説明

ナノ結晶FCC合金

【課題】空隙を持たず、結晶粒サイズのそろっているナノ結晶金属・合金は組成・粒サイズをコントロールできることから、優れた機械的特性を示す材料として期待されている。該ナノ結晶金属・合金の配合成分を制御することにより、より優れた機械的特性を示す材料を提供することが求められている。
【解決手段】電着法でFCCナノ結晶金属に炭素を固溶させることにより、炭素が粒界に偏
析し、優れた機械的特性を示すこと、さらには、該炭素を固溶させたFCCナノ結晶金属を
熱処理することで、より優れた機械的特性が得られる。当該ナノ結晶FCC金属合金は、メ
ムス(MEMS)、表面コーティング、切削工具、半導体装置及びその部品などにおいて用いることができて有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面心立方格子構造(face-centered cubic lattice: FCC)のナノ結晶を有する金属合金、その製造法並びにその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
電着法(電気メッキ: electroplating)は20世紀初頭に開発され、とても単純で広く用いられている技術である。最近、従来の電着法が100nm以下の粒径を有するナノ結晶(nanocrystalline: nc)金属やナノ結晶合金を作製する手段として用いられている(非特許文献
1: A. M. El-Sherik and U. Erb, J. Mater. Sci. 30, 5743 (1995))。電解液、添加物
、pH値、浴温、電流密度などいくつかの技術的な要素がナノ結晶金属および合金の生成に影響を与えることがわかっている(非特許文献2: L. L. Shaw, JOM-J. Minerals Metals Materials Society 52, 41 (2000))。理論的には、ナノサイズの粒径の形成には核の生成と核の成長という2つの競合する反応に支配されている。ナノ結晶金属を得るためには、早い核生成と遅い核成長が必要である。
【0003】
核生成の速度はパルス電着法により効率的に上げられることがわかっており(非特許文
献1、非特許文献3: R. T. C. Choo, J. M. Toguri, A. M. El-Sherik, and U. Erb, J.
Appl. Electrochem. 25, 384 (1995))、遅い核成長は有機物を添加することで表面拡散
を下げ、粒径の微細化に寄与することがわかっている(非特許文献4: H. Natter and R. Hempelmann, J. Phys. Chem. 100, 19525 (1996))。パルス電着法と種々の添加物を用い
ることで、これまでニッケル(非特許文献1)、銅(非特許文献4、非特許文献5: L. Lu, M. L. Sui, and K. Lu, Science 287, 1463 (2000))、コバルト(非特許文献6: P. Choi,
M. da Silva, U. Klement, T. Al-Kassab, and R. Kirchheim, Acta Mater. 53, 4473 (2005))、ニッケル-鉄合金(非特許文献7: C. Cheung, G. Palumbo, and U. Erb, Scripta
Metall. et Mater. 31, 735 (1994)、非特許文献8: F. Czerwinski, Electrochimica Acta 44, 667 (1998)、非特許文献9: M. Thuvander, M. Abraham, A. Cerezo, and G. D.
W. Smith, Mater. Sci. Technology 17, 961 (2001))、ニッケル-コバルト合金(非特許
文献10: C. L. Fan and D. L. Piron, Electrochimica Acta 41, 1713 (1996)、非特許文献11: B. Y. C. Wu, P. J. Ferreira, and C. A. Schuh, Metall. Mater. Trans. A 36, 1927 (2005))、ニッケル-タングステン合金(非特許文献12: P. Choi, T. Al-Kassab, F. Gartner, H. Kreye, and R. Kirchheim, Mater. Sci. Eng. A 353, 74 (2003)、非特許文献13: C. A. Schuh, T. G. Nieh, and H. Iwasaki, Acta Mater. 51, 431 (2003))が得られている。
【0004】
これらナノ結晶金属・合金は空隙を持たず、結晶粒サイズもそろっており、組成・粒サイズをコントロールできるため、ナノ結晶金属の機械的特性を理解するための模範典型材料として広く用いられている(非特許文献13、非特許文献14: N. Wang, Z. R. Wang, K. T. Aust, and U. Erb, Mater. Sci. Eng. A 237, 150 (1997)、非特許文献15: K. S. Kumar, H. Van Swygenhoven, and S. Suresh, Acta Mater. 51, 5743 (2003)、非特許文献16:
Y. M. Wang, A. V. Hamza, and E. Ma, Appl. Phy. Lett. 86, 241917 (2005)、非特許
文献17: D. Pan, T. G. Nieh, and M. W. Chen, Appl. Phy. Lett. submitted (2006))。
しかしながら、炭素や硫黄といった電解液からの不純物は、電着法からは完全に排除できないことが知られている(非特許文献1)。これらの不純物は表面吸着によりナノ結晶金属より混入され、電着材料の特性に影響を与える。さらに、電解液の溶液組成と電着の電流値のバリエーションにより組成が不均一になる可能性がある(非特許文献10)。しかし、電着法で作製したナノ結晶金属における合金元素と不純物元素の分布の定量評価と組成不均一性が機械的特性に与える影響を調査した報告はこれまでにされていない。
【0005】
【非特許文献1】A. M. El-Sherik and U. Erb, J. Mater. Sci. 30, 5743 (1995)
【非特許文献2】L. L. Shaw, JOM-J. Minerals Metals Materials Society 52, 41 (2000)
【非特許文献3】R. T. C. Choo, J. M. Toguri, A. M. El-Sherik, and U. Erb, J. Appl. Electrochem. 25, 384 (1995)
【非特許文献4】H. Natter and R. Hempelmann, J. Phys. Chem. 100, 19525 (1996)
【非特許文献5】L. Lu, M. L. Sui, and K. Lu, Science 287, 1463 (2000)
【非特許文献6】P. Choi, M. da Silva, U. Klement, T. Al-Kassab, and R. Kirchheim, Acta Mater. 53, 4473 (2005)
【非特許文献7】C. Cheung, G. Palumbo, and U. Erb, Scripta Metall. et Mater. 31, 735 (1994)
【非特許文献8】F. Czerwinski, Electrochimica Acta 44, 667 (1998)
【非特許文献9】M. Thuvander, M. Abraham, A. Cerezo, and G. D. W. Smith, Mater. Sci. Technology 17, 961 (2001)
【非特許文献10】C. L. Fan and D. L. Piron, Electrochimica Acta 41, 1713 (1996)
【非特許文献11】B. Y. C. Wu, P. J. Ferreira, and C. A. Schuh, Metall. Mater. Trans. A 36, 1927 (2005)
【非特許文献12】P. Choi, T. Al-Kassab, F. Gartner, H. Kreye, and R. Kirchheim, Mater. Sci. Eng. A 353, 74 (2003)
【非特許文献13】C. A. Schuh, T. G. Nieh, and H. Iwasaki, Acta Mater. 51, 431 (2003)
