説明

エピタキシャル膜形成用配向基板の中間層及びエピタキシャル膜形成用配向基板

【課題】エピタキシャル膜形成用配向基板の中間層であって、高い配向性を有するエピタキシャル膜を形成可能とするものを提供する。
【解決手段】基材と、基材の少なくとも一方に形成されるエピタキシャル膜との間に設けられるエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層において、単層構造又は2層以上の多層構造を有し、基板と接触する層がインジウムスズ酸化物からなる中間層である。この中間層は、多層構造を有することができ、ITO層の上に、ニッケル、酸化ニッケル、酸化ジルコニウム、希土類酸化物、酸化マグネシウム、チタン酸ストロンチウム(STO)、チタン酸ストロンチウム・バリウム(SBTO)、窒化チタン、銀、パラジウム、金、イリジウム、ルテニウム、ロジウム、白金からなる層を少なくとも1層備えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エピタキシャル膜形成用の配向基板において、その薄膜形成面に適用される中間層及びこの中間層を備えた配向基板に関する。詳しくは、良好な配向性を有するエピタキシャル膜を形成するために設けられる中間層、配向基板に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の配向組織を有するエピタキシャル膜を形成するために用いられる配向基板は、表面を配向性を有する結晶構造とすることで、その上に形成されるエピタキシャル膜の配向性を確保し、その特性を発揮させるようにするものである。このような配向基板にエピタキシャル膜を形成したものは、酸化物超伝導体、半導体デバイス等の様々な機能性材料への適用が検討されている。
【0003】
エピタキシャル膜形成用配向基板においては、基板表面とエピタキシャル膜との間に位置する中間層が形成されることが多い。これは、中間層のない基板上に直接エピタキシャル膜を形成すると、構成材料と基材との間に格子定数等の物性が相違することにより、部分的な結晶ひずみ等の欠陥が生じるおそれがあるからである。そのため、従来から、格子定数のマッチングを図るため、基材表面に、例えば、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)、CeO(酸化セリウム)等からなる中間層を形成し、その上にエピタキシャル膜を形成することが知られている(特許文献1参照。)。
【0004】
【特許文献1】特表2006−513553号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、引用文献1のように中間層が設けられた配向基板であっても、形成したエピタキシャル膜の配向性が充分に均一とならない場合がある。また、配向性においては確保できていても、特性面において不十分なエピタキシャル膜が形成されることもある。
【0006】
そこで、本発明は、エピタキシャル膜形成用配向基板の中間層であって、良好な配向性を有する高品質なエピタキシャル膜を形成可能とするものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明者等は、中間層を適用した場合におけるエピタキシャル膜の品質低下の要因について鋭意検討を行った結果、中間層を形成する際に、基材表面の結晶粒界においてグルーヴ(溝)が成長することに問題があると考察した。基材表面の結晶粒界でグルーヴが成長すると、その上の中間層の配向性に乱れが生じやすくなり、結果、エピタキシャル膜の特性を変化させることと考えられるからである。
【0008】
そして、本発明者等は、中間層形成時のグルーヴの成長の要因として、中間層の形成温度が高温であることによると考えた。例えば、YSZからなる中間層の形成温度は750℃以上であり、CeOからなる中間層の形成温度は800℃以上と、一般的に700℃以上の高温雰囲気が要求される。基板表面がこのような高温雰囲気に晒された状態で中間層の形成がなされると、その結晶粒界のグルーヴが成長し、粒界近傍における結晶方位の乱れが生じると考えられる。そこで、本発明者等は、基材表面のグルーヴ成長が生じないような低温での形成が可能な中間層について検討し、本発明に想到した。
【0009】
即ち、本発明は、基材と、該基材の少なくとも一方に形成されるエピタキシャル膜との間に設けられるエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層において、単層構造又は2層以上の多層構造を有し、前記基板と接触する層がインジウムスズ酸化物からなることを特徴とする中間層である。
