説明

インプラント用の、DNAをベースとしたコーティング

本発明は、移植部位における組織反応を改善するための、DNAを含有するコーティングを有するインプラントに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インプラント移植部位における組織反応を改善するコーティングを有するインプラントの分野に属する。
【背景技術】
【0002】
インプラント学においては、満足な特性を備えた生物医学デバイスを製造するために多様な材料が用いられている。適用の際の適合性を決定するのは主に材料のバルク特性であるが、生物学的反応は、主にその生体材料表面における、周囲の生体環境中の成分との相互作用により決まる。生体材料表面の修飾はここ数十年の主流な研究テーマであり、生物学的反応を改善するために、生体材料表面を効果的に修飾する多くの技術が開発されてきた。その例として、骨インプラント用のリン酸カルシウム析出法や、生体化合物及び/又は医薬品の認識部位を生体材料表面に導入する技術を挙げることができる。前者の技術は骨インプラントの生物活性を顕著に上昇させ(非特許文献1及び2)、一方、後者の技術は細胞の(初期)接着を改善し、生物学的反応に重要な修飾化合物(例えば、サイトカインや成長因子)の移植部位における特異的な送達方法を提供した(非特許文献3及び4参照)。
【0003】
DNA(遺伝子)送達のための非ウイルス性ベクターとして登場した、カチオン性ポリマーとDNAとの高分子電解質複合体についての概念が広がってきており、特許文献1は、治療に有用なタンパク質をコードするDNAを組み込んだポリマー・マトリックスでコーティングしたステントを開示している。動脈細胞によりレポーター酵素が実際に発現されることが実証されており、これはDNAが確かにポリマー・マトリックスから細胞に入ったことを意味している。この方法では、DNAがマトリックスから離れて、コーティングしていた物を覆わなくなってしまうので、移植された組織内に定着する必要があるインプラントには好ましくない。
【0004】
また、遺伝情報のためではなく、機能性生体材料としてのDNAの使用が既に示唆されており(非特許文献5及び6)、先駆者的努力の結果、DNAを含有するバルク(生体)材料、特にDNA−脂質コンプレックスをキャストすることで作製される自立性のDNA脂質膜が製造され(非特許文献7)、これはラット背部に皮下移植しても副作用を起こさないことが示されている。
【0005】
特許文献2は、機能化した表面を有するインプラントを開示している。炭素を含有する層をインプラント上に付加し、酸化及び/又は還元反応によってこの層を活性化して多孔性にし、続いて、この活性化された炭素をDNA等の添加によって機能化している。
【0006】
特許文献3は、金属水素化物(すなわち、水素化チタン、水素化ジルコニウム、水素化タンタル、水素化ハフニウム、ニオブ水素化物、クロム水素化物、又はバナジウム水素化物)層に結合されたDNA等でコーティングされた、生体適合性の改善されたインプラントを開示している。
【0007】
特許文献4は、インプラント上に微細構造をエッチングすることよるインプラント製造方法を開示している。このようなインプラントは金のような接着性の金属(adhesive metal)を介してDNAでコーティングすることができる。ここで述べられているDNAは、その遺伝情報のために利用されている(すなわち、このDNAは一酸化窒素又は血管内皮増殖因子をコードする遺伝子である)。
【0008】
しかし、コーティング材料としてのDNAの利用は、(a)核酸分解されやすいこと、及び(b)水溶液への溶解性、のために制限されている。前述のDNA含有バルク材料の使用では、様々な材料上でコーティングが剥がれ易いという結果になった。
【0009】
このような欠点があるものの、本発明の目的はデオキシリボ核酸(DNA)を含むコーティングを有するインプラント物(implant object)を提供することである。なぜなら、この興味深い材料はインプラント学において多くの利点を提供すると考えられるからである。
【0010】
したがって、本発明は、DNAを含む安定なコーティングを有するインプラント物をどうすれば提供できるかという課題の解決方法を求めるものであり、該コーティングは、少なくとも上記インプラント物が移植される組織内に十分に埋め込まれるのに必要な期間、上記インプラント物に安定に付着したままであり、且つ移植される組織に対するDNAの利点を示すことができるものである。
【特許文献1】国際公開第99/00071号パンフレット
【特許文献2】独国特許第10233099号
【特許文献3】国際公開第02/47564号パンフレット
【特許文献4】国際公開第03/072287号パンフレット
【非特許文献1】Dorozhkin and Epple, Angew. Chem Int. Ed. Engl. 2002, vol 41 3130
【非特許文献2】Ducheyne and Qiu Biomaterials 1999, 20 (23-24):2287
【非特許文献3】Reyes and Garcia J. Biomed. Mat Res. 1999, vol 67A, 328
【非特許文献4】Bures et al. J. Conrol Release 2001vol 72, 25
【非特許文献5】Yamada et al. Chemistry 2002, vol 8, 1407
【非特許文献6】Inoue et al. J. Biomed. Mat Res. 2003, vol 65A, 203
【非特許文献7】Fukushima et al. J. Dent. Res. 2001, vol 80, 1772
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
DNAが、その遺伝情報のためではなく、DNAの構造による利点から、インプラントのコーティングとしてうまく利用できることが分かった。DNAを含む又はDNAからなるコーティングはインプラント物上に吸着させることができ、DNAコーティングしたインプラント物を効率的に得ることができる。特に、正の多電荷を帯びた表面若しくは層と静電相互作用との組合せによってインプラント物のコーティングにDNAを組み込むことで、DNAがインプラント物に安定的に結合された。さらに、DNAの形状が保持されていたため、DNAの構造に付随する有利な効果が発揮され、同時に核酸分解(例えば血清中のヌクレアーゼ)切断から保護された。
【課題を解決するための手段】
【0012】
