説明

ニッケル及びコバルトの浸出方法、及びリチウムイオン電池からの有価金属の回収方法

【課題】 リチウムイオン電池の正極活物質を構成する化合物を効果的に分解することができ、正極活物質から有価金属であるニッケル及びコバルトの浸出率を向上させて回収率を向上させることができるニッケル及びコバルトの浸出方法及び有価金属の回収方法を提供する。
【解決手段】 リチウムイオン電池から剥離した正極活物質を、水素の還元電位よりも卑な還元電位を有する金属を添加した酸性溶液に浸漬し、正極活物質からニッケル及びコバルトを浸出させる。添加する金属としては、ニッケル−水素電池から得られるニッケルメタルを用いることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル及びコバルトの浸出方法、及びリチウムイオン電池からの有価金属の回収方法に関し、特に、リチウムイオン電池に含まれる正極活物質を浸出するに際して、正極活物質を構成する化合物を効果的に分解し、浸出率を向上させることができるニッケル及びコバルトの浸出方法及びその浸出方法を適用した有価金属の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の地球温暖化傾向に対し、電力の有効利用が求められている。その一つの手段として電力貯蔵用2次電池が期待され、また大気汚染防止の立場から自動車用電源として、大型2次電池の早期実用化が期待されている。また、小型2次電池も、コンピュータ等のバックアップ用電源や小型家電機器の電源として、特にデジタルカメラや携帯電話等の電気機器の普及と性能アップに伴って、需要は年々増大の一途を辿る状況にある。
【0003】
これら2次電池としては、使用する機器に対応した性能の2次電池が要求されるが、一般にリチウムイオン電池が主に使用されている。
【0004】
このリチウムイオン電池は、アルミニウムや鉄等の金属製の外装缶内に、銅箔からなる負極基板に黒鉛等の負極活物質を固着した負極材、アルミニウム箔からなる正極基板にニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質が固着させた正極材、アルミニウムや銅からなる集電体、ポリプロピレンの多孔質フィルム等の樹脂フィルム製セパレータ、及び電解液や電解質等が封入されている。
【0005】
ところで、リチウムイオン電池の拡大する需要に対して、使用済みのリチウムイオン電池による環境汚染対策の確立が強く要望され、有価金属を回収して有効利用することが検討されている。
【0006】
上述した構造を備えたリチウムイオン電池から有価金属を回収する方法としては、例えば特許文献1及び2に記載されるような乾式処理又は焼却処理が利用されている。しかしながら、これらの方法は、熱エネルギーの消費が大きいうえ、リチウム(Li)やアルミニウム(Al)を回収できない等の欠点があった。また、電解質として六フッ化リン酸リチウム(LiPF)が含有されている場合には、炉材の消耗が著しい等の問題もあった。
【0007】
このような乾式処理又は焼却処理の問題に対して、特許文献3及び4に記載されているように、湿式処理によって有価金属を回収する方法が提案されている。
【0008】
ここで、リチウムイオン電池の湿式処理による有価金属の回収方法において、有価金属が含まれる正極活物質を固体の状態から液体の状態、つまり金属イオンの状態に浸出させることが主要な化学処理のひとつとなる。この浸出処理においては、有価金属であるニッケル(Ni)、コバルト(Co)等を効率的に回収するために、正極活物質を構成する化合物であるLiCoOやLiNiO等の化合物を効果的に分解する必要がある。従来では、この処理において、酸性溶液中に、酸素吸着体としての負極粉を添加するようにしていた。
【0009】
しかしながら、負極粉は、放電された状態では還元力が弱く、効果的かつ迅速に分解することができず、正極活物質からニッケル及びコバルトを十分に浸出させることができず、その結果として有価金属の回収率を向上させることができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平07−207349号公報
【特許文献2】特開平10−330855号公報
【特許文献3】特開平08−22846号公報
