説明

ガラス組成物およびそれを用いた歯科用組成物

【課題】歯科用組成物に配合するガラスフィラーとして好適に用い得る、化学的耐久性に優れたガラス組成物を、容易かつ安価に提供することにある。また、ガラス製造装置に対する負荷を軽減できるガラス組成物を提供する。
【解決手段】質量%で表して、45≦SiO2≦65、5≦Al23≦15、0<MgO≦10、0<CaO≦15、15<SrO≦35、18<(MgO+SrO)≦40、0≦ZrO2<5の成分を含有し、B23、F、BaOおよびアルカリ金属酸化物を実質的に含有しないガラス組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス組成物に関し、特に歯科修復材料に用いられ、歯科用組成物に配合するガラスフィラーとして好適に用い得るガラス組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、取り扱い易さと表面光沢性の点から、アクリル系に代表される重合性化合物と無機フィラーとを含むコンポジットレジンと呼ばれる複合材料が、歯科修復材料として各種用途に広く使用されている。
【0003】
ここで、前記フィラーは、コンポジットレジンの機械的強度および化学的耐久性の改善、重合反応時の収縮量の低減、X線造影性の付与などの目的で添加される。このなかで、特にX線造影性を考慮したフィラーとしては、高いX線吸収性能を有するバリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、ジルコニウム(Zr)などの重金属元素を含有した歯科用ガラスが用いられている。
【0004】
特開平7−2618号公報には、モノマーのジメタクリレート、バリウム・アルミノ珪酸ガラスと微粒子状の二酸化珪素とからなる無機充填材混合物および光重合のためのγ−ジケトン/アミン系を含有する重合可能な歯科材料が開示されている。
特開平7−33476号公報には、歯科用充填材として用いられる合成樹脂ペースト用充填材として有用な、酸化バリウムを含まないX線高吸収性ガラスが開示されている。
特開平8−225423号公報には、良好なX線吸収を示し、バリウムと鉛とを含有せず、さらに良好な化学的、熱的に安定性を有する特別な歯科用ガラスが開示されている。
特開2000−143430号公報には、歯科用ガラス/ポリマー複合材に使用するためのバリウムフリー、X線不透過性の歯科用ガラスが開示されている。
【0005】
また、特開昭56−84336号公報、特開平1−126239号公報、特開平4−325435号公報および特開平5−232458号公報には、用途は異なるが、酸化ストロンチウム(SrO)を含有し、アルカリ金属酸化物の含有率が少ないガラス組成が開示されている。
【特許文献1】特開平7−2618号公報
【特許文献2】特開平7−33476号公報
【特許文献3】特開平8−225423号公報
【特許文献4】特開2000−143430号公報
【特許文献5】特開昭56−84336号公報
【特許文献6】特開平1−126239号公報
【特許文献7】特開平4−325435号公報
【特許文献8】特開平5−232458号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来技術には、次のような問題点があった。
特開平7−2618号公報に開示されている歯科用ガラスは、酸化バリウム(BaO)を含むバリウム・アルミノ珪酸ガラスを必須成分としている。
特開平7−33476号公報に開示されている歯科用ガラスは、必須成分として三酸化二ホウ素(B23)を含有している。
特開平8−225423号公報に開示されている歯科用ガラスは、必須成分として酸化ジルコニウム(ZrO2)を比較的多い割合で含有している。また、任意成分としてアルカリ金属酸化物を含有している。その実施例においても、酸化ナトリウム(Na2O)を10質量%以上含有したガラス組成が示されている。
特開2000−143430号公報に開示されている歯科用ガラスは、必須成分としてNa2Oを含有している。
【0007】
23は、揮発性に富む成分であるため、ガラス熔融時に揮発する可能性があり、また、揮発によりガラス組成が変動して、その制御が困難になる。さらに、B23は、熔解窯の炉壁や蓄熱窯を浸食して窯の寿命を低下させる可能性がある。
BaOの原料は、一般的に高価であり、ガラスの製造コストを上げる一因となる。また、BaOの原料には、取り扱いに配慮が必要なものもある。
アルカリ金属酸化物は、ガラス中から溶出して、歯科用組成物の特性を低下させる場合がある。また、歯科用組成物の化学的耐久性を低下させる可能性がある。
