説明

フッ素樹脂被覆材、及びその製造方法

【課題】剥離しにくいフッ素樹脂層を有するとともに、耐スクラッチ性にも優れたフッ素樹脂被覆材、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】基材、前記基材の表面を被覆するエンジニアリングプラスチック層及び前記エンジニアリングプラスチック層の表面を被覆するフッ素樹脂層からなり、前記エンジニアリングプラスチック層が、4H以上の鉛筆硬度を有し、前記フッ素樹脂層が電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなることを特徴とするフッ素樹脂被覆材、及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炊飯釜、フライパン等の調理容器やアイロン等に用いられるフッ素樹脂被覆材、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素樹脂被覆材とは、金属等からなる基材の表面にフッ素樹脂の被覆層が設けられた材料である。フッ素樹脂は化学的に極めて安定であるとともに低粘着性に優れている。そこで、基材の表面にフッ素樹脂の被覆層を設けることにより低粘着性が付与され調理中の食材の焦付き等を防ぐことができるので調理容器等に広く用いられている。
【0003】
一方、フッ素樹脂の被覆層は、金属等からなる基材との接着力が低く剥離しやすいとの問題がある。そこで、フッ素樹脂と基材間の接着力を向上するため、種々の方法がこれまでも提案されている。
【0004】
例えば、基材表面に粗面化処理を施しいわゆるアンカー効果により基材表面とフッ素樹脂層との接着力を向上する方法が提案されている。具体的には、特許文献1に、アルミニウムとステンレス合せ材(クラッド材)を用い、このアルミニウム表面層を実質的に除去し、その後電気化学的又は化学的エッチングによる粗面化処理を行ない、さらにこの粗面上にフッ素樹脂分散液を塗布し乾燥・焼付を行ってフッ素樹脂層を形成する方法が開示されている(請求項1)。
【0005】
又、基材とフッ素樹脂層間にプライマー層を設ける方法も知られている。具体的には、アルミニウム等の基材の表面にプライマーを塗布しその上にフッ素樹脂層を形成し、プライマーにより基材とフッ素樹脂層間を強固に接着する方法等である。
【0006】
そして、フッ素樹脂層用プライマーとしては、フッ素樹脂からなり、その中にエンジニアリングプラスチックを10〜40重量%程度混入し、いわゆる海島構造の島として分散しているプライマーが広く用いられている。このプライマーでは、スーパーエンジニアリングプラスチックの存在によりプライマー層と基材との接着力が付与され、又、プライマー中のフッ素樹脂により表面のフッ素樹脂層との接着力が付与される。例えば、特許文献2には、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド等のエンジニアリングプラスチック及び、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂が15:85〜35:65の重量比で含まれる組成物をプライマーとして用いる方法が開示されている。
【0007】
さらに又、特許文献3には、基材の表面をフッ素樹脂で被覆してフッ素樹脂層を形成するとともに、次いでフッ素樹脂層の表面に電離性放射線を照射して、フッ素樹脂の架橋反応及びフッ素樹脂と基材表面との化学反応を同時に生じさせて両者間の強固な接着を達成することを特徴とする、改質フッ素樹脂被覆材の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第2792044号公報
【特許文献2】特開平11−349887号公報
【特許文献3】特開2002−225024号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記の公知の方法により金属等の基材とフッ素樹脂層との接着力を向上させることができる。さらに、フッ素樹脂層に架橋反応を施す方法(特許文献3等に開示の方法)によれば、フッ素樹脂層の耐磨耗性は大幅に向上し、調理材料(例えば、おでん汁等の塩分を含む液)による腐食を防ぐ性質(耐腐食性)も大幅に向上する。
【0010】
