説明

テトラセン化合物

【課題】溶媒に対する溶解性に優れた、テトラセンのカルボン酸誘導体を提供すること。
【解決手段】式(1)で表わされるテトラセン化合物。


(式(1)中、Rはそれぞれ独立して、水素、アルカリ金属、または炭素数1〜20のアルキルであり、前記アルキル中の1つ以上の水素は、ハロゲンで置き換えられていてもよい。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒への溶解度が高い新規テトラセン化合物に関する。さらに本発明は、該テトラセン化合物を含む有機半導体薄膜、有機半導体素子および電界効果トランジスタ(FET)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体性を有する有機化合物が注目されている。その中でもペンタセン、テトラセン等のアセン化合物は、高いキャリア移動度を示すことから、有機半導体材料として有力視されている。溶媒に高濃度で溶解するアセン化合物が存在すれば、そのアセン化合物の溶液を用いて、印刷法等の方法で、薄膜形成が可能となる。印刷法を用いる薄膜形成は、常温、常圧下で行うことができ、また簡便かつ短時間で薄膜を形成できるので、高温、高圧下で行う蒸着法等の薄膜形成方法よりも有利であり、さらに、表面均一性に優れた有機半導体素子を形成することができるという利点がある。
【0003】
しかしながら、無置換のアセン化合物は溶媒に対する溶解性が低いため、合成後のアセン化合物の精製ではカラムクロマトグラフィーなどの簡便な手段で精製することができない。そのため、微粒化による酸化が起きやすく、さらに得られる生成物量が少なくなる昇華精製を行わざるを得ないといった問題や、薄膜形成時には印刷法等の塗布による薄膜形成ができず、製造コストがかかるといった問題がある。
【0004】
そこで、溶媒に対する溶解性を改善するために、テトラセン骨格に種々の置換基を導入したテトラセン化合物が検討されている(特許文献1、2)しかし、これらのテトラセン化合物は、カルボキシル基あるいはアルコキシカルボニル基を含む各種置換基の位置が、分子長軸方向末端に限定されていることから、溶媒に対する溶解性が不充分である。
【0005】
また、溶媒に対する溶解性を改善するために、テトラセン分子の短軸方向にのみ置換基を導入したテトラセン化合物が検討されている(特許文献3,非特許文献1)。これらのテトラセン化合物は、溶解性だけでなくキャリア移動度も優れているが、置換基のアルキル鎖長を必ずしも自在に選択できない課題も有していた。
【0006】
また、特許文献4には、低温で溶媒に溶解可能な化合物が開示されている。しかしながら、該特許文献で具体的に開示されているテトラセン化合物は、1,2,3,4,6,11位置換テトラセン化合物のみである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2001/064611号パンフレット
【特許文献2】特開2004−256532号公報
【特許文献3】特開2007−217340号公報
【特許文献4】特開2007−13097号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Chemistry A European Journal, 2010年,16巻,890頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、溶媒に対する溶解性に優れた、テトラセンのカルボン酸誘導体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、下記の構成とすることで、課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明は、以下の構成を有する。
[1] 式(1)で表わされるテトラセン化合物。
【化1】

(式(1)中、Rはそれぞれ独立して、水素、アルカリ金属、または炭素数1〜20のアルキルであり、前記アルキル中の1つ以上の水素は、ハロゲンで置き換えられていてもよい。)
[2] 式(1)において、Rが全て同一である、[1]に記載のテトラセン化合物。
[3] 式(1)において、Rが全てメチルである、[1]に記載のテトラセン化合物。
[4] 式(1)において、Rが全てエチルである、[1]に記載のテトラセン化合物。
[5] 式(1)において、Rが全てプロピルである、[1]に記載のテトラセン化合物。
[6]
式(1)において、Rが全て炭素数4〜20のアルキルである、[1]に記載のテトラセン化合物。
[7] 式(1)において、Rが全て水素である、[1]に記載のテトラセン化合物。
