説明

フォトン対源とそれを作る方法

この発明は、少なくとも1つの量子ドットを具えるエンタングル状態のフォトン対を発生させるフォトン対源を作る方法に関し、フォトン対源の操作挙動が少なくとも1つの量子ドットの励起子エネルギーレベルの微細構造分裂を調整することによって決定される。この励起子エネルギーレベルの微細構造分裂は、半導体基体の{111}結晶面上に少なくとも1つの量子ドットが離散状態で蒸着されることによって調整される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、請求項1の全文による特徴を具える方法に関する。
【背景技術】
【0002】
このような方法は、国際特許出願WO2007/062625A2によって公知になっている。この公知の方法においては、基体上に離散状態で蒸着した1つあるいはそれ以上の量子ドットによって、エンタングル状態のフォトン対を発生させるフォトン対源を作るステップを具える。フォトン対源がエンタングル状態のフォトン対を生み出すことができるようにするためには、量子ドットの励起子エネルギーレベルの微細構造分裂を可能な限り小さくなるように調整する。上述の公報は、エンタングル状態となったフォトン対を発生させるためには、微細構造分裂をマイナス100マイクロ電子ボルトとプラス100マイクロ電子ボルトとの間に設定することを推奨している。この公報の教示に従って、量子ドット当りの原子数を800アトムと5000アトムとの間に調整することによって、このような微細構造分裂が行われる。
【0003】
この発明が解決しようとする課題は、従来の方法より簡単に、またより高い再生可能性をもって、エンタングル状態のフォトン対を発生させるフォトン対源を作るための方法を提供することである。
【0004】
この課題は、本件請求項1による特徴を具えた方法によって達成される。またこの方法による有利な構成は従属項に提示されている。
【0005】
従って、この発明は、半導体基体の{111}結晶面で量子ドットを離散状態で蒸着することによって、励起子エネルギーレベルの量子ドットの微細構造分裂を提供している。{111}結晶面とは、基体の{111}面に配向した結晶面、及びこれと等価のその他のすべての結晶面を意味するものと解される。
【0006】
この発明による方法の本質的な利点は、この方法では、微細構造分裂は常にゼロであるか、少なくとも常にほぼゼロであるという事実に有る。この重要な事項は、発明者が理論的な研究を行って突き止めたものであり、量子ドットの励起子の状態は、いわゆる配置間相互作用法(以降においては単に「CIメソッド」と呼ぶ)を用いて計算した。その際に、多粒子のハミルトニアン演算子は、単一粒子波動関数(スレイター行列式)の反対称積をベースに展開された。単一粒子状態は、実際の3Dジオメトリと、「ストランスキー・クラスタノフ成長法」によって生じるグリッド歪みと、ここで決定的な意味を持つ圧電効果を考慮して、いわゆる8バンドk.p理論によって計算した。量子化学から導き出したCIメソッドは非常に正確であり、直接のクーロン効果と相関効果のみならず、ここで発生する置換エネルギー準位も考慮した。発明者は、このCIメソッドを用いて(111)基体上に配置した量子ドットの微細構造分裂をモデル化し、ここでは量子ドット自体が回転対称であると考えられている。垂直アスペクト比(高さと幅の比率)、量子ドットのサイズ、及び量子ドット中のインジウム平均含有量は様々である。対称であると考えることで、(111)面に垂直な少なくとも三回回転対称軸を有する(111)基体上の各量子ドットについては、微細構造分裂が消滅すると云う推論が可能である。このことは、発明者が実行した数値シミュレーションとも合致する。更に発明者は、この場合、{111}結晶表面の格子対称性のため、横方向に伸長した量子ドットを成長させるであろう吸着原子の移動度に関する相互に直交する異方性方向は存在しないということを確認している。従って、「完全」な{111}表面の場合には量子ドットのC3vシンメトリーである、つまり結果としての量子ドットが三回回転対称軸を有しており、従って、微細構造分裂がなくなることが常に期待される。ここでの誤差は全く統計的(偶発的)なものであり、技術的には無視できる。
【0007】
この発明による方法の更なる本質的な利点は、量子ドットの歪によって生じる圧電界が量子ドットに対して対称性を低下させるような作用をもたらすことがなく、その結果、C3v対称性とそれに伴う微細構造分裂は、歪があり、圧電界が発生したとしても維持されることである。
