説明

チロシナーゼ阻害剤

【課題】安全性が高く、かつ極めて強力なチロシナーゼ阻害作用を有する新規薬剤を提供する。
【解決手段】6−又は7−ヒドロキシインドール骨格を有する化合物を活性成分として含有するチロシナーゼ阻害剤。該チロシナーゼ阻害剤は、皮膚外用剤あるいは化粧品の基剤に配合し、皮膚外用剤あるいは化粧品の形態で皮膚に適用することにより、加齢によるメラニン色素沈着の予防あるいは治療、紫外線による日焼けの防止あるいは美白等に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチロシナーゼを阻害し皮膚におけるメラニン沈着を防止する薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
過剰な太陽光暴露や加齢に伴う皮膚の黒・褐色化(メラニン沈着)を防止するための方法の1つとして、メラニン形成の鍵酵素であるチロシナーゼの阻害が有効であり、各種のチロシナーゼ阻害剤が開発されている(特許文献1−7、非特許文献1)。現在、実用化されているチロシナーゼ阻害剤としてアルブチンやコウジ酸があるが活性が十分でなく高濃度の投与を必要としたり、変異原性等の副作用が指摘されているなどの問題があり、より強力かつ安全なチロシナーゼ阻害剤が待望されている。最近、本発明者らは各種のセロトニン誘導体がチロシナーゼを阻害することを見出し、その活性が5−ヒドロキシインドール核に基づくことを明らかにした(非特許文献2)。5−ヒドロキシインドール自体は既にチロシナーゼ阻害剤として開発されているが(特許文献8)、その場合の試験酵素はマッシュルーム由来の酵素であり、本発明者が追試検討したところ、ヒトあるいはマウスのメラノーマ由来のチロシナーゼに対する阻害活性は必ずしも高くなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-40736号公報
【特許文献2】特開2009-51768号公報
【特許文献3】特開2009-40688号公報
【特許文献4】特開2008-179546号公報
【特許文献5】特開2007-131622号公報
【特許文献6】特開2006-248913号公報
【特許文献7】特開2006-16343号公報
【特許文献8】特開平9-59123号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】T.-S. Chang, Int. J. Mol. Sci., 10, 2440 -2475 (2009).
【非特許文献2】Y. Yamazaki et al., Bioorg. Med. Chem. Lett., 19, 4178 - 4182 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、従来の化合物よりもヒトのチロシナーゼに対する阻害活性が高く、かつ安全な新規薬剤を開発し、実用化を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、前述の知見及び先行技術に基づきインドール系化合物の中でさらに強力なチロシナーゼ阻害剤を検索した結果、6−ヒドロキシインドール又は7−ヒドロキシインドールもしくはそれらの誘導体が前記した5−ヒドロキシインドールやセロトニン誘導体よりも1桁強い阻害活性を持つことを見出し本発明に至った。
すなわち本発明は、以下の(1)〜(7)に示すとおりである。
【0007】
(1)下記一般式(I)又は(II)で示される6−又は7−ヒドロキシインドール骨格を有する化合物を活性成分として含むことを特徴とする、チロシナーゼ阻害剤。
【化1】

〔一般式(I)中、R及びRはそれぞれ水酸基又は水素原子を表すが、少なくともその一方は水酸基であり、Rは水素原子、アルキル基、アルケニル基、R−X−基(Xはアルキレン基若しくはアルケニレン基を表し、Rはアミノ基を表す。)、又はR−X−CONH−X−基(Rは、水酸基により置換された芳香族基を表し、Xは単結合又はアルキレン基又はアルケニレン基を表す。)を表す。〕
【化2】

〔一般式(II)中、R1及びR2は、一般式(I)と同じ。Xは、インドール骨格の2、3位の炭素原子を共有してベンゼン環、ピリジン環あるいはジヒドロピリジン環が縮合した縮合環を形成する基を表し、R6は水素原子、アルキル基、又は水酸基を表す。〕

(2)一般式(I)で示される化合物が式(2)で示される6−ヒドロキシインドールであることを特徴とする、上記(1)に記載の薬剤。
【化3】

(3)一般式(I)で示される化合物が式(3)で示される7−ヒドロキシインドールであることを特徴とする、上記(1)に記載の薬剤。
【化4】

(4)一般式(I)で示される化合物が下記式(4a)で示される6−ヒドロキシトリプタミンであることを特徴とする、上記(1)に記載の薬剤。
【化5】

(5)一般式(I)で示される化合物が、下記式(5a)または(10)で示される6−ヒドロキシトリプタミン誘導体であることを特徴とする、上記(1)に記載の薬剤。
【化6】

