説明

ナノサイズ金属ガラス構造体

【課題】ナノワイアやナノチューブなどのナノサイズ構造体はナノスケールのデバイスを構築するのに不可欠のもので、理論的な研究から、アモルファス状態の金属のナノ構造体が求められている。
【解決手段】圧縮試験で生じる金属ガラスの破壊面を精査する中で、金属ガラスナノワイアや金属ガラスナノチューブなどの金属ガラスのナノサイズの構造体が形成されているのを発見した。ナノスケールの構造体でも、バルク金属ガラスではアモルファス状態の構造が保たれることを確認した。金属ガラスの優れた特性を生かした金属ガラスナノワイアや金属ガラスナノチューブなどを提供できて、電極材、モーター材料、ナノエレクトリニクス材料、ナノ医療デバイス、ナノセンサー、オプティカル材料などの様々な分野に応用可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノサイズの金属ガラス構造体(金属ガラスナノ構造体)に関する。特には、本発明は、バルク金属ガラスより構築された金属ガラスナノワイア並びに金属ガラスナノチューブに関する。
【背景技術】
【0002】
ナノワイアやナノチューブなどのナノサイズ構造体(ナノ構造体)はナノスケールのデバイスを構築するのに不可欠のものである〔Craighead, H. G., Science, Vol. 290, 1532 (2000) (非特許文献1); Iijima, S., Nature, 354, 56 (1991) (非特許文献2); Morales, A. M. et al., Science, Vol. 279, 208 (1998) (非特許文献3); Kondo, Y. et al., Science, Vol. 289, 606 (2000) (非特許文献4); Huang, Y. et al., Nano Lett., 2, 101 (2002) (非特許文献5)〕。そのような小さなデバイスの機能特性は原子間の結合
の強さや構造的に規則性のある配置のものであるのか、あるいは構造的に規則性のない配置のものかにより決定される機械的な性質に密接に関係している。
これまでに発見されたナノ構造のものは主として結晶状態のものから形成されたものである〔(a) Yuan, X. Y. et al., Nanotechnology, 15, 59 (2004) (非特許文献6); (b) Xue, D. et al., Nanotechnology, 15, 1752 (2004) (非特許文献7)(両方共に、電子堆積法により作られた短小なアレイ状のアモルファスナノワイアである); Xu, S. et al.,
Small, 12, 1221 (2005) (非特許文献8: 金属ナノワイアに電子線を照射して局所的にアモルファス化することを論じている)〕。
しかしながら、理論的な研究から、安定構造を有する金属ナノワイアとしてはアモルファス状態のものが好ましいことが予言されてきているところである〔Wang, D. et al., Nano Lett., 7, 1208 (2007) (非特許文献9); Ikeda, H. et al., Phys. Rev. Lett., 82, 2900 (1999) (非特許文献10); Koh, S. J. A. et al., Phys. Rev., B 72, 085414 (2005) (非特許文献11)〕。
【0003】
通常の金属・合金は原子が周期的に配列した結晶構造を有している。こうした金属・合金を溶融すると液体状態となり、原子はランダムに存在する状態となる。こうした周期的な構造を持たないものを非晶質(アモルファス)と呼び、こうした状態のまま固体となっている金属を非晶質金属又はアモルファス金属と呼び、合金であれば、非晶質合金又はアモルファス合金と呼んでいる。アモルファス合金などのうち、明瞭なガラス遷移を示すものが見出され、そうした金属を金属ガラスあるいはガラス合金と呼んで区別している。
構造材料を作る上では、バルク状で製造することが大きな意味を有しているが、金属ガラスとして知られるものは明瞭なガラス遷移が観察され、比較的広い過冷却液体領域を有するもので、バルク状のアモルファス合金を製造することができることから注目を集めており、バルク金属ガラス(bulk metallic glass: BMG)とも呼ばれている。
BMG材料は結晶のすべり面がなく、組織の均一性に優れることから、例えば、超高強度
、高硬度、大きな易たわみ性(large elastic limit)などのユニークな機械的特性を示し
、それ故に注目されている〔Greer, A. L., Science, 267, 1947 (1995) (非特許文献12); Inoue, A., Acta. Mater., 48, 279 (2000) (非特許文献13); Greer, A. L. et al., MRS Bull., 32, 611 (2007) (非特許文献14)〕。BMGがナノスケールで構造的に変化することに関係してBMGが機械的にどのように挙動するかについては、広範な研究が行われてき
ている。そうしたナノスケールでの構造的変化としては、クラックの動的な進展〔Wang, G. et al., Phys. Rev. Lett., 98, 235501 (2007) (非特許文献15)〕、剪断帯(shear band)に沿ってのナノ結晶化〔Chen, M. et al., Phys. Rev. Lett., 96, 245502 (2006) (
非特許文献16)〕、ミクロ構造の形成〔Hays, C. C. et al., Phys. Rev. Lett., 84, 2901 (2000) (非特許文献17)〕などが含まれている。
しかしながら、金属ガラスのナノ構造体は、大変優れた機械的性質を持つことが期待されてはいても、その金属ガラスのナノ構造体を形成せしめることにはあまり注目が払われてこなかった。
【0004】
【非特許文献1】Craighead, H. G., Science, Vol. 290, 1532 (2000)
【非特許文献2】Iijima, S., Nature, 354, 56 (1991)
【非特許文献3】Morales, A. M. et al., Science, Vol.279, 208 (1998)
【非特許文献4】Kondo, Y. et al., Science, Vol. 289, 606 (2000)
【非特許文献5】Huang, Y. et al., Nano Lett., 2, 101 (2002)
【非特許文献6】Yuan, X. Y. et al., Nanotechnology, 15, 59 (2004)
【非特許文献7】Xue, D. et al., Nanotechnology, 15, 1752 (2004)
【非特許文献8】Xu, S. et al., Small, 12, 1221 (2005)
