説明

フルカラーフォトクロミック材料

【課題】情報記録材料や表示材料へ適用可能なフォトクロミック化合物を提供する。
【解決手段】下式で表わされる1−(2−メチルベンゾフラン−3−イル)−2−(3−メチルベンゾチオフェン−2−イル)ペルフルオロシクロペンテンをスルホン化した化合物開環体もしくはその閉環体、または1−(2−プロピルベンゾフラン−3−イル)−2−(2−ブロピルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンをスルホン化した化合物開環体もしくはその閉環体、または1、2−ビス(2−エチル−5−フェニル−3−チエニル)ペルフルオロシクロペンテンをスルホン化した化合物開環体もしくはその閉環体などのフォトクロミック化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォトクロミック化合物、及び光可逆性発色組成物に係り、より具体的には、紙上や吸水性ポリマー上でフルカラー印刷可能で、インクとして適用可能な光可逆性発色組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
紫外光と可視光の可逆な光照射により、2つの構造異性体を可逆的に生成する現象をフォトクロミズムといい、フォトクロミズムを示す化合物をフォトクロミック化合物という。フォトクロミック化合物は、光記録材料、表示材料、光センサー、調光材料等の用途がある。
【0003】
フォトクロミック化合物の1つであるジアリールエテン誘導体は、上記用途への応用において特に重要な特性である熱安定性、及び繰り返し耐久性に優れており、上記用途への実用化に向けた検討が盛んになされている。たとえば、特許文献1、及び特許文献2には、ジアリールエテン誘導体の光記録媒体への応用について開示されている。
【0004】
ジアリールエテン誘導体は、非特許文献1に開示されているように、可視光と紫外光照射によって可逆に生成する開環構造と閉環構造からなる。ジアリールエテンの開環体は通常無色である。開環体に紫外光を照射すると、ジアリールエテンの閉環体が生成する。ジアリールエテンの閉環体は着色している。着色したジアリールエテンの閉環体に可視光を照射すると、無色のジアリールエテン開環体が生成する。
【0005】
着色する色は、ジアリールエテンを構成しているアリール部位の種類やアリール環の結合部位によって異なることが知られており、代表例として、1,2−ビス(2−メチルベンゾ[b]チオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンはマゼンタ色、1,2−ビス(2−メチル−5−フェニル−3−チエニル)ペルフルオロシクロペンテンはシアン色、1,2−ビス(3−メチル−2−チエニル)ペルフルオロシクロペンテンはイエロー色をしている。
【0006】
シアン色、マゼンタ色、イエロー色は色の三原色として、インクジェットプリンターをはじめ、コピー機のトナーとして使われている。ジアリールエテン誘導体はフォトクロミック反応性を示すインクとしての用途が考えられているが、実際インクとして適用できる候補となる化合物は少ない。
【0007】
色の三原色をジアリールエテン誘導体からなるフォトクロミック色素で作成するためには、色素を溶かす溶媒や紙の上等の媒体上で、それぞれの化合物の発色の波長が、イエロー色の用途には400−500nm、マゼンタ色の用途には500−550nmで、シアン色の用途には600−650nmに光吸収の極大波長を有することが望ましい。また、フォトクロミックインクとして色素として求められる要件として、紫外光線で着色し、一般に使われている蛍光灯の光で消色する、それぞれのシアン、マゼンタ、イエローのインクの色が、開環体の状態で無色である必要がある、インクとして機能するためには、ある溶媒中に溶解する際に、適切な溶解度を有する色素であることが重要である。
【0008】
ジアリールエテンを用いたフォトクロミックのインクの例として、特許文献3や特許文献4に示すようにポリマー中や有機溶媒中で適用する開示例と、特許文献5に示すように水溶性インクとして適用する開示例がある。ジアリールエテンの中でも、ベンゾチオフェンやチオフェンを用いた誘導体がいくつか開示されている。フォトクロミック水溶性インクは、特に、紙への浸透力が良いために、特許文献6に示すような蛍光特殊インクのような用途へ適用できると考えられる。
