説明

セラミクス、圧電素子および圧電素子の製造方法

【課題】ドメインエンジニアリングに好適な擬立方晶の表示で{110}面に配向したBiFeOを含有する圧電セラミクスを提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクスであって、擬立方晶の表示で{110}面に配向しているセラミクス。


(式中、A及びBは一種または複数の金属イオンで、Aは1価、2価または3価の金属イオン、Bは3価、4価または5価の金属イオンを表す。ただし、xは0.3≦x≦1である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電セラミクス、圧電素子および圧電素子の製造方法に関し、特に鉛を含有しない圧電セラミクス、それを用いた圧電素子および圧電素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波モーターやインクジェットヘッド等に応用されている圧電素子に使用される圧電セラミクスの多くは、いわゆるPZTと呼称されている材料で、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)を含む酸化物である。そのため、環境上の問題から、鉛を含有しない圧電セラミクス(非鉛圧電セラミクス)の開発が進められている。
【0003】
非鉛圧電セラミクスの圧電定数は、PZTと比較して低く、十分ではない。そこで、非鉛圧電セラミクスにドメインエンジニアリングを行うことによって、圧電性の改善が行われている(非特許文献1)。前記ドメインエンジニアリングには擬立方晶の表示で{110}面に配向したペロブスカイト型の圧電セラミクスが必要である。
【0004】
BiFeOは非常に大きな残留分極値を持ち、キュリー点も高いので、BiFeOを含有したペロブスカイト型の圧電材料は有望な圧電材料である。例えば、BiFeOとBaTiOが固溶した薄膜化した圧電材料が挙げられる(特許文献1)。しかし、BiFeOを含有したペロブスカイト型の圧電材料において、ドメインエンジニアリングに好適な配向したペロブスカイト型の圧電セラミクスが提供されたことはなかった。その理由は、薄膜を成長させる基板を適切に選択すれば特定の方位に配向させることは容易である一方で、セラミクスの場合は、配向を補助する基板がないため、配向させることは困難であるからである。
【0005】
そこで、セラミクスを配向させる方法として、磁場配向が知られている(特許文献2)。特許文献2は、磁気異方性が小さいペロブスカイト型の圧電材料を磁場配向させるために、磁気異方性の強い添加物を加えて磁場を印加する方法が開示されている。しかし磁場配向させるために、磁気異方性の強い添加物を加えると、電気特性に悪影響をあたえるため、望ましくない。また、特許文献2に記載のペロブスカイト型の圧電材料は、擬立方晶の表示で{100}面に配向しており、これはドメインエンジニアリングに不適な配向である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−287745号公報
【特許文献2】特開2008−037064号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】S.Wada“Japanese Journal of Applied Physics”Vol.46,No.10B,2007,p.7039から7043
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであって、ドメインエンジニアリングに好適なBiFeOを含有するセラミクスを提供するものである。
また、本発明は、上記のセラミクスを用いた圧電素子およびその圧電素子の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するセラミクスは、下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクスであって、擬立方晶の表示で{110}面に配向していることを特徴とする。
【0010】
【化1】

【0011】
(式中、A及びBは一種または複数の金属イオンで、Aは1価、2価または3価の金属イオン、Bは3価、4価または5価の金属イオンを表す。ただし、xは0.3≦x≦1である。)
【0012】
上記の課題を解決する圧電素子は、上記のセラミクスと、前記セラミクスを挟持して設けられた一対の電極を有することを特徴とする。
