説明

エンジンの気液分離構造

【課題】小型で高い気液分離性能を有するエンジンの気液分離構造を提供すること。
【解決手段】バランサシャフト(180)の軸部(181)内には第1通路(D1)が設けられており、錘部(182)内には第1通路(D1)と連通する第2通路(D2)が設けられており、第1通路は軸部(181)に設けられた孔(H2)を介してバランサシャフト(180)外と通じており、第2通路(D2)は錘部(182)に設けられた孔(H3)を介してバランサシャフト(180)外と通じており、錘部(182)に設けられた孔(H3)から第2通路(D2)に流入する気液混合物をバランサシャフト(180)の回転により液体と気体とに分離して、分離された気体が第1通路(D1)を通じ軸部(181)の孔(H2)からバランサシャフト(180)外に放出されるよう構成されたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動二輪車等に適用されるエンジンの気液分離構造に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジン内部において、ピストンとシリンダとの間隙を通じて燃焼室からクランクケース内に漏れ出すブローバイガスは、排気ポートを通じて排気されずにクランクケース内に溜まる。このようにしてブローバイガスがクランクケース内に溜まるとオイルの劣化や金属の腐食の原因となるため、一般にはブローバイガスを吸気ポートに導き、燃焼室において燃焼させて大気放出する構成が採用されている。
【0003】
エンジンの構造上、ブローバイガスにはエンジンオイルなどの霧状の液体が混合する。このため、ブローバイガスからエンジンオイルなどの液体を分離できるよう、ブリーザ室などと呼ばれる気液分離構造を設けることがある(例えば、特許文献1参照)。特許文献1では、エンジンオイルが混合されたブローバイガスをクランクケース外に設置されたブリーザ室(ブリーザ)へ導き、ブリーザ室内で気体と液体とに分離して、分離された気体を吸気ポート側に排出し、分離された液体をクランクケース内に戻している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−132255号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述したブリーザ室では、ブローバイガスに混合された液体をブリーザ室の壁面に付着させることで気液分離を行っているため、排気量の大きいエンジンのようにブローバイガスやエンジンオイルの量が多くなると、適切な気液分離を行うために大型のブリーザ室が必要になる。大型のブリーザ室を用いると、その結果としてエンジンユニットが大型化するという問題が発生する。
【0006】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、小型で高い気液分離性能を有するエンジンの気液分離構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のエンジンの気液分離構造は、クランクケース内に設けられたクランク室において回転可能に支持されたクランクシャフトと、前記クランクシャフトの回転に応じて回転するよう構成されたバランサシャフトと、を備え、前記バランサシャフトは、回転軸となる軸部と、前記軸部の一端側において前記軸部の径方向外向きに延在する錘部と、を有し、前記軸部内には第1通路が設けられており、前記錘部内には前記第1通路と連通する第2通路が設けられており、前記第1通路は前記軸部に設けられた孔を介して前記バランサシャフト外と通じており、前記第2通路は前記錘部に設けられた孔を介して前記バランサシャフト外と通じており、前記錘部に設けられた孔から前記第2通路に流入する気液混合物を前記バランサシャフトの回転により液体と気体とに分離して、分離された気体が前記第1通路を通じ前記軸部の孔から前記バランサシャフト外に放出されるよう構成されたことを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、バランサシャフトの回転によってバランサシャフト内の通路に流入する気液混合物の気液分離が促進されるため、小型で高い気液分離性能を有する気液分離構造を実現できる。
【0009】
本発明のエンジンの気液分離構造において、前記バランサシャフトは、前記クランクシャフトの上方に配置されることが好ましい。この構成によれば、クランクシャフトによって飛散した多量のエンジンオイルがバランサシャフトの錘部に設けられた孔からバランサシャフトの通路に侵入することを防止できる。
【0010】
