スピン注入構造及びそれを用いたスピン伝導デバイス
【課題】従来のスピン注入構造において、MgOはSi上にエピタキシャル成長しないため、格子不整合によりそこを通過する偏極したスピンが乱されて、偏極スピンが減少するため、良好な特性を維持可能なスピン注入構造を提供する。
【解決手段】Siからなるチャンネル層7と、チャンネル層7上に形成された強磁性体からなる磁化固定層12Bと、チャンネル層7と磁化固定層12Bとの間に介在する第1トンネル障壁8Bとを備えている。さらに、第1トンネル障壁8Bは、チャンネル層7側の領域に位置する非晶質MgO層と、磁化固定層12B側の領域に位置する単結晶MgO層とを有している。第2トンネル障壁8Cも同様に、チャンネル層7側の領域に位置する非晶質MgO層と、磁化固定層12C側の領域に位置する単結晶MgO層とを有している。
【解決手段】Siからなるチャンネル層7と、チャンネル層7上に形成された強磁性体からなる磁化固定層12Bと、チャンネル層7と磁化固定層12Bとの間に介在する第1トンネル障壁8Bとを備えている。さらに、第1トンネル障壁8Bは、チャンネル層7側の領域に位置する非晶質MgO層と、磁化固定層12B側の領域に位置する単結晶MgO層とを有している。第2トンネル障壁8Cも同様に、チャンネル層7側の領域に位置する非晶質MgO層と、磁化固定層12C側の領域に位置する単結晶MgO層とを有している。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Siチャンネル層を有するスピン注入構造とそれを用いたスピン伝導デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、半導体におけるスピン伝導現象が、多くの注目を集めている。これは電子回路における半導体の登場と同様に、半導体におけるスピン伝導においても、従来の金属材料を用いたスピン伝導と異なる特性が期待されているからである。現在、半導体を利用したスピンデバイスは、実現されていないが、幾つかのデバイスへの応用が期待されている。例えば磁気センサ、スピントランジスタ及びメモリがあり、高密度磁気ヘッドの読み取り装置やプログラムで再構成可能なロジック回路への適用が考えられている。このような半導体を用いたスピン伝導デバイスの特徴として、半導体内のスピン伝導においては、そのスピン拡散長が金属内のスピン拡散長に比べて格段に長いので、出力の観点、回路的に多様な使い方が出来る優位性がある。
【0003】
このようなスピン伝導デバイスにおいては、半導体に電子の偏極したスピンを注入するためには、強磁性体を偏極スピンを取りだすフィルタとして用いることが出来る。強磁性体を用いてスピンを注入出来るためデバイスの簡略化が可能になるという利点がある。その一方で、半導体と強磁性金属を直接接触させた場合には、導電率整合(conductivity matching)がとりにくく、スピンが半導体と強磁性体との界面で散乱されるという問題を生じる。そこで、GaAsなどの半導体と強磁性体との間に単結晶のMgOトンネル障壁を介在させたスピン注入構造が提案されている(特許文献1参照)。GaAsとMgOは格子整合し、偏極したスピンの注入が容易になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許7274080号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のスピン注入構造において、MgOはSi上にエピタキシャル成長しないため、格子不整合によりそこを通過する偏極したスピンが乱されて、偏極スピンが減少する。
【0006】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、良好な特性を維持可能なスピン注入構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するため、本発明に係るスピン注入構造は、Siからなるチャンネル層と、チャンネル層上に形成された強磁性体からなる磁化固定層(ピンド層)と、チャンネル層とピンド層との間に介在する第1トンネル障壁とを備え、第1トンネル障壁は、チャンネル層側の領域に位置する第1非晶質MgO層と、ピンド層側の領域に位置する第1結晶質MgO層とを有することを特徴とする。
【0008】
この構造の場合、SiとMgOとは結晶の格子定数が異なるが、第1トンネル障壁のチャンネル層側の領域は、非晶質のMgO層とされているため、格子不整合の影響は低減される。言い換えれば、第1トンネル障壁のチャンネル層側の非晶質のMgO層は格子不整合の解消層としての役割を果たす。
【0009】
この構造の場合、第1トンネル障壁のチャンネル層側の領域は、非晶質のMgO層の場合は良好なスピン注入効率を実現できないが、もう一方の結晶質MgO層では、磁性層と結晶軸の向きを揃えることができ、偏極したスピンが多く半導体に注入され、トータルでは磁性層からチャンネル層へのスピンの注入効率をより高くすることできる。よって、従来の非晶質MgO層だけのトンネル障壁の場合よりもピンド層側の領域に位置する第1結晶質MgO層を有する場合の方がスピンの注入効率を高くすることができ、良好なスピン伝導特性を有する。
【0010】
また、本発明に係るスピン注入構造は、チャンネル層上に形成された磁化自由層(フリー層)と、チャンネル層とフリー層との間に介在する第2トンネル障壁とを備え、第2トンネル障壁は、チャンネル層側の領域に位置する第2非晶質MgO層と、ピンド層側の領域に位置する第2結晶質MgO層とを有することが好ましい。
【0011】
この構造の場合、ピンド層からチャンネル層にスピン注入を行った場合、チャンネル層内をスピン流が拡散して、第2トンネル障壁を介して、フリー層で吸収され、ピンド層とフリー層との間の磁化の向きに応じて、フリー層とチャンネル層との間の電圧が変化する。第2トンネル障壁のチャンネル層側の領域は、非晶質のMgO層とされているため、チャンネル層と第2トンネル障壁との間の格子不整合の影響は低減される。言い換えれば、第2トンネル障壁のチャンネル層側の非晶質のMgO層は格子不整合の解消層としての役割を果たす。
【0012】
また、ピンド層は、第1結晶質MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子(bcc)構造の強磁性体からなることが好ましい。また、フリー層は、第2結晶質MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子構造の強磁性体を有することが好ましい。結晶質のMgO上には、bcc構造のピンド層又はフリー層(強磁性体)が容易にエピタキシャル成長(結晶軸を共通として成長)し、これらの界面の結晶性が良好な秩序を有するため、スピンの流れに対する阻害要因が減少する。
【0013】
第1トンネル障壁及び第2トンネル障壁の非晶質MgO層の厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。これらの厚みは、それぞれ1.4nm以下であることが更に好ましい。これは非晶質MgO層の厚みが上記下限未満であると、トンネル電流を形成できる膜とならないためであり、格子不整合の解消層としての役割を十分果たせなくなるためである。また、これは非晶質MgO層の厚みが上記上限を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。
【0014】
第1及び第2結晶質MgO層の厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。また、第1及び第2結晶質MgO層の厚みは、それぞれ0.2nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、上限値(3nm)を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。下限値を下回る場合には非晶質MgO層上のMgO層が結晶質にならないためである。
【0015】
なお、全てのMgO層の厚みの和が1.0nm未満である場合には、単結晶のMgOを形成しにくい。換言すれば,MgO層からなる第1及び第2トンネル障壁の厚みは、それぞれ0.8nm以上3nm以下であることが好ましく、1.0nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、MgO層の厚みが上記下限値未満である場合には、結晶質のMgOを形成しにくく、上限値を超える場合には、キャリアのトンネルが生じにくいためである。
【0016】
また、チャンネル層中の不純物濃度は、1×1016〜1×1022/cm3であることが好ましい。この場合には、チャンネル層は完全に金属的な性質を示さず、半導体的な性質を保ち、チャンネル層が金属である場合よりもスピン拡散長が長いなどの性質を保持できるという効果がある。なぜなら、電子濃度が高くなると電子自体のスピン伝導の散乱確率が高くなり、スピン伝導を阻害するからである。また、この不純物が、N型となることが好ましい。この場合には、ホールよりも電子の方がスピン伝導しやすいという効果がある。なぜなら、N型の場合はs電子であるため角運動量を持たず、スピンが散乱されにくいためにスピン寿命が長いからである。N型の不純物としては、5族元素(PやAsなど)が知られている。
【0017】
なお、これらのMgOの厚みの和が小さい場合、結晶質MgOの厚みは変動している。なぜならば、結晶質MgOは二次元平面内で島状に成長するからであり、この島状に成長を始めたMgOの厚みが結晶質MgOの厚みである。しかしながら、MgO層上にbcc構造のピンド層又はフリー層(強磁性体)がエピタキシャル成長した場合、MgO層は結晶質になっているとみなすことが出来るため、その膜厚は、TEMによる断面観察によって確認することができる。また、MgO膜厚に対するbcc構造のピンド層又はフリー層のエピタキシャル成長の結晶性を、結晶格子の回折パターンから判断することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のスピン注入構造及びスピン伝導デバイスによれば、良好なスピン伝導特性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施の形態に係るスピン伝導デバイスの縦断面図である。
【図2】MgO層の近傍領域の拡大図である。
【図3】スピン伝導素子の平面図(a)、主要な領域Bの拡大図(b)である。
【図4】透過型電子顕微鏡の写真を示す図(a)、MgO厚みを変えた透過型電子顕微鏡の写真の図(b)である。
【図5】磁界(Oe)と電圧(V)の関係を示すグラフである。
【図6】SOI基板の斜視図である。
【図7】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図8】Si膜をパターニングする際に用いるマスクの上面図である。
【図9】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図10】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図11】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図12】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図13】スピン伝導デバイス中間体の斜視図(a)、図13(a)のb−b線に沿った中間体の断面図(b)である。
