説明

トチノキ科植物種子エキスの製造方法

【課題】着色が抑制され、医薬品や化粧品等の組成物への配合に適したトチノキ科植物種子エキスの製造方法の提供。
【解決手段】トチノキ科植物種子エキスの製造方法であって、トチノキ科植物の種子から外皮を除去した後、溶剤抽出を行うことを特徴とするトチノキ科植物種子エキスの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トチノキ科植物種子エキスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セイヨウトチノキ(マロニエ、学名:Aesculus hippocustanum)やトチノキ等のトチノキ科植物の種子は、一般には羊や豚の飼料やでん粉原料として用いられるが、そのエキスやエキスから分離されたエスシン(Escin)と呼ばれるトリテルペン系サポニン類には、優れた抗炎症作用、収斂作用があることが知られている。従って、例えばマロニエ種子エキスは、これまでに抗炎症薬として外科手術後や外傷膜の腫張の治療に、内服のみならず筋肉注射や外用で用いられている。また、化粧品原料としても利用され、近年、マロニエ抽出物に皮膚のしわやたるみの予防・改善効果があることが見出されている(特許文献1)。
【0003】
一方、トチノキ科植物の種子は濃褐色の外皮で覆われており、種子の粉砕物を用いて溶剤抽出されたエキスは、褐色を呈し、また水含有製剤中で変色し易いという問題があった。
また、皮膚のしわやたるみの予防・改善効果を有する成分の植物種子中の存在部位に関する知見はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−8571号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、着色が抑制され、医薬品や化粧品等の組成物への配合に適したトチノキ科植物種子エキスの製造方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、トチノキ科植物種子エキスの製造工程において、トチノキ科植物の種子から外皮を取り除いた後に、溶剤抽出に付すことにより、有益な活性成分を喪失することなく、不都合な着色が有意に抑制されることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、トチノキ科植物種子エキスの製造方法であって、トチノキ科植物の種子から外皮を除去した後、溶剤抽出を行うことを特徴とするトチノキ科植物種子エキスの製造方法に係るものである。
また、本発明は、上記の方法により製造されたトチノキ科植物種子エキスに係るものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、しわやたるみの予防又は改善作用を有するトチノキ科植物種子中の有益な活性成分を喪失することなく、着色が抑制されたトチノキ科植物種子エキスを得ることができる。このため、本発明の製造方法で調製されたトチノキ科植物種子エキスは、しわやたるみの予防又は改善作用等のトチノキ科植物種子の薬理作用を有効に利用した化粧品、医薬品等への配合成分として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明エキスと比較エキスの色調を示す写真。
【図2】レプリカの線粗さ解析における、採取範囲、計測範囲を示す図。L:目尻寄りの端より10mmに位置する線(L=10mm)、S:目尻寄りの端から2mm〜14mmの領域の面積12mm×10mm四方。
【図3】目尻部写真の目視によって決定されたスコアの変化の結果を示す図。
【図4】レプリカの線粗さ解析におけるRa値及びRz値の解析結果を示す図。
【図5】面粗さ解析におけるSa値及びSz値の解析結果を示す図。♯:気泡混入した1つを除く6名からのレプリカ(n=6)で解析
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のトチノキ科植物種子エキスの製造方法は、トチノキ科植物種子から外皮を除去した後、溶剤抽出を行う工程を含むものである。
本発明において、トチノキ科植物としては、トチノキ属に属する植物が好ましく、トチノキ科(Hippocastanaceae)のトチノキ(Aesculus turbinata)、セイヨウトチノキ(Aesculus hippocastanum)(マロニエ)、シナトチノキ(Aesculus chinensis)等が挙げられ、このうちセイヨウトチノキ(マロニエ)が好ましい。
