説明

セラミックス被覆部材

【課題】電子ビーム物理蒸着を用いて、各皮膜間の界面の組成が連続的に変化する傾斜組成組織が形成され、遮熱特性、熱サイクル寿命に優れたセラミックス被覆部材を提供することを目的とする。
【解決手段】セラミックス被覆部材は、金属またはセラミックスからなる基材20に、少なくとも熱応力緩和層22、遮熱層23をこの順に積層して構成される。また、熱応力緩和層22と遮熱層23との境界部24とその近傍において、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム物理蒸着を用いて金属やセラミックス材料でコーティングされた被覆部材に係り、特に、産業用のガスタービンやジェットエンジン等において高温に晒される部材の耐熱性、耐酸化性、耐熱サイクル性等の向上が図られたセラミックス被覆部材に関する。
【背景技術】
【0002】
産業用のガスタービンやジェットエンジン等における動翼(ブレード)、静翼(ベーン)、燃焼器等の高温部材は、1000℃を超える燃焼ガスに晒される。一般に、これらの高温部材は、ニッケル基超合金と呼ばれる耐熱合金で作製されているが、1000℃を超えると急激に強度が低下する。そのため、これらの高温部材は、表面および裏面を空気や蒸気等の冷却媒体で冷却することにより950℃以下の温度に制御されている。しかしながら、燃焼ガス温度の高温化は、燃焼効率や発電効率の向上を図ることができるため、近年の産業用のガスタービンやジェットエンジン等の燃焼ガス温度は、1300℃、さらには1500℃と上昇の一途をたどっている。そのため、従来の冷却方法では、高温部材の温度を900℃以下に制御することが困難となっている。
【0003】
ここで、図8に、最新の産業用のガスタービンやジェットエンジンに用いられている動翼200の断面構造の一部を示す。また、図9に、遮熱コーティングの効果を示すための模式図を示す。
【0004】
図8に示すように、この動翼200は、耐熱金属部材210の表面に耐酸化性に優れた金属層220がコーティングされ、この金属層220の表面に熱伝導率が低く、遮熱特性に優れたセラミックス層230がコーティングされている。ここで、金属層220およびセラミックス層230が、遮熱コーティング層240として機能している。なお、セラミックス層230の表面は、燃焼ガスと接触し、耐熱金属部材210の遮熱コーティング層240とは反対側の表面は、冷却媒体に接触する。
【0005】
この動翼200において、図9に示すように、セラミックス層230で大きな温度勾配を持たせることにより、燃焼ガスの高温化に伴う金属基材の温度上昇を抑制している。なお、図9において、横軸は、図8に示した動翼200の、燃焼ガスと接触する表面から耐熱金属部材210方向への距離を示している。また、縦軸は、動翼200の温度を示している。このセラミックス層230に使用されるセラミックス材料としては、熱伝導率が小さく、かつ耐熱性に優れているものが好ましく、一般的には、酸化イットリウム(Y)で安定化された酸化ジルコニウム(ZrO)が広く用いられている。この酸化イットリウム安定化酸化ジルコニウムの熱伝導率は、2W/(m・K)程度であり、これは金属材料の熱伝導率の1/10〜1/100程度である。この酸化イットリウム安定化酸化ジルコニウムの熱伝導率は、セラミックス材料の中でも低熱伝導率の材料であるが、遮熱コーティングの際、プラズマ溶射を用いることにより皮膜中に多数の気孔を導入することで、熱伝導率を1.4W/(m・K)程度まで下げることが可能になっている。
【0006】
しかしながら、このような遮熱コーティング層240の表面は、酸化スケール等の固体粒子が高速で衝突するため、優れた耐磨耗性、耐エロージョン性が要求される。一方、金属層220の表面では、セラミックス層230の剥離の原因になる酸化層が成長するため、優れた耐酸化性も要求される。さらに、動翼200は、高温に長時間晒されるため、起動・停止に伴い金属層220とセラミックス層230との熱膨張差による熱応力が繰り返し発生する。そのため、セラミックス層230の剥離が加速されるので、熱応力の緩和も要求される。
【0007】
上記したように、動翼200などの高温部材に施される遮熱コーティングにおいては、様々な特性が要求されるため、単純な金属層とセラミックス層との組合せでは、上記した要求を満たすことが困難である。そこで、遮熱コーティング層を多層化することによって、各層の機能を分担させ、上記要求を満たすことが図られている。
【0008】
例えば、バリア層、熱ガス腐食防止層、保護層、熱バリア層、平滑層等の多層構造を備える金属部品が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。また、セラミックス層を高強度かつ高靭性を有するセラミックス層と高温安定を有するセラミックス層の2層構造を備えるガスタービン部材が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。さらに、密着促進層、応力緩和層、クラック進展防止層、表面耐食層等を備えるガスタービン用セラミック部品が開示されている(例えば、特許文献3参照。)。
【0009】
また、上記した従来の高温部品における皮膜は、溶射により形成されるものであるが、電子ビーム物理蒸着を用いて遮熱コーティング皮膜が形成された金属製部品も開示されている(例えば、特許文献4参照。)。この電子ビーム物理蒸着では、蒸発した被覆材料が基材上に成長して皮膜を形成するため、柱状のセラミックス組織が得られ、溶射する場合に比べて熱応力緩和性に優れている。
【0010】
ここで、図10に電子ビーム物理蒸着の概要を説明するための図を示す。また、図11Aには、溶射を用いて、2種類のセラミックス材料(A、B)について傾斜組成層を形成させた場合の、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度(セラミックス材料Aの濃度に対応)の変化を模式的に示す。また、図11Bには、電子ビーム物理蒸着を用いて、2種類のセラミックス材料(A、B)について傾斜組成層を形成させた場合の、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度(セラミックス材料Aの濃度に対応)の変化を模式的に示す。
【0011】
図10に示した電子ビーム物理蒸着では、2種類のインゴットである蒸発ターゲット250a、250bを準備し、電子ビーム260の出力を徐々に変えることにより蒸気270の蒸発量を制御して傾斜組成層を形成させる。そして、この電子ビーム物理蒸着で形成された傾斜組成層における、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度は、図11Bに示すように、凹凸の激しい強度分布となる。一方、溶射法で形成された傾斜組成層における、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度は、図11Aに示すように、階段状の強度分布となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−41358号公報