【図14】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図15】スピン伝導デバイスの斜視図(a)、図15(a)におけるチャンネル層のXZ断面(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、実施の形態に係るスピン注入構造を備えたスピン伝導デバイスについて説明する。なお、同一要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0021】
図1は、実施の形態に係るスピン伝導デバイスの縦断面図である。
【0022】
Siからなる半導体基板1上に絶縁層2が形成され、絶縁層2上に更にSiからなる半導体層(チャンネル層)7が形成されている。Siからなる半導体層7は、絶縁層2上に形成されているので、これらはSOI(Silicon On Insulator)基板を構成している。半導体層7上には、複数のトンネル障壁(層)8B,8Cが形成されており、それぞれのトンネル障壁8B,8C上に、強磁性層12B,12Cがそれぞれ形成されている。
【0023】
ここで、12Aは電極層であり、強磁性層12Bは磁化固定層(ピンド層)であり、強磁性層12Cは磁化自由層(フリー層)であり、12Dは電極層である。
【0024】
なお、ピンド層12Bは、X軸方向の寸法がY軸方向よりも大きく、形状異方性によって、磁化の向きがX軸方向に固定されている(図3参照)。フリー層12Cは、X軸方向の寸法がY軸方向よりも大きいが、そのアスペクト比は、ピンド層12Bよりも小さく、磁化の向きが容易に変化する。
【0025】
各トンネル障壁8B,8Cは、MgO(絶縁層)からなる。なお、電極12A,12DはSiに対して低抵抗な非磁性金属であり、例えばAlなどが使用され、半導体層7上に直接形成されている。
【0026】
電源70からピンド層12Bに電子を供給すると、スピン偏極の揃ったスピン電子がトンネル障壁8Bを通り、半導体層7内に注入される。半導体層7内に注入された電子は、場合によっては、電極12Aに導入され、電源70に帰還する。一方、ピンド層12Bからトンネル障壁8Bを介して半導体層7内に注入されたスピンは、注入位置において蓄積され、スピン流SPが、Y軸の正方向に沿って拡散・伝播する。スピン流は、スピン流の一部はトンネル障壁8Cを介して、フリー層12Cに吸収される。このときフリー層12Cとピンド層12Bの磁化の向きの相対角度によって、フリー層12Cの電位が変動し、半導体層(チャンネル層)7とフリー層12Cとの間に電圧変化が発生する。
【0027】
フリー層12Cの磁化の向きは、これに近接する配線を流れる電流に伴って発生する外部磁界などによって、変化させることができる。もちろん、フリー層12Cの磁化の向きは、これにスピン注入磁化反転臨界値以上のスピン注入を行うことによっても制御することができる。いずれにしても、この配線に電流を流すことによって、フリー層12Cの磁化の向きを変化させることができ、この状態は1つの情報として保持することができる。すなわち、フリー層12Cと電極12D(チャンネル層7)との間の電圧を、電圧計80によって測定すると、フリー層12Cに与えられた磁界の大きさを検出する、或いは、フリー層12Cに書き込まれた磁界の向きの情報を読み出すことができる。これはメモリ機能を有している。
【0028】
図2は、トンネル障壁(MgO層)8の近傍領域の拡大図である。
【0029】
上述のように、ピンド層12B(ピンド層12C)の直下には、MgOからなるトンネル障壁8が介在している。このスピン注入構造は、Siからなるチャンネル層7と、チャンネル層7上に形成された強磁性体からなるピンド層12B(フリー層12C)と、チャンネル層7とピンド層12B(フリー層12C)との間に介在するトンネル障壁8とを備えており、トンネル障壁8は、チャンネル層7側の領域に位置する非晶質MgO層8Lと、ピンド層12B(フリー層12C)側の領域に位置する結晶質MgO層8Uとを有している。非晶質MgO層8Lと、単結晶MgO層8Uとの間には、これらの間の結晶性を有する中間MgO層8Mが介在している。なお、MgO層8L,8M,8Uは、等しい厚みに描かれているが、これは異なることとしてもよく、また、実際には、これらの結晶状態は強磁性層に近づくほど徐々に改善している。
【0030】
この構造の場合、MgO層8Lの領域は、非晶質のMgO層であるために良好なスピン注入効率を実現できないが、MgO層8M及び8Uの領域の結晶質MgO層では、磁性層と結晶軸の向きを揃えることができ、磁性層からチャンネル層へのスピンの注入効率を高くすることができる。よって、従来の非晶質MgO層だけのトンネル障壁の場合よりもピンド層側の領域に位置する結晶質MgO層を有する場合の方がスピンの注入効率を高くすることができる。
【0031】
トンネル障壁8の厚みは、0.8nm以上3nm以下であることが好ましい。トンネル障壁8の厚みは、1.0nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、MgOの厚みが上記下限値未満である場合には、結晶質のMgOを形成しにくく、上限値を超える場合には、キャリアのトンネルが生じにくいためである。
【0032】
トンネル障壁8(第1トンネル障壁8B及び第2トンネル障壁8C:(図1))の非晶質MgO層8L(図2)の厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。これらの厚みは、それぞれ1.4nm以下であることが更に好ましい。これは非晶質MgO層の厚みが上記下限未満であると、トンネル電流を形成できる膜とならないためであり、格子不整合の解消層としての役割を十分果たせなくなるためである。また、これは非晶質MgO層8Lの厚みが上記上限を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。
【0033】
第1及び第2結晶質MgO層8Uの厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。また、第1及び第2結晶質MgO層8Uの厚みは、それぞれ0.2nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、上限値(3nm)を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。下限値を下回る場合には非晶質MgO層8L上のMgO層8Uが結晶質にならないためである。
【0034】
また、チャンネル層7中の不純物濃度は、1×1016〜1×1022/cm3であることが好ましい。この場合には、チャンネル層7は完全に金属的な性質を示さず、半導体的な性質を保ち、チャンネル層7が金属である場合よりもスピン拡散長が長いなどの性質を保持できるという効果がある。なぜなら、電子濃度が高くなると電子自体のスピン伝導の散乱確率が高くなり、スピン伝導を阻害するからである。また、この不純物が、N型となることが好ましい。この場合には、ホールよりも電子の方がスピン伝導しやすいという効果がある。なぜなら、N型の場合はs電子であるため角運動量を持たず、スピンが散乱されにくいためにスピン寿命が長いからである。N型の不純物としては、5族元素(PやAsなど)が知られている。
【0035】
なお、これらのMgOの厚みの和が小さい場合、結晶質MgOの厚みは変動している。なぜならば、結晶質MgOは二次元平面内で島状に成長するからであり、この島状に成長を始めたMgOの厚みが結晶質MgOの厚みである。しかしながら、MgO層上にbcc構造のピンド層又はフリー層(強磁性体)がエピタキシャル成長した場合、MgO層は結晶質になっているとみなすことが出来るため、その膜厚は、TEMによる断面観察によって確認することができる。また、MgO膜厚に対するbcc構造のピンド層又はフリー層のエピタキシャル成長の結晶性を、結晶格子の回折パターンから判断することができる。
【0036】
チャンネル層のMgOに接する界面の前処理により、比較的MgO層が薄くても結晶質MgO層を形成できる。すなわち、MgO層からなるトンネル障壁を形成する前処理として、フッ化水素水溶液、塩酸、硫酸、硝酸などの酸性の薬剤およびそれらに過酸化水素を加えた薬剤、さらにアルカリ性の薬剤を用いることにより、チャネル層とするSi表面から酸化被膜などを除去することができる。この前処理によりSi表面は清浄面となり、比較的MgO層が薄くても結晶質のMgO層を形成することができる。
【0037】
なお、ピンド層12B(フリー層12C)は、単結晶MgO層8U上にエピタキシャル成長した、体心立方格子(bcc)構造の強磁性体からなる。単結晶のMgO層8U上には、bcc構造の強磁性体(ピンド層12B,フリー層12C)が容易にエピタキシャル成長(結晶軸を共通として成長)し、これらの界面の結晶性が良好な秩序を有するため、スピンの流れに対する阻害要因が減少する。
【0038】
次に、スピン伝導デバイスの平面構造について説明する。
【0039】
図3は、スピン伝導デバイスの平面図(a)、主要な領域Bの拡大図(b)である。なお、図1は、図3におけるI−I矢印断面を示している。
【0040】
図3(a)に示すように、Siチャンネル層7は、Y軸方向を長軸とした直方体形状を有している。図3(b)に示すように、配線18Bの下には、ピンド12Bが設けられている。また、配線18Cの下には、フリー層12Cが設けられている。ピンド層12B及びフリー層12Cは、それぞれX軸方向を長軸とした直方体形状を有している。Y軸方向における幅が、ピンド層12Bよりもフリー層12Cの方が大きい。ピンド層12B及びフリー層12Cは、X軸方向とY軸方向のアスペクト比の違いによって、反転磁場の差が付けられている。このように、ピンド層12B及びフリー層12Cには、形状異方性によって保磁力差が付けられており、ピンド層12Bは、フリー層12Cよりも保磁力が大きい。
【0041】
ピンド層12B及びフリー層12Cの材料は、Ti、V、Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群から選択される金属、前記群の元素を1以上含む合金、又は、前記群から選択される1以上の元素及びB、C、及びNからなる群から選択される1以上の元素を含む合金である。また、ピンド層12B及びフリー層12Cは、当該金属や合金の積層体でも良い。例えば、ピンド層12Bまたはフリー層12Cとして、Fe及びTiの積層膜を用いる。
【0042】
トンネル障壁8は絶縁性材料からなり、MgOが用いられる。配線18A、18B,18C、18Dは、Cuなどの導電性材料からなる。なお、電極パッドE1、E2,E3,E4は、Auなどの導電性材料からなる。配線18A、18B,18C、18Dは、それぞれ、電極12A,ピンド層12B、フリー層12C、電極12D上に形成されたものである。電極パッドE1、E2,E3,E4は、それぞれ配線18B、18C,18A、18Dに電気的に接続されたものである。上記電子の供給は、電極パッドE1とE3との間に電源70(図1参照)接続することにより行われ、上記電圧の検出は、電極パッドE2とE4との間に電圧計80(図1参照)を接続することにより行われる。
【0043】
図4(a)及び図4(b)は、MgO層近傍の透過型電子顕微鏡の写真を示す図である。
【0044】
