説明

チップ上におけるリン酸化の検出方法

【課題】ペプチドアレイを用いる測定系において、生体分子の非特異的な影響を受けることなく、結合シグナルを増幅させることにある。特に表面プラズモン(SPR)測定に用いてプロテインキナーゼによるリン酸化を検出する際に、信頼性の高いデータを得ることのできる解析方法を提供する。
【解決手段】酵素反応の基質となるペプチドが基板上に固定化されてなるペプチドアレイであって、基板に固定化される部位と基質となるペプチドとの間に親水性化合物、好ましくはポリエチレングリコール(PEG)からなるスペーサー配列が挿入されるものを用いた基板上におけるリン酸化の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば表面プラズモン共鳴(SPR)を用いることにより、チップ上におけるリン酸化の検出方法に関する。より詳細には、ペプチドが固定化されてなるチップ上で、プロテインキナーゼを含有するもしくは含有すると考えられる溶液を作用させることにより該固定化されたペプチドのリン酸化を検出する方法において、ポリエチレングリコール(PEG)のような親水性高分子を挿入させたペプチドが固定化されてなるアレイを用い、かつリン酸化の検出に際してキレート化合物を作用させる事を特徴とする検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体分子の相互作用解析、発現分子のプロファイリング、もしくは診断に用いるバイオチップが注目を集めている。基板上に生体分子が固定化されることで操作が容易になり、場合によっては非常に多くの物質の相互作用を解析することができる。特に比較的分子量の小さなペプチドを基板上に固定化したペプチドアレイは、蛋白質のような変性の問題が比較的少なく、またコンビナトリアルケミストリーの側面が強いことから、近年酵素の基質探索や、あるいはインヒビターの探索などに広く用いられるようになってきている。なかでも、ポストゲノムの中にあっては、蛋白質の翻訳後修飾、特にリン酸化の解析は蛋白質の活性調節、機能調節を詳細に解明するうえで重要である。
【0003】
既に報告されている関連技術として、例えばSPOT技術によりセルロースメンブラン上で直接ペプチドを合成し、その後チップ上に固定化する技術が知られている。この技術を利用して、p60チロシンキナーゼの基質をチップ上に固定化し、蛍光物質もしくは放射性物質を用いてキナーゼ活性を評価したことが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。また、同様の技術で作製されたペプチドアレイを用いて、プロテインキナーゼA(以下、PKAと示すこともある。)やNIMA−related キナーゼ6(NEK6)などの活性を、放射性物質を用いてアッセイしたことについての報告(例えば、非特許文献2及び3参照)もある。その他、アビジンでコートした基板上にビオチン結合したペプチドを固定化し、PKA活性を検討した例(例えば、非特許文献4参照)もある。しかしながら、上記いずれの方法においても、検出の際のバックグラウンドがスポットを観察する上で悪影響し、その低減が大きな課題となっている。更には、放射性物質を用いる方法が主流であり、安全性の問題はもとより専用施設を設置する必要性もあり、限られた研究機関でしか実施できないという問題がある。あるいは抗体を用いる方法の場合には、そのコストや要求特性が十分でないなどの課題があり、必ずしも満足なものであるとは言い難いのが実情である。
【0004】
【非特許文献1】Curr.Opin.Biotechnol. 13,315,2002
【非特許文献2】Angew.Chem.Int.Ed. 43,2671,2004
【非特許文献3】Nature Methods 1,27,2004
【非特許文献4】J.Biol.Chem. 277,27839,2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、簡便で安全な方法による、創薬スクリーニングのためのハイスループット対応も可能であるOn−chipでのプロテインキナーゼ活性の検出のための評価系を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示すような手段により、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。すなわち、本発明は以下のような構成からなる。
(1)ペプチドのリン酸化を検出する方法であって、アミノ酸配列の中に親水性化合物が挿入されてなる該ペプチドを基板上に固定化したアレイと、キレート化合物を接触させることを特徴とするチップ上のリン酸化の検出方法。
(2)親水性化合物がポリエチレングリコール(PEG)であることを特徴とする(1)のリン酸化の検出方法。
(3)親水性化合物の分子量が100〜1000であることを特徴とする(1)又は(2)のリン酸化の検出方法。
(4)親水性化合物の分子量が400〜1000であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(5)基板に固定化される部位としてシステイン残基が付加されていることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(6)アレイ表面が金であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(7)基板が透明基板であることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(8)キレート化合物がポリアミン亜鉛錯体であることを特徴とする(1)〜(7)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(9)キレート化合物がポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体であることを特徴とする(1)〜(8)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(10)キレート化合物が式(I)に記載される化合物であることを特徴とする(1)〜(9)のいずれかのリン酸化の検出方法。