【特許文献2】特開2001−348655号公報
【特許文献3】特開2006−124226号公報
【特許文献4】特開2005−313644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記した多層皮膜において、各皮膜間の密着性、結晶構造の整合性、熱膨張差に起因する熱応力を緩和することが重要となり、そのためには、各皮膜間の界面の組成が連続的に変化する傾斜組成組織となることが理想的である。
【0014】
従来の遮熱コーティング法である溶射では、溶射する粉末の配合比を段階的に変えることにより傾斜組成化が図られ、組成を変える毎に溶射粉末を入れ替える必要がある。そのため、上記したように、傾斜組成層における、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度は、階段状の強度分布となり、連続的に組成を変化させることはできなかった。
【0015】
また、従来の電子ビーム物理蒸着では、電子ビーム出力に対する蒸発ターゲットの蒸発蒸気量が必ずしも一定ではなく、また、双方の蒸発ターゲットの蒸発において時間的なずれも発生する。そのため上記したように、傾斜組成層における、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度は、凹凸の激しい強度分布となり、連続的に組成を変化させることはできなかった。
【0016】
そこで、本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、電子ビーム物理蒸着を用いて、各皮膜間の界面の組成が連続的に変化する傾斜組成組織が形成され、遮熱特性、熱サイクル寿命に優れたセラミックス被覆部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するために、本発明の一態様によれば、電子ビーム物理蒸着により、金属またはセラミックスからなる基材に、少なくとも熱応力緩和層、遮熱層をこの順に積層して構成されたセラミックス被覆部材であって、前記熱応力緩和層と前記遮熱層との境界層において、前記熱応力緩和層から前記遮熱層に向かって、前記熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、前記遮熱層を形成する第2のセラミックス材料の濃度が連続して増加することを特徴とするセラミックス被覆部材が提供される。
【0018】
このセラミックス被覆部材によれば、熱応力緩和層と遮熱層との間は、熱応力緩和層から遮熱層に向かって、熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、遮熱層を形成する第2のセラミックス材料の濃度が連続して増加する傾斜組成層となる。これによって、異種材料の皮膜の接触部における熱応力の集中が緩和され、熱サイクル特性を向上させることができる。
【0019】
また、本発明の一態様によれば、電子ビーム物理蒸着により、金属またはセラミックスからなる基材に、少なくとも酸素バリア層、熱応力緩和層、遮熱層をこの順に積層して構成されたセラミックス被覆部材であって、前記酸素バリア層と前記熱応力緩和層との境界層において、前記酸素バリア層から前記熱応力緩和層に向かって、前記酸素バリア層を形成する第3のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、前記熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して増加し、かつ前記熱応力緩和層と前記遮熱層との境界層において、前記熱応力緩和層から前記遮熱層に向かって、前記熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、前記遮熱層を形成する第2のセラミックス材料の濃度が連続して増加することを特徴とするセラミックス被覆部材が提供される。
【0020】
このセラミックス被覆部材によれば、酸素バリア層と熱応力緩和層との間は、酸素バリア層から熱応力緩和層に向かって、酸素バリア層を形成する第3のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して増加する傾斜組成層となる。さらに、熱応力緩和層と遮熱層との間は、熱応力緩和層から遮熱層に向かって、熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、遮熱層を形成する第2のセラミックス材料の濃度が連続して増加する傾斜組成層となる。これによって、異種材料の皮膜の接触部における熱応力の集中が緩和され、熱サイクル特性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、電子ビーム物理蒸着を用いて、各皮膜間の界面の組成が連続的に変化する傾斜組成組織が形成され、遮熱特性、熱サイクル寿命に優れたセラミックス被覆部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】第1の実施の形態のセラミックス被覆部材の断面を示した図である。
【図2】セラミックス被覆部材を製造するための電子ビーム物理蒸着の概要を示す断面図である。
【図3】第2の実施の形態のセラミックス被覆部材の断面を示した図である。
【図4】セラミックス被覆部材を製造するための電子ビーム物理蒸着の概要を示す断面図である。
【図5】実施例3で試験片3の断面をSEMにより観察した反射電子像を示す図である。
【図6】実施例3で実施した、試験片3における境界部とその近傍の元素分布測定の結果を示す図である。
【図7】酸化ジルコニウムインゴットと酸化ハフニウムインゴットとの接触面が柱状の積層体の中心軸に対してなす角度θと、その角度のインゴットを用いたときに形成される傾斜組成層の厚さとの関係を示す図である。
【図8】最新の産業用のガスタービンやジェットエンジンに用いられる動翼の断面構造の一部を示す図である。
【図9】遮熱コーティングの効果を示すための模式図である。
【図10】電子ビーム物理蒸着の概要を説明するための図である。
【図11A】溶射法を用いて、2種類のセラミックス材料(A、B)について傾斜組成層を形成させた場合の、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度の変化を模式的に示す図である。
【図11B】電子ビーム物理蒸着を用いて、2種類のセラミックス材料(A、B)について傾斜組成層を形成させた場合の、セラミックス材料A層とセラミックス材料B層の界面近傍における膜厚方向の特性X線強度の変化を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一実施の形態について図面を参照して説明する。
【0024】
(第1の実施の形態)
図1は、第1の実施の形態のセラミックス被覆部材10の断面を示した図である。
【0025】