【0011】
トチノキ科植物の種子から外皮を除去する方法は、特に限定されるものではないが、たとえば、粉砕機や破砕式造粒機などの粉粒体機械を用いて種子を粉砕することにより種子から外皮を剥がすことができる。更に密閉循環式風力選別機に通すことにより外皮と種の残り部分との重量差を利用して外皮を除去することができる。
外皮が除去された部分(主に胚乳部分)は、そのまま又は粉砕して溶剤抽出に用いることができる。
【0012】
抽出溶剤としては、極性溶剤、非極性溶剤のいずれをも使用することができ、これらを混合して用いることもできる。例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;プロピレングリコール、ブチレングリコール等の多価アルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等の鎖状及び環状エーテル類;ポリエチレングリコール等のポリエーテル類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン化炭化水素類;ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の炭化水素類;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類;ピリジン類;超臨界二酸化炭素;油脂、ワックス、その他オイル等が挙げられ、このうち、水、アルコール類、水−アルコール混液、が好ましく、特にエタノール水、中でも20〜80%エタノール水(vol/vol)を用いるのが好ましい。
【0013】
抽出条件は、使用する溶剤によっても異なるが、例えば水、アルコール類又は水−アルコール混液により抽出する場合、トチノキ科植物の外皮が除去された部分1質量部に対して1〜50容量部の溶剤を用い、4〜100℃、好ましくは20〜60℃の温度で、1時間〜30日間、より好ましくは1日〜14日間、特に1〜3日間抽出するのが好ましい。
【0014】
上記の抽出物は、着色や匂いが抑えられており、本発明のトチノキ科植物種子エキスとしてそのまま用いることもできるが、当該抽出物を希釈、濃縮若しくは凍結乾燥した後、必要に応じて粉末又はペースト状に調製してもよい。
また、液々分配等の技術により、上記抽出物から不活性な夾雑物を除去して用いることもでき、必要により公知の方法で更に脱臭、脱色等の処理を施してもよい。
【0015】
斯くして調製されるトチノキ科植物種子エキスは、外皮を除去せずに同様に調製されたエキスに比して、着色が有意に抑制されるという特徴を備えている(試験例2参照)。また、斯くして調製されるトチノキ科植物の種子エキスは、外皮を除去せずに同様に調製されたエキスよりも、ヒト皮膚線維芽細胞の細胞発生力が増大されるという特徴を備えている(試験例1及び3参照)。皮膚線維芽細胞における細胞発生力は、アクチンの重合に伴うストレスファイバーの形成によって生じるものであり、皮膚線維芽細胞の細胞発生力を増大させる物質は、皮膚組織の老化、すなわち皮膚のたるみ、はりの減少、しわ等の発生に有効であると考えられている(J. Cosmet. Sci., 57, 369-376(2006))。従って、本発明の方法で調製されたトチノキ科植物種子エキスは、しわやたるみの予防又は改善作用等の薬理作用を有効に利用した化粧品、医薬品等への配合成分として有用である。
【実施例】
【0016】
実施例1 トチノキ科植物種子エキスの調製
(1)使用植物
i)セイヨウトチノキ(マロニエ、Aesculus hippocastanum ポーランド産)
ii)シナトチノキ(Aesculus chinensis 中国産)
iii)トチノキ(Aesculus turbinata 日本産)
(2)調製方法
各植物種子10kgを破砕式造粒機(株式会社ダルトン製)で5分間粉砕処理し、これを密閉循環式風力選別機(日本専機株式会社製)で風力20%で20分間処理を行い、剥がれた外皮と残りの胚乳を主とする粉砕物に分け抽出用種子粉砕物8kgを得た。このうち100gを用い、これに50vol%エタノール1Lを加え、50℃加熱下24時間撹拌抽出を行った。これをろ過し、残渣に50vol%エタノール1Lを加えて再度抽出を行なった。得られた抽出液を混合し、減圧濃縮して溶媒を留去した後、固形分1.0w/v%及び0.5w/v%の50vol%EtOH溶液に調製し、以下の本発明エキス1〜3とした。