【化1】

(11)キレート化合物がビオチンにより修飾されていることを特徴とする(1)〜(10)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(12)アレイが表面プラズモン共鳴(SPR)解析に用いられることを特徴とする(1)〜(11)のいずれかのリン酸化の検出方法。
(13)アレイが蛍光もしくは発光による解析に用いられることを特徴とする(1)〜(12)のいずれかのリン酸化の検出方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明におけるアレイを用いた特にSPRによる相互作用解析により、On−chipでのプロテインキナーゼの活性検出のための測定系を得ることができる。アレイでの解析を行うことにより、ハイスループット化への対応も可能である点も有用である。特に製薬業界に対して、リン酸化阻害剤などの新規な創薬スクリーニングのための評価系として非常に有用なものとして期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、例えばSPRによる相互作用解析により、On−chipでのプロテインキナーゼによるリン酸化の網羅的な検出を行うことを特徴とする。特に、SPRを用いることにより、ラベルフリーに解析できる長所があり、一般的なチップ、アレイにおいては、放射線同位体等によるラベル手段による検出が必要なことに比べて、簡便性のみならず安全性の点でも優位である。この場合、最終的に物質が結合したかどうかだけを検出することができ、相互作用に関係のない物質が非特異的に吸着しても、誤って検出されることはない。従って、相互作用する対象物質がネガティブコントロールに対して非特異的に吸着してなければ、正確に測定できているものと判断することができる。
【0009】
本発明において用いられる基板の素材は、特に限定されるものではないが、金、銀などの金属が好適に用いられる。なかでも、酸・アルカリ・有機溶媒などに非常に安定な金が好ましい。実際、金は上記光学的検出方法で多用される物質である。また、金を支持する物質は透明である方が好ましく、透明なガラスであるとより好ましい。透明なガラスは容易に入手できるだけでなく、SPR測定に極めて適しているからである。
【0010】
金属基板を形成する方法としては、金属薄層をコーティングする方法が好ましい。金属をコーティングする方法は特に限定されるものではないが、一般的に蒸着法、スパッタリング法、イオンコーティング法などが選択される。光学的な検出方法に供するために、金属薄層の厚みをナノレベルでコントロールする必要がある。金属薄層の厚みも特に限定されるものではないが、一般的には30nmから80nmの範囲で選択される。金属薄層の剥離を抑制するため、0.5nmから10nmのクロム層やチタン層を予め基板にコーティングしておいてもよい。
【0011】
このSPRをアレイ解析技術に応用したSPRイメージング法は、広範囲に偏光光束を照射し、その反射像を解析することで、物質間の相互作用の様子を、画像処理技術等を駆使することによりモニター化する方法であり、複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することが可能である。SPRイメージング法においては、反射像を解析するためにチップに広範囲で偏光光束を照射し、かつ光束の照度を十分に確保するための手段が必要である。図1においてその一例を示した。偏光光束の照度は明るいほどセンサーの感度が上昇してより好ましい。
【0012】
光源の種類は特に限定されるものではないが、SPR共鳴角の変化が特に敏感になる近赤外光を含む光を用いるのが好ましい。具体的には、メタルハライドランプ、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、白熱灯などの広範囲に光を照射することのできる白色光源を用いることができるが、なかでも得られる光の強度が十分に高く、光の電源装置が簡易で安価なハロゲンランプが特に好ましい。
【0013】
通常の白色光源はフィラメント部に光の明暗ムラが生じる欠点がある。光源の光をそのまま照射すると、反射して得られる像に明暗ムラが生じ、スクリーニングやモルホロジー変化を評価するのが困難となる。したがって、チップに均一に光を照射する手段として、光をピンホールに通してから平行光にする方法が好ましい。ピンホールを通す手段は、明るさの均一な光束を得る手段としては好ましいが、そのままピンホールに光を通すと照度が低下する欠点がある。そこで、十分な照度を確保する手段として、ピンホールと光源の間に凸レンズを設置し、集光してピンホールを通す方法を用いることが好ましい。
【0014】
白色光源は放射光であるため、集光する前に凸レンズを用いて平行光にする必要がある。凸レンズの焦点距離近傍に光源を設置することで、平行光を得ることができる。もう一枚凸レンズを設置し、そのレンズの焦点距離近傍にピンホールを設置することで集光した光をピンホールに通すことが可能である。ピンホール内で交差し、通過した光はカメラ用のCCTVレンズで平行光とするが、その際に得られる平行光束の断面面積は10〜1000mmに調節するのが好ましい。この方法によって広範囲にわたるスクリーニングやモルホロジー観察が可能となる。
【0015】
相互作用をモニターする際に、上記偏光光束は物質あるいは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射される。上記偏光光束は物質もしくは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射され、その反射光束が得られる。金属薄膜からの反射光束は近赤外波長の光干渉フィルターを通し、ある波長付近の光のみを透過させてからCCDカメラにより撮影される。
