説明

インクジェットヘッドおよびインクジェットヘッドの製造方法

【課題】インクチャンネルで生じる圧力波の残留振動を均一に抑制することができ、インクの吐出が安定するインクジェットヘッドを提供する。
【解決手段】インクジェットヘッドは、チャンネル溝4に隔てられるようにチャンネル壁14が形成されたベース部材1と、カバー部材2とを備える。チャンネル壁14とカバー部材2とが接合されている面の延長上に広がり、圧力波を減衰するための間隙部7を備える。少なくとも間隙部7に配置されている有機保護膜6を備える。間隙部7は、チャンネル壁14が延びる方向にほぼ垂直な方向において、ベース部材1に配置された有機保護膜6の表面とカバー部材2に配置された有機保護膜6の表面との距離がほぼ一定になるように形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プリンタなどに用いられるインクジェットヘッドおよびインクジェットヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年プリンタにおいては、インパクト印字装置に代わって、カラー化、多階調化に対応しやすいインクジェット方式を採用したノンインパクト印字装置が急速に普及している。これに用いるインク吐出装置としてのインクジェットヘッドとしては、印字に必要なインク滴のみを吐出するというドロップ・オン・デマンド型が、吐出効率の良さ、低コスト化の容易さなどから注目されている。ドロップ・オン・デマンド型としては、カイザー(Kyser)方式やサーマルジェット方式が主流となっている。
【0003】
しかし、カイザー方式は小型化が困難で高密度化に不向きであるという欠点を有していた。また、サーマルジェット方式は高密度化には適しているものの、ヒータでインクを加熱してインク内にバブル(泡)を生じさせて、バブルのエネルギーを利用して吐出させる方式であるため、インクの耐熱性が要求される。また、ヒータの長寿命化も困難であり、エネルギー効率が悪いため消費電力も大きくなるという問題を有していた。
【0004】
このような各方式の欠点を解決するものとして、圧電材料のシェアモード変形を利用したインクジェット方式が提案されている。この方式は、圧電材料からなるインクチャンネルの壁(以下、「チャンネル壁」という。)をシェアモードで変形させることにより、その際に生じる圧力波変動を利用してインク滴を吐出する。
【0005】
図12および図13に、特開2006−82342号公報に開示されているインクジェットヘッドを示す。このインクジェットヘッドは、チャンネル壁のシェアモード変形を利用したインクジェットヘッドである。
【0006】
図12は、インクジェットヘッドの概略分解斜視図である。このインクジェットヘッドは、複数のチャンネル溝4が形成されたベース部材1と、インク供給経路となる共通インク室3が形成されたカバー部材32と、ACF(異方性導電フィルム)10と、外部電極が形成されたフレキシブルプリント基板11と、ノズル孔17が開口されたノズル板16とを備える。ベース部材1とカバー部材32とを貼り合わせることで、インク流路13が形成されている。
【0007】
ベース部材1は、圧電材料で形成されている。ベース部材1は、ノズル板16が接合される側の端部である前端部41と、前端部41と反対側の端部である後端部42とを有する。ベース部材1は、チャンネル壁14を有する。チャンネル壁14は、チャンネル溝4に挟まれている。チャンネル壁14の側面には、電極が形成されている。
【0008】
チャンネル溝4は、ベース部材1の前端部41から後端部42に向けて、ある程度まで一定の深さで切削され作製されており、その後ダイシングブレードの形状に従って浅くなり、最終的には後端部42の近傍で約10μm程度の一定の深さになっている。
【0009】
インクジェットヘッドの内部の表面全体には、チャンネル壁14の側面に形成された電極をインクから絶縁および保護することを目的として図示しない有機保護膜が形成されている(図示せず)。
【0010】
図13に、図12のおけるXIII−XIII線に関する矢視断面図を示す。共通インク室3は、それぞれのチャンネル壁14同士の間のチャンネル溝4に連通している。外部から共通インク室3に供給されたインクは、共通インク室3に溜められてチャンネル溝4に随時インクを供給する。チャンネル溝4に流入したインクは、チャンネル壁14のシェアモード変形によってノズル孔17から吐出される。
【0011】
図12および図13を参照して、共通インク室3はインクジェットヘッドの一方の側の側面から他方の側の側面まで貫通するように形成されている。インクジェットヘッドの側面において紙面左右に開口部を有する。一方の開口部がインク供給口であり、他方の開口部がインク排出口である。
【0012】
インクの吐出に必要な圧力は、チャンネル壁14の側面の電極5が形成されている領域のうち、主にチャンネル壁14の頂面がカバー部材32と接着固定されている領域Aで発生する。主にインク吐出に必要な圧力を発生するチャンネル壁がカバー部材と接合されている領域Aを「アクティブ領域」という。
【0013】
図12および図13を参照して、チャンネル壁は、領域Bにおいてもシェアモード変形が生じる。領域Bにおけるインクチャンネルは比較的大きな空間である共通インク室3と連通している。領域Bでは、共通インク室3に向かって圧力が分散される。このため、領域Bはあまりインク吐出に寄与しない部分である。
【0014】
インクジェットヘッドにおいて、チャンネル壁14が変形すると、アクティブ領域である領域Aで圧力波が発生する。この圧力波はノズル孔17からインクを吐出する役割を果たすと同時に、領域Aからチャンネル溝4に沿って後端部42の向きにも伝播する。
【0015】
伝播した圧力波は、チャンネル壁14に挟まれた空間と共通インク室3との界面で水撃作用により大部分が反射して、減衰せずに再び領域Aに戻る。このため、後続するインク吐出のための圧力波と干渉して、インク吐出に悪影響を及ぼす場合があった。
【0016】
特に、インクジェットヘッドの駆動周波数を高くした場合には、残った圧力波が減衰しないうちに後続するインクが吐出されるため、後続のインクの吐出速度が大きく変動することが生じていた。または、インクの吐出が止まってしまうことが生じていた。したがって、残留振動が収まるまで次の吐出を待たなければならず、駆動周波数を上げることができずに印字速度を抑える必要があった。
【0017】
図14に、特開2004−136634号公報に開示されているインクジェットヘッドの分解斜視図を示す。このインクジェットヘッドは、前述した特開2006−82342号公報におけるインクジェットヘッドと同様に、ベース部材1、カバー部材33、電極5、ノズル板16を備える。このインクジェットヘッドは、チャンネル溝4が一定の深さで前端部41から後端部42まで貫通されて形成されている。
【0018】
チャンネル溝4の後端部42の近傍には、導電性樹脂18が配置されている。フレキシブルプリント基板11は、導電性樹脂18に対してACF10を介して接続されている。このインクジェットヘッドは、ベース部材1の後端部42に配置されたマニホールド29を備える。マニホールド29は、各チャンネル溝4に対してインクを供給可能に形成されている。