【0008】
この発明による方法の第3の本質的な利点は、下にある半導体基体の結晶格子が、量子ドットのC3v対称性と適合しており、従って、対称性を低下させる作用を発揮しないということに基づいている。{111}基体表面を用いることで、量子力学的閉じ込め能力が少なくともC3v対称性を具えており、その結果、微細構造分裂は消滅し、従って、エンタングル状態のフォトン対が発生する。
【0009】
この発明による方法の更なる本質的な利点は、これによって、量子力学の原理に基づくデータ暗号化のためのフォトン対源を非常に単純な方法で作ることができるという事実に見ることができる。エンタングル状態のフォトン対では、一方のフォトンの測定が、他方のフォトンが離れていたとしても、それぞれのフォトン対の他方のフォトンの測定結果に直接影響を及ぼす。潜在的な「盗聴者」は、情報を得るためには、自身の測定装置を伝送経路に設置しなければならず、自身の測定の結果、不可避的にフォトン対のエンタングル状態をキャンセルしてしまう、すなわち、フォトン伝送を変更することになる。このことは受信者の位置における偏光測定で明確になり、その結果、盗聴傍受が分かる。
【0010】
この方法の好ましい構成によれば、量子ドットの垂直アスペクト比は0.05と0.7との間、とりわけ0.15と0.5との間である。例えば、半導体基体接触面における量子ドットの高さと直径との比は、0.05と0.7との間に設定される。
【0011】
好ましくは、少なくとも1つの量子ドット及び/又は半導体基体が混晶でできており、この混晶は:
−Ga(In,Al)As結晶に組み込まれたIn(Ga)As物質体と、
−Ga(In,Al)P結晶に組み込まれたIn(Ga)P物質と、
−In(Ga,Al)P結晶に組み込まれたIn(Ga)As物質と、及び/又は、
−InGa1−xAs物質とを具え、ここで、xが0.3と1との間である。
【0012】
半導体基体の接触面での量子ドットの直径は、望ましくは5ナノメートルと50ナノメートルとの間、とりわけ10ナノメートルと20ナノメートルとの間で選択される。
【0013】
基体の{111}面に対して垂直方向で見た量子ドットの輪郭は、望ましくは三角形、六角形、あるいは円形である。
【0014】
この発明は、更に、少なくとも1つの量子ドットを具えるエンタングル状態のフォトン対を発生させるフォトン対源に関する。
【0015】
この発明によれば、少なくとも1つの量子ドットが半導体基体の{111}結晶面に離散状態で蒸着されている。
【0016】
この発明によるフォトン対源の利点については、本発明のフォトン対源の利点が本発明の方法の利点にほぼ対応しているので、本発明の方法についての上述した説明を参照されたい。
【0017】
フォトン対源の有益な構成は、従属項において述べられている。
【図面の簡単な説明】
【0018】
以下において、実施例に基づき例示的に示された図面を用いて本発明を詳細に説明する。
【図1】図1は、エネルギーダイヤグラムである。
【図2】図2は、異なるフォトン源についての光子統計間の比較を示す。
【図3】図3は、圧電界の比較を示す。
【図4】図4は、(001)基体と(111)基体とのオリエンテーションを示す。
【図5】図5は、結合エネルギーの比較を示す。
【図6】図6は、この発明によるフォトン対源の一実施例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、一般的な説明のために、1つの量子ドットにおける励起子(X)と副励起子(XX)のエネルギーダイヤグラムを示す図である。ここでは励起子状態の微細構造分裂FSSが明白に見て取れ、Ex1−Ex2となっている。互いに垂直である二つの分極方向が、πおよびπの記号で示されている。エンタングル状態のフォトン対の放出は、微細構造分裂FSSができる限り小さいとき、つまり、例えばマイナス100マイクロ電子ボルトからプラス100マイクロ電子ボルトの間のときに、行われる。副励起子から励起子そしてゼロ崩壊カスケードへのフォトンがこの目的のために用いられる。二つの励起子状態間に存在する非常に大きなエネルギーギャップが、放出されたフォトン対がエンタングル状態となることを防止するであろう。
【0020】
図2は、一般的な説明のために、ポアソン統計による式

の光量子を放出する古典的なフォトン源と、例えば量子ドットで実現され得る単一のフォトン源との間の光子統計間の比較を示す。p(n)は1パルス中のフォトンn個を見つける確率を示し、pは1パルス中の平均フォトン数を表わす。この知見は、エンタングル状態のフォトン対を作るフォトン対源に応用することができる。
