説明

ダイヤモンド様薄膜を備えた医療器具及びその製造方法

【課題】長期に亘り医療器具の基材表面から剥離することがない優れた密着性と、表面が劣化しにくい優れた耐摩耗性とを兼ね備えたダイヤモンド様薄膜が形成された医療器具が実現できるようにする。
【解決手段】医療器具は、医療器具本体と、医療器具本体を覆い且つ硅素を含むダイヤモンド様薄膜とを備え、ダイヤモンド様薄膜は、硅素の濃度が、ダイヤモンド様薄膜の表面において、医療器具本体との界面と比べて低くなるように連続的に変化している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド様薄膜を備えた医療器具及びその製造方法に関し、特に生体親和性、耐摩耗性及び耐蝕性が要求される医療器具及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カテーテル、ガイドワイヤ、ステント、ペースメーカーリード、注射針等の体内留置用の医療器具は、長期に亘り人体組織及び血液等と直接接するため、抗血栓性等の生体親和性が必要とされるだけでなく、耐摩耗性及び耐蝕性等が必要とされる。
【0003】
医療器具に、生体親和性及び耐蝕性等を付与する方法として、医療器具の基材をダイヤモンド様薄膜(DLC膜)により被覆する方法が知られている(例えば、特許文献1を参照。)。DLC膜は、平滑で化学的に不活性な表面を有するため生体成分が反応しにくく、優れた生体親和性を示す。また、硬い材料であり耐摩耗性にも優れている。
【0004】
しかし、基材との密着性が悪いため、医療器具の表面から剥離してしまうという問題がある。特に、ステント等は体内において拡張及び収縮を行う必要があり形状が大きく変化する。このため、表面に被覆したDLC膜にも大きな応力が加わり剥離したり、クラックが生じたりする。
【0005】
DLC膜と医療器具の基材との密着性を向上させ、DLC膜の剥離を抑える方法として、DLC膜と基材との間に中間層を形成する方法(例えば、特許文献2を参照。)及びプラズマの発生条件を調整することにより基材側にグラファイト結合(SP2結合)が多い領域を形成する方法(例えば、特許文献3を参照。)が知られている。
【特許文献1】特開平11−313884号公報
【特許文献2】特開2006−000521号公報
【特許文献3】特開2003−310744号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の中間層を設ける方法を用いたとしても、硬く密着性が悪いDLC膜が形成されるということには変わりがなく、剥離及びクラックの発生を十分に抑えることができないという問題がある。
【0007】
一方、基材側にグラファイト結合が多い領域を形成する場合には、DLC膜自体の特性が変化するため、剥離及びクラックの発生を抑えることができる可能性がある。しかし、プラズマの発生条件を調整してもSP2結合とSP3結合との割合を十分に変化させることができず、密着性と耐摩耗性とを兼ね備えたDLC膜を形成することは困難であるという問題がある。
【0008】
本発明は、前記従来の問題を解決し、長期に亘り医療器具の基材表面から剥離することがない優れた密着性と、表面が劣化しにくい優れた耐摩耗性とを兼ね備えたダイヤモンド様薄膜が形成された医療器具が実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の課題を解決するため、本発明は医療器具を、基材との界面から表面側に向かって濃度が変化するようにシリコンを含むダイヤモンド様薄膜を備えた構成とする。
【0010】
具体的に、本発明に係る医療器具は、医療器具本体と、医療器具本体を覆い且つ硅素を含むダイヤモンド様薄膜とを備え、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、医療器具本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化していることを特徴とする。
【0011】
本発明の医療器具によれば、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、医療器具本体との界面と比べて低いため、医療器具本体との界面側においてはグラファイト結合(SP2結合)の割合が高く表面側においてはダイヤモンド結合(SP3結合)の割合が高くなる。従って、医療器具本体との界面における密着性の向上と、表面における耐摩耗性、耐蝕性及び抗血栓性の向上とを両立させることができる。また、硅素濃度が連続的に変化しているため、ダイヤモンド様薄膜の内部に不連続面が発生しない。これにより硅素濃度が異なる複数のダイヤモンド様薄膜層を形成した場合と異なり、層間において剥離が生じるおそれがない。
【0012】