【化7】

(6)一般式(II)で示される化合物が下記式(7a)で示される2−ヒドロキシカルバゾールであることを特徴とする、上記(1)に記載の薬剤。
【化8】

(7)薬剤の使用形態が、皮膚外用剤あるいは化粧品であることを特徴とする、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の薬剤。

【発明の効果】
【0008】
本発明により、一般式(I)及び(II)で表される6−又は7−ヒドロキシインドール骨格を有する化合物が、ヒトのメラノーマ細胞に由来するチロシナーゼを強力に阻害することが見いだされた。IC50値から見てその阻害活性は従来用いられてきたコウジ酸よりも1桁小さく、5−ヒドロキシインドールに比べても30分の1から5分の1の大きさであり、活性が大幅に強化されている。ヒト3次元皮膚モデルに本発明の薬剤を投与した場合はコントロールと比べてメラニンの沈着が明らかに減少したが、このことからわかるように、上記一般式(I)及び(II)で表される化合物は、チロシナーゼの阻害に基づきメラニンの形成を防止する。したがって、本願発明の薬剤は、夏の日焼けや加齢による皮膚の黒・褐色化を防止するための皮膚外用剤あるいは化粧品として利用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】ヒト3次元皮膚モデルに6−ヒドロキシインドール又はアルブチンの水溶液を繰り返して添加、6日間培養した時の顕微鏡写真である。Aはコントロールであり、Bは1mMの6−ヒドロキシインドール添加水溶液、Cは3mMの6−ヒドロキシインドール添加水溶液、Dは37mMのアルブチン添加水溶液を使用。
【図2】チロシナーゼを、DOPA存在下、N−(3,5−ジヒドロキシベンゾイル)−6−ヒドロキシトリプタミン(化合物10)、6−ヒドロキシインドール及びコウジ酸でそれぞれ前処理し、該チロシナーゼの各阻害活性を測定した結果を示す図である。
【図3】マウスB16メラノーマ細胞培養培地に、N−(3,5−ジヒドロキシベンゾイル)−6−ヒドロキシトリプタミン(化合物10)、6−ヒドロキシインドール及びコウジ酸をそれぞれ添加し、該培地中のメラニン生成量を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のチロシナーゼ阻害剤の活性成分は、以下の一般式(I)又は(II)で表される化合物である。
【化9】

〔一般式(I)中、R及びRはそれぞれ水酸基又は水素原子を表すが、少なくともその一方は水酸基であり、Rは水素原子、アルキル基、アルケニル基、R−X−基(Xはアルキレン基若しくはアルケニレン基を表し、Rはアミノ基を表す。)、又はR−X−CONH−X−基(Rは水酸基で置換された芳香族基を表し、Xは単結合又はアルキレン基又はアルケニレン基を表す。)を表す。〕
【0011】
【化10】

〔一般式(II)中、R1及びR2は、一般式(I)と同じ。Xは、インドール骨格の2、3位の炭素原子を共有してベンゼン環、ピリジン環あるいはジヒドロピリジン環が縮合した縮合環を形成する基を表し、R6は水素原子、アルキル基、又は水酸基を表す。〕
【0012】
上記式(I)及び(II)の化合物におけるX及びXのアルキレン基あるいはアルケニレン基は、炭素数1〜10のアルキレン基あるいはアルケニレン基が好ましく、1〜5のアルキレン基あるいはアルケニレン基がさらに好ましい。また、Rのアルキル基は、炭素数1〜5の低級アルキル基が好ましい。
【0013】
上記一般式(I)の化合物の具体例としては、例えば、以下の式で表される化合物が挙げられる。
【化11】

(6−ヒドロキシインドール)
【0014】
【化12】

(7−ヒドロキシインドール)
【0015】
【化13】

(6−ヒドロキシトリプタミン〔(R1:水酸基、R2:水素);上記式(4a)の化合物〕、7−ヒドロキシトリプタミン(R1:水素、R2:水酸基)
【0016】
上記式(4)の化合物のアミノ基を介してさらにチロシナーゼ活性が増大した誘導体を合成できる。このような誘導体は、例えば、以下の式(4−1)及び(4−2)で表される。
【化14】

