説明

クランクシャフトのリアエンド密封構造

【課題】シールリング10およびシールリテーナ20を用いてクランクシャフト4のリアエンドを密封する密封構造において、シールリング10の潤滑性および冷却性を長期にわたって良好とし、耐焼付き性ならびに密封性を向上可能とする。
【解決手段】シールリテーナ20の円筒部21においてシールリング10より軸方向内側領域の下半分に、中心側へ向けて径方向に延出する張り出し片23が、クランクシャフト4のフランジ4bの外周面における最下部と略面一になるような高さで設けられる。この張り出し片23とシールリテーナ20の円筒部21内周面とシールリング10とによってオイル貯留溝7が作られている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフトのリアエンドを密封する構造に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関では、クランクシャフトのリアエンドにフライホイールを取り付けるために、クランクシャフトのリアエンドに設けられているフライホイール取り付け用のフランジをシリンダブロックの後壁面から外部に突出させている。
【0003】
オイルパンとシリンダブロックで形成されたクランクケース内では、クランクシャフトの回転によりオイルパンのオイル、クランクシャフト軸受部からのリークオイル、シリンダヘッドからの戻りオイル等が攪拌されている。そのため、クランクシャフトの前後では、クランクケース内のオイルが外部へ漏洩することを防止する必要がある。
【0004】
このようなクランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部を密封するために、一般的に、シールリングおよびシールリテーナを用いているので、それらの取り付け構造について説明する。
【0005】
つまり、シリンダブロックにおいてクランクシャフトのリアエンドを突出させている部分にシールリテーナを取り付け、このシールリテーナの円筒部内周面にシールリングを嵌合装着し、このシールリングの内径側のシールリップをクランクシャフトにおけるフライホイール取り付け用のフランジの外周面に接触させるようにしている(例えば特許文献1,2参照。)。
【0006】
これらの従来例では、シールリテーナの円筒部における軸方向内端側に、径方向内向きに突出する内鍔を設けている。この内鍔の径方向内向きへの突出寸法は、周方向で一定であり、また、シールリングの径方向途中に届く程度に突出しているだけである。
【0007】
ところで、特許文献1の従来例では、シールリングとシリンダブロック側の環状凹所との間を区切るために、前述したような内鍔を用いるようにしている。一方、特許文献2の従来例では、クランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部から外部へ漏洩するオイルをシールリング側へ案内しやすくするために、前述したような内鍔を用いるようにしている。
【0008】
この他、シールリテーナの円筒部における円周方向所定位置に径方向内向きの舌片を設け、この舌片に傾斜ガイド面を設けたものがある(例えば特許文献3参照。)。この傾斜ガイド面は、クランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部から外部へ漏洩するオイルをシールリング側へ案内しやすくするためのものである。
【特許文献1】特開昭61−87263号公報
【特許文献2】実開昭55−168713号公報
【特許文献3】実開平4−101865号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記従来例では、クランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部から外部へ漏洩するオイルをシールリング側に案内させようとしているものの、クランクシャフトの回転に伴いオイルが径方向外向きに飛散される傾向となるために、シールリングの内径側のシールリップへ前記漏洩するオイルを向かわせることが困難になる。
【0010】
そのため、シールリングの内径側のシールリップを、前記漏洩するオイルでもって潤滑、冷却する効果が期待できず、近年のように内燃機関の高出力化に伴いクランクシャフトの回転数を高める傾向となる状況では、シールリングの内径側のシールリップが発熱しやすくなる。シールリップの発熱は、硬化してクランクシャフトのフランジに対する追従性が低下したり、摩耗が促進されたりすることになる等、耐焼付き性ならびに密封性の低下につながる。
【0011】