【0016】
光干渉フィルターの中心波長は、SPRの感度が高い600〜1000nmが好ましい。光干渉フィルターの透過率が極大時の半分になる波長の波長幅を半値巾と呼ぶが、半値巾は小さい方が波長の分布がシャープとなり好ましく、具体的には半値巾100nm以下が好ましい。光干渉フィルターを通してCCDカメラで撮影された像はコンピュータに取り込まれ、ある部分の明るさの変化をリアルタイムで評価することや、画像処理により全体像の評価が可能である。こうして複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することができる。
【0017】
本発明において用いるSPR用のチップは好ましくは透明な基板上に金属薄膜が形成された金属基板からなり、上記金属薄膜上に直接的もしくは間接的に、化学的もしくは物理的に、物質もしくは物質の集合体が固定化されているスライドが用いられる。基板の素材は特に限定されるものではないが、透明なものを用いるのが好ましい。具体的にはガラス、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、アクリルなどのプラスチック類が挙げられる。中でもガラスが特に好ましい。
【0018】
基板の厚さは0.1〜20mm程度が好ましく1〜2mm程度がより好ましい。金属薄膜からの反射像を評価する目的を達成するために、SPR共鳴角はできるだけ小さい方が撮影される画像がひしゃげる恐れがなく解析がしやすい。したがって、透明基板あるいは透明基板とそれに接触するプリズムの屈折率nは1.5以上であることが好ましい。
【0019】
本発明においては、ペプチドが上述したような基板上に固定化されたアレイを用いる。ペプチドは、プロテインキナーゼの基質として機能しうるようなアミノ酸配列を含有するものを少なくとも1つ、好ましくは異なる種類のプロテインキナーゼによりリン酸化を受けるアミノ酸配列のものを複数種が用いられる。更には、測定に関する信頼性を確認するために、予めリン酸化されたアミノ酸残基を含むもの(ポジティブコントロール)、あるいはネガティブコントロールも同じ基板上に固定化されているのが好ましい。ネガティブコントロールを用いる場合は、リン酸化部位がセリン残基、スレオニン残基の場合はアラニン残基に、リン酸化部位がチロシン残基の場合はフェニルアラニン残基に置換されたものが好ましい。合成のしやすさ、取り扱いやすさ、保存安定性などの点では、比較的低分子量のペプチドを用いる方が好ましい。ここでペプチドとは一般的に用いられる意味のものを指し、アミノ酸が2個以上ペプチド結合により連結されたものである。そのアミノ酸残基の数は特に限定されないが、通常は5〜60残基程度であり、7〜30残基程度が好ましく、10〜25残基程度がより好ましい。
【0020】
本発明のペプチドアレイにおけるペプチドの固定化方法は特に限定されるものではなく、ペプチド配列におけるアミノ基やチオール基のような官能基を介した方法、Hisタグ、GSTタグ、MBPタグなどのアフィニティ結合を利用する方法などが挙げられる。この中では、特にチオール基を介してペプチドを固定化する方法が、特異性、感度の両面から特に好ましい。
【0021】
固定化されるペプチドのアミノ酸配列において少なくとも1箇所以上のシステイン残基が存在することが好ましい。システイン残基は固定化されるペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列として必須な残基として存在している場合であっても、あるいはペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列に対してさらに付加された場合であってもよい。固定化されるペプチドにおけるシステイン残基の存在位置は特に限定されないが、好ましくは少なくとも一方の末端に、より好ましくは一方の末端のみに付加されてなる方がよい。一方の末端にシステイン残基を付加させる場合、システイン残基のみを付加してもよいが、固定化されたペプチドの自由度を上げることにより作用させる物質との相互作用の効率を高めるためにスペーサーとして1乃至数残基のアミノ酸配列をさらに付加させてもよい。スペーサー部分のアミノ酸配列は特に限定されないが、なかでもグリシン残基及び/又はアラニン残基もしくはセリン残基が1乃至数個の配列を付加させることが特に好ましい。
【0022】
本発明においては、上記基板に固定化される部位と基質配列部位との間にスペーサーとして親水性化合物が挿入されていることを特徴とする。親水性化合物の分子量は特に限定されないが、100〜1000が好ましく、400〜1000がより好ましい。また、上記親水性化合物とともに、アミノ酸残基数が2〜10個、より好ましくは2〜6個からなるスペーサー配列を更に付加させてもよい。スペーサー配列を構成するアミノ酸残基の種類は特に限定されるものではないが、高次構造の形成を起こしにくいアミノ酸を含むことが好ましい。具体的には、少なくとも1つはグリシン残基を含むことが好ましい。より好ましくは、1残基のグリシン(G)、2残基のグリシン(GG)、グリシンとアラニン(GAもしくはAG)、あるいはグリシンとセリン(GSもしくはSG)残基の繰り返しを1回以上、更に好ましくは2回以上含んでなる。
【0023】
ここで、親水性化合物とは水に可溶もしくは水に膨潤する性質をもつ、繰り返し単位をもつ化合物のことをいうものであり、合成物であっても天然物であってもよい。具体的に例示すると、親水性高分子としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリ(メタ)アクリル酸塩、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリエチレンイミン、ポリビニルピロリドン、カルボン酸もしくはその塩やスルホン酸もしくはその塩を含有するモノマーまたはポリエチレングリコール等の親水性部分を共重合させたポリエステルやポリウレタン、カルボキシメチルセルロース、さらにはキトサン、カラギーナン、グルコマンナンなどの多糖類が挙げられる。なかでも、ポリエチレングリコール(PEG)が特に好ましい。こうしたスペーサーを付加させることにより、固定化された基質ペプチドの自由度を向上させることができ、その結果としてプロテインキナーゼの固定化ペプチドへのアクセスが容易になることより、受けるリン酸化作用の効率をより高めることが可能となる。
