説明

オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料およびそれを用いた応力腐食割れ予防保全方法ならびに粒界腐食予防保全方法

【課題】原子力発電プラントなどにおける装置類、配管などのオーステナイト系ステンレス鋼の溶接接合部における応力腐食割れなどの発生や進展を防止できる溶接材料およびこの溶接材料を用いた予防保全方法を提供すること。
【解決手段】C:0.01wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有するオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料1である。特に、Bの含有率が3wtppm以下であることが特徴である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料およびそれを用いた応力腐食割れ予防保全方法ならびに粒界腐食予防保全方法に関する。特に、原子力発電プラントなどにおけるオーステナイト系ステンレス鋼製の装置類、配管などの溶接に好適な溶接材料およびこの溶接材料を用いた予防保全方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子炉発電の軽水炉プラントなどにおける装置類および配管などには、SUS316L鋼、SUS304鋼、およびSUS347鋼で代表されるオーステナイト系ステンレス鋼からなる鋼材が使用されている。そして、軽水炉プラントの原子炉圧力容器や炉内構造物などの構造材料は溶接により接合されている。ここで、溶接による接合の場合、溶接部近傍の熱影響部において粒界腐食や粒界応力腐食割れが発生する場合がある。
【0003】
オーステナイト系ステンレス鋼を450〜800℃に長時間加熱すると、固溶していた炭素が結晶粒界にクロム炭化物として析出することがあり、その結果、結晶粒界近傍ではクロムが欠乏し、鋼材の耐食性が低下する。この現象を鋭敏化という。溶接による接合の場合には、その入熱により溶接止端部から母材にかけての溶接熱影響部と呼ばれる部分が鋭敏化する。
【0004】
ここで、プラントの信頼性を高め、その稼働率向上のため、従来から粒界応力腐食割れ対策に関する種々の技術が開発されている。応力腐食割れは、環境、応力、および材料の鋭敏化が重畳したときに起こる現象であることが知られている。応力腐食割れの防止のためには、それら原因の1つを取り除けばよい。
【0005】
その対策として、材料(母材)面からは、鋼材の炭素量を抑え、クロム炭化物の析出を生じにくくする方法や、工場で溶接する機器については、可能な限り溶接後に溶体化熱処理を施すことにより、溶接で生じた鋭敏化組織を改善するとともに、残留応力の緩和を図る方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、この鋭敏化対策においては、材料(母材)の化学成分などのコントロールにより、結果としてコストアップとなる場合が多い、という問題がある。
【0006】
一方、施工面からの対策もいくつか提案されている。例えば、ステンレス鋼同士またはニッケル基合金同士の配管を接続する溶接施工方法において、最終溶接層の両止端部近傍に低入熱の溶接を施す技術が提案されている(例えば、特許文献2参照)。しかしながら、この技術では、溶接を施工するかぎりその効果は限定的であると言わざるをえない。
【0007】
また、溶接施工方法に関して、接液する管内面の鋭敏化領域をデルタフェライトなどの耐応力腐食割れ性に優れた溶着金属で覆う管内面溶接肉盛法が提案されている(例えば、特許文献3〜7参照)。しかしながら、肉盛溶接した場合に、その溶接熱によって母材中に新たな熱影響部を発生させ、この熱影響部を消滅させるために肉盛溶接後に長時間の熱処理を施した場合には、例えば、外面の肉盛溶接によって発生した内面の圧縮応力が減少してしまう、という問題がある。さらに、原子炉圧力容器を新規に建設する場合はともかく、既設の原子炉圧力容器の溶接接合部の外面に新たに肉盛溶接を施す場合には、既にその圧力容器内に水が充填されている状態にあるため、肉盛溶接終了後に上記したような熱処理を効果的に実施できない場合が多い。
【0008】
さらに、溶接施工中、管内面を通水により冷却し、管内面での鋭敏化を軽減するとともに溶接残留応力を圧縮側にできる水冷却法や、配管を溶接後に配管内面を冷却しながら外面を高周波誘導加熱して配管内面の残留応力を圧縮側にすることにより、応力腐食割れを防止する方法も提案されている(例えば、特許文献8参照)。しかしながら、この方法では、配管外面の残留応力が引張側となるため、外面も冷却水に接する原子炉内部配管では、外面側からの応力腐食割れを防止することができない。
【0009】
また、欠陥部を除去した後、片面当て金継手を添えてその周囲を溶接することにより接合する(クラッディング)などの補修溶接方法も提案されている。しかしながら、高い感受性母材の場合には、現行の溶接方法では新たなクラッディング領域の端縁部を鋭敏化させる可能性があり、また、現行のクラッディング材料は不十分な耐応力腐食割れ性を有する可能性がある。加えて、クラッディングした構成要素の歪みをもたらし、それによって接合する構成要素の取付けおよび機能の少なくともいずれか一方に悪影響を与える可能性もある。
【0010】