図4(a)ではSi層上に、MgO層及びFe層(強磁性層)が順次堆積されている。Si層、MgO層、Fe層の厚みは、それぞれ、100nm、0.8nm、10nmである。なお、Fe層上には、測定における試料の研磨の際に素子を保護するTa保護膜が堆積されている。MgO層のSi層側は非晶質である一方で、MgO層のFe層側は、結晶化していることが分かる。また、Fe層はMgO層と接する界面から結晶質になっており、これはMgO層のFe側が結晶質になっていることを示している。
【0045】
図4(b)ではSi層上に、MgO層及びFe層(強磁性層)が順次堆積されている。図4(b)は、MgO層の状態が明瞭に観測できるようにするため、実際に使用できる素子のMgO膜厚の上限3nmよりも厚く成膜した試料の図である。Si層、MgO層、Fe層の厚みは、それぞれ、100nm、5nm、20nmである。MgO層のSi層側は非晶質であるが、およそ0.8nmの非晶質MgOの上には結晶質のMgO層が明確に確認できる。
【0046】
図5は、スピン伝導デバイスにおける磁界(Oe)と電圧(V)の関係を示すグラフである。
【0047】
フリー層12C(図3参照)に印加される磁界の向きはX軸方向、ピンド層12B(図3参照)の磁化の向きはX軸方向である。
【0048】
実線は、負方向の磁界が与えられている場合に、フリー層12Cとピンド層12Bの磁化の向きが等しく、−X軸方向を向いており、磁界の大きさを正方向に徐々に大きくし、+X軸方向の磁界が与えられた場合に(例:100(Oe)以上)、フリー層12Cの磁界が反転し、+X軸方向を向き、更に正方向に大きな磁界を与えた場合には、ピンド層12Bの磁化の向きが反転して+X軸方向を向いた場合を示す。
【0049】
点線は、正方向の磁界が与えられている場合に、フリー層12Cとピンド層12Bの磁化の向きが等しく、+X軸方向を向いており、磁界の大きさを負方向に徐々に大きくし、−X軸方向の磁界が与えられた場合に(例;−100(Oe)以下)、フリー層12Cの磁界が反転し、−X軸方向を向き、更に負方向に大きな磁界を与えた場合には、ピンド層12Bの磁化の向きも反転して−X軸方向を向いた場合を示す。
【0050】
ピンド層12Bから注入されチャンネル層7内を拡散・伝導するスピン流は、フリー層12Cに吸収され、出力電圧を生じる。フリー層12Cの磁化の向きが、ピンド層12Bの磁化の向きと反平行となる場合、電圧計80(図1参照)で測定される、電圧(V)の絶対値は、3×10−7(V)を超える。なお、電圧計80は、磁化の向きが反平行の場合に負電圧が計測されるように接続されている。フリー層12Cの磁化の向きが、ピンド層12Bの磁化の向きと平行の場合には電圧(V)はゼロに近い値となる。このように、Siスピン伝導素子では、電圧出力特性が良好なものとなっている。
【0051】
次に、上述のスピン伝導デバイスの製造方法について説明する。なお、以下の説明では、基本構造の明確化のため、スピン伝導デバイスの平面形状を上述のものよりも簡略化した場合を示す。
【0052】
図6は、SOI基板の斜視図である。
【0053】
まず、図6に示すような、Siからなる半導体基板1、Si酸化膜からなる絶縁層2、及び、表面が(100)面であるSiからなるチャンネル層3が、この順に形成されたSOI基板Sを準備する。
【0054】
半導体層3に導電性を付与するためのイオンを注入し、その後、アニールを行ってイオンを拡散させる。例えば、導電性を付与するためのイオンとしてBやPが挙げられる。また、アニール温度は、例えば900℃とすることができる。
【0055】
次いで、洗浄により、SOI基板Sの表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去をする。洗浄液として、例えば、アセトン、イソプロピルアルコール及びHF(水溶液)を用いることができる。
【0056】
図7は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0057】
SOI基板Sの洗浄後、図7に示すように、SOI基板Sの半導体層3上に、絶縁層4及び強磁性層5を成膜する。絶縁層4及び強磁性層5は、例えば、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法などにより成膜する。さらに、洗浄により、強磁性層5の表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去をする。洗浄液として、例えば、アセトン、イソプロピルアルコールを用いることができる。
【0058】
強磁性層5の洗浄後、図7に示すように、強磁性層5上にアライメントパターンPを作製する。アライメントパターンPの作製は、フォトリソグラフィー法により行う。例えば、アライメントパターンPとして100nmのTa膜を用いる。
【0059】
図8は、Si膜をパターニングする際に用いるマスクの上面図である。
【0060】
続いて、強磁性層5の上に保護膜のためのTaを3nm成膜する。さらに、フォトリソグラフィー法により、Ta上にマスクを形成する。図8(a)及び図8(b)にマスクの形状の一例を示す。図8(a)及び図8(b)に示すように、主要部20と、主要部20から突出した角部21,22とを有するようなマスクM1又はM2を用いる。この際、角部21,22が主要部20の面積よりも小さな面積を有するようなマスクを用いると良い。また、主要部20が長方形の場合、突出した角部21,22は、長方形の四隅に配置される。
【0061】
図8(a)のように、マスクM1の角部21は、マスクM1の主要部20と重なる範囲を含めて、正方形でも良い。また、図8(b)のように、マスクM2の角部22は、マスクM2の主要部20と重なる範囲を含めて、円形でも良い。この他にも、マスクの角部は、マスクの主要部と重なる範囲を含めて、例えば、長方形や三角形であっても良い。なお、角部を有さないマスクを用いても実施は可能である。
【0062】
図9は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0063】
上記のようなマスクM1,M2を用いて、絶縁層4、強磁性層5、Ta層をイオンミリングによりパターニングして、絶縁層8、強磁性層9、及びTa層をマスクの直下に残留させる。これら絶縁層8、強磁性層9、Ta膜、及びレジストをマスクとして、半導体層3をウェットエッチングによりパターニングして、図9に示すようなSiチャンネル層7を得る(第一工程)。ウェットエッチングとして、異方性ウェットエッチングを用いることができる。エッチング液として、例えば水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液(TMAH)や水酸化カリウム水溶液(KOH)を用いる。なお、ウェットエッチング後に、レジストは除去される。また、ウェットエッチング後に、Ta膜は除去されるか後述する配線と一体化する。
【0064】
なお、図8に示したように、主要部20から突出した角部21,22を有するマスクM1,M2を用いることにより、所望の形状のSiチャンネル層7を得ることができる。異方性ウェットエッチングを用いた場合、Siチャンネル層7の側面には、傾斜部が形成される。異方性ウェットエッチングを用いた場合、傾斜面は(111)面となり、半導体基板1の表面に対しておよそ55度の角度となる。図9では、主要部が矩形状のマスクを用いた場合を示しており、Y方向が長軸方向となる矩形状のSiチャンネル層7が形成される。
【0065】
図10は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0066】
上記状態において、Siチャンネル層7の傾斜部は、外気に対して露出しているため、Siチャンネル層7の側面は自然酸化され、図10に示すように、酸化膜7aが形成される。あるいは、Siチャンネル層7の側面に酸化膜7aを酸素アニールにより成膜してもよい。次に、Ta及び強磁性層9表面の酸化膜をイオンミリングで除去した後、強磁性層9をエッチングによりパターニングする。
【0067】
図11は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0068】
上記エッチングにより、図11に示すようなピンド12B、フリー層12C、を形成する。この際、ピンド層12B、フリー層12Cは、絶縁層(トンネル障壁層)8上において、長軸方向すなわちY軸方向に並んで配置するように形成する。
【0069】
また、絶縁層8の一部分もエッチングしておき、露出したSiチャンネル層7上に、ピンド層側電極12A、フリー層側電極12Dを形成する。このピンド層側電極12A、フリー層側電極12DはSiに対して低抵抗な非磁性金属であり、例えばAlによる電極が形成される。
【0070】
以上のようにして、Siチャンネル層7上に、互いに離間された磁化自由層12C及び磁化固定層12Bを形成する(第二工程)。この際、Y軸方向における幅が、ピンド層12Bよりもフリー層12Cの方が大きくなるように形成する。このようなパターニングは、例えば、イオンミリング及び化学的なエッチングによって、絶縁層8及び強磁性層9の不要な部分を除去することにより行われる。
【0071】
図12は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0072】
次に、図12に示すように、ピンド層側電極12A、ピンド層12B、フリー層12C、及びフリー層側電極12Dの上面以外に、例えば、スパッタリング等により、好ましくはSi酸化膜などの酸化膜7bを形成する。すなわち、酸化膜7a、絶縁層8、ピンド層側電極12A、ピンド層12B、フリー層12C、及びフリー層側電極12Dの側面に、酸化膜7bを形成する。
【0073】
図13は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図(a)、図13(a)のb−b線に沿った中間体の断面図(b)である。図13(b)の構造は、要素12B及び配線18Bを含む位置の断面であるが、要素12B及び配線18Bを、要素12A及び18A、12C及び18C、又は、12D及び18Dに置き換えた場合には、図13(b)は、各要素を通る断面に読み替えることができる。なお、要素12A又は12Dを含む断面の場合には、絶縁層8は省略される。
【0074】
図13(a)に示すように、ピンド層側電極12A上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Aを形成する。ピンド層12B上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Bを形成する。フリー層12C上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Cを形成する。フリー層側電極12D上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Dを形成する。配線18A〜18Dは、例えばフォトリソグラフィー法により形成することができる。
【0075】
この酸化膜7bにより、Siチャンネル層7のスピンが配線に吸収されることを抑制できる。なお、通常、半導体よりも導体である配線は、スピン拡散長が短く、Siチャンネル層7に直接接触すると、スピンが吸収されてしまう。また、本来強磁性層であるピンド層12BからSiチャンネル層7へスピンを注入するはずが、導体である配線からSiチャンネル層7へ電流が流れると、スピン注入効率が著しく悪くなるが、本例では、かかる問題は解決されている。
【0076】