したがって、本発明は、ポリヌクレオチド又はその均等物を含み且つ吸着によってインプラントに付着していることを特徴とするコーティングを有する上記インプラント物に関する。詳細には、本発明は、ポリヌクレオチド又はその均等物とポリカチオンとを含有するコーティングを有するインプラント物に関する。ポリヌクレオチド又はその均等物及びポリカチオンは二重層であること、すなわち、インプラント物がポリカチオン及びポリヌクレオチド(均等物)の二重層でコーティングされていることが好ましい。そのような二重層は、コーティング中に生物学的活性成分を組み込むことが可能であり、その生物学的活性活性をコーティングで調節しながら発揮させることができる。すなわち、生物学的活性成分の活性は、ポリヌクレオチド(均等物)−ポリカチオンコーティング(特に複数の二重層)の積層及び上記生物学的活性成分の組み込み様式によって調節することができる。生物学的活性成分を二重層コーティングの表面に組み込む、又はより深く多層コーティング中若しくは複数の二重層コーティング中に上記生物学的活性成分を組み込むことで、そのような生物学的活性成分の放出及び効果を調節することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、ポリヌクレオチド又はその均等物とは、ポリアニオン性構造を形成すあらゆるヌクレオチド又はポリヌクレオチドに対応する均等な構成要素のポリマーを指す。通常、負電荷は、ヌクレオチド又はヌクレオチドに均等な構成要素を連結するリン酸基(若しくはその均等物)によって提供されるか、リン酸基(若しくはその均等物)に局在する。1つの実施形態においては、ポリヌクレオチド又はその均等物は、RNA、2’−O−メチルRNA又は2’−O−アリルRNA、DNA、モルホリノポリヌクレオチド、ペプチド核酸(PNA)、及び固定核酸(Locked Nucleic Acid)(LNA)からなる群から選択される。
【0014】
1つの実施形態においては、ポリヌクレオチドはDNAである。DNAが何から得られるかは重要ではない。DNAの好ましい出所としては、DNAを多く含む材料を産業廃棄物としてしばしば廃棄している食品業界がある。遺伝情報に関係なく、DNAの構造的特性によって、この独特な天然材料はインプラントのコーティングに使用するのに理想的なものになっている。DNA分子の特異的なビルドアップが、様々な移植部位における多様な使用を保証している。脊椎動物種におけるDNAの分子構造が均質であること、及び(タンパク質や糖などのその他の生物学的抗原と比べて)DNAの非又は低免疫原性という特性が先天性免疫応答及び獲得免疫反応の両方を抑えている。さらに、DNAは、溝結合及びインターカレーションによって他の分子を取り込むことができ、所望の生物学的メディエーターを移植部位の近傍に特異的に送達できる可能性が生まれる。その上、DNAはリン酸基を多く含有しているので、カルシウムイオンに対するリン酸の高親和性により、骨形成過程におけるカルシウムの沈着に良い影響を与える。
【0015】
本発明において、インプラント物とは、損傷した組織構造の回復を助けるため、又は組織及び/若しくは臓器を支持する、又は(一部)置換するために、ヒト又は動物の身体に移植できるあらゆる物を指す。インプラント物の例として、ステント、固定プレート(fixation plates)、固定ねじ、骨髄ピン(medullary nails)、寛骨臼カップ、組織再生誘導膜、口腔用インプラント、カテーテル、整形外科用インプラント、ペースメーカー、心臓弁等を挙げることができる。
【0016】
本発明において、吸着した(adsorbed)又は吸着(adsorption)とは、あらゆる非共有結合性の結合を意味する。
【0017】
1つの実施形態において、ポリヌクレオチド又はその均等物を含有するコーティングは、静電的相互作用によってインプラント物上に吸着される。ポリヌクレオチド又はその均等物をインプラント物に静電的に付着させる技術の1つに、静電的自己組織化(electrostatic self-assemby)(ESA)がある。例えば、インプラントの表面は、インプラント上への吸着を容易にするために気体プラズマ(グロー放電)、アルカリ又は酸処理(飽和水酸化ナトリウム又は強酸溶液に基材を浸漬する)を適用する等の処理をすることができる。表面が正電荷を帯びたインプラントを、例えばDNAの溶液に単に浸漬するだけで、DNAがインプラント上に自己組織化する。あるいは、表面が負電荷を帯びるようにインプラントを処理しても良い。その場合、インプラントをポリカチオン溶液に浸漬することでインプラント上にポリカチオンを自己組織化させることができ、次の工程で上記インプラントをDNA溶液に浸漬することで、静電的に付着するDNAでインプラント物をコーティングすることができる。また、適切な機能を付与するポリカチオンが静電的にインプラント物に付着している場合、DNA又はその均等物を上記ポリカチオンに結合させることで共有結合性相互作用を生じさせることができる。また、ポリヌクレオチド又はその均等物を含有する多層膜は、交互吸着法(layer-by-layer (LbL) assembly)としても知られるESAによって作製することができる。この技術を用いれば、反対の電荷をもつ高分子電解質を、静電相互作用によって交互に段階的に吸着させることで、高分子電解質多層(PEM)を製造することができる。また、(静電的に)インプラント物上に吸着する最初のコーティング層を別にすれば、どの時点でも、静電的ではない相互作用、特に共有結合性の付着によって更なる層を付着させることができる。1つの実施形態において、本発明は、コーティングを有するインプラント物に関し、上記コーティングは吸着、又は特に静電相互作用によってインプラント物に付着しているポリヌクレオチド又はその均等物を含有する。
【0018】
以前にも、DNAをポリアニオン性の構成要素として、ESA技術が応用されたことがある。例えば、Pei et al., Biomacromolecules 2001, vol 2(2), 463は、最初にポリ(エチレンイミン)−(PEI−)コーティングされたセンサーチップで開始したリアルタイム表面プラズモン共鳴法によって、ポリ(ジメチルジアリルアンモニウムクロライド)(PDDA)とDNAとからなる連続的な多層膜の形成をモニターしている。また、Luo et al, Biophys. Chem, 2001, vol 94(1-2), 11は、ガラス状カーボン電極及び石英スライド上にLbL静電堆積法(LbL electrostatic deposition techniques)により作製したPDDAとDNAの多層膜の研究をしている。
【0019】
ESA法について述べると、インプラントを、正に帯電した(高分子)電解質溶液に浸漬し、次いで負に帯電したポリヌクレオチド又はその均等物(特にDNA)の溶液に続けて浸漬することで、本発明のコーティングされたインプラント物を調製することができる。この過程は、2回、若しくは3回、若しくは4回、若しくは5回繰り返してもよく、又は6、7、8、9、若しくは10回若しくはそれ以上繰り返してもよく、それにより多層コーティングを作ることができる。そのような多層コーティングの形成及び特性に影響を与えるパラメーターとしては、正に帯電した高分子電解質の具体的な種類及びポリヌクレオチドの種類の他に、高分子電解質溶液の濃度、浸漬時間、溶液のpH、溶液のイオン強度等がある。
