説明

エンジンのピストン

【課題】安価なコストで、応力歪みによる燃焼室口元の亀裂を防止することができるエンジンのピストンを提供する。
【解決手段】ピストン頂面2にエンジン3の燃焼室の一部をなすキャビティ4が形成されたピストン1において、上記キャビティ4の開口縁部と上記ピストン頂面2の外周縁部21との間の上記ピストン頂面2に、該ピストン頂面2に沿ったスキッシュガスGの流れを遅くするための複数の凹部5(6)を形成したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストン頂面に燃焼室をなすキャビティが形成されたエンジンのピストンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の排ガス規制対応と高出力化に伴い、エンジンの熱負荷増によるトラブルが目立つ。その1つに、ピストンの燃焼室口元の亀裂がある。
【0003】
その一例を図5および図6に基づき説明する。
【0004】
図5および図6に示すように、ピストン80の頂面81に、燃焼室の一部をなすキャビティ82が開口させて形成され、そのキャビティ82の開口縁部が燃焼室口元83をなす。ピストン80の内部には、キャビティ82を囲むようにリング状のクーリングチャネル84が形成される。
【0005】
キャビティ82の下方のピストン80には、ピストンピン(図示せず)を支持するためのピン穴85(図6参照)が形成される。
【0006】
このピストン80では、通常、燃焼室口元83には燃焼行程(膨張行程)時にスキッシュガス流れにより燃焼による熱応力(圧縮)が発生する。
【0007】
ここで、ピン方向(つまり、ピン穴85の上方)の燃焼室口元では、膨張行程でピストンピンによって発生する機械的な引張応力により、熱応力である圧縮応力が相殺される。
【0008】
他方、ピン方向の燃焼室口元からほぼ90°周方向に離間したピン直角方向の燃焼室口元では、機械的な圧縮と熱圧縮応力で応力が重畳される。そのため、燃焼室口元が亀裂の起点となり、その起点から亀裂が進行してピストン焼き付きトラブルが発生してしまう。
【0009】
従来、このような燃焼室口元の亀裂防止を図ったピストンとして、例えば特許文献1には、ピストン頂面に予め引張応力を付与するべくアルマイト処理を施したピストンが提案されている。
【0010】
その特許文献1では、ピストンピンの上方における燃焼室開口部にマスキング処理を施した後、ピストン頂面にアルマイト処理を施すことで、ピストンピン上方の燃焼室開口部を除く部分に引張応力を付与するようにしている。
【0011】
【特許文献1】特開平08−177622号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1のピストンは、製造の際に、マスキング処理とアルマイト処理とを必要とするため、製造コストが高くなるという問題があった。
【0013】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、安価なコストで、応力歪みによる燃焼室口元の亀裂を防止することができるエンジンのピストンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために本発明は、ピストン頂面にエンジンの燃焼室の一部をなすキャビティが形成されたピストンにおいて、上記キャビティの開口縁部と上記ピストン頂面の外周縁部との間の上記ピストン頂面に、該ピストン頂面に沿ったスキッシュガスの流れを遅くするための複数の凹部を形成したものである。
【0015】
好ましくは、上記凹部は、上記ピストン頂面上の2つの部分であって上記キャビティを挟んでピストンピン軸方向と直交する方向に互いに離間する2つの部分に形成されたものである。
【0016】
好ましくは、上記2つの部分は、上記ピストン頂面と同心的な扇形状であって、ピストンピン軸方向と直交する方向に延びると共に上記ピストン頂面の中心を通る直線を中心に30°以上40°以下の角度で周方向に広がる扇形状を各々有するものである。
【0017】
上記凹部は、上記ピストン頂面を断面曲線状に窪ませて形成されたデンプルからなるものでもよい。
【0018】
上記デンプルが、上記ピストン頂面に周方向に沿って並べて複数配置されてデンプル群をなすと共に、そのデンプル群が径方向に間隔を隔てて複数配置されたものでもよい。
【0019】
上記凹部は、上記ピストン頂面の周方向に延びる断面曲線状の溝からなり、該溝が、上記ピストン頂面に径方向に間隔を隔てて複数配置されたものでもよい。