そこで、そのような場合には、シールリングについて耐熱性の高い高価な製品を使用することが考えられるが、その場合には製品コストが嵩む結果になることが懸念されるとともに、不十分となる場合も考えられる等、何らかの対策が必要になる。
【0012】
本発明は、クランクシャフトのリアエンドを密封する構造において、シールリングの潤滑性および冷却性を長期にわたって良好とし、耐焼付き性ならびに密封性を向上可能とすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、クランクシャフトのリアエンドに設けられるフライホイール取り付け用のフランジがシリンダブロックの外部へ突出された内燃機関において前記クランクシャフトのリアエンドからのオイル漏洩を防止する密封構造であって、シリンダブロックに前記フランジの外周を囲むような状態で取り付けられるシールリテーナと、このシールリテーナの円筒部内周に装着保持されかつ内径側に前記フランジの外周面に接触されるシールリップを有するシールリングとを有し、前記シールリテーナの円筒部においてシールリングより軸方向内側領域の少なくとも下半分側に、中心側へ向けて張り出す張り出し片が、前記フランジの外周面における最下部と略面一になるような高さで設けられ、この張り出し片とシールリテーナの円筒部内周面と前記シールリングとによってオイル貯留溝が作られていることを特徴としている。
【0014】
この構成によれば、例えば内燃機関の運転に伴いクランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部からシリンダブロック内のオイルが漏洩すると、この漏洩したオイルが回転遠心力でもって径方向外向きに飛散されて、このオイルがシールリテーナの円筒部内周面を経て下半分側に存在するオイル貯留溝に集められることになる。また、内燃機関が停止している状態であっても、クランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部からシリンダブロック内のオイルが漏洩すると、このオイルが前記ジャーナル部の外周面を伝ってフランジ側へ向けて流れつつ鉛直方向下向きに自然滴下することになって、オイル貯留溝に受け止められることになる。
【0015】
このようにしてクランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部から漏洩したオイルは、オイル貯留溝内に経時的に溜まることになる。オイル貯留溝内に貯留されるオイルの液面の上限はクランクシャフトのフランジの外周面における最下部と略同じになるので、オイル貯留溝内がオイルで満杯になったときに、このオイルに、クランクシャフトのフランジとそこに接触するシールリングのシールリップとの接触部分が浸される状態、つまりいわゆる油浴潤滑状態になる。
【0016】
これにより、シールリングのシールリップとクランクシャフトのフランジとの接触部分が長期にわたって効率よく潤滑、冷却されることになるので、そこの発熱が長期にわたって抑制されることになる。その結果、耐焼付き性と密封性とが向上することになる。しかも、シールリングについてわざわざ耐熱性に優れた高価なものを使用せずに済むから、製品コストの高騰を抑制できるようになる。
【0017】
好ましくは、前記張り出し片は、前記シールリテーナの円筒部の内周面全周に設けられることによって輪状とされ、この輪状の張り出し片の内周縁で作る円形孔が、前記フランジを軸方向挿抜可能な大きさとされ、この円形孔の中心が前記シールリテーナの円筒部の中心に対して鉛直方向上側にオフセットされる。
【0018】
この構成によれば、内燃機関の運転に伴いクランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部からオイルが漏洩すると、このオイルは回転遠心力で径方向外向きに飛散される。このようにオイルが径方向全方位へと広範囲に飛び散るような場合にも、このシールリテーナの円筒部とシールリングと輪状の張り出し片とで囲んで作る環状溝における全周域で受け止めることが可能になる。しかも、特に、径方向上向きに飛散したオイルは、環状溝の底部を伝って径方向下側の領域(オイル貯留溝に相当する部分)内に無駄無く集められるようになる。これにより、前記オイル貯留溝内にオイルを満杯に溜めることが容易になる。
【0019】
好ましくは、前記シールリテーナは、その円筒部の外周に、径方向外向きに張り出しかつシリンダブロックの後壁面に掌合結合されるような取付片を設けた形状であり、前記円筒部の内周面における軸方向長さは、シールリングの軸方向長さと、クランクシャフトのフランジの軸方向厚みとを加算した寸法より大きく設定されることによって、この円筒部の内径側に、シリンダブロックに対するシールリテーナの取り付け作業用の逃げ空間が確保される。
