説明

エラスチン分解ペプチド並びにエラスチン及びその酵素分解ペプチドの製造方法

【課題】 豚大動脈血管を原料として得られるエラスチンの酵素分解ペプチド並びに豚大動脈血管由来エラスチン及びその酵素分解ペプチドの製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明のエラスチン酵素分解ペプチドは豚大動脈血管に由来するものであり、そのアミノ酸組成をヒトエラスチンに近いものとすることができる。更に豚大動脈血管は原料として豊富に存在し、しかも従来は廃棄されていたものであるので、コスト的に有利である。また、本発明のエラスチン及びその酵素分解ペプチドの製造方法は、豚大動脈血管からエラスチン及びその酵素分解ペプチドを効率的に製造する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、豚大動脈血管を原料として得られるエラスチンの酵素分解ペプチド並びに当該エラスチン及びその酵素分解ペプチドの製造方法に関する。係るエラスチン酵素分解ペプチドは健康食品素材としてだけでなく、化粧品素材や医療用素材としても有用である。
【背景技術】
【0002】
エラスチンは皮膚、血管、肺、腱などにおいてコラーゲンなどの結合組織成分とともに存在する蛋白質であり、組織としての構造を保持するほか、組織の様々な形状変化に対応できる弾力性を与える役割を担っている。エラスチンのアミノ酸残基の約95%が非極性アミノ酸であり、デスモシン及びイソデスモシンが特徴的に含まれ、またコラーゲンに較べてヒドロキシプロリン含量が少ないという特徴を有する。デスモシン及びイソデスモシンによる架橋構造を有することから酸やアルカリに対して強い耐性を有する。
エラスチンは、皮膚真皮部分のコラーゲンに絡みつくようにして存在し、その伸縮性から肌に弾力を与えてハリを維持しており、エラスチンの減少は皮膚のシワ、タルミなどの原因となる。そのため、エラスチン及びその分解ペプチドは外用又は経口の皮膚老化防止・改善剤として有用であることが知られている(特許文献1、2など参照)。
また、血管の弾性維持や創傷治癒にも効果があることから、医療の分野での利用も注目されている。
【特許文献1】特開2001−72572公報
【特許文献2】特開2006−143671公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
エラスチン及びその分解ペプチドは、化粧品、食品、医療などの分野で利用されている物質であり、エラスチンの原料として、牛項靭帯や魚類の皮膚や動脈球が使用されてきた。
より具体的には、従来、エラスチン高含有の組織として牛項靭帯が知られており、エラスチンは牛項靭帯より製造されていた。しかし、日本国内で牛海綿状脳症(BSE)感染牛が発見され、牛由来のエラスチンペプチドは敬遠されるようになっている。
その代替として魚由来のエラスチンが利用されるようになった(特許文献3)。しかし、魚皮のエラスチン含量は少ない。エラスチン含量の高い動脈球の場合でも、一匹から採取できるエラスチン量は少ないことから、魚類動脈球由来エラスチン及びエラスチン分解ペプチドは高価となり、牛項靭帯の代替原料として十分とは言えない。
また、魚由来エラスチンは、牛項靭帯など哺乳類組織由来エラスチンに比べ、そのアミノ酸組成がヒトの皮膚や血管におけるエラスチンの組成とはかけ離れているため、化粧品や機能性素材としての効果にも疑問があった。
【特許文献3】特開2005−343851公報
【0004】
上記の課題から、豊富であり、BSEの問題が無く、ヒトのエラスチンと似た組成であり且つエラスチン濃度の高い原料が求められていた。
そこで、本発明者らは上記の条件を満たす原料を検討した結果、ヒトと同じ哺乳類であり、BSEの心配がない豚を原料にすることを想起した。しかし、牛エラスチンの原材料として用いられていた項靭帯は首の靱帯であるが、豚では首が短いため、項靱帯も小さく、原料として用いることが出来なかった。そこで、豚において、原材料となり得る部位を検討したところ、大動脈血管が最もエラスチンのトータル収量が高い組織であることを見出した。しかも、豚の大動脈血管は、現状では一部が食用として供される他は、そのほとんどが廃棄されており、これを原料とすることは、未利用の畜産資源を有効活用することにもつながる。
しかし、項靱帯に比べ、豚の大動脈血管は、エラスチン以外の種々の組織、成分が夾雑し、牛の項靱帯からエラスチンを精製する方法をそのまま適用しても、高純度のエラスチンを得ることが出来なかった。