本発明のエンジンの気液分離構造において、前記バランサシャフトの前記軸部が収容される第1ブリーザ室と、前記第1ブリーザ室の上方の第2ブリーザ室と、を含んで構成されるブリーザ室を有し、前記第1ブリーザ室と前記第2ブリーザ室とはこれらを隔てる壁に設けられた孔を介して連通しており、前記第2ブリーザ室は排出口を介して外部と通じており、前記バランサシャフト外に放出された気体が、前記第1ブリーザ室及び前記第2ブリーザ室を通じて前記排出口から外部に放出されるように構成されることが好ましい。この構成によれば、ブリーザ室を、バランサシャフトが挿通される第1ブリーザ室と、第1ブリーザ室の上方の第2ブリーザ室とで構成しているため、エンジンオイルがバランサシャフトの通路に侵入した場合でも、ブリーザ室からのエンジンオイルの漏れ出しを防止できる。
【0011】
本発明のエンジンの気液分離構造において、前記排出口から放出された気体が吸気ポートに導かれるように構成されることが好ましい。この構成によれば、吸気側の負圧によってバランサシャフトの通路への気液混合物の流入をよりスムーズに行うことができるようになる。これにより、高い気液分離効果を得ることができる。
【0012】
本発明のエンジンの気液分離構造において、前記ブリーザ室が前記クランク室の前方に配置されることにより、メインフレームのダウンチューブが下方において左右のロアフレームに分岐する自動二輪車において、前記ブリーザ室の外壁が左右のロアフレームの間において露出するように構成されることが好ましい。この構成によれば、ブリーザ室の外壁がロアフレーム間において露出しているため、ロアフレーム間を流れる空気によってブリーザ室及びブリーザ室に挿通されるバランサシャフトを冷却することができる。これにより、高い気液分離効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、小型で高い気液分離性能を有するエンジンの気液分離構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施の形態に係る自動二輪車の外観を示す側面図である。
【図2】本実施の形態に係るエンジンユニットの外観を示す側面図である。
【図3】本実施の形態に係るエンジンユニットの部分断面図である。
【図4】本実施の形態に係るエンジンユニットの分解斜視図である。
【図5】本実施の形態に係るクランクケースの左側面の一部を示す側面図である。
【図6】本実施の形態に係るクランクケースの右側面の一部を示す側面図である。
【図7】本実施の形態に係るクランクケースの断面図である。
【図8】本実施の形態に係るバランサシャフトの断面図である。
【図9】本実施の形態に係る左クランクケースのブリーザ室周辺の構造を示す斜視図である。
【図10】本実施の形態に係るエンジンユニット及び車体フレームを前方から見た図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について添付図面を参照して詳細に説明する。なお、以下において、本発明に係るエンジンの気液分離構造をオフロードタイプの自動二輪車のエンジンに適用した例について説明するが、適用対象はこれに限定されることなく変更可能である。例えば、本発明に係るエンジンの気液分離構造を、他のタイプの自動二輪車、四輪車、船舶等のエンジンに適用しても良い。
【0016】
本実施の形態に係る自動二輪車全体の構成について説明する。図1は、本実施の形態に係る自動二輪車の左側面図である。なお、図面においては、車体前方を矢印FR、車体後方を矢印REでそれぞれ示す。
【0017】
図1に示されるように、自動二輪車1は、自動二輪車1の各構成を搭載する鋼製又はアルミ合金製の車体フレーム2を備えている。車体フレーム2のメインフレーム21は、車体フレーム2の前端に位置するヘッドパイプ22から後方に向けて左右に分岐し、車体後方に向かって斜め下方に傾斜して延在している。また、ヘッドパイプ22から略下方に延びるダウンチューブ23は、車体下部付近においてロアフレーム24として左右に分岐している。左右のロアフレーム24はさらに下方に延びた後、車体後方に向かって曲げられており、その後端が左右のボディフレーム25を介してメインフレーム21の左右後端と連結されている。
【0018】
車体フレーム2の前端には、ヘッドパイプ22に設けられた不図示のステアリングシャフトを介してフロントフォーク31が回転可能に支持されている。ステアリングシャフトの上端にはハンドルバー32が結合されており、ハンドルバー32の両端にはグリップ33が装着されている。ハンドルバー32の左前方にはクラッチレバー34が配置されており、ハンドルバー32の右前方には前輪3用のブレーキレバー(不図示)が配置されている。フロントフォーク31の下部には、前輪3が回転可能に支持されている。前輪3には、前輪用のブレーキを構成するブレーキディスク35が設けられている。
【0019】