しかし、調理容器等の使用中においては、スプーン、フォークやその他の調理器具等による引っ掻きが生じ、引っ掻きによりフッ素樹脂被覆材の表面が損傷して基材が露出する場合がある。従って、この問題の抑制(耐スクラッチ性の向上)も望まれるが、前記の公知の方法により得られるフッ素樹脂被覆材は、この要請を満たすものではなかった。すなわち、架橋を施してもフッ素樹脂層の耐スクラッチ性は向上せず、又、前記のプライマーにも優れた耐スクラッチ性を付与するものはなかった。
【0011】
本発明は、剥離しにくいフッ素樹脂層を有するとともに、耐スクラッチ性にも優れたフッ素樹脂被覆材、及びその製造方法を提供することを特徴とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は検討の結果、
エンジニアリングプラスチックのみから又はエンジニアリングプラスチックを主体とする材質により形成されているエンジニアリングプラスチック層、及びこのエンジニアリングプラスチック層の表面を被覆するフッ素樹脂層に、電離放射線を照射してフッ素樹脂を架橋させることにより、エンジニアリングプラスチック層とフッ素樹脂層との優れた接着力が得られること、
そして、前記エンジニアリングプラスチックとして、30℃で4H以上の鉛筆硬度を有する層を形成できるものを用いることにより、優れた耐スクラッチ性を有するフッ素樹脂被覆材が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、基材、前記基材上に設けられたエンジニアリングプラスチック層及び前記エンジニアリングプラスチック層の表面を被覆し、表層であるフッ素樹脂層を有し、前記エンジニアリングプラスチック層が、30℃で4H以上の鉛筆硬度を有し、前記フッ素樹脂層が電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなることを特徴とするフッ素樹脂被覆材(請求項1)を提供するものである。
【0014】
本発明のフッ素樹脂被覆材は、基材とフッ素樹脂層間にエンジニアリングプラスチック層を設けること、該エンジニアリングプラスチック層を構成する材質が、エンジニアリングプラスチックのみ又はエンジニアリングプラスチックを主体とすることを特徴とする。さらに、該フッ素樹脂層が電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなることを特徴とする。この特徴により、エンジニアリングプラスチック層とフッ素樹脂層との間の優れた接着力が得られるのである。
【0015】
前記のように、基材とフッ素樹脂層間に、エンジニアリングプラスチックを含有するプライマー層を設けることは公知(特許文献2)であった。しかし、該プライマー層のエンジニアリングプラスチックの含有率は10〜40重量%程度であり、フッ素樹脂等の他の樹脂を主体とするものであった。エンジニアリングプラスチックはフッ素樹脂からなる被覆層との接着力が低く、エンジニアリングプラスチックの含有量が多くなるとフッ素樹脂層が剥離しやすくなると考えられていたためであった。
【0016】
しかし、本発明者は、フッ素樹脂層に電離放射線を照射してフッ素樹脂を架橋すれば、エンジニアリングプラスチックのみ又はエンジニアリングプラスチックを主体とする層であっても、この層とその表面を被覆するフッ素樹脂層との間の接着力が、優れたものとなることを見出した。さらに、エンジニアリングプラスチックと基材との接着力は、エンジニアリングプラスチックの含有量が低い従来技術のプライマーと基材との接着力より優れている。従って、本発明を構成するエンジニアリングプラスチック層は、基材及びフッ素樹脂層のいずれにも優れた接着力を有するものであり、基材とフッ素樹脂層間の優れた接着が得られるのである。
【0017】
なお、フッ素樹脂層は、エンジニアリングプラスチック層の表面を被覆するものである。「表面を被覆する」とは、表面に接触して形成されていることを意味する。「表層であるフッ素樹脂層」とは、フッ素樹脂層が、フッ素樹脂被覆材の最外層であることを意味する。「エンジニアリングプラスチック層は基材上に設けられている」とは、エンジニアリングプラスチック層が基材の表面に直接接触して形成されている場合、及び、エンジニアリングプラスチック層がプライマー層により基材に接着している場合、のいずれをも意味する。用いるエンジニアリングプラスチックの種類によっては、基材と接着し難い場合があり、その時は、より接着力の強いプライマー層を設けてもよい。