[8] 式(1)において、Rが全てアルカリ金属である、[1]に記載のテトラセン化合物。
[9] [1]〜[8]のいずれかに記載のテトラセン化合物を含む膜。
[10] [1]〜[8]のいずれかに記載のテトラセン化合物を含む有機半導体薄膜。
[11] [10]に記載の有機半導体薄膜および電極を含む有機半導体素子。
[12] ゲート電極、誘電体層、ソース電極、ドレイン電極および半導体層を含むトランジスタであって、該半導体層が[10]に記載の有機半導体薄膜で構成される電界効果トランジスタ。
【発明の効果】
【0012】
本発明の化合物は、−COORを豊富に有することから、溶媒に対する溶解性に優れている。よって、本発明の化合物の溶液を基板上に塗布、印刷することが可能となり、簡便にしかも短時間で、かつ多量に有機半導体薄膜を製造できる。さらに、本発明の化合物の結晶構造は非常に平面性の高い構造であるため、本発明の化合物およびこの化合物を含む有機半導体薄膜は、実用上十分に高いキャリア移動度を示すことが期待される。
【0013】
本願明細書において、キャリア移動度とは、電子移動度および正孔移動度を含む広義の意味である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、FETの断面概略図の一例を示す。
【図2】図2は、実施例2で合成した化合物(1a−2)の結晶構造を示す。
【図3】図3は、実施例3で合成した化合物(1a−3)の結晶構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明のテトラセン化合物は、式(1)で表され、ベンゼン環が直線上に連なった平面構造を有し、ベンゼン環上の特定の位置に特定の置換基を有する。以下、式(1)で表される本発明のテトラセン化合物を「化合物(1)」ともいう。
【0016】
【化2】

【0017】
式(1)中、Rはそれぞれ独立して、水素、アルカリ金属、または炭素数1〜20のアルキルを示す。炭素数1〜20のアルキルとしては、エチル、メチル、プロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、t−ペンチル、ドデシル、オクタデシルなどが挙げられる。前記アルキルは、有機溶媒への高い溶解性と、テトラセン間の電子雲の重なりやすさ(=高いキャリア移動度)との両立が可能であると期待される点から、好ましくは炭素数1〜10のアルキルであり、より好ましくは、炭素数2〜3のアルキルである。ここで、前記アルキルは、直鎖状、分岐鎖状のどちらであってもよい。また、前記アルキル中の1つ以上の水素は、ハロゲンで置き換えられていてもよい。ここで、ハロゲンとしては、塩素、臭素、フッ素などが挙げられ、好ましくはフッ素である。アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムなどが挙げられ、好ましくは、ナトリウム、カリウムである。
【0018】
化合物(1)として、具体的には、1,2,3,4,7,8,9,10−オクタアルコキシカルボニルテトラセン(以下「化合物(1a)」という。)、および1,2,3,4,7,8,9,10−テトラセンオクタカルボン酸(以下「化合物(1b)」という。)、さらに、1,2,3,4,7,8,9,10−テトラセンオクタカルボン酸塩(以下「化合物(1c)」という。)が挙げられる。
【0019】
【化3】

【0020】
上記式(1a)中、Raは炭素数1〜20のアルキルであり、好ましくは炭素数1〜10のアルキルであり、より好ましくは、炭素数2〜3のアルキルである。前記アルキルは、直鎖状、分岐鎖状のどちらであってもよい。また、前記アルキル中の1つ以上の水素は、ハロゲンで置き換えられていてもよい。ここで、ハロゲンとしては、塩素、臭素、フッ素などが挙げられ、好ましくはフッ素である。Raは互いに同一でも異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。
前記Raにおける炭素数1〜20のアルキルとしては、エチル、メチル、プロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、t−ペンチル、ドデシル、オクタデシルなどが挙げられる。
【0021】
式(1c)中、Mはアルカリ金属であり、互いに同一でも異なっていてもよいが、すべてが同一であることが好ましい。アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムなどが挙げられる。前記アルカリ金属としては、ナトリウム、カリウムが好ましい。
【0022】
化合物(1)は、いずれも溶媒への高い溶解性を示す。
