説明

オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法

【課題】オーステナイト系ステンレス鋼における耐IGSCC特性、特に耐IGSCC進展性を向上させ、耐久性を向上させる。
【解決手段】3本の粒界から構成される粒界三重点における、2本の粒界が対応粒界であり1本の粒界がランダム粒界である粒界三重点(J2CSL)の頻度が35%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力発電所及び化学プラント等に適用される耐食性、特に耐粒界腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼、及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼は、機械的性質及び耐食性に優れた材料であり、一般構造用から原子力機器用まで幅広く使用されている。しかし、過酷な腐食環境下では応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking、以下SCCと称する)を生じることが知られている。特に結晶粒界に沿って進展するSCCを粒界型応力腐食割れ(Intergranular Stress Corrosion Cracking、以下IGSCCと称する)と呼び、溶接熱影響部等で発生する。熔接熱影響部は、通常600〜700℃の温度に加熱される。この温度範囲で、材料の中のCが、固溶解限を超えてしまうため、Crと結合し、Cr23として粒界において析出する。このようなCr炭化物付近のCr濃度の低下、いわゆる粒界付近のCr欠乏は、粒界の耐食性低下さらに粒界腐食割れの発生の原因とされている。
【0003】
粒界工学の発展とともに、結晶方位及び粒界性格分布を制御し、より高性能化・高機能化した材料の開発が可能になっている。特に、対応粒界(Coincidence Site Lattice粒界、以下CSL粒界と称する)の低エネルギーの粒界構造を利用した粒界性格制御に関する研究が注目されている。CSL粒界とは、結晶粒界を挟んだ隣接した結晶同士の片方を結晶軸の周りに回転したときに、格子点の一部が隣の結晶粒の格子点に位置して、両結晶に共通する副格子を構成するような粒界をいう。この際、回転軸と回転角度によって原点以外にも周期的に重なる格子点が形成される。これを対応格子点とよぶ。もとの結晶格子の単位胞体積とここで形成される対応格子の単位胞体積との比をΣ(シグマ)値とよぶ。従来の研究データにより、CSL粒界以外の粒界(以下、ランダム粒界と称す)と比べ、粒界エネルギーが低いかつ格子構造が比較的に安定である低ΣCSL粒界(シグマ値が29以下の対応粒界)は、Crが欠乏しくいと認識されており、応力腐食割れが生じにくいとされている。
【0004】
以上の理論に基づき、材料の耐食性や耐IGSCC性を改善するために、加工熱処理過程で発生する焼鈍双晶を利用して、低ΣCSL粒界頻度を向上させる技術の研究開発が最近盛んである。その中で、低ΣCSL粒界頻度を向上させることによって材料の耐IGSCC性を改善するという材料プロセスがいくつか提案されている(特許文献1、2、3)。
【0005】
特許文献1では、304系、316系及び347系のステンレス鋼において、2〜30%の圧延率(圧延率とは、パーセンテージ又はフラクションで表される、元の断面積に対する試料断面積の減少量の比である)を導入した後、1113Kから1173K未満の温度で熱処理を行うことにより、結晶方位差角15°以上でかつΣ値29以下である低ΣCSL粒界頻度を65%以上にすることができると主張している。しかしながら、70%以上の高頻度を達成するためには、数十時間という長時間の熱処理を要し、多大なコストがかかるといった問題がる。また、特許文献1では、結晶粒径を200μm以内抑えることができたと述べられている。加工熱処理による結晶粗大化が生じるため、原子力材料として使われる場合は、高温強度の低下に懸念がある。特に、粒径が母材十倍近くまで成長すると、たとえ粒径を200μm以内に抑えても、Hall−Petch法則により、強度の低減は無視できない。したがって、加工熱処理により、低ΣCSL粒界頻度を高めることの一方で、結晶粗大化の抑制は課題となっている。
【0006】
