説明

コアから離隔した位置に低屈折率部を有する光ファイバ用母材の製造方法

【課題】 曲げに強い光ファイバ特性を有する光ファイバ母材を低コストで製造する光ファイバ用母材の製造方法を提供する。
【解決手段】 VAD法またはOVD法で中心に屈折率の高いコア部を有するスート堆積体を製造し、該スート堆積体を加熱炉内で、塩素を添加したヘリウム雰囲気中で該スート堆積体がガラス化しない程度の温度で脱水し、引き続きヘリウム雰囲気下で、該スート堆積体がガラス化する温度でガラス化してコアロッドとなし、該コアロッドの外側に更にOVD法、RIT法などでクラッドを付与する光ファイバ用母材の製造方法において、前記スート堆積体のガラス化を行う際の加熱炉内ヘリウム雰囲気がフッ素化合物ガスを含有し、該雰囲気ガス中のフッ素の濃度が0.1〜10%の範囲にあることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に通信用に使用される光ファイバ用の母材、特にはコアから離隔した位置に低屈折率部を有する光ファイバ用母材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に光ファイバは、光を伝送するコア部とその周囲を取り囲むクラッド部からなる。コア部は、クラッド部より屈折率が高いのが一般的である。光ファイバは、光ファイバ用母材を電気炉で加熱・軟化させ、所望の太さに線引きして得られる。
光ファイバ用母材は、先ず、コア部と場合によってはクラッド部の一部を含むコアロッドを製造し、このコアロッドの外側に更にクラッド部を付与することで製造されることが多い。
【0003】
コア部の製造には、VAD法、OVD法、MCVD法、PCVD法といった方法が用いられる。VAD法では、出発部材を回転させつつ引き上げ、その先端付近に、例えばSiO2を主成分とするガラス粉末を堆積させスート堆積体を得る。このガラス粉末は、例えばバーナーに酸素と水素を供給して酸素・水素火炎を形成し、該火炎中に原料となる気化したSiCl4を供給し、加水分解反応によりSiO2を生成させて得られる。このガラス粉末を出発部材上に堆積させることでスート堆積体が得られる。
【0004】
例えば、ITU-T G.652で規定され、一般的によく使用される矩形の屈折率分布を持つシングルモード光ファイバは、コアと呼ばれる屈折率の高い部分を中心付近に有し、このコアにはGeO2が添加されていることが多い。例えば、SiCl4にGeCl4を添加することにより、GeO2が添加されたSiO2を生成することができ、これを堆積させることでコアが形成される。他方、コアの周囲を取り囲む、屈折率分布のほぼ平坦な部分はクラッドと称される。
【0005】
一般には、バーナーを複数本準備し、中心のコア部にはGeO2を添加し、その外側にはSiO2のみを供給することで、上記のような矩形に近い屈折率分布が得られる。このようにして製造された柱状のスート堆積体は、引き続き焼結炉と称される電気炉内で加熱溶融し、透明な棒状のガラス体とされる。電気炉内の雰囲気ガスには、ヘリウムが用いられることが多い。これは、ヘリウムがサイズの小さいガスであり、気泡としてガラス体中に残りにくいためである。
【0006】
上記ガラス化と同時に、あるいはその前段で脱水という処理が一般的には行われる。この脱水は、例えば塩素を添加した雰囲気中で行われ、スート堆積体が溶融しない程度に低く、かつ水分が十分に除去される程度に高い温度、例えば1000〜1200℃程度の温度で行われる。
【0007】
一方、ガラス化は、例えば1400〜1600℃程度の温度で行われる。図1は、加熱炉でガラス化する様子を示した模式図であり、左図から右方の図へと、多孔質母材の下端側から順次、中央の加熱炉を通過させることでガラス化が行われる。このようにして製造されたロッドは、そのまま加熱溶融すれば、必要な屈折率分布を持つ光ファイバとすることもできるが、高い生産性が求められる中では、その外側に更にクラッドを付与して、大径の母材を製造する際に使用されるコアロッドと呼ばれる部材とすることが多い。