【0020】
さらに、この作製方法(すなわち、水溶液中への浸漬中)では、PEMを含むポリヌクレオチドが水に不溶性であることが示されている。PEMをイオンを多く(すなわち、生理的条件を超えて)含む溶液に浸漬しても、PEM構造の解離は起こらなかった。しかし、作製過程中の高分子電解質中のイオン量を変えることは、層の厚みなどのPEMの特性を調節する手段の1つである。インプラント物が十分にコーティングされるようにこれらのパラメーターを選ぶことは、当業者に十分可能である。
【0021】
1つの実施形態において、正に帯電した(高分子)電解質はポリカチオンであり、したがって、ポリヌクレオチド又はその均等物が二重層中でポリカチオンと静電的に相互作用しているコーティングを有するインプラント物は本発明の一実施形態である。好ましくは、ポリカチオンは、ポリ(Ala,Gly,Lys,Tyr)臭化水素酸塩、ポリ−D/L−アルギニン塩酸塩、ポリ(Arg,Pro,Thr)塩酸塩、ポリ(Arg,Trp)塩酸塩、ポリ(Glu,Lys)臭化水素酸塩、ポリ(エチレンイミン)、ポリ−D/L−ヒスチジン、ポリ−D/L−リジン、 ポリビニルピロリドン、ポリ(ビニルポリピロリドン)、ポリアクリルアミド、 ポリ(アクリルアミド−co−ジアリルジメチルアンモニウムクロライド)、ポリ(アリルアミン塩酸塩)、 ポリアミリエ(Polyamilie)(エメラルディン塩)、4級化ポリ[ビス(2−クロロエチル)エーテル−アルト−1,3−ビス[3−(ジメチルアミノ)プロピル]ウレア]、ポリ(ジアリルジメチルアンモニウムクロライド)、ポリ(4−ビニルピリジニウムトリブロミドからなる群から選択される。別の実施形態において、インプラント物は、1つ以上、例えば2、3、4、5、6、7、8、9、若しくは10若しくはそれ以上のポリカチオン及びポリヌクレオチドの二重層を含むコーティングを有する。
【0022】
上に記載したDNAの利点を完全に活用するためには、コーティングの中に静電的に固定されるDNAの量及び形状を調節することが有益である。この目的のために、異なる種類のカチオン性高分子電解質を使用した、異なる種類の多層DNAコーティングを作製してもよい。この多層DNAコーティングの性質は、UV−Vis分光光度法、原子間力顕微鏡(AFM)、X線分光法(X-ray photospectroscopy)(XPS)、接触角の測定、及びフーリエ変換赤外分光(FTIR)によって決定することができる。また、コーティング中に固定されたDNAの量は放射性標識DNAを用いて解析することができる。
【0023】
コーティング中のポリヌクレオチドはさらに、ポリヌクレオチド(特にDNA)中に組み込むことができる薬剤(抗生剤及び/又は抗炎症成分)、及び/又はシグナル伝達物質(例えば、成長因子及び/又はサイトカイン)、及び/又はその他の機能性化合物のような機能的な添加剤を含んでいてよい。要するに、上で定義したDNAを含有し、さらに1つ以上の生物学的活性成分を含有するコーティングを有するインプラントも、本発明の一実施形態である。
【0024】
インプラント自体を作る材料は、その特定のインプラントの具体的な用途によって決定される。金属からなる又は金属を含むものがインプラントの材料に特に適しており、インプラントに好適な金属にはニオブ、タンタル、コバルトクロム合金、(ステンレス)スチール、特にチタン及びチタン合金がある。例えばチタンなどの複数の金属は、その固有の性質及び天然の形状のため、表面に酸化被膜を形成する。その他にあり得る、コーティングされるのに好適な材料にはバイオセラミックスがあり、例えば酸化アルミニウム(アルミナセラミック;Al)、酸化ジルコニウム(ジルコニア;ZrO)、リン酸カルシウムセラミックス(CaP)、及びバイオガラスがある。また、インプラント物は、ポリエチレン(PE)、ポリ(エチレンテレフタラート)(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(PFTE)、ポリスチレン(PS)、ポリL乳酸(PLLA)ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリイミド(PI)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリプロピレンフマラート(PPF)、若しくはポリブチルテレフタラート(PBT)のようなポリマー材料からなってもよいし又はこれらを含んでいてもよい。さらに、上で考慮した材料の混合物の全てがインプラント材料の候補となる。
【0025】
本発明で既に述べたように、DNAは、その遺伝的特性のためではなく、DNAの構造に固有な有利な特性のためにコーティングとしてうまく利用できることが判明した。したがって、特にインプラントを受ける必要のある対象にとって、本発明のインプラント物を利用することは、インプラント移植部位における組織反応を改善するために有益である。特に、本発明のインプラント物の使用は、該インプラント物の周辺組織の治癒に有益であり、また、本発明のインプラント物の使用はバイオミネラリゼーションのサポートに有益である。言い換えると、本発明はインプラント移植部位における組織反応の改善方法に関し、該方法はインプラントを受ける必要のある対象への本発明のインプラントの移植を含む。また、該方法は、インプラント物の周辺組織の治癒のための方法であり、バイオミネラリゼーションのサポートのための方法である。
【0026】
本明細書中及び特許請求の範囲中において、「含有する(含む)(to comprise)」という動詞及びその活用形は、この単語の前にある項目を含みつつ、具体的に言及されていないものも排除しないという、非限定的な意味で使用されている。加えて、不定冠詞”a”又は”an”による要素への言及は、文脈で1つ且つ1つだけの要素であると明示していない限り、その要素が2つ以上ある可能性を排除しない。したがって、不定冠詞”a”又は”an”は通常、「少なくとも1つ」を意味する。
【実施例1】
【0027】
インプラントを身体組織中に埋植すると、そのデバイスに対する反応が引き起こされる。この反応は異物反応として知られ、炎症や創傷治癒過程が含まれる。この反応の強さ及び期間は、主に表面特性によって決定される。したがって、インプラント材料の表面を調節することで、生体材料界面における生物学的反応を調節する手段を提供することができる。本発明で新規なアプローチは、コーティング材料にDNAを使用することである。DNAは、その遺伝情報とは関係なく、非免疫原性又は低免疫原性のコーティング材料であり、軟部組織及び硬組織の両方の環境において薬物送達能をもつ。そこで、静電的自己組織化(ESA)法によりインプラント物上にDNAコーティングを作製し、多層DNAコーティングの細胞組織適合性を、初代細胞を用いたin vitroアッセイ及びin vivoでのラットへの移植実験によって評価した。