また、既に溶接されて使用されている管の内面と外面の応力腐食割れを同時に防止する技術として、特許文献9に記載された技術もある。この特許文献9に記載されたジェットポンプの予防保全装置は、処理対象部材の表面に急冷凝固組織を形成させるとともに外面の残留応力を低減する急冷凝固処理、あるいは処理対象部材表面とともに外面の残留応力を低減する固溶化熱処理を行うレーザ照射装置を備えるものである。しかしながら、この技術では、レーザ照射装置により照射されるレーザ照射出力やレーザビームの移動速度の変化により溶接部外面の残留応力が十分に圧縮側に転換できない場合がある。また、レーザ照射出力が大きい場合は、レーザ照射により新たに鋭敏化領域が発生する場合がある。さらに、この技術を原子炉内部配管に適用した場合、原子炉の運転中に配管が高い中性子照射を受けた場合には、配管内部に核反応により生成するHeが蓄積し、その溶接部に大きな熱が加えられたときにHeによる割れが発生することが懸念される。
【0011】
さらに、特許文献6には、ステンレス鋼製配管を突合せ溶接するにあたり、配管母材の内面または外面から深さ0.1mmから1.0mmの範囲で溶融凝固または肉盛を行うことにより溶融凝固層を形成する応力腐食割れ防止方法が記載されている。しかしながら、この溶融凝固層は母材と同一の化学組成であるため、本質的に応力腐食割れ性に劣る状況にあることには変わらない。
【0012】
【特許文献1】特開昭61−177325号公報
【特許文献2】特開平9−29429号公報
【特許文献3】特公昭59−21711号公報
【特許文献4】特開2000−312969号公報
【特許文献5】特開2001−138048号公報
【特許文献6】特開2000−254776号公報
【特許文献7】特開2001−124888号公報
【特許文献8】特開平2−258190号公報
【特許文献9】特開平8−5773号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上、例示したように、応力腐食割れに対する多くの防止技術または補修技術が提案されているが、これらの技術は、溶接継手自体が破損するのを防止するために市販溶接合金を選択していること、溶接継手の最終層を市販グレードの耐応力腐食割れ性合金で被覆すること、溶接継手自体で発生した熱影響部を市販グレード合金でクラッディングすること、および市販グレード合金、クラッディングあるいは割れまたは他の欠陥を除去した非溶接母材を含む溶接継手の一部分を再溶接するものである。しかしながら、新たに溶着した溶接材料自体が、プラントの長期間の稼動中に、特に高電気化学電位または高中性子束の領域において、また特に市販合金が基材組成物によって希釈された溶接端縁部ビードにおいて割れを防止するのに十分な耐応力腐食割れ性を有していない。したがって、応力腐食割れを再発するという問題がある。
【0014】
さらに、溶接継手に要求される特性として、熱影響部の耐応力腐食割れ性とともに溶着金属部の耐割れ性があり、この耐割れ性については肉盛溶接部も当てはまる。例えば、2層盛溶接や多層盛溶接を行った場合、第1層または下盛りとなる溶接層にベント割れがしばしば生ずる。このため、肉盛溶接用に広く用いられるY308系などの既存の溶接材料は、デルタフェライトなどを生成して凝固割れ感受性を改善した溶着金属になるようにその成分が調整されている。これにより、溶着金属部の耐割れ性は改善されるが、デルタフェライト相の生成は耐食性を低下させる。
【0015】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、原子力発電プラントなどにおける装置類、配管などのオーステナイト系ステンレス鋼の溶接接合部における応力腐食割れなどの発生や進展を防止できる溶接材料およびこの溶接材料を用いた予防保全方法を提供することである。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0016】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討した結果、C:0.01wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、さらにB(ホウ素)の含有率が3wtppm以下の高純度のオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料により、応力腐食割れや粒界腐食に対する感受性を改善でき、これにより前記課題を解決できることを見出し、この知見に基づき本発明が完成するに至ったのである。
【0017】
すなわち、本発明は、C:0.01wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有するオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料であって、前記オーステナイト系ステンレス鋼に含まれるBの含有率が3wtppm以下であることを特徴とする溶接材料である。
【0018】
この構成によると、特に、溶接材料(オーステナイト系ステンレス鋼溶接材料)に含まれるBの含有率を3wtppm以下とすることにより、当該溶接材料の粒界腐食を抑え、応力腐食割れを十分に抑制することができる。
【0019】
また、Cの含有率を0.01wt%以下とすることで、Cr系炭化物の析出を抑えることができる。また、Siを0.5wt%以下に抑制することで、脱酸作用をもたらすことができる。また、Mnを0.5wt%以下に抑制することで、δ−フェライトの生成や加工誘起変態を低減することができる。また、Pの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の低下を抑えることができる。また、Sの含有量を0.005wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の低下を抑えることができる。