化合物(1a)は、アルキルの炭素数を変化させることによって、有機溶媒への溶解性を最適化できる。また、アルキルの炭素数の変化に伴い分子同士の会合状態も変化するので、キャリア移動度が変化する。したがって、アルキルを最適化することにより、特定のキャリア移動度を有するテトラセン化合物を得ることができると考えられる。さらに、長鎖のアルキルの導入により液晶性を付与することも可能であると考えられる。
【0023】
化合物(1)は、高いキャリア移動度を有すると考えられる。また、化合物(1)は、トランジスタのゲート電圧によるドレイン電流のオン/オフ比の高い、半導体材料として優れた性質を有すると考えられる。化合物(1)は、溶媒に対して高い溶解性を示すため、簡便な成膜工程により化合物(1)を含む膜を製造することができる。そのため、化合物(1)の有する優れた性質を損なうことなく、有機半導体薄膜または有機半導体素子を製造することができる。用途によってキャリア移動度の最適値は異なるが、有機半導体素子として使用する場合のキャリア移動度は、好ましくは0.03cm2/V・s以上、より好ましくは0.5cm2/V・s以上、特に好ましくは1.0cm2/V・s以上である。
【0024】
本発明の化合物(1)の結晶構造は非常に平面性の高い構造であり、分子間にパイ電子軌道の重なりがあるため、本発明の化合物およびこの化合物を含む有機半導体薄膜は、実用上十分に高いキャリア移動度を示すと考えられる。
特に、前記化合物(1a)はエステル基の電子吸引性により、n型有機半導体としての特性も期待される。このような、有機溶媒への溶解性に優れ、かつ、n型有機半導体としての特性を有する化合物は、ほとんど存在しないため、今後さらなる応用が期待される。
【0025】
化合物(1)の一般的な合成方法を説明する。
【0026】
【化4】

【0027】
式中、Tfはトリフルオロメタンスルホニル基、TMSはトリメチルシリル基を示し、RaおよびMはそれぞれ前記式(1a)中のRaおよび前記式(1c)中のMと同義であり、RaおよびMは互いに同一でも異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。
【0028】
化合物(1a)は、上記式(2)で表わされる化合物(以下「ナフタレンビスアライン前駆体(2)」ともいう。)から系中で発生させたビスアラインと、上記式(3)で表わされる化合物(以下「アセチレンジカルボン酸エステル(3)」ともいう。)とを反応させること等で得ることができる。この反応では、触媒としてトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム(0)[Pd2(dba)3]およびフッ化セシウム[CsF]を用いることが必要である。
また、この反応では、溶媒として、例えば、アセトニトリル、ジクロロメタン、テトラヒドロフランからなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物等を用いることが好ましい。
【0029】
前記ビスアラインは、ナフタレンビスアライン前駆体(2)にフェニルリチウムやブチルリチウム等の塩基を作用させて発生させることができる。
ナフタレンビスアライン前駆体(2)およびアセチレンジカルボン酸エステル(3)の仕込み量は、所望の化合物(1a)を合成することができれば特に制限されないが、ナフタレンビスアライン前駆体(2)1モルに対して、アセチレンジカルボン酸エステル(3)を4.0〜12.0モル用いることが好ましい。
【0030】
また、アセチレンジカルボン酸エステル(3)は、アルキルの種類によっては市販品を使用してもよい。市販品がない場合は、E. H. Huntressら、Org. Synth. Coll. Vol.4, p.329 (1963)に記載の方法に基づき、容易に合成することができる。すなわち、下記式(4)で表わされるアセチレンジカルボン酸モノカリウム塩(4)と、所望のアルキルを有するアルコールとを濃硫酸存在下反応させればよい。下記式は、アルキルがプロピルである場合の具体例であり、下記実施例に記載した、下記式(5)で表わされるアセチレンジカルボン酸ジプロピル(5)は本法で合成した。
【0031】
【化5】

【0032】
このようにして得られた化合物(1a)と水素化ナトリウムなどのアルカリ金属ヒドリドとを反応させることで、前記化合物(1c)が得られる。この反応の際には、プロパノール等の溶媒を用いてもよい。次いで、酸性条件でカルボン酸を遊離すれば、前記化合物(1b)を合成することができる。
【0033】
これら化合物(1a)、化合物(1c)および化合物(1b)を得る反応における反応温度は、それぞれ好ましくは10〜80℃であり、反応時間は、それぞれ好ましくは30分〜100時間である。
