説明

バルク磁石およびその製造方法

【課題】希土類元素の組成比率がR2Fe14Bの化学量論組成より少ない磁石粉末を用いて比較的低い熱間成形圧力で残留磁束密度Brの高い等方性磁石を製造する。
【解決手段】本発明のバルク磁石の製造方法では、まず、希土類元素R(RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素)の含有量が2原子%以上12原子%以下の組成であるR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の粒子と、希土類元素R’(R’は、Nd、Pr、DyおよびTbからなる群から選択された少なくとも1種の元素)を含有する希土類含有粉末の粒子とが混合した混合粉末であって、前記希土類含有粉末の割合が全体の1質量%以上30質量%以下の範囲にある混合粉末を用意する。この混合粉末を加圧しながら500℃以上850℃以下の温度に加熱して成形し、バルク磁石を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い残留磁束密度(Br)と実用的な固有保磁力(HcJ)を両立するナノ結晶R−Fe−B系磁石組成粉末を原料とした、高性能バルク磁石およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類永久磁石はIT機器、家電、自動車など現代のエレクトロニクス産業に欠かせない基盤材料であり、中でも硬磁性相であるR2Fe14B相を主相とした永久磁石(以下、「R−Fe−B磁石」と称する。)は現在、最も高いエネルギー積を有することで知られている。
【0003】
R−Fe−B磁石は、粉末冶金法により製造された焼結磁石と、磁石粉末を樹脂で成形したボンド磁石に大きく分類される。ボンド磁石は、樹脂成形による高い形状自由度を有し、さらに磁気的に等方性な磁石粉末を採用することで着磁によって種々の磁化パターンが実現できる。このため、ボンド磁石(以下、「等方性ボンド磁石」と称する。)は、情報家電、オフィスオートメーション分野を中心に幅広く適用されている。
【0004】
等方性ボンド磁石に使われる磁石粉末の多くは、単磁区粒子径以下のサイズを有する微細なR2Fe14B相からなる金属組織を有した、いわゆる「R2Fe14B単相磁石」である。近年、小型モータやセンサなどの電子工業製品分野では、残留磁束密度Brの高い磁石が要求されている。このため、従来のR2Fe14B単相磁石とは異なるタイプの磁石として、ナノメートルオーダーのサイズを有する微細なR2Fe14B相と鉄基硼化物やα−Feなどの軟磁性相とが同一金属組織内に存在するナノコンポジット型永久磁石(以下、「ナノコンポジット磁石」と称する。)が開発された。ナノコンポジット磁石では、結晶粒が交換相互作用により磁気的に結合されている。このようなナノコンポジット磁石は、典型的には、原料合金の溶湯を急冷した後、適切な熱処理を行って製造される。このとき、軟磁性相として飽和磁化の高い鉄基硼化物やα−Fe相を微細析出させることで優れた磁石特性、特に高い残留磁束密度を有する組織を形成できる。本出願人は、特許文献1などにTi含有Fe−B系ナノコンポジット磁石を、特許文献2などにTi含有α―Fe系ナノコンポジット磁石を開示している。Ti含有ナノコンポジット磁石は、Tiを含有することにより、製造時にα―Fe相の粗大化が抑制されるため、高い残留磁束密度と実用的な固有保磁力を両立した磁気特性に優れた磁石粉末である。
【0005】
しかしながら、等方性ボンド磁石は樹脂を通常2〜10重量%程度含むため、磁石粉末の残留磁束密度が特に高いα−Fe系ナノコンポジットボンド磁石でも、その残留磁束密度は0.8T程度にとどまるのが現状である。
【0006】
これに対して本出願人らは、Ti含有ナノコンポジット磁石粉末を熱間成形することでフルデンスとなる等方性バルク磁石を特許文献3,4に開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許3264664号公報
【特許文献2】国際公開第2006/064794号
【特許文献3】特開2004−14906号公報
【特許文献4】特許4591633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3,4に開示されているTi含有ナノコンポジット磁石は、比較的Rプアな組成を有している。特許文献3の記載によれば、Ti含有ナノコンポジット磁石の粉末を用いたバルク磁石は、熱間圧縮時に液相が形成されないため、高密度のバルク磁石を形成することが困難であるとされている。特許文献3によれば、磁石粉末の粒度分布を適正化し、磁石粉末間の隙間を小さくすることにより、密度を高めることができるとしているが、それでも、合金真密度の94%(7.1g/cm3相当密度)しか得られていない。また、特許文献3の実施例に記載されているバルク磁石のHcJは315.9kA/mであり、Ti含有ナノコンポジット磁石が有している400kA/mを超える実用的なHcJが得られていない。これはバルク化の際にHcJが低下したためと考えられる。
【0009】
また、特許文献4には、扁平形状のTi含有ナノコンポジット磁石の粉末を用い、磁石粉末粒子を積層させてバルク化することにより、隙間の少ない高密度(合金真密度の96%:7.3g/cm3相当以上)のバルク磁石を得る方法が開示されている。特許文献4によれば、熱間圧縮時に液相が形成されることなく、固相拡散により粉末どうしが結合されている。したがって磁石粉末間の隙間は出来るだけ小さくすることが望ましく、実施例では196〜583MPaの高い成形圧で成形されている。しかしながら、成形圧が高くなると、使用する金型の強度も高めなければならず、費用の高い超硬合金などの材料で金型を製作する必要が生じるため、製造コストの上昇を招く。
【0010】
また、特許文献4の実施例、比較例には、バルク化によるHcJの低下率が示されており、Rの含有量が6〜11.2原子%のRプアな組成を有する磁石においてはバルク化の際にHcJが低下しやすいことが示されている。
