説明

ヒアルロン酸の製造方法

【課題】ヒアルロン酸の新規な製造方法の提供。
【解決手段】チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞(FERM BP−11274)を培養することで、STIP−2細胞にヒアルロン酸を産生させることを特徴とするヒアルロン酸の新規製造方法、および、ヒアルロン酸を含有するSTIP−2細胞の培養上清。ヒアルロン酸の培養上清からの分離・精製は、例えばエタノールなどを用いてヒアルロン酸を沈殿させることで簡易に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒアルロン酸の新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリコサミノグリカンの一種であるヒアルロン酸は、高い保湿性や高い粘弾性などの機能性を有することから、医薬品、医薬部外品、化粧品、食品などの成分や素材として注目を集めていることは、当業者のみならず一般にも周知の通りである。従来、ヒアルロン酸の製造は、鶏冠、牛の関節、鯨の軟骨などから抽出する方法で行われてきた。しかしながら、ヒアルロン酸は生体内に微量にしか存在せず、しかも、組織中でタンパク質や他のグリコサミノグリカンと複合体を形成しているため分離・精製が困難であるといったことから、生体内からヒアルロン酸を抽出する方法によるヒアルロン酸の大量生産には限界がある。従って、今日、ヒアルロン酸の製造は、ヒアルロン酸産生能を有する乳酸菌などの微生物を培養する方法によって行われているのが一般的である(例えば特許文献1)。けれども、微生物の種類によっては安全性の点でその利用に対して慎重にならざるを得ない場合もあることから、加えて、ヒアルロン酸の需要の増大に伴い、その新規な製造方法の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−112260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、ヒアルロン酸の新規な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ところで、本発明者は、チョウザメ(sturgeon)由来の株化細胞についての研究をこれまで精力的に行ってきている。チョウザメは、およそ3億年前から生存していた古代種であるが、その卵はキャビアとして珍重されているほか、その肉も食用として利用価値が高いことから、今後の養殖対象魚類として期待されているところ、チョウザメのウィルス感染症への対策として、その診断を行うためにウィルスに感受性を有する株化細胞が必要となるからである。そしてこれまでの研究成果として、チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞から2種類の株化細胞、STIP−1細胞(FERM BP−8421)およびSTIP−3細胞(FERM BP−8422)の樹立に成功し、特許第4065150号において報告している。しかしながら、さらなる新規な株化細胞の探索と樹立は、チョウザメの養殖技術の確立のために大変意義深いことである。そこで引き続き鋭意研究を重ねた結果、ベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞から新たな株化細胞としてSTIP−2細胞の樹立に成功したが、このSTIP−2細胞は、STIP−1細胞およびSTIP−3細胞と異なる性質として、全く意外なことにヒアルロン酸産生能を有することを知見した。
【0006】
上記の知見に基づいてなされた本発明は、請求項1記載の通り、チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞を培養することで、STIP−2細胞にヒアルロン酸を産生させることによるヒアルロン酸の製造方法である。
また、本発明は、請求項2記載の通り、ヒアルロン酸を含有するSTIP−2細胞の培養上清である。
また、本発明は、請求項3記載の通り、請求項1記載の製造方法によって製造されたヒアルロン酸を配合して行うヒアルロン酸配合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ヒアルロン酸産生能を有するチョウザメ由来の株化細胞を利用したヒアルロン酸の新規な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】STIP−2細胞の培養上清に含まれる高い粘度を有する透明の物質がヒアルロン酸であることを示す分子マトリックス電気泳動法(SMME)による分析結果である。
【図2】STIP−2細胞の顕微鏡写真である。
【図3】各温度におけるSTIP−2細胞の増殖曲線である。
【図4】STIP−2細胞の増殖に対するFBSの影響を示すグラフである。
【図5】STIP−2細胞の染色体数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のヒアルロン酸の製造方法において利用するチョウザメ由来の株化細胞は、チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞である。ベステル(Bester)は、Huso属に属するベルーガ(Huso)の雌とAcipenser属に属するステールリヤチ(ruthenus)の雄から作出された品種改良種であることは周知の通りである。