【0034】
化合物(1)は、溶媒に対して高い溶解性を示すため、カラムクロマトグラフィーや再結晶などの簡易な方法によって、合成後の化合物(1)の粗生成物を容易に精製することができる。
【0035】
これらの方法によって製造できる前記化合物(1a)は、例えば下記式(1a−1)〜(1a−11)で表される。
【0036】
【化6】

【0037】
前記特許文献1,2および4には、置換基としてカルボキシル基あるいはアルコキシカルボニル基を有してもよいテトラセン誘導体の一般式が開示されている。しかし、これらの特許文献には、カルボキシル基あるいはアルコキシカルボニル基を3つ以上有するテトラセン誘導体は開示されておらず、当然化合物(1)も開示されていない。
【0038】
化合物(1)を用いて製造できる有機半導体薄膜および有機半導体素子について説明する。
【0039】
本発明の膜および有機半導体薄膜は、上記化合物(1)を含む。
化合物(1)は、溶媒に対して高い溶解性を示すため、化合物(1)を溶媒に溶解させた溶液状態で基板上に塗布または印刷することで、膜および有機半導体膜を形成することができる。その際、使用する溶媒として、具体的にはペンタン、ヘキサン、ヘプタン、ジエチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、テトラヒドロフラン、メタノール、エタノール、イソプロパノール、酢酸エチル、乳酸エチル、ジオキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、ジクロロメタン、クロロホルム、アセトニトリル、アセトン、シクロヘキサン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、γ−ブチロラクトン、ブチルセロソルブ、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシドなどの有機溶媒、水またはこれらの混合物が挙げられる。
溶液中の化合物(1)の濃度は、0.1〜10重量%であることが好ましい。
【0040】
化合物(1)は、前記溶媒に溶解するので、化合物(1)の高濃度溶液を調製することができる。したがって、この溶液を基板上に塗布または印刷することにより、容易に膜、有機半導体薄膜を作製することができる。ここで、化合物(1)の高濃度溶液とは、溶液中の化合物(1)の濃度が1.0〜10.0重量%程度である溶液をいう。
得られる膜の厚みは、所望の用途に応じて適宜選択することができ、有機半導体素子に使用する有機半導体薄膜の厚みは、10〜1,000ナノメートルであることが好ましい。
【0041】
化合物(1)の溶媒に対する優れた溶解性により、種々の濃度の溶液を調製することができるので、得られる膜の結晶化度を変化させることができる。膜の結晶化度が変化すると、結晶化度に影響されるキャリア移動度も変化する。よって、結晶から非晶質までの広い範囲での結晶性を容易に調整でき、有機半導体膜の厚みおよびキャリア移動度といった、必要な素子特性を安定して再現できる。
【0042】
化合物(1)の溶液を塗布または印刷できる基板としては、種々の基板が挙げられる。具体的には、ガラス基板、金や銅や銀等の金属基板、結晶性シリコン基板、アモルファスシリコン基板、トリアセチルセルロース基板、ノルボルネン基板、ポリエチレンテレフタレート基板等のポリエステル基板、ポリビニル基板、ポリプロピレン基板、ポリエチレン基板などが挙げられる。
【0043】
化合物(1)の溶液を塗布する方法としては、種々の方法が挙げられる。具体的にはスピンコート法、ディップコート法、ブレード法などが挙げられる。また、印刷する方法として具体的には、スクリーン印刷、インクジェット印刷、平版印刷、凹版印刷、凸版印刷などが挙げられる。なかでも、化合物(1)の溶液をそのままインクとして用いたプリンタにより行うインクジェット印刷は、簡易な方法であり好ましい。
【0044】
また、化合物(1)と高分子化合物とを混合した樹脂組成物(ブレンド樹脂)を用いて成膜してもよい。ブレンド樹脂における前記化合物(1)の含有量は、1重量%〜99重量%、好ましくは10重量%〜99重量%、より好ましくは50重量%〜99重量%である。
【0045】
上記高分子化合物としては、熱可塑性高分子、熱硬化性高分子等が挙げられる。具体的には、ポリエステル、ポリアミド、ポリスチレン、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリシクロオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリカーボネート、フェノール樹脂、ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ポリテトラフルオロエチレン、ポリアセチレン、ポリピロール、ポリアリレンビニレンなどが挙げられる。