図1に示すように、セラミックス被覆部材10は、基材20と、この基材20に積層された酸化防止層21と、この酸化防止層21に積層された熱応力緩和層22と、この熱応力緩和層22に積層された遮熱層23とを備える。
【0026】
また、熱応力緩和層22と遮熱層23との境界部24とその近傍においては、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成するセラミックス材料の濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成するセラミックス材料の濃度が連続的に増加する構成となっている。この境界部24とその近傍は、境界層として機能する。
【0027】
基材20は、例えば、Ni基超合金などの耐熱金属材料や、窒化珪素などのセラミックス材料で構成される。基材20として、例えば、産業用のガスタービンやジェットエンジン等において高温ガスに晒される部材などが挙げられるが、これらに限られるものではなく、セラミックスコーティングを必要とする高温部材であればよい。
【0028】
酸化防止層21は、基材20表面における酸化物の生成を抑制し、熱応力緩和層22との接合性を向上させる皮膜であり、耐食性、耐酸化性、耐クッラク性に優れた金属材料で構成される。この酸化防止層21は、例えば、Cr、AlおよびYが所定の割合で添加された、Ni基合金、Co基合金、Ni−Co基合金などで構成される。また、酸化防止層21は、プラズマ溶射等により基材20の表面に形成される。
【0029】
熱応力緩和層22は、遮熱層23の熱膨張係数よりも大きな熱膨張係数を有するセラミックス材料からなる皮膜である。この皮膜を形成するセラミックス材料として、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO)を主成分とする安定化酸化ジルコニウム系セラミックス材料が用いられる。また、酸化ジルコニウムには、安定化剤として、例えば、イットリア(Y)、セリア(Ce)などの希土類元素の酸化物が添加される。
【0030】
遮熱層23は、耐熱性に優れ、低熱伝導率のセラミックス材料からなる皮膜である。この皮膜を形成するセラミックス材料として、例えば、酸化ハフニウム(HfO)を主成分とする安定化酸化ハフニウム系セラミックス材料が用いられる。また、酸化ハフニウムにも、安定化剤として、例えば、イットリア(Y)、セリア(Ce)などの希土類元素の酸化物が添加される。
【0031】
また、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍では、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する構成となっている。すなわち、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍では、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの濃度が厚さ方向に連続的に変化する傾斜組成層を形成している。ここで、例えば熱応力の発生を考慮すると、この傾斜組成層の厚さは、熱応力緩和層22と遮熱層23とからなるセラミックス層の厚さの1/4程度であることが好ましい。一方、遮熱特性を考慮すると、この傾斜組成層の厚さは、熱応力緩和層22と遮熱層23とからなるセラミックス層の厚さの1/2程度であることが好ましい。なお、傾斜組成層の厚さは、これに限られるものではなく、基材20の要求に応じて適宜設定される。
【0032】
次に、セラミックス被覆部材10の製造方法について、図2を参照して説明する。
【0033】
図2は、セラミックス被覆部材10を製造するための電子ビーム物理蒸着(EB−PVD:Electron-Beam Physical Vapor Deposition)の概要を示す断面図である。
【0034】
まず、基材20の表面に、プラズマ溶射等により、上記した金属材料からなる酸化防止層21を形成する。
【0035】
続いて、この酸化防止層21上に形成される熱応力緩和層22および遮熱層23は、電子ビーム物理蒸着により形成される。以下に、これらの熱応力緩和層22および遮熱層23を形成する方法について具体的に説明する。
【0036】
この電子ビーム物理蒸着では、真空中においてセラミックスで形成されたインゴット40に電子ビーム45を照射し、インゴット表面を溶解して蒸発蒸気46とし、高温に加熱された酸化防止層21の表面にセラミックスコーティングを施す。なお、この際、酸化防止層21の表面に均一にセラミックスコーティングできるように、図2に示すように、基材20の中心軸を回転軸として基材20を所定方向に一定速度で回転させる構成となっている。なお、例えば、この方法でセラミックスコーティングする場合、一般的に、100μm/h(1時間にコーティングされる厚さ)程度のコーティング速度で、200〜300μmの厚さにコーティングされる。一方、基材20の回転速度は10rpm(1分間の回転数)程度に設定される。すなわち、1回転当りにコーティングされる厚さは、0.17μm程度となり、基材20を回転させてコーティングする場合でも、基材20の箇所に関わらず、良好な傾斜組成層を形成することができる。
【0037】
インゴット40は、水冷ルツボ50の中に、始めに蒸発する側が酸化ジルコニウムインゴット41となるように、酸化ジルコニウムインゴット41および酸化ハフニウムインゴット42が柱状に積層して配置されている。また、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度θを有して構成されている。
【0038】
ここで、所定の角度θは、45〜85度であることが好ましい。この所定の角度θが好ましいのは、45度を下回る場合には、傾斜組成層の厚さが必要以上に厚くなる。すなわち、皮膜全体の厚さが厚くなり成膜時間も長く、皮膜が剥離しやすくなる。また予め皮膜全体の厚さを決められている場合には、必要とする遮熱層の厚さが薄くなってしまう。一方、85度を越える場合には、接触面に角度を設けた効果が損なわれ、連続傾斜組成が形成されなくなる。
【0039】
上記したように、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面を柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度θを有して構成することで、この部分が蒸発蒸気46となる際に、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの双方の成分を含む組成の蒸発蒸気46を形成することができる。この所定の角度θを有する部分のインゴット40が蒸発する際における蒸発蒸気46の成分組成は、酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する。これによって、熱応力緩和層22と遮熱層23との間に、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する傾斜組成層が形成される。
【0040】