また、上記の課題を解決する圧電素子の製造方法は、下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクス粉末を含むセラミクススラリーを得るスラリー工程と、前記セラミクススラリーを磁場中で成形して配向したセラミクス成形体を得る配向工程と、前記セラミクス成形体を焼成してセラミクス焼結体を得る焼成工程と、前記セラミクス焼結体を挟持して一対の電極を形成する電極形成工程とを有し、前記スラリー工程のセラミクス粉末にはBiFeOが30mol%以上固溶または混合されていることを特徴とする圧電素子の製造方法である。
【0013】
【化2】

【0014】
(式中、A及びBは一種または複数の金属イオンで、Aは1価、2価または3価の金属イオン、Bは3価、4価または5価の金属イオンを表す。ただし、xは0.3≦x≦1である。)
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ドメインエンジニアリングに好適な擬立方晶の表示で{110}面に配向したBiFeOを含有するセラミクスを提供することができる。
また、本発明は、上記のセラミクスを用いた圧電素子およびその圧電素子の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1および比較例3の配向焼結体および無配向焼結体のX線回折(XRD)を示す図である。
【図2】本発明の実施例2のBiFeOの10Tで磁場配向したセラミクスの配向焼結体のXRDを示す図である。
【図3】比較例1および比較例8の配向焼結体および無配向焼結体のXRDを示す図である。
【図4】0.7BiFeO−0.3BaTiOの仮焼粉のSEM写真である。
【図5】(110)cubic配向圧電セラミクス(0.7BiFeO−0.3BaTiO)の断面SEM写真である。
【図6】BiFeOの分極方向とスピン方向を示す模式図である。
【図7】磁場配向プロセスを示す模式図である。
【図8】本発明の圧電素子の実施形態の一例を示し、焼結体の電極面と磁場の方向の位置関係を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係るセラミクスは、下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクスであって、擬立方晶の表示で{110}面に配向を有することを特徴とする。
【0018】
【化3】

【0019】
本発明に係るセラミクスは、例えば圧電セラミクスが好ましい。
一般式(1)の式中において、A及びBは一種または複数の金属イオンで、Aは価数が1価、2価または3価の金属イオン、Bは価数が3価、4価または5価の金属イオンを表す。ただし、AまたはBが複数の金属イオンからなるときは、Aは平均の価数が2価の金属イオンのときはBは平均の価数が4価の金属イオン、Aは平均の価数が3価の金属イオンのときはBは平均の価数が3価の金属イオン、Aは平均の価数が1価の金属イオンのときはBは平均の価数が5価の金属イオンである。
【0020】
ここで、価数の平均とは、複数の金属イオンの価数をそれぞれの金属イオンの構成比率で乗じた値のことである。例えば、2価の金属イオンを0.5と4価の金属イオンを0.5の比で組み合わせた場合には、価数の平均は3価になる。
【0021】
Aの金属イオンの具体例としては、一種の金属イオンの場合、価数が1価の金属イオンをA1とすると、A1=Li、Na、K、Agである。同様に2価の金属イオンをA2とすると、A2=Ba、Sr、Caである。同様に3価の金属イオンをA3とすると、A3=Bi、La、Ce、Ndである。複数の金属イオンで価数の平均が、1価の場合、A1A11−x(0<x<1)である。同様に、価数の平均が、2価の場合、A2A21−x(0<x<1)及びA11/2A31/2である。価数の平均が、3価の場合、A3A31−x(0<x<1)である。Bの金属イオンの具体例としては、一種の金属イオンの場合、価数が3価の金属イオンをB3とすると、B3=Mn、Sb、Al、Yb、In、Fe、Co、Sc、Y、Snである。同様に4価の金属イオンをB4とすると、B4=Ti、Zrである。同様に5価の金属イオンをB5とすると、B5=Nb、Sb、Taである。複数の金属イオンで価数の平均が、3価の場合、B3B31−x(0<x<1)及びB21/2B41/2及びB22/3B51/3及びB23/4B61/4及びB11/3B42/3及びB11/2B51/2及びB13/5B62/5である。ただし、B1は1価の金属イオンであり、B1=Cuである。B2は2価の金属イオンであり、B2=Mg、Ni、Zn、Co、Sn、Fe、Cd、Cu、Crである。B6は6価の金属イオンであり、B6=W、Te、Reである。複数の金属イオンで価数の平均が、4価の場合、B4B41―x(0<x<1)及びB31/2B51/2及びB32/3B61/3及びB21/3B52/3及びB21/2B61/2及びB11/4B53/4及びB12/5B63/5である。複数の金属イオンで価数の平均が、5価の場合、B5B51―x(0<x<1)及びB41/2B61/2及びB31/3B62/3及びB21/4B63/4及びB11/5B64/5である。