【0011】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、その目的は、希土類元素の組成比率がR2Fe14Bの化学量論組成より少ないRプアな合金組成となる磁石粉末を用いて、比較的低い熱間成形圧力で得られる、高い成形体密度と磁石粉末以上のHcJを両立したバルク磁石およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のバルク磁石の製造方法は、希土類元素R(RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素)の含有量が2原子%以上12原子%以下の組成であるR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の粒子と、希土類元素R’(R’は、Nd、Pr、DyおよびTbからなる群から選択された少なくとも1種の元素)を含有する希土類含有粉末の粒子とが混合した混合粉末であって、前記希土類含有粉末の割合が全体の1質量%以上30質量%以下の範囲にある混合粉末を用意する工程と、前記混合粉末を加圧しながら500℃以上850℃以下の温度に加熱して成形し、バルク磁石を形成する成形工程とを含む。
【0013】
ある実施形態では、前記成形工程において、前記バルク磁石の固有保磁力HcJを前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末の固有保磁力HcJ以上にする。
【0014】
ある実施形態において、前記希土類含有粉末の粒子は、希土類元素R’の金属から形成されている。
【0015】
ある実施形態において、前記希土類含有粉末の粒子は、希土類元素R’の金属および希土類元素R’と他の元素との化合物の混相である合金から形成され、前記合金の固相線温度が希土類元素R’の融点以下である。
【0016】
ある実施形態において、前記希土類含有粉末の粒子は、希土類元素R’と他の元素との化合物からなる合金から形成され、前記合金の固相線温度が850℃以下である。
【0017】
ある実施形態において、前記混合粉末を用意する工程は、前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末を用意する工程と、前記希土類含有粉末を用意する工程と、前記希土類含有粉末の割合が全体の1質量%以上30質量%以下の範囲になるように前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末と前記希土類含有粉末とを混合する工程とを含む。
【0018】
ある実施形態において、前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末は、組成式T100-x-y-z(B1-qqxyz(Tは、Fe、CoおよびNiからなる群から選択された少なくとも1種の元素であって、Feを必ず含む元素、RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素、Mは、Al、Ti、Cu、Zr、およびNbからなる群から選択された1種以上の元素)で表現され、組成比率x、y、z、およびqが、それぞれ、2≦x≦25原子%、2≦y≦12原子%、0≦z≦10原子%、0≦q≦0.5を満足する組成を有する。
【0019】
ある実施形態において、前記希土類含有粉末は、組成式Z100-x-yxR’y(Zは、Al、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、およびAgからなる群から選択された1種以上の元素、Qは、BおよびCからなる群から選択された1種以上の元素)で表現され、組成比率x、yが、それぞれ、0≦x<100原子%、0<y≦100原子%を満足する組成を有する。
【0020】
ある実施形態において、前記成形工程は、前記混合粉末に50MPa以上196MPa以下の範囲で圧力を印加する工程を含む。
【0021】
本発明のバルク磁石は、希土類元素R(RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素)の含有量が2原子%以上12原子%以下の組成であるR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の粒子と、希土類元素R’(R’は、Nd、Pr、DyおよびTbからなる群から選択された少なくとも1種の元素)を含有する希土類含有粉末の粒子とが結合した組織を有する。
【0022】
ある実施形態において、前記バルク磁石は磁気的等方性を有する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、特定のR’含有粉末を混合して熱間圧縮成形することにより、Rプアな磁石粉末を用いても、比較的低い成形圧力で、高い成形体密度と磁石粉末以上のHcJを両立した、高性能の等方性バルク磁石を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に好適に使用され得る成形装置の構成例を示す図である。
【図2】FE−SEM装置で観察した本発明のバルク磁石(実施例1のNo.1)内部の反射電子像である。
【図3】本発明のバルク磁石における拡散相の拡散過程を観察した反射電子像である。
【図4】本発明のバルク磁石(実施例1のNo.1)内部および比較例1のNo.59、比較例2のNo.73のバルク磁石内部の反射電子像である。
【図5】本発明のバルク磁石(実施例1のNo.1)内部における微細金属組織のTEM写真である。
【図6】本発明のバルク磁石(実施例1のNo.1)において、プレス軸に平行および垂直に磁場印加した場合の減磁曲線である。
【図7】本発明によるバルク磁石の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明者は、希土類元素Rの含有量が比較的少ないR−Fe−B系急冷合金磁石粉末をそのまま加熱しながら加圧成形するのではなく、特定の希土類元素R’を含有する希土類含有粉末の粒子と混合した状態で加熱しながら加圧成形してバルク化すると、バルク化によるHcJの低下は全くなく、逆にバルク磁石のHcJは磁石粉末のHcJよりも向上した高密度のバルク磁石を形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0026】