【0020】
また、Niの含有量を15.0wt%以上含有させることでオーステナイト組織を安定させ、また粒界腐食や応力腐食割れを抑制することができる。また、Niの含有量を40.0wt%以下とすることで、コストの低減を図ることができる。また、Crの含有量を20.0wt%以上とすることで、例えば、軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下や再処理プラントのように高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食での過不働態腐食環境下で十分な耐食性を確保することができる。また、Crの含有量を30.0wt%以下とすることで、Crリッチの脆化相の析出を抑えることができる。また、NおよびOの含有量をそれぞれ0.01wt%以下とすることで、耐粒界腐食性および耐応力腐食割れ性の低下を抑えることができる。
【0021】
すなわち、原子力発電プラントなどにおける装置類、配管などを上記溶接材料を用いて溶接することで、溶接による熱影響部の応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。
【0022】
また本発明において、前記C、P、S、NおよびOの含有率の合計が0.02wt%以下であることが好ましい。
【0023】
この構成によると、溶接材料(オーステナイト系ステンレス鋼溶接材料)に含まれるC、P、S、NおよびOの含有率の合計を0.02wt%以下とすることにより、より良好な耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性を得ることができる。
【0024】
さらに本発明において、前記オーステナイト系ステンレス鋼に含まれるTiの含有量が、前記C、P、S、NおよびOの含有量の合計に対し、化学量論的に等価以上であることが好ましい。
【0025】
この構成によると、粒界腐食の原因となる不純物元素であるC、P、S、N、およびOをTiC,FeTiP,TiS,TiN,およびTiOのようなTi系の炭窒化物や化合物とすることができ、その結果、これら不純物元素を完全に無害化することができる。
【0026】
また本発明は、その第2の態様によれば、オーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の溶接接合部に、前記した溶接材料を肉盛溶接することを特徴とする応力腐食割れ予防保全方法である。
【0027】
この構成によると、オーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の溶接接合部の熱影響部における応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。
【0028】
また本発明において、前記溶接接合部の欠陥部を除去して補修溶接し、その後、当該溶接接合部を覆うように前記溶接材料で肉盛溶接することが好ましい。
【0029】
この構成によると、補修溶接部、および補修溶接によって生じた熱影響部における応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。
【0030】
さらに本発明は、その第3の態様によれば、溶接接合したオーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管を対策材へ取り替える際に、開先面に対して、前記した溶接材料を予め肉盛溶接した後、当該対策材を溶接接合することを特徴とする応力腐食割れ予防保全方法である。
【0031】
この構成によると、前記した溶接材料を予め開先面に肉盛溶接しておくことにより、熱影響相当部の鋭敏化が抑えられ、応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。
【0032】
さらに本発明は、その第4の態様によれば、腐食性流体が接触するオーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の接液面に、前記した溶接材料を肉盛溶接することを特徴とする粒界腐食予防保全方法である。
【0033】
この構成によると、オーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管に対して、腐食性流体が直接接触しないようにすることができるので、これら構造物または配管の粒界腐食を効果的に防止することができる。
【0034】
さらに本発明は、その第5の態様によれば、腐食性流体が接触するオーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の接液側の溶接接合部に、前記した溶接材料を肉盛溶接することを特徴とする粒界腐食予防保全方法である。
【0035】
この構成によると、オーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の溶接接合部に対して、腐食性流体が直接接触しないようにすることができるので、これら溶接接合部の粒界腐食を効果的に防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0037】
前記したように、本発明者らは、装置類、配管などの溶接に際し、C:0.01wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、さらにBの含有率が3wtppm以下の高純度のオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料を採用することにより、応力腐食割れや粒界腐食に対する感受性が改善されることを見出した。