ZrO2は、X線吸収性能を有するものの、ガラスの失透を促進する成分である。失透が生じたガラスには結晶化した塊が存在するため、このような失透が生じたガラスを歯科用組成物のフィラーとして用いることは好ましくない。このため、失透のないガラスを製造するためには、ZrO2の含有率は小さいほうが好ましい。
【0008】
本発明の目的は、歯科用組成物に配合するガラスフィラーとして好適に用い得る、X線造影性、機械的強度および化学的耐久性に優れたガラス組成物を、容易かつ安価に提供することにある。また、この目的に併せて、ガラス製造装置に対する負荷を軽減できるガラス組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するため、本発明によれば、
質量%で表して、
45≦SiO2≦65、
5≦Al23≦15、
0<MgO≦10、
0<CaO≦15、
15<SrO≦35、
18<(MgO+SrO)≦40、
0≦ZrO2<5
の成分を含有し、
23、F、BaOおよびアルカリ金属酸化物を実質的に含有しないガラス組成物が提供される。
【0010】
また、本発明によれば、
重合性化合物、重合開始剤およびガラスフィラーを含有する歯科用組成物であって、
前記ガラスフィラーが、上記の本発明のガラス組成物からなり、
前記ガラスフィラーの形態が、鱗片状ガラス、ガラス繊維、ガラス粉末およびガラスビーズから選ばれる少なくとも1種である歯科用組成物を提供することもできる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のガラス組成物は、揮発性に富む成分を含まないのでガラス組成の制御が容易であり、高価な原料を必要としないので安価に製造できる。また、熔解窯の炉壁や蓄熱窯を浸食して窯の寿命を低下させる成分を含まないので、ガラス製造装置に対する負荷を軽減できる。
本発明のガラス組成物は、X線造影性、機械的強度および化学的耐久性に優れている。かかるガラス組成物をフィラーとして歯科用組成物に配合すれば、優れた性能を有する歯科用組成物となり、歯科修復材料として好適に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0013】
[ガラス組成物の組成]
本発明のガラス組成物は、質量%で表して、
45≦SiO2≦65、
5≦Al23≦15、
0<MgO≦10、
0<CaO≦15、
15<SrO≦35、
18<(MgO+SrO)≦40、
0≦ZrO2<5
の成分を含有し、且つ、B23、F、BaOおよびアルカリ金属酸化物を実質的に含有しない。
【0014】
本発明のガラス組成物の組成について、以下詳細に説明する。
【0015】
(SiO2
二酸化ケイ素(SiO2)は、ガラスの骨格を形成する主成分である。また、ガラスの失透温度および粘度を調整する成分であり、耐酸性を向上させる成分でもある。SiO2の含有率が45質量%以上であれば、失透温度の上昇を抑制して、失透のないガラスを容易に製造できる。また、ガラスの耐酸性も向上する。他方、SiO2の含有率が65質量%以下であれば、ガラスの融点が低くなり、ガラスを均一に熔融し易くなる。
したがって、SiO2の含有率の下限は、45質量%以上とする。好ましくは48質量%以上であり、より好ましくは50質量%以上である。SiO2の含有率の上限は、65質量%以下とする。好ましくは63質量%以下であり、より好ましくは60質量%以下である。58質量%以下であることがさらに好ましい。SiO2の含有率の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことが可能である。
【0016】
(Al23
酸化アルミニウム(Al23)は、ガラスの骨格を形成する成分である。また、ガラスの失透温度および粘度を調整する成分であり、さらには、耐水性を向上させる成分でもある。他方、Al23は、ガラスの耐酸性を低下させる成分でもある。Al23の含有率が5質量%以上であれば、失透温度および粘度の調整や、耐水性の改善が容易になる。Al23の含有率が15質量%以下であれば、ガラスの融点が低くなり、ガラスを均一に熔融し易くなる。また、ガラスの耐酸性も向上する。
したがって、Al23の含有率の下限は、5質量%以上とする。好ましくは6質量%以上であり、より好ましくは7質量%以上である。8質量%以上であることがさらに好ましい。Al23の含有率の上限は、15質量%以下とする。好ましくは13質量%未満であり、より好ましくは12質量%未満である。10質量%未満であることがさらに好ましい。Al23の含有率の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことが可能である。
