説明

ガス加圧射出成形法及びその方法で成形された射出成形体

【課題】意匠面のひけがなく、表面平滑で、かつ、高品質の外観を有する射出成形体を得るためのガス加圧射出成形法及びその方法により成形された射出成形体を提供すること。
【解決手段】熱可塑性樹脂を溶融樹脂として金型キャビティ内に射出した後、射出成形体の裏面(非意匠面)とそれに対応する金型キャビティ面(非意匠側型面)間に加圧ガスを圧入して射出成形体の表面(意匠面)をそれに対応する金型キャビティ面(意匠側型面)に押し付ける工程を含むガス加圧射出成形法であって、
(a)溶融樹脂を金型キャビティ内に射出する前に、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温する工程と、
(b)溶融樹脂の射出終了後、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度に降温して射出成形体を冷却する工程と、
を含む、射出成形法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、意匠面のひけがなく、表面平滑で、かつ、高品質の外観を有する射出成形体を得るためのガス加圧射出成形法及びその方法で成形された射出成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、裏面(以下、非意匠面とも称される。)にボス、リブが付いた成形体の表面(以下、意匠面とも称される。)に発生するひけを防止し、表面外観をより良好にするための方法が検討されている。例えば、特許文献1には、金型キャビティ面の温度を、成形する樹脂のビカット軟化点よりも若干低い温度に設定して溶融樹脂を射出した後、成形体の非意匠面とそれに対応する金型キャビティ面の間に加圧ガスを圧入しながら成形体を冷却することにより、樹脂収縮に伴って意匠面に発生するひけを防止し、外観に優れた成形体を得るガス加圧射出成形法が開示されている。また、特許文献2には、成形前に高周波誘導加熱により金型キャビティ面の温度を成形する樹脂の弾性率が室温時の1/3以下に低下する温度以上に設定して射出成形し、冷却過程で前述と同様に成形体の非意匠面と金型キャビティの間に加圧ガスを圧入することにより、ひけのない、外観に優れた成形体を得るガス加圧射出成形法が開示されている。
高品質の外観を有する成形体を得るための他の方法として、特許文献3には、加熱媒体(例えば、水蒸気)と冷却媒体(例えば、水)を金型キャビティ冷却孔に選択的に流すことにより、成形工程における金型キャビティの温度を制御する方法が開示されている。具体的には、射出成形前に金型キャビティ面の温度を樹脂の荷重たわみ温度より0〜100℃高い温度に昇温して射出し、成形後、荷重たわみ温度より10℃〜100℃低い温度に冷却して成形体を取り出す方法、即ち、成形工程で金型キャビティ温度を昇温、降温制御して射出成形する方法が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開平11−314241号公報
【特許文献2】特開平06−254924号公報
【特許文献3】特開平10−100216号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に開示された方法では意匠面のひけは改善されるものの、金型キャビティ面の温度が低く、ウエルドライン、ジェッティング、フローマーク等を完全に解決した高品質の外観を有する成形体を得ることは困難である。また、特許文献2に開示された方法では、誘導加熱で金型キャビティを加熱するためインダクターを用いるが、均一加熱を実現するインダクターのコイルの形状設計が難しく、金型キャビティの加熱むらが避けられない。また、複雑な形状を有する成形体、例えば、深い奥行きを有する筐体状の成形体等への適用は上述の理由から原理的に難しい等の問題点を有している。さらに、意匠面側の型面のみ加熱するため、意匠面と非意匠面の成形体表面に残留する樹脂配向ひずみが異なり、成形体の形状によっては反りの発生が抑えられない。
特許文献3に開示された方法では、金型キャビティ面の温度を樹脂のガラス転移温度以上(樹脂の荷重たわみ温度よりおよそ20℃以上高い温度)に設定した場合のみ、高品質の外観を有する成形体が得られるが、ボス、リブ部のひけの問題は改善されていない。また、ガスアシスト成形法を併用することにより、即ち、ボス、リブ等のひけを生じ易い部分の内部に高圧ガスを圧入することにより、部分的にある程度ひけを抑止できるが、基本的には高圧ガスが入った成形体の部分のみに効果があり、技術的に十分であるとは言えない。