車体フレーム2のボディフレーム25には、スイングアーム41が上下方向に揺動可能に連結されており、車体フレーム2とスイングアーム41との間にはサスペンション42が取り付けられている。スイングアーム41の後部には、後輪4が回転可能に支持されている。後輪4の左側には、リヤスプロケット(ドリブンスプロケット)43が設けられており、チェーン44によってエンジンの動力が後輪4に伝達されるよう構成されている。後輪4の右側には、後輪用のブレーキを構成するブレーキディスク(不図示)が設けられている。
【0020】
車体フレーム2のメインフレーム21、ダウンチューブ23、ロアフレーム24、及びボディフレーム25により略囲まれる空間の下方寄りの位置には、駆動源となる水冷式のエンジンユニット10が搭載されている。エンジンユニット10の前方には放熱器であるラジエータ5が配置されており、エンジンユニット10の後方には空気中の粉塵を分離して捕集するフィルタを備えたエアクリーナボックス6が配置されている。また、エンジンユニット10の上方には燃料が格納される燃料タンク7が配置されており、燃料タンク7の後方には座部となるシート8が配置されている。シート8の下方にはフットレスト81が設けられている。車体左側のフットレスト81の前方にはシフトペダル82が設けられており、車体右側のフットレスト81の前方には後輪4用のブレーキペダル(不図示)が設けられている。
【0021】
エンジンユニット10は、クランクシャフトの回転軸を車幅方向に対して平行になるように配置した横置きクランク式の4ストローク(4サイクル)単気筒エンジンとトランスミッション(変速機)とからなる。エンジンユニット10には、エアクリーナボックス6、インテークパイプ170(図2参照)等を通じて空気が取り込まれ、燃料噴射装置にて空気と燃料とが混合されて燃焼室123(図3参照)に供給される。燃焼後の燃焼ガスは、エンジンユニット10の右側面において後方に延出されたエキゾーストパイプ(不図示)を経てマフラ101から排気ガスとして排出される。
【0022】
次に、本実施の形態に係る気液分離構造を備えたエンジンユニット10の概略について説明する。図2は、本実施の形態に係るエンジンユニット10の全体構成を示す側面図である。図3は、本実施の形態に係るエンジンユニット10の部分断面図である。図4は、本実施の形態に係るエンジンユニット10の分解斜視図である。なお、図4では構成の一部を省略して示している。
【0023】
図2に示されるように、エンジンユニット10は、クランクケース110上に略筒状に構成されたシリンダ120が配置され、シリンダ120にシリンダヘッド130及びヘッドカバー140が取り付けられている。クランクケース110の左側面にはマグネトカバー150が取り付けられている。また、図4に示されるように、クランクケース110の右側面にはクラッチカバー160が取り付けられている。クランクケース110は、車幅方向に垂直な平面において左右に分割される右クランクケース110Rと左クランクケース110Lとで構成されている。右クランクケース110Rと左クランクケース110Lとの間にクランク室111が設けられる。
【0024】
図3に示されるように、クランクケース110内のクランク室111には、回転軸が車幅方向に対して平行に配置されるようにクランクシャフト112が収容されている。シリンダ120内側の筒状空間には、ピストン121がシリンダ軸線方向(上下方向)に往復可能に収容されている。ピストン121とクランクシャフト112とは、ピストン121の往復運動がクランクシャフト112の回転運動に変換されるようにコネクティングロッド(コンロッド)122を介して接続されている。ピストン121はコネクティングロッド122の小端部に連結されており、クランクシャフト112はコネクティングロッド122の大端部に連結されている。
【0025】
シリンダヘッド130内には、シリンダ120の内壁面、シリンダヘッド130の下面及びピストン121の上面によって囲まれる燃焼室123に空気を送り込む吸気ポート131と、燃焼室123外に燃焼ガスを排出する排気ポート132とが形成されている。また、シリンダヘッド130には、吸気ポート131を開閉する吸気バルブ133と、排気ポート132を開閉する排気バルブ134とが設けられている。シリンダヘッド130の下面には点火プラグ(不図示)が突出するように配置されており、燃焼室123内の混合気を電気放電により着火可能になっている。
【0026】
4ストロークで動作するエンジンユニット10において、ピストン121が下降する際に吸気バルブ133が開き、インテークパイプ170及び吸気ポート131を通じて混合気が燃焼室123に送り込まれる(吸気行程)。その後、吸気バルブ133が閉じ、ピストン121が上昇して混合気を圧縮する(圧縮行程)。ピストン121が上死点に到達すると、点火プラグによって点火されて圧縮された混合気が燃焼する(燃焼行程)。混合気の燃焼によって燃焼室123内の圧力が増大するとピストン121が下降する。ピストン121の下降運動は、コネクティングロッド122を介してクランクシャフト112に伝達され、クランクシャフト112が回転する。その後、ピストン121が下死点まで下降して慣性によって再度上昇に転じる際に、排気バルブ134が開いて排気ポート132から燃焼ガスが排出される(排気行程)。シリンダヘッド130の上部には、吸気バルブ133及び排気バルブ134を含む動弁装置が設けられており、このような動作を可能にしている。