【0021】
図3は、(111)面(左)と(001)面(右)に配置された量子ドットについての、圧電界(一次及び二次)の比較を示す図である。ここでは圧電界の構成の違いが明らかであり、(111)面における量子ドットの成長に際して微細構造分裂が常にゼロであることと、(001)面における量子ドットの成長に際して微細構造分裂がゼロになることは非常に困難である。
【0022】
図4は、一般的な説明のために、(001)および(111)の結晶方向を三次元表現で再度示す図である。
【0023】
図5においては、フォトン対源の実施例として、励起子(ゼロに設定されており、0ミリ電子ボルトにおける実線)に対する副励起子(破線で示す曲線)の結合エネルギーを示す。副励起子の遷移エネルギーと励起子の遷移エネルギーとの差、つまり一定の微細構造分裂がゼロであるとき、副励起子の結合エネルギーが、量子ドットのパラメータを相応に設定することによって影響を受けることが分かる。図5は、以下の場合の結合エネルギーを示している。
(a)量子ドットサイズが、直径10.2ナノメートルから20.4ナノメートルである変形例の場合、垂直アスペクト比は0.17である。
(b)一定の体積で、垂直アスペクト比が0.17から0.5である変形例の場合、最も浅い構造の直径は、例えば17.0ナノメートルである。
(c)量子ドット中のInAs含有量が100%(GaAsが0%)から30%(GaAsが70%)である変形例の場合、3つの全シリーズ中に見られる量子ドット構造が、それぞれ矢印で表示されている。
【0024】
量子ドットのサイズと、垂直アスペクト比、及びその系の化学組成は、好ましくは、使用の必要に応じて、フォトン対源の最適特性を達成するパラメータとして用いられる。以下のパラメータは、個別であるいは組み合せて、有益であることが見込まれる:
−量子ドットの垂直アスペクト比が、0.05乃至0.7、特に0.15乃至0.5である。
−量子ドットの高さと直径の比が、0.05乃至0.7である。
−量子ドットの直径が、5ナノメートル乃至50ナノメートル、特に10ナノメートル乃至20ナノメートルである。
−量子ドットの輪郭が、三角形、六角形、あるいは円形である。
−基体及び/又は量子ドットが混晶からなり、これが、
−Ga(In,Al)As結晶に組み込まれたIn(Ga)As物質、及び/又は、
−Ga(In,Al)P結晶に組み込まれたIn(Ga)P物質、及び/又は、
−In(Ga,Al)P結晶体に組み込まれたIn(Ga)As物質、及び/又は、
−InGa1−xAs物質であり、ここでxの値は0.3乃至1である。
【0025】
図6は、フォトン対源の一実施例を立体的に示す図である。ここでは、量子ドット層がどのようにキャビティ中に埋設されているかが分かる。上端及び下端にもDBRミラー(DBR:Distributed Bragg Reflector「分布ブラッグ反射器」)が配置されている。酸素開口10は、流路操作、従って、個々の量子ドットの目的となる空間的選択を行う。
【0026】
キャビティ中に埋設することで、発生するフォトン対Pが方向性を持って効率良くフォトン対源から切り離されるようになる。垂直に発光するレーザーと同様に、キャビティは、エンタングル状態のフォトンのエネルギーがキャビティモードと共鳴するように構成されることが好ましい。パーセル効果に基づいて自然放出レートが上がり、加えて切り離し効率も高まる。金属コンタクトは符号20で表わされている。
【0027】
このようなフォトン対源は、例えば、エッケルト・プロトコール(A.Eckert,J.Rarity,P.Tapster,M.Palma,Physics Review誌 投稿論文第69号(1992年)、1293頁以降を参照)を用いて、量子暗号法で暗号化されたデータを伝送するフォトンネットワークの一部をなすことが可能である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの量子ドットを具えるエンタングル状態のフォトン対を発生するフォトン対源を作る方法であって、前記フォトン対源の操作挙動が少なくとも1つの量子ドットの励起子エネルギーレベルの微細構造分裂を調整することによって決まる方法において、
前記励起子エネルギーレベルの微細構造分裂が、半導体基体の{111}結晶面上に少なくとも1つの量子ドットが離散状態で蒸着されることで調整されることを特徴とするフォトン対源を作る方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、