また、上記した所定の角度θを調整することで、傾斜組成層の厚さや、傾斜組成層における酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの濃度勾配を調整することができる。さらに、このインゴット40において、この所定の角度θで接触している部分以外の酸化ジルコニウムインゴット41または酸化ハフニウムインゴット42の積層量を調整することで、熱応力緩和層22または遮熱層23の厚さを調整することができる。また、コーティングする基材20に要求される、例えば熱サイクル寿命、遮熱特性、耐熱衝撃等の特性に応じて、適宜、インゴット40における所定の角度θや、この所定の角度θで接触している部分以外の酸化ジルコニウムインゴット41または酸化ハフニウムインゴット42の積層量を調整して、コーティングを施すことができる。
【0041】
上記したように、第1の実施の形態のセラミックス被覆部材10によれば、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍を、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する傾斜組成層とすることができる。これによって、異種材料の皮膜の接触部における熱応力の集中が緩和され、熱サイクル特性を著しく向上させることができる。
【0042】
また、セラミックス被覆部材10において、表面を耐熱性に優れた低熱伝導率の酸化ハフニウムからなる遮熱層23で構成し、この遮熱層23に積層させ、金属層側を酸化ハフニウムよりも熱膨張率が大きい低熱伝導率の酸化ジルコニウムからなる熱応力緩和層22で構成することにより、高温で長時間使用した場合においても優れた遮熱特性を維持することが可能となる。
【0043】
また、上記した傾斜組成層(境界部24とその近傍)を有するセラミックス被覆部材10は、電子ビーム物理蒸着において、始めに蒸発する側が酸化ジルコニウムインゴット41となるように、酸化ジルコニウムインゴット41および酸化ハフニウムインゴット42が柱状に積層して配置され、かつ酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度θを有するように構成されたインゴット40を用いることで製造することができる。
【0044】
(第2の実施の形態)
図3は、第2の実施の形態のセラミックス被覆部材60の断面を示した図である。なお、第1の実施の形態のセラミックス被覆部材10の構成と同一の構成部分には同一の符号を付して、重複する説明を省略または簡略する。
【0045】
図3に示すように、セラミックス被覆部材60は、基材20と、この基材20に積層された酸化防止層21と、この酸化防止層21に積層された酸素バリア層70と、この酸素バリア層70に積層された熱応力緩和層22と、この熱応力緩和層22に積層された遮熱層23とを備える。
【0046】
また、酸素バリア層70と熱応力緩和層22との境界部71とその近傍は、酸素バリア層70から熱応力緩和層22に向かって、酸素バリア層70を形成するセラミックス材料の濃度が連続的に減少するとともに、熱応力緩和層22を形成するセラミックス材料の濃度が連続的に増加する構成となっている。さらに、熱応力緩和層22と遮熱層23との境界部24とその近傍は、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成するセラミックス材料の濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成するセラミックス材料の濃度が連続的に増加する構成となっている。この境界部71とその近傍は、境界層として機能する。
【0047】
酸素バリア層70は、酸化防止層21側への外部からの酸素の透過防止性に優れ、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムを主成分とするセラミックス材料および遮熱層23を形成する酸化ハフニウムを主成分とするセラミックス材料よりも大きな熱膨張係数を有するセラミックス材料からなる皮膜である。この皮膜を形成するセラミックス材料として、例えば、酸化アルミニウム(Al)を主成分とする安定化酸化アルミニウム系セラミックス材料が用いられる。
【0048】
また、酸素バリア層70と熱応力緩和層22との境界部71とその近傍は、酸素バリア層70から熱応力緩和層22に向かって、酸素バリア層70を形成する酸化アルミニウムの濃度が連続的に減少するとともに、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に増加する構成となっている。すなわち、酸素バリア層70と熱応力緩和層22との境界部71とその近傍は、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムの濃度が厚さ方向に連続的に変化する傾斜組成層を形成している。さらに、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍は、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する構成となっている。すなわち、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍は、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの濃度が厚さ方向に連続的に変化する傾斜組成層を形成している。
【0049】
次に、セラミックス被覆部材60の製造方法について、図4を参照して説明する。
【0050】
図4は、セラミックス被覆部材60を製造するための電子ビーム物理蒸着の概要を示す断面図である。
【0051】
まず、基材20の表面に、プラズマ溶射等により、上記した金属材料からなる酸化防止層21を形成する。
【0052】
続いて、この酸化防止層21上に形成される、酸素バリア層70、熱応力緩和層22および遮熱層23は、電子ビーム物理蒸着により形成される。以下に、これらの酸素バリア層70、熱応力緩和層22および遮熱層23を形成する方法について、さらに詳細に説明する。
【0053】
この電子ビーム物理蒸着では、真空中においてセラミックスで形成されたインゴット65に電子ビーム45を照射し、インゴット表面を溶解して蒸発蒸気67とし、高温に加熱された酸化防止層21の表面にセラミックスコーティングを施す。なお、この際、酸化防止層21の表面に均一にセラミックスコーティングできるように、図4に示すように、基材20の中心軸を回転軸として基材20を所定方向に一定速度で回転させる構成となっている。
【0054】
インゴット65は、水冷ルツボ50の中に、始めに蒸発する側が酸化アルミニウムインゴット66となるように、酸化アルミニウムインゴット66、酸化ジルコニウムインゴット41および酸化ハフニウムインゴット42が、この順に柱状に積層して配置されている。また、酸化アルミニウムインゴット66と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面、および酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、それぞれ柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度θ、γを有して構成されている。