図14は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0077】
続いて、図14に示すように、配線18A〜18Dのそれぞれの端部に、測定用の電極パッドE1〜E4を形成する。なお、配線18A〜18Dの端部及び測定用の電極パッドE1〜E4は、ウェットエッチングによって露出されたSi酸化層2及び酸化膜7b上に形成する。最後にダイシングを行い、個々の素子にチップ化することにより、所望のSiスピン伝導デバイスを得る。
【0078】
図15は、スピン伝導素子の斜視図(a)、図15(a)におけるチャンネル層のXZ断面(b)である。図15(b)の構造は、要素12B及び配線18Bを含む位置の断面であるが、要素12B及び配線18Aを、要素12A及び18A、12C及び18C、又は、12D及び18Dに置き換えた場合には、図15(b)は、各要素を通る断面に読み替えることができる。なお、要素12A又は12Dを含む断面の場合には、絶縁層8は省略される。
【0079】
図15(a)に示すように、Siスピン伝導素子10は、半導体基板1上に設けられたSi酸化層2と、Si酸化層2上に設けられたSiチャンネル層7と、Siチャンネル層7の第一の部分上に設けられたフリー層12Cと、Siチャンネル層7の第一の部分とは異なる第二の部分上に設けられたピンド層12Bとを備えている。Siチャンネル層7はウェットエッチングにより形成されたものである。
【0080】
さらに、Siスピン伝導デバイス10は、Siチャンネル層7上の第三の部分上に設けられたピンド層側電極12Aと、Siチャンネル層7上の第四の部分上に設けられたフリー層側電極12Dとを備えている。また、Siチャンネル層7と、ピンド層12B、フリー層12Cとの間には、絶縁層(トンネル障壁層)8が設けられている。また、ピンド側電極12A及びフリー層側電極12Dとして、AlなどのSiに対して低抵抗な非磁性金属を用いている。
【0081】
図15(b)に示すように、Siチャンネル層7は、側面に傾斜部を有しており、その傾斜角度θは、50度〜60度である。ここで、傾斜角度θとは、Siチャンネル層7の底部と側面のなす角度(内角)である。
【0082】
図15(a)に示すように、ピンド層側電極12A上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Aが設けられている。ピンド層12B上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Bが設けられている。フリー層12C上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Cが設けられている。フリー層側電極12D上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Dが設けられている。配線18A〜18Dのそれぞれの端部には、測定用の電極パッドE3,E1,E2,E4が設けられている。なお、配線18A〜18Dの端部及び測定用の電極パッドE1〜E4は、Si酸化膜2上に形成されている。
【0083】
以上のようにして、Siスピン伝導素子10を得ることができる。得られたSiスピン伝導素子10において、図15(a)に示すように、電極パッドE1及びE3を電流源70に接続することにより、ピンド層12Bにスピン注入用電流を流すことができる。強磁性体であるピンド層12Bから非磁性のSiチャンネル層7へスピン注入用電流が流れることにより、ピンド層12Bの磁化の向きに対応するスピンがSiチャンネル層7へ注入される。注入されたスピンはフリー層12C側へ拡散していく。
【0084】
このように、Siチャンネル層7に流れる電流及びスピン流が、主にY方向に流れる構造とすることができる。そして、外部からの磁界によって変化されるフリー層12Cの磁化の向き、すなわち電子のスピンと、Siチャンネル層7のフリー層12Cと接する部分の電子のスピンとの相互作用により、Siチャンネル層7とフリー層12Cの界面において電圧出力が発生する。この電圧出力は、電極パッドE2及びE4に接続した電圧計80により検出することができる。
【0085】
本発明のSiスピン伝導デバイス10によれば、Si膜をウェットエッチングによりパターニングするため、Siチャンネル層に対する物理的なダメージが少なく、Siチャンネル層の結晶構造を高いままに維持できるものと考えられる。これにより、スピンの散乱が抑制され、高い電圧出力が可能となるものと考えられる。
【0086】
なお、図5のグラフが得られた具体的な製造方法は、以下の通りである。
【0087】
まず、Si基板、Si酸化膜(厚さ200nm)、及びSi膜(厚さ100nm)からなるSOI基板を準備した。次に、Si膜に導電性を付与するためのイオンを注入し、その後、アニールを行ってイオンを拡散させた。アニール温度は、900℃である。その後、洗浄により、SOI基板のSi膜の表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去をした。洗浄液として、HFを用いた。
【0088】
続いて、Si膜上に、MgO膜(厚さ0.8nm)、Fe膜(厚さ10nm)、Ti膜(厚さ5nm)、及びTa膜(厚さ3nm)の積層体を形成した。その後、Ta膜の表面をアセトンおよびイソプロピルアルコールで洗浄した。次いで、異方性ウェットエッチングにより、側面に傾斜部を有するSiチャンネル層を得た。この際、Siチャンネル層のサイズは、23μm×300μmとした。得られたSiチャンネル層の側面の傾斜部の傾斜角度θは55度であった。エッチング液には、TMAHを用いた。
【0089】
その後、イオンミリング法及び化学的なエッチングによりパターニングして、Fe層及びTi層の積層体からなるピンド層、フリー層、をそれぞれ得た。また、Siチャンネル層上にSiに対して低抵抗な非磁性金属から成るピンド層側電極、フリー層側電極を得た。
【0090】
次に、ピンド側電極、ピンド層、フリー層、及びフリー層側電極上に配線をそれぞれ形成した。配線として、Ta(厚さ10nm)、Cu(厚さ50nm)、及びTa(厚さ10nm)の積層構造を用いた。さらに、各配線の端部にそれぞれ電極パッドを形成した。電極パッドとして、Cr(厚さ50nm)とAu(厚さ150nm)の積層構造を用いた。こうして、スピン伝導素子10を得た。
【0091】
この素子は、図5に示す如く、良好な特性を有しており、磁化反転によって、大きな出力電圧が得られるものであった。
【0092】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態では、第一工程において、半導体層3上に設けられた絶縁層4及び強磁性層5をイオンミリングによりパターニングした後に、半導体層3をウェットエッチングによりパターニングする例を示した。しかしながら、半導体層3上に絶縁層4及び強磁性層5を形成する前に、半導体層3のみをウェットエッチングによりパターニングしても良い。そして、パターニングされたSi層上に、後から絶縁層及び強磁性層を形成し、これらをパターニングしてもよい。
【0093】
また、Siチャンネル層7上において、ピンド層12B及びフリー層12Cとの間に、電極を更に備えていても良い。これにより、当該電極から電場あるいは磁場をピンド層12B及びフリー層12Cの間を流れるスピン流または電流に印加することができる。これにより、スピンの偏極方向を調節することが可能となる。
【0094】
また、ピンド層12B上に反強磁性層を更に備えても良い。反強磁性層は、磁化固定層12Bの磁化の向きを固定するものとして機能する。反強磁性層が磁化固定層と交換結合することにより、磁化固定層の磁化方向に一方向異方性を付与することが可能となる。この場合、反強磁性層を設けない場合よりも、高い保磁力を一方向に有する磁化固定層が得られる。
【0095】
反強磁性層に用いられる材料は、磁化固定層に用いられる材料に合わせて選択される。例えば、反強磁性層として、Mnを用いた反強磁性を示す合金、具体的にはMnと、Pt,Ir,Fe,Ru,Cr,Pd,及びNiのうちから選ばれる少なくとも一つの元素とを含む合金が挙げられる。具体的には、例えば、IrMn、PtMnが挙げられる。
【0096】
また、上記ピンド層とフリー層の構造を同時に備えたスピン伝導デバイスは、チャンネル層へのスピン注入効率とフリー層へのスピン注入効率が高くなるため、高精度の磁場検出や、磁場等による磁化の向きの変化を利用した高精度のメモリに適用することができる。また、このようなスピン伝導デバイスを用いた磁気センサ、メモリ、又はハードヂィスク読み取り装置は、高精度となる。また、上記スピン伝導デバイスは、スピントランジスタやロジック回路にも適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、半導体へのスピン注入構造に用いることができ、これを用いたスピン伝導デバイスに利用出来る。
【符号の説明】
【0098】
1…Si基板、2…Si酸化膜、3…Si膜、4…絶縁膜、5…強磁性膜、7…Siチャンネル層、8…絶縁層、9…強磁性層、12A…磁化固定層側電極、12B…磁化固定層、12C…磁化自由層、12D…磁化自由層側電極、18A〜18D…配線、S…SOI基板、E1〜E4…電極パッド、P…アライメントパターン、M1,M2…マスク、20…主要部、21,22…角部。
【技術分野】
【0001】
本発明は、Siチャンネル層を有するスピン注入構造とそれを用いたスピン伝導デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、半導体におけるスピン伝導現象が、多くの注目を集めている。これは電子回路における半導体の登場と同様に、半導体におけるスピン伝導においても、従来の金属材料を用いたスピン伝導と異なる特性が期待されているからである。現在、半導体を利用したスピンデバイスは、実現されていないが、幾つかのデバイスへの応用が期待されている。例えば磁気センサ、スピントランジスタ及びメモリがあり、高密度磁気ヘッドの読み取り装置やプログラムで再構成可能なロジック回路への適用が考えられている。このような半導体を用いたスピン伝導デバイスの特徴として、半導体内のスピン伝導においては、そのスピン拡散長が金属内のスピン拡散長に比べて格段に長いので、出力の観点、回路的に多様な使い方が出来る優位性がある。
【0003】
このようなスピン伝導デバイスにおいては、半導体に電子の偏極したスピンを注入するためには、強磁性体を偏極スピンを取りだすフィルタとして用いることが出来る。強磁性体を用いてスピンを注入出来るためデバイスの簡略化が可能になるという利点がある。その一方で、半導体と強磁性金属を直接接触させた場合には、導電率整合(conductivity matching)がとりにくく、スピンが半導体と強磁性体との界面で散乱されるという問題を生じる。そこで、GaAsなどの半導体と強磁性体との間に単結晶のMgOトンネル障壁を介在させたスピン注入構造が提案されている(特許文献1参照)。GaAsとMgOは格子整合し、偏極したスピンの注入が容易になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許7274080号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のスピン注入構造において、MgOはSi上にエピタキシャル成長しないため、格子不整合によりそこを通過する偏極したスピンが乱されて、偏極スピンが減少する。
