説明

シリンダボアの測定方法及び測定装置

【課題】エンジンのシリンダボアの真円度等を測定する際、シリンダヘッドとベアリングキャップ部材とをシリンダブロックに締結し、実際のエンジンの作動状態に近似させた状態で測定を行って、エンジンの作動状態における正確な真円度の測定データを得る。
【解決手段】測定するエンジンのシリンダブロック1に、シリンダヘッド3とベアリングキャップ部材とをボルトにより組み付けてシリンダ組立体9とする。これをベアリングキャップ部材8が上側となるように設置し、ウォータージャケットに高温の流体を送り込む。この状態で測定装置20を組立体9の上方からシリンダボア2に挿入して測定することにより、エンジンの作動時の状態を再現し、内部応力や熱膨張の影響を反映した真円度を測定することができる。測定装置20を設置するため、主軸受部には載置ブロック21が掛け渡され、位置決めのため、シリンダボア2と合致する基準部材22が設けられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのシリンダブロックに形成される円筒形のシリンダボアについて、その断面の真円度等を測定する測定方法並びにその測定方法に適した測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガソリンエンジン又はディーゼルエンジン等の往復動式エンジンでは、シリンダブロックに形成されたシリンダボア内で燃料を燃焼させ、ピストンを往復動させて動力を発生する。近年、車両用のエンジンにおいては、省エネルギ、燃料消費率の向上の要請からエンジンの小型軽量化が進んでおり、シリンダブロックについても軽量化のためアルミニュウム等の軽金属の利用や薄肉化などが図られている。
【0003】
シリンダボアにはピストンが挿入されており、ピストンに嵌め込まれたピストンリングがシリンダボアの内周面を摺動する。シリンダボアは断面円形の形状であるが、シリンダボアが外力等によって歪みその真円度が低下していると、ピストンリングの片当りが生じ摺動摩擦抵抗が増大する結果、エンジンの機械損失が増加して燃料消費率を悪化させる。また,シリンダボアとピストンリングとのクリアランスが大きくなることから、エンジンのクランクケースに吹き抜ける燃焼ガス、つまりブローバイガスが増加する。ブローバイガスは、HC(炭化水素)等の未燃焼成分を含むので、クランクケースから漏れ出すとエンジン排出ガスの有害成分が増大する。
【0004】
このように、シリンダボアの真円度はエンジン性能に重大な影響を与えるので、加工後のシリンダボアの真円度を測定して工作機械の精度を管理したり、加工方法の開発に向け真円度等のデータを取得することが従来から行われている。シリンダボアの真円度を測定するには、通常、シリンダボアの上方からその中心軸に沿って測定用センサを挿入し、測定用センサを回転させながら中心軸からシリンダボア内周面までの距離を測定して真円度を求める。測定用センサは、上下方向にも移動可能に構成されており、上下方向の複数の位置で真円度を測定することにより、シリンダボアの円筒度を求めることができる。こうした計測装置は、一例として特開平7−270153号公報に開示されている。
【0005】
ところで、実際のエンジンでは、シリンダブロックにはシリンダヘッドが締結ボルトによって強固に締め付けられるため、シリンダボアの周囲には内部応力が発生してシリンダボアが歪みを受ける。また、車両用のエンジンとしては、一般的には、シリンダブロック及びシリンダヘッドにウォータージャッケットを設けた水冷エンジンが使用されており、エンジンの作動中には、高温の燃焼ガスによりシリンダブロック等の温度が上昇するとともに、その熱がウォータージャッケット内を循環する冷却水に伝達されて、冷却水の温度も上昇している。つまり、エンジンの作動中にあっては、シリンダボアの周辺には冷却水等の温度上昇に伴う熱膨張や熱応力も発生する。
真円度や円筒度を測定する上述の測定方法は、シリンダボアの上方から測定用センサを挿入するため、シリンダヘッドを外してシリンダブロック単体の状態で真円度等の測定を行うものであり、かつ、測定が常温の状態で行われるものである。そのため、求められた測定結果は、シリンダヘッドの締結されたエンジン組み立て状態における真円度等とは異なるものとなり、エンジン作動中の熱膨張等による真円度の変化については全く考慮されていなかった。
【0006】