本発明の医療器具において、ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下であることが好ましい。このような構成とすることにより、医療器具本体との密着性等と、表面の耐摩耗性とを確実に確保することができる この場合において、ダイヤモンド様薄膜は、医療器具本体との界面において最も硅素の濃度が高いことが好ましい。
【0013】
また、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下であることが好ましい。
【0014】
本発明の医療器具において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、医療器具本体との界面における弾性係数よりも大きいことが好ましい。
【0015】
この場合において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が50GPa以上且つ400GPa以下であることが好ましい。
【0016】
本発明の医療器具において、ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合(SP2)及びダイヤモンド結合(SP3)を有し且つダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、医療器具本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さいことが好ましい。
【0017】
本発明の医療器具において、ダイヤモンド様薄膜は、フッ素を含み、ダイヤモンド様薄膜の表面におけるフッ素の濃度が、医療器具本体との界面と比べて高く且つフッ素の濃度が連続的に変化していることが好ましい。このような構成とすることにより、ダイヤモンド様薄膜の表面における疎水性が上昇し、抗血栓性等をさらに向上させることが可能となる。
【0018】
この場合において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面におけるフッ素の原子百分率濃度が1%以上且つ20%以下であることが好ましい。
【0019】
本発明の医療器具において、ダイヤモンド様薄膜は、膜厚が5nm以上且つ300nm以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の医療器具において、医療器具本体は、その表面における算術平均表面粗度が0.1nm以上且つ300nm以下であることが好ましい。
【0021】
本発明の医療器具において、医療器具本体は、金属材料、セラミックス材料及び高分子材料のうちの1つ又は2つ以上からなる複合体であることが好ましい。
【0022】
本発明の医療器具において、金属材料は、ステンレス、コバルトクロム系合金、チタン系合金又はコバルト系合金であることが好ましい。
【0023】
本発明の医療器具において、医療器具本体は、ステント、カテーテル、ガイドワイヤ、ペースメーカーリード、体内留置用器材、注射針、メス、真空採血管、輸液バッグ、プレフィルドシリンジ又は傷口保持部品であることが好ましい。
【0024】
本発明に係る医療器具の製造方法は、医療器具本体を準備する工程(a)と、医療器具本体の表面に硅素を含むダイヤモンド様薄膜を形成する工程(b)とを備え、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、医療器具本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化するように形成することを特徴とする。
【0025】
本発明の医療器具の製造方法によれば、ダイヤモンド様薄膜は、硅素の濃度が、ダイヤモンド様薄膜の表面において、医療器具本体との界面と比べて低くなるように連続的に変化するように形成するため、医療器具本体との界面における密着性の向上と、表面における耐摩耗性、耐蝕性及び抗血栓性の向上とが両立するDLC膜を備えた医療器具が容易に実現できる。
【0026】
本発明の医療器具の製造方法では、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下となるように形成することが好ましい。
【0027】
この場合、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、医療器具本体との界面において硅素の濃度が最も高くなるように形成することが好ましい。
【0028】
また、前記工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下となるように形成することが好ましい。
【0029】
本発明の医療器具の製造方法では、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、医療器具本体との界面における弾性係数よりも大きくなるように形成することが好ましい。
【0030】