【0006】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、良好な特性を維持可能なスピン注入構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するため、本発明に係るスピン注入構造は、Siからなるチャンネル層と、チャンネル層上に形成された強磁性体からなる磁化固定層(ピンド層)と、チャンネル層とピンド層との間に介在する第1トンネル障壁とを備え、第1トンネル障壁は、チャンネル層側の領域に位置する第1非晶質MgO層と、ピンド層側の領域に位置する第1結晶質MgO層とを有することを特徴とする。
【0008】
この構造の場合、SiとMgOとは結晶の格子定数が異なるが、第1トンネル障壁のチャンネル層側の領域は、非晶質のMgO層とされているため、格子不整合の影響は低減される。言い換えれば、第1トンネル障壁のチャンネル層側の非晶質のMgO層は格子不整合の解消層としての役割を果たす。
【0009】
この構造の場合、第1トンネル障壁のチャンネル層側の領域は、非晶質のMgO層の場合は良好なスピン注入効率を実現できないが、もう一方の結晶質MgO層では、磁性層と結晶軸の向きを揃えることができ、偏極したスピンが多く半導体に注入され、トータルでは磁性層からチャンネル層へのスピンの注入効率をより高くすることできる。よって、従来の非晶質MgO層だけのトンネル障壁の場合よりもピンド層側の領域に位置する第1結晶質MgO層を有する場合の方がスピンの注入効率を高くすることができ、良好なスピン伝導特性を有する。
【0010】
また、本発明に係るスピン注入構造は、チャンネル層上に形成された磁化自由層(フリー層)と、チャンネル層とフリー層との間に介在する第2トンネル障壁とを備え、第2トンネル障壁は、チャンネル層側の領域に位置する第2非晶質MgO層と、ピンド層側の領域に位置する第2結晶質MgO層とを有することが好ましい。
【0011】
この構造の場合、ピンド層からチャンネル層にスピン注入を行った場合、チャンネル層内をスピン流が拡散して、第2トンネル障壁を介して、フリー層で吸収され、ピンド層とフリー層との間の磁化の向きに応じて、フリー層とチャンネル層との間の電圧が変化する。第2トンネル障壁のチャンネル層側の領域は、非晶質のMgO層とされているため、チャンネル層と第2トンネル障壁との間の格子不整合の影響は低減される。言い換えれば、第2トンネル障壁のチャンネル層側の非晶質のMgO層は格子不整合の解消層としての役割を果たす。
【0012】
また、ピンド層は、第1結晶質MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子(bcc)構造の強磁性体からなることが好ましい。また、フリー層は、第2結晶質MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子構造の強磁性体を有することが好ましい。結晶質のMgO上には、bcc構造のピンド層又はフリー層(強磁性体)が容易にエピタキシャル成長(結晶軸を共通として成長)し、これらの界面の結晶性が良好な秩序を有するため、スピンの流れに対する阻害要因が減少する。
【0013】
第1トンネル障壁及び第2トンネル障壁の非晶質MgO層の厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。これらの厚みは、それぞれ1.4nm以下であることが更に好ましい。これは非晶質MgO層の厚みが上記下限未満であると、トンネル電流を形成できる膜とならないためであり、格子不整合の解消層としての役割を十分果たせなくなるためである。また、これは非晶質MgO層の厚みが上記上限を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。
【0014】
第1及び第2結晶質MgO層の厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。また、第1及び第2結晶質MgO層の厚みは、それぞれ0.2nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、上限値(3nm)を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。下限値を下回る場合には非晶質MgO層上のMgO層が結晶質にならないためである。
【0015】
なお、全てのMgO層の厚みの和が1.0nm未満である場合には、単結晶のMgOを形成しにくい。換言すれば,MgO層からなる第1及び第2トンネル障壁の厚みは、それぞれ0.8nm以上3nm以下であることが好ましく、1.0nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、MgO層の厚みが上記下限値未満である場合には、結晶質のMgOを形成しにくく、上限値を超える場合には、キャリアのトンネルが生じにくいためである。
【0016】
また、チャンネル層中の不純物濃度は、1×1016〜1×1022/cm3であることが好ましい。この場合には、チャンネル層は完全に金属的な性質を示さず、半導体的な性質を保ち、チャンネル層が金属である場合よりもスピン拡散長が長いなどの性質を保持できるという効果がある。なぜなら、電子濃度が高くなると電子自体のスピン伝導の散乱確率が高くなり、スピン伝導を阻害するからである。また、この不純物が、N型となることが好ましい。この場合には、ホールよりも電子の方がスピン伝導しやすいという効果がある。なぜなら、N型の場合はs電子であるため角運動量を持たず、スピンが散乱されにくいためにスピン寿命が長いからである。N型の不純物としては、5族元素(PやAsなど)が知られている。
【0017】
なお、これらのMgOの厚みの和が小さい場合、結晶質MgOの厚みは変動している。なぜならば、結晶質MgOは二次元平面内で島状に成長するからであり、この島状に成長を始めたMgOの厚みが結晶質MgOの厚みである。しかしながら、MgO層上にbcc構造のピンド層又はフリー層(強磁性体)がエピタキシャル成長した場合、MgO層は結晶質になっているとみなすことが出来るため、その膜厚は、TEMによる断面観察によって確認することができる。また、MgO膜厚に対するbcc構造のピンド層又はフリー層のエピタキシャル成長の結晶性を、結晶格子の回折パターンから判断することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のスピン注入構造及びスピン伝導デバイスによれば、良好なスピン伝導特性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施の形態に係るスピン伝導デバイスの縦断面図である。
【図2】MgO層の近傍領域の拡大図である。
【図3】スピン伝導素子の平面図(a)、主要な領域Bの拡大図(b)である。
【図4】透過型電子顕微鏡の写真を示す図(a)、MgO厚みを変えた透過型電子顕微鏡の写真の図(b)である。
【図5】磁界(Oe)と電圧(V)の関係を示すグラフである。
【図6】SOI基板の斜視図である。
【図7】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図8】Si膜をパターニングする際に用いるマスクの上面図である。
【図9】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図10】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図11】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図12】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図13】スピン伝導デバイス中間体の斜視図(a)、図13(a)のb−b線に沿った中間体の断面図(b)である。
【図14】スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【図15】スピン伝導デバイスの斜視図(a)、図15(a)におけるチャンネル層のXZ断面(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、実施の形態に係るスピン注入構造を備えたスピン伝導デバイスについて説明する。なお、同一要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0021】
図1は、実施の形態に係るスピン伝導デバイスの縦断面図である。
【0022】
Siからなる半導体基板1上に絶縁層2が形成され、絶縁層2上に更にSiからなる半導体層(チャンネル層)7が形成されている。Siからなる半導体層7は、絶縁層2上に形成されているので、これらはSOI(Silicon On Insulator)基板を構成している。半導体層7上には、複数のトンネル障壁(層)8B,8Cが形成されており、それぞれのトンネル障壁8B,8C上に、強磁性層12B,12Cがそれぞれ形成されている。
【0023】
ここで、12Aは電極層であり、強磁性層12Bは磁化固定層(ピンド層)であり、強磁性層12Cは磁化自由層(フリー層)であり、12Dは電極層である。
【0024】
なお、ピンド層12Bは、X軸方向の寸法がY軸方向よりも大きく、形状異方性によって、磁化の向きがX軸方向に固定されている(図3参照)。フリー層12Cは、X軸方向の寸法がY軸方向よりも大きいが、そのアスペクト比は、ピンド層12Bよりも小さく、磁化の向きが容易に変化する。
【0025】
各トンネル障壁8B,8Cは、MgO(絶縁層)からなる。なお、電極12A,12DはSiに対して低抵抗な非磁性金属であり、例えばAlなどが使用され、半導体層7上に直接形成されている。
【0026】
電源70からピンド層12Bに電子を供給すると、スピン偏極の揃ったスピン電子がトンネル障壁8Bを通り、半導体層7内に注入される。半導体層7内に注入された電子は、場合によっては、電極12Aに導入され、電源70に帰還する。一方、ピンド層12Bからトンネル障壁8Bを介して半導体層7内に注入されたスピンは、注入位置において蓄積され、スピン流SPが、Y軸の正方向に沿って拡散・伝播する。スピン流は、スピン流の一部はトンネル障壁8Cを介して、フリー層12Cに吸収される。このときフリー層12Cとピンド層12Bの磁化の向きの相対角度によって、フリー層12Cの電位が変動し、半導体層(チャンネル層)7とフリー層12Cとの間に電圧変化が発生する。
【0027】
フリー層12Cの磁化の向きは、これに近接する配線を流れる電流に伴って発生する外部磁界などによって、変化させることができる。もちろん、フリー層12Cの磁化の向きは、これにスピン注入磁化反転臨界値以上のスピン注入を行うことによっても制御することができる。いずれにしても、この配線に電流を流すことによって、フリー層12Cの磁化の向きを変化させることができ、この状態は1つの情報として保持することができる。すなわち、フリー層12Cと電極12D(チャンネル層7)との間の電圧を、電圧計80によって測定すると、フリー層12Cに与えられた磁界の大きさを検出する、或いは、フリー層12Cに書き込まれた磁界の向きの情報を読み出すことができる。これはメモリ機能を有している。
【0028】
図2は、トンネル障壁(MgO層)8の近傍領域の拡大図である。
【0029】