【0010】
本発明に係る中間層は、基材表面と接触する層がインジウムスズ酸化物(以下、ITOと称する場合がある。)からなる。このITOは、700℃以下、必要であれば400℃以下で中間層が形成可能である。従って、基材表面の結晶粒界のグルーヴの成長を防ぐことができ、その上に高い配向性を有するエピタキシャル膜を形成することが可能となる。
【0011】
また、ITOは、低温での成膜を可能とする点の他、還元性雰囲気において成膜できるという特徴が有る。これにより、基材を酸化させることなく中間層を形成することができ、基材表面での酸化物形成による膜の剥離を防止することができるという利点がある。更に、ITOは透明電極としての用途が知られているように導電性の物質であり、エピタキシャル膜と基板との間に導電性が要求されるデバイスへの適用も可能である。
【0012】
尚、本発明におけるITOは、スズ濃度20%以下のものが好ましい。また、ITO層に導電性が要求される場合には、スズ濃度を10%以上とすることが好ましい。但し、本発明の課題である基材表面のグルーヴ成長阻止のためには、スズ濃度が10%未満(0%)であっても問題はない。
【0013】
本発明に係る中間層は、単層構造、多層構造いずれでも良く、最下層(基材表面に接触する層)がITOからなるものであれば良い。即ち、中間層は基材とエピタキシャル膜との格子定数のマッチングを図る目的で適用されるものであるから、目的とするエピタキシャル膜の格子定数と中間層であるITOの格子定数との差が小さい場合においては中間層をITO単層としても良い。
【0014】
一方、形成目的のエピタキシャル膜の格子定数がITOと大きく相違する場合、本発明に係る中間層は、多層構造を有するものとすることが好ましい。このとき、ITO層の上に形成される層としては、ニッケル、酸化ニッケル、酸化ジルコニウム、希土類酸化物、酸化マグネシウム、チタン酸ストロンチウム(STO)、チタン酸ストロンチウム・バリウム(SBTO)、窒化チタン、銀、パラジウム、金、イリジウム、ルテニウム、ロジウム、白金からなる層を少なくとも1層備えるものが好ましい。これらの材料は、ITO上でエピタキシャル成長可能な材料であると共に、格子定数のマッチングに好適なものである。そして、中間層を構成する金属・化合物層の数、種類は、その上に形成するエピタキシャル膜の種類に応じて適宜に選択される。
【0015】
また、上記した配向基板の中間層は、その表面(エピタキシャル膜との接合面)の面粗さRaが、10nm以下であるものが好ましい。面粗さRaが大きいと、中間層上に形成するエピタキシャル膜の厚さ分布が不均一となり、その特性に影響が生じるおそれがある。また、この下限値については、可能な限り小さいことが好ましいが、加工限界、効率を考慮すると0.1nm以上とすることが好ましい。
【0016】
本発明に係る中間層においてITO膜の膜厚は、10nm〜1000nmとすることが好ましい。10nm未満では、連続したITO膜を形成することが困難であり、局部的に基材が露出するおそれがある一方、1000nmを超えるとクラックが発生するおそれがある。そして、多層構造を有する場合における中間層の膜厚は、20〜500nmとすることが好ましい。
【0017】
本発明に係る中間層の製造法としては、PLD(パルスレーザー蒸着法)、CVD(化学気相蒸着法)、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法、スピンコーティング法、MBE(分子線エピタキシー法)、メッキ法等の各種の薄膜製造プロセスにより製造可能である。好ましい方法としては、PLD法である。この成膜法は、ターゲットの組成と製造される薄膜の組成との近似性が良好であり、ターゲットの調整により目的の組成の薄膜を容易に製造することができるからである。
【0018】
以上説明した配向基板に用いる基材は、ニッケル、銀、銅、又はこれらの合金、若しくは、オーステナイト系ステンレス鋼のいずれかからなるものが好ましい。中間層は、基材の配向性の影響を受けて形成されるため、その上に形成されるエピタキシャル膜の配向性を確保するためには、基材の配向性も良好であることが好ましい。上記した材料は、その加工条件、熱処理条件を調整することで配向性の改良が比較的容易である。また、基材の構成は上記材料単層のものでも良いが、エピタキシャル膜形成後の素材に強度や柔軟性を具備させるため、上記材料に補強材となる他の材料をクラッドした多層構造を有する基板としても良い。このときクラッドする材料としては、ステンレス、ニッケル合金(ハステロイ合金、インコネル合金、インコロイ合金、モネル合金等)のいずれかよりなるものが好ましい。更に、基板の厚さ、形状については特に限定はなく、板状、箔状、テープ状等、用途に応じた形状が適用できる。
