説明

ステンレス鋼板及びその製造方法

【課題】強度、延性、疲労特性及び耐へたり性の向上が期待され、特にばね用ステンレス鋼として好適なステンレス鋼を、経済的に製造する。
【解決手段】可逆式圧延機を用いて鋼帯に調質圧延を行う際に、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行った後に、鋼帯を可逆式圧延機から少なくとも1回取り外し、強制冷却または大気中での放冷を行ってから、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行うことにより、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:16.0〜18.0%、Ni:6.0〜8.0%、N:0.06〜0.25%、Nb、Ti、Vの一種以上:合計で0〜0.5%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有し、その相構造がマルテンサイト相単相またはオーステナイト相との複相組織からなり、硬度(HV)が440以上であり、伸び(El)がEl≧390-0.82HVを満足するステンレス鋼板を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼板及びその製造方法に関し、例えば、成形性と疲労特性及び強度に優れることから、自動車、家電製品、パソコンや携帯電話等に組み込まれて使用される多種多様の部品に最適に用いることができるばね用ステンレス鋼と、このばね用ステンレス鋼を安価かつ工業的に安定して提供することができる製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
最近の自動車、家電製品、パソコンや携帯電話等の製品、及びそれらに組み込まれて使用される多種多様のばね用途部品においては、小型化、軽量化さらには高密度化が推進されている。このため、それらに使用されるばね用ステンレス鋼の素材は、複雑な形状への加工や薄肉化(板厚低減)が進み、それらを補う高い延性と同時に高疲労強度や高い強度が要求されている。
【0003】
上述の製品やその部品には、一般的に、SUS301やSUS304に代表される準安定オーステナイト系ステンレス鋼が用いられる。これらの準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、加工や成形に際して、オーステナイト母相から硬質なマルテンサイト相への変態(加工誘起マルテンサイト変態)を生じ、高強度を得られる。また、加工や成形によるTRIP効果の発現により高い伸び値を示す。このように、これらの準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、強度−延性バランスに優れた材料である。しかし、最近の製品及び部品の軽量化、小型化のさらなる進行により、準安定オーステナイト系ステンレス鋼のよりいっそうの高性能化が要求されている。
【0004】
特許文献1、2には、結晶粒径を1〜2μmに調整し、素材の延性を劣化させることなく素材の疲労強度を上昇させたばね用ステンレス鋼が開示されている。これらのばね用ステンレス鋼は、SUS301L系を基本成分としており、一般に用いられるばね用ステンレス鋼であるSUS301系に比較すると加工硬化し難いという特徴を有する。このため、加工や圧延による素材強度の上昇には限界があり、440HV以上まで加工すると延性が著しく低下してしまう。
【0005】
特許文献3には、特許文献1、2の結晶粒微細化ステンレス鋼を基にした低温時効硬化型ステンレス鋼が開示されている。この低温時効硬化型ステンレス鋼によれば、調質圧延後の延性を利用して成形加工し、加工後の時効処理によって強度を上昇させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−194506公報
【特許文献2】特許第4019630号明細書
【特許文献3】国際公開第2002/088410号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、ばね用ステンレス鋼にはよりいっそうの高強度化が要求される。低温時効硬化型ステンレス鋼は、オーステナイト母相と加工誘起マルテンサイト相との間に生じるNの固溶限の差を活用するものであり、強度を高めるためには基地中のマルテンサイト量を増やす観点から、調質圧延時に大圧下率の圧延を行う必要がある。このため、製品の形状不良や時効処理前の延性の低下によって、近年要求されるような複雑な形状への成形を行うことができない。
【0008】