ナノコンポジット磁石は、希土類焼結磁石などの主相結晶粒が粒界相によって仕切られた核発生型の保磁力発現機構を有する磁石とは異なり、主相の結晶粒径が単磁区結晶粒径以下であることにより単磁区の各結晶粒が交換相互作用により結びつき保磁力を発現する、微細結晶型の磁気特性発現機構を有する磁石である。このため、希土類焼結磁石などで保磁力向上のために行われる熱処理によるR拡散は、ナノコンポジット磁石に対しては結晶粒の粗大化を招くだけで保磁力向上には寄与しないと考えられていた。しかしながら、本発明者が、ナノコンポジット磁石などのRプアなR−Fe−B系急冷合金磁石粉末を特定のR’含有粉末の粒子と混合し、加熱しながら加圧成形すると、R’がR−Fe−B系急冷合金磁石粉末内部に拡散し、ナノ結晶組織を有する拡散相が形成され、成形後のバルク磁石は磁石粉末よりもHcJが向上していた。
【0027】
一方、R’含有粉末がR’金属からなる場合、その融点は、通常、1000℃を超える。例えばNdの融点は1024℃である。成形温度である500℃以上850℃以下の温度では、Nd金属粉末は液相化しないため、Nd金属の粉末をR−Fe−B系急冷合金磁石粉末と混合して成形したとしても、バルク磁石の緻密化には寄与しないと予想された。しかし、本発明者が実際に試みてみると、意外にも、200MPaを下回る圧力で磁気的等方性を有する緻密なバルク磁石を形成することができ、また得られたバルク磁石は、プレス中に結晶が著しく粗大化することも無く、ナノ結晶組織を有していた。
【0028】
これは、加圧下でNd金属粉末粒子とR−Fe−B系急冷合金磁石粉末粒子とが接触すると、その接触界面において、NdとFeとの合金化が生じ、その固相線温度が850℃よりも低下するためではないかと推察される。したがって、Ndを含有する粉末粒子がNd相とNdとNd以外の元素の化合物の混相から形成されている場合(例えば、Nd80Al20はαNd相とAlNd3相の混相)にも、その合金の固相線温度がNdの融点よりも低ければ、Ndを含有する粉末粒子に含まれるNd相が液相化し、上記と同様の効果を発揮する。しかし、後に説明するように、Ndを含有する粉末粒子が、Nd以外の元素を含有する化合物からなるNd合金から形成されている場合(例えば、Nd60Al40はAlNd相とAlNd2相の混相)は、その合金の固相線温度が850℃よりも低い必要がある。希土類含有粉末の粒子が希土類元素R’と他の元素との合金である場合は、混合粉末を加圧しても、NdとFeとの直接的な接触の機会が生じず、その合金化が進行しにくいためと考えられる。
【0029】
なお、本明細書における固相線温度は、平衡状態図が入手できる場合にはそれを用いて読み取ればよい。平衡状態図は、例えば「Binary Alloy Phase Diagrams, II Ed., Ed. T.B. Massalski,1990,1, 181-182,Gschneidner K.A. Jr.」から入手できる。また、示差熱分析(DTA)や示差走査熱量分析(DSC)などを用いて測定によって求めてもよい。具体的には示差熱分析(DTA)や示差走査熱量分析(DSC)にて加熱過程において吸熱反応が始まる温度を測定する。ただし、試料によっては液相の生成による吸熱反応よりも低温において、固相−固相変態による吸熱反応が見られる場合もあるため、加熱前後の試料の組織観察により液相が生成していることを確認する。
【0030】
以下、図7を参照しながら、本発明のバルク磁石の製造方法の概略を説明し、その後に、実施形態を詳細に説明する。
【0031】
本発明のバルク磁石の製造方法では、まず、図7に示すステップAで、希土類元素Rの含有量が2原子%以上12原子%以下の組成であるR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の粒子と、希土類元素R’を含有する希土類含有粉末の粒子とが混合した混合粉末を用意する。希土類元素R’は、Nd、Pr、DyおよびTbからなる群から選択された少なくとも1種の元素である。ここで、希土類元素R’を含有する希土類含有粉末(以下、「R’含有粉末」と称する)は、好ましくは、希土類元素R’の金属から形成されているか、あるいは、希土類元素R’と他の元素との合金から形成されている。この希土類元素R’と他の元素との合金の固相線温度は、合金がR’相とR’と他の元素との化合物相から形成されている場合、希土類元素R’の融点以下であり、合金がR’と他の元素との化合物相から形成されている場合、850℃以下である。この混合粉末中において、希土類元素R’含有粉末の割合は、全体の1質量%以上30質量%以下の範囲にある。希土類元素Rは、希土類元素R’を含み得るため、希土類元素Rおよび希土類元素R’を総称して単に「R」と称する場合がある。
【0032】
上記のステップAは、図7に例示するように、R−Fe−B系急冷合金磁石粉末を用意する工程(ステップa1)と、希土類元素R’を含有する希土類含有粉末を用意する工程(ステップa2)と、それらを混合する工程(ステップa3)を含んでいてもよい。また、ステップAは、R−Fe−B系急冷合金磁石と希土類元素R’を含有する金属または合金を用意する工程(ステップa4)と、これらを一緒に粉砕する工程(ステップa5)とを含んでいてもよい。
【0033】
次に、図7に示すステップBにおいて、上記の混合粉末を加圧しながら500℃以上850℃以下の温度に加熱して成形することにより、バルク磁石を形成する成形工程を行う。この成形工程において、バルク磁石の固有保磁力HcJをR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の固有保磁力HcJ以上にすることができる。
【0034】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0035】
[急冷合金磁石粉末]
本発明のバルク磁石の製造方法において、急冷合金磁石粉末は、上述したように、希土類元素Rの含有量が2原子%以上12原子%以下の組成を有している。このような急冷合金磁石粉末は、特許文献3〜4記載の磁石粉末に比べてRプアな組成であり、バルク化の際に液相を生成しにくい。このため、急冷合金磁石粉末単独では高密度化が困難である。
【0036】