【0010】
STIP−2細胞の樹立方法は、例えば特許第4065150号に記載の方法に従って、ベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞から調製した初代培養細胞を継代培養することで行えばよい。培地は、魚類細胞の培養に通常用いられるL15培地に牛胎児血清(FBS)を加えたようなものでよい。
【0011】
STIP−2細胞は、例えば培養皿が細胞で集密的(confluent)な状態になるまで培養し、さらに培養を行うと、100kDa以上の分子量を有するヒアルロン酸を産生して分泌し、分泌したヒアルロン酸を培養上清(培養液の上清部分)に蓄積する。STIP−2細胞の培養は、例えば4%〜10%のFBSを添加したL15培地を用い、15℃〜25℃の大気雰囲気中で行えばよい。STIP−2細胞が分泌したヒアルロン酸の培養上清からの分離・精製は、例えばエタノールなどを用いてヒアルロン酸を沈殿させることで簡易に行うことができる。なお、必要に応じて、予め培養上清中の細胞などの不溶物を濾過や遠心分離などによって除去したり、トリプシンを用いてタンパク質を分解処理したりしてもよい。
【0012】
本発明の製造方法によって製造されたヒアルロン酸は、各種のヒアルロン酸配合物、例えば、医薬品、医薬部外品、化粧品、食品の他、ペットフード、飼料、肥料などの成分や素材として利用することができる。それぞれの形態への製剤化や商品化などは、自体公知の方法に従って行えばよい(必要であれば例えば特許文献1を参照のこと)。
【実施例】
【0013】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0014】
実施例1:STIP−2細胞を利用したヒアルロン酸の製造
直径3.5cmプラスチックディシュ(培養皿)に加えた、Leibovit’s L15培地(Gibco社製)に10%FBS(Gibco社製の牛胎児血清)とペニシリン(10unit/ml)とストレプトマイシン(50μg/ml)を添加した培地を用い、20℃のCOインキュベータ内(但し大気雰囲気)でSTIP−2細胞(参考例1および参考例2を参照のこと)を培養した。培養皿が細胞で集密的な状態になってからもさらに培養を行うと、培養上清に高い粘度を有する透明の物質の蓄積が観察された。この現象は、先に樹立したSTIP−1細胞およびSTIP−3細胞では見られない、STIP−2細胞に特異的なものであった。そこでこの物質の分析を以下の方法で行った。
STIP−2細胞を培養皿が細胞で集密的な状態になってからさらに3〜4日培養した後の培養上清1mlをスポイトで吸い取り、3mlのエタノールを添加して4℃で2時間静置した後、10000xgで5分間遠心分離し、得られた沈殿を回収した。この沈殿を1mlの2M尿素/0.1Mトリス塩酸緩衝液(pH8.6)に溶解し、100μgのトリプシンを添加して37℃で一晩反応させ、タンパク質の分解処理を行った後、分子量が100kDa未満の画分をカットオフするフィルターで分子量が100kDa以上の画分を50μlまで濃縮した。得られた濃縮液を還元アルキル化処理した後、分子マトリックス電気泳動法(SMME:必要であればY.Matsuno,et al.,Anal.Chem.,2009,81(10),pp3816−3823を参照のこと)を用いて分析した。結果を図1に示す(Alcian blue染色による)。図1左の電気泳動写真から、STIP−2細胞の培養上清には培地には含まれない分子量が100kDa以上の物質が含まれていることがわかった。そこで10μlの上記の濃縮液に1μlの0.2M酢酸緩衝液(pH6.0)を添加し、さらに、ヒアルロニダーゼの1mg/ml水溶液(Streptmyces hyalurolyticus由来)を1μl添加し、60℃で一晩反応させた後、反応液を分子マトリックス電気泳動法を用いて分析したところ、図1右の電気泳動写真から明らかなように、ヒアルロニダーゼ処理を行う前に存在したスポット(Control)がヒアルロニダーゼ処理によって消失した。以上の結果から、STIP−2細胞の培養上清に含まれる高い粘度を有する透明の物質は、100kDa以上の分子量を有するヒアルロン酸であること、STIP−2細胞はヒアルロン酸産生能を有し、培養上清にヒアルロン酸を分泌することがわかった。また、STIP−2細胞の培養上清からヒアルロン酸を濃縮液の形態で取得できることがわかった。
【0015】
実施例2:STIP−2細胞が産生したヒアルロン酸を利用した保湿クリームの製造
実施例1で取得したヒアルロン酸の濃縮液を市販のクリーム基材にその含量が1%となるように配合して保湿クリームを製造した。
【0016】
参考例1:STIP−2細胞の樹立
(1)ベステル眼球からの虹彩色素上皮細胞の分離