【0009】
黒色インクは、紙への印刷に際し特に重要視されているインクの1つである。黒色は、シアン色、マゼンタ色、イエロー色の三原色が適切な色素の量で混じった場合や、それぞれの三原色を補完する色素が適切な割合で含有する際に生じる。視覚で感じることが可能な波長が400−800nmであるが、この際、400−700nmの波長域で一様に光吸収をすると全体として黒色に見える。
【0010】
シアン、マゼンタ、イエローの複数の色を有する色素を組み合わせて、濃度を制御することによって、紫外光を照射することにより、黒色を含めた任意の色で表示可能なフルカラーフォトクロミック材料が作成できる。チオフェン、ベンゾチオフェン系の誘導体に関して、マルチカラーフォトクロミズムとして開示されている(特許文献7、及び特許文献8)。
【0011】
また、実際のフォトクロミック色素開発は、溶媒への溶解度が高くないために難しい。たとえば、水性のインク用途で用いるためには、ジアリールエテン0.1g程度の色素を水5mlに溶解させることが必要であるが、有機物であるジアリールエテンを用いた、非特許文献2に記載されている分子では、この濃度を達成することは困難である。
【0012】
上記のフォトクロミックインクの具体的な用途として、紫外光照射により、紙幣、クレジットカード、郵便の配送、文書、衣服の繊維等に適用するインクの用途に適用することが可能である。つまり、目に見えないインクが付着した媒体に紫外線を照射すると、色素塗布箇所に色が表れ、次に蛍光灯のような光によって無色化する用途に適用することが可能であると考えられる。
【0013】
【特許文献1】特開平7−173151号広報
【特許文献2】特開2003−176285号広報
【特許文献3】特許公表2006−505684号広報
【特許文献4】特願2007−249683号広報
【特許文献5】特開2004−276552号広報
【特許文献6】特開平10−251584号広報
【特許文献7】特開平5−271649号広報
【特許文献8】特開平8−187963号広報
【非特許文献1】入江正浩、「ケミカル・レビューズ(Chemical Reviews)」、(米国)、アメリカ化学会(American Chemical Society)、2000年5月、第100巻、第5号、p.1685−1716
【非特許文献2】竹下道範、入江正浩、他4人「ザ・ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー(The Journal of Organic Chemistry)」、(米国)、アメリカ化学会(American Chemical Society)、1998年、第63巻、p.9306−9313
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
情報記録材料や表示材料へ適用可能なフォトクロミック化合物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、これまで知られていなかったジアリールエテン構造を有する化合物がフォトクロミック反応性を示し、上記の諸物性を有することを見出した。
【0016】
かくして、本第一発明に従えば、一般式(I)もしくはその閉環体(I)’、または一般式(II)もしくはその閉環体(II)’、または一般式(III)もしくはその閉環体(III)’で表されることを特徴とするフォトクロミック化合物が提供される。
【0017】
【化1】


一般式(I)’もしくはその閉環体(I)’、または一般式(II)もしくは(II)’、または一般式(III)もしくは(III)’のそれぞれにおいて、R1、R2はそれぞれ独立して炭素数1−4のアルキル基を示す。
【0018】
第一発明に記載の光可逆性発色組成物は、混合するフォトクロミック色素の濃度を調整することによって、発色時の色を制御可能であり、用途に応じて所望の色を発色する組成物を得ることができる。(I)は、開環体の状態では無色であるが、この(I)状態に紫外線を照射すると、イエロー色を示す閉環体色素(I)’が生成する。可視光を照射すると、もとの無色の開環体(I)の状態へと変化する。同様に、無色の開環体(II)状態に紫外線を照射すると、マゼンタ色を示す閉環体色素(II)’が生成する。可視光を照射すると、もとの無色の(II)の状態へと変化する。また、無色の開環体(III)状態に紫外線を照射すると、シアン色を示す閉環体色素(III)’が生成する。可視光を照射すると、もとの無色の(III)の状態へと変化する。