【0027】
エンジンユニット10の吸排気機構の形式は、吸気側と排気側とで独立した2本のカムシャフトを有するDOHC(Double Overhead Camshaft)である。2本のカムシャフトは、それぞれ対応する吸気バルブ133又は排気バルブ134の開閉タイミングに応じた形状のカムを備えており、カムシャフトの回転軸がシリンダヘッド130の上部において車幅方向に対して平行になるように配置されている。カムシャフトの一端側は、スプロケット、カムチェーン等の動力伝達機構を介してクランクシャフト112に連結されている。これにより、クランクシャフト112の回転力がカムシャフトに伝達され、クランクシャフト112の回転に対応するよう吸気バルブ133及び排気バルブ134が開閉する。
【0028】
図4に示されるように、エンジンユニット10は、クランクシャフト112の回転に合わせて回転するようにクランクシャフト112に連結されるバランサシャフト180を備えている。バランサシャフト180は、回転軸となる軸部181と、軸部181の一端部において軸部181の径方向外向きに延在する錘部182とで構成されている。バランサシャフト180の他端部には、クランクシャフト112の一端部に設けられたギア162と噛み合うバランサギア183が取り付けられており、クランクシャフト112の回転に合わせてバランサシャフト180が回転するようになっている。錘部182とバランサギア183とは、重心位置が回転軸からずれるように構成されている。これにより、バランサシャフト180及びバランサギア183がクランクシャフト112の回転に合わせて回転することで、ピストン121及びコネクティングロッド122の往復運動による一次振動が緩和されるようになっている。
【0029】
バランサシャフト180は、その軸部181がクランクケース110の前方に設けられた第1ブリーザ室116を車幅方向に貫くように配置される。第1ブリーザ室116の上方には第2ブリーザ室117が設けられている。第1ブリーザ室116と第2ブリーザ室117とはこれらを隔てる仕切り壁に設けられた孔H1を介して連通しており、第2ブリーザ室117は前方の壁に設けられた排出口118を介して外部と通じている。排出口118には排出管119が配置されている。
【0030】
上述したピストン121やクランクシャフト112などの可動部品、及び可動部品と接触するシリンダ120などの部品の表面は、摩耗を防ぐためにエンジンオイルで潤滑されている。ピストン121、クランクシャフト112、シリンダ120などを潤滑したエンジンオイルは重力によって落下し、クランク室111の底部に集まるようになっている。図3及び図4に示されるようにクランク室111の底部には、このように落下したエンジンオイルを溜めるオイル貯留室113が設けられている。エンジンオイルには、潤滑の他、冷却、気密保持、清浄、防錆等の機能を有している。
【0031】
クランクケース110内において、クランク室111底部のオイル貯留室113はリードバルブ113aを介してオイル通路114と連通している。また、オイル通路114は、図4に示される左クランクケース110Lの壁に設けられた孔(不図示)を介してクランクケース110の左側のマグネト室151と連通している。オイル貯留室113のエンジンオイルは、オイル通路114を通じてマグネト室151に排出される。マグネト室151の底部に溜まったエンジンオイルはオイルポンプ(スカベンジポンプ)152で汲み上げられて、トランスミッション室115へと供給される。トランスミッション室115にはオイルポンプ152と同期回転する回転軸を有する不図示のオイルポンプ(フィードポンプ)が配置されており、オイル通路(不図示)を通じてエンジンユニット10の各部にエンジンオイルを供給できるようになっている。
【0032】
上述したように、シリンダ120の内壁やピストン121の表面などはエンジンオイルによって潤滑されており、燃焼室123の気密性は保たれている。しかしながら、混合気の燃焼などにより燃焼室123の圧力が増大すると、シリンダ120の内壁とピストン121との間隙を通じて燃焼室123からクランク室111にブローバイガスが漏れ出すことがある。このブローバイガスには混合気(燃料及び空気)の他、燃焼後の燃焼ガスなどが含まれており、霧状のエンジンオイルなどが混合されている。
【0033】
