説明

ビスマス鉄酸化物粉体、その製造方法、誘電体セラミックス、圧電素子、液体吐出ヘッドおよび超音波モータ

【課題】リーク電流値の低い非鉛誘電体セラミックスおよびその原料となるビスマス鉄酸化物粉体を提供する。
【解決手段】そのための本発明はビスマス鉄酸化物からなる、少なくとも(A)ペロブスカイト型結晶構造を有する粒子、(B)空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子、および(C)空間群I23に分類される粒子を含有するビスマス鉄酸化物粉体。ビスマス鉄酸化物からなる誘電体セラミックスにおいて、空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶が、ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶からなる結晶粒の粒界に存在する誘電体セラミックスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はビスマス鉄酸化物粉体およびその製造方法に関する。特に誘電体セラミックスの原料となるナノ粒子ビスマス鉄酸化物粉体およびその製造方法に関する。また、本発明は誘電体セラミックス、特にBiFeOを主成分とする誘電体セラミックスに関する。また、本発明は前記圧電セラミックスを用いた圧電素子およびこれを利用した液体吐出ヘッドおよび超音波モータに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電気・電子産業において、鉛を含有するセラミックス材料が広く用いられている。その代表的なものはPb(Zr,Ti)O(以下「PZT」という)であり、またPb(Mg,Nb)Oなどの鉛系リラクサ材料である。どちらもペロブスカイト型結晶構造を有し、結晶のAサイトを鉛(Pb)が占有する。PZTセラミックスは高い圧電性能を有することから、アクチュエータなどの圧電素子として用いられる。また鉛系リラクサ材料のセラミックスは高い誘電率を示し、PbTiOなどの強誘電体材料と複合化させることで良好な温度特性が得られることから、積層セラミックコンデンサなどの素子に用いられる。これら圧電素子およびコンデンサは誘電体セラミックス、特に強誘電体セラミックスを素子の主たる構成物として用いており、ともに誘電体素子に分類される。
【0003】
このように鉛を含有するセラミックスは高性能な誘電体素子を提供することができる反面、製造時および廃棄時の環境に対する悪影響が懸念されている。それゆえに、鉛を含有せずに高い性能を示す誘電体セラミックスが求められている。
【0004】
鉛を含有しない誘電体セラミックス材料の候補として、ペロブスカイト結晶構造を有し、そのAサイトをビスマス(Bi)が占有する構造の材料が注目されている。鉛元素は最外殻の電子構造が6s6pであり、ペロブスカイト構造のAサイトを占有する場合は+2価となるため、最外殻電子のうちの2つが孤立電子対としてAサイトの鉛イオンに存在する。ビスマス元素は最外殻の電子構造が6s6pであり、ペロブスカイト構造のAサイトを占有する場合は+3価となるため、最外殻電子のうちの2つが孤立電子対としてAサイトのビスマスイオンに存在する。このように、ビスマス系ペロブスカイト中のビスマスイオンの電子構造は鉛系ペロブスカイト中の鉛イオンとよく似ており、同様の特性を示すことが期待される。中でもBiFeOおよびそれを用いた固溶体あるいは化合物が非鉛誘電体セラミックス材料の候補として有望視されている。
【0005】
例えば特許文献1には、BiFeOを主成分とした圧電材料であるBi1−xLaFeOが開示されている。しかし、BiFeOおよびBiFeOを主成分とした材料は電圧印加時の電流(リーク電流)の値が大きく、誘電体材料として適さないことが一般に知られている。
【0006】
BiFeOのリーク電流値を低減させる方法の一つとして、特許文献2においてBiFeO膜のFeの一部をマンガン(Mn)で置換する方法が開示されている。これによりBiFeO膜のリーク電流値の低減が実現される。しかし、バルクのBiFeOセラミックスのMn添加によるリーク電流の低減に関する記載はなく、バルクセラミックスにおける効果は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−287739号公報
【特許文献2】特開2007−221066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような課題に対処するためになされたもので、リーク電流値の低い非鉛誘電体セラミックスおよびその原料となるビスマス鉄酸化物粉体とその製造方法を提供するものである。
また、前記誘電体セラミックスを用いた圧電素子、液体吐出ヘッドおよび超音波モータを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するための誘電体セラミックスの原料となるビスマス鉄酸化物粉体は、(A)ビスマス鉄酸化物からなる、ペロブスカイト型結晶構造を有する粒子と、(B)ビスマス鉄酸化物からなる、空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子と、(C)ビスマス鉄酸化物またはビスマス酸化物からなる、空間群I23に分類される粒子と、を含有するビスマス鉄酸化物粉体である。
【0010】
前記課題を解決するための誘電体セラミックスの原料となるビスマス鉄酸化物粉体の製造方法は、硝酸鉄および硝酸ビスマスを硝酸水溶液に溶解した溶液に、炭酸水素アンモニウムとアンモニア水を添加してビスマス鉄複合酸化物を得る工程、前記ビスマス鉄複合酸化物を非イオン性高分子凝集剤で凝集させて凝集物を得る工程、前記凝集物を400℃以上650℃以下で焼成する工程を有することを特徴とする。
【0011】