【0046】
有機半導体膜を有機半導体素子の一部としてそのまま使用する際には、印刷によりパターニングを行うことが好ましく、さらに印刷には、化合物(1)の高濃度溶液を用いるのが好ましい。高濃度溶液を用いれば、インクジェット印刷、マスク印刷、スクリーン印刷およびオフセット印刷等を活用できる。また、印刷による有機半導体素子の製造は、回路の単純化、製造効率の向上および素子の低廉化・軽量化に寄与する。また、印刷による有機半導体膜の製造は、加熱や真空プロセスの必要性がなく流れ作業によって製造できるので、低コスト化および工程変更への対応性を増すことに寄与する。こういった観点から、溶媒への極めて高い溶解性を示す化合物(1)は優れている。
【0047】
本発明の有機半導体素子は、前記有機半導体薄膜および電極を含む。具体的には、前記有機半導体薄膜と、他の半導体性を有する素子とを組み合わせることによって、有機半導体素子とすることができる。半導体性を有する素子としては、整流素子、スイッチング動作を行うサイリスタ、トライアックおよびダイアックなどを挙げることができる。さらに、本発明の有機半導体素子は、表示素子としても用いることができ、特にすべての部材を有機化合物で構成した表示素子が有用である。
【0048】
上記表示素子としては、例えば、電子ペーパーやICカードタグなどのフレキシブルなシート状表示装置、および液晶表示素子が挙げられる。これらの表示素子は、可撓性を示す高分子から形成される絶縁基板上に、本発明の有機半導体薄膜と、この膜を機能させる構成要素を含む1つ以上の層とを形成することで作製することができる。このような方法で作製された表示素子は、可撓性を有しているため、衣類のポケットや財布などに入れて持ち運ぶことができる。
【0049】
上記表示素子としては、固有識別符号応答装置を挙げることもできる。固有識別符号応答装置は、特定周波数または特定符号を持つ電磁波に反応し、固有識別符号を含む電磁波を返答する装置である。固有識別符号応答装置は、再利用可能な乗車券または会員証、代金の決済手段、荷物または商品の識別用シール、荷札または切手の役割、および、会社または行政サービスなどにおいて、高い確率で書類または個人を識別する手段として用いられる。
【0050】
固有識別符号応答装置は、ガラス基板または可撓性のある高分子基板の上に、信号に同調して受信するための空中線と、受信電力で動作し、識別信号を返信する本発明の有機半導体素子とによって構成される。
【0051】
本発明の有機半導体素子の例としては、図1に示すような断面構造を有する電界効果トランジスタ(FET)が挙げられる。
本発明の電界効果トランジスタは、ゲート電極、誘電体層、ソース電極、ドレイン電極、および本発明の有機半導体薄膜を含有する。
【0052】
FETを作製するには、例えば、まず図1において、ガラス基板や高分子基板等の基板(6)の上に、金属のマスク蒸着または導電性インクの印刷により、ソース電極(1)およびドレイン電極(2)を形成する。必要に応じて絶縁層を積層してもよい。その上に、化合物(1)の溶液を印刷、塗布または滴下することによって有機半導体薄膜(5)を形成し、さらに必要に応じて絶縁膜(4)を形成し、その上にゲート電極(3)を形成すればよい。
【0053】
また、化合物(1)の薄膜を含むFET測定用セルを作製し、ゲート電圧を変化させながらソース・ドレイン電極間の電流を測定することで得られるドレイン電流/ゲート電圧曲線から電界効果移動度を求めることができる。さらに、ゲート電圧によるドレイン電流のオン/オフ動作を観測することもできる。
【0054】
このFETは、液晶表示素子やエレクトロルミネッセンス(EL)素子としても用いることができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
融点は、ヤナコ機器開発研究所製の融点測定器(MP−J3)を用いて測定した。
1H−NMRおよび13C−NMRスペクトルは、ブルカー・バイオスピン(株)製の核磁気共鳴装置(DRX500)を用いて測定した。
IRスペクトルは、(株)島津製作所製のフーリエ変換赤外分光光度計(FTIR−8400S)を用いて、KBrペレットを用いて測定した。
元素分析は、ヤナコ機器開発研究所製の有機元素分析装置(MT5CHNレコーダー)を用いて測定した。
【0057】
X線構造解析は、(株)リガク製のX線回折装置(MSCMercuryCCD)を用いて測定した。測定に用いた単結晶は、下記実施例で得られた固体を再結晶または自然蒸発することによって作製した。
