説明

チェーン張力付与機構

【課題】簡単な構成で、チェーンの適正張力を安定的に維持するとともに、チェーンの安定的な走行を確保しつつ、大きな張力変動や振動を効果的に吸収し、打撃音やチェーンにかかる負荷を低減するチェーン張力付与機構を提供すること。
【解決手段】スプロケット間を走行するチェーンを摺動案内する揺動チェーンガイド120をチェーン方向に付勢して張力を付与するチェーンテンショナ手段が、揺動チェーンガイド120の揺動を許容する弾性テンショナ手段130と、揺動チェーンガイド120の揺動位置を固定可能でチェーンに付与する張力を変更可能な剛性テンショナ手段110とを備えていること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スプロケット間を走行するチェーンを摺動案内する揺動チェーンガイドと、該揺動チェーンガイドをチェーン方向に付勢するチェーンテンショナとを有するチェーン張力付与機構に関し、例えば、エンジンルーム内のクランク軸とカム軸の夫々に設けたスプロケット間に無端懸回したサイレントチェーン、ローラチェーン等のタイミングチェーンをチェーンガイドによって張力保持、摺動案内を行うエンジンのタイミングシステムに好適なチェーン張力付与機構に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来周知のエンジンのタイミングシステムは、図6に示すように、エンジンルーム内のクランク軸に取り付けた駆動スプロケットS1とカム軸に取り付けた1対の従動スプロケットS2、S3間にタイミングチェーンCが無端懸回されてなり、タイミングチェーンCの緩み側区間においてチェーンテンショナ511に付勢されてタイミングチェーンCの張力を適正に保持して案内する揺動チェーンガイド520と、タイミングチェーンCの張り側区間においてタイミングチェーンCの走行を案内する固定チェーンガイドGとによって構成されている。
【0003】
このタイミングシステムのチェーン張力付与機構500は、揺動チェーンガイド520がエンジンルーム(図示せず)に取付軸Bで揺動自在に取り付けられており、揺動チェーンガイド520のパッド521が弾性テンショナ手段530のプランジャ531の先端部に当接してタイミングチェーンC側に揺動押圧されることでタイミングチェーンCの張力が適正に保持されるように構成されている。
【0004】
このチェーン張力付与機構500によれば、タイミングチェーンCが何らかの要因で振動した場合、プランジャ531の油圧およびバネ圧によって揺動チェーンガイド520が揺動し、油の流れによるダンピング特性によって該揺動が吸収されることによって、安定的に張力が維持される。
【0005】
しかしながら、弾性テンショナ手段530が揺動チェーンガイド520を弾性的に押圧しているため、ダンピングを低くして振動の吸収を重視すれば、タイミングチェーンCの僅かな張力変動や振動によっても揺動チェーンガイド520が揺動して、逆に、タイミングチェーンCの安定的な走行を阻害し、ダンピングを高くして安定性を重視すれば、大きな張力変動や振動が生じた場合、タイミングチェーンCに大きな負荷を与えたり、大きな打撃音が発生してしまうという問題があった。
【0006】
また、タイミングシステムの始動時には弾性テンショナ手段530の油圧が不十分なため押圧力が小さく、ダンピング特性も低いため、タイミングチェーンCの張力変動や振動を吸収することができない。
このため、タイミングシステムの始動時には、揺動チェーンガイド520がタイミングチェーンCの張力変動や振動によって激しい打撃音が生じてしまうという問題があった。
【0007】
これらの問題を軽減するために、油圧およびバネ圧によって作動する弾性テンショナ手段の油圧を電気的なアクチュエータによる押圧に代えたチェーン張力付与機構が公知である(例えば特許文献1等参照。)。
また、油圧およびバネ圧によって作動する弾性テンショナ手段に代えて、電気的なアクチュエータのみで張力が適正に保持されるように構成したチェーン張力付与機構も公知である(例えば特許文献2等参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−71362号公報(全頁、全図)
【特許文献2】特開2003−148569号公報(全頁、全図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に示すような公知のチェーン張力付与機構においては、弾性テンショナ手段の押圧力やダンピング特性を電気的に制御することが可能であり、後者の始動時の問題点は解消できるが、前者のダンピング特性に起因する問題に対処するためには、押圧力やダンピングを常にリアルタイムで制御する必要があるため、制御が極めて複雑となるという問題があった。