【0022】
一般式(1)において、ABOは、ペロブスカイト型のセラミクスであり、例えば、BaTiO、KNbO、NaNbO、LiNbO、LiTaO、AgNbO、BiCrO、BiMnO、BiCoO、BiNiO、(Bi0.5Na0.5)TiO、(Bi0.50.5)TiO、Bi(Zn0.5Ti0.5)Oである。これらの中から二種類以上固溶させてもよい。より好ましくはBiFeOとモルフォトロピック相境界(MPB)を形成しうるBaTiO、BiCoO、(Bi0.50.5)TiO、Bi(Zn0.5Ti0.5)Oである。
【0023】
xは0.3≦x≦1、好ましくは0.5≦x≦0.9である。
本発明に係る圧電セラミクスは、擬立方晶の表示で{110}面に配向を有することを特徴とする。
【0024】
なお、以後、結晶系を擬立方晶と見なした場合のミラー指数にcubicを追加する。擬立方晶とは、立方晶よりもわずかに歪んだ結晶格子を示している。例えば、擬立方晶の表示で{hkl}面に配向していることを(hkl)cubic配向と表記する。
【0025】
本発明に係るxBiFeO−(1−x)ABOからなる圧電セラミクスは(110)cubic配向していることを特徴とする。ここで(110)cubic配向しているとは、ロットゲーリング法による擬立方晶の表示で{110}面のロットゲーリングファクタFが10%以上100%以下、好ましくは15%以上100%以下であり、さらに好ましくは50%以上100%以下である。ロットゲーリングファクタFが10%より低いと実質的に無配向と特性に違いはないからである。
【0026】
ロットゲーリングファクタFの算出法は、対象とする結晶面から回折されるX線のピーク強度を用いて、式1により計算する。
F=(ρ−ρ)/(1−ρ) (式1)
ここで、ρは無配向のサンプルのX線回折強度(I)を用いて計算され、(110)cubic配向の場合、全回折強度の和に対する、{110}cubic面の回折強度の合計の割合として、式2により求める。
【0027】
ρ=ΣI{110}cubic/ΣI{hkl}cubic (式2)
ρは配向サンプルのX線の回折強度(I)を用いて計算され、(110)cubic配向の場合、全回折強度の和に対する、{110}cubic面の回折強度の合計の割合として、上式2と同様に式3により求める。
【0028】
ρ=ΣI{110}cubic/ΣI{hkl}cubic (式3)
セラミクスにドメインエンジニアリングを施すには、分極方向と配向方向が異なっている必要がある。BiFeOは結晶系が菱面体晶であり、分極方向は<111>cubic方向である。よって、(110)cubic配向しているxBiFeO−(1−x)ABOからなる圧電セラミクスを得る事ができれば、分極方向と配向方向が異なっているため、ドメインエンジニアリングに好適である。
【0029】
また、本発明の圧電セラミクスの厚みは50μm以上、好ましくは100μm以上である。
本発明に係る圧電素子は、上記のセラミクスと、前記セラミクスを挟持して設けられた一対の電極を有することを特徴とする。
前記電極が擬立方晶の表示で{110}配向面に平行に設けられていることが好ましい。
【0030】
また、本発明に係る圧電素子の製造方法は、上記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクス粉末を含むセラミクススラリーを得るスラリー工程と、前記セラミクススラリーを磁場中で成形して配向したセラミクス成形体を得る配向工程と、前記セラミクス成形体を焼成してセラミクス焼結体を得る焼成工程と、前記セラミクス焼結体を挟持して一対の電極を形成する電極形成工程とを有し、前記スラリー工程のセラミクス粉末にはBiFeOが30mol%以上固溶または混合されていることを特徴とする。
【0031】
以下、本発明に係る圧電素子の製造方法について説明する。
まず、スラリー工程で、xBiFeO−(1−x)ABOで表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクス粉末を含むセラミクススラリーを得る。
【0032】
スラリー工程は、セラミクス粉末を磁場配向させるために、セラミクス粉末を溶媒に分散してスラリーにする工程である。セラミクス粉末の平均粒径は磁場配向が容易になるように、50nm以上30μm以下、好ましくは100nm以上10μm以下であることが望ましい。磁場配向は磁場による配向エネルギがスラリー溶液のブラウン運動の熱エネルギよりも大きいことが必要である。磁場による配向エネルギは単位粒子の質量に比例し、熱エネルギは単位粒子の表面積に比例する。よって、セラミクス粉末の粒径が50nmよりも小さいと表面積に比例するブラウン運動の熱エネルギが支配的になるので、磁場配向が妨げられるため、望ましくない。一方、粒径が30μmよりも大きくなると焼結体の粒径サイズが大きくなり、機械的強度が低下するため、望ましくない。
