説明

エンジンの熱効率推定装置及びエンジントルク制御装置

【課題】MBT点火時期からの遅角量に対して丸め誤差の影響を抑えて熱効率を算出できるようにして、熱効率を指標として用いるエンジンのトルク制御を適切に行なうことができるようにする。
【解決手段】点火時期のMBT点火時期からの遅角量を所定の遅角量単位で所定の周期毎に取得し、今回周期で取得された遅角量と、遅角量とエンジンの熱効率との対応関係と、遅角量の不感帯幅とから、今回周期の遅角量における熱効率不感帯を所定周期で設定する熱効率不感帯設定手段10Aと、遅角量の所定時間での変化量と設定された熱効率不感帯とに基づいて、変化量が不感帯の範囲内にある場合は、前回の周期で推定された熱効率を今回の周期の熱効率と算出する熱効率算出手段10Bと、をそなえる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送機器用エンジンに用いて好適の、エンジンの熱効率推定装置及びこれを用いたエンジントルク制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば車両用エンジン(内燃機関)では、近年、スロットルバルブをアクセル操作に対して独立して電子制御できる吸気システム(例えば、ドライブ・バイ・ワイヤ(DBW)システム)が普及しており、このシステムをそなえたエンジンの場合、アクセル操作以外のエンジン出力(トルク)要求に対して、スロットルバルブを制御する技術が開発されている。
【0003】
例えば、アクセル操作が行われない場合でも、エンジンや変速装置等の保護、あるいはエンジンストールの回避といった観点から、エンジンの回転速度の上限値及び下限値を設定し、これらの限界値内に迅速かつ正確にエンジンの回転速度が設定速度となるようにするエンジンの出力トルク制御が必要となる。
そこで、エンジントルクに着目して制御を行なう、いわゆるトルクベース制御が開発されている。例えば、特許文献1には、エンジンの要求トルクの指標から目標トルクの指標を求め、この目標トルクの指標に基づいて電子制御スロットルバルブを適正な開度に調節して、所望のエンジン出力トルクを得る技術が記載されている。この技術の場合、エンジンのトルク制御の指標として図示平均有効圧を用いて制御している。
【0004】
つまり、この技術では、アクセル要求やエンジン回転速度に基づき要求トルクの指標としての図示平均有効圧(アクセル要求Pi)を算出し、外部負荷要求に基づき図示平均有効圧(外部要求Pi)を算出し、アクセル要求Piと外部要求Piとに基づき目標トルクの指標としての図示平均有効圧の目標値(目標Pi)を算出する。さらに、目標Piに基づき充填効率の目標値(目標Ec)を算出し、この目標Ecに基づき吸入空気流量の目標値(目標吸気流量Qt)を算出して、目標吸気流量Qtに基づきETV(電子制御スロットル弁)の開度の目標値(目標ETV開度)を算出し、ETVの開度を調整している。
【0005】
ところで、エンジントルクはスロットルバルブ以外の要素によっても変化する。例えば、点火時期を進角もしくは遅角してもエンジントルクは増減するので、いわゆるトルクベース制御を行なう場合、この点火時期をも考慮することが必要になる。
かかる点火時期制御に関しては種々の技術が提案されており、例えば、特許文献2には、トルクベース制御までは言及されていないが、内燃機関の図示トルク(機関出力軸から出力される正味トルクに、機関内部の摩擦損失を加えた全トルク)は点火時期に応じて変化し、点火時期を遅角限界値から進角側に移動させると、図示トルクは上昇し、次いで下降する。このトルク特性曲線の頂点の直前にMBT(Minimum advance for Best Torque)とよばれる、実質的に、大きなトルクが得られると共にノッキングが発生しない点火時期があることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−163277号公報
【特許文献2】特開2010−229861号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、スロットルバルブ以外でエンジントルクに影響する要素としては、点火時期があり、このほかに空燃比や外部EGRの作動,非作動等も影響する。例えば、特許文献1のように、充填効率の目標値(目標Ec)を算出する場合、目標Pi(PiETV)は、アクセル開度やエンジン回転速度に基づくアクセル要求Piと、外部負荷要求に基づく外部負荷要求Piとを加算して得られるが、これらのアクセル要求Piや外部負荷要求Piは、通常、理論空燃比、且つ外部EGRなし、且つMBT点火(熱効率=1.0)における値(標準条件のPi値)である。
【0008】
しかしながら、実際の運転状況では、空燃比は理論空燃比とは限らず、外部EGRも作動している場合があり、点火時期もMBT点火時期とは限らない。したがって、トルクベース制御を行なう場合に、制御量としての目標Ecにこれらの要素の影響を考慮しなくては、適正な制御量を得ることができない。そこで、空燃比や外部EGRの作動,非作動や点火時期といったエンジンの運転条件が標準条件でない場合にも適正な目標Ecを算出する手法が要求される。
【0009】
例えば、図11は点火時期の影響を考慮して目標Ecを設定する演算手法の一例として本発明の案出過程で考えられた手法を説明するもので、ETV(電子制御スロットル弁)の通過空気量に相当する目標Pi(要求空気量算出用要求トルク)PiETVは、その時点のエンジンの運転条件に対する値(実際値)であり標準条件に対する値ではないので、PiETVを標準条件(つまり、理論空燃比、且つ外部EGRなし、且つMBT点火時期)での値(標準条件ETV目標Pi)PiETV_STDに換算する。ここでは、目標Pi(PiETV)を空気量制御用熱効率KPiで除算して(符号21)、標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)を算出している。そして、この算出した標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)とこの時のエンジン回転数Neとからマップ(Pi−Ec変換係数マップ)により目標Ec変換係数を求めて(符号22)、標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)をこの目標Ec変換係数で除算することにより(符号23)、目標Ecを算出している。
【0010】
この場合の空気量制御用熱効率KPiは、エンジントルクを増減させる指標として用いられる。この指標となる熱効率は点火時期に相関し、指標(熱効率)は、下式のように、「MBTからの各遅角量におけるトルク」を「MBT時のトルク」により除算した値であり、指標としては「MBTからの各遅角量」に応じて0〜1の値をとる。
熱効率=(MBTからの各遅角量におけるトルク)/(MBT時のトルク)