【0055】
ここで、所定の角度θおよび所定の角度γは、それぞれ45〜85度であることが好ましい。この所定の角度θ、γが好ましいのは、45度を下回る場合には、傾斜組成層が厚くなり、85度を越える場合には、接触面に角度を設けた効果が損なわれ、連続傾斜組成が形成されなくなる。なお、傾斜組成層の熱伝導率は高いため、傾斜組成層は薄い方が望ましい。
【0056】
上記したように、酸化アルミニウムインゴット66と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面を柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度γを有して構成することで、この部分が蒸発蒸気67となる際に、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムの双方の成分を含む組成の蒸発蒸気67を形成することができる。この所定の角度γを有する部分のインゴット65が蒸発する際における蒸発蒸気67の成分組成は、酸化アルミニウムの濃度が連続的に減少するとともに、酸化ジルコニウムの濃度が連続的に増加する。これによって、酸素バリア層70と熱応力緩和層22との間に、酸素バリア層70から熱応力緩和層22に向かって、酸素バリア層70を形成する酸化アルミニウムの濃度が連続的に減少するとともに、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に増加する傾斜組成層が形成される。
【0057】
また、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面を柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度θを有して構成することで、この部分が蒸発蒸気67となる際に、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの双方の成分を含む組成の蒸発蒸気67を形成することができる。この所定の角度θを有する部分のインゴット65が蒸発する際における蒸発蒸気67の成分組成は、酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する。これによって、熱応力緩和層22と遮熱層23との間に、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する傾斜組成層が形成される。
【0058】
また、上記した所定の角度θ、γを調整することで、傾斜組成層の厚さや、傾斜組成層における、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムの濃度勾配や、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの濃度勾配を調整することができる。さらに、このインゴット65において、この所定の角度θ、γで接触している部分以外の各インゴット41、42、66の積層量を調整することで、酸素バリア層70、熱応力緩和層22および遮熱層23の厚さを調整することができる。また、コーティングする基材20に要求される、例えば熱サイクル寿命、遮熱特性、耐熱衝撃等の特性に応じて、適宜、インゴット40における所定の角度θ、γや、この所定の角度θ、γで接触している部分以外の酸化アルミニウムインゴット66、酸化ジルコニウムインゴット41または酸化ハフニウムインゴット42の積層量を調整して、コーティングを施すことができる。
【0059】
上記したように、第2の実施の形態のセラミックス被覆部材60によれば、酸素バリア層70と熱応力緩和層22の境界部71とその近傍を、酸素バリア層70から熱応力緩和層22に向かって、酸素バリア層70を形成する酸化アルミニウムの濃度が連続的に減少するとともに、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に増加する傾斜組成層とすることができる。これによって、異種材料の皮膜の接触部における熱応力の集中が緩和され、熱サイクル特性を著しく向上させることができる。
【0060】
また、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍を、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度が連続的に増加する傾斜組成層とすることができる。これによって、異種材料の皮膜の接触部における熱応力の集中が緩和され、熱サイクル特性を著しく向上させることができる。
【0061】
また、セラミックス被覆部材10において、表面を耐熱性に優れた低熱伝導率の酸化ハフニウムからなる遮熱層23で構成し、この遮熱層23の金属層側に、酸化ハフニウムよりも熱膨張率が大きい低熱伝導率の酸化ジルコニウムからなる熱応力緩和層22を構成し、さらにこの熱応力緩和層22の金属層側に、酸化ジルコニウムよりも熱膨張率が大きい酸化アルミニウムからなる酸素バリア層70を構成することにより、高温で長時間使用した場合においても優れた遮熱特性を維持し、かつ、優れた熱サイクル特性を有する。
【0062】
また、上記した傾斜組成層(各境界部24、71とその近傍)を有するセラミックス被覆部材60は、電子ビーム物理蒸着において、始めに蒸発する側が酸化アルミニウムインゴット66となるように、酸化アルミニウムインゴット66、酸化ジルコニウムインゴット41および酸化ハフニウムインゴット42が、この順に柱状に積層して配置され、かつ酸化アルミニウムインゴット66と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面、および酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、それぞれ柱状の積層体の中心軸に対して所定の角度θ、γを有するように構成されたインゴット65を用いることで製造することができる。
【0063】
次に、上記した、セラミックスからなる各インゴットの接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して45〜85度を有して構成されるインゴットを用いてセラミックスコーティングされた本発明に係るセラミックス被覆部材が、優れた熱サイクル特性を有することを説明する。
【0064】
(実施例1)
実施例1で用いる試験片1の作製方法について、図2に示した、セラミックス被覆部材10を製造するための電子ビーム物理蒸着の概要を示す断面図を参照して説明する。
【0065】
まず、直径が2.54cm(1インチ)、厚さが5mmのNi基超合金からなる円盤状の基材20の表面に、プラズマ溶射により耐食性および耐酸化性に優れたNi−Co基合金からなる厚さが100μm程度の皮膜である酸化防止層21を形成した。