本出願人は、特開2006−275760号公報に示されるように、シリンダボアの真円度あるいは円筒度を測定するにあたり、シリンダブロックを実際のエンジンの作動状態に近似させ、その状態で測定を実施してエンジンの作動状態における正確な真円度を求める測定方法を開発した。この測定方法では、図9に示すとおり、測定するエンジンのシリンダブロック1とシリンダヘッド3とを締結ボルト4により組み付けて組立体9とし、これをシリンダブロック1が上側となるように台10上に設置する。この状態は、車両等に搭載されたときのエンジン姿勢とは逆の状態であって、シリンダブロック1下部の主軸受部の半円形状をなす凹部71が上面に存在することとなる。そして、シリンダブロック1とシリンダヘッド3のウォータージャケット5、6に、ポンプ13によって高温油タンク14から高温の流体を送り込む。流体循環回路において、11、12はウォータージャケットの出入口管、15は電気ヒーター、16は流量調整バルブ、17、18は温度計、19は圧力計となっている。
【0007】
測定装置20には、シリンダボア2の中心軸線に沿って下方に延びるスプライン軸29が設けられ、これに測定用センサ24を取付けられる。測定用センサ24は、シリンダボア2の内周面までの距離を測定する非接触式センサであり、スプライン軸29を中心として回転可能で、しかも上下方向に移動可能に構成されている。また、測定装置20には、シリンダボア2の内周面と合致する第1基準部材20Aと、シリンダブロック2の主軸受部の凹部71に合致する第2基準部材20Bとが設けられている。
この測定装置20を、主軸受部の隣り合う凹部に第2基準部材20Bを嵌め込み、シリンダボア2の内周面に第1基準部材20Aを当接するようにしてシリンダブロック1上に設置し、測定用センサ24を取付けたスプライン軸29をシリンダボア2に挿入して真円度等の計測を実行する。測定されたデータはコンピュータ100に送られて、ここで演算処理が実行され、真円度及び円筒度が求められる。これにより、エンジンの組み立て状態におけるエンジン作動時の状態を再現し、シリンダヘッドの締結や冷却水の高温化などに伴う、内部応力あるいは熱膨張の影響を反映した真円度等を測定することができる。
【特許文献1】特開平7−270153号公報
【特許文献2】特開2006−275760号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本出願人が開発したシリンダボアの真円度等の測定方法では、シリンダブロックとシリンダヘッドとを締結ボルトにより組み付けて組立体とし、組み立て状態で真円度を測定するため、シリンダヘッドの締め付けに伴うシリンダボアの変形を直接反映した真円度のデータが得られる。また、水冷エンジンの場合は、ウォータージャケットに高温の流体を循環させ、エンジンの作動状態に近似した状態で真円度の測定が可能である。
【0009】
シリンダヘッドは、締結ボルトによってシリンダブロックに強固に締め付けられる関係上、シリンダボアの真円度に及ぼす影響が非常に大きい部材である。しかし、実際のエンジンにおいては、シリンダブロック下部の主軸受部の半円形状凹部に、これに対向する半円形状凹部を備えたベアリングキャップ部材が、やはりボルト(キャップ用ボルト)によって締結されており、両方の半円形状凹部の間にクランクシャフトのジャーナル部が軸受されている。クランクシャフトの支持部の剛性を高める目的で、複数のアリングキャップ部材を一体的に連結した、平面視で梯子状のいわゆるラダーフレームをシリンダブロックの下方に締結するエンジンもある。このようなベアリングキャップ部材は、比較的シリンダボアに近い位置でシリンダブロックに締結されるので、その締結によってシリンダボアの真円度等が変化する場合がある。
【0010】
本出願人が開発した測定方法で使用される真円度等の測定装置は、シリンダブロックの主軸受部の半円状凹部に載置され、隣り合う主軸受部の半円状凹部に合致する基準部材によって位置決めされるものである。そのため、シリンダブロックの主軸受部にベアリングキャップ部材を締結した状態では、測定装置をシリンダブロックの半円形状凹部に載置することができず、ベアリングキャップ部材を締結した状態でシリンダボアの真円度等を計測することは不可能である。
本発明は、シリンダボアの真円度あるいは円筒度を測定するにあたり、シリンダヘッドのみならずベアリングキャップ部材をシリンダブロックに組み付けて測定し、エンジン作動状態により一層近似させた真円度の測定データを得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題に鑑み、本発明の真円度の測定方法では、シリンダブロックにシリンダヘッドを締結するとともにその反対側にベアリングキャップ部材を締結して、この状態のシリンダ組立体を、ベアリングキャップ部材が上方に位置するよう台上に設置する。そして、シリンダブロックに形成された複数の半円形状の凹部に載置用ブロックを掛け渡して設置するとともに、この載置用ブロック上に測定装置を載置し、シリンダボアの真円度の測定を行うものである。すなわち、本発明は、