【0005】
上記事情に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、意匠面のひけがなく、表面平滑で、かつ、高品質の外観を有する射出成形体を得るためのガス加圧射出成形法及びその方法により成形された射出成形体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、熱可塑性樹脂を溶融樹脂として金型キャビティ内に射出した後、射出成形体の裏面(非意匠面)とそれに対応する金型キャビティ面(非意匠側型面)間に加圧ガスを圧入して射出成形体の表面(意匠面)をそれに対応する金型キャビティ面(意匠側型面)に押し付ける工程を含むガス加圧射出成形法であって、(a)溶融樹脂を金型キャビティ内に射出する前に、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温する工程と、(b)溶融樹脂の射出終了後、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度に降温して射出成形体を冷却する工程と、を含む射出成形法により、意匠面全体にひけがなく、表面平滑で、かつ、高品質の外観を有する成形体を安定的に得られることを見出し本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]
熱可塑性樹脂を溶融樹脂として金型キャビティ内に射出した後、射出成形体の裏面(非意匠面)とそれに対応する金型キャビティ面(非意匠側型面)間に加圧ガスを圧入して射出成形体の表面(意匠面)をそれに対応する金型キャビティ面(意匠側型面)に押し付ける工程を含むガス加圧射出成形法であって、
(a)溶融樹脂を金型キャビティ内に射出する前に、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温する工程と、
(b)溶融樹脂の射出終了後、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度に降温して射出成形体を冷却する工程と、
を含む、射出成形法。
[2]
前記熱可塑性樹脂は、非結晶性の熱可塑性樹脂である、上記[1]記載の射出成形法。
[3]
上記[1]又は[2]記載の射出成形法で成形された射出成形体。
【発明の効果】
【0008】
本発明のガス加圧射出成形法により、意匠面のひけがなく、表面平滑で、かつ、ウエルドライン、フローマーク等のない高品質の外観を有する成形体を得ることができる。
本発明のガス加圧射出成形法は、ガラス繊維、炭素繊維、ガラスフレーク等のフィラー強化充填剤、その他のフィラーを添加したフィラー強化樹脂及び化学発泡剤、物理発泡剤等を添加した発泡性樹脂の射出成形にも適用できる。本発明の射出成形法は、これらの樹脂に適用した場合であっても、意匠面のひけがなく、フィラーの表面浮き、スワールマークのない表面平滑で、かつ、ウエルドライン、フローマーク等のない高品質の外観を有する成形体を安定的に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、本実施の形態)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0010】
まず、本実施の形態のガス加圧射出成形法(以下、単に本実施の形態の成形法とも言う。)に用いられる装置について説明する。以下の、図1〜図3において、本実施の形態の成形法で使用する金型の一例を示す。なお、図1〜図3においては、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0011】
図1は、本実施の形態の成形法で使用される金型及び金型温度調節機の一例を示すものである。図1で示すように、金型1は固定型1aと可動型1bで構成されており、可動型1bには、射出成形終了後に、射出成形体を突き出すエジェクターピン6が配置されている。また、金型1は金型キャビティ温調用冷却孔8a及び8bを有し、金型温度調節機11によって制御された加熱媒体と冷却媒体が選択的に流れて、成形工程における金型キャビティ面の温度が調節される。
【0012】
