説明

パッシブレーダ装置

【課題】全体の処理時間を短縮させることができ、パッシブレーダを用いた逆合成開口レーダによる高分解能レーダ画像を実用的な方式で取得できるパッシブレーダ装置を提供する。
【解決手段】直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12は、それぞれ直接波及び散乱波について、間欠的に受信処理を行う。この場合、直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12は、T[sec]の受信をΔt[sec]の間隔でN回繰り返す。レンジ圧縮部13は、パルス毎に相互相関処理を実行することによってレンジ圧縮を行う。レンジ圧縮部13は、レンジ圧縮によって得た相互相関関数であるレンジプロフィールを、後段のクラッタ抑圧部14に送る。クラッタ抑圧部14は、レンジヒストリにおけるパルス方向平均を、各レンジプロフィールから差し引く処理を実行することによって、背景の静止物からの反射信号を抑圧する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、観測時間を長くとることによってドップラ周波数の分解能を向上させる機能を有するパッシブレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パッシブレーダとは、放送局等の既存の電波源からの送信電波を利用し、電波源から直接的に到達する信号(直接波)と、目標によって散乱された信号(散乱波)との経路長差、及び散乱波信号のドップラ周波数シフトを計測する方式である(図1参照)。
【0003】
このパッシブレーダの電波源としては、テレビやラジオの放送局に加えて、Global Navigation Satellite System(GNSS)の人工衛星等が検討されている。また、パッシブレーダは、自ら電波を放射しないため、省電力・省電波資源に資する方式として注目されている。例えば、非特許文献1には、パッシブレーダに関する従来の開発成果や、パッシブレーダの利点・欠点等が体系的にまとめて記載されている。
【0004】
ところで、近年運用が始まった地上デジタルテレビ放送の放送波は、占有帯域幅内の周波数特性がフラットでチャネル間の隔離幅が比較的小さい。このため、複数のチャネルを合わせて広帯域信号とみなすことができる。このような放送波を用いれば、パッシブレーダを用いても高い分解能で目標を観測することが可能である。さらに、長い観測時間を確保することにより、パッシブレーダでも逆合成開口レーダ(ISAR: Inverse Synthetic Aperture Radar)画像に相当するレーダ画像を生成できると期待される。
【0005】
また、パッシブレーダを用いた目標のレーダ画像生成に関する先行技術としては、例えば、非特許文献2や非特許文献3に示すようなものがある。非特許文献2には、放送波信号の帯域がそれほど広くないことを前提とし、観測中に目標に対する観測の見込み角を極めて広くとることによって分解能を向上させる技術が開示されている。非特許文献3には、目標運動が正確に既知であることを前提として、高品質な逆合成開口レーダ画像を生成する技術が開示されている。
【0006】
これらの他に、この発明に関連する先行技術としては、例えば、特許文献1,2及び非特許文献4に示すようなものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2938728号公報
【特許文献2】特許第4046422号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】N.J. Willis and H.D. Griffiths, “Advances in Bistatic Radar,” Scitech publishing Inc., 2007
【非特許文献2】M.Cetin and A.D. Lanterman, “Region-Enhanced Passive Radar Imaging,” IEE Proceedings. Radar, Sonar and Navigation, Vol.152, No.3, pp.185--194, Jun. 2005
【非特許文献3】Y. Wu, D.C. Munson,Jr, “Wide-angle ISAR passive imaging using smoothed pseudo Wigner-Ville distribution,” Proc. IEEE Radar Conf., 2001. pp.363--368, May, 2001
【非特許文献4】D.R. Wehner, “High Resolution Radar Second Edition,” Artech House, Inc. 1995
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、パッシブレーダを用いたレーダ画像の生成方式については、非特許文献2や非特許文献3に見られるような検討がなされている。しかしながら、非特許文献2のものの場合、このような観測条件を整えるのは現実には困難である。また、非特許文献3のものの場合、一般的に観測対象の目標の運動を正確に知ることは現実には困難である。従って、非特許文献2,3のものでは、いずれも現実的な運用が困難であると考えられ、非実用的であった。
【0010】
特に、パッシブレーダでは、送信局(放送局)からの直接波と、送信局から送信された電波が目標(ターゲット)によって散乱されてなる散乱波とを受信し、2つの受信信号の相関演算に基づいて、その遅延時間差及びドップラ周波数シフトを観測する。この遅延時間の推定精度(即ち、距離分解能)は送信局から送信された信号の帯域で決まり、また、ドップラ周波数シフトの推定精度(ドップラ周波数分解能)は観測時間で決まる。このことから、従来のパッシブレーダ装置では、目標の高分解能レーダ画像を生成するために、高サンプリング周波数で長時間連続して観測する必要がある。
【0011】
この結果、従来のパッシブレーダ装置では、受信機(受信処理部)が、全観測時間に渡って連続して散乱波及び直接波を受信し、この一連の散乱波及び直接波についてそれぞれ受信処理を行った後に、2つの受信信号の相関演算を行っていた。従って、一連の散乱波及び直接波のそれぞれの受信処理が終了した後に、相関演算処理が行われていたため、全体の処理時間が長くなるという問題があった。
【0012】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、全体の処理時間を短縮させることができ、パッシブレーダを用いた逆合成開口レーダによる高分解能レーダ画像を実用的な方式で生成できるパッシブレーダ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この発明に係るパッシブレーダ装置は、電波源から発せられその電波源から直接的に到達する電波である直接波、及び前記電波源からの電波が目標によって散乱されてなる散乱波を受信可能な複数のアンテナと、前記複数のアンテナに接続され、前記複数のアンテナが受信した前記直接波及び前記散乱波のそれぞれについて受信処理を行う受信処理部と、前記受信処理部から受けた前記直接波の信号、及び前記散乱波の信号を、それぞれ所定の単位時間毎の複数のセグメントに逐次分割し、セグメント毎に前記直接波の信号と前記散乱波の信号との相互相関を求めることによって、高分解能プロフィールのヒストリを生成するレンジ圧縮部と、前記レンジ圧縮部によって生成された前記高分解能プロフィールのヒストリに対して、前記高分解能プロフィールのヒストリ上で前記目標を表す目標信号が前記目標の移動に起因してレンジ方向に移動する現象であるレンジマイグレーションを補償するレンジマイグレーション補償部と、前記レンジマイグレーション補償部によって得られたレンジマイグレーション補償後の信号に対して、前記目標の移動に起因して目標信号の位相が変化する現象を補償する位相補償部と、前記位相補償部によって得られた位相補償後の信号を時間方向に逆フーリエ変換してクロスレンジ方向の分解能を向上させるクロスレンジ圧縮部とを備えるものである。
【発明の効果】
【0014】
この発明に係るパッシブレーダ装置によれば、レンジ圧縮部が、直接波の信号及び散乱波についての信号を、それぞれ所定の単位時間毎の複数のセグメントに逐次分割し、セグメント毎に直接波の信号と散乱波の信号との相互相関を求めることによって、高分解能プロフィールのヒストリを生成するので、セグメント単位で相関演算処理が可能となることにより、全体の処理時間を短縮させることができ、パッシブレーダを用いた逆合成開口レーダによる高分解能レーダ画像を実用的な方式で生成できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】この発明の実施の形態1によるパッシブレーダ装置を示す概念図である。
【図2】図1のパッシブレーダ装置本体を示すブロック図である。
【図3】一般的なパッシブレーダ装置の受信処理を説明するための説明図である。
【図4】図2の直接波受信処理部及び散乱波受信処理部の受信処理を説明するための説明図である。
【図5】図2のレンジマイグレーション補償部による処理の前後のレンジヒストリを示す概念図である。
【図6】図2のレンジマイグレーション補償部を示すブロック図である。
【図7】図2の位相補償部を示すブロック図である。
【図8】この発明の実施の形態2によるパッシブレーダ装置を示すブロック図である。
【図9】図8のパルス分割型レンジ圧縮部によるセグメント分割処理を示す概念図である。
【図10】図8のドップラ周波数セル対応傾き補償部による処理の前後の信号を示す概念図である。
【図11】図8のドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部を示すブロック図である。
【図12】図8のドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部による処理の前後の信号を示す概念図である。
【図13】目標信号が複数のドップラ周波数セルに跨る現象を説明するための概念図である。
【図14】この発明の実施の形態3によるパッシブレーダ装置の一部を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、この発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1によるパッシブレーダ装置を示す概念図である。なお、図1では、パッシブレーダ装置に併せて観測のジオメトリを示す。
図1において、1は電波源としての送信局(放送局)であり、2は直接波受信用アンテナであり、3は散乱波受信用アンテナであり、10はパッシブレーダ装置本体であり、100は目標(ターゲット:例えば航空機)である。なお、以下では、アンテナ2,3及びパッシブレーダ装置本体10の総称を「受信局4」ともいう。
【0017】
直接波受信用アンテナ2は、送信局1を指向するように配置されている。また、直接波受信用アンテナ2は、送信局1から送信されて直接的に到達する電波である直接波を受信可能である。散乱波受信用アンテナ3は、目標100が存在する観測領域を指向するように配置されている。散乱波受信用アンテナ3は、送信局1から送信された電波が目標100によって散乱されてなる散乱波を受信可能である。
【0018】
送信局1は、搬送波周波数f、信号帯域Bの信号を継続的に送信(放送)しているものとする。パッシブレーダ装置本体10は、直接波受信用アンテナ2及び散乱波受信用アンテナ3のそれぞれによって受信された信号を増幅し、帯域フィルタを通して所望の帯域の信号を取り出す。この後、パッシブレーダ装置本体10は、これらの信号をダウンコンバートし、サンプリングする。即ち、増幅からサンプリングまでの一連の処理が受信処理である。
【0019】
ここで、図1に示す各種パラメータは、以下のように定義される。
【0020】
【数1】