(ただし、式(4−1)中、R1、R2はそのいずれか一方が水酸基、他方が水素を表し、Xは、単結合、アルキレン基又はアルケニレン基を表す。)
【0017】
【化15】

(ただし、式(4−2)中、R1、R2はそのいずれか一方が水酸基、他方が水素を表し、Xは、単結合、アルキレン基又はアルケニレン基を表す。)
【0018】
これら誘導体をより具体的に示せば、例えば以下の式(5)、(5’)あるいは(6)、(6’)の化合物が挙げられる。
【化16】

(N−(3,4−ジヒドロキシベンゾイル)−6−ヒドロキシトリプタミン(R1:水酸基、R2:水素)(化合物5a)
(N−(3,4−ジヒドロキシベンゾイル)−7−ヒドロキシトリプタミン(R1:水素、R2:水酸基)
【0019】
【化17】

(N−(3,5−ジヒドロキシベンゾイル)−6−ヒドロキシトリプタミン(R1:水酸基、R2:水素)(化合物10)
(N−(3,5−ジヒドロキシベンゾイル)−7−ヒドロキシトリプタミン(R1:水素、R2:水酸基)
【0020】
【化18】

(N−〔3−(3,4−ジヒドロキシフェニル)プロパノイル〕−6−ヒドロキシトリプタミン(R1:水酸基、R2:水素)(化合物6a)
(N−〔3−(3,4−ジヒドロキシフェニル)プロパノイル〕−7−ヒドロキシトリプタミン(R1:水素、R2:水酸基))
【0021】
【化19】

(N−〔3−(3,5−ジヒドロキシフェニル)プロパノイル〕−6−ヒドロキシトリプタミン(R1:水酸基、R2:水素)
(N−〔3−(3,5−ジヒドロキシフェニル)プロパノイル〕−7−ヒドロキシトリプタミン(R1:水素、R2:水酸基))
【0022】
一方、一般式(II)の化合物の具体例としては、例えば以下の式(7)、(8)、(9)に示される化合物を挙げることができる。
【化20】

1−ヒドロキシカルバゾール((R1:水素、R2:水酸基)、2−ヒドロキシカルバゾール(R1:水酸基、R2:水素;上記式(7a)の化合物)
【0023】
【化21】