本発明の医療器具の製造方法では、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、医療器具本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さくなるように形成することが好ましい。
【0031】
本発明の医療器具の製造方法では、工程(b)において、ダイヤモンド様薄膜はフッ素を含み、ダイヤモンド様薄膜の表面におけるフッ素の濃度が医療器具本体との界面と比べて高く且つフッ素の濃度が連続的に変化するように形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0032】
本発明に係る医療器具によれば、長期に亘り医療器具の基材表面から剥離することがない優れた密着性と、表面が劣化しにくい優れた耐摩耗性とを兼ね備えたダイヤモンド様薄膜が形成された医療器具が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明に係る医療器具は、医療器具本体の表面を覆う硅素(Si)を含むダイヤモンド様薄膜(DLC膜)を備えている。また、DLC膜の医療器具本体との界面におけるSi濃度は、DLC膜の表面におけるSi濃度よりも高くなっている。さらに、医療器具本体との界面と表面との間においてSi濃度は、連続的に変化している。
【0034】
DLC膜においては、ダイヤモンド結合であるSP3結合とグラファイト結合であるSP2結合とによって炭素原子同士が主に結合しており、SP3結合の割合が多くなると結晶性が上昇して耐摩耗性等が上昇し、SP2結合の割合が多くなると結晶性が低下して密着性等が向上する。DLC膜中にSiを添加すると、炭素原子同士の結合が乱されるため、SP3結合の割合が低下しSP2結合の割合が上昇する。
【0035】
従って、DLC膜における医療器具本体との界面側のSi濃度が高く、表面側のSi濃度が低い本発明の医療器具のDLC膜は、医療器具本体側は密着性に優れ、表面側に向かうに従って硬くなり耐摩耗性及び耐蝕性等が向上する。特に、本発明に係る医療器具は、DLC膜中のSiの濃度が連続的に変化しているため、DLC膜の特性の変化も連続的であり剥離等が生じにくい。なお、Si濃度の変化は連続的であればよく必ずしも一定の割合で減少する必要はない。また、一旦濃度が上昇した後減少していてもよい。
【0036】
DLC膜の基材となる医療器具本体は、ステント、カテーテル、ガイドワイヤ、ステント、ペースメーカーリード及び注射針等の体内に留置する医療器具が好ましい。また、メス等の硬度が必要とされる医療器具についてもDLC膜を形成する効果が大きい。さらに、真空採血管、輸液バッグ、プレフィルドシリンジ及び創傷保護用の被覆パッチ材である傷口保持部品等の生体及び血液等と接触する医療器具についても、DLC膜を形成することにより耐摩耗性及び耐蝕性等が向上し好ましい。
【0037】
例えば、ステントの場合ステント本体の材質、形状及びサイズ等に特に制限はなく、一般的な既知のものを用いることができる。例えば、ステンレス鋼、ニッケルチタン(Ni−Ti)系合金、銅アルミニウムマンガン(Cu−Al−Mn)系合金、タンタリウム、コバルトクロム(Co−Cr)系合金、イリジウム、イリジウムオキサイド又はニオブ等からなる金属チューブをステントデザインにレーザを用いてカットし、電解研磨したものを用いることができる。また、金属チューブをエッチングする方法、平板金属をレーザカットしてから丸めて溶接する方法又は金属ワイヤを編みこむ方法等を用いて形成したものであってもよい。
【0038】
また、ステント本体は金属材料に限定されず、ポリオレフィン、ポリオレフィンエラストマー、ポリアミド、ポリアミドエラストマー、ポリウレタン、ポリウレタンエラストマー、ポリエステル、ポリエステルエラストマー、ポリイミド、ポリアミドイミド若しくはポリエーテルエーテルケトン等の高分子材料又はセラミックス若しくはヒドロキシアパタイト等の無機材料を用いて形成してもよい。高分子材料又は無機材料をステントに加工する方法は、本発明の効果に影響を及ぼすものではなく、各材料に適した加工方法を任意に選択することができる。ステント以外の他の医療器具についても同様に任意の材料を任意の方法により加工したものを使用してかまわない。
【0039】
医療器具本体とDLC膜との密着力は、医療器具本体表面の表面粗さを一定範囲以内にすることにより密着力をより向上させることができるという知見が得られている。医療器具本体表面における表面粗度が小さすぎる場合には、薄膜の基材表面へのアンカー効果が小さくなり、医療器具本体とDLC膜との密着力が低下する。また、表面粗度を小さくするためには、長時間の電解研磨を必要とするためコスト高になってしまう。一方、表面粗度を大きくすることにより、電解研磨時間を短縮してコストを低減することができるが、医療器具本体表面の表面粗度がDLC膜の膜厚よりも大きい場合には、均一に成膜できないおそれがある。従って、医療器具本体表面における算術平均表面粗度(Ra)は0.1nm以上且つ300nm以下とすればよく、好ましくは1nm以上且つ200nm以下とすればよい。