【0033】
セラミクス粉末の形状は等方的であることが望ましく、例えば球状が望ましい。セラミクス粉末に異方性があると得られる成形体密度が低下し、焼結が困難になるため、焼結体の密度が低下するため、望ましくない。
【0034】
スラリーの分散材は、電気特性を悪化させないために、焼結により散逸することが望ましく、例えば、ポリカルボン酸アンモニウム塩が望ましい。
スラリーの溶媒は、水、エタノールが望ましい。
【0035】
スラリーの固形分濃度は30重量%以上90重量%以下であることが望ましい。スラリーの固形分濃度が90重量%より大きいとスラリーの分散状態が良くないため、磁場配向を阻害するので望ましくない。一方、固形分濃度が30重量%未満では成形工程で十分な成形体密度を得ることが出来ないので望ましくない。
【0036】
スラリーには分散材の他に成形体の強度を強くするためにバインダを添加してもよい。また、スラリーには焼結体の焼結を促す焼結助剤を添加してもよく、例えば、CuOなどが挙げられる。
【0037】
次に、配向工程により、前記セラミクススラリーを磁場中で成形して配向したセラミクス成形体を得る。配向工程はスラリー工程のスラリーに磁場をかけて成形することで、配向した成形体を得る工程である。
【0038】
一般的にペロブスカイト型の圧電セラミクスを磁場で配向させることは困難である。その理由は、磁場で配向させるためには磁気異方性が必要であるが、一般的なペロブスカイト型の圧電セラミクスは磁気異方性が非常に小さいためである。もし、一般的なペロブスカイト型の圧電セラミクスを磁場で配向できたとしても、ドメインエンジニアリングに好適であるように分極方向と配向方向を異なるようにすることはできない。というのは、一般的なペロブスカイト型の圧電セラミクスでは、分極方向と磁気異方性の方向が同一なので、磁場で配向させると分極方向に配向するからである。
【0039】
この磁場配向のメカニズムについて図6及び図7を用いて説明する。
図6は、BiFeOの分極方向とスピン方向を示す模式図である。BiFeOは強誘電性と反強磁性を共に有するマルチフェロイック材料である。図6に示すように、BiFeOの分極方向4が<111>cubic方向であるのに対し、電子スピンの方向は、BiFeOのFe原子のスピン方向5に示すように[110]cubic方向である。そのため、BiFeOの分極方向が<111>cubic方向だが、磁気異方性の方向は[110]cubic方向になるので、磁場をかけると(110)cubic配向する。このようにBiFeOでは、一般的なペロブスカイト型の圧電セラミクスとは違って、分極方向と磁場配向方向が異なるのである。
【0040】
次に、配向工程について説明する。
図7は、BiFeOとペロブスカイト型の圧電セラミクスが固溶または混合した場合の磁場配向プロセスを示す模式図である。図7において、6はBiFeOとペロブスカイト型の圧電セラミクスが固溶したセラミクス粉末、7はスラリー、8は磁場、9は磁場で配向しているスラリー、10はBiFeOの固溶したセラミクス粉末が配向した成形体、11はBiFeOのセラミクス粉末、12はペロブスカイト型の圧電セラミクスABOのセラミクス粉末、13は混合したセラミクス粉末が配向した成形体を示す。
【0041】
先ず、BiFeOがペロブスカイト型の圧電セラミクスABOと固溶していている場合の配向工程を説明する。
本発明者は鋭意検討した結果、BiFeOを30mol%以上含有すれば、磁場で配向させることが困難なペロブスカイト型の圧電セラミクスがドメインエンジニアリングに好適な(110)cubic配向することを見出した。
【0042】
この場合の磁場配向のプロセスを図7(a)に示す。
図7(a)は、BiFeOとペロブスカイト型の圧電セラミクスが固溶したセラミクス粉末の磁場配向プロセスの模式図である。図7(a)において、BiFeOとペロブスカイト型の圧電セラミクスABOを仮焼して、固溶させたセラミクス粉末6をスラリー7にする。このスラリー7に磁場8を印加すると、9に示すように、磁気異方性のためにスラリー中で配向する。この状態を維持して成形することで、配向した成形体10を得る。
【0043】