本発明の目的は、ステンレス鋼板及びその製造方法を提供することであり、例えば、成形性と疲労特性及び強度に優れることから、自動車、家電製品、パソコンや携帯電話等に組み込まれて使用される多種多様の部品に最適に用いることができるばね用ステンレス鋼と、このばね用ステンレス鋼を安価かつ工業的に安定して提供するための製造方法とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、可逆式圧延機を用いて鋼帯に調質圧延を行う際に目的板厚になる最終圧延パス前の圧延パスに際して、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行った後に、鋼帯を可逆式圧延機から少なくとも1回取り外し、強制冷却または大気中での放冷を行ってから圧延を再開し、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行うことにより、成形性と疲労特性及び強度に優れることから、自動車、家電製品、パソコンや携帯電話等に組み込まれて使用される多種多様の部品に最適に用いることができるステンレス鋼を提供できる、という技術思想に基づくものである。
【0010】
本発明は、C:0.10%以下(本明細書において特に断りがない限り化学組成に関する「%」は「質量%」を意味する)、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:16.0〜18.0%、Ni:6.0〜8.0%、N:0.25%以下、Nb、Ti、Vの一種以上:合計で0〜0.5%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有し、その相構造がマルテンサイト相単相またはオーステナイト相との複相組織からなり、成形加工前の硬度が440HV以上であり、成形加工前の伸びが式(1):El≧390−0.82HVに従うことを特徴とするステンレス鋼である。式(1)において、符号Elは成形加工前の伸び(%)であり、符号HVは成形加工前の硬度(HV)である。
【0011】
別の観点からは、本発明は、可逆式圧延機を用いて鋼帯に調質圧延を行う際に、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行った後に、鋼帯を可逆式圧延機から少なくとも1回取り外し、強制冷却または大気中での放冷を行ってから、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行うことを特徴とする上記の本発明に係るステンレス鋼の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、強度、延性、疲労特性及び耐へたり性が優れることから、自動車、家電製品、パソコンや携帯電話等の製品、それらに組み込まれて使用される多種多様の部品に最適に用いることができ、特にばね用ステンレス鋼として用いるのに好適なステンレス鋼を、安価かつ工業的に安定して製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】特許文献2により開示されたステンレス鋼を30%以上の種々の圧下率で圧延し、伸びと硬さを測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.化学成分
本発明に係るステンレス鋼の化学組成を説明する。
[C:0.10%以下]
Cを過度に含有すると、(部分)逆変態組織を得るために比較的低温で実施される最終焼鈍中に、多量のクロム炭化物の析出を招き、耐食性が低下する。また、時効処理時にクロム窒化物の析出が阻害されるとともに、材料の加工性を劣化させる。そこで、C含有量は0.10%以下とする。C含有量は、好ましくは0.01%以上0.08%以下である。
【0015】
[Si:1.0%以下]
Siは固溶強化元素であり、(部分)逆変態組織を得るのを容易にする効果も有する。しかし、Siを過度に含有すると加工性低下を招く。そこで、Si含有量は1.0%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.2%以上0.8%以下である。
【0016】
[Mn:2.0%以下]
Mnは,オーステナイト安定化元素であり、他の元素とのバランスを考慮して含有する。Mnを過度に含有すると、加工誘起マルテンサイト相が得られない場合があり、また、介在物の生成により材料の加工性低下及び耐食性の低下を招く。そこで、Mn含有量は、2.0%以下とする。Mn含有量は、好ましくは0.2%以上1.8%以下である。
【0017】
[Cr:16.0〜18.0%]