【0018】
本発明は、又、前記エンジニアリングプラスチック層が、30℃で4H以上の鉛筆硬度を有することを特徴とする。エンジニアリングプラスチック層が、前記物性を有することにより、耐スクラッチ性が優れたものとなる。すなわち、調理器具等による引っ掻き(スクラッチ)がフッ素樹脂被覆材の表面にあった場合には、表層のフッ素樹脂層は剥がれるものの、前記物性を有するエンジニアリングプラスチック層は、引っ掻きに耐え、損傷されにくいので、引っ掻きは基材まで貫通せず、基材の露出を防ぐことができる。基材が露出すると基材の腐食が生じ被覆層の剥がれにつながるが、本発明により基材の露出を防ぎ、基材の腐食、被覆層の剥がれを防ぐことができる。
【0019】
又、エンジニアリングプラスチックは、基材を構成するアルミ等の金属に比べて低粘着性である(離型性が良い)。さらに、引っ掻き(スクラッチ)により剥がれるフッ素樹脂層の面積は限られたものである。従って、引っ掻き(スクラッチ)により表層のフッ素樹脂層の剥がれが生じても、フッ素樹脂被覆材の低粘着性にほとんど影響を与えず、実用上の影響はないと言える。
【0020】
「エンジニアリングプラスチックを主体とする」とは、エンジニアリングプラスチックを主成分とするが、エンジニアリングプラスチック層が前記特定の物性(4H以上の鉛筆硬度)を有し、本発明が目的する効果、すなわち優れた耐スクラッチ性が得られる範囲で他の樹脂を含んでいてもよいとの意味である。優れた耐スクラッチ性を得るためのエンジニアリングプラスチックの含有量の範囲は、エンジニアリングプラスチックの種類等により変動するが、通常、エンジニアリングプラスチックを少なくとも50重量%以上含む必要があり、好ましくは80重量%以上含む範囲である。
【0021】
本発明のフッ素樹脂被覆材を構成するフッ素樹脂層は、電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなる。フッ素樹脂が架橋されているので、優れた耐摩耗性及び耐腐食性を有するフッ素樹脂層とすることができる。
【0022】
請求項2に記載の発明は、フッ素樹脂層の膜厚が10〜60μmであり、エンジニアリングプラスチック層の膜厚が10〜200μmであることを特徴とする請求項1に記載のフッ素樹脂被覆材である。
【0023】
本発明のフッ素樹脂被覆材を構成するフッ素樹脂層は、前記のように、電離放射線照射により耐摩耗性及び耐腐食性が向上されたものであるので、膜厚を薄くすることができる。膜厚を10μm以上とすれば、通常の調理器具やアイロン等の用途には十分な耐摩耗性及び耐腐食性を得ることができる。フッ素樹脂層の厚みを増大すれば、耐摩耗性及び耐腐食性は向上する。しかし、製造コストも上昇する。又、スクラッチが生じた時に目立ちやすいとの問題も生じる。通常、厚みが60μmを超えても、耐摩耗性や耐腐食性の向上は小さく一方製造コストは上昇等の問題は増大する。従って、通常、厚みは10μm以上、60μm以下が好ましい。
【0024】
耐スクラッチ性は、エンジニアリングプラスチック層の膜厚を10μm以上とすることにより、さらに優れたものとなる。耐スクラッチ性の観点からは、エンジニアリングプラスチック層は厚い方が好ましく、より好ましくは30μm以上であり、特に50μm以上が好ましい。ただし、エンジニアリングプラスチック層の膜厚が200μmを越えると、膜厚の増大による耐スクラッチ性の向上は小さくなり、一方、製造コストが上昇するので、この観点からは200μm以下が好ましい。
【0025】
請求項3に記載の発明は、前記エンジニアリングプラスチック層が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、及びポリイミドからなる群より選ばれる1種以上の樹脂により形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のフッ素樹脂被覆材である。4H以上の鉛筆硬度を有するエンジニアリングプラスチックとしては、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルスルホン(PES)又はポリアミドイミド(PAI)等のいわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックを挙げることができ、これらから選ばれた1種の樹脂の単独、又は2種以上の樹脂の混合物が好ましく用いられる。