質量分析は、Bruker Daltonics社製autoflexIIIを用いて測定した。
【0058】
(実施例1)
1,2,3,4,7,8,9,10−オクタメトキシカルボニルテトラセンの合成(式1において、全てのRがメチル)
窒素雰囲気下において、ナフタレンビスアライン前駆体(2)284.2mg(0.50mmol)、アセチレンジカルボン酸ジメチル(3:R=CH3)0.6mL(4.88mmol)、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム92.4mg(20mol)、フッ化セシウム612mg(4.04mmol)、アセトニトリル9mL、およびジクロロメタン3mLの混合物を、50mLの三ツ口フラスコに加え、該フラスコをアルミホイルで覆った後、30℃の油浴中で24時間攪拌した。不溶性の固体をろ別し、得られたろ液から溶媒を留去した。溶媒留去後の残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(トルエン/酢酸エチル=3/1(v/v))で粗精製し、その後、ジクロロメタンに溶解させ、さらにトルエンを添加後、減圧留去を行った。残渣の赤色固体にジエチルエーテルを加えて、超音波にかけながら不純物成分を溶かした。残留固体をろ別し、ジエチルエーテルで洗浄し、その後、真空乾燥して、表題化合物を赤色固体として55.8mg(0.081mmol)得た(収率16.2%)。この化合物はDMF、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリルの各溶媒に室温(25℃)で溶解した。
得られた化合物の物性値を以下に示す。
融点:300℃以上
【0059】
1H-NMR (CDCl3, 500 MHz);3.95 (s, 12H, OCH3), 4.13 (s, 12H, OCH3), 8.99 (s, 4H, Ar-H).
13C-NMR (CDCl3, 126 MHz);53.26 (CH3), 53.49 (CH3), 127.27, 127.30, 128.11, 131.33, 134.79, 166.32 (C=O), 166.94 (C=O).
FT-IR (KBr);1735.8 (C=O), 1440.7, 1280.6, 1215.1, 1166.9, 1134.1, 1078.1 cm-1.
MALDI-TOF-MS;m/z 692.0 [M-].
【0060】
(実施例2)
1,2,3,4,7,8,9,10−オクタエトキシカルボニルテトラセンの合成(式1において、全てのRがエチル)
窒素雰囲気下において、ナフタレンビスアライン前駆体(2)569.1mg(1.0mmol)、アセチレンジカルボン酸ジエチル(3:R=C25)1.6mL(10.0mmol)、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム93.0mg(10mol)、フッ化セシウム609.1mg(4.01mmol)、アセトニトリル18mL、およびジクロロメタン6mLの混合物を、50mLの三ツ口フラスコに加え、該フラスコをアルミホイルで覆った後、室温で96時間攪拌した。不溶性の固体をろ別し、得られたろ液から溶媒を留去した。溶媒留去後の残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(トルエン/酢酸エチル=10/1(v/v))で粗精製し、その後、少量のトルエンに溶解させ不純物成分を溶かした。さらに、ヘキサンを加えて沈殿した固体をろ別し、該固体を、ヘキサンを滴下することで洗浄し、その後、真空乾燥して、表題化合物(1a−2)を黄色固体として139.1mg(0.173mmol)得た(収率17.3%)。この化合物は、ヘキサンに加熱条件で溶解した。トルエン、メタノール、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、DMF、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリルの各溶媒には室温(25℃)で容易に溶解した。
得られた化合物(1a−2)の物性値を以下に示す。
融点:245.1〜246.3℃
【0061】
1H-NMR (CDCl3, 500 MHz);1.41 (t, J = 7.2 Hz, 12H, OCH2CH3), 1.48 (t, J = 7.2 Hz, 12H, OCH2CH3), 4.40 (q, J = 7.2 Hz, 8H, OCH2CH3), 4.60 (q, J = 7.2 Hz, 8H, OCH2CH3), 8.98 (s, 4H, Ar-H).
