説明

タイトジャンクション調節因子

【課題】本発明は、タイトジャンクション(TJ)に作用するトリセルリンを誘導しうる因子を提供することを課題とする。さらには、TJ調節因子を提供し、該TJ調節因子を用いた薬剤デリバリーシステムを提供することを課題とする。
【解決手段】LSR(lipolysis-stimulated receptor)が検出される部位にトリセルリンが検出されることから、LSRがトリセルリンを誘導しうる因子と考えられる。さらに、LSRと相互作用する物質、すなわちLSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質が、トリセルリンを介してTJの機能を調節しうるTJ調節因子となる。さらに、TJ調節因子と薬剤を含む薬剤デリバリーシステムによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、LSR(lipolysis-stimulated receptor)を含むトリセルリン誘導因子およびLSRと相互作用する物質からなるタイトジャンクション調節因子に関する。また、これらのいずれかの因子を含むタイトジャンクション調節剤に関し、それを用いた薬剤デリバリーシステムまたは医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
上皮細胞の特徴として、アドヘレンスジャンクション(以下、単に「AJ」という場合がある。)やタイトジャンクション(以下、単に「TJ」という場合がある。)からなる細胞間接着装置複合体(junction complex)がある。このうち、接着分子カドヘリンが機能する場であるAJの分子生物学的な研究が先行しており、その研究の過程では、カドヘリンやカテニンの異常が、がん細胞の浸潤・転移にきわめて重要であることが明らかにされてきた。また、AJに隣接して構造的に密接な関係のあるTJに関連しては、TJの膜タンパク質であるオクルディン(occuludin)(非特許文献1)や、TJの主要接着分子であるクローディン(claudin)ファミリー(非特許文献2)が同定され、研究が進められてきた。
【0003】
脳、網膜、精巣、胎盤など体の各部においては、血管からの物質の移行が著しく制限されている。特に、血液中から脳への薬剤移行性の低さ(脳血管関門)は、中枢神経系疾患に対する薬剤の選択肢、ひいては治療の手段を大きく制限している。このような薬剤移行性の低さは、TJなどの特別なバリア機構によるものと考えられている。しかし、このような薬剤などの物質の移行性に対するバリア機構は血管においてのみ機能しているわけでなく、血中に至る以前にも消化管、皮膚など体のいたる所において厳密に機能している。このため、経皮、経粘膜的に非侵襲的、非観血的に薬剤を体内へ移行させる方法が長らく求められてきた。脳血管の場合と同様に、皮膚や粘膜に対してクローディンの機能を阻害することが、薬剤デリバリーの1つの可能性として考えられる。TJを形成するクローディンには24種類の遺伝子が存在することが知られており、さらに一般に多くの組織の上皮細胞では、同時に複数の種類のクローディンがTJを形成している。
【0004】
TJについてさらに研究が進められ、TJの特殊な形態であるトリセルラージャンクション(3細胞結合)の構成分子であるトリセルリンが同定されている(非特許文献3)。また、トリセルリン遺伝子の発現またはトリセルリンの機能を抑制する因子を用いた薬剤デリバリー系について開示がある(特許文献1)。しかしながら、トリセルリンの作用・機能については、まだ十分には明らかにされていない。
【0005】
脂質を取り込むための受容体としての機能を有するLSRについて報告がある(特許文献2、非特許文献4)。しかしながら、LSRの膜機能や接着に係る作用については、全く報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-271784号公報
【特許文献2】特許第3726969号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J. Cell Biol. 123: 1777-1788, 1993
【非特許文献2】J. Cell Biol. 141: 1539-1550, 1998
【非特許文献3】J. Cell Biol. 171: 939-945, 2005
【非特許文献4】J. Biological Chemistry 270 (29): 17068-17071, 1995
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、タイトジャンクション(TJ)に局在し、TJに作用するトリセルリンを誘導しうる因子を提供することを課題とする。さらには、TJの機能を調節しうるTJ調節因子を提供し、該TJ調節因子を用いた薬剤デリバリーシステムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、LSRが検出される部位にトリセルリンが検出されることに初めて着目し、LSRの存在がトリセルリンの局在に影響を及ぼすことを確認した。これにより、LSRと相互作用する物質、すなわちLSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質が、トリセルリンを介してTJの機能を調節しうることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、すなわち以下よりなる。
