量%である。
【0058】
本発明のアルミニウム熱間鍛造品は耐食性および腐食疲労強度に優れているため、各種構造部品として好適に用いることができる。特に、アルミニウム合金の軽量性を有することから、車輌用構造部品に適している。車輌用構造部品の中でも、腐食環境にさらされ、耐食性と腐食疲労強度の両方が要求される足廻り部品、特にサスペンションアームに適している。
【実施例】
【0059】
〔アルミニウム熱間鍛造品の製作〕
表1〜5の各実施例および各比較例に記載した組成のアルミニウム合金を連続鋳造して直径15cm(6インチ)の丸棒を製作し、さらに素材を470℃に加熱した熱間鍛造により厚さ20mmの平板を製作した。なお、各表において、アルミニウム合金の残部はAlおよび不可避不純物である。
【0060】
次いで、比較例12、32を除く平板に対して、下記のいずれかの方法により、前記平板の表面にZnを付与した。
(a) 溶射
熱間鍛造に続いて、冷却することなく350℃の高温状態にある平板に対し、平板の片面側に溶射ガンを配置して純Znを溶射した。溶射条件は、溶射電圧:30V、溶射電流:50A、溶射距離:200mmとし、Zn付与量は表1〜5に示す量とした。
(b) めっき
熱間鍛造後、室温まで冷却し、続いて苛性洗浄した後、亜鉛めっきを施した。めっきは金属亜鉛、ホウ酸、硫酸アンモニウムを成分とする常温のめっき浴に、電流密度3A/dm2にて実施した。Zn付与量は表1および表2に示す量とした。
(c) ジンケート処理+めっき
熱間鍛造後、室温まで冷却し、続いて苛性洗浄した。その後、常温のジンケート処理浴に60秒間浸漬した後、上記(b)と同じ条件で亜鉛めっきを施した。ジンケート処理およびめっきによる合計Zn付与量は表1および表2に示す量とした。
【0061】
次に、Znを付与した各基板を表1〜5に示す各温度で所定時間保持して溶体化処理を施した後、直ちに焼入処理を施した。焼入は、水冷または二相式(水+圧縮空気)により、表1〜5に示す冷却速度で250℃まで冷却するものとした。焼入後さらに、180℃×8時間の時効処理を施し、アルミニウム熱間鍛造品を得た。
【0062】
これらのアルミニウム熱間鍛造品においては、溶体化処理によって表面に付与したZnが基材中に拡散し、表層部にアルミニウム母材中にZnが高濃度に含有された層が形成されている。このZn拡散層におけるZn濃度は、表面で最も高く深部に向かって徐々に低くなっている。
【0063】
一方、比較例12、32の平板にはZn付与を行わず、溶体化処理、焼入処理、時効処理のみを施してアルミニウム熱間鍛造品を製作した。
〔アルミニウム熱間鍛造品におけるZn濃化層〕
溶体化処理前にZnを付与した実施例および比較例1〜11、21〜31のアルミニウム熱間鍛造品について、Zn濃度が基材のZn濃度より0.01質量%多くなる部分をZn濃化層とし、このZn濃化層の厚さ(T)を測定した。さらに、前記Zn濃化層の表面から5μmの深さにおける表面Zn濃度(Cs)、およびZn濃化層における平均Zn濃度(Cm)を測定した。平均Zn濃度(Cm)とは、部品の厚さ方向の任意の断面における全Zn量をそのZn濃化層の厚さ(T)で除した値である。なお、上述した各Zn濃度およびZn濃化層における深さはEPMAにより測定した。
【0064】
Zn濃化層の厚さ(T)、表面Zn濃度(Cs)および平均Zn濃度(Cm)を表1〜5に併せて示す。
〔アルミニウム熱間鍛造品の機械的性質〕
周知の方法により引張強度および伸びを測定した。これらの結果を表1〜5に併せて示す。
〔アルミニウム熱間鍛造品の耐食性〕
SWAAT(Synthetic sea Water Acetic Acid salt spray Test)において、ASTM D1141による腐食試験液を用い、この腐食試験液噴霧0.5時間→湿潤1.5時間を1サイクルとし、このサイクルを320時間実施した。
【0065】
上記SWAAT後、腐食深さを測定するとともに、腐食形態によって下記の4段階で評価した。これらの結果を表1〜5に併せて示す。
◎:腐食深さが浅く、しかも全面腐食であった
○:全面腐食が発生したが、腐食深さがZn濃化層より浅かった
△:粒界腐食または孔食が発生し、腐食深さが250μm未満であった
×:粒界腐食または孔食が発生し、腐食深さが250μm以上であった
〔アルミニウム熱間鍛造品の腐食疲労強度〕
SWAATによる腐食試験後、Zn濃化層(比較例14は腐食面)を片面のみ残した平板形状の試験片を切り取り、平面曲げ疲労試験を行った。試験条件を最小最大応力比(R)=−1、応力値200MPa、繰り返し回数105回とし、対照材である6061−T6材(腐食なし)に対する疲労強度の低下率を求め、低下率に基づいて下記の3段階で評価した。評価結果を表1〜5に併せて示す。
○:低下率が20%未満
△:低下率が20%以上40%未満
×:低下率が40%以上
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