【0019】
なお、「ジアリールエテン誘導体」、または「フォトクロミック化合物」という用語は、特に断らない限り、開環体、閉環体、および開環体と閉環体の混合物の総称として用いる。
【0020】
第二発明は溶液中における色素の色変化に関する発明である。第二発明に関わる光可逆性組成物とは、水とは溶媒として水100%を用い、第一発明に示すいずれかのフォトクロミック化合物の色素を水に溶解した溶液を示す。また、有機溶媒を含む系とは、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール等のアルコール類、アセトン等の有機溶媒を、1つもしくは複数の有機溶媒を混合し、混合した有機溶媒の重量比が30%以下となるように水に溶かした溶媒を用いた系を示す。この水と有機物混合溶媒を用い、作成した混合溶媒中において第一発明にかかわるフォトクロミック化合物の色素を溶解した溶液を示す。水溶液中、もしくは、30%以下の有機溶媒を溶かしたフォトクロミック化合物を含む水主体の溶液中において、紫外光を照射することによって光可逆性組成物がそれぞれの固有の色を発色し、可視光を照射することによって、光可逆性組成物が消色する。
【0021】
第三発明は吸水性媒体上における色素の色変化に関する発明である。第三発明に関わる光可逆性組成物とは、紙、衣服の生地に使われているセルロース主体の繊維、または吸水性ポリマー等の水を吸収する素材の上で、第一発明に示すいずれかの化合物を塗布した場合に生じ、素材の上でのフォトクロミック反応を示す。つまり、素材の上から紫外光を照射することによって、光可逆性組成物がそれぞれの色を発色し、素材の上から可視光を照射することによって、光可逆性組成物が消色する。
【0022】
第四発明は、第一発明と第二発明と第三発明を利用したフォトクロミック黒色物質に関する発明である。第四発明に関わる光可逆性組成物とは、第一発明に示す化合物を含み、第二発明記載の溶液中に分散している場合や、第三発明に記載の化合物が紙等の吸水性媒体上に含まれる場合に、紫外光照射によって黒色に発色することを特徴とする光可逆性組成物である。
【0023】
第五発明は、第四発明を利用した媒体上における所望の色の作成方法を示す。この発明に示す媒体とは、第四発明に示す吸水性の媒体に、第一発明記載のフォトクロミック化合物をすべて塗っておき、紫外光を照射し、適切な波長の可視光を一定量照射して所望の色を再生する媒体を示す。
【0024】
以下に、フォトクロミック反応性を示す化合物を作成する方法と、フルカラー表示方法と用途展開について明示する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明を具現化した実施の形態について説明する。化合物(I)、(II)、(III)はそれぞれ任意の置換基R(メチル、エチル、プロピル、ブチルの置換基)を導入した場合の開環体を表し、具体的な化合物に関する事項は(1)、(2)、(3)の様に表す。同様にして、化合物(I)’、(II)’、(III)’はそれぞれ任意の置換基R(メチル、エチル、プロピル、ブチルの置換基)を導入した場合の閉環体を表し、具体的な化合物に関する事項は(1)’、(2)’、(3)’の様に表す。実施例記載の化合物も同様に表記する。
【0026】
本発明に関わるイエロー発色をするフォトクロミック化合物は、一般式(I)及び(I)’のいずれかで表されるジアリールエテン誘導体である。
【0027】
R1、R2は、それぞれ独立して炭素数1−4のアルキル基を表わす。
【0028】
化1に示す、一般式(I)で表される無色の開環体構造から、一般式(I)’で表されるイエロー色を呈する閉環体構造への反応は、熱的に禁制の反応であり、紫外光の照射により(I)’が生成する。また、可視光照射により、無色の(I)が生成する。

【0029】
一般式(I)で表されるフォトクロミック化合物は、たとえば、下記スキームに従い合成することができる。
【0030】
【化2】

【0031】
化2に示す、有機溶媒中で紫外光照射によってイエロー色に発色するジアリールエテンを原料とし、この化合物をスルホン化したのち、塩化ナトリウム水溶液を加えてスルホン酸ナトリウム塩とすることによって(I)が得られる。
【0032】