【非特許文献9】Wang, D. et al., Nano Lett., 7, 1208 (2007)
【非特許文献10】Ikeda, H. et al., Phys. Rev. Lett., 82, 2900 (1999)
【非特許文献11】Koh, S. J. A. et al., Phys. Rev., B 72, 085414 (2005)
【非特許文献12】Greer, A. L., Science, 267, 1947 (1995)
【非特許文献13】Inoue, A., Acta. Mater., 48, 279 (2000)
【非特許文献14】Greer, A. L. et al., MRS Bull., 32, 611 (2007)
【非特許文献15】Wang, G. et al., Phys. Rev. Lett., 98, 235501 (2007)
【非特許文献16】Chen, M. et al., Phys. Rev. Lett., 96, 245502 (2006)
【非特許文献17】Hays, C. C. et al., Phys. Rev. Lett., 84, 2901 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
理論的な研究から、金属のナノ構造体、例えば、安定構造を有する金属ナノワイアとしてはアモルファス状態のもの、すなわち、金属ガラスのナノ構造体が好ましいことが予言されいる。しかし、金属アモルファスナノワイアまたは金属ガラスナノワイアは、実験的には、それが得られたということはなかった。特には、破壊における機械的なプロセスにより形成されるなどといったことは、これまで知られていなかった。
ナノスケールのデバイスを構築するのに不可欠なナノ構造体を、結晶のすべり面がなく、組織の均一性に優れ、機械強度、耐食性に秀でたバルク金属ガラス(BMG)材から構成す
ることは技術的に大きな意義を有する。したがって、金属ガラスからなるナノ構造体、例えば、金属ガラスナノワイアや金属ガラスナノチューブを得ることが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、金属ガラスの変形・破壊に至る変形挙動の特徴を精査する研究を行っている中で、圧縮試験において、金属ガラスは圧縮応力方向に対して傾いた最大剪断応力面に近い面で剪断帯が発生し、加工硬化することなく、当該破断面に金属ガラスナノワイアや金属ガラスナノチューブなどの金属ガラスのナノサイズの構造体が形成されているのを発見するのに成功し、本発明を完成した。
本発明は、バルク金属ガラス(bulk metallic glass: BMG)よりなる金属ガラスナノワイア並びに金属ガラスナノチューブを提供するし、さらに、その製造技術を提供している。ナノスケールの構造体でも、バルク金属ガラスではアモルファス状態の構造が保たれることを確認した。
【0007】
かくして、本発明では次なるものが提供される。
〔1〕ディメンジョンの少なくとも一つがナノサイズであり且つ金属ガラスよりなることを特徴とする金属ガラスナノ構造体。
〔2〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノワイア及び金属ガラスナノチューブからなる群から選択されたものであることを特徴とする上記〔1〕に記載の金属ガラスナノ構
造体。
〔3〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノワイアであり、該ワイアの直径が、1000nm以下であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の金属ガラスナノ構造体。
〔4〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノワイアであり、該ワイアの直径が、500nm以下であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の金属ガラスナノ構造体。
〔5〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノワイアであり、該ワイアの直径が、100nm以下であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の金属ガラスナノ構造体。
〔6〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノチューブであり、該チューブの外径が、1000nm以下であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の金属ガラスナノ構造体。
〔7〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノチューブであり、該チューブの外径が、500nm以下であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の金属ガラスナノ構造体

〔8〕金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノチューブであり、該チューブの外径が、100nm以下であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の金属ガラスナノ構造体

〔9〕金属ガラスが、Zr基金属ガラスであることを特徴とする上記〔1〕〜〔8〕のいずれか一に記載の金属ガラスナノ構造体。
【発明の効果】
【0008】
本発明で、金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどの金属ガラスナノ構造体が粗大な結晶化を起こすことなく、安定に形成し得ることが見出されているので、金属ガラスの特性を生かしたナノスケールの金属ガラス材料の利用が可能となった。金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどは、電極材、モーター材料、ナノエレクトリニクス材料、ナノ医療デバイス、ナノセンサー、オプティカル材料などとして有用である。
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、ナノスケールのサイズを有する、金属ガラス、特にはバルク金属ガラスのナノ構造体を提供する。特には、本発明は、ナノサイズの、金属ガラスナノワイア並びに金属ガラスナノチューブを提供する。本バルク金属ガラスのナノ構造物の発見により、バルク金属ガラスよりなるナノワイアやナノチューブなどの金属ガラスナノ構造体の製造技術の開発及び利用技術の開発が可能である。