例えば、VAD法でシングルモード光ファイバ用母材を製造しようとする場合、コア部と、それを取り囲むクラッド部の一部を含むコアロッドを製造し、その外側に別の手段で不足しているクラッド部を付与するという方法が取られることが多い。外側に付与されるクラッド部は、OVD法などでコアロッド上に直接堆積され、加熱炉で透明ガラス化されて付与される場合と、コアロッドに別途製造された筒状体を被せて付与される場合がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、光ファイバの使用範囲が加入者系や屋内配線などにも広がってきており、このような環境では、光ファイバの敷設時に想定される曲げ径は中・長距離系に比べて小さい。光ファイバは、曲げられると伝播している光が漏れやすくなるという問題があるため、同じ曲げ径でもより光が漏れにくい光ファイバが求められてきた。これに対する規格としてITU-T G.657がある。なお、同じ曲げ径でもより光が漏れにくい、言い換えれば、曲げ損失が小さいことを、ここでは“曲げに強い”と称する。曲げに強い光ファイバ特性を得るために、取り得る戦略が幾つか知られている。
【0009】
先ず第一に、コアの屈折率を高くし、光を閉じ込める効果を高めるという方法がある。この方法は、最も容易にある程度までの曲げに強い光ファイバを得る方法であるが、屈折率を高くすることでモードフィールド径が小さくなるとともに、ゼロ分散波長が大きくなりITU-T G.652との互換性がなくなる、ITU-T G.657の一部の規格を満たさない、という問題が生じる。
【0010】
第二に、コアからやや離隔した位置に低屈折率部(トレンチ部)を設ける、という方法がある。一般的には矩形のトレンチ部が設けられるが、このトレンチ部の位置と幅、深さにより、曲げへの強さが変わる。この方法の場合、モードフィールド径を小さくすることなく、曲げに強いファイバを作ることが可能である。
なお、図2に一般的な矩形屈折率分布を示し、図3にトレンチ型屈折率分布を示した。
このトレンチ部には屈折率を下げるフッ素が添加されることが一般的であるが、フッ素はその製造工程、特にガラス化の際に極めて容易に揮散するため、VAD法やOVD法など、スート堆積後にガラス化を行う製造方法では、コア形成時に添加されるGeO2のように、スート堆積時にフッ素を添加しておくのが難しい。
【0011】
従って、VAD法やOVD法でトレンチ部を有する光ファイバ用母材を製造するには、まずトレンチ部を有さないコアロッドを製造した後、その外側にトレンチ部を形成し、更にその外側にクラッド部を形成する、という三段階で製造することになる。この場合、工程が一つ増えるため、確実に製造コストを引き上げるという問題が生じる。
【0012】
第三に、コア周辺のクラッド部の屈折率を下げる方法がある。これをディプレスト型屈折率分布と称する。図4にディプレスト型屈折率分布を示した。
上述したように、スート堆積時にフッ素を添加する場合、フッ素は容易に拡散するため、VAD法やOVD法では比較的容易に製造が可能となる。ただし、この場合、スート内にフッ素が残りにくいという問題がある。
【0013】
そのため、曲げに強くするのに十分な量のフッ素を添加しようとすると、フッ素原料が大量に必要となる。その際、スート内に残らなかったフッ素はフッ化水素として排気される。排気ガス中のフッ化水素濃度が高い場合、これを処理する設備でフッ化水素を除去する設備が必要となる。また、曲げに強くしようとディプレスト部の深い屈折率分布とすると、コアを伝播する基本モードも伝播中にファイバ外に漏れ出しやすくなってしまい、光が通らなくなってしまう。
【0014】
第四に、クラッド部に穴を開け、空気層をファイバ内に設けるという方法がある。これは第二の方法の変形で、空気層が実効的な屈折率を下げ、第二の方法同様にトレンチ部を設けて光を閉じ込める効果がある。この方法の場合、光ファイバ用プリフォームに穴を開ける必要があり、これが生産性を著しく落とす。また、線引きも低速で行わねばならないなど、高い生産性を望むのは難しい。
【0015】