金型温度調節機11は、金型キャビティ面の温度を上昇させるために加熱媒体(例えば、水蒸気)を供給する加熱媒体供給源12と、金型キャビティ面の温度を降温(冷却)するために冷却媒体(例えば、水)を供給する冷却媒体供給源13と、加熱媒体供給源と冷却媒体供給源の動作を制御する制御装置とを有する。
【0013】
金型キャビティ面2a及び2bを構成する部分は、加熱熱媒、冷却媒体の熱効率を良くするために入れ子構造とし、入れ子は断熱層5a及び5bを介して金型本体と熱絶縁された断熱構造であるのが好ましい。また、金型キャビティ温調用冷却孔8a及び8bも金型キャビティ面を効率良く昇温及び降温する観点から、できるだけ金型キャビティ面に近い位置に、適切に設置されることが好ましい。
【0014】
金型1により成形される成形体は、厚肉リブ3を有する非意匠面とその反対側の面である意匠面を有し、非意匠面は可動型1b側の金型キャビティ面2b(非意匠側型面)で成形され、意匠面は固定型1a側の金型キャビティ面2a(意匠側型面)で成形される。ここで、意匠面を可動型1b側の金型キャビティ面2bで成形し、非意匠面を固定型1aの金型キャビティ面2bで成形してもよい。また、厚肉リブ3は厚肉ボスであってもよい。
【0015】
可動型1bにはガス圧入経路9が形成されており、加圧ガス源からガス圧入経路9へガスが供給される。また、可動型1bには、金型キャビティ2内に先端を臨ませた加圧ガス圧入ピン4が設けられている。この圧入ピン4は、図2(a)及び(b)に示されるように先端の断面が円の一部を削り取った形状をしており、これにより可動型1bとの間にクリアランスcが形成されている。このクリアランスは溶融樹脂が逆流して入り込むことはないが、加圧ガスは通過できる大きさになっている。具体的には、0.01〜0.05mmのクリアランスが設けられている。加圧源から供給された加圧ガスは、圧入ピン4と可動型1bとの間のクリアランスを通過し、金型キャビティ2内に圧入される。ガス逆流漏れを防止するため、圧入ピン4にはシール材7aが設置されている。シール材7aとしては、ニトリル−ブタジエンゴム製等の耐熱性Oリング等を用いることが好ましい。図3に加圧ガス圧入ピン4の構造の一例を示す。また、金型キャビティ2内に圧入されたガスの漏洩防止のため、エジェクターピン6と可動型1bとの間のクリアランスにもシール材7bが設けられている。
【0016】
また、金型1のパーティング面のシール性が高いと、溶融樹脂射出前の金型キャビティ2内の空気、溶融樹脂から発生したガス、加圧ガスの一部等が意匠面側に滞留し、厚肉リブ3に対応する意匠面側のひけが十分に改善されない場合がある。これを防止するために、固定型1aと可動型1bのパーティング面には、金型キャビティ2に通じるガス抜きベント溝10(溶融樹脂は侵入できないが、気体は通す大きさのスリット)を設けて大気開放しておくことが好ましい。
【0017】
[ガス加圧射出成形法]
次に、上記装置を用いて実施される本実施の形態のガス加圧射出成形法について、図中の記号を用いて説明する。
【0018】
本実施の形態のガス加圧射出成形法は、熱可塑性樹脂を溶融樹脂として金型キャビティ内に射出した後、射出成形体の裏面(非意匠面)とそれに対応する金型キャビティ面(非意匠側型面)間に加圧ガスを圧入して射出成形体の表面(意匠面)をそれに対応する金型キャビティ面(意匠側型面)に押し付ける工程を含むガス加圧射出成形法であって、(a)溶融樹脂を金型キャビティ内に射出する前に、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温する工程と、(b)溶融樹脂の射出終了後、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度に降温して射出成形体を冷却する工程と、を含む。
【0019】
本実施の形態の成形法は、金型キャビティ面の温度を熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温した状態で溶融樹脂を射出することにより、射出直後の樹脂粘度の急激な上昇が避けられ、後述するガス圧入工程における、意匠面のひけ防止のための非意匠面から押し付けるガス圧力の作用効果が大きくなる。従って、樹脂のビカット軟化点より低い金型キャビティ温度で成形する従来のガス加圧射出成形法に比べて、より低いガス圧力で、ひけがなく、表面平滑で、かつ、外観に優れた意匠面を有する成形体を得ることができる。
【0020】
工程(a)は、溶融樹脂を金型キャビティ内に射出する前に、金型キャビティ面の温度を熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温する工程である。