「エンジンのシリンダブロックに形成されたシリンダボアの真円度を、回転可能かつ往復動可能に支持される測定用センサを備えた測定装置により測定する測定方法であって、
前記シリンダブロックは、その一側に主軸受部の一方を形成する複数の半円形状の凹部を備えており、
前記シリンダブロックの一側には、主軸受部の他方を形成する半円形状の凹部を備えた複数のベアリングキャップ部材を、前記シリンダブロックの他側にはシリンダヘッドを、それぞれ締結してシリンダ組立体を構成し、かつ、前記シリンダ組立体を前記ベアリングキャップ部材が上方に位置するよう台上に設置し、さらに、
前記シリンダブロックの下部に形成された隣接する前記半円形状の凹部に、載置用ブロックを掛け渡して設置するとともに、前記測定装置を載置用ブロック上に載置し、前記測定装置の測定用センサを前記シリンダ組立体の上方から前記シリンダボアに挿入して真円度を測定する」
ことを特徴とする測定方法となっている。
【0012】
請求項2に記載のように、前記シリンダブロック及び前記シリンダヘッドがウォータージャケットを有しているものでは、前記ウォータージャケットに高温の流体を送り込んで測定することができる。
【0013】
請求項3に記載のように、本発明の測定方法で使用される載置用ブロックとしては、その両端部の下面に、前記シリンダブロックの一側に形成された前記半円形状の凹部に合致する基準面を形成するとともに、中央部に、前記測定用センサが通過する透孔を形成した載置用ブロックを用いることが好ましい。また、請求項4に記載のように、載置用ブロック上面には、前記測定装置を位置決めする凹所を形成することが好ましい。
【0014】
そして、本発明の測定方法で使用される測定装置としては、請求項5に記載のように、「前記シリンダボアに挿入される測定用センサを、前記シリンダボアの内周面に沿って回転させるとともに前記シリンダボアの軸線方向に往復動させる駆動機構と、その駆動機構を保持する基台とを有し、さらに、前記基台には、前記シリンダボアの内周面と合致する基準面を形成した基準部材が取付けられている測定装置」が好適である。この場合、請求項6に記載のように、前記駆動機構を「前記測定用センサを取付けたボールスプライン機構が嵌め込まれるスプライン軸と、前記ボールスプライン機構を、送りねじ機構によって前記シリンダボアの軸方向に往復動させる操作軸」とを有するものとすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の測定方法では、主軸受部の半円形状の凹部が形成されたシリンダブロックの一側に、主軸受部の他方を形成する半円形状の凹部を備えた複数のベアリングキャップ部材(軸受部材)を締結するとともに、シリンダブロックの他側にはシリンダヘッドを締結してシリンダ組立体を構成し、このシリンダ組立体をエンジン作動時とは逆にベアリングキャップ部材が上側となるように台上に設置する。こうすると、主軸受部の存在するシリンダブロックの下面が上側に露出し、隣接するベアリングキャップ部材の中間の下方にシリンダボアが見通せる状態となり、また、ベアリングキャップ部材の間には、クランクシャフトの軸方向とは直角方向に延びる一定の空間が存在する。この状況は、ベアリングキャップ部を一体的に連結するラダーフレームを取付けた場合でも変わりはない。
【0016】
そして、シリンダブロックに形成された主軸受部の隣接する半円形状の凹部に、載置用ブロックを掛け渡して設置し、この上に測定装置を載置する。載置用ブロックは、主軸受部の半円形状の凹部に設置できる寸法を備えており、ベアリングキャップ部材が締結された後であってもクランクシャフトの軸方向から主軸受部に挿入可能であるが、場合によっては、ベアリングキャップ部材の締結前に、予めシリンダブロックの隣り合う半円形状の凹部に掛け渡しておいてもよい。
載置用ブロック上に載置される測定装置自体は、ベアリングキャップ部材の間の、クランクシャフトの軸方向とは直角方向に延びる空間に収まるように小型に構成されている。測定装置には回転可能かつ往復動可能に支持される測定用センサが取付けてあり、この測定センサを上方からシリンダボアに挿入することにより、シリンダブロックにシリンダヘッド及びベアリングキャップ部材を締結した状態で、真円度を測定することができる。したがって、シリンダヘッドのみならずベアリングキャップ部材の締め付けに伴うシリンダボアの変形を直接反映した真円度のデータが得られ、エンジンの実態に即した真円度等を知ることが可能となる。