【0020】
上記溝の深さが、径方向外側に配置された溝ほどが浅くなるものでもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、安価なコストで、応力歪みによる燃焼室口元の亀裂を防止することができるという優れた効果を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の好適な一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0023】
本実施形態のエンジンのピストン(以下、ピストンという)は、例えば、車両に搭載されるディーゼルエンジンなどに適用される。
【0024】
図1および図2に基づき本実施形態のエンジンおよびピストンの概略構造を説明する。
【0025】
図1に示すように、エンジン3は、ピストン1と、そのピストン1を収容するシリンダボア31が形成されたシリンダブロック32と、そのシリンダブロック32に取り付けられたシリンダヘッド33とを有する。
【0026】
シリンダボア31は、上下方向に延び、その上端がシリンダヘッド33により閉塞される。そのシリンダヘッド33は、シリンダブロック32の上面にボルトなどにより接合される。それらシリンダブロック32の上面とシリンダヘッド33の下面との間には、その両面の間をシールするためのガスケット34が設けられる。
【0027】
また、シリンダボア31内には、ピストン1が上下方向に摺動可能に収容される。
【0028】
そのピストン1は、上下に延びると共に上端がヘッド部11により閉塞された円筒状に形成される。そのヘッド部11の上面(以下、ピストン頂面という)2には、燃焼室の一部をなすキャビティ4が下方に窪ませて形成される。そのキャビティ4は、ピストン頂面2に開口を形成しており、その開口縁部が燃焼室口元41をなす。
【0029】
図2に示すように、図例のピストン頂面2は平面視ほぼ円形状に形成され、キャビティ4はピストン頂面2に同心的なほぼ円形状で開口する。
【0030】
図1に戻り、本実施形態の燃焼室は、所謂リエントラント型の燃焼室であり、キャビティ4の底面のほぼ中央部に上方に突出する山形状の突起部42が形成されると共に、燃焼室口元41(開口縁部)が窄められる。つまり、燃焼室口元41は、キャビティ4の開口を絞るように開口の全周に亘り径方向内側に突出する。その燃焼室口元41の下方には、突起部42を囲む円環体状の空間Sが形成される。
【0031】
ピストン1の外周面には、複数のリング溝12−14が上下方向に所定の間隔を隔てて形成される。図例では、上から順に、トップリング溝12、セカンドリング溝13、オイルリング溝14が外周面に形成される。トップリング溝12およびセカンドリング溝13には燃焼ガスをシールするためのコンプレッションリング15、16が嵌め合わされ、オイルリング溝14には、潤滑オイルを掻き落とすためのオイルリング17が嵌め合わされる。
【0032】
ピストン1の内部には、ピストン1を冷却するためのクーリングチャネル18が形成される。そのクーリングチャネル18は、キャビティ4を囲むリング形状を有し、キャビティ4の底面とほぼ同じ高さに配置される。クーリングチャネル18には、例えば、エンジン3の潤滑オイルなどが供給されて流通する。
【0033】
また、ピストン1には、ピストンピン7が連結される。すなわち、キャビティ4の下方のピストン1の内壁をなすスカート部19にボス(図示せず)が設けられると共に、そのボスにピン穴(図示せず)が形成され、そのピン穴にピストンピン7が挿通、支持される。ピストンピン7は、その軸方向(ピストンピン軸方向)Aが、ピストン1の軸方向(図1では上下方向)と直交するように配置される。
【0034】
以下の説明において、ピストンピン7の軸方向をピン方向(図1の紙面表裏方向、図2の上下方向)A、ピストンピン7の軸方向に直交する方向を、ピン直角方向(図1の上下方向、図2の左右方向)Tという。
【0035】
ピストン1には、燃焼行程時のスキッシュガス流れの乱流を作ってガスからピストン1への受熱を限りなく少なくするために、燃焼室口元41(キャビティ4の開口縁部)とピストン頂面2の外周縁部21との間のピストン頂面2に、そのピストン頂面2に沿ったスキッシュガスGの流れを遅くするための複数の凹部が形成される。本実施形態の凹部は、ピストン頂面2を断面曲線状に窪ませて形成されたすり鉢状の多数のデンプル5からなる。
【0036】
