説明

ナノ構造化黒鉛、その複合材料、これらを用いた導電材料及び触媒材料

【課題】電池内で導電材料として使用した場合、炭素材料中および炭素材料から電解液への電子の移動性を向上し、Pt等金属坦持触媒への適用においては、金属の担持粒子径を小さくして比表面積を増加することによって触媒能力を向上する。
【解決手段】本発明のナノ構造化黒鉛は、結晶子の大きさが1〜20nmであるナノ構造化した黒鉛の一次粒子が凝集した黒鉛凝集体からなり、該黒鉛凝集体の平均粒子径が0.5〜50μmである。また、他の特徴は、比表面積が200〜2000m/gであり、平均細孔半径0.8〜150nmの細孔容積が0.3cm/g以上であり、ラマンバンドの強度比(I1360/I1580)が0.4〜1.7である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、導電材料や触媒材料などに広く利用できるナノ構造化した黒鉛、その複合材料並びにこれらを用いた導電材料及び触媒材料に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、炭素材料は、エネルギー分野、電子・情報・通信分野、機械・航空・宇宙分野、光学分野、化学・環境分野、医療・福祉分野など広範囲に使用されている。しかしながら、炭素材料の機能性を発現させるためには、結晶構造の制御、高比表面積化、一次粒子の凝集状態の制御、細孔構造の制御などが必要であり、更に、それらの炭素材料への金属元素の坦持や複合化が高機能性を発現するための有効な手段となるにもかかわらず充分に研究されていないのが現状であり、係る分野の開発が望まれていた。具体的には、炭素材料の現状は以下のとおりである。
【0003】
前記炭素材料の中で導電材料に用いられる炭素材料としては、カーボンブラック、黒鉛、カーボンファイバー、カーボンナノチューブなどがある。従来の導電材料であるカーボンブラックは、(110)面の結晶子の大きさLaが1.7nm程度、(002)面の結晶子の大きさLcが1.2nm程度の結晶子よりなり、これらの結晶子は、炭素網平面が、概ね3〜4層積層したものからなり、その層面間距離は0.34〜0.36nmである。また、導電性に優れるカーボンブラックは小さな結晶子が凝集し、更にストラクチャー構造を作っているのが一般的である。
【0004】
カーボンブラックの導電機構には次の二説がある。一つはカーボンブラック粒子の連鎖(カーボン・ストラクチャー)が互いに接触し、その連鎖をπ電子が伝わって流れる導電通路説である。もう一つは、カーボンブラック粒子間のギャップ間距離が10nm程度の間隔に縮まるとπ電子がジャンプして導電性を示すトンネル効果説である。
【0005】
黒鉛としては一般に粒子径3〜20μm程度のものが導電材料として用いられており、結晶性の発達したリン状またはリン片状の黒鉛は電気抵抗値が低い。結晶性の高いリン状またはリン片状の黒鉛はLcが100nm以上に発達し、a軸方向での体積固有抵抗値は10−3Ω・cmと非常に低い。しかし、c軸方向の抵抗はその1000倍程度に達するため、塗膜中の接触抵抗を低減するには、一般的にカーボンブラックと併用される。
【0006】
また、カーボンファイバーやカーボンナノチューブは、長さ方向に結晶が発達しているため電気伝導性が良く、樹脂に練り込んで導電性樹脂としての検討が進められている。具体的には、導電性が10−4〜10−5Ω・cmと高く、生成法によっては金属導電性のレベルまで期待できること、アスペクト比(L/D)が100〜1000と大きく塗膜中で導電回路を形成できるなど従来のカーボン系導電性フィラーと比べきわめて高い優位性が認められる。しかしながら、炭素材料の高機能性を発現するには充分なものとは言えない。
【0007】
炭素材料は、坦持触媒の担体としても用いられる。触媒適用例としては、活性炭、カーボンブラックに代表される素材料に白金(Pt)等を担持させたPt坦持触媒がある。例えば、キャボット社製のカーボンブラックであるバルカン(VaLcan)X−72は、粒子径が29nm、比表面積が180m/gで、導電性に優れるものであり、Pt坦持用触媒の坦体としても用いられている。Pt坦持触媒は粒子径の小さいPtをカーボンブラックに坦持させたものであり、またカーボンブラック上でPtが凝集を起こさないことが必要である。このためには担体となる炭素材の構造が重要となる。また、Pt坦持用触媒の坦体として使用する場合には、Ptをいかに小さく炭素材表面に分散・坦持させるかが重要であり、特殊な構造をもつ炭素材料が必要になる。