本明細書中、金属ガラス(metallic glass)〔ガラス合金(glassy alloy)ともいう〕とは、アモルファス合金〔アモルファス金属(amorphous metal)〕の一種であるが、ガラス遷
移が明瞭に観察されるものを指しており、典型的には、明瞭なガラス遷移と広い過冷却液体温度域を示す点で、従来のアモルファス合金とは区別されるものである。
本金属ガラスは、過冷却液体領域の温度幅が比較的広く、金属溶融体を0.1〜100K/s程
度のゆっくりとした冷却速度で冷却しても、過冷却液体状態を経過してガラス相(アモルファス相)に凝固する合金である。
【0010】
金属ガラスは、(1)3元系以上の金属からなる合金で、且つ(2)広い過冷却液体温度領域
を有する合金と定義されているものとしてよいものであり、耐食性、耐摩耗性等、極めて高い性能を有し、より緩慢な冷却によってアモルファス固体が得られるなどの特徴を有する。また、次なる記載も知られている(特開2007-84901号公報): 最近では、金属ガラスはナノクリスタルの集合体との見方もされており、金属ガラスのアモルファス状態における微細構造は従来のアモルファス金属のアモルファス状態とは異なると考えられている。
【0011】
金属ガラスは、加熱時に、結晶化前に明瞭なガラス遷移と広い過冷却液体温度領域を示すことが特徴である。
すなわち、金属ガラスの熱的挙動を、DSC(示差走査熱量計)を用いて調べると、温度
上昇にともない、ガラス転移温度(Tg)を開始点としてブロードな広い吸熱温度領域が現れ、結晶化開始温度(Tx)でシャープな発熱ピークに転ずる。そしてさらに加熱すると、融点(Tm)で吸熱ピークが現れる。金属ガラスの種類によって、各温度は異なる。TgとTxの間の温度領域ΔTx=Tx-Tgが過冷却液体温度領域であり、ΔTxが10〜130℃と非常に大きいこと
が金属ガラスの一つの特徴である。ΔTxが大きい程、結晶化に対する過冷却液体状態の安定性が高いことを意味する。
【0012】
バルク形状の金属ガラスをつくるための組成、すなわち、過冷却液体が安定化するための組成に関しては、
(1)3成分以上の多元系であること、
(2)主要3成分の原子寸法比が互いに12%以上異なっていること、及び
(3)主要3成分の混合熱が互いに負の値を有していること、
が経験則として報告されている(井上明久、「ガラス合金の発展経緯と合金系」、機能材料、Vol. 22, No. 6, pp. 5-9 (2002))。
【0013】
金属ガラスとしては、1988年〜1991年にかけて、Ln-Al-TM、Mg-Ln-TM、Zr-Al-TM(ここで、Lnは希土類元素、TMは遷移金属を示す)系等が見出されたのをはじめとして、最近までに数多くの組成が報告されている。ガラス合金としては、Mg基、希土類金属基、Zr基、Ti基、Fe基、Ni基、Co基、Pd-Cu基、Cu基などののバルクガラス合金が包含されてよい。
例えば、特開平3-158446号公報には、過冷却液体領域の温度幅が広く、加工性に優れるアモルファス合金として、XaMbAlc (X: Zr, Hf、M: Ni, Cu, Fe, Co, Mn、25≦a≦85、5
≦b≦70、0≦c≦35)が記載されている。
【0014】
Zr基金属ガラスは、合金の中でZrを他の元素よりも多く含有し、Zr以外に、第4族元素(例えば、Zr以外のTi, Hfなど)、第5族元素(例えば、V, Nb, Taなど)、第6族元素(例えば
、Cr, Mo, Wなど)、第7族元素(例えば、Mnなど)、第8族元素(例えば、Feなど)、第9族元
素(例えば、Coなど)、第10族元素(例えば、Ni, Pd, Ptなど)、第11族元素(例えば、Cu, Agなど)、第13族元素(例えば、Alなど)、第14族元素(例えば、Siなど)、第3族元素(例えば、Y、ランタノイド元素など)などからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有するものが挙げられる(元素の周期表は、IUPAC Nomenclature of Inorganic Chemistry, 1989に基づく、以下同様)。典型的な場合では、Zrの含有量は、Zr以外に含有せしめ
る元素によっても異なるが、合金全体に対して40質量%以上、好ましくは45質量%以上、より好ましくは45質量%以上である。具体的には、Zr50Cu40Al10(以下、下付数字は原子%を
示す)、Zr55Cu30Al10Ni5、Zr60Cu20Al10Ni10、Zr65Cu15Al10Ni10、Zr66Cu12Al8Ni14、Zr65Cu17.5Al7.5Ni10、Zr48Cu36Al8Ag8、Zr42Cu42Al8Ag8、Zr41Ti14Cu13Ni10Be22、Zr55Al20Ni25、Zr60Cu15Al10Ni10Pd5、Zr48Cu32Al8Ag8Pd4、Zr52.5Ti5Cu20Al12.5Ni10、Zr60Cu18Al10Co3Ni9等が挙げられる。これらの中でも、Zr50Cu40Al10、Zr65Cu15Al10Ni10、Zr48Cu32Al8Ag8Pd4、Zr55Cu30Al10Ni5等のZr基ガラス合金が特に好ましい。
【0015】
特開平9-279318号公報には、PdとPtとを必須元素とする金属ガラスが報告されている。また、米国特許第5429725号明細書には金属ガラス材料として、Ni72-Co(8-x)-Mox-Z20 (x
=0, 2, 4又は6原子%、Z=メタロイド元素)が記載されている。Pdの他、Nb, V, Ti, Ta, Zrなどの金属が水素透過性能を有することが知られており、このような金属を中心とする
金属ガラスは、水素選択透過性を発揮し得る。
さらに、金属ガラスとして、例えば、特開2004-42017号公報に記載された、Nb-Ni-Zr系、Nb-Ni-Zr-Al系、Nb-Ni-Ti-Zr系、Nb-Ni-Ti-Zr-Co系、Nb-Ni-Ti-Zr-Co-Cu系、Nb-Co-Zr
系や、Ni-V-(Zr,Ti)系、Co-V-Zr系、Cu-Zr-Ti系などが挙げられる。
【0016】
本発明において用いる金属ガラスの種類は、目的に応じて適宜選択可能であるが、ΔTx=Tx-Tg (ただしTxは結晶化開始温度、Tgはガラス遷移温度を示す)の式で表される過冷
却液体領域の温度間隔ΔTxが30℃以上である金属ガラスを好適に使用できる。さらに、金属ガラスとしては、メタル−メタロイド(半金属)系金属ガラス合金、メタル−メタル系金属ガラス合金、ハード磁性系金属ガラス合金などが挙げられる。メタル−メタロイド系金属ガラス合金は、ΔTxが35℃以上、組成によっては50℃以上という大きな温度間隔を有していることが知られている。本発明においては、さらにはΔTxが40℃以上の金属ガラスも好適に使用できる。
【0017】
金属元素としてFeを含有するメタル−メタロイド(半金属)系金属ガラス合金としては、例えばFe以外の他の金属元素と半金属元素(メタロイド元素)とを含有してなり、金属元素としてAl, Ga, In, Snのうちの1種または2種以上を含有し、半金属元素として、P,