(ハルマロール)
【0024】
【化22】

(ハルモール)
【0025】
上記式(7)の化合物においては、さらにカルバゾールの7あるいは8位に水酸基を設けても良く、また、上記式(8)、(9)の化合物は、チロシナーゼの阻害活性は劣るものの、ハーブ植物由来の成分であり、安全性が高い。
【0026】
本発明のチロシナーゼ阻害剤は、活性成分として上記化合物を含有するが、その使用形態としては、例えば、上記化合物を、皮膚外用剤や化粧品の基材、例えばスクワラン、グリセリン、1,3-ブチレングリコール等と混合して、軟膏、ローション、クリーム、乳液等の形態として、皮膚に適用し、加齢に伴うメラニン沈着の予防、治療あるいは紫外線による日焼け防止、美白等に用いることができる。本発明の化合物の皮膚等に対する適用量、あるいは皮膚外用剤、化粧品への添加量は、化合物の種類や求められる効果の程度により、生理的に安全な範囲で加減すればよい。
6-ヒドロキシインドールと7-ヒドロキシインドールについては、髪染め染色剤成分等として盛んに利用されている(特開2006-1935、特開平6-92828、PCT Int. Appl. WO 2009068830、PCT Int. Appl. WO 9320794、PCT Int. Appl. WO 9302655、PCT Int. Appl. WO 2007137676、Eur. Pat. Appl. EP 462883、Fr. Demande FR 2923711)ものではあるが、毛髪の染色とはむしろ逆の、チロシナーゼ阻害作用を有することは、本発明において初めて見いだされたものである。
以下に本発明の実施例を示すが本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
〔実施例1〕
ヒトHMV-IIメラノーマ細胞株(大日本−住友製薬株式会社から購入)を15%の牛胎子血清を含むRPMI-1640培地で3日間培養後新鮮培地に交換し、2日間培養後テオフィリンを533μMになるように添加し、さらに3日間培養した。細胞をセルスクレーパーで集め、冷PBS溶液で洗浄後、遠心分離で集め、使用まで−85℃で保存した。この細胞を文献(Efdi M. et al., Biol. Pharm. Bull., 30, 1972 - 1974 (2007))の方法で超音波破砕し、12000 r.p.m.で10分間遠心分離し不溶分を除き遠心上清を得、これを酵素液として使用した。チロシナーゼ反応速度は前記非特許文献2の方法に基づき、L-DOPAを基質とし酵素を添加後37℃で5分間インキューベーションした前後における475nmの吸光度の増加から求めた。基質液は2.5 mMのL-DOPAを含む50 mMのリン酸緩衝液(pH 6.8)に試験化合物のエタノール溶液(0.3〜100 mM)10μl又はコントロールとしてエタノール10μlを混合した溶液であり、これに酵素液(50μl)を添加して反応を開始した。酵素量は通常コントロール反応において475 nmの吸光度の増加が5分間で0.1になる量とした。試験化合物存在下における酵素反応速度のコントロールに対する%を求め、これを試験化合物濃度に対してプロットした曲線からIC50値を求めた。また、100μMにおける相対反応速度(%)と100との差をこの濃度における阻害率(%)とした。さらに、マウスB16メラノーマ細胞株(理研セルバンクから購入)を用いて同様の実験を行なった。
【0028】
以上の結果を表1にまとめてある。この表の値は3ないしは4回の測定値の平均と標準偏差である。なお、試験化合物の5−ヒドロキシインドールは東京化成工業(株)から、6−ヒドロキシインドールは和光純薬工業(株)から、7−ヒドロキシインドールは関東化学(株)から、2−ヒドロキシカルバゾールはアルドリッチケミカルCo.から、6−ヒドロキシトリプタミン(クレアチニン硫酸塩)はToronto Research Chemicals Inc.から購入した。6−ヒドロキシトリプタミン(クレアチニン硫酸塩)は水溶液として基質液に添加し、この場合コントロールも水を添加して調製した(HMV-IIチロシナーゼに対する本化合物の測定値の数は2)。また、クレアチニンのみではチロシナーゼ阻害活性がないことは確認した。表1の結果を見ると、ヒトHMV-II細胞のチロシナーゼに対して6−ヒドロキシインドールと6−ヒドロキシトリプタミンはコウジ酸や5−ヒドロキシインドールに比べて30分の1から10分の1以下の小さなIC50値を示しており強力な阻害作用を有することがわかる。また、7−ヒドロキシインドールと2−ヒドロキシカルバゾールも同様にコウジ酸より強い阻害活性を持つことがわかる。
【0029】
【表1】

【0030】
〔実施例2〕
ヒトHMV-IIメラノーマ細胞を96-wellのプレートに1ウェルあたり1.5×104個づつ0.2mlの培地とともに植え込んだ。培地は前記したところと同様である。1日間培養後各ウェルの培地を500μMのテオフィリンを含む新鮮培地0.2 mlづつと交換し、次いで6−ヒドロキシインドール(0.1〜10mM)又はコウジ酸(1〜30mM)のエタノール溶液ないしは純エタノールを2μlづつ各ウェルに添加し、3日間培養した。培地を吸引除去後、各ウェルを冷PBSの0.2mlづつで洗浄し、テトラゾリウム試薬(CellTiter 96、Promega社製)を用いて細胞生存率(コントロールに対する%)を測定した。一方、HMV-II細胞を12-wellのプレートに1ウェルあたり2×105個づつ2 mlの培地とともに植え込んだ。1日後40mMのテオフィリン水溶液を25μlづつ各ウェルに添加し、次いで6−ヒドロキシインドール(3〜100mM)又はコウジ酸(10〜300mM)のエタノール溶液ないしは純エタノールを2μlづつ各ウェルに添加し、3日間培養した。培地を吸引除去し、冷PBSを1 mlづつ各ウェルに入れ、セルスクレーパーで細胞をはがし各ウェルごとに0.5 ml容のエッペンドルフチューブに移し遠心分離で細胞を集めた。1N NaOHを0.2mlづつ各チューブに入れ、トミー精工製UR-20P型ソニケーターで細胞を超音波破砕した。この処理液の415 nmにおける吸光度をプレートリーダーで測定し、コントロールウェルの細胞を同様に処理して得た液の値との割合をメラニンの生成率(%)とした。
【0031】
以上の結果を表2にまとめてある。この表の値は細胞生存率については5つのウェルについての平均と標準偏差であり、メラニン生成率については4つのウェルについての平均と標準偏差である。表中の*と**はStudentのt-検定によりそれぞれp < 0.05とp < 0.01でコントロールに対して有意差があることを示す。この表の結果から、6−ヒドロキシインドールは10μMで細胞毒性なくメラニンの生成を14%抑制するが、これはコウジ酸の同様の抑制作用を示す濃度の10分の1以下の低濃度であり、コウジ酸よりも強いメラニン抑制作用があることがわかる。
【0032】
【表2】