【0026】
請求項4に記載の発明は、前記フッ素樹脂層を構成するフッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル及び四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体からなる群より選ばれる1種以上の樹脂によりなることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のフッ素樹脂被覆材である。
【0027】
前記フッ素樹脂層を構成するフッ素樹脂として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル(PFA)及び四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)から選ばれた1種の樹脂の単独、又は2種以上の樹脂の混合物が好ましい。これらを用い、電離放射線照射による架橋を施すことにより、より優れた機械的強度、特により優れた耐摩耗性、耐腐食性を得ることができる。
【0028】
請求項5に記載の発明は、基材が、ポリイミド樹脂、金属材料、セラミックス及びガラスから選択された材料からなることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のフッ素樹脂被覆材である。
【0029】
本発明のフッ素樹脂被覆材を構成する基材としては、ポリイミド樹脂、金属材料、セラミックス、ガラス等を挙げることができ、これらからなる複合材料も用いることができるが、本発明は、特に、基材として金属材料又はセラミックスを用いた場合に好ましく適用される。基材にセラミックを用いた場合は、従来技術(従来の一般的なプライマーを用いた場合)では耐腐食性が低く、例えば、いわゆるおでん腐食試験に耐えない。しかし、本発明のフッ素樹脂被覆材は、基材にセラミックを用いた場合であっても、前記腐食試験に十分耐えることができる。なお、基材として用いられる金属材料としては、鉄、アルミニウム、ステンレス(SUS)等を挙げることができる。
【0030】
本発明のフッ素樹脂被覆材は、基材の表面に、4H以上の硬度を有するエンジニアリングプラスチック層を形成する工程、及び前記エンジニアリングプラスチック層をフッ素樹脂で被覆してフッ素樹脂層を形成する工程、及び前記フッ素樹脂層の表面に電離性放射線を照射してフッ素樹脂を架橋させる工程を含む方法により製造することができる。請求項6は、この製造方法に該当する。
【0031】
請求項7に記載の発明は、エンジニアリングプラスチック層を形成する工程が、基材の表面に、エンジニアリングプラスチックのワニス若しくはディスパージョンを塗布した後ワニス若しくはディスパージョンを加熱して乾燥する工程、又は固体状のエンジニアリングプラスチックを塗布して溶融する工程を含むことを特徴とする請求項6に記載のフッ素樹脂被覆材の製造方法である。
【0032】
エンジニアリングプラスチック層を形成する方法としては、エンジニアリングプラスチックを有機溶媒に溶解してワニスを作製し、又はエンジニアリングプラスチックを水等の分散媒に分散してディスパージョンを作製し、該ワニス又はディスパージョンを基材の表面に塗布した後、加熱してワニス又はディスパージョン中の有機溶媒又は分散媒を除去する方法を挙げることができる。又、粉体状(固体状)のエンジニアリングプラスチックを基材の表面に塗布した後、加熱して溶融させ層を形成する方法も挙げられる。
【0033】
請求項8に記載の発明は、フッ素樹脂層の表面に電離性放射線を照射してフッ素樹脂を架橋させる工程が、電離性放射線として電子線を用い、無酸素雰囲気下、フッ素樹脂の融点より0〜30℃高い温度範囲で行われることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載のフッ素樹脂被覆材の製造方法である。
【0034】
フッ素樹脂の架橋に用いられる電離性放射線としては、電子線等の荷電粒子線、ガンマ線、X線等の高エネルギー電磁波が挙げられるが、電子線が好ましく用いられる。電子線発生装置は比較的安価で又大出力の電子線が得られるとともに架橋度の制御が容易である。フッ素樹脂層の優れた耐摩耗性、耐腐食性、及びエンジニアリングプラスチック層とフッ素樹脂層との優れた接着性を得るためには、架橋は、無酸素雰囲気、具体的には酸素濃度100ppm以下、より好ましくは5ppm以下で、フッ素樹脂の融点以上の温度、具体的にはフッ素樹脂の融点より0〜30℃高い温度範囲で行われることが好ましい。