体長約15cmのベステル30尾から眼球を摘出して70%エタノール中で殺菌処理した後、殺菌処理した眼球をペニシリンとストレプトマイシンを添加したPBS(−)中でよく洗浄した。その後、眼球から角膜とレンズを取り除いて虹彩を切り出した。こうして得られた虹彩を0.05%EDTAで約40分間処理し、虹彩色素上皮細胞と、虹彩のストローマや強膜などの結合組織との分離を容易にした後、これらの結合組織を取り除き、分離したシート状の虹彩色素上皮細胞を0.125%トリプシンで酵素処理してシングルセル状態の細胞(初代細胞)を得た。
【0017】
(2)初代培養
上記のようにして得られた初代細胞を、直径3.5cmプラスチックディシュ(培養皿)に加えた、Leibovit’s L15培地(Gibco社製)に10%FBS(Gibco社製の牛胎児血清)とペニシリン(10unit/ml)とストレプトマイシン(50μg/ml)を添加した培地を用い、20℃のCOインキュベータ内(但し大気雰囲気)で培養した。初代細胞の中から増殖性の優れた細胞を選択し、継代培養を繰り返した。
【0018】
(3)継代培養
培養皿が細胞で集密的(confluent)な状態になったら、0.05%EDTAと0.125%トリプシンを含有する溶液で細胞を培養皿から剥離し遠心分離により細胞を回収し、別の培養皿に移し、上記の初代培養の培養条件で培養を継続した。これを繰り返すことによって、長期間培養可能な株化細胞としてSTIP−2細胞を得た。このSTIP−2細胞は、継代培養の際、コラーゲンなどの細胞外基質を培養皿底面にコーティングするといったような添加をしなくても培養皿に着定した。なお、このSTIP−2細胞は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに2010年8月9日に寄託されている(FERM BP−11274)。この特許出願の時点において、STIP−2細胞の継代培養回数は300回を超えている。
【0019】
参考例2:STIP−2細胞の性質
(1)細胞の形態
STIP−2細胞は典型的な敷石状の上皮性の細胞である(図2参照:培養開始後16日目の顕微鏡写真。スケールバーは50μm)。
【0020】
(2)細胞の温度特性
図3に示したように、STIP−2細胞は15℃〜25℃で良好な増殖性を示したが、25℃を超えるとその増殖性は阻害された。20℃での培養開始後19日目における細胞の倍化時間(指数関数的に細胞が増殖する時間)は約80時間であり、培養皿への細胞の定着効率(培養皿に定着した細胞数を細胞皿に添加した全細胞数で割った値を百分率で表したもの)は約88%であった。
【0021】
(3)細胞増殖に対するFBSの影響
図4に示したように、STIP−2細胞を増殖せしめるために必要なL15培地に添加されるFBSの濃度は4%で足りた(FBS濃度以外は上記の初代培養の培養条件と同じ)。よって、STIP−2細胞を増殖せしめるために必要なFBSは少量であることから、STIP−2細胞の大量培養は経済的に有利であることがわかった。
【0022】
(4)細胞の染色体数
STIP−2細胞の染色体数を、継代培養200回以上の細胞について、培養6日目の対数増殖期の細胞にコルヒチン処理を行う常法にて調べた。具体的には、細胞に最終濃度が0.20μg/mlになるようにコルヒチンを加え、18時間培養した後に培地を取り除いてから細胞をPBS(−)で洗浄した。次に、0.05%EDTAと0.125%トリプシンを含有する溶液で細胞を培養皿から剥離し遠心分離により細胞を回収した。こうして回収した細胞に0.075MのKClを添加して室温にて20分間静置して低張処理を行った。低張処理した細胞懸濁液はカルノア液を用いて20分間氷中で固定した後、フレームドライ法によって染色体標本とした。これをギムザ染色し、顕微鏡(倍率1000倍)で染色体を計数した。その結果、STIP−2細胞の染色体数は196.5±1.7本でモードは199本であった。この染色体数はベステルの染色体数である117本の約1.7倍であり、株化細胞の特徴を示すものであった(図5参照)。染色体の核型分析によれば、マイクロクロモゾームが最も多く、全体の約53%を占めていた。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、ヒアルロン酸産生能を有するチョウザメ由来の株化細胞を利用したヒアルロン酸の新規な製造方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
チョウザメの種類の1つであるベステルの眼球の虹彩色素上皮細胞由来の株化細胞であるSTIP−2細胞(FERM BP−11274)を培養することで、STIP−2細胞にヒアルロン酸を産生させることによるヒアルロン酸の製造方法。
【請求項2】
ヒアルロン酸を含有するSTIP−2細胞の培養上清。
【請求項3】
請求項1記載の製造方法によって製造されたヒアルロン酸を配合して行うヒアルロン酸配合物の製造方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−55222(P2012−55222A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201024(P2010−201024)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(390033857)株式会社フジキン (148)
【Fターム(参考)】