【0021】
また、送信局1及び受信局4のそれぞれと目標100との間の距離r,r、並びに送信局1とパッシブレーダ装置本体10との間の距離rは、次の式(2)のように定義される。
【0022】
【数2】

【0023】
図2は、図1のパッシブレーダ装置本体10を示すブロック図である。図2において、パッシブレーダ装置本体10は、直接波受信処理部(直接波受信機)11、散乱波受信処理部(散乱波受信機)12、レンジ圧縮部13、クラッタ抑圧部14、レンジマイグレーション補償部15、位相補償部16、クロスレンジ圧縮部17及び表示部18を有している。
【0024】
ここで、パッシブレーダ装置本体10は、演算処理部(CPU)、記憶部(ROM、RAM及びハードディスク等)及び信号入出力部を持ったコンピュータ(図示せず)により構成することができる。パッシブレーダ装置本体10のコンピュータの記憶部には、直接波受信処理部11、散乱波受信処理部12、レンジ圧縮部13、クラッタ抑圧部14、レンジマイグレーション補償部15、16及びクロスレンジ圧縮部17の機能を実現するためのプログラムが格納されている。直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12については、発振器やミキサ等の回路素子を組み合わせて構成することもでき、回路素子とプログラムを用いた演算処理とを組み合わせて構成することもできる。
【0025】
図3は、一般的なパッシブレーダ装置の受信処理を説明するための説明図である。図4は、図2の直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12の受信処理を説明するための説明図である。なお、図3,4の横軸は、時間軸である。一般的なパッシブレーダ装置では、図3に示すように、観測時間tstartからtendまでの間で(全観測時間に渡って)連続して、直接波及び散乱波の受信処理が行われる。
【0026】
これに対して、実施の形態1の直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12は、図4に示すように、それぞれ直接波及び散乱波について、間欠的に(即ち間欠的なタイミングで)受信処理を行う。この場合、直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12は、T[sec]の受信をΔt[sec]の間隔でN回繰り返す。
【0027】
以下、本明細書では、パルスドップラレーダの用語に倣って、T[sec]の受信処理の1回分を「パルス」とし、受信処理時間であるTを「パルス幅」として説明する。また、Δtを「パルス繰り返し周期(PRI: Pulse Repetition Interval)」とし、コヒーレントに処理を行うためのNヒット分の観測に要する時間T=NΔtを「観測時間」として説明する。
【0028】
続いて、レンジ圧縮部13、及びその後段の処理ブロックの動作を説明するために、送信局1からの直接波と目標からの散乱波の信号とを定式化する。今、送信局1からの送信波は中心周波数fの狭帯域信号であるから、受信局4の位置における送信局1からの直接波を次の式(3)で表すことができる。
【0029】
【数3】