【0024】
また、固定化されるペプチドに対して、チオール基を有する化合物が1箇所以上のいずれかのアミノ酸残基において化学結合されている状態のものを用いてもよい。該化合物の結合箇所も特に限定はされないが、いずれかの末端のアミノ酸残基に結合されていることが好ましい。また、親水性化合物の挿入される位置に関しても、固定化部位とリン酸化を受ける部位との間であれば、特には制限されるものではないが、固定化部位に近接している方がより好ましい。親水性化合物の挿入されたペプチドの合成方法も特に限定されるものではなく、例えば市販されているペプチド合成用の保護基で修飾されている化合物を用いることにより容易に得ることが可能である。保護基の種類も特に限定されるものではなく、Fmoc基、tBoc基などの一般的なものが用いられる。
【0025】
本発明において、チオール基を介してペプチドを固定化する場合、予めアミノ基を表面に導入した後、スクシンイミド(NHS)基もしくは硫酸スクシンイミド基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型架橋剤を用いることが特に好ましい。このようなヘテロ二官能型架橋剤としては、PEGのような親水性高分子の両端がNHS基とMAL基で修飾されたものを用いることも可能であるが、ペプチドの固定化収率を向上させるためには、より低分子量のものを用いてもよい。具体的には、式(II)に示す化合物Succinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SMCCと示す。)もしくは式(III)に示す化合物Sulfosuccinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SSMCCと示す。)が挙げられる。なお、式(II)もしくは式(III)に示す化合物と完全に同一構造のものだけを指すのではなく、その機能を損なわない範囲でアナログ化された化合物をも包含する。また、本発明においてはSMCC及びSSMCCのいずれも適用することが可能であるが、水に対する溶解性の点からは、緩衝液のような水系で反応させる場合においてはSSMCCを用いる方がより好ましい。ペプチドの溶解性に応じて、両方を使い分けることが可能である。
【0026】
【化2】

【0027】
【化3】

【0028】
上述したような低分子量化合物を適用することにより、特に高分子量の物質を架橋剤として用いる場合と比べて、ペプチドのチップへの固定化効率が格段に高くなるため標的物質との結合効率も向上して、結合によるシグナルがより鮮明になるという効果を奏するものである。また、非特異的な影響に関してもほとんど問題とならず、いわゆるS/N比を大きくすることができる点で有利である。しかしながら、本発明において架橋剤の種類は、特にこれらに限定されるものではない。
【0029】
上記SMCCもしくはSSMCCをチップ上に導入させてマレイミド表面を形成させるためには、SMCCにおけるもう一方の端に有するスクシンイミド基あるいはSSMCCにおけるもう一方の端に有する硫酸スクシンイミド基と反応性を有する官能基、具体的にはアミノ基を予めチップ上に導入させておく必要がある。チップ上にアミノ基を導入する手段は特に限定されるものではない。基板表面に分子を整列させる自己組織化表面の手法、反応試薬を用いて導入する方法、官能基を有する物質をチップ上にコーティングする手段などが挙げられる。また、表面に導入しておいた官能基を起点として、架橋剤を用いてアミノ基を導入する手段なども含まれる。
【0030】
本発明において用いられるペプチドアレイは、ペプチドの固定化されていない部分(バックグラウンド部)が、式(IV)に示すような化合物によりコーティングされていることが好ましい。式(IV)においてmは1〜20の整数、nは1〜10の整数を示す。mの値は、2〜10の範囲がより好ましく、4〜8の範囲が更に好ましい。nの値は、2〜8の範囲がより好ましく、3〜6の範囲が更に好ましい。この化合物によりバックグラウンド部をコーティングすることにより、バックグラウンド部における非特異的吸着を非常に効果的に抑制することが実現される。また、本発明のペプチドアレイは、基板の製造ロットや処理条件などの様々な変動要因に依存されるデータの再現性も向上し、非常に安定な測定データを得ることが可能である。
【0031】
【化4】

【0032】
しかし、ラベルフリーな光学的検出方法においては、どのような物質がチップ上に吸着してもシグナルとして検出される。すなわち、測定対象ではない物質が非特異的に吸着するのと、特異的な吸着を区別することが難しい。よって、よりシビアに非特異的な吸着を抑制する手段が求められるため、上記の固定化方法は非常に効果的である。
【0033】
ELISA法やラベル物質を用いる相互作用解析方法においてはブロッキング方法として牛血清アルブミンやカゼインなどによる物理吸着が一般的に選択されている。物理吸着の方法は容易ではあるが、安定しておらず、経時的にチップ表面から脱離する場合がある。上記の光学的検出方法にはブロッキング剤の脱離さえも検出するため、共有結合によるブロッキングを行うことが好ましい。特に未反応のマレイミド基表面をブロッキングする場合は、チオール基を有する化合物を用いるのが好ましく、特にPEG(ポリエチレングリコール)の誘導体が好適に用いられる。
【0034】