前記課題を解決するための誘電体セラミックスは、ビスマス鉄酸化物からなる、空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶と、ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶とを含有する誘電体セラミックスにおいて、前記空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶が、前記ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶からなる結晶粒の粒界に存在することを特徴とする。
【0012】
前記課題を解決するための圧電素子は、少なくとも一対の電極と、上記の誘電体セラミックスを有することを特徴とする圧電素子である。
前記課題を解決するための液体吐出ヘッドは、上記の圧電素子を用いた液体吐出ヘッドである。
【0013】
前記課題を解決するための超音波モータは、上記の圧電素子を用いた超音波モータである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、リーク電流値の低い非鉛誘電体セラミックスおよびその原料となるビスマス鉄酸化物粉体を提供することができる。また、前記誘電体セラミックスを用いた圧電素子、液体吐出ヘッドおよび超音波モータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の圧電素子の一実施態様を示す模式図である。
【図2】本発明の液体吐出ヘッドの構成の一実施態様を示す概略図である。
【図3】本発明の超音波モータの構成の一実施態様を示す概略図である。
【図4】本発明の実施例1のビスマス鉄酸化物粉体のX線回折パターンを示す図である。
【図5】本発明の実施例1のビスマス鉄酸化物粉体の透過型電子顕微鏡写真である。
【図6】本発明の実施例2の誘電体セラミックスの断面の透過型電子顕微鏡写真である。
【図7】本発明の比較例2の誘電体セラミックスの断面の透過型電子顕微鏡写真である。
【図8】本発明の実施例1および比較例3のビスマス鉄酸化物粉体の光学特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
まず、本発明のビスマス鉄酸化物粉体について説明する。
本発明に係るビスマス鉄酸化物粉体は、ビスマス鉄酸化物からなる、少なくとも(A)ペロブスカイト型結晶構造を有する粒子、(B)空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子、およびビスマス鉄酸化物またはビスマス酸化物からなる(C)空間群I23に分類される粒子を含有することを特徴とする。
【0017】
本発明のビスマス鉄酸化物粉体(以降、「本発明の粉体」と略記することもある。)は誘電体セラミックスの原料として用いることができる。本発明の粉体の構成元素として少なくともビスマス、鉄および酸素を含有する。それら以外の元素が構成元素としてビスマス、鉄または酸素と同等程度あるいはそれ以下の量含まれてもよいが、望ましくはビスマス、鉄および酸素以外の元素の含有量は不純物として含まれる程度であり、ビスマスに対する原子数比でおよそ5%以下、かつ、鉄に対する原子数比でおよそ5%以下である。その本発明の粉体中に、少なくとも(A)ペロブスカイト型結晶構造を有する粒子(粒子(A))、(B)空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子(粒子(B))、(C)空間群I23に分類される結晶構造を有する粒子(粒子(C))を含有し、前記(A)粒子が主成分である。
【0018】
本発明における「セラミックス」とは、基本成分が金属酸化物であり、熱処理によって焼き固められた結晶粒の凝集体(バルク体とも言う)、いわゆる多結晶体を表す。焼結後に加工されたものも同様である。ただし、粉末や粉末を分散させたスラリーは、このセラミックスに含まない。
【0019】
本発明における「粒子」とはいわゆる「ナノ粒子」であり、平均粒子径がナノメートルからサブミクロンサイズの粒子を指す。具体的には、平均粒子径が1nm(ナノメートル)以上999nm以下、または平均粒子体積が1nm(立方ナノメートル)以上1×10nm以下の範囲にあるものである。特に平均粒子径が10nm以上500nm以下、あるいは平均粒子体積が1×10nm以上1.25×10nm以下の範囲にあるものが、本発明を実施するに適した粒子である。
【0020】
本発明のビスマス鉄酸化物粉体は、粒子(A)、粒子(B)および粒子(C)を含有するが、前記(A)ペロブスカイト型結晶構造を有する粒子の粒子(A)の含有量が、X線回折より求めた量比で粉体全体の51%以上99.9%以下、好ましくは75%以上95%以下であることが望ましい。その理由は、本発明の粉体を用いて製造する誘電体セラミックスの誘電性能あるいは圧電性能などは粒子(A)に起因するものであり、それ以外の成分が多く含まれると粒子(A)の濃度が希釈され、十分な性能が得られない恐れがあるからである。
【0021】
なお、本発明における「量比」および粒子の含有割合の表記は体積比である。構成元素の全てあるいはいくつかが等しい、あるいは近い原子番号である酸化物においては、体積比は原子数比とおおよそ等しい値となるので、体積比の代わりに原子数比として同じ値を用いても本発明の効果を得ることができる。
【0022】
一方、粒子(B)および粒子(C)は焼結後の誘電体セラミックスにおいて絶縁特性を良好なものにするために必要である。
粒子(B)の含有量は、X線回折より求めた量比で粉体全体の0.1%以上49%以下、好ましくは1%以上15%以下であることが望ましい。
粒子(C)の含有量は、X線回折より求めた量比で粉体全体の0.1%以上49%以下、好ましくは1%以上15%以下であることが望ましい。
さらに、粒子(B)と粒子(C)の含有率の合計が、X線回折より求めた量比で粉体全体の0.1%以上49%以下、好ましくは1%以上25%以下であることが望ましい。
【0023】
本発明におけるペロブスカイト型結晶構造とは、立方晶、正方晶、斜方晶、菱面体晶のペロブスカイト構造のいずれかであるが、望ましくは菱面体晶である。ビスマス鉄酸化物の組成比は、望ましくはビスマス:鉄:酸素が原子数比で1:1:3であるが、ビスマスまたは鉄の一部が他の元素で置換された組成でもよく、またビスマス、鉄または酸素の一部が欠損した、あるいは過剰に存在した組成でもよい。