【0030】
ここで、a(t)は送信信号の複素振幅であり、τは直接波の伝搬遅延時間である。パッシブレーダでは、送信信号が未知であることから、a(t)は確率過程(random process)として扱うのが適当である。また、以下では、広義定常性(wide-sense stationarity; WSS)は成立するものとする。一方、送受信局1,4ともに固定局を想定しているので、τは定数である。
【0031】
【数4】

【0032】
目標が移動する場合、散乱波の伝搬遅延時間は時変であるが、パルス幅Tが十分に短い場合、その間の伝搬遅延時間は、一次近似できると考える。
【0033】
【数5】

【0034】
この関係を踏まえ、散乱波の受信信号を、次の式(6)のように近似的に表現することができる。
【0035】
【数6】

【0036】
ただし、ここでは目標は1つの散乱点で構成されているものと仮定している。また、αは伝搬長の差分に起因する減衰量の差による振幅の比である。さらに、
【0037】
【数7】

【0038】
は、時刻tにおけるドップラ周波数である。また、ここでは、複素振幅の帯域に比して伝搬遅延時間の変化率
【0039】
【数8】

【0040】
は、十分に小さいので、複素振幅a(t)の項については、パルス幅Tの間で、遅延時間がτsn0で一定であるとみなしている。
【0041】
なお、観測のジオメトリが図1のように表される場合、直接波及び散乱波のそれぞれの遅延時間τ,τsn0、並びに散乱波のドップラ周波数fdnは、それぞれ次の式(7)〜(9)のように求められる。
【0042】
【数9】

【0043】
ここで、この式(9)の導出には、次の式(11)のr(t)の時間微分の関係を用いている(r(t)についても同様)。
【0044】
【数10】

【0045】
式(4)及び式(6)より、ローカル周波数f=f−Δfの正弦波信号を用いてダウンコンバートされた信号は、次の式(12),(13)で表される。
【0046】
【数11】

【0047】
ただし、τ=τsn0−τは、直接波と散乱波との遅延時間差である。また、φは、ローカル発振器の初期位相である。なお、式(13)の最後の等式は、散乱波の信号を直接波の信号を用いて表現したものである。
【0048】
レンジ圧縮部13は、パルス毎に次の式(14)の演算式を用いた相互相関処理を実行することによってレンジ圧縮を行う。以下、本明細書では、レンジ圧縮部13によるレンジ圧縮によって得られる相互相関関数χ(τ)を、「レンジプロフィール」として説明する(高分解能プロフィール)。
【0049】
【数12】

【0050】
また、レンジ圧縮部13は、レンジプロフィールχ(τ) (n=0,1,... ,N−1)を、後段のクラッタ抑圧部14に送る。以下、本明細書では、これらNパルス分のレンジプロフィールの1つのまとまり(1セット)を「レンジヒストリ」として説明する(高分解能プロフィールのヒストリ)。
【0051】
式(14)に式(13)を代入すると、目標として散乱点が1つ存在する場合のレンジプロフィールχ(τ)は、次の式(15)で表されることがわかる。
【0052】
【数13】

【0053】
a(t)については、広義定常性(WSS)が成立すると仮定しているので、自己相関関数の期待値R(τ)は、次の式(16)で表される。
【0054】
【数14】

【0055】
すると、レンジプロフィールχ(τ)の期待値は、次に式(17)で表される。
【0056】
【数15】

【0057】
この式(18)において、sinc関数の項は、散乱波が目標100の移動によるドップラシフトを受けているために発生する直接波との相関のロスを表す項であるが、パルス幅Tが比較的短ければ、このロスは無視することができ、前記の近似が成立する。また、(T−τ)の項より、パルス幅Tは、想定される遅延時間差に対して十分に長い必要があることが確認できる。
【0058】
ここで、直接波受信処理部11と散乱波受信処理部12との受信処理の動作タイミングをずらし、散乱波受信処理部12の受信処理の動作タイミングを、直接波受信処理部11の受信処理の動作タイミングに対して遅らせることによって、パルス幅Tを広げることなく、遠方を観測することも可能である。例えば、散乱波受信処理部12の動作タイミングをτだけ遅らせておけば、目標信号についてはロス無く積分することができる。実際には、目標位置は未知であるから、所望の観測領域の中央部までの距離で決まる遅延時間を与えるのが望ましい。
【0059】
式(17)より、レンジプロフィールの期待値E{χ(τ)}は、ターゲットの遅延時間差τ=τにおいてピークを持つ(即ち、次の関係式で表される)。
【0060】
【数16】

【0061】
また、このピークにおける複素振幅の値は、次の式(19)で表される。
【0062】
【数17】

【0063】
この式(19)により、n番目のレンジプロフィールのピークにおける位相(の期待値)は2π(f−Δf)τで表されることが確認できる。
【0064】
次に、クラッタ抑圧部14は、レンジヒストリχ(τ) (n=0,1,... ,N−1)におけるパルス方向平均を、各レンジプロフィールから差し引く処理を実行することによって、背景の静止物からの反射信号(クラッタ)を抑圧する。なお、クラッタ抑圧部14の処理は、次の式(20)のように定式化される。
【0065】
【数18】