【特許文献4】特開2003−157913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、正極活物質であるLiCoOやLiNiO等の化合物を効果的に分解することができ、正極活物質からのニッケル及びコバルトの浸出率を向上させて有価金属の回収率を向上させることができるニッケル及びコバルトの浸出方法及びその浸出方法を用いたリチウムイオン電池からの有価金属回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、リチウムイオン電池から剥離回収した正極活物質を浸出するに際して、還元効果の高い金属添加することによって、正極活物質であるLiCoOやLiNiO等の化合物を効果的に分解することができ、正極活物質からのニッケル及びコバルトの浸出率を向上できることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、酸性溶液中に、リチウムイオン電池の正極活物質に含まれるニッケル及びコバルトを浸出させるニッケル及びコバルトの浸出方法であって、前記酸性溶液中に水素の還元電位よりも卑な還元電位を有する金属を添加して、前記正極活物質からニッケル及びコバルトを浸出させることを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、リチウムイオン電池から有価金属を回収する有価金属の回収方法であって、前記リチウムイオン電池から剥離した正極活物質を、水素の還元電位よりも卑な還元電位を有する金属を添加した酸性溶液に浸漬し、該正極活物質からニッケル及びコバルトを浸出させる工程を含むことを特徴とする。
【0015】
ここで、前記金属としては、ニッケル−水素電池から得られるニッケルメタルであることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、浸出処理において、正極活物質を構成する化合物を効果的に分解することができ、正極活物質からのニッケル及びコバルトの浸出率を向上させることができるとともに有価金属の回収率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法の工程を示す図である。
【図2】硫化反応時のpHを変化させたときの硫化剤添加量に対する反応溶液中のコバルト濃度の推移を示すグラフである。
【図3】硫化反応において添加する硫化剤(NaS)の添加量に対するニッケル及びコバルトの濃度の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係るニッケル及びコバルトの浸出方法及びその浸出方法を適用したリチウムイオン電池からの有価金属の回収方法について、図面を参照しながら以下の順序で詳細に説明する。
【0019】
1.本発明の概要
2.リチウムイオン電池からの有価金属回収方法
3.他の実施形態
4.実施例
【0020】
<1.本発明の概要>
本発明は、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)の浸出方法及びその浸出方法を適用したリチウムイオン電池からの有価金属の回収方法であって、リチウムイオン電池から剥離回収した正極活物質を酸性溶液によって浸出させるに際して、正極活物質を構成する化合物を効果的に分解し、正極活物質からのニッケル及びコバルトの浸出率を向上させて有価金属の回収率を向上させる方法である。
【0021】
リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法において、有価金属が含まれる正極活物質を固体の状態から液体の状態、すなわち金属イオン状態に浸出させることが主要な化学処理のひとつとなる。従来、この浸出処理は、硫酸等の酸性溶液が用いられ、正極活物質であるLiCoOやLiNiO等の化合物を分解することが必要であることから、酸素吸着体として負極粉等が添加されていた。しかしながら、その添加物である負極粉等は、放電された状態では還元力が弱く、効果的かつ迅速に正極活物質を構成する化合物を分解させることができず、その結果、正極活物質からのニッケル及びコバルトの浸出率を高めることができなかった。
【0022】
そこで、本発明は、正極箔から剥離回収した正極活物質を酸性溶液にて浸出するに際して、還元効果の高い金属、つまり水素の還元電位よりも卑な還元電位を有する金属を添加し、その金属の高い還元力により、正極活物質に含まれるLiCoOやLiNiO等の化合物を効果的かつ迅速に分解して、正極活物質からのニッケル及びコバルトの浸出率を向上させるものである。
【0023】
本発明において、浸出処理にて添加する金属としては、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)等の金属を用いることができる。その中でも、特に、ニッケル−水素(Ni−MH)電池から回収したニッケルメタル(多孔質ニッケル板、還元焙焼粉)を用いることが好ましい。ニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルを用いることにより、電池材料以外の新規な還元剤を別途準備することなく、同じリサイクル対象であるニッケル−水素電池のメタル部分を活用することにより、コンタミネーションを生じさせることなく、また経済性を損ねることなく、効果的に有価金属が含有された正極活物質を分解することができる。