上述のように、ピンド層12B(ピンド層12C)の直下には、MgOからなるトンネル障壁8が介在している。このスピン注入構造は、Siからなるチャンネル層7と、チャンネル層7上に形成された強磁性体からなるピンド層12B(フリー層12C)と、チャンネル層7とピンド層12B(フリー層12C)との間に介在するトンネル障壁8とを備えており、トンネル障壁8は、チャンネル層7側の領域に位置する非晶質MgO層8Lと、ピンド層12B(フリー層12C)側の領域に位置する結晶質MgO層8Uとを有している。非晶質MgO層8Lと、単結晶MgO層8Uとの間には、これらの間の結晶性を有する中間MgO層8Mが介在している。なお、MgO層8L,8M,8Uは、等しい厚みに描かれているが、これは異なることとしてもよく、また、実際には、これらの結晶状態は強磁性層に近づくほど徐々に改善している。
【0030】
この構造の場合、MgO層8Lの領域は、非晶質のMgO層であるために良好なスピン注入効率を実現できないが、MgO層8M及び8Uの領域の結晶質MgO層では、磁性層と結晶軸の向きを揃えることができ、磁性層からチャンネル層へのスピンの注入効率を高くすることができる。よって、従来の非晶質MgO層だけのトンネル障壁の場合よりもピンド層側の領域に位置する結晶質MgO層を有する場合の方がスピンの注入効率を高くすることができる。
【0031】
トンネル障壁8の厚みは、0.8nm以上3nm以下であることが好ましい。トンネル障壁8の厚みは、1.0nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、MgOの厚みが上記下限値未満である場合には、結晶質のMgOを形成しにくく、上限値を超える場合には、キャリアのトンネルが生じにくいためである。
【0032】
トンネル障壁8(第1トンネル障壁8B及び第2トンネル障壁8C:(図1))の非晶質MgO層8L(図2)の厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。これらの厚みは、それぞれ1.4nm以下であることが更に好ましい。これは非晶質MgO層の厚みが上記下限未満であると、トンネル電流を形成できる膜とならないためであり、格子不整合の解消層としての役割を十分果たせなくなるためである。また、これは非晶質MgO層8Lの厚みが上記上限を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。
【0033】
第1及び第2結晶質MgO層8Uの厚みは、それぞれ0.6nm以上3nm以下であることが好ましい。また、第1及び第2結晶質MgO層8Uの厚みは、それぞれ0.2nm以上3nm以下であることが更に好ましい。これは、上限値(3nm)を超える場合には、スピンを偏極して注入する効率が良くなるよりも、素子の抵抗が高くなりすぎてデバイスとして機能させることが困難になる問題の方が効果としてより大きくなるためである。具体的には高抵抗に伴う信号ノイズの増大及び回路上の駆動電圧・電流に制限があるためである。下限値を下回る場合には非晶質MgO層8L上のMgO層8Uが結晶質にならないためである。
【0034】
また、チャンネル層7中の不純物濃度は、1×1016〜1×1022/cm3であることが好ましい。この場合には、チャンネル層7は完全に金属的な性質を示さず、半導体的な性質を保ち、チャンネル層7が金属である場合よりもスピン拡散長が長いなどの性質を保持できるという効果がある。なぜなら、電子濃度が高くなると電子自体のスピン伝導の散乱確率が高くなり、スピン伝導を阻害するからである。また、この不純物が、N型となることが好ましい。この場合には、ホールよりも電子の方がスピン伝導しやすいという効果がある。なぜなら、N型の場合はs電子であるため角運動量を持たず、スピンが散乱されにくいためにスピン寿命が長いからである。N型の不純物としては、5族元素(PやAsなど)が知られている。
【0035】
なお、これらのMgOの厚みの和が小さい場合、結晶質MgOの厚みは変動している。なぜならば、結晶質MgOは二次元平面内で島状に成長するからであり、この島状に成長を始めたMgOの厚みが結晶質MgOの厚みである。しかしながら、MgO層上にbcc構造のピンド層又はフリー層(強磁性体)がエピタキシャル成長した場合、MgO層は結晶質になっているとみなすことが出来るため、その膜厚は、TEMによる断面観察によって確認することができる。また、MgO膜厚に対するbcc構造のピンド層又はフリー層のエピタキシャル成長の結晶性を、結晶格子の回折パターンから判断することができる。
【0036】
チャンネル層のMgOに接する界面の前処理により、比較的MgO層が薄くても結晶質MgO層を形成できる。すなわち、MgO層からなるトンネル障壁を形成する前処理として、フッ化水素水溶液、塩酸、硫酸、硝酸などの酸性の薬剤およびそれらに過酸化水素を加えた薬剤、さらにアルカリ性の薬剤を用いることにより、チャネル層とするSi表面から酸化被膜などを除去することができる。この前処理によりSi表面は清浄面となり、比較的MgO層が薄くても結晶質のMgO層を形成することができる。
【0037】
なお、ピンド層12B(フリー層12C)は、単結晶MgO層8U上にエピタキシャル成長した、体心立方格子(bcc)構造の強磁性体からなる。単結晶のMgO層8U上には、bcc構造の強磁性体(ピンド層12B,フリー層12C)が容易にエピタキシャル成長(結晶軸を共通として成長)し、これらの界面の結晶性が良好な秩序を有するため、スピンの流れに対する阻害要因が減少する。
【0038】
次に、スピン伝導デバイスの平面構造について説明する。
【0039】
図3は、スピン伝導デバイスの平面図(a)、主要な領域Bの拡大図(b)である。なお、図1は、図3におけるI−I矢印断面を示している。
【0040】
図3(a)に示すように、Siチャンネル層7は、Y軸方向を長軸とした直方体形状を有している。図3(b)に示すように、配線18Bの下には、ピンド12Bが設けられている。また、配線18Cの下には、フリー層12Cが設けられている。ピンド層12B及びフリー層12Cは、それぞれX軸方向を長軸とした直方体形状を有している。Y軸方向における幅が、ピンド層12Bよりもフリー層12Cの方が大きい。ピンド層12B及びフリー層12Cは、X軸方向とY軸方向のアスペクト比の違いによって、反転磁場の差が付けられている。このように、ピンド層12B及びフリー層12Cには、形状異方性によって保磁力差が付けられており、ピンド層12Bは、フリー層12Cよりも保磁力が大きい。
【0041】
ピンド層12B及びフリー層12Cの材料は、Ti、V、Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群から選択される金属、前記群の元素を1以上含む合金、又は、前記群から選択される1以上の元素及びB、C、及びNからなる群から選択される1以上の元素を含む合金である。また、ピンド層12B及びフリー層12Cは、当該金属や合金の積層体でも良い。例えば、ピンド層12Bまたはフリー層12Cとして、Fe及びTiの積層膜を用いる。
【0042】
トンネル障壁8は絶縁性材料からなり、MgOが用いられる。配線18A、18B,18C、18Dは、Cuなどの導電性材料からなる。なお、電極パッドE1、E2,E3,E4は、Auなどの導電性材料からなる。配線18A、18B,18C、18Dは、それぞれ、電極12A,ピンド層12B、フリー層12C、電極12D上に形成されたものである。電極パッドE1、E2,E3,E4は、それぞれ配線18B、18C,18A、18Dに電気的に接続されたものである。上記電子の供給は、電極パッドE1とE3との間に電源70(図1参照)接続することにより行われ、上記電圧の検出は、電極パッドE2とE4との間に電圧計80(図1参照)を接続することにより行われる。
【0043】
図4(a)及び図4(b)は、MgO層近傍の透過型電子顕微鏡の写真を示す図である。
【0044】
図4(a)ではSi層上に、MgO層及びFe層(強磁性層)が順次堆積されている。Si層、MgO層、Fe層の厚みは、それぞれ、100nm、0.8nm、10nmである。なお、Fe層上には、測定における試料の研磨の際に素子を保護するTa保護膜が堆積されている。MgO層のSi層側は非晶質である一方で、MgO層のFe層側は、結晶化していることが分かる。また、Fe層はMgO層と接する界面から結晶質になっており、これはMgO層のFe側が結晶質になっていることを示している。
【0045】
図4(b)ではSi層上に、MgO層及びFe層(強磁性層)が順次堆積されている。図4(b)は、MgO層の状態が明瞭に観測できるようにするため、実際に使用できる素子のMgO膜厚の上限3nmよりも厚く成膜した試料の図である。Si層、MgO層、Fe層の厚みは、それぞれ、100nm、5nm、20nmである。MgO層のSi層側は非晶質であるが、およそ0.8nmの非晶質MgOの上には結晶質のMgO層が明確に確認できる。
【0046】
図5は、スピン伝導デバイスにおける磁界(Oe)と電圧(V)の関係を示すグラフである。
【0047】
フリー層12C(図3参照)に印加される磁界の向きはX軸方向、ピンド層12B(図3参照)の磁化の向きはX軸方向である。
【0048】
実線は、負方向の磁界が与えられている場合に、フリー層12Cとピンド層12Bの磁化の向きが等しく、−X軸方向を向いており、磁界の大きさを正方向に徐々に大きくし、+X軸方向の磁界が与えられた場合に(例:100(Oe)以上)、フリー層12Cの磁界が反転し、+X軸方向を向き、更に正方向に大きな磁界を与えた場合には、ピンド層12Bの磁化の向きが反転して+X軸方向を向いた場合を示す。
【0049】
点線は、正方向の磁界が与えられている場合に、フリー層12Cとピンド層12Bの磁化の向きが等しく、+X軸方向を向いており、磁界の大きさを負方向に徐々に大きくし、−X軸方向の磁界が与えられた場合に(例;−100(Oe)以下)、フリー層12Cの磁界が反転し、−X軸方向を向き、更に負方向に大きな磁界を与えた場合には、ピンド層12Bの磁化の向きも反転して−X軸方向を向いた場合を示す。
【0050】
ピンド層12Bから注入されチャンネル層7内を拡散・伝導するスピン流は、フリー層12Cに吸収され、出力電圧を生じる。フリー層12Cの磁化の向きが、ピンド層12Bの磁化の向きと反平行となる場合、電圧計80(図1参照)で測定される、電圧(V)の絶対値は、3×10−7(V)を超える。なお、電圧計80は、磁化の向きが反平行の場合に負電圧が計測されるように接続されている。フリー層12Cの磁化の向きが、ピンド層12Bの磁化の向きと平行の場合には電圧(V)はゼロに近い値となる。このように、Siスピン伝導素子では、電圧出力特性が良好なものとなっている。
【0051】
次に、上述のスピン伝導デバイスの製造方法について説明する。なお、以下の説明では、基本構造の明確化のため、スピン伝導デバイスの平面形状を上述のものよりも簡略化した場合を示す。
【0052】
図6は、SOI基板の斜視図である。
【0053】
まず、図6に示すような、Siからなる半導体基板1、Si酸化膜からなる絶縁層2、及び、表面が(100)面であるSiからなるチャンネル層3が、この順に形成されたSOI基板Sを準備する。
【0054】
半導体層3に導電性を付与するためのイオンを注入し、その後、アニールを行ってイオンを拡散させる。例えば、導電性を付与するためのイオンとしてBやPが挙げられる。また、アニール温度は、例えば900℃とすることができる。
【0055】
次いで、洗浄により、SOI基板Sの表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去をする。洗浄液として、例えば、アセトン、イソプロピルアルコール及びHF(水溶液)を用いることができる。