ブローバイガスは、エンジンオイルと同様、オイル通路114を通じてマグネト室151に排出される。マグネト室151に排出されたブローバイガスは、通常、ブリーザ室などを通じてエンジンオイル等の液体が分離され、その後に大気放出される。しかしながら、液体が壁面に付着する原理を利用して気液分離を行うブリーザ室において、気液分離効果はブリーザ室の大きさ(より具体的には、内壁面の面積など)に依存するため、ブローバイガスやエンジンオイルの量が多い用途においては大型のブリーザ室が必要になる。大型のブリーザ室を用いると、エンジンユニットが大型化してしまうという問題が生じる。
【0034】
そこで、本実施の形態に係る気液分離構造では、クランクシャフト112の回転に応じて回転するバランサシャフト180を利用して、バランサシャフト180の回転による遠心分離効果でブローバイガスとエンジンオイルとの混合物(気液混合物)を気液分離する。また、第1ブリーザ室116と第2ブリーザ室117とによって、さらに気液分離を促進させる。これにより、小型で高い気液分離性能を有する気液分離構造を実現できる。以下、本実施の形態に係る気液分離構造について詳細に説明する。
【0035】
図4に示されるように、右クランクケース110R及び左クランクケース110Lの左右には、クランクケース110の各室を区画する複数の壁が車幅方向に延在するよう設けられている。右クランクケース110Rの左側に設けられた壁W1と左クランクケース110Lの右側に設けられた壁W2とが接合されて、クランクケース110におけるクランク室111、オイル貯留室113、オイル通路114、トランスミッション室115、第1ブリーザ室116、第2ブリーザ室117等が形成される。クランク室111には、回転軸が車幅方向に対して平行になるようにクランクシャフト112が配置される。第1ブリーザ室116には、回転軸が車幅方向に対して平行になるようにバランサシャフト180の軸部181が配置される。
【0036】
左クランクケースの左側に設けられた壁は、マグネト室151を区画するマグネト壁LW1を構成し、マグネト壁LW1の左端部にはマグネトカバー150が取り付けられる。マグネト室151の室内前方には、バランサシャフト180の錘部182が配置される。また、マグネト室151の室内後方には、マグネト室151の底部に溜まるエンジンオイルを汲み上げてトランスミッション室115に供給するためのオイルポンプ152が配置される。右クランクケースの右側に設けられた壁は、クラッチ室161を区画するクラッチ壁RW1を構成し、クラッチ壁RW1の右端部にはクラッチカバー160が取り付けられる。クラッチ室161には、クランクシャフト112に取り付けられたギア162とバランサシャフト180に取り付けられたバランサギア183とが配置されており、クランクシャフト112の回転に応じてバランサシャフト180が回転するようになっている。
【0037】
図5は、本実施の形態に係る左クランクケース110Lの左側面の一部を示す側面図である。図5に示されるように、左クランクケース110Lの左前方の位置には、クランクケース110左前方の外形を構成するマグネト壁LW1が車幅方向に延在するよう設けられている。マグネト壁LW1の左側にはマグネトカバー150(図4参照)が接合され、マグネト壁LW1及びマグネトカバー150によりマグネト室151が形成される。
【0038】
マグネト室151の中央付近において、クランクシャフト112の左側面の一部が露出しており、当該クランクシャフト112の左側面には、ジェネレータを構成する不図示のマグネトロータが連結される。クランクシャフト112の前方かつ上方の位置にはバランサシャフト180の錘部182が配置されており、バランサシャフト180の回転に合わせてマグネト室151内の錘部182が回転するようになっている。マグネト室151にはその他、オイルポンプ152やジェネレータを構成する不図示のステータコイルなどが配置されている。
【0039】
図6は、本実施の形態に係る右クランクケース110Rの右側面の一部を示す側面図である。図6に示されるように、右クランクケース110Rの右側には、クランクケース110右側の外形を構成するクラッチ壁RW1が車幅方向に延在するよう設けられている。クラッチ壁RW1の右側にはクラッチカバー160(図4参照)が接合され、クラッチ壁RW1及びクラッチカバー160によりクラッチ室161が形成される。
【0040】
クラッチ室161において、クランクシャフト112の右側面の一部が露出しており、当該クランクシャフト112の右側面にはギア162が取り付けられている。クランクシャフト112の前方かつ上方の位置にはバランサシャフト180に取り付けられたバランサギア183が配置されている。ギア162とバランサギア183とが噛み合うことによりクランクシャフト112の回転に応じてバランサシャフト180が回転するよう構成されている。
【0041】