本発明は、アレイ上でのリン酸化の検出を目的とする。したがって、上述のようにして得られたアレイ上で、プロテインキナーゼを含有するもしくは含有すると考えられる溶液を作用させるに際しては、該プロテインキナーゼ活性を阻害するもしくは阻害すると考えられる化合物を該溶液中に共存させることになる。プロファイリングの対象となるプロテインキナーゼは市販されているような試薬であってもよいが、細胞由来の抽出液中に既に含まれる、もしくは含まれると推定されるものを用いることも可能である。例えば、バッファーもしくは細胞抽出液または両者混合液中にプロテインキナーゼ試薬もしくは細胞抽出液中にすでに含まれるプロテインキナーゼとヌクレオシド三リン酸(ATP)を加えたものを直接アレイに作用させることにより固定化基質のリン酸化を行うことができる。リン酸化の条件はプロテインキナーゼの種類により変動するが、通常は10〜40℃程度、好ましくは20〜40℃程度の温度で5分〜8時間程度、好ましくは10分〜5時間程度反応させることで、固定化されたペプチドをリン酸化することができる。また、必要に応じて反応液中には、cAMP、cGMP、Mg2+、Ca2+などのリン酸化を補助、促進する物質を共存させてもよい。
【0035】
また、本発明は、アレイ上でのリン酸化阻害活性の検出を目的とすることも可能である。この場合は、プロテインキナーゼを含有するもしくは含有すると考えられる溶液を作用させるに際しては、該プロテインキナーゼ活性を阻害するもしくは阻害すると考えられる化合物を該溶液中に共存させることになる。共存される阻害剤は特に限定されるものではないが、ペプチドもしくは蛋白質であってもよいし、その他の低分子化合物であってもよい。低分子化合物としては、分子量2,000以下のものが挙げられるが特に制約されない。
【0036】
ところで、ペプチドのリン酸化に際しては、分子量としては80の増大しか伴わないため、SPRによる検出を試みる場合には、直接的な検出シグナルを得ることは困難である。そこで、間接的にリン酸基もしくはリン酸化されたアミノ酸に特異的に結合しうる物質もしくは化合物を検出プローブとして用いる必要がある。本発明においては、検出プローブの種類として、特にアレイ上における基質のリン酸化を特異的に感度よくモニターするためにキレート化合物を用いる。キレート化合物とは一般に多座配位子ないしキレート試薬が金属イオンに配位して生じた錯体をいうものを指すが、特にリン酸に選択的かつ可逆的に結合する性質を有する化合物が好ましく、ポリアミン亜鉛錯体を用いることがより好ましい。ポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体を用いることが更に好ましい。更に、二核亜鉛(II)錯体を基本構造にもつヘキサアミン二核亜鉛(II)錯体を用いることがより好ましい。
【0037】
このような化合物の典型としては、式(I)に示されるような、1,3−ビス[ビス(2−ピリジルメチル)アミノ]−2−ハイドロキシプロパノラート(IUPAC名:1,3−bis[bis(2−pyridylmethyl)amino]−2−propanolatodizinc(II) complex)を基本骨格とするポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体(ただし、プロパノール骨格の水酸基はアルコラートとして二つの亜鉛2価イオンの架橋配位子になっている)が挙げられるが、本発明は特にこの化合物に限定されるものではない。
【0038】
【化5】

【0039】
本発明で用いられる錯体は、一般的な化学合成技術を利用して合成することが可能であるが、市販の化合物を原料としても合成することができる。例えば、上記式(I)で示される化合物(ZnL)は、市販の1,3−ビス[ビス(2−ピリジルメチル)アミノ]−2−ハイドロキシプロパンと酢酸亜鉛を原料として次の方法により合成することができる。1,3−ビス[ビス(2−ピリジルメチル)アミノ]−2−ハイドロキシプロパン4.4mmolのエタノール溶液(100ml)に10M水酸化ナトリウム水溶液(0.44ml)を加え、次いで酢酸亜鉛二水和物(9.7mmol)を加える。溶媒を減圧留去することにより褐色のオイルを得ることができる。この残渣に水10mlを加えて溶解後、1M過塩素酸ナトリウム水溶液(3当量)を70℃に加温しながら滴下して加え、析出する無色の結晶を濾取し、加熱乾燥することにより式(I)の構造式で表される酢酸イオン付加体の二過塩素酸塩(ZnL−CHCOO・2ClO・HO)を高収率で得ることができる。この結晶は一分子の結晶水を含んでいる。
【0040】
元素分析、核磁気共鳴分析、および赤外線分析により上記化学構造を確認することができる。下記にそのデータの事例を示す。
元素分析の理論値・・・C2934Cl12Zn: C, 40.49; H, 3.98;N, 9.77
元素分析の実測値・・・C, 40.43; H,3.86; N, 9.85
H NMR (500MHz, DMSO−d)の結果
δ2.04 (2H, dd, J = 12.1 and 12.3 Hz, CCHN), 2.53(3H, s, CH), 3.06 (2H, dd, J = 12.1 and 12.3 Hz,CCHN), 3.74 (1H, t, J = 10.4 Hz, CCHC), 4.02 − 4.34 (8H, m, ArCH), 7.54 −7.65 (8H, m, ArH), 8.06 −8.12 (4H, m, ArH), 8.58(4H, m, ArH)13C NMR (125MHz, DMSO−d)の結果
δ58.0, 60.1, 62.0, 64.6,122.7, 124.3, 124.4, 124.4, 139.9, 140.4, 147.0, 147.2, 154.7, 155.1
赤外線分析の結果
1609, 1576, 1556(C=O), 1485, 1439, 1266, 1108(ClO4−), 1090(ClO4−), 770, 625cm−1
上記のデータは、式(I)の化合物に対して酢酸イオンが1当量と過塩素酸イオンが2当量をカウンターイオンとしてもつ物質であることを示している。
【0041】
なお、本発明において作用されるキレート化合物の溶液濃度は特に限定されないが、通常0.001〜10M、特に0.01〜1Mの範囲とすることが好ましい。