【0035】
本発明のフッ素樹脂被覆材は、フッ素樹脂層の低粘着性とともに、フッ素樹脂層等が剥離しにくい、耐スクラッチ性に優れる等の特徴を有するので、アイロンや、特に炊飯釜、フライパン等の調理用器具に好適に用いられる。そこで、本発明は、請求項9として、基材、前記基材の表面を被覆するエンジニアリングプラスチック層及び前記エンジニアリングプラスチック層の表面を被覆するフッ素樹脂層からなり、前記エンジニアリングプラスチック層が、30℃で4H以上の鉛筆硬度を有し、前記フッ素樹脂層が電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなることを特徴とする調理用器具を提供する。
【発明の効果】
【0036】
本発明のフッ素樹脂被覆材は、剥離しにくいフッ素樹脂層を有するとともに、耐スクラッチ性にも優れている。本発明のフッ素樹脂被覆材は、本発明の製造方法により容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明のフッ素樹脂被覆材の一例の断面図である。
【図2】実施例で行った回転摩耗試験の方法を示す説明図である。
【図3】実施例で行った回転摩耗試験の結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
次に、本発明を実施するための形態を説明する。なお、本発明はこの形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない限り、他の形態へ変更することができる。
【0039】
図1は、本発明のフッ素樹脂被覆材の一例の断面図である。図中、1は基材であり、2はエンジニアリングプラスチック層であり、3はフッ素樹脂層であり、基材1、エンジニアリングプラスチック層2、フッ素樹脂層3との間が強力に接着されている。
【0040】
次に、本発明のフッ素樹脂被覆材の製造の工程を述べる。
【0041】
先ず、基材の表面に、エンジニアリングプラスチックを有機溶媒に溶解して作製されたワニス、又はエンジニアリングプラスチックを水等の分散媒に分散して作製されたディスパージョン(エンジニアリングプラスチック粉末を分散媒中に均一に分散した液体)を塗布する。塗布の方法は、ワニスやディスパージョンの塗布に、従来用いられている公知の方法、例えば、ローラーによるコート、スプレーコート等により行うことができる。塗布の後、ワニスやディスパージョンの層が表面に形成された基材を、加熱炉や熱風吹きつけ等により加熱し、有機溶媒又は分散媒を蒸発させて除去、乾燥する。ワニスの場合は、この乾燥により、エンジニアリングプラスチック層を得ることができる。ディスパージョンの場合は、通常、さらにエンジニアリングプラスチックの融点以上に加熱する焼成を行い、エンジニアリングプラスチックの粉体間を融着してエンジニアリングプラスチック層を得る。
【0042】
なお、上記の説明は、基材の表面に、直接接触するエンジニアリングプラスチック層を形成する場合に関するものであるが、基材とエンジニアリングプラスチック層間の接着力をより向上させるために、基材の表面に、公知の方法等により、先ずプライマー層を形成し、その上に、上記のような方法でエンジニアリングプラスチック層を形成することもできる。
【0043】
本発明が適用される基材の形状は特に限定されない。例えば、平板状の基材を用いて、本発明のフッ素樹脂被覆材を製造し、その後、調理器具等の形状に成形してもよいし、調理器具等の形状に成形した基材を用い、その上にエンジニアリングプラスチック層及びフッ素樹脂層を形成して、本発明のフッ素樹脂被覆材としてもよい。
【0044】
エンジニアリングプラスチック層を形成するPEEK、PES、PAIとしては、公知の方法により製造されたものを用いることができる。又、市販品を用いることができる。市販されているPEEKの例としては、オキツモ社製PEEK 7964−M6等が挙げられる。市販されているPESの例としては、住友化学社製の「PES5003P」、ソルベンアドバンストポリマーズ社製の「P1700」、「P3500」、等が挙げられる。市販されているPAIの例としては、例えば、田岡化学工業社製 商品名:AE2等が挙げられる。