【0019】
カバー部材33は、ベース部材1と対向する表面に形成された凹部47,48を有する。凹部47は、共通インク室を構成する。凹部48は、凹部47に連通するように形成され、アクティブ領域である領域Aの後端部42の側に配置されている。凹部48により、カバー部材33とベース部材1との間に間隙部が形成されている。
【0020】
領域Cは、間隙部が形成されている領域である。チャンネル壁14のシェアモード変形による圧力波が共通インク室に向かうときに、領域Cの間隙部を通過する。圧力波は、間隙部において、インクの大きな粘性抵抗により減衰される。したがって、このインクジェットヘッドは、圧力波の残留振動を抑制することができる。
【0021】
ここで、図15および図16を参照して、インクジェットヘッドのチャンネル壁のシェアモード変形について説明する。
【0022】
図15に、アクティブ領域におけるチャンネル壁の概略断面図を示す。図15はシェアモード変形する前の状態を示す図である。図16に、アクティブ領域においてチャンネル壁がシェアモード変形したときの概略断面図を示す。
【0023】
図15を参照して、中央の2つのチャンネル壁14に注目する。中央の2つのチャンネル壁14は、互いに立設する方向がほぼ平行である。チャンネル溝4の両側面に互いに対向するように配置された電極5同士は同電位である。圧電材料で形成されたベース部材1は、矢印66,67に示すようにチャンネル壁14のほぼ中央で分極方向が相反するように分極処理が施されている。
【0024】
図16は、中央2つのチャンネル壁を駆動させた例である。中央2つのチャンネル壁14において、内側の2つの電極5と外側の2つの電極5との間で異なる電圧が印加されると、圧電材料の分極方向と直交する方向に電界が生じる。この電界により2つのチャンネル壁14は、シェアモード変形する。変形の向きは、チャンネル壁14内部の電界の向きと圧電材料の分極の向きとに依存する。
【0025】
図16においては、中央のチャンネル溝4の容積が小さくなるように変形している。中央のチャンネル溝4の位置に対応したノズル孔からインクが吐出される。インクチャンネルにインクを供給する際には、図16において発生させた電界と逆向きになるような電圧をかけて、チャンネル壁を逆の向きに変形するように駆動させることによりチャンネル溝4にインクを供給する。
【特許文献1】特開2006−82342号公報
【特許文献2】特開2004−136634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
前述の通り、インクジェットの内部には、電極の絶縁等を形成するために、有機保護膜が被膜されている。有機保護膜の形成においては、たとえば、原料を蒸発させて、インクジェットヘッドの内部の表面に重合反応を伴いながら蒸着させることにより形成する。
【0027】
上記の特開2004−136634号公報に開示されている間隙部を有するインクジェットヘッドにおいて、ベース部材とカバー部材とを接着固定した後に有機保護膜を形成すると、間隙部の部分に形成される有機保護膜の膜厚が不均一になり、間隙部の高さが不均一になるという問題があった。
【0028】
特に、上記の特開2006−82342号公報に開示されているように、インク供給口およびインク排出口を備える場合においては、有機保護膜を形成するときに、主にチャンネル溝よりも大きな開口部であるインク供給口およびインク排出口から有機保護膜の原料ガスが供給される。このときに、間隙部の部分において、有機保護膜の膜厚が不均一になってしまう場合があった。この結果、間隙部の高さが不均一になる場合があった。
【0029】
間隙部の高さが不均一になると、それぞれのインクチャンネルに対する間隙部の高さが異なり、圧力波の残留振動を抑制する効果がインクチャンネル間で異なってしまっていた。すなわち、それぞれのインクチャンネルの吐出特性に差が生じるという問題があった。
【0030】
本発明は、インクチャンネルで生じる圧力波の残留振動を均一に抑制することができ、インクの吐出が安定するインクジェットヘッドおよびインクジェットヘッドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
本発明に基づくインクジェットヘッドは、チャンネル溝に隔てられるようにチャンネル壁が形成されたベース部材を備える。上記チャンネル壁の頂面の少なくとも一部に接合されたカバー部材を備える。上記チャンネル壁と上記カバー部材とが接合されている面の延長上に平面的に広がり、圧力波を減衰するための間隙部を備える。上記ベース部材と上記カバー部材とに囲まれる空間の少なくとも一部に配置されている有機保護膜を備える。上記間隙部は、上記カバー部材に配置された上記有機保護膜の表面および上記ベース部材に配置された上記有機保護膜の表面で挟まれる空間を含む。上記間隙部は、上記チャンネル壁が延びる方向にほぼ垂直な方向に沿って一方の端面から他方の端面に向かって延びるように形成されている。上記間隙部は、上記垂直な方向において、上記ベース部材に配置された上記有機保護膜の表面と上記カバー部材に配置された上記有機保護膜の表面との距離がほぼ一定である。
【0032】
上記発明において好ましくは、上記チャンネル壁の側面に配置された電極を備える。上記チャンネル壁は、少なくとも一部が圧電材料で形成されている。上記電極は、上記圧電材料の領域の少なくとも一部を挟むように形成されている。
【0033】
上記発明において好ましくは、上記間隙部の領域において、上記ベース部材の表面と上記カバー部材の表面との距離が、上記垂直な方向の中央部よりも両側の端部の方が大きくなるように形成されている。
【0034】
上記発明において好ましくは、上記間隙部に連通するように形成されたインク室を備える。上記インク室は、上記垂直な方向に沿って一方の端面から他方の端面まで貫通するように形成されている。
【0035】
上記発明において好ましくは、上記間隙部は、上記カバー部材に形成された凹部と上記チャンネル壁の頂面とで挟まれる空間に配置されている。
【0036】
上記発明において好ましくは、上記間隙部は、上記チャンネル壁の頂面に形成された凹部と上記カバー部材の表面とで挟まれる空間に配置されている。
【0037】
上記発明において好ましくは、上記有機保護膜は、厚みが3μm以上15μm以下で形成されている。上記垂直な方向の最も端に配置された上記チャンネル溝のうち、一方の上記チャンネル溝と他方の上記チャンネル溝との距離が30mm以上150mm以下になるように形成されている。
【0038】
上記発明において好ましくは、上記有機保護膜は、ポリパラキシリレンまたはポリパラキシリレンの誘導体のうち、少なくとも一方を含む。
【0039】
本発明に基づくインクジェットヘッドの製造方法は、チャンネル溝に隔てられるチャンネル壁を含むベース部材を形成するベース部材形成工程を含む。カバー部材を形成するカバー部材形成工程を含む。上記チャンネル壁の頂面の少なくとも一部に上記カバー部材が接合されるように、上記ベース部材と上記カバー部材とを接合する工程を含む。上記ベース部材および上記カバー部材の内部の表面に有機保護膜を形成する工程を含む。上記ベース部材形成工程は、一の方向に延びるように上記チャンネル溝を形成する工程を含む。上記ベース部材形成工程および上記カバー部材形成工程のうち少なくとも一方の工程は、圧力波を減衰するための間隙部を構成する凹部を形成する凹部形成工程を含む。上記凹部形成工程は、上記有機保護膜が厚くなる領域において深くなるように、深さが変化する凹部を形成する工程を含む。