【0040】
DLC膜は、スパッタ法、DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法、化学気相堆積法(CVD法)、プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型RFプラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等の公知の方法により医療器具本体の表面に形成することができる。
【0041】
DLC膜を成膜する際に、テトラメチルシラン(TMS)等の硅素源となるガスを添加し、添加量を連続的に変化することにより、Siを含み且つ医療器具本体との界面側から表面側に向けてSi濃度が連続的に変化するDLC膜を得ることができる。ただし、Si濃度が高すぎるとSP3結合の割合が低下し、DLC膜として機能しなくなる。このため、最も硅素濃度が高い部分におけるSiの原子百分率濃度は50%以下とすることが好ましい。また、医療器具本体との界面においてSi濃度を最も高くした方が、密着性が向上するため好ましい。さらに、表面における耐摩耗性を確保するため、表面におけるSi濃度は医療器具本体との界面におけるSi濃度よりも低くする。また、表面におけるSi濃度は最も濃度が高い部分の濃度よりも10%以上低くして濃度勾配を形成することが好ましい。
【0042】
DLC膜中のSi濃度を変化させることにより、DLC膜中の炭素原子同士の結合に占めるSP2結合とSP3結合との割合が変化する。従って、DLC膜におけるSP2結合のSP3結合に対する存在比は、医療器具本体との界面においては表面と比べて大きくなる。
【0043】
また、SP2結合とSP3結合との割合が変化することによりDLC膜の弾性係数(ヤング率)も変化する。DLC膜の表面においてはSP3結合の割合が高いため、医療器具本体との界面と比べてヤング率が高くなる。DLC膜の表面におけるヤング率は50GPa以上且つ400GPa以下とすればよく、好ましくは80GPa以上且つ300GPa以下である。
【0044】
生体成分による医療器具本体の劣化を防止するという観点からは、DLC膜の膜厚が厚い方が好ましい。しかし、ステント等の使用時に大きな変形が加えられる器具の場合には、DLC膜の膜厚をあまり厚くすると、変形の際にクラックが発生するおそれがある。従って、DLC膜の膜厚は5nm以上且つ300nm以下とすればよく、好ましくは10nm以上且つ100nm以下とする。
【0045】
また、DLC膜は医療器具本体の表面に直接形成することができるが、医療器具本体とDLC膜とをより強固に密着させるために、医療器具本体とDLC膜との間に中間層を設けてもよい。中間層を設ける場合には、医療器具本体の材質に応じて種々のものを用いることができるが、Siと炭素、チタン(Ti)と炭素又はクロム(Cr)と炭素からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。
【0046】
また、中間層は、医療器具本体の表面に均一に形成する必要があるため、ある程度の膜厚が必要である。しかし、膜厚があまりに厚くなると成膜時間が長くなり生産性が低下する。従って、中間層の膜厚は5nm以上且つ100nm以下とすればよく、好ましくは10nm以上且つ40nm以下とする。
【0047】
また、中間層は、公知の方法を用いて形成することができ、例えば、スパッタ法、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いればよい。
【0048】
さらに、DLC膜表面を疎水性として抗血栓性を向上させるために、DLC膜にフッ素を添加してもよい。この場合、フッ素添加量が多い方が抗血栓性の向上が期待できるが、フッ素の添加により硬度が低下して機械的な耐摩耗性が低下するおそれがある。このため、DLC膜表面におけるフッ素の含有率は原子百分率(at%)で1%以上且つ20%以下とすればよく、好ましくは5%以上且つ15%以下とする。この場合において、DLC膜における医療器具本体側から表面側に向かってフッ素濃度が連続的に増大するようにすることが好ましい。これは、フッ素の添加により医療器具本体とDLC膜との密着性が低下することを防止するためである。
【0049】
以下に、本発明に係る医療器具について実施例によりさらに詳細に説明する。
【0050】
(第1の実施例)