【0024】
ここで述べた組成比には、水素、炭素、窒素は対象元素として含めない。その理由は、これらの元素は大気中の水分、二酸化炭素、窒素あるいは製造工程で接触する有機物気体または液体に含まれており、粒子に吸着することがあるからである。以下で述べる組成比に関しても同様である。
【0025】
その他の成分には少なくとも(B)空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子および(C)空間群I23に分類される結晶構造を有する粒子の二種類の粒子が含有される。この二種類の粒子以外の粒子が存在してもよいが、存在しないほうが望ましい。
【0026】
空間群は群論により三次元の結晶を対称性の観点から群に分類したものであり、すべての三次元結晶はすべて230の空間群のいずれかに属する。本発明の記述に用いた空間群の表記はTHE INTERNATIONAL UNION OF CRYSTALLOGRAPHYによるINTERNATIONAL TABLES FOR CRYSTALLOGRAPHYに記載されているShort Hermann−Mauguin symbolを採用した。なお、空間群番号(Number of space group)およびSchoenflies symbolによる表記は、空間群PbamについてはそれぞれNo.55およびD2h、空間群I23についてはそれぞれNo.197およびTである。
【0027】
粒子(B)はBiFeと近い組成であるが、ビスマス、鉄あるいは酸素の一部が他の元素で置換された組成でもよく、またビスマス、鉄または酸素の一部が欠損した、あるいは過剰に存在した組成でもよい。
【0028】
粒子(C)はBi25FeO39またはBiと近い組成であるが、ビスマス、鉄あるいは酸素の一部が他の元素で置換された組成でもよく、またビスマス、鉄または酸素の一部が欠損した、あるいは過剰に存在した組成でもよい。
また、粒子(C)は針状の粒子になりやすいという特徴を有する。その場合の粒子(C)の大きさの一例は、針状粒子の太さすなわち直径として数十から数百nm、および針状粒子の長さとして数百から数μmである。
【0029】
BiFeOを主成分としたセラミックスのリーク電流の原因の一つは、結晶粒界を伝導経路として電流が流れるものと考えられている。本発明の粉体を焼結すると、主成分である粒子(A)は結晶成長し、BiFeO結晶粒が生成されるが、その際に粒子(B)はBiFeO結晶粒の粒界に押し出され、粒界にBiFe結晶が生成される。500℃以上900℃以下の温度範囲では、BiFeはBiFeOと比較して結晶成長速度が遅いことが知られている。BiFeOと比較して結晶成長速度の遅い結晶は、成長過程のBiFeO結晶粒の最表面でゆっくりと結晶成長するため、最終的にBiFeO結晶粒界にゆっくりと結晶成長する結晶の粒子が析出した構造となる。その際、粒子(A)および粒子(B)がナノ粒子であることで、BiFeO粒界にまんべんなくBiFe結晶が生成される。BiFe結晶は良好な絶縁体であり、粒界にまんべんなく配置されたBiFe結晶はBiFeO結晶粒界を伝導経路としたリーク電流を抑制させることができる。このような機構により、本発明の粉体を焼結することで得られたセラミックスにおいては、絶縁特性が向上すると考えられる。粒子(A)または粒子(B)またはその両方が粒子径1ミクロン以上の大きな粒子であった場合は、焼結により得られたBiFe結晶は偏在し、十分なリーク電流抑制の効果が得られない。
【0030】
さらに、BiFeOを主成分としたセラミックスのリーク電流の他の原因の一つは、BiFeO結晶粒の組成がビスマス欠損組成となり、BiFeO結晶中のビスマス欠陥あるいはビスマス欠損により生じた過剰酸素がドーパントとなり、価電子帯に正孔が(あるいは伝導帯に電子が)生成されることにより結晶粒に電流が流れるものと考えられている。本発明の粉体を焼結すると、主成分である粒子(A)が結晶成長してBiFeO結晶粒が生成される際に、熱により蒸発し欠損するBiFeO結晶中のビスマスを粒子(C)中に多量に存在するビスマスが補填することで,BiFeO結晶のビスマス欠損を防止し、BiFeO結晶中を流れる電流を抑制させることができる。このとき、粒子(A)および粒子(C)がナノ粒子として均一に混合されていることにより、まんべんなくビスマスを補填することができ、BiFeO結晶中の局所的なビスマス欠損の生成を防止することができる。粒子(A)または粒子(C)またはその両方が粒子径1ミクロン以上の大きな粒子であった場合は、焼結により得られた部分的にBiFeO結晶のビスマス欠損が生じ、十分なリーク電流抑制の効果が得られない。
【0031】
次に、本発明の粉体の製造方法について説明する。
本発明に係るビスマス鉄酸化物粉体の製造方法は、硝酸鉄および硝酸ビスマスを硝酸水溶液に溶解した溶液に、炭酸水素アンモニウムとアンモニア水を添加してビスマス鉄複合酸化物を得る工程、前記ビスマス鉄複合酸化物を非イオン性高分子凝集剤で凝集させて凝集物を得る工程、前記凝集物を400℃以上650℃以下で焼成する工程を有することを特徴とする。
【0032】
本発明に係るビスマス鉄酸化物粉体の製造方法は、共沈法により行われる。「共沈法」とは、2種類以上の金属イオンを含む溶液から複数種類の難溶性塩を同時に沈殿させることで、均一性の高い粉体を得る方法である。
【0033】
本発明における硝酸鉄および硝酸ビスマスは、それぞれ3価の鉄およびビスマスの硝酸塩であり、化学式Fe(NO、Bi(NOで表わされる。目的とするビスマス鉄酸化物粉体の組成に対応する量の硝酸鉄および硝酸ビスマスを硝酸中に溶解し、これを炭酸水素ナトリウム(NaHCO)およびアンモニア(NH)の混合水溶液中に混入し、攪拌することでビスマス鉄複合酸化物を得ることができる。硝酸鉄および硝酸ビスマスは水和物も用いることができる。炭酸水素ナトリウム(NaHCO)およびアンモニア(NH)は沈殿剤として作用する。
【0034】