【0066】
静止物からの反射波の信号については、遅延時間差がパルス毎に変化しない。即ち、ドップラ周波数シフトを受けていない。このことは、式(19)において、目標が固定(固定物)であれば、τ=τで一定であるから、パルス番号nによらず信号の位相が一定であることが確認できる。式(20)において、クラッタ抑圧部14は、Nパルスのレンジプロフィールの平均を算出することによって、ドップラ周波数がゼロの信号を抽出し、この抽出した信号を各レンジプロフィールから差し引くことで、ドップラ周波数がゼロの信号を抑圧している。これにより、背景の静止物からの反射信号(即ちクラッタ)を抑圧できる。
【0067】
ここで、レンジマイグレーション補償部15、位相補償部16及びクロスレンジ圧縮部17については、例えば、非特許文献4、特許文献1及び特許文献2等に示すような公知の逆合成開口レーダの処理を適用できる。このため、本明細書では、各処理ブロック7〜9の処理の詳細についての説明を省略し、各処理ブロック7〜9における入出力信号に関する内容を中心に説明する。
【0068】
レンジマイグレーション補償部15は、レンジマイグレーション補償処理を実行し、レンジヒストリ上で目標信号がレンジ方向に移動する現象であるレンジマイグレーションを補償する。図5は、図2のレンジマイグレーション補償部15による処理の前後のレンジヒストリを示す概念図である。図5では、太い三重線で示したものが目標信号を表す。また、図5(a)は、レンジ圧縮後でレンジマイグレーション処理前のレンジヒストリであり、図5(b)は、レンジ圧縮後でレンジマイグレーション処理後のレンジヒストリである。さらに、図5の例では、移動目標が送信局1及び受信局4へ近づいている様子を示す。
【0069】
レンジマイグレーション補償部15は、このレンジマイグレーションの移動量を推定する第1のステップと、その推定されたレンジマイグレーションの移動量に基づいて、目標信号がレンジヒストリにおいて同一レンジに現わされるようにレンジマイグレーションを補償する第2のステップとの2つのステップの処理を行う。
【0070】
図6は、図2のレンジマイグレーション補償部15を示すブロック図である。なお、図6は、例えば特許文献2の従来の技術の欄に記載の方法に従って構成した場合のブロック図である。なお、特許文献2の特許請求の範囲に記載された内容に従って構成してもよいが、処理の概要についての理解を促すためには、従来の技術に記載の方法に拠って説明を加えるのが好適である。
【0071】
図6において、レンジマイグレーション補償部15は、振幅最大レンジビン検出手段15a、平滑化手段(第1平滑化手段)15b及びレンジ補償手段15cを有している。振幅最大レンジビン検出手段15aは、レンジヒストリのパルス毎に、振幅が最大になるレンジビンを検出する。パルス繰り返し周期は、目標の運動に対して十分に短いため、レンジマイグレーションは滑らかである。しかしながら、雑音や干渉等の影響により、各パルスで検出されたレンジビンの位置がばらつくことが多い。
【0072】
平滑化手段15bは、振幅最大レンジビン検出手段15aによって検出されたレンジビンの位置に対して、最小二乗法によって曲線を当てはめる等の方法で平滑化し、その平滑化したレンジマイグレーションの移動量の推定値を導出する。レンジ補償手段15cは、平滑化手段15bによって導出されたレンジマイグレーションの移動量の推定値に基づいて、パルス毎のレンジプロフィールをレンジ方向に移動させることにより、レンジヒストリにおける目標信号が同一レンジビンに揃うように補償する。
【0073】
位相補償部16は、目標基準点における位相の変化量を推定して補償する処理を実行する。図7は、図2の位相補償部16を示すブロック図である。なお、図7は、位相補償部16を例えば特許文献2の従来の技術の項に記載の方法に従って構成した場合のブロック図である。なお、特許文献2の特許請求の範囲に記載された内容に従って構成してもよいが、処理の概要についての理解を促すためには、従来の技術に記載の方法に拠って説明を加えるのが好適である。
【0074】
図7において、位相補償部16は、注目レンジビン決定手段16a、短時間FFT手段16b(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)、振幅最大周波数検出手段16c、平滑化手段(第2平滑化手段)16d、位相補償量算出手段16e及び位相補償量乗算手段16fを有している。
【0075】
注目レンジビン決定手段16aは、レンジ補償後のレンジプロフィールの各レンジにおける平均電力を算出する。また、注目レンジビン決定手段16aは、算出した平均電力の値を最大とするレンジビンを注目レンジビンとし、そのレンジビンの受信信号列を後段の短時間FFT手段16bに送る。
【0076】
短時間FFT手段16bは、注目レンジビンにおける受信信号列に対して、短時間FFTを実行する。これにより、注目レンジビンにおける信号のドップラ周波数の時間変化を観察することが可能になる。以下、本明細書では、短時間FFT手段16bの処理結果を、「注目レンジビンにおけるドップラヒストリ」として説明する。
【0077】
振幅最大周波数検出手段16cは、注目レンジビンにおけるドップラヒストリに対して、ドップラ周波数が最大となるドップラ周波数セルを検出する。レンジマイグレーションと同様に、一般にドップラ周波数の変化も滑らかであるが、雑音や干渉等の影響により、各パルスで検出されるドップラ周波数セルの位置がばらつくことが多い。そこで、平滑化手段16dは、レンジマイグレーション補償部15における平滑化手段15bの平滑化処理と同様に、振幅最大周波数検出手段16cによって検出されたドップラ周波数セルの位置に対して、最小二乗法を用いて曲線を当てはめる等の方法で平滑化し、滑らかなドップラ周波数の変化の推定値を導出する。
【0078】
位相補償量算出手段16eは、平滑化手段16dによって導出されたドップラ周波数の変化の推定値に基づき、信号位相の変化量の推定値を算出する。位相補償量乗算手段16fは、位相補償量算出手段16eによって算出された信号位相の変化量の推定値に基づいて、この位相変化を打ち消すように、信号に位相成分を乗算する。
【0079】
クロスレンジ圧縮部17は、位相補償部16の出力信号に対してパルス方向にフーリエ変換を行うことによって、クロスレンジ方向の分解能を向上させる。そして、クロスレンジ圧縮部17の出力信号がレーダ画像として表示部18に表示される。このクロスレンジ圧縮部17の処理(クロスレンジ圧縮処理)は、本質的にはドップラ周波数差を求める処理である。なお、非特許文献4等に記載されているように、逆合成開口レーダのクロスレンジ軸はドップラ周波数差の軸となっているが、このことは、パッシブレーダ装置による逆合成開口レーダ処理においても同様である。
【0080】
以上のように、実施の形態1によれば、直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12が、受信処理を間欠的に行う。これとともに、レンジ圧縮部13が、直接波の信号とび散乱波の信号とを、パルス毎に相互相関を求めることによって、Nパルス分のレンジプロフィールの1つのまとまりであるレンジヒストリを生成する。この構成により、パルス単位で相関演算処理が可能となることにより、全体の処理時間を短縮させることができ、パッシブレーダを用いた逆合成開口レーダによる高分解能レーダ画像を実用的な方式で生成できる。
【0081】
ここで、従来のパッシブレーダ装置では、高サンプリング周波数で長時間連続して観測する必要があるため、受信データ量が膨大になっていた。これに対して、実施の形態1では、直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12が、受信処理を間欠的に行うので、高サンプリング周波数で長時間連続して観測する場合でも、受信データ量を低減させることができる。
【0082】
また、実施の形態1では、直接波信号の受信処理の動作タイミングと、散乱波信号の受信処理の動作タイミングとを適切に設定することによって、受信処理を間欠的に行うことに伴う信号電力の低下を最小限に抑えることができる。
【0083】
実施の形態2.
実施の形態1では、レンジ圧縮部13の出力に対して、クラッタ抑圧部14を介した後、レンジマイグレーション補償部15の振幅最大レンジビン検出手段15aが、パルス毎のレンジプロフィールから振幅が最大となるレンジビンを検出することで、目標信号のレンジマイグレーションの移動量を推定している。
【0084】
ここで、実施の形態1では、受信信号を間引いていることから、目標が遠距離にある場合に、パルス幅が短ければ、信号対雑音比(SNR: Signal to Noise Ratio)が不十分であり、パルス毎のレンジプロフィールにおいては目標を検出できない可能性が考えられる。これを回避するためには、パルス幅を長くする必要がある。しかしながら、パルス幅を長くした場合、式(18)の近似が成立しないため、信号電力の損失が無視できなくなる。従って、受信データ量を低減しつつ、信号対雑音比率を可能な限り保持する方式が必要である。そこで、実施の形態2では、パルス分割型レンジ圧縮部21が、パルスを一旦複数のセグメントに分割し、セグメント毎にレンジ圧縮処理を行う。
【0085】
図8は、この発明の実施の形態2によるパッシブレーダ装置を示すブロック図である。図8において、パッシブレーダ装置本体20は、実施の形態1のレンジ圧縮部13に代えて、パルス分割型レンジ圧縮部21を有している。また、パッシブレーダ装置本体20は、レンジマイグレーション補償部15に代えて、ドップラ処理部22、ドップラ周波数セル対応傾き補償部23及びドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24を有している。その他の構成は、実施の形態1のパッシブレーダ装置本体10と同様である。
【0086】
図9は、図8のパルス分割型レンジ圧縮部21によるセグメント分割処理を示す概念図である。なお、図9では、パルスをH個のセグメントに分割している様子を示す。このとき、各セグメントの長さ(以下、本明細書では、これを「セグメント幅」と呼ぶ)は、T/Hである。セグメント幅を短くとり、セグメント毎にレンジ圧縮をすることにより、各セグメントについては、式(18)の近似が成立し、レンジ圧縮による信号電力の損失を低減することができる。なお、以下では、パルス分割型レンジ圧縮部21から出力される全セグメント及び全パルスの信号を次の式(21)のように表す。
【0087】
【数19】