【0040】
上記発明において好ましくは、上記カバー部材形成工程は、上記垂直な方向に沿って一の端面から他の端面まで貫通するようにインク室を構成する凹部を形成するインク室形成工程を含む。上記凹部形成工程は、上記垂直な方向の中央部よりも両側の端部の方が深くなるように上記間隙部を構成する凹部を形成する工程を含む。
【0041】
上記発明において好ましくは、上記凹部形成工程は、ダイシングブレードを用いて上記間隙部を構成する凹部を形成する工程を含む。
【発明の効果】
【0042】
本発明によれば、インクチャンネルで生じる圧力波の残留振動を均一に抑制することができ、インクの吐出が安定するインクジェットヘッドおよびインクジェットヘッドの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
(実施の形態1)
図1から図8を参照して、本発明に基づく実施の形態1におけるインクジェットヘッドおよびインクジェットヘッドの製造方法について説明する。
【0044】
図1に、本実施の形態におけるインクジェットヘッドの概略分解斜視図を示す。本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、ベース部材1を備える。ベース部材1は、圧電材料で形成されている。ベース部材1は、複数のチャンネル溝4を有する。チャンネル溝4により、それぞれのインクチャンネルが形成されている。ベース部材1は、複数のチャンネル壁14を有する。チャンネル壁14は、チャンネル溝4に隔てられるように形成されている。ベース部材1は、ノズル板16が接合される側の端部である前端部41と、前端部41と反対側の端部である後端部42とを有する。
【0045】
チャンネル壁14の側面には、チャンネル壁14の内部に電界を発生させるための電極が配置されている。本実施の形態におけるチャンネル溝4は、ベース部材1の前端部41から後端部42に向けて一定の深さで切削され、後端部42の近傍において浅く切削されることにより形成されている。ベース部材1の後端部42の近傍には、電極引き出し部35が形成されている。チャンネル壁14の側面に形成されている電極は、電極引き出し部35に電気的に接続されている。
【0046】
外部電極が形成されたフレキシブルプリント基板11は、ACF10を介して電極引き出し部35に電気的に接続されている。ACF10の特性により、インクチャンネルごとに電気的な独立は保たれ、それぞれのチャンネル溝4における電極が同電位になる。
【0047】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、カバー部材2を備える。カバー部材2は、インク供給経路となる共通インク室3を構成する凹部44を有する。カバー部材2は、圧力波の残留振動を抑制するための間隙部を構成する凹部45を有する。凹部44および凹部45は、カバー部材2の表面のうち、ベース部材1と対向する表面に形成されている。ベース部材1とカバー部材2とを貼り合わせることでインク流路13が形成されている。
【0048】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、ノズル孔17を有するノズル板16を備える。ノズル孔17は、ノズル板16を貫通している。ノズル孔17は、チャンネル溝4の位置に対応するように形成されている。
【0049】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、内部の表面に配置された有機保護膜を備える。本実施の形態においては、インクジェットヘッドの内部の表面全体および外側の表面の一部に有機保護膜が配置されている。有機保護膜は、電極をインクから絶縁または保護する機能を有する。
【0050】
図2に、本実施の形態におけるインクジェットヘッドの概略断面図を示す。図2は、図1におけるII−II線に関する矢視断面図である。図2は、インクジェットヘッドをチャンネル溝の幅の中心線においてチャンネル溝の長手方向に沿って切断したときの概略断面図である。
【0051】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、インク室としての共通インク室3を有する。共通インク室3は、カバー部材2に形成された凹部44およびベース部材1の頂面に挟まれる空間により構成されている。共通インク室3は、それぞれのチャンネル溝4に連通している。本実施の形態における電極5は、チャンネル壁14の高さ方向全体にわたって形成されている。
【0052】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、間隙部7を有する。間隙部7は、カバー部材2に形成された凹部45およびベース部材1の頂面に挟まれる空間により構成されている。間隙部7は、チャンネル壁14とカバー部材2とが接合されている面の延長上に広がるように形成されている。間隙部7は、平面的に広がるように形成されている。間隙部7は、それぞれのチャンネル溝4に連通している。間隙部7は、共通インク室3に連通している。
【0053】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、チャンネル壁14の頂面とカバー部材2とが接合されたアクティブ領域である領域Aを有する。インクジェットヘッドは、共通インク室3を含む領域である領域Cを有する。インクジェットヘッドは、間隙部7の領域である領域Cを有する。
【0054】
インクの吐出に必要な圧力は、チャンネル壁14の側面に電極5が形成されている領域のうち、主にチャンネル壁14の頂面がカバー部材32と接合されている領域Aで発生する。領域Aにおいて、与えられた電気信号に応じて主にインク吐出のための加圧を行なったり、主にインクをインク流路に供給するための減圧を行なったりする。
【0055】
チャンネル壁14は、領域Bにおいてもシェアモード変形が発生するが、領域Bにおけるインクチャンネルは比較的大きな空間である共通インク室3と連通しており、加圧されても共通インク室3に向かって圧力が分散される。このため、領域Bはあまりインク吐出に寄与しない部分である。
【0056】
図3に、本実施の形態におけるインクジェットヘッド全体の概略斜視図を示す。図3においてはノズル板の記載を省略している。本実施の形態における共通インク室3は、チャンネル壁が延びる方向に垂直な方向において、一方の端面から他方の端面まで貫通するように形成されている。すなわち、カバー部材2に形成された凹部44は、インクジェットヘッドの幅方向において一方の端面から他方の端面まで形成されている。
【0057】
凹部44により、インクジェットヘッドの幅方向の一方の端面には、インク供給口8が形成されている。インクジェットヘッドの幅方向の他方の端面には、インク排出口9が形成されている。
【0058】