C, B, Ge, Siのうちの1種または2種以上を含有するものなどが挙げられる。メタル−
メタル系金属ガラス合金の例としては、Fe, Co, Niのうちの1種又は2種以上の元素を主成分とし、Zr, Nb, Ta, Hf, Mo, Ti, Vのうちの1種又は2種以上の元素とBを含むものが挙げられる。
本発明においては、好適な金属ガラスとして、金属ガラスが複数の元素から構成され、その主成分として少なくともFe, Co, Ni, Ti, Zr, Mg, Cu, Pdのいずれかひとつの原子を30〜80原子%の範囲で含有するものが挙げられる。さらに、第6族元素(Cr, Mo, W)を10〜40原子%、第14族元素(C, Si, Ge, Sn)を1〜10原子%の範囲で、各グループから少なくとも1種類以上の金属原子を組み合わせてもよい。また、鉄族元素に、目的に応じて、Ca, B,
Al, Nb, N, Hf, Ta, Pなどの元素が10原子%以内の範囲で添加されてあってもよい。これらの条件により、高いガラス形成能を有するものであってよい。
【0018】
金属ガラスの成分元素として、少なくともFeを含有するものは、耐食性が飛躍的に向上しており、好適なものがある。金属ガラス中のFe含有量としては、30〜80原子%が好適で
ある。Feが30原子%より少ない場合では耐食性が十分に得られず、また、80原子%より多い場合では金属ガラスの形成は困難である。より好ましいFe原子の割合は、35〜60原子%
である。上記の金属ガラス組成は安定なアモルファス相の金属ガラス層を形成すると同時に加工の低温化にも貢献し、均一なガラス組織と結晶質金属組織の層状構造を、形成することができる。
好ましい組成としては、例えば、Fe43Cr16Mo16C15B10、Fe75Mo4P12C4B4Si1、Fe52Co20B20Si4Nb4、Fe72Al5Ga2P11C6B4等が挙げられる。
また、本発明において用いる金属ガラスの好適なものとして、Fe100-a-b-cCra TMb (C1-XBXPy )c〔ただし、式中、TM=V, Nb, Mo, Ta, W, Co, Ni, Cuの少なくとも一種以上、a, b, c, x, yは、それぞれ5原子%≦a≦30原子%, 5原子%≦b≦20原子%, 10原子%≦c≦35原子%, 25原子%≦a+b≦50原子%, 35原子%≦a+b+c≦60原子%, 0.11≦x≦0.85, 0≦y≦0.57〕で示される組成を有するものが挙げられる。当該金属ガラスは、特開2001-303218号公報
を参照できる。
【0019】
本発明において用いる金属ガラスとしては、軟磁性Fe基金属ガラス合金であってよく、例えば、特開2008-24985号公報並びにそこで引用されている全ての特許文献及び参考文献を参照できる。Co基金属ガラスとしては、例えば、特開2007-332413号公報並びにそこで
引用されている全ての特許文献及び参考文献を参照できる。Ni基金属ガラスとしては、例えば、特開2007-247037号公報並びにそこで引用されている全ての特許文献及び参考文献
を参照できる。Mg基金属ガラスとしては、例えば、特開平3-10041号公報、特開2001-254157号公報、特開2007-92103号公報並びにそこで引用されている全ての特許文献及び参考文献を参照できる。Ti基金属ガラスとしては、例えば、特開平7-252559号公報、特開2008-1939号公報並びにそこで引用されている全ての特許文献を参照できる。
好ましい組成としては、例えば、Ti50Cu25Ni15Zr5Sn5、Mg50Ni30Y20等が挙げられる。
【0020】
本発明で、「ナノスケール」とは、三次元空間を表すディメンジョンx, y, zのうちの
少なくとも一つ又はそれ以上がナノサイズであることを意味してよく、典型的な場合には、該ディメンジョンのうちの少なくとも二つがナノサイズであることを意味する場合を指すものと理解してよく、ここで「ナノサイズ」とは1000ナノメートル(nm)以下の大きさのことを指しており、より好適には、500 nm以下の大きさ、ある場合には200 nm以下の大きさ、より典型的には100 nm以下の大きさ、さらには、80 nm以下の大きさ、別の場合には
、60 nm以下の大きさ、あるいは、50 nm以下の大きさを指すものであってよい。本発明で「ナノサイズ」とは、金属ガラスの種類に応じて1000nm以下の大きさの中から、様々なサイズとすることも可能であり、さらには、10 nm以下の大きさとか、5 nm以下の大きさの
ものも包含される。
以上から明らかなごとく、本発明のナノ構造体は、ディメンジョンの一つが上記ナノサイズ以上であってよく、例えば、1マイクロメートル(μm)以上の大きさであるものも包含される。
【0021】
本発明のナノスケールの金属ガラス構造体、すなわち、金属ガラスナノ構造体は、様々な形状のものが包含されてよく、さらに、金属ガラスの種類により各種の形態のものにすることも許容されるが、例えば、ナノスケールの、チューブ(ナノチューブ)、ワイア(細線:ナノワイア)、ファイバー(ナノファイバー)、バンドル、ロッド(ナノロッド)、シリンダー(ナノシリンダー)などが挙げられる。本金属ガラスナノ構造体の典型的なものとしては、金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどを挙げることができる。
本金属ガラスナノワイアは、直線形、分岐形、ねじれ形、コイル形又はスパイラル形などのいずれであってもよいが、例えば、直線形、円柱状のものなどを挙げることができる。該金属ガラスナノワイアの形状は、金属ガラスの種類により各種の形態のものにすることができるし、許容されるもので、例えば、細線の断面の形状は、円形、楕円形、西洋梨形など、適宜、任意の形状とすることもできるが、好適には円形又は楕円形のものである。
【0022】
当該金属ガラスナノワイアにおいては、細線の直径は1000nm以下の大きさであり、典型的には、500 nm以下の大きさ、あるいは、200 nm以下の大きさ、ある場合には、100 nm以下の大きさ、さらには、80 nm以下の大きさ、別の場合には、60 nm以下の大きさ、もっと典型的な場合では、50 nm以下の大きさをもつもの、さらには、40 nm以下の大きさ、あるいは、30 nm以下の大きさ、また、20 nm以下の大きさ、さらには、15 nm以下の大きさ、
さらに別の場合では、10 nm以下の大きさ、あるいは、5 nm以下の大きさをもつものが挙
げられる。該細線の直径は、金属ガラスの種類により各種のサイズとすることも可能であり、1000nm以下の大きさの中から、様々なサイズとすることも可能であり、例えば、10 nm以下の大きさとか、5 nm以下の大きさのものも包含される。当該金属ガラスナノワイア