図7は、本実施の形態に係るクランクケース110の断面図である。図7は、図5及び図6のAA矢視断面(前方から見た場合)に相当する。図7においては、車体右方を矢印R、車体左方を矢印Lでそれぞれ示す。図7に示されるように、右クランクケース110Rの前方左側には、一定の空間を形成するように車幅方向に延在する右ブリーザ壁RW2が設けられている。また、左クランクケース110Lの前方右側には、一定の空間を形成するように車幅方向に延在する左ブリーザ壁LW2が設けられている。右ブリーザ壁RW2と左ブリーザ壁LW2とが接合されることにより、第1ブリーザ室116及び第2ブリーザ室117の外縁を規定するブリーザ壁BWが構成される。
【0042】
右クランクケース110R左側においてブリーザ壁BWに囲まれる領域には、車幅方向に延在する右仕切り壁RW3が設けられている。左クランクケース110L右側においてブリーザ壁BWに囲まれる領域には、車幅方向に延在する左仕切り壁LW3が設けられている。右仕切り壁RW3と左仕切り壁LW3とが接合されることにより、第1ブリーザ室116と第2ブリーザ室117とを仕切る仕切り壁PWが構成される。
【0043】
第1ブリーザ室116右側の壁には右軸受部116aが設けられている。第1ブリーザ室116左側の壁には左軸受部116bが設けられている。バランサシャフト180は第1ブリーザ室116を左右方向に貫くように配置されており、右軸受部116a及び左軸受部116bにおいて回転可能に支持されている。第1ブリーザ室116の左側のマグネト室151には、バランサシャフト180の錘部182が配置されており、第1ブリーザ室116の右側のクラッチ室161には、バランサシャフト180と接続するバランサギア183が配置されている。
【0044】
第1ブリーザ室116と第2ブリーザ室117とを隔てる仕切り壁PWには孔H1が形成されており、第1ブリーザ室116と第2ブリーザ室117とは、孔H1を介して連通している。また、第2ブリーザ室117は、左ブリーザ壁LW2に形成された排出口118及び排出口118に配置された排出管119を介して外部と通じている(図4等参照)。これにより、第1ブリーザ室116に排出されたブローバイガスは、第2ブリーザ室117を通じて外部に排出されるようになっている。
【0045】
図8は、本実施の形態に係るバランサシャフト180の断面図である。図8に示されるように、バランサシャフト180は、回転軸となる軸部181と、軸部181の一端側において軸部181の径方向外向きに延在する錘部182とで構成されている。軸部181の内部には、バランサシャフト180の回転軸方向に延在する第1通路D1が形成されている。第1通路D1の錘部182側の端部には、第1通路D1の一端側を閉じるようにキャップ(盲栓)181aが設けられている。軸部181において第1通路D1の側壁には孔H2が形成されており、第1通路D1は孔H2を介してバランサシャフト180外と通じている。バランサシャフト180は、孔H2が第1ブリーザ室116内に位置するように第1ブリーザ室116に配置されているため、第1通路D1と第1ブリーザ室116とは孔H2を介して連通している(図7等参照)。
【0046】
錘部182内には、軸部181のマグネト室151側の端部において第1通路D1と連通する第2通路D2が設けられている。第2通路D2は、バランサシャフト180の回転軸に垂直な方向に延在するよう設けられており、錘部182の外周を構成する壁に設けられた孔H3を介してバランサシャフト180外と通じている。バランサシャフト180の錘部181はマグネト室151内に配置されているため、第2通路D2とマグネト室151とは孔H3を介して連通している。
【0047】
つまり、マグネト室151は孔H3を介して第2通路D2と連通しており、第2通路D2は第1通路D1と連通しており、第1通路D1は孔H2を介して第1ブリーザ室116と連通している。また、第1ブリーザ室116は孔H1を介して第2ブリーザ室117と連通しており、第2ブリーザ室117は排出口118(排出管119)を介して外部に通じている。
【0048】
このように構成された気液分離構造において、上述したようにブローバイガスがマグネト室151に排出されてマグネト室151の圧力が上昇すると、ブローバイガスとエンジンオイルとの気液混合物は排出口118(排出管119)から外部に流れ出ようとする。このため、マグネト室151内の気液混合物は、孔H3を介して錘部181の第2通路D2に流入する。バランサシャフト180はクランクシャフト112と連動して回転しているため、第2通路D2に流入した気液混合物はバランサシャフト180の回転運動によって気体と液体とに分離される。分離された気体は第1通路D1を通じ、孔H2を介して第1ブリーザ室116に排出される。分離された液体は、バランサシャフト180の回転運動による遠心力でマグネト室151内に戻される。