【0008】
また、電池における炭素系材料は、電解液と接する部分で導電材として用いられることが多い。電池中での導電性向上に当たっては、炭素材料と電解液が接した状態で、炭素中のπ電子が電解液中をスムーズに移動する必要があり、そのためには、π電子が移動し易い塗膜構造や、電解液を包含できる炭素材料の細孔構造、また金属と炭素材料との複合体が必要になる。
【0009】
以上のように、電池内で使用される炭素系材料においては、目的とする導電性を確保するにはπ電子の移動性が充分でなく発電効率が低い点、更に、炭素系材料上でPt等触媒が凝集を起こし易く、比表面積が減少し、それに伴って触媒能力が低下する点などが問題である。
【0010】
なお、従来技術の一例として、触媒担体に用いられる炭素材料について以下に例を挙げる。一般的に、触媒担体として用いられる炭素材料としては、カーボンブラック以外に、カーボンナノホーン、カーボンナノチューブなどがある。
たとえば特許文献1には、固体高分子電解質型燃料電池のような電気化学的装置に用いられる電極における反応ガスの触媒への拡散性を向上させる細孔構造を有し触媒用担体として使用可能なカーボンブラックが提案されている。電極触媒の担体として使用可能なカーボンブラック、並びに該担体を用いた電極触媒および電気化学的装置について開示されている。使用されるカーボンブラックは、DBP吸油量が170〜300cm3/100g、BET法による比表面積が250〜400m2/g、一次粒子径が10〜17nm、かつ、表面に開口している半径が10〜30nmである細孔の合計容積が0.40〜2.0cm3/gである。
また、特許文献2には、単層カーボンナノフォーン(SWNHs)の構造を基本とし、活性化処理が不要で、吸着容量の極めて大きな単層カーボンナノホーンの吸着材と、単層カーボンナノホーンの触媒および触媒担体が提案されている。そして、単層カーボンナノホーンが球状に集合してなる単層カーボンナノホーン集合体であって、近接する単層カーボンナノホーンの円錐部により形成される空間に有機物を吸着する単層カーボンナノホーン吸着材や、単層カーボンナノホーンを液相反応における酸化触媒としする単層カーボンナノホーン触媒、および単層カーボンナノホーンの表面に金属触媒を担持させる単層カーボンナノホーン触媒担体とする。
また、特許文献3には、中空の炭素材料の細孔内に貴金属を導入し、前記貴金属が導入された炭素材料を酸化物担体に固定した後、焼成することを特徴とする貴金属触媒の製造方法であって、好ましくは、前記炭素材料がカーボンナノチューブ又はカーボンナノホーンであり、前記貴金属が、白金、ロジウム、パラジウム、金、及びイリジウムから選択された少なくとも1種であることが開示されている。
【0011】
【特許文献1】特開2003−201417号公報
【特許文献2】特開2002−159851号公報
【特許文献3】特開2003−181288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、電池内で導電材料として使用した場合、炭素材料中および炭素材料から電解液への電子の移動性を向上し、Pt等金属坦持触媒への適用においては、金属の担持粒子径を小さくして比表面積を増加することによって触媒能力を向上し、特徴のあるナノ構造化黒鉛、その複合材料、これらを用いた導電材料及び触媒材料を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記の課題を解決するために、本発明は、結晶子の大きさが1〜20nmであるナノ構造化した黒鉛の一次粒子が凝集した黒鉛凝集体からなり、該黒鉛凝集体の平均粒子径が0.5〜50μmであることを特徴とするナノ構造化黒鉛とする(請求項1)。
【0014】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記ナノ構造化黒鉛の比表面積が200〜2000m/gであり、平均細孔半径0.8〜150nmの細孔容積が0.3cm/g以上であることを特徴とする前記のナノ構造化黒鉛とすることが好ましい(請求項2)。
【0015】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記ナノ構造化黒鉛のラマンバンドの強度比(I1360/I1580)が0.4〜1.7であることを特徴とする前記のナノ構造化黒鉛とすることが好ましい(請求項3)。