代表的なRプアな急冷合金磁石粉末としては、特許文献1や2に記載のTi含有ナノコンポジット磁石粉末があげられる。Ti含有ナノコンポジット磁石粉末は、Ti添加により高い残留磁束密度と実用的な固有保磁力を両立した磁気特性に優れた磁石粉末である。もちろん、急冷合金磁石粉末は、Ti含有ナノコンポジット磁石粉末に限られず、その他のナノコンポジット磁石粉末や、単相系の急冷磁石粉末であっても、Rの含有量が上記範囲であれば、使用できる。
【0037】
典型的には、組成式T100-x-y-zxyzで表現される。ここでTは、Fe、CoおよびNiからなる群から選択された少なくとも1種の元素であって、Feを必ず含む元素である。QはB(硼素)またはB+C(炭素)であり、B1-qqで表現される。RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素である。Mは、Al、Ti、V、Cu、Zr、Nb、からなる群から選択された1種以上の元素である。上記の組成式におけるここでRの組成比率yは2≦y≦12原子%である。また、その他の組成比率x、z、およびqは、それぞれ、2≦x≦25原子%、0≦z≦10原子%、0≦q≦0.5を満足することが好ましい。
【0038】
希土類元素Rの組成比率yが2原子%未満ではR2Fe14B相が十分生成せず、有効なHcJが発現しないため、実用的な永久磁石とならない。また、Rの組成比率yが12原子%を越えると、熱間成形工程で磁気配向するため、異方化してしまい、実用上、永久磁石として使用しづらくなる。このため、Rの組成比率yは2原子%〜12原子%の範囲とする。組成比率yは、4原子%〜12原子%であることが好ましく、6原子%〜12原子%であることが更に好ましい。
【0039】
Qの組成比率xが2原子%未満になると、R2Fe14B相が生成せず、R2Fe17相や粗大なα―Fe相が生成しやすくなるため、HcJが発現せず、永久磁石とならない恐れがある。また、組成比率xが25原子%を超えると、減磁曲線の角形比が著しく低下しBrが低下する恐れがあるので好ましくない。このため、組成比率xは、2原子%〜25原子%の範囲とするのが好ましく、4原子%〜20原子%であることがより好ましく、5原子%〜18.5原子%であることが更に好ましい。
【0040】
QはB(硼素)またはB+C(炭素)である。Bの一部をCで置換すると急冷合金のアモルファス生成能が向上する場合があり、粉末の急冷組織を制御するのに有効である。Cの置換比率qが50%を超えると、磁気特性が劣化するおそれがあるため、炭素置換量qの上限は50%とする。Cの置換比率qは、40%以下であることがより好ましく、30%以下であることが更に好ましい。
【0041】
Feを必須元素として含む遷移金属Tは、上述の元素の含有残余を占める。Feの一部をCoおよびNiの一種または二種で置換しても、所望の硬磁気特性を得ることができる。ただし、Feに対する置換量が50%を超えると、高い残留磁束密度Brが得られないため、置換量は0%〜50%の範囲に限定される。
【0042】
なお、Feの一部をCoで置換すると、減磁曲線の角形性が向上する効果と、R2Fe14B相のキュリー温度が上昇して耐熱性が向上する効果が得られる。また、急冷合金磁石粉末用急冷合金作製の際、メルトスピニング法およびストリップキャスト法等の液体急冷法において、合金溶湯の粘性が低下する。溶湯の粘性低下は、液体急冷プロセスを安定させる利点がある。CoによるFeの置換比率は0.5%〜15%であることが好ましい。
【0043】
Al、Ti、Cu、Zr、V、およびNbからなる群から選択された1種以上の元素Mを加えてもよい。このような元素の添加により、磁気特性が更に向上する効果を得ることが可能である。また、最適熱処理温度域を拡大する効果も得られる。ただし、これらの元素Mの添加量が10原子%を超えると、磁化の低下を招くため、Mの組成比率zは0原子%〜10原子%に限定される。組成比率zは、0原子%〜5原子%であることが好ましい。また、磁気特性に悪影響を与えない範囲で、Si、Cr、Mn、Zn、Ga、Mo、Ag、Hf、Ta、W、Pt、Au、Pbなどの元素が添加されていてもよい。
【0044】
急冷合金磁石粉末は、メルトスピニング法やストリップキャスト法、アトマイズ法などの公知の液体急冷法により得られた急冷凝固合金を用いて作製される。
【0045】
急冷凝固合金を構成する金属組織は、アモルファス相のみであっても、アモルファス相と結晶相の混相であっても、結晶相のみであってもよいが、結晶粒径300nm以下、含有率20体積%以上の硬磁性相R2Fe14Bを含んでいることが好ましい。さらに、アモルファス相、R2Fe14B相以外に、平均結晶粒径1nm〜50nmのα−Fe相、Fe−B相のうち少なくとも1相以上の軟磁性相を含んでいてもよい。
【0046】
得られた急冷凝固合金は、バルク磁石を作製しやすいよう、粉砕してもよい。特に、メルトスピニング法やストリップキャスト法で作製した急冷凝固合金は薄帯状になっていることが多く、数mmから数十mm程度に破断した後、例えばパワーミル、ローラーミル、ピンディスクミル装置で約1mm以下になるまで粉砕することが好ましい。さらに、850μm以下の粒子径を95重量%以上含んでいることが好ましい。
【0047】
本発明では、上記急冷凝固合金の粉砕粉を急冷合金磁石粉末として、そのままバルク化に用いてよく、急冷合金磁石粉末の熱処理は必須でないが、熱処理により結晶質相の体積比率を増加させ、さらには完全に結晶化させてもよい。熱処理する場合、急冷凝固合金の粉末に対する結晶化のための熱処理をアルゴンガス、窒素ガスなどの不活性ガス流気雰囲気、あるいは不活性ガス減圧雰囲気で実行することが好ましい。0.1kPa以下の真空中で熱処理を行っても良い。この熱処理工程における昇温速度は0.5℃/秒〜10℃/秒の範囲に調節し、500℃以上800℃以下の温度に到達させた後、500℃以上800℃以下の温度で30秒以上20分以下の時間保持し、やがて室温まで冷却することが好ましい。上記熱処理温度が500℃未満になると、急冷凝固合金中のアモルファス相を結晶化できず、所望の磁気特性が得られないおそれがある。また、熱処理温度が800℃を超えると、結晶粒の過度の成長により磁気特性が著しく劣化するおそれがある。熱処理温度は、550℃〜780℃であることがより好ましく、580℃〜750℃であることが更に好ましい。結晶化熱処理時の昇温速度については0.5℃/秒未満では均一な微細金属組織が得られない。また、昇温速度の上限における、均一な微細金属組織を得るための制限は特にないが、昇温速度が速くなりすぎると到達温度に達してからその温度で安定させるまでに時間がかかるため、熱処理装置設計上、温度上昇0.5℃/秒以上10℃/秒以下であることが好ましい。より好ましくは1℃/秒以上7℃/秒以下が良く、さらに好ましくは1℃/秒以上6℃/秒以下が良い。保持時間の長短はそれほど重要ではないが、再現性の高い熱処理を安定的に実行するためには、保持時間を1分以上に設定することが好ましい。熱処理後、例えば上記の粉砕装置でさらに粉末粒度を調整してもよい。