この場合の配向メカニズムを説明する。BiFeOの単位格子あたりの磁気異方性の大きさは、代表的なペロブスカイト型の圧電セラミクスであるBaTiOと比較して100倍程度大きい。よって、ペロブスカイト型の圧電セラミクスにBiFeOを固溶している場合、磁気異方性を大きくすることが出来るので、磁場で配向するようになる。しかし、BiFeOの含有量が30mol%未満になると磁気異方性が低下するため、磁場による配向エネルギよりもブラウン運動による熱エネルギの方が支配的になるため、著しく配向性が低下する。
【0044】
次に、BiFeOをペロブスカイト型の圧電セラミクスABOと混合している場合の配向工程の説明を行う。図7(b)は、BiFeOとペロブスカイト型の圧電セラミクスのセラミクス粉末を混合した場合の、磁場配向プロセスの模式図である。
【0045】
磁場配向のプロセスは、図7(b)に示す様に、BiFeO11とペロブスカイト型の圧電セラミクスABO12を混合し、スラリーを得る。その後、BiFeOがペロブスカイト型の圧電セラミクスABOと固溶していている場合と同様に磁場配向させ、配向した成形体13を得る。
【0046】
この場合の配向メカニズムを説明する。一般的なペロブスカイト型のセラミクスが1200℃から1500℃の高温で焼結するのに対し、BiFeOは800℃程度の低温で焼結するという易焼結性を有している。これは、BiFeOの粒成長速度が一般的なペロブスカイト型のセラミクスよりもかなり速いことを意味している。このため、BiFeOと一般的なペロブスカイト型セラミクスを混合し、磁場配向させた場合、図7(b)の成形体13のようにBiFeOしか(110)cubic配向しないが、焼結において、粒成長速度が一般的なペロブスカイト型の圧電セラミクスABOよりもかなり速いBiFeOの粒成長が支配的になるため、焼結体は(110)cubic配向する。しかし、BiFeOの含有量が30mol%未満になると、BiFeOの粒成長速度が速くても、多数を占める(110)cubic配向していないペロブスカイト型の圧電セラミクスの影響が著しく大きくなるため、配向度が低下する。
【0047】
また、混合する際のペロブスカイト型の圧電セラミクス粉末の平均粒径はBiFeO粉末の80%以下であることが望ましい。というのは、ペロブスカイト型の圧電セラミクス粉末の平均粒径はBiFeO粉の80%より大きいと磁場によるBiFeO粉末の配向を妨げるため、配向度が低下するためである。
【0048】
以上のメカニズムによりBiFeOを30mol%以上含有すれば磁場配向で(110)cubic配向した圧電セラミクスを得ることが出来る。
配向工程において、成形方法として、セラミクス粒子の磁場による回転を妨げない方法であればよく、好適な例としては、ドクターブレード法、鋳込み成形法や電気泳動法がある。鋳込み成形の型として、石膏型や多孔質アルミナ型を用いることが出来る。
【0049】
配向工程の磁場の強度は強ければ強いほど配向エネルギが高くなるので、0.5T以上であることが望ましい。より望ましくは1T以上であり、さらに望ましくは10T以上であり、12T未満である。
【0050】
次に、前記セラミクス成形体を焼成してセラミクス焼結体を得る焼成工程を行う。
焼結工程は、配向工程で得られた成形体を加熱し、焼結させる工程である。焼結温度は組成によって最適に選択すればよく、望ましい範囲は700℃から1500℃である。焼結体の平均粒径は50μm以下であることが望ましい。平均粒径が50μmよりも大きいと焼結体の機械的強度が低下する。焼結体の相対密度は80%以上、好ましくは85%以上、さらに好ましくは87%以上である。相対密度が80%よりも小さいと、焼結体の比誘電率が著しく低下し、機械的強度も低下するためである。
【0051】
前記セラミクス焼結体は、本発明の圧電セラミクスである。
次に、前記セラミクス焼結体からなる圧電セラミクスを挟持して一対の電極を形成する電極形成工程を行う。
【0052】
電極形成工程は、焼成工程で得られた焼結体を研磨し、電極を形成する工程である。研磨では、配向工程の磁場の方向を法線方向とする面を形成すればよく、例えば背面ラウエ法を用いて配向軸を出して研磨することが望ましい。このように研磨して、配向軸が出た面を形成することで配向度を高めることが出来る。鋳込み成形においては、石膏型との接触面は、セラミックの磁場配向が阻害されているので配向度が低いため、望ましくは50μm以上、さらに望ましくは100μm以上研磨すると良い。研磨後、電極は、スパッタ法または銀ペーストの焼き付けによって形成すればよい。電極材料としては、銀、金、白金等が好ましく、電極と圧電セラミクスの間にTi,TiO、Cr等の密着層があっても良い。
【0053】
また、前記配向工程における前記磁場の方向が、前記電極形成工程における前記電極の法線方向と同一であることが好ましい。図8を用いて、磁場の方向と電極の法線方向の位置関係を説明する。焼結体14に形成された一対の電極15の法線方向と磁場の方向16が図8に示すように同一であることが好ましい。