【0049】
このように、本実施の形態に係る気液分離構造は、バランサシャフト180の回転運動を利用してバランサシャフト180内の第2通路D2に流入する気液混合物の気液分離を促進させるため、小型であっても高い気液分離性能を得ることができる。これにより、エンジンの大型化等の問題を解消することができる。
【0050】
図9は、本実施の形態に係る左クランクケース110Lの右側面の一部を示す斜視図である。図9に示されるように、バランサシャフト180の回転運動による遠心分離効果で分離された気体は、バランサシャフト180の孔H2から第1ブリーザ室116へと流入する。第1ブリーザ室116に流入した気体は第1ブリーザ室116においてさらに気液分離され、孔H1を介して第2ブリーザ室117に流入する。第2ブリーザ室117に流入した気体は第2ブリーザ室117においてさらに気液分離され、排出口118(排出管119)から排出される。排出口118(排出管119)から排出された気体は不図示の排気管などによって吸気ポート131に導かれ、燃焼室123における燃焼の後、大気放出される。
【0051】
このように、本実施の形態に係る気液分離構造では、バランサシャフト180の回転による気液分離効果に加え、第1ブリーザ室116と第2ブリーザ室117とによる気液分離効果を得ることができる。このため、十分に高い気液分離効果が得られる。また、エンジンオイルがバランサシャフト180の第1通路D1及び第2通路D2に侵入した場合でも、第2ブリーザ室117が第1ブリーザ室116の上方に配置されているため、エンジンオイルの漏れ出しを抑制することができる。
【0052】
また、本実施の形態に係る気液分離構造は、図5、図6などに示されるようにバランサシャフト180がクランクシャフト112の上方に配置されているため、クランクシャフト112によって飛散した多量のエンジンオイルの第1通路D1及び第2通路D2への侵入を抑制できる。これにより、多量のエンジンオイルによる第1通路D1及び第2通路D2の目詰まりを抑制し、十分な気液分離効果を確保することができる。また、第1通路D1及び第2通路D2を通じた外部へのエンジンオイルの漏れ出しを抑制できる。
【0053】
さらに、本実施の形態に係る気液分離構造は、排出口118(排出管119)から放出された気体が吸気ポート131に導かれるよう構成されているため、吸気側の負圧によってバランサシャフト180の第1通路D1及び第2通路D2への気液混合物の流入をよりスムーズに行うことができるようになる。これにより、さらに高い気液分離効果を得ることができる。
【0054】
図10は、本実施の形態に係る車体フレーム2とエンジンユニット10とを前方から見た模式図である。図10に示されるように、車体フレーム2の下部にはエンジンユニット10が搭載されている。車体フレーム2のダウンチューブ23は下方において右ロアフレーム24Rと左ロアフレーム24Lとに分岐しており、エンジンユニット10は右ロアフレーム24Rと左ロアフレーム24Lとの間においてクランクケース110の前方の外壁が露出するように配置されている。エンジンユニット10の右後方において上下方向に延在する右ボディフレーム25Rと右ロアフレーム24Rとの間にはクラッチカバー160が配置されている。エンジンユニット10の左後方において上下方向に延在する左ボディフレーム25Lと左ロアフレーム24Lとの間にはマグネトカバー150が配置されている。
【0055】
本実施の形態に係るエンジンユニット10において、第1ブリーザ室116及び第2ブリーザ室117はクランクケース110の前方に設けられている。このため、第1ブリーザ室116及び第2ブリーザ室117を区画するブリーザ壁BW(右ブリーザ壁RW2及び左ブリーザ壁LW2、図7参照)は右ロアフレーム24Rと左ロアフレーム24Lとの間において露出している。
【0056】
このように、第1ブリーザ室116及び第2ブリーザ室117の外壁であるブリーザ壁BWが右ロアフレーム24Rと左ロアフレーム24Lとの間において露出していることにより、右ロアフレーム24Rと左ロアフレーム24Lとの間を流れる空気によって第1ブリーザ室116及び第2ブリーザ室117を冷却することができる。また、第1ブリーザ室116に収容されているバランサシャフト180を冷却することができる。これにより、さらに高い気液分離効果を得ることができる。
【0057】
以上のように、本発明に係るエンジンの気液分離構造によれば、バランサシャフトの回転運動を利用してバランサシャフト内の通路に流入する気液混合物の気液分離を促進させるため、小型であっても高い気液分離性能を得ることができる。
【0058】