【0042】
更には、例えばAnal.Chem.Vol.77,pp.3979−3985(2005)において報告されているように、亜鉛キレート化合物でビオチン修飾されたもの(式(V)を参照)を用いて、ストレプトアビジン、更には抗ストレプトアビジン抗体を作用させることにより、特異的にリン酸化に起因するSPRシグナルを増幅させる方法も好ましい。この場合に、作用されるビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体の溶液濃度は特に限定されないが、通常は1μM〜10M、好ましくは10μM〜1M、より好ましくは10μM〜10mMの範囲である。またアレイへの作用様式に関しても特に限定されないが、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体溶液をアレイ表面全体に広がるのに必要な液量をドロップしてもよいし、溶液中にアレイを浸漬させてもよい。あるいはポンプを用いて溶液を送液しながら、アレイ表面上に溶液を接触させることにより作用させてもよい。作用温度は室温でもよいし、20〜40℃程度の一定温度でインキュベートさせてもよい。作用時間は10分から2時間程度が好ましく、30分から1時間程度がより好ましい。
【0043】
【化6】

【0044】
本発明においては、検出手段として蛍光や発光を用いることも可能である。この場合は、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体を作用させた後、更にアビジンもしくはストレプトアビジンのようなレセプターを作用させることが好ましい。ストレプトアビジンを作用させる方がより好ましい。作用させるアビジンもしくはストレプトアビジンの濃度は特に限定されないが、通常は1μM〜10M、好ましくは10μM〜1M、より好ましくは10μM〜10mMの範囲である。またアレイへの作用様式に関しても特に限定されるものではなく、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体の場合と同様である。その場合、アビジンもしくはストレプトアビジンに、上述したような蛍光性物質もしくは化学発光性物質により標識されているものを用いてもよい。
【0045】
あるいは、アビジンもしくはストレプトアビジンを作用させた後に、更にアビジンもしくはストレプトアビジンを認識する抗体を作用させることにより、検出感度を更に高めることが可能になる。その際に上述したような蛍光性物質もしくは化学発光性物質により標識されているものを用いるのが好ましい。抗体を作用させる際の濃度は特に限定されないが、好ましくは0.01〜10μg/ml、より好ましくは0.1からμg/ml程度である。抗体としてはモノクロナール抗体、ポリクロナール抗体のいずれも適用できるが、特異性の点でモノクロナール抗体の方が好ましい。アレイへの作用様式に関しても特に限定されるものではなく、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体、アビジンもしくはストレプトアビジンの場合と同様である。
【0046】
また、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体、アビジンもしくはストレプトアビジンを順次作用させてもよいが、予めビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体とアビジンもしくはストレプトアビジンの複合体を形成させたものを直接作用させてもよい。この場合も上述のように、さらにアビジンもしくはストレプトアビジンを認識する抗体を作用させてもよい。複合体の形成に際しては、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体とアビジンもしくはストレプトアビジンとのモル比にして1:1乃至4:1にして反応させるのがよい。反応物は精製して未反応物を除去する方が好ましいが、反応物をそのまま適用することも可能である。
【0047】
この場合、従来からよく知られているような蛍光性物質もしくは化学発光性物質を利用して行う。蛍光性物質は特に限定されるものではなく、あらゆる蛍光性化合物が適用される。例えば、FITC,6−FAM.Cy3、Cy5,Texas Red,TAMRA,APCなど一般的な蛍光アッセイに際して用いられるものが例示される。また、化学発光性物質を用いる場合についても特に限定されるものではなく、例えば、ルミノール、ルシゲリン、ロフィンなど一般的な化合物が例示される。
【0048】
こうしたキレート性化合物の適用は、上述したような方法により非常に安価に合成することができる点で有利である。また常温により保存ができる点でも安定で使いやすく、流通面においても有利である。またリン酸化されるアミノ酸残基の種類に関係なく作用をすることや、リン酸化されたアミノ酸の近傍におけるアミノ酸配列に対して反応が依存しない点において、特に抗体を用いて検出する方法と比較して非常に大きな優位性を有している。
【0049】
上記プロテインキナーゼとしては、種々のチロシンキナーゼあるいはセリン/スレオニンキナーゼが挙げられる。これらプロテインキナーゼの種類については特に限定されるものではなく、基本的にはあらゆる種類のプロテインキナーゼに対して適用することが可能である。
【0050】
上述したような本発明の方法により、On−chipでリン酸化反応を行うことにより、プロテインキナーゼ活性のプロファイリングによる網羅的な解析を実現することができる。特にリン酸化の阻害活性をモニターすることにより、創薬のスクリーニングに有用な技術を提供することが実現される。
【実施例】
【0051】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【0052】
[実施例1]
(SPRアレイの作製)