【0033】
〔実施例3〕
ヒトのケラチノサイトとメラノサイトの混合培養からなるヒト3次元皮膚モデル(クラボウ(株)製MEL-312-Bキット)を用い、キットのマニュアルに従って6−ヒドロキシインドールのメラニン抑制活性を試験した。4日間の前培養後1又は3mMの6−ヒドロキシインドールを含む水溶液を試験液として6日間培養したところ、通常標準とされる37mMアルブチン水溶液には及ばないものの、6−ヒドロキシインドール試験液のウェルではコントロールに比べて細胞の黒化が明らかに抑制されていることを確認した。顕微鏡写真を図1に示す。
【0034】
〔実施例4〕
6−ベンジルオキシトリプタミン(0.5硫酸塩、Toronto Research Chemicals Inc.製)にピリジンを含むDMF中で3,4-ジアセトキシベンゾイルクロライド又はO,O-ジアセチルカフェイン酸クロライドをカップリングさせ、次いでベンジル基とアセチル基をそれぞれ接触還元とヒドラジン処理で除去してN-(3,4-ジヒドロキシベンゾイル)-6-ヒドロキシトリプタミン(5a)とN-[3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)プロパノイル]-6-ヒドロキシトリプタミン(6a)を合成した。それぞれのH-NMRスペクトルは予想される構造に合致した。これらの化合物のチロシナーゼ阻害活性を前記と同様に測定した。ただし、6−ヒドロキシトリプタミンの試料溶液は微量の水を含むエタノール溶液で調製し、他の化合物はいずれもエタノール溶液とし、コントロールには純エタノールを用いた。結果を表3に示す。この結果から、ヒトHMV-II細胞のチロシナーゼに対して化合物(5a)と(6a)は6−ヒドロキシトリプタミンよりさらに強力な阻害活性を有することがわかる。
【0035】
【表3】

【0036】
(実施例5)
6−ベンジルオキシトリプタミン・ヘミスルフェート(Toronto Research Chemicals社製)の100 mgをジメチルホルムアミド(DMF)の5mlとピリジン2mlの混液に懸濁した。これに3,5−ジヒドロキシ安息香酸(3,5-DHBA)の100 mgとジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)の100 mgを溶かしたDMF溶液0.5 mlを添加した。この混合液に超音波をかけ(TOMY精工製UR-20P型Handy Sonicで5分照射)、次いで約1時間撹拌した。遠心分離により上清と沈殿に分け、上清には3,5-DHBAの200mgとDCCの400 mgを添加し、室温で撹拌を続けた。上記沈殿をTLCで調べると未反応の6−ベンジルオキシトリプタミンを含んでいたのでジメチルスルホキシドの1 mlとピリジン0.2mlの混液に懸濁し、3,5-DHBAの100 mgとDCCの200 mgを添加し、室温で撹拌を続けた。一晩撹拌後、上清反応物と沈殿反応物のそれぞれをろ過し、エバポレーターで溶媒を除去、残渣を酢酸エチル30 mlづつに溶かし、10%のクエン酸水溶液、10%の炭酸水素ナトリウム水溶液、及び飽和食塩水で洗浄した。硫酸ナトリウムで乾燥後、酢酸エチル層を合せ、濃縮し、カラムクロマトグラフィー(Wakogel C-300,1×10cm、ヘキサン/酢酸エチル)で精製した。100%の酢酸エチルで溶出された目的物をロータリーエバポレーターで濃縮し、エタノール4 mlに溶かし酢酸0.2 mlとPd/Cの30 mgを加え、常圧で接触水素添加を行なった。4時間反応後、触媒を濾別し、濾液を濃縮後、残渣をシリカゲルカラム(Wakogel C-300、1.5x14 cm、ヘキサン/酢酸エチル)にかけ、100%の酢酸エチルで溶出される分画を集めた。これを濃縮して得た62 mgの油状物を酢酸エチルとベンゼンの混合液から結晶化させ、N−(3,5−ジヒドロキシベンゾイル)−6−ヒドロキシトリプタミン(以下、化合物10という。)の34mgを結晶性白色粉末として得た。収率34%、分解点213−217℃、元素分析値:C、65.61%;H、5.22%;N、8.00% [計算値(C17H16N2O4):C、65.38%;H、5.16%;N、8.97%]、FAB-MS m/z 312 (M+)、H-NMR(270MHz、acetone-d6)δ:2.986 (2H, t, J = 7 Hz, CH2), 3.640 (2H, m, CH2N), 6.467 (1H, t, J = 2 Hz, H-4), 6.635 (1H, q, J = 8, 2 Hz, H-5’), 6.818 (1H, d, J = 2 Hz, H-7’), 6.841 (2H, d, J = 2 Hz, H-2, 5), 6.992 (1H, m, H-2’), 7.434 (1H, d, J = 8 Hz, H-4’), 7.563 (1H, br. s, NHCO), 7.823 (1H, br. s, OH), 8.407 (2H, br. s, OH x 2), and 9.636 (1H, br. s, H-1’)。これらの分析結果から化合物10の構造が確認された。該化合物の構造は以下の式10に示される。
【0037】
【化23】