【0028】
材料と方法:
ポリアニオン性のDNA(±300bp/分子;ナトリウム塩)は、Nichiro Corporation (横須賀市、神奈川県、日本)の厚意により提供された。DNA中のタンパク質不純物の有無をBCAタンパク質アッセイ(Pierce社製、Rockford, Illinois, USA)で調べ、計測の結果、0.20%w/w未満であった。ポリカチオン性の高分子電解質であるポリ(アリルアミン塩酸塩)(PAH;MW 約70000)及びポリ−D−リジン(PDL;MW30000〜70000)はSigma社から購入した(Sigma-Aldrich Chemie B.V.社製, Zwijndrecht, the Netherlands)。
【0029】
ガラス基材及びチタン基材をESA法を用いてコーティングした。[PDL/DNA]又は[PAH/DNA]の最終コーティング構造を得るために、ポリカチオン性のポリ−D−リジン(PDL)又はポリ(アリルアミン塩酸塩)(PAH)、及びポリアニオン性のDNAを以下に記すように交互に吸着させた。初代ラット皮膚線維芽細胞(RDF)を用いて、増殖、細胞毒性(MTT)、及び細胞形態(SEM)をモニターし、細胞適合性を評価した。in vivoにおいて、検体をラットの背部皮下に4〜12週間移植した。回収した検体(周辺組織を含む)を、組織学的及び組織形態計測的分析に用いて、組織反応をモニターした。
【0030】
多層DNAコーティングの作製
Luo et al., Biophys. Chem, 2001, vol 94(1-2), 11に記載のESA法に少し修正を加えて用い、多層DNAコーティングを作製した。クリーニングした基材を、PDL(0.1mg/ml)又はPAH(1mg/ml)のどちらかの水溶液に、最初のカチオン性の高分子電解質層が基材に吸着するのに十分な時間である30分間浸漬した。次いで、この基材を超純水で洗浄(5分間、連続流水)し、高圧空気噴流(pressurized air stream)で乾燥させた。その後、この基材を、アニオン性のDNA水溶液(1mg/ml)とそれぞれのカチオン性高分子電解質溶液に、間に超純水での洗浄(5分間、連続流水)及び高圧空気噴流を用いた乾燥をはさみ、交互に7分間ずつ浸漬した。多層DNAコーティングの積層を、全部で二重層が5つになるまで続けた。これらを[PDL/DNA]又は[PAH/DNA]と呼ぶ(コーティングの表示は二重層の数を指すことに限定される。すなわち、1/2とは、二重層のうちのカチオン性部分のみを意味する)。
【0031】
コーティング分析−原子間力顕微鏡法(AFM)
チタンをスパッタした非コーティングシリコン、部分的多層DNAコーティング([PDL/DNA]1/2及び[PAH/DNA]1/2;[PDL/DNA]及び[PAH/DNA];[PDL/DNA]3と1/2及び[PAH/DNA]3と1/2)、及び完全多層DNAコーティング([PDL/DNA]及び[PAH/DNA])の形状を、Nanoscope IIIa AFM (Digital Instruments社製、Buffalo, NY, USA)を用いて分析した。
【0032】
コーティング分析−放射性標識DNAを用いた多層DNAコーティングの積層
放射性標識DNAを用いて、多層コーティング中に固定されたDNAの量を調べた。DNA水溶液に、放射性標識DNAを最終濃度1mg/mlで添加した。カチオン性の高分子電解質水溶液の濃度は上述の通りである。ガラス基材及びチタン基材上に、多層コーティングを上述の通り作製した。二重層が1、2、3、4、及び5つ完成した後、基材を作製工程から取り出し、シンチレーション液に浸漬し、液体シンチレーションカウンターを用いて計測した。比較として、最初のDNA水溶液(1mg/ml)100μlを含むサンプルを計測した。全ての実験サンプル及びコントロールサンプルは3連で行った。
【0033】
結果
ESA法を用いて、ガラス基材及びチタン基材上にDNAコーティングを作製した。これらの多層DNAコーティングは、約3μgDNA/cm/二重層を取り込んでおり、AFMによって、ナノレベルの表面粗さが確認された。
【0034】
原子間力顕微鏡
チタンをスパッタしたシリコン上の、部分的又は完全な多層DNAコーティングの表面形状をAFMを用いて調べた。
【0035】
[PDL/DNA]二重層及び[PAH/DNA]二重層の(部分的又は完全な)多層DNAコーティングの高さを分析したところ、どちらの種類のコーティングにおいても、表面粗さの増加が視認された。両方の種類の多層DNAコーティングのRMS値を用いて、表面粗さを更に調べたところ、[PDL/DNA]1/2及び[PAH/DNA]からの全ての段階(すなわち、1と1/2二重層)で、コーティングを積層している間の有意な増加が示された。さらに、二重層が2つ堆積した後では、[PDL/DNA]コーティングのRMS値は対応する[PAH/DNA]コーティングのRMS値より有意に低かった。
【0036】
2種類のコーティング間での表面形状の代表的な違いとして、高度(elevation)の高さの平均値に加えて、その空間的分布があった。[PDL/DNA]の外観が比較的均質な形状で、その高度は高さが比較的低く(平均6nm)、等間隔な分布を示したのに対し、[PAH/DNA]はランダムに分布された比較的高い(平均14nm)高度を示した。これらの違いを図で説明するために、両方の完全多層DNAコーティングの3D画像再構成を図1に示す。
【0037】
多層コーティング積層中のDNA固定化
多層DNAコーティング中に固定されるDNAの量(μg/基材)を放射性標識DNAを用いて分析した。ガラス上では、最初の二重層に固定されるDNA量は、[PAH/DNA]コーティングより[PDL/DNA]コーティングの方が多い。チタン基材上では、両方の種類の多層DNAコーティングの最初の二重層中に同量のDNAが固定された。基材材料(すなわち、ガラス又はチタン)に関係なく両方の種類の多層DNAコーティングで、続いて吸着した各二重層中には一定量のDNAが固定される。多層DNAコーティング中に固定されるDNAの量は、おおよそ1〜15μgDNA/cm/二重層である。
【0038】
in vitro実験によって、下地の基材に関係なく、両方の種類の多層DNAコーティング上でRDF細胞増殖の増加が示された(p<0.05)(図2)。どちらの種類の多層DNAコーティングにも細胞毒性がないことがMTTアッセイで示された。さらに、細胞の形態に変化は見られなかった。
【0039】
in vivo実験において、移植期間中、創傷治癒に伴う合併症の兆しは見られなかった。組織学的解析により、非コーティングコントロールと比べて、コーティングした検体に対する組織反応に変化がないことが示された(図3)。線維組織被膜における線維細胞層の数及び線維被膜の質について、コントロールと比較して、コーティングした検体で違いはみられなかった。