また、豚の組織・臓器からエラスチンを精製する場合、異臭(獣臭)が発生し作業環境を悪化させる問題があり、ひいては精製したエラスチン及びその分解ペプチドにも異臭が残ることがあり、係る異臭の少ない高品質のエラスチンが求められていた。
【0005】
このような問題点から、本発明者らは、豚の大動脈血管を原料にして、エラスチンと共存するコラーゲンなどの夾雑蛋白質を効果的に除去でき、高品質のエラスチンが得られ、しかも異臭を生じない精製条件を種々検討したところ、特定の条件で精製することにより所期の目的を達成できることが判明した。本発明は係る知見に基づくもので、高純度、高品質且つ異臭の少ない豚大動脈血管由来エラスチン酵素分解ペプチド並びに豚大動脈血管由来エラスチン及びその酵素分解ペプチドの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するためになされた本発明は、豚大動脈血管由来エラスチンの酵素分解物であるエラスチン分解ペプチドである。特に、アミノ酸組成(モル比)におけるデスモシン及び/又はイソデスモシンの含量が0.06%以上であり、更にデスモシン含量とイソデスモシン含量の和/ヒドロキシプロリン含量の比(モル比)が0.1以上、より好ましくは0.22以上、更に好ましくは0.27以上であるエラスチン分解ペプチドが好ましい。
また、本発明のエラスチンの製造方法は、豚大動脈血管を、加熱下、0.05〜0.5Nのアルカリ性水溶液で処理して豚大動脈血管由来エラスチンを得るものであり、更に当該エラスチンをプロテアーゼで酵素分解することから成るエラスチン酵素分解ペプチドの製造方法である。
更に、本発明の皮膚改善剤は、前記のエラスチン分解ペプチドを含有するものであり、特にコラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドを含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明のエラスチン分解ペプチドは、豚大動脈血管に由来するものであり、哺乳類組織を原料とするので、そのアミノ酸組成をヒトエラスチンに近いものとすることができる。更に豚大動脈血管は原料として豊富に存在し、しかも従来は廃棄されていたものであるので、コスト的に有利である。
また、本発明のエラスチン及びエラスチン分解ペプチドの製造方法によれば、高純度のエラスチン及びエラスチン分解ペプチドが得られるのみならず、製造時に発生する異臭を防止又は抑制でき、作業環境の改善を図ることができ、更に得られたエラスチン及びエラスチン分解ペプチドの異臭を低減できる。
更に、本発明の皮膚改善剤は、前記のエラスチン分解ペプチド並びに必要に応じてコラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドを含有するものであり、経口的に摂取するか又は外用的に投与(塗布)することにより、肌に弾力を与えてハリを維持し、皮膚のシワ、タルミなどを予防・改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
前記のとおり、本発明のエラスチン分解ペプチドは、豚大動脈血管由来エラスチンを酵素的に分解したペプチドであり、種々の製法により調製することができるが、本発明のエラスチン及びエラスチン分解ペプチドの製造方法に準じて調製するのが好ましい。
即ち、本発明のエラスチンの製造方法は、豚大動脈血管を加熱下、0.05〜0.5Nのアルカリ性水溶液で処理してエラスチンを得るものである。前述のように、エラスチンはアルカリ耐性を有するので、豚大動脈血管をアルカリ性溶液で処理すると、コラーゲンはゼラチン化して可溶化し、また他の夾雑物質(例えば蛋白質)も可溶化するので、反応液から不溶性物質を採取することにより豚エラスチンを選択的に得ることができる。
しかし、前記のとおり、豚などの家畜組織・臓器を原料として素材精製を行う場合、異臭(獣臭)が発生し作業環境を悪化させる問題があり、ひいては精製したエラスチン及びその分解ペプチドにも異臭が残る問題がある。
【0009】
そこで、係る問題を解決するために種々検討したところ、後記実施例1に示されるように、豚大動脈血管を、加熱下、0.05〜0.5Nのアルカリ性水溶液で処理すると異臭の低減を図ることができると共にエラスチンの精製度を向上させ得ることが明らかとなった。
係る方法において、原料である豚大動脈血管は、豚を食肉加工する処理場(と殺場など)から得ることができる。特に、豚大動脈血管は、従来、廃棄処理されていた部分であり、廃棄物の有効利用を図ることができる。豚の種類(例えば、バークシャー種、三元交配種など)は特に限定されず、いずれの種類であってもよい。
