説明

グリース組成物及び軸受

【課題】高温下にある転がり軸受に好適であり、また安定した潤滑性を長期間示すグリース組成物及びこれを封入した軸受を提供すること。
【解決手段】(a)基油、(b)増ちょう剤、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物、及び(d)アミン−ケトン縮合物系酸化防止剤を含有するグリース組成物。さらに、(e)金属不活性化剤を含有するグリース組成物。
(1)


(式中R1、R2、R3、R4は独立して炭素数1〜20のアルキル基を示し、Xは、S、S−S、S−CH2−S、S−CH2CH2−S、あるいはS−CH2CH2CH2−Sを示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基油、増ちょう剤、特定の酸化防止剤を含有するグリース組成物に関する。詳しくは、高温条件にある転がり軸受に使用するのに好適な、潤滑寿命を向上したグリース組成物、及びこれを封入した軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
グリース組成物の潤滑寿命を向上する為にグリース組成物に求められる性能は、熱酸化安定性などであり、今までにもグリース組成物の性能向上に関する各種の提案がなされている。
【0003】
潤滑基材に、アルキルチオカルバモイル基を有する化合物及びモリブデン化合物を添加し、あるいはさらにエステル化合物を添加することにより疲労寿命を改良した疲労寿命改良潤滑剤が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、(a)メチレンビス(ジ‐n‐ブチルジチオカルバメート)及び(b)トルトリアゾール又はベンゾトリアゾールのジフェニルアミン誘導体から成り、(a):(b)質量%比が約4:1〜約50:1の範囲である改良された抗酸化性の抗磨耗性極圧組成物及びそれを含む潤滑剤が提案されている(例えば、特許文献2参照)。さらに、(a)潤滑油、(b)少なくとも1個のヒドロキシル基を含む炭素数12〜24の脂肪族モノカルボン酸のリチウム塩、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸の二リチウム塩、及び炭素数12〜24の脂肪族モノカルボン酸のリチウム塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物、及び(c)3‐(N‐サリチロイル)アミノ‐1,2,4‐トリアゾール及びデカメチレン‐ジカルボキシリックアシッド‐ジサリチロイルヒドラジドからなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物を含有するリチウムグリース組成物が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
しかし、これらの添加剤を使用したグリース組成物を高温条件にある転がり軸受に利用しても、熱酸化安定性及び潤滑寿命が不十分であり、ユーザーの満足するものは未だ得られていないのが現状である。
【0004】
【特許文献1】特公平03−31760
【特許文献2】特表2005−509732
【特許文献3】特許第2936084号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、高温条件にある転がり軸受に好適であり、また安定した潤滑性を長期間示すグリース組成物を提供することである。即ち、熱酸化安定性及び潤滑寿命に優れているグリース組成物を提供することである。
本発明の他の目的は、上記グリース組成物を封入した軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意研究の結果、基油、増ちょう剤、特定の酸化防止剤、好ましくはさらに金属不活性化剤を用いることにより熱酸化安定性及び潤滑寿命を改善し、高温下にある転がり軸受に好適であり、また安定した潤滑性を長期間示すグリース組成物を完成させた。
【0007】
本発明は以下に示すグリース組成物及び軸受を提供するものである。
1.(a)基油、(b)増ちょう剤、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物及び(d)アミン-ケトン縮合物系酸化防止剤からなることを特徴とするグリース組成物。
(1)