【0040】
ディスカッション及び結論
反対に帯電された基材を最適に被覆するための1つの方法は、中性の酸性度(neutral acidity)で過度に帯電している高分子電解質(例えば、ポリ(エチレンイミン)、PEI;又はポリ(スチレンスルホン酸)、PSS)を最初の層として利用することである。しかし、これは必須ではない。
【0041】
[PAH/DNA]及び[PDL/DNA]コーティングの成長は両方とも直線的であった。しかし、最初の吸着層に吸着されるカチオン性高分子電解質の量、及び使用されるカチオン性高分子電解質に特有な異なる種類の基材に対する特異的親和性の結果、最初の二重層に固定されるDNA量の基材依存的な差異が生じ得る。
【0042】
多層DNAコーティングは線維芽細胞の増殖を促進し、細胞毒性効果を誘導せず、且つ線維芽細胞の形態を変化させない。移植したとき、多層DNAコーティングは、非コーティングコントロールと比べて、被膜中の線維芽細胞層の数及び被膜の質に何の違いも生じさせない。したがって、多層DNAコーティングの細胞組織適合性が実証される。
【実施例2】
【0043】
インプラント学分野においては、生体材料を埋入した後の組織反応の調節が課題である。ここ数十年、例えば生体材料表面の局所的及び/又は化学的修飾などの、組織反応を調節するための様々な方法が研究されてきた。さらに、インプラント周辺において所望の組織反応を誘導するために、生体材料を生物学的活性因子と組み合わせることが行われてきた。
【0044】
現在の研究は、ポリ−D−リジン(PDL)又はポリ(アリルアミン塩酸塩)(PAH)のどちらかをカチオン性成分、DNAをアニオン性成分として積層された多層DNAコーティングの3種類の機能化に焦点を合わせている(図4)。多層DNAコーティング中にローディングされるBMP−2の量及びその後の放出特性を放射性標識したBMP−2を用いて調べた。続いて、骨髄に由来する骨芽細胞様細胞のin vitroにおける挙動に対する、BMP−2機能化多層DNAコーティングの影響を、増殖、分化、ミネラリゼーション、及び細胞形態の点から評価した。
【0045】
材料と方法:
ポリアニオン性のDNA(300bp/分子;ナトリウム塩)はCentral Research Laboratory of Nichiro Corporation(川崎市、神奈川県、日本)の厚意により提供された。DNA中のタンパク質不純物の有無について、BCAタンパク質アッセイ(Pierce社製、Rockford, IL, US)を用いて調べたところ、測定値は0.20%w/w未満であった(データ非公開)。ポリカチオン性高分子電解質であるポリ(アリルアミン塩酸塩)(PAH;MW 約70000)及びポリ−D−リジン(PDL;MW 30,000〜70,000)はSigma社(Sigma-Aldrich Chemie B.V., Zwijndrecht, the Netherlands)から購入した。組換えヒト骨形成タンパク質2(rhBMP−2;MW 32,000)はYamanouchi Europe B.V.社(Leiderdorp, the Netherlands)の厚意で提供された。全ての材料は更に精製することなく用いた。
【0046】
基材の調製及びクリーニング
ディスク型のチタン基材(直径12mmに機械加工)を使用した。多層DNAコーティングを製造する前に、基材をそれぞれ、硝酸(10%v/v)、アセトン、及びイソプロパノール中で超音波洗浄し、その後、その基材を風乾した。
【0047】
多層DNAコーティングの作製
以前の記述のとおり、ESA法を用いて多層DNAコーティングを作製した。簡潔に述べると、クリーニングした基材をPDL(0.1mg/ml)又はPAH(1mg/ml)の水溶液に、基材上に最初のカチオン性高分子電解質層が吸着するのに十分な時間である30分間浸漬した。次いで、その基材を超純水で洗浄(5分間、連続流水)し、高圧空気噴流で乾燥させた。その後、アニオン性DNA水溶液(1mg/ml)とそれぞれのカチオン性高分子電解質溶液に、間に超純水による洗浄(5分間、連続流水)及び高圧空気噴流による乾燥を挟みつつ、基材を交互に7分間ずつ浸漬した。二重層が全部で5つになるまで多層DNAコーティングの積層を続けた。これらのコーティングを[PDL/DNA]又は[PAH/DNA]と呼ぶこととする。
【0048】
多層DNAコーティングの機能化
rhBMP−2を3つの異なる様式でローディングすることで、多層DNAコーティングを機能化した(図4)。上記ローディング様式を、BMP−2の位置により、表層(s)、深層(d)、及び二重層(dl)と呼ぶこととする。多層DNAコーティングの積層中に、rhBMP−2を適当な位置にローディングし(10μg/mlのrhBMP−2溶液10μlを含む0.5%(w/v)BSA/PBS)、7分間吸着させた。多層DNAコーティングの最表面にrhBMP−2が適用されたときを除いて、基材を超純水で洗浄し、その後、コーティングの積層を上述のように続けた。コーティングの最表面に適用した(dl−ローディングの最後の段階及びs−ローディングの場合)rhBMP−2は室温で乾燥させた。
【0049】
rhBMP−2の放射性ヨウ素化(radioiodination)
以前の記述のとおり、Iodogen法を用いて、rhBMP−2を125Iで標識した。簡潔に述べると、100μgのiodogenが入った500μlエッペンドルフチューブに、0.5Mリン酸緩衝液(pH7.4)を10μl、50mMリン酸緩衝液(pH7.4)を80μl、(2.6μlのPBS中)rhBMP−2を10μg、及び125I(0.3mCi)を3μl添加した。このチューブを室温で10分間インキュベートした。その後、PBSのチロシン飽和溶液100μlを添加し、消光反応を開始させた。最後に、プレリンスした使い捨てセファッデクスG25Mカラム(PD−10;Pharmacia社製、Uppsala,Sweden)上で、0.5%BSA/PBSを用いてこの反応混合液を溶出し、標識rhBMP−2を遊離125Iから分離した。rhBMP−2が固着するのを防ぐために、放射性ヨウ素化時に使用するピペットのチップとチューブには、SigmaCoat(登録商標)(Sigma社製)を用いてシラン処理を行った。
【0050】
Gelman ITLC-SG strip(Gelman Laboratories社製、Ann Arbor, MI, USA)上で、移動相として0.1Mクエン酸(pH5.0)を用いたインスタント薄層クロマトグラフィー(ITLC)により、125I標識rhBMP−2の放射化学的純度を調べた。この125I標識rhBMP−2標品の放射化学的純度は97.3%であった。これは、97.3%の125I標識がrhBMP−2に共有結合的に結合していることを示している。標識rhBMP−2の比活性は14.1μCi/μgであった。