【実施例1】
【0054】
以下の実施例では一例として、ペロブスカイト型の圧電セラミクスABOとして、BaTiOを用いた。
実施例1
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、x=0.7の圧電セラミクスの作製を次のように行った。
【0055】
BiFeO粉末を次のようにして得た。酸化ビスマス及び酸化鉄粉末を等モル量秤量した後に、混合した。Biは蒸気圧が高く、Biが不足する可能性があるので、前述のモル比よりも過剰に加えることが望ましい。次に、混合物を、アルミナ製の坩堝で電気炉を用いて大気中、500℃から700℃で5時間仮焼した。その後、乳鉢で仮焼粉を粉砕した後、再度、電気炉を用いて大気中、500℃から700℃で5時間仮焼した。
【0056】
BaTiO粉末として、堺化学製BT01(平均粒子径100nm)を用いた。上記、BiFeO粉末とBaTiO粉末をx=0.7のモル比になるように秤量し、純水、分散材(サンノプコ社製ディスパーサント5020)、及びZrビーズをポットに入れ2時間以上混合した。混合後、減圧脱泡を行って、スラリーを得た。スラリーは粉の固形分濃度が60wt%で、分散材の濃度は固形分に対して2wt%になるようにした。
【0057】
配向処理には、超電導マグネット(JMTD−10T180:ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー(株)製)を用いた。超電導マグネットにより10Tの磁場を発生させた。成形は鋳込み成形により行った。鋳込み成形には石膏型を用いた。石膏型は上面が50mm×50mmで、高さが30mmの石膏の直方体の上面に、直径24mmで深さが10mmの円筒形の穴を上面に垂直にあけたものを用いた。磁場中で、この石膏型の円筒形の穴にスラリーを流し込んで、スラリーが乾燥するまで、磁場中に石膏型を静置した。石膏型は重力の方向と石膏型の上面が垂直になるように静置した。磁場は石膏型の上面に垂直方向に印加した。以上のようにスラリーを乾燥させて、円盤状の成形体を得た。
【0058】
本焼成は、電気炉を用いて、大気中、1030℃、5hの条件で成形体の焼成を行い、14mmΦで厚み1mmの圧電セラミクスの焼結体を得た。ここで、得られた焼結体の密度をアルキメデス法で評価を行った。また、得られた焼結体は、例えば背面ラウエ法を用いて{110}cubic面を出して、研磨することが望ましい。そして、研磨した(110)cubic配向した焼結体の研磨面に電極を形成すると、印加される電界ベクトルの前記圧電材料の(110)cubic配向方向の成分が増加するため、より良好な圧電特性を得ることが出来る。このように研磨して、焼結体のXRDによる構造解析を行い、{110}cubic面のロットゲーリングファクタを算出した。
【0059】
実施例2から5
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、実施例1と同様に焼結体の作成を表1に示した焼成温度でおこなった。
【0060】
比較例1、2
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、実施例1と同様に表1に示すような製造条件で焼結体を得た。
【0061】
比較例3から9
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、実施例1と同様だが、配向処理を行わないで、表1に示すような製造条件で焼結体を得た。
【0062】
実施例6
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、x=0.7の圧電セラミクスの作製をBiFeOとBaTiOを以下のように仮焼して固溶させたのちに配向工程を行って、製作した。
【0063】
酸化ビスマス及び酸化鉄粉末とBaTiOをx=0.7のモル比になるように秤量し、混合した。Biは蒸気圧が高く、Biが不足する可能性があるので、前述のモル比よりも過剰に加えることが望ましい。BaTiOとして堺化学製BT01(平均粒子径100nm)を用いた。その後、実施例1と同様に仮焼を行い、仮焼粉を得た。仮焼粉のSEM写真を図4に示す。仮焼粉の粒子径は300nmから6μmの範囲で分布しており、等方的な形状であることが分かる。この仮焼粉を実施例1と同様に純水に分散し、スラリーを得た。このスラリーを用いて、実施例1と同様に配向工程を行い、焼成し、研磨を行った。{110}cubic面のロットゲーリングファクタ及び密度は実施例1と同様に求めた。
【0064】
実施例7から9
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、実施例6と同様に焼結体の作成を表3に示した焼成温度でおこなった。