更に、エラスチンの含量は加齢により劇的に減少する。例えば、ヒトの場合20歳代を境に急減する。牛は通常2年半程度で出荷/と殺されるが、豚は通常6ヶ月程度で出荷/と殺される。従って、牛より豚の方がより若く、エラスチン含量も豊富で望ましい原材料と考えられる。
【0010】
本発明のエラスチンの製造方法においては、豚大動脈血管をアルカリ性水溶液で処理する。アルカリ性物質としては特に限定されず、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物、水酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属水酸化物などが利用されるが、操作性やコスト的な面からアルカリ金属水酸化物、特に水酸化ナトリウムを使用するのが好ましい。
アルカリ性水溶液としては、0.05〜0.5Nの溶液が使用される。0.05N未満では豚大動脈血管の分解が遅くなり、また0.5Nを超えると処理の際及びエラスチン調製物の異臭が強くなり好ましくない。
【0011】
上記のアルカリ性水溶液は、原料である豚大動脈血管の湿重量に対し、0.5〜3倍量(重量比)、好ましくは1〜2倍量(重量比)が使用される。また、アルカリ性物質として、アルカリ金属水酸化物を使用する場合、豚大動脈血管100重量部(湿重量)に対して0.005〜0.025モルの割合で使用するのが好ましい。
【0012】
係るアルカリ性水溶液による豚大動脈血管の処理は加温下に行われ、通常50〜95℃程度、好ましくは80〜90℃程度にて行われる。処理時間としては、アルカリ性水溶液のアルカリ濃度、コラーゲンや他の夾雑物質の分解程度により適宜調整することができるが、通常は0.5〜5時間程度、好ましくは1〜2時間程度である。
【0013】
上記の処理により、豚大動脈血管の主成分であるコラーゲンはゼラチン化し、また他の夾雑物質も分解して可溶化するので、反応液の不溶性部分を回収し、必要に応じて水洗、塩水洗浄及び/又は酸洗浄することにより豚大動脈血管由来エラスチンを得ることができる。
【0014】
なお、上記のアルカリ性水溶液処理が終了した後、反応液を慣用の酸(例えば、塩酸、硫酸、リン酸、酢酸等)を用いて中和処理を行うのが好ましい。係る中和処理により、精製したエラスチンの精製度を高めることができる(後記実施例1参照)。
【0015】
かくして得られた豚大動脈血管由来エラスチンをプロテアーゼで酵素的に分解することにより、エラスチン分解ペプチドが得られる。
ここで使用されるプロテアーゼは、エラスチンを分解し得る酵素であれば特に限定されず、例えばブロメライン、パパイン、トリプシン、ペプシン、エラスターゼなどを挙げることができるが、好ましくは微生物由来のアルカリ性プロテアーゼ(例えば、アルカラーゼ、ノボザイムFM、プロテアーゼPなど、いずれも商品名)が使用される。
当該酵素の使用量は、酵素の活性、反応温度、反応時間などに応じて適宜選択することができるが、基質(エラスチン)に対して酵素を、1:0.005〜0.05(重量比)、好ましくは1:0.01(重量比)で使用される。
エラスチン分解ペプチドの分子量は、使用する酵素量、反応温度、反応時間、当該ペプチドの使用目的などにより適宜調整することができ、例えば、平均分子量300〜8000程度、好ましくは500〜5000程度、より好ましくは1000〜3000程度に調整される。
【0016】
エラスチン分解ペプチドの調製法をより具体的に説明すると、豚大動脈血管由来エラスチンを、使用するプロテアーゼの至適pHに調整した緩衝液又は精製水と混合し、次いで所定量のプロテアーゼを添加し、プロテアーゼの至適温度で適当な時間(例えば、24時間程度)インキュベートしエラスチンを酵素分解する。分解後、加熱(例えば、90℃で10分間程度)して酵素を失活させ、放冷後、濾過して不溶物を除去し、必要に応じて珪藻土、活性炭などを用いた処理を行うことにより、エラスチン酵素分解ペプチド溶液が得られる。なお、上記の処理に際して、プロテアーゼとして、アルカリ性プロテアーゼを使用した場合、酵素反応の終了後に、反応液を慣用の酸剤(例えば、塩酸、硫酸、リン酸、酢酸など)で中和、脱塩するのが好ましい。この操作により、得られたエラスチン酵素分解ペプチドの異臭を著しく低減することができる。
かくして得られたエラスチン酵素分解ペプチドは、更に、限外ろ過、ゲル濾過、イオン交換カラムクロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの慣用の方法で精製することができる。