また、この指標(熱効率)は、例えば図12に示すように、MBT点火時期からの遅角量が大きくなるほど減少し、この際の減少率、つまり、横軸にMBT点火時期からの遅角量をとって縦軸に指標をとった場合の変化率勾配は、MBT点火時期からの遅角量が小さい領域A1では小さく、MBT点火時期からの遅角量が大きい領域A2では大きくなる傾向がある。MBT点火時期からの遅角量に対する指標(熱効率)の変化率勾配の大きさ(絶対値)は例えば図13に示すような特性となる。
【0011】
このような特性の場合、勾配が大きい領域では単位遅角量あたりの熱効率変化が大きいこととなるため、制御性の観点で好ましくない。つまり、デジタル処理によって指標を演算する場合、遅角量の数値に丸め誤差が発生して単位遅角量だけ変化することが想定されるところ、その丸め誤差の影響が無視できないものとなるからである。なお、単位遅角量は、制御にかかる演算上の最小単位(LSB:Least Significant Bit)である。
例えば、定常運転であっても丸め誤差の影響でMBT点火時期からの遅角量が単位遅角量だけ変化する場合があり、遅角量に対する熱効率が単位遅角量に対応する分だけ変動することとなる。
【0012】
遅角量に対する熱効率の変化率勾配が大きい運転領域では、この単位遅角量だけの変化が熱効率に大きく影響することになり、遅角量の僅かな変化が熱効率には大きな変化になってしまう。したがって、このような領域では熱効率の誤差が大きくなり、このため、この熱効率を指標として用いて目標Ecを設定すると、設定した目標Ecにも大きな誤差が生じてしまいエンジン制御を適正に行えないという課題が生じる。さらに、過渡状態の補正量(実充填効率の予測補正量)の算出のために目標Ecを用いるような場合には、目標Ecの算出過程に熱効率を含むことから、定常運転であっても丸め誤差の影響で過渡状態の補正量が発生してしまうという不都合が生じる。
【0013】
本発明は、このような課題に鑑み創案されたもので、MBT点火時期からの遅角量など、エンジン制御パラメータの基準状態からのズレ量に対して丸め誤差の影響を抑えてこれに対応した熱効率を算出することができるようにして、熱効率を指標として用いてエンジンのトルク制御をする場合にも、これを適切に行なうことができるようにした、エンジンの熱効率推定装置及びこれを用いたエンジントルク制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述の目標を達成するために、本発明のエンジンの熱効率推定装置は、エンジンの制御パラメータの基準状態からのズレ量と前記エンジンの熱効率との対応関係を記録した対応関係記録手段と、前記ズレ量を所定のズレ量単位で所定の周期毎に取得するズレ量取得手段と、前記ズレ量取得手段により取得された今回周期の前記ズレ量と前記対応関係記録手段に記録された前記対応関係と前記ズレ量に関して設定された不感帯幅とに基づいて、今回周期の前記ズレ量における前記熱効率の不感帯を所定周期で設定する熱効率不感帯設定手段と、前記周期で前記熱効率を算出する手段であって、前記ズレ量取得手段により取得された前記ズレ量の所定時間での変化量と前記熱効率不感帯設定手段により設定された前記熱効率に関する不感帯とに基づいて、前記変化量が前記不感帯の範囲内にある場合は、前回の周期で推定された前記熱効率を今回の周期の熱効率とし、前記変化量が前記不感帯の範囲外にある場合は、今回の周期で前記ズレ量取得手段により取得された前記ズレ量と前記対応関係記録手段に記録された前記対応関係とに基づいて、今回の周期の熱効率を算出する熱効率算出手段と、をそなえていることを特徴としている。
【0015】
丸め誤差の影響を排除するため、前記不感帯幅は前記ズレ量単位の少なくとも2倍(2倍以上)に設定されていることが望ましい。また、前記所定時間は前記周期の時間に設定されていることが好ましい。
前記対応関係が得られる、前記ズレ量と前記ズレ量に対する前記熱効率の変化率である勾配との関係を記録したマップをそなえ、前記熱効率不感帯設定手段は、前記マップから得られる今回周期の前記熱効率の勾配の大きさに前記不感帯幅を乗算した値を不感帯基本値に設定する不感帯基本値設定手段をそなえ、前記不感帯基本値に基づいて前記熱効率の不感帯を設定することが好ましい。
【0016】
前記熱効率不感帯設定手段は、前記対応関係から、今回周期の前記ズレ量に対応した前記熱効率と、今回周期の前記ズレ量に対して前記不感帯幅だけ変化した前記ズレ量に対応した前記熱効率とを算出し、算出した2つの前記熱効率の差を不感帯基本値に設定する不感帯基本値設定手段をそなえ、前記不感帯基本値に基づいて前記熱効率の不感帯を設定することが好ましい。
【0017】
前記熱効率不感帯設定手段は、前記エンジンの運転が定常状態にあるか過渡状態にあるかの過渡判定パラメータに基づいて、前記エンジンの運転が定常状態にあるほど1に近い値をとり、前記エンジンの運転が過渡状態にあるほど0に近い値をとるように、不感帯反映ゲインを設定するゲイン設定手段を備え、前記不感帯基本値に前記ゲイン設定手段により設定された前記不感帯反映ゲインを乗算することにより前記熱効率の不感帯を設定することが好ましい。
【0018】
また、前記ゲイン設定手段は、前記エンジンの目標運転パラメータと、前記目標運転パラメータにフィルタ処理したフィルタ後目標運転パラメータとの差の絶対値を算出する目標運転パラメータ遅れ量算出手段と、前記目標運転パラメータ遅れ量の今回周期算出値と、前記過渡判定パラメータの前回周期算出値に1よりも小さい減衰係数を乗算して算出した値との大きいもの取りをして前記過渡判定パラメータの今回周期算出値を算出する過渡判定パラメータ算出手段と、を備えていることが好ましい。
【0019】
この場合、前記エンジンの目標運転パラメータは、前記エンジンの目標筒内吸気量(目標筒内空気量)であって、前記フィルタ後目標運転パラメータは、前記エンジンの目標スロットル流量であることが好ましい。
前記制御パラメータは、エンジンの点火時期であって、前記制御パラメータの基準状態は、MBT点火時期であって、前記制御パラメータの前記基準状態からのズレ量は、前記点火時期の前記MBT点火時期からの遅角量であることが好ましい。
【0020】