【0016】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記の何れかに記載のナノ構造化黒鉛に金属または金属酸化物の何れかを含有、担持または複合化させたことを特徴とするナノ構造化黒鉛の複合材料とすることが好ましい(請求項4)。
【0017】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記金属がFe、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Os、Ptから選ばれる少なくとも何れか一種の元素である前記のナノ構造化黒鉛の複合材料とすることが好ましい(請求項5)。
【0018】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記金属酸化物がTi、Al、Si、Zr、V、Nbから選ばれる少なくとも何れか一種の元素からなる金属の酸化物であることを特徴とする前記のナノ構造化黒鉛の複合材料とすることが好ましい(請求項6)。
【0019】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記のナノ構造化黒鉛または前記のナノ構造化黒鉛の複合材料を用いたことを特徴とする導電材料とすることが好ましい(請求項7)。
【0020】
また、前記の課題を解決するために、本発明は、前記のナノ構造化黒鉛または前記のナノ構造化黒鉛の複合材料を用いたことを特徴とする触媒材料とすることが好ましい(請求項8)。
【発明の効果】
【0021】
本発明のナノ構造化黒鉛、ナノ構造化黒鉛の複合材料、これらを用いた導電材料及び触媒材料は、上記のように、導電材として、電解液への電子の移動が更に改善できることから、ナノ構造化黒鉛の複合材料を色素増感型太陽電池の導電材料として使用した場合、発電効率を向上する効果を発揮する。また、貴金属担持触媒の坦体として用いた場合、担持貴金属の粒子径を小さくして比表面積を増加することによって、触媒活性乃至触媒能力が向上する効果を発揮する。このように貴重な貴金属の使用量を低減し、資源の有効利用と経済的効果に寄与するところは極めて大きなものがある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、この発明のナノ構造化黒鉛およびナノ構造化黒鉛担持材料について説明する。
この発明に係るナノ構造化黒鉛の第1の特徴は、結晶子の大きさが1〜20nmであるナノ構造化した黒鉛の一次粒子が凝集した黒鉛凝集体からなり、該黒鉛凝集体の平均粒子径が0.5〜50μmである。詳細には、結晶性の良い黒鉛に粉砕処理等を施すことで、結晶子の大きさが1〜20nmの結晶子が結合した一次粒子が凝集した凝集体の平均粒子径が0.5〜50μmの範囲の粒子になることにより、ナノ構造化された黒鉛が形成される。ナノ構造化された黒鉛結晶子間の導電性は、π電子のトンネル効果で良好に保たれ、また黒鉛の結晶性が残っているため結晶子内のπ電子の移動もスムーズである。
【0023】
これらのナノ構造化された黒鉛は、1〜20nmの結晶子からなる集合体が、20〜100nm程度の球状の一次粒子として強固に結合しているため、ナノ構造化黒鉛の表面の球状な一次粒子間は、数nm前後の均一な間隙が生じ、Ptを坦持させた場合、ナノ構造化黒鉛の表面に数nm程度の微粒子となってPtが均一に分散して存在できる。この現象はナノ構造化黒鉛の外観、構造に起因するものであり、黒鉛表面へのPtの微細な担時が可能になりPt比表面積の向上、Pt担持量の削減に貢献できる。さらに、Ptはナノ構造化された黒鉛の表面に分散しているため、Ptの表面を有効に活用でき、Ptの回収も容易である。
【0024】
この発明に係るナノ構造化黒鉛の第2の特徴は、ナノ構造化黒鉛の比表面積が200〜2000m/gであり、平均細孔半径0.8〜150nmの細孔容積が0.3cm/g以上であることにある。比表面積が200m/g〜2000m/gであり、平均細孔半径が0.8〜150nmの細孔容積が0.3cm/g以上であることにより、電池用の導電材料として使用する場合、ナノ構造化した結晶子及び凝集体の表面への電解液の濡れ性がよくなるとともに、ナノ構造化した結晶子の凝集体間に電解液が浸透して、この電解液が保持されることも電子移動性の向上に寄与している。
【0025】