【発明の効果】
【0019】
以上で説明したように、本発明に係るエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層によれば、高い配向性を有し、期待する特性を有する高品質のエピタキシャル膜を形成することができる。本発明を利用して形成するエピタキシャル膜については、エピタキシャル成長により形成されるものであれば特に限定されることはなく、例えば、酸化物超伝導体に好適に利用でき、配向性の良好な超伝導体層を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明における最良の実施形態について説明する。
【0021】
第1実施形態:予め配向処理がなされた、{100}<001>立方体集合組織(Δφ≦6°)を有するテープ状の銅板を基材として用意した。そして、中間層の形成前、銅板表面について20分間イオンビームエッチングを行い、表面の吸着物を除去した。次に、この基材の片面にITO膜からなる中間層を形成した。ITO膜の形成はPLD法により行い、ターゲットとしてITO(酸化錫濃度:10wt%)を用い、基板温度650℃、ガス圧3.8×10−2Pa、レーザー周波数2.5Hzとし、膜厚350nmのITO膜を形成した。以上の工程により、ITO単層の中間層を備える配向基板を製造した。
【0022】
製造したITO層を備える配向基板表面についてX線極点図解析(XPFA)を行った。図1は、このときのITO{111}極点図を示すものである。図からわかるように、このITO中間層は、明確な2軸配向組織を有するものであった。
【0023】
第2実施形態:ここでは、第1実施形態で製造した銅板を基材として、ITOを最下層とする多層構造の中間層を備える配向基板を製造し、その上にエピタキシャル膜として超伝導体(YBCO)を形成した。
【0024】
まず、第1実施形態と同様のテープ状の銅基材に、第1実施形態と同条件でITO膜を形成した。そして、ITO膜の上に、以下のようにYSZ等の多層膜を形成した。その後、超電導膜を形成した。これらの中間層、超電導膜の形成はいずれもPLD法により行った。
【0025】
【表1】

【0026】
上記6層構造の中間層の上に超電導膜(YBCO)を形成し、超電導膜表面についてX線極点図解析を行った。図2は、YBCO面の(103)極点図を示すものである。図からわかるように、本実施形態で形成した中間層の上でも、YBCO膜は良好な2軸配向組織を示すことが確認できた。
【0027】
比較例1:上記第1、第2実施形態に対する比較として、銅基材にCeOからなる中間層を形成した。第2実施形態と同じ銅基材を用意し、PLD法によりCeO膜(膜厚200nm)を形成した(基板温度750℃、ガス圧(酸素):5Pa)。
【0028】
この比較例において、CeO膜形成後の基板を観察したところ、基板全体が黒色化しており、CeO膜に皺、剥離が生じていた。また、剥離面の基材表面を拡大観察したところ、組織の荒れがみられた。これは、CeO膜の成膜の際の高温、酸化雰囲気により基材(銅)表面の結晶粒界でグルーヴの成長及び酸化が生じたことによるものと考えられる。
【0029】
第3実施形態:ここでは、ニッケル基材に、ITOを最下層とする多層構造の中間層が形成された配向基板を製造し、その上にエピタキシャル膜として超伝導体(YBCO)を形成した。
【0030】
配向処理がなされた{100}<001>立方体集合組織を有するテープ状のニッケル基材(Δφ≦7°)に、第1、第2実施形態と同条件でITO膜を形成した。そして、ITO膜の上に、下記表2のように酸化セリウム層等を形成し、超電導膜を形成した。これらの中間層、超電導膜の形成はいずれもPLD法により行った。
【0031】
【表2】

【0032】
この3層構造の中間層を有する配向基板上に形成した超電導膜(YBCO)について、X線極点図解析を行った。図3は、YBCO(103)極点図を示すものである。図からわかるように、本実施形態で形成した中間層の上に形成されたYBCO膜は良好な2軸配向組織を示すことが確認できた。
【0033】
図4は、超電導膜表面の形態のSEM写真である。図4からわかるように、グルーヴ成長のない比較的滑らかな形態を有することがわかる。また、製造した超電導テープについて、臨界電流密度(Jc)を測定したところ、3MA/cm以上の高い値が得られた。
【0034】