【0048】
[R’含有粉末]
本発明のバルク磁石の製造方法において、R’含有粉末は、R’含有粉末を形成する合金の固相線温度が、合金がR’相とR’と他の元素との化合物相から形成されている場合、希土類元素R’の融点以下であり、合金がR’と他の元素との化合物相から形成されている場合、850℃以下となる組成を有している。ここで、固相線温度は、示差熱分析(DTA)や示差走査熱量計(DSC)などを用いて求めてもよいし、例えば「Binary Alloy Phase Diagrams, II Ed., Ed. T.B. Massalski,1990,1,,181−182,Gschneidner K.A. Jr.」などに記載の二元系状態図から読み取ることもできる。
【0049】
このようなR’含有粉末は、Rの融点より低い温度で液相化しやすいので、R’含有粉末を構成する(R’必須の)元素が、隣接する急冷合金磁石粉末内部へ拡散しHcJの高い拡散相を形成しやすくなるため、拡散相を介して緻密化が進行する、バルク磁石のHcJが高められる、といった効果が期待できる。
【0050】
R’含有粉末の組成は、組成式Z100-x-yxyで表現される(組成比率x、yは、それぞれ、0≦x<100原子%、0<y≦100原子%)。
【0051】
ここで、Zは、Rとの合金化により、低い温度で液相化しやすいAl、Si、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Sr、Zr、Nb、Mo、Ag、In、Sn、Sb、Hf、Ta、W、Pt、Au、Pb、およびBiからなる群から選択された1種以上の元素が挙げられ、中でも、Al、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、Agが好ましい。
【0052】
RはNd、Pr、Dy、およびTbのうち少なくとも1種の希土類元素(不可避に含有される場合は除く)である。
【0053】
BおよびCからなる群から選択された1種以上の元素であるQを含んでいてもよい。Qは元素の組み合わせによっては必須でないが、R’含有粉末にQを含む場合、Q、Rの組成比率x、yはそれぞれ2<x<10原子%、20≦y<100原子%であることが好ましく、3<x<10原子%、50≦y<100原子%であることがさらに好ましい。QはBが主体であることが好ましい。より具体的には、Bに対するCの重量比率は50%以下であることが好ましく、30%以下であることがさらに好ましい。
【0054】
R’含有粉末を得るための合金は、高周波溶解、アーク溶解といったインゴットを作製する溶解法で作製してもよいし、急冷合金磁石粉末と同様に、液体急冷法で作製してもよい。ただし、インゴットの場合、粉末粒子にするための粉砕エネルギーを高くする必要があり、また、溶湯冷却速度が遅く均一冷却が困難なため、インゴット内で組成ムラが生じる恐れもある。したがって、液体急冷法にて作製するのが好ましい。例えば上述のようなメルトスピニング法、ストリップキャスト法、アトマイズ法により作製できる。
【0055】
液体急冷法で作製する場合、得られたR’含有粉末用急冷凝固合金は、バルク磁石を作製しやすいよう、粉砕してもよい。特に、メルトスピニング法やストリップキャスト法で作製したR’含有粉末用急冷凝固合金は薄帯状になっていることが多く、数mmから数十mm程度に破断した後、例えばパワーミル、ローラーミル、ピンディスクミル装置で約1mm以下になるまで粉砕することが好ましい。さらに、850μm以下の粒子径を95重量%以上含んでいることが好ましい。
【0056】
本発明では、上記合金の粉砕粉をR’含有粉末として、そのままバルク化に用いてもよく、R’含有粉末の熱処理は必須でないが、均質化処理を目的とした熱処理を施してもよい。熱処理をアルゴンガス、窒素ガスなどの不活性ガス流気雰囲気、あるいは不活性ガス減圧雰囲気で実行することが好ましい。0.1kPa以下の真空中で熱処理を行っても良い。この熱処理工程における最高到達温度はR’含有粉末を形成する合金の固相線温度未満で実施するのが好ましい。固相線温度以上で熱処理すると、液相成分が生成することで粉末粒子が焼結されてしまったり、冷却後、粉末粒子内に液相成分が偏析してしまう恐れがある。熱処理後、例えば上記の粉砕装置でさらに粉末粒度を調整してもよい。
【0057】
R’含有粉末の金属組織に規定はなく、アモルファス相のみ、アモルファス相と結晶相の混相、結晶相のみ、であってもよい。また、結晶相が生成している場合、結晶粒径に特段の規定はない。
【0058】
[混合粉末]
上記のようにして得られた、急冷合金磁石粉末とR’含有粉末を、混合粉末中におけるR’含有粉末の割合が全体の1質量%以上30質量%以下の範囲となるように混合して混合粉末を作製する。R’含有粉末の割合が全体の1質量%未満では、加熱しながら加圧成形した際に、急冷合金磁石粉末中にR'元素が拡散する領域が少なく、HcJ向上効果が十分でない。また、R’含有粉末の割合が全体の30質量%を超えると、急冷合金磁石粉末中に拡散せずにR'相またはR'化合物相として残存するR'が存在するため、バルク磁石のBrが低くなる。混合は、例えば、水平回転円筒型、偏心回転円筒型、ダブルコーン型、ピラミッド型、S型、V型およびY型混合機などを用いることができる。粉末投入、取出し操作、あるいは装置内清掃の容易性といった観点から、V型混合機やダブルコーン型混合機を使用することが好ましく、大気中、あるいはArガスや窒素ガスといった不活性ガスで封入した混合室内に所定量の急冷合金磁石粉末とR’含有粉末を投入し、10から25rpm程度の回転数で混合室を回転させることで各粉末を混合するようにして行えばよい。また、上記型の混合室は回転させず、混合室内に粉末混合のためのスクリューを配置し、スクリューを回転させることで粉末を混合してもよい。