本発明の第1の実施例に係る医療器具はステントであり、ステント本体は以下のように形成した。まず、Co−Cr合金素材を冷間加工と熱処理によりチューブ状に成型加工した。成形加工したチューブは、遺伝的アルゴリズムに基づく独自の形状設計ソフトを応用して、ステントのラジアルフォース、柔軟性、ショートニング及び応力ひずみ等の物性及び形状の最適化を図った後に、レーザ微細加工によりメッシュ状に加工する。レーザーでメッシュ状に加工したステントは加工面のバリ取りをするために、電解研磨を行う。本実施例においてステント本体は、長さが19mm、径が1.5mm、セルの厚みが75μmのCo−Cr合金製のステントを製作した。
【0051】
図1は、本実施例において用いたイオン化蒸着装置を模式的に示したものであり、真空チャンバーの内部に設けられた直流アーク放電プラズマ発生器21に、イオン源であるAr並びにベンゼン(C66)ガスを導入することにより発生させたプラズマを、負電圧にバイアスしたターゲット22に衝突させることによりターゲット22の上にDLC膜を固体化して成膜する通常のイオン化蒸着装置である。
【0052】
ステント本体をイオン化蒸着装置のチャンバ内にセットし、チャンバーにアルゴンガス(Ar)を圧力が10-1Pa〜10-3Pa(10-3Torr〜10-5Torr)となるように導入した後、放電を行うことによりArイオン発生させ、発生したArイオンをステント本体の表面に衝突させるボンバードクリーニングを約30分間行った。
【0053】
続いて、チャンバにテトラメチルシラン(Si(CH34)を3分間導入し、硅素(Si)及び炭素(C)を主成分とするアモルファス状で膜厚が10nmの中間層を形成した。なお、中間層はステント本体とDLC膜との密着性を向上させるために設けており、ステント本体とDLC膜12との密着性を十分に確保できる場合には省略してもよい。
【0054】
中間層を形成した後、テトラメチルシランとC66ガスとの混合ガスをチャンバ内に導入しながら放電を行うことによりSiを含むDLC膜を形成した。テトラメチルシランとC66ガスとの混合比は、表1に示すように成膜時間の経過とともに変化させた。
【0055】
【表1】

【0056】
この際に、チャンバ内の圧力は10-1Paとなるように調整した。また、基板電圧は1.5kV、基板電流は50mA、フィラメント電圧は14V、フィラメント電流は30A、アノード電圧は50V、アノード電流は0.6A、リフレクタ電圧は50V、リフレクタ電流は6mAとした。また、形成時におけるステント本体の温度は約160℃であった。なお、DLC膜を形成する際にCF4等のフッ素を含むガスを添加することにより、Siとフッ素とを含むDLC膜を形成することも可能である。
【0057】
以下に、得られたステントについて種々の分析を行った結果を示す。なお、比較例としては、テトラメチルシランを供給せずにDLC膜を形成したステントを用いた。
【0058】
ステントは血管等の管状臓器内において解放拡張し、狭窄部位を押し広げるためのものである。最も手術例が多い冠動脈において用いられるステントの場合を例にとると、拡張前に1.0mm〜1.5mm程度であった直径を、血管内において3.0mm〜4.0mm程度にまで拡張する。このため、拡張した際にステントに発生する歪みは局所的には30%程度となり、DLC膜の密着性が悪い場合には簡単に剥離してしまう。
【0059】
図2(a)及び(b)は得られたステントを拡張した際の表面状態を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した結果を示している。なお、数値解析により最も大きな歪みが発生している箇所について観察を行った。
【0060】
図2(a)に示すように本実施例のステントの表面は拡張した場合にも非常に平滑であり、クラック等の発生は認められない。一方、図2(b)に示すようにテトラメチルシランを供給せずにDLC膜を形成した比較例のステントは、細かいクラックが多数発生して鱗状の模様が観察され、DLC膜が剥離しかけていることが明らかである。
【0061】
図3は得られたステントの構成成分を分析した結果を示している。測定には、PHISICAL ELECTRONICS社製のPHI−660型走査型オージェ電子分光装置を用いた。電子銃の加速電圧が10kVで、試料電流が500nAの条件で測定を行った。また、Arイオン銃の加速電圧は2kVとして、スパッタリングレートは8.2nm/minに設定した。
【0062】
図3に示すようにSiの原子百分率(at%)の値は、DLC膜の表面からステント本体側に向かって従い次第に上昇し、逆に炭素の原子百分率の値は、DLC膜の表面からステント本体側に向かって次第に減少している。これは、DLC膜に含まれるSiの濃度がステント本体との界面では高く、表面では低くなるように連続的に変化していることを示している。
【0063】
また、図4は異なった条件でC66ガス及びテトラメチルシランを供給して形成したDLC膜について測定した結果を示している。このように、DLC膜の表面近くにおけるSi濃度の変化を大きくしてもよい。
【0064】