また、バネ圧も用いて押圧している以上、電気信号に対する応答特性や作動量には限界があるため、対処できる振動周波数や振動量の許容範囲が小さいという問題があった。
【0010】
上記特許文献2に示すような公知のチェーン張力付与機構も同様に、押圧力やダンピングを常にリアルタイムで制御する必要があるため、制御が極めて複雑となるという問題があった。
また、上記特許文献1に示すものより応答特性は優れるものの作動量は小さく、対処できる振動量の許容範囲が小さいという問題があった。
【0011】
本発明は、前述したような従来技術の問題を解決するものであって、すなわち、本発明の目的は、簡単な構成で、チェーンの適正張力を安定的に維持するとともに、チェーンの安定的な走行を確保しつつ、大きな張力変動や振動を効果的に吸収し、打撃音やチェーンにかかる負荷を低減するチェーン張力付与機構を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本請求項1に係る発明は、スプロケット間を走行するチェーンを摺動案内する揺動チェーンガイドと、該揺動チェーンガイドを前記チェーン方向に付勢してチェーンに張力を付与するチェーンテンショナ手段とを備えたチェーン張力付与機構において、前記チェーンテンショナ手段が、前記チェーンの振動や張力変動に応じて揺動チェーンガイドの揺動を許容する弾性テンショナ手段と、前記チェーンの振動や張力変動に抗して揺動チェーンガイドの揺動位置を固定可能な剛性テンショナ手段とを備え、該剛性テンショナ手段が、前記チェーンに付与する張力を変更可能に構成されていることにより、前記課題を解決するものである。
【0013】
本請求項2に係る発明は、請求項1に記載されたチェーン張力付与機構の構成に加えて、前記剛性テンショナ手段が、前記揺動チェーンガイドに対して進退可能なアクチュエータと、該アクチュエータの進退動作を制御する制御手段とを有し、該制御手段が、前記チェーンに必要な張力を付与する位置まで前記アクチュエータを移動させて固定するとともに、前記チェーンの振動量や張力変動量に応じて前記アクチュエータを前記チェーンに張力を付与しない位置に移動させることにより、前記課題を解決するものである。
【0014】
本請求項3に係る発明は、請求項2に記載されたチェーン張力付与機構の構成に加えて、前記揺動チェーンガイドが、前記剛性テンショナ手段のアクチュエータおよび弾性テンショナ手段との当接部に荷重センサを有し、前記制御手段が、前記荷重センサからの信号を受けて前記チェーンの振動量や張力変動量を演算あるいは予測することにより、前記課題を解決するものである。
【0015】
本請求項4に係る発明は、請求項2に記載されたチェーン張力付与機構の構成に加えて、前記制御手段が、前記チェーンが掛け回されるスプロケットの回転数の信号を受けて、前記チェーンの振動量や張力変動量を演算あるいは予測することにより、前記課題を解決するものである。
【0016】
本請求項5に係る発明は、請求項2乃至請求項4のいずれかに記載されたチェーン張力付与機構の構成に加えて、前記制御手段が、前記チェーンが掛け回されるスプロケットの回転数の信号を受けて、回転開始から所定の時間、前記アクチュエータを前記チェーンに張力を付与する位置に固定することにより、前記課題を解決するものである。
【0017】
本請求項6に係る発明は、請求項2乃至請求項5のいずれかに記載されたチェーン張力付与機構の構成に加えて、前記剛性テンショナ手段のアクチュエータが、周面が前記揺動チェーンガイドの当接部と当接する偏心カムと、前記制御手段の回転角指令により該偏心カムを回転駆動するモータとを有することにより、前記課題を解決するものである。
【0018】
本請求項7に係る発明は、請求項1乃至請求項6のいずれかに記載されたチェーン張力付与機構の構成に加えて、前記弾性テンショナ手段が、油圧およびバネ圧によって前記揺動チェーンガイドを付勢するように構成されていることにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0019】