1.LSRを含むトリセルリン誘導因子。
2.LSRと相互作用する物質からなるタイトジャンクション調節因子。
3.LSRと相互作用する物質が、LSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質である前項2に記載のタイトジャンクション調節因子。
4.LSRと相互作用する物質が、LSR遺伝子に対するsiRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、またはLSRに対する抗体、阻害ペプチド、ドミナントネガティブ変異体からなる群より選択される前項3に記載のタイトジャンクション調節因子。
5.LSR遺伝子に対するsiRNAが、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するsiRNA、またはそれと同等の機能を有する相同体RNAである前項4に記載のタイトジャンクション調節因子。
6.前項2〜5のいずれか1に記載のタイトジャンクション調節因子を含むタイトジャンクション調節剤。
7.前項6に記載のタイトジャンクション調節剤を含む薬剤デリバリー系。
8.前項6に記載のタイトジャンクション調節剤を含む医薬組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明のトリセルリン誘導因子はLSRを含むため、トリセルラージャンクションなどのTJにLSRを導入することにより、トリセルリンを誘導し、細胞間の結合が強化される。逆に、LSRと相互作用する物質、すなわちLSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質をトリセルラージャンクションなどのTJに導入することにより、トリセルリンの導入が抑制され、細胞間の結合が緩和される。本発明のタイトジャンクション調節因子は、LSRと相互作用する物質を含む。本発明のタイトジャンクション調節因子を薬剤とともに用いる薬剤デリバリー系や、タイトジャンクション調節因子および薬剤を含む医薬組成物により、従来では体内に移行させることが不可能、あるいは不十分にしかできなかった薬剤を、大量かつ速やかに、しかも非侵襲的、非観血的に体内へ移行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】培養上皮細胞におけるLSRの細胞内局在を確認した写真図である。(参考例1)
【図2】培養上皮細胞並びにマウスの小腸および顎下腺における内在性LSRおよびトリセルリンの局在を確認した写真図である。(参考例2)
【図3】培養上皮細胞での内在性LSRをノックアウトしたときのトリセルリンの局在を確認した写真図である。(参考例3)
【図4】培養上皮細胞での内在性LSRをノックアウトしたのちに、全長LSRを細胞に入れ戻したときのトリセルリンの局在を確認した写真図である。(参考例3)
【図5】電気抵抗により、タイトジャンクションの結合強度を確認した図である。結合強度が強いほど電気抵抗が増し、結合強度が緩和されると電気抵抗が低くなる。(実施例1)
【図6】トレーサーの移動量により、タイトジャンクションの結合強度を確認した図である。結合強度が強いほど、トレーサーの移動量が低下し、結合強度が緩和されると増加する。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において「LSR」とは、lipolysis-stimulated receptorをいう。本発明は、LSRを含むトリセルリン誘導因子に関する。トリセルリンは、上記非特許文献3および特許文献1に示されるタンパク質であり、哺乳動物に広く分布している。トリセルリンは、3つの細胞が向かい合うトリセルラージャンクション(3細胞結合)の構成分子であり、多くはここに分布する。ここで、トリセルラージャンクションは、タイトジャンクション(TJ)の特殊な形態であり、TJに包含される。また、トリセルリンはトリセルラージャンクションに多く分布するが、トリセルラージャンクション以外のTJにも分布する。トリセルリンをコードするDNAの塩基配列は、Genebank Accession No. AB219936(ヒト・トリセルリン)、Genebank Accession No. AB219937(ヒト・トリセルリンの別形態)、Genebank Accession No. AB219935(マウス・トリセルリン)などに開示されている。
【0014】