本実施の形態における間隙部7は、チャンネル壁が延びる方向に垂直な方向において、一方の端面から他方の端面まで延びるように形成されている。本実施の形態においては、間隙部7は、一方の端面から他方の端面まで貫通するように形成されている。カバー部材2に形成された凹部45は、インクジェットヘッドの幅方向において一方の端面から他方の端面まで形成されている。
【0059】
図1から図3を参照して、インクは、インク供給口8から共通インク室3に供給される。共通インク室3に供給されたインクは、共通インク室3に溜められてチャンネル溝4に随時インクを供給する。チャンネル溝4に流入したインクはチャンネル壁14のシェアモード変形によって、矢印61に示す向きに押圧される。インクは、ノズル孔17から吐出される。
【0060】
インクが吐出されるのと同時に、インク流路13のアクティブ領域である領域Aで生じた圧力波は、インクの供給の向きとは逆向きに間隙部7を経由して共通インク室3の方向に進行していく波と、チャンネル壁14に挟まれた空間と間隙部7との界面で反射する波と、チャンネル壁14に挟まれた空間と共通インク室3との界面で反射する波とに分かれる。
【0061】
本実施の形態においては、大部分の圧力波が間隙部7を通過して共通インク室3に向かう。チャンネル壁14に挟まれた空間と共通インク室3との界面、またはチャンネル壁14で挟まれた空間と間隙部7との界面で反射して領域Aに戻る圧力波は少ない。圧力波は間隙部7を通過する際にインクの大きな粘性抵抗により減衰しながら共通インク室3へと進行する。したがって、圧力波の残留振動を抑制することができ、印字データに忠実な高速かつ高品質な印字が可能になる。
【0062】
また、共通インク室3に連通するようにインク排出口9が形成されることにより、一定量のインクをインク排出口から排出することができ、混入した気泡を排出することができる。気泡の混入によるインクの不吐出状態が生じたときには、混入した気泡を排出して、吐出状態への回復動作を行なうことができる。
【0063】
本実施の形態における有機保護膜は、間隙部7を構成する凹部45の表面とチャンネル壁14の頂面とを含むインクジェットヘッドの全ての内面に形成されている。本発明においては、チャンネル壁14の頂面と凹部45の表面との距離を「有機保護膜なしでの間隙部の高さ」といい、チャンネル壁14の頂面に配置された有機保護膜6の表面と凹部45の表面に配置された有機保護膜6の表面との距離を「実質的な間隙部の高さ」という。
【0064】
図4に、本実施の形態における間隙部の部分の概略断面図を示す。図4は、図1におけるIV−IV線に関する矢視断面図である。図4は、チャンネル壁が延びる方向に垂直な方向に切断したときの概略断面図である。
【0065】
ベース部材1の表面には有機保護膜6が配置されている。有機保護膜6は、電極5全体を覆うように形成されている。カバー部材2の表面には、有機保護膜6が配置されている。
【0066】
ベース部材1は、間隙部7の領域において、カバー部材2と対向する表面1aが、平面状に形成されている。ベース部材1は、チャンネル壁14の頂面を含む面が平面状に形成されている。カバー部材2は、間隙部7の領域において、ベース部材1と対向する表面2aが曲面状に形成されている。すなわち、凹部45の底面が、曲面状に形成されている。
【0067】
凹部45は、チャンネル壁14の頂面と凹部45の表面との距離が、チャンネル壁14が延びる方向に垂直な方向の中央部45aよりも両側の端部45bの方が大きくなるように形成されている。有機保護膜なしでの間隙部の高さは、インクジェットヘッドの幅方向の中央部よりも両側の端部の方が大きくなるように形成されている。本実施の形態においては、凹部45の中央部45aよりも両側の端部45bの方が有機保護膜なしでの間隙部の高さが連続的に高くなるように形成されている。凹部45は、両側の端部45bが中央部45aよりも深くなるように形成されている。
【0068】
有機保護膜6は、カバー部材2の間隙部7の領域において、凹部45の中央部45aよりも両側の端部45bの方が厚くなっている。また、ベース部材1の間隙部7の領域においても、有機保護膜6は、中央部よりも両側の端部の方が厚くなっている。本実施の形態においては、間隙部7において、ベース部材1に配置された有機保護膜6の表面と、カバー部材2に配置された有機保護膜6の表面との距離が、インクジェットヘッドの幅方向においてほぼ一定になるように形成されている。チャンネル壁14が延びる方向に垂直な方向において、チャンネル壁14の頂面に配置された有機保護膜6の表面と、カバー部材2の凹部45の底面に配置された有機保護膜6の表面との距離が、ほぼ一定になるように形成されている。実質的な間隙部の高さは、インクジェットヘッドの幅方向にわたってほぼ一定になっている。
【0069】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、幅方向において間隙部7の高さがほぼ一定であるために、インクジェットヘッドの幅方向にわたって、圧力波の残留振動を減衰する効果をほぼ均一にすることができる。この結果、それぞれのインクチャンネルの吐出特性を均一にすることができる。また、インクの吐出が安定するインクジェットヘッドを提供することができる。
【0070】
図5に、本実施の形態における比較例としてのインクジェットヘッドの概略斜視図を示す。図6に、本実施の形態における比較例としてのインクジェットヘッドの概略断面図を示す。図6は、間隙部の部分の概略断面図である。図5においては、簡略化のために、ノズル板、フレキシブルプリント基板等の記載を省略している。
【0071】
図5を参照して、比較例としてのインクジェットヘッドは、カバー部材30を備える。カバー部材30は、共通インク室3を構成するための凹部44を含む。カバー部材30は、間隙部を構成するための凹部46を有する。
【0072】
図6を参照して、比較例としてのインクジェットヘッドは、間隙部7において、カバー部材30のベース部材1に対向する表面30aが、平面状に形成されている。すなわち、カバー部材30の凹部46の底面が平面状に形成されている。有機保護膜なしでの間隙部の高さは、凹部46の中央部46aと両側の端部46bにおいて、ほぼ同じなるように形成されている。
【0073】
ベース部材1の表面およびカバー部材30の表面には、有機保護膜6が配置されている。有機保護膜6は、カバー部材30において、凹部46の中央部46aの厚みよりも両側の端部46bにおける厚みの方が厚くなっている。また、ベース部材1の間隙部7の領域において、有機保護膜6は、中央部よりも両側の端部の方が厚くなっている。すなわち、有機保護膜6は、インクジェットヘッドの幅方向において、厚みが不均一になっている。このため、実質的な間隙部の高さは、凹部46の中央部46aにおいて高くなり、両側の端部46bにおいて低くなっている。
【0074】
比較例としてのインクジェットヘッドにおいては、間隙部において、実質的な間隙部の高さが、それぞれのチャンネルによって異なるため、それぞれのチャンネル間において、残留振動の抑制効果が異なっていた。このため、たとえば、インクジェットヘッドを高周波で駆動するときの吐出特性がチャンネル間でばらつく場合があるという問題があった。
【0075】