本請求項1に係る発明のチェーン張力付与機構は、スプロケット間を走行するチェーンを摺動案内する揺動チェーンガイドと、該揺動チェーンガイドをチェーン方向に付勢してチェーンに張力を付与するチェーンテンショナ手段とを備えたチェーン張力付与機構において、チェーンテンショナ手段が、チェーンの振動や張力変動に応じて揺動チェーンガイドの揺動を許容する弾性テンショナ手段と、チェーンの振動や張力変動に抗して揺動チェーンガイドの揺動位置を固定可能な剛性テンショナ手段とを備え、該剛性テンショナ手段が、チェーンに付与する張力を変更可能に構成されていることにより、チェーンの振動や張力変動が少なく安定走行が予想される場合は、剛性テンショナ手段により適正な張力を付与した位置で揺動チェーンガイドの揺動位置を固定し、チェーンが大きく張力変動したり振動することが予想される場合は、剛性テンショナ手段により付与する張力をゼロとすることで弾性テンショナ手段により揺動チェーンガイドが揺動して張力変動や振動を吸収できるように切り替えることが可能となる。
【0020】
このことで、チェーンの適正張力を安定的に維持し、剛性テンショナ手段によりチェーンの安定的な走行を確保しつつ、弾性テンショナ手段により大きな張力変動や振動を効果的に吸収することを両立でき、打撃音やチェーンにかかる負荷を低減することができる。
【0021】
本請求項2に係る発明のチェーン張力付与機構は、請求項1に係るチェーン張力付与機構が奏する効果に加えて、揺動チェーンガイドに対して進退可能なアクチュエータと、該アクチュエータの進退動作を制御する制御手段とを有し、該制御手段が、チェーンに必要な張力を付与する位置までアクチュエータを移動させて固定するとともに、チェーンの振動量や張力変動量に応じて前記アクチュエータをチェーンに張力を付与しない位置に移動させることにより、簡単な構成で剛性テンショナ手段と弾性テンショナ手段の切り替えが可能となる。
【0022】
本請求項3に係る発明のチェーン張力付与機構は、請求項2に係るチェーン張力付与機構が奏する効果に加えて、揺動チェーンガイドが、剛性テンショナ手段のアクチュエータおよび弾性テンショナ手段との当接部に荷重センサを有し、制御手段が、荷重センサからの信号を受けてチェーンの振動量や張力変動量を演算あるいは予測することにより、荷重の変化からチェーンの振動量や張力変動量が大きくなることを検出することができ、的確に剛性テンショナ手段と弾性テンショナ手段の切り替えが可能となる。
【0023】
本請求項4に係る発明のチェーン張力付与機構は、請求項2に係るチェーン張力付与機構が奏する効果に加えて、制御手段が、前記チェーンが掛け回されるスプロケットの回転数の信号を受けて、前記チェーンの振動量や張力変動量を演算あるいは予測することにより、チェーンの振動量や張力変動量が大きくなる始動時やチェーンが共振しやすい回転数の時に、的確に剛性テンショナ手段と弾性テンショナ手段の切り替えが可能となる。
【0024】
本請求項5に係る発明のチェーン張力付与機構は、請求項2乃至請求項4のいずれかに係るチェーン張力付与機構が奏する効果に加えて、制御手段が、チェーンが掛け回されるスプロケットの回転数の信号を受けて、回転開始から所定の時間、アクチュエータをチェーンに張力を付与する位置に固定することにより、回転開始後、弾性テンショナ手段によって張力変動や振動を吸収できない期間に、剛性テンショナ手段によって揺動チェーンガイドの揺動を抑制し、激しい打撃音の発生を防止することができる。
【0025】
本請求項6に係る発明のチェーン張力付与機構は、請求項2乃至請求項5のいずれかに係るチェーン張力付与機構が奏する効果に加えて、剛性テンショナ手段のアクチュエータが、周面が揺動チェーンガイドの当接部と当接する偏心カムと、制御手段の回転角指令により該偏心カムを回転駆動するモータとを有することにより、簡単な構成で、確実に作動し剛性の高い剛性テンショナ手段を構成することができる。
【0026】
本請求項7に係る発明のチェーン張力付与機構は、請求項1乃至請求項6のいずれかに係るチェーン張力付与機構が奏する効果に加えて、弾性テンショナ手段が、油圧およびバネ圧によって揺動チェーンガイドを付勢するように構成されていることにより、従来周知の弾性テンショナ手段をそのまま採用し、剛性テンショナ手段を付加するだけで良く、簡単な構成でチェーン張力付与機構を構成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明のチェーン張力付与機構を備えたタイミングシステムの説明図。
【図2】本発明の第1実施例であるチェーン張力付与機構の拡大説明図。
【図3】図2のチェーン張力付与機構の弾性テンショナ手段作動時の説明図。
【図4】本発明の第2実施例であるチェーン張力付与機構の拡大説明図。
【図5】図4のチェーン張力付与機構の弾性テンショナ手段作動時の説明図。