【0020】
この構成によれば、シリンダブロックにシールリテーナを取り付ける際に、下記実施形態の説明に用いる図3から図5に示すような動作が行えるようになる。これにより、シリンダブロックにシールリテーナを手際よく取り付けることが可能になる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、シールリングの潤滑性ならびに冷却性を長期にわたって良好とし、密封性ならびに耐焼付き性を向上することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0023】
図1から図7に本発明の一実施形態を示している。この実施形態では、例えば車両等に搭載される内燃機関におけるクランクシャフトのリアエンド側を密封する構造を例に挙げる。なお、図には、内燃機関のシリンダ中心軸線を鉛直方向線と平行にしている場合を例に挙げている。
【0024】
図中、1はシリンダブロック、2はシリンダブロック1の下部にボルト等で取り付けられるクランクキャップ、3はオイルパン、4はクランクシャフト、5はすべり軸受、6は密封装置である。
【0025】
クランクシャフト4は、その軸方向複数箇所のジャーナル部4aがシリンダブロック1の下部にメタル等のすべり軸受5を介して回転自在に支持されるが、図1には、クランクシャフト4のリアエンド寄りのジャーナル部4aのみを示している。
【0026】
このクランクシャフト4のリアエンドには、径方向外向きに張り出す円板形状のフランジ4bが一体的に設けられている。このクランクシャフト4のフランジ4bには、通常、フライホイール(図示省略)がボルト等の締結部材を用いて掌合結合されるようになっている。
【0027】
このようにクランクシャフト4のリアエンドにフライホイール(図示省略)を取り付けるために、クランクシャフト4のリアエンドに設けてあるフランジ4bをシリンダブロック1から外部に突出させるようになっている。
【0028】
そして、クランクシャフト4のリアエンド寄りのジャーナル部4aに存在するラジアル隙間を通じてシリンダブロック1内のオイルが外部へ漏洩することを防止するために、密封装置6を用いるようにしている。この密封装置6を用いたクランクシャフト4のリアエンド密封構造について以下で詳細に説明する。
【0029】
具体的に、密封装置6は、シールリング10と、シールリテーナ20とを有する構成である。
【0030】
シールリング10は、一般的に公知のオイルシールと呼ばれるものが用いられるが、例えば図1に示すように、芯金11に二つのシールリップ12,13の形状を持つゴム等の弾性材を加硫接着したようなタイプを用いている。
【0031】
なお、シールリップ12の自然状態つまり非取り付け状態での内径寸法D1は、クランクシャフト4のフランジ4bの外径D2より適宜小さく設定されており、その締め代でもってシールリップ12がクランクシャフト4のフランジ4bの外周面に圧接されるようになっている。
【0032】
さらに、インナー側のシールリップ12の外周には、いわゆるガータスプリングと呼ばれる締め付けリング14が外嵌装着されていて、この締め付けリング14の圧縮弾性力でもってインナー側のシールリップ12をクランクシャフト4のフランジ4bに比較的強く圧接させることにより密封性を高めるようになっている。
【0033】
シールリップ13は、一般的に、ダストリップと言われるもので、外部からのダストがシールリップ12に侵入することを防止するものである。このシールリップ13の内径寸法D1も、クランクシャフト4のフランジ4bの外径D2より適宜小さく設定されているが、その締め代としてはシールリップ12より小さめの設定である。
【0034】
シールリテーナ20は、シールリング10を保持するためのものであり、シリンダブロック1の後壁面においてクランクシャフト4のリアエンドを突出させている領域にボルト8で取り付けられる。
【0035】
このシールリテーナ20は、例えば図2に示すように、円筒部21の外周に径方向外向きに張り出しかつシリンダブロック1の後壁面に掌合結合されるような取付片22を設けた形状になっており、このような形状のシールリテーナ20の円筒部21の内周面に、シールリング10が例えば圧入により嵌合装着されるようになっている。
【0036】
なお、図2に示すように、シールリテーナ20の取付片22における下端22aは、直線形状とされており、この取付片22の下端22aは、シリンダブロック1の下辺と面一となるように設定されることで、シリンダブロック1の下辺にオイルパン3の上辺を突き合わせたときに、取付片22の下端22aもオイルパン3の上辺に当接するようになっている。
【0037】