の細線長さとしては、1μm以上とすることも可能であり、5μm又はそれ以上、10μm又は
それ以上、20μm又はそれ以上、30μm又はそれ以上、50μm又はそれ以上のものも包含さ
れる。当該金属ガラスナノワイアにおいては、アスペクト比は、適宜、任意の値のものとすることができるし、さらに、金属ガラスの種類により各種の値とすることも可能であり、例えば、1:2〜1:100,000の範囲、あるいは、1:5〜1:10,000の範囲、ある場合には、1:1
0〜1:1,000の範囲、別の場合では、1:20〜1:500の範囲で選択することができる。
具体例の一つでは、本金属ガラスナノワイアとしては、直径がおおよそ100〜500nmで、細線の長さがおおよそ1〜100μmのものが挙げられる。別の具体例では、本金属ガラスナ
ノワイアは、直径がおおよそ10〜100nmで、細線の長さがおおよそ0.5〜50μmのものが挙
げられる。
【0023】
本金属ガラスナノチューブは、直線形、分岐形、ねじれ形、コイル形又はスパイラル形などのいずれであってもよいが、例えば、直線形、円柱状、円錐状のものなどを挙げることができる。該金属ガラスナノチューブの形状は、金属ガラスの種類により各種の形態のものにすることができるし、許容されるもので、例えば、チューブの断面の形状は、中空円形、中空楕円形、中空西洋梨形など、適宜、任意の形状とすることもできるが、好適には円形の中空を有する円形又は楕円形のもの、楕円の中空を有する円形又は楕円形のものである。当該金属ガラスナノチューブにおいては、チューブの外径は1000nm以下の大きさであり、典型的には、500 nm以下の大きさ、ある場合には、200 nm以下の大きさ、あるいは、100 nm以下の大きさ、さらに別の場合では、80 nm以下の大きさ、あるいは、60 nm以下の大きさ、さらには、50 nm以下の大きさをもつものが挙げられる。該チューブの外径
は、金属ガラスの種類により各種のサイズとすることも可能であり、1000nm以下の大きさの中から、様々なサイズとすることも可能であり、例えば、10 nm以下の大きさとか、5 nm以下の大きさのものも包含される。
【0024】
チューブの内側の径は、上記外径より小さなサイズであり、例えば、上記外径のサイズの95%〜5%、あるいは、上記外径のサイズの90%〜10%、ある場合には、上記外径のサイズ
の80%〜20%、さらには、上記外径のサイズの70%〜30%が挙げられ、さらに上記外径のサイズの65%〜35%や60%〜40%であることもできる。当該金属ガラスナノチューブの筒の長さとしては、100 nm以上あるいは500 nm以上、さらには1μm以上とすることも可能であり、5
μm又はそれ以上、10μm又はそれ以上、20μm又はそれ以上、30μm又はそれ以上、50μm
又はそれ以上のものも包含されてよい。当該金属ガラスナノチューブにおいては、アスペクト比は、適宜、任意の値のものとすることができるし、さらに、金属ガラスの種類により各種の値とすることも可能であり、例えば、1:2〜1:100,000の範囲、あるいは、1:5〜1:10,000の範囲、ある場合には、1:10〜1:1,000の範囲、さらに別の場合では、1:20〜1:500の範囲で選択することができる。
具体例の一つでは、本金属ガラスナノチューブとしては、外径がおおよそ400〜800nmで、内径がおおよそ250〜375nmであり、チューブの長さがおおよそ1〜50μmのものが挙げられる。
上記金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどの筒材や線材の太さは、必ずしも全て同一である必要はなく、ある程度は大小であるものも包含されるし、筒の壁もその厚みは薄い厚いがあってよい。
【0025】
本発明の金属ガラスナノ構造体は、金属ガラス素材を圧縮試験にかけて、破断面を精査する中で観察されているので、同様な生成条件を再現することで、それを製造できる。例えば、金属ガラスナノワイアは、バルク金属ガラス材を加熱して過冷却液体領域にした後、その条件で引っ張り力を加えるなどすることにより製造できる。該バルク金属ガラス材としては、目的に応じて如何なる形態のものも使用できるが、例えば、30〜40μm×0.8mmのリボンを使用することもできる。
金属ガラス合金材料は、高温の過冷却液体状態、すなわち、ガラス転移点以上において粘性流動による変形特性を有する。本発明では、この高温における超塑性の加工特性を利用することにより、ナノスケールのワイアを作製する技術が提供される。リボン状、又は、細線状の金属ガラス合金材料に歪み応力を加えながら、局所的に、電熱線接触、電熱線放射熱、電子線照射、レーザー加熱、及び/又は、通電加熱法を用いて、過冷却液体状態に到達するまで瞬時に加熱し、その加熱した局所部分において、直径がナノサイズ、例え
ば、100nm以下のアモルファス状態の金属ガラスナノワイアを作製する。
金属ガラス製リボン又は細線に対して、歪みを加えながら過冷却液体状態までの急加熱を施し、その状態でワイア加工を行い、該加工終了時に伴う急冷過程により、ナノワイアにアモルファス状態の構造を保持せしめることに成功した。本発明では、透過電子顕微鏡などを使用した原子構造的観察により、そのアモルファス状態の確認にも成功している。
本金属ガラスナノ構造体は、ナノマテリアル(NMS)の軸となる材料であり、電極材、モ
ーター材料、ナノエレクトリニクス材料、ナノ医療デバイス、ナノセンサー、オプティカル材料などとして有用である。例えば、金属ガラスナノワイアは、磁気材料、セミコンダクターの配線、電極材などを含め、医療機器、ナノテクノロジー応用機器、磁気材料、エレクトリニクス機器などにおいて利用できる。本金属ガラスナノワイア、金属ガラスナノチューブなどの金属ガラスナノ構造体は、その機械的強度が局所的な欠陥・転位に影響されず、ナノ領域において超高強度材料、超弾性伸び材料として有用である。
【0026】
金属ガラス、特にはバルク金属ガラスは、粘い金属であり、高い引張強度、大きな弾性限界値を示し、破壊強度も大きく、高靭性を示すなど、非常に高強度の材料で、優れた耐食性を示す。金属ガラスは、その優れた機械強度、耐食性、表面平滑性、精密鋳造性、超塑性などの優れた特性を生かし、それを位置センサー、受信センサー、電磁弁、磁気センサー、圧力センサーなどの用途利用も期待され、内視鏡・ロータブレータ・血栓吸引カテーテルなどの医療機器、精密工学機器、産業用小型・高性能デバイスを含めた産業機器、検査ロボット、産業用ロボット、マイクロファクトリーなどへの応用も考えられている。したがって、金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどの金属ガラスナノ構造体は、上記金属ガラスの特性を生かす分野やマイクロマシーンや半導体・精密電子部品の分野など広範な分野での利用が期待される。