【0045】
前記ワニスにおいて、PEEK、PES、PAI等を溶解する有機溶剤としては、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル、セロソルブアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、カルビトールアセテート等の酢酸エステル類、セロソルブ、ブチルカルビトール等のカルビトール類、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン等を挙げることができる。有機溶剤は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0046】
ディスパージョンにおいてPEEK、PES、PAI等を分散する分散媒としては、水等を挙げることができ、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
前記のようにしてエンジニアリングプラスチック層を形成した後は、その表面をフッ素樹脂で被覆してフッ素樹脂層を形成する。フッ素樹脂の被覆を施す方法としては、フッ素樹脂のフィルムを被せる方法、粉体塗装する方法、例えばフッ素樹脂粉末を静電塗装する方法やフッ素樹脂粉末をスプレーする方法、又、フッ素樹脂ディスパージョン(フッ素樹脂の粉体を分散媒中に均一に分散した液体)を塗布して分散媒を乾燥して除去する方法等を挙げることができる。中でもフッ素樹脂ディスパージョンを塗布する方法は、均一な厚みのフッ素樹脂層を容易に形成できる点で好ましい方法である。
【0048】
前記フッ素樹脂ディスパージョンを作製するために、フッ素樹脂の粉体を効率よく分散する液体すなわち分散媒としては、水と乳化剤、水とアルコール、水とアセトン、又は水とアルコールとアセトンの混合溶媒などを用いることができる。フッ素樹脂ディスパージョンを塗布した後は、風乾あるいは熱風乾燥することにより分散媒を乾燥して除去する。分散媒の乾燥、除去によりフッ素樹脂粉末からなる膜が形成されるが、その後フッ素樹脂の融点以上に加熱する焼成が行われ、フッ素樹脂粉末間が融着し、フッ素樹脂層が形成される。
【0049】
焼成は、好ましくは250〜400℃の温度範囲行われる。乾燥工程を特に設けず、焼成の工程で分散媒の除去を行うことも可能である。焼成により、フッ素樹脂の粉体間が融着し、フッ素樹脂層が形成される。
【0050】
続いて、このようにして形成されたフッ素樹脂層の表面に、電離性放射線を照射してフッ素樹脂の架橋が行われる。この架橋により、フッ素樹脂層とエンジニアリングプラスチック層間が強固に接着する。フッ素樹脂とエンジニアリングプラスチックとの反応が生じていると考えられる。
【0051】
架橋を施す際には、無酸素雰囲気下、具体的には酸素濃度100ppm以下、好ましくは5ppm以下の雰囲気に置き、フッ素樹脂の融点より0〜30℃高い温度範囲に保ちながらフッ素樹脂膜の表面に電離性放射線を照射する。照射線量の範囲は、通常1〜1000kGyであり、好ましくは100〜500kGyである。
【0052】
このとき上記の焼成と電離放射線照射を同時に実施してもよい。雰囲気の温度がフッ素樹脂の融点未満であるとフッ素樹脂の架橋反応は起こりにくく、雰囲気温度がフッ素樹脂の融点より30℃高い温度を越えるとフッ素樹脂の熱分解が促進されて材料特性が低下するため好ましくない。又、照射線量が1kGy未満であると架橋反応が不十分で特性の向上が期待できず、1000kGyを越えるとフッ素樹脂の分解が生じやすくなり好ましくない。
【実施例】
【0053】
試験例1 [耐スクラッチ性の評価]
表1に示す材質からなり、炊飯器釜の形状をした基材の内表面に、以下に示す塗料をスプレーコートし、その後、380℃で20分間加熱して焼成し、中間層(実施例では、基材とフッ素樹脂層間に設けられる層を言う。エンジニアリングプラスチック層等)を形成した。このようにして形成されたエンジニアリングプラスチック層上に、PFA(デュポン社製:MP102)を粉体塗装により塗布し、その後380℃で20分間加熱して焼成し、PFA層(フッ素樹脂層)を形成した。
【0054】
<中間層の形成に用いた塗料>
・ダイキン社製 EK−1208M8L(一般的なプライマー:下記表中では「EK1」と表す。)