このとき、鉄およびビスマスの原料として他の化合物、たとえば塩化物、硫酸塩、酢酸塩を用いることはできない。なぜなら、このような原料を用いたときには、主成分としてペロブスカイト型の結晶構造を有する粒子(粒子(A))が得られないからである。
【0035】
得られたビスマス鉄複合酸化物は粒径がナノメートルサイズであり、水溶液からの濾過による回収が困難であるため、水溶液に凝集剤を添加することで、得られたビスマス鉄複合酸化物を凝集させて凝集物を得る。凝集剤はアルカリ性を示す水溶液中でも効果を発揮する非イオン性高分子凝集剤を用いる。非イオン性高分子凝集剤としては、例えばサンフロックN−520P(三洋化成製)が挙げられる。
【0036】
このようにして得られた凝集物はビスマス鉄複合酸化物のアモルファスである。これを焼成することで、ビスマス鉄複合酸化物は結晶化し、同時に非イオン性高分子凝集剤の成分は脱離して、目的のビスマス鉄酸化物粉体を得ることができる。
【0037】
焼成温度は400℃以上650℃以下が望ましい。400℃未満では、ビスマス鉄酸化物の結晶化が十分でなく、粒子(A)、(B)および(C)が生成しないし、また高分子凝集剤の脱離が不十分である可能性がある。一方、650℃をこえる温度で焼成した場合では、結晶化が進行しすぎることにより、粒子(A)、(B)、(C)の粒径が大きくなりすぎ、その結果、セラミックスとしての絶縁効果が不十分となる。
【0038】
焼成温度の違いによるビスマス鉄複合酸化物粉体の物性変化は、セラミックを製造した後の絶縁性のみならず、粉体の光学特性にも現われることを、本発明者らは実験により明らかにした。絶縁性のよいセラミックを得ることのできるビスマス鉄複合酸化物粉体は、従来のビスマス鉄複合酸化物粉体および焼成温度が高く粒径の大きいビスマス鉄複合酸化物粉体と比較して、0.1から0.4エレクトロンボルト(eV)だけ大きな光学的バンドギャップエネルギーを有する。この増大は、おそらくは、それぞれの粒子、特に粒子(A)が微小な粒として生成したことに関係があると考えられる。なお、それ以上大きな光学的バンドギャップエネルギーを有するビスマス鉄複合酸化物粉体は得ることができなかったので、より大きな光学的バンドギャップエネルギーを有するビスマス鉄複合酸化物粉体と絶縁性との相関はわからない。
【0039】
本発明のビスマス鉄複合酸化物粉体は、上述のように目が細かいため、該粉末を焼成してリーク電流を有効に抑えた誘電体セラミックスを得ることができる。一方、粉体の平均粒径が1μmを超えるほどの目が粗い粉体を用いてビスマス鉄複合酸化物を含有すセラミックスを焼成した場合、目の粗さからセラミックスを形成する結晶粒同士の粒界に不純物が滞留してリークパスが形成されやすい。したがって、ビスマス鉄複合酸化物粉体の絶縁性が低い場合のみならず、絶縁性がある程度高い場合でも、該粉体を用いて焼成したセラミックスの絶縁性には、一定の限界があった。したがって、本発明のビスマス鉄複合酸化物粉体は、ペロブスカイト型結晶構造を有する平均粒子径が10nm以上500nm以下であり、粉体の光学的バンドギャップが1.7eV以上2.0eV未満であることが望ましい。
【0040】
次に、本発明の誘電体セラミックスについて説明する。
本発明の誘電体セラミックスは、ビスマス鉄酸化物からなる、空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶と、ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶とを含有する誘電体セラミックスにおいて、前記空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶が、前記ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶からなる粒の粒界に存在することを特徴とする。
【0041】
ペロブスカイト型結晶構造とは、立方晶、正方晶、斜方晶、菱面体晶のペロブスカイト構造のいずれかであるが、望ましくは菱面体晶である。
ペロブスカイト型結晶構造を有する結晶はBiFeOであることが望ましい。そのBiFeOにおけるBi:Fe:Oの組成比は原子数比で1:1:3であることが望ましいが、多少の欠損あるいは過剰があってもよい。欠損あるいは過剰の程度は原子数比で1%以下であることが望ましい。あるいは、BiFeOのBiの一部を他の元素、例えば希土類元素やバリウム(Ba)で置換したものであってもよいし、Feの一部を他の元素,例えば遷移金属元素や希土類元素やインジウム(In)やガリウム(Ga)やアルミニウム(Al)で置換したものであってもよい。
【0042】
空間群Pbamに分類される結晶構造を有する結晶はBiFeであることが望ましい。そのBiFeにおけるBi:Fe:Oの組成比は2:4:9であることが望ましいが、多少の欠損あるいは過剰があってもよい。欠損あるいは過剰の程度は原子数比で1%以下であることが望ましい。あるいは、BiFeのBiの一部を他の元素で置換したものであってもよいし、Feの一部を他の元素で置換したものであってもよい。
【0043】
この空間群Pbamに分類される結晶構造を有する結晶はよい絶縁体であり、ペロブスカイト型結晶構造を有する結晶からなる粒の粒界に存在することで、粒界を伝導経路とするリーク電流を遮断することができる。その結果、誘電体セラミックスのリーク電流を抑制することができる。
【0044】
本発明の誘電体セラミックスは、本発明の粉体,あるいは本発明の粉体と他の成分の粉体を混合したものを焼成することで得ることができる。他の成分の粉体とは、例えばBaTiO、(Ba,Na)TiO、(Ba,K)TiO、(K,Na)NbOである。
【0045】
焼成温度は500℃以上900℃以下、好ましくは600℃以上800℃以下である。500℃未満では主成分のペロブスカイト型結晶構造を有する結晶の結晶化が不十分となり、900℃をこえると主成分のペロブスカイト型結晶構造を有する結晶が分解してしまい、主成分の含有量が低下し、目的の性能が得られない可能性がある。
【0046】