【0066】
この酸化防止層21が形成された基材20を電子ビーム物理蒸着装置の真空チャンバー内に円盤状の基材20の中心を回転軸として回転可能に装着した。ここでは、基材20を10rpm程度で回転させた。また、真空チャンバー内の水冷ルツボ50の中に、始めに蒸発する側が酸化ジルコニウムインゴット41となるように、酸化ジルコニウムインゴット41および酸化ハフニウムインゴット42を柱状に積層して配置した。この際、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して85度となるように形成した。
【0067】
このインゴット40を用いて、上記した真空チャンバー内を真空にした後、電子ビーム45を水冷ルツボ50内に挿入されたインゴット40の酸化ジルコニウムインゴット41の表面に照射し、酸化ジルコニウムを溶融して蒸発蒸気46とし、酸化防止層21の表面に酸化ジルコニウムからなる熱応力緩和層22を形成した。続いて、インゴット40が徐々に溶融して蒸発し、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面を含む領域に達し、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの双方を含む蒸発蒸気46を発生し、熱応力緩和層22と遮熱層23の境界部24とその近傍に傾斜組成層を形成した。上記した、熱応力緩和層22および傾斜組成層の形成過程において、基材20の温度を850〜900℃に保持した。
【0068】
さらに、インゴット40が溶融して蒸発し、酸化ハフニウムインゴット42のみからなる領域に達し、酸化ハフニウムを溶融して蒸発蒸気46とし、酸化ハフニウムからなる遮熱層23を形成した。この遮熱層23の形成過程において、基材20の温度を900〜950℃に保持した。
【0069】
そして、酸化ハフニウムインゴット42が完全に蒸発して消耗する直前に電子ビーム45を停止させた。
【0070】
上記した電子ビーム物理蒸着において形成された、熱応力緩和層22の厚さは200μm程度であり、境界部24とその近傍に形成された傾斜組成層の厚さは24μm程度であり、遮熱層23の厚さは100μm程度であった。
【0071】
上記した方法で作製された試験片1を用いて、熱サイクル試験を実施した。熱サイクル試験は、温度を1100℃に保持した電気炉内に試験片1を30分間放置して加熱し、その後、温度が100℃になるまで大気中に放置した。続いて、温度が100℃になった試験片1を、再び電気炉内に30分間放置して加熱し、その後、温度が100℃になるまで大気中に放置した。このように、加熱および冷却を繰り返し、試験片1のセラミックスからなる層が剥離するまでの繰り返し回数を測定した。
【0072】
ここで、表1に熱サイクル試験の結果を示す。なお、表1の白丸および黒丸の数が同じ条件で熱サイクル試験を実施した回数を意味する。また、白丸は、対応する繰り返し回数において損傷が生じなかったことを意味し、黒丸は、対応する繰り返し回数において剥離または局部的な膨れが生じたことを意味する。
【0073】
【表1】

【0074】
表1に示すように、試験片1においては、繰り返し回数が100回のときに、同じ条件で実施した2つの試験片1のうち、一方に損傷(皮膜の剥離)が発生した。また、繰り返し回数が125回のときに、損傷(皮膜の剥離)が発生した。
【0075】
(実施例2)
実施例2で用いられる試験片2は、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して80度となるように形成されたインゴット40を用いた以外は、実施例1における試験片1の作製方法と同じ方法で作製された。
【0076】
また、作製された試験片2において、熱応力緩和層22の厚さは200μm程度であり、境界部24とその近傍に形成された傾斜組成層の厚さは36μm程度であり、遮熱層23の厚さは100μm程度であった。また、熱サイクル試験の方法および測定条件は、実施例1における試験方法および測定条件と同じである。
【0077】
表1に示すように、試験片2においては、繰り返し回数が125回のときに、同じ条件で実施した2つの試験片1のうち、一方に損傷(皮膜の剥離)が発生した。また、繰り返し回数が150回のときに、損傷(皮膜の剥離)が発生した。
【0078】
(実施例3)
実施例3で用いられる試験片3は、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して75度となるように形成されたインゴット40を用いた以外は、実施例1における試験片1の作製方法と同じ方法で作製された。
【0079】
また、作製された試験片3において、熱応力緩和層22の厚さは200μm程度であり、境界部24とその近傍に形成された傾斜組成層の厚さは50μm程度であり、遮熱層23の厚さは100μm程度であった。また、熱サイクル試験の方法および測定条件は、実施例1における試験方法および測定条件と同じである。
【0080】
表1に示すように、試験片3においては、繰り返し回数が200回のときに、同じ条件で実施した2つの試験片1のうち、一方に損傷(皮膜の剥離)が発生した。
【0081】
また、試験片3の断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて観察した。さらに、EPMA(Electron prove micro analyzer)を用いて、試験片3における境界部24とその近傍の元素分布測定を実施した。これらの観察および元素分布測定の結果は後述する。
【0082】
(実施例4)
実施例4で用いる試験片4の作製方法について、図3に示した、セラミックス被覆部材60を製造するための電子ビーム物理蒸着の概要を示す断面図を参照して説明する。
【0083】
まず、直径が2.54cm(1インチ)、厚さが5mmのNi基超合金からなる円盤状の基材20の表面に、プラズマ溶射により耐食性および耐酸化性に優れたNi−Co基合金からなる厚さが100μm程度の皮膜である酸化防止層21を形成した。
【0084】
この酸化防止層21が形成された基材20を電子ビーム物理蒸着装置の真空チャンバー内に円盤状の基材20の中心を回転軸として回転可能に装着した。ここでは、基材20を10rpm程度で回転させた。また、真空チャンバー内の水冷ルツボ50の中に、始めに蒸発する側が酸化アルミニウムインゴット66となるように、酸化アルミニウムインゴット66、酸化ジルコニウムインゴット41および酸化ハフニウムインゴット42を、この順に柱状に積層して配置した。この際、酸化アルミニウムインゴット66と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面、および酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、それぞれ柱状の積層体の中心軸に対して85度となるように形成した。
【0085】