【0024】
以下、本発明を適用した、リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法に関する実施形態(以下、「本実施の形態」という。)ついて、上述した還元効果の高い金属としてニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルを用いた場合を具体例としてさらに詳細に説明する。
【0025】
<2.リチウムイオン電池からの有価金属回収方法>
まず、本実施の形態におけるリチウムイオン電池からの有価金属の回収方法を、図1に示す工程図を参照して以下に説明する。図1に示すように、有価金属の回収方法は、破砕・解砕工程S1と、洗浄工程S2と、正極活物質剥離工程S3と、浸出工程S4と、希土類元素除去工程S5と、中和工程S6と、硫化工程S7とを有する。なお、リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法については、これらの工程に限られるものではなく、適宜変更することができる。
【0026】
(1)破砕・解砕工程
破砕・解砕工程S1では、使用済みのリチウムイオン電池から有価金属を回収するために、電池を破砕・解砕することによって解体する。その際、電池が充電された状態では危険であるため、解体に先立って、電池を放電させることにより無害化することが好ましい。
【0027】
この破砕・解砕工程S1では、無害化させた電池を、通常の破砕機や解砕機を用いて適度な大きさに解体する。また、外装缶を切断し、内部の正極材や負極材等を分離解体することもできるが、この場合は分離した各部分をさらに適度な大きさに切断することが好ましい。
【0028】
(2)洗浄工程
洗浄工程S2では、破砕・解砕工程S1を経て得られた電池解体物を、アルコール又は水で洗浄することにより、電解液及び電解質を除去する。リチウムイオン電池には、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート等の有機溶剤や、六フッ化リン酸リチウム(LiPF)のような電解質が含まれている。そのため、これらを予め除去することで、後述する正極活物質剥離工程S3での浸出液中に有機成分やリン(P)やフッ素(F)等が不純物として混入することを防ぐことができる。
【0029】
電池解体物の洗浄にはアルコール又は水を使用し、電池解体物を好ましくは10〜300g/lの割合で投入して、振盪又は撹拌して有機成分及び電解質を除去する。アルコールとしては、エタノール、メタノール、これらの混合液が好ましい。一般的にカーボネート類は一般的には水に不溶であるが、炭酸エチレンは水に任意に溶け、その他の有機成分も水に多少の溶解度を有しているため、水でも洗浄可能である。また、アルコール又は水に対する電池解体物の量については、10g/lより少ないと経済的ではなく、また300g/lよりも多くなると電池解体物がかさばって洗浄が難くなる。
【0030】
電池解体物の洗浄は、複数回繰り返して行うことが好ましい。この洗浄工程S2により、有機成分及び電解質に由来するリンやフッ素等を後工程に影響を及ぼさない程度にまで除去することができる。
【0031】
(3)正極活物質剥離工程
正極活物質剥離工程S3では、洗浄工程S2を経て得られた電池解体物を、硫酸水溶液等の酸性溶液や界面活性剤溶液に浸漬させることにより、その正極基板から正極活物質を剥離して分離する。電池解体後も正極活物質は正極基板であるアルミニウム箔に固着しているが、この正極活物質剥離工程S3において電池解体物を硫酸水溶液等の酸性溶液や界面活性剤溶液に投入して撹拌することにより、正極活物質とアルミニウム箔を固体のままで分離することができる。
【0032】
特に、電池解体物を界面活性剤溶液に浸漬させ機械的に攪拌することにより正極活物質を剥離することが好ましい。これにより、正極活物質に含まれる有価金属が溶液中に溶出することを抑制することができ、有価金属の回収ロスをなくすことができる。
【0033】
なお、この正極活物質剥離工程S3では、電池解体物全てを硫酸水溶液や界面活性剤溶液に浸漬してもよいが、電池解体物から正極材部分だけを選び出して浸漬してもよい。
【0034】
酸性溶液として硫酸水溶液を使用する場合、その酸性溶液のpHはpH0〜3、好ましくはpH1〜2の範囲に制御する。硫酸水溶液のpHが0未満になると、硫酸濃度が高すぎるためアルミニウム箔と正極活物質の両方が溶出し、両者の分離が困難になる。また、pHが3を超えると、硫酸濃度が低すぎるため固着部分の溶出が進まず、正極活物質の剥離が不完全になる。