【0017】
水冷式のエンジンの作動時においては、シリンダブロック及びシリンダヘッドの内部のウォータージャケットには冷却水が循環し、冷却水は高温の燃焼ガスによってその温度が上昇する。請求項2の発明のように、両方のウォータージャケットに高温の流体を送り込んで測定した場合には、エンジンの作動時の状態を近似的に再現することになり、熱膨張等の影響を受けたシリンダボアにおける真円度を測定することができる。このため、測定結果はより一層エンジン作動時の真円度に近似したものとなる。
【0018】
本発明の測定方法で用いる、シリンダブロックの隣接する半円形状の凹部に掛け渡す載置用ブロックとして、請求項3に記載の発明のように、載置用ブロックの両端部の下面、つまりシリンダブロックの半円形状の凹部と接する面に、その凹部に合致する基準面を形成し、かつ、載置用ブロックの中央部に、測定装置の測定用センサが通過する透孔を形成したときは、載置用ブロックをシリンダブロックの半円形状の凹部に対し、容易に位置決めをすることができるとともに、測定用センサのシリンダボアへの挿入が容易となる。特に、請求項4の発明のように、載置用ブロック上面に測定装置を位置決めする凹所を形成したときは、測定装置を載置用ブロックに対し正確に位置決めすることが容易となる。
【0019】
また、本発明の測定方法で使用する測定装置としては、請求項5の発明の測定装置が特に適している。すなわち、請求項5の発明では、測定用センサをシリンダボアの内周面に沿って回転し往復動させる駆動機構を保持する基台に、シリンダボアの内周面と合致する基準面を形成した基準部材を取付けている。本発明の測定方法においては、シリンダ組立体がベアリングキャップ部材を上側にして設置されており、測定装置は、載置用ブロック上面に置かれてその下方にシリンダボアが存在している。そのため、基準面をシリンダボアの内周面に当接して測定装置を載置すると、測定用センサをシリンダボアに対して正確に位置決めすることが可能である。そして、こうした位置決め作業は基準面を合わせるだけであるので、作業者が手作業により短時間で実施することができ、作業者に過大な負担をかけることがない。例えば、ウォータージャケットに高温の流体を循環させたシリンダ組立体に測定装置を設置するときでも、高温の環境のもとで行う作業は、短時間で終了させることができる。
【0020】
真円度の測定装置における駆動機構には、測定用センサをシリンダボアの内周面に沿って回転させる機能と、これを軸方向に上下移動させる機能とが必要であり、本発明の測定方法で使用する測定装置では、隣接するベアリングキャップ部材の中間の、クランクシャフトの軸方向とは直角方向に延びる空間内に駆動機構を収めなければならない。請求項6の発明のように、ボールスプライン機構に取付けた測定用センサを、送りねじ機構によってシリンダボアの軸方向に往復動させたときは、上下移動させる機構が小型となり、上記の空間に収納可能なように測定装置全体をコンパクト化することが容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面に基づいて、本発明のエンジンシリンダボアの真円度測定方法及び測定装置について説明する。以下で説明する図面においては、従来技術として記載した図9の部品等に対応するものには、同一の符号を付している。
まず、水冷式の直列エンジンにおけるシリンダブロック周辺の構造を、図1及び図2に基づいて概略的に述べる。図1は、シリンダブロックにシリンダヘッドとベアリングキャップ部材とを組み付けたエンジンの縦断面図であり、図2は、ベアリングキャップ部材を締結したシリンダブロックを下方から見たA−A矢視図となっている。なお、図3には、ラダーフレームを組み付けたエンジンのシリンダブロックの断面図及びラダーフレームを下方から見た図を示す。
【0022】
図1において、シリンダブロック1の上方には、シリンダボア2を閉塞するシリンダヘッド3がヘッドガスケットを介して載置され、シリンダヘッド3には吸排気通路や吸排気弁が配置される。シリンダヘッド3とシリンダブロック1とは、長尺の締結ボルト4によって燃焼ガスの圧力に耐えうるよう強固に締結されている。シリンダボア2の周りには冷却水が流れるウォータージャケット5が設けられ、冷却水はこのウォータージャケット5からシリンダヘッド3のウォータージャケット6に流入し、シリンダブロック1とシリンダヘッド3とを冷却した後、エンジンのラジエータへ排出される。