【0017】
(MgO、CaO、SrO)
酸化マグネシウム(MgO)、酸化カルシウム(CaO)および酸化ストロンチウム(SrO)は、ガラスの失透温度および粘度を調整する成分である。また、酸化ストロンチウム(SrO)は、X線吸収性能を有しており、ガラスのX線造影性を向上させる成分でもある。
【0018】
MgOを含むガラス組成では、失透温度および粘度の調整が容易になる。他方、MgOの含有率が10質量%以下であれば、失透温度の上昇を抑制して、失透のないガラスを容易に製造できる。
したがって、MgOの含有率の下限は、0質量%より大きいこととする。好ましくは1質量%以上であり、より好ましくは2質量%以上である。MgOの含有率の上限は、10質量%以下とする。好ましくは8質量%以下であり、より好ましくは6質量%未満である。5質量%以下であることがさらに好ましい。MgOの含有率の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことが可能である。
【0019】
CaOを含むガラス組成では、失透温度および粘度の調整が容易になる。他方、CaOの含有率が15質量%以下であれば、失透温度上昇を抑制して、失透のないガラスを容易に製造できる。
したがって、CaOの含有率の下限は、0質量%より大きいこととする。好ましくは1質量%以上であり、より好ましくは2質量%以上である。CaOの含有率の上限は、15質量%以下とする。好ましくは12質量%以下であり、より好ましくは10質量%未満である。CaOの含有率の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことが可能である。
【0020】
SrOの含有率が15質量%より大きければ、失透温度および粘度の調整が容易になり、また、十分なX線造影性が得られる。他方、SrOの含有率が35質量%以下であれば、失透温度の上昇を抑制して、失透のないガラスを容易に製造できる。
したがって、SrOの含有率の下限は、15質量%より大きいこととする。好ましくは18質量より大きいことであり、より好ましくは20質量%より大きいことである。SrOの含有率の上限は、35質量%以下とする。好ましくは32質量%以下であり、より好ましくは30質量%以下である。SrOの含有率の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことが可能である。
【0021】
MgOとSrOの含有率の合計(MgO+SrO)が18質量%より大きければ、失透温度および粘度の調整が容易になる。他方、(MgO+SrO)が40質量%以下であれば、失透温度の上昇を抑制して、失透のないガラスを容易に製造できる。
したがって、(MgO+SrO)の下限は、18質量%より大きいこととする。好ましくは20質量%より大きいことであり、より好ましくは22質量%より大きいことである。24質量%より大きいことがさらに好ましい。(MgO+SrO)の上限は、40質量%以下とする。好ましくは38質量%以下であり、より好ましくは35質量%以下である。(MgO+SrO)の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことが可能である。
【0022】
(TiO2
酸化チタン(TiO2)は、ガラスの熔融性および化学的耐久性を向上させる成分であるが、ガラスの着色成分でもある。本発明のガラス組成物はTiO2を任意に含むことが可能であるが、本発明のガラス組成物をガラスフィラーとして配合したときに歯科用組成物の透明性を損なわない程度の含有率で含むことが望ましい。そこで、TiO2の含有率の上限は、2質量%以下であることが好ましい。より好ましくは1質量%以下であり、さらに好ましくは0.5質量%以下である。本発明のガラス組成物がTiO2を実質的に含有しないことが、最も好ましい。
【0023】
(ZrO2
酸化ジルコニウム(ZrO2)は、ガラスの熔融特性および化学的耐久性を向上させる成分である。また、ZrO2は、X線吸収性能を有しており、ガラスのX線造影性を向上させる成分でもある。本発明のガラス組成物はZrO2を任意に含むことが可能であるが、失透温度の上昇を抑制して、失透のないガラスを容易に製造できる程度の含有率で含むことが望ましい。そこで、ZrO2の含有率の上限は、5質量%未満とする。好ましくは2質量%未満であり、より好ましくは1質量%以下である。本発明のガラス組成物がZrO2を実質的に含有しないことが、最も好ましい。