・オキツモ社製PEEK 7964−M6(ポリエーテルエーテルケトン、下記表中では「PEEK」と表す。)
【0055】
PFA層を形成後、酸素濃度5ppmの雰囲気、310℃の温度下で、PFA層の上に、日新電機社製サガトロン(加速電圧 1.13MeV)を用いて300kGyの電子線を照射した。電子線照射後、下記の方法により鉛筆硬度及び耐スクラッチ性を評価した。その結果を表1に示す。
【0056】
・鉛筆硬度:温度30℃で、PFA層上から鉛筆で引っ掻いたとき、基材が見える引っ掻きが生じた鉛筆の硬度で表す。
・耐スクラッチ性(スクラッチ試験):フォークでPFA層を引っ掻いたときの状態を表す。
【0057】
【表1】

【0058】
表1の結果に示されるように、エンジニアリングプラスチックであるPEEK100%からなる中間層(エンジニアリングプラスチック層)を設け、電子線照射を行って得られたフッ素樹脂被覆材(サンプル番号2及びサンプル番号4:実施例)は、鉛筆硬度も6H以上であり、フォークで相当強く引っ掻いても基材までの剥離は生ぜず、優れた耐スクラッチ性を有する。この効果は、アルミニウム、セラミックのいずれの基材の場合でも得られている。一方、従来の一般的なプライマーで中間層を形成し電子線照射を行わなかったフッ素樹脂被覆材(サンプル番号1及びサンプル番号3)では、優れた耐スクラッチ性は得られておらず、フォークでの引っ掻きにより簡単に底まで剥がれ基材が露出する。
【0059】
試験例2 [耐腐食性の評価]
セラミックからなる平板状の基材の表面に、以下に示す塗料をスプレーコートし、耐スクラッチ性の評価の場合と同じ条件で、中間層及びPFA層(フッ素樹脂層)を形成した。その後、耐スクラッチ性の評価の場合と同じ条件で電子線を照射し、耐腐食性試験用サンプルを得た。電子線照射後、下記の耐腐食性試験方法により耐腐食性の評価を行った。その結果を表1に示す。
【0060】
<中間層の形成に用いた塗料>
・ダイキン社製 EK−1283SIL(一般的なプライマー:下記表中では「EK2」と表す。)
・オキツモ社製PEEK 7964−M6(下記表中では「PEEK」と表す。)
【0061】
<耐腐食性試験方法>
S&B製おでんの素20gを水1Lに溶かし、試験液とする。炊飯器の保温モード(約90℃)で試験液に、前記で得られた耐腐食性試験用サンプルを浸漬する。規定の浸漬時間後、JIS−K−5400(1998年度版)に規定される碁盤目試験で密着性の評価を行った。その結果を表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
表2の結果に示されるように、基材がセラミックであるフッ素樹脂被覆材は、従来の一般的なプライマーで中間層を形成した場合は、電子線照射を行った場合(サンプル番号6)でも、耐腐食性は低く、200時間浸漬後の碁盤目試験は0/100であり、全ての碁盤目が中間層と基材の間で剥離していた。又、PEEK100%からなる中間層(エンジニアリングプラスチック層)を設けても、電子線照射を行わなかった場合は、200時間浸漬後の碁盤目試験は14/100であり、優れた耐腐食性は得られなかった。しかし、PEEK100%からなる中間層(エンジニアリングプラスチック層)を設け、電子線照射を行って得られたフッ素樹脂被覆材(サンプル番号8:実施例)は、200時間浸漬後の碁盤目試験で剥離は見られず(100/100)、優れた耐腐食性が得られている。
【0064】
試験例3 [摩耗性の評価(架橋の効果)]
アルミからなる基材の表面に、耐スクラッチ性の評価の場合と同じ条件、手順で、PEEK層(エンジニアリングプラスチック層)を形成し、その上に、PFA層(フッ素樹脂層)を形成した。その後、耐スクラッチ性の評価の場合と同じ条件で電子線を照射したサンプル(図3中では「架橋あり」と示す。)及び電子線の照射を行わなかったサンプル(図3中では「架橋なし」と示す。)について、下記の方法で回転摩耗試験を行った。その結果を図3に示す。図3に示される結果より、電子線の照射により架橋を施すことにより、摩耗が観測されない程度となり、耐摩耗性が大きく向上されることが明らかである。
【0065】
<回転摩耗試験>