【0035】
硫酸水溶液に対する電池解体物の投入量としては、10〜100g/lとすることが適当である。また、リチウムイオン電池を破砕等により解体した際には、その正極材及び負極材は一般的に薄片となっているため、そのまま硫酸水溶液に投入してもよいが、予め1辺の長さを30mm角以下に切断しておくことが好ましい。これにより、効率的な分離を行うことができる。
【0036】
また、界面活性剤を用いる場合、その使用する界面活性剤の種類としては、特に限定されず、ノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤等を用いることができ、それらを1種単独又は2種以上を併せて用いることができる。具体的に、ノニオン性界面活性剤として、例えば、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンニノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル等が挙げられる。また、アニオン性界面活性剤として、アルキルジフェニールエーテルジスルフォネート及びその塩、ビスナフタレンスルフォネートおよびその塩、ポリオキシアルキルスルホコハク酸エステル及びその塩、ポリオキシエチレンフェニルエーテルの硫酸エステル及びその塩、等が挙げられる。その中でも特に、ポリオキシアルキレンエーテル基を有するノニオン界面活性剤を好適に用いることができる。
【0037】
また、界面活性剤の添加量としては、1.5重量%〜10重量%とすることが好ましい。添加量を1.5重量%以上とすることにより、正極活物質を高い回収率となるように剥離回収することができる。また、添加量を10重量%以下とすることにより、経済的なロスなく効率的に正極活物質を剥離することができる。また、界面活性剤の溶液のpHとしては、中性とする。
【0038】
なお、正極活物質剥離工程S3における正極活物質の分離時間は、硫酸水溶液や界面活性剤溶液の濃度、正極材を含む電池解体物の投入量及び大きさ等によって異なるため、予め試験的に定めておくことが好ましい。
【0039】
正極活物質剥離工程を終了した電池解体物は、篩い分けして、正極基板から分離したニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質、及びこれに付随するものを回収する。電池解体物全てを処理した場合には、負極活物質である黒鉛等の負極粉、及びこれに付随するものも回収する。一方、正極基板や負極基板の部分、アルミニウムや鉄等からなる外装缶部分、ポリプロピレンの多孔質フィルム等の樹脂フィルムからなるセパレータ部分、及びアルミニウムや銅(Cu)からなる集電体部分等は、分離して各処理工程に供給する。
【0040】
(4)浸出工程
浸出工程S4では、剥離回収された正極活物質から、酸性溶液を用いてニッケル、コバルト等の金属イオンを浸出してスラリーとする。本実施の形態に係る有価金属の回収方法においては、この浸出工程S4において、還元効果の高い金属、つまり水素より電位が卑な金属を添加する。
【0041】
本実施の形態においては、このようにして還元効果の高い金属を添加して正極活物質を浸出することによって、その金属の高い還元力により、正極活物質に含まれるLiCoOやLiNiO等の化合物を効果的かつ迅速に金属イオンに分解させることができ、正極活物質中のニッケル、コバルト等の有価金属の浸出率を向上させることができる。
【0042】
本実施の形態においては、その還元効果の高い金属として、ニッケル−水素電池から回収したニッケルメタル(多孔質ニッケル板、還元焙焼粉)を用いる。このように、ニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルを用いることにより、電池材料以外の新規な還元剤を別途準備することなく、正極活物質分解のための試薬が節約できる。また、同じリサイクル対象の電池であるニッケル−水素電池のメタル部分を活用することにより、コンタミネーションを生じさせることなく、また経済性が損なわれることなく、効率的に有価金属含有化合物を分解することができる。
【0043】
ニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルの添加量としては、溶解させる正極活物質のモル数に対して0.5〜2.0倍モルとすることが好ましい。また、酸化還元電位(ORP)(参照電極:銀/塩化銀電極)が、−100〜550mVの範囲となるように、ニッケルメタルを添加したり空気又は酸素を吹き込んで調整することが好ましい。このORP値の範囲に調整しながらニッケルメタルを添加することにより、ニッケルメタルを効果的に溶解させることができる。