第五に、クラッド部に高屈折率部を設け、高次モードを漏洩しやすいクラッドモードに結合させるという方法がある。これには精密な設計が必要であり、加えて製造に高い精度が要求されるなど、製造コストの著しい上昇を招く。
【0016】
本発明の目的は、モードフィールド径を小さくすることなく、ゼロ分散波長が小さく曲げに強い光ファイバ特性を有する光ファイバ母材を低コストで製造する光ファイバ用母材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の光ファイバ用母材の製造方法は、VAD法またはOVD法で中心に屈折率の高いコア部を有するスート堆積体を製造し、該スート堆積体を加熱炉内で、塩素を添加したヘリウム雰囲気中で該スート堆積体がガラス化しない程度の温度で脱水し、引き続きヘリウム雰囲気下で、該スート堆積体がガラス化する温度でガラス化してコアロッドとなし、該コアロッドの外側に更にOVD法、RIT法などでクラッドを付与する光ファイバ用母材の製造方法において、前記スート堆積体のガラス化を行う際の加熱炉内ヘリウム雰囲気がフッ素化合物ガスを含有し、該雰囲気ガス中のフッ素の濃度が0.1〜10%の範囲にあることを特徴としている。
なお、前記スート堆積体の平均密度は、0.21[g/cm3]以上とするのが好ましい。また、前記フッ素化合物ガスは、SiF4, CF4,C2F6, SF6のいずれかとされる。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、製造コストをほとんど上昇させずにVAD法あるいはOVD法などのスート堆積体を製造する方法で、コアからやや離隔した位置にトレンチ部を設けることにより、モードフィールド径を小さくすることなく、ゼロ分散波長が小さく曲げに強い光ファイバが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】加熱炉でガラス化する様子を示す模式図である。
【図2】一般的な矩形屈折率分布を示す図である。
【図3】トレンチ型屈折率分布を示す模式図である。
【図4】ディプレスト型屈折率分布を示す模式図である。
【図5】実施例で得られた光ファイバプリフォームの屈折率分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
スート堆積体のガラス化時に、雰囲気ガス中にSiF4,CF4, SF6, C2F6などのフッ素含有ガスを濃度を変えて添加し、ガラス化して得られた石英ガラスロッドについてフッ素の添加のされ方を調べた。その結果、フッ素濃度が下がるにしたがって、均一には添加されにくいことが分かった。ここで“均一ではない”とは、出来上がったロッドの外側付近にのみフッ素が添加され、内側にはフッ素が添加されていない状態を指す。特に、スート堆積体の密度が0.21g/cm3よりも大きい場合に、この傾向が顕著になることが分かった。
【0021】
このような方法でフッ素を石英ガラスに添加する場合、石英ガラス中のフッ素による屈折率の低下は、雰囲気ガス中のフッ素濃度の1/4乗に比例するが、フッ素濃度が10%未満のケースでは、外側付近にのみフッ素が添加されており、屈折率の最も低い部分で、純石英に対する屈折率の低下分は、フッ素濃度の1/4乗に比例していた。スート堆積体が溶融して透明ガラスになる際に、雰囲気ガス中のフッ素を取り込みつつガラス化していくと考えられるが、フッ素濃度が低いケースでは、外側付近でフッ素消費されてしまい、内側まで届かないことが考えられる。
このようにして出来上がったコアロッドの外側に、OVD法、RIT法などでクラッドを付与すると、最終的にトレンチ部を有する屈折率分布の光ファイバ用プリフォームとなる。ただし、トレンチ部の形状は良く知られているような矩形とはならない。
【0022】
トレンチ部の深さはこれまでに知られているとおりフッ素濃度の1/4乗に比例するが、フッ素濃度が10%以上になると、フッ素がコアロッド内全体に添加されてしまい、トレンチ部は形成されず、ディプレスト型の屈折率分布となる。また、フッ素濃度が0.1%未満となるとトレンチ部が浅くなりすぎて、曲げ損失を抑制する効果を発揮しない。