また、本発明のエンジンの熱効率推定装置は、エンジンの制御パラメータのその時点の状況下での目標トルクを取得する目標トルク取得手段と、前記エンジンの熱効率を推定する熱効率推定手段と、前記目標トルク取得手段により取得された前記目標トルクを前記熱効率により除算して前記制御パラメータが基準状態である場合の目標トルクに基準化する目標トルク基準化手段と、前記エンジンの回転数を検出するエンジン回転数検出手段と、前記目標トルクを前記エンジン回転数に対応して前記エンジンのトルク制御パラメータである充填効率に変換するための変換係数を求めるマップであって、前記制御パラメータが基準状態である場合の前記目標トルク及び前記エンジン回転数と前記変換係数とを対応させた変換係数マップと、前記変換係数マップを用いて、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記目標トルクから前記エンジン回転数に応じた前記変換係数を算出する変換係数算出手段と、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記目標トルクを、変換係数算出手段により算出された前記変換係数で除算して前記充填効率の目標値である目標充填効率を算出する目標充填効率算出手段と、をそなえ、前記熱効率推定手段には、上記のエンジンの熱効率推定装置が用いられ、前記目標充填効率算出手段により算出された前記目標充填効率に基づいて前記エンジンのトルクを制御することを特徴としている。
【0021】
本発明のもう一つのエンジンの熱効率推定装置は、エンジンの制御パラメータのその時点の状況下での目標トルクを取得する目標トルク取得手段と、上記のエンジンの熱効率推定装置が用いられ、前記変化量が前記不感帯の範囲内にある場合において、前回の周期で推定された前記熱効率を今回の周期の熱効率とされた不感帯利用熱効率と、今回の周期で取得された前記ズレ量と前記対応関係とに基づいて算出され今回の周期の熱効率と推定された不感帯非利用熱効率とをいずれも算出する熱効率算出手段と、前記目標トルク取得手段により取得された前記目標トルクを、前記熱効率算出手段により算出された前記不感帯利用熱効率及び前記不感帯非利用熱効率によりそれぞれ除算して、前記制御パラメータが基準状態である場合の第1目標トルク及び第2目標トルクに基準化する目標トルク基準化手段と、前記エンジンの回転数を検出するエンジン回転数検出手段と、前記の目標トルクを前記エンジン回転数に対応して前記エンジンのトルク制御パラメータである充填効率に変換するための変換係数を求めるマップであって、前記制御パラメータが基準状態である場合の前記目標トルク及び前記エンジン回転数と前記変換係数とを対応させた変換係数マップと、前記変換係数マップを用いて、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記目標トルクから前記エンジン回転数に応じた前記変換係数を算出する変換係数算出手段と、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記第2目標トルクを、変換係数算出手段により算出された前記変換係数で除算して前記充填効率の目標値である目標充填効率の基本値を所定の周期毎に算出する目標充填効率基本値算出手段と、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記第1目標トルク及び前記第2目標トルクを、変換係数算出手段により算出された前記変換係数で除算して前記充填効率の目標値である第1目標充填効率及び第2目標充填効率を算出して、前記第1目標充填効率及び前記第2目標充填効率の差を目標充填効率変化量不感帯と設定する目標充填効率不感帯設定手段と、前回周期の前記目標充填効率と今回周期の前記目標充填効率基本値との差が前記目標充填効率変化量不感帯以内であれば、前回周期の前記目標充填効率を今回周期の前記目標充填効率とし、前回周期の前記目標充填効率と今回周期の前記目標充填効率基本値との差が前記目標充填効率変化量不感帯以上であれば、今回周期の前記目標充填効率基本値を今回周期の前記目標充填効率とする目標充填効率算出手段と、をそなえ、前記目標充填効率算出手段により算出された前記目標充填効率に基づいて前記エンジンのトルクを制御することを特徴としている。
【発明の効果】
【0022】
本発明のエンジンの熱効率推定装置によれば、熱効率不感帯設定手段により、今回周期のエンジンの制御パラメータの基準状態からのズレ量(例えば、エンジンの点火時期のMBT点火時期からの遅角量)と、このズレ量(遅角量)とエンジンの熱効率との対応関係と、ズレ量に関して設定された不感帯幅とに基づいて、今回周期のズレ量における熱効率の不感帯を所定周期で設定し、熱効率算出手段が、ズレ量の所定時間での変化量と設定された効率に関する不感帯とに基づいて、変化量が不感帯の範囲内にある場合は、前回の周期で推定された前記熱効率を今回の周期の熱効率とするので、熱効率を丸め誤差の影響なく算出することができる。
【0023】
特に、このズレ量に関する不感帯幅を、デジタル処理によって丸め誤差が発生する範囲、つまり、ズレ量に対する±単位ズレ量(単位遅角量)の幅である単位ズレ量の少なくとも2倍(2倍以上)に設定すれば、算出する熱効率への丸め誤差の影響を抑えることができ、例えば、定常運転時に丸め誤差の影響でズレ量が単位ズレ量だけ変化した場合にも、熱効率を丸め誤差の影響なく算出することができる。
【0024】
また、ズレ量の変化量にかかる所定時間を制御周期の時間とすれば、シンプルなロジックで、変化する熱効率についても精度よく算出することができる。
また、ズレ量に対する熱効率の変化率である勾配に着目し、今回周期の熱効率の勾配の大きさに不感帯幅を乗算した値を不感帯基本値に設定したり、今回周期のズレ量に対応した熱効率と、今回周期のズレ量に対して不感帯幅だけ変化したズレ量に対応した熱効率とを算出し、算出した2つの熱効率の差を不感帯基本値に設定したりして、設定した不感帯基本値に基づいて熱効率の不感帯を設定すれば、確実に熱効率の不感帯を設定できる。
【0025】
さらに、エンジンの運転が定常状態にあるほど1に近い値をとり、エンジンの運転が過渡状態にあるほど0に近い値をとるように、不感帯反映ゲインを設定し、不感帯基本値に設定された不感帯反映ゲインを乗算することにより熱効率の不感帯を設定すれば、ズレ量が当然に変動する過渡状態においては、不感帯の影響を抑えて変化する熱効率を適正に推定しながら、課題とするズレ量が当然には変動しない定常状態においては、熱効率を丸め誤差の影響なく算出することができる。
【0026】
本発明の第1,第2のエンジントルク制御装置によれば、このように、適宜不感帯によって処理された熱効率を指標に用いた目標充填効率を算出して、この目標充填効率に基づいてエンジンのトルクを制御するので、目標充填効率が丸め誤差の影響なく算出され適切にエンジントルクを制御することができる。
また、過渡状態の補正量(実充填効率の予測補正量)の算出のために目標Ecを用いるような場合であっても、目標Ecの算出過程に適宜不感帯によって処理された熱効率を用いることにより、定常運転にあっては丸め誤差の影響による不要な補正量の発生を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の第1実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置の概要を説明するブロック図である。
【図2】本発明の第1,2実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置及びエンジントルク制御装置の要部を説明するブロック図である。