【0038】
通常の溶接における熱影響部(母材の熱影響部)に加えて、2層盛溶接や多層盛溶接を行った場合、肉盛溶接部においても後ビード溶接などの加熱により母材と同様、応力腐食割れや粒界腐食の大きな発生要因である粒界へのCr系炭化物の析出による鋭敏化に加えて、中性子照射を受ける高温高圧水中環境下の応力腐食割れや高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食を完全に避けることはできない。特に、既存材料(市販溶接材料)による溶接部の場合、その影響が大きい。その原因は、結晶粒界に偏析して粒界結合エネルギーを低下させる不純物元素の存在である。その対策として、溶接に用いる溶接材料中のB(ホウ素)の含有率を3wtppm以下とすること、また、当該溶接材料中のC、P、S、NおよびOなどの不純物元素の総量を0.02wt%以下としてオーステナイト系ステンレス鋼からなる当該溶接材料を高純度化することが有効であり、これらの対策により溶接部において応力腐食割れや粒界腐食を十分に抑制することができる。また、必要に応じて、C、P、S、NおよびOの含有量の合計に対し化学量論的に等価以上のTiを溶接材料中に含有させることが好ましい。これにより、C、P、S、NおよびOなどの不純物元素の影響を完全に無害化することができる。
【0039】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料においては、高純度化により液相−固相共存温度域が狭くなるため、溶接部端縁部への熱拡散が小さい。このため、母材の温度上昇を小さく抑えることができ、結果として、熱影響部すなわち鋭敏化領域が狭くなる。さらに、本発明の溶接材料によると、溶接部の凝固が早期に完了するため、母材部分に対する溶接部の熱収縮が大きく、当該溶接部は圧縮残留応力状態となる。これにより、耐応力腐食割れ性はより向上する。
【0040】
ここで、前記した複数の対策のうち、応力腐食割れや粒界腐食に対して最も大きな効果を発揮する対策は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料中のB(ホウ素)の含有率を3wtppm以下にすることである。なお、より好ましくは1.5wtppm以下にすることである。
【0041】
ここで、溶接材料へのBの添加により、オーステナイト系ステンレス鋼母材の高温延性や熱間加工性が向上することが知られている。例えば、特開昭63−69947号公報には、オーステナイト系ステンレス鋼に6〜25ppmのBを添加することによってクリープ破断延性を改善する技術が開示されている。一方で、Bの添加によりオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性が低下することが報告されている。「Stainless steel‘87」,The Institute of Metals,London,(1987),p.234に、オーステナイト系ステンレス鋼の耐粒界腐食性を維持するためBの含有量を低減させることが提案されており、Bを約25ppm添加すると通常の固溶体化処理においても粒界にCr硼化物が析出して耐粒界腐食性が劣化することが報告されている。さらに、「材料とプロセス」,鉄と鋼,vol.6(1993),p.732では、高温高濃度硝酸中におけるオーステナイト系ステンレス鋼の耐粒界腐食性を高水準に維持するためには、Bの含有率を9ppm以下に低減する必要があることが報告されている。
【0042】
以上のように、従来の不純物レベルの鋼では、その悪影響はもっと少ない場合で、Bの含有率が5ppmを超えると耐粒界腐食性の劣化が現れ始め、10ppmを超えると特に顕著になるとされている。しかしながら、当該先行技術のB含有率の規定では、上述のとおり中性子照射を受ける高温高圧水中環境下の溶接部における応力腐食割れや高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境下での過不働態腐食を完全に避けることはできないという問題点がある。本発明の知見では、B含有率のさらなる低減が重要であることを知見した。10ppm程度と推定されるBの結晶粒界への固溶限以下の含有量で粒界損傷に顕著な改善がみられることから、硼化物の形成よりも結晶粒界への固溶そのものが悪影響をもたらすと推定される。
【0043】
なお、本発明のように極めて微量のB量の効果が知見できたのは、分析装置・技術や製鋼技術の発展によるところが大きい。従来の化学分析では2wtppm程度が検出限界であったのに対し、GD−MS分析法によりwtppm以下のB含有量を正確に分析できるようになり、微量B量と粒界腐食や応力腐食割れとの関係が明確になった。また、通常のオーステナイト系ステンレス鋼の溶製では合金鉄およびスクラップなどの原料から2〜5wtppm程度混入することが避けられなかったが、分析技術の発展によりB含有量の少ない原料の選別が可能になり、さらに酸化精錬などの製鋼技術の発達によりB含有率の低い低B鋼の溶製が可能となっている。
【0044】
次に、オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料中のC、P、S、N、およびOなどの不純物元素の総量を0.02wt%以下とすることも重要な対策である。ここで、これらの元素の結晶粒界への作用や析出物を生成する場合の形態は異なるが、現在の分析・解析技術では、本発明のような微量の元素の存在状態を個々に区別することは不可能である。しかしながら、結晶粒界に偏析・固溶している不純物元素が悪影響をもたらすことは間違いない。また、結晶粒界に偏析するC、P、S、N、およびOなどの不純物元素は極力少ないほうが好ましいが、現在の精錬技術ではこれらを完全に除去することは困難であり、また経済的ではない。したがって、これら不純物元素を無害化するために安定化元素を添加することが有効であり、安定化元素としてはTiがもっとも望ましい。