【実施例】
【0023】
[実施例1]
VAD法により平均密度が0.23g/cm3でコア径とクラッド径の比が0.27、外径が150mmのスート堆積体を製造した。このスート堆積体を電気炉と石英製炉心管で構成される焼結炉に挿入し、He 16[l/min]、Cl2 0.45[l/min]、O20.01[l/min]を供給しつつ、温度1100[℃]で脱水した。その後、He 20[l/min]、CF40.03[l/min]を供給しつつ、温度1480[℃]でガラス化した。CF4は炉内の高温化で分解すると考えられ、フッ素濃度は約0.6[mol%]とみなされる。その結果、コア部の屈折率が純石英よりも0.40%高く、クラッド部の外側の屈折率が純石英よりも0.10%低い外径65mmのコアロッドとなった。
【0024】
このコアロッドを酸素・水素火炎バーナーを有するガラス旋盤で加熱・延伸し、外径40mmとした。これをHF溶液でエッチングし、外径39mmとした。これにOVD法でクラッドを付与し、コアロッド径とプリフォーム径の比が0.235のプリフォームを得た。図5に、得られたプリフォームの屈折率分布を示した。
このプリフォームを線引きしたところ、カットオフ波長1310nm、モードフィールド径8.8μm、ゼロ分散波長1309nmの光ファイバが得られた。これを半径5mmのマンドレルに1回巻きつけた時の1550nmにおける損失は1.1dB、半径7.5mmのマンドレルに1回巻きつけた時の1550nmにおける損失は0.2dBであった。また、1310nm、1383nm、1550nmにおける伝送損失はそれぞれ0.331dB/km, 0.289dB/km, 0.188dB/kmであった。
使用したCF4の量は僅かであるため、比較例で示したフッ素を添加しない通常の光ファイバ用プリフォームと比べて製造コストはほとんど変わらなかった。
【0025】
[比較例1]
実施例とは、コアロッドのガラス化時にCF4を添加しないこと以外は、同じ方法で光ファイバを製造した。
その結果、カットオフ波長1310nm、モードフィールド径8.8μm、ゼロ分散波長1318nmの光ファイバとなった。これを半径5mmのマンドレルに1回巻きつけた時の1550nmにおける損失は4dB、半径7.5mmのマンドレルに1回巻きつけた時の1550nmにおける損失は0.5dBであった。また、1310nm、1383nm、1550nmにおける伝送損失はそれぞれ0.330dB/km, 0.295dB/km, 0.188dB/kmであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
VAD法またはOVD法で中心に屈折率の高いコア部を有するスート堆積体を製造し、該スート堆積体を加熱炉内で、塩素を添加したヘリウム雰囲気中で該スート堆積体がガラス化しない程度の温度で脱水し、引き続きヘリウム雰囲気下で、該スート堆積体がガラス化する温度でガラス化してコアロッドとなし、該コアロッドの外側に更にOVD法、RIT法などでクラッドを付与する光ファイバ用母材の製造方法において、前記スート堆積体のガラス化を行う際の加熱炉内ヘリウム雰囲気がフッ素化合物ガスを含有し、該雰囲気ガス中のフッ素の濃度が0.1〜10%の範囲にあることを特徴とする光ファイバ用母材の製造方法。
【請求項2】
前記スート堆積体の平均密度が0.21[g/cm3]以上である請求項1に記載の光ファイバ用母材の製造方法。
【請求項3】
前記フッ素化合物ガスがSiF4, CF4, C2F6, SF6のいずれかである請求項1又は2に記載の光ファイバ用母材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−250887(P2012−250887A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125740(P2011−125740)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】