【0021】
本実施の形態の成形法においては、射出成形前の金型キャビティ面の温度を、熱可塑性樹脂のガラス転移温度より0〜30℃高い温度、好ましくは10〜20℃高い温度に昇温することが重要である。射出前の金型キャビティ面の温度が熱可塑性樹脂のガラス転移温度未満であると、後述するガス圧入工程における非意匠面から押し付けるガス圧力の作用効果が小さく、意匠面のひけが十分に抑制されないおそれがある。また、ウエルドライン、フローマーク等を完全に防止することが困難となるため外観が悪化する傾向にある。逆に、射出前の金型キャビティ面の温度が熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも30℃高い温度を超えると、金型の加熱冷却に不必要な熱ロスが生じ、また、金型キャビティ面の冷却時間が長くなり成形体の生産性が低下する傾向にある。射出前の金型キャビティ面の温度は、良好な外観を有する成形体を効率良く得るという観点から、熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも10〜20℃高い温度に昇温するのが特に好ましい。
【0022】
金型キャビティ面の温度制御は、加熱媒体供給源12と冷却媒体供給源13を備えた金型温度調節機11で行う。本工程においては、加熱媒体(例えば水蒸気)を金型キャビティ冷却孔8a及び8bに流して、金型キャビティ面2a及び2bの温度を昇温する。
【0023】
金型キャビティ面を昇温後(工程(a)の後)、熱可塑性樹脂を溶融樹脂として金型キャビティ2内に射出する。溶融樹脂の射出量は、金型キャビティ2の容積を満たすのに充分な量であることが好ましい。また、溶融樹脂を射出する際には、キャビティ内に保圧を充分かけた状態であるのが好ましい。射出保圧を充分にかけることにより、樹脂と金型キャビティ面2a及び2bとの密着性が高くなり、後述するガス層の圧力保持性が向上する傾向にある。
【0024】
溶融樹脂の射出終了直後、好ましくは保圧をかける前に、ガス圧入ピン4と可動型1bとの間のクリアランスを通して加圧ガスを圧入する(ガス圧入工程)。これにより、金型キャビティ2内に射出された溶融樹脂と金型キャビティ面2bとの隙間に、加圧ガスによるガス層が形成される。エジェクターピン6と可動型1bとの間のクリアランスに設けられたシール材7bはこのガス層の圧力保持を助けるものである。
【0025】
成形体の厚肉リブ3の突出側(非意匠面側)に形成されたこのガス層は、溶融樹脂が冷却固化する間、その反対の面、即ち、成形体の意匠面側を金型キャビティ面2aに対して継続的に押し付ける。この時、図4に示すように、リブ3の根元は加圧ガスの圧力によって絞り込まれ、これによってリブ3付近の溶融樹脂が流動して、リブ3に対応する意匠面をさらに金型キャビティ面2aに押え付けることになる。このことにより、リブ3の体積収縮による意匠面のひけの発生を防止することができる。図5に加圧ガスを圧入しない通常の成形方法で成形された成形体の態様例を示す。厚肉リブ3に対応する反対側の意匠面は、冷却過程における厚肉リブ3の収縮の影響でひけが発生し、外観が不良なものとなる。
【0026】
ガス加圧射出成形法におけるひけ防止効果は、通常、加圧ガス圧入時における成形体のリブ3表面の樹脂固化層の厚みとリブ3内部の樹脂粘度に大きく依存する。本実施の形態の成形法においては、金型キャビティ面の温度を熱可塑性樹脂のガラス転移温度より0〜30℃高い温度に昇温して溶融樹脂を射出することで、射出終了直後のリブ3表面の樹脂固化層は薄く柔らかくなり、リブ3内部の樹脂粘度も十分に低い状態に保たれる。従って、従来の樹脂のガラス転移温度より20℃以上低い金型キャビティ温度で成形する方法と比較して、より低いガス圧で良好なひけ防止効果を得ることが可能となる。
【0027】
加圧ガスの圧入後、成形体の非意匠面側に形成されるガス層の圧力はある程度保持されるが、その圧力は経時的に降下する。ガス層の圧力の大きさ及び圧力降下速度は、意匠面のひけの発生及び外観に影響する。当然のことながら、高い圧力のガス層を長時間維持させることができれば、ひけ防止効果は高くなる。従って、図1に示される金型1のように、加圧ガスを漏洩させないように、可動型1bにシール材7a及び7bが設置された気密性の高い金型を用いることが好ましい。
【0028】