更に、得られたエラスチン酵素分解ペプチド溶液は、凍結乾燥、通風乾燥などの慣用の方法で乾燥することにより、粉末化することができる。
【0017】
上記の製法で得られた豚大動脈血管由来エラスチン及びその酵素分解物であるエラスチン酵素分解ペプチドは、エラスチンの特徴的アミノ酸であるデスモシン及び/又はイソデスモシンを、アミノ酸組成(モル比)において0.06%以上含有しており、更にデスモシン(Des)含量とイソデスモシン(Ide)含量の和/ヒドロキシプロリン(Hyp)含量の比(モル比)が0.1以上、より好ましくは0.22以上、更に好ましくは0.27以上であるという特徴を有していた。
【0018】
本発明の皮膚改善剤は、上記の豚大動脈血管由来エラスチン分解ペプチドを有効成分として含有するものであり、更にコラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドを含有することが好ましい。
上記コラーゲンの由来は特に限定されないが、豚由来コラーゲンが好適に使用される。コラーゲンの製法などは既に周知であり、市販のコラーゲンを使用してもよい。また、コラーゲン分解ペプチドは、前述のプロテアーゼを用いてコラーゲンを酵素分解して得られるペプチドであり、分子量150〜3000程度、好ましくは分子量250〜2500程度のペプチドが使用される。コラーゲン分解ペプチドは市販されているものを使用してもよい。
係るコラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドの上記エラスチン分解ペプチドに対する使用量は特に制限されないが、エラスチン分解ペプチドに対して、コラーゲンとコラーゲン分解ペプチドの合計量として0.5〜100倍量(重量比)、好ましくは1〜50倍量の割合で使用される。
【0019】
本発明の皮膚改善剤は、経口摂取(投与)又は外用投与(塗布)のいずれの投与形態の剤であってもよい。
経口摂取(投与)の形態としては、食品(健康食品素材)、医薬品などの形態を例示できる。
食品(健康食品素材)としては、そのまま、固形状物又は飲食物などの種々の形態でヒトに摂取される。
固形状物としては、前記各成分を、必要に応じて、適宜の生理的に許容される添加剤(例えば、担体、賦形剤、希釈剤等)などの製剤上必要な成分と混合し、適宜な剤形の形態に調製することにより得られ、係る形態としては錠剤状、粉末状、顆粒状、カプセル剤状などが例示できる。
【0020】
また、飲食物としては、例えば、飲料類(例えば、ドリンク剤、乳酸菌飲料、ミルク飲料、コーヒー飲料、紅茶飲料、緑茶飲料、ジュース等)、菓子類(例えば、ビスケット、クッキー、キャンディー、スナック菓子、ラムネ菓子等)、調味液類(例えば、たれ汁等)、食肉製品類(例えば、ハム、ソーセージ等)、魚肉製品類(例えば、かまぼこ、ちくわ等)、乳製品類(例えば、バター、チーズ等)に添加して摂取させる。
係る飲食物は、その調製段階の適当な工程において有効成分を添加する以外は常法に準じて調製することができる。また、このような飲食物には、必要に応じて慣用の添加剤を添加してもよく、係る添加剤としては、例えば、ビタミン類(例えば、ビタミンC、ビタミンA,ビタミンE等)、ミネラル類(例えば、亜鉛、銅、マンガン等)、生理活性物質、甘味料、酸味料、抗酸化剤、香料、塩分、賦形剤、着色料などが挙げられる。
【0021】
また、医薬品としては、前記各成分を、必要に応じて、適宜の生理的に許容される添加剤(例えば、担体、賦形剤、希釈剤等)などの製剤上必要な成分と混合し、適宜な剤形の形態に調製することにより得られ、係る形態としては錠剤状、粉末状、顆粒状、カプセル剤状などが例示できる。
【0022】
また、外用剤としては、例えは、クリーム、乳剤、ローション、軟膏、パック類などの形態をとることができる。これらの製剤は、化粧品製造における慣用の方法に準じて調製することができる。
当該製剤には、必要に応じて、保湿剤、抗酸化剤などの慣用の成分を添加してもよい。
【0023】
本発明の皮膚改善剤において、経口摂取(投与)の形態とする場合には、一日当り、本発明のエラスチン分解ペプチドを0.1〜10g、好ましくは0.5〜7g、更に好ましくは1〜5gを、一回又は数回に分けて摂取するようにすればよい。また、より好ましい形態として、コラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドを添加した場合においては、当該成分を、一日当り0.5〜10g、好ましくは1〜7g、更に好ましくは5gを摂取するように調整すればよい。