13C-NMR (CDCl3, 126 MHz);14.00 (OCH2CH3), 14.04 (OCH2CH3), 62.39 (OCH2CH3), 62.67(OCH2CH3), 127.33, 127.38, 127.89, 131.29, 134.72, 165.98 (C=O), 166.58 (C=O).
FT-IR (KBr);1735.8 (C=O), 1373.2, 1211.2, 1215.1, 1095.1, 1024.1 cm-1.
MALDI-TOF-MS m/z 804.1 [M-].
元素分析:C42H44O16(計算値C, 62.68%;H, 5.51%. 測定値:C, 62.48%;H, 5.54%.)
【0062】
(実施例3)
1,2,3,4,7,8,9,10−オクタプロポキシカルボニルテトラセンの合成(式1において、全てのRがプロピル)
大気下において1−プロパノール18mLを氷浴で冷却し、12Nの硫酸水溶液10mLを徐々に加えた。そこにアセチレンジカルボン酸モノカリウム塩(4)1.001g(6.58mmol)を氷冷下で徐々に加えた後、得られた反応混合物を室温で96時間攪拌した。攪拌後、氷浴を用いて冷却し、水を加えて反応を停止させた。ジエチルエーテルを用いて抽出し、炭酸水素ナトリウム水溶液および食塩水で洗浄後、続いて、乾燥剤として硫酸ナトリウムを用い、有機層の乾燥を行った。乾燥剤をろ別後、ろ液を減圧蒸留し、淡黄色液体のアセチレンジカルボン酸ジプロピル(5)を1.142g(7.76mmol、87.5%)得た。
【0063】
続いて窒素雰囲気下において、ナフタレンビスアライン前駆体(2)569.1mg(1.0mmol)、アセチレンジカルボン酸ジプロピル(5)2.00g(10.0mmol)、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム91.7mg(10mol)、フッ化セシウム630.8mg(8.06mmol)、アセトニトリル18mL、およびジクロロメタン6mLの混合物を、50mLの三ツ口フラスコに加え、該フラスコをアルミホイルで覆った後、室温で96時間攪拌した。不溶性の固体をろ別し、得られたろ液から溶媒を留去した。溶媒留去後の残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(トルエン/酢酸エチル=20/1(v/v))で粗精製し、その後、少量のトルエンに溶解させ不純物成分を溶かした。さらに、ヘキサンを加えて沈殿した固体をろ別し、該固体を、ヘキサンを滴下することで洗浄し、その後、真空乾燥して、表題化合物(1a−3)を黄色固体として147.8mg(0.161mmol)得た(収率16.1%)。この化合物は、トルエン、メタノール、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、DMF、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリルの各溶媒に室温(25℃)で容易に溶解した。
得られた化合物(1a−3)の物性値を以下に示す。
融点:154.9〜156.7℃
【0064】
1H-NMR (CDCl3, 500 MHz);1.02 (t, J = 7.4 Hz, 12H, OCH2CH2CH3), 1.05 (t, J = 7.4 Hz, 12H, OCH2CH2CH3), 1.74-1.81 (m, 8H, OCH2CH2CH3), 1.82-1.89 (m, 8H, OCH2CH2CH3), 4.28 (q, J = 6.8 Hz, 8H, OCH2CH2CH3), 4.49 (q, J = 6.8 Hz, 8H, OCH2CH2CH3), 8.97 (s, 4H, Ar-H).
13C-NMR (CDCl3, 126 MHz);10.01 (OCH2CH2CH3), 10.51 (OCH2CH2CH3), 21.81 (OCH2CH2CH3), 21.83 (OCH2CH2CH3), 68.13 (OCH2CH2CH3), 68.31 (OCH2CH2CH3), 127.41, 127.48, 127.85, 131.31, 134.77, 166.11 (C=O), 166.71 (C=O).
FT-IR (KBr);1732.0 (C=O), 1305.7, 1274.9, 1244.0, 1213.1, 1134.1 cm-1.
MALDI-TOF-MS m/z 916.1 [M-].