ガス層の圧力の降下速度は、金型1の気密性、使用する樹脂の種類、成形条件等によって大きく変化する。本実施の形態の成形法においては、金型キャビティ面の温度を熱可塑性樹脂のガラス転移温度より0〜30℃高くした状態で溶融樹脂を射出することにより、樹脂と金型キャビティ面2a及び2bとの密着性がより高くなるためガス層の圧力保持が良好となる。従って、従来の樹脂のガラス転移温度より20℃以上低い金型キャビティ温度で成形する方法と比べて、半分以下の低いガス圧力でも意匠面のひけを防止することが可能となる。
【0029】
加圧ガスの圧力は、樹脂の種類、成形体の厚肉リブ3の形状、板厚等によって異なるが、通常1〜15MPa、好ましくは3〜10MPaである。加圧ガスを金型キャビティ2内に圧入するタイミングは、溶融樹脂を金型キャビティ2に充分に充填した直後が好ましい。また、加圧ガスの漏洩を防止するために、加圧ガスで成形体をその意匠面側に押え付けると同時に樹脂保圧を加え、さらに樹脂を補充することが有効である。本実施の形態の成形法に用いることができる加圧ガスとしては特に限定されず、窒素、空気、炭酸ガス等を用いることができるが、中でも、窒素等の不活性ガスを用いるのが好ましい。
【0030】
工程(b)は、溶融樹脂の射出終了後、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度に降温して射出成形体を冷却する工程である。
【0031】
溶融樹脂を射出後、加熱媒体の供給を止め、速やかに冷却媒体を冷却媒体供給源13より金型キャビティ冷却孔8a及び8bに流し、金型キャビティ面2a及び2bを熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度、好ましくは30℃以上低い温度に降温して、十分に成形体を冷却した後、成形体を金型から取り出す。
【0032】
ここで、工程(b)における金型キャビティ面の温度が熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度と規定したのは、大部分の非結晶性樹脂の荷重たわみ温度が、ガラス転移温度よりも約20℃低いところにあり、これ以下の温度で成形体を金型から取り出せば、成形体の冷却不足による変形が抑止できるという観点からである。
【0033】
また、成形体を金型から取り出した後、冷却媒体供給源13からの金型キャビティ冷却孔8a及び8bへの冷却媒体の供給を止め、加熱媒体を加熱媒体供給源12から金型キャビティ冷却孔8a及び8bに流して金型キャビティ面2a及び2bの昇温を開始し、金型キャビティ面の温度を熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0℃〜30℃高い温度に昇温することにより、連続して本実施の形態の成形法を実施することができる。
【0034】
金型キャビティに溶融樹脂として射出される熱可塑性樹脂としては、特に限定されないが、好ましくは非結晶性の熱可塑性樹脂(以下、非結晶性樹脂とも言う。)である。非結晶性樹脂は、樹脂射出後の冷却過程において、樹脂の固化点(ガラス転移温度)までは急激な粘度変化がなくゴム弾性状態を保持するため、加圧ガスによるひけ防止効果が大きくなる傾向にある。一方、結晶性樹脂は、冷却過程において樹脂が溶融温度(正確には再結晶化温度)以下の温度に達すると、結晶化により成形体の表面が急激に固くなり、それに伴って急激な収縮を開始するため、加圧ガスでひけを防止するのが実質的に困難となる場合がある。
【0035】
非結晶性の熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリスチレン(PS)やハイインパクトポリスチレン(HIPS)のようなゴム補強スチレン系樹脂、スチレン−アクリロニトリル共重合体(SAN樹脂)、アクリロニトリル−ブチルアクリレートラバー−スチレン共重合体(AAS樹脂)、例えば、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、アクリロニトリル−メチルメタクリル−ブタジエン−スチレン共重合体等のABS樹脂、ポリカーボネート(PC樹脂)、PC/ABS等のPC系樹脂、ポリメチルメタクリレート(PMMA樹脂)等のアクリル系樹脂、変性ポリフェレンニレンエーテル(変性PPE樹脂)等が挙げられる。熱可塑性樹脂は、ポリマーアロイでもよく、例えば、上述のPC/ABS樹脂、スチレンで変性した変性PPE樹脂や、PMMA/ABS樹脂、PC/PS樹脂等が好適に用いられる。
【0036】