【図6】従来のチェーン張力付与機構を備えたタイミングシステムの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明は、スプロケット間を走行するチェーンを摺動案内する揺動チェーンガイドと、該揺動チェーンガイドをチェーン方向に付勢して張力を付与するチェーンテンショナ手段とを備えたチェーン張力付与機構において、チェーンテンショナ手段が、チェーンの振動や張力変動に応じて揺動チェーンガイドの揺動を許容する弾性テンショナ手段と、チェーンの振動や張力変動に抗して揺動チェーンガイドの揺動位置を固定可能な剛性テンショナ手段とを備え、該剛性テンショナ手段が、チェーンに付与する張力を変更可能に構成され、簡単な構成で、チェーンの適正張力を安定的に維持するとともに、チェーンの安定的な走行を確保しつつ、大きな張力変動や振動を効果的に吸収し、打撃音やチェーンにかかる負荷を低減するものであれば、その具体的な実施態様はいかなるものであっても何ら構わない。
【0029】
すなわち、本発明のチェーン張力付与機構の揺動チェーンガイドのチェーン摺動面は、チェーンガイドを摺動性の良好な材料で一体に成形して構成しても良く、チェーンとの摺動性の良好な走行案内シュー部材を着脱可能に設けても良い。
【0030】
また、本発明のチェーン張力付与機構の揺動チェーンガイドのチェーン摺動面の具体的な素材としては、チェーンとの摩擦抵抗の少ないものであればいかなるものでも良く、特に、高温環境下で耐久性を発揮するとともにチェーンの円滑な摺接走行を達成することが可能である素材が好適であり、例えば、ポリアミド6樹脂、ポリアミド46樹脂、ポリアミド66樹脂、ポリアセタール樹脂など合成樹脂材料などの素材を用いるのが好ましい。
【0031】
以下に、本発明の一実施例であるチェーン張力付与機構100の基本的な構成について、図面に基づいて説明する。
本発明の一実施例であるチェーン張力付与機構100は、図1に示すように、従来と同様に、エンジンルーム内のクランク軸に取り付けた駆動スプロケットS1とカム軸に取り付けた1対の従動スプロケットS2、S3間にタイミングチェーンCが無端懸回されるエンジンのタイミングシステムに用いられる。
【0032】
チェーン張力付与機構100は、スプロケットS1、S2間を走行するタイミングチェーンCを摺動案内する揺動チェーンガイド120と、該揺動チェーンガイド120をタイミングチェーンC方向に付勢してタイミングチェーンCに張力を付与するチェーンテンショナ手段とからなる。
【0033】
チェーンテンショナ手段は、タイミングチェーンCの振動や張力変動に応じて揺動チェーンガイド120の揺動を許容する弾性テンショナ手段130と、タイミングチェーンCの振動や張力変動に抗して揺動チェーンガイド120の揺動位置を固定可能な剛性テンショナ手段110とからなる。
【0034】
揺動チェーンガイド120は、エンジンルーム(図示せず)に取付軸Bで揺動自在に取り付けられ、弾性テンショナ手段130のプランジャ131の先端部が当接するパッド121と、剛性テンショナ手段110の偏心カム112の周面部が当接するパッド122を有しており、タイミングチェーンC側に押圧される。
【0035】
弾性テンショナ手段130は、従来のものと同様に、油圧およびバネ圧でプランジャ131を突出方向に付勢し、パッド121を介して揺動チェーンガイド120を押圧し、プランジャ131の付勢力に抗して揺動チェーンガイド120が揺動することで、タイミングチェーンCの張力変動や振動が吸収されるように構成されている。
【0036】
剛性テンショナ手段110は、エンジンルーム(図示せず)に固定されるモータ111と、該モータ111の出力軸113に固定されて回転する偏心カム112とを有するアクチュエータから構成されている。
モータ111は、偏心カム112を回転させるとともに任意の回転角で固定可能であり、偏心カム112を回転させてタイミングチェーンCに所定の張力を与える位置までパッド122を介して揺動チェーンガイド120を押圧し、当該位置に固定可能に構成されている。
【0037】
また、偏心カム112は、所定の回転位置でタイミングチェーンCに張力を全く付与しない、すなわち、偏心カム112の周面とパッド122が充分に離間する状態とすることが可能となる形状に構成されている。
【0038】
これらの構成により、剛性テンショナ手段110による揺動チェーンガイド120が揺動しない張力付与と、弾性テンショナ手段130による揺動チェーンガイド120が弾性的に揺動する張力付与とを、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量に応じて適宜変更することが可能となり、チェーンの安定的な走行を確保しつつ、大きな張力変動や振動を効果的に吸収することが可能となる。
【0039】