ナノワイアはナノ電子機械システム構築を行う際の重要な構成材料要素である。よって、金属ガラスの持つ超高強度、超弾性伸び、超軟磁性などの優れた特性を、ナノ領域で、本発明の金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどの金属ガラスナノ構造体を使用して活用することが可能であり、ナノ電子機械システムの基板材料としてのみでなく、ナノ磁気センサー、数cmまでの長さの金属ガラスナノワイアなどでは先端医療器具に利用でき、例えば、ナノワイアの径が100nm程度のものであれば人細胞と比較して十分に小
さいので、痛みなどを伴わずに人体への侵入を可能にできるので、センサーとして患部からの直接的な診断や、周辺細胞に影響を及ぼすことなく患部細胞にのみ電流刺激を行って活性化したり、悪性腫瘍を破壊したりすることなども可能となる。
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。
全ての実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。
【実施例1】
【0027】
バルク金属ガラスのロッド(棒材)を圧縮試験にかけ、その破壊面を走査電子顕微鏡(scanning electron microscope: SEM)による観察にかけた。
合金として、Zr50Cu40Al10の組成のバルク金属ガラスを使用した。本Zr基バルク金属ガラス(Zr-based bulk metallic glass: BMG)合金は、高いガラス形成能と広い過冷却液
体領域を有し、そして1860 MPaの引張強度、89 GPaのヤング率及び506のビッカース硬さ
などの非常に優れた機械的性質を示すものである(Yokoyama, Y. et al., Mater. Trans.,
46, 2755 (2005))。
BMG合金を製造するため、三元系のZr-Cu-Al合金を使用することとし、アルゴン雰囲気
中で純Zr金属、純Cu金属及び純Al金属の混合物を溶融した。該BMG合金の製造の間、酸素
濃度が最小限となるように、0.05原子%より少ない酸素含有量であるZr結晶のロッド(棒材)を使用した。固化処理中コールドスポットを防止するという利点があるので傾角鋳造法(tilt casting)を使用した(Yokoyama, Y. et al., Mater. Trans., 46, 2755 (2005))

当該溶融している合金をロッド形状の鋳型の中で鋳込んだ。当該ロッド形状の鋳型は、直径が3 mm、長さがおおよそ60 mmのサイズのものであった。
合金試料をダイアモンドカッター(diamond saw)でもって約5 mmの長さに切断し、破壊
面を得るため、空気中で5×10-4s-1の平均ひずみ速度でもって圧縮試験を行った。
【0028】
該合金試料の破壊面は、電界放射型走査電子顕微鏡(field emission scanning electron microscope; field emission SEM, Hitachi S-4800, 15kVで操作)、原子間力顕微鏡(atomic force microscope; AFM) (JEOL JSPM-5400)及びTEM(JEOL JEM-2010, 200keVで操作)により観察を行った。SEMと組み合わせてエネルギー分散型X線分析(EDX、EDAX Genesis XM2H)を使用した。
走査電子顕微鏡による観察で10nm〜おおよそ1μmの直径で、長さがおおよそ50μmの範
囲のナノワイアが、通常の圧縮試験で製造された破壊面に生じていることが示された。さらに、破壊面上にある「筋状のパターン」(vein patterns)の筋状の隆起部に、チュー
ブ状のナノサイズの構造物、すなわち、ナノチューブがあることも示された。
【0029】
図1は、円柱状のBMG試料を単一軸上で圧縮試験する様子を示すものである。圧縮によ
る変形で局所的な可塑的な流れが生じるし、剪断帯が形成されることになる(Pampillo, C. A., J. Mater. Sci., 10, 1194 (1975); Spaepen, F., Acta. Mater., 23, 615 (1975); Bengus, V. Z. et al., J. Mater. Sci., 35, 4449 (2000))。局在化すると、急速な温度上昇が起こり、一方、断熱的加熱で、数百ナノ秒以内の極端に速い事象が起こることになる(Lewandowski, J. J. et al., Nature Mater., 5, 15 (2006))。狭い剪断帯での温度のそのような実質的な上昇により、図1aに示されているように液体相が形成されることになる。その液相の中にナノ空隙/ミクロ空隙が形成せしめられ、図1bの最終的な段階で裂けるということが起こるのである。粘性のある液体相が急速に冷却されて、これまでにフラクトグラフィーで研究されて報告されているように、良く知られた「筋状のパターン」(vein patterns)が形成されることになる(Inoue, A., Acta. Mater., 48, 279 (2000); Pampillo, C. A., J. Mater. Sci., 10, 1194 (1975); Spaepen, F., Acta. Mater., 23, 615 (1975); Bengus, V. Z. et al., J. Mater. Sci., 35, 4449 (2000); Lewandowski, J. J. et al., Nature Mater., 5, 15 (2006))。
破壊面上の化学成分を同定するためエネルギー分散型X線解析(energy dispersive X-ray: EDX)を行った。そして通常の透過型電子顕微鏡(transmission electron microscope: TEM)法を用いてそのナノワイアの構造状態を確認した。
さらに、イオンミリング加工法(ion milling)により調製された筋状の隆起部の断面図
から、その隆起部はチューブ状の構造物であって、ナノチューブの存在を示しているものから構成されていることが示された。
【0030】
試料の調製には二種のイオンミリング加工システムを使用した。その一つは、40 keV Gaのイオンビームでもっての収束イオンビーム(focused ion beam; FIB)システム(Hitachi
FB-2100)であり、他方のものは6 keVのArイオンミリング加工システム(Hitachi E-3500)である。後者の装置は試料(サンプル)の前面にTiシールドプレートを備えており、図5aに示すように、低エネルギーイオンでもっての照射により該シールドから被覆していな
い領域を除去することができるものである。そうした構造により、筋状の隆起部の構造体の断面の特徴を可視化することが可能となっている。
【0031】