このように、クランクシャフト4のジャーナル部4aの外径より大径のフランジ4bの外周面に対してシールリング10の内径側のシールリップ12,13を接触させる形態とし、また最近のエンジンでは摩擦損失低減を狙い、クランクシャフト4の回転によるオイルパン3のオイルの攪拌を抑えるようにしているため、オイルがフランジ4bとシールリップ12,13との接触部分に到達しにくくなっている。
【0038】
但し、そのような構成ゆえ、クランクシャフト4のジャーナル部4aから漏洩するオイルでもってシールリップ12の接触部分を潤滑、冷却させるように利用できにくくなっている。この実施形態では、上述した点を考慮し、前記漏洩するオイルを利用してシールリップ12を油浴潤滑状態とするように工夫しているので、以下で詳細に説明する。
【0039】
つまり、密封装置6に、ジャーナル部4aから漏洩するオイルを貯留するオイル貯留溝7を設けるようにしている。
【0040】
具体的には、シールリテーナ20の円筒部21における軸方向内端に、径方向内向きに延びる輪状の張り出し片23を設けている。この輪状の張り出し片23の内周は、円形孔になっているものの、この円形孔の中心P2は、図2および図3に示すように、円筒部21の内周面の中心P1に対し、鉛直方向上側にβだけオフセットされた偏心孔24になっている。
【0041】
このようなシールリテーナ20をシリンダブロック4に取り付けると、シールリテーナ20の円筒部21の内周面とシールリング10と輪状の張り出し片23とによって、環状溝が作られることになる。この環状溝における下半分側の三日月形状の領域が、ジャーナル部4aから漏洩するオイルを受け止めて貯留するオイル貯留溝7となる。
【0042】
なお、図2および図3に示すように、輪状の張り出し片23は、その鉛直方向最下部で最大に高くなっており、この鉛直方向最下部の最大高さHは、クランクシャフト4のフランジ4bにおける鉛直方向最下部と略同じ位置になるように設定されている。
【0043】
この設定によって、オイル貯留溝7に溜まるオイルの最上限の液面は、クランクシャフト4のフランジ4bにおける鉛直方向最下部つまりシールリング10のシールリップ12における鉛直方向最下部の内周縁と略同じ位置になる。そのため、オイル貯留溝7内にオイルが満杯に貯留されたときに、そのオイルにシールリング10のシールリップ12とフランジ4bとの接触部分が浸かる状態、つまり油浴潤滑状態になるのである。
【0044】
ここで、輪状の張り出し片23で作る偏心孔24の内径D3は、図6および図7に示すように、クランクシャフト4のフランジ4bの外径D2より大きく設定する必要がある。この関係により、図6に示すように、偏心孔24の中心P2とフランジ4bの中心Oとを一致させると、上側と下側とにそれぞれ隙間αが存在することになる。
【0045】
そこで、シールリテーナ20を鉛直方向上側に持ち上げて、偏心孔24の鉛直方向最下部とフランジ4bの鉛直方向最下部とを一致させるように配置したときの偏心孔24の中心P2とフランジ4bの中心Oとのオフセット寸法βは、次のように設定することができる。
【0046】
まず、β=αとすると、輪状の張り出し片22における鉛直方向最下部つまりオイル貯留溝7に溜まるオイルの最上限の液面が、フランジ4bにおける鉛直方向最下部つまりシールリング10のシールリップ12の鉛直方向最下部の内周縁とが同じ位置になる。
【0047】
そのため、β>αとすれば、オイル貯留溝7に溜まるオイルの最上限の液面が上がり、β<αとすれば、オイル貯留溝7に溜まるオイルの最上限の液面が下がることになるのである。要するに、偏心孔24の中心P2の位置を鉛直方向上下に変更することにより、オイル貯留溝7に貯留されるオイルの液面を高低調整することが可能である。
【0048】
参考までに、この実施形態では、β=αに設定しており、その状態を図7に示している。図7に示すように、シールリテーナ20を鉛直方向上側に持ち上げて、偏心孔24の鉛直方向最下部をフランジ4bの鉛直方向最下部と同じ高さに配置すると、偏心孔24の鉛直方向最上部とフランジ4bの鉛直方向最上部との間に2αの隙間ができることになる。つまり、偏心孔24の内径D3は、D2+2αとなる。
【0049】
ところで、上述したようなオイル貯留溝7を確保するために、シールリテーナ20に円周方向で径方向高さが異なる輪状の張り出し片23を設けていると、シールリテーナ20をシリンダブロック1に取り付ける際に作業しにくくなるので、シールリテーナ20の円筒部21とシールリング10と輪状の張り出し片23とで囲む環状溝を、前記取り付け作業用の逃げ空間として利用できるように工夫している。
【0050】