この発明に係るナノ構造化黒鉛の第3の特徴は、ナノ構造化された黒鉛のラマンバンドの強度比(I1360/I1580)が0.4〜1.7とすることにある。レーザーラマン分光分析により得られる結晶性の尺度となるR値は、レーザーラマン分光の1580cm−1付近と、1360cm−1付近のラマンバンドの強度比(R=I1360/I1580)からの算出値であり、通常、このR値を黒鉛結晶構造のパラメーターにしている。例えば、天然黒鉛では1580cm−1付近に炭素網状平面を形成する二次元六方格子に起因する一本のラマンバンドが存在するのに対し、結晶性が低い黒鉛では1580〜1600cm−1にシフトすると共に、構造欠陥によって六方格子の対称性が低下したか、失われたことに起因する1355〜1360cm−1のバンドが現れる。したがって、1360cm−1付近のバンド強度が強いものほど炭素欠陥の構造が多い黒鉛と言える。
【0026】
また、レーザーラマン分光分析は、材料の表層から数10nmの深さ方向の情報が得られるものであるから、バルクの結晶構造が得られるX線回折より求めた結晶子の大きさとは、必ずしも相関関係は無い。例えば、結晶性の高い黒鉛を粉砕したものでも粉体表層から格子欠陥やアモルファス化が進行した場合では、X線回折で評価する結晶性は高いにもかかわらず、レーザーラマン分光分析で評価すると結晶性が低いことがある。このため、ナノ構造化された黒鉛材料の特定としては両者の解析を同時に行うことが重要である。特に、黒鉛のような層状結晶は、粉砕から生じるクラックや格子欠陥が黒鉛の表層部分から発生し、また、アモルファス化も同時に進行する虞のあるときにはなおさらである。このような点から、本発明者らは、粉砕後また粉砕及び賦活後の黒鉛試料の表面状態を結晶構造的に把握することがナノ構造化された黒鉛材料の調製には有効と判断し、種々の材料を試作して、導電材料、Pt担時触媒などに適する最適なR値を試験的に検証した。即ち、前記試験結果に基づいて、上記の粉砕処理及び賦活処理条件にて得られるナノ構造化黒鉛を、その結晶性の尺度となるR値を0.4〜1.7に特定することで、導電性向上やPtの微粒子担持材料として最適な構造を備えた炭素材料としたものである。
【0027】
この発明に係るナノ構造化黒鉛の複合材料の特徴は、前記の構造を持つナノ構造化黒鉛に金属または金属酸化物を含有、担持または複合化させたことにある。ここで、含有、坦持または複合化させる金属としては、Fe、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Os、Ptから選ばれる少なくとも何れか一種の元素であることが好ましい。これらを含有することにより、水素分子がプロトンへ解離しやすく、また水素の吸着量も増加することが確認された。また、PtやRuを坦持させたものは、燃料電池用電極触媒として使用でき、微粒子で担持が可能なため、Pt量乃至Ru量の削減が可能となる。
【0028】
また、含有、坦持または複合化させる金属酸化物としては、Ti、Al、Si、Zr、V、Nbから選ばれる少なくとも何れか一種の元素からなる金属の酸化物であることが好ましい。これらは触媒又は導電材料として有用である。複合化させる酸化物は、遷移元素からなるものが特に好ましい。遷移元素は、d軌道またはf軌道が電子で満たされておらず、種々の酸化数をとることのできる元素であり、充填される電子軌道によって、第一遷移元素から第四遷移元素まで分類される。そして、この遷移元素からなる酸化物を色素増感型太陽電池の導電材料として使用する場合、電解液であるヨウ素溶液中で安定であるTi、Al、Si、Zr、V、Nbのいずれかの遷移金属を用いた金属酸化物が好ましい。そして、これらの遷移金属からなる金属酸化物は、電池用の導電材料以外に触媒としても有効である。
【0029】
この発明のナノ構造化黒鉛並びにナノ構造化黒鉛の複合材料は、色素増感型太陽電池の導電材料として特に効果を発揮する。具体的には、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上にインジウム錫酸化物(Indium-Tin Oxide、ITO)膜を形成した導電性プラスチック集電体(以下「ITO−PETフィルム」と略称する)を使用した色素増感型太陽電池の場合、発電効率を上げるためにはITO膜から電解液であるヨウ素溶液へ電子が抵抗なく移動できることが必要がある。しかしITO膜は電子を出す時の抵抗が高く、発電効率を大幅に低下させることがわかっている。本発明のナノ構造化黒鉛をITO表面に被覆することで発電効率が1%から3%に向上することが確認できており、さらにナノ構造化黒鉛と金属酸化物の複合化物においてもITO膜に被覆することで3%以上の発電効率が得られる。導電性が10〜10Ω・cmであるにもかかわらず、ITO膜からの電子放出に対する抵抗が低減され、ナノ構造化黒鉛の複合化物は電解液へ電子を移動させやすい特性を具備することが分かる。