【非特許文献14】N. Wang, Z. R. Wang, K. T. Aust, and U. Erb, Mater. Sci. Eng. A 237, 150 (1997)
【非特許文献15】K. S. Kumar, H. Van Swygenhoven, and S. Suresh, Acta Mater. 51, 5743 (2003)
【非特許文献16】Y. M. Wang, A. V. Hamza, and E. Ma, Appl. Phy. Lett. 86, 241917 (2005)
【非特許文献17】D. Pan, T. G. Nieh, and M. W. Chen, Appl. Phy. Lett. submitted (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ナノ結晶金属は空隙を持たず、結晶粒サイズもそろっており、強度が強いことが知られているが、それを電着法で製造する場合には、不純物の混入が完全には排除できないという問題を有している。そうした不純物は表面吸着によりナノ結晶金属より混入され、電着材料の特性に影響を与えるので、電着法で作製したナノ結晶金属における合金元素と不純物元素の分布の定量評価と組成不均一性が機械的特性に与える影響を調査することが求められ、それを基礎にして、より優れた金属材料を提供することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、電着法で作製したナノ結晶金属における合金元素と不純物元素の分布の定量評価と組成不均一性が機械的特性に与える影響を調査する研究を進める中で、FCCナノ
結晶金属に炭素を固溶させることにより、炭素が粒界に偏析し、優れた機械的特性を示すこと、さらには、該炭素を固溶させたFCCナノ結晶金属を熱処理することで、より優れた
機械的特性を得られることを見出して、本発明を完成した。
本発明は、次のものを提供する。
〔1〕面心立方格子構造の結晶を有する金属材において、その結晶粒界に炭素が偏析して
いることを特徴とする金属材。
〔2〕上記〔1〕記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、鉄族元素、銅族元素、チタン族元素、土酸金属元素、クロム族元素、マンガン族元素を包含する遷移金属元素及び典型金属元素からなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする上記〔1〕の金属材。
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Fe, Co, Ni, Cu, Ag, Au, Ti, Zr, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Tc, Al及びReからなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕記載の金属材。
〔4〕上記〔1〕〜〔3〕のいずれか一記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Co, Ni, Cu及びAlからなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕記載の金属材。
〔5〕上記〔1〕〜〔4〕のいずれか一記載の金属を主成分とし、これに20at%以下の他
の金属を添加した合金材料よりなることを特徴とする上記〔1〕〜〔4〕のいずれか一記載の金属材。
〔6〕炭素の添加量が、0.5〜2.0at%であることを特徴とする上記〔1〕〜〔5〕のいず
れか一記載の金属材。
〔7〕炭素の添加量が、0.7〜1.5at%であることを特徴とする上記〔1〕〜〔6〕のいず
れか一記載の金属材。
〔8〕上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一記載の金属が、Ni-a%C, Cu-b%C, Al-c%C及びNi-d%Co-e%Cからなる群から選択されたもので、ここでa, b, c及びeは、それぞれ独立に0.5〜2.0であり、dは、0.1-20.0であることを特徴とする上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一記載の金属材。
〔9〕結晶粒のサイズは、100nm以下のナノ結晶であることを特徴とする上記〔1〕〜〔
8〕のいずれか一記載の金属材。
〔10〕結晶粒のサイズは、構成結晶粒の少なくとも50%以上が25nm以下のナノ結晶であることを特徴とする上記〔1〕〜〔9〕のいずれか一記載の金属材。
〔11〕金属材は、電着によって作成された薄膜であることを特徴とする上記〔1〕〜〔10〕のいずれか一記載の金属材。
〔12〕金属材は電着後に熱処理することによって結晶粒界に炭素粒を析出させて作成された薄膜であることを特徴とする上記〔1〕〜〔11〕のいずれか一記載の金属材。
〔13〕上記〔1〕〜〔12〕のいずれか一記載の金属材によってその表面が被覆されていることを特徴とする切削・切断用工具、機械用部品又は電子部品用部材。
【0008】
本発明の一つの態様では、次のものを提供している。
〔14〕面心立方格子構造の結晶を有する金属の薄膜において、その結晶粒界に炭素が偏析していることを特徴とする金属薄膜。
〔15〕上記〔14〕記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、鉄族元素、銅族元素、チタン族元素、土酸金属元素、クロム族元素、マンガン族元素を包含する遷移金属元素及び典型金属元素からなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする上記〔14〕の金属薄膜。
〔16〕上記〔14〕又は〔15〕記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Fe, Co, Ni, Cu, Ag, Au, Ti, Zr, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Tc, Al及びReからなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする上記〔14〕又は〔15〕記載の金属薄膜。
〔17〕上記〔14〕〜〔16〕のいずれか一記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Co, Ni, Cu及びAlからなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする上記〔14〕〜〔16〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔18〕上記〔14〕〜〔17〕のいずれか一記載の金属を主成分とし、これに20at%以下の他
の金属を添加した合金材料よりなることを特徴とする上記〔14〕〜〔17〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔19〕炭素の添加量が、0.5〜2.0at%であることを特徴とする上記〔14〕〜〔18〕のいず
れか一記載の金属薄膜。
〔20〕炭素の添加量が、0.7〜1.5at%であることを特徴とする上記〔14〕〜〔19〕のいず
れか一記載の金属薄膜。
〔21〕上記〔14〕〜〔20〕のいずれか一記載の金属が、Ni-a%C, Cu-b%C, Al-c%C及びNi-d%Co-e%Cからなる群から選択されたもので、ここでa, b, c及びeは、それぞれ独立に0.5〜2.0であり、dは、0.1-20.0であることを特徴とする上記〔14〕〜〔20〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔22〕結晶粒のサイズは、100nm以下のナノ結晶であることを特徴とする上記〔14〕〜〔21〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔23〕結晶粒のサイズは、構成結晶粒の少なくとも50%以上が25nm以下のナノ結晶であることを特徴とする上記〔14〕〜〔22〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔24〕金属薄膜の硬さ(硬度)が7.0 GPa以上のもの、及び/又は、結晶粒界に炭素が偏
析し且つ当該偏析領域の幅が約0.1〜10nmであるもの、及び/又は、該結晶粒界に偏析し
ている炭素の濃度が約2.0〜10.0 atom%であるもの、及び/又は、金属薄膜の耐力が硬度
の約1/4〜1/3に近い値あるいはそれ以上あるもの、及び/又は、約15〜20%を超える塑性