本発明におけるLSRの構造は、Genebank Accession No. NP 059101に開示されるアミノ酸配列、あるいは前記アミノ酸配列のうち、1〜複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加若しくは誘導されてなるアミノ酸配列により特定される。LSRは、特許文献2および非特許文献4に開示されるように、脂質を取り込むための受容体としての機能を有することは公知であるが、その他の機能については解明されていないことが多く残されている。LSRとトリセルリンの挙動は必ずしも一致するものではないが、トリセルリンはLSRが検出される部位に検出される。本発明において、LSRが存在しないか、またはLSRの機能が阻害されている場合にはトリセルリンの検出が抑制されていることを初めて確認した。したがって、LSRは、TJにおいてトリセルリンを誘導し、特にトリセルラージャンクションにおいてトリセルリンを誘導しうる。そこで、本発明のトリセルリン誘導因子は、LSRを含む。
【0015】
TJにおいて、トリセルリン遺伝子の発現またはトリセルリンの機能を抑制することによって、TJを通る物質の透過性、とりわけトリセルラージャンクションを通る物質の透過性を増加させ、効率よく薬剤を体内に取り込ませることができることは、特許文献1に示す如くである。特に、経皮、経粘膜的に非侵襲的、非観血的に多くの薬剤を体内へ移行させることができる。
【0016】
本発明のLSRは、TJにおいてトリセルリンを誘導することから、LSRと相互作用する物質、すなわちLSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質は、LSRを抑制し、その結果、トリセルリンの誘導が阻害されることとなる。ここで、トリセルリンの誘導が阻害されるとは、通常はトリセルリンがトリセルラージャンクションなどのTJへ局在しているのに対し、トリセルラージャンクションへの局在が阻害されることをいう。トリセルリンの誘導が阻害されることで、上述の如くTJを通る物質の透過性、とりわけトリセルラージャンクションを通る物質の透過性を増加させることができる。このことから、本発明において、LSRと相互作用する物質をTJの調節因子という。
【0017】
本発明のTJ調節因子のうち、「LSR遺伝子の発現抑制物質」とは、LSR遺伝子の発現を通常レベルよりも低下させる、または完全に消失させうる物質をいう。LSR遺伝子の発現抑制物質の例としては、siRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されない。siRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチドの製造方法は当業者に公知であり、作製すべきsiRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチドの種類、用途等に応じて、適宜選択することができる。
【0018】
LSR遺伝子に対するsiRNAやアンチセンスオリゴヌクレオチドはLSR遺伝子に対する特異性が高く、ノックダウンあるいはノックアウト効率も高く、副作用のリスクも小さいという利点を有する。
【0019】
LSR遺伝子に対するsiRNAとしては、具体的には、以下の配列番号1に示す塩基配列を含むオリゴヌクレオチドが挙げられる。さらには、配列番号1に示す塩基配列を含むオリゴヌクレオチドのうち、1〜複数個のヌクレオチドが、置換、欠失、付加若しくは誘導されており、実質的に配列番号1に示すsiRNAと同等の機能を有する相同体RNAであり、例えばマウス、ヒトまたはその他の哺乳動物のいずれかのLSR遺伝子の発現を抑制しうるオリゴヌクレオチドが挙げられる。
LSR遺伝子に対するsiRNA:AGAAGAGGCUUUAAAGAAA(配列番号1)
【0020】
本発明のTJ調節因子のうち、「LSRの機能阻害物質」とは、LSRの機能を通常レベルよりも低下させ、または完全に消失させてしまう物質をいい、LSR抑制物質ともいう。LSRの機能阻害物質の例としては、LSR抗体、LSR阻害ペプチド、LSRのドミナントネガティブ変異体などが挙げられるが、これらに限定されない。特に好適には、LSRに対する抗体が挙げられる。抗体は、種々のものが知られており、例えばポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。また、キメラ抗体やヒト化抗体であってもよい。抗体の製造方法は当業者に公知であり、作製すべき抗体の種類、用途等に応じて、適宜選択することができる。
【0021】
本発明のTJ調節剤は、上記のTJ調節因子を含む。これらのTJ調節因子のうち少なくとも1種を含むことで、TJの結合、とりわけトリセルラータイトジャンクションの結合が緩和される。TJ調節剤を構成しうる物質は、例えばTJ調節因子がDNAのような遺伝子の場合には、アデノウイルスベクターなどのベクターを含むことができる。また、TJ調節因子がLSR抗体、LSR阻害ペプチド、LSRのドミナントネガティブ変異体などの場合は、薬学的に許容しうる担体を含ませることができる。上記のTJ調節剤の製造に用いられる薬理学的に許容しうる担体としては、例えば、賦形剤、崩壊剤若しくは崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤若しくは溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、および粘着剤等を挙げることができる。