【0038】
このようにして合成した化合物10のチロシナーゼ阻害活性を実施例1と同様にして測定した。結果を表4に示す。この表ではオキシレスベラトロールと5−ヒドロキシインドール誘導体であるN-カフェオイルセロトニン並びにN-プロトカテクオイルセロトニンについて試験した結果も示す。表4と前記した表1の結果から、6−ヒドロキシインドールにフェノール性水酸基を持つアシル基を導入した化合物10は本発明に関わる6−ヒドロキシインドール誘導体の中でも最も強いチロシナーゼ阻害活性を持ち、さらに類似の構造の5−ヒドロキシインドール誘導体であるN-カフェオイルセロトニンやN-プロトカテクオイルセロトニンより強力であることはもちろん、現在最も強いチロシナーゼ阻害剤の1つと考えられるオキシレスベラトロール(Kimら、J. Biol. Chem., 277, 16340 (2002))に匹敵する活性を持つことが確認された。
【0039】
【表4】

【0040】
(実施例6)
N−(3,5−ジヒドロキシベンゾイル)−6−ヒドロキシトリプタミン(化合物10)によるチロシナーゼ阻害の特徴として、基質であるDOPA(ジヒドロキシフェニルアラニン)の存在下において特に強力に酵素の活性低下もしくは失活を引き起こすことが指摘できる。本発明者らは阻害機構の検討のため、アッセイ開始に先立ってチロシナーゼを本発明の化合物で一定時間前処理する実験を行なったところ、その前処理液に低濃度のDOPAを加えておくと酵素の活性が顕著に低下することを見出した。すなわち、96-ウェルプレートの各ウェル中で、化合物10、6−ヒドロキシインドール、又はコウジ酸のエタノール溶液(2μ1づつ)を25μMのDOPAを含むか、もしくは含まない50mMのリン酸緩衝液(120μl)及び酵素液(12μl)と混合し37℃において1時間インキューベート後、5.3mMのDOPAを含むリン酸緩衝液を120μlづつ加え、さらに20時間室温に放置してから反応液の着色度(490nmにおける吸光度;メラニン生成量を表す)を測定した。各反応条件につき2つのウェルを用いて測定した値(酵素は含むがDOPAを全く含まないブランク値を補正した値)の平均をコントロールに対する%として図2のグラフにまとめた。
【0041】
図2において横軸の下の数値は最終混合液中の試験化合物濃度(μM)である。白い棒はDOPAなしで前処理した結果を示し、黒い棒は25μMのDOPA存在下で前処理した結果を示す。加えた化合物濃度が増すと着色が低下するが、前処理において25μMという低濃度のDOPAが存在する方が存在しない場合より着色の抑制が強いことが示されている。そしてこの効果は6−ヒドロキシインドール(6-OH-indole)よりも化合物10において著しく強く、またコウジ酸ではごく弱い。以前からマウスのチロシナーゼがその基質であるDOPAにより失活させられることが知られていたが(Tomitaら、J. Invest. Dermatol., 75, 379 (1980))、この失活を積極的に促進する観点からの薬剤開発はほとんどない。紫外線照射等によりチロシナーゼが誘導されると、本酵素はまずチロシンを酸化してDOPAを生じ、さらにDOPAを酸化してメラニンの原料となるドパクロームを生ずる。従って、少量のDOPAの存在下においてチロシナーゼを強力に阻害もしくは失活させる機能は完全な阻害達成のために合目的であるといえる。図2の結果は化合物10がこの合目的性を備えた阻害剤であることを示している。
【0042】
(実施例7)