このインゴット65を用いて、上記した真空チャンバー内を真空にした後、電子ビーム45を水冷ルツボ50内に挿入されたインゴット65の酸化アルミニウムインゴット66の表面に照射し、酸化アルミニウムを溶融して蒸発蒸気67とし、酸化防止層21の表面に酸化アルミニウムからなる酸素バリア層70を形成した。続いて、インゴット65が徐々に溶融して蒸発し、酸化アルミニウムインゴット66と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面を含む領域に達し、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムの双方を含む蒸発蒸気67を発生し、傾斜組成層を境界部71とその近傍に形成した。上記した、酸素バリア層70および傾斜組成層の形成過程において、基材20の温度を600〜800℃に保持した。
【0086】
さらにインゴット65が溶融して蒸発し、酸化ジルコニウムインゴット41のみからなる領域に達し、酸化ジルコニウムを溶融して蒸発蒸気67とし、酸化ジルコニウムからなる熱応力緩和層22を形成した。続いて、インゴット40が徐々に溶融して蒸発し、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面を含む領域に達し、酸化ジルコニウムおよび酸化ハフニウムの双方を含む蒸発蒸気67を発生し、傾斜組成層を境界部24とその近傍に形成した。上記した、熱応力緩和層22および傾斜組成層の形成過程において、基材20の温度を700〜900℃に保持した。
【0087】
さらに、インゴット65が溶融して蒸発し、酸化ハフニウムインゴット42のみからなる領域に達し、酸化ハフニウムを溶融して蒸発蒸気67とし、酸化ハフニウムからなる遮熱層23を形成した。この遮熱層23の形成過程において、基材20の温度を750〜950℃に保持した。
【0088】
そして、酸化ハフニウムインゴット42が完全に蒸発して消耗する直前に電子ビーム45を停止させた。
【0089】
上記した電子ビーム物理蒸着において形成された、酸素バリア層70の厚さは20μm程度であり、熱応力緩和層22の厚さは200μm程度であり、傾斜組成層の厚さは24μm程度であり、遮熱層23の厚さは100μm程度であった。
【0090】
上記した方法で作製された試験片4を用いて、熱サイクル試験を実施した。なお、熱サイクル試験の方法および測定条件は、実施例1における試験方法および測定条件と同じである。
【0091】
表1に示すように、試験片4においては、繰り返し回数が200回のとなっても損傷は生じなかった。
【0092】
(比較例1)
比較例1で用いられる試験片5は、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して90度となるように形成されたインゴット40を用いた以外は、実施例1における試験片1の作製方法と同じ方法で作製された。ここで、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して90度となるとは、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が水平となっていることを意味する。
【0093】
また、作製された試験片5において、熱応力緩和層22の厚さは100μm程度であり、遮熱層23の厚さは100μm程度であった。また、熱サイクル試験の方法および測定条件は、実施例1における試験方法および測定条件と同じである。
【0094】
表1に示すように、試験片5においては、繰り返し回数が30回のときに、同じ条件で実施した2つの試験片1のうち、一方に損傷(皮膜の剥離)が発生した。また、繰り返し回数が75回のときに、損傷(皮膜の剥離)が発生した。
【0095】
(比較例2)
比較例2で用いられる試験片6は、実施例1で用いたインゴット40の酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との位置を逆にしたインゴットを用いて作製された。すなわち、試験片6は、水冷ルツボ50の中に、始めに蒸発する側が酸化ハフニウムインゴット42となるように、酸化ハフニウムインゴット42および酸化ジルコニウムインゴット41を柱状に積層して配置されたインゴットを用いて作製された。なお、酸化ハフニウムインゴット42と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対して85度となるようにインゴットを形成した。
【0096】
このインゴットを用いて、上記した真空チャンバー内を真空にした後、電子ビーム45を水冷ルツボ50内に挿入されたインゴットの酸化ハフニウムインゴット42の表面に照射し、酸化ハフニウムを溶融して蒸発蒸気46とし、酸化防止層21の表面に酸化ハフニウムからなる皮膜層を形成した。続いて、インゴットが徐々に溶融して蒸発し、酸化ハフニウムインゴット42と酸化ジルコニウムインゴット41との接触面を含む領域に達し、酸化ハフニウムおよび酸化ジルコニウムの双方を含む蒸発蒸気46を発生し、傾斜組成層を境界部24とその近傍に形成した。上記した、皮膜層および傾斜組成層の形成過程において、基材20の温度を750〜950℃に保持した。
【0097】
さらにインゴットが溶融して蒸発し、酸化ジルコニウムインゴット41のみからなる領域に達し、酸化ジルコニウムを溶融して蒸発蒸気46とし、酸化ジルコニウムからなる皮膜層を形成した。この皮膜層の形成過程において、基材20の温度を700〜900℃に保持した。
【0098】
そして、酸化ジルコニウムインゴット41が完全に蒸発して消耗する直前に電子ビーム45を停止させた。
【0099】
上記した電子ビーム物理蒸着において形成された、酸化ハフニウムからなる皮膜層の厚さは100μm程度であり、傾斜組成層の厚さは24μm程度であり、酸化ジルコニウムからなる皮膜層の厚さは200μm程度であった。
【0100】
上記した方法で作製された試験片6を用いて、熱サイクル試験を実施した。なお、熱サイクル試験の方法および測定条件は、実施例1における試験方法および測定条件と同じである。
【0101】
表1に示すように、試験片6においては、繰り返し回数が10回で、同じ条件で実施した2つの試験片の双方に損傷(皮膜の剥離)が発生した。
【0102】
(実施例1〜実施例4および比較例1〜比較例2のまとめ)
表1に示すように、本発明に係る実施例1〜実施例4で用いられた試験片(試験片1〜4)において、良好な熱サイクル特性を示すことがわかった。また、実施例4の結果から、酸化アルミニウムからなる酸素バリア層70を、酸化防止層21と熱応力緩和層22との間に設けることにより、さらに良好な熱サイクル特性が得られることがわかった。
【0103】
また、本発明に係る実施例1〜実施例3における結果から、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が、柱状の積層体の中心軸に対してなす角度θが小さくなるほど良好な熱サイクル特性を示すことがわかった。これは、この角度θが小さくなるほど、図11Aおよび図11Bに示したような組成が不連続に変化する傾向が減少して連続的になり、異種材料間の界面における熱応力の集中が低減されたためと考えられる。