【0056】
図7は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0057】
SOI基板Sの洗浄後、図7に示すように、SOI基板Sの半導体層3上に、絶縁層4及び強磁性層5を成膜する。絶縁層4及び強磁性層5は、例えば、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法などにより成膜する。さらに、洗浄により、強磁性層5の表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去をする。洗浄液として、例えば、アセトン、イソプロピルアルコールを用いることができる。
【0058】
強磁性層5の洗浄後、図7に示すように、強磁性層5上にアライメントパターンPを作製する。アライメントパターンPの作製は、フォトリソグラフィー法により行う。例えば、アライメントパターンPとして100nmのTa膜を用いる。
【0059】
図8は、Si膜をパターニングする際に用いるマスクの上面図である。
【0060】
続いて、強磁性層5の上に保護膜のためのTaを3nm成膜する。さらに、フォトリソグラフィー法により、Ta上にマスクを形成する。図8(a)及び図8(b)にマスクの形状の一例を示す。図8(a)及び図8(b)に示すように、主要部20と、主要部20から突出した角部21,22とを有するようなマスクM1又はM2を用いる。この際、角部21,22が主要部20の面積よりも小さな面積を有するようなマスクを用いると良い。また、主要部20が長方形の場合、突出した角部21,22は、長方形の四隅に配置される。
【0061】
図8(a)のように、マスクM1の角部21は、マスクM1の主要部20と重なる範囲を含めて、正方形でも良い。また、図8(b)のように、マスクM2の角部22は、マスクM2の主要部20と重なる範囲を含めて、円形でも良い。この他にも、マスクの角部は、マスクの主要部と重なる範囲を含めて、例えば、長方形や三角形であっても良い。なお、角部を有さないマスクを用いても実施は可能である。
【0062】
図9は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0063】
上記のようなマスクM1,M2を用いて、絶縁層4、強磁性層5、Ta層をイオンミリングによりパターニングして、絶縁層8、強磁性層9、及びTa層をマスクの直下に残留させる。これら絶縁層8、強磁性層9、Ta膜、及びレジストをマスクとして、半導体層3をウェットエッチングによりパターニングして、図9に示すようなSiチャンネル層7を得る(第一工程)。ウェットエッチングとして、異方性ウェットエッチングを用いることができる。エッチング液として、例えば水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液(TMAH)や水酸化カリウム水溶液(KOH)を用いる。なお、ウェットエッチング後に、レジストは除去される。また、ウェットエッチング後に、Ta膜は除去されるか後述する配線と一体化する。
【0064】
なお、図8に示したように、主要部20から突出した角部21,22を有するマスクM1,M2を用いることにより、所望の形状のSiチャンネル層7を得ることができる。異方性ウェットエッチングを用いた場合、Siチャンネル層7の側面には、傾斜部が形成される。異方性ウェットエッチングを用いた場合、傾斜面は(111)面となり、半導体基板1の表面に対しておよそ55度の角度となる。図9では、主要部が矩形状のマスクを用いた場合を示しており、Y方向が長軸方向となる矩形状のSiチャンネル層7が形成される。
【0065】
図10は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0066】
上記状態において、Siチャンネル層7の傾斜部は、外気に対して露出しているため、Siチャンネル層7の側面は自然酸化され、図10に示すように、酸化膜7aが形成される。あるいは、Siチャンネル層7の側面に酸化膜7aを酸素アニールにより成膜してもよい。次に、Ta及び強磁性層9表面の酸化膜をイオンミリングで除去した後、強磁性層9をエッチングによりパターニングする。
【0067】
図11は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0068】
上記エッチングにより、図11に示すようなピンド12B、フリー層12C、を形成する。この際、ピンド層12B、フリー層12Cは、絶縁層(トンネル障壁層)8上において、長軸方向すなわちY軸方向に並んで配置するように形成する。
【0069】
また、絶縁層8の一部分もエッチングしておき、露出したSiチャンネル層7上に、ピンド層側電極12A、フリー層側電極12Dを形成する。このピンド層側電極12A、フリー層側電極12DはSiに対して低抵抗な非磁性金属であり、例えばAlによる電極が形成される。
【0070】
以上のようにして、Siチャンネル層7上に、互いに離間された磁化自由層12C及び磁化固定層12Bを形成する(第二工程)。この際、Y軸方向における幅が、ピンド層12Bよりもフリー層12Cの方が大きくなるように形成する。このようなパターニングは、例えば、イオンミリング及び化学的なエッチングによって、絶縁層8及び強磁性層9の不要な部分を除去することにより行われる。
【0071】
図12は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0072】
次に、図12に示すように、ピンド層側電極12A、ピンド層12B、フリー層12C、及びフリー層側電極12Dの上面以外に、例えば、スパッタリング等により、好ましくはSi酸化膜などの酸化膜7bを形成する。すなわち、酸化膜7a、絶縁層8、ピンド層側電極12A、ピンド層12B、フリー層12C、及びフリー層側電極12Dの側面に、酸化膜7bを形成する。
【0073】
図13は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図(a)、図13(a)のb−b線に沿った中間体の断面図(b)である。図13(b)の構造は、要素12B及び配線18Bを含む位置の断面であるが、要素12B及び配線18Bを、要素12A及び18A、12C及び18C、又は、12D及び18Dに置き換えた場合には、図13(b)は、各要素を通る断面に読み替えることができる。なお、要素12A又は12Dを含む断面の場合には、絶縁層8は省略される。
【0074】
図13(a)に示すように、ピンド層側電極12A上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Aを形成する。ピンド層12B上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Bを形成する。フリー層12C上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Cを形成する。フリー層側電極12D上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Dを形成する。配線18A〜18Dは、例えばフォトリソグラフィー法により形成することができる。
【0075】
この酸化膜7bにより、Siチャンネル層7のスピンが配線に吸収されることを抑制できる。なお、通常、半導体よりも導体である配線は、スピン拡散長が短く、Siチャンネル層7に直接接触すると、スピンが吸収されてしまう。また、本来強磁性層であるピンド層12BからSiチャンネル層7へスピンを注入するはずが、導体である配線からSiチャンネル層7へ電流が流れると、スピン注入効率が著しく悪くなるが、本例では、かかる問題は解決されている。
【0076】
図14は、スピン伝導デバイス中間体の斜視図である。
【0077】
続いて、図14に示すように、配線18A〜18Dのそれぞれの端部に、測定用の電極パッドE1〜E4を形成する。なお、配線18A〜18Dの端部及び測定用の電極パッドE1〜E4は、ウェットエッチングによって露出されたSi酸化層2及び酸化膜7b上に形成する。最後にダイシングを行い、個々の素子にチップ化することにより、所望のSiスピン伝導デバイスを得る。
【0078】
図15は、スピン伝導素子の斜視図(a)、図15(a)におけるチャンネル層のXZ断面(b)である。図15(b)の構造は、要素12B及び配線18Bを含む位置の断面であるが、要素12B及び配線18Aを、要素12A及び18A、12C及び18C、又は、12D及び18Dに置き換えた場合には、図15(b)は、各要素を通る断面に読み替えることができる。なお、要素12A又は12Dを含む断面の場合には、絶縁層8は省略される。
【0079】
図15(a)に示すように、Siスピン伝導素子10は、半導体基板1上に設けられたSi酸化層2と、Si酸化層2上に設けられたSiチャンネル層7と、Siチャンネル層7の第一の部分上に設けられたフリー層12Cと、Siチャンネル層7の第一の部分とは異なる第二の部分上に設けられたピンド層12Bとを備えている。Siチャンネル層7はウェットエッチングにより形成されたものである。
【0080】
さらに、Siスピン伝導デバイス10は、Siチャンネル層7上の第三の部分上に設けられたピンド層側電極12Aと、Siチャンネル層7上の第四の部分上に設けられたフリー層側電極12Dとを備えている。また、Siチャンネル層7と、ピンド層12B、フリー層12Cとの間には、絶縁層(トンネル障壁層)8が設けられている。また、ピンド側電極12A及びフリー層側電極12Dとして、AlなどのSiに対して低抵抗な非磁性金属を用いている。
【0081】
図15(b)に示すように、Siチャンネル層7は、側面に傾斜部を有しており、その傾斜角度θは、50度〜60度である。ここで、傾斜角度θとは、Siチャンネル層7の底部と側面のなす角度(内角)である。
【0082】
図15(a)に示すように、ピンド層側電極12A上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Aが設けられている。ピンド層12B上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Bが設けられている。フリー層12C上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Cが設けられている。フリー層側電極12D上及びSiチャンネル層7の傾斜した側面上に、配線18Dが設けられている。配線18A〜18Dのそれぞれの端部には、測定用の電極パッドE3,E1,E2,E4が設けられている。なお、配線18A〜18Dの端部及び測定用の電極パッドE1〜E4は、Si酸化膜2上に形成されている。
【0083】
以上のようにして、Siスピン伝導素子10を得ることができる。得られたSiスピン伝導素子10において、図15(a)に示すように、電極パッドE1及びE3を電流源70に接続することにより、ピンド層12Bにスピン注入用電流を流すことができる。強磁性体であるピンド層12Bから非磁性のSiチャンネル層7へスピン注入用電流が流れることにより、ピンド層12Bの磁化の向きに対応するスピンがSiチャンネル層7へ注入される。注入されたスピンはフリー層12C側へ拡散していく。
【0084】