【図3】本発明の第1,2実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置及びエンジントルク制御装置の要部を説明するブロック図である。
【図4】本発明の第2実施形態にかかるエンジントルク制御装置の概要を説明するブロック図である。
【図5】本発明の第2実施形態にかかるエンジントルク制御装置の要部を説明するブロック図である。
【図6】本発明の各実施形態にかかる点火時期の遅角量に関する不感帯幅の設定手法を説明する点火時期対応指標の特性図である。
【図7】本発明の各実施形態にかかる点火時期の遅角量に関する不感帯幅のもう一つの設定手法を説明する図であり、(a)は点火時期対応指標の特性図、(b)は点火時期対応指標の勾配特性図である。
【図8】本発明の各実施形態にかかる不感帯反映ゲインの特性を示す図である。
【図9】本発明の各実施形態にかかる効果を説明する図であり、不感帯を使用しない場合のエンジン回転数、目標充填効率(目標Ec),実充填効率(Ec),目標充填効率変化率(目標Ec変化率),燃料演算用充填効率(燃料演算用Ec),充填効率予測補正量の時間変化を示している。
【図10】本発明の各実施形態にかかる効果を説明する図であり、不感帯を使用した場合のエンジン回転数、目標充填効率(目標Ec),実充填効率(Ec),目標充填効率変化率(目標Ec変化率),燃料演算用充填効率(燃料演算用Ec),充填効率予測補正量の時間変化を示している。
【図11】本発明の課題を説明するブロック図である。
【図12】本発明の課題を説明する点火時期対応指標の特性図である。
【図13】本発明の課題を説明する点火時期対応指標の勾配特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面により、本発明の実施の形態について説明する。
なお、以下の各実施形態では、エンジン(内燃機関)のトルク制御にかかる制御パラメータがエンジンの点火時期である場合を説明する。また、エンジントルクにかかる他の制御パラメータには、空燃比や外部EGR等があるが、これらはいずれも基準状態であるものとする。例えば、空燃比は理論空燃比であり、外部EGRは作動していないものとする。したがって、制御パラメータの基準状態はMBT点火時期であって、制御パラメータの基準状態からのズレ量は点火時期のMBT点火時期からの遅角量となる。
【0029】
図1〜図3は第1実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置及びエンジントルク制御装置を説明するブロック図であり、図2〜5は第2実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置及びエンジントルク制御装置を説明するブロック図であり、図6,図7は各実施形態にかかる点火時期の遅角量に関する不感帯幅の設定手法を説明する図であり、図8は各実施形態にかかる不感帯反映ゲインの特性を示す図であり、図9,図10は各実施形態にかかる効果を説明する図である。これらの図と、すでに課題の欄での説明に用いた図11とを用いて説明する。
【0030】
<第1実施形態>
〔構成〕
本実施形態にかかるエンジントルク制御装置は、図11を用いて課題の欄で説明したように、エンジントルクを制御する際に、ETV(電子制御スロットル弁)の通過空気量に相当する目標Pi(要求空気量算出用要求トルク,Pi:図示平均有効圧)PiETVが取得されると、これに対応したEc(充填効率:charging efficiency)を目標Ecとして設定し、この目標Ecに基づいてエンジントルクを制御する。
【0031】
目標Piから目標Ecを求める際に、目標Pi(PiETV_STD)とこの時のエンジン回転数Neとからマップ(Pi−Ec変換係数マップ)により目標Ec変換係数を求めて(符号22)、目標Piを目標Ec変換係数(符号23)で除算することにより、目標Ecを得るようにしている。ただし、使用するPi−Ec変換係数マップは、エンジンの運転状態が標準条件(つまり、MBT点火時期)でのものであるが、目標Piは通常この標準条件(MBT点火時期)での値ではない。このため、目標Pi(PiETV)を空気量制御用熱効率KPiで除算して(符号21)、目標Pi(PiETV)をこの標準条件(MBT点火時期)の値である標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)に換算(基準化)した上で、Pi−Ec変換係数マップを使用している。このときの目標Piを基準化する機能(符号21等)が目標トルク基準化手段に相当する。
【0032】
そして、基準化した目標Pi、即ち、標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)と、この時に図示しないエンジン回転数センサ(エンジン回転数検出手段)から得られるエンジン回転数Neとから、マップ(Pi−Ec変換係数マップ)を参照して、目標Ec変換係数を求めて、標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)をこの目標Ec変換係数で除算することにより、目標Ecを算出している。このときの目標Ecを算出する機能(符号22,23等)が目標充填効率算出手段に相当する。
【0033】
ところで、上記の目標Piの基準化には、目標Piが得られた時点における点火時期のMBT点火時期からの遅角量に対するエンジンの熱効率の特性を利用している。つまり、図6に示すように、点火時期のMBT点火時期からの遅角量に対応して熱効率は減少し、マップを使用するために目標Piを基準化するには、ある運転状態での目標Piをこの運転状態での遅角量に対応した熱効率(空気量制御用熱効率)KPiで除算すればよい。
【0034】
そこで、図11に示すように、目標Pi(PiETV)を空気量制御用熱効率KPiで除算して、標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)を算出して、この算出した標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)とこの時のエンジン回転数Neとからマップ(Pi−Ec変換係数マップ)により目標Ec変換係数を求めて、標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)をこの目標Ec変換係数で除算することにより、目標Ecを算出している。
【0035】
本装置に特徴的な点は、点火時期について一定の不感帯幅を設け、この点火時期不感帯幅に対応する熱効率の変動幅を熱効率不感帯として設定し、熱効率不感帯内の熱効率変動については、その変動を考慮しないで、変動前の熱効率(空気量制御用熱効率)KPiを維持して使用するようにしている。