【0088】
続いて、実施の形態2のクラッタ抑圧部14は、レンジヒストリχn,h(τ)の全セグメント及び全パルスの平均を、各レンジプロフィールから差し引く処理を行うことにより、背景の静止物からの反射信号(クラッタ)を抑圧する。ここで、クラッタ抑圧部14の処理は、次の式(22)のように定式化される。
【0089】
【数20】

【0090】
続いて、ドップラ処理部22は、クラッタ抑圧部14の出力レンジヒストリに対して、レンジ毎に次の式(23)のようにセグメント方向に離散フーリエ変換を行い、ドップラ周波数スペクトルを求める。
【0091】
【数21】

【0092】
ただし、mは、ドップラ周波数セル番号であり、m=0,1,... ,M−1である。ドップラ処理部22の出力信号は、この式(23)で定義されるy(τ,fdm)である。
【0093】
ここで、実施の形態1と同様に、目標を1つの散乱点で構成する場合を想定して、ドップラ処理部22の出力について説明する。パルス幅Tの間において、ターゲットのドップラ周波数が一定で、次の式(24)が成立する場合を考える。
【0094】
【数22】

【0095】
この式(24)が成立する場合、n番目のパルスのh番目のセグメントにおける遅延時間差τn,hを、次の式(25)のような1次式で表すことができる。
【0096】
【数23】

【0097】
従って、目標信号の存在するレンジビンにおけるセグメント方向の離散フーリエ変換の結果についての期待値は、次の式(26)で表される。
【0098】
【数24】

【0099】
ここで、パルス幅の間で目標振幅が変化しないものと仮定して、α(T−τn,h)=α(T−τn,h)と近似した。この式(26)より、ドップラスペクトルy(τ,fdm)では、次の式(27)に示すドップラ周波数セルにピークが発生することがわかる。
【0100】
【数25】

【0101】
ただし、Cは、ピークにおける複素振幅であり、次の式(28)で表される。
【0102】
【数26】

【0103】
次に、ドップラ周波数セル対応傾き補償部23の処理について説明する。図10は、図8のドップラ周波数セル対応傾き補償部23による処理の前後の信号を示す概念図である。m番目のドップラ周波数セルに含まれる信号のドップラ周波数はfdmであるから、n番目のパルスにおける遅延時間τn,mは、このドップラ周波数に対応するよう1次の時間変化をしており、次の式(29)で表すことができる。
【0104】
【数27】

【0105】
従って、y(τ,fdm)に対して、式(29)で表されるレンジ移動分を補償することによって、信号のレンジについて概ね補償することができる。ここで、ドップラ周波数セル対応傾き補償部23の出力信号を、次のように表す。
【0106】
【数28】