本発明に関わるマゼンタ発色をするフォトクロミック化合物は、一般式(II)及び(II)’のいずれかで表されるジアリールエテン誘導体である。
【0033】
R1、R2は、それぞれ独立して炭素数1−4のアルキル基を表わす。
【0034】
化1に示す一般式(II)で表される無色の開環体構造から、一般式(II)’で表されるマゼンタ色を呈する閉環体構造への反応は、熱的に禁制の反応であり、紫外光の照射により(II)’が生成する。また、可視光照射により、無色の(II)が生成する。
【0035】
一般式(II)で表されるフォトクロミック化合物は、たとえば、下記スキームに従い合成することができる。
【0036】
【化3】

【0037】
化3に示す、有機溶媒中で紫外光照射によってマゼンタに発色するジアリールエテンを原料とし、この化合物をスルホン化したのち、塩化ナトリウム水溶液を加えてスルホン酸ナトリウム塩とすることによって(II)が得られる。
【0038】
化1に示す、本発明に関わるシアン色のフォトクロミック化合物は、下記の一般式(III)及び(III)’のいずれかで表されるジアリールエテン誘導体である。
【0039】
R1、R2は、それぞれ独立して炭素数1−4のアルキル基を表わす。
【0040】
一般式(III)で表される無色の開環体構造から、一般式(III)’で表されるシアン色を呈する閉環体構造への反応は、熱的に禁制の反応であり、紫外光の照射により(III)’が生成する。また、可視光照射により、無色の(III)が生成する。
【0041】
一般式(III)で表されるフォトクロミック化合物は、たとえば、下記スキームに従い合成することができる。
【0042】
【化4】

【0043】
化4に示す、有機溶媒中で紫外光照射によってシアン色に発色するジアリールエテンを原料とし、この化合物をスルホン化したのち、塩化ナトリウム水溶液を加えてスルホン酸ナトリウム塩とすることによって(III)が得られる。
【0044】
これら、無色の(I)、(II)、(III)の合成した色素に紫外光を照射することによって、着色した閉環体が生成した。本発明でもっとも好ましい例は(1)及び(1)’、(2)及び(2)’、(3)及び(3)’で表される。以下、もっとも好ましい化合物の組み合わせについて説明する。
【0045】
【化5】



【0046】
イエロー色の代表である(1)及び(1)’は、水中で455nmの吸収極大波長を有する。アルキル置換基はメチル置換基であるが、これは、吸収極大波長をできるだけ、450nm付近の黄色の波長域を短波長シフトさせる効果がある。純水への溶解性にも優れ、(1)0.3gを5mlの水に溶かすことが可能である。インクの用途としては色素の濃度が高いほうが望ましいが、色素を溶かす補助溶媒として、水中にエタノール等の有機溶媒を10%加えることは効果的である。有機溶媒が多すぎると塩が析出し、色素の溶解性が悪くなる。以下、「イエロー色素」の用語は、特に断らない限り、開環体(1)、閉環体(1)’、開環体(1)と閉環体(1)’の混合物の総称として用いる。
【0047】
マゼンタ色の代表である(2)及び(2)’は、水中で523nmの吸収極大波長を有する。アルキル置換基はプロピル置換基であるが、これは、吸収極大波長をできるだけ、500−550nmの適切な波長域にシフトさせる意味がある。純水への溶解性にも優れ、(2)0.12gを5mlの水に溶かすことが可能である。以前合成された水溶性ジアリールエテンを用いた系では、0.01gを同じ5ml水に溶かすことが難しいということが明らかになっている。この材料に関してもインクの用途としては色素の濃度が高いほうが望ましいが、色素を溶かす補助溶媒として、水中にエタノール等の有機溶媒を10%加えることは効果的である。有機溶媒が多すぎると塩が析出し、色素の溶解性が悪くなる。以下、「マゼンタ色素」の用語は、特に断らない限り、開環体(2)、閉環体(2)’、開環体(2)と閉環体(2)’の混合物の総称として用いる。
【0048】
シアン色の代表である(3)及び(3)’は、水中で625nmの吸収極大波長を有する。アルキル置換基はエチル置換基であるが、これは、吸収極大波長を600−650nmの波長域にシフトさせる効果がある。純水への溶解性にも優れ、(3)0.20gを5mlの水に溶かすことが可能である。インクの用途としては色素の濃度が高いほうが望ましいが、色素を溶かす補助溶媒として、水中にエタノール等の有機溶媒を10%加えることは効果的である。有機溶媒が多すぎると塩が析出し、色素の溶解性が悪くなる。以下、「シアン色素」の用語は、特に断らない限り、開環体(3)、閉環体(3)’、開環体(3)と閉環体(3)’の混合物の総称として用いる。