【0022】
本発明は、本発明のTJ調節剤を用いることを特徴とするTJ調節方法にも及ぶ。上記のTJ調節因子は、TJの調節を要する所望の部位、例えば薬剤デリバリーのための所望部位の細胞を、本発明のTJ調節因子で処理することにより、所望部位の細胞におけるLSR遺伝子の発現を抑制でき、あるいはLSRの機能を抑制でき、その結果TJ、とりわけトリセルラージャンクションの結合能の強度を調節することができる。
【0023】
本発明のTJ調節因子で処理するとは、例えば、細胞を本発明のTJ調節因子と接触させ、あるいは細胞にこれらの因子を導入することにより達成される。TJ調節因子がタンパク質の場合は、これをコードする遺伝子を細胞に導入してもよい。TJ調節因子が遺伝子の場合やTJ調節因子をコードする遺伝子の場合は、該遺伝子を細胞に導入する一般的な方法は当該分野で公知である。例えば、細胞への遺伝子の導入には、ベクターによる方法(例えば、アデノウイルスベクター等用いる方法)、細胞融合、エレクトロポレーション、遺伝子銃、リポフェクション、直接導入法などの方法を用いることができる。本発明のTJ調節因子がLSR遺伝子に対するsiRNAの場合は、該siRNAの体内への導入方法は、直接導入法、アデノウイルスベクターを用いる方法、経皮的なリポフェクション、エレクトロポレーションなどの公知の方法を採用することができる。
【0024】
本発明の薬剤デリバリー系は、本発明のTJ調節剤およびデリバリーされるべき薬剤を必須成分とする。本発明の薬剤デリバリー系は、上記以外の他の成分、例えば、皮膚や粘膜の透過性を上昇させることがすでに知られている薬剤、薬剤デリバリー用の器具などを含んでいてもよい。本発明の薬剤デリバリー系を用いることにより、LSR遺伝子の発現を抑制し、またはLSRの機能を抑制し、トリセルリンの誘導を抑制することでTJの結合能を調節し、細胞層への薬剤の透過性を高め、多くの薬剤を速やかに体内にデリバリーすることができる。本明細書において「薬剤」とは、投与された場合に所望の治療効果または予防効果を有する、あるいは有することが期待される物質をいう。本発明の薬剤デリバリー系において、本発明のTJ調節剤および薬剤は、同時に使用してもよいし、前後して使用してもよい。
【0025】
本発明は、本発明のTJ調節剤および薬剤を含む医薬組成物にも及ぶ。本発明の医薬組成物は、含有される本発明のTJ調節剤の作用によりLSR遺伝子の発現を抑制し、またはLSRの機能を抑制し、トリセルリンの誘導を抑制することでTJの結合能を調節し、細胞層への薬剤の透過性を高め、体内への薬剤の透過性を高めることができるので、多くの薬剤を速やかに体内に移行させることができる。本発明の医薬組成物の剤形はいずれのものであってもよく、特に限定されないが、好ましくは、経皮剤形(ローション、クリーム、軟膏、発布剤など)または経粘膜剤形、あるいは点眼剤である。これらの剤形の製造方法は公知であり、当業者は適宜選択することができる。
【0026】
本発明の薬剤デリバリー系を利用することにより、あるいは本発明の医薬組成物を投与することにより、従来では体内に移行させることが不可能、あるいは不十分にしかできなかった薬剤を、大量かつ速やかに、しかも非侵襲的、非観血的に体内へ移行させることができる。このことは、対象の負担を軽減することにもつながる。本発明の薬剤デリバリー系または医薬組成物中でのTJ調節剤の使用量は特に制限はなく、目的に応じたものとすることができる。例えば、必要とされる透過性の程度、デリバリーされる薬剤、疾病の種類、対象の状態、適用部位等に応じて、本発明のTJ調節剤の使用量を変更することができる。適用部位についても特に制限はなく、2箇所以上の部位に適用してもよい。好ましい適用部位としては皮膚、粘膜、眼球、特に角膜等が挙げられる。
【0027】
本発明は、上記説明した本発明の薬剤デリバリー系あるいは医薬組成物を製造するための、本発明のTJ調節剤の使用にも及ぶ。本発明のTJ調節剤を用いて製造される薬剤デリバリー系あるいは医薬組成物は、従来の薬剤デリバリー系あるいは医薬組成物では体内に移行させることが不可能、あるいは不十分にしかできなかった薬剤を、大量かつ速やかに、しかも非侵襲的、非観血的に体内へ移行させることができ、しかも対象の負担を軽減することが可能である。
【実施例】
【0028】
以下に、本発明の理解をより確実にするために、本発明を完成するに至った経緯を参考例に示し、本発明の内容を具体的に実施例に示して詳細かつ具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものと解してはならない。
【0029】
(参考例1)培養上皮細胞におけるLSRの細胞内局在の確認
LSRを培養上皮細胞(マウスEpH4細胞)に過剰発現させて、培養上皮細胞でのLSRの細胞内局在を確認した。