つまり、シールリテーナ20の円筒部21における内周面の軸方向長さW1について、図3に示すように、シールリング10の軸方向長さW2と、クランクシャフト4のフランジ4bの軸方向厚みW3とを加算した寸法より大きく設定している。
【0051】
このようにすれば、シールリテーナ20をシリンダブロック1に取り付ける際の作業が容易に行えるようになる。その理由について、密封装置6の組み付け手順を説明することによって明らかにすることができる。この組み付け手順を、図3から図5に示して説明する。
【0052】
つまり、シリンダブロック1にクランクシャフト4を支持させた状態で、オイルパン3を取り付ける前に、密封装置6をシリンダブロック1に取り付けるようにする。
【0053】
この取り付けにあたっては、シールリテーナ20にシールリング10を装着することにより密封装置6を組み立てておき、シールリテーナ20を図3の矢印A1方向に押し込むことにより、シールリテーナ20における輪状の張り出し片23で形成する偏心孔24内に、クランクシャフト4のフランジ4bを通す。このとき、フランジ4bの中心Oとシールリテーナ20の偏心孔24の中心P2とを一致させる必要があるので、図3に示す状態のように、フランジ4bの中心Oに対しシールリテーナ20の円筒部21の中心P1を鉛直方向下側にオフセットしておく必要がある。
【0054】
このまま、シールリテーナ20を軸方向に押し込むと、シールリテーナ20に装着保持させてあるシールリング10の内径側のシールリップ12,13が、クランクシャフト4のフランジ4bに干渉することになる。
【0055】
そこで、図4の矢印A2で示すように、シールリテーナ20を鉛直方向上方へ持ち上げることにより、図5に示すように、フランジ4bの中心Oに対しシールリテーナ20の円筒部21の中心P1を一致させてから、図5の矢印A3で示すように、シールリテーナ20をシリンダブロック1側へ押し込むようにする。
【0056】
この図4の矢印A2で示す動作が、シールリテーナ20の取り付け時の逃げ動作であり、この逃げ動作は、シールリテーナ20の円筒部21とシールリング10と輪状の張り出し片23とで囲む環状溝を逃げ空間として利用するから、行えるのである。
【0057】
これにより、シールリテーナ20に装着保持してあるシールリング10をフランジ4bの外周に嵌め込むことができるようになるとともに、図1に示すように、シールリテーナ20の取付片22をシリンダブロック1の後壁面に当接させることができるようになる。その状態で、ボルト8で取付片22をシリンダブロック1に固定する。
【0058】
このようにして密封装置6をシリンダブロック1に取り付けると、シールリング10のシールリップ12,13がフランジ4bの外周面に所定の緊縛力でもって接触されるようになるとともに、シールリテーナ20における輪状の張り出し片23が、シリンダブロック1の後壁面およびクランクキャップ2の外壁面に対して適宜の隙間を介して対向配置されるようになっている。
【0059】
しかも、この状態では、シールリテーナ20の下半分側でシールリング10の内側に、正面から見て三日月形状のオイル貯留溝7が作られることになる。
【0060】
このオイル貯留溝7には、クランクシャフト4のリアエンド寄りのジャーナル部4aからシリンダブロック1内のオイルが漏洩したときに、このオイルを受け止めて貯留することになり、この貯留されるオイルでもってシールリング10のシールリップ12が潤滑、冷却されるようになる。その様子を、以下で詳しく説明する。
【0061】
つまり、例えば内燃機関1の運転に伴い、シリンダブロック1内のオイルがクランクシャフト4のリアエンド寄りのジャーナル部4aから漏洩したとすると、この漏洩したオイルが、クランクシャフト4の回転遠心力でもって径方向外向きに飛散されることになる。
【0062】
また、内燃機関が停止している状態であっても、ジャーナル部4aからオイルが漏洩すると、その外周面を伝ってフランジ4b側へ流れつつ下半分に回り込んで、鉛直方向下向きに自然滴下することになる。
【0063】
ところが、前者のように径方向外向きに飛散したオイルは、シールリテーナ20の円筒部21の内周面を経て鉛直方向下側に存在するオイル貯留溝7内に集められることになる。また、後者のように径方向下向きに滴下したオイルは、シールリテーナ20の円筒部21の下半分側に作られる三日月形状のオイル貯留溝7で受け止められることになるので、経時的にオイル貯留溝7にオイルが溜まることになる。
【0064】
このようにしてジャーナル部4aから漏洩したオイルが、オイル貯留溝7内に経時的に溜まることになる。
【0065】