【0023】
シリンダブロック1の下部には、クランクシャフト(図示省略)を取付けるため、クランクシャフトのクランクジャーナル部の数に応じた複数の主軸受部7が形成されている。シリンダブロック1の主軸受部7は断面半円形の凹部71であって、同じく断面半円形の軸受面81を形成したベアリングキャップ部材8をキャップボルト82で固着し、クランクジャーナル部を挟み込むことによって、シリンダブロック1の下部にクランクシャフトを取付ける。したがって、図2に示すとおり、主軸受部7及びベアリングキャップ部材8は、各シリンダボア2の両側にそれぞれ配置される。そして、下方から見た場合、ベアリングキャップ部材8の間にはクランクシャフト軸線と直角方向に延びる空間部Sが形成され、これを通してシリンダボア2が見通せることとなる。この状況は、図3に示すラダーフレーム1Rを備えたエンジンでも同様であって、一体的に連結されたベアリングキャップ部材8の間には空間部Sが存在する。
【0024】
本発明のエンジンシリンダボアの真円度測定方法について、その全体的な構成を図4に示す。図4においては、左側には被測定物である水冷エンジンのシリンダ組立体9が置かれ、これは、図1のエンジンと同様に、シリンダブロック1に、シリンダヘッド3をヘッドガスケットを介して締結ボルト4により締め付けるとともに、ベアリングキャップ部材8をキャップボルト82で締結して取付けたものである。シリンダ組立体9は、エンジン作動時の姿勢とは逆向きに、つまり、シリンダヘッド3が下側に位置しベアリングキャップ部材8が上側に位置するように台10上に設置され、オイルパンの取付けられるシリンダブロック1の下面及びベアリングキャップ部材8が上方に露出している。シリンダヘッド3の前部とシリンダブロック1の側部には、冷却水の出入口となる短管11、12が設けられ、それぞれウォータージャケット6、5に連通している。
【0025】
この実施例の測定方法は、図9に示す従来の測定方法と同様な構成となっており、シリンダヘッド3の前部の短管11から100℃を超える高温の水をポンプ13によって送り込む。水の温度を上昇するため高温油タンク14が備えられている。ここには電気ヒータ15で130℃程度に加熱されたシリコン油が貯留されており、ポンプ13に供給される水を熱伝達により高温化する。シリンダヘッド3の前部から送り込まれた高温水はシリンダヘッド及びシリンダブロックのウォータージャケット6、5を通過し、シリンダ組立体9の温度を上昇させた後、シリンダブロック1の側部の短管12から排出され、高温油タンク14に戻される。ポンプ13の吐出側には流量調整バルブ16が設けてあり、温度検出器17、18により検出される供給側及び排出側の温度が適切な値となるよう流量調整バルブ16の開度が調整される。19は高温水の圧力を検出する圧力計である。
【0026】
このような準備の後、2点鎖線で表される本発明の測定装置20を、シリンダ組立体9の上面、つまりシリンダブロック1の下面におけるベアリングキャップ部材8の間に設置する。測定装置20については詳しくは後述するが、隣接するベアリングキャップ部材8の間の空間部S(図2)に収容可能なように小型に構成されており、測定装置20を載置するための載置ブロック21が、シリンダブロック1の主軸受部の隣接する半円形状凹部71に予め掛け渡される。測定装置20には2個の基準面を備えた基準部材22が取付けてあり、基準面はそれぞれシリンダボア2の内周面に当接する。これにより、測定装置20及び測定用センサ24を備えたスプライン軸29が所定の位置に安定して保持され、真円度の測定が実施される。測定されたデータはコンピュータ100に入力され、演算処理が行われて真円度及び円筒度が求められる。
シリンダボア2の形成されているシリンダブロック1には、エンジン作動時と同じように、シリンダヘッド3とベアリングキャップ部材8とが締結ボルト4等により強固に固着されている。この状態では、シリンダボア周辺にはボルトの締め付けに起因する内部応力が生じており、真円度の測定結果は、その応力の影響を反映したものとなる。
【0027】
また、シリンダブロック1のウォータージャケット5には高温の水を通過させ、シリンダボア周辺の温度を上昇させているので、真円度の測定結果は、熱膨張や熱応力の影響が加味されたものとなり、一層エンジンの作動時に近似した測定結果を得ることができる。なお、この実施例ではシリコン油と熱交換させた高温水を0.15MP程度に加圧してシリンダ組立体9に循環しているが、場合によってはシリコン油を直接送り込むようにしてもよく、高温水・高温油に代えて高温の蒸気を供給してもよい。