図5を参照して、比較例のインクジェットヘッドにおいて有機保護膜を形成するときには、矢印65に示すように、インクジェットヘッドのチャンネル溝4の開口から、原料となるモノマーガスが導入される。または、矢印66に示すように、インクジェットヘッドの側面に形成されたインク供給口8およびインク排出口9から、原料となるモノマーガスが導入される。
【0076】
インク供給口8およびインク排出口9は、チャンネル溝4と比べて大きな開口面積を有するために、原料となるモノマーガスは、大部分がインク供給口8およびインク排出口9から導入される。原料ガスは、インクジェットヘッドの側方から中央に向かって導入される。モノマーガスが順次ポリマー化されることにより、インクジェットヘッドの側方から中央に向かって有機保護膜が形成される。
【0077】
有機保護膜は、インクジェットヘッドの側面から中央に向かって形成される。このため、インクジェットヘッドの幅方向において、インク供給口およびインク排出口の近傍では、有機保護膜が厚くなり、中央部に向かうにつれて薄くなる。このように、有機保護膜の膜厚勾配が生じる。
【0078】
共通インク室においては、その空間が大きいために、膜厚勾配の実質的な影響は小さい。一方で、間隙部においては、たとえば高さが数十μmである。このような圧力波の残留振動を減衰するための間隙部においては、有機保護膜の膜厚分布は、実質的な影響を与える。間隙部は、数μm程度の有機保護膜の膜厚分布により吐出性能に影響を与える場合がある。しかし、本実施の形態においては、上述の通り、有機保護膜の間隙部における膜厚勾配に対応して、間隙部となる凹部の深さを調整することにより、実質的な間隙部の高さをチャンネル間でほぼ一定にすることができる。この結果、吐出性能が安定するインクジェットヘッドを提供することができる。たとえば、高周波で駆動したときにおいても、安定した吐出性能を発揮することができる。
【0079】
本実施の形態における有機保護膜は、ポリパラキシリレンを含む。有機保護膜が、ポリパラキシリレンまたはその誘導体を含むことにより、被覆効率を高くすることができ、また、被覆制御を容易に行なうことができる。したがって、有機保護膜の膜厚勾配を予め考慮することができ、凹部の深さの勾配を容易に設計することができる。さらに、ポリパラキシリレンまたはその誘導体は、耐薬品性に優れているため、使用するインクの適用範囲を広げることができる。
【0080】
有機保護膜としては、薄すぎるとピンホールが発生しやすくなったり、対薬品性や絶縁性の信頼性が低下したりする。このため、有機保護膜は、厚みが3μm以上であることが好ましい。また、厚すぎると成膜に時間がかかってしまったり、材料費が高価になったりする。このため、有機保護膜は、厚みが15μm以下であることが好ましい。
【0081】
次に、本実施の形態におけるインクジェットヘッドの製造方法について説明する。図1および図2を参照して、まず、ベース部材1を形成するベース部材形成工程を行なう。本実施の形態においては、厚み方向に分極されたPZT(ジルコン酸チタン酸鉛)基板同士を貼り合わせる。基板同士を貼り合せることにより、後に形成するチャンネル壁14の高さ方向のほぼ中央で分極方向を相反させることができる。本実施の形態においては、約0.9mmの厚みを有するベース部材1を形成する。
【0082】
次に、ベース部材1にダイシング加工により複数の平行な等間隔の溝を形成する。これらの溝は、それぞれが一の方向に延びるチャンネル溝4になる。チャンネル溝4を形成することにより、該一の方向に延びるチャンネル壁14が形成される。チャンネル壁14は、チャンネル溝4に隔てられている。
【0083】
本実施の形態においては、円板形状のダイシングブレードを用いて、チャンネル溝4を形成する。チャンネル溝4は、ベース部材1の前端部41から後端部42に向けて、ダイシングブレードを移動させることにより形成している。本実施の形態においては、厚さ70μmのダイシングブレードを用い、ダイシング装置DAD562(株式会社ディスコ社製)を使用して研削加工を行なった。
【0084】
次に、チャンネル溝4の内壁に蒸着法、スパッタリング法またはめっき法などにより、チャンネル壁14をシェアモード変形させるための電極5を形成する。電極5の材料としては、アルミニウムや銅などが好ましい。本実施の形態においては、RF(Radio Frequency)マグネトロンスパッタ装置を用いて、銅をスパッタリング法により成膜することにより電極5を形成した。
【0085】
上記の方法により電極5を形成すると、チャンネル壁14の頂面などの、チャンネル溝4の内壁以外の部分にも電極5が形成される。互いに隣り合うチャンネル溝4の電極5同士が導通した状態となる。このため、次に、それぞれのチャンネル溝4の電極5同士を電気的に分離するために、ベース部材1の頂面を研削加工して、各チャンネル壁14の頂面等に成膜された電極5を除去する。本実施の形態においては、成膜された電極5の一部をダイシングブレードによって研削することにより除去した。
【0086】
次に、カバー部材を形成するカバー部材形成工程を行なう。カバー部材2は、ベース部材1と一体化されるため、ベース部材1の熱膨張率とほぼ同じかまたは近接している熱膨張率を有する材料が好ましい。また、カバー部材2の厚みは、共通インク室3などを形成する加工を行なっても十分な強度を有する厚みが好ましい。本実施の形態においては、カバー部材2の厚みを2mmとした。
【0087】
カバー部材2に、共通インク室3を構成する凹部44を形成する。さらに、カバー部材2に、間隙部7を構成する凹部45を形成する凹部形成工程を行なう。本実施の形態においては、ベース部材1の加工と同様にダイシングブレードによる研削にて凹部44,45を形成する。
【0088】
図7に、間隙部を構成する凹部を形成する凹部形成工程の概略斜視図を示す。本実施の形態においては、共通インク室3を構成する凹部44を、カバー部材2の一方の端面から他方の端面まで貫通するように形成する。
【0089】
間隙部を構成する凹部45の形成においては、矢印62,63,64に示す向きに、順にダイシングブレード15を移動することにより研削を行なう。本実施の形態における凹部形成工程は、凹部45の底面が曲面状になるように研削を行なっている。チャンネル壁が延びる方向に垂直な方向において、有機保護膜なしでの間隙部の高さが中央部よりも両側の端部の方が高くなるように凹部45を形成している。すなわち、中央部45aよりも端部45bの方が深くなるように凹部45を形成している。
【0090】
このように、本実施の形態においては、間隙部において、有機保護膜が厚くなる領域において深くなるように、深さが変化する凹部45を形成している。また、有機保護膜の厚みに対応して深さが変化する凹部45を形成する。
【0091】
間隙部を構成する凹部を形成する凹部形成工程においては、この方法に限られず、多段階のチョッパー加工により階段状に凹部の深さを変化させても構わない。さらに、間隙部を構成する凹部の形成方法は、ダイシングによる研削に限られず、任意の形成方法を採用することができる。たとえば、エッチング法やサンドブラスト法などを採用することができる。本実施の形態においては凹部の深さを連続的に変化させている。このため、深さ方向の加工性や製作費用などの観点からダイシングによる研削方法が好ましい。
【0092】