【0024】
(Fe)
通常、ガラス中に含まれる鉄(Fe)は、Fe3+またはFe2+の状態で存在する。Feは、意図的に含ませなくとも、他の工業用原料から不可避的に混入する場合がある。Feの含有率が小さいガラスをフィラーとして用いれば、歯科用組成物の透明性を損なうことがない。Feの含有率の上限は、Fe23に換算して0.5質量%以下であることが好ましい。0.1質量%以下であることがより好ましく、さらに好ましくは実質的に含有しないことである。
【0025】
(SO3
三酸化硫黄(SO3)は、必須成分ではないが、清澄剤として使用してもよい。硫酸塩の原料を使用すると、0.5質量%以下の割合で含有することがある。
【0026】
(B23
三酸化二ホウ素(B23)は、揮発性に富む成分であるため、ガラス熔融時に揮発する可能性があり、また、揮発によりガラス組成が変動して、その制御が困難になる。さらに、B23は、熔解窯の炉壁や蓄熱窯を浸食して窯の寿命を低下させる可能性がある。
以上の理由から、本発明においては、B23は実質的に含有させない。
【0027】
(F)
フッ素(F)は、揮発性に富む成分であるため、ガラス熔融時に揮発する可能性があり、また、揮発によりガラス組成が変動して、その制御が困難になる。さらに、フッ素(F)は、熔解窯の炉壁や蓄熱窯を浸食して窯の寿命を低下させる可能性がある。
以上の理由から、本発明においては、Fは実質的に含有させない。
【0028】
(BaO)
酸化バリウム(BaO)は一般的に高価であり、ガラスの製造コストを上げる一因となる。また、BaOの原料には、取り扱いに配慮が必要なものもある。
以上の理由から、本発明においては、BaOは実質的に含有させない。
【0029】
(ZnO)
酸化亜鉛(ZnO)は、揮発性に富む成分であるため、ガラス熔融時に揮発する可能性があり、また、揮発によりガラス組成が変動して、その制御が困難になる。したがって、ZnOは、実質的に含有しないことが好ましい。
【0030】
(Li2O、Na2O、K2O)
アルカリ金属酸化物(Li2O、Na2O、K2O)は、ガラス中から溶出して、歯科用組成物の特性を低下させる場合がある。また、歯科用組成物の化学的耐久性を低下させる可能性がある。
以上の理由から、本発明においては、アルカリ金属酸化物(Li2O、Na2O、K2O)は実質的に含有させない。
【0031】
(P25
五酸化二リン(P25)は、揮発性に富む成分であるため、ガラス熔融時に揮発する可能性があり、また、揮発によりガラス組成が変動して、その制御が困難になる。したがって、P25は、実質的に含有しないことが好ましい。
【0032】
本発明のガラス組成物において、ある成分を実質的に含有させないとは、例えば、工業用原料から不可避的に混入される場合を除き、その成分を意図的に含ませないことを意味する。具体的には、0.1質量%未満の含有量をいう。好ましくは0.05質量%未満であり、より好ましくは0.03質量%未満である。
【0033】
以上のように、本発明のガラス組成物は、SiO2、Al23、MgO、CaO、SrOを必須成分とする。さらに、これらの成分のみで構成されてもよい。また、必要に応じて、TiO2、ZrO2およびSO3を含有してもよい。
【0034】
すなわち、本発明のガラス組成物は、質量%で表して、実質的に、
45≦SiO2≦65、
5≦Al23≦15、
0<MgO≦10、
0<CaO≦15、
15<SrO≦35、
18<(MgO+SrO)≦40、
0≦ZrO2<5
の成分からなるものであってよい。
【0035】
また、本発明のガラス組成物は、質量%で表して、実質的に、
45≦SiO2≦65、
5≦Al23≦15、
0<MgO≦10、
0<CaO≦15、
15<SrO≦35、
18<(MgO+SrO)≦40、
の成分からなるものであってもよい。
【0036】
なお、本発明のガラス組成物において、「実質的に、ある組成からなる」とは、他の成分が含まれないか、または、他の成分が含まれている場合でもその含有量が不純物として混入する程度であり、具体的には他の成分の合計が0.5質量%未満、好ましくは0.3質量%未満、より好ましくは0.1質量未満であることをいう。
【0037】
[ガラス組成物の物性]
本発明のガラス組成物の物性について、以下詳細に説明する。
【0038】
(熔融特性)
熔融ガラスの粘度が1000dPa・sec(1000poise)のときの温度は、作業温度と呼ばれ、ガラスの成形に最も適した温度である。鱗片状ガラスやガラス繊維を製造する場合、ガラスの作業温度が1100℃以上であれば、鱗片状ガラスの厚みやガラス繊維径のばらつきを小さくできる。他方、作業温度が1350℃以下であれば、ガラスを熔融する際の燃料費を低減できる。また、ガラス製造装置が熱による腐食を受け難くなり、装置寿命が延びる。