【0045】
(溶接材料の化学組成)
次に、本発明において、オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料の成分を前記のように定めた理由を以下に記載する。
【0046】
C:0.01wt%以下
Cは、加熱された際に結晶粒界にCr系の炭化物を析出する結果、その近傍にCrの欠乏した領域を生成して粒界の耐硝酸腐食性や耐応力腐食割れ性を低下させる。したがって、Cの含有率は極力少ないことが望ましく、溶解法などの工業的実用性を考慮し、0.01wt%以下とした。
【0047】
Si:0.5wt%以下
Siは、耐硝酸性に対して数%の範囲内で添加する場合を除いては、粒界損傷の観点からはできるだけその含有量を低くすることが望ましい。しかしながら、溶湯プールの酸素富化抑制剤としてSiは有効であるため、0.5wt%以下含有させる。
【0048】
Mn:0.5wt%以下
Mnは、オーステナイト相安定度を高めて耐食性に有害なδ−フェライトの生成や加工誘起変態を防止する効果がある。しかしながら、0.5wt%を超えても所望の効果が得られないばかりか、固溶状態のMnとして、かえって腐食を促進するので、0.5wt%以下とする。
【0049】
P:0.005wt%以下
P:Pは、粒界偏析することが知られており、Pの含有量を増加すると耐応力腐食割れ性や耐粒界腐食性が低下する。このため、その含有量は低い方が望ましく、0.005wt%以下とする。なお、0.01wt%以下でもよい。
【0050】
S:0.005wt%以下
S:Sの増加は硫化物の生成を促進し、それらを基点とする選択的な腐食により、耐応力腐食割れ性や耐粒界腐食性、さらに耐孔食性を低下させる。このため、その含有量は低い方が望ましく、0.005wt%以下とする。なお、0.01wt%以下でもよい。
【0051】
Ni:15.0〜40.0wt%
Ni:Niは、オーステナイト組織を安定させ、また応力腐食割れや粒界腐食を抑制するために必要な元素である。しかしながら、その含有率が15wt%未満では十分なオーステナイト組織を確保することができず、さらに中性子照射環境下での耐スェリング性を得ることができない。一方、40wt%を越えると高価となるため、15.0〜40.0wt%が望ましい。
【0052】
Cr:20.0〜30.0wt%
Cr:Crは、不働態皮膜を形成して鋼の耐食性を確保するために必要な元素である。不働態皮膜形成の観点からは、JIS規格の代表的ステンレス鋼であるSUS304やSUS316系ステンレス鋼のように16wt%程度含有すればよい。しかしながら、軽水炉炉心のように中性子照射を受ける高温高圧水中環境下や再処理プラントのように高酸化性イオンを含む高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食での過不働態腐食環境下で十分な耐食性を確保するには20wt%が必要である。一方、30wt%を越えると、Crリッチの脆化相が析出するため、それらを避けて完全オーステナイト組織にするためのNi含有量を増加しなくてはならなくなり、コストの上昇を招くので20.0〜30.0wt%が望ましい。
【0053】
N:0.01wt%以下
O:0.01wt%以下
N、O:NおよびOは、いずれも耐応力腐食割れ性や耐粒界腐食性を低下させるため、その含有率はできるだけ低い方が望ましく、0.01wt%を上限とする。
【0054】
B:3wtppm以下
B:Bは、本発明を構成するもっとも重要な要因である。基本的には不純物元素であり、粒界に偏析して耐応力腐食割れ性や耐粒界腐食性を低下させるため、できるだけ少ないことが望ましい。Bは従来の分析技術では0.0003wt%以下については判別できなかったが、本発明では最近の分析手法を駆使してより微量のBと耐食性との関係を明確にし、その結果、0.0003wt%以下に低減することにより応力腐食割れや粒界腐食を十分に抑制できることがわかった。この観点から、Bの含有率を3wtppm(0.0003wt%)以下とした。なお、より好ましくは1.5wtppm以下である。
【0055】
C+P+S+O+N:0.02wt%以下
C+P+S+O+N:これらの不純物元素を上記制限条件のように個々に限定しても、合計が0.02wt%を超えると良好な耐応力腐食割れ性や耐粒界腐食性が得られないため、0.02wt%を上限とした。
【0056】
Ti:Tiの含有量は、C、P、S、NおよびOの含有量の合計に対し、化学量論的に等価以上であること。
Ti:Tiは本発明を構成する重要な要因であり、粒界腐食の原因となるC、P、S、N、およびOの不純物元素を、それぞれ、TiC,FeTiP,TiS,TiN,TiOのようなTi系の炭窒化物や化合物とすることにより完全に無害化するために添加する。本発明では、不純物元素は鋼塊段階で極めて低いレベルになっているが、発明者らの検討によると、商業ベースでの溶解法で除去しきれない微量の不純物元素が粒界腐食に悪影響をおよぼすことが明らかになった。このため、これらを完全に無害化するためにTiを添加する。したがって、最低必要含有量はC、P、S、N、およびOの全てがTiC,FeTiP,TiS,TiN,TiOのようなTi系の炭窒化物や化合物となるための化学量論的な等価な量である。具体的には、Ti(wt%)=(48/12)C(wt%)+(48/31)P(wt%)+(48/32)S(wt%)+(48/14)N(wt%)+(48/16)×(1/2)O(wt%)であるが、希薄元素の動的析出反応を考慮すると0.05wt%以上が望ましい。一方、多量に添加するとコストの上昇を招くので、0.3wt%以下が望ましい。