市販のLSRクローニングベクター(Accession No.AK146807, RIKEN FANTOM(R), ダナフォーム社)を購入し、開始コドン直前および終止コドンにEcoR1認識配列を組み込んだプライマーを用いてPCRを行った。該PCR産物をEcoR1で消化し、同じくEcoR1で消化したpCAGGS-neo-GFP発現ベクターに導入し、発現ベクターpCAG-LSRを調製し、マウスEpH4細胞に導入し、過剰発現させた。
【0030】
上記マウスEpH4細胞に過剰発現させたLSRの分布を免疫組織染色にて確認した。また、LSRの分布とTJとの関係を確認するために、TJの構成タンパク質であるクローディン4についても同様に確認した。
上記マウスEpH4細胞を10%ホルマリンで固定し、界面活性剤(0.2%tritonX-100)にて透過処理を行ったものに、LSR検出用一次抗体として抗GFP抗体(自製)およびクローディン4検出用一次抗体として抗クローディン4抗体(インビトロジェン製)を付加し、各々二次抗体として抗ラットAlexa488抗体および抗マウスCy3抗体を付加して免疫組織染色を行なった。
【0031】
上記の結果、培養上皮細胞において、LSRおよびクローディン4の局在分布は、ほぼ一致することが確認され、LSRもTJに局在することが確認された。また、LSRはTJのうち、特に3つの細胞が向かい合うトリセルラージャンクションの部位に局在することが確認された(図1)。
【0032】
(参考例2)内在性LSRの局在確認
上皮培養細胞(マウスEpH4細胞)並びにマウスの小腸および顎下腺におけるLSRおよびトリセルリンの発現と分布を、免疫組織染色にて確認した。上記マウスEpH4細胞について、10%ホルマリンで固定し、界面活性剤(0.2%tritonX-100)にて透過処理を行った。また、マウスの小腸組織および顎下腺組織については99.5%エタノールで固定し、100%アセトン処理後に凍結した組織から薄切切片を作製した。各細胞または組織に、LSR検出用一次抗体として抗LSRポリクローナル抗体(自製)を、トリセルリン検出用一次抗体としてトリセルリンモノクローナル抗体(J. Cell Biol. 171: 939-945, 2005)を付加し、各々二次抗体として抗ラビットCy3抗体および抗ラットAlexa488抗体を付加して免疫組織染色を行なった。
【0033】
上記の結果、培養上皮細胞並びにマウスの小腸および顎下腺において、LSRおよびトリセルリンの局在分布は、ほぼ一致することが確認された(図2)。
【0034】
(参考例3)トリセルリンの細胞内局在
shRNA法によりLSR発現を抑制したマウスEph4細胞株でのトリセルリンの細胞内局在と、該細胞株に全長LSRを入れ戻したときのトリセルリンの細胞内局在を調べた。使用したsiRNAは、以下の配列番号1に示す塩基配列からなるオリゴヌクレオチドである。
LSR遺伝子に対するsiRNA:AGAAGAGGCUUUAAAGAAA(配列番号1)
【0035】
上記の結果、LSR遺伝子に対するsiRNAを用いて、LSRの発現を抑制した細胞株では、トリセルリンの発現も抑制されることが確認された(図3)。一方細胞株に全長LSRを入れ戻した細胞株ではLSRの発現部位にトリセルリンも発現しており、局在分布もほぼ一致することが確認された(図4)。
【0036】
(実施例1)細胞間隙における透過性変化の定量的測定1
参考例3に記載の方法により、マウスEph4細胞株内でsiRNAによりLSR発現を抑制させ、その後該細胞株に全長LSRを入れ戻した。この場合の細胞間隙における透過性変化を、TJの機能的な定量法の1つであるTER(trans-epithelial electrical resistance)法を用いて定量的に測定した。TER法による定量は、上皮細胞であるマウスEph4細胞をダブルチャンバー(two-chamber)の培養ディッシュ(12穴)1ウェルあたりに1×105個を播種し、DMEM培地中で5日間培養し、上皮細胞シートの上下に発生する電気抵抗値(TER)を電極Millicell-ERS(MILLIPORE社)を用いて測定し、上皮細胞の間の溶質の透過しやすさを測定することにより行なった。
【0037】
上記の測定方法では、TJの結合強度が強いほど電気抵抗が増し、結合強度が緩和されると電気抵抗が低く示される。その結果、対照(Eph4(WT))に比べて、siRNAを用いてLSR遺伝子の発現を抑制し、ノックアウトした系(LSRKD)では、電気抵抗が低下し、TJの結合強度が緩和されたことが確認された。一方、全長LSRを入れ戻した系(LSRKDrescue)では、電気抵抗が増加し、TJの結合強度が強くなったことが確認された(図5)。この結果により、LSR遺伝子の発現抑制によるTJの結合機能が低下して、イオンの細胞間隙における透過性が亢進したことを示す。この結果から、LSR遺伝子の発現を抑制しうる物質、すなわちLSRと相互作用する物質が、TJ調節因子として機能しうることが示唆された。
【0038】
(実施例2)細胞間隙における透過性変化の定量的測定2