したがって、作業温度の下限は、1100℃以上であることが好ましく、1150℃以上であることがより好ましい。作業温度の上限は、1350℃以下であることが好ましく、1300℃以下であることがより好ましい。作業温度の範囲は、これら上限と下限の任意の組み合わせから選ぶことができる。
【0039】
また、作業温度から失透温度を差し引いた温度差ΔTが大きくなるほど、ガラス成形時に失透が生じ難くなり、均質なガラスを高歩留で製造できる。
したがって、ΔTは0℃以上であることが好ましく、より好ましくは10℃以上である。さらに好ましくは20℃以上であり、30℃以上であることが最も好ましい。一方、ΔTを200℃未満とすると、ガラス組成の調整が容易となるため好ましい。より好ましくは、ΔTを180℃以下とすることである。
なお、失透とは、熔融ガラス素地中に生成して成長した結晶により、白濁を生じることをいう。このような熔融ガラス素地から製造したガラス中には、結晶化した塊が存在することがあるので、歯科用組成物のフィラーとして用いる場合には好ましくない。
【0040】
(ヤング率)
ヤング率の大きいガラス組成物をガラスフィラーとして歯科用組成物に配合すれば、機械的強度に優れた歯科用組成物が得られる。ガラス組成物のヤング率は、75GPaより大きいことが好ましく、80GPa以上であることがより好ましい。
【0041】
(X線造影性)
一般的に、歯科治療においてはX線撮影により治療状態を確認するが、この際に、X線写真上で生体の歯質と歯科用組成物とが明確に識別できなければならない。このため、歯科用組成物は、生体の歯質に比較して、高いX線造影性を有している必要がある。
X線造影性の指標としては、一般的にアルミニウム(Al)当量厚さが用いられる。本明細書において、アルミニウム当量厚さとは、厚さ2mmのガラス(試料)と同等のX線吸収性能を有するアルミニウムの厚さとして定義される。アルミニウム当量厚さの大きいガラスをフィラーとして用いれば、歯科用組成物のX線造影性を向上できる。ガラス組成物のX線造影性としては、アルミニウム当量厚さで表して、4mm以上であることが好ましい。より好ましくは5mm以上であり、さらに好ましくは5.5mm以上である。6mm以上であることが最も好ましい。本発明のガラス組成物であれば、X線吸収性能を有するSrOを含んでおり、さらに同様にX線吸収性能を有するZrO2を含むことも可能であるため、優れたX線造影性を発揮できる。
【0042】
(化学的耐久性)
本発明のガラス組成物は、アルカリ金属酸化物を実質的に含有しないため、耐酸性、耐水性、耐アルカリ性などの化学的耐久性に優れたものとなる。したがって、本発明のガラス組成物からなるガラスフィラーであれば、歯科用組成物に好適に配合できる。
【0043】
[ガラスフィラーの製法]
本発明のガラス組成物は、鱗片状ガラス、ガラス繊維、ガラス粉末、ガラスビーズなどの形態を有するガラスフィラーに成形できる。
【0044】
図1(A)は、鱗片状ガラスの模式図である。鱗片状ガラス1は、例えば、平均厚さtが0.1〜15μmで、アスペクト比(平均粒子径a/平均厚さt)が2〜1000の薄片状粒子であり得る。図1(B)に示すように、ここでは、平均粒子径aは、鱗片状ガラス1を平面視したときの面積Sの平方根によって定義される。
【0045】
鱗片状ガラスは、例えば、図2に示した装置を用いて製造できる。耐火窯槽12で熔融されたガラス素地11は、ブローノズル15に送り込まれたガスにより風船状に膨らみ、中空状ガラス膜16となる。この中空状ガラス膜16を押圧ロール17で粉砕して、鱗片状ガラス1が得られる。
【0046】
ガラス繊維は、ガラス長繊維またはガラス短繊維の製造工程を利用して製造できる。ガラス長繊維から得られるものとしては、チョップドストランドやミルドファイバーを例示できる。
【0047】
チョップドストランドは、例えば、繊維径が1〜50μmで、アスペクト比(繊維長/繊維径)が2〜1000の寸法を有するガラス繊維であり得る。
チョップドストランドは、例えば、図3および図4に示した装置を用いて製造できる。