一方、外用剤とする場合には、本発明のエラスチン分解ペプチドを1〜10%、好ましくは2〜5%程度含有する製剤を、一日一回又は数回塗布すればよい。また、より好ましい形態として、コラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドを添加した場合においては、当該成分を1〜10%、好ましくは2〜5%程度含有する製剤とすればよい。
【実施例】
【0024】
以下、実施例・試験例に基づいて、本発明をより詳細に説明するが、本発明は係る例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1
豚大動脈血管由来エラスチンの製法の検討
豚大動脈血管100g(湿重量)を、表1−Iに示される濃度の水酸化ナトリウム水溶液200gに分散させ、90℃で表1に示される時間処理し、その際の異臭及び得られたエラスチンの精製度を調べた。
なお、表中、エラスチンの精製度とは、エラスチンに特異的なアミノ酸であるデスモシン(Des)含量とイソデスモシン(Ide)含量の和と、コラーゲンに特異的なアミノ酸であるヒドロキシプロリン(Hyp)含量の比を目安とし、高とはその比が0.3程度、中とは0.2程度、低とは0.1程度を意味する。
また、異臭の測定は、成人男女3人ずつによる官能試験(1点:臭わない、2点:やや臭う、3点:臭う、4点:ひどく臭う)により実施し、平均点を四捨五入した結果に基づいて示した。
【0026】
【表1】

【0027】
豚大動脈血管に対するアルカリ処理の反応条件としては、エラスチンの精製度及び異臭の問題を考えた場合、表1に示されるように、水酸化ナトリウム水溶液の濃度が0.05〜0.5Nが好ましく、反応時間としては0.5〜5時間程度が好ましいことが分かった。更に好ましくは、水酸化ナトリウム水溶液の濃度が0.125〜0.5N、反応時間0.5〜2時間程度、最も好ましくは0.125N、反応時間1〜2時間程度であることが判明した。
【0028】
表1―Iの実験番号2におけるアルカリ処理を行った後、処理液を1N塩酸で中和処理を行ったところ、表1−IIに示されるように、得られたエラスチンの精製度を向上し得ることが判明した。
【0029】
また、表1−Iの実験番号4におけるアルカリ処理を行って得られたエラスチン30gを50mlの水に加え、60℃、pH8.0の条件で、酵素アルカラーゼ(商品名、アルカリ性プロテアーゼ、ノボザイム社製)処理し、酵素分解が進んだ時点(約240分)で、90℃、10分間加熱して酵素を失活させ、次いで0.1N塩酸で中和処理をした後、メッシュで不溶物を除去し、珪藻土(濾過助剤、セルピュアS1000)を用いてフィルタープレスした。得られたエラスチン酵素分解ペプチドの異臭を前記と同様にして測定したところ、表1−IIIに示されるように、上記の塩酸中和処理を行うことにより、得られたエラスチン酵素分解ペプチドの異臭が低減することが明らかとなった。
【0030】
実施例2
新鮮な豚の大動脈血管500kg(湿重量)に水1000kgを投入し、水酸化ナトリウムフレーク5kgを加え、90℃で1時間攪拌後、アルカリ液を排出した。次いで、50℃の水500kgを投入し、15分間撹拌して洗浄し洗浄水を排出した。更に50℃の水500kgを投入し、15分間撹拌し、洗浄水を排出し、50℃の水400kgを投入し、10%塩酸300mlを加えて、1時間撹拌して中和し、中和水を排出後、50℃の水400kg及び塩化ナトリウム16kgを投入し1時間攪拌した。次いで、食塩水を排出し、冷水500kgを投入し、15分間撹拌し、更に冷水500kgを投入し、15分間撹拌し、冷水を排出し不溶物(エラスチン)を採取した。得られた不溶物をチョッパーにて粉砕し、粉砕物125kgを得た。同様の操作を繰り返し、粉砕物合計250kgを得た。
得られた粉砕物250kgに水500kg加え、撹拌しながら60℃に加温した。60℃に到達したのを確認後、酵素アルカラーゼ2.5Lを投入し、pH8.0に調整しつつブリックス測定を行い、酵素分解が進んだ時点(約360分、ブリックス9.5)で、90℃、10分間加熱し酵素を失活させた。酵素処理液をメッシュで濾過し不溶物を除去した。濾液を珪藻土(商品名:セルピュアS1000)充填フィルターで濾過し、活性炭処理し、更に珪藻土(セルピュアS300)充填フィルターで濾過した後、90℃に加熱し、70℃を保持しながらブリックス50になるまで濃縮した。次いで90℃で加熱殺菌した後、通風乾燥機で乾燥させ、更に粉末化させ、粉砕し、篩別し(40メッシュ)、エラスチン分解ペプチド粉末を得た。