図2aは本Zr50Cu40Al10 BMG合金の破壊面のSEM像を示すものである。細胞のような表面構造をもつ「筋状のパターン」は、丸みを帯びている隆起部のネットワークからなるもの
である。図2a中の矢印はナノ構造体を示しており、該ナノ構造体は低倍率のSEM像においても認めることのできるものであった。
図2bの写真は、12μmの長さのナノワイア(nanowire)を示しており、筋状のパターンの上を4箇所で横切るように横たわっているものである。
破壊の過程は複雑であるが、その筋状のパターンの上にナノワイアが存在することは、ナノワイアと筋状のものとの間には異なった形成過程があることを暗示するものである。局所的に粘性が顕著に低下せしめられ、最終段階で液体状の橋状物が作られたものであろう。一次元的なメニスカスにより、粘性のある溶融物が伸ばされて、その結果、図1cに
示されるようにワイアが形成されることになったのであろう。
それとは対照的に、二次元的なメニスカスにより、図1dに示されるように、はじめに
破壊面の上に丸みを帯びた隆起物を形成する。後者の場合には、下記で議論するように、幾つかの隆起物はチューブ状の構造体を含んでいることが期待される。ナノワイアの形成については、局所的な粘性と伸張する期間というものが構造形状を制御している。例えば、伸張する期間が制限されていると、図2cに示されるように、それぞれの端部に小滴を
有している瓢箪形状のナノワイア形状が生成される。局所的な粘性が顕著に低下せしめられると、表面張力を最小にするような球形のものが形成される。
図2dは、それぞれ直径80 nmと250 nmを有している二つの球形の粒を示すものである。非常に重要なことに、図2eの高分解能のSEMイメージが示しているように、直径が10 nm
という非常に小さな直径を持つナノワイアが観察されたことである。図2fは、原子的に
滑らかな表面となっている幾何学的な状態を示しているAFMイメージである。本ナノワイ
アでは、最小の直径は130 nmであり、最大の直径は420 nmであった。その細い部分は3μmより長く延びており、太い部分は筋状の箇所に乗っかっていた。AFMの板バネ(cantileve)の接近ができないため、該ナノワイアの底部の本当の形状は示されていない。
【0032】
SEM及びAFMの両者は、ナノワイアの表面形態が原子的に滑らかなものであることを示しており、それはアモルファスの性質に起因するものであろう。そうした構造的な相は非常に重要である。というのは結晶化すると完全に当該BMG合金の機械的な特性を変化せしめ
てしまうが、本ナノワイアではそのBMG合金の機械的な特性が保たれているからである。
その上、ナノ機械的な特性は表面効果による顕著な影響を受けており、その大きさ(サイズ)がナノスケールに到達している場合には無視できないものとなる(Nakayama, K. S. et al., Appl. Phys. Lett., 90, 183105 (2007))。
【0033】
図3のEDXの結果は、明らかなことに、Arミリング加工された表面から得られたピーク
は、元のBMG合金の組成に相当するZr, CuそしてAlのみであると確認できることを示して
いる。しかしながら、破壊面には元の組成物に加えて酸素(O)が含まれており、これは顕
著に表面の酸化があったことを示すものである。
ナノワイアの構造的な相を確認するため、FIB法を使用し、TEM観察するため筋状の組織をスライスした。そのナノワイアを過度にミリング加工することを避けるため、その表面をW(CO)6のガスに当てた。図4aに示すように、試料の側面の壁は、厚さおおよそ0.1μm
にミリング加工した。図4bは明視野TEMイメージを示し、それは240 nmの直径を持っているナノワイアの断面を示している。そのナノワイアの頂部の所が欠損した形状であるのは、Ga照射によるものである。図4bの右上の挿入図は、そのナノワイアの中心部から得ら
れた電子散乱パターンを示している。拡散するパターンが認められる。したがって、そのナノワイアに結晶化のいかなる痕跡もないと結論付けられた。その電子散乱の結果はアモルファス状態の直接的な証拠を示すものである。
【0034】
これはさらに冷却速度を評価することでも裏付けられる。図2dに示されているように
、ナノ球状の小滴を環境温度T∞の中で溶解温度Tmからガラス質転移温度Tgにまでクエン
チング処理される場合、ナノ平衡条件下での熱伝導微分式は次で与えられる。
【0035】
【数1】

【0036】
上記式中、hは熱伝達率、Sは表面の面積、cは比熱、σは密度、Vは球体の体積である。ここでt=0, T=Tmの場合、次式が得られる。
【0037】
【数2】

【0038】
T∞=300Kの空気中でTm=1273KからTg=706Kまで温度を下げて(Yokoyama, Y. et al., Mater. Trans., 46, 2755 (2005); Yokoyama, Y. et al., Mater. Trans., 43, 575 (2002))、さらにZr基BMG合金の物性値を上記数式(2)に代入する(Yokoyama, Y. et al., Mater. Trans., 46, 2755 (2005); Katayama, K., Ed. Data Book: Heat Transfer, 4th ed.; The Japan Society of Mechanical Engineers: Tokyo, pp 69 and 329 (1986); Waseda, Y. et al., "Thermal properties of bulk Glassy alloys." In "Proceeding of the Sohn International Symposium on Thermo and Physicochemical Principles: Nonferrous High Temperature Processing", Kongoli, F., Reddy, R. G., Eds., The Minerals, Metals & Materials Society: San Diego, CA (2006), pp. 649-658を参照することにより次
なる値を使用した; h=10 W・m-2・K-1, c=372 J・Kg-1・K-1, and σ=6.825×103 Kg
・m-3)。
80 nmの直径の球体の場合ではt=おおよそ3 msで、冷却速度(Tm−Tg)/tは、おおよそ2
×105 K/sが得られる。熱の放射が考慮されていないので、これは依然として概算である
が、この条件での冷却処理は、過冷却液体領域を通るのには、非常に速いものであり、Zr基BMG合金の典型的なインゴットに対しての臨界的な冷却速度である1〜10 K/sと比較しても十分な冷却速度である(Greer, A. L., Science, 267, 1947 (1995); Inoue, A., Acta.