特許文献2では、75%以上の低ΣCSL粒界頻度を有するオーステナイト系ステンレス鋼を請求項に挙げている一方で、実施例ではSUS304の一鋼種のみの結果しかない。JIS規格で決められたオーステナイト系ステンレス鋼は、その化学成分、特にNiとCrが広い範囲に規定されている。従来の研究により、化学成分の違いによる材料の積層欠陥エネルギーの差異が、粒界遷移、即ち低ΣCSL粒界の成長に影響するため、SUS304だけに成功した加工熱処理条件が、すべてのオーステナイト系ステンレス鋼に適用できると断言するのは、妥当ではないと考えられる。さらに、特許文献2では、2〜15%の圧延率を導入した後、75%以上の高い低ΣCSL粒界頻度に達成するために、1173Kから1273K未満の温度で5時間以上の熱処理を実施しており、熱処理のためのコストが多大となるといった問題がある。
【0007】
特許文献3では、Crを含む鉄基又はニッケル基面心立方合金において、圧延率5%〜30%を導入した後、1173K〜1325Kの温度で2分〜10分の熱処理を施すことにより、30μm以下の粒径、かつ60%以上の低ΣCSL粒界頻度が達成される旨述べられている。その実施例によると、低ΣCSL粒界頻度は最大77.1%に達しているが、必要な圧延率が達成されるまで冷間圧延と熱処理のプロセスを数回繰り返さなければならないために、実際の所要合計時間及びコストは低くはない。
【0008】
また、粒界工学を用いて、低ΣCSL粒界以外の観点から耐IGSCC性を改善させる手法もいくつか提案されている(特許文献4、5)。例えば、特許文献4では、熱間鍛造または熱間圧延において、30%以上の圧延率を材料に導入にした後、熱処理を実施することにより、低ΣCSL粒界の中で、粒界エネルギーが最も低い双晶粒界(Σ3粒界)を30%以上に高め、耐IGSCC性に優れるステンレス鋼を請求項に挙げている。しかし、特許文献4の実施例によると、30%以上の高圧延率を材料に導入するために、複数回に熱間鍛造または熱間圧延の工程が必要であり、多大なエネルギー消費が必要となりコストの増大が問題となる。また、特許文献4の図1及び2には、双晶粒界を30%以上高めることだけで、せいぜい腐食減量を15%程度低減させることができたことが伺える。しかし、双晶粒界の向上度合いを30%という閾値で評価しても、耐IGSCC効果には不十分だと考えられる。さらに、特許文献4の実施例の結果を示す表3には、実際に実現できたのは、どれも双晶頻度が50%未満であることが分かる。
【0009】
特許文献5では、従来CSL粒界に比べて耐IGSCC性が低いとされていたランダム粒界のうち、結晶粒界における方位差が大きいランダム粒界は、逆に耐IGSCC性に優れることを主張し、方位差50°以上のランダム粒界が20%以上となるようなステンレス鋼の加工熱処理方法を開示している。しかし、特許文献5には、耐IGSCC性に関して、CSL粒界と方位差50°以上のランダム粒界との比較が記載されていない。また、60%以上の高圧延率あるいは加工度が必要となり、機械加工段階で高いエネルギーが必要とされ、多大なコストを要するといった問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−339576号公報
【特許文献2】特開2003−253401号公報
【特許文献3】特願平6−514639号公報
【特許文献4】特開2005−15896号公報
【特許文献5】特開2005−15899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上のように、従来の粒界性格制御技術は、いずれも高圧延率、または長時間の熱処理時間が必要であり、省エネルギー面においては、好ましくない。さらに、従来の技術は、IGSCC発生の抑制効果のみに着目しており、IGSCC進展の抑制効果については、見込まれていない。これまで産業界に使用されている様々な材料の実績、あるいは研究機関の開発により生まれた新材料のデータを見ると、完全にIGSCCを根絶できる材料は未だない。IGSCCが一旦発生すると、機器の定期点検までの進展量が、実機の安全運転に対して現実的に重要な意味を持つ。したがって、耐IGSCC特性としては、IGSCCの発生を抑制するだけではなく、一旦発生したIGSCCの進展を抑制する点も重要な因子となる。
【0012】
そこで本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼における耐IGSCC特性、特に耐IGSCC進展性を向上させ、耐久性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼において観察される、3本の粒界から構成される粒界三重点のなかで、2本の粒界が対応粒界であり1本の粒界がランダム粒界である粒界三重点(J2CSL)の頻度がIGSCCの進展性に大きく関与することを見いだし、また、この粒界三重点(J2CSL)の頻度を制御する条件を見いだし、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は以下を包含する。