【0107】
なお、図10にも示すように、ドップラ周波数セル対応傾き補償部23で補償できるのは、信号の1次の傾き成分であり、2次以上のレンジマイグレーションについては補償できない。ドップラ処理部22におけるドップラ周波数分解能は、パルス幅で決まる分解能となるが、このパルス幅はそれほど大きくは設定されない。このため、ここで得られるドップラ周波数の分解能はそれほど高くない。従って、各ドップラセルに含まれる信号は、各ドップラセルに対応する1次のレンジマイグレーション成分を持つと同時に、2次以上のレンジマイグレーション成分を持つことがある。
【0108】
ドップラ周波数セル対応傾き補償部23の出力は、次にドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24に送られる。図11は、図8のドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24を示すブロック図である。図11において、ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24は、インコヒーレント積分手段24a、目標検出手段24b、振幅最大レンジビン検出手段24c、平滑化手段(第3平滑化手段)24d及びレンジ補償手段24eを有している。
【0109】
インコヒーレント積分手段24aは、ドップラ周波数セル対応傾き補償部23の出力信号に対して、次の式(30)の演算式を用いて、パルス方向にインコヒーレント積分を行う。
【0110】
【数29】

【0111】
目標検出手段24bは、インコヒーレント積分手段24aの出力に対して、目標検出処理を適用する。CFAR(Constant False Alarm Rate)処理のような方式で適切に設定された閾値と、信号z(τ,fdm)とを比較することによって行う。この目標検出処理によって、検出されたレンジビン・ドップラ周波数セルに目標信号が含まれているとみなすことができる。
【0112】
振幅最大レンジビン検出手段24cは、目標検出手段24bによって目標信号が検出されたドップラ周波数セルに含まれる信号に対して、パルス毎に振幅最大レンジビンを検出する。ここで、実施の形態1と同様に、雑音や干渉等の影響により、各パルスで検出されたレンジビンの位置がばらつくことが多い。従って、振幅最大レンジビン検出手段24cにより検出されたレンジビンの位置に対して、平滑化手段24dは、最小二乗法の曲線を当てはめる等の方法で平滑化し、レンジマイグレーションの移動量の推定値を導出する。
【0113】
レンジ補償手段24eは、平滑化手段24dから導出されたレンジマイグレーションの移動量の推定値に基づいて、パルス毎のレンジプロフィールをレンジ方向に移動させることにより、レンジヒストリにおける目標信号が同一レンジビンに揃うように補償する。このように、ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24によるレンジマイグレーション処理によって、図12に示すように、信号のレンジマイグレーション成分が補償される。なお、位相補償部16及びクロスレンジ圧縮部17の動作は実施の形態1と同様である。
【0114】
以上のように、実施の形態2のパッシブレーダ装置によれば、直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12が、信号の受信処理を間欠的にするように構成して受信データ量を抑圧する。これとともに、パルス分割型レンジ圧縮部21が、パルスを複数のセグメントに分割してレンジ圧縮処理を実行した後に、ドップラ処理部22が、セグメント方向に離散フーリエ変換を行うことによってドップラスペクトルを算出する。この構成により、実施の形態1と同様効果を得ることができるとともに、パルス幅を比較的長めに設定しても信号成分の損失を抑えることができる。この結果、パルス幅を比較的長めに設定可能となることから、信号対雑音比を実施の形態1に比べて向上させることができる。
【0115】
実施の形態3.
実施の形態2のパッシブレーダ装置では、観測中の目標信号のドップラ周波数の変化率が大きい場合に、ドップラ処理部22の出力信号y(τ,fdm)において、図13に示すように、目標信号が複数のドップラ周波数セルに跨る場合がある。これに対して、実施の形態3のパッシブレーダ装置では、目標信号が複数のドップラ周波数セルに跨る場合にも対処できるように構成されている。
【0116】
図14は、この発明の実施の形態3によるパッシブレーダ装置の一部を示すブロック図である。図14において、実施の形態3のドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24は、実施の形態2のインコヒーレント積分手段24aに代えて、分割型インコヒーレント積分手段24fを有している。また、ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部24は、ドップラセル結合手段24gをさらに有している。なお、他の構成は、実施の形態2と同様である。
【0117】
分割型インコヒーレント積分手段24fは、全Nパルスに渡って積分する代わりに、次の式(31)に示すように、信号をKパルス毎(グループ毎)に分割して積分する。
【0118】
【数30】