(式中、R1、R2、R3、R4は独立して炭素数1〜20のアルキル基を示し、Xは、S、S−S、S−CH2−S、S−CH2CH2−S、あるいはS−CH2CH2CH2−Sを示す。)
2.増ちょう剤がリチウム石けん及び複合リチウム石けんからなる群から選ばれる少なくとも1種である上記1記載のグリース組成物。
3.さらに、(e)金属不活性化剤を含有することを特徴とする上記1又は2記載のグリース組成物。
4.グリース組成物全体に対して、(a)基油50質量%以上、(b)増ちょう剤1〜30質量%、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物0.1〜10質量%、(d)アミン-ケトン縮合物系酸化防止剤0.1〜10質量%を含有する上記1〜3のいずれか1項記載のグリース組成物。
5.(e)金属不活性化剤0.1〜10質量%を含むことを特徴とする上記2〜4のいずれか1項記載のグリース組成物。
6.上記1〜5のいずれか1項記載のグリース組成物を封入した軸受。
【発明の効果】
【0008】
本発明のグリース組成物は、改善された熱酸化安定性及び潤滑寿命を有し、高温条件にある転がり軸受に使用するのに好適であり、また安定した潤滑性を長期間示すため、非常に有用である。
【0009】
従来、基油とリチウム系グリース組成物と、これを封入した軸受において、特定の酸化防止剤、及び金属不活性化剤を用いることにより、熱酸化安定性及び潤滑寿命を改善し、高温下にある転がり軸受に好適であり、また安定した潤滑性を長期間示すグリース組成物について、未だ満足する提案はされておらず、極めて有用な発明と言える。
【0010】
本発明は、基油と増ちょう剤を含有するグリース組成物において、特定の酸化防止剤、あるいはさらに特定の金属不活性化剤を使用し、さらに好ましくはその混合割合を特定することにより、熱酸化安定性及び潤滑寿命が著しく向上するという知見に基づいてなされたものである。
【0011】
本発明のグリース組成物が高温条件において潤滑寿命に優れている理由は、基油と増ちょう剤からなるグリース組成物に、特に選ばれた酸化防止剤、あるいはさらに金属不活性化剤を用いたことにより、各成分の機能が十分に発揮され、さらに、適正な配合処方も相俟って高温環境下にあるグリース組成物に優れた熱酸化安定性、潤滑性及び潤滑寿命が付与されたものと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下本発明について詳細に説明する。
本発明のグリース組成物に使用される基油としては、鉱物油及び/又は合成油の群の少なくとも1種類を含有するものが好ましい。合成油としては、エステル、ポリオールエステルに代表されるエステル系合成油、ポリα−オレフィン、ポリブテンに代表される合成炭化水素油、アルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールに代表されるエーテル系合成油、シリコン油、フッ素化油などが挙げられ、潤滑油及びグリース組成物に使用出来るものであれば特に限定されない。
本発明のグリース組成物に使用される増ちょう剤は、金属石けん系増ちょう剤、ジウレアに代表されるウレア系増ちょう剤、有機化クレイやシリカに代表される無機系増ちょう剤、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートに代表される有機系増ちょう剤から選ばれる少なくとも1種類である。好ましいのは、リチウム石けん及び複合リチウム石けんからなる群から選ばれるものであり、特に好ましいのは、リチウム石けん、例えば、ステアリン酸リチウムや12−ヒドロキシステアリン酸リチウムである。
【0013】
本発明のグリース組成物に使用される酸化防止剤は、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物(ATC)、及び(d)アミン−ケトン縮合物系酸化防止剤である。
(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物(ATC)の具体例としては、メチレンビス(ジ‐n‐ブチルジチオカルバメート)、ビス(ジメチルカルバモイル)モノスルフィド、ビス(ジメチルカルバモイル)ジスルフィド、ビス(ジブチルカルバモイル)ジスルフィド、ビス(ジアミルカルバモイル)ジスルフィド、ビス(ジオクチルカルバモイル)ジスルフィド等が挙げられる。
(d)アミン−ケトン縮合物系酸化防止剤としては、JIS K6220−3の略号で式(2)で表されるTMDQ(2,2,4‐トリメチル‐1,2−ジヒドロキノリン重合体)、式(3)で表されるETMDQ(6‐エトキシ‐2,2,4‐トリメチル−1,2‐ジヒドロキノリン)及びADPAL(ジフェニルアミンとアセトンの反応混合物)等が挙げられる。
【0014】
TMDQ;2,2,4-トリメチル-1,2-ジヒドロキノリン重合体
(2)