元素分析:C50H60O16(計算値C, 65.49%;H, 6.60%. 測定値:C, 65.56%;H, 6.69%.)
【0065】
(実施例4)
1,2,3,4,7,8,9,10−テトラセンオクタカルボン酸オクタナトリウム塩の合成(式(1)において、全てのRがナトリウム)
フラスコ内に入れた40重量%オイル分散水素化ナトリウム180mgを、ヘキサンを用いて洗浄し上澄み溶液を除去した。そこに1−プロパノール40mL加え、水素化ナトリウムを溶解させた。その後、得られた溶液にトルエン10mLに溶かした1,2,3,4,7,8,9,10−オクタエトキシカルボニルテトラセン114.6mg(0.142mmol)を加え、容器をアルミホイルで覆い、オイルバス中で24時間還流した。室温に放冷後、水を加えて反応を停止させた。トルエンを用いて洗浄し有機層を除去した。分離した水層成分からロータリーエバポレーターを用いて水分を除去した。残った固体をメタノールで洗浄し、表題化合物である茶色固体のオクタカルボン酸オクタナトリウム塩を105.9mg(0.140mmol)得た(収率98.6%)。この化合物は、水に室温(25℃)で容易に溶解した。
得られた化合物の物性値を以下に示す。
融点:300℃以上(分解)
【0066】
1H-NMR (D2O, 500 MHz);8.81 (S, Ar-H)
FT-IR (KBr);1652.9, 1600.8 (C=O), 1438.8, 1384.8, 1309.6 cm-1.
【0067】
(実施例5)
1,2,3,4,7,8,9,10−テトラセンオクタカルボン酸の合成(式(1)において、全てのRが水素)
実施例4で得られたカルボン酸塩100.0mg(0.132mmol)を水7mLに溶解し、室温で5容量%塩酸を加えてpHを2に調整した。析出した固体をろ別し、該固体を純水で繰り返し洗浄した。この固体を減圧乾燥して、表題化合物である遊離のオクタカルボン酸を61.2mg(0.106mmol)得た。収率は79.9%であった。この化合物は、メタノール、テトラヒドロフラン、DMF、アセトニトリルの各溶媒に室温(25℃)で容易に溶解した。
【0068】
X線結晶構造解析
実施例2で合成した化合物(1a−2)の結晶構造を、エックス線構造解析により同定したところ、図2に示した様にヘリンボーン構造で配列していた。
実施例3で合成した化合物(1a−3)の結晶構造を、エックス線構造解析により同定したところ、図3に示した様にテトラセンが互いに平行に存在する結晶構造を観察した。
【符号の説明】
【0069】
1: ソース電極
2: ドレイン電極
3: ゲート電極
4: 絶縁膜
5: 有機半導体薄膜
6: 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表わされるテトラセン化合物。
【化1】

(式(1)中、Rはそれぞれ独立して、水素、アルカリ金属、または炭素数1〜20のアルキルであり、前記アルキル中の1つ以上の水素は、ハロゲンで置き換えられていてもよい。)
【請求項2】
式(1)において、Rが全て同一である、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項3】
式(1)において、Rが全てメチルである、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項4】
式(1)において、Rが全てエチルである、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項5】
式(1)において、Rが全てプロピルである、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項6】
式(1)において、Rが全て炭素数4〜20のアルキルである、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項7】
式(1)において、Rが全て水素である、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項8】
式(1)において、Rが全てアルカリ金属である、請求項1に記載のテトラセン化合物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のテトラセン化合物を含む膜。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のテトラセン化合物を含む有機半導体薄膜。
【請求項11】
請求項10に記載の有機半導体薄膜および電極を含む有機半導体素子。
【請求項12】
ゲート電極、誘電体層、ソース電極、ドレイン電極および半導体層を含むトランジスタであって、該半導体層が請求項10に記載の有機半導体薄膜で構成される電界効果トランジスタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−56907(P2012−56907A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−203153(P2010−203153)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月12日 社団法人日本化学会主催の「日本化学会第90回春季年会 講演要旨集」において文書をもって発表
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【出願人】(311002067)JNC株式会社 (208)
【出願人】(596032100)JNC石油化学株式会社 (309)
【Fターム(参考)】