図3に示すように、耐火窯槽で熔融されたガラス素地が、底部に多数(例えば2400本)のノズルを有するブッシング40から引き出されて、多数のフィラメント41が形成される。フィラメント41は、冷却水を吹きかけられた後、バインダアプリケータ42によりバインダ(集束剤)が塗布される。バインダが塗布された多数のフィラメント41は、補強パッド45により、各々が例えば800本程度のフィラメントからなる3本のストランドとして集束される。各ストランドは、コレット47にはめられた円筒チューブ48に、トラバースフィンガ46で綾振りされつつ巻き取られる。そして、ストランドを巻き取った円筒チューブ48をコレット47から外して、ケーキ(ストランド巻体)51(図4参照)が得られる。
つぎに、図4に示すように、クリル50に収納したケーキ51からストランドを引き出して、集束ガイド52によりストランド束として束ねる。このストランド束に、噴霧装置53より水または処理液を噴霧する。さらに、このストランド束を切断装置54で切断して、チョップドストランド55が得られる。
【0048】
ミルドファイバーは、例えば、繊維径が0.1〜50μmで、アスペクト比(繊維長/繊維径)が2〜500の寸法を有するガラス繊維であり得る。ミルドファイバーの製造方法は、特に制限はなく、例えば、ガラス長繊維を粉砕する方法など公知の方法を用い得る。
【0049】
ガラス短繊維は、例えば、繊維径が0.1〜10μmで、アスペクト比(繊維長/繊維径)が2〜2000のガラス繊維であり得る。ガラス短繊維の製造方法としては、特に制限はなく、公知の方法を用い得る。具体的には、遠心法、吹き付け法、ブロー法(火焔法)などが挙げられる。
【0050】
ガラス粉末は、例えば、平均粒子径が0.1〜500μmの粒子であり得る。ここで、平均粒子径は、ガラス粉末粒子と同じ体積を有する球体の直径によって定義してよい。このようなガラス粉末は、公知の方法を用いて製造できる。
【0051】
ガラスビーズは、例えば、粒子径が0.1〜500μmの球状粒子であり得る。このようなガラスビーズは、公知の方法を用いて製造できる。
【0052】
[歯科用組成物]
本発明のガラス組成物からなるガラスフィラーを、歯科用組成物に配合することにより、優れた性能を有する歯科用組成物が得られる。
本発明の歯科用組成物の製造方法は、特に制限されるものではなく、従来から公知の方法を用い得る。具体的には、重合性化合物、重合開始剤およびガラスフィラーを、所定の比率になるように各々秤取って、混合、混錬して調製すればよい。
【0053】
重合性化合物としては、歯科用組成物に用いられる公知の重合性単量体であればよく、例えば、(メタ)アクリル酸エステル化合物などが挙げられる。一般的に、このような重合性単量体は、ラジカル性重合基を有するものである。また、カルボン酸基、スルホン酸基、リン酸基などの酸性基を併せ持つものであってもよい。これらの重合性単量体は、単独で使用してもよいし、複数種類を混合して使用してもよい。
【0054】
重合開始剤としては、ベンジルやカンファーキノンなどの光重合開始剤、レドックス系重合開始剤やトリアルキルホウ素誘導体などの化学重合開始剤、有機過酸化物やジアゾ化合物などの熱重合開始剤など、公知のものを使用できる。光重合開始剤を用いる場合には、光重合促進剤を組み合わせてもよい。
【0055】
ガラスフィラーと重合性化合物(またはその硬化体)との接着性を考慮した場合、ガラスフィラーにシランカップリング剤などによる表面処理を行ってもよい。シランカップリング剤で処理する場合には、ガラスフィラーに対するシランカップリング剤の付着量(固形分量)が、0.5〜200mg/m2の範囲にあることが望ましい。前記付着量が0.5mg/m2以上であれば、シランカップリング剤によりガラスフィラー表面が十分に被覆されて、優れた接着力が得られる。他方、前記付着量が200mg/m2以下であれば、過剰なシランが接着力に対して悪影響をおよぼすおそれがない。
【0056】
前記歯科用組成物には、本発明のガラス組成物からなるフィラーに加えて、公知の無機材料、有機材料および有機−無機複合材料からなるフィラーを含有させてもよい。また、必要に応じて、抗菌剤、重合禁止剤、酸化安定剤、紫外線吸収剤、変色防止剤、着色顔料などの添加剤を含有させてもよい。
【0057】
このような歯科用組成物であれば、X線造影性、機械的強度、化学的耐久性、透明性、生体適合性に優れたものとなり、人工歯、充填材料、歯冠材料、歯科用床などの歯科修復材として好適に使用できる。
【0058】
以下、実施例および比較例により、本発明をさらに詳細に説明する。
【0059】
(実施例1〜20、比較例1〜10)
表1〜5に示した組成となるように、珪砂などのガラス原料を調合して、実施例および比較例毎にバッチを調合した。これらのバッチを電気炉で1400℃〜1600℃まで加熱して熔融し、この温度で約4時間維持した。つづいて、熔融したガラスを鉄板上に流し出して、電気炉中で室温まで徐冷し、ガラス組成物を得た。