式(VI)に示すような、末端官能基がチオール基である直鎖型チオールPEG試薬(SensoPath製SPSPT−0011)を1mMの濃度でエタノール7mlに溶解させた。直鎖型チオールPEGの分子量は336.54である。特に、金に対する金属結合性を示す。
【0053】
【化7】

【0054】
18mm四方、2mm厚のSF15ガラススライドにクロムを3nm蒸着し、金を45nm蒸着した金蒸着スライドを、上記直鎖型PEGチオール溶液に3時間浸漬させ、金基板全体にPEGチオールを結合させた。
【0055】
このスライドの上にフォトマスクを載せ、500W超高圧水銀ランプ(ウシオ電機製)で2時間照射し、UV照射部のPEGチオールを除去した。フォトマスクは500μm四方の正方形の穴が96個有し(8個×12個のパターンからなる。)、穴の中心間のピッチは1mmに設計されている。フォトマスクの穴があいている部分はUV光が透過し、スライドに照射されてパターン化される。照射されなかった部分はPEGが残り、チップのバックグラウンド(Background)部分としてレファレンス部として機能する。
【0056】
8−Amino−1−Octanethiol, Hydrochrolide(8−AOT,同仁化学研究所製)の1mMエタノール溶液に1時間浸漬し、UV照射部に8−AOTの自己組織化表面を形成させた。SSMCC(ピアス製)を20mM リン酸緩衝液(150mM NaCl;pH7.2)に0.4mg/mlで溶解し、金表面の8−AOTに15分間反応させた。8−AOTのアミノ基とSSMCCのNHS基とが反応し、MAL基は未反応のまま残るため、PEGを介してマレイミド基を表面に導入することができた。
【0057】
上記のようにして得られた表面に、cSrcキナーゼの基質となるアミノ酸配列からなるペプチド(チロシン型;配列番号1)、そのネガティブコントロール(フェニルアラニン型;配列番号2)、ポジティブコントロール(リン酸化チロシン型;配列番号3)、および長さの異なるPEGを挿入したペプチドを、いずれもリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に1mg/mlで溶解して、MultiSPRinter(登録商標)自動スポッター(東洋紡績製)を用いて10nlずつスポッティングを行った。PEGの挿入は、ペプチド合成に際して、Fmoc修飾されたPEG誘導体として、Quanta Biodesign製N−Fmoc−amino−dPEG−acidを用いて、そのPEG鎖長(単鎖の繰り返し数)が4.8,12のものを用いて得ることができた。その後、ウェットな環境下で室温、16時間静置させて固定化反応を行った。チップの表面に形成させたマレイミド基と基質ペプチド末端のシステイン残基が有するチオール基とが反応し、基質ペプチドを共有結合的に表面に固定化することができる。
【0058】
(未反応マレイミド基のブロッキング)
基質ペプチドを固定化した表面をリン酸緩衝液で洗浄した後、未反応のマレイミド基をブロッキングするために、片末端の官能基がチオール基、もう一方の官能基がメトキシ基であるPEGチオール(日本油脂製SUNBRIGHT(登録商標) MESH−50H)を1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、250μlをチップ上に注出し、室温で1時間反応させた。ここで用いたPEGチオールの分子量は5,000である。
【0059】
[実施例2]
(SPR解析によるcSrcキナーゼによるリン酸化の阻害活性の検出)
上記のようにブロッキングを行ったアレイ上を用いてcSrcによるリン酸化を行った。cSrcキナーゼ溶液300μlをアレイ上にドロップして、30℃で30分もしくは60分の反応を行った。cSrc溶液の組成は、cSrcキナーゼ(Upstate製;5U/μl)6μl、50mM MES緩衝液(pH6.8)274μl、1M 塩化マグネシウム溶液15μl、1mM ATP3μlとした。
【0060】
上記処理を施されたアレイをPBS及び水でアレイの洗浄を行い、ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体を作用させた。ビオチン修飾ポリアミン亜鉛錯体としては、以下の式(V)に示されるPhos−tag(登録商標)BTL−104(株式会社ナード研究所)を用いた。Phos−tag(登録商標)BTL−104は2μg/ml濃度とし、溶解液には0.005%Tween20,10%(v/v)エタノール、0.2M 硝酸ナトリウム、1mM 硝酸亜鉛を含む10mM HEPES−NaOH緩衝液(pH7.4)を用いた。インキュベーションは室温で30分間行った。
【0061】
【化8】

【0062】
その後、PBS及び水で3回ずつアレイの洗浄を行い、アレイ表面を乾燥した後、SPRイメージング機器(MultiSPRinter(登録商標):東洋紡績製)にセットし、ランニングバッファーとして50mM トリス−塩酸緩衝液(pH7.4)を100μl/minの速度でフローセル内に流した。SPRからのシグナルが安定したのを確認した後に、1μg/ml濃度のストレプトアビジン(Molecular Probes製)溶液をSPR装置内のセルへ注入して作用させた。その際のSPRシグナルの変化を観察して、シグナル上昇がプラトー状態になった時点で再度ランニングバッファーを送液して洗浄を行い、更に抗ストレプトアビジン抗体を1μg/ml濃度で同様に作用させた。この場合も、SPRシグナル上昇がプラトー状態になった時点で再度ランニングバッファーを送液して洗浄を行った。シグナル変化の観察は、各基質のスポット部位に加え、Backgroundにおいても実施した。
【0063】
(観察の結果と考察)
SPRイメージングを行った結果を図1に示した。SPR解析に際して、CCDカメラによる画像の取り込みを5秒ごとに行い、抗体反応後における時点で取り込まれた画像から、反応前の時点での画像を画像演算処理ソフトウエアScion Image(Scion Corp.製)を用いて引き算処理を行った結果である。
【0064】