変形(塑性ひずみ)あるいはそれ以上を示すものであることを特徴とする上記〔14〕〜〔23〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔25〕金属薄膜は、電着によって作成された薄膜であることを特徴とする上記〔14〕〜〔24〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔26〕金属薄膜は電着後に熱処理することによって結晶粒界に炭素粒を析出させて作成された薄膜であることを特徴とする上記〔14〕〜〔25〕のいずれか一記載の金属薄膜。
〔27〕上記〔14〕〜〔26〕のいずれか一記載の金属薄膜によってその表面が被覆されていることを特徴とする切削・切断用工具、機械用部品又は電子部品用部材。
【発明の効果】
【0009】
本発明のナノ結晶FCC金属及びナノ結晶FCC合金は、従来得られなかった高い硬度を有しており、さらに、熱処理でその延性も改善されたものであり、炭素が粒界強化に働くということに基いているというメカニズムを利用する点で新規なものである。本発明のナノ結晶FCC金属合金は、高い硬度を持ち、延性も優れているので、研磨刃、マイクロ部品など
への応用が可能であり優れている。
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、優れた物性を示す面心立方格子構造(face-centered cubic lattice: FCC)のナノ結晶を有する金属及び/又は合金、その製造法並びにその用途に関する。該金属及び/又は合金(以下、単に、「金属合金」という)は、殆どナノサイズの結晶粒子から構成されているものであって、該結晶がFCCであり、そこに少量の炭素が取り込まれているも
のであって、好適には当該炭素は粒界(grain boudary: GB)あるいはその近傍域に偏在(偏析)しているものである。
面心立方格子構造の結晶を有する金属としては、遷移金属元素、典型金属元素などが含まれてよく、遷移金属としては、鉄族元素、銅族元素、チタン族元素、土酸金属元素、クロム族元素、マンガン族元素、希土類元素(ランタノイド、アクチノイドを含む)、白金族元素などが包含されてよく、典型金属元素としては、亜鉛族元素、アルミニウム族元素
、炭素族元素、窒素族元素、アルカリ金属、アルカリ土類金属などが包含されてよい。鉄族元素には、鉄、コバルト、ニッケルが挙げられ、銅族元素には、銅、銀、金が挙げられ、チタン族元素には、チタン、ジルコニウム、ハフニウムなどが挙げられ、土酸金属元素には、バナジウム、ニオブ、タンタルなどが挙げられ、クロム族元素には、クロム、モリブデン、タングステンなどが挙げられ、マンガン族元素には、マンガン、テクネチウム、レニウムなどが挙げられ、希土類元素には、スカンジウム、イットリウム、ランタノイド元素、アクチノイド元素などが挙げられ、ランタノイド元素にはランタン、セリウム、プラセオジウム、ネオジウム、プロメチウム、サマリウム、ユーロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロジウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムが挙げられ、アクチノイド元素にはアクチニウム、トリウム、ウラン、ネプツニウムなどが挙げられ、白金族元素には、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金などが挙げられる。亜鉛族元素には、亜鉛、カドミウム、水銀などが挙げられ、アルミニウム族元素には、アルミニウム、ガリウム、インジウム、タリウムなどが挙げられ、炭素族元素には、ケイ素、ゲルマニウム、スス、鉛などが挙げられ、窒素族元素には、ヒ素、アンチモン、ビスマスなどが挙げられ、アルカリ金属には、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムなどが挙げられ、アルカリ土類金属には、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムなどが挙げられる。
【0011】
本発明の面心立方格子構造の結晶を有する金属(金属合金)(明細書中、金属材(金属材料)あるいは金属合金材(金属合金材料)とも言い、薄膜を包含する)は、その結晶粒界に炭素(あるいは炭素粒)が偏在していることを特徴とするものである。当該金属材(薄膜など)は、その結晶粒界に炭素(あるいは炭素粒)が多数存在することを特徴とする。代表的には、該面心立方格子構造の結晶を有する金属は、鉄族元素、銅族元素、チタン族元素、土酸金属元素、クロム族元素、マンガン族元素を包含する遷移金属元素及び典型金属元素からなる群から選択された一種以上の金属である。より具体的には、当該面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Fe, Co, Ni, Cu, Ag, Au, Ti, Zr, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Tc, Al及びReからなる群から選択された一種以上の金属である。代表的な金属としては、Co, Ni, Cu及びAlからなる群から選択された一種以上の金属が挙げられる。当該金属(金属合金)材は、上記の金属を主成分とし、これに20at%以下の他の金属を添加
した合金材料より成っているものでもよい。当該金属(金属合金)においては、炭素の添加量が、0.5〜2.0at%であるものが包含される。典型的な例では、当該金属(金属合金)
においては、炭素の添加量が、0.7〜1.5at%である。代表的なものとしては、Ni-a%C, Cu-b%C, Al-c%C及びNi-d%Co-e%Cからなる群から選択されたもので、ここでa, b, c及びeは、それぞれ独立に0.5〜2.0であり、dは、0.1-20.0であるものが挙げられる。当該金属(金
属合金)の結晶粒のサイズ(grain size)は、100nm以下のナノ結晶である。好適な場合、
当該金属(金属合金)の結晶粒のサイズは、75nm以下のナノ結晶、あるいは、50nm以下のナノ結晶である。ある場合には、当該金属(金属合金)の結晶粒のサイズは、40nm以下のナノ結晶、あるいは、30nm以下のナノ結晶である。より好適な場合では、当該結晶粒のサイズは、25nm以下のナノ結晶であってよい。該結晶粒のサイズは、平均粒度であってよい。したがって、当該結晶粒のサイズは、構成結晶粒の少なくとも50%以上が25nm以下のナノ結晶であってよい。また、当該ナノ結晶FCC金属合金の結晶粒のサイズとしては、より
好適には、例えば、5〜40 nmの範囲のFCCナノ結晶であるものが挙げられる。また、ナノ
結晶FCC金属合金の主な結晶粒のサイズとして、25 nm以下のFCCナノ結晶であるものが挙
げられ、より好適には、例えば、7〜25 nmの範囲にあるものが挙げられる。具体的なナノ結晶FCC金属合金としては、例えば、Ni-C, Cu-C, Al-C, Ni-Co-Cなどの合金が挙げられ、Ni-1%C, Cu-1%C, Al-1%C及びNi-10%Co-1%Cなどが包含されてよい。
【0012】
本発明のナノ結晶FCCから構成される金属(金属合金)は、電着法、冷間圧延、強歪加
工法(Equal Channel Angular Pressing, High Pressure Torsion、繰り返し重ね接合圧延、Server Tortion Straining Process)、メカニカルアロイング法、急冷凝固法、粉末燒
結法など様々な方法で得られるが、典型的には、電着法によって作成される。また、当該金属(金属合金)は、電着後に熱処理されたものであってよいし、ある場合には好ましい。当該熱処理は、結晶粒界に炭素粒を析出させるものであることができる。かくして、本発明のナノ結晶FCC金属(金属合金)は、電着によって作成され、ついで熱処理されて結
晶粒界に炭素粒を析出させて作成された薄膜であってよい。
本発明のナノ結晶FCC金属合金は、電着法により薄膜として析出させることにより得ら
れるものである。代表的なナノ結晶FCC金属合金としては、上記の元素の一種あるいは2
種以上を主成分(M)とし、これにCを少量配合したもので、例えば、96.5%≦M≦99.8%, 0.2%≦C≦3.5%であるものが挙げられる。好ましいナノ結晶FCC金属合金としては、組成97.0%≦M≦97.75%, 0.25%≦C≦3.0%であるもの、さらにより好ましいナノ結晶FCC金属合金としては、組成97.5%≦M≦99.6%, 0.4%≦C≦2.5%であるもの、あるいは、98%≦M≦99.5%, 0.5%≦C≦2.0%であるものが挙げられる。また、好ましいナノ結晶FCC金属
合金は、組成98.2%≦M≦99.4%, 0.6%≦C≦1.8%であるもの、さらには、組成98.5%≦M≦99.3%, 0.7%≦C≦1.5%であるもの、もっと好ましいナノ結晶FCC金属合金としては