【0119】
目標検出手段24bは、分割型インコヒーレント積分手段24fの出力z(τ,fdm)に対して目標検出処理を行う。この目標検出処理によって、K個のパルスの組み合わせ毎に、目標信号の存在するレンジビン及びドップラ周波数セルを検出することができる。
【0120】
ドップラセル結合手段24gは、目標検出手段24bによって目標が検出された複数のドップラ周波数セルの信号をコヒーレントに加算することにより、信号がドップラ周波数セルを跨いでしまう問題を解決する。ただし、目標の検出された複数のドップラ周波数セルが互いに大きく開離している場合等は、複数の目標が検出されているとみなすべきであり、ドップラ周波数セルを結合してしまうのは望ましくない。
【0121】
例えば、l番目のパルスの組み合わせにおいて、目標信号がドップラ周波数セル番号m、レンジτで検出されたとして、l+1番目のパルスの組み合わせにおいて、目標信号がドップラ周波数セル番号m+1、レンジτ+Δτに検出されれば、信号の連続性が認められるため、目標信号がドップラ周波数セルを跨いでいると判定することができる(関連性の評価)。ドップラセル結合手段24gにおいては、このような適切な判定に基づいて、ドップラ周波数セルを結合する必要がある。その後の振幅最大レンジビン検出手段24c、平滑化手段24d、レンジ補償手段24eの処理は、実施の形態2と同様に行うことができる。
【0122】
以上のように、実施の形態3のパッシブレーダ装置によれば、ドップラ処理部22の出力信号において、目標信号がドップラ周波数セルを跨いだ場合に、ドップラセル結合手段24gが目標信号を含むドップラ周波数セルを結合する。この構成により、ドップラ周波数の変化率の大きい目標に対しても適切にクロスレンジ圧縮を行うことができる。
【0123】
なお、実施の形態1〜3では、直接波受信用アンテナ2と散乱波受信用アンテナ3とを別々の種類のアンテナとして説明した。しかしながら、2つ以上のアンテナ(直接波・散乱波の共通受信用アンテナ)で直接波と散乱波とを受信した信号を用いて、デジタルビームフォーミングによって直接波と散乱波とを分離するように構成してもよい。
【0124】
また、実施の形態1〜3において、散乱波受信用アンテナとして、互いに直交する偏波特性を有する2つの受信アンテナを用いることによって、目標における散乱の偏波特性を計測することも可能である。この場合、実施の形態1〜3の各処理を、2つの散乱波受信用アンテナで得られた信号に対してそれぞれ適用することによって、偏波特性の異なる2つのレーダ画像を生成することが可能となる。
【0125】
さらに、実施の形態1では、直接波受信処理部11及び散乱波受信処理部12が、図4に示すように、間欠的に受信処理を行った。しかしながら、パルス幅Tと繰り返し周期Δtとを互いに一致するように設定した場合には、図3に示すように、信号を連続的に受信処理した場合と同等の信号を観測したことになる。この場合には、全観測時間に渡る信号を、T[sec]毎のセグメントに分割して、実施の形態1の各処理を実行することに他ならない。つまり、実施の形態1において、レンジ圧縮部13が、全観測時間に渡る直接波の信号と散乱波の信号とを、それぞれT[sec]毎のセグメントに逐次分割して、セグメント毎に直接波の信号と散乱波の信号との相互相関を求めてもよい。この構成でも、セグメント単位で相関演算処理が可能となることにより、全体の処理時間を短縮させることができ、パッシブレーダを用いた逆合成開口レーダによる高分解能レーダ画像を実用的な方式で生成できる。
ここで、この場合のセグメント幅としてのT(所定の単位時間)は、Tの間のドップラ周波数の変化量が、Tで決まるドップラ分解能より小さくなるように設定するのが望ましい。即ち、次式の関係を満たすように設定する。
【0126】
【数31】