ただし、エンジンの運転が定常状態にあるか過渡状態にあるかのパラメータに基づいて、エンジンの運転が定常状態にあるほど1に近い値をとり、エンジンの運転が過渡状態にあるほど0に近い値をとるように、不感帯反映ゲインを設定し、点火時期不感帯幅に対応する熱効率不感帯(不感帯基本値)に不感帯反映ゲインを乗算して、これにより得られた熱効率不感帯を空気量制御用熱効率KPiの更新に用いるようにしている。
【0036】
つまり、図1に示すように、本実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置(熱効率推定手段)1は、点火指標不感帯を設定する点火指標不感帯設定部(熱効率不感帯設定手段)10Aと、点火指標不感帯を用いて熱効率を算出する熱効率算出部(熱効率算出手段)10Bとを備え、点火指標不感帯設定部10Aは、点火指標不感帯基本値算出部(不感帯基本値設定手段)11と、不感帯反映ゲイン算出部(ゲイン設定手段)12と、乗算部13とから構成される。
【0037】
エンジンの熱効率推定装置1は、図示しないが、さらに、エンジンの点火時期のMBT点火時期からの遅角量とエンジンの熱効率との対応関係のマップ(若しくはテーブル、ここでは、図6に示すような点火指標マップ)を記録したメモリ(対応関係記録手段)をそなえると共に、エンジンの点火時期のMBT点火時期からの遅角量を所定の遅角量単位で所定の周期毎に取得する機能(遅角量取得手段,ズレ量取得手段)を有している。所定の遅角量単位とは、制御にかかる演算上の最小単位(LSB:Least Significant Bit)であり、例えば、クランク角で1度(=1°CA)など、演算処理負担が過剰にならないように適宜設定される。
【0038】
点火指標不感帯基本値算出部11は、図2に示すように、目標Ecの取得時の点火時期(目標点火時期)をMBT点火時期から減算して遅角量を得て(符号11a参照)、この遅角量とその時点のエンジン回転数とを、及び、この遅角量を点火時期の不感帯幅Bで減算した値(符号11b参照)と、その時点でエンジン回転数センサから得られるエンジン回転数とを、それぞれ点火指標マップ(熱効率マップ,符号11c参照)を用いて、点火指標(熱効率)に変換して、それぞれの点火指標(熱効率)の差を算出して(符号11d参照)、点火指標不感帯基本値(熱効率不感帯基本値)とする。
【0039】
なお、点火時期の不感帯幅Bは、遅角量単位の2倍、ここでは、クランク角で2度(=2°CA)に設定される。定常運転中の微小変動による点火時期変動が遅角量単位以上となる場合には、点火時期の不感帯幅Bは遅角量単位の2倍以上に設定される。
したがって、図6に示すように、遅角量に対応した点火指標(熱効率)と(点P1参照)、遅角量を点火時期の不感帯幅Bで減算した(遅角させた)値に対応した点火指標(熱効率)とが得られ(点P2参照)、それぞれの点火指標(熱効率)の差Yを算出し、この値Yを、点火指標不感帯基本値(熱効率不感帯基本値)とする。
【0040】
この手法に替えて、点火指標不感帯基本値算出部11は、図7(a)に示すように、その時点の遅角量Aにおける遅角量に対する熱効率の勾配grの大きさに、不感帯幅を乗算した値gr×Bを点火指標不感帯基本値(熱効率不感帯基本値)Y´に設定してもよい。この場合、図6に示す手法による演算値Yに対して誤差(Y´+α=Y)が生じるが、図7(b)に示すように、遅角量と遅角量に対する熱効率の勾配grのマップを用意すれば、遅角量Aからこれに対応する勾配grを直に求めて、これに感帯幅Bを乗算して点火指標不感帯基本値(熱効率不感帯基本値)Y´(=gr×B)を簡便に設定することができる。
【0041】
不感帯反映ゲイン算出部12は、図3に示すように、目標運転パラメータとしての目標筒内吸気量(目標筒内空気量とも言う)と、目標Th流量(目標スロットル流量)のノイズフィルタ処理値(符号12a参照)との差を演算部12bにより算出し、さらに、演算部12cによりこの差の絶対値を算出し、この差の絶対値に基づいて、不感帯反映ゲインGを設定する。なお、上記の差の絶対値は目標運転パラメータ遅れ量に相当し、上記の演算部12b,12cは目標運転パラメータ遅れ量算出手段に相当する。
【0042】
目標筒内吸気量はエンジンの目標トルクに対応するので前回周期の目標トルクパラメータから求めることができ、目標Th流量のノイズフィルタ処理値は、スロットル開度指令値に対応した最新の目標Th流量にフィルタ係数kを乗算し、前回のノイズフィルタ処理値に(1−k)を乗算したものに加えることにより得られる。
なお、本実施形態では、エンジン(内燃機関)の運転目標としての目標運転パラメータとして、エンジン目標筒内空気量を用いており、エンジンの操作対象目標として、この目標筒内空気量を進みフィルタで進み演算処理をして得られるエンジンの目標スロットル流量を上記のノイズフィルタで処理した値(フィルタ後目標運転パラメータ)を用いている。
【0043】
つまり、エンジンの「筒内空気量」は、「スロットル流量」に対して遅れフィルタ処理を施したものとなる。これとは逆に、「目標筒内空気量」に進みフィルタ処理を施したものが「目標スロットル流量」となる。そこで、エンジンの筒内空気量を「目標筒内空気量」に制御するために、エンジンの具体的な制御要素であるスロットル流量の目標値[目標Th流量(目標スロットル流量)]として、「目標筒内空気量」を進みフィルタで処理した値を、更にノイズフィルタで処理して得られた値(フィルタ後目標運転パラメータ)を採用している。
【0044】
車両の始動時や加速時などには、エンジンの目標トルクが変化(増加又は減少)する過渡時であるが、このときには、目標Th流量のフィルタ処理値は目標筒内吸気量に対して遅れて変化するので、目標筒内吸気量から目標Th流量のフィルタ処理値を減算した差の絶対値は、目標トルクの変化が大きいほど、つまり、過渡状態が強いほど、大きくなる。逆に、定常状態に近づくほど、かかる差の絶対値はゼロに近づく。
【0045】
不感帯反映ゲイン算出部12は、かかる差の絶対値(目標運転パラメータ遅れ量,吸気量遅れ量対応値)を、前回周期の吸気量遅れ量(過渡判定パラメータに相当する)に1よりも小さい減衰係数を乗算した値と比較して、大きい方を、今回周期の吸気量遅れ量(過渡判定パラメータ)に設定する演算部(過渡判定パラメータ算出手段)12dを有し、図7に示すような特性の反映ゲインマップを用いて、吸気量遅れ量(過渡判定パラメータ)に対応した不感帯反映ゲインGを算出する。差の絶対値(目標運転パラメータ遅れ量)と前回周期の吸気量遅れ量(過渡判定パラメータ)に1よりも小さい減衰係数を乗算した値の大きい方取りをしているのは、差が単発的に生じても適切に過渡状態を判定するためである。
【0046】