【0065】
比較例10、11
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、実施例6と同様に表3に示すような製造条件で焼結体を得た。
【0066】
比較例12から17
xBiFeO−(1−x)BaTiO(0≦x≦1)において、実施例6と同様だが、配向処理を行わないで、表3に示すような製造条件で焼結体を得た。
【0067】
配向焼結体である実施例1と無配向焼結体である比較例3のXRDの結果を図1に示す。図1(a)は実施例1のXRD、図1(b)は比較例3のXRDである。これらのXRDの結果から、実施例1の{110}cubic面のロットゲーリングファクタFを求めた。ロットゲーリングファクタF及び相対密度を表2に示す。
【0068】
配向焼結体の断面SEM写真を図5に示す。配向焼結体の平均粒径が6μmであることが分かる。
実施例2から5の{110}cubic面のロットゲーリングファクタFは実施例2から5のXRDの結果とそれぞれ比較例4から7のXRDの結果から求めた。表2には、これらのロットゲーリングファクタF及び相対密度、電界印加時(40kV/cm)の歪みを示す。
【0069】
比較例1から2の{110}cubic面のロットゲーリングファクタFは比較例1から2のXRDの結果とそれぞれ比較例8から9のXRDの結果から求めた。これらのロットゲーリングファクタF及び相対密度を表2に示す。
【0070】
実施例2のXRDの結果を図2に示す。図2から(110)cubic配向だけでなく、(211)cubic配向も含まれていた。
比較例1と比較例8のXRDの結果を図3に示す。図3(a)は比較例1のXRD、図3(b)は比較例8のXRDである。
【0071】
実施例1から5の{110}面に100nm厚の金電極を設けて本発明の圧電素子を得た。分極後、これらの圧電素子に40kV/cmの電界を印加した際の歪を調べた。歪の結果を表2に示す。
【0072】
比較例1から9に100nm厚の金電極を設けて圧電素子を得た。分極後、これらの圧電素子に40kV/cmの電界を印加した際の歪みを室温(25℃)にてレーザードップラー法で測定した。歪みの測定結果を表2に示す。
【0073】
実施例6から9の{110}cubic面のロットゲーリングファクタF、相対密度、及び歪を実施例1と同様に得た。結果を表4に示す。
比較例10から17の{110}cubic面のロットゲーリングファクタF、相対密度、及び歪を比較例1と同様に得た。結果を表4に示す。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】

【0076】
【表3】

【0077】
【表4】

【0078】
以上、表2から0.3≦x≦1の範囲で実施例1から5の{110}cubic面のロットゲーリングファクタFは10%を超え、相対密度が85%を超えていることが分かる。以上の結果から好ましいxの範囲が0.3≦x≦1であることが分かる。
【0079】
表2からそれぞれ実施例1から5と比較例3から7を比較すると歪は20%以上の上昇が確認された。特にx=0.5から0.9における歪の上昇率は、30%以上であった。よって、本発明の圧電セラミクスは(110)cubic配向により圧電性が向上する効果が有ることがわかる。比較例の焼結体は特定の配向を持たない多結晶体である。
【0080】
表4よりBiFeOとBaTiOを仮焼したのちに配向工程を行った場合であっても、実施例1から5と同様に0.3≦x≦1の範囲で実施例6から9の{110}cubic面のロットゲーリングファクタFは10%を超え、相対密度が85%を超えていることが分かる。以上の結果から好ましいxの範囲が0.3≦x≦1であることが分かる。
【0081】
表4から、それぞれ実施例6から9と比較例12から15を比較すると歪は20%以上の上昇が確認された。特にx=0.5から0.9における歪の上昇率は、30%以上であった。よって、本発明の圧電セラミクスは(110)cubic配向により圧電性が向上する効果が有ることがわかる。比較用の焼結体は特定の配向を持たない多結晶体である。
【0082】
表2と表4から、BiFeOとBaTiOを仮焼したのちに配向工程を行った方が、ロットゲーリングファクタF、相対密度、歪が高いので、より望ましいと言える。
x=0.5以上の組成においては、磁場を10Tから1Tに下げた場合でも同様に(110)cubic配向した圧電セラミクス及び圧電素子を得ることが出来た。
【0083】
実施例10
xBiFeO−(1−x)AgNbO(0≦x≦1)においてx=0.8の圧電セラミクスの作製を以下のように行った。
【0084】
実施例1と同様にBiFeOの仮焼粉を得た。