【0127】
ここで、Δfは、目標のドップラ周波数の変化率であり、目標の運動に依存する値である。観測対象とする目標の運動は、事前にある程度想定できるので、例えば、想定される最大のΔfに基づいてTを設定すればよい。
【符号の説明】
【0128】
1 送信局(電波源)、2 直接波受信用アンテナ、3 散乱波受信用アンテナ、4 受信局、10,20 パッシブレーダ装置本体、11 直接波受信処理部、12 散乱波受信処理部、13 レンジ圧縮部、14 クラッタ抑圧部、15 レンジマイグレーション補償部、15a 振幅最大レンジビン検出手段、15b 平滑化手段(第1平滑化手段)、15c レンジ補償手段、16 位相補償部、16a 注目レンジビン決定手段、16b 短時間FFT手段、16c 振幅最大周波数検出手段、16d 平滑化手段(第2平滑化手段)、16e 位相補償量算出手段、16f 位相補償量乗算手段、17 クロスレンジ圧縮部、18 表示部、21 パルス分割型レンジ圧縮部、22 ドップラ処理部、23 ドップラ周波数セル対応傾き補償部、24 ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部、24a インコヒーレント積分手段、24b 目標検出手段、24c 振幅最大レンジビン検出手段、24d 平滑化手段(第3平滑化手段)、24e レンジ補償手段、24f 分割型インコヒーレント積分手段、24g ドップラセル結合手段、100 目標。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波源から発せられその電波源から直接的に到達する電波である直接波、及び前記電波源からの電波が目標によって散乱されてなる散乱波を受信可能な複数のアンテナと、
前記複数のアンテナに接続され、前記複数のアンテナが受信した前記直接波及び前記散乱波のそれぞれについて受信処理を行う受信処理部と、
前記受信処理部から受けた前記直接波の信号、及び前記散乱波の信号を、それぞれ所定の単位時間毎の複数のセグメントに逐次分割し、セグメント毎に前記直接波の信号と前記散乱波の信号との相互相関を求めることによって、高分解能プロフィールのヒストリを生成するレンジ圧縮部と、
前記レンジ圧縮部によって生成された前記高分解能プロフィールのヒストリに対して、前記高分解能プロフィールのヒストリ上で前記目標を表す目標信号が前記目標の移動に起因してレンジ方向に移動する現象であるレンジマイグレーションを補償するレンジマイグレーション補償部と、
前記レンジマイグレーション補償部によって得られたレンジマイグレーション補償後の信号に対して、前記目標の移動に起因して目標信号の位相が変化する現象を補償する位相補償部と、
前記位相補償部によって得られた位相補償後の信号を時間方向に逆フーリエ変換してクロスレンジ方向の分解能を向上させるクロスレンジ圧縮部と
を備えることを特徴とするパッシブレーダ装置。
【請求項2】
前記受信処理部は、予め設定された受信処理時間であるパルス幅のパルス単位で間欠的に受信処理を行い、
前記レンジ圧縮部は、信号を複数のセグメントに分割する代わりに、パルス毎に前記散乱波の信号と前記直接波の信号との相互相関を求めることによって、高分解能プロフィールのヒストリを生成する
ことを特徴とする請求項1記載のパッシブレーダ装置。
【請求項3】
前記受信処理部は、前記直接波及び前記散乱波についての受信処理の動作タイミングを、観測対象とする距離に応じてずらす
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項4】
前記高分解能プロフィールのヒストリから、その時間方向の平均値を差し引くことによって、ゼロドップラ周波数成分を除去するクラッタ抑圧部
をさらに備えることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項5】
前記レンジマイグレーション補償部は、
前記高分解能プロフィールのヒストリのセグメント毎又はパルス毎に、振幅の最大のレンジビンを検出する振幅最大レンジビン検出手段と、
前記振幅最大レンジビン検出手段によって検出されたセグメント毎又はパルス毎の振幅最大レンジビンの位置に曲線を当てはめることによって、レンジマイグレーションの移動量の推定値を導出する第1平滑化手段と、
前記第1平滑化手段によって導出されたレンジマイグレーションの移動量の推定値に基づいて、レンジマイグレーションを補償するレンジ補償手段と
を有することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項6】
前記位相補償部は、
前記レンジマイグレーション補償部によって得られたレンジマイグレーション補償後の信号から、目標信号の存在するレンジビンの信号を選択する注目レンジビン決定手段と、
前記注目レンジビン決定手段によって選択されたレンジビンの受信信号列に対して、信号のドップラ周波数の時間変化を検出するために、短時間FFT処理を行う短時間FFT手段と、
前記短時間FFT手段によって得られた信号に現れる目標信号を検出する振幅最大周波数検出手段と、
前記振幅最大周波数検出手段によって検出された振幅最大周波数セルの時間変化に曲線を当てはめることによって、目標信号のドップラ周波数の時間変化の推定値を導出する第2平滑化手段と、
前記第2平滑化手段によって導出された目標信号のドップラ周波数の時間変化の推定値に対応する位相補償量を算出する位相補償量算出手段と、
前記位相補償量算出手段によって算出された位相補償量を乗算することによって、目標信号のドップラ周波数の時間変化を補償する位相補償量乗算手段と
を有することを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項7】
電波源から発せられその電波源から直接的に到達する電波である直接波、及び前記電波源からの電波が目標によって散乱されてなる散乱波を受信可能な複数のアンテナと、
前記複数のアンテナに接続され、前記複数のアンテナが受信した前記直接波及び前記散乱波のそれぞれについて、予め設定された受信処理時間であるパルス単位で間欠的に受信処理を行う受信処理部と、
前記受信処理部による受信処理後の前記散乱波の信号と前記直接波の信号とをそれぞれパルス幅よりも短い時間のセグメントに分割し、その分割した後の前記散乱波の信号と前記直接波の信号との相互相関をセグメント毎に求めることによって、高分解能プロフィールのヒストリを生成するレンジ圧縮部と、
前記レンジ圧縮部によって生成された前記高分解能プロフィールのヒストリに対して、各パルスのセグメント方向にフーリエ変換することによって、パルス毎のドップラスペクトルを算出するドップラ処理部と、
前記レンジ圧縮部によって生成された前記高分解能プロフィールのヒストリに対して、前記高分解能プロフィールのヒストリ上で前記目標を表す目標信号が前記目標の移動に起因してレンジ方向に移動する現象であるレンジマイグレーションのうち、パルス方向にドップラ周波数セルに対応した1次のレンジマイグレーション成分を補償するドップラ周波数セル対応傾き補償部と、
前記ドップラ周波数セル対応傾き補償部によって得られた1次のレンジマイグレーション成分の補償後の信号から、目標信号の存在するドップラ周波数セルを検出し、その検出されたドップラ周波数セルの信号に対して、2次以上のレンジマイグレーション成分を補償するドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部と、
前記ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部によって得られた2次以上のレンジマイグレーション成分の補償後の信号に対して、目標の移動に起因して目標信号の位相が変化する現象を補償する位相補償部と、
前記位相補償部によって得られた位相補償後の信号を時間方向に逆フーリエ変換してクロスレンジ方向の分解能を向上させるクロスレンジ圧縮部と
を備えることを特徴とするパッシブレーダ装置。
【請求項8】
全パルス及び全セグメントの前記高分解能プロフィールのヒストリから、その時間方向の平均値を差し引くことによって、ゼロドップラ周波数成分を除去するクラッタ抑圧部
をさらに備えることを特徴とする請求項7記載のパッシブレーダ装置。
【請求項9】
前記ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部は、
前記ドップラ周波数セル対応傾き補償部によって得られた信号に対して、パルス方向にインコヒーレント積分を行うインコヒーレント積分手段と、
前記インコヒーレント積分手段によって得られた信号に対して、目標検出処理を行う目標検出手段と、
前記目標検出手段によって検出された目標信号を含むドップラ周波数セルの信号に対して、パルス毎に振幅最大のレンジビンを検出する振幅最大レンジビン検出手段と、
前記振幅最大レンジビン検出手段によって検出されたパルス毎の振幅最大レンジビンの位置に曲線を当てはめることによって、レンジマイグレーションの移動量の推定値を導出する第3平滑化手段と、
前記第3平滑化手段によって導出されたレンジマイグレーションの移動量の推定値に基づいてレンジマイグレーションを補償するレンジ補償手段と
を有することを特徴とする請求項7又は請求項8に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項10】
前記ドップラ周波数セル対応レンジマイグレーション補償部は、
前記ドップラ周波数セル対応傾き補償部によって得られた観測全パルスの信号を複数のグループに分割して、各グループについてパルス方向にインコヒーレント積分を行う分割型インコヒーレント積分手段と、
前記分割型インコヒーレント積分手段によって得られた信号に対して目標検出処理を行う目標検出手段と、
前記目標検出手段によって検出された目標信号を含むドップラ周波数セルが複数存在する場合に、その関連性を評価して、同一の目標の信号であると判断されるときにそれらのドップラ周波数セルの信号を加算するドップラセル結合手段と、
前記ドップラセル結合手段によって出力されたドップラセル結合後の信号に対して、パルス毎に振幅最大のレンジビンを検出する振幅最大レンジビン検出手段と、
前記振幅最大レンジビン検出手段によって検出されたパルス毎の振幅最大レンジビンの位置に曲線を当てはめることによって、レンジマイグレーションの移動量の推定値を導出する第3平滑化手段と、
前記第3平滑化手段によって導出されたレンジマイグレーションの移動量の推定値に基づいてレンジマイグレーションを補償するレンジ補償手段と
を有することを特徴とする請求項7又は請求項8に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項11】
前記複数のアンテナは、偏波特性が異なる複数の散乱波受信用アンテナを含む
ことを特徴とする請求項1から請求項10までのいずれか1項に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項12】
前記複数の散乱波受信用アンテナは、互いに直交する偏波特性を持つ2つの散乱波受信用アンテナである
ことを特徴とする請求項11記載のパッシブレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−174875(P2011−174875A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−40548(P2010−40548)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】