【0030】
なお、金属または金属酸化物を複合化させる手段としては、例えば、メカニカルミリング(Mechanical milling)による調整手段がある。ナノ構造化された黒鉛の調整方法としては、粉砕工程、粉砕・賦活工程または粉砕・酸化工程のいずれかの工程を経る方法がある。すなわち、結晶性の高い黒鉛を用い、粉砕雰囲気を制御して、材料の細孔や比表面積などを最適形態に調整するものである。まず、ナノ構造化された比表面積の大きい黒鉛系材料の調整方法については、粉砕雰囲気を制御し、最適な粉砕時間を操作することで、機能性が発現できるナノ構造化された黒鉛を調整する。更に比表面積を増大させるため、粉砕処理で黒鉛の結晶子を小さく(20nm以下)し、また、黒鉛表面の黒鉛化度を下げた後に賦活処理や酸化処理を施すことで、比表面積の増大や細孔の制御を行うことが好ましい。
【0031】
すなわち、この発明においては、結晶性の高い原料黒鉛を用い、その比表面積を上げ、細孔構造、表面形状を最適化するためには粉砕雰囲気の制御と粉砕時間の最適化が有効である。更に、粉砕処理と賦活処理または粉砕処理・酸化処理を組み合わせることによって、黒鉛の粉砕により生じるアモルファス部分が賦活処理や酸化処理で更に除去されので、より好ましい。
【0032】
ここで、原料黒鉛、つまり粉砕前の黒鉛としては結晶性の高いものが望ましく、(110)面の結晶子の大きさLaが25nm以上、(002)面の結晶子の大きさLcが20nm以上のものを用いることが好ましい。これは、粉砕効果として、特に粉砕処理過程での細孔の容積向上が期待でき、粉砕時間も短くできるからである。具体的な原料黒鉛としては、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛などの天然黒鉛、コークスなどを焼成して製造する人造黒鉛、メソフェーズピッチを原料として焼成するメソフェーズピッチ系黒鉛など結晶性の発達した黒鉛が好適である。粉砕後の前記結晶子の大きさの最適な範囲は、黒鉛の(110)面の結晶子の大きさLa及び(002)面の結晶子の大きさLcを1nm以上に収めることが好ましい。これは、結晶性の高い原料黒鉛を粉砕すると、結晶子の大きさが減少し、それに伴い比表面積や細孔容積が増大するものの、前記結晶子の大きさが1nm以下となるような長時間の粉砕により、ナノ粒子乃至結晶子の縮合等が起こる結果、逆に比表面積や細孔容積が減少することを防止するためである。
【0033】
以上のナノ構造化黒鉛を調整するため、粉砕機としてはボールミル、振動ミル、遊星ボールミル、ジェットミルなどを単独、又は、これらを組み合わせた粉砕態様が好ましい。また、粉砕雰囲気は大気、アルゴン、窒素、水素、真空粉砕などから選択することが好ましい。粉砕機の選定は粉砕後の黒鉛構造を決定するために重要である。ボールミルではボールによる衝撃、圧縮粉砕と摩砕で粉砕が進行する。ジェットミルでは気流による衝撃粉砕と摩砕により粉砕が進行する。振動ボールミルでは、粉砕媒体に挟まれた粒子の衝撃粉砕と摩砕により粉砕が進行する。また、遊星ボールミルでは、ポットの公転と自転により粉体媒体による加速度を与え、圧縮・衝撃破砕と摩砕で粉砕が進行する。特に黒鉛の粉砕では、圧縮・衝撃破砕の他に摩砕効果の大きい遊星ボールミルの適用によって、より速く粉砕を進めることができ、短時間で黒鉛の結晶子を小さくできる。しかし、比表面積が高く、細孔構造の発達した黒鉛を得るためには、粉砕媒体に挟まれた粒子の衝撃粉砕と摩砕で粉砕がおこる振動ボールミルや回転ボールミルなどの方が、結晶性を保ち、比表面積が高く、細孔容積の大きい粉砕物を調製できるので好ましい。以上から、ナノ構造化された黒鉛の黒鉛構造を最適化するには、原料の粒径、粉砕時間、粉砕雰囲気などに応じ、前記粉砕態様の中の何れかを単独又は組み合わせて用いることが好ましい。
【実施例】
【0034】
この発明の実施例について、次に詳細に説明する。試料の調整は以下の通りである。
〈ナノ構造化された黒鉛の調製〉
平均粒径2〜100μmの天然黒鉛(鱗片状黒鉛)、メソフェーズピッチ系黒鉛、人造黒鉛を振動ボールミル、回転ボールミルを用いて、24〜96時間、真空中で粉砕し、結晶子の大きさ、凝集体の平均粒径等の異なる試料を作製した。(実施例1〜3)