なお、モータ111はいかなる種類のモータであっても良く、出力軸113が減速手段を介して回転するものであっても良い。
また、剛性テンショナ手段110は、タイミングチェーンCに所定の張力を与える位置までパッド122を介して揺動チェーンガイド120を押圧し、当該位置に固定可能なものであれば、他のいかなる構造のアクチュエータで構成されても良い。
【0040】
さらに、弾性テンショナ手段130も、揺動チェーンガイド120を弾性的に揺動可能に押圧し、タイミングチェーンCの張力変動や振動が吸収されるものであれば、いかなる構造のものであっても良い。
また、本実施例では、弾性テンショナ手段130が取付軸B側、剛性テンショナ手段110が揺動先端側に配置されているが、逆の配置であっても良い。
【実施例1】
【0041】
次に、本発明の第1実施例であるチェーン張力付与機構100の構成および動作について、図2、図3に基づいて説明する。
本発明の第1実施例であるチェーン張力付与機構100は、前述した基本的な構成を有するとともに、偏心カム112の周面部が当接するパッド122および弾性テンショナ手段130のプランジャ131の先端部が当接するパッド121には荷重センサ123、124が設けられている。
【0042】
そして、荷重センサ123、124からの信号を受けて、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量を演算あるいは予測するとともに、剛性テンショナ手段110のモータ111の回転を制御してタイミングチェーンCに付与する張力を変更する制御手段101を有している。
また、制御手段101は、チェーン張力付与機構100が組み込まれたエンジンを搭載した車輌の集中制御装置等の上位制御手段102から情報を受信可能に構成されている。
【0043】
まず、通常時は、図2に示すように、制御手段101は、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置となるように、モータ111を回転させてその回転位置で固定している。
この状態で、剛性テンショナ手段110により適正な張力を付与した位置で揺動チェーンガイド120の揺動位置が固定されるため、タイミングチェーンCの安定的な走行が確保される。
【0044】
そして、制御手段101は、荷重センサ123、124からの信号を常に受けて、その信号の瞬時値や変化量を監視し、例えば、予め記憶されたパターンとマッチング等を行うことで、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値より大きい、あるいは、大きくなることを演算あるいは予測する。
【0045】
タイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値より大きい、あるいは、大きくなると判断された時、制御手段101は、モータ111を回転させて、偏心カム112を、図3に示すような、タイミングチェーンCに張力を全く付与しない、すなわち、偏心カム112の周面とパッド122が充分に離間する位置まで速やかに回転させる。
【0046】
この状態では、弾性テンショナ手段130により、油圧およびバネ圧でプランジャ131を突出方向に付勢し、パッド121を介して揺動チェーンガイド120を押圧し、プランジャ131の付勢力に抗して揺動チェーンガイド120が揺動することで、タイミングチェーンCの張力変動や振動が吸収され、打撃音やタイミングチェーンCにかかる負荷が低減される。
【0047】
そして、制御手段101は、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値以内であると判断すると、モータ111を回転させて、図2に示す、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置に復帰させる。
【0048】
なお、エンジン始動時は常に弾性テンショナ手段130の油圧が不十分なため押圧力が小さく、ダンピング特性も低いため、制御手段101が、上位制御手段102からエンジン停止の情報を得た場合も、図2に示す、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置となるようにしても良い。
【0049】
また、弾性テンショナ手段130の油圧が充分に上昇するまでのタイムラグを考慮して、図2に示す、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置に所定時間固定し、制御手段101によって、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値より大きい、あるいは、大きくなると判断されても、図3に示す、偏心カム112の周面とパッド122が充分に離間する位置への変更動作は行わないようにしても良い。