本発明の誘電体セラミックスは、本発明の粉体を焼成する方法以外の製造方法を用いて製造してもよい。本発明の粉体を焼成する方法以外の製造方法としては、例えば、有機ビスマス化合物および有機鉄化合物を用いたゾルゲル法で製造したビスマス鉄酸化物粉体を焼成する方法である。
【0047】
次に、本発明の圧電素子について説明する。
本発明の圧電素子は、少なくとも一対の電極と、上記の誘電体セラミックスを有することを特徴とする圧電素子である。前記誘電体セラミックスが圧電セラミックスであることを特徴とする。
【0048】
図1は、本発明の誘電体セラミックスを用いた圧電素子の一例を示す模式図である。本発明の圧電素子は、第一の電極1および第二の電極2の間に、誘電体セラミックス3を挟持した構成からなる。第一の電極および第二の電極は、5から2000nm程度の層厚を有する導電層よりなる。その材料は特に限定されず、圧電素子に通常用いられているものであればよい。例えば、Ti、Pt、Ta、Ir、Sr、In、Sn、Au、Al、Fe、Cr、Ni、Pd、Agなどの金属およびこれらの酸化物を挙げることができる。第一の電極および第二の電極は、これらのうちの1種からなるものであっても、あるいはこれらの2種以上を積層してなるものであってもよい。第一の電極と第二の電極が、それぞれ異なる材料であっても良い。
【0049】
第一の電極と第二の電極の製造方法は限定されず、金属ペーストの焼き付けにより形成しても良いし、スパッタ、蒸着法などにより形成してもよい。また第一の電極と第二の電極とも所望の形状にパターニングして用いても良い。
【0050】
図2は、本発明の液体吐出ヘッドの構成の一実施態様を示す概略図である。本発明の圧電素子は、図2(b)における様に、第一の電極6、圧電セラミックス7、第二の電極8を少なくとも有する圧電素子である。
【0051】
本発明の液体吐出ヘッドは、前記圧電素子を有する液体吐出ヘッドである。図2(a)は液体吐出ヘッドの模式図である。11は吐出口、12は個別液室13と吐出口11をつなぐ連通孔、14は共通液室、15は振動板、10は圧電素子である。圧電素子10は、図示されているように矩形の形をしているが、この形状は矩形以外に楕円形、円形、平行四辺形等でも良い。その際、一般的に、圧電セラミックス7も個別液室の形状に沿った形状を採る。
【0052】
本発明の液体吐出ヘッドを構成する圧電素子10の近傍を更に詳細に図2(b)で説明する。図2(b)は、図2(a)の液体吐出ヘッドの幅方向での圧電素子の断面図である。圧電素子10の断面形状は矩形で表示されているが、台形や逆台形でもよい。また、図中では第1の電極6が下部電極16、第2の電極8が上部電極18に相当するが、本発明の圧電素子10を構成する第一の電極6および第二の電極8はそれぞれ下部電極16、上部電極18のどちらになっても良い。また振動板15と下部電極16の間にバッファ層19が存在しても良い。
【0053】
前記液体吐出ヘッドは、圧電体薄膜の伸縮により振動板が上下に変動し、個別液室の液体に圧力を加え、吐出口より、吐出させる。本発明のヘッドは、プリンター以外に電子デバイスの製造用にも用いる事が出来る。
【0054】
振動板の膜厚は、1.0μm以上15μm以下であり、好ましくは1.5μm以上8μm以下である。振動板の材料は限定されないが、好ましくはSiである。また、Si上のバッファ層、電極層も振動板の一部となっても良い。振動板のSiにBやPがドープされていても良い。
【0055】
バッファ層の膜厚は、300nm以下であり、好ましくは200nm以下である。
吐出口の大きさとしては、5μmφ以上40μmφ以下である。吐出口の形状は、円形であるが、星型や角型状、三角形状でも良い。
【0056】
次に、本発明の圧電素子を用いた超音波モータについて説明する。
図3は、本発明の超音波モータの構成の一実施態様を示す概略図である。
本発明の圧電素子が単板からなる超音波モータを、図3(a)に示す。金属の弾性体リング21に本発明の圧電素子22を有機系の接着剤23(エポキシ系、シアノアクリレート系など)で接合した振動体24と、振動体24の摺動面に不図示の加圧バネにより加圧力を受けて接触しているローター25と、ローター25に一体的に設けられている出力軸により構成されている。
【0057】
本発明の圧電素子に2相(位相がπ/2異なる)の電源から交流電圧を印加すると振動体24に屈曲進行波が発生し、振動体24の摺動面上の各点は楕円運動をする。この振動体24の摺動面にローター25を圧接すると、ローター25は、振動体24から摩擦力を受け、振動体摺動面上の楕円運動の方向へ回転する。不図示の被駆動体は、カップリング等で出力軸と接合されており、ローター25の回転力を受けて駆動される。この種のモータは、圧電セラミックスに電圧を印加すると圧電横効果によって圧電素子が伸縮するため、金属などの弾性体に圧電素子を接合しておくと、弾性体が曲げられるという原理を利用したものである。
【0058】
さらに、図3(b)で圧電素子が積層構造である超音波モータを例示する。図3(b)で、61は金属材料からなる振動子で、筒形状の金属ブロック間に複数の本発明の圧電素子63を介装し、ボルトによりこれら金属ブロックを締結することで該複数の圧電素子63を挟持固定し、振動子を構成している。振動子61は、該圧電素子の駆動用圧電体に位相の異なる交流電圧を印加することにより、直交する2つの振動を励起し、その合成により振動子の先端部に駆動のための円振動を形成する。なお、振動子61の上部にはくびれた周溝が形成され、駆動のための振動の変位を大きくしている。
【0059】
62はローターで、振動子61に加圧用のバネSにより加圧接触し駆動のための摩擦力を得るようにしている。
前述したように本発明の圧電素子は、液体吐出ヘッドや、超音波モータに好適に用いられる。液体吐出ヘッドとしては、従来の鉛含有圧電素子を用いたものと同等程度またはそれ以上のノズル密度、吐出力を有するヘッドを提供できる。また、超音波モータとしては、ビスマス鉄酸化物を主体とする非鉛系の圧電素子により、従来の鉛含有圧電素子を用いたものと同等程度またはそれ以上の駆動力及び耐久性のあるモータを提供できる。これらは鉛を含有しないことから、環境に対する負荷が小さいという利点を有する。