【0015】
(1)3本の粒界から構成される粒界三重点における、2本の粒界が対応粒界であり1本の粒界がランダム粒界である粒界三重点(J2CSL)の頻度が35%以上であるオーステナイト系ステンレス鋼。
【0016】
(2)質量%として、C:0.001〜0.100%、Ni:12〜30%、及びCr:15〜30%を含む(1)記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0017】
(3)結晶粒径が40〜80μmである(1)記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0018】
(4)炭素、ニッケル及びクロムを含有する元材である材料を2〜5%の圧延率で冷間圧延した後、再結晶温度以上の温度で熱処理することで得られるオーステナイト系ステンレス鋼。
【0019】
(5)上記元材に含まれる炭素、ニッケル及びクロムは、質量%として、C:0.001〜0.100%、Ni:12〜30%、及びCr:15〜30%である(4)記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0020】
(6)結晶粒径が40〜80μmである(4)記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0021】
(7)炭素、ニッケル及びクロムを含有する元材である材料を2〜5%の圧延率で冷間圧延した後、再結晶温度以上の温度で熱処理を施すオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0022】
(8)熱処理温度が1300K以上である(7)記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0023】
(9)熱処理を施す時間が30分〜180分である(7)記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、2本の粒界が対応粒界であり1本の粒界がランダム粒界である粒界三重点の頻度を規定することによって優れた耐IGSCC特性を備えたものとなる。このため、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、例えば原子力発電所又は化学プラントといった応力腐食環境において使用される構造材料として応用することができる。
【0025】
また、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法によれば、2本の粒界が対応粒界であり1本の粒界がランダム粒界である粒界三重点の頻度を制御することができ、優れた耐IGSCC特性を備えるオーステナイト系ステンレス鋼を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】IGSCC上の粒界三重点の分布を示すグラフである。
【図2】低ΣCSL粒界頻度と耐IGSCC粒界三重点頻度の相関を示すグラフである。
【図3】耐IGSCC粒界三重点頻度の向上によるIGSCCが発生した粒界の数の変化を示すグラフである。
【図4】CBB試験片における最大き裂長さの比較を示すグラフである。
【図5】圧延率と耐IGSCC粒界三重点頻度の関係を示すグラフである。
【図6】熱処理温度と耐IGSCC粒界三重点頻度の関係を示すグラフである。
【図7】沸騰水型原子炉の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を、化学成分、微視的構造、機械特性、製造方法及び実用性に区分して詳細に説明する。
【0028】
1.化学成分
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、Feを主体とする面心立方晶からなる多結晶金属材料から構成されるものである。材料の組成は、質量%として、C:0.001〜0.100%、Ni:8〜30%、Cr:15〜30%を含むことが好ましい。その他、必要に応じて、Mn、Mo、Si等の元素を含んでも良く、それらの合計量は材料中7質量%以下とすることが好ましい。
【0029】
C:0.001〜0.100%