〈Pt担持法〉
Pt(白金)化合物として塩化白金酸(HPtCl)を用いた。白金の必要量を溶解した水溶液に試料を入れ、撹拌した。Ptの7倍モル数のNaOH水溶液で加水分解した後、スラリーに2倍過剰量の蟻酸ナトリウム(NaHCo)を入れ、70℃で3時間撹拌し還元処理した。次いで、温水による濾過を十分に行い、乾燥してPt担持触媒を調整した。(実施例1〜3、比較例2,3)
〈金属との複合物及び金属酸化物との複合化物(複合材料)の調整方法〉
Fe、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Os、Ptの金属およびTi、Al、Si、Zr、V、Nbの金属酸化物のいずれかと平均粒子径50μmの天然黒鉛を混合し、回転ボールミルを用い96時間真空中で粉砕し、ナノ構造化された黒鉛の複合化物を作製した。(実施例5〜8)
〈賦活処理〉
真空雰囲気中で96時間粉砕したナノ構造化黒鉛(NSG)を用い、水酸化カリウム(KOH)と4:1の割合(KOH:NSG=4:1)で混合しアルゴン(Ar)雰囲気中で700℃、1時間の賦活処理を行った。賦活処理後、純水で十分洗浄、乾燥し、評価用試料とした。
〈酸化処理〉
真空雰囲気中で96時間粉砕したナノ構造化された黒鉛を用い15質量%過酸化水素(H)水溶液中で70℃、3時間混合し酸化処理を行った。その後、純水で充分洗浄、乾燥し、評価用試料とした。
【0035】
〈試料の評価〉
窒素(N)吸着法による細孔構造、X線回折による構造解析、ラマンスペクトルからの構造解析、粒度分布の測定方法は以下のとおりである。また、ナノ構造化された黒鉛複合体、担持物の特性はカソード電極触媒としてのMEA(Membrane−Electrode−Assembly)試験方法、色素増感光電池のカソード電極を用いた発電効率評価で行った。
〈細孔構造の測定〉
各試料の比表面積[m/g]の測定は、窒素吸着法を用い、解析にはBrunauer−Emmett−TellerによるBET式より求めた(準拠規格ISO9277)。細孔分布の測定は、液体窒素温度における毛管凝縮を利用するもので、Kelvinの式が基礎になる。吸着平衡圧を広い範囲にわたり変えて吸着等温線を描き、解析すると細孔分布が求まる。この細孔分布の解析方法は、Barett、JoyerおよびHalendaによって提案された方法(BJH法)により解析した。細孔径と細孔容積の関係を把握し、細孔半径0.8nmから150nmまでの細孔容積を積算して求め、細孔容積とした。
比表面積、細孔系分布(細孔径及び細孔容積)の測定装置はマイクロメトリックス社製のASAP2010を使用した。
〈X線回折分析〉
X線回折装置を用いて、学振法より結晶子の大きさLc(002)を求めた。測定装置はマックサイエンス社製MXP18VAHFを用いた。
〈R値〉
このR値は、顕微ラマン分光器にて、各試料(賦活後の試料)のラマンスペクトルを計測し、Dバンドと呼ばれるアモルファス化した黒鉛に起因する1360cm−1 付近のスペクトル強度(I1360)と、Gバンドと呼ばれる黒鉛の結晶質炭素に起因する1575cm−1付近のスペクトル強度(I1575)との相対的強度比、つまりピーク面積比(I1360/I1575)を算出し、黒鉛化度の評価に用いた。ラマン分析装置には日本分光製NR−1800を使用した。
〈粒度分布〉
レーザー回折型粒度分布計を用いて、黒鉛凝集体の粒度分布を測定し平均粒子径を求めた。測定では、各試料を界面活性剤を用いて水中に均一に分布させ、超音波分散状態で粒度を計測した。屈折率は1.70−0.20iを用いた。
〈TEM像観察〉
Pt担持ナノ構造化カーボンのPt粒子径、Pt分散状態を80万倍のTEM像より観察した。
〈カソード電極触媒、MEA(Membrane−Electrode−Assembly)試験方法〉
Pt30質量%担持カーボン材料をカソード触媒とし、ナフィオン(Nafion 登録商標)溶液とを混合しカソード電極触媒スラリーを調整した。膜面積6.25cm、アノード電極触媒の白金使用量0.04〜0.05mg/cm、電解質膜ナフィオン112(Nafion 登録商標)は厚さ50μm、MEA温度80℃、水素条件は0.1MPa(85℃飽和蒸気圧)、酸素条件は純酸素0.1MPa(75℃飽和水蒸気)にて試験した。そして電流密度0.01A/cmにおける出力電圧で触媒性能を評価した。
〈色素増感光電池評価〉