【0031】
かくして得られたエラスチン分解ペプチド粉末(以下、単に本発明のエラスチンペプチドという)は、表2に示されるアミノ酸組成(モル比)を有しており、エラスチンのみに含まれるアミノ酸で、エラスチンの含有量の指標とされるデスモシン(Des)及びイソデスモシン(Ide)を合計0.28%含有していた。また、Des含量+Ide含量の和/Hyp含量の比は0.33であった。
本発明のエラスチンペプチドと従来品(市販品A及びB)のDes、Ide及びHypの含量(%)を比較した結果を表3に示す。表3に示されるように、本発明のエラスチンペプチドは、従来品に比べDes及びIdeを高度に含有しており、またHyp含量が低いことから、精製度が高く、優れたエラスチン分解ペプチドであることを示すものであった。
【0032】
また、前記特許文献3に記載される魚由来エラスチン分解物のアミノ酸組成と比較すると、本発明のエラスチンペプチドは、Ala及びVal含量が高く、一方Asp、His、Thr及びLis含量が低いという特徴を有し、魚由来エラスチン分解物とは明確に区別することができる。
また、既に知られている牛靭帯由来エラスチン分解物のアミノ酸組成と比較すると、本発明のエラスチンペプチドはHis及びTyr含量が高く、一方Ile及びLeu含量が低いという特徴を有し、牛靭帯由来エラスチン分解物と区別することができる。
【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
実施例3
本発明のエラスチンペプチドの分子量を、下記の条件化にて高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定した。
カラム=Superdex
Peptide (GEヘルスケアバイオサイエンス社製)
溶離液=0.1%TFA及び30%アセトニトリル
HPLC条件=流速:0.5 ml/min、検出:240 nm、グラジエント混合溶媒
その結果、平均分子量約2,500(分子量の幅:500〜7,500)であった。エラスチンは前駆体であるトロポエラスチンがデスモシン、イソデスモシンなどにより分子間架橋結合された蛋白質であるため、分子量の特定が困難であるが、トロポエラスチンの分子量は一般に68,000〜70,000と言われていることから、エラスチン自身は100,000を超えるかなり巨大な蛋白質であると推察され、水に対して不溶性蛋白質である。本発明のエラスチンペプチドは、上記のように分子量約2,500まで低分子化されているので、水に対する溶解性を著しく向上させることができた。
即ち、上記のとおり、エラスチンは実質的に不溶性の蛋白質であるが、本発明のエラスチンペプチドでは、常温の蒸留水100 mlに対して36.7gが溶解し、その溶解性は26.86%であることがわかった。つまり、エラスチンのペプチド化により溶解性が著しく向上し、それに伴い吸収性も向上させることができる。
【0036】
試験例1
本発明のエラスチンペプチドと豚由来コラーゲン分解ペプチドを用いた飲料水を作製し、20代から50代の女性70人(各試験群10名ずつ)に飲用してもらい、肌のつやに対する効果を、以下のように試験した。
なお、豚由来コラーゲン分解ペプチド(以下、コラーゲン分解ペプチドという)は豚皮より常法に従い精製したものを用いた。即ち、新鮮豚皮より得られた不溶性コラーゲンを酵素トリプシンで、30〜80℃、0.5〜3時間程度反応させ、限外濾過、珪藻土濾過により精製したものを使用した(ペプチドの平均分子量:約2500)。また、比較例として、魚由来エラスチン分解ペプチド(市販品)も試験に供した。
【0037】
試験例1
本発明のエラスチンペプチドを5%(重量%、以下同様)含有する飲料水100mlを20日間、毎日1本摂取させた。
試験例2
本発明のエラスチンペプチド5%及びコラーゲン分解ペプチド5%含有の飲料水を用いた以外は試験例1と同様に試験した。
試験例3
本発明のエラスチンペプチド0.1%及びコラーゲン分解ペプチド5%含有の飲料水を用いた以外は試験例1と同様に試験した。
比較例1
魚由来エラスチン分解ペプチド5%含有の飲料水を用いた以外は試験例1と同様に試験した。
比較例2
単なる飲料水(本発明のエラスチンペプチド非含有の飲料水)を用いた以外は試験例1と同様に試験した。
比較例3
本発明のエラスチンペプチド0.1%含有の飲料水を用いた以外は試験例1と同様に試験した。
比較例4
コラーゲン分解ペプチド5%含有の飲料水を用いた以外は試験例1と同様に試験した。
【0038】