図1および図2を参照して、次に、ベース部材1とカバー部材2とを接合する。チャンネル壁14の頂面の少なくとも一部にカバー部材2が接合されるように、ベース部材1とカバー部材2とを接合する。ベース部材1とカバー部材2とを接合することにより、インク流路13が形成される。本実施の形態におけるベース部材1とカバー部材2との接着には、エポキシ系の接着剤を用いている。
【0093】
次に、電極引き出し部35に対して、ACF10を挟んでフレキシブルプリント基板11を加熱および加圧することによって電気的に接続する。これにより、電極5に外部から電圧を印加して、インクジェットヘッドを駆動することが可能となる。本実施の形態においてはACFとして、CP9742KS(ソニーケミカル&インフォメーションデバイス株式会社製)を用いた。また、150℃の温度および120Nの押圧力で、70sec間押圧することによりフレキシブルプリント基板11を圧着した。
【0094】
次に、インクジェットヘッド内部に対して有機保護膜を形成する有機保護膜形成工程を行なう。有機保護膜6は、インクジェットヘッド内部およびフレキシブルプリント基板11などの露出している全ての部分に成膜されるため、成膜が不要な部分のマスキングを行なった。たとえば、成膜が不要な部分であるフレキシブルプリント基板11の配線部にはマスキングテープ等でマスクを行なった。
【0095】
有機保護膜としては耐薬品性やインクジェットヘッド内部への蒸着性の良さなどからポリパラキシリレンまたはその誘導体が好ましい。本実施の形態においては、ダイマーであるジクロロジパラキシリレンを材料として、下記の化1に示すポリモノクロロパラキシリレンを成膜した。
【0096】
【化1】

【0097】
有機保護膜の材料としては、この形態に限られず、ダイマーの各種誘導体を用いても構わない。たとえば、ダイマーであるジパラキシリレン(下記の化2参照)を材料としたポリパラキシリレン(下記の化3参照)や、他の誘導体を用いたポリパラキシリレン膜の一種としてのポリジクロロパラキシリレン(下記の化4参照)、または、有機保護膜は、その他の下記に示す化5や化6の物質などを含んでいても構わない。
【0098】
【化2】

【0099】
【化3】

【0100】
【化4】

【0101】
【化5】

【0102】
【化6】

【0103】
図8に、本実施の形態における成膜装置の模式図を示す。成膜装置は、気化加熱ヒータ19が配置された気化室20を備える。また、熱分解加熱ヒータ21が配置された熱分解炉22を備える。また、試料ホルダーが内部に配置された成膜チャンバー23を備える。さらに、未反応のモノマーガスを回収するために液体窒素24で冷却されたコールドトラップ25を備える。また、真空排気を行なうためのロータリーポンプ26を備える。
【0104】
成膜においては、まず、気化室20に原料となるダイマーを配置する。次に、ロータリーポンプ26を駆動してほぼ20mTorr(2.66Pa)以下の真空度まで排気する。熱分解炉22に配置された熱分解加熱ヒータ21に通電して、約700℃まで昇温させる。
【0105】
また、成膜中に成膜には寄与しなかったモノマーガスを排気せずに回収するため、または、バックグラウンド真空度を良くするためにコールドトラップ25に液体窒素24を投入して、成膜の準備を行なう。
【0106】
次いで、気化加熱ヒータ19に通電して気化室20を110℃から160℃までステップ的に温度を変化させながら、材料を気化させてダイマーガスの状態にする。このとき、熱分解炉22まで拡散して流れたダイマーガスは、熱分解および熱励起されてモノマーガスが形成される(化7および化8参照)。形成されたモノマーガスは、さらに成膜チャンバー23まで拡散して、インクジェットヘッド本体の表面に衝突して吸着および重合反応を起こすことにより有機保護膜が形成される。このように有機保護膜が蒸着される。
【0107】
【化7】

【0108】
【化8】

【0109】
本実施の形態においてはポリモノクロロパラキシリレン膜を前端部41の表面において7μmの厚みで成膜した。
【0110】
間隙部を構成する凹部においては、主にインク供給口およびインク排出口からモノマーガスが侵入するため、凹部の中央部の厚みよりも両側の端部の厚みが厚くなる。しかし、凹部形成工程において、凹部の中央部よりも両側の端部の方が深くなるように凹部を形成しているために、インクジェットヘッドの幅方向において間隙部の高さがほぼ一定のインクジェットヘッドを製造することができる。
【0111】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、間隙部においてインクジェットヘッドの幅方向に高さの不均一が生じることが抑制されている。次に、インクジェットヘッドの幅の大きさを変化させたときの有機保護膜の膜厚勾配に関する試験を行なった。
【0112】
試験に用いたインクジェットヘッドは、インク供給口およびインク排出口の開口部の面積は共に約2.8mm2、1個のチャンネル溝における開口部の面積(チャンネル溝における流路断面積)は約0.02mm2、チャンネル溝同士の間隔(ピッチ)は170μmである。また、間隙部におけるベース部材の表面とカバー部材の表面との距離(有機保護膜なしでの間隙部の高さ)は40μmである。
【0113】
インクジェットヘッドの幅方向において、複数のチャンネル溝のうち両端に形成されているチャンネル溝同士の距離が異なるインクジェットヘッドを複数製造して、有機保護膜の膜厚を計測する試験を行なった。両端部のチャンネル溝同士の距離は、それぞれのチャンネル溝の幅の中心同士の距離を計測している。
【0114】
試験においては、間隙部におけるベース部材の頂面およびカバー部材の凹部の底面が平面状である従来の技術のインクジェットヘッドを製造して試験を行なった。有機保護膜を蒸着により成膜した後に、間隙部におけるインクジェットヘッドの幅方向の端部の有機保護膜の厚みと、中央部における有機保護膜の厚みとを測定した。試験結果を表1に示す。
【0115】
【表1】

【0116】
両側の端部のチャンネル溝同士の距離が大きくなるほど、中央部の有機保護膜の膜厚が薄くなり、膜厚勾配が大きくなることが分かる。有機保護膜の端部と中央部との膜厚差がほぼ1μm以下の場合、実質的に吐出特性に与える影響が小さいことが確認できている。試験結果より、両側の端部のチャンネル溝同士の距離が15mm以下の場合は、実質的に吐出特性に与える影響が小さいことが分かる。両側の端部のチャンネル溝同士の距離が30mm以上の場合には、膜厚勾配が大きくなって吐出特性に影響を与える。このため、両側の端部のチャンネル溝同士の距離が30mm以上の場合には、本発明の効果が顕著になる。
【0117】
両側の端部のチャンネル溝同士の距離が200mmの場合においては、端部において有機保護膜の許容最大膜厚である15μmの厚みで成膜しても、間隙部の中央部においては、膜厚が2.5μmであった。有機保護膜としては、前述の通り耐薬品性および絶縁性などの観点から、厚みが3μm以上であることが好ましい。両側の端部のチャンネル溝同士の距離が150mm以下の時には、中央部における厚みが3μm以上を確保している。したがって、両側の端部のチャンネル溝同士の距離は、150mm以下であることが好ましい。
【0118】