【0059】
混合粉末の作製方法は、この例に限定されず、図7を参照しながら説明したように、2種類の原料合金を一緒に粉砕することにより、2種類の粒子が混合した混合粉末を作製してもよい。
【0060】
[熱間圧縮成形]
上記の混合粉末を得た後、加熱しながら加圧することにより、粉末粒子どうしが直接に結合した、あるいは拡散相を介して結合したバルク磁石を製造する。このような成形は、例えば図1に示すホットプレス装置によって好適に実現可能である。
【0061】
図1の装置は、本発明の実施形態で好適に用いられるホットプレス装置の金型構成を示す図である。この装置は、内側にスリーブ51を設けた超硬合金製もしくはカーボン製のダイ52と、超硬合金もしくはカーボン製の上下パンチ53、54とを備えており、スリーブ51で囲まれた貫通孔の上部から上パンチが挿入され、貫通孔の下部から下パンチが挿入される。粉末に対する加熱は、装置の真空槽内部に設けられたヒータ(不図示)によって行われる。
【0062】
図1の金型内に粉末を充填してホットプレス装置に設置する。その後、上下のパンチ間距離を小さくする方向にパンチ53、54を駆動し、粉末に対して1軸方向圧力を印加しながら加熱を行う。温度制御は、熱電対で実測されるスリーブ温度に基づいて行われる。加圧時の圧力は、例えば50MPa〜196MPaの範囲内、加圧時の温度は、例えば500〜850℃の範囲内、加圧時間は、例えば1秒〜60分の範囲内に設定される。加圧時の温度は、好ましくは600〜800℃の範囲内、より好ましくは700〜800℃の範囲内に設定され得る。
【0063】
なお、バルク磁石を得るための成形装置は、図1に示す装置に限定されず、プラズマ焼結装置や他の成形装置を用いても良い。
【0064】
[バルク磁石]
上記の製造方法により作製したバルク磁石は、急冷合金磁石粉末を主体とする金属組織と、R’含有粉末の元素成分が急冷合金磁石粉末内へ拡散した金属組織との混合組織を有している。
【0065】
図2は後述の実施例におけるバルク磁石内部のSEM写真である。明るく見える領域(白っぽい色、薄い灰色)は重元素を多く含んでいることを示しており、図2においてはNd濃度が高いことを表している。EDXを用いた元素濃度分析結果と合わせ、濃い灰色領域は熱間圧縮の前に急冷合金磁石粉末であった部分を主体とする金属組織を、薄い灰色領域はR’含有粉末に含まれていた元素が急冷合金磁石粉末内に拡散した拡散相を、白っぽい色領域は熱間圧縮の前にR’含有粉末であった部分を主体とする金属組織と考えられる。
【0066】
図3は後述の実施例において、ホットプレス時間を変えた場合のバルク磁石内部のSEM写真である。保持時間が0.5分でも拡散相が存在し、保持時間の増加とともに拡散相が急冷合金磁石粉末内部へ浸透し、さらに保持時間が増加すると拡散相が粉末粒子間に広がり、各粉末どうしのみだけでなく、拡散相を介して粉末粒子どうしが結合している。
【0067】
一方、図4は図2と同じ条件で作製した比較例におけるバルク磁石内部のSEM写真である。本願バルク磁石のように、拡散相を介した粉末粒子どうしの結合がないため、図2に比べて空隙が多く、そのため所望の磁気特性が得られない。なお、黒色領域は空隙を表している。拡散相の厚みは0.5μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましい。
【0068】
図5は図2で示したバルク磁石内部写真において、薄い灰色領域、薄い灰色領域と濃い灰色領域の境界近傍、濃い灰色領域の三箇所をTEMにより観察した金属組織写真である。薄い灰色領域である拡散相は濃い灰色領域である急冷合金磁石粉末に比べて結晶粒径が大きい。TEM写真左上および右上の像は観察エリアにおける電子回折像を示してしている。元素濃度分析、電子回折像から拡散相はNd2Fe14B相と判断でき、化学量論組成よりNdリッチである。本発明のバルク磁石における拡散相はRリッチな平均結晶粒径5nm〜300nmのR2Fe14B相を主体とする結晶相であることが好ましい。
【0069】
本発明のバルク磁石は上述のとおり、RリッチなR2Fe14B相を主体とする拡散相が形成されていることが特徴である。
【0070】
特許文献3〜4のような、液相成分が生成するNd2Fe14B型結晶相を含む磁石粉末粒子の場合、熱間プレス成形において、プレス方向にNd2Fe14B型結晶相が磁気配向する、という問題があるが、本発明では、例えば図6に示すように、NdプアなNd8.6Pr0.1Fe84.36Ti1原子%急冷凝固合金粉末に対して、700℃近傍に液相温度を持つNd75Fe25原子%合金粉末を5質量%添加してホットプレスした場合、プレス軸平行方向と垂直方向の減磁曲線が重なっており、磁気配向のない等方性バルク磁石作製が可能となる。
【0071】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0072】
(実施例1、比較例1)
Nd8.6Pr0.1Fe84.36Ti1原子%組成の合金インゴットを用意し、メルトスピニング装置で薄帯幅1〜3mm程度、薄帯厚み30〜40μm程度の薄帯を得た。この薄帯を、約425μm以下、250μm以下に粉砕することで急冷合金磁石粉末を作製した。
【0073】
表1〜3の組成になるよう元素配合した原料を出湯ノズルに投入し溶解して、溶湯を出湯ノズル先端に設けられたオリフィスからその真下に配置されている冷却ロール表面上に噴射することで急冷凝固薄帯を作製した。その後、この急冷凝固薄帯を150μm以下に粉砕することでR’含有粉末を作製した。表1、3のR’含有粉末の固相線温度は、※印のものは示差熱分析装置を用いて測定し、その他は平衡状態図より読み取った。なお、粉砕は窒素ガス雰囲気のグローブボックス内で行い、粉砕羽が高速回転する小型の粉砕機を使用した。
【0074】
用意した急冷合金磁石粉末およびR’含有粉末を、表1〜3に記載の割合で配合した後、V字型の撹拌容器内に粉末を投入して、30分間回転させることで混合粉末を作製した。表1、2は実施例1の作製条件、表3は比較例1の作製条件を示す。
【0075】