本発明エキス1:セイヨウトチノキ外皮なし種子エキス
本発明エキス2:シナトチノキ外皮なし種子エキス
本発明エキス3:トチノキ外皮なし種子エキス
【0017】
また、比較として、以下の方法により、外皮を除去しないエキスを調製した。
各植物種子粉砕物100gに50vol%エタノール1Lを加え、50℃加熱下24時間撹拌抽出を行った。これをろ過し、残渣に50vol%エタノール1Lを加えて再度抽出を行なった。得られた抽出液を混合し、減圧濃縮して溶媒を留去した後、固形分1.0w/v%及び0.5w/v%の50vol%EtOH溶液に調製し、以下の比較エキス1〜3とした。
比較エキス1:セイヨウトチノキ外皮つき種子エキス
比較エキス2:シナトチノキ外皮つき種子エキス
比較エキス3:トチノキ外皮つき種子エキス
【0018】
試験例1 色調の測定
実施例1において調製した、本発明エキス1〜3及び比較エキス1〜3の固形分1.0%及び0.5%の50vol%EtOH溶液の色調(ガードナー色数)を、ガードナー比色計を用い、「JIS K0071−2 化学製品の色試験方法 第2部 ガードナー色数」に記載の方法に従って測定した。結果を表1に示す。また、本発明エキス1と比較エキス1エキスの固形分1.0%の50vol%EtOH溶液の、外観を図1に示す。
表1及び図1より、本発明エキスでは、比較エキスに比べ着色が有意に抑制されていた。また、匂いも改善されていた。
【0019】
【表1】

【0020】
試験例2 細胞の発生する力の測定
コラーゲンゲル培養系での力の測定法はKolodney らの方法に従って行った(Kolodney MS, Wysolmerski RB, Isometric contraction by fibroblasts and endothelial cells in tissue culture: a quantitative study. J Cell Biol., 117, 73-82(1992), Kolodney MS, Elson EL, Correlation of myosin light chain phosphorylation with isometric contraction of fibroblasts. J Biol Chem, 268, 23850-23855(1993))。ヒト皮膚線維芽細胞(大日本製薬Co., Ltd. Osaka, Japan)は、継代数3から8のものを使用した。線維芽細胞包埋コラーゲンゲル(1.5×106cells,1.5mg/mL collagen, 新田ゼラチンTypeI-A)を37℃に保温した無血清培地(Dulbecco's modified Eagle's medium(DMEM))(約70ml)を満たしたビーカー中に吊り下げて固定し、約200mg重で張力をかけた後1時間安定化させた。その後、無血清DMEMで最終濃度の約70倍に調整した実施例1で調製した本発明エキス1及び比較エキス1を1.0mL添加(最終固形分濃度0.00025〜0.001%)した。発生する力はIsotonic Transducer(8gf,T-7-8-240、ORIENTEC、JAPAN)で計測しBIOPAC system (BIOPAC Systems Inc., Santa Barbara, CA, USA)で記録した。結果を表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表2の結果から、外皮を除去した本発明エキス1は、外皮つきの比較エキス1よりも、ヒト皮膚線維芽細胞の細胞発生力が同程度の張力発生時の評価濃度から考慮して4倍以上に高められていた。
【0023】
実施例2 ヒト評価用エキスの調製
セイヨウトチノキ種子を実施例1と同様の方法により処理して得た、外皮を除去したセイヨウトチノキ種子粉砕品100gに75vol%エタノール1Lを加え、50℃加温下で6時間撹拌抽出を行った。室温まで冷却した後、ろ過し、残渣に75vol%エタノール 1Lを加え、再度同条件で抽出を行った後、ろ過した。2つのろ液を混合し、1,3-ブチレングリコール240gを加えて減圧濃縮した。濃縮液を低温下で1週間静置した後ろ過し、不溶の成分を除去した。1,3-ブチレングリコールならびに水を加え、固形分0.5w/v%、80%1,3-ブチレングリコール溶液3.5Lを調製し、本発明エキス4とした。
また、外皮を除去したセイヨウトチノキ種子粉砕品に代えて、外皮つきのセイヨウトチノキ種子粉砕品を用いて同様に比較エキス4を調製した。