Crは、ステンレス鋼の基本元素であり、実用に耐える充分な耐食性を得るため、16.0%以上含有する。本発明において、Crはクロム窒化物の構成元素として時効硬化に重要な役割を果たす。しかし、Crは、フェライト安定化元素であるため、その含有量が多すぎると鋼中へのフェライト相の残存を招く。そこで、Cr含有量は16.0%以上18.0%以下とする。Cr含有量は、好ましくは16.4%以上17.9%以下である。
【0018】
[Ni:6.0〜8.0%]
Niは、C、Nを除く合金元素の中で最も強力かつ有効なオーステナイト安定化元素であり、室温においてオーステナイト単相組織を得るために含有する。しかし、Niを過度に含有すると、調質圧延において加工誘起マルテンサイト変態が起こらなくなる。室温で準安定オーステナイト状態とし、冷間圧延後に上記変態により必要な強度と良好な加工性を得るため、Ni含有量は6.0%以上8.0%以下とする。Ni含有量は、好ましくは6.1%以上7.6%以下である。
【0019】
[N:0.25%以下]
Nは、クロム窒化物の構成元素である。また、後述するようにNbを含有する場合には、最終焼鈍時にニオブ窒化物も析出し、微細な(部分)逆変態組織を得るのを容易にする効果があると考えられる。また、Nは、Cとともに最も有効な材料の強化元素の一つである。しかし、Nは、Cと同様に強力なオーステナイト安定化元素であるので、その含有量の増加に伴いマルテンサイト変態が抑制される。また、Nの過度な含有は、鋼板の製造を難しくする。このため、N含有量は0.25%以下とする。以上の効果を確実に得るには、Nは、0.06%以上含有することが好ましく、さらに好ましいN含有量は0.08%以上0.24%以下である。
【0020】
[Nb、Ti、Vの一種以上:合計で0〜0.5%以下]
Nb、V、Tiは、本発明では任意元素であり、最終焼鈍時に窒化物を析出させ、微細な(部分)逆変態組織を得ることを容易にする効果を有するので、必要に応じて含有してもよい。しかし、Nb、V、Tiは、高価な元素であり、多量に含有するとコストが嵩むため、Nb、Ti、Vの一種以上の合計含有量は0.5%以下とする。上述した効果を確実に得るためには、Nb、Ti、Vの一種以上の合計含有量は0.01%以上であることが好ましく、さらに好ましい合計含有量は0.03%以上、0.26%以下である。
【0021】
本発明に係るステンレス鋼の残部はFe及び不純物である。ただし、所望により、上述した化学成分以外に工業的製造の要請からの元素、たとえば溶製時に脱酸材として使用されるCaあるいはREM(希土類金属)、熱間加工性の改善が見込まれるB等を、必要に応じてそれぞれ0.5%以下含有しても差し支えない。
【0022】
2.金属組織、硬度及び機械特性
次に、本発明に係るステンレス鋼の金属組織、硬度及び機械特性を説明する。
【0023】
本発明は、SUS301Lに相当する化学組成の既存のオーステナイト系ステンレス鋼からばね用ステンレス鋼を製造する場合に、最終焼鈍時に平均結晶粒5μm以下に調整して疲労特性を向上させた後、調質圧延により十分な量のマルテンサイト相を加工誘起させておけば、調質圧延後に優れた延性を保持したまま高強度化でき、さらに、成形加工後の時効処理で従来に比較して低温かつ短時間の時効処理によってクロム窒化物を析出させることができ、これにより、440HV以上、好ましくは500HV以上の硬度まで材料を著しく強化できる、という新規な知見に基づく。
【0024】
本発明者らの検討結果によれば、最終焼鈍により結晶粒界密度を上昇させて析出物構成元素(Cr、N等)の拡散を容易にした場合、上記のクロム窒化物の析出は、調質圧延により加工誘起させたマルテンサイト相において生じることが認められた。これはオーステナイト母相に比べてマルテンサイト相のN固溶限が低いことに起因する。したがって、本発明に係るステンレス鋼は、クロム窒化物が析出したマルテンサイト相と残部オーステナイトとの複相組織、またはクロム窒化物が析出したマルテンサイト単相組織を有する。
【0025】
上記時効処理によりビッカース硬度(HV)で40以上の増大という顕著な時効硬化を得るためには、クロム窒化物が析出するマルテンサイト相の割合が十分に多くなければならない。
【0026】
440HV以上という硬度は、通常の冷間圧延のみで得られる当該ステンレス鋼の硬度の上限ないしそれに近いと考えられる。本発明に係るステンレス鋼の硬度は、好ましくは、高性能化に有効である500HV以上または520HV以上であるが、通常の冷間圧延では得ることが難しい。
【0027】