上記試験例の結果を表4に示す。なお、効果の判定は各被験者の申告に基づき、下記のように評価した。
1:効果無し 2:やや効果有り 3:効果有り 4:やや強い効果有り 5:強い効果有り
【0039】
【表4】

【0040】
表4に示されるように、本発明のエラスチンペプチド5%含有飲料水は、魚由来エラスチン分解ペプチド5%含有飲料水、エラスチンペプチド非含有飲料水及びコラーゲン分解ペプチド5%含有飲料水に比べ、肌つやに関し、有意に優れた効果を示した。
また、本発明のエラスチンペプチド0.1%+コラーゲン分解ペプチド5%含有飲料水は、本発明のエラスチンペプチド0.1%含有飲料水やコラーゲン分解ペプチド5%含有飲料水に比べ相乗的に優れた効果を示した。
更に、本発明のエラスチンペプチド5%+コラーゲン分解ペプチド5%含有飲料水は極めて顕著な効果を奏し、本発明のエラスチンペプチド5%含有飲料水やコラーゲン分解ペプチド5%含有飲料水に比べ相乗的に優れた効果を示した。
【0041】
試験例4
エラスチン分解ペプチドを用いた細胞培養液を調製し、正常ヒト皮膚線維芽細胞の培養を行い、細胞増殖促進作用及びコラーゲン産生促進作用を検討した。
即ち、本発明のエラスチンペプチドを5又は50ng/mlとなるよう細胞培養液(DMEM、5%FBS及び0.1%ゲンタマイシン添加、何れもSigma)に添加し、この培養液(100μl)を用いてヒト皮膚由来線維芽細胞NHDF (Normal Human Dermal
Fibroblasts (Neonatal Skin), 三光純薬, 細胞数:5000個) を37℃, CO2 5.0% の条件下で5日間培養した。
培養後、細胞数の測定はCell Counting Kit-8(DOJINDO)により行った。また、コラーゲン量の測定はコラーゲン・ステイン・キット(コラーゲン研修会)を用い、細胞外に産生されたコラーゲン量を測定した。それぞれの作用の評価は、エラスチンペプチド無添加の場合(対照)との比較により行った。
その結果を図1に示す。図1に示されるように、本発明のエラスチンペプチドの添加量に依存して、細胞数及びコラーゲン量のいずれも増加し、本発明のエラスチンペプチド50ng/mlの添加において有意に増加することがわかった。つまり、本発明のエラスチンペプチドが線維芽細胞の増殖促進作用及びコラーゲン産生促進作用を持つことがわかった。
【0042】
試験例5
本発明のエラスチンペプチドを用いたマウス用飼料を調製し、ヘアレスマウスへの投与を行い、マウス皮膚粘弾性への効果を検討した。
基本飼料(AIN-93G、オリエンタル酵母)をもとに、蛋白質量のうち1/4を本発明のエラスチンペプチドに置き換えた飼料を調製し、雄性ヘアレスマウス(Hos:HR-1、6週齢)へ自由摂取による投与を行った(エラスチン群)。また、対照として、エラスチンペプチド不含の飼料をマウスに自由摂取させた(対照群)。なお、飼育環境は以下のとおりである。
水:自動給水装置による自由摂取
温度・湿度:21−23℃・55−60%
明暗時間:12時間ずつ
飼育期間は8週間とし、その間、紫外線照射装置による紫外線(UVB)の照射を行い(total 540 mJ/cm2)、皮膚の光老化を促進させた。皮膚粘弾性の測定にはCUTOMETER (MPA580, C+K electronic) を用い、戻り弾性率を粘弾性の指標とした。なお、結果は、投与前の粘弾性を100とする相対値で表した。
その結果を図2に示す。図2に示されるように、使用したマウスが若齢であったことから、飼育に伴い、いずれのマウスも皮膚の粘弾性は向上したが、エラスチン群(本発明のエラスチンペプチド摂取群)においてさらに向上し、飼育6週目以降では対照群と比較し、有意に皮膚の粘弾性が向上していることが明らかになった。
【0043】
また、飼育後のマウス皮膚を採取し、当該皮膚中のデスモシン含量を測定した。その結果を図3に示す。図3に示されるように、対照群に比べてエラスチン群では、エラスチン特有のアミノ酸であるデスモシンが増加していた。つまり、本発明のエラスチンペプチドは経口摂取された後、体内に吸収され、加齢に伴い生じる“しわ”や“たるみ”の抑制に対して効果的であることがわかった。
【0044】
試験例6
エラスチン分解ペプチドを用いたラット用飼料を調製し、自然発症高血圧ラットへの投与を行い、ラット血管に対する効果を試験した。
即ち、本発明のエラスチンペプチドの50%含有水溶液を調製し、雄性自然発症高血圧ラット(SHR/Ism、18週齢)へ、当該ペプチドとして4 g/kg体重/日となるよう強制経口投与を行った(エラスチン群)。また、対照としては、同量の水をラットに強制経口投与した(対照群)。なお、飼育環境は以下のとおりである。