図5は得られたステントのDLC膜について炭素原子の結晶構造を測定した結果を示している。測定には、日本分光株式会社製のNRS―3200型顕微レーザーラマン分光光度計を用い、励起波長は532nm、レーザーパワーは10mW、回折格子は600本/mm、対物レンズは20倍、スリットは0.1×6mm、露光時間は60秒、積算は2回とした。
【0065】
図5(a)に示すようにDLC膜の表面においては、ダイヤモンド結合(SP3結合)を示すピークの面積がグラファイト結合(SP2結合)を示すピーク面積よりも大きくなっている。一方、図5(b)に示すようにステント本体との界面においては、SP2結合を示すピークの面積がSP3結合を示すピークよりも大きくなっている。
【0066】
各ピークの面積をカーブフィッティング処理(バンド分解)により求め、得られたピーク面積の比を求めることによりSP2結合とSP3結合の存在比率を求めたところ、ステント本体との界面においてはSP2結合のSP3結合に対する存在比は0.46となり、表面においてはSP2結合のSP3結合に対する存在比は1.17となった。つまり、Si濃度が高いステント本体との界面においては、表面と比べてダイヤモンド結合が少なくグラファイト結合が多くなっている。このことは、ステント本体との界面においては表面と比べてDLC膜の硬度が低くなっていることを示唆している。
【0067】
実際に、DLC膜の硬度及びヤング率を測定したところ、Si濃度が高いステント本体との界面においては、硬度が26GPaであり、ヤング率が113GPaであったのに対し、Si濃度が低い表面においては、硬度が29GPaでありヤング率が210GPaであった。
【0068】
なお、硬度及びヤング率の測定にはHysitron社製の高感度(0.0004nm、3nN)センサーを搭載した90度三角錐のダイヤモンド圧子を用いたナノインデンテーション法により行った。圧痕状態の測定には試料表面を微小な探針で走査することによって三次元形状を高倍率で観察できる顕微鏡である株式会社島津製作所製の走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)を用いた。ナノインデンテーションによる測定条件は100μNの精度でダイヤモンド圧子を制御しながら試料に押し込み、荷重-変位曲線の解析から硬度や弾性率等の力学的性質を定量した。圧子の押し込み時間は5秒間とし、また引き抜き時間も5秒間に設定して測定を行った。
【0069】
図6は得られたステントのDLC膜についてSi濃度と、SP2結合のSP3結合に対する存在比及びヤング率との相関を示している。図6に示すようにSi濃度が高くなるに従いSP2結合のSP3結合に対する割合が大きくなると共に、ヤング率の値も低下している。これは、DLC膜中のSiの濃度が高いステント本体との界面においては、DLC膜の結晶性が低くなり、DLC膜とステント本体との密着性が向上し、Si濃度が低い表面においてはDLC膜の結晶性が上昇し、硬度が高く耐摩耗性に優れていることを示している。
【0070】
実際に得られたステントについて体外加速疲労試験を行ったところ、優れた耐久性を有していることが明なとなった。なお、試験は16個のステントについて行い、アメリカ食品安全局(FDA)が冠動脈に用いられるステントの耐久性に関する試験基準である「FDA Draft Guidance for the Submission of Research and Marketing Applications for Interventional Cardiology Devices」に準拠して以下のような方法により行った。
【0071】
まず、外径が約3.5mmで厚さ約0.5mmのラテックス製チューブ内においてステントを直径3.0mmまで拡張した。ステントが留置されたラテックス製チューブを37±2℃の生理食塩水中に浸漬した状態において、半径方向に4億回の伸縮を加えた。伸縮は、心臓の拍動に相当する最小値が80mmHgで最大値が160mmHgの圧力変化を毎分60回のスピードで加えた。
【0072】
試験終了後に10倍の顕微鏡を用いて目視にてクラックの有無を観察した。また、チューブ外形をレーザ変位計により測定して、ステントの圧壊によるチューブ外径の著しい減少等の有無についても測定した。
【0073】
表2に示すようにすべてのステントにおいてDLC膜にクラックの発生は認められなかった。また、チューブ外径も16個の試験片すべてについてほとんど変動がなく、ステントの圧壊も生じていない。以上のように、本実施例のDLC膜を備えたステントは、優れた耐久性を有していることが明らかである。
【0074】
【表2】

【0075】
(第2の実施例)
以下に、本発明の第2の実施例について説明する。第2の実施例に係る医療器具は、経皮的冠動脈形成術(PTCA)用カテーテルのガイドワイヤである。
【0076】
直径0.25mmのステンレス製のガイドワイヤ本体に第1の実施例と同様の方法によりSiを含むDLC膜を形成した。
【0077】