【0057】
(実施例)
図1は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料1で板材の突合せ溶接部を肉盛溶接した溶接継手試験材11を示す断面図である。溶接継手試験材11として、厚さ12mm×幅100mm×長さ300mmのSUS304鋼の板材2,3を突合せし、Y308の溶接材料4を用いて溶接して製作した。当該溶接は、20リットル/minの流量のArガスシールドのティグ溶接によりおこなった。溶接条件は、ワイヤ径2.4mm、溶接電流180A、溶接電圧9V、溶接速度100mm/min、ワイヤ供給量100cm/minとした。
【0058】
また、図1に示すように、原子炉内部の配管の内面を模擬して、溶接継手試験材11の溶接接合部Pの裏ビード側(炉水側)の熱影響部5および溶接金属4(溶接材料4を溶接したもの)を覆うように(熱影響部5および溶接金属4が直接、炉水に接触しないように)、オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料1で肉盛溶接した。なお、表1に、肉盛溶接した溶接材料1の化学組成を示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1において、溶接材料No.A〜C、G、およびHは、本発明の化学組成を有する溶接材料1であり、溶接材料No.D〜F、およびI〜Lは、本発明の化学組成のうち少なくとも1つの化学組成条件を満たさない比較例としての溶接材料1である。なお、表1において下線を付したものが、本発明の条件を満たさない化学組成条件である。表1に示す溶接材料(No.A〜L)は、それぞれ、その鋼材150kgを真空誘導溶解(VIM)し、真空中で金型に鋳込み、鋳塊を得た後、当該鋳塊から電極を削りだし、電子ビーム再溶解(EB)を施して円柱鋳塊とし、さらに、鍛造および線引き加工により2.4mmφの溶加棒に加工したものである。
【0061】
原子炉内部配管を構成するオーステナイト系ステンレス鋼の一部は溶接を行うと溶接金属4の両側の熱影響部5に鋭敏化部を生じ、配管の供用中に粒界応力腐食割れを発生する場合がある。これを防止するため、配管内面の熱影響部5を覆うような肉盛溶接状態を模擬したのである。なお、配管の鋼材としては、SUS304鋼だけでなく、SUS316鋼、SUS316L鋼など他のオーステナイト系ステンレス鋼が使用される場合もある。また、本実施形態では、溶接金属4が市販のY308であるため、熱影響部5、溶接金属4およびその近傍を溶接材料1で肉盛溶接しているが、溶接金属4を、本発明の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料とした場合には、熱影響部5およびその近傍のみを本発明に係る溶接材料1で肉盛溶接するだけとしてもよい。
【0062】
そして、溶接継手試験材11から機械加工により図1に点線で示したCBB(隙間腐食応力割れ)試験片6を採取した。CBB試験片6は、厚さ2mm×幅10mm×長さ50mmの試験片である。このCBB試験片6をオートクレーブ中で図2に示した治具にて、高温高圧中(飽和酸素濃度8ppm、70kgf/cm、290℃)に500時間浸漬して実施した。CBB試験片6にすきまを付けるためのグラファイトファイバーウール7とともに当該CBB試験片6をホルダー8間にセットし、ホルダー8端部の孔4に挟み付けボルトを挿入し、ホルダー8間にアールを付けて締め付けた。なお、ホルダー8は、100Rに湾曲した箇所を有している。浸漬後、CBB試験片6を取出し、当該CBB試験片6の断面観察から割れ発生の有無を評価した。
【0063】
また、表1に示した溶接材料(No.A〜L)に対して、高酸化性の金属イオンを含有する高濃度沸騰硝酸溶液中での粒界腐食状況を模擬してCoriou腐食試験を行った。この腐食試験はCr6+イオンを1.0g/L添加した500mlの8規定沸騰硝酸溶液を用い、液を更新しながら24時間を1バッチとする浸漬試験を4バッチ行い、腐食減量を測定して腐食速度等を評価した。
【0064】
表2に、CBB試験およびCoriou試験の結果を示す。なお、表2中のCBB試験結果において、「○」は最大割れ深さが15μm未満の場合であり、「×」は最大割れ深さが15μm以上の場合である。また、表2中の溶接材料のNo.「無」の行は、図1に示した溶接継手試験材11において、溶接材料1で肉盛溶接していない場合(比較例)の試験結果である。
【0065】
【表2】

【0066】
表2の試験結果から、溶接部をなす配管の母材(本評価試験では、板材2,3)が高い炭素量を有するオーステナイト系ステンレス鋼である場合でも、化学組成が本発明の溶接材料1を用いて溶接継手の熱影響部5(溶接接合部P)を肉盛溶接することにより良好な耐応力腐食割れ性や耐粒界腐食性が得られることがわかる。
【0067】
すなわち、溶接材料(オーステナイト系ステンレス鋼溶接材料)に含まれる、C、Si、Mn、P、S、Ni、Cr、N、およびOの含有率を、本発明の化学組成とし、Bの含有率を3wtppm以下とし、かつ、C、P、S、NおよびOの含有率の合計を0.02wt%以下とすることにより、当該溶接材料の粒界腐食を抑え、応力腐食割れを十分に抑制することができる。したがって、この溶接材料を、原子力発電プラントなどにおける装置類、配管などの溶接材料として使用することで、溶接による熱影響部の応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。