マウスB16メラノーマ細胞を24-wellのプレートに1ウェルあたり1×105個づつ0.7mlの培地(10%のFBSを含むDMEM培地)とともに植え込んだ。1日間培養後各ウェルに40mMのテオフィリン水溶液8.9μlを加え、次いで化合物10又はコウジ酸のエタノール溶液ないしは純エタノールを2μlづつ各ウェルに添加した。倍地中の化合物10の濃度は3及び10μM、コウジ酸の濃度は30及び100μMとした。2日間培養後、培地を100μlづつ96-wellのプレートに入れ、プレートリーダーで490nmの吸光度を測定し、その値から倍地中メラニンの生成率(コントロールに対する%)を求めた。次いで24-wellプレートに残った培地を吸引除去後、各ウェルを冷PBSの0.5mlづつで洗浄し、テトラゾリウム試薬(CellTiter 96、Promega社製)を用いて細胞生存率(コントロールに対する%)を測定した。以上の結果を図3にまとめて示した。この図の値はそれぞれ3つのウェルについての平均と標準偏差である。**はStudentのt-検定によりp < 0.01でコントロールに対して有意差があることを示す。この図の結果は、化合物10は10μMで細胞毒性なく倍地中におけるメラニンの生成を26%抑制するが、一方、コウジ酸はそれより10倍の濃度でもこの実験条件ではほとんど効果が無いことを示す。なお、細胞内に蓄積されるメラニン量を実施例2と同様の方法で測定したが、この場合は化合物10による抑制作用について安定した結果は得られなかった。しかし、メラニンの細胞外への分泌抑制乃至放出抑制機能は、美白化粧料の重要な要素の一つである。化合物10は、上記チロシナーゼ阻害効果に加え、メラニンの細胞外へ放出抑制機能を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)又は(II)で示される6−又は7−ヒドロキシインドール骨格を有する化合物を活性成分として含むことを特徴とする、チロシナーゼ阻害剤。
【化1】

〔一般式(I)中、R及びRはそれぞれ水酸基又は水素原子を表すが、少なくともその一方は水酸基であり、Rは水素原子、アルキル基、アルケニル基、R−X−基(Xはアルキレン基若しくはアルケニレン基を表し、Rはアミノ基を表す。)、又はR−X−CONH−X−基(Rは、水酸基により置換された芳香族基を表し、Xは単結合又はアルキレン基又はアルケニレン基を表す。)を表す。〕
【化2】

〔一般式(II)中、R1及びR2は、一般式(I)と同じ。Xは、インドール骨格の2、3位の炭素原子を共有してベンゼン環、ピリジン環あるいはジヒドロピリジン環が縮合した縮合環を形成する基を表し、R6は水素原子、アルキル基、又は水酸基を表す。〕
【請求項2】
一般式(I)で示される化合物が式(2)で示される6−ヒドロキシインドールであることを特徴とする、請求項1に記載の薬剤。
【化3】

【請求項3】
一般式(I)で示される化合物が式(3)で示される7−ヒドロキシインドールであることを特徴とする、上記(1)に記載の薬剤。
【化4】

【請求項4】
一般式(I)で示される化合物が下記式(4a)で示される6−ヒドロキシトリプタミンであることを特徴とする、請求項1に記載の薬剤。
【化5】

【請求項5】
一般式(I)で示される化合物が、下記式(5a)または(10)で示される6−ヒドロキシトリプタミン誘導体であることを特徴とする、請求項1に記載の薬剤。
【化6】

【化7】

【請求項6】
一般式(II)で示される化合物が下記式(7a)で示される2−ヒドロキシカルバゾールであることを特徴とする、請求項1に記載の薬剤。
【化8】

【請求項7】
薬剤の使用形態が、皮膚外用剤あるいは化粧品であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の薬剤。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−68632(P2011−68632A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−18061(P2010−18061)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】