本実施の形態においては、カバー部材の表面に圧力波を減衰するための凹部を形成したが、この形態に限られず、ベース部材に凹部を形成しても構わない。または、ベース部材およびカバー部材の両方の部材に凹部を形成しても構わない。
【0119】
本実施の形態においては、それぞれのチャンネル壁の少なくとも一部が圧電材料で形成されたインクジェットヘッドについて説明したが、この形態に限られず、複数のチャンネル溝を有するインクジェットヘッドに本発明を適用することができる。
【0120】
本実施の形態における間隙部は、インクジェットヘッドの一方の端面から他方の端面まで貫通するように形成されているが、この形態に限られず、間隙部は貫通していなくてもよい。
【0121】
本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、インク供給口およびインク排出口を有しているが、この形態に限られず、インク排出口を有しないインクジェットヘッドにも本発明を適用することができる。この場合においては、間隙部を構成する凹部は、有機保護膜なしでの間隙部の高さが、インク供給口の近傍で高く、インク供給口から離れるに従って低くなるように形成されていることが好ましい。
【0122】
(実施の形態2)
図9から図11を参照して、本発明に基づく実施の形態2におけるインクジェットヘッドおよびインクジェットヘッドの製造方法について説明する。本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、間隙部の構成が実施の形態1と異なる。
【0123】
図9は、本実施の形態におけるインクジェットヘッドの概略分解斜視図である。本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、ベース部材31を備える。本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、カバー部材32を備える。本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、間隙部を構成する凹部47がベース部材1に形成されている。
【0124】
ベース部材31は、複数のチャンネル溝4を有する。ベース部材31は、複数のチャンネル溝4同士の間にチャンネル壁14を有する。カバー部材32は、インクを供給するための共通インク室3を有する。ベース部材1は、チャンネル壁14の頂面に凹部47を有する。
【0125】
図10に、本実施の形態におけるインクジェットヘッドの概略断面図を示す。図10は、図9におけるX−X線に関する矢視断面図である。
【0126】
アクティブ領域である領域Aは、ベース部材31のチャンネル壁14の頂面と、カバー部材32とが接合される領域である。領域Cは、それぞれのチャンネル流路において生じる圧力波の残留振動を抑制するための間隙部7が形成されている領域である。領域Bは、共通インク室3が形成されている領域である。
【0127】
凹部47は、チャンネル壁14の頂面に形成されている。間隙部7は、凹部47の表面とカバー部材32とで挟まれる空間に形成されている。間隙部7は、チャンネル壁14とカバー部材32とが接合されている面の延長上に平面的に広がるように形成されている。本実施の形態における凹部47は、共通インク室3が形成されている領域Bまで延びるように形成されている。間隙部7は、共通インク室3と連通している。間隙部7は、チャンネル溝4と連通している。
【0128】
図11に、本実施の形態におけるインクジェットヘッドを、幅方向に切断したときの概略断面図を示す。図11は、図9におけるXI−XI線に関する矢視断面図である。図11は、間隙部の部分の概略断面図である。
【0129】
ベース部材31に形成された凹部47は、インクジェットヘッドの幅方向において、チャンネル壁14の頂面が曲面状になるように形成されている。凹部47は、チャンネル壁14が延びる方向と垂直な方向において、中央部47aおよび両側の端部47bを有する。
【0130】
凹部47は、チャンネル壁14の頂面とカバー部材32の表面との距離が、中央部47aよりも端部47bの方が大きくなるように形成されている。有機保護膜なしでの間隙部の高さは、インクジェットヘッドの幅方向において、中央部よりも端部の方が高くなっている。カバー部材32のベース部材31に向かう側の表面32aは平面状である。
【0131】
有機保護膜6は、ベース部材31の表面およびカバー部材32の表面に沿って形成されている。有機保護膜6は、膜厚が中央部47aの部分よりも端部47bの部分の方が厚くなっている。ベース部材31に配置されている有機保護膜6の表面と、カバー部材32に配置されている有機保護膜6の表面との距離は、インクジェットヘッドの幅方向において、ほぼ一定になっている。すなわち、間隙部7の高さは、ほぼ一定になっている。
【0132】
図9から図11を参照して、本実施の形態におけるインクジェットヘッドの製造方法においては、ベース部材を形成するベース部材形成工程を含む。ベース部材形成工程は、チャンネル壁とカバー部材との間に、圧力波を減衰するための間隙部を構成する凹部を形成する凹部形成工程を含む。本実施の形態においては、チャンネル壁14の頂面に、凹部を形成する。本実施の形態における凹部形成工程は、チャンネル壁14が延びる方向に垂直な方向において、中央部よりも両側の端部の方が深くなるように凹部を形成する工程を含む。本実施の形態においては、図11に示すように、断面形状において凹部47の底面がほぼ山型になるように形成している。
【0133】
ベース部材とカバー部材とが完成したら、ベース部材31とカバー部材32とを互いに固定する。この後に、インクジェットヘッドの内部全体において有機保護膜を形成する有機保護膜形成工程を行なう。本実施の形態におけるインクジェットヘッドは、幅方向に延びる共通インク室に連通するインク供給口およびインク排出口を有する。インク供給口およびインク排出口から主に原料ガスが導入されることにより、インクジェットヘッドの内部に成膜が行なわれる。
【0134】
有機保護膜形成工程において、図11に示すようにベース部材31の凹部47が曲面状に形成されているため、有機保護膜6の成膜に不均一が生じても、間隙部7の高さをほぼ一定にすることができる。本実施の形態においては、インクジェットヘッドの幅方向の端部において有機保護膜6が厚く形成され、中央部において有機保護膜6が薄く形成されるが、このような成膜であっても、間隙部7の高さを幅方向においてほぼ一定にすることができる。この結果、インクジェットヘッドのインク吐出特性を、それぞれのインクチャンネル間でほぼ均一にすることができる。
【0135】
その他の構成、作用、効果および製造方法については、実施の形態1と同様であるので、ここでは説明を繰り返さない。
【0136】
上述のそれぞれの図において、同一または相当する部分には、同一の符号を付している。また、上述の説明において、前、後などの記載は、絶対的な向きを示すものではなく、それぞれの位置関係を相対的に示すものである。
【0137】
なお、今回開示した上記実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。
【図面の簡単な説明】
【0138】
【図1】実施の形態1におけるインクジェットヘッドの一部を破断した概略分解斜視図である。