【0050】
本実施例では、荷重センサ123、124がパッド122、121に埋めこまれているように図示しているが、パッド122、121自体が圧電素子等で構成されて荷重センサ123、124を兼ねても良く、パッド122、121と揺動チェーンガイド120との間に荷重センサ123、124を挟みこむようにしても良く、偏心カム112の周面によるパッド122への押圧力に係わる信号およびプランジャ131によるパッド121への押圧力に係わる信号が直接、あるいは、間接的に検出できるものであれば、その構造、配置等はいかなるものであっても良い。
また、パッド122、121および荷重センサ123、124が、それぞれ異なる構造であっても良い。
【実施例2】
【0051】
次に、本発明の第2実施例であるチェーン張力付与機構100の構成および動作について、図4、図5に基づいて説明する。
本発明の第2実施例であるチェーン張力付与機構100は、前述した基本的な構成を有するとともに、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量を演算あるいは予測するとともに、剛性テンショナ手段110のモータ111の回転を制御してタイミングチェーンCに付与する張力を変更する制御手段201とを有し、該制御手段201は、チェーン張力付与機構100が組み込まれたエンジンを搭載した車輌の集中制御装置等の上位制御手段202から情報を受信可能に構成されている。
【0052】
まず、第1実施例と同様に、通常時は、図4に示すように、制御手段201は、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置となるように、モータ111を回転させてその回転位置で固定している。
この状態で、剛性テンショナ手段110により適正な張力を付与した位置で揺動チェーンガイド120の揺動位置が固定されるため、タイミングチェーンCの安定的な走行が確保される。
【0053】
そして、制御手段201は、上位制御手段202から回転数の情報を常に受けて、タイミングチェーンCが共振時等の、タイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値より大きい、あるいは、大きくなる回転数であるか否かを演算あるいは予測する。
【0054】
タイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値より大きい、あるいは、大きくなると判断された時、制御手段201は、モータ111を回転させて、偏心カム112を、図5に示すような、タイミングチェーンCに張力を全く付与しない、すなわち、偏心カム112の周面とパッド122が充分に離間する位置まで速やかに回転させる。
【0055】
この状態では、弾性テンショナ手段130により、油圧およびバネ圧でプランジャ131を突出方向に付勢し、パッド121を介して揺動チェーンガイド120を押圧し、プランジャ131の付勢力に抗して揺動チェーンガイド120が揺動することで、タイミングチェーンCの張力変動や振動が吸収され、打撃音やタイミングチェーンCにかかる負荷が低減される。
【0056】
そして、制御手段201は、上位制御手段202からの回転数の情報が変化してタイミングチェーンCの振動量や張力変動量が所定の値以内であると判断すると、モータ111を回転させて、図4に示す、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置に復帰させる。
【0057】
エンジン始動時は、常に弾性テンショナ手段130の油圧が不十分なため押圧力が小さく、ダンピング特性も低いため、制御手段201が、上位制御手段202から回転数ゼロの情報を得た場合も、図4に示す、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置となるよう動作する。
【0058】
そして、弾性テンショナ手段130の油圧が充分に上昇するまでのタイムラグを考慮して、図4に示す、タイミングチェーンCに所定の張力を付与するような偏心カム112の回転位置に所定時間固定し、制御手段201による回転数に基づく制御は、当該所定時間は行わない。
【0059】
このことにより、回転開始後、弾性テンショナ手段130によって張力変動や振動を吸収できない期間に、剛性テンショナ手段110によって揺動チェーンガイド120の揺動を抑制し、激しい打撃音の発生を防止することができる。