得られたDLC膜を有するガイドワイヤの耐久性を以下のようにして測定した。
【0078】
外形2.9mm、内径2.3mmで長さが500mmのポリエチレンチューブを中央部で折り曲げて半径13mmのU字管を形成し、管内をイオン交換水で満たした。U字管にガイドワイヤを挿入し、端部を約1m/分の速度で引き抜き、引き抜く際の荷重をバネばかりで測定した。ガイドワイヤの引き抜きを20回以上繰り返しても荷重の値はほとんど変化せず、DLC膜による平滑化の効果が持続した。従って、本実施例のガイドワイヤは、密着性及び耐摩耗性に優れたDLC膜を有しており、優れた潤滑性と耐久性を有することが明らかである。
【0079】
本実施例のガイドワイヤに、抗血栓性のポリマーであるメチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体(GANTREZ−GN169)等をさらにコーティングしてもよい。このようにすれば、ガイドワイヤの抗血栓性をさらに向上させることができる。
【0080】
(第3の実施例)
以下に、本発明の第3の実施例について説明する。第3の実施例に係る医療器具は真空採血管である。
【0081】
プラスチック製真空採血管に第1の実施例と同様の方法によりSiを含むDLC膜を形成した。得られた真空採血管の1年間の常温保存後の真空度の低下は、DLC膜を形成していない真空採血管と比べて50%改善された。従って、本実施例の真空採血管は、密着性及び耐久性に優れたDLC膜を有していることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明に係る医療器具及びその製造方法は、長期に亘り医療器具の基材表面から剥離することがない優れた密着性と、表面が劣化しにくい優れた耐摩耗性とを兼ね備えたダイヤモンド様薄膜が形成された医療器具が実現でき、特に生体親和性、耐摩耗性及び耐蝕性が要求される医療器具等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の第1の実施例に係るステントの製造に用いたイオン化蒸着装置を示す概略図である。
【図2】(a)及び(b)は本発明の第1の実施例に係るステントのDLC膜表面と比較例に係るステントのDLC膜表面とを比較して示す電子顕微鏡写真である。
【図3】本発明の第1の実施例に係るステントの深さ方向における成分の変化を示すオージェ電子分光分析の結果である。
【図4】本発明の第1の実施例の変形例に係るステントの深さ方向における成分の変化を示すオージェ電子分光分析の結果である。
【図5】(a)及び(b)は本発明の第1の実施例に係るステントのDLC膜におけるSP2結合のSP3結合に対する存在比の測定結果を示し、(a)は表面におけるラマンスペクトルであり、(b)はステント本体との界面におけるラマンスペクトルである。
【図6】本発明の第1の実施例に係るステントのDLC膜に関してヤング率及びSP2結合のSP3結合に対する存在比とシリコン濃度との相関を示すグラフである。
【符号の説明】
【0084】
21 プラズマ発生器
22 ターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
医療器具本体と、
前記医療器具本体を覆い且つ硅素を含むダイヤモンド様薄膜とを備え、
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記医療器具本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化していることを特徴とする医療器具。
【請求項2】
前記ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下であることを特徴とする請求項1に記載の医療器具。
【請求項3】
前記ダイヤモンド様薄膜は、前記医療器具本体との界面において硅素の濃度が最も高いことを特徴とする請求項2に記載の医療器具。
【請求項4】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下であることを特徴とする請求項2又は3に記載の医療器具。
【請求項5】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、前記医療器具本体との界面における弾性係数よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の医療器具。
【請求項6】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が50GPa以上且つ400GPa以下であることを特徴とする請求項5に記載の医療器具。
【請求項7】