例えば、単発的な目標Th流量変化によって実Th流量が変化するに至ることが考えられる。そして、実際の筒内空気量は実Th流量に対して応答遅れをもって推移し、その期間は過渡状態であるといえる。ここで、単に差の絶対値のみを以って過渡か否かを判定すると、最新の目標Th流量が単発的に変化した場合には、差の絶対値も単発的に生じることから差の絶対値はすぐに小さくなって定常運転と判断してしまう。そこで、差の絶対値と前回周期の吸気量遅れ量に減衰乗数を乗算した値の大きい方取りをすることによって、筒内空気量の応答遅れを考慮した適切な過渡状態の判定をすることができる。
【0047】
なお、図8に示すように反映ゲインマップは、吸気量遅れ量が所定値以下の小さい範囲では、定常状態であるものとして不感帯反映ゲインを1とし、吸気量遅れ量が所定値以上になると吸気量遅れ量が大きくなるのに従って、不感帯反映ゲインは減少して0に近づく。
エンジンの熱効率推定装置1は、図1に示すように、演算部13において、点火指標不感帯基本値算出部11により算出された点火指標不感帯基本値(熱効率不感帯基本値)Yに不感帯反映ゲイン算出部12より算出された不感帯反映ゲインGを乗算して、点火指標不感帯(熱効率不感帯)を得ている。
【0048】
そして、今回周期の不感帯反映前の点火指標(熱効率)と、前回周期の点火指標(熱効率)との差を算出し(符号1a参照)、この差(点火指標変化量(不感帯反映前))に点火指標不感帯から点火指標不感帯を減算すると共に(符号1b参照)、点火指標不感帯を加算し(符号1c参照)、点火指標変化量が正の場合には、減算値が正であればこれを点火指標変化量(不感帯反映後)とし、点火指標変化量が負の場合には、減算値が負であればこれを点火指標変化量(不感帯反映後)とする(符号1d参照)。その他の場合は、0を点火指標変化量(不感帯反映後)とする。
そして、前回周期の不感帯反映後の点火指標(熱効率)に、点火指標変化量(不感帯反映後)を加算することにより、今回の周期の不感帯反映後の点火指標(熱効率)を算出する(符号1e参照)。
【0049】
〔作用及び効果〕
本実施形態にかかるエンジンの熱効率推定装置及びエンジントルク制御装置は、上述のように構成されるので、エンジンの点火時期のMBT点火時期からの遅角量に関する不感帯幅Bを設定し、遅角量とエンジンの熱効率との対応マップ等を用いて不感帯幅Bに基づいて、遅角量における熱効率の不感帯(点火指標不感帯)Yを制御周期毎に設定し、熱効率変化量がこの不感帯Yの範囲内にある場合は、前回の周期で推定された熱効率(点火指標)を今回の周期の熱効率とするので、熱効率を丸め誤差の影響なく算出することができる。
【0050】
特に、デジタル処理によって指標を演算する場合に、遅角量の数値に丸め誤差が発生して単位遅角量だけ変化することを想定すると、この遅角量に関する不感帯幅を、丸め誤差が発生する範囲、つまり、遅角量に対する±単位遅角量の幅である単位遅角量の2倍に設定すれば、算出する熱効率への丸め誤差の影響を抑えることができ、例えば、定常運転時に丸め誤差の影響で遅角量が単位遅角量だけ変化した場合にも、熱効率を丸め誤差の影響なく算出することができる。また、定常運転中の微小変動による点火時期変動が単位遅角量以上となる場合には、点火時期の不感帯幅Bを遅角量単位の2倍以上に設定すれば、熱効率をかかる点火時期変動の影響なく算出することができる。
【0051】
さらに、エンジンの運転が定常状態にあるほど1に近い値をとり、エンジンの運転が過渡状態にあるほど0に近い値をとるように、不感帯反映ゲインGを設定し、不感帯基本値に設定された不感帯反映ゲインGを乗算することにより熱効率の不感帯を設定するので、エンジンの運転が過渡状態の場合においては、不感帯の影響を抑えて変化する熱効率を適正に推定しながら、エンジンの運転が定常状態の場合においては、熱効率を丸め誤差の影響なく算出することができる。
【0052】
そして、このように、適宜不感帯によって処理されて適切に設定される熱効率を指標に目標充填効率を算出して、この目標充填効率に基づいてエンジンのトルクを制御するので、目標充填効率が丸め誤差の影響なく算出され適切にエンジントルクを制御することができる。また、過渡状態の補正量(実充填効率の予測補正量)の算出のために目標充填効率を用いるような場合であっても、目標充填効率の算出過程に適宜不感帯によって処理された熱効率を用いることにより、定常運転にあっては丸め誤差の影響による不要な補正量の発生を防止することができる。
【0053】
<第2実施形態>
〔構成〕
本実施形態にかかるエンジントルク制御装置は、点火指標不感帯に基づいて目標Ecの不感帯を設定し、目標Ecの変化がこの目標Ec不感帯の範囲内である場合、前回の目標Ecを用いるように構成されている。
【0054】
つまり、図4に示すように、本実施形態にかかるエンジントルク制御装置100は、第1実施形態で説明したもの(図2,3参照)と同様の点火指標不感帯設定部(熱効率不感帯設定手段)10Aに加えて、この点火指標不感帯設定部10Aで設定された点火指標不感帯から目標Ec不感帯を算出する目標Ec不感帯算出部(目標充填効率不感帯設定手段)14を備えて構成される。
【0055】
ここで、目標Ec不感帯算出部14を説明すると、図5に示すように、演算部14aにおいて、点火指標不感帯設定部10Aで設定された点火指標不感帯をこのときの点火指標(空気量制御用熱効率)に加算して、この不感帯で処理(加算)された点火指標(空気量制御用熱効率)と不感帯で処理されない点火指標(空気量制御用熱効率)とのそれぞれを用いて、吸気量目標値であるETV目標Pi(PiETV_STD)を各点火指標で除算して(符号14b,14c参照)標準条件(MBT点火時期)の標準条件ETV目標Pi(PiETV_STD)に換算(基準化)する。
【0056】
さらに、これにより得られた標準条件ETV目標Piのいずれかとこの時のエンジン回転数Neとからマップ(Pi−Ec変換係数マップ)により目標Ec変換係数を求めて、基準化された各目標Pi(不感帯で処理しない基準化目標Piと不感帯で処理した基準化目標Piと)を目標Ec変換係数で除算することにより(符号14d,14e参照)、不感帯で処理しない目標Ecと不感帯で処理した目標Ecとを得て、これらの差(不感帯で処理しない目標Ec−不感帯で処理した目標Ec)を算出して(符号14f参照)、この差を目標Ec不感帯に設定する。
【0057】
エンジントルク制御装置100では、図4に示すように、不感帯を考慮しない今回の目標Ecと、不感帯を考慮した前回の目標Ecとの差(目標Ec変化量)を算出し(符号100a参照)、この目標Ec変化量に、目標Ec不感帯算出部14により設定された目標Ec不感帯を減算(符号100c参照)及び加算(符号100b参照)する。
そして、エンスト時及びエンジン始動時を除き、目標Ec変化量の正負に応じて目標Ec変化量(不感帯反映後)を設定する。
【0058】