オイル貯留溝7に貯留されるオイルの液面の上限は、フランジ4bの外周面における最下部とほぼ同じになるので、オイル貯留溝7内がオイルで満杯になったときに、オイルの上限の液面が、フランジ4bとシールリング10のシールリップ12との接触部分と同じ高さになるので、このオイルに、フランジ4bとシールリング10のシールリップ12との接触部分が浸される状態、つまりいわゆる油浴潤滑状態になる。
【0066】
これにより、シールリップ12とフランジ4bとの接触部分が長期にわたって効率よく潤滑、冷却されることになるので、そこの発熱が長期にわたって抑制されることになる。その結果、シールリップ12の硬化や摩耗を抑制できるようになって、耐焼付き性と密封性との向上に貢献できるようになる。
【0067】
なお、オイル貯留溝7内のオイルが仮に溢れると、その溢れ出たオイルは、輪状の張り出し片23とクランクキャップ2との対向隙間を経てオイルパン3内へ落ちることになる。ちなみに、この輪状の張り出し片23とクランクキャップ2との対向隙間は、オイルの粘性により流出しにくくするように小さく設定することができ、そのようにすると、オイル貯留溝7内にオイルを保持しやすくなる。
【0068】
以上説明したように、この実施形態にかかる密封装置6は、シールリング10を油浴潤滑状態で使用できるから、シールリング10のシールリップ12の発熱を長期にわたって抑制することができて、耐焼付き性ならびに密封性を向上するうえで有利となる。しかも、シールリング10としても一般的な安価な製品を使用することができるので、製品コストの低減に貢献できる。
【0069】
以下、本発明の他の実施形態を説明する。
【0070】
まず、図8から図14に、本発明の他の実施形態を示している。この実施形態では、クランクシャフト4のフランジ4bの軸方向厚みW3を大きくする必要があるような場合について、このフランジ4bを軸方向全長にわたって同一外径にしていると、偏心孔24bを有するシールリテーナ20をシリンダブロック1に取り付けることができなくなるので、フランジ4bにおいて付け根寄り領域4dの外径D4を先端寄り領域4cの外径D2より小さくした異径形状とするように対処した例を示している。
【0071】
ちなみに、クランクシャフト4のフランジ4bの軸方向厚みW3を大きくする理由のひとつしては、一般的に図示しないがフライホイールをフランジ4bに取り付けるために両者の厚み方向に跨ってボルトを螺合するのであるが、このフランジ4bにおけるねじ孔を貫通孔とせずに、袋ねじ孔にできるようにするためである。
【0072】
但し、スペース的に余裕があり、クランクシャフト4のフランジ4bの軸方向厚みW3を大きくできれば、フライホイール(図示省略)の取り付けボルトピッチ円径も小さくでき、フランジ4bの外径も可及的に小さくすることが可能になり、それに伴いシールリング10のシールリップ12とフランジ4bとの接触部分の周速を遅くでき、前記接触部分の発熱を抑制するうえで有利となる。
【0073】
このような実施形態の場合における密封装置6の組み付け手順については、基本的には、上述した実施形態と同様であるが、以下で説明する。
【0074】
まず、シールリテーナ20にシールリング10を装着することにより密封装置6を組み立てておき、シールリテーナ20を図10の矢印A1方向へ押し込むことにより、シールリテーナ20における輪状の張り出し片23で形成する偏心孔24内に、クランクシャフト4のフランジ4bを通す。このとき、フランジ4bの中心Oとシールリテーナ20の偏心孔24の中心P2とを一致させる必要があるので、図10に示す状態のように、フランジ4bの中心Oに対しシールリテーナ20の円筒部21の中心P1を鉛直方向下側にβだけオフセットしておく必要がある。
【0075】
この後、図11の矢印A2で示すように、シールリテーナ20を鉛直方向上方へ持ち上げることにより、図12に示すように、フランジ4bの中心Oに対しシールリテーナ20の円筒部21の中心P1を一致させてから、図12の矢印A3で示すように、シールリテーナ20をシリンダブロック1側へ押し込む。
【0076】
これにより、シールリテーナ20に装着保持してあるシールリング10をフランジ4bの外周に嵌め込むことができるようになるとともに、図8に示すように、シールリテーナ20の取付片22をシリンダブロック1の後壁面に当接させることができるようになる。その状態で、ボルト8で取付片22をシリンダブロック1に固定する。
【0077】
このようにして密封装置6をシリンダブロック1に取り付けると、シールリング10のシールリップ12,13がフランジ4bの外周面に所定の緊縛力でもって接触されるようになるとともに、シールリテーナ20における輪状の張り出し片23が、シリンダブロック1の後壁面およびクランクキャップ2の外壁面に対して適宜の隙間を介して対向配置されるようになっている。
【0078】