【0060】
得られたガラス組成物について、以下の性能評価を行った。
【0061】
作業温度は、通常の白金球引き上げ法により粘度と温度との関係を調べて、その結果から求めた。ここで、白金球引き上げ法とは、溶融ガラス中に白金球を浸し、その白金球を等速運動で引き上げる際の負荷荷重(抵抗)と、白金球に働く重力や浮力などの関係を、微小の粒子が流体中を沈降する際の粘度と落下速度の関係を示したストークス(Stokes)の法則に当てはめて粘度を測定する方法である。
【0062】
失透温度は、得られたガラス組成物を粉砕し、JIS Z 8801に規定される標準網ふるい1.0mmを通過し、標準網ふるい2.8mmにとどまる大きさのガラスを白金ボートに入れ、温度勾配(900〜1400℃)のついた電気炉にて2時間加熱し、結晶の出現位置に対応する電気炉の最高温度から失透温度を求めた。なお、電気炉内の場所による温度は、予め測定して求めてあり、所定の場所に置かれたガラスは、その温度で加熱される。
【0063】
ヤング率Eは、シングアラウンド法により、ガラス中を伝播する弾性波の縦波速度vlと横波速度vtを測定し、別にアルキメデス法により測定したガラスの密度ρから、E=ρ・vt2・(vl2−4/3・vt2)/(vl2−vt2)の式により求めた。
【0064】
アルミニウム(Al)当量厚さは、JIS T 6514を参考にして、以下の方法により測定した。
厚さ2mm以上の鉛シートの上に、歯科用X線フィルム(コダック製、Ultra−speed型)を載せた。前記フィルムの中央に、厚さ2mmのガラス試験片および1mmのステップで厚さ1〜8mmのアルミニウム・ステップウエッジを置いた。歯科用X線発生装置(モリタ製作所製、MAX−G型)により、ガラス試験片、アルミニウム・ステップウエッジおよびX線フィルムに向けてX線を照射した。ここで、X線撮影装置とX線フィルムとの距離は50mmであり、照射時間は0.3秒であった。つぎに、前記X線フィルムを現像定着した後、分光光度計(島津製作所製、UV−3100PC型)を用いて、波長500nmにおけるガラス試料片、およびアルミニウム・ステップウエッジの階段ごとの像の透過率を測定した。つづいて、アルミニウム・ステップウエッジの階段ごとの透過率を各階段の厚さに対してプロットして、アルミニウム厚さと透過率の関係を求めた。そして、この関係を用いて、ガラス試験片の透過率に対応するアルミニウム厚さを求めて、アルミニウム当量厚さとした。
【0065】
これらの測定結果を、表1〜5に示す。なお、表中のガラス組成は、すべて質量%で表示した値である。また、前述したように、ΔTは作業温度から失透温度を差し引いた温度差である。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
【表5】

【0071】
実施例1〜20のガラス組成物の作業温度は、1224℃〜1342℃であった。これは、所望の形態のフィラーを作製するのに好適な温度である。
【0072】
実施例1〜20のガラス組成物のΔT(作業温度−失透温度)は、6℃〜151℃であった。これは、ガラスフィラーの製造工程において、失透を生じさせない温度差である。
【0073】
実施例1〜20のガラス組成物のヤング率は、81〜89GPaであった。これは、これらのガラス組成物が優れた機械的強度を持つことを示している。
【0074】
実施例1〜20のガラス組成物のアルミニウム当量厚さは、4.2〜6.9mmであった。これは、これらのガラス組成物が優れたX線造影性を持つことを示している。
【0075】
比較例1のガラス組成物のΔTは−97℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
比較例2のガラス組成物の作業温度は1455℃であり、実施例1〜20のガラス組成物の作業温度より大きかった。また、このガラス組成物のアルミニウム当量厚さは3.9mmであり、実施例1〜20のガラス組成物のアルミニウム当量厚さより小さかった。
比較例3のガラス組成物のΔTは−184℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
比較例4のガラス組成物のΔTは−34℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
比較例5のガラス組成物のΔTは−38℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
【0076】
比較例6のガラス組成物のΔTは−61℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