本実施の形態の成形法において、例えば、熱可塑性樹脂としてガラス転移温度110℃を有する非結晶性ABS樹脂(例えば、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体)を用いた場合には、工程(a)の樹脂射出前の金型キャビティ面の温度は好ましくは120〜130℃であり、工程(b)の樹脂射出後の冷却工程おける金型キャビティ面の温度は好ましくは50℃以下である。
【0037】
本実施の形態の成形法で用いられる熱可塑性樹脂には、種々の添加剤が含まれていてもよい。例えば、エラストマー、可塑剤、発泡剤、安定剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤、難燃剤、着色剤、離型剤及びガラス繊維・チタン酸カリウィスカー・酸化亜鉛ウィスカー等の繊維状補強剤、さらにはガラスビーズ、ガラスフレーク、マイカ、炭酸カルシュウム、タルク等の充填剤を任意に添加することができる。
【0038】
ガラス繊維、炭素繊維、ガラスフレーク等のフィラー強化充填剤、その他のフィラーを添加したフィラー強化樹脂を通常の成形方法で成形した場合、フィラーの成形体表面への浮きが避けられず、表面平滑で、かつ、優れた外観を有する成形体を得ることは困難である。しかしながら本実施の形態の成形法によれば、溶融樹脂を射出する前に金型キャビティ面の温度を、熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温して溶融樹脂を金型キャビティ内に射出するため、金型キャビティ面に接触した樹脂が十分に柔らかく、射出圧力による樹脂圧によって成形体表面のフィラーの浮きが抑制され、金型キャビティ面が良好に転写されるため、表面平滑であり、かつ、高品質の外観を有する成形体を得ることが可能となる。
【0039】
また、通常、発泡性樹脂を射出成形すると、金型キャビティを溶融樹脂が流動する過程で、発泡ガスの噴出により、成形体の表面に発生する表面荒れ、いわゆるスワールマークが成形体の表面に発生するが、この場合も上記と同様の機構により、本実施の形態の成形法によれば、表面平滑であり、かつ、高品質な外観を有する成形体を得ることができる。なお、発泡性樹脂を射出成形する場合は、溶融樹脂が金型キャビティを流動する際のガスの噴出を防ぐため、射出前に、予め、金型キャビティ内を窒素、圧縮空気のガスで加圧するのが好ましい。
【実施例】
【0040】
以下に本実施の形態を具体的に説明した実施例及び比較例を例示するが、本実施の形態はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
実施例における成形条件、射出成形体の評価方法は以下の通りである。
(1)成形条件
射出成形機: 住友重機械工業社製SG220
樹脂射出二次圧(保圧): 射出一次圧の80%
金型キャビティ温度の制御: 昇温には高圧蒸気、降温には水を使用
加圧ガス圧入条件
使用ガス: 窒素
ガス圧力: 5MPa
ガス圧入時期、時間: 射出終了直後、5sec
ガス圧開放: 射出終了40sec後
(2)成形体のひけの深さ:後述する図6に示すリブに対応した意匠面(H部)の最大値
(測定機)
機器名:ミツトヨ製「SURFTEST500」
検出部:ダイヤモンド針接触式センサー(円錐形90°)
先端曲率半径:5μm
(測定条件)
走査速度:2mm/sec
走査距離:4mm
(3)成形体の60°光沢度: ASTM D523−67
測定機: スガ試験機株式会社製デジタル変角光沢形「UGV−5K」
【0041】
図6は、以下の実施例及び比較例で得られた射出成形体の斜視図を示す。射出成形体は大きさが300mm×200mm×30mm、板厚2.5mmで非意匠部(裏面)に2.0mmの厚さのリブを有する。
【0042】
(実施例1、2及び比較例1〜4)
図1の構造の金型を用い、表1に示された熱可塑性樹脂及び成形条件で成形して、図6に示す成形体を得た。全ての実施例及び比較例において、溶融樹脂の射出直後、非意匠面のリブに囲まれたエリア3箇所(図6のA)より加圧ガスを圧入した。得られた成形体の意匠面(図6のH部)のひけの深さを上述した測定器及び条件で測定し、表面平滑性の目安とした。また、成形体の意匠面の60°グロス(光沢度)を測定し、表面外観の美麗さの目安とした。測定結果を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