平均粒子径25nmの酸化チタン(TiO)とポリエチレングリコールを含む粘性の水性ペーストを酸化スズ(SnO)透明導電性ガラスに塗布し、450℃で30分焼成して厚みが15μmの多孔質TiO膜を被覆した電極を作製した。TiO膜電極をRu色素N719の0.003モルのエタノール溶液に室温で一昼夜浸漬して色素を吸着させ、色素増感作用極(アノード)を作製した。対極カソードとして、ITO−PETフィルムのITO表面にナノ黒鉛またはナノ黒鉛複合化物をtert−ブタノールに分散したペーストをドクターブレード法で塗布し、ナノ黒鉛またはナノ黒鉛複合化物を含む導電性薄膜を形成した。溶媒系電解液の組成は、0.05モルのヨウ素、0.1モルのヨウ化リチウム、0.5モルのTert−ブチルピリジン、0.6モルのヨウ化ジメチルプロピルイミダゾリウムを含むメトキシアセトニトリル、溶融塩電解液には、ヨウ化メチルプロピルイミダゾリウムを主体とする常温溶融塩と0.02モルのヨウ素からなる混合物を用いた。光電変換特性は、ソーラーシミュレータによる1sun照射下で光電流−電圧特性を計測にもとづくエネルギー変換効率で評価した。
〈表面活性の評価〉
調整した試料を200℃で焼成後、Hガスを吸着させ、常温、常圧におけるH吸着量を測定し、試料表面の活性度を評価した。
【0036】
前記評価による評価結果は以下のとおりである。ナノ構造化された黒鉛の実施例についての評価結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
〈評価結果〉
実施例1〜3及び比較例1〜3は発明対象となるナノ構造化黒鉛の有効性を調べた一例である。比較例3は粉砕を行わない黒鉛にPtを30質量%担持した例であり、実施例1〜3は真空粉砕で調整したナノ構造化黒鉛にPtを担持した例である。比較例3と比較して、結晶子の大きさが低下し細孔容積及びR値の増加が確認できる。また、粒子径は3.5〜8μmの造粒粉を形成している。つまり、ナノ構造化された黒鉛は、特殊な条件での粉砕を進めることで、黒鉛構造を形成する炭素の六角網面の端部に生じるダングリングボンド(dangling bond 未結合手)が活性点となり黒鉛の結晶子間が結合され一次粒子を形成し、更にこの一次粒子が強固に凝集して数μmの造粒粉を形成する。このような構造を有するナノ構造化された黒鉛に、Ptを担持させると、ナノ構造化黒鉛は表面構造の特異性よりPtを均一に分散できることが確認できた。
【0039】
ナノ構造化された黒鉛を用いた実施例2,3は、Pt担持カーボンとして知られているカーボンブラック担体(バルカンVXC72)を用いた試料(比較例2)より良好な分散を示した。また、カソード電極触媒、MEA(Membrane−Electrode−Assembly)試験においても電流密度0.01A/cm、0.1A/cmにおける出力電圧が高く、Ptの分散が良好で、水素をプロトンに解離させる触媒特性またカソード電極触媒としての特性が良好であることが確認できた。また、色素増感光電池評価では、対極カソードとして、ITO−PETフィルムのITO表面にナノ構造化された黒鉛複合化物を塗布することで、エネルギー変換効率が向上し、特性が大幅に向上した。これは、ナノ構造化された黒鉛をITO上に塗布することで、ITOから電解液への電子の移動がスムーズに行われることになることを意味しており、つまり本発明材料は、電池内での電極と電解液間の電子移動速度改善に大きな効果があることが確認できた。なお、ナノ構造化された黒鉛は結晶子の大きさが1〜20nmであり、これらの結晶子が集合して20〜100nm程度の一次粒子を形成し、この一次粒子は強固に凝集し平均粒径0.5〜50μmになっていることが重要である。平均粒子径は粉砕条件のほか、粉砕媒体の大きさ、材質などの変更により所望(0.5〜50μm)に調整することが可能である。
【0040】
また、黒鉛の表面構造のパラメータであるラマン分光スペクトルのR値は、黒鉛表面の黒鉛化度、黒鉛エッジ比率と相関するが、ナノ構造化された黒鉛の表面はエッジ比率が増加し、黒鉛化度が少し低下しておりR値が上昇する。この表面状態がPtなどの担持、分散性に効果があり、また電極と電解液間で導電材として使用した場合に電子移動速度改善に効果を発揮する。黒鉛表面のR値は0.4以上であることが好ましく、より好ましくは0.5以上である。なお、R値は粉砕条件を変更して検討した結果1.7に漸近することが確認できており、以上から、黒鉛表面のR値は0.4〜1.7の範囲内にあることが好ましい。
【0041】