式中nは1〜10、好ましくは1〜6、特に好ましくは2〜3の数である。
【0015】
ETMDQ ;6-エトキシ-2,2,4-トリメチル-1,2-ジヒドロキノリン












(3)


【0016】
本発明のグリース組成物は好ましくは金属不活性化剤を含有する。金属不活性化剤としては、シュウ酸誘導体,サリチル酸誘導体,ヒドラジン誘導体などが挙げられ、特に式(4)で表される3‐(N‐サリチロイル)アミノ‐1,2,4‐トリアゾール、式(5)で表されるデカメチレンカルボン酸ジサリチロイルヒドラジド(MCSH)、式(6)で表されるN,N‐ビス[3‐(3,5‐ジ‐t‐ブチル‐4‐ヒドロキシフェニル)プロピオニル]ヒドラジン、イソフタル酸ビス(2‐フェノキシプロピオニルヒドラジド)、N‐ホルミル‐N'‐サリシロイルヒドラジン、2,2‐オキザミドビス‐[エチル‐3‐(3,5‐ジ‐t‐ブチル‐4‐ハイドロオキシフェニル)プロピオネート]、オギザリル−ビス−ベンジリデン−ヒドラジドなどが挙げられる。
【0017】
3‐(N‐サリチロイル)アミノ‐1,2,4‐トリアゾール
(4)


【0018】
MCSH:デカメチレンカルボン酸ジサリチロイルヒドラジド
(5)

【0019】
N,N‐ビス[3‐(3,5‐ジ‐t‐ブチル‐4‐ヒドロキシフェニル)プロピオニル]ヒドラジン




(6)


【0020】
本発明のグリース組成物は、グリース組成物全体に対して、(a)基油50質量%以上、好ましくは60質量%以上、(b)増ちょう剤1〜30質量%、好ましくは5〜20質量%、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物0.1〜10質量%、好ましくは0.5〜5質量%、(d)アミン−ケトン縮合物系酸化防止剤0.1〜10質量%、好ましくは0.5〜5質量%を含有する。また、上記配合の(a)〜(d)に(e)金属不活性化剤0.1〜10質量%、好ましくは0.5〜5質量%を添加しても良い。
本発明は、上記グリース組成物を封入した軸受をも提供する。
【0021】
以下、実施例によって本発明をさらに詳述するが、下記の実施例は本発明を制限するものでなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施することは全て本発明の技術範囲に包含される。
【実施例】
【0022】
1.試験用グリース
表1及び表2に示した配合処方により、実施例1〜8、比較例1〜5のグリース組成物を調製した。各成分の量は、質量%である。
【0023】
2.グリースの製造方法
基油467.5gの中に12−ヒドロキシステアリン酸82.5gを加え、完全に透明な液体状態になる温度(80〜90℃)に加熱した。これに予め水60gに水酸化リチウム1水塩11.9gを添加して加熱溶解したものを加え、激しく攪拌しながら12−ヒドロキシステアリン酸のけん化反応を行って12−ヒドロキシステアリン酸のリチウム塩を形成した。次に、アゼライン酸26gを加えて均一な状態になるまで攪拌を継続した。これに予め水60gに水酸化リチウム1水塩11.9gを添加して加熱溶解したものを加え、激しく攪拌しながらアゼライン酸のけん化反応を行った。約60分後赤外分光分析で未反応脂肪酸の吸収が見られないことを確認してけん化反応を終了させた。次に、加熱工程に入り内容物を200℃まで徐々に加熱した。200℃になった時点で残りの基油400.2gを添加しそのまま室温まで冷却し、三段ロールを2回通して、リチウムコンプレックスグリースを得た。最終の内容物の量は1000gとした。
基油としては、エーテル油(アルキルジフェニルエーテル:動粘度 40℃ 100mm2/s, 100℃ 12.5mm2/s)、エステル油(ペンタエリスリトールエステル:動粘度 40℃ 102mm2/s, 100℃ 12.9mm2/s)、これらの1:1混合物を使用した。
【0024】
3.分析方法及び評価試験方法
軸受潤滑寿命試験
ASTM D 3336に準拠した試験方法で行う。試験は150℃で行い、潤滑寿命を時間(h)で表示する。
高温薄膜試験
60×80×1mmのSPCC鋼板にグリースを2mm厚で塗布し、規定温度(160℃)、規定時間(500h)後の全酸価を測定する。
【0025】
4.評価試験の結果
表1及び表2に実施例1〜6、比較例1〜5のグリース組成物の試験結果を示す。
【0026】
【表1】