【0060】
以上説明したように、本発明によれば、簡単な構成で、チェーンの適正張力を安定的に維持するとともに、チェーンの安定的な走行を確保しつつ、大きな張力変動や振動を効果的に吸収し、打撃音やチェーンにかかる負荷を低減するなど、その効果は甚大である。
【0061】
なお、上記実施例では、制御手段101、201と上位制御手段102、202を独立して説明したが、物理的に1つの制御手段でもよく、演算や処理の機能を分離して信号伝達経路で結ばれた物理的に複数の手段としても良い。
また、上記実施例は、エンジンのタイミングシステムに適用したもので説明したが、同様の挙動を示すものであれば、いかなる伝動装置に適用しても良い。
【符号の説明】
【0062】
100、500 ・・・チェーン張力付与機構
101 ・・・制御手段
102 ・・・車輌制御装置
201 ・・・制御手段
202 ・・・上位制御手段
110 ・・・剛性テンショナ手段
111 ・・・モータ
112 ・・・偏心カム
113 ・・・出力軸
120、520 ・・・揺動チェーンガイド
121、521 ・・・パッド
122 ・・・パッド
123 ・・・荷重センサ
124 ・・・荷重センサ
130、530 ・・・弾性テンショナ手段
131、531 ・・・プランジャ
C ・・・タイミングチェーン
S1 ・・・駆動スプロケット
S2、S3 ・・・従動スプロケット
B ・・・取付軸
G ・・・固定チェーンガイド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スプロケット間を走行するチェーンを摺動案内する揺動チェーンガイドと、該揺動チェーンガイドを前記チェーン方向に付勢してチェーンに張力を付与するチェーンテンショナ手段とを備えたチェーン張力付与機構において、
前記チェーンテンショナ手段が、前記チェーンの振動や張力変動に応じて揺動チェーンガイドの揺動を許容する弾性テンショナ手段と、前記チェーンの振動や張力変動に抗して揺動チェーンガイドの揺動位置を固定可能な剛性テンショナ手段とを備え、
該剛性テンショナ手段が、前記チェーンに付与する張力を変更可能に構成されていることを特徴とするチェーン張力付与機構。
【請求項2】
前記剛性テンショナ手段が、前記揺動チェーンガイドに対して進退可能なアクチュエータと、該アクチュエータの進退動作を制御する制御手段とを有し、
該制御手段が、前記チェーンに必要な張力を付与する位置まで前記アクチュエータを移動させて固定するとともに、前記チェーンの振動量や張力変動量に応じて前記アクチュエータを前記チェーンに張力を付与しない位置に移動させることを特徴とする請求項1に記載のチェーン張力付与機構。
【請求項3】
前記揺動チェーンガイドが、前記剛性テンショナ手段のアクチュエータおよび弾性テンショナ手段との当接部に荷重センサを有し、
前記制御手段が、前記荷重センサからの信号を受けて前記チェーンの振動量や張力変動量を演算あるいは予測することを特徴とする請求項2に記載のチェーン張力付与機構。
【請求項4】
前記制御手段が、前記チェーンが掛け回されるスプロケットの回転数の信号を受けて、前記チェーンの振動量や張力変動量を演算あるいは予測することを特徴とする請求項2に記載のチェーン張力付与機構。
【請求項5】
前記制御手段が、前記チェーンが掛け回されるスプロケットの回転数の信号を受けて、回転開始から所定の時間、前記アクチュエータを前記チェーンに張力を付与する位置に固定することを特徴とする請求項2乃至請求項4のいずれかに記載のチェーン張力付与機構。
【請求項6】
前記剛性テンショナ手段のアクチュエータが、周面が前記揺動チェーンガイドの当接部と当接する偏心カムと、前記制御手段の回転角指令により該偏心カムを回転駆動するモータとを有することを特徴とする請求項2乃至請求項5のいずれかに記載のチェーン張力付与機構。
【請求項7】
前記弾性テンショナ手段が、油圧およびバネ圧によって前記揺動チェーンガイドを付勢するように構成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれかに記載のチェーン張力付与機構。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−122510(P2012−122510A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271783(P2010−271783)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000003355)株式会社椿本チエイン (861)
【Fターム(参考)】