【0028】
次いで、本発明の測定装置20について図5及び図6により説明する。
図5に示すように、本発明の測定装置20は基台23を備え、基台23には、測定用センサ24をシリンダボア2の内週面に沿って回転させ、また、シリンダボア2の軸方向に往復動させる駆動機構25が載置されている。基台23の中央部下方には、長手方向の両側面が平行に形成された軸受ボス部23Aが設けられるとともに、基台23の両端には、作業者が測定装置20を把持してシリンダ組立体上に設置するための取っ手27が固着されている。
【0029】
測定装置20の中央部分には、下方に延びるスプライン軸29と上下方向に移動する送りねじ軸30とが配置される。スプライン軸29は、測定用センサ24の取付け部材31と一体的に連結されたスプラインスリーブ32が嵌め込まれている。スプライン軸29には上下方向に真直にスプライン溝が形成され、スプライン溝とスプラインスリーブの溝との間に嵌め込まれたボールによって、スプラインスリーブ32は、スプライン軸29とともに回転するよう、ハウジング34内にベアリングを介して取付けられる。これらは、ボールスプライン機構を構成するものであって、ハウジング34は、送りねじ軸30の下端に固着されており、スプラインスリーブ32及びこれと一体的に連結された測定用センサ24は、スプライン軸29の回転によって回転しながらスプライン軸29の軸方向にも摺動可能となっている。
【0030】
スプライン軸29は、軸受ボス部23A内に配置されたベアリングによって基台23に軸支される。基台23にはスプライン軸29を回転させるためのスプライン軸駆動モータ35が設置され、スプライン軸駆動モータ35の回転は、丸ベルト36を介してスプライン軸29に伝動される。このような測定用センサ24の駆動機構は、基本的には特許文献2に示されるものと変わりはない。
【0031】
ただし、測定用センサ24を上下方向に移動させる操作軸には、ラックピニオン式の操作軸に代えて送りねじ軸30が採用されており、送りねじ軸30は、上下移動用ナット37を回転させることにより上下方向に移動する。基台23上には、上下移動用ナット37を回転させる中空のステッピングモータ38が設置され、送りねじ軸30は、その中空部を貫通するように配置される。これにより、測定用センサ24の上下方向の駆動装置をコンパクトに構成することができ、測定装置20も小型なものとなる。スプライン軸駆動モータ35及び上下移動用ナット37の回転軸には、回転角度を検出するロータリーエンコーダ39、40がそれぞれ取付けられ、ロータリーエンコーダ39により測定用センサ24の回転位置が検出され、ロータリーエンコーダ40により軸方向位置が検出されて、それらの検出信号はコンピュータ100(図4)に送られる。
【0032】
基台23の下方の軸受ボス部23Aには、2個の基準面を備えた基準部材22がねじによって固着されている。基準部材22は、図6から明らかなように、シリンダボア2と合致する2個の円弧状の基準面22A、22Bを中央板22Cで連結した部材であって、中央板22Cには、スプライン軸29及び送りねじ軸30が貫通する貫通孔と、取付けねじ用の2個のねじ孔とが設けられる。この実施例の2個の基準面22A、22Bは、円弧部の長さが異なるものとなっているが、同一長さの円弧部を有するように構成してもよい。基準部材22は、測定装置20をシリンダ組立体9上に設置する際のガイド部材として機能するものであり、基準面22A、22Bをシリンダボア2の内周面に当接することにより、測定用センサ24を取付けたスプライン軸29を、シリンダボア2の中心軸線に沿って正確に配置することが可能となる。なお、基準部材22は、各種のエンジンの真円度の測定を可能とするため、シリンダボアの寸法等に合わせた複数のものが用意され、測定するエンジンに応じて交換して使用される。
【0033】
ここで、測定装置20をシリンダ組立体9上に設置するときに用いられる載置ブロック21について説明する。載置ブロック21は、測定装置20を載置するためシリンダブロック1の主軸受部の半円形状凹部71に掛け渡されるものであり、図7には載置ブロック21自体の構造を、図8には主軸受部7に掛け渡したときの状態を示す。