混合粉末に対して、図1に示すようなホットプレス装置で加圧成形を行った。加圧力は98MPaおよび196MPa、加圧時の温度は700℃および750℃、加圧時間は1分および10分であった。成形によって得られたバルク磁石は、直径8mm、長さ9mmのサイズを有する円柱形状を有していた。表1、2および表3の右側には、それぞれ、実施例1および比較例1のバルク磁石の磁気特性が記載されている。
【0076】
急冷合金磁石粉末のHcJを評価するため、600℃から700℃の範囲で熱処理を施して磁気特性測定した結果、Br=1.01T、HcJ=509kA/m、(BH)max=133kJ/m3であった。
【0077】
表1、2のとおり、実施例1のバルク磁石のHcJはすべて急冷合金磁石粉末のHcJより高くなり、90kJ/m3を超える高い(BH)maxも得られた。一方、表3のとおり、比較例1では急冷合金磁石粉末より低いHcJしか得られなかった。
【0078】
【表1】

【0079】
【表2】

【0080】
【表3】

【0081】
(実施例2、比較例2)
R’含有粉末を添加した場合(実施例2)とR’含有粉末を添加しない場合(比較例2)との違いを調べた。表4は実施例2、表5は比較例2の作製条件を示す。なお、実施例2で用いたR’含有粉末(Nd80Co20)の平衡状態図における固相線温度は625℃である。
【0082】
実施例1、比較例1と同様の工程で急冷合金磁石粉末およびR’含有粉末を作製した。ただし、実施例2のNo.63〜70については600℃〜700℃の範囲で熱処理を施したものを急冷合金磁石粉末とした。実施例2については、実施例1と同様の工程で混合粉末を作製した。比較例2では、急冷合金磁石粉末にR’含有粉末を添加しなかった。
【0083】
混合粉末(実施例2)、急冷合金磁石粉末のみ(比較例2)に対して、図1に示すようなホットプレス装置で加圧成形を行った。加圧力は98MPaおよび196MPa、加圧時の温度は700℃、加圧時間は10分であった。成形によって得られたバルク磁石は、直径8mm、長さ9mmのサイズを有する円柱形状を有していた。表4および表5の右側には、それぞれ、実施例2および比較例2のバルク磁石の磁気特性が記載されている。
【0084】
急冷合金磁石粉末のHcJを評価するため、600℃から700℃の範囲で熱処理を施して磁気特性測定し、表6に示す結果を得た。表6は、急冷合金磁石粉末の組成と、その粉末が有する磁気特性とを示す。
【0085】
表4のとおり、実施例2では表6に記載の急冷合金磁石粉末のHcJより高いHcJが得られ、90kJ/m3を超える高い(BH)maxも得られた。一方、表5のとおり、比較例2では急冷合金磁石粉末より低いHcJしか得られなかった。
【0086】
【表4】

【0087】
【表5】

【0088】
【表6】

【0089】
(実施例3、比較例3)
同一のホットプレス条件で作製した、実施例1のNo.1、比較例1のNo.59および比較例2のNo.73について、バルク磁石内部の組織観察を行った。
【0090】
図2はFE−SEM装置で観察した本発明バルク磁石内部の反射電子像である。図2の左側に位置する上下のSEM像は、それぞれ、右側に示すSEM像の2つの矩形の観察エリアを拡大した像である。観察像において、明るく見える領域ほど重元素を多く含んでいることを示しいる。すなわち、図2の像の明るく見える領域は、Nd濃度が高い領域である。観察エリアの一部を拡大した図2の左側の像内の領域a〜cについて、EDX(エネルギー分散型X線分光)を用いた元素濃度分析を行った。表7に、その測定結果を示す。表7に示すように、薄い灰色領域aは拡散相を、白っぽい色領域bはR’含有粉末を主体とする金属組織を、濃い灰色領域cは急冷合金磁石粉末を主体とする金属組織を有していることがわかる。
【0091】
図3は、実施例1のNo.1と同じ混合粉末、同じ成形圧、同じ成形温度において、ホットプレス時間を変えた場合のバルク磁石内部のSEM像(反射電子像)である。図2の分析結果をふまえると、保持時間が0.5分でも拡散相が存在していることがわかる。保持時間の増加とともに拡散相が急冷合金磁石粉末内部へ浸透し、さらに保持時間が増加すると、拡散相が粉末粒子間に広がった。このように、各粉末どうしのみだけでなく、拡散相を介して粉末粒子どうしが結合しているため、緻密化が進むものと考えられる。表8は、各保持時間での密度および磁気特性を示している。
【0092】
図4は実施例1のNo.1、比較例1のNo.59および比較例2のNo.73におけるバルク磁石内部をFE−SEM装置で観察した反射電子像である。比較例1のNo.59における薄い灰色領域はR’含有粉末(Nd30Al70原子%)である。比較例2のNo.73の薄い灰色領域は急冷合金磁石粉末に含まれるPrが濃縮した領域であり、Pr2Fe14B相を形成している。比較例1のNo.59はR’含有粉末がないため、また比較例2のNo.73は粉末粒子があるもののNdを必須とする元素の拡散がないため、拡散相を介して粉末粒子どうしの結合に寄与する拡散相が生成する本発明バルク磁石に比べ空隙が多く、所望の磁気特性が得られないと考えられる。なお、図2〜図4において、黒色領域は空隙を表している。
【0093】
【表7】

【0094】
【表8】

【0095】
実施例1のNo.1におけるバルク磁石内部の詳細な金属組織を調査するため、濃淡の違う領域についてTEMによる金属組織観察を実施した。
【0096】
図5は、図2で示したバルク磁石内部写真において、薄い灰色領域、薄い灰色領域と濃い灰色領域の境界近傍、濃い灰色領域の三箇所をTEMにより観察した金属組織写真である。FE―SEM像においてA−A’の部分を赤い矢印の方向から観察したものがTEM明視野像である。薄い灰色領域である拡散相は50〜300nm程度の結晶粒径を有し、濃い灰色領域である急冷合金磁石粉末は10〜50nm程度の結晶粒径を有した。また、境界近傍は、薄い灰色領域の拡散相は40〜120nmの結晶粒径、濃い灰色領域の急冷合金磁石粉末は20〜80nmの結晶粒径を有した。TEM写真左上および右上の像は観察エリアのうち、直径750nmの領域における電子回折像を示してしている。元素濃度分析、電子回折像から拡散相は化学量論組成よりNdリッチなNd2Fe14B相と判断できる。
【0097】
(実施例4)
本実施例のバルク磁石が等方性磁石であるか評価するため、実施例1のNo.1のバルク磁石を、5mm角に加工し、プレス軸平行方向と垂直方向に磁場を印加して磁気特性を測定した。