それらデンプル5は、燃焼室口元41の亀裂が集中し易い部分にのみ設けられる。具体的には、図2に示すように、デンプル5は、ピストン頂面2上に定義された2つの部分(以下、ピン直角部分という)23、23であってキャビティ4を挟んでピストンピン軸方向Aと直交する方向Tに互いに離間する2つのピン直角部分23、23に形成される。
【0037】
そのピン直角部分23は、ピストン頂面2を平面視したときに、ピストン頂面2と同心的な扇形状を有する。その扇形状のピン直角部分23は、ピストン頂面2の中心Cを通ってピン直角方向Tに延びる直線Lを中心に、所定の角度αで周方向に広がる。
【0038】
その所定の角度αは、好ましくは、30°以上40°以下である。所定の角度αは、予め実験やシミュレーションを行い、或いは過去の実機データから経験的に求められる。
【0039】
また、デンプル5は、燃焼行程におけるピストン頂面2上のスキッシュガスGの流れ方向に沿うように、ピストン頂面2の径方向に離間させて配置される。
【0040】
より具体的には、デンプル5は、ピストン頂面2に周方向に沿って密に並べて複数配置されてデンプル群をなすと共に、そのデンプル群が径方向に間隔を隔てて複数(5つ)配置される。図例では、各デンプル群ごとにデンプル5の数が異なる。
【0041】
図1に戻り、各デンプル5では、ピストン頂面2の径方向外側(図1では右側)の側壁面が、ピストン頂面2からデンプル5内に流入したスキッシュガスGを偏向させて戻すための返し面51をなす。その返し面51は、デンプル5の底面から上方に湾曲しつつ延び、上端部がピストン頂面2に対してほぼ垂直となる。図例のデンプル5は、ほぼ半球面状に形成される。
【0042】
このデンプル5の形状(直径、深さなど)やデンプル5間の径方向および周方向の間隔は、例えばスキッシュ流速などに基づき適宜設定される。なお、デンプル5の直径は、少なくともキャビティ4の直径よりは十分に小さい。
【0043】
デンプル5は、切削工具による機械加工やレーザ加工などにより形成され、例えば、キャビティ4やリング溝12−14をNC機械加工する際に加工される。
【0044】
次に図1および図2に基づき本実施形態のピストン1の作用を説明する。
【0045】
エンジン3の燃焼行程(膨張行程)では、燃焼ガスの圧力によりピストン1が圧縮上死点から下降する。
【0046】
そのピストン1が下降する際、キャビティ4の近傍では、キャビティ4内の高温の燃焼ガスが外部に流出するような流動が生じており、図1に示すように、S字状のスキッシュが生じている。そのスキッシュによるスキッシュガスGは、キャビティ4から流出した後、ピストン頂面2を径方向に沿って外側へと流れる。
【0047】
その際に、ピストン頂面2を流れる高温のスキッシュガスGからピストン頂面2に熱が伝達され、その熱が一因となりピストン1に熱応力が発生する。
【0048】
ここで、本実施形態のピストン1は、ピストン頂面2に凹部(デンプル)5を複数持つ構造とし、デンプル5によりキッシュガスの流れを遅くすることで、乱流を発生させ、ピストン1の受熱を少なくしている。
【0049】
すなわち、本実施形態では、キャビティ4からピストン頂面2を伝って流れるスキッシュガスGの一部がピストン頂面2のデンプル5に流入する。そのデンプル5内に流入したガスは、デンプル5内を壁面に沿って流れ、返し面51により流れの方向が径方向外側から径方向内側へと偏向される。
【0050】
これにより、デンプル5から流出したガスRは、スキッシュガスGに対向(逆行)して流れることになり、それらデンプル5からのガスRが、スキッシュガスGに衝突して、スキッシュガスGの流れが遅くなる。図2に示すように、デンプル5を設けたピン直角部分(領域)23、23のスキッシュ流速V1は、他の部分のスキッシュ流速V2よりも小さくなる。
【0051】
スキッシュガスGの流速が低下すると、スキッシュガスGからピストン頂面2への熱伝達が低減され、燃焼室口元41に発生する熱応力が低減する。
【0052】
このように、本実施形態では、燃焼行程で流れる高温スキッシュガスGの流れをピストン頂面2のデンプル5により遅くして熱応力を低下させることで、応力歪みによる燃焼室口元41の亀裂を防止することができる。また、ピストン1にアルマイト処理を施す場合に比べて、安価なコストで亀裂を防止することができる。
【0053】
その他にも、デンプル5を形成する場所を、機械的圧縮応力と熱圧縮応力とが重なり作用するピン直角部分23に限定することで、加工コストを低減することができる。
【0054】
次に、図3および図4に基づき本発明に係る他の実施形態を説明する。
【0055】