【図2】実施の形態1におけるインクジェットヘッドの第1の概略断面図である。
【図3】実施の形態1におけるインクジェットヘッドの全体の概略斜視図である。
【図4】実施の形態1におけるインクジェットヘッドの第2の概略断面図である。
【図5】実施の形態1における比較例のインクジェットヘッドの全体の概略斜視図である。
【図6】実施の形態1における比較例のインクジェットヘッドの概略断面図である。
【図7】実施の形態1におけるインクジェットヘッドの製造方法を説明する概略斜視図である。
【図8】実施の形態1における成膜装置の概略図である。
【図9】実施の形態2におけるインクジェットヘッドの一部を破断した概略分解斜視図である。
【図10】実施の形態2におけるインクジェットヘッドの第1の概略断面図である。
【図11】実施の形態2におけるインクジェットヘッドの第2の概略断面図である。
【図12】従来の技術に基づく第1のインクジェットヘッドの一部を破断した概略分解斜視図である。
【図13】従来の技術に基づく第1のインクジェットヘッドの概略断面図である。
【図14】従来の技術に基づく第2のインクジェットヘッドの一部を破断した概略分解斜視図である。
【図15】インクジェットヘッドのシェアモード変形を説明する第1の概略断面図である。
【図16】インクジェットヘッドのシェアモード変形を説明する第2の概略断面図である。
【符号の説明】
【0139】
1,31 ベース部材、1a,2a 表面、2,30,32,33 カバー部材、3 共通インク室、4 チャンネル溝、5 電極、6 有機保護膜、7 間隙部、8 インク供給口、9 インク排出口、10 ACF(異方性導電フィルム)、11 フレキシブルプリント基板、13 インク流路、14 チャンネル壁、15 ダイシングブレード、16 ノズル板、17 ノズル孔、18 導電性樹脂、19 気化加熱ヒータ、20 気化室、21 熱分解加熱ヒータ、22 熱分解炉、23 成膜チャンバー、24 液体窒素、25 コールドトラップ、26 ロータリーポンプ、29 マニホールド、30a,32a 表面、35 電極引き出し部、41 前端部、42 後端部、44〜48 凹部、45a,46a,47a 中央部、45b,46b,47b 端部、61〜67 矢印。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャンネル溝に隔てられるようにチャンネル壁が形成されたベース部材と、
前記チャンネル壁の頂面の少なくとも一部に接合されたカバー部材と、
前記チャンネル壁と前記カバー部材とが接合されている面の延長上に平面的に広がり、圧力波を減衰するための間隙部と、
前記ベース部材と前記カバー部材とに囲まれる空間の少なくとも一部に配置されている有機保護膜と
を備え、
前記間隙部は、前記カバー部材に配置された前記有機保護膜の表面および前記ベース部材に配置された前記有機保護膜の表面で挟まれる空間を含み、
前記間隙部は、前記チャンネル壁が延びる方向にほぼ垂直な方向に沿って一方の端面から他方の端面に向かって延びるように形成され、
前記間隙部は、前記垂直な方向において、前記ベース部材に配置された前記有機保護膜の表面と前記カバー部材に配置された前記有機保護膜の表面との距離がほぼ一定である、インクジェットヘッド。
【請求項2】
前記チャンネル壁の側面に配置された電極を備え、
前記チャンネル壁は、少なくとも一部が圧電材料で形成され、
前記電極は、前記圧電材料の領域の少なくとも一部を挟むように形成されている、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記間隙部の領域において、前記ベース部材の表面と前記カバー部材の表面との距離が、前記垂直な方向の中央部よりも両側の端部の方が大きくなるように形成されている、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記間隙部に連通するように形成されたインク室を備え、
前記インク室は、前記垂直な方向に沿って一方の端面から他方の端面まで貫通するように形成されている、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
前記間隙部は、前記カバー部材に形成された凹部と前記チャンネル壁の頂面とで挟まれる空間に配置されている、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項6】
前記間隙部は、前記チャンネル壁の頂面に形成された凹部と前記カバー部材の表面とで挟まれる空間に配置されている、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項7】
前記有機保護膜は、厚みが3μm以上15μm以下で形成され、
前記垂直な方向の最も端に配置された前記チャンネル溝のうち、一方の前記チャンネル溝と他方の前記チャンネル溝との距離が30mm以上150mm以下になるように形成されている、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項8】
前記有機保護膜は、ポリパラキシリレンまたはポリパラキシリレンの誘導体のうち、少なくとも一方を含む、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項9】
チャンネル溝に隔てられるチャンネル壁を含むベース部材を形成するベース部材形成工程と、
カバー部材を形成するカバー部材形成工程と、
前記チャンネル壁の頂面の少なくとも一部に前記カバー部材が接合されるように、前記ベース部材と前記カバー部材とを接合する工程と、
前記ベース部材および前記カバー部材の内部の表面に有機保護膜を形成する工程と
を含み、
前記ベース部材形成工程は、一の方向に延びるように前記チャンネル溝を形成する工程を含み、
前記ベース部材形成工程および前記カバー部材形成工程のうち少なくとも一方の工程は、圧力波を減衰するための間隙部を構成する凹部を形成する凹部形成工程を含み、
前記凹部形成工程は、前記有機保護膜が厚くなる領域において深くなるように、深さが変化する凹部を形成する工程を含む、インクジェットヘッドの製造方法。
【請求項10】
前記カバー部材形成工程は、前記垂直な方向に沿って一の端面から他の端面まで貫通するようにインク室を構成する凹部を形成するインク室形成工程を含み、
前記凹部形成工程は、前記垂直な方向の中央部よりも両側の端部の方が深くなるように前記間隙部を構成する凹部を形成する工程を含む、請求項9に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項11】
前記凹部形成工程は、ダイシングブレードを用いて前記間隙部を構成する凹部を形成する工程を含む、請求項9に記載のインクジェットヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2008−55635(P2008−55635A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−232294(P2006−232294)
【出願日】平成18年8月29日(2006.8.29)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】