Mater., 48, 279 (2000))。
【0039】
破壊面上では、ナノワイアだけでなく、図2aに示されているように、筋状のパターン
を形作っている丸味を帯びた隆起部も存在している。該隆起部の構造上の重要性を理解するため、図5aに示すように、Arイオンミリング加工法を使用して斜めの断面の表面を調
製した。
図5bは、ミリング加工された面及び破壊面の両方を示すSEMイメージを示している。図5bの左側の部分は、特徴となるもののないミリング加工された表面であり、本領域から
得られた図3のEDXの結果は、本BMG合金のバルクの化学成分を示すものであった。図5b
の右側の部分は、筋状の特徴が認められるものであった。注目すべきことに、ミリング加工された表面と破壊された表面との間の境界領域では、白抜きの矢印の付けられた隆起部のところにチューブ状の構造体があることである。図5cは、図5bの白枠で囲った部分の拡大イメージを示すものである。それは内側の直径が350 nmであることを示すものである。円筒状の形状は完全な丸い形ではないが、そのイメージより破壊面上にナノチューブがあることが示されている。
【0040】
本発明で、破壊プロセスの間に生成されるナノ構造体ではBMG合金の構成原子が無秩序
に配列した構造が保たれていることが示された。ナノワイア上では表面原子の比率が多くとも、それが結晶化を生起させることはなかった。荷重やひずみのある条件では、規則的ではない構造体が金属ナノワイアとして好ましいということを示すものである。金属ガラスナノワイアは機械的に荷重を負荷している条件下では結晶性のものよりもより良好な構
造上の安定性を有することを示している。本発明で発見したナノ構造体の特徴を調べたところBMG破壊プロセスを根本的に理解せしめることが可能になり、ナノ電気機械システム
に関する重要な意味を有しているものであることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明により、金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどの金属ガラスナノ構造体を提供できることが明らかにされ、金属ガラスの優れた特性、例えば、優れた機械強度、耐食性、表面平滑性、精密鋳造性、超塑性などを生かし、それを位置センサー、受信センサー、電磁弁、磁気センサー、圧力センサーなどの用途利用を開発でき、内視鏡・ロータブレータ・血栓吸引カテーテルなどの医療機器、精密工学機器、産業用小型・高性能デバイスを含めた産業機器、検査ロボット、産業用ロボット、マイクロファクトリーなどへの応用も期待できる。本発明の金属ガラスナノチューブ、金属ガラスナノワイアなどの金属ガラスナノ構造体は、上記金属ガラスの特性を生かす分野やマイクロマシーンや半導体・精密電子部品の分野など、そして電極材、モーター材料、ナノエレクトリニクス材料、ナノ医療デバイス、ナノセンサー、オプティカル材料などとして有用で、例えば、磁気材料、セミコンダクターの配線、電極材などを含め、医療機器、ナノテクノロジー応用機器、磁気材料、エレクトリニクス機器など広範な分野での利用が期待される。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】バルク金属ガラス材(円柱材)を圧縮試験に付した様子を示すものである。(a)局所的な剪断現象の発生で、急激な温度上昇が起こり、断熱的に加熱されて液相が形成される(H. J. Leamy, H. S. Chen, and T. T. Wang, Met. Trans., 3: 699 (1972))。(b)ナノ空隙/ミクロ空隙の塊が形成され、最終段階で液相が破裂せしめられる。(c)一つのディメンジョンのメニスカスにより、ワイアが形成される。(d)二つのディメンジョンのメニスカスにより、チューブ形状のものが形成される。
【図2】バルク金属ガラス材(円柱材)を圧縮試験にかけ、その結果生じた金属ガラス材の破壊面の電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)観察像(図面代用写真)及び原子間力顕微鏡(AFM) 観察像(図面代用写真)である。(a)破壊面のFE-SEM像で、葉脈状のパターンが認められる。矢印は、ナノ構造体を示している。(b)FE-SEM像で、葉脈状のものの上に現れた12μmの長さのナノワイアを示している。(c)FE-SEM像で、それぞれの端部に小滴様のものを有している瓢箪形状のナノワイアである。(d)FE-SEM像で、ナノワイアの上部の近くに形成されている球状の粒を示している。(e)高分解能のSEMで見た直径10nmのナノワイアを示す。(f)ナノワイアの立体的な特徴を示している原子間力顕微鏡(AFM) 観察像(図面代用写真)である。本ナノワイアは、130nmの小さな直径と、420nmの大きな直径とを有している。
【図3】図5(a)のバルク金属ガラス材試料のミリング加工した表面及び破断面の平均化したEDXスペクトルを示す。
【図4】(a)金属ガラスナノワイアを収束イオンビーム(FIB)加工する様子を示す。(b) 金属ガラスナノワイアの断面の透過型電子顕微鏡(TEM)観察像(図面代用写真)を示す。本イメージより、構造的に均一なものであり、240nmの直径であることが示されている。右上の挿入図は、そのナノワイアの中心部から得られた電子散乱パターンを示すもので、その拡散するパターンはそれがアモルファスであることを示すものである。
【図5】(a)Arイオンミリング加工法(tilt Ar milling method)を示す概略図である。破断面を有する金属ガラス材の試料の前にTiの遮蔽板を配置する。Arイオンを照射して遮蔽板で覆われていない所を除去して、斜めになった断面を調製する。(b)金属ガラス材の破断部の試料のSEM観察像(図面代用写真)を示す。本図は、ミリング加工された表面(左側部)と破断面(右側部)との境界部を示している。図中の白い矢印は、ナノチューブのある所を示すものである。(c)本(b)で示す四角の枠で囲んだ部分から得られた、ナノチューブのより拡大したSEM観察像(図面代用写真)を示す。該ナノチューブの内側の径は、350nmである。
【図6】バルク金属ガラス材(円柱材)を圧縮試験にかけ、その結果生じた金属ガラス材の破壊面のFE-SEM観察像(図面代用写真)である。金属ガラスナノワイアの存在が認められる。
【図7】バルク金属ガラスナノワイアのFE-SEM観察像(図面代用写真)である。長い金属ガラスナノワイアが製造できることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディメンジョンの少なくとも一つがナノサイズであり且つ金属ガラスよりなることを特徴とする金属ガラスナノ構造体。
【請求項2】
金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノワイア及び金属ガラスナノチューブからなる群から選択されたものであることを特徴とする請求項1に記載の金属ガラスナノ構造体。
【請求項3】
金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノワイアであり、該ワイアの直径が、1000nm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属ガラスナノ構造体。
【請求項4】
金属ガラスナノ構造体が、金属ガラスナノチューブであり、該チューブの外径が、1000nm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属ガラスナノ構造体。
【請求項5】
金属ガラスが、Zr基金属ガラスであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一に記載の金属ガラスナノ構造体。


【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−18878(P2010−18878A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−183080(P2008−183080)
【出願日】平成20年7月14日(2008.7.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年1月15日 インターネットアドレス「http://portal.acs.org/portal/acs/corg/content」に発表
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】