Cは、強度を得るために有効な元素である。一方、含有量が0.100%を超えると、溶接熱影響部の粒界に炭化物が生成しやすく、耐IGSCC性が低下する恐れがある。したがって、Cの含有量は0.001%以上、0.100%以下とすることが好ましい。
【0030】
Ni:12〜30%
Niは、鋼の耐食性を維持するために必要な元素である。また、オーステナイトの安定化元素として、12%以上の含有量が必要である。一方、その含有量が30%を超えると、熱間加工性が著しく悪化する。したがって、Niの含有量は12%〜30%とすることが好ましい。
【0031】
Cr:15〜30%
Crは、鋼の耐食性を維持するために必要な元素である。粒界上のCr偏析を緩和させ、耐食性を確保するために、その含有量を15%以上とする必要がある。一方、その含有量が30%を超えると、材料が脆化しやすくなり、熱間加工性が著しく悪化する。したがって、Crの含有量は15%〜30%とすることが好ましい。
【0032】
2.微視的構造
2.1 耐IGSCC粒界三重点頻度
前述した通りに、低ΣCSL粒界は低い粒界エネルギーを有するため、ランダム粒界より優れる耐食性を持つとされている。パーコレーション理論により、無限な材料モデルにおいて、低ΣCSL粒界頻度が70%を超えると、き裂の発生箇所、即ちランダム粒界のクラスターが、理論上完全に分断される。つまり、低ΣCSL粒界頻度が70%を越えると、たとえあるランダム粒界で粒界割れが発生しても、き裂が測定領域内の他所のランダム粒界まで伝達しにくくなる。しかし、実際の材料は、有限な体積を持ち、かつ粒界性格分布が必ずしもで均一ではないため、低ΣCSL粒界頻度が70%を超えても、ランダム粒界のクラスターがお互いにつながるケースもある。したがって、耐IGSCC性、特に耐IGSCC進展性を評価する際に、実際のランダム粒界の連結性を考慮しなければならない。
【0033】
そこで、本発明者らは、粒界三重点分布(TJD:Triple Joint Distribution)の概念を導入した。粒界三重点は、交差する3つの粒界の性格により、表1のように4種類に分けることができる。
【0034】
粒界三重点J0CSLは、3本のランダム粒界で構成され、その頻度をf0CSLとする。
【0035】
粒界三重点J1CSLは、2本のランダム粒界と1本の低ΣCSL粒界で構成され、この頻度をf 1CSLとする。
【0036】
粒界三重点J2CSLは、1本のランダム粒界と2本の低ΣCSL粒界で構成され、その頻度をf 2CSLとする。
【0037】
粒界三重点J3CSLは、3本の低ΣCSL粒界で構成され、その頻度をf3CSLとする。
【0038】
【表1】

【0039】
実際の各粒界三重点におけるIGSCCの進展挙動を検討するために、本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼を用いて、隙間付き定変位曲げ(Crevice Bent Beam、以下はCBBと称する)試験を行い、IGSCCが経由したすべての粒界三重点の分布を調査した、その結果を図1に示す。三重点J3CSLにおいては、まったくIGSCCが観察されていないが、ランダム粒界との連結がないため、IGSCCの進展を阻止する効果を果たしていないとされる。三重点J2CSLは、き裂の前方は、2本の低ΣCSL粒界により、ランダム粒界分断されているため、進展が抑制され、IGSCCの経路上の数が非常に少ない。一方、三重点J0CSLおよび三重点J1CSLのいずれにおいても、前方にて少なくとも1本のランダム粒界と連結しているため、IGSCCの進展が完全に阻止されず、進展し続ける。以上の考察から、三重点J2CSLによるIGSCC進展抑制効果を検証した。なお、以下の説明において粒界三重点J2CSLを他の粒界三重点と区別するため耐IGSCC粒界三重点とよぶ場合もある。
【0040】
さらに、本発明者らは、ランダム粒界と連結がある粒界三重点、即ち三重点J0CSL、J1CSL、J2CSLのうち、耐IGSCC粒界三重点の割合P2CSLを高めることにより、耐IGSCC進展性を材料に与えた。ここのP2CSLを耐IGSCC粒界三重点頻度と称し、式(1)で定義することができる。
【0041】
【数1】

【0042】
また、十分な粒界三重点数を有する測定領域においては、式(2)が成り立つ。
【0043】
【数2】

【0044】