【表5】

【0071】
表1〜5の結果より、実施例の方法で製造したアルミニウム熱間鍛造品は、耐食性および腐食疲労強度が優れているを確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば優れた耐食性および腐食疲労強度を有するアルミニウム熱間鍛造品を製造でき、サスペンションアーム等の車輌用構造部品の製造に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】Zn濃化層における表面からの深さとZn濃度の関係を模式的に示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.6〜1.5質量%およびMg:0.8〜1.5質量%を含み、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成された基材を熱間鍛造し、この基材の表面に2〜50g/m2のZnを付与した後、500〜580℃で5〜180分保持する溶体化処理を施し、さらに250℃までは10℃/秒以上の冷却速度で冷却する焼入処理を施すことを特徴とするアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項2】
前記基材を構成するアルミニウム合金において、さらにCu:0.1〜0.5質量%、Mn:0.05〜0.5質量%、Cr:0.05〜0.5質量%、Fe:0.5質量%以下のうちの1種以上を含有する請求項1に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項3】
前記Znの付与を溶射により行う請求項1または2に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項4】
前記Znの溶射を、熱間鍛造した基材を冷却することなく、基材が350℃以上の高温状態にあるときに行う請求項3に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項5】
前記Znの付与をめっきにより行う請求項1または2に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項6】
前記めっきの前処理としてジンケート処理を行う請求項5に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項7】
前記Znの付与を、熱間鍛造した基材を冷却し、基材の表面を洗浄した後に行う請求項1、2、3、5のいずれか1項に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項8】
前記Znの付与量が4〜20g/m2である請求項1〜7のいずれか1項に記載のアルミニウム熱間鍛造品の製造方法。
【請求項9】
表層部に0.01質量%以上のZnを含有するZn濃化層が形成されたアルミニウム熱間鍛造品であって、
Zn濃化層を除く基材が、Si:0.6〜1.5質量%、Mg:0.8〜1.5質量%および0.01質量%未満のZnを含み、残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金で構成され、
前記Zn濃化層の厚さが100〜500μmであり、
前記Zn濃化層の表面から深さ5μmにおける表面Zn濃度が1〜10質量%であり、かつ前記Zn濃化層における平均Zn濃度が0.1質量%以上1質量%未満となされていることを特徴とするアルミニウム熱間鍛造品。
【請求項10】
前記基材を構成するアルミニウム合金において、さらにCu:0.1〜0.5質量%、Mn:0.05〜0.5質量%、Cr:0.05〜0.5質量%、Fe:0.5質量%以下のうちの1種以上を含有する請求項9に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【請求項11】
前記アルミニウム熱間鍛造品は車輌用構造部品である請求項9または10に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【請求項12】
前記車輌用構造部品は足廻り部品である請求項11に記載のアルミニウム熱間鍛造品。
【請求項13】
前記足廻り部品はサスペンションアームである請求項12に記載のアルミニウム熱間鍛造品。

【図1】
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【公開番号】特開2006−176875(P2006−176875A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−339630(P2005−339630)
【出願日】平成17年11月25日(2005.11.25)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】