図1に示したように、PEGの挿入されていない基質(No.7)と、PEGの挿入されている基質(No.4,5,6)とを比べると、後者の方が非常に強く、かつポジティブコントロール(No.2)と対比してもリーズナブルなリン酸化シグナルを示している。ネガティブコントロール(No.1)及びペプチドの固定化されていないブランク(No.3)においては、ほとんどシグナルが確認されない。この結果より、PEGの挿入により効果的にOn−chipでのリン酸化の検出感度が向上したものと考えられた。これはPEG挿入によるスペーサー効果により、固定化ペプチドの自由度が向上した結果、cSrcキナーゼの固定化された基質ペプチドへのアクセスが容易になり、リン酸化効率も高くなった結果を反映されたものと考えられる。
【0065】
[実施例3]
実施例1と同様にして、金チップ表面にPEGを介してマレイミド基の導入を行った後、図2に示すような配置で、配列番号1,2,3のPEGが挿入されていないcSrc基質ペプチド及びPEG(単鎖の繰り返し12回)が挿入されたcSrc基質ペプチドを実施例1と同様にして、スポッティングして固定化したアレイを作製した。実施例1と同様にブロッキングを行った後、実施例2の場合の2分の1のキナーゼ濃度条件で、cSrcによるリン酸化反応を2時間及び5時間行った。この場合のcSrc溶液の組成は、トータルボリュームは同じく300μlとし、cSrcキナーゼ(Upstate製;5U/μl)3μl、50mM MES緩衝液(pH6.8)277μl、1M 塩化マグネシウム溶液15μl、1mM ATP3μlとした。その後、実施例2と同じ方法により、SPRイメージングを行った結果を図3に示した。
【0066】
cSrc濃度を下げると、PEGが挿入されていない基質ペプチド(No.1)ではほとんどシグナル変化が見られていないのに対して、PEGが挿入された基質(No.4)においては、経時的にシグナルが増大する様子が確認された。この結果からも、PEG挿入によるリン酸化効率が効果的に増大されることを確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明を利用することにより、多種類のプロテインキナーゼシグナルを網羅的に解析することができ、機能未知な遺伝子の導入、あるいは薬物投与に伴う細胞内のプロテインキナーゼ動態を効果的にプロファイリングすることができる。これにより新規な遺伝子からの機能解析、新薬探索へのアプローチといったゲノム創薬への展開が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】実施例2において、cSrcによる固定化ペプチドのOn−chipでのリン酸化の様子をSPRイメージングにより観察した結果を示す図である。
【図2】実施例3において、作製されたアレイにおける基質ペプチドの固定化配置を示す図である。
【図3】実施例3において、cSrcによる固定化ペプチドのOn−chipでのリン酸化の様子をSPRイメージングにより観察した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペプチドのリン酸化を検出する方法であって、アミノ酸配列の中に親水性化合物が挿入されてなる該ペプチドを基板上に固定化したアレイと、キレート化合物を接触させることを特徴とするチップ上のリン酸化の検出方法。
【請求項2】
親水性化合物がポリエチレングリコール(PEG)であることを特徴とする請求項1記載のリン酸化の検出方法。
【請求項3】
親水性化合物の分子量が100〜1000であることを特徴とする請求項1又は2に記載のリン酸化の検出方法。
【請求項4】
親水性化合物の分子量が400〜1000であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項5】
基板に固定化される部位としてシステイン残基が付加されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項6】
アレイ表面が金であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項7】
基板が透明基板であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項8】
キレート化合物がポリアミン亜鉛錯体であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項9】
キレート化合物がポリアミン化合物を配位子として有する二核亜鉛錯体であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項10】
キレート化合物が式(I)に記載される化合物であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【化1】

【請求項11】
キレート化合物がビオチンにより修飾されていることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項12】
アレイが表面プラズモン共鳴(SPR)解析に用いられることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。
【請求項13】
アレイが蛍光もしくは発光による解析に用いられることを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載のリン酸化の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−228906(P2007−228906A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−56192(P2006−56192)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ゲノム研究成果産業利用のための細胞内シグナル網羅的解析技術」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】