(2)式においてnは、それぞれの粒界三重点数を表わす。粒界三重点に基づいたパーコレーション理論計算によると、P2CSL≧35%になると、完全にランダム粒界が分断できる。しかし、従来の技術を用いると、P2CSL≧35%となるように高い耐IGSCC粒界三重点頻度を達成するのは、実に困難である。本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼において、従来の加工熱処理技術を用いて、粒界性格制御試験を実施した。その結果を、図2に示す。図中、低ΣCSL粒界頻度が80%を超えても、耐IGSCC粒界三重点頻度が30%程度しかない。これは、双晶同士の成長により、三重点J3CSLの頻度が高まった一方で、ランダム粒界の分断効果を果たしていないことを示唆する。また、低ΣCSL粒界頻度が90%に近づくと、耐IGSCC粒界三重点頻度が35%に達したが、そこまで高い低ΣCSL粒界頻度を得るには、結晶粒径が100μ以上に粗大化してしまい強度が低下するおそれがある。したがって、高い耐IGSCC特性を持ちながら、結晶粗大化を抑制するためには、低ΣCSL粒界頻度を75%〜85%とすることが好ましい。さらに、耐IGSCC進展性を考慮すると、耐IGSCC粒界三重点頻度を35%以上とすることが好ましい。
【0045】
耐IGSCC粒界三重点頻度を向上させることにより、耐IGSCC発生性及び耐IGSCC進展性が向上することを検証するために、本発明者らは、30%以上の低ΣCSL粒界頻度を達成したオーステナイト系ステンレス鋼の粒界性格制御材を用いて、CBB試験を行い、耐IGSCC性効果について母材(非制御材)との相違を比較した。
【0046】
EBSD(Electron Backscatter Diffraction)を用いた低ΣCSL粒界分布の解析により、粒界性格制御材の耐IGSCC粒界三重点頻度は30.1%であり、非制御材の耐IGSCC粒界三重点頻度は17.0%であった。そして、長手方向が冷間圧延方向と垂直になるように、50mm×10mm×2mmtのCBB試験片を作製した。IGSCC発生を促進させるために、10mm間隔で4ヶ所にV型ノッチを機械加工で導入し、このV型ノッチ付き試験片をそれぞれ4本作製した。ノッチ深さは0.5mm、ノッチ開口角は45゜、ノッチ底の曲率半径はR=0.25mmである。ノッチ底部におけるひずみは10%である。試験片の両表面は1000番のエメリ紙で仕上げた。100Rの曲率を有した試験片固定冶具にノッチCBB試験片とグラファイトを密着させてセットした後、オートクレーブ内に入れ、288℃、DO(溶存酸素濃度)8ppm、導電率(入口)0.1μS/cm以下の高温水中に2000時間浸漬した。
【0047】
図3には、試験後IGSCCが発生した粒界数のノッチ毎の平均値を示す。粒界性格制御材のIGSCC粒界数は23であり、非制御材の68より小さく、約1/3であった。各試験片における合計16箇所のノッチで観察されたIGSCCの中で、最大割れ深さを有するものを測定し、その値を図4に示す。粒界性格制御材の最大割れ深さは225.5μmであり、非制御材の657.7μmより小さく、約1/3であった。
【0048】
以上の解析により、同様な応力腐食環境下では、耐IGSCC粒界三重点頻度を、さらに35%まで高めれば、応力腐食割れの最大深さ及び応力腐食割れが発生した粒界の数を、いずれも従来材の3分の1以下に低下させることが見込まれる。
【0049】
以上のように、耐IGSCC粒界三重点頻度を17%から30%まで向上させることにより、顕著な耐IGSCC発生性及び耐IGSCC進展性が確認された。つまり、結晶粒界性格を制御することにより、粒界腐食やIGSCCに対する抵抗性を向上させることができる。このような粒界性格制御材料を、原子力発電プラント、化学プラント等の、粒界に起因する腐食が問題となるプラント部位に適用することにより、健全性劣化を抑制し、従来材を用いた場合に比べてプラントを長寿命化することができる。上記実験で検証した両試験片についての耐IGSCC粒界三重点頻度範囲及びパーコレーション理論を考慮して、耐IGSCC性効果を果たすために、耐IGSCC粒界三重点頻度を35%以上とする。
【0050】
2.2 結晶粒径
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、EBSDを用いて、低ΣCSL粒界頻度、双晶(Σ3)粒界頻度及び結晶粒径(双晶を含む)の解析を行った。その結果を表2に示す。
【0051】
【表2】

【0052】