、組成99.0%≦M≦99.2%, 0.8%≦C≦1.0%であるものが挙げられる。代表的なものとしては、Ni-Cナノ結晶FCC金属、Cu-Cナノ結晶FCC金属、Al-Cナノ結晶FCC金属、Ni-Co-Cナノ結晶FCC合金などの金属合金で、例えば、組成98.5%≦Ni≦99.40%, 0.60%≦C≦1.5%で、より好ましくは組成98.8%≦Ni≦99.20%, 0.80%≦C≦1.2%であるNi-Cナノ結晶FCC金属合金、組成98.5%≦Cu≦99.40%, 0.60%≦C≦1.5%で、より好ましくは組成98.8%≦Cu≦99.20%, 0.80%≦C≦1.2%であるCu-Cナノ結晶FCC金属合金、組成98.5%≦Al≦99.40%, 0.60%≦C≦1.5%で、より好ましくは組成98.8%≦Al≦99.20%, 0.80%≦C≦1.2%
であるNi-Cナノ結晶FCC金属合金、組成98.5%≦Ni≦99.40%, 0.60%≦C≦1.5%で、より好ましくは組成98.8%≦Ni≦99.20%, 0.80%≦C≦1.2%であるNi-Cナノ結晶FCC金属合金などである。
【0013】
電着用浴(メッキ浴)としては、各々の金属塩、メッキ液に導電性を付与するスルファミン酸金属塩等の電導塩、炭素源、例えば、有機化合物等、必要に応じて、メッキ膜の構造や形成されるナノ結晶粒子の粒径を制御する添加物を含むことを基本とし、さらに、必要に応じて、安定した物性の薄膜を得るのに有効なホウ酸、界面活性剤、pH調整用のスルファミン酸など、硫酸根除去のためのスルファミン酸バリウムなど、さらには、炭酸金属塩ペーストあるいは粉末、ナフタレントリスルホン酸塩、パラトルエンスルフォアミド、ベンゼンジスルフォン酸、有機アミン塩、クエン酸金属塩などを添加してよい。電解層のアノードとしては、NiあるいはCo、又はNiとCoの合板、メッキをする金属を含有する板、棒などの電極材を用いることのでき、適宜、最適なものを選択できるし、当該分野で知られているものを使用できる。好ましくは、浴中には、スルファミン酸金属塩の一種あるいは二種以上などが含まれていてよいが、加えて、塩化金属塩及び/又は臭化金属塩、ホウ酸、サッカリンなどの炭素源の有機化合物を含むものが使用できる。
【0014】
メッキ液中の金属塩の濃度としては、ナノ結晶FCCを形成する条件を使用することがで
きる。金属塩の濃度としては、例えば、スルファミン酸金属塩では、1.0g/L〜900g/L程度であり、好ましくは15g/L〜700g/L程度、より好ましくは20g/L〜600g/L程度であり、具体的な例では、30g/L〜100g/L程度、あるいは460g/L〜520g/L程度である。塩化金属塩を配
合する場合には、例えば、0.5g/L〜100g/L程度であり、好ましくは1.0g/L〜75g/L程度、
より好ましくは3.0g/L〜50g/L程度であり、具体的な例では、4.0g/L〜22g/L程度を配合される。浴液中のホウ酸の量は、10g/L〜100g/L程度であり、好ましくは20g/L〜65g/L程度
、より好ましくは30g/L〜55g/L程度であり、具体的な例では、32g/L〜50g/L程度である。
メッキ液のpHとしては、2〜6が好ましく、例えば、3〜5の範囲を好適に使用でき、特に好ましくは3.5〜4.5の範囲である。
本発明のナノ結晶FCC金属合金薄膜の析出形成は、定電流法、定電位法、定電流パルス
法などを使用できるが、好ましくは、定電流法を使用でき、電流密度範囲としては、0.5
〜10A/dm2で成膜されるが、より好ましくは、0.8〜7A/dm2の範囲で行うことができる。電流密度範囲は、析出効率、膜応力の増大、均一な膜質を得ることなどを勘案して適切な値を選択することも可能である。メッキ液の温度は、20〜60℃の範囲であってよく、好適には、45〜55℃の範囲である。本発明のナノ結晶FCC金属合金薄膜の形成中、メッキ液は、
必要に応じて、液を攪拌するとか、及び/又は、浴槽内の液を循環させるなどできる。成膜の条件は、浴槽の大きさ、形状等、電着せしめられる被処理材の大きさ、数等を勘案して、適宜最適な条件を選択できる。
【0015】
一つの態様では、本発明のナノ結晶FCC金属合金は、電着法により薄膜として析出させ
ることにより得られる。代表的なナノ結晶FCC合金としては、Niを主成分とし、これをCo
及びCと合金化したもので、例えば、71.5%≦Ni≦99.8%, 0%≦Co≦25%, 0.2%≦C≦3.5%であるものが挙げられる。好ましいナノ結晶FCC合金としては、組成74.5%≦Ni≦97.75%, 2.0%≦Co≦22.5%, 0.25%≦C≦3.0%であるもの、さらにより好ましいナノ結晶FCC合金としては、組成77.5%≦Ni≦96.6%, 3.0%≦Co≦20%, 0.4%≦C≦2.5%であるも
の、あるいは、82%≦Ni≦94.5%, 5.0%≦Co≦16%, 0.5%≦C≦2.0%であるものが挙げられる。また、好ましいナノ結晶FCC合金は、組成84.2%≦Ni≦93.25%, 6.0%≦Co≦14
%, 0.75%≦C≦1.8%であるもの、さらには、組成86.5%≦Ni≦92.0%, 7.0%≦Co≦12
%, 1.0%≦C≦1.5%であるもの、もっと好ましいナノ結晶FCC合金としては、組成88.5%≦Ni≦91.5%, 7.5%≦Co≦10%, 1.0%≦C≦1.5%であるものが挙げられる。
さらにまた、代表的なナノ結晶FCC合金としては、Niを主成分とし、これをCと合金化したもので、例えば、96.5%≦Ni≦99.8%, 0.2%≦C≦3.5%であるものが挙げられる。好
ましいNi-Cナノ結晶FCC合金としては、組成97.0%≦Ni≦99.75%, 0.25%≦C≦3.0%であるもの、さらにより好ましいナノ結晶FCC合金としては、組成97.5%≦Ni≦99.6%, 0.4%≦C≦2.5%であるもの、あるいは、98.0%≦Ni≦99.5%, 0.5%≦C≦2.0%であるものが
挙げられる。また、好ましいNi-Cナノ結晶FCC合金は、組成98.2%≦Ni≦99.25%, 0.75%≦C≦1.8%であるもの、さらには、組成98.5%≦Ni≦99.0%, 1.0%≦C≦1.5%であるも
の、もっと好ましいナノ結晶FCC合金としては、組成98.5%≦Ni≦99.0%, 1.0%≦C≦1.5%であるものが挙げられるし、ここで当該Niに代えて、Cu、Alでその組成を置き換えたものも挙げられる。
当該ナノ結晶FCC金属合金の結晶粒のサイズとしては、100nm以下のFCCナノ結晶である
ものが挙げられ、好ましくは50 nm以下のFCCナノ結晶であるものが挙げられ、より好適には、例えば、5〜40 nmの範囲のFCCナノ結晶であるものが挙げられる。また、ナノ結晶FCC金属合金の主な結晶粒のサイズとして、25 nm以下のFCCナノ結晶であるものが挙げられ、より好適には、例えば、7〜25 nmの範囲にあるものが挙げられる。
【0016】
電着用浴(メッキ浴)としては、Ni, Coの各々の金属塩、メッキ液に導電性を付与するスルファミン酸金属塩等の電導塩、炭素源、例えば、有機化合物等、必要に応じて、メッキ膜の構造や形成されるナノ結晶粒子の粒径を制御する添加物を含むことを基本とし、さらに、必要に応じて、安定した物性の薄膜を得るのに有効なホウ酸、ラウリル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤、pH調整用のスルファミン酸など、硫酸根除去のためのスルファミン酸バリウムなど、さらには、炭酸金属塩ペーストあるいは粉末、ナフタレントリスルホン酸塩、有機アミン塩、クエン酸金属塩などを添加してよい。電解層のアノードとしては、NiあるいはCo、又はNiとCoの合板などを使用するものであってよい。好ましくは、浴中には、スルファミン酸ニッケル(II)、スルファミン酸コバルト(II)などが含まれていてよいが、加えて、塩化ニッケル(II)、ホウ酸、炭素源の有機化合物を含むものが使用できる。
浴中には、臭化ニッケル(II)、臭化コバルト(II)、クエン酸ニッケル(II)、クエン酸コバルト(II)、塩基性炭酸ニッケル、スルファミン酸鉄(II)、スルファミン酸亜鉛、スルファミン酸インジウム、スルファミン酸スズ(II)、スルファミン酸銅(II)などの金属塩から選択されたものを、必要に応じて、添加しておくこと、あるいは、所要の金属塩に置き換
えておくことができる。
【0017】
メッキ液中の金属塩の濃度としては、スルファミン酸ニッケル(II)及びスルファミン酸コバルト(II)では、100g/L〜1000g/L程度であり、好ましくは300g/L〜800g/L程度、より
好ましくは400g/L〜600g/L程度であり、具体的な例では、450g/L〜550g/L程度である。