【0044】
この浸出工程S4において、正極活物質の溶解に用いる酸性溶液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の鉱酸のほか、有機酸等を使用することができる。その中でも、コスト面、作業環境面、及び浸出液からニッケルやコバルト等を回収するという観点から、工業的には硫酸溶液を使用することが好ましい。
【0045】
また、使用する酸性溶液のpHは、高くても2以下とすることが好ましく、反応性を考慮すると0.5〜1.5程度に制御することがより好ましい。正極活物質の溶解反応が進むにつれてpHが上昇するので、反応中にも硫酸等の酸を補加して、pHを0.5〜1.5程度に保持することが好ましい。
【0046】
(5)希土類元素除去工程
希土類元素除去工程S5では、浸出工程S4で得られた浸出液から、希土類元素(RE)を沈殿除去する。
【0047】
浸出工程S4において添加した、ニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルは、ランタン(La)、セリウム(Ce)、ネオジウム(Nd)等の希土類元素が含有されており、浸出工程S4において添加することによって、浸出液中にこれら希土類元素が含まれることとなる。希土類元素は、有価金属であるニッケルやコバルト等を後述する硫化工程S7にて硫化物として回収するにあたり、ニッケルやコバルトと共に沈殿を形成して、ニッケル・コバルト硫化物の品質を損なわせる可能性がある。そこで、本実施の形態においては、この希土類元素除去工程S5にて、浸出液中から希土類元素を沈殿除去する処理を行う。これにより、浸出液から希土類元素を効果的に除去し、純度の高い有価金属を効率的に回収することができる。
【0048】
具体的に、希土類元素除去工程S5では、浸出液に脱希土類剤としての硫酸ナトリウム等の硫酸アルカリを添加することによって、希土類元素を難溶性の硫酸複塩とする。下記の式(1)に、希土類元素の難溶性複塩の生成反応を示す。なお、式中のREは希土類元素を表す。
RE(SO + NaSO + xH
⇒ RE(SO・NaSO・xHO (1)
【0049】
添加する脱希土類剤としての硫酸アルカリは、結晶又は水溶液の形態で添加し、浸出液に混合させる。また、その添加量としては、浸出液に含有される脱希土類元素の10倍モル以上とすることが好ましい。
【0050】
また、この希土類元素の難溶性複塩の生成反応におけるpHとしては、0〜4とすることが好ましい。希土類元素の難溶性複塩の生成反応は、液中に硫酸アルカリが飽和していればよく、pHが低い場合には影響なく反応が起こる。一方で、pHが高すぎる場合には、ニッケルやコバルト等の有価金属が水酸化物として沈殿を形成してしまい、有価金属の回収ロスとなる。
【0051】
また、反応温度としては、60〜80℃とすることが好ましい。反応温度が60℃より低い場合には、所定量の硫酸アルカリに対して希土類元素の難溶性複塩を効果的に生成させることができない可能性がある。一方で、反応温度が高すぎる場合には、温度を上昇させるためのコストがかかり効率的ではない。
【0052】
このようにして、希土類元素除去工程S5では、回収すべき有価金属であるニッケル、コバルト、リチウム等を沈殿させることなく、希土類元素の硫酸複塩沈殿(脱RE澱物)を形成し、それを濾過することによって希土類元素を分離回収する。この希土類元素除去工程S5を経て得られた溶液(脱RE終液)は、次に中和工程S6に送られる。
【0053】
(6)中和工程
中和工程S6では、希土類元素除去工程S5を経て希土類元素が除去されたろ液(脱RE終液)を中和剤で中和し、正極及び負極の基板に由来する微量のアルミニウム、銅等を沈殿物として分離回収する。
【0054】
中和剤としては、ソーダ灰や消石灰、水酸化ナトリウム等の一般的な薬剤を用いることができ、これらの薬剤は安価で取り扱いも容易である。
【0055】
溶液のpHとしては、上述した中和剤を添加することによって、pH3.0〜5.5に調整することが好ましい。pHが3.0未満ではアルミニウム、銅を澱物として分離回収することができない。一方で、pHが5.5より高い場合には、ニッケルやコバルトが同時に沈殿してしまい、アルミニウム及び銅の澱物中に含有されてロスとなるため好ましくない。なお、その他の元素として溶液中に鉄が含有されている場合でも、アルミニウム及び銅と同時に澱物中に分離することができる。
【0056】
(7)硫化工程
硫化工程S7では、中和工程S6を経て得られた溶液を反応容器に導入し、硫化剤を添加することによって硫化反応を生じさせ、ニッケル・コバルト混合硫化物を生成することによって、リチウムイオン電池から有価金属であるニッケル、コバルトを回収する。硫化剤としては、硫化ナトリウムや水硫化ナトリウム等の硫化アルカリを用いることができる。