*1ATC:メチレンビス(ジ‐n‐ブチルジチオカルバメート)
*2アミン系酸化防止剤:N−フェニル−1,1,3,3−テトラメチルブチルナフタレン−1−アミン
※3フェノール系酸化防止剤:ペンタエリスリトールテトラキス(3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート















【0027】
【表2】

【0028】
評価基準
酸価の変化(mgKOH/g) ○:0.20以下、×:0.20超
軸受潤滑寿命 ○:合格1000h超、×:不合格1000以下
総合評価 ○:酸価変化及び軸受潤滑寿命の両方が合格(○)
×:酸価変化又は/及び軸受潤滑寿命が不合格(×)
【0029】
試験結果
成分(a)〜(d)を含有する実施例1、4、7及び8、成分(a)〜(e)を含有する実施例2、3、5及び6のグリース組成物は、酸価の変化が少なく熱酸化安定性に優れ、軸受潤滑寿命もすべて基準を達成し、総合評価において合格であった。
これに対して、実施例1において成分(d)を含有しない比較例4では、酸価の変化が大きく熱酸化安定性に劣り、軸受潤滑寿命も短い。
実施例1において成分(c)を含有しない比較例5では、酸価の変化が大きく熱酸化安定性に劣り、軸受潤滑寿命も短い。
実施例2において成分(c)及び(d)の代わりに従来のアミン系酸化防止剤を含有させた比較例1では、酸価の変化が大きく熱酸化安定性に劣り、軸受潤滑寿命が短い。
基油としてエステル油を使用し、成分(c)〜(e)の代わりに従来のアミン系酸化防止剤を含有させた比較例2では、酸価の変化が大きく熱酸化安定性に劣り、軸受潤滑寿命がさらに短い。
基油としてエーテル油を使用し、成分(c)〜(e)の代わりに従来のアミン系酸化防止剤を含有させた比較例3では、酸価の変化が大きく熱酸化安定性に劣り、軸受潤滑寿命も最も短い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)基油、(b)増ちょう剤、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物、及び(d)アミン-ケトン縮合物系酸化防止剤を含有することを特徴とするグリース組成物。
(1)



(式中、R1、R2、R3、R4は独立して炭素数1〜20のアルキル基を示し、Xは、S、S−S、S−CH2−S、S−CH2CH2−S、あるいはS−CH2CH2CH2−Sを示す。)
【請求項2】
増ちょう剤がリチウム石けん及び複合リチウム石けんからなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
さらに、(e)金属不活性化剤を含有することを特徴とする請求項1又は2記載のグリース組成物。
【請求項4】
グリース組成物全体に対して、(a)基油50質量%以上、(b)増ちょう剤1〜30質量%、(c)一般式(1)で表されるアルキルチオカルバモイル基を有する化合物0.1〜10質量%、(d)アミン-ケトン縮合物系酸化防止剤0.1〜10質量%を含有する請求項1〜3のいずれか1項記載のグリース組成物。
【請求項5】
(e)金属不活性化剤0.1〜10質量%を含むことを特徴とする請求項2〜4のいずれか1項記載のグリース組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載のグリース組成物を封入した軸受。

【公開番号】特開2007−238755(P2007−238755A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62664(P2006−62664)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】