【0098】
図6は、磁場方向に印加した場合の本バルク磁石の減磁曲線を示すグラフである。プレス軸平行方向と垂直方向の減磁曲線が重なっており、磁気配向のない等方性バルク磁石であることが示された。
【0099】
(実施例5)
表9に示す条件でバルク磁石を作製した。実施例5と実施例1との間にある主な相違点は、成形条件である。本発明における成形工程は、前述したように、500℃以上850℃以下の温度範囲で実行することができるが、特に600℃以上800℃以下の温度範囲で好ましい磁石特性が得られた。
【0100】
【表9】

【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明のバルク磁石は、希土類元素の組成比率がR2Fe14Bの化学量論組成より少ないRプアな合金組成となる磁石粉末を用いて比較的低い熱間成形圧力で得られるため、残留磁束密度Brの高い等方性磁石として小型モータやセンサなどの電子工業製品分野などで好適に利用され得る。
【符号の説明】
【0102】
51 スリーブ
52 ダイ
53 上パンチ
54 下パンチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素R(RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素)の含有量が2原子%以上12原子%以下の組成であるR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の粒子と、希土類元素R’(R’は、Nd、Pr、DyおよびTbからなる群から選択された少なくとも1種の元素)を含有する希土類含有粉末の粒子とが混合した混合粉末であって、前記希土類含有粉末の割合が全体の1質量%以上30質量%以下の範囲にある混合粉末を用意する工程と、
前記混合粉末を500℃以上850℃以下の温度に加熱しながら加圧して成形し、バルク磁石を形成する成形工程と、
を含む、バルク磁石の製造方法。
【請求項2】
前記成形工程において、前記バルク磁石の固有保磁力HcJを前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末の固有保磁力HcJ以上にする、請求項1に記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項3】
前記希土類含有粉末の粒子は、希土類元素R’の金属から形成されている、請求項1に記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項4】
前記希土類含有粉末の粒子は、希土類元素R’の金属および希土類元素R’と他の元素との化合物の混相である合金から形成され、前記合金の固相線温度が希土類元素R’の融点以下である、請求項1に記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項5】
前記希土類含有粉末の粒子は、希土類元素R’と他の元素との化合物からなる合金から形成され、前記合金の固相線温度が850℃以下である、請求項1に記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項6】
前記混合粉末を用意する工程は、
前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末を用意する工程と、
前記希土類含有粉末を用意する工程と、
前記希土類含有粉末の割合が全体の1質量%以上30質量%以下の範囲になるように前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末と前記希土類含有粉末とを混合する工程と、
を含む請求項1から5のいずれかに記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項7】
前記R−Fe−B系急冷合金磁石粉末は、
組成式T100-x-y-z(B1-qqxyz(Tは、Fe、CoおよびNiからなる群から選択された少なくとも1種の元素であって、Feを必ず含む元素、Mは、Al、Ti、Cu、Zr、およびNbからなる群から選択された1種以上の元素)で表現され、
組成比率x、y、z、およびqが、それぞれ、
2≦x≦25原子%、
2≦y≦12原子%、
0≦z≦10原子%、
0≦q≦0.5
を満足する組成を有する、請求項1から6のいずれかに記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項8】
前記希土類含有粉末は、
組成式Z100-x-yxR’y(Zは、Al、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、およびAgからなる群から選択された1種以上の元素、Qは、BおよびCからなる群から選択された1種以上の元素)で表現され、
組成比率x、yが、それぞれ、
0≦x<100原子%、
0<y≦100原子%
を満足する組成を有する、請求項1から7のいずれかに記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項9】
前記成形工程は、前記混合粉末に50MPa以上196MPa以下の範囲で圧力を印加する工程を含む、請求項1から8のいずれかに記載のバルク磁石の製造方法。
【請求項10】
希土類元素R(RはLaおよびCeを実質的に含まない少なくとも1種の希土類元素)の含有量が2原子%以上12原子%以下の組成であるR−Fe−B系急冷合金磁石粉末の粒子と、希土類元素R’(R’は、Nd、Pr、DyおよびTbからなる群から選択された少なくとも1種の元素)を含有する希土類含有粉末の粒子とが結合した組織を有するバルク磁石。
【請求項11】
磁気的等方性を有する請求項10に記載のバルク磁石。

【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−209442(P2012−209442A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−74410(P2011−74410)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】