【0024】
試験例3 細胞の発生する力の測定
実施例2で調製した本発明エキス4及び、比較エキス4(固形分濃度0.5w/v%)について、ヒト皮膚線維芽細胞の細胞発生力の測定を試験例2の方法に従い、最終固形分濃度0.01%にて測定を行った。結果を表3に示す。
【0025】
【表3】

【0026】
表3の結果より、抽出後、固液分配等の処理を加えた場合であっても、外皮除去処理によってヒト皮膚線維芽細胞の細胞発生力の向上が認められた。
【0027】
試験例4 ヒト使用試験
(1)試験デザイン
目尻にしわを有する健康な女性被験者7名(30〜40代)を対象として、ハーフフェイス、ダブルブラインドで、実施例2で調製した本発明エキス4のみ不含のプラセボとの比較試験とした。各被験者は1日2回、又は3回、2ヶ月間、毎日指定されたサンプルを目周辺部に塗布した。試験サンプルの処方は表4に示した。
【0028】
【表4】

【0029】
(2)しわに対するサンプルの有効性評価方法
(A)写真目視により判定されたスコア
座位で軽く目をつぶった状態での被験者の左右目周辺部の接写写真をデジタルカメラで撮影し、2Lサイズにプリントした。
スコア0:しわがない、スコア1:わずかにしわがある、スコア2:しわがある、スコア3:かなりしわがある、スコア4:著しいしわがある、の5段階に0.25刻みで、写真を観察された目尻部のしわの程度に基づき、サンプルを計17段階でスコア化して評価した。終了時(2ヵ月後)から開始時の値を引き算し、スコアの変化に基づきサンプルを比較した。
【0030】
(B)レプリカの粗さ解析
被験者より、軽く目をつぶった仰向けの状態で左右の目周辺部よりレプリカ(Gcexafine、GC Co. Ltd., Tokyo, Japan)を採取した。採取したレプリカの3次元粗さ解析(PRIMOS compact, GF Messetechnik GmbH, Berlin)を行った。採取範囲、計測範囲は図2に示した。
開始時のレプリカを基準(reference)として、開始時と終了時(2ヵ月後)のレプリカとの形状マッチングをPRIMOS付属ソフト(英語版、バージョン4.0)で行った。位置がマッチングされた形状に対し、目尻部の粗さ解析の範囲を図2に示したように指定した。その範囲における線粗さ及び面粗さ値を付属ソフトにより求めた。線粗さパラメーターとしては、Ra(算術平均粗さ)、Rz(十点平均粗さ)を、面粗さパラメーターとしては、Sa(算術平均粗さ)、Sz(十点平均粗さ)を用いた。
【0031】
(3)結果
1)図3に目尻部写真目視により判定されたスコアの変化の結果を示す。
2ヶ月の試験サンプル塗布開始時及び終了時において、プラセボ群ではスコアの変化の差は認められなかったが、本発明エキス4塗布群では有意な低下が認められた。
2)図4にはレプリカの線粗さ解析におけるRa値ならびにRz値の解析結果、図5には面粗さ解析におけるSa値及びSz値の解析結果を示す(面粗さ解析値、Sa、Sz値の結果については、1名の被験者のレプリカで測定部位へ気泡が混入したため、その被験者1名を除いた6名での解析結果を示す)。
線粗さ解析において、プラセボ群では、開始時と終了時に差は認められなかったが、本発明エキス4塗布群では開始時と比較し、終了時には有意なRa値、Rz値の低下が認められた。
また、面粗さ解析においてもプラセボ群では開始時と終了時に差は認められなかったが、本発明エキス4塗布群では有意なSa値、Sz値の低下が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トチノキ科植物種子エキスの製造方法であって、トチノキ科植物の種子から外皮を除去した後、溶剤抽出を行うことを特徴とするトチノキ科植物種子エキスの製造方法。
【請求項2】
抽出溶剤が水−アルコール混液である請求項1記載の方法。
【請求項3】
トチノキ科植物がセイヨウトチノキである請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の方法により製造されたトチノキ科植物種子エキス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−83857(P2010−83857A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−30757(P2009−30757)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】