表1の結果から明らかなように、金型キャビティ面の温度を樹脂のガラス転移温度よりも10℃高い温度に昇温した状態で溶融樹脂を射出し、射出終了後には、金型キャビティ面の温度を樹脂のガラス転移温度よりも50℃低い温度に降温(冷却)して成形を行った実施例1及び2の成形体は、意匠面のひけが小さく(ひけの深さが浅く)、表面平滑であり、かつ、60°光沢度が高く高品質な外観を有していた。
一方、金型キャビティ面の温度を樹脂のガラス転移温度よりも50℃低い温度に一定にした状態でガス加圧射出成形を行った比較例1及び2の成形体は、実施例1及び2の成形体と比べて意匠面のひけが大きく、60°光沢度も低かった。特に、実施例2と比較例2は、フィラー強化樹脂を用いているため、ひけの深さ及び60°光沢度の差が大きかった。
また、ガス加圧工程を行わずに、金型キャビティ面の温度を、樹脂の射出時にガラス転移温度よりも10℃高い温度に、冷却時に樹脂のガラス転移温度よりも50℃低い温度にして射出成形を行った比較例3及び4の成形体は、60°光沢度は実施例1及び2と遜色ないものの、ひけの深さが実施例1及び2と比べて著しく大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のガス加圧射出成形法で得られる(リブ付き)成形体は、ひけがなく、表面平滑で、かつ、優れた外観を有しており、特に、美麗な外観が要求されるOA機器のハウジング、フラットパネルディスプレイの前面カバーや筐体等としての産業上利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本実施の形態のガス加圧射出成形法で使用される金型及び金型温度調節機の一例を示したものである。
【図2】本実施の形態のガス加圧射出成形法で使用される金型の加圧ガス圧入ピン先端のクリアランスの形態の一例を示したものである。
【図3】本実施の形態のガス加圧射出成形法で使用される金型の加圧ガス圧入ピンの形状の一例を示したものである。
【図4】加圧ガスを非意匠面のリブ部に圧入した場合の成形体の一態様を示したものである。
【図5】加圧ガスを非意匠面のリブ部に圧入しない場合の成形体の一態様を示したものである。
【図6】本実施の形態の射出成形体の一例を示したものである。
【符号の説明】
【0047】
1: 金型
1a: 固定型
1b: 可動型
2: 金型キャビティ
2a: 意匠側金型キャビティ面
2b: 非意匠側金型キャビティ面
3: 厚肉リブ
4: 加圧ガス圧入ピン
5a、5b: 断熱層
6: エジェクターピン
7a、7b: シール材
8a、8b: 金型キャビティ冷却孔
9: ガス圧入経路
10: パーティング面のベント溝
11: 金型温度調節機
12: 加熱媒体供給源
13: 冷却媒体供給源
c: 切り欠け溝
A: 加圧ガス圧入口
H部: リブ反対面の成形体のひけ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂を溶融樹脂として金型キャビティ内に射出した後、射出成形体の裏面(非意匠面)とそれに対応する金型キャビティ面(非意匠側型面)間に加圧ガスを圧入して射出成形体の表面(意匠面)をそれに対応する金型キャビティ面(意匠側型面)に押し付ける工程を含むガス加圧射出成形法であって、
(a)溶融樹脂を金型キャビティ内に射出する前に、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも0〜30℃高い温度に昇温する工程と、
(b)溶融樹脂の射出終了後、前記金型キャビティ面の温度を前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上低い温度に降温して射出成形体を冷却する工程と、
を含む、射出成形法。
【請求項2】
前記熱可塑性樹脂は、非結晶性の熱可塑性樹脂である、請求項1記載の射出成形法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の射出成形法で成形された射出成形体。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−255349(P2009−255349A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−105935(P2008−105935)
【出願日】平成20年4月15日(2008.4.15)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】