前記量子ドットの垂直アスペクト比が0.05乃至0.7、特に0.15乃至0.5になるように作られることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法において、
前記半導体基体の接触面における量子ドットの高さと量子ドットの直径の比が0.05乃至0.7になるよう調整されることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法において、
前記少なくとも1つの量子ドットが混晶から作られ、当該混晶がGa(In,Al)As結晶体に組み込まれたIn(Ga)As物質を具えることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法において、
前記少なくとも1つの量子ドットが混晶から作られ、当該混晶がGa(In,Al)P結晶体に組み込まれたIn(Ga)P物質を具えることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法において、
前記少なくとも1つの量子ドットが混晶から作られ、当該混晶がIn(Ga,Al)P結晶体に組み込まれたIn(Ga)As物質を具えることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法において、
前記少なくとも1つの量子ドットが、InGa1−xAs物質を具える混晶から作られ、ここで、xが0.3乃至1である、ことを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか1項に記載の方法において、
前記量子ドットが、半導体基体の接触面における直径が5ナノメートル乃至50ナノメートル、特に10ナノメートル乃至20ナノメートルになるように作られることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の方法において、
前記量子ドットが、特に基体の{111}面を垂直に見たときに、その輪郭が三角形、六角形あるいは円形であるように作られることを特徴とする方法。
【請求項10】
少なくとも1つの量子ドットを具えるエンタングル状態のフォトン対を発生するフォトン対源において、
半導体基体の{111}結晶面上に前記少なくとも1つの量子ドットが離散状態で蒸着されることを特徴とするフォトン対源。
【請求項11】
請求項10に記載のフォトン対源において、
前記半導体基体の{111}結晶面の接触面における前記量子ドットの高さと直径との比が0.05乃至0.7、特に0.15乃至0.5であることを特徴とするフォトン対源。
【請求項12】
請求項10又は11に記載のフォトン対源において、
前記少なくとも1つの量子ドット及び/又は前記半導体基体が混晶からできており、この混晶が:
−Ga(In,Al)As結晶体に組み込まれたIn(Ga)As物質、及び/又は、
−Ga(In,Al)P結晶体に組み込まれたIn(Ga)P物質、及び/又は、
−In(Ga,Al)P結晶体に組み込まれたIn(Ga)As物質、及び/又は、
−InGa1−xAs物質であり、ここで、xの値は0.3ないし1の間である、
ことを特徴とするフォトン対源。
【請求項13】
請求項10乃至12のいずれか1項に記載のフォトン対源において、
前記半導体基体の{111}結晶面の接触面における量子ドットの直径が、5ナノメートル乃至50ナノメートル、特に10ナノメートル乃至20ナノメートルであることを特徴とするフォトン対源。
【請求項14】
請求項10乃至13のいずれか1項に記載のフォトン対源において、
前記量子ドットが、特に前記半導体基体の{111}面を垂直に見たときに、その輪郭が三角形、六角形、あるいは円形であることを特徴とするフォトン対源。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2011−530160(P2011−530160A)
【公表日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−520321(P2011−520321)
【出願日】平成21年7月20日(2009.7.20)
【国際出願番号】PCT/DE2009/001025
【国際公開番号】WO2010/012268
【国際公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(509156387)
【Fターム(参考)】