一般的に、熱処理より結晶粒の粗大化が生じるとされている。粒径の粗大化に伴う粒界体積の低下は、粒界にて発生する粒界腐食割れに対して軽減効果をもたらし得る。また、不純物や熱処理に伴う析出物は、主に粒界に蓄積し、粒界の強度を低減させる。化学成分の濃度が一定の場合には、粒界体積の低下により、それらの不純物や析出物の蓄積量を抑制でき、粒界の強度の低下を防ぐことができる。したがって、粒径の粗大化は、粒界腐食割れ及び析出物による粒界の強度の低減に抑制効果があると考えられる。40μm以上の結晶粒径は、元材料の20μmに比べて約2倍の値であり、これによって元材料よりも優れた粒界腐食割れの抑制効果が得られると考えられる。ただし、元の粒径の4倍以上になると、粒界よりやわらかいマトリクスの体積が急に増えるため、逆に材料の強度を低下させる場合がある。したがって、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼においては、加工熱処理後の結晶粒径は40〜80μmとすることが好ましい。
【0053】
3.製造方法
3.1 圧延率
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼の材料において、35%以上の耐IGSCC粒界三重点頻度、及び好ましくは40〜80μmの結晶粒径を得るための手法として、固溶化熱処理後、元材である板材を2%〜5%の圧延率で室温にて冷間圧延し、再結晶温度以上、例えば1300K以上の熱処理温度でアニーリングすることを特徴とする。
【0054】
本発明者らは、表3に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼において、圧延率1%、2%、3%、5%、6%で、冷間圧延を行った後、熱処理温度1300〜1500Kで、熱処理時間2時間で熱処理を行った。
【0055】
【表3】

【0056】
熱処理後の各試験片の粒界性格をEBSDで分析した。圧延率と耐IGSCC粒界三重点頻度との関係を図5に示す。図5から分かるように、圧延率2%〜5%の試験片では、35%以上の耐IGSCC粒界三重点頻度が得られたが、圧延率が1%未満では、熱処理時の粒界移動が活性化されず、耐IGSCC粒界三重点頻度の増加は僅かであった。また、圧延率が6%以上になると、熱処理により再結晶化が促進され、大幅な耐IGSCC粒界三重点頻度の増加は抑制されることが推測される。以上の理由により、本発明の製造方法においては2%〜5%の圧延率が最適な圧延率範囲となる。
【0057】
3.2 熱処理温度と時間
本発明者らは、表3に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼について、3%の圧延率で冷間圧延を行い、熱処理時間2時間として、熱処理温度1250K、1350K、1450Kでそれぞれ熱処理を行った。熱処理後の各試験片の粒界性格をEBSDで分析した。それらの熱処理温度と耐IGSCC粒界三重点頻度との関係を表4に示す。圧延率4%の試験片では、いずれも熱処理温度1350K以上の場合に、2時間の熱処理によって、35%以上の耐IGSCC粒界三重点頻度を達成できたが、1350K未満になると、更なる熱処理時間を要し、短時間で低ΣCSL粒界頻度を向上させるのは困難であった。したがって、温度の下限を1300Kとした。ただし、よい熱処理効率を得るために、1300K〜1500Kの温度範囲が好ましい。
【0058】
また、この温度範囲で、35%以上の耐IGSCC粒界三重点頻度を達成するための最も効率よい熱処理時間は30分〜180分以内である。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
表3に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼について、3%(試験片A)及び5%(試験片B)の圧延率で室温にて冷間圧延を行った後、それぞれ1450Kの熱処理温度で120分間のアニーリングを行った。その後、水冷を実施した。それらの試験片の粒界性格解析結果を、表4に示す。2本の試験片とも耐IGSCC粒界三重点頻度35%以上、かつ粒径40〜80μmを達成した。
【0061】
【表4】

【0062】
(実施例2)
表5に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼について、3%(試験片C)及び5%(試験片D)の圧延率で室温にて冷間圧延を行った後、それぞれ1450Kの熱処理温度で120分間のアニーリングを行った。その後、水冷を実施した。それらの試験片の粒界性格解析結果を、表6に示す。2本の試験片とも耐IGSCC粒界三重点頻度35%以上、かつ粒径40〜80μmを達成した。
【0063】