【0051】
rhBMP−2ローディング及びin vitroでのrhBMP−2放出の決定
機能化多層DNAコーティング中にローディングされたrhBMP−2の量を放射性標識rhBMP−2を用いて調べた。機能化は、放射性標識rhBMP−2を用いた以外は、「多層DNAコーティングの機能化」のセクションに記載の通りに行った。各種類のコーティングについて、3個の基材(n=3)を、機能化多層DNAコーティングでコーティングした。
【0052】
ローディングされたrhBMP−2の量は、遮蔽したウェル型ガンマカウンター(Wizard, Pharmacia-LKB社製、 Sweden)中における実験基材の活性を測定することで決定した。深層にローディングした(d−機能化)多層DNAコーティング及び二重層にローディングした(dl−機能化)多層DNAコーティングのガンマ放射量は、表層にローディングした(s−機能化)多層DNAコーティングのガンマ放射量(100ngに設定)と相関していた。
【0053】
rhBMP−2のin vitro放出特性を調べるために、各種の機能化多層DNAコーティングを施した基材(n=3)を別々に、4mlのPBSの入った10mlのガラスバイアルに入れ、37℃で最大8週間まで静かにインキュベートした。選択した時間(4時間、1、7、14、22、28、42、及び56日)に、新鮮なPBSを含む新しいバイアルにサンプルを注意深く移した。その後、基材上の活性をガンマカウンター内で測定した。放射性崩壊を補正するために、標準を同時に計測した。
【0054】
in vitro実験
細胞培養実験には、コーティングの成分及びローディング様式に基づいて、7つの実験群を用いた。
1.[PDL/DNA]−s(表層)
2.[PDL/DNA]−d(深層)
3.[PDL/DNA]−dl(二重層)
4.[PAH/DNA]−s(表層)
5.[PAH/DNA]−d(深層)
6.[PAH/DNA]−dl(二重層)
7.コントロール(非コーティングチタン)
【0055】
以前のin vitro実験により、[PDL/DNA]及び[PAH/DNA]多層コーティングと比較したとき、非コーティングチタン上において、骨芽細胞様細胞が、細胞増殖、分化、ミネラリゼーション、及び形態に関して、同様な挙動をすることが示されていた(非公開データ)ことから、非コーティングチタンからなるコントロールの使用が適切であると判断した。
【0056】
いずれかの種類の多層DNAコーティングがされた基材又は非コーティングコントロール基材の全てをUV照射処理(254nm;4時間)により滅菌した。独立した2連で、全ての細胞培養実験を行い、1連につき1頭のラットからの骨髄細胞を用いた。
【0057】
ラット骨髄細胞の単離及び前培養
Maniatopoulos et al.から採用した方法を用いて、ラット骨髄(RBM)細胞を単離及び培養した。簡潔に述べると、オスWistar WUラットの大腿骨を取り出し、きれいにし、骨端を切除した。細胞培養液(10%ウシ胎児血清(FCS:Gibco社製)、50μg/mlアスコルビン酸(Sigma社製)、10mM β−グリセロリン酸Na(Sigma社製)、10−8M デキサメタゾン(Sigma社製)、及び50μg/ml ゲンタマイシン(Gibco社製)を添加したα−MEM(Gibco社製))を用いて、残った骨幹から髄を洗い流した。2つの大腿骨のRBM細胞を、75cmの培養フラスコ(Greiner Bio-One社製)を3つ用いて、細胞培養液中で1日、静的条件下で培養し、次いで、培養液を新鮮なものと交換して非接着細胞を除去した。その後、付着細胞をさらに6日間前培養した。7日間初代培養して骨芽細胞様細胞を得た後、トリプシン/EDTA(0.25%(w/v)トリプシン、0.02%(w/v)EDTA)を用いて細胞を剥がし、Coulter(登録商標)カウンター(Beckman Coulter Inc.社製, Fullerton, CA, USA)を用いて総細胞数を決定した。最後に、実験基材上に細胞を1×10細胞/cmの密度で24ウェルプレート(Greiner Bio-One社製)上に播種した。播種1日後、及びその後は週に3回、細胞培養液を新鮮なものに変えた。
【0058】
細胞増殖
総細胞タンパク質の測定値に基づいて細胞増殖曲線を作成した。播種後4、8、12、及び16日目に培地を除去して細胞をPBSで3回洗浄した。続いて、付着細胞の付いた実験基材を新しい24ウェルプレートに移し、各実験基材を1mlの超純水に浸した。これらのサンプルを3回繰り返し凍結及び解凍し、その後マイクロBCAタンパク質アッセイ(micro BCA protein assay)(Pierce社製、Rockford, IL, USA)をメーカーの説明書に従って用いて、水溶性サンプルに含有される細胞タンパク質含量を解析した。各実験の連で、再現性を高めるために、それぞれの実験条件に対して各時間のサンプルを3つ(n=3)用いた。
【0059】
アルカリホスファターゼ活性
以前に記載されている方法により、増殖アッセイの水溶性サンプルを用いて、骨芽細胞様細胞のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性を骨芽細胞様細胞の早期分化マーカーとして測定した。体積80μlのサンプル又は標準、及び20μlの緩衝液(5mM MgCl、0.5M 2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール)をピペットで96ウェルプレート(Greiner Bio-One社製)に2連(in duplo)で移し、各ウェルに100μlの基質溶液(5mM p−ニトロ−フェニル−ホスフェート)を加えた。続いてこのプレートを37℃で1時間インキュベートし、その後、0.3MのNaOHを100μl加えることで反応を停止させた。4ニトロフェノールの段階希釈物(最終濃度0〜25nM)を検量線に用いた。プレートは、ELISAリーダー内で405nmを読み取った。各実験の連で、それぞれの実験条件に対して各時間のサンプルを3つ(n=3)用いた。
【0060】
カルシウム沈着
骨芽細胞様細胞の後期分化マーカーとして、カルシウムの沈着を用いた。細胞培養4、8、12、16、及び24日後のカルシウム沈着量を、以前に記載があるように、オルトクレゾールフタレインコンプレクソン(OCPC)法(Sigma)で測定した。簡潔に述べると、実験基材をPBSで2回洗浄し、その後、0.5Nの酢酸を1ml添加した。振盪器上で一晩インキュベートした後、96ウェルプレート(Greiner Bio-One社製)中で、サンプル10μlに希釈標準溶液を300μl加えた。希釈標準溶液は、(a)OCPC溶液(80mgのOCPCを溶かしたミリQ75ml+1MのKOHを0.5ml+0.5Nの酢酸を0.5ml)、(b)14.8Mエタノールアミン/ホウ酸緩衝液(pH=11)、(c)8−ヒドロキシキノリン(20mlの95%エタノール中に1g)、及び(d)ミリQからなり、これらの比率は5:5:2:88(a:b:c:d)である。CaClの段階希釈(0〜100μg/ml)を調製し、検量線を作成した。各実験の連において、それぞれの実験条件における各時間の3つの基材を用いてカルシウムアッセイを行った(n=3)。