ニッケルとコバルトの比率は、目的に応じて適宜適切なものとすることができるが、例えば、Ni:Co=100:1〜10:1程度、好ましくは60:1〜30:1程度、より好ましくは50:1〜40:1程
度が挙げられる。塩化ニッケル(II)などのニッケルイオンを含有するものとしては、1.0g/L〜100g/L程度であり、好ましくは8.0g/L〜30g/L程度、より好ましくは10g/L〜25g/L程
度であり、具体的な例では、12g/L〜22g/L程度を配合される。浴液中のホウ酸の量は、20g/L〜60g/L程度であり、好ましくは25g/L〜57g/L程度、より好ましくは30g/L〜55gl/L程
度であり、具体的な例では、32g/L〜53g/L程度である。
メッキ液のpHとしては、2〜6が好ましく、例えば、3〜5の範囲を好適に使用できるが、特に好ましくは3.5〜4.5の範囲である。pHは、6を越える範囲では、金属イオンの水酸化
物が生成するので、当該金属イオン水酸化物を利用する場合を除いては、浴が不安定と成るから好ましくない。一方、pHが2.0未満では、多量の水素が発生するので、析出速度が
低下し、生産性が阻害される。
【0018】
本発明のナノ結晶FCC金属合金薄膜の析出形成は、定電流法、定電位法、定電流パルス
法などを使用できるが、好ましくは、定電流法を使用でき、電流密度範囲としては、0.5
〜10A/dm2で成膜されるが、より好ましくは、0.8〜7A/dm2の範囲で行うことができるが、析出効率、膜応力の増大、均一な膜質を得ることなどを勘案して適切な値を選択することも可能である。
メッキ液の温度は、20〜60℃の範囲であってよく、好適には、45〜55℃の範囲である。20℃以下の温度では、析出速度が低下して、生産性が劣ることとなり、60℃を越えると、例えば、スルファミン酸がアンモニウムイオンと硫酸イオンに分解するなどにより、均一な膜の形成にとって悪影響を及ぼす要因が増大することになるので好ましくない。
本発明のナノ結晶FCC金属合金薄膜の形成中、メッキ液は、必要に応じて、液を攪拌す
るとか、及び/又は、浴槽内の液を循環させるなどできる。成膜の条件は、浴槽の大きさ、形状等、電着せしめられる被処理材の大きさ、数等を勘案して、適宜最適な条件を選択できる。
【0019】
本発明では、電着法で形成されたナノ結晶FCC金属合金は、熱処理されることができる
。当該熱処理は、本発明のナノ結晶FCC金属合金の硬度が増大するように設定できる。例
えば、電着法で形成されたナノ結晶FCC金属合金を、空気中あるいはアルゴンガスなどの
不活性ガス雰囲気下に、加熱炉に入れて熱処理、例えば、焼きなまし(アニーリング)に付すなどして行われてよく、処理温度は特には限定されないが、例えば、60〜550℃、好ま
しくは100〜350℃、さらに好ましくは200〜300℃、あるいは225〜280℃が挙げられる。処理時間も特には限定されないが、例えば、10分〜24時間、好ましくは20分〜6時間、さら
に好ましくは30分〜2時間、あるいは45分〜1.5時間が挙げられる。好適な結果を与える典型的な処理条件としては、大気中で、250℃で1時間加熱というものが挙げられる。
【0020】
本発明のナノ結晶FCC金属合金は、硬さ(硬度)が7.0 GPa以上のもの、さらには硬さが7.25 GPa以上のもの、好ましくは硬さが7.5 GPa以上のもの、さらには、硬さが8.0 GPa以上のもの、硬さが9.0 GPa以上のものが挙げられ、また、硬さ{硬度}が約7.0〜9.5 GPa
であるもの、あるいは、硬さ(硬度)が約7.25〜9.2 GPaであるもの、さらには、硬さが
約8.25〜9.2 GPaであるものが挙げられる。本発明のナノ結晶FCC金属合金は、その結晶粒界に炭素が偏析していることを特徴としているが、当該偏析領域の幅としては、約0.1〜10nmであってよく、好適には約0.5〜5.0nmであってよく、典型的には0.8〜1.2nmである。
本発明のナノ結晶FCC金属合金では、当該結晶粒界に偏析している炭素の濃度としては、
約2.0〜10.0 atom%が挙げられるが、好適には、約3.0〜9.0 atom%で、典型的には約5.0〜8.0 atom%である。本発明のナノ結晶FCC金属合金は、硬い一方で、優れた延性を示し、例えば、耐力(yield strength)は硬度の約1/4〜1/3に近い値あるいはそれ以上で、約15〜20%を超える塑性変形(塑性ひずみ)あるいはそれ以上を示すものが挙げられる。最も好ま
しい例のうちには、本発明のナノ結晶FCC金属合金は粒径が25nmで9GPaの硬度をもつとか
、最大で4GPa (Stress),伸び30%以上というものが含まれる。
【0021】
本発明のナノ結晶FCC金属合金薄膜を電着せしめる被処理材としては、例えば、切削工
具、切断用工具、金型、機械用部品及び部材、配管部品、電子部品用部材、精密機器用部材などが挙げられ、例えば、継手、ギア、ファン、回転体ディスク、ブレード、ミキサー、粉砕機、鋸刃先、スクリュー刃、弁、バルブ、スリーブ、シールド、ダイス、カッター、ミルスクリュー、ロックピット、軸受、磁気テープヘッドなどの電子機器の部材、シャフトスリーブ、ポンプ部品、ブランシャー、ホットシャー、ショベル、バスケットなどの用途のものが挙げられる。代表的な被処理材としては、鉄族元素、銅族元素、チタン族元素、土酸金属元素、クロム族元素、マンガン族元素を包含する遷移金属元素及び典型金属元素からなる群から選択された一種以上の金属から構成されたものが挙げられる。具体的には、Fe, Co, Ni, Cu, Ag, Au, Ti, Zr, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Tc, Al及びReからなる群から選択された一種以上の金属から構成されたものが挙げられ、代表的には、鉄、銅、亜鉛、アルミニウム、ステンレススチール、ニッケル基合金、コバルト基合金、クロム基合金、ニッケル−コバルト合金、ニッケル−クロム合金、鉄−ニッケル合金、チタン合金などが挙げられる。例えば、Ni-1%C, Cu-1%C, Al-1%C及びNi-10%Co-1%Cなどナノ結晶FCC金属合金が挙げられる。
【0022】
本発明のナノ結晶FCC金属合金は、メムス(MEMS: Micro Eelectro Mechanical Systems)、表面コーティング(surface coating)、切削工具、半導体装置及びその部品において用
いることができて有用である。メムスとしては、センサメカトロニクス部品、RF MEMS、
光MEMS、バイオMEMSなどが挙げられ、それらには加速度センサなどの慣性センサ、圧力センセ、触覚センサ、マイクロジャイロ、流量センサ、赤外線イメージャ、波長可変レーザー、マイクロアクチュエータ、マイクロモータ、能動カテーテル、インクジェットプリンタヘッド、ハードディスクヘッド、マイクロプローバ、RFスイッチ、RFフィルタ、RF共振器、マイクロリレー、光スイッチ、マイクロレンズ、光導波管、波長可変フィルタ、光スキャナ、光センサ、ディスプレイ、DNAチップ、タンパクチップ、バイオセンサ、マイク
ロバルブ、流路モジュール、デジタルミラーデバイス、マイクロリアクタ、環境化学分析チップ、ヘルスケアチップ、免疫分析チップ、化学センサ、小型燃料電池、小型燃焼発電機、マイクロスラスタなどが含まれてよい。
本発明のナノ結晶FCC金属合金は、例えば、炭素を1%程度固溶させて、ナノ結晶金属
を作製することにより得られるもので、それは、電着法、冷間圧延、強歪加工法(Equal Channel Angular Pressing, High Pressure Torsion、繰り返し重ね接合圧延、Server Tortion Straining Process)、メカニカルアロイング法、急冷凝固法、粉末燒結法など様々
な方法で製造可能である。
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。
全ての実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。
【実施例1】
【0023】
〔1〕電着法によるナノ結晶ニッケル合金の作製
(a)純コバルトと純ニッケルの合板をアノードとして用いた。基礎的な浴組成と電着条
件は表1に記載されているようにした。炭素源として有機化合物を浴液中に添加して少量の炭素を故意に電着された合金中に取り込ませた。
【0024】
【表1】

【0025】
上記スルファミン酸ニッケル及びコバルトは、スルファミン酸ニッケル(II)四水和物〔Ni(SO3NH2)2・4H2O〕及びスルファミン酸コバルト(II)四水和物〔Co(SO3NH2)2・4H2O〕を含有している水溶液で、上記浴組成で電解槽内に建浴した。この場合、濃度比でNi:Co=50:1としてあるが、Ni:Co=40:1程度とすることもでき、Ni:Co=50:1〜40:1であってよい。