【0057】
具体的に、この硫化工程S7では、溶液中に含まれるニッケルイオン(又はコバルトイオン)が、下記(2)式又は(3)式に従って、硫化アルカリによる硫化反応により、硫化物となる。
Ni2+ + NaHS ⇒ NiS + H + Na (2)
Ni2+ + NaS ⇒ NiS + 2Na (3)
【0058】
硫化工程S7における硫化剤の添加量としては、例えば、溶液中ニッケル及びコバルトの含有量に対して1.0〜1.5当量となるように添加する。ただし、操業においては、浸出液中のニッケル及びコバルトの濃度を精確かつ迅速に分析することが困難な場合があることから、それ以上に硫化剤を添加しても反応溶液中のORPの変動がなくなる時点まで硫化剤を添加することがより好ましい。例えば、硫化ナトリウムを硫化剤として添加した場合、その硫化ナトリウム飽和液のORP値は−400mV程度であることから、そのORP値に基づいて添加することが好ましい。これにより、溶液中に浸出されたニッケルやコバルトを確実に硫化させることができ、これら有価金属を高い回収率で回収することができる。
【0059】
また、硫化工程S7における硫化反応の温度としては、特に限定されるものではないが、70〜95℃とすることが好ましく、80℃程度とすることがより好ましい。硫化反応の温度が70℃未満では、硫化反応速度が遅くなって反応時間が長くなり、一方で温度が95℃より高い場合では、温度を上昇させるためのコストがかかる等の経済的な問題点が多い。
【0060】
ここで、本実施の形態においては、上述したように浸出工程S4においてニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルを添加している。そのため、浸出液中には、ニッケルメタル中に含有される希土類元素が含有されることとなる。希土類元素のうち、ランタン、セリウム、ネオジウム等は、上述したように希土類元素除去工程S5における硫酸複塩沈殿反応によって硫酸複塩を形成させて沈殿回収することができる。しかしながら、ニッケルメタルに含有される希土類元素のうち、イットリウム(Y)は硫酸アルカリと複塩を形成しないため、希土類元素除去工程S5において沈殿回収することができない。希土類元素のイットリウムは、この硫化工程S7における硫化剤とは反応しないものの、水酸化物の形態で沈殿を形成し、その沈殿物がニッケル・コバルト硫化物に混入してしまう可能性があり、硫化物の品質を損なわせる。
【0061】
そこで、本実施の形態においては、この硫化工程S7における硫化反応に用いる酸性溶液のpHを、pH2〜5の範囲に調整する。pHが2より低い場合には、硫化反応によってニッケル・コバルト硫化物の生成が不完全となり、十分な硫化物を得ることができない。一方で、pHが5より高い場合には、イットリウムが水酸化物の形態で沈殿を形成し、硫化物に混入する可能性がある。溶液のpHの調整にあたっては、硫化反応中に、水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウム等を添加して、pH2〜5の範囲に調整する。
【0062】
このように、本実施の形態においては、この硫化工程S7においてpHを調整しながら硫化反応を生じさせることによって、高い浸出率でニッケル及びコバルトを浸出させて得られた浸出液から十分な量のニッケル・コバルト硫化物(硫化澱物)を得ることができるとともに、反応終液(硫化終液)にイットリウムを残存させることができ、品質の良いニッケル・コバルト硫化物を得ることができる。
【0063】
<3.他の実施形態>
本発明は、上述した実施の形態に限れられるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更することができる。
【0064】
(浸出工程において添加する還元効果のある添加剤について)
例えば、上述したように、リチウムイオン電池から回収した正極活物質を浸出処理するに際して添加する金属としては、ニッケル−水素電池から回収したニッケルメタルに限られるものではなく、ニッケル、鉄、亜鉛、アルミニウム等の金属を用いることもできる。また、これらのように、水素よりも電位が卑な金属を用いることに限られるものではなく、還元効果の高い亜硫酸塩等の水溶性還元剤を用いることもできる。
【0065】
(硫化工程について他の実施形態)
また、上述した硫化工程S7では、硫化アルカリによる硫化反応を行う例について説明したが、硫化剤として硫化水素を用いて硫化反応を生じさせるようにしてもよい。すなわち、硫化水素を用いた硫化反応は、浸出工程S4を経て得られた母液を耐圧性を有する加圧容器からなる反応容器に導入し、その反応容器の気相中に硫化水素を含む硫化用ガスを吹き込んで、液相で硫化水素による硫化反応を生じさせる。