このように、Siチャンネル層7に流れる電流及びスピン流が、主にY方向に流れる構造とすることができる。そして、外部からの磁界によって変化されるフリー層12Cの磁化の向き、すなわち電子のスピンと、Siチャンネル層7のフリー層12Cと接する部分の電子のスピンとの相互作用により、Siチャンネル層7とフリー層12Cの界面において電圧出力が発生する。この電圧出力は、電極パッドE2及びE4に接続した電圧計80により検出することができる。
【0085】
本発明のSiスピン伝導デバイス10によれば、Si膜をウェットエッチングによりパターニングするため、Siチャンネル層に対する物理的なダメージが少なく、Siチャンネル層の結晶構造を高いままに維持できるものと考えられる。これにより、スピンの散乱が抑制され、高い電圧出力が可能となるものと考えられる。
【0086】
なお、図5のグラフが得られた具体的な製造方法は、以下の通りである。
【0087】
まず、Si基板、Si酸化膜(厚さ200nm)、及びSi膜(厚さ100nm)からなるSOI基板を準備した。次に、Si膜に導電性を付与するためのイオンを注入し、その後、アニールを行ってイオンを拡散させた。アニール温度は、900℃である。その後、洗浄により、SOI基板のSi膜の表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去をした。洗浄液として、HFを用いた。
【0088】
続いて、Si膜上に、MgO膜(厚さ0.8nm)、Fe膜(厚さ10nm)、Ti膜(厚さ5nm)、及びTa膜(厚さ3nm)の積層体を形成した。その後、Ta膜の表面をアセトンおよびイソプロピルアルコールで洗浄した。次いで、異方性ウェットエッチングにより、側面に傾斜部を有するSiチャンネル層を得た。この際、Siチャンネル層のサイズは、23μm×300μmとした。得られたSiチャンネル層の側面の傾斜部の傾斜角度θは55度であった。エッチング液には、TMAHを用いた。
【0089】
その後、イオンミリング法及び化学的なエッチングによりパターニングして、Fe層及びTi層の積層体からなるピンド層、フリー層、をそれぞれ得た。また、Siチャンネル層上にSiに対して低抵抗な非磁性金属から成るピンド層側電極、フリー層側電極を得た。
【0090】
次に、ピンド側電極、ピンド層、フリー層、及びフリー層側電極上に配線をそれぞれ形成した。配線として、Ta(厚さ10nm)、Cu(厚さ50nm)、及びTa(厚さ10nm)の積層構造を用いた。さらに、各配線の端部にそれぞれ電極パッドを形成した。電極パッドとして、Cr(厚さ50nm)とAu(厚さ150nm)の積層構造を用いた。こうして、スピン伝導素子10を得た。
【0091】
この素子は、図5に示す如く、良好な特性を有しており、磁化反転によって、大きな出力電圧が得られるものであった。
【0092】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態では、第一工程において、半導体層3上に設けられた絶縁層4及び強磁性層5をイオンミリングによりパターニングした後に、半導体層3をウェットエッチングによりパターニングする例を示した。しかしながら、半導体層3上に絶縁層4及び強磁性層5を形成する前に、半導体層3のみをウェットエッチングによりパターニングしても良い。そして、パターニングされたSi層上に、後から絶縁層及び強磁性層を形成し、これらをパターニングしてもよい。
【0093】
また、Siチャンネル層7上において、ピンド層12B及びフリー層12Cとの間に、電極を更に備えていても良い。これにより、当該電極から電場あるいは磁場をピンド層12B及びフリー層12Cの間を流れるスピン流または電流に印加することができる。これにより、スピンの偏極方向を調節することが可能となる。
【0094】
また、ピンド層12B上に反強磁性層を更に備えても良い。反強磁性層は、磁化固定層12Bの磁化の向きを固定するものとして機能する。反強磁性層が磁化固定層と交換結合することにより、磁化固定層の磁化方向に一方向異方性を付与することが可能となる。この場合、反強磁性層を設けない場合よりも、高い保磁力を一方向に有する磁化固定層が得られる。
【0095】
反強磁性層に用いられる材料は、磁化固定層に用いられる材料に合わせて選択される。例えば、反強磁性層として、Mnを用いた反強磁性を示す合金、具体的にはMnと、Pt,Ir,Fe,Ru,Cr,Pd,及びNiのうちから選ばれる少なくとも一つの元素とを含む合金が挙げられる。具体的には、例えば、IrMn、PtMnが挙げられる。
【0096】
また、上記ピンド層とフリー層の構造を同時に備えたスピン伝導デバイスは、チャンネル層へのスピン注入効率とフリー層へのスピン注入効率が高くなるため、高精度の磁場検出や、磁場等による磁化の向きの変化を利用した高精度のメモリに適用することができる。また、このようなスピン伝導デバイスを用いた磁気センサ、メモリ、又はハードヂィスク読み取り装置は、高精度となる。また、上記スピン伝導デバイスは、スピントランジスタやロジック回路にも適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、半導体へのスピン注入構造に用いることができ、これを用いたスピン伝導デバイスに利用出来る。
【符号の説明】
【0098】
1…Si基板、2…Si酸化膜、3…Si膜、4…絶縁膜、5…強磁性膜、7…Siチャンネル層、8…絶縁層、9…強磁性層、12A…磁化固定層側電極、12B…磁化固定層、12C…磁化自由層、12D…磁化自由層側電極、18A〜18D…配線、S…SOI基板、E1〜E4…電極パッド、P…アライメントパターン、M1,M2…マスク、20…主要部、21,22…角部。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siからなるチャンネル層と、
前記チャンネル層上に形成された強磁性体からなる磁化固定層と、
前記チャンネル層と前記磁化固定層との間に介在する第1トンネル障壁と、を備え、
前記第1トンネル障壁は、
前記チャンネル層側の領域に位置する第1非晶質MgO層と、
前記磁化固定層側の領域に位置する第1結晶質MgO層と、
を有することを特徴とするスピン注入構造。
【請求項2】
前記チャンネル層中の不純物濃度が、1×1016〜1×1022/cm3であることを特徴とする請求項1に記載のスピン注入構造。
【請求項3】
前記不純物が、N型となることを特徴とする請求項2に記載のスピン注入構造。
【請求項4】
前記チャンネル層上に形成された磁化自由層と、
前記チャンネル層と前記磁化自由層との間に介在する第2トンネル障壁と、
を備え、
前記第2トンネル障壁は、
前記チャンネル層側の領域に位置する第2非晶質MgO層と、
前記磁化自由層側の領域に位置する第2結晶質MgO層と、
を有することを特徴とする、請求項1に記載のスピン注入構造。
【請求項5】
前記磁化固定層は、前記第1単結晶MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子構造の強磁性体を有することを特徴とする、請求項1に記載のスピン注入構造。
【請求項6】
前記磁化自由層は、前記第2単結晶MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子構造の強磁性体を有することを特徴とする、請求項4に記載のスピン注入構造。
【請求項7】
前記第1トンネル障壁の厚みは、0.8nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のスピン注入構造。
【請求項8】
前記第1非晶質MgO層の厚みは、0.6nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項7に記載のスピン注入構造。
【請求項9】
前記第2トンネル障壁の厚みは、0.8nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項4に記載のスピン注入構造。
【請求項10】
前記第2非晶質MgO層の厚みは、0.6nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項9に記載のスピン注入構造。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれか1項に記載のスピン注入構造を備えたスピン伝導デバイス。
【請求項1】
Siからなるチャンネル層と、
前記チャンネル層上に形成された強磁性体からなる磁化固定層と、
前記チャンネル層と前記磁化固定層との間に介在する第1トンネル障壁と、を備え、
前記第1トンネル障壁は、
前記チャンネル層側の領域に位置する第1非晶質MgO層と、
前記磁化固定層側の領域に位置する第1結晶質MgO層と、
を有することを特徴とするスピン注入構造。
【請求項2】
前記チャンネル層中の不純物濃度が、1×1016〜1×1022/cm3であることを特徴とする請求項1に記載のスピン注入構造。
【請求項3】
前記不純物が、N型となることを特徴とする請求項2に記載のスピン注入構造。
【請求項4】
前記チャンネル層上に形成された磁化自由層と、
前記チャンネル層と前記磁化自由層との間に介在する第2トンネル障壁と、
を備え、
前記第2トンネル障壁は、
前記チャンネル層側の領域に位置する第2非晶質MgO層と、
前記磁化自由層側の領域に位置する第2結晶質MgO層と、
を有することを特徴とする、請求項1に記載のスピン注入構造。
【請求項5】
前記磁化固定層は、前記第1単結晶MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子構造の強磁性体を有することを特徴とする、請求項1に記載のスピン注入構造。
【請求項6】
前記磁化自由層は、前記第2単結晶MgO層上にエピタキシャル成長した、体心立方格子構造の強磁性体を有することを特徴とする、請求項4に記載のスピン注入構造。
【請求項7】
前記第1トンネル障壁の厚みは、0.8nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項1乃至6のいずれか1項に記載のスピン注入構造。
【請求項8】
前記第1非晶質MgO層の厚みは、0.6nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項7に記載のスピン注入構造。
【請求項9】
前記第2トンネル障壁の厚みは、0.8nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項4に記載のスピン注入構造。
【請求項10】
前記第2非晶質MgO層の厚みは、0.6nm以上3nm以下であることを特徴とする、請求項9に記載のスピン注入構造。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれか1項に記載のスピン注入構造を備えたスピン伝導デバイス。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図4】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図4】
【公開番号】特開2010−239011(P2010−239011A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86920(P2009−86920)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】
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