水溶液である浴液中での電着法により、厚さおおよそ40〜200マイクロメートル(μm)のナノ結晶ニッケル合金薄膜を形成せしめた。
得られたナノ結晶ニッケル合金からなる薄膜について以下のようにして調べた。
(b)電着法によるナノ結晶ニッケルの作製
純水2.2リットルに対し、100gのスルファミン酸ニッケル(II)四水和物〔Ni(SO3NH2)2・4H2O〕、33gの塩化ニッケル(II)六水和物〔NiCl2・6H2O〕、88gのホウ酸及び25gのサッカリン(saccharin)を混ぜ、電解液とした。サッカリンは、炭素源であり、多く入れると、
電着法で形成される金属中の炭素含有量が増すと思われる。ガラス槽に建浴した電解液を入れた。マイナス側に純チタンの電極をいれ、プラス側にSKニッケル(SKニッケルの組成(単位は%)は、Ni, 99.98; Fe, <0.0001; Cu, 0.0009; Mn, <0.0001; Pb, 0.0009; Si, 0.0001; C, <0.001; S, 0.018である)を入れた。純チタン板もSKニッケル板もメッキ用
として市販されているものを使用した。電極間は約6cm程度離した。電極近くを空気攪拌
した。
浴槽は、50℃〜60℃の温水中に漬け、温水の温度を一定に保つように制御した。電圧1V程度を印加し、チタン板にニッケルを電着せしめた。電着終了後、形成されたニッケルはチタン板より剥がすことができる。
【0026】
〔2〕ナノ結晶ニッケル合金薄膜の物性
粒径分布(grain size distribution)と粒界(grain boundary: GB)の構造を調査するた
めに電子顕微鏡を使用した。また、原子スケールでの元素分布を検出するためにアトムプローブトモグラフィーを用いた。アトムプローブ実験のための針状試料は、通常の電解研磨法で作製した(参考文献: M. K. Miller, "Atom Probe Tomography: Analysis at the atomic level", Kluwer Academic/Plenum Publishers, New York, USA, Page 35, 2000)
。アトムプローブ実験は60K、パルス比20%の条件で行った。ナノ結晶材料の硬度試験は、
ウルトラマイクロ硬度試験器(DUH-W201S, 島津製)のBerkovich インデンターで行った。
付加速度6.6 mN/secで100mNの応力を用い、硬度をOliver-Pharrの方法で算出した(参考文献: W. C. Oliver and G. M. Pharr, J. Mater. Res. 7, 1564 (1992))。
(A) 図1(a)に、電着法で作製されたニッケル合金の透過電子顕微鏡(transmission electron microscopy: TEM)の明視野像を示す。電子顕微鏡の明視野像(図1(a))から電着作製された合金は粒径がかなり小さいことがわかる。電子顕微鏡で観察された350個のナ
ノ結晶粒をランダムに選んで該ナノ結晶粒につき、粒径を測定して粒界サイズ分布を求めた。図1(c)に、350個の結晶粒から測定した粒径サイズ分布をプロットしたものを示す。平均粒径は13nmで標準偏差は2nmであった。なお、電子線・X線回折からは、明白な集合
組織(texture)は観察されなかった。また本ナノ結晶ニッケル合金は完全に緻密なもので
あって、ミクロサイズ・ナノサイズの空隙などの見られないものであった。
本電着法で作製されたニッケル合金につき、高分解能電子顕微鏡(hight-resolution electron microscopy: HREM)により粒界の原子配列を調査した結果を、図1(b)に示す。ほ
とんどの粒界は原子スケールで鮮明(sharp)であり粒界相(GB phases)やアモルファス薄膜(amorphous films)などは見られなかった。
【0027】
(B) アトムプローブトモグラフィーにより得られたデータを使用し、3次元原子マップを作製して、本ナノ結晶ニッケル合金の不均一に組成が分布している様子を可視化せしめた。得られた結果を、図2に示す。再構築された3Dデータサイズは18×18×42 nm3であり、そこには100万個の原子と約10個のナノ粒子が含まれる。この合金の平均組成は90.55
atom% Ni, 8.12 atom% Co, 1.15 atom% C, 0.17 atom% S 及び 0.01 atom% Feと決定せ
しめられた。少量の硫黄と鉄は予期していない不純物である。
コバルト、炭素、鉄、硫黄の分布は一見均一に分布しているように見えるが、コバルトやカーボンでは一部で濃化している部分が観察されている(図2中で指してある)。これらサブナノメートルでのコバルトと炭素の偏析については、原子マップでは急激な結晶面分布の違いとして認識できる粒界近傍にのみ偏析していることがわかった(参考文献: M. K.
Miller, A. Cerezo, M. G. Hetherigton, and G. D. W. Smith, "Atom Probe Field Ion
Microscopy", Oxford Science Publisher, Clarendon press, Oxford, Page 147 (1996))。さらに、面コントラストより、粒径が10nmであることがわかり、電顕の粒径測定結果(図1(c))と一致する。興味深いのは、明瞭な偏析が数少ない粒界でしか起こっていないという事である。これはおそらく粒界角度差、粒界エネルギーなどの粒界特性に起因しているものと思われる。この優先偏析は、熱活性による拡散よりも電着中の選択的な表面吸着によるものであることも示している。なぜなら、電着温度(50℃)はニッケル中の炭素やコバルトの格子拡散を活性化させ、すべての粒界に十分な偏析を生じさせるには、高くない温度であるからである。
【0028】
3Dアトムプローブデータ中の偏析した粒界におけるコバルトと炭素の濃度を定量的に決定するために、主軸が粒界を垂直に横切るように体積を抜き出した。この解析のため、正確な組成計算をするために十分な原子数が含まれている立方体(10×10×10 nm3)を抜き出した。組成プロファイルはそれぞれの組成が粒界を垂直に横切る方向にプロットした。横軸方向のデータ間隔は十分な分解能が得られるよう出来るだけ小さくした。本研究ではステップ間隔は約0.05nmであり、0.2at%の組成分解能である。図3にコバルトと炭素の組成分布プロファイルを示す。粒界近傍のコバルトと炭素の最大組成はそれぞれ約11%と3%
であった。これはそれぞれの平均組成の1.3倍と2.6倍高い値である。この組成プロファイルより、コバルトと炭素の濃化した部分はお互い重ならならず、粒界の片側で現れているようである。この現象はこのナノ結晶金属の他の粒界でも観察されている。炭素とコバルトのプロファイルをフィッティングすることで、これらの偏析した元素分布がガウシアン分布に沿っていることがわかった。この解析により、炭素とコバルトの偏析領域の幅が約1〜2nmであることが決定され、これは立方晶ニッケルの3〜6原子層分に対応していた。
【0029】
(C) 機械的特性に与える粒界偏析の効果を評価するため、上記した硬度試験を行い、10回のテストより平均硬度が7.3±0.4 GPaであることがわかった。図4に示してあるニッ
ケルのHall-Petchの関係図と比較を行ったところ、本ナノ結晶ニッケル合金は同じ粒径でこれまで報告されていた他のナノ結晶ニッケルに比べずっと硬度が高いことがわかった。この硬度差は約1 GPaであり、コバルトと炭素を合金化した結果である。1 GPaは、ビッカース硬さ試験で得られる値に換算すると、1 GPa=101.97 HVに相当する。なお、図4中、[28]は、F. Ebrahimi, G. R. Bourne, M. S. Kelly, and T. E. Matthews, Nanostru. Mater. 11, 343 (1999)に記載のニッケル薄膜、[29]は、U. Erb, Nanostru. Mater. 6, 533
(1999)に記載のニッケル薄膜、[30]は、C. A. Schuh, T. G. Nieh, and T. Yamasaki, Scripta Mater. 46, 735 (2002)に記載のニッケル薄膜、[31]は、G. D. Hughes, S. D. Smith, C. S. Pande, H. R. Johnson, and R. W. Armstrong, Scripta Metall. et Mater. 20, 93 (1986)に記載のニッケル薄膜、[32]は、C. Cheung, F. Djuanda, U. Erb, and G.