【0049】
イエロー色素(1)、マゼンタ色素(2)、シアン色素(3)は、水溶液中でフォトクロミック反応をする。それぞれ色素を個別に溶かした水溶液中では無色であり、それぞれの水溶液に紫外光を照射するとそれぞれ、イエロー色素(1)’、マゼンタ色素(2)’、シアン色素(3)’が含まれることによって着色する。水中に含まれるすべての(1)、(2)、(3)が紫外光照射によって、(1)’、(2)’、(3)’と変化するわけではなく、それぞれの開環体の色素の50%−90%程度が、それぞれの閉環体の色素へと反応により変化する。
【0050】
イエロー色素(1)、マゼンタ色素(2)、シアン色素(3)のそれぞれについて、10−2M程度を水に溶かした濃厚溶液を用いると、インクジェットプリンター用のインクとして適用することが可能である。インクにすることによって、コピー用紙等の紙媒体や、紙に類似した成分を有するセルロース主体の繊維や、インクジェットプリンター用OHPシートに印刷することが可能である。以下、コピー用紙に印刷した場合について説明する。
【0051】
インクジェットプリンターを用いると、印刷データを変えることによって、今までサンプル調整が難しかった均一な印刷や、色の混合が可能になり、カラー印刷や白黒の印刷が原理的に可能である。そこで、実際に写真や紙幣の印刷を行った。はじめの開環体の状態では無色であるが、254nmの紫外光照射の状態では着色した。しばらく蛍光灯のもとで光を照射すると、発色した色が消失した。
【0052】
シアン色素(3)’、マゼンタ色素(2)’、イエロー色素(1)’を混合した状態は黒色であるが、この黒色に、適切な波長の光400−550nmの光を一定時間照射すると、シアンの色だけ残った。つまり、フォトクロミック色素を用いたフルカラー電子ペーパーとして応用可能である。
【0053】
すなわち、3つの色に変化するフォトクロミック反応を組み合わせるによって、イエロー色、シアン色、マゼンタ色の固有の色から、紫外光照射によって発色し、インクの濃度によって任意に色が変化するフルカラー材料の開発が可能である。また、イエロー色、シアン色、マゼンタ色3つの色を一定の割合で混ぜると、紫外光照射により黒色を作成できるフォトクロミック材料となる。表示可能な媒体は、合成した色素が水溶性であることから、紙をはじめ、衣服等に使われているセルロース主体の繊維、吸水性ポリマー、木材等、いろいろな水を吸収する媒体上で、任意の色を作成できる。
【0054】
固有の3つの色素を組み合わせることによって、これらの色素を吸水性の媒体上で発色させることにより、フルカラー表示可能な表示材料や、窓の色を任意に変える調光材料、紫外線センサーへの用途展開が考えられる。
【実施例】
【0055】
以下に、本発明の特徴を更に明らかにすると共に、本発明の作用、効果を確認するために行った実施例を示す。本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。本実施例では、イエロー色素、シアン色素、マゼンタ色素、及び黒色フォトクロミック色素の作成の方法、水中でのフォトクロミック反応性、市販インクジェットプリンターにインクとして詰めて、紙の上に塗布した場合のフォトクロミック反応性に関し検討を行った結果を示す。
【0056】
実施例1:イエロー色フォトクロミック色素(1)の合成
室温で1−(2−メチルベンゾフラン−3−イル)−2−(3−メチルベンゾチオフェン−2−イル)ペルフルオロシクロペンテン1gをクロロホルム4mlに溶解し、クロロスルホン酸0.4ml加え、1時間攪拌した。攪拌した溶液に2M水酸化ナトリウム水溶液(60ml)を加え、攪拌し、引き続き、飽和塩化ナトリウム水溶液を加えた。生じた沈殿を吸引ロートで吸引し、目的の化合物(1)を得た。
H NMR(CD3OD, 400MHz):δ1.92(s, 1.5H),1.97(s, 1.5H),2.17(s, 1.5H),2.20(s, 1.5H),7.45−8.36(m,6H)。
MS(M+) 712。
【0057】
マゼンタ色フォトクロミック色素(2)の合成