【表5】

【0064】
【表6】

【0065】
(実施例3)
35%以上の耐IGSCC粒界三重点頻度が得られる本発明の加工条件で、表3に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼を用いて、図7に示す沸騰水型原子炉(BWR:Boiling Water Reactor)の炉心シュラウドの作製が見込まれる。
【0066】
(比較例1)
表5に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼について、6%(試験片E)及び8%(試験片F)の圧延率で室温にて冷間圧延を行った後、それぞれ1450Kの熱処理温度で120分間のアニーリングを行った。その後、水冷を実施した。それらの試験片の粒界性格解析結果を、表7に示す。2本の試験片とも耐IGSCC粒界三重点頻度が30%未満となり、ランダム粒界の分断効果が不十分である。
【0067】
【表7】

【0068】
(比較例2)
表5に示す化学成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼について、3%(試験片G)及び5%(試験片H)の圧延率で室温にて冷間圧延を行った後、それぞれ1073K未満の(再結晶温度以下)熱処理温度で120分間のアニーリングを行った。その後、水冷を実施した。それらの試験片の粒界性格解析結果を、表8に示す。熱処理温度が再結晶温度以下であるため、2本の試験片とも再結晶が不十分のため、低ΣCSL粒界頻度および耐IGSCC粒界三重点頻度の両方とも顕著な向上が得られなかった。
【0069】
【表8】

【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、例えば原子力機器におけるシース材を始め、原子力発電所及び化学プラントなどの応力腐食環境下で使用される構造部材として幅広い応用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3本の粒界から構成される粒界三重点における、2本の粒界が対応粒界であり1本の粒界がランダム粒界である粒界三重点(J2CSL)の頻度が35%以上であるオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
質量%として、C:0.001〜0.100%、Ni:12〜30%、及びCr:15〜30%を含む請求項1記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
結晶粒径が40〜80μmである請求項1記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
炭素、ニッケル及びクロムを含有する元材である材料を2〜5%の圧延率で冷間圧延した後、再結晶温度以上の温度で熱処理することで得られるオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
上記元材に含まれる炭素、ニッケル及びクロムは、質量%として、C:0.001〜0.100%、Ni:12〜30%、及びCr:15〜30%である請求項4記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
結晶粒径が40〜80μmである請求項4記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
炭素、ニッケル及びクロムを含有する元材である材料を2〜5%の圧延率で冷間圧延した後、再結晶温度以上の温度で熱処理を施すオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
熱処理温度が1300K以上である請求項7記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項9】
熱処理を施す時間が30分〜180分である請求項7記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−275569(P2010−275569A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126216(P2009−126216)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(507250427)日立GEニュークリア・エナジー株式会社 (858)
【Fターム(参考)】