比較例2、3:上記第3実施形態に対する比較として、ニッケル基材上にCeOを最下層とする多層構造の中間層を形成し、超電導膜を形成した。第2実施形態と同じニッケル基材を用意し、PLD法によりCeO膜、YSZ膜、超電導膜を形成した(表3)。この比較例における各層の成膜条件は、基本的に第3実施形態と同様とし、最下層のCeO膜の成膜温度のみ変更した。
【0035】
【表3】

【0036】
そして、第3実施形態と同様に、比較例2、3の超電導膜表面についてX線極点図解析、SEM観察、Jc値の測定を行った。これらの結果について、図5に極点図を示し、図6に表面形態のSEM写真を示す。
【0037】
比較例2の最下層のCeO膜の成膜温度を750℃とした場合、超電導膜の配向性においては良好であったが、その表面形態においてグルーヴの成長がはっきりと見られた。これは、最下層のCeO膜の成膜温度を高温としたために、ニッケル基材の結晶粒界でグルーヴが成長したためと考えられる。そして、この超電導膜について、Jcを測定したところ、0.11MA/cmと低い値であった。従って、比較例2の配向基板は、エピタキシャル膜の配向性においては確保できるものの、グルーヴ成長及び性能低下を抑制することはできないことが確認された。
【0038】
一方、比較例3においては、低温(650℃)でCeO膜を形成したため、グルーヴの成長こそないものの、その上に形成した超電導膜には配向性が見られなかった。そして、Jcの値も0.12MA/cmと低い値であった。よって、比較例3に係る配向基板は、その上のエピタキシャル膜の配向性を確保するという本来の機能を発揮し得ないことが確認された。
【0039】
以上の第3実施形態と比較例2、3との比較から、エピタキシャル膜に十分な配向性を与えつつ、グルーヴ成長を阻止するためには、低温であっても配向性の良好な中間層を基材表面に形成することが必要であることがわかる。そして、ITOは、この条件を具備するものであり、本発明のように、ITO中間層を基材表面に形成することで良好なエピタキシャル膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】第1実施形態に係る配向基板のITO面の極点図。
【図2】第2実施形態に係る超電導膜(YBCO)の(103)極点図。
【図3】第3実施形態に係る超電導膜(YBCO)の(103)極点図。
【図4】第3実施形態に係る超電導膜表面のSEM写真。
【図5】比較例2、3に係る超電導膜(YBCO)の(103)極点図。
【図6】比較例2、3に係る超電導膜表面のSEM写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の少なくとも一方に形成されるエピタキシャル膜との間に設けられるエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層において、
単層構造又は2層以上の多層構造を有し、
前記基板と接触する層がインジウムスズ酸化物からなることを特徴とする中間層。
【請求項2】
多層構造を有し、インジウムスズ酸化物層の上に、ニッケル、酸化ニッケル、酸化ジルコニウム、希土類酸化物、酸化マグネシウム、チタン酸ストロンチウム(STO)、チタン酸ストロンチウム・バリウム(SBTO)、窒化チタン、銀、パラジウム、金、イリジウム、ルテニウム、ロジウム、白金からなる層を少なくとも1層備える請求項1記載のエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層。
【請求項3】
エピタキシャル膜との接合面における面粗さRaが、10nm以下である請求項1又は請求項2記載のエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層。
【請求項4】
インジウムスズ酸化物層の膜厚は、10〜1000nmである請求項1〜請求項3のいずれかに記載のエピタキシャル膜形成用配向基板の中間層。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の中間層を備えるエピタキシャル膜形成用配向基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−303082(P2008−303082A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−149339(P2007−149339)
【出願日】平成19年6月5日(2007.6.5)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【出願人】(000213297)中部電力株式会社 (811)
【出願人】(000217228)田中貴金属工業株式会社 (146)
【Fターム(参考)】