上記の時効硬化及び鋼組織は、冷間圧延材に最終焼鈍を行って、平均粒径5μm以下の逆変態粒が面積率で50%以上を占め、残部が未変態部からなる再結晶組織(以下、この組織を「(部分)逆変態組織」という)にした後、調質圧延して得られた、加工誘起マルテンサイト相を含むステンレス鋼からばね用ステンレス鋼を製造する場合に得られる。
【0028】
さらに、本発明に係るステンレス鋼は、440HV以上の硬度で、後述するように硬度HVと伸びElが上記式(1)を満足する。
【0029】
3.製造方法
次に、本発明に係るステンレス鋼の製造方法を説明する。
上述した化学組成を有する材料を、溶製、鋳造、熱間圧延、冷間圧延等の工程を経て、冷間圧延材とし、本発明の製造方法に従って最終焼鈍と調質圧延を行い、加工素材となるステンレス鋼を製造する。
【0030】
素材のステンレス鋼の製造は、冷間圧延までは、慣用の方法により行えばよい。圧延は圧下率30%以上で行うことが好ましい。
冷間圧延したステンレス鋼(冷間圧延材)を最終焼鈍する。この最終焼鈍は、最終焼鈍後に平均粒径5μm以下の逆変態粒が面積率で50〜100%を占め、残部が未逆変態部からなる(部分)逆変態組織を得られるように、行うことが好ましい。
【0031】
このように微細な逆変態粒に相変態させるには、焼鈍を比較的低温かつ短時間で行えばよい。例えば、加熱温度750〜950℃、加熱時間1〜300秒間の範囲内で、上記の逆変態組織を得られるように焼鈍条件を設定することができる。上述した化学組成を有するステンレス鋼は、このような焼鈍によって上記の微細な(部分)逆変態組織を容易に形成することができる。
【0032】
最終焼鈍後の組織が、平均粒径5μm以下の逆変態粒が断面積で半分以上を占める微細な(部分)逆変態組織であると、粒界密度が上昇するのでその後の熱処理中に析出物構成元素(Cr、N等)の拡散が助長される。その結果、調質圧延後の時効処理中に加工誘起されたマルテンサイト相においてクロム窒化物が容易に析出して材料が硬化する。
【0033】
逆変態粒の平均粒径が5μmを超えるか、またはその面積率が50%未満では、優れた時効硬化特性及び疲労特性を得ることが難しくなる。また、仮にその効果が得られたとしても、調質圧延後の加工性が不足する。逆変態粒の面積率は好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上であり、100%であってもよい。
【0034】
最終焼鈍後に、調質圧延を圧下率30%以上で行うことが好ましい。これは、その後に行う時効処理によって500HV以上の硬度を確保できるようにするためである。440HV以上の硬度で上記式(1)を満たすように調質圧延を行うことによって、優れた延性を確保したまま加工誘起マルテンサイト量を効率よく増やすことが可能である。ここで、式(1)を満たすためには、鋼板の加工発熱を抑制することが重要である。そこで、鋼板の温度上昇を抑制する圧延方法について説明する。
【0035】
特許文献2により開示されたステンレス鋼は、疲労強度には優れているものの、加工硬化率が低いため、加工や圧延による素材強度の上昇には限界があり、440HV以上まで加工すると延性が著しく低下する。一方、440HV以上の高硬度域においても効率よく加工誘起マルテンサイト変態が生じれば、強度−延性バランスが改善されると考えられる。一方、特許文献3により開示された低温時効硬化型ステンレス鋼は、オーステナイト母相と加工誘起マルテンサイト相の間に生じるNの固溶限の差を活用する。したがって、延性を損なうことなく加工誘起マルテンサイト相を効率的に生成できれば、時効硬化性に優れたステンレス鋼となる。
【0036】
加工誘起マルテンサイト量を増量させるには、化学成分の変更によってオーステナイト安定度を低下させることが最も簡便な手法であるが、結晶粒を微細化するための最適な化学成分が決まっていることから、この手法は適当ではない。
【0037】
加工誘起マルテンサイト量は、圧延時の加工発熱による鋼板の温度変化に影響される。圧延時の鋼板の温度上昇を避けるように圧延方法を調整すれば、圧下率を上昇させることなく加工誘起マルテンサイト量を増加させることが可能である。
【0038】
一般に、一定の圧下率で加工した場合、加工発熱量も一定となる。加工ひずみ量が高ければ、マルテンサイト変態量はその分増加することになるが、加工発熱量も大きくなるため、その後の加工による加工誘起マルテンサイト変態は阻害される。そのため、加工誘起マルテンサイト量を増加させるには、鋼板を充分に冷却しながら圧延する方法が有効である。
【0039】
本発明者らは、特許文献2により開示されたステンレス鋼を30%以上の種々の圧下率で圧延し、伸びと硬さを測定した。測定結果を図1にグラフで示す。なお、一部の鋼板は、圧延途中で冷却処理を行っている。
【0040】