【0060】
本発明の圧電セラミックスは、液体吐出ヘッド、モータに加え、超音波振動子、圧電アクチュエータ、圧電センサといったデバイスに用いることができる。
【実施例】
【0061】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例により限定されるものではない。
(実施例1)
ビスマス鉄酸化物粉体の製造例
市販の硝酸鉄(III)9水和物(Fe(NO・9HO)および硝酸ビスマス(III)5水和物(Bi(NO・5HO)をモル比で1対1の割合で秤量し、精製水を加えて混合した。その際に硝酸ビスマス(III)5水和物が水に溶解しきれない場合があるが、適量の濃硝酸を加え、液温25℃で攪拌することですべて溶解させ、ビスマス鉄水溶液とした。製造量と作業性を考慮して、ビスマス、鉄の各原料化合物、濃硝酸、精製水の量を随時決定してビスマス鉄酸化物粉体の製造を行った。それらの配合比率の一例をあげると、ビスマスおよび鉄の水溶液中の濃度がBiFeOに換算して水溶液全体の15から20重量%になるように、かつ硝酸ビスマス(III)5水和物がすべて溶解できる硝酸濃度になるように、ビスマス、鉄の各原料化合物、濃硝酸、精製水の量を調整した。さらに具体的な配合比率の一例は、たとえば重量比で以下のとおりであった。
【0062】
硝酸鉄(III)9水和物 1.0
硝酸ビスマス(III)5水和物 1.2
硝酸(60%硝酸) 0.38
精製水(イオン交換水) 1.5
【0063】
一方、市販のアンモニア(NH)水溶液、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)と精製水(HO)を混合した水溶液を沈殿母液として作製した。炭酸水素ナトリウムに対するアンモニアの配合比率はモル比で1倍程度あるいはそれ以下であり、加える精製水の量は炭酸水素アンモニウムが溶解する最低限の量より多めの量とした。沈殿母液の総量として、重量比でビスマス鉄水溶液の数倍の量を作製した。具体的な沈殿母液の量の一例をあげると、重量比でビスマス鉄水溶液の8から10倍の量を作製した。さらに具体的な配合比率は、重量比で以下のとおりであった。
【0064】
炭酸水素アンモニウム 1.2
28%アンモニア水 0.90
精製水(イオン交換水) 29から37
【0065】
室温において、沈殿母液中にビスマス鉄水溶液を滴下し、攪拌を行ったところ、液中に固体微粒子が生成した。生成した固体微粒子が液中に分散している状態において、液中に沈殿剤として非イオン性高分子凝集剤(三洋化成製、商品名サンフロックN−520P)を添加して、生成した固体微粒子を沈殿させた。非イオン性高分子凝集剤の添加量は重量比でビスマス鉄水溶液の10分の1から1000分の1程度でよく、その一例としては100分の1であった。その後、沈殿した固形物を定量濾紙により濾過し回収した。
【0066】
得られた固形物を箱型電気炉中で550℃、1時間焼成した結果、茶色もしくは黄土色の微粒子粉体を得た。微粒子粉体の平均粒子径は200nmであった。この粉末をX線回折測定することにより得られたX線回折パターンの一部を図4に示す。得られたX線回折パターンは、粉末の主成分をBiFeOと同じ結晶構造を仮定することでよく説明できることから、菱面体晶ペロブスカイト構造を有する物質であることがわかった。また、この粉末中に主成分以外の第二、第三相が存在することが確認された。第二相はBiFeと同じ結晶構造でよく説明できたことより、空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子であることがわかった。第三相はBi25FeO39と同じ結晶構造でよく説明できたことより、空間群I23に分類される結晶構造を有する粒子であることがわかった。X線回折測定結果より計算されたそれぞれの物質の体積比は、第二相が全体の12%、第三相が3%であり、残りがすべての主成分のペロブスカイト構造を有する物質で85%であった。
【0067】
このビスマス鉄酸化物粉体の透過型電子顕微鏡(TEM)による観察写真を図5に示す。それによると、この粉体は3種類の形状の異なる粒子からなることがわかった。図中矢印で示した粒子(A)に代表される、球形に近い比較的等方的な形状を有し、かつ表面平滑な粒子の電子線回折を測定したところ、その図形はBiFeOと同じ結晶構造を仮定することで説明できたことより、粒子(A)は菱面体晶ペロブスカイト構造を有する結晶から成ることがわかった。
【0068】
図中矢印で示した粒子(B)に代表される、球形に近い比較的等方的な形状を有し、かつ凹凸の多い表面構造を有する粒子の電子線回折を測定したところ、その図形はBiFeと同じ結晶構造を仮定することで説明できたことより、粒子(B)は空間群Pbamに分類される結晶構造を有する結晶から成ることがわかった。
【0069】
図中矢印で示した粒子(C)に代表される、針状の形状を有する粒子の電子線回折を測定したところ、その図形はBi25FeO39あるいはγ‐Biと同じ結晶構造を仮定することで説明できたことより、粒子(C)は空間群I23に分類される結晶構造を有する結晶から成ることがわかった。粒子(C)のEDX測定結果からはFeが検出されなかった。この理由は、Feの含有比率が小さいためにEDXでは検出できなかったため、あるいは本質的にFeが含まれていないための両方が考えられる。
【0070】
(比較例1)
ビスマス鉄酸化物粉体の製造例
市販の塩化鉄(FeCl)および塩化ビスマス(BiCl)を用いて、同様の方法でビスマス鉄酸化物複合微粒子の沈殿物を作製し、回収した。
【0071】
得られた沈殿物、およびその沈殿物を箱型電気炉中で800℃で焼成した粉体をX線回折により分析したところ、どちらも上述の粒子(A)、(B)、(C)のいずれとも異なる結晶構造を有する結晶から成る粉体であることがわかった。また、市販の酢酸鉄および酢酸ビスマスを用いて作製したビスマス鉄酸化物粉体、および市販の硫酸鉄および硫酸ビスマスを用いて作製したビスマス鉄酸化物粉体のどちらも、上述の粒子(A)、(B)、(C)のいずれとも異なる結晶構造を有する結晶から成る粉体であることがわかった。