図2に示すように、サンプル上に住友スリーエム社製スコッチブライト(#3000)とその上に2kgの錘を乗せ、それを500rpmで回転、回転ごとのサンプルの磨耗による膜厚減少量を測定した。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明のフッ素樹脂被覆材は、剥離しにくいフッ素樹脂層を有するとともに、耐スクラッチ性にも優れているので、炊飯釜、鍋、フライパン等の調理容器やアイロン等を構成する材料として好適に用いられる。
【符号の説明】
【0067】
1.基材
2.エンジニアリングプラスチック層
3.フッ素樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材、前記基材上に設けられたエンジニアリングプラスチック層及び前記エンジニアリングプラスチック層の表面を被覆し、表層であるフッ素樹脂層を有し、前記エンジニアリングプラスチック層が、30℃で4H以上の鉛筆硬度を有し、前記フッ素樹脂層が電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなることを特徴とするフッ素樹脂被覆材。
【請求項2】
フッ素樹脂層の膜厚が10〜60μmであり、エンジニアリングプラスチック層の膜厚が10〜200μmであることを特徴とする請求項1に記載のフッ素樹脂被覆材。
【請求項3】
前記エンジニアリングプラスチック層が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド及びポリイミドからなる群より選ばれる1種以上の樹脂により形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のフッ素樹脂被覆材。
【請求項4】
前記フッ素樹脂層を構成するフッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル及び四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体からなる群より選ばれる1種以上の樹脂によりなることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のフッ素樹脂被覆材。
【請求項5】
基材が、ポリイミド樹脂、金属材料、セラミックス及びガラスから選択された材料からなることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のフッ素樹脂被覆材。
【請求項6】
基材の表面に、4H以上の硬度を有するエンジニアリングプラスチック層を形成する工程、及び前記エンジニアリングプラスチック層をフッ素樹脂で被覆してフッ素樹脂層を形成する工程、及び前記フッ素樹脂層の表面に電離性放射線を照射してフッ素樹脂を架橋させる工程を含むことを特徴とするフッ素樹脂被覆材の製造方法。
【請求項7】
エンジニアリングプラスチック層を形成する工程が、基材の表面に、エンジニアリングプラスチックのワニス若しくはディスパージョンを塗布した後ワニス若しくはディスパージョンを加熱して乾燥する工程、又は固体状のエンジニアリングプラスチックを塗布して溶融する工程を含むことを特徴とする請求項6に記載のフッ素樹脂被覆材の製造方法。
【請求項8】
フッ素樹脂層の表面に電離性放射線を照射してフッ素樹脂を架橋させる工程が、電離性放射線として電子線を用い、無酸素雰囲気下、フッ素樹脂の融点より0〜30℃高い温度範囲で行われることを特徴とすることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載のフッ素樹脂被覆材の製造方法。
【請求項9】
基材、前記基材の表面を被覆するエンジニアリングプラスチック層及び前記エンジニアリングプラスチック層の表面を被覆するフッ素樹脂層からなり、前記エンジニアリングプラスチック層が、30℃で4H以上の鉛筆硬度を有し、前記フッ素樹脂層が電離放射線照射により架橋されたフッ素樹脂よりなることを特徴とする調理用器具。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−224928(P2011−224928A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−99028(P2010−99028)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(599109906)住友電工ファインポリマー株式会社 (203)
【Fターム(参考)】