本実施形態は、凹部の形状が異なる以外、図1および図2の実施形態と同じほぼ構造を有する。そこで、図1および図2に示したものと同一要素には、同一符号を付し、説明を省略する。
【0056】
本実施形態の凹部は、ピストン頂面2の周方向に延びる断面曲線状の溝6からなり、複数(図例では4本)の溝6が、ピストン頂面2に径方向に間隔を隔てて配置される。
【0057】
具体的には、溝6は、ピストン頂面2を平面視したときに、そのピストン頂面2と同心的な円弧状を有し、周方向にピン直角部分23の全域に亘り延びる。つまり、溝6は、円弧の中心角が、上記所定の角度αとなる。
【0058】
溝6の深さhは、外周側(図4では、右側)に向かって段々小さくなる。つまり、径方向外側に配置された溝6ほど溝深さhが浅くなる。
【0059】
各溝6は、底面の角が丸められアールが付けられたR溝であり、図例の溝6は、U字状の断面形状を有する。溝6は、デンプル5と同様に、ピストン頂面2の径方向外側の側壁面がスキッシュガスを偏向させるための返し面51をなす。
【0060】
本実施形態でも、上述の実施形態と同様の効果が得られる。
【0061】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されず、様々な変形例や応用例が考えられるものである。
【0062】
例えば、デンプルや溝の断面形状は、上述のものに限定されず、放物線、楕円などでもよい。
【0063】
デンプルの配置は、上述のものに限定されず、例えば、千鳥状やランダムに配置してもよい。
【0064】
燃焼室は、リエントラント型のものに限定されず、トロイダル型など様々なものが考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】図1は、本発明に係る一実施形態によるエンジンおよびそのピストンの概略側断面図である。
【図2】図2は、本実施形態のピストンの概略平面図である。
【図3】図3は、他の実施形態に係るピストンの概略側断面図である。
【図4】図4は、他の実施形態に係るピストンの概略平面図である。
【図5】図5は、従来のピストンの概略側断面図である。
【図6】図5は、従来のピストンの概略平面図である。
【符号の説明】
【0066】
1 ピストン
2 ピストン頂面
3 エンジン
4 キャビティ
5 デンプル
6 溝
21 外周縁部
41 燃焼室口元(開口縁部)
G スキッシュガス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストン頂面にエンジンの燃焼室の一部をなすキャビティが形成されたピストンにおいて、
上記キャビティの開口縁部と上記ピストン頂面の外周縁部との間の上記ピストン頂面に、該ピストン頂面に沿ったスキッシュガスの流れを遅くするための複数の凹部を形成したことを特徴とするエンジンのピストン。
【請求項2】
上記凹部は、上記ピストン頂面上の2つの部分であって上記キャビティを挟んでピストンピン軸方向と直交する方向に互いに離間する2つの部分に形成された請求項1記載のエンジンのピストン。
【請求項3】
上記2つの部分は、上記ピストン頂面と同心的な扇形状であって、ピストンピン軸方向と直交する方向に延びると共に上記ピストン頂面の中心を通る直線を中心に30°以上40°以下の角度で周方向に広がる扇形状を各々有する請求項2記載のエンジンのピストン。
【請求項4】
上記凹部は、上記ピストン頂面を断面曲線状に窪ませて形成されたデンプルからなる請求項1から3いずれかに記載のエンジンのピストン。
【請求項5】
上記デンプルが、上記ピストン頂面の周方向に沿って並べて複数配置されてデンプル群をなすと共に、そのデンプル群が径方向に間隔を隔てて複数配置された請求項4記載のエンジンのピストン。
【請求項6】
上記凹部は、上記ピストン頂面の周方向に延びる断面曲線状の溝からなり、該溝が、上記ピストン頂面に径方向に間隔を隔てて複数配置された請求項1から3いずれかに記載のエンジンのピストン。
【請求項7】
上記溝の深さが、径方向外側に配置された溝ほどが浅くなる請求項6記載のエンジンのピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−156230(P2010−156230A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−334082(P2008−334082)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】