Palumbo, Nanostru. Mater. 5, 513 (1995)に記載のニッケル薄膜、[13]は、C. A. Schuh, T. G. Nieh, and H. Iwasaki, Acta Mater. 51, 431 (2003)〔非特許文献13〕に記
載のニッケル薄膜であり、nc pure Niは、純ニッケルのナノ結晶よりなる薄膜である。
置換固溶型古典モデルは以下のように説明できる(参考文献: R. L. Fleischer, Acta Metall. 11, 203 (1963)):
【0030】
【数1】

【0031】
上記式中、G はニッケルのせん断剛性率、cはコバルトの固溶濃度; εsは格子定数とせん断剛性率に依存するパラメータであり、33/2 はせん断応力を硬度に変換するためのお
よその変換係数である(参考文献: C. A. Schuh, T. G. Nieh, and H. Iwasaki, Acta Mater. 51, 431 (2003))。インターネットウェブサイト(http://www.webelements.com/)の材料パラメータとVegardの固溶体の法則により、8 at%で見積もられる硬度上昇は約0.1 GPaである。炭素1at%の侵入型固溶による硬度上昇は以下のように見積もることが出来る(参
考文献: H. A. Roth, C. L. Davis, and R. C. Thomson, Metall. Mater. Trans. A 28, 1329 (1997); D. Chandrasekaran, Mater. Sci. Eng. A 309-310, 184 (2001)):
【0032】
【数2】

【0033】
上記式中、K は一定値で、例えば、参考文献: H. A. Roth, C. L. Davis, and R. C. Thomson, Metall. Mater. Trans. A 28, 1329 (1997)より見つかる。1 at%の炭素では約〜0.3 GPaの硬度上昇が見積もられ、粗大粒ニッケル-炭素合金の過去の研究結果(参考文献:
Y. Nakada and A. S. Keh, Metall. Trans. 2, 441 (1971))と一致している。炭素とコ
バルトの固溶強化がお互いに影響を及ぼさないと仮定すれば、全体の固溶強化は約0.4 GPa増となる。仮に硫黄と鉄の不純物の固溶強化を評価したとしても、見積もられる硬度上
昇は観察された1 GPaの硬度上昇よりずっと小さい。明らかに、固溶強化だけでは1 GPaの硬度上昇を説明することが出来ない。
したがって、アトムプローブトモグラフィーで観察された粒界偏析が、さらなる硬度上昇に寄与したものと思われ、固溶強化よりも大きな影響を及ぼしたものと考えられる。粒
界偏析による硬度上昇を十分理解するためのさらなる研究は必要であるが、硬度上昇は粒界の原子結合力に起因しているように思われる。ナノ結晶の塑性変形プロセスは、粒界が転位源と消滅源として働き(参考文献: M. W. Chen, E. Ma, K. J. Hemker, H. W. Sheng,
Y. M. Wang, and X. M. Cheng, Science 300, 1275 (2003))、粒界滑りの通過場所(参考文献: J. Schiotz, F. D. Di Tolla, and K. W. Jacobsen, Nature 391, 561 (1998))と
して働くことに密接に関連している。粒界における原子結合は塑性変形中に分断と再結合が繰り返し行われる。したがって、偏析した原子による低いエネルギーの粒界は、特に炭素が偏析すると、変形の高抵抗として作用し、そのためナノ結晶の強度改善に寄与したものと思われる。
【0034】
〔3〕電着法作製のナノ結晶ニッケル合金の熱処理
上記〔1〕で作製されたナノ結晶ニッケル合金を熱処理して、その影響を調べた。
熱処理は、加熱炉で、大気中100, 150, 200, 250, そして300℃にそれぞれ1時間保持
する焼きなまし(アニーリング: annealing)を行った。空冷後、得られたものについて
上記と同様にして硬度試験を行った。得られた結果を図5に示す。熱処理を加えることで硬度が増すことが判明した。例えば、250℃で1時間熱処理することで、おおよそ9.0GPa
という硬度が得られた。さらに、アトムプローブトモグラフィーを行い、得られたデータを使用し、三次元原子マップを作製して、熱処理された本ナノ結晶ニッケル合金の不均一に組成が分布している様子を可視化せしめた。図6に150, 200, 250, そして300℃で1時間熱処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金と熱処理前の本発明のナノ結晶ニッケル合金とを対比して三次元原子マップを示した。また、図7には250℃で1時間熱処理した本発
明のナノ結晶ニッケル合金の三次元原子マップを示す。本発明の熱処理されたナノ結晶ニッケル合金の粒界の高角度HREM像を図8に示す。粒界(GB)は原子スケールではっきりとし(clear)且つ鮮明(sharp)であり粒界相(GB phases)などは依然見られなかった。図8中左
下のスケールは、2nmである。
【0035】
次に、熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の粒界(GB)における炭素の濃度を図9に示す。図9中の横軸の温度は熱処理時の温度を示す。左端の値は熱処理前の本発明のナノ結晶ニッケル合金についてのものである。炭素の濃度が処理温度が上昇するにつれて増加していることがわかる。すなわち、炭素濃度は、おおよそ3%から、250℃で1時間熱処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金ではおおよそ6%、そして300℃で1時間熱処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金ではおおよそ8.5%に増加しているとの結果が得られた
。また、熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の結晶粒子のサイズと硬度との関係を図10に示す。図10中の横軸の温度は熱処理時の温度を示す。250℃までの温度での
熱処理では粒子のサイズが大きくなると共に硬度が増大した。熱処理温度が300℃までに
なると、何故硬度が低下するのかを解析した。結果を図11に示す。300℃で1時間熱処
理した本発明のナノ結晶ニッケル合金のTEMの明視野像(図11左側)と、TEM観察下に該ナノ結晶ニッケル合金を構成している粒状物350個につきその各粒径を測定し、結晶粒度(grain size)の分布を求めたもの(図11右側)から、異常に結晶粒が大きく成長してい
ることがわかった。
【0036】
上記〔2〕(C)と同様、図12に、Hall-Petchの関係式に基づいた、熱処理前後の本発
明のナノ結晶ニッケル合金の硬度を示す。同時にNi及びニッケル合金の文献値も示してある。点線は、図4と同様、文献値から求めたものである。
本発明のナノ結晶ニッケル合金の延性についても調べた。延性試験法は、図13に示すようにして、インデンターを用い力をかけて測定することにより行った。図14に、熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の延性について測定した結果を示す。圧縮試験は、(1) B.E. Schuster et al., Applied Physics Letters, 88, 103112 (2006)、(2) X.Y.