前記ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つ前記ダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、前記医療器具本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の医療器具。
【請求項8】
前記ダイヤモンド様薄膜は、フッ素を含み、前記ダイヤモンド様薄膜の表面におけるフッ素の濃度が、前記医療器具本体との界面と比べて高く且つフッ素の濃度が連続的に変化していることを特徴とする請求項1に記載の医療器具。
【請求項9】
前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面におけるフッ素の原子百分率濃度が1%以上且つ20%以下であることを特徴とする請求項8に記載の医療器具。
【請求項10】
前記ダイヤモンド様薄膜は、膜厚が5nm以上且つ300nm以下であることを特徴とする請求項1から9のいずれか1項に記載の医療器具。
【請求項11】
前記医療器具本体は、その表面における算術平均表面粗度が0.1nm以上且つ300nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の医療器具。
【請求項12】
前記医療器具本体は、金属材料、セラミックス材料及び高分子材料のうちの1つ又は2つ以上からなる複合体であることを特徴とする請求項1から11のいずれか1項に記載の医療器具。
【請求項13】
前記金属材料は、ステンレス、コバルトクロム系合金、チタン系合金又はコバルト系合金であることを特徴とする請求項12に記載の医療器具。
【請求項14】
前記医療器具本体は、ステント、カテーテル、ガイドワイヤ、ペースメーカーリード、体内留置用器材、注射針、メス、真空採血管、輸液バッグ、プレフィルドシリンジ又は傷口保持部品のいずれか1つであることを特徴とする請求項1から13のいずれか1項に記載の医療器具。
【請求項15】
医療器具本体を準備する工程(a)と、
前記医療器具本体の表面に硅素を含むダイヤモンド様薄膜を形成する工程(b)とを備え、
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記医療器具本体との界面と比べて低く且つ硅素の濃度が連続的に変化するように形成することを特徴とする医療器具の製造方法。
【請求項16】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、硅素濃度が最も高い部分における硅素の原子百分率濃度が50%以下となるように形成することを特徴とする請求項15に記載の医療器具の製造方法。
【請求項17】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、前記医療器具本体との界面において硅素の濃度が最も高くなるように形成することを特徴とする請求項16に記載の医療器具の製造方法。
【請求項18】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における硅素の濃度が、前記硅素濃度が最も高い部分における硅素の濃度の90%以下となるように形成することを特徴とする請求項16又は17に記載の医療器具の製造方法。
【請求項19】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、その表面における弾性係数が、前記医療器具本体との界面における弾性係数よりも大きくなるように形成することを特徴とする請求項15に記載の医療器具の製造方法。
【請求項20】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜は、グラファイト結合及びダイヤモンド結合を有し且つ前記ダイヤモンド様薄膜の表面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比が、前記医療器具本体との界面におけるグラファイト結合のダイヤモンド結合に対する存在比よりも小さくなるように形成することを特徴とする請求項15に記載の医療器具の製造方法。
【請求項21】
前記工程(b)において、前記ダイヤモンド様薄膜はフッ素を含み、前記ダイヤモンド様薄膜の表面におけるフッ素の濃度が、前記医療器具本体との界面と比べて高く且つフッ素の濃度が連続的に変化するように形成することを特徴とする請求項15に記載の医療器具の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−307085(P2007−307085A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−138246(P2006−138246)
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【出願人】(504184721)株式会社日本ステントテクノロジー (28)
【Fターム(参考)】