【0066】
この硫化水素を用いた硫化反応は、気相の硫化水素濃度に依存する所定の酸化還元電位のもとで、下記(4)式に従って行われる。
MSO + HS ⇒ MS + HSO (4)
(なお、式中のMは、Ni、Coを表す。)
【0067】
前記(4)式の硫化反応の反応容器内の圧力としては、特に限定されるものではないが、100〜300kPaであることが好ましい。また、反応の温度は、特に限定されるものではないが、65〜90℃であることが好ましい。
【0068】
この前記(4)式に基づく硫化反応を行う場合においても、反応溶液のpHを2〜5の範囲に調整しながら行うことを要し、これにより反応終液にYを残存させることができ、品質の良い硫化物を得ることができる。
【実施例】
【0069】
<4.実施例>
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
〔浸出工程〕
リチウムイオン電池を破砕・解砕した後に水で洗浄して得られた電池解体物(Co:56%、Li:7%、F:1.2%)100gを、純水500mlを混合し、温度が80℃になるまで加温した。
【0071】
そして、この溶液中に、pHが1.0〜1.5となるよう硫酸水溶液を添加し、その後pHを一定に保ちながら、ニッケル−水素(Ni−MH)電池(Ni:65%、Co:6%、Mn:3%、Al:1.93%、La:11%、Ce:5%、Nd:2%、Y:1%、Pr:0.4%)から回収した回収物(基板からの剥離物)を、ORP(参照電極:銀/塩化銀電極)500〜550mVになるまで添加し、4時間反応させてスラリーとした。
【0072】
反応終了後のスラリーを、目開き1μmの5C濾紙を用いて濾過し、その濾液と残渣中の各成分をICP発光分光分析装置(SPS3000 SIIナノテクノロジーズ株式会社製)で分析し、浸出率を求めた。表1に浸出液中に含有されている各元素の浸出率を示す。
【0073】
【表1】

【0074】
表1に示されるように、浸出工程において、ニッケル−水素電池から回収した、ニッケルメタルをはじめとする回収物を添加することにより、リチウムイオン電池に含まれる有価金属であるNiを96.7%、Coを94%、Liを97%と、それぞれ高い浸出率で浸出することができた。これは、添加したニッケルメタルの強い還元効果により、リチウムイオン電池に含まれる正極活物質を効果的に分解させることができ、金属イオンとして浸出することができたためであると考えられる。
【0075】
〔希土類元素除去工程〕
次に、上述した浸出工程で得られた浸出液262mlを、回転数300rpmで攪拌しながら65〜70℃になるよう昇温した。その後、脱RE(希土類)剤として硫酸ナトリウム10水塩(NaSO・10HO)を、液中希土類元素合計モル数の1当量分と、さらに反応終液中のNa濃度が6g/lになるように添加し、15分間攪拌して、浸出液中に含まれる希土類元素を沈殿除去させた。反応終了後、サンプルを濾過して濾液にNaSO4を添加し、そのスラリーを、目開き1μmの5C濾紙を用いて濾過した。その濾液と残渣中の各成分をICP発光分光分析装置(SPS3000 SIIナノテクノロジーズ株式会社製)で分析し、沈澱率を求めた。
【0076】
表2に、希土類元素除去反応前の浸出液に含まれる各元素量を示し、表3に、上述した希土類元素除去反応後の浸出液(脱RE終液)に含まれる各元素量を示し、表4に、希土類元素除去(脱RE)反応による脱RE澱物の沈殿率を示す。
【0077】
【表2】

【0078】
【表3】

【0079】
【表4】

【0080】
表2〜4に示されるように、希土類元素除去反応を実施することにより、浸出液中に含まれる有価金属であるニッケル、コバルト、リチウムを沈澱させることなく、イットリウムを除く希土類元素(La,Ce,Nd)を、95%以上沈澱除去することができた。これは、硫化ナトリウム等の硫化アルカリを添加することによって、浸出液中に含まれる希土類元素のみを硫酸複塩として効率的に沈澱除去することができたものと考えられる。
【0081】
〔中和工程・硫化工程〕
次に、希土類元素除去工程で得られた反応終液(前記表3)を中和した上で、ニッケル、コバルトの回収を行った。
【0082】
まず、希土類元素除去工程を経て得られた反応終液227mlを、室温で、回転数300rpmで攪拌しながら、中和剤として8mol/lのNaOH水溶液を添加してpH4に中和した(中和工程)。
【0083】
次に、硫化剤として硫化ナトリウム(NaS)を反応終液中に含まれるニッケル、コバルトの含有量に対して1.1当量添加した。硫化剤添加中は、64重量%の硫酸(H2SO4)水溶液でpHを4に調整した。硫化剤添加終了後、pHを4に維持しながら30分間攪拌を継続して硫化反応を生じさせた。