載置ブロック21は、図7に示されるとおり、その両端部21Aの下面21Bが、主軸受部に設置する際の基準面となるよう、シリンダブロック1の主軸受部の半円形状凹部71に合致する半円形状であり、上面は平面をなしている。側面図から分かるように、載置ブロック21は、中心軸(主軸受部の軸心を通る軸)に対して片側が切り落された形状をなし、したがって、中心軸に対して非対称であって寸法Xが寸法Yよりも長い形状である。載置ブロック21の中央部には、測定装置20を載置するため、平行な両壁21Cを備えた断面が略矩形の凹所21Dが設けられている。また、凹所21Dの下方には、測定装置20のスプライン軸29に取付けたハウジング34、測定用センサ24が通過する貫通孔21Eが形成されている。
【0034】
載置ブロック21は、図8に示すように、シリンダブロック1の主軸受部7の隣り合う半円形状凹部に掛け渡して設置される。このとき、下面21Bがシリンダブロック1の主軸受部の半円形状凹部に合致し、載置ブロック21の中心軸21Oは、主軸受部の軸心の位置に置かれ、貫通孔21Eの円形部分の中心がシリンダボア2の中心軸線と一致する。載置ブロック21は、シリンダブロック1にベアリングキャップ部材8を組み付けた後でも、クランクシャフトの軸方向から主軸受部に挿入し適宜の位置に掛け渡すことができるが、ベアリングキャップ部材8を組み付ける前に、予め載置ブロック21を隣接する主軸受部に設置してもよい。
【0035】
測定装置20は、図8において2点鎖線で示すとおり、その長手方向がクランクシャフトの軸方向とは直交するような姿勢で、基準部材22の下面が載置ブロック21の凹所21Dの底部平面に一致するよう、載置ブロック21上に載置される(図5参照)。このとき、測定用センサ24等を取付けたスプライン軸29が、貫通孔21Eを通って下方のシリンダボア2に挿入され、かつ、基準部材22の基準面22A、22Bが、載置ブロック21の両脇を通過してシリンダボア2の内周面まで達し、これと当接して測定装置20及びスプライン軸29を正確に位置決めする。そのため、測定装置20の基準部材22は、円弧部長さの長い基準面22Aが載置ブロック21の切り落された側、つまり、寸法Y側にあるように取付けてある。また、測定装置20の軸受ボス部23Aの平行な両側面は、載置ブロック21の凹所21Dの平行な両壁間に嵌め込まれ、これによって、載置ブロック21がシリンダボア2に対して正確な位置決めが行われることとなる。
【0036】
次に、本発明の測定方法と関連した測定装置20の使用態様について述べる。
図1に関して説明したように、シリンダボア2の真円度を測定する際には、エンジンのシリンダブロック1にシリンダヘッド3を締め付けるとともに、ベアリングキャップ部材8をキャップボルト82で締結する。そして、このシリンダ組立体9を、ベアリングキャップ部材8を上方にして台上に設置し、載置ブロック21を主軸受部7の間に掛け渡す。こうした準備の後、シリンダ組立体9に高温の流体をポンプ13によって供給する。所定の時間が経過し、流体の出入口の温度差及びシリンダブロック1の温度が安定した時に、作業者が本発明の測定装置20の取っ手27を手で保持し、ベアリングキャップ部材8の間の載置ブロック21に上方から載置する。
【0037】
測定装置20は、シリンダブロックにおけるベアリングキャップの間の空間部に収容できるよう小型に構成されている。測定装置20の下方には、測定用センサ24が嵌め込まれたスプライン軸29を位置決めするための基準部材22が取付けてあり、載置ブロック21には、主軸受部7の半円形状凹部に一致する下面21Bと、測定装置20の軸受ボス部を嵌め込む中央の凹所21Dが形成されている。したがって、作業者の実施する測定装置の設定作業は容易で短時間に行うことができ、シリンダブロック1が高温となり作業環境が悪化している状況にあっても、作業者に過大な負担をかけることはない。
【0038】
測定装置20を組立体9上にセットした後は、これに接続されたコンピュータ等の制御装置により、測定用センサ24の駆動機構25を制御して真円度の測定を実行する。具体的には、送りねじ軸駆動モータ38を回転して測定用センサ24をシリンダボア2の軸方向の所定位置に設定し、スプライン軸駆動モータ35により測定用センサ24を回転させ、シリンダボア2の中心軸と内周面との距離を連続的に測定して真円度を求める。真円度の測定を軸方向の多数の位置で実行し得られたデータを処理することにより、真円度の軸方向の分布状況、すなわち、シリンダボア2の円筒度が求められることとなる。なお、測定用センサ24としては、例えば、電気容量式センサあるいは渦電流式センサなど周知のセンサを、シリンダブロック1の材質等を勘案しながら適宜選択して使用する。
【0039】