【0072】
(実施例2)
ビスマス鉄酸化物からなる誘電体セラミックスの製造例
実施例1で得られたビスマス鉄酸化物粉体を用いて、以下の方法によりビスマス鉄酸化物粉体から成る誘電体セラミックスの製造を行った。
【0073】
実施例1の粉体に3重量パーセントのポリビニルブチラール(PVB)を含有するエタノール溶液を加えてよく混合し、乾燥させた。乾燥後の固形物を粉砕して得られた粉末をペレット成型機に充填し、油圧プレス機により加圧することで実施例1の粉体のペレットを得た。これを箱型電気炉中で800℃、2時間焼結することにより、ビスマス鉄酸化物から成る誘電体セラミックス円盤を得た。
【0074】
得られた誘電体セラミックス円盤の表面および底面を研削および研磨し、研磨面両面にRFマグネトロンスパッタ法により厚さ5nmのチタン薄膜、その上に厚さ300nmの金薄膜を形成し、対向電極とした。ダイシングソーにより対向電極と直交方向の切断加工を行うことにより、直方体の対向する2面に電極を有する誘電体素子を得た。この時の本実施例2の素子の10V印加時の電気抵抗率、比誘電率、および誘電損失(tanδ)の値を表1に示す。
【0075】
(比較例2)
ビスマス鉄酸化物からなる誘電体セラミックスの製造例
実施例2のビスマス鉄酸化物から成る誘電体セラミックスの比較として、市販のBi試薬粉末(平均粒径20マイクロメートル)およびFe試薬粉末(平均粒径500ナノメートル)を原料として用いたビスマス鉄酸化物から成る誘電体セラミックスの製造を行った。モル比で1対1のBiとFeをめのう乳鉢により粉砕混合し、混合粉末を箱型電気炉で800℃、15分間の仮焼を行い、仮焼物をめのう乳鉢により粉砕混合し、仮焼粉を得た。
【0076】
その仮焼粉に3重量パーセントのPVBを含有するエタノール溶液を加えてよく混合し、乾燥させた。以後、実施例2と同様の工程によりビスマス鉄酸化物から成る誘電体セラミックス円盤を得た。また、実施例2と同様の工程を経て、直方体の対向する2面に電極を有する誘電体素子を得た。この時の本比較例2の素子の10V印加時の電気抵抗率、比誘電率、およびtanδの値を表1に示す。
【0077】
電気抵抗率の測定は、半導体パラメータアナライザー(アジレント社製)により行った。
比誘電率の測定およびtanδの測定は、インピーダンスアナライザー(アジレント社製)により行った。
【0078】
【表1】

【0079】
表1に示すとおり、実施例2の誘電体素子において、比較例2の素子と比較して6桁もの抵抗値の向上が確認された。これはリーク電流値が6桁低減されたことを示している。比較例2の比誘電率の値は、インピーダンスアナライザーにおける静電容量評価において、リーク電流が大きいために静電容量値が過大評価されたために大きな値を示している。よって、この大きな誘電率の値は誘電特性が向上したためのものではない。
【0080】
リーク電流低減の効果の機構を調べるため、それぞれの素子の断面TEM観察を行った。実施例2の素子および比較例2の誘電体素子を電極と垂直方向に切断し、その切断面をTEMにより観察した断面観察写真をそれぞれ図6、図7に示す。
【0081】
実施例2の誘電体セラミックスの主たる構成物である粒子は、電子線回折により菱面体晶ペロブスカイト型結晶構造を有する結晶(図6中にDで表示)からなっていることがわかった。この粒子はBiFeOであると同定された。また、図6よりBiFeO結晶粒の粒界に直方体形状の粒子がまんべんなく析出していることが見て取れた(図中Eで表示)。電子線回折測定により、この粒子は空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子であることがわかった。この粒子はBiFeであると同定された。BiFeはよい絶縁体であり、BiFeO結晶粒の粒界に存在することで、粒界を伝導経路とするリーク電流を遮断し,誘電体セラミックスのリーク電流を抑制したものと考えられる。さらに、焼結時の熱により蒸発し欠損するBiFeO結晶粒中のビスマスを粒子(C)中に多量に存在するビスマスが補填することで,BiFeO結晶のビスマス欠損を防止し、BiFeO結晶中を流れる電流を抑制させたと考えられる。
【0082】
同様に、比較例2の誘電体セラミックスの主たる構成物である粒子は菱面体晶ペロブスカイト型結晶構造を有する結晶(図7中にDで表示)からなっていることがわかり、これはBiFeOであると同定された。しかし、実施例2の誘電体セラミックと異なり、空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子(図7中にEで表示)がBiFeO結晶粒の粒界にほとんど存在しない。そのため、粒界を伝導経路とするリーク電流を遮断することができず、低い電気抵抗率の値、すなわち大きなリーク電流値を示したものと考えられる。
【0083】
(光学特性の評価)
実施例1で作製したビスマス鉄酸化物粉体、実施例1の工程において焼成温度を500℃、600℃、および650℃でそれぞれ焼結したビスマス鉄酸化物粉体の光学吸収を測定した。測定は粉体試料を積分球内に設置し、350nmから800nmまで波長範囲で、可視紫外光スペクトロメータを用いた拡散反射法により行った。測定の際に、標準試料として硫酸バリウムの拡散反射を測定し、各物質の相対反射率を求めた。得られた相対反射率を吸収率に変換し、吸収率が光学吸収係数(α)に比例するとして、Taucプロットから光学的バンドギャップエネルギーを求めた。Taucプロットとは、hνを各波長に対応するフォトンエネルギーとして、αのhν依存性を下記の式に従いプロットしたものである。
hν = k(hνα)
【0084】
ここで、kは係数である。nは物質のバンド構造などにより、主に2または1/2をとる指数である。一般的に、アモルファス物質や微粒子ではn=1/2とすることが多いため、我々のTaucプロットによる評価においてもn=1/2を採用した。このプロットより、縦軸(hνα)1/2の変化が一番大きな部分を直線近似し、その直線を(hνα)1/2=0に外掃した時の横軸hν切片の値を光学的バンドギャップエネルギーとした。図Xに上記ビスマス鉄酸化物粉体のTaucプロットを示す。焼成温度500℃、550℃、600℃および650℃のビスマス鉄酸化物薄膜の光学的バンドギャップは1.7eVから2.0eVの間にあることがわかった。