AgNbOの仮焼粉を以下のように得た。酸化第一銀と五酸化ニオブを銀とニオブが等モル量になるように秤量した後に、混合した。次に、混合物を、アルミナ製の坩堝で電気炉を用いて大気中、900℃から1000℃で4時間仮焼した。その後、乳鉢で仮焼粉を粉砕した後、再度、電気炉を用いて大気中、900℃から1000℃で7時間仮焼した。
【0085】
上記BiFeOの仮焼粉とAgNbOの仮焼粉をx=0.8のモル比になるように秤量し、実施例1と同様にスラリーを得た。スラリーは実施例1と同様に配向工程を行い、成形体を得た。獲得した成形体は実施例1と同様に焼成し、焼結体を得た。ただし、焼結温度は1000℃であった。実施例1と同様にXRDによる構造解析を行い、(110)cubic配向していることを確認した。{110}cubic面のロットゲーリングファクタFは66%であった。
【0086】
実施例11
xBiFeO−(1−x)BiCoO(0≦x≦1)においてx=0.9の圧電セラミクスの作製を以下のように行った。
【0087】
酸化ビスマス、酸化鉄粉末、及び、四三酸化コバルトをx=0.9のモル比になるように秤量し、混合した。Biは蒸気圧が高く、Biが不足する可能性があるので、前述のモル比よりも過剰に加えることが望ましい。その後、実施例1と同様に仮焼を行い、仮焼粉を得た。ただし、仮焼の温度は、600℃から800℃であった。この仮焼粉を実施例1と同様に純水に分散し、スラリーを得た。このスラリーを用いて、実施例1と同様に配向工程を行い、焼成した。ただし、焼成温度は850℃であった。実施例1と同様にXRDによる構造解析を行い、(110)cubic配向していることを確認した。{110}cubic面のロットゲーリングファクタFは71%であった。
【0088】
実施例10と11より前記一般式(1)のペロブスカイト型の圧電セラミクスABOとして、BaTiO以外の前述の材料を用いた場合も同様に(110)cubic配向圧電セラミクスを作製することが出来た。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明のセラミクスは、ドメインエンジニアリングに好適な擬立方晶の表示で{110}面に配向したBiFeOを含有するので、圧電素子、圧電センサに利用することができる。
【符号の説明】
【0090】
2 Bi原子
3 Fe原子
4 BiFeOの分極方向
5 BiFeOのFe原子のスピン方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクスであって、擬立方晶の表示で{110}面に配向していることを特徴とするセラミクス。
【化1】

(式中、A及びBは一種または複数の金属イオンで、Aは1価、2価または3価の金属イオン、Bは3価、4価または5価の金属イオンを表す。ただし、xは0.3≦x≦1である。)
【請求項2】
擬立方晶の表示で{110}面のロットゲーリングファクタFが10%以上100%以下であることを特徴とする請求項1記載のセラミクス。
【請求項3】
請求項1または2に記載のセラミクスと、前記セラミクスを挟持して設けられた一対の電極を有することを特徴とする圧電素子。
【請求項4】
前記電極が擬立方晶の表示で{110}配向面に平行に設けられている請求項3記載の圧電素子。
【請求項5】
下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型の酸化物からなるセラミクス粉末を含むセラミクススラリーを得るスラリー工程と、前記セラミクススラリーを磁場中で成形して配向したセラミクス成形体を得る配向工程と、前記セラミクス成形体を焼成してセラミクス焼結体を得る焼成工程と、前記セラミクス焼結体を挟持して一対の電極を形成する電極形成工程とを有し、前記スラリー工程のセラミクス粉末にはBiFeOが30mol%以上固溶または混合されていることを特徴とする圧電素子の製造方法。
【化2】

(式中、A及びBは一種または複数の金属イオンで、Aは1価、2価または3価の金属イオン、Bは3価、4価または5価の金属イオンを表す。ただし、xは0.3≦x≦1である。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−254560(P2010−254560A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−79562(P2010−79562)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度文部科学省元素戦略プロジェクトの委託研究の成果で、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】