Qin et al., J. Phys.: Condens. Matter, 14, 2605-2620 (2002)などを参照できる。図14において、点線は、250℃で1時間焼なまし処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金(
Ni-Co-1%C)で得られた結果であり、実線は、焼なまし処理をしてない本発明のナノ結晶ニッケル合金(Ni-Co-1%C)で得られた結果である。本発明のナノ結晶ニッケル合金では、耐
力(yield strength)は硬度の1/3に近い値で、20%を超える塑性変形(塑性ひずみ)を示
した。また、図14には示していないが、上記文献(1) B.E. Schuster et al., Applied Physics Letters, 88, 103112 (2006)に開示のナノ結晶ニッケルでは、Engineering Strain: 0.3では、Stress (GPa): 2.1程度、そしてEngineering Strain: 0.1では、Stress (GPa): 1.7程度である。また、250℃で1時間焼なまし処理した本発明のナノ結晶ニッケル
合金(Ni-1%C)並びに焼なまし処理をしてない本発明のナノ結晶ニッケル合金(Ni- 1%C)に
おいても、図14に示したNi-Co-1%Cと同様のデータが得られた。すなわち、250℃で1時間焼なまし処理したNi-1%Cでは、Engineering Strain: 0.3では、Stress (GPa): 4.2程度、そしてEngineering Strain: 0.1では、Stress (GPa): 2.9程度で、焼なまし処理をしてないNi- 1%Cでは、Engineering Strain: 0.3では、Stress (GPa): 3.2程度、そしてEngineering Strain: 0.1では、Stress (GPa): 2.4程度であり、この場合、ナノ結晶純Ni:焼鈍なしでは、Engineering Strain: 0.3では、Stress (GPa): 2.1程度、そしてEngineering Strain: 0.1では、Stress (GPa): 1.7程度で、APL(焼鈍なし)では3%で破断した。本発明のナノ結晶ニッケル合金(焼鈍ありNi-1%C)では、最大で4GPa (Stress),伸び30%以上というものであった。なお、上記文献(1) B.E. Schuster et al., Applied Physics Letters, 88, 103112 (2006)に開示のナノ結晶ニッケルでは、最大で1.4GPa (Stress),伸び3%というものである(粒径29nm)。
本発明で、粒界(GB)の偏析がどのようにして強度を増加せしめるかを解析した。結果を図15に示す。熱動力学的に粒界エネルギーを減少せしめることがわかった。偏析により低減された粒界エネルギーはおおよそ0.2 eV/atomであり、それは理論値 0.1〜0.3 eV/atomと良く一致した値である。図16には、粒界(GB)の偏析がどのようにして強度を増加せしめるかを説明するモデルを示す。粒界の変形に対する抵抗性を動力学的に増加せしめると考えられる。すなわち、粒界を介した変形の間に結合の切断と再形成が生じるのである。
最後に、熱処理前後で、且つ、本発明のナノ結晶ニッケル合金(Ni-Co-1%C)とナノ結晶
ニッケルとの間で、硬度を測定した結果を、図17に示す。また、Ni-1%Cを電着法で作製したものを、250℃で1時間焼なまし処理したもの(本発明のナノ結晶ニッケル合金)の
粒径は25nmで9GPaの硬度をもつという優れたものであった。炭素を添加することで、ナノ結晶FCC金属(合金)において、強度が増大することが見出された。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の技術で作製されるナノ結晶FCC金属及びナノ結晶FCC合金は、少量の炭素を取り込んで粒界近傍に偏析を生じて優れた物性を示し、MEMS、表面コーティング、切削工具、切断用工具、機械用部品及び部材、半導体装置及びその部品などにおいて用いることができて有用である。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】(a)電着法により作製した本発明のナノ結晶ニッケル合金のTEMの明視野像である。(b) 該ナノ結晶ニッケル合金の粒界の高角度HREM像である。(c) TEM観察下に、該ナノ結晶ニッケル合金を構成している粒状物350個につきその各粒径を測定し、結晶粒度(grain size)の分布を求めたものである。このものは、焼なまし(annealing)はしていない。
【図2】本発明のナノ結晶ニッケル合金のアトムプローブトモグラフィーにより得られたデータを基に作成した五つの元素、すなわち、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、炭素(C)、、鉄(Fe)、硫黄(S)についての三次元原子マップを示す。容積サイズは、18×18×42 nm3であり、矢印はいくつかの粒界での濃度変化を示している。コバルト及び炭素の三次元原子マップのうちの四角い枠で囲った部分については各元素の濃度プロファイルを求めた。
【図3】図2で選択された部分(主軸が粒界を垂直に横切るように十分な原子数が含まれている立方体, 10×10×10 nm3, を抜き出した)での(a)コバルト及び(b)炭素についての濃度プロファイルを示し、それぞれの組成が粒界を垂直に横切る方向にプロットしたものである。横軸方向のデータ間隔は十分な分解能が得られるよう出来るだけ小さくし、間隔は約0.05nmであり、0.2at%の組成分解能である。
【図4】Hall-Petchの関係式に基づいた本発明のナノ結晶ニッケル合金の硬度を示す。同時にNi及びニッケル合金の文献値も示してある。点線は文献値から求めたもので、両矢印線は、本発明のナノ結晶ニッケル合金の硬度値と文献値から求められたライン上の値との差を示したものである。
【図5】本発明の熱処理されたナノ結晶ニッケル合金の硬度値を、各熱処理温度に対して示してある。各温度で1時間焼なましの後、空冷した時の硬度である。
【図6】本発明の熱処理されたナノ結晶ニッケル合金のアトムプローブトモグラフィーにより得られたデータを基に作成した三次元原子マップを示す。下部に容積サイズを示し、上部に熱処理温度を示す。左端は熱処理前の本発明のナノ結晶ニッケル合金についてのものである。
【図7】250℃で熱処理された本発明の熱処理されたナノ結晶ニッケル合金のアトムプローブトモグラフィーにより得られたデータを基に作成した三次元原子マップを示す。
【図8】本発明の熱処理されたナノ結晶ニッケル合金の粒界の高角度HREM像である。粒界(GB)は原子スケールではっきりとし(clear)且つ鮮明(sharp)であり粒界相(GB phases)などは依然見られなかった。図中左下のスケールは、2nmである。
【図9】熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の粒界(GB)における炭素の濃度を示す。図中の温度は熱処理時の温度を示す。
【図10】熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の結晶粒子のサイズと硬度との関係を示す。図中の温度は熱処理時の温度を示す。250℃までの温度での熱処理では粒子のサイズが大きくなると共に硬度が増大した。250℃で1時間熱処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金の粒径は25nmで9GPaの硬度をもつという優れたものであった。
【図11】300℃で1時間熱処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金のTEMの明視野像(左側)と、TEM観察下に該ナノ結晶ニッケル合金を構成している粒状物350個につきその各粒径を測定し、結晶粒度(grain size)の分布を求めたもの(右側)である。異常に結晶粒が大きく成長していることがわかった。
【図12】Hall-Petchの関係式に基づいた、熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の硬度を示す。同時にNi及びニッケル合金の文献値も示してある。点線は文献値から求めたものである。*は、250℃で1時間焼なまし処理した本発明のナノ結晶ニッケル合金の値である。
【図13】延性試験法を説明するもので、インデンターを用い左側の図のように力をかけて測定することを示す。
【図14】熱処理前後の本発明のナノ結晶ニッケル合金の延性について測定した結果を示す。耐力(yield strength)は硬度の1/3に近い値で、20%を超える塑性変形(塑性ひずみ)を示した。
【図15】粒界(GB)の偏析がどのようにして強度を増加せしめるかを解析した結果を示す。熱動力学的に粒界エネルギーを減少せしめることがわかった。偏析により低減された粒界エネルギーはおおよそ0.2 eV/atomであり、それは理論値 0.1〜0.3 eV/atomと良く一致した値である。
【図16】粒界(GB)の偏析がどのようにして強度を増加せしめるかを説明するモデルを示す。粒界の変形に対する抵抗性を動力学的に増加せしめると考えられる。すなわち、粒界を介した変形の間に結合の切断と再形成が生じるのである。
【図17】熱処理前後で、且つ、本発明のナノ結晶ニッケル合金(Ni-Co-1%C)とナノ結晶ニッケルとの間で、硬度を測定した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
面心立方格子構造の結晶を有する金属材において、その結晶粒界に炭素が多数存在することを特徴とする金属材。
【請求項2】
請求項1記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、鉄族元素、銅族元素、チタン族元素、土酸金属元素、クロム族元素、マンガン族元素を包含する遷移金属元素及び典型金属元素からなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする請求項1記載の金属材。
【請求項3】
請求項1又は2記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Fe, Co, Ni, Cu, Ag, Au, Ti, Zr, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Tc, Al及びReからなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする請求項1又は2記載の金属材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一記載の面心立方格子構造の結晶を有する金属は、Co, Ni, Cu及びAlからなる群から選択された一種以上の金属であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一記載の金属材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一記載の金属を主成分とし、これに20at%以下の他の金属を添加
した合金材料よりなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一記載の金属材。
【請求項6】
炭素の添加量が、0.5〜2.0at%であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一記載の
金属材。
【請求項7】
炭素の添加量が、0.7〜1.5at%であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一記載の
金属材。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一記載の金属が、Ni-a%C, Cu-b%C, Al-c%C及びNi-d%Co-e%Cから
なる群から選択されたもので、ここでa, b, c及びeは、それぞれ独立に0.5〜2.0であり、dは、0.1-20.0であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一記載の金属材。
【請求項9】
結晶粒のサイズは、100nm以下のナノ結晶であることを特徴とする請求項1〜8のいずれ
か一記載の金属材。
【請求項10】
結晶粒のサイズは、25nm以下のナノ結晶であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一記載の金属材。
【請求項11】
金属材は、電着によって作成された薄膜であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一記載の金属材。
【請求項12】
金属材は電着後に熱処理することによって結晶粒界に炭素粒を析出させて作成された薄膜であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一記載の金属材。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか一記載の金属材によってその表面が被覆されていることを特徴とする切削・切断用工具、機械用部品又は電子部品用部材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2008−1975(P2008−1975A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96645(P2007−96645)
【出願日】平成19年4月2日(2007.4.2)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】