しかも、この状態では、シールリテーナ20の下半分側でシールリング10の内側に、正面から見て三日月形状のオイル貯留溝7が作られることになる。
【0079】
さらに、図15から図22に、本発明のさらに他の実施形態を示している。この実施形態では、シリンダブロック1の後壁面からのクランクシャフト4のフランジ4bの突出寸法を小さくする必要がある場合について、密封装置6を軸方向にコンパクトに設置できるように対処した例を示している。
【0080】
このような設置上の制約を受けることによって、シールリテーナ20の鉛直方向下方にオイル溜め溝7を作りにくくなるので、シールリテーナ20の鉛直方向下半分側の軸方向内側に張り出し片25を突設したうえで、クランクキャップ2にシールリテーナ20の張り出し片25との干渉を避けるための窪み2aを設けるようにしている。なお、クランクキャップ2には、その片側の窪み2aの背面側に、例えば軽量化のために同様の窪み2bが設けられている。
【0081】
つまり、シールリテーナ20の鉛直方向下側に設けた張り出し片25内にオイル貯留溝7を確保しつつ、この張り出し片25をクランクキャップ2内に入り込ませるようにして、シリンダブロック1の後壁面からの密封装置6の突出量を削減するようにしているのである。
【0082】
これにより、密封装置6の設置上の制約があっても、上記実施形態と同様にシールリング10のシールリップ12とクランクシャフト4のフランジ4bとの接触部分を油浴潤滑状態として、耐焼付き性と密封性を高めることが可能になる。
【0083】
なお、張り出し片25は、シールリテーナ20の円筒部21における鉛直方向下側に軸方向に沿って延出される部分円弧状の底壁部25aと、この底壁部25aから径方向に沿って鉛直方向上向きに延出される側壁部25bとからなる。
【0084】
そして、底壁部25aの軸方向長さは、クランクシャフト4のフランジ4bの軸方向厚みW3よりも大きく設定される。つまり、シールリテーナ20の円筒部21と底壁部25aとの軸方向連続部分の軸方向長さW1は、シールリング10の軸方向長さW2とフランジ4bの軸方向厚みW3とを加算した寸法より大きく設定される。この寸法関係より、シリンダブロック1の後壁面にシールリテーナ20を取り付ける際に、図18の矢印A1、図19の矢印A2ならびに図20の矢印A3で示すような一連の組み付け動作が可能になり、その作業が効率よく行えるようになるのである。
【0085】
しかも、図18から図20への組み付け工程を円滑に行うために、図21に示すように、シールリテーナ20の円筒部21における鉛直方向最上部から側壁部25bの突出端における鉛直方向最下部までの離隔間隔Xを、クランクシャフト4のフランジ4bの外径D2より大きく設定する。
【0086】
なお、シールリテーナ20をシリンダブロック1に取り付けた状態において、例えば図22に示すように、前記離隔間隔Xの中点Yがフランジ4bの中心Oより鉛直方向上側にβだけオフセットされる。
【0087】
このβは、上記実施形態で説明したと同様であるが、次のように設定することができる。まず、β=αとすると、側壁部25bの突出端における鉛直方向最下部が、フランジ4bにおける鉛直方向最下部つまりシールリング10のシールリップ12,13の鉛直方向最下部の内周縁とが同じ位置になる。
【0088】
そのため、β>αとすれば、オイル貯留溝7に溜まるオイルの最上限の液面が上がり、β<αとすれば、オイル貯留溝7に溜まるオイルの最上限の液面が下がることになるのである。
【0089】
図22では、例えばβ=αに設定した状態を示している。図22に示すように、シールリテーナ20を鉛直方向上側に持ち上げて、側壁部25bの突出端における鉛直方向最下部をフランジ4bの鉛直方向最下部と同じ高さに配置すると、シールリテーナ20の円筒部21の内周面つまり中心孔23の鉛直方向最上部とフランジ4bの鉛直方向最上部との間に2αの隙間ができることになる。したがって、離隔間隔Xは、D2+2αとなる。
【0090】
以上説明した各実施形態では、内燃機関のシリンダ中心軸線を鉛直方向線と平行にしている場合を例に挙げているが、シリンダ中心軸線を鉛直方向線に対して所定角度傾斜させるような場合であっても、オイル貯留溝7の円周方向中央位置を鉛直方向線上に配置するように設定するのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明に係るクランクシャフトのリアエンド密封構造の一実施形態を示す断面図である。
【図2】図1のリアエンド密封構造を正面から見た図である。
【図3】図1のリアエンド密封構造の組み立て手順を説明するための図である。
【図4】図3の続きを説明するための図である。
【図5】図4の続きを説明するための図である。