【0085】
(比較例3)
実施例1の工程において、焼成温度を700℃にして製造したビスマス鉄酸化物粉末、焼成の工程を省いたビスマス鉄酸化物粉末、ならびに比較例2において作製した、セラミックを焼結する前の仮焼粉の拡散反射測定を行い、その結果をTaucプロットしたものを図8に示した。比較例2の仮焼粉の光学的バンドギャップエネルギーは約1.6eVと評価された。また同様に、焼成温度を700℃のビスマス鉄酸化物粉末においても、光学的バンドギャップエネルギーは約1.6eVとなった。これは、焼成温度が高すぎるために結晶粒が大きくなったことに起因すると考えられる。実施例1の焼成の工程を省いたビスマス鉄酸化物粉末の光学的バンドギャップエネルギーは約1.3eVと評価された。この粉末はX線回折測定により非晶質であることがわかっており、低い光学的バンドギャップエネルギーは結晶化していないことに起因していると考えられる。
【0086】
(実施例3)
圧電性の評価
実施例2で用いた、直方体の対向する2面に電極を有する誘電体素子をシリコーンオイル中で分極処理した。オイル温度は120℃、分極電界は直流60kV/cm、電界印加時間は60分間とした。この誘電体素子は低いリーク電流値を反映して、耐圧性が良好であったため、十分な分極処理を行うことができた。一方、比較例2で用いた誘電体素子に同様の分極処理を施したところ、電界印加後間もなく許容電流値を超える電流が流れたため、分極処理を完了できなかった。
【0087】
分極処理を施した実施例2の誘電体素子をd33圧電定数測定装置(PIEZOTEST社製、商品名Piezo Meter System)により評価した。得られた圧電定数は良好なものであった。
【0088】
(実施例4)
液体吐出ヘッド、超音波モータの試作
実施例2に示した誘電体セラミックスを用いて、図2および図3に示される、液体吐出ヘッド及び超音波モータを試作した。液体吐出ヘッドでは、入力した電気信号に追随したインクの吐出が確認された。超音波モータでは、交番電圧の印加に応じたモータの回転挙動が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明のビスマス鉄酸化物粉体は、環境負荷が小さく、かつ良好な誘電特性または圧電特性を有する誘電体セラミックスの製造に利用することができる。
本発明の誘電体セラミックスは、環境負荷が小さく、かつ良好な誘電特性を有するので、圧電素子、液体吐出ヘッド、超音波モータなどの機器に問題なく利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ビスマス鉄酸化物からなる、ペロブスカイト型結晶構造を有する粒子と、
(B)ビスマス鉄酸化物からなる、空間群Pbamに分類される結晶構造を有する粒子と、
(C)ビスマス鉄酸化物またはビスマス酸化物からなる、空間群I23に分類される粒子と、を含有するビスマス鉄酸化物粉体。
【請求項2】
前記粒子(A)の含有量がX線回折より求めた量比でビスマス鉄酸化物粉体全体の51%以上99.9%以下である請求項1に記載のビスマス鉄酸化物粉体。
【請求項3】
粉体の光学的バンドギャップが1.7eV以上2.0eV未満である請求項2に記載のビスマス鉄酸化物粉体。
【請求項4】
ペロブスカイト型結晶構造を有し、平均粒子径が10nm以上500nm以下であり、光学的バンドギャップが1.7eV以上2.0eV未満であるビスマス鉄酸化物粉体。
【請求項5】
硝酸鉄および硝酸ビスマスを硝酸水溶液に溶解した溶液に、炭酸水素アンモニウムとアンモニア水を添加してビスマス鉄複合酸化物を得る工程と、
前記ビスマス鉄複合酸化物を非イオン性高分子凝集剤で凝集させて凝集物を得る工程と、
前記凝集物を400℃以上650℃以下で焼成する工程と、を有するビスマス鉄酸化物粉体の製造方法。
【請求項6】
ビスマス鉄酸化物からなる、空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶と、ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶とを含有する誘電体セラミックスにおいて、
前記空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶が、前記ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶からなる結晶粒の粒界に存在することを特徴とする誘電体セラミックス。
【請求項7】
前記ペロブスカイト型結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶が、BiFeOである
請求項6記載の誘電体セラミックス。
【請求項8】
前記空間群Pbamに分類される結晶構造を有するビスマス鉄酸化物結晶が、BiFeである請求項6または7記載の誘電体セラミックス。
【請求項9】
少なくとも一対の電極と、請求項6ないし8のいずれか一項に記載の誘電体セラミックスを有することを特徴とする圧電素子。
【請求項10】
請求項9に記載の圧電素子を用いた液体吐出ヘッド。
【請求項11】
請求項9に記載の圧電素子を用いた超音波モータ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図8】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−213581(P2011−213581A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−50307(P2011−50307)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(391003598)富士化学株式会社 (40)
【Fターム(参考)】