室温で1−(2−プロピルベンゾフラン−3−イル)−2−(2−ブロピルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン1gをクロロホルム4mlに溶解し、クロロスルホン酸0.4ml加え、1時間攪拌した。攪拌した溶液に2M水酸化ナトリウム水溶液(60ml)を加え、攪拌し、引き続き、飽和塩化ナトリウム水溶液を加えた。生じた沈殿を吸引ロートで吸引し、目的の化合物(2)を得た。
H NMR(CD3OD, 400MHz):δ 0.49−0.54(m,3H),0.69−0.73(m,3H),1.20−1.60(m,4H),2.18−2.69(m,4H),7.48−7.89(m,5H),8.17−8.31(m, 1H)。
MS(M+)656。
【0058】
シアン色フォトクロミック色素(3)の合成
室温で1、2−ビス(2−エチル−5−フェニル−3−チエニル)ペルフルオロシクロペンテン1gをクロロホルム4mlに溶解し、クロロスルホン酸0.4ml加え、1時間攪拌した。攪拌した溶液に2M水酸化ナトリウム水溶液(60ml)を加え、攪拌し、引き続き、飽和塩化ナトリウム水溶液を加えた。生じた沈殿を吸引ロートで吸引し、目的の化合物(3)を得た。
H NMR(CD3OD、400MHz):δ 0.97(t,J=7.6Hz,5.4H),1.28(t,J=7.6Hz,0.6H),2.42(q,J=7.6Hz,3.6H),4.04(q,J=7.6Hz,0.4H),7.45(s,2H),7.68(dd, J=8.4Hz,J=1.6Hz,4H),7.86(dd, J=8.4Hz,J=1.6Hz,4H)。
MS(M+) 752。
【0059】
実施例2:水中、水混合溶媒中におけるイエロー色、マゼンタ色、シアン色の色素のフォトクロミック反応性の検討
イエロー色、マゼンタ色、シアン色の各フォトクロミック色素は、図1に示すようにフォトクロミック反応性を示す。
【0060】
イエロー色素(1)の原料である1−(2−メチルベンゾフラン−3−イル)−2−(3−メチルベンゾチオフェン−2−イル)ペルフルオロシクロペンテンはヘキサン溶液中で445nmに吸収極大波長を有する。スルホン化した化合物開環体(1)は、262nmに吸収極大波長(吸収極大波長におけるモル吸光係数14000M−1cm−1)を有する。この状態に313nmの紫外光を1分間照射すると光定常状態となるが、このとき生成する閉環体(1)’は水中で455nmに吸収極大波長を有する。水中でのフォトクロミック反応の様子を図2に示す。440nm以上の光を1分照射すると、もとの(1)に戻る。水90%にエタノール10%加えた溶液で、同様に紫外光を照射すると、454nmに吸収極大波長を有する生成する。
【0061】
マゼンタ色素(2)の原料である1−(2−プロピルベンゾフラン−3−イル)−2−(2−ブロピルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンはヘキサン溶液中で508nmに吸収極大波長を有する。スルホン化した化合物開環体(2)は、265nmに吸収極大波長(吸収極大波長におけるモル吸光係数19000M−1cm−1)を有する。この状態に313nmの紫外光を1分間照射すると光定常状態となるが、このとき生成する閉環体(2)’は水中で523nmに吸収極大波長を有する。水中でのフォトクロミック反応の様子を図3に示す。440nm以上の光を1分照射すると、もとの(2)に戻る。水90%にエタノール10%加えた溶液で、同様に紫外光を照射すると、521nmに吸収極大波長を有する生成する。
【0062】
シアン色素(3)の原料である1、2−ビス(2−エチル−5−フェニル−3−チエニル)ペルフルオロシクロペンテンはヘキサン溶液中で600nmに吸収極大波長を有する。スルホン化した化合物開環体(3)は、308nmに吸収極大波長(吸収極大波長におけるモル吸光係数22000M−1cm−1)を有する。この状態に313nmの紫外光を1分間照射すると光定常状態となるが、このとき生成する閉環体(3)’は水中で625nmに吸収極大波長を有する。水中でのフォトクロミック反応の様子を図4に示す。440nm以上の光を10分照射すると、もとの(3)に戻る。水90%にエタノール10%加えた溶液で、同様に紫外光を照射すると、623nmに吸収極大波長を有する生成する。
【0063】
実施例3:水中における黒色フォトクロミック反応の検討
イエロー色素(1)、マゼンタ色素(2)、シアン色素(3)を重量比で約1:1:0.8に混ぜ