【0061】
細胞形態
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、細胞の外観(appearance)の形態を評価した。播種後4及び16日目、基材及び付着した細胞をPBSで2回洗浄し、グルタールアルデヒド(0.1M カコジル酸緩衝液中、4%)で20分固定した。続いて、この基材を0.1Mのカコジル酸緩衝液で2回洗浄し、段階的なエタノールシリーズで脱水した。最後に、基材をテトラメチルシランで乾燥させ、金でスパッタコーティングし、JEOL 6310 SEMを用いて、10kVの加速電圧で評価した。
【0062】
統計分析
測定値は、Graphpad(登録商標) Instat 3.05ソフトウェア(GraphPad Software Inc.社製, San Diego, CA, USA)を用いて評価した。in vitroでの放出実験及び細胞培養実験のデータは、一元配置分散分析と事後(post-hoc)Tukey-Kramer多重比較検定を組み合わせて用いて解析した。有意水準はp<0.05とした。
【0063】
結果
rhBMP−2と多層DNAコーティングのローディング
多層DNAコーティング中へローディングされたrhBMP−2の量を図5に示す。この結果は、異なるローディングをした多層DNAコーティング中へ取り込まれたrhBMP−2の量がdl−ローディングで最大となり、s−ローディングでは中間、そしてd−ローディングで最も少ない(dl−ローディング>s−ローディング>d−ローディング)ことを示している。[PDL/DNA]ベースのコーティングと[PAH/DNA]ベースのコーティングの間に統計的に有意な差は見られなかった。
【0064】
in vitroにおける多層DNAコーティングからのrhBMP−2の放出
in vitroにおける多層DNAコーティングからのrhBMP−2の放出特性を、放射性標識rhBMP−2を用いて調べた。図6A及び図6Bに、異なるローディングをした多層DNAコーティングからのrhBMP−2の累積放出を示す。異なるローディングをした多層DNAコーティングの全てにおいて、PBS中での最初の24時間のインキュベーション中に、初期バースト放出(initial burst release)がみられ、この放出は最初にローディングされたrhBMP−2の量の35〜75%の範囲であった。割合としては、このバースト放出はd−ローディングで低く([PDL/DNA]ベースの多層DNAコーティングで47.6%、[PAH/DNA]ベースの多層DNAコーティングで34.8%)、s−及びdl−ローディングの多層DNAコーディングの両方で高かった(>60%)。バースト放出の後は、異なるローディングをした全ての多層DNAコーティングが、一定の割合(1週間毎に、残りのrhBMP−2の約6〜8%)の持続性放出を示した(表1)。8週間インキュベートした後のrhBMP−2の累積放出量は、d−ローディング多層DNAコーティングでは約70%であり、一方、s−ローディング及びdl−ローディングDNAコーティングでは約85%であった。統計分析により、放出されたrhBMP−2の実際の累積量はdl−ローディングで最大、s−ローディングで中間、そしてd−ローディングで最小であることが示された。[PDL/DNA]又は[PAH/DNA]のいずれをベースにして均等に機能化したコーティングにおいても、パーセンテージの上では、放出特性に統計的に有意な差は見られなかった(p>0.05)。
【0065】
【表1】


【0066】
rhBMP−2をローディングした多層DNAコーティング上での骨芽細胞様細胞の挙動
異なるローディングをした多層DNAコーティング上での骨芽細胞様細胞の挙動を評価し、取り込まれたrhBMP−2の生物学的活性を検出した。
【0067】
細胞増殖
総細胞タンパク質含量測定値に基づく骨芽細胞様細胞の増殖を図7に示す。骨芽細胞様細胞は、異なるローディングをした全ての多層DNAコーティング上及び非コーティングコントロール基材上で、同様な増殖パターンを示した。細胞播種後、骨芽細胞様細胞が増殖を始め、約12日目で最大数に達し、その後は減少が観察された。両方の種類のd−ローディング多層DNAコーティングで、12日目に、細胞タンパク質含量について幾分低いが有意な差が見られた([PDL/DNA]−d vs コントロール、p<0.01;[PAH/DNA]−d vs コントロール、p<0.05)。骨芽細胞様細胞の培養16日後において、両方の種類のd−ローディング多層DNAコーティングとコントロールとの間に有意な差は見られなかった(p>0.05)。
【0068】
アルカリフォスファターゼ活性
骨芽細胞様細胞のALP活性は、全ての実験基材上で、培養の最初の12日間は増加し、その後急速に減少した(図8)。12日目において、両方の種類のd−ローディング多層DNAコーティングで、コントロールと比べて有意な差が見られた(p<0.05)。
【0069】
カルシウム沈着
骨芽細胞様細胞によってミネラル化した細胞外マトリックスの沈着を、細胞培養中に実験基材上に沈着したカルシウムの量を測ることで調べた(図9)。非コーティングコントロールと比較して、s−及びdl−ローディング多層DNAコーティング上において、骨芽細胞様細胞による加速的なカルシウムの沈着が見られた。12日目において、s−及びdl−ローディング多層DNAコーティング上で骨芽細胞様細胞が沈着させたカルシウムの量は、非コーティングコントロールと比べて有意に増加していた(p<0.001)。その一方で、d−ローディング多層DNAコーティングでは、骨芽細胞様細胞によるカルシウム沈着は減少していた。16及び24日目において、これらの種類の機能化多層DNAコーティング上でのカルシウム沈着の有意な減少が観察された(p<0.001)。
【0070】
細胞形態
異なるローディングをした多層DNAコーティング上で培養した骨芽細胞様細胞の形態学的外観を、走査型電子顕微鏡を用いて評価した。4日目には、異なるローディングをした全ての多層DNAコーティング及び非コーティングコントロールが、骨芽細胞様細胞の層で覆われていた。細胞の形態に違いは見られなかった。対照的に、d−ローディング多層DNAコーティングの16日目では、他の全ての実験群と比較して、骨芽細胞様細胞の異常な形態が観察された(図10)。s−、及びdl−ローディング多層DNAコーティング上並びに非コーティングコントロール上に、コラーゲンの束に付着した多くの石灰化した球形の沈着が見られた。d−ローディング多層DNAコーティング上では、より少ないミネラリゼーションが観察された。