参考例3に記載の方法により、マウスEph4細胞株内でsiRNAによりLSR発現を抑制し、その後該細胞株に全長LSRを入れ戻した。この場合の細胞間隙における透過性変化を、TJの機能的な定量法の1つであるトレーサー法を用いて定量的に測定した。
トレーサー法による定量は、上皮細胞であるマウスEph4細胞をダブルチャンバーの培養ディッシュ(12穴)1ウェルあたりに1×105個を播種し、HBSS培地中で5日間培養し、上皮細胞の上部チャンバーにトレーサー(FITC-dextran 250KDおよび4KD)を加えて2時間培養したとき、下部チャンバーに移動するトレーサー量を定量し、上皮細胞の間のトレーサーの透過しやすさを測定することにより行なった。上部チャンバーに加えたトレーサー量を100としたときの下部チャンバーに移動したトレーサー量の割合で、透過性を評価した。
【0039】
上記の測定方法では、TJの結合強度が強いほど下部のトレーサー量が低い値を示し、結合強度が緩和されると高い値を示す。その結果、分子量が4KDのトレーサーを用いた場合は、対照(Eph4(WT))に比べて、siRNAを用いてLSR遺伝子の発現を抑制し、ノックアウトした系(LSRKD)では、下部のトレーサー量が高い値を示し、TJの結合強度が緩和されたことが確認された。一方、全長LSRを入れ戻した系(LSRKDrescue)では、トレーサー量が低い値を示し、TJの結合強度が強くなったことが確認された(図6)。この結果により、LSR遺伝子の発現抑制によるTJの結合機能が低下して、トレーサーの細胞間隙における透過性が亢進したことを示す。この結果から、LSR遺伝子の発現を抑制しうる物質、すなわちLSRと相互作用する物質が、TJ調節因子として機能しうることが示唆され、さらに薬剤デリバリーに影響を及ぼすことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
以上詳述したように、本発明のトリセルリン誘導因子はLSRを含むため、トリセルラージャンクションなどのTJにLSRを導入することにより、トリセルリンを誘導し、細胞間の結合が強化される。逆に、LSRと相互作用する物質、すなわちLSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質をトリセルラージャンクションなどのTJに導入することにより、トリセルリンの導入が抑制され、細胞間の結合が緩和される。本発明のタイトジャンクション調節因子は、LSRと相互作用する物質を含む。本発明のタイトジャンクション調節因子を薬剤とともに用いる薬剤デリバリー系や、タイトジャンクション調節因子および薬剤を含む医薬組成物により、従来では体内に移行させることが不可能、あるいは不十分にしかできなかった薬剤を、大量かつ速やかに、しかも非侵襲的、非観血的に体内へ移行させることができる。
【0041】
以上により、本発明のタイトジャンクション調節因子の使用により、従来制限のあった薬剤や治療の手段の選択肢の拡大が期待されることが確認された。そのため、本発明は医薬品の開発、医学、生理学および薬学的研究などの分野において有用であり、利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LSRを含むトリセルリン誘導因子。
【請求項2】
LSRと相互作用する物質からなるタイトジャンクション調節因子。
【請求項3】
LSRと相互作用する物質が、LSR遺伝子の発現抑制物質またはLSRの機能阻害物質である請求項2に記載のタイトジャンクション調節因子。
【請求項4】
LSRと相互作用する物質が、LSR遺伝子に対するsiRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、またはLSRに対する抗体、阻害ペプチド、ドミナントネガティブ変異体からなる群より選択される請求項3に記載のタイトジャンクション調節因子。
【請求項5】
LSR遺伝子に対するsiRNAが、配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するsiRNA、またはそれと同等の機能を有する相同体RNAである請求項4に記載のタイトジャンクション調節因子。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか1に記載のタイトジャンクション調節因子を含むタイトジャンクション調節剤。
【請求項7】
請求項6に記載のタイトジャンクション調節剤を含む薬剤デリバリー系。
【請求項8】
請求項6に記載のタイトジャンクション調節剤を含む医薬組成物。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−248094(P2010−248094A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−96976(P2009−96976)
【出願日】平成21年4月13日(2009.4.13)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】