図1にグラフで示すように、冷却処理のない通常圧延方法では440HV以上では硬度上昇は小さいものの伸びは著しく低下する。これに対し、冷却処理を行った冷却圧延では500HV近くまで高強度化が可能となり、なおかつ、伸びの低下も緩和される。本発明者等の検討結果によれば、冷却処理を実施した場合、440HV以上の硬度では、硬度HVと伸びElが式(1)に従う。
【0041】
El≧390−0.82HV ・・・(1)
ただし、式(1)において、符号Elは成形加工前の伸び(%)であり、符号HVは成形加工前の硬度(HV)である。
【0042】
鋼板の冷却方法としては、圧延時のラインスピードを低下することが簡便である。ラインスピードを低下することにより鋼板の冷却時間を稼ぐことができるため、加工誘起マルテンサイト変態を促進することが可能になる。しかしながら、充分な冷却効果を得るにはラインスピードを極端に低下する必要があり、1コイルあたりの圧延時間が著しく増加するため、生産性が大幅に低下してしまう。
【0043】
そこで、本発明では、可逆式圧延機を用いて鋼帯に調質圧延を行う際に目的板厚になる最終圧延パス前の圧延パスに際して、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行った後に、鋼帯を可逆式圧延機から少なくとも1回取り外し、強制冷却または大気中での放冷を行ってから圧延を再開し、鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行う。なお、取り外し前後の圧下率は、{取り外し前の圧下率=(t‐t)/t,取り外し2回目以降の圧下率=(tn−1−t)/tn−1}ここで、t:調質圧延開始時の板厚,t:n回取り外し後の板厚である。
【0044】
この方法によれば、取り外し前の圧延時の加工発熱により上昇した鋼板温度を常温まで低下させることが可能である。また、可逆式圧延機からコイルを取り外して冷却している間に取り外したコイルとは別のコイルを圧延すれば、生産性の低下を、着脱作業による低下のみに抑制することができる。
【0045】
このように、目的板厚になる最終圧延パス前の圧延パスにおいてコイルを可逆式圧延機から少なくとも1回は取り外して冷却することで、鋼板の温度上昇が避けられ、より加工誘起マルテンサイト相を生成し易くなる。冷却条件は特に限定しないが、加工誘起マルテンサイト相を生成し易くするという観点からは40℃以下まで放冷することが望ましい。圧延途中での冷却中に、取り外したコイルとは別のコイルを可逆式圧延機で圧延することによって、生産性の低下及び製造コストの上昇を抑制することが可能である。
【0046】
以上の調質圧延により、加工誘起マルテンサイトと残部オーステナイトの複相組織または、マルテンサイト単相組織からミクロ組織とする。調質圧延の圧下率は、好ましくは40%以上60%以下であり、この調質圧延により多量のマルテンサイトを生成させておけば、その後の時効処理によって、時効処理温度が200℃以上500℃以下の範囲と低温であっても40HV以上の硬度上昇、かつ500HV以上の硬度を得ることができる。
【0047】
こうして製造されたステンレス鋼は、結晶粒径が5μm以下であることに起因して疲労特性に優れる。また、特殊な調質圧延によって高強度かつ加工性が良好なステンレス鋼が得られ、素材の強度−延性バランスが向上する。さらに、成形加工後に時効処理を行うと、マルテンサイト相におけるクロム窒化物の析出による時効硬化によって40HV以上の硬度上昇が得られ、500HV以上の硬度となる。この時効硬化は、300℃前後、より一般的には200℃以上500℃以下の範囲の比較的低温での熱処理によって達成される。
【実施例】
【0048】
表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を電気炉で溶製した。鋼A〜Fは、本発明で規定する化学成分を満足する本発明例であり、鋼G〜Iは本発明で規定する化学成分を満足しない比較例である。
【0049】
【表1】

【0050】
これらの鋼A〜Iに熱間圧延を行った後、焼鈍と冷間圧延とを繰り返して冷間圧延鋼板とした。次いで、得られた冷間圧延鋼板に、700〜1100℃の温度及び1〜600秒間の加熱時間から選んだ条件で焼鈍し、その後可逆式圧延機を用いて調質圧延を行った。
【0051】
調質圧延は、表2の製造方法に示す各所定の圧延方法で行った。表2における製造記号1〜7の調質圧延鋼板は、10%以上の圧下率の冷間圧延を行った後、鋼帯を可逆式圧延機から取り外し、強制冷却または大気中にて放冷して、再度10%以上の冷間圧延を行う方法により、製造した。また、表2における製造記号8〜13の調質圧延鋼板は、この取り外しを行わない通常の連続圧延により、製造した。表2における製造記号1〜7は、本発明で規定する条件を満足する本発明例であり、製造記号8〜13は、本発明で規定する条件を満足しない比較例である。