【0071】
結論
本研究は、異なる3つのローディング様式(すなわち、表層(s)、深層(d)、及び二重層(dl))でBMP−2を埋め込むことで、多層DNAコーティングを機能化できることを実証している。BMP−2は、s+(4d)=dlという割合で、多層DNAコーティング中に取り込まれた。放出特性では、異なるローディングをした多層DNAコーティングの全てで、初期バースト放出、続いて(少なくとも)8週間にわたる残りのBMP−2の持続性放出が示された。ラット骨髄由来骨芽細胞様細胞を用いたin vitroでの培養実験によって、s−、及びdl−ローディング多層DNAコーティング上でカルシウム沈着が加速されたことから、ローディングした成分が生物学的活性を維持しており、細胞増殖にも影響しないことが示された。対照的に、d−ローディング多層DNAコーティングでは、骨芽細胞様細胞の挙動に影響が現れ、カルシウム沈着が減少した。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1a】[PDL/DNA]のAFM画像の3次元再構成を示す図である。
【図1b】[PAH/DNA]のAFM画像の3次元再構成を示す図である。
【図2】チタン基材上でのRDFの増殖を示す図である。白いバー=非コーティング・コントロール、灰色のバー=[PDL/DNA]、黒いバー=[PAH/DNA]は、非コーティング・コントロールと比べて有意な差があることを示す(p<0.05)。
【図3】ガラス[PDL/DNA]基材周辺の組織被膜(tissue capsule)の組織学的横断切片を示す図である。
【図4】BMP2のローディング様式が異なる、多層DNAコーティングを表す模式図である。
【図5】多層DNAコーティング中へのrhBMP−2の取り込みを示す図である。結果は平均値+SDで示している(n=3)。
【図6】PBSに浸漬した後の、異なるローディングをした多層DNAコーティングからのrhBMP−2のin vitro放出を示す図である。(A)[PDL/DNA]をベースにした多層DNAコーティングにおける放出特性;(B)[PAH/DNA]をベースにした多層DNAコーティングにおける放出特性(s=表層、d=深層、dl=二重層)。結果は平均値±SD(n=3)で示している。
【図7】異なるローディングをした多層DNAコーティング上での、骨髄由来骨芽細胞様細胞の増殖を示す図である(p<0.05;**p<0.01(コントロールとの比較において))。
【図8】異なるローディングをした多層DNAコーティング上での、骨髄由来骨芽細胞様細胞のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性を示す図である(コントロールとの比較でp<0.05)。
【図9】異なるローディングをした多層DNAコーティング上での、骨髄由来骨芽細胞様細胞のミネラリゼーション(カルシウム沈着)を示す図である(p<0.05;***p<0.001(コントロールとの比較において))。
【図10】異なるローディングをした多層DNAコーティング上での、16日間培養後の骨髄由来骨芽細胞様細胞の走査型顕微鏡像を示す図である。(A)非コーティングコントロール、(B)[PAH/DNA]−s、(C)[PAH/DNA]−d、及び(D)[PAH/DNA]−dl。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヌクレオチド又はその均等物とポリカチオンとを含有するコーティングを有するインプラント物。
【請求項2】
ポリヌクレオチド又はその均等物が、RNA、2’−O−メチルRNA、2’−O−アリルRNA、DNA、モルホリノポリヌクレオチド、ペプチド核酸(PNA)、及び固定核酸(LNA)からなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載のインプラント物
【請求項3】
ポリヌクレオチドがDNAであることを特徴とする請求項2に記載のインプラント物。
【請求項4】
ポリヌクレオチド及びポリカチオンが二重層中に存在することを特徴とする請求項1〜3いずれかに記載のインプラント物。
【請求項5】
ポリカチオンが、ポリ(Ala,Gly,Lys,Tyr)臭化水素酸塩、ポリ−D/L−アルギニン塩酸塩、ポリ(Arg,Pro,Thr)塩酸塩、ポリ(Arg,Trp)塩酸塩、ポリ(Glu,Lys)臭化水素酸塩、ポリ(エチレンイミン)、ポリ−D/L−ヒスチジン、ポリ−D/L−リジン、ポリビニルピロリドン、ポリ(ビニルポリピロリドン)、ポリアクリルアミド、ポリ(アクリルアミド−co−ジアリルジメチルアンモニウムクロライド)、ポリ(アリルアミン塩酸塩)、ポリアミリエ(エメラルディン塩)、4級化ポリ[ビス(2−クロロエチル)エーテル−アルト−1,3−ビス[3−(ジメチルアミノ)プロピル]ウレア]、ポリ(ジアリルジメチルアンモニウムクロライド)、ポリ(4−ビニルピリジニウムトリブロミドからなる群から選択されることを特徴とする請求項1〜4いずれかに記載のインプラント物。
【請求項6】
ポリカチオンとポリヌクレオチドの二重層を1つ以上有する1〜5いずれかに記載のインプラント物。
【請求項7】
さらに1又は複数の生物学的活性成分を含むことを特徴とする請求項1〜6いずれかに記載のインプラント物。
【請求項8】
インプラント物が、ステント、固定プレート、固定ねじ、骨髄ピン、寛骨臼カップ、組織再生誘導膜、口腔用インプラント、カテーテル、整形外科用インプラント、ペースメーカー、心臓弁であることを特徴とする請求項1〜7いずれかに記載のインプラント物。
【請求項9】
インプラントが移植された部位における組織反応を改善するための請求項1〜8いずれかに記載のインプラント物の使用。
【請求項10】
インプラント物周辺組織の治癒のための請求項9に記載の使用。
【請求項11】
バイオミネラリゼーションをサポートするための請求項9に記載の使用。


【図1a】
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【図1b】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2008−529652(P2008−529652A)
【公表日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−555045(P2007−555045)
【出願日】平成18年2月14日(2006.2.14)
【国際出願番号】PCT/NL2006/050026
【国際公開番号】WO2006/088368
【国際公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【出願人】(507273013)
【氏名又は名称原語表記】Stichting voor de Technische Wetenschappen
【Fターム(参考)】