以上詳述したとおり、本発明のシリンダボアの真円度測定方法は、シリンダブロックに対してシリンダヘッドとともにベアリングキャップを締結ボルトで締め付けた、実際のエンジン作動時の状態で真円度を測定するものであり、さらには、これのウォータージャケットに高温の流体を通過させて測定するものである。上述の実施例では直列型のエンジンについて説明しているが、本発明の真円度測定方法は、シリンダブロック下面からシリンダボアが見通せるものであれば、例えばV型エンジンに対しても適用できることは明らかである。また、複数のベアリングキャップ部材を独立して固着するエンジンに限らず、ラダーフレームを設けたエンジンについても適用可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】水冷式エンジンの構造を示す断面図である。
【図2】シリンダブロック下面を示す、図1のA−A矢視図である。
【図3】ラダーフレームを有するエンジンの図である。
【図4】本発明のエンジンシリンダボア真円度の測定方法を示す全体図である。
【図5】本発明の真円度測定装置の全体図である。
【図6】本発明の測定装置における基準部材の図である。
【図7】本発明の載置ブロックの図である。
【図8】本発明の載置ブロックを主軸受部に掛け渡した状態を示す図である。
【図9】従来の真円度測定方法及び測定装置を示す図である。
【符号の説明】
【0041】
1 シリンダブロック
2 シリンダボア
3 シリンダヘッド
4 締結ボルト
7 主軸受部
8 ベアリングキャップ部材
82 キャップボルト
9 シリンダ組立体
20 測定装置
21 載置ブロック
22 基準部材
23 基台
24 測定用センサ
25 駆動機構
29 スプライン軸
30 送りねじ軸(操作軸)
32、34 ボールスプライン機構
35 スプライン軸回転駆動モータ
38 送りねじ軸駆動モータ
39、40 ロータリーエンコーダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのシリンダブロックに形成されたシリンダボアの真円度を、回転可能かつ往復動可能に支持される測定用センサを備えた測定装置により測定する測定方法であって、
前記シリンダブロックは、その一側に主軸受部の一方を形成する複数の半円形状の凹部を備えており、
前記シリンダブロックの一側には、主軸受部の他方を形成する半円形状の凹部を備えた複数のベアリングキャップ部材を、前記シリンダブロックの他側にはシリンダヘッドを、それぞれ締結してシリンダ組立体を構成し、かつ、前記シリンダ組立体を前記ベアリングキャップ部材が上方に位置するよう台上に設置し、さらに、
前記シリンダブロックの下部に形成された隣接する前記半円形状の凹部に、載置用ブロックを掛け渡して設置するとともに、前記測定装置を載置用ブロック上に載置し、前記測定装置の測定用センサを前記シリンダ組立体の上方から前記シリンダボアに挿入して真円度を測定することを特徴とする測定方法。
【請求項2】
前記シリンダブロック及び前記シリンダヘッドがウォータージャケットを有しており、前記ウォータージャケットに高温の流体を送り込んで測定する請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の測定方法で使用される載置用ブロックであって、両端部の下面には、前記シリンダブロックの一側に形成された前記半円形状の凹部に合致する基準面が形成されるとともに、中央部には、前記測定用センサが通過する透孔が形成される載置用ブロック。
【請求項4】
上面に前記測定装置を位置決めする凹所が形成された請求項3に記載の載置用ブロック。
【請求項5】
請求項1乃至請求項2に記載の測定方法で使用される測定装置であって、
前記測定装置は、前記シリンダボアに挿入される測定用センサを、前記シリンダボアの内周面に沿って回転させるとともに前記シリンダボアの軸線方向に往復動させる駆動機構と、その駆動機構を保持する基台とを有し、さらに、
前記基台には、前記シリンダボアの内周面と合致する基準面を形成した基準部材が取付けられている測定装置。
【請求項6】
前記駆動機構は、前記測定用センサを取付けたボールスプライン機構が嵌め込まれるスプライン軸と、前記ボールスプライン機構を、送りねじ機構によって前記シリンダボアの軸方向に往復動させる操作軸とを有している請求項5に記載の測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−232734(P2008−232734A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−70832(P2007−70832)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】