ナノ構造化された黒鉛に金属元素、金属酸化物を複合化させた実施例についての評価結果を表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
表2において、実施例4は粒径50μmの天然黒鉛を用い、真空粉砕で調整したナノ構造化された黒鉛の例であり、実施例5〜8は粒子径50μmの天然黒鉛と金属酸化物及び金属(TiO,SiO,Fe,Ni)を複合した例である。金属酸化物を添加して調整したナノ構造化された黒鉛複合化物である実施例5、6は、色素増感光電池評価でエネルギー変換効率の増加が確認できる。これより、ナノ構造化された黒鉛の複合化物を電解液中で導電材として使用した場合、電解液への電子の移動が更に改善できることが確認できた。また、金属元素を複合化した実施例を実施例7、8に示す。実施例4と比較して、実施例7,8の複合化物はH2の吸着量が多く、表面活性が高いことが確認できた。これより、ナノ構造化された黒鉛に金属元素を複合化することにより、触媒活性の向上が認められた。
【0044】
黒鉛の種類を変えて真空粉砕で調整したナノ構造化黒鉛に酸化処理と賦活処理を施し、細孔構造及び比表面積を変化させ、これにPtを担持させて特性を確認した実施例についての評価結果を表3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
表2の実施例4と表3の実施例9を比較すると、酸化処理では比表面積の増加は少ない。しかし、表3の実施例9と実施例10〜13を比較すると、酸化処理した実施例9は、賦活処理した実施例10〜13に比較して、担持Ptの分散状態が良く、カソード電極触媒評価の特性が向上する。また、KOH賦活処理は比表面積の増加に効果があり、特に粉砕後の賦活処理(実施例12)で比表面積2000m/g近くまでの増加が確認できた。実施例10〜13にその結果が示されるように、KOH賦活処理において比表面積を増加でき、さらにPt担持後の出力特性も良好である。以上により、ナノ構造化黒鉛の比表面積は、2000m/g程度まで増加させることが可能なことが分かり、またPt担持触媒としての特性を確認すると、ナノ構造化黒鉛調整後の処理としてはKOH賦活処理のほか酸化処理も有効であることが確認できた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶子の大きさが1〜20nmであるナノ構造化した黒鉛の一次粒子が凝集した黒鉛凝集体からなり、該黒鉛凝集体の平均粒子径が0.5〜50μmであることを特徴とするナノ構造化黒鉛。
【請求項2】
前記ナノ構造化黒鉛の比表面積が200〜2000m/gであり、平均細孔半径0.8〜150nmの細孔容積が0.3cm/g以上であることを特徴とする請求項1に記載のナノ構造化黒鉛。
【請求項3】
前記ナノ構造化黒鉛のラマンバンドの強度比(I1360/I1580)が0.4〜1.7であることを特徴とする請求項1または2に記載のナノ構造化黒鉛。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載のナノ構造化黒鉛に金属または金属酸化物の何れかを含有、担持または複合化させたことを特徴とするナノ構造化黒鉛の複合材料。
【請求項5】
前記金属がFe、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Os、Ptから選ばれる少なくとも何れか一種の元素である請求項4に記載のナノ構造化黒鉛の複合材料。
【請求項6】
前記金属酸化物がTi、Al、Si、Zr、V、Nbから選ばれる少なくとも何れか一種の元素からなる金属の酸化物であることを特徴とする請求項4に記載のナノ構造化黒鉛の複合材料。
【請求項7】
前記請求項1〜3の何れかに記載のナノ構造化黒鉛または請求項4〜6の何れかに記載のナノ構造化黒鉛の複合材料を用いたことを特徴とする導電材料。
【請求項8】
前記請求項1〜3の何れかに記載のナノ構造化黒鉛または請求項4〜6の何れかに記載のナノ構造化黒鉛の複合材料を用いたことを特徴とする触媒材料。


【公開番号】特開2006−8472(P2006−8472A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190800(P2004−190800)
【出願日】平成16年6月29日(2004.6.29)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】