飼料:AIN-93G(オリエンタル酵母)の自由摂取
給水:自動給水装置による自由摂取
温度・湿度:21−23℃・55−60%
明暗時間:12時間ずつ
飼育期間は10週間とし、飼育終了後にラットから血液を採取し、血液中の各種因子を測定した。また、飼育終了後に胸部大動脈を採取し、冠動脈中のデスモシン含量を測定した。
その結果を図4(血液検査)及び図5(冠動脈中のデスモシン含量)を示す。図4に示されるように、採取した血液においては、炎症性刺激を受けた血管内皮細胞などに発現する接着因子であるVCAM-1 (Vascular cell adhesion molecule-1)や動脈硬化発症に関与していると考えられている接着因子であるMCP-1 (Monocyte chemoattractant protein-1)が減少し、細胞外マトリックス分解阻害因子であるTIMP-1 (Tissue inhibitor of Metalloproteinases-1)が増加していた。また、図5に示されるように、冠動脈におけるデスモシンの含量を測定したところ、対照群に比べてエラスチン群ではデスモシン含量が増加していた。これらのことから、本発明のエラスチンペプチドは動脈硬化を抑制し、血管の保全に効果的であることがわかった。
【0045】
製剤例1
カプセル剤の製造
本発明のエラスチンペプチド500mgを常法に準じてハードカプセルに充填し、カプセル剤を製造した。
製剤例2
果汁飲料の製造
精製水(29.8重量部)にクエン酸(0.2重量部)、オレンジ果汁(35重量部)及び砂糖(5重量部)を加熱溶解させ、更に本発明のエラスチンペプチドの10%水溶液30重量部を添加し、冷却後、容器充填及び85℃30分間の加熱殺菌を行って果汁飲料を製造した。
製造例3
化粧水の製造
本発明のエラスチンペプチド1重量部、エタノール5重量部、グリセリン2.5重量部、コラーゲン分解ペプチド1重量部、ピロリドンカルボン酸ナトリウム0.2重量部、ヒアルロン酸ナトリウム0.2重量部、メチルパラベン0.1重量部及び精製水90重量部を混合することにより化粧水を製造した。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明のエラスチンペプチドの線維芽細胞増殖促進効果及びコラーゲン産生促進効果を示す図である。
【図2】本発明のエラスチンペプチドを摂取したマウスの皮膚粘弾性改善効果を示す図である。
【図3】本発明のエラスチンペプチドを摂取したマウスの皮膚中デスモシン含量増加効果を示す図である。
【図4】本発明のエラスチンペプチドを投与したラットの血液中のVCAM-1、MCP-1及びTIMP-1の動向を示す図である。
【図5】本発明のエラスチンペプチドを投与したラットの冠動脈中のデスモシン含量増加効果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
豚大動脈血管由来エラスチンの酵素分解物であるエラスチン分解ペプチド。
【請求項2】
アミノ酸組成(モル比)におけるイソデスモシン及び/又はデスモシンの含量が0.06%以上である請求項1記載のエラスチン分解ペプチド。
【請求項3】
デスモシン含量とイソデスモシン含量の和/ヒドロキシプロリン含量の比(モル比)が0.1以上である請求項1又は2記載のエラスチン分解ペプチド。
【請求項4】
豚大動脈血管を、加熱下、0.05〜0.5Nのアルカリ性水溶液で処理してエラスチンを得ることを特徴とする豚大動脈血管由来エラスチンの製造方法。
【請求項5】
請求項4記載のエラスチンを、プロテアーゼで酵素分解することからなるエラスチン分解ペプチドの製造方法。
【請求項6】
請求項1記載のエラスチン分解ペプチドを含有する皮膚改善剤。
【請求項7】
コラーゲン及び/又はコラーゲン分解ペプチドを含有する請求項6記載の皮膚改善剤。
【請求項8】
エラスチン分解ペプチドの平均分子量が、1000〜3000である請求項6又は7記載の皮膚改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−74846(P2008−74846A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−218948(P2007−218948)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【出願人】(000229519)日本ハム株式会社 (57)
【Fターム(参考)】