つまり、目標Ec変化量が0又は正であれば、目標Ec変化量から目標Ec不感帯を減算した減算値が0又は正の場合、つまり、目標Ec変化量が目標Ec不感帯以上の場合は、目標Ec変化量(不感帯反映前)をそのまま目標Ec変化量(不感帯反映後)に採用し、目標Ec変化量から目標Ec不感帯を減算した減算値が負の場合、つまり、目標Ec変化量が目標Ec不感帯未満の場合は、0を目標Ec変化量(不感帯反映後)に採用する。つまり、目標Ec変化量はないものとする。
【0059】
一方、目標Ec変化量が負であれば、目標Ec変化量から目標Ec不感帯を加算した加算値が0又は負の場合、つまり、目標Ec変化量が目標Ec不感帯以上の場合は、目標Ec変化量(不感帯反映前)をそのまま目標Ec変化量(不感帯反映後)に採用し、目標Ec変化量から目標Ec不感帯を加算した加算値が正の場合、つまり、目標Ec変化量が目標Ec不感帯未満の場合は、0を目標Ec変化量(不感帯反映後)に採用する。つまり、目標Ec変化量はないものとする。
【0060】
そして、このように設定された目標Ec変化量を前回周期の目標Ecに加算して、今回周期の目標Ecに設定する。したがって、点火時期のMBT点火時期からの遅角量がその不感帯幅Bの範囲内にある場合には、目標Ecの変化量の目標Ec不感帯の範囲内となり、前回の目標Ecを用いることになる。
この目標Ecに基づいてエンジントルクを制御する。
【0061】
〔作用及び効果〕
本実施形態にかかるエンジントルク制御装置は、上述のように構成されるので、目標Ecの変化量が、エンジンの点火時期のMBT点火時期からの遅角量に関する不感帯幅Bに基づいて設定される目標Ec不感帯の範囲内にあれば、目標Ecを変更しないで前回の目標Ecを用いてエンジントルクを制御するので、目標充填効率が丸め誤差の影響なく算出され適切にエンジントルクを制御することができる。
【0062】
<実験例>
図9,図10は、エンジン回転数が一定の条件下で、エンジンへのトルク要求が急増し(過渡状態)、その後、その負荷状態が略一定に継続される(定常状態)場合における、エンジン回転数,エンジンのトルク制御目標Ec(太線),実Ec(充填効率相当値)(細線),不感帯処理しない目標Ec変化率(図9では太線、図10では細線),目標Ec不感帯(図10に中線),不感帯処理後の目標Ec変化率(図10に太線),充填効率予測補正量(太線、実Ecの予測補正量),燃料演算用Ec(細線、実Ecに予測補正量を反映したもの)をそれぞれ示すタイムチャートである。図9は不感帯を採用しない場合を示し、図10は不感帯を採用した場合を示す。ただし、図9,図10は、条件は近似するものの同一ではない。また、変化率は所定時間(例えば、10msec)前の値との差である。
【0063】
図9に示すように、不感帯を採用しない場合は、定常状態において、目標Ec変化率が丸め誤差の影響を受けて振動し、トルク制御目標Ecも燃料演算用Ecも充填効率予測補正量も同様に変動する。
一方、図10に示すように、不感帯を採用した場合は、定常状態においては不感帯が大きく設定され、目標Ec変化率が丸め誤差の影響を受けずに安定し、トルク制御目標Ecも燃料演算用Ecも充填効率予測補正量も同様に安定する。また、定常状態においては不感帯が小さく設定され、トルク制御目標Ecも燃料演算用Ecも充填効率予測補正量も変動レスポンスが確保される。
【0064】
<その他>
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明はかかる実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲でかかる実施形態を適宜変更して実施することができる。
例えば、上記の実施形態では、エンジンの制御パラメータがエンジンの点火時期である場合を説明したが、エンジンの制御パラメータはこれに限らず、例えば、空燃比や外部EGRの有無などその他の制御パラメータであっても適用しうる。例えば、エンジンの制御パラメータが空燃比の場合、制御パラメータの基準状態は理論空燃比として、制御パラメータの基準状態からのズレ量は実空燃比の理論空燃比との差とすることができ、本発明を適用できる。
【0065】
また、本装置は、自動車等の車両用エンジンだけでなく、舶用エンジン等の他の乗り物用(輸送用エンジン)にも適用するなど、種々のエンジンに適用することができる。
【符号の説明】
【0066】
1 エンジンの熱効率推定装置(熱効率推定手段)
10A 点火指標不感帯設定部(熱効率不感帯設定手段)
10B 熱効率算出部(熱効率算出手段)
11 点火指標不感帯基本値算出部(不感帯基本値設定手段)
12 不感帯反映ゲイン算出部(ゲイン設定手段)
12b,12c 演算部(目標運転パラメータ遅れ量算出手段)
12d 演算部(過渡判定パラメータ算出手段)
13 乗算部
14 目標Ec不感帯算出部(目標充填効率不感帯設定手段)
21 目標トルク基準化手段
22,23 目標充填効率算出手段
100 エンジントルク制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの制御パラメータの基準状態からのズレ量と前記エンジンの熱効率との対応関係を記録した対応関係記録手段と、
前記ズレ量を所定のズレ量単位で所定の周期毎に取得するズレ量取得手段と、
前記ズレ量取得手段により取得された今回周期の前記ズレ量と前記対応関係記録手段に記録された前記対応関係と前記ズレ量に関して設定された不感帯幅とに基づいて、今回周期の前記ズレ量における前記熱効率の不感帯を所定周期で設定する熱効率不感帯設定手段と、
前記周期で前記熱効率を算出する手段であって、前記ズレ量取得手段により取得された前記ズレ量の所定時間での変化量と前記熱効率不感帯設定手段により設定された前記熱効率に関する不感帯とに基づいて、前記変化量が前記不感帯の範囲内にある場合は、前回の周期で推定された前記熱効率を今回の周期の熱効率とし、前記変化量が前記不感帯の範囲外にある場合は、今回の周期で前記ズレ量取得手段により取得された前記ズレ量と前記対応関係記録手段に記録された前記対応関係とに基づいて、今回の周期の熱効率を算出する熱効率算出手段と、をそなえている
ことを特徴とする、エンジンの熱効率推定装置。
【請求項2】
前記不感帯幅は前記ズレ量単位の少なくとも2倍に設定され、
前記所定時間は前記周期の時間に設定されている
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項3】
前記対応関係が得られる、前記ズレ量と前記ズレ量に対する前記熱効率の変化率である勾配との関係を記録したマップをそなえ、前記熱効率不感帯設定手段は、前記マップから得られる今回周期の前記熱効率の勾配の大きさに前記不感帯幅を乗算した値を不感帯基本値に設定する不感帯基本値設定手段をそなえ、前記不感帯基本値に基づいて前記熱効率の不感帯を設定する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項4】