【0068】
また、C、P、S、NおよびOの含有量の合計に対し化学量論的に等価以上の量のTiを添加することにより、粒界腐食の原因となるこれら不純物元素をTiC,FeTiP,TiS,TiN,およびTiOのようなTi系の炭窒化物や化合物とすることができ、これら不純物元素を完全に無害化することができる。
【0069】
また、図1には、原子炉プラントに用いられるSUS304鋼製(オーステナイト系ステンレス鋼製)の配管の溶接に際し、原子炉水と接する側の溶接接合部Pに、本発明の溶接材料1を肉盛溶接する応力腐食割れ予防保全方法を模擬して示している。本応力腐食割れ予防保全方法によると、原子炉プラントに用いられる配管の溶接接合部Pにおける応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。
【0070】
なお、本発明の応力腐食割れ予防保全方法は、化学プラントなどに用いられるSUS304鋼などのオーステナイト系ステンレス鋼製の配管溶接に際し適用してもよいし、配管の溶接だけでなく構造物などの溶接に適用することもできる。また、原子炉水と接する側(炉水側)の溶接接合部Pだけでなく、その反対側の溶接接合部Pに本発明の溶接材料1を肉盛溶接してもよい。
【0071】
(応力腐食割れ予防保全方法の他の実施態様)
次に、応力腐食割れ予防保全方法の他の実施態様について説明する。図3は、本発明に係る溶接材料1で肉盛溶接した配管21,31を示す断面図である。
【0072】
図3(a)は、SUS304鋼管材(管材13,14)などのオーステナイト系ステンレス鋼管が溶接接合された後、原子炉内において原子炉水に曝されて粒界腐食または粒界応力腐食割れなどの欠陥が発見された場合に、その欠陥部を除去し、本発明の化学組成を有する溶接材料1で肉盛溶接した状況を示す図である。
【0073】
本実施形態の応力腐食割れ予防保全方法では、溶接接合部Pの欠陥部を除去して補修溶接し(補修部10)、その後、溶接接合部Pである熱影響部5、溶接金属4、補修部10、および新たな熱影響部12を覆うように、本発明の化学組成を有する溶接材料1で肉盛溶接する。これにより、補修溶接部(補修部10)、および補修溶接によって生じた熱影響部12における応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。なお、補修部10の溶接材料として、本発明の化学組成を有する溶接材料1を用いてもよい。これにより、新たな熱影響部12の発生を防止することができるとともに、補修部10自体の耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が向上する。また、本実施形態の溶接金属4はY308であるが、Y308の代わりに本発明の化学組成を有する溶接材料1を用いて、管材13と管材14とを突合せ溶接してもよい。
【0074】
次に、図3(b)は、図3(a)に示した管材13(オーステナイト系ステンレス鋼管)が原子炉内において原子炉水に曝されて、当該管材13に粒界腐食または粒界応力腐食割れなどの欠陥が発見された場合に、当該管材13を対策材15に取り替えた状況を示す図である。
【0075】
本実施形態の応力腐食割れ予防保全方法では、まず、管材13と管材14とを分離する。そして、欠陥が発見された管材13の替わりに対策材15(管材)を用意し、当該対策材15の開先面15aおよびその近傍の管面15b、15cに、本発明の化学組成を有する溶接材料1を肉盛溶接する。同様に、管材14の開先面14aおよびその近傍の管面14b、14cにも本発明の溶接材料1を肉盛溶接する。その後、対策材15と管材14とを突合せ溶接する。ここで、管面15bおよび管面14bは、それぞれ、対策材15および管材14の炉水側の面であり、管面15cおよび管面14cは、それぞれ、対策材15および管材14の炉水側とは反対側の面である。また、本発明の溶接材料1による管の内外面に対する肉盛溶接面積は、炉水側のほうが大きい。
【0076】
溶接材料1を予め開先面に肉盛溶接しておくことにより、熱影響相当部の鋭敏化が抑えられ、応力腐食割れなどの発生や進展を効果的に防止することができる。なお、対策材15の鋼材としては、SUS304、SUS316、SUS316Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼が挙げられる。また、溶接金属16としては、対策材15と管材14とを溶接するのに適した市販の(従来の)溶接金属でもよいし、本発明の化学組成を有する溶接材料1を用いてもよい。本発明の溶接材料1を用いると、溶接金属16部自体の耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性が向上する。
【0077】
(粒界腐食予防保全方法)
次に、本発明の化学組成を有する溶接材料1を用いた粒界腐食予防保全方法について説明する。図4は、本発明に係る粒界腐食予防保全方法について説明するための図である。
【0078】
図4(a)は、SUS304鋼製の構造物17の腐食性流体が接触する接液面に対して、本発明の化学組成を有する溶接材料1を肉盛溶接した状況を示す図である。
【0079】
上記構造物17は、使用済み核燃料の再処理プラントにおいて、高酸化性の金属イオンを含有する高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼製構造物である。なお、構造物17に対して本発明の溶接材料1を肉盛溶接する形態ではなく、配管に対して本発明の溶接材料1を肉盛溶接する形態であってもよい(図4(b)に示した実施形態においても同様)。