【図6】図4の状態におけるクランクシャフトのフランジとシールリテーナの偏心孔との関係を説明するための図である。
【図7】図5の状態におけるクランクシャフトのフランジとシールリテーナの偏心孔との関係を説明するための図である。
【図8】本発明に係るクランクシャフトのリアエンド密封構造の他の実施形態を示す断面図である。
【図9】図8のリアエンド密封構造を正面から見た図である。
【図10】図8のリアエンド密封構造の組み立て手順を説明するための図である。
【図11】図10の続きを説明するための図である。
【図12】図11の続きを説明するための図である。
【図13】図11の状態におけるクランクシャフトのフランジとシールリテーナの偏心孔との関係を説明するための図である。
【図14】図12の状態におけるクランクシャフトのフランジとシールリテーナの偏心孔との関係を説明するための図である。
【図15】本発明に係るクランクシャフトのリアエンド密封構造のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図16】図15のリアエンド密封構造を正面から見た図である。
【図17】図15のシールリテーナとクランクキャップとを示す斜視図である。
【図18】図15のリアエンド密封構造の組み立て手順を説明するための図である。
【図19】図18の続きを説明するための図である。
【図20】図19の続きを説明するための図である。
【図21】図19の状態におけるクランクシャフトのフランジとシールリテーナの円筒部内周面との関係を説明するための図である。
【図22】図20の状態におけるクランクシャフトのフランジとシールリテーナの円筒部内周面との関係を説明するための図である。
【符号の説明】
【0092】
1 シリンダブロック
2 クランクキャップ
3 オイルパン
4 クランクシャフト
4a クランクシャフトのリアエンド寄りのジャーナル部
4b クランクシャフトのフランジ
5 すべり軸受
6 密封装置
7 オイル貯留溝
10 シールリング
12,13 シールリングのシールリップ
20 シールリテーナ
21 シールリテーナの円筒部
22 シールリテーナの取付片
23 シールリテーナの張り出し片
24 張り出し片の内周縁により作られる偏心孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランクシャフトのリアエンドに設けられるフライホイール取り付け用のフランジがシリンダブロックの外部へ突出された内燃機関において前記クランクシャフトのリアエンドからのオイル漏洩を防止する密封構造であって、
シリンダブロックに前記フランジの外周を囲むような状態で取り付けられるシールリテーナと、このシールリテーナの円筒部内周に装着保持されかつ内径側に前記フランジの外周面に接触されるシールリップを有するシールリングとを有し、
前記シールリテーナの円筒部においてシールリングより軸方向内側領域の少なくとも下半分側に、中心側へ向けて張り出す張り出し片が、前記フランジの外周面における最下部と略面一になるような高さで設けられ、この張り出し片とシールリテーナの円筒部内周面と前記シールリングとによってオイル貯留溝が作られていることを特徴とするクランクシャフトのリアエンド密封構造。
【請求項2】
請求項1において、前記張り出し片は、前記シールリテーナの円筒部の内周面全周に設けられることによって輪状とされ、この輪状の張り出し片の内周縁で作る円形孔が、前記フランジを軸方向挿抜可能な大きさとされ、この円形孔の中心が前記シールリテーナの円筒部の中心に対して鉛直方向上側にオフセットされることを特徴とするクランクシャフトのリアエンド密封構造。
【請求項3】
請求項2において、前記シールリテーナは、その円筒部の外周に、径方向外向きに張り出しかつシリンダブロックの後壁面に掌合結合されるような取付片を設けた形状であり、
前記円筒部の内周面における軸方向長さは、シールリングの軸方向長さと、クランクシャフトのフランジの軸方向厚みとを加算した寸法より大きく設定されることによって、この円筒部の内径側に、シリンダブロックに対するシールリテーナの取り付け作業用の逃げ空間が確保されることを特徴とするクランクシャフトのリアエンド密封構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2007−232181(P2007−232181A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−58046(P2006−58046)
【出願日】平成18年3月3日(2006.3.3)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】