【0104】
ここで、図5には、実施例3で試験片3の断面をSEMにより観察した結果である反射電子像を示す。また、図6には、実施例3で実施した、試験片3における境界部24とその近傍の元素分布測定の結果を示す。
【0105】
図5に示すように、遮熱層23と熱応力緩和層22との間に、それぞれの層とは異なる構成を有する領域が境界部24とその近傍に存在することがわかった。また、図6に示す元素分布測定の結果から、境界部24とその近傍では、熱応力緩和層22から遮熱層23に向かって、熱応力緩和層22を形成する酸化ジルコニウムの濃度に対応するジルコニウムの強度が連続的に減少するとともに、遮熱層23を形成する酸化ハフニウムの濃度に対応するハフニウムの強度が連続的に増加していることが明らかとなった。すなわち、境界部24とその近傍では、酸化ジルコニウムと酸化ハフニウムの濃度が連続的に変化する傾斜組成層となっていることが明らかとなった。
【0106】
また、図7には、酸化ジルコニウムインゴット41と酸化ハフニウムインゴット42との接触面が柱状の積層体の中心軸に対してなす角度θと、その角度のインゴット40を用いたときに形成される傾斜組成層の厚さとの関係を示している。なお、角度が85度の場合が試験片1の傾斜組成層の厚さに、角度が80度の場合が試験片2の傾斜組成層の厚さに、角度が75度の場合が試験片3の傾斜組成層の厚さにそれぞれ対応する。
【0107】
図7に示すように、角度θを変化させることで、境界部24とその近傍、すなわち傾斜組成層の厚さを制御できることが明らかとなった。また、角度θを大きくすれば傾斜組成層を薄くすることができ、一方、角度θを小さくすれば傾斜組成層を厚くすることができることがわかった。これによって、セラミックスコーティングした部材に要求される、例えば熱サイクル寿命、遮熱特性、耐熱衝撃等の特性に合わせて、傾斜組成層の適正な厚さを設定することができる。
【0108】
また、酸化ハフニウムからなる皮膜層の上に酸化ジルコニウムからなる皮膜層を備えた比較例2における試験片6では、双方の境界部とその近傍には良好な傾斜組成層が形成されたが(図示しない)、実施例1〜3の試験片(試験片1〜3)に比べて熱サイクル寿命は著しく劣っていた。この結果は、酸化ハフニウムの熱膨張率(6×10−6/℃程度)が、酸化ジルコニウムの熱膨張率(10×10−6/℃程度)や金属基材の熱膨張率(15×10−6/℃程度)に比べて小さく、熱膨張率の大きい酸化ジルコニウムからなる皮膜層と金属基材で挟まれた酸化ハフニウムからなる皮膜層に大きな熱応力が発生したためと考えられる。したがって、各層に発生する熱応力を抑制するためには、実施例1〜実施例3の試験片(試験片1〜3)ように、各層の熱膨張率が金属基材側から表面に向かって徐々に小さくなるように材料を選定することが効果的であることがわかった。
【0109】
以上、本発明を実施の形態により具体的に説明したが、本発明はこれらの実施の形態にのみ限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【符号の説明】
【0110】
10…セラミックス被覆部材、20…基材、21…酸化防止層、22…熱応力緩和層、23…遮熱層、24…境界部、40…インゴット、41…酸化ジルコニウムインゴット、42…酸化ハフニウムインゴット、45…電子ビーム、46…蒸発蒸気、50…水冷ルツボ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビーム物理蒸着により、金属またはセラミックスからなる基材に、少なくとも熱応力緩和層、遮熱層をこの順に積層して構成されたセラミックス被覆部材であって、
前記熱応力緩和層と前記遮熱層との境界層において、前記熱応力緩和層から前記遮熱層に向かって、前記熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、前記遮熱層を形成する第2のセラミックス材料の濃度が連続して増加することを特徴とするセラミックス被覆部材。
【請求項2】
前記基材と前記熱応力緩和層との間に、金属からなる酸化防止層が介在していることを特徴とする請求項1記載のセラミックス被覆部材。
【請求項3】
電子ビーム物理蒸着により、金属またはセラミックスからなる基材に、少なくとも酸素バリア層、熱応力緩和層、遮熱層をこの順に積層して構成されたセラミックス被覆部材であって、
前記酸素バリア層と前記熱応力緩和層との境界層において、前記酸素バリア層から前記熱応力緩和層に向かって、前記酸素バリア層を形成する第3のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、前記熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して増加し、
かつ前記熱応力緩和層と前記遮熱層との境界層において、前記熱応力緩和層から前記遮熱層に向かって、前記熱応力緩和層を形成する第1のセラミックス材料の濃度が連続して減少するとともに、前記遮熱層を形成する第2のセラミックス材料の濃度が連続して増加することを特徴とするセラミックス被覆部材。
【請求項4】
前記基材と前記酸素バリア層との間に、金属からなる酸化防止層が介在していることを特徴とする請求項3記載のセラミックス被覆部材。
【請求項5】
前記第1のセラミックス材料の熱膨張係数が、前記第2のセラミックス材料の熱膨張係数よりも大きいことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載のセラミックス被覆部材。
【請求項6】
前記第1のセラミックス材料が酸化ジルコニウムを主成分とし、前記第2のセラミックス材料が酸化ハフニウムを主成分とすることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載のセラミックス被覆部材。
【請求項7】
前記第3のセラミックス材料が酸化アルミニウムを主成分とすることを特徴とする請求項3または4記載のセラミックス被覆部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11A】
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【図11B】
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【公開番号】特開2010−242225(P2010−242225A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−164513(P2010−164513)
【出願日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【分割の表示】特願2007−39277(P2007−39277)の分割
【原出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】