比較例7のガラス組成物のアルミニウム当量厚さは3.8mmであり、実施例1〜20のガラス組成物のアルミニウム当量厚さより小さかった。
比較例8のガラス組成物のΔTは−136℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
比較例9のガラス組成物のΔTは−90℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
比較例10のガラス組成物のΔTは−68℃であり、実施例1〜20のガラス組成物のΔTより小さかった。
【0077】
以上のように、本発明の組成からなるガラス組成物は、ガラスフィラーの成形に適した熔融特性を有していた。また、本発明の組成からなるガラス組成物は、機械的強度およびX線造影性に優れていた。これに対し、本発明の組成を満たしていない比較例のガラス組成物は、ガラスフィラーに適した熔融特性とX線造影性とを共に満たすことができず、歯科用ガラスとしては不適当であった。
【0078】
(本発明の歯科用組成物の具体例)
実施例1〜20のガラス組成物を電気炉で再熔融した後、冷却しながらペレットに成形した。
このペレットを図2に示す製造装置に投入して鱗片状ガラスの作製を試みた結果、平均厚さが0.5〜1μmの鱗片状ガラスが得られた。
また、このペレットを図3および図4に示す製造装置に投入してガラス繊維の作製を試みた結果、平均繊維径が10〜20μmのガラス繊維が得られた。
これらの鱗片状ガラスおよびガラス繊維を、各々アクリル酸エステル化合物に配合した結果、歯科用組成物が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明のガラス組成物は、X線造影性、機械的強度および化学的耐久性に優れているので、歯科用組成物のフィラーとして好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】(A)は、鱗片状ガラスの模式図であり、(B)は、鱗片状ガラスの平均粒径の求め方を説明する図である。
【図2】鱗片状ガラスの製造装置を説明する模式図である。
【図3】チョップドストランドの紡糸装置を説明する模式図である。
【図4】チョップドストランドの製造装置を説明する模式図である。
【符号の説明】
【0081】
1 鱗片状ガラス
11 熔融ガラス素地
12 耐火窯槽
15 ブローノズル
16 中空状ガラス膜
17 押圧ロール
40 ブッシング
41 ガラスフィラメント
42 バインダアプリケータ
45 補強パッド
46 トラバースフィンガ
47 コレット
48 円筒チューブ
50 クリル
51 ケーキ(ストランド巻体)
52 集束ガイド
53 噴霧装置
54 切断装置
55 チョップドストランド
S 面積
t 厚み

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で表して、
45≦SiO2≦65、
5≦Al23≦15、
0<MgO≦10、
0<CaO≦15、
15<SrO≦35、
18<(MgO+SrO)≦40、
0≦ZrO2<5
の成分を含有し、
23、F、BaOおよびアルカリ金属酸化物を実質的に含有しない、ガラス組成物。
【請求項2】
前記ガラス組成物の作業温度が、1350℃以下である、請求項1に記載のガラス組成物。
【請求項3】
前記ガラス組成物の作業温度から失透温度を差し引いた温度差ΔTが、少なくとも0℃以上である、請求項1または2に記載のガラス組成物。
【請求項4】
前記ガラス組成物の厚さが2mmのときのX線造影性が、アルミニウム当量厚さで表して4mm以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のガラス組成物。
【請求項5】
重合性化合物、重合開始剤およびガラスフィラーを含有する歯科用組成物であって、
前記ガラスフィラーが、請求項1〜4のいずれか1項に記載のガラス組成物からなり、
前記ガラスフィラーの形態が、鱗片状ガラス、ガラス繊維、ガラス粉末およびガラスビーズから選ばれる少なくとも1種である、歯科用組成物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−51824(P2009−51824A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191662(P2008−191662)
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】