【0080】
本実施形態では、構造物17の硝酸溶液接液側の全面に、本発明の溶接材料1を肉盛溶接している。これにより、構造物17に対して硝酸溶液が直接接触しないようにすることができるので、構造物17の粒界腐食を効果的に防止することができる。
【0081】
次に、図4(b)は、SUS304鋼製の構造物18の腐食性流体が接触する接液側の溶接接合部Pに、本発明の化学組成を有する溶接材料1を肉盛溶接した状況を示す図である。
【0082】
図4(b)に示したように、本発明の溶接材料1で、溶接金属4、熱影響部5およびその近傍を覆うように、構造物18の硝酸溶液が接触する接液側の溶接接合部Pを肉盛溶接している。なお、構造物18は、構造物17と同様に、使用済み核燃料の再処理プラントにおいて、高酸化性の金属イオンを含有する高濃度硝酸溶液の沸騰伝熱面腐食環境で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼製構造物である。
【0083】
本実施形態によると、構造物18の溶接接合部Pに対して、硝酸溶液が直接接触しないようにすることができるので、当該溶接接合部Pの粒界腐食を効果的に防止することができる。
【0084】
なお、図1、図3〜4において、本発明の溶接材料1による肉盛溶接部の母材には、熱影響部の表示をしていない。これは、前記したように、本発明の化学組成を有する溶接材料1においては、その高純度化により液相−固相共存温度域が狭くなるため、肉盛溶接部端縁部への熱拡散が小さい。そのため、母材の温度上昇を小さく抑えることができ、結果として、熱影響部すなわち鋭敏化領域が狭くなるからである。
【0085】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施の形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々に変更して実施することが可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】オーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料で板材の突合せ溶接部を肉盛溶接した溶接継手試験材を示す断面図である。
【図2】CBB試験で使用する治具を示す斜視図である。
【図3】本発明に係る溶接材料で肉盛溶接した配管を示す断面図である。
【図4】本発明に係る粒界腐食予防保全方法について説明するための図である。
【符号の説明】
【0087】
1:溶接材料
13、14:SUS304鋼製管材
15:対策材
P:溶接接合部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.01wt%以下、Si:0.5wt%以下、Mn:0.5wt%以下、P:0.005wt%以下、S:0.005wt%以下、Ni:15.0〜40.0wt%、Cr:20.0〜30.0wt%、N:0.01wt%以下、O:0.01wt%以下を含有するオーステナイト系ステンレス鋼からなる溶接材料であって、
前記オーステナイト系ステンレス鋼に含まれるBの含有率が3wtppm以下であり、かつ、前記C、P、S、NおよびOの含有率の合計が0.02wt%以下であることを特徴とする、溶接材料。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接材料において、
前記オーステナイト系ステンレス鋼に含まれるTiの含有量が、前記C、P、S、NおよびOの含有量の合計に対し、化学量論的に等価以上であることを特徴とする、溶接材料。
【請求項3】
オーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の溶接接合部に、請求項1または2に記載の溶接材料を肉盛溶接することを特徴とする、応力腐食割れ予防保全方法。
【請求項4】
請求項3に記載の応力腐食割れ予防保全方法において、
前記溶接接合部の欠陥部を除去して補修溶接し、その後、当該溶接接合部を覆うように前記溶接材料で肉盛溶接することを特徴とする、応力腐食割れ予防保全方法。
【請求項5】
溶接接合したオーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管を対策材へ取り替える際に、開先面に対して、請求項1または2に記載の溶接材料を予め肉盛溶接した後、当該対策材を溶接接合することを特徴とする、応力腐食割れ予防保全方法。
【請求項6】
腐食性流体が接触するオーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の接液面に、請求項1または2に記載の溶接材料を肉盛溶接することを特徴とする、粒界腐食予防保全方法。
【請求項7】
腐食性流体が接触するオーステナイト系ステンレス鋼製の構造物または配管の接液側の溶接接合部に、請求項1または2に記載の溶接材料を肉盛溶接することを特徴とする、粒界腐食予防保全方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−142843(P2010−142843A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−322639(P2008−322639)
【出願日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】