【0052】
【表2】

【0053】
その後、得られた調質圧延鋼板に対して、それぞれ300℃の温度で10分間の時効処理を施した。
別に、最終焼鈍後、調質圧延後及び時効処理後の各段階において、ステンレス鋼板の試験片を採取し、下記調査に供した。
【0054】
ミクロ組織に関して、最終焼鈍後に加工誘起マルテンサイトからオーステナイトに逆変態した微細粒(逆変態粒)の平均粒径と面積率は、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた試験片の断面観察結果から求めた。この平均粒径及び面積率は、無作為に選んだ4視野での平均値である。
【0055】
マルテンサイト相割合は、フェライト量測定器を用いて測定されたフェライト量をマルテンサイト量割合として代用した。
硬度は、調質圧延後、及び時効処理後の各段階においてマイクロビッカース硬度計を用いて荷重9.8NでJIS Z 2244:2003に準じて測定した。時効硬化を評価するため、調質圧延後と時効処理後の硬度の差(強化度)をΔHVとして算出した。
【0056】
伸びは、調質圧延後の鋼板から試験片採取し、JIS Z 2241:1998に準じて引張試験を行って測定した。
疲労特性は、時効処理後の鋼板から試験片を採取して、振幅10μmの条件で10回の平面曲げ疲労試験を実施し、破壊の有無から測定した。
【0057】
以上の調査結果を処理条件とともに表2にまとめて示す。
表2に示すように、本発明例である製造記号1〜7では、最終焼鈍後に逆変態粒の平均粒径が5μm以下であり、その面積率が50%以上であるSUS301Lに相当するステンレス鋼板となる。その後、調質圧延の途中で鋼板を一旦大気中で保管して放冷した後に再度圧延する方法によって、30%以上の圧下率の調質圧延を行う。そして、このステンレス鋼は十分な加工性も有している。
【0058】
このステンレス鋼板を、比較的低温の300℃で時効処理すると、40HV以上の硬度上昇を示し、500HVを超える高強度を示す。時効処理後のミクロ観察により、析出したクロム窒化物が観察された。このクロム窒化物はオーステナイトよりN固溶限が小さいマルテンサイト相において析出したものである。
【0059】
このように、本発明例である製造記号1〜7のステンレス鋼板は、調質圧延後には十分な加工性を有し、その後の時効処理により著しい高強度化が図られることがわかる。
これに対し、比較例である製造記号8〜13のステンレス鋼板は、本発明で規定する成分を有していないために最終焼鈍後の結晶粒径が5μmよりも大きくなっているか、もしくは本発明で規定する調質圧延を行っていないために調質圧延時に生成する加工誘起マルテンサイトの割合が不足しているために式(1)の条件を満たさず、時効処理による硬度上昇が40HVを下回っている。また、時効処理後の硬度が500HVを満たさないものもあった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:16.0〜18.0%、Ni:6.0〜8.0%、N:0.06〜0.25%、Nb、Ti、Vの一種以上:合計で0〜0.5%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなる化学組成を有し、その相構造がマルテンサイト相単相またはオーステナイト相との複相組織からなり、硬度が440HV以上であり、伸びが式(1)に従うことを特徴とするステンレス鋼。
El≧390−0.82HV ・・・(1)
ただし、式(1)において、符号Elは成形加工前の伸び(%)であり、符号HVは成形加工前の硬度(HV)である。
【請求項2】
可逆式圧延機を用いて鋼帯に調質圧延を行う際に、該鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行った後に、該鋼帯を前記可逆式圧延機から少なくとも1回取り外し、強制冷却または大気中での放冷を行ってから、該鋼帯に10%以上の圧下率の冷間圧延を行うことを特徴とする請求項1に記載されたステンレス鋼の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−201924(P2012−201924A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−67191(P2011−67191)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】