前記熱効率不感帯設定手段は、前記対応関係から、今回周期の前記ズレ量に対応した前記熱効率と、今回周期の前記ズレ量に対して前記不感帯幅だけ変化した前記ズレ量に対応した前記熱効率とを算出し、算出した2つの前記熱効率の差を不感帯基本値に設定する不感帯基本値設定手段をそなえ、前記不感帯基本値に基づいて前記熱効率の不感帯を設定する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項5】
前記熱効率不感帯設定手段は、前記エンジンの運転が定常状態にあるか過渡状態にあるかの過渡判定パラメータに基づいて、前記エンジンの運転が定常状態にあるほど1に近い値をとり、前記エンジンの運転が過渡状態にあるほど0に近い値をとるように、不感帯反映ゲインを設定するゲイン設定手段を備え、
前記不感帯基本値に前記ゲイン設定手段により設定された前記不感帯反映ゲインを乗算することにより前記熱効率の不感帯を設定する
ことを特徴とする、請求項3又は4記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項6】
前記ゲイン設定手段は、
前記エンジンの目標運転パラメータと、前記目標運転パラメータにフィルタ処理したフィルタ後目標運転パラメータとの差の絶対値を算出する目標運転パラメータ遅れ量算出手段と、
前記目標運転パラメータ遅れ量の今回周期算出値と、前記過渡判定パラメータの前回周期算出値に1よりも小さい減衰係数を乗算して算出した値との大きいもの取りをして前記過渡判定パラメータの今回周期算出値を算出する過渡判定パラメータ算出手段と、を備えている
ことを特徴とする、請求項5記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項7】
前記エンジンの目標運転パラメータは、前記エンジンの目標筒内空気量であって、
前記フィルタ後目標運転パラメータは、前記エンジンの目標スロットル流量であることを特徴とする、請求項6記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項8】
前記制御パラメータは、エンジンの点火時期であって、
前記制御パラメータの基準状態は、MBT点火時期であって、
前記制御パラメータの前記基準状態からのズレ量は、前記点火時期の前記MBT点火時期からの遅角量である
ことを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載のエンジンの熱効率推定装置。
【請求項9】
エンジンの制御パラメータのその時点の状況下での目標トルクを取得する目標トルク取得手段と、
前記エンジンの熱効率を推定する熱効率推定手段と、
前記目標トルク取得手段により取得された前記目標トルクを前記熱効率により除算して前記制御パラメータが基準状態である場合の目標トルクに基準化する目標トルク基準化手段と、
前記エンジンの回転数を検出するエンジン回転数検出手段と、
前記目標トルクを前記エンジン回転数に対応して前記エンジンのトルク制御パラメータである充填効率に変換するための変換係数を求めるマップであって、前記制御パラメータが基準状態である場合の前記目標トルク及び前記エンジン回転数と前記変換係数とを対応させた変換係数マップと、
前記変換係数マップを用いて、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記目標トルクから前記エンジン回転数に応じた前記変換係数を算出する変換係数算出手段と、
前記目標トルク基準化手段により基準化された前記目標トルクを、変換係数算出手段により算出された前記変換係数で除算して前記充填効率の目標値である目標充填効率を算出する目標充填効率算出手段と、をそなえ、
前記熱効率推定手段には、請求項1〜8の何れか1項に記載のエンジンの熱効率推定装置が用いられ、
前記目標充填効率算出手段により算出された前記目標充填効率に基づいて前記エンジンのトルクを制御する
ことを特徴とする、エンジントルク制御装置。
【請求項10】
エンジンの制御パラメータのその時点の状況下での目標トルクを取得する目標トルク取得手段と、
請求項1〜8の何れか1項に記載のエンジンの熱効率推定装置が用いられ、前記変化量が前記不感帯の範囲内にある場合において、前回の周期で推定された前記熱効率を今回の周期の熱効率とされた不感帯利用熱効率と、今回の周期で取得された前記ズレ量と前記対応関係とに基づいて算出され今回の周期の熱効率と推定された不感帯非利用熱効率とをいずれも算出する熱効率算出手段と、
前記目標トルク取得手段により取得された前記目標トルクを、前記熱効率算出手段により算出された前記不感帯利用熱効率及び前記不感帯非利用熱効率によりそれぞれ除算して、前記制御パラメータが基準状態である場合の第1目標トルク及び第2目標トルクに基準化する目標トルク基準化手段と、
前記エンジンの回転数を検出するエンジン回転数検出手段と、
前記の目標トルクを前記エンジン回転数に対応して前記エンジンのトルク制御パラメータである充填効率に変換するための変換係数を求めるマップであって、前記制御パラメータが基準状態である場合の前記目標トルク及び前記エンジン回転数と前記変換係数とを対応させた変換係数マップと、
前記変換係数マップを用いて、前記目標トルク基準化手段により基準化された前記目標トルクから前記エンジン回転数に応じた前記変換係数を算出する変換係数算出手段と、
前記目標トルク基準化手段により基準化された前記第2目標トルクを、変換係数算出手段により算出された前記変換係数で除算して前記充填効率の目標値である目標充填効率の基本値を所定の周期毎に算出する目標充填効率基本値算出手段と、
前記目標トルク基準化手段により基準化された前記第1目標トルク及び前記第2目標トルクを、変換係数算出手段により算出された前記変換係数で除算して前記充填効率の目標値である第1目標充填効率及び第2目標充填効率を算出して、前記第1目標充填効率及び前記第2目標充填効率の差を目標充填効率変化量不感帯と設定する目標充填効率不感帯設定手段と、
前回周期の前記目標充填効率と今回周期の前記目標充填効率基本値との差が前記目標充填効率変化量不感帯以内であれば、前回周期の前記目標充填効率を今回周期の前記目標充填効率とし、前回周期の前記目標充填効率と今回周期の前記目標充填効率基本値との差が前記目標充填効率変化量不感帯以上であれば、今回周期の前記目標充填効率基本値を今回周期の前記目標充填効率とする目標充填効率算出手段と、をそなえ、
前記目標充填効率算出手段により算出された前記目標充填効率に基づいて前記エンジンのトルクを制御する
ことを特徴とする、エンジントルク制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−60883(P2013−60883A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−199786(P2011−199786)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】