なお、本発明は上記実施の形態の記載に限定されず、本発明の範囲を逸脱しないで適宜変更して実施することができる。例えば、上記実施の形態では、第1通路D1及び第2通路D2として略直線状の通路を設けたが、通路の形状や通路の幅などの具体的態様については特に限定されない。また、上記実施の形態では、排出口118(排出管119)から放出された気体が吸気ポート131に導かれるよう構成されているが、排出口118(排出管119)から放出された気体が大気放出されるように構成されても良い。また、孔H1、H2、H3の数や配置などについても、エンジンの気液分離構造を適切に実現できる範囲内において適宜変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係るエンジンの気液分離構造は、例えば、自動二輪車のエンジンに有用である。
【符号の説明】
【0060】
1 自動二輪車
2 車体フレーム
3 前輪
4 後輪
5 ラジエータ
6 エアクリーナボックス
7 燃料タンク
8 シート
10 エンジンユニット
110 クランクケース
110R 右クランクケース
110L 左クランクケース
111 クランク室
112 クランクシャフト
113 オイル貯留室
113a リードバルブ
114 オイル通路
115 トランスミッション室
116 第1ブリーザ室
116a 右軸受部
116b 左軸受部
117 第2ブリーザ室
118 排出口
119 排出管
120 シリンダ
121 ピストン
122 コネクティングロッド(コンロッド)
123 燃焼室
130 シリンダヘッド
131 吸気ポート
132 排気ポート
133 吸気バルブ
134 排気バルブ
140 ヘッドカバー
150 マグネトカバー
151 マグネト室
152 オイルポンプ
160 クラッチカバー
161 クラッチ室
162 ギア
170 インテークパイプ
180 バランサシャフト
181 軸部
181a キャップ(盲栓)
182 錘部
183 バランサギア
W1、W2 壁
LW1 マグネト壁
LW2 左ブリーザ壁
LW3 左仕切り壁
RW1 クラッチ壁
RW2 右ブリーザ壁
RW3 右仕切り壁
BW ブリーザ壁
PW 仕切り壁
D1 第1通路
D2 第2通路
H1、H2、H3 孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランクケース内に設けられたクランク室において回転可能に支持されたクランクシャフトと、前記クランクシャフトの回転に応じて回転するよう構成されたバランサシャフトと、を備え、
前記バランサシャフトは、回転軸となる軸部と、前記軸部の一端側において前記軸部の径方向外向きに延在する錘部と、を有し、
前記軸部内には第1通路が設けられており、前記錘部内には前記第1通路と連通する第2通路が設けられており、
前記第1通路は前記軸部に設けられた孔を介して前記バランサシャフト外と通じており、前記第2通路は前記錘部に設けられた孔を介して前記バランサシャフト外と通じており、
前記錘部に設けられた孔から前記第2通路に流入する気液混合物を前記バランサシャフトの回転により液体と気体とに分離して、分離された気体が前記第1通路を通じ前記軸部の孔から前記バランサシャフト外に放出されるよう構成されたことを特徴とするエンジンの気液分離構造。
【請求項2】
前記バランサシャフトは、前記クランクシャフトの上方に配置されたことを特徴とする請求項1に記載のエンジンの気液分離構造。
【請求項3】
前記バランサシャフトの前記軸部が収容される第1ブリーザ室と、前記第1ブリーザ室の上方の第2ブリーザ室と、を含んで構成されるブリーザ室を有し、
前記第1ブリーザ室と前記第2ブリーザ室とはこれらを隔てる壁に設けられた孔を介して連通しており、前記第2ブリーザ室は排出口を介して外部と通じており、
前記バランサシャフト外に放出された気体が、前記第1ブリーザ室及び前記第2ブリーザ室を通じて前記排出口から外部に放出されるように構成されたことを特徴とする請求項2に記載のエンジンの気液分離構造。
【請求項4】
前記排出口から放出された気体が吸気ポートに導かれるように構成されたことを特徴とする請求項3に記載のエンジンの気液分離構造。
【請求項5】
前記ブリーザ室が前記クランク室の前方に配置されることにより、メインフレームのダウンチューブが下方において左右のロアフレームに分岐する自動二輪車において、前記ブリーザ室の外壁が左右のロアフレームの間において露出するように構成されたことを特徴とする請求項4に記載のエンジンの気液分離構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−7275(P2013−7275A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−138590(P2011−138590)
【出願日】平成23年6月22日(2011.6.22)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】