【0084】
表5に、硫化反応終了時の反応終液(硫化終液)に含まれる各元素量を示し、表6に、硫化反応によって形成された有価金属の硫化沈殿率を示す。また、表7に、硫化反応によって形成された硫化澱物の分析値を示す。
【0085】
【表5】

【0086】
【表6】

【0087】
【表7】

【0088】
表5及び表6に示されるように、pHを4に維持し、ニッケル、コバルトの含有量に対して硫化剤を1.1当量添加することにより、リチウムイオン電池に含まれる有価金属であるニッケル、コバルトを、略完全に硫化澱物として沈殿回収することができた。
【0089】
また、表7からもわかるように、イットリウムを含めた希土類元素を、硫化澱物に混入させることなく、終液中に残存させることができ、品質のよい硫化物を形成させることができた。このことは、硫化反応時において、反応溶液のpHを適切に管理することができたためであると考えられる。
【0090】
〔硫化工程におけるpH及び硫化剤添加量について〕
ここで、硫化工程における硫化反応時のpH及び硫化剤添加量について以下のようにして調べた。
【0091】
まず、上述した硫化反応において、硫化反応時のpHを2.0、3.0、4.0にそれぞれ調整して、溶液中のコバルト濃度を調べた。図2に結果を示す。
【0092】
図2の結果から分かるように、硫化反応溶液のpHを2.0、3.0、4.0のいずれに調整した場合でも、NaSの添加量を多くすることによって、コバルトの硫化物の生成量を高めることができ、溶液中のコバルト濃度を低減させることができた。そして、その中でも、溶液のpHを4.0とした場合には、NaSを約1.1当量添加することによって、溶液中のコバルト濃度を0.01g/l以下にすることができ、他のpH条件よりも少ない硫化剤の添加量で、溶液中の略全てのコバルトを硫化させることができた。
【0093】
次に、より詳細に、硫化剤であるNaSの添加量と溶液中のニッケル及びコバルトの濃度との関係について調べた。具体的には、溶液のpHを4.0とし、NaSの添加量を変化させたときのニッケル及びコバルトの濃度推移を調べた。図3に結果を示す。
【0094】
図3の結果から分かるように、硫化剤であるNaSの添加量を多くすることによって、溶液中のニッケル及びコバルトの濃度を減少させることができた。また、NaSの添加量を1.1当量とすることによって、溶液中に存在する略全てのニッケル及びコバルトの硫化物を生成させることができ、溶液中のニッケル、コバルトの濃度をそれぞれ0.001g/l以下程度まで減少させることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性溶液中に、リチウムイオン電池の正極活物質に含まれるニッケル及びコバルトを浸出させるニッケル及びコバルトの浸出方法であって、
前記酸性溶液中に水素の還元電位よりも卑な還元電位を有する金属を添加して、前記正極活物質からニッケル及びコバルトを浸出させることを特徴とするニッケル及びコバルトの浸出方法。
【請求項2】
前記金属は、ニッケル−水素電池から得られるニッケルメタルであることを特徴とする請求項1記載のニッケル及びコバルトの浸出方法。
【請求項3】
リチウムイオン電池から有価金属を回収する有価金属の回収方法であって、
前記リチウムイオン電池から剥離した正極活物質を、水素の還元電位よりも卑な還元電位を有する金属を添加した酸性溶液に浸漬し、該正極活物質からニッケル及びコバルトを浸出させる浸出工程を含むことを特徴とする有価金属の回収方法。
【請求項4】
前記金属は、ニッケル−水素電池の回収物から得られるニッケルメタルであることを特徴とする請求項3記載の有価金属の回収方法。
【請求項5】
さらに、前記浸出工程で得られた浸出液に硫酸アルカリを添加し、該浸出液中に含まれる希土類元素を硫酸複塩として除去する希土類元素除去工程を有することを特徴とする請求項4記載の有価金属の回収方法。
【請求項6】
前記希土類除去工程を経て得られた母液に硫化剤を添加し、該母液のpHを2〜5に調整の下、前記ニッケル及びコバルトの混合硫化物を形成する硫化工程を有することを特徴とする請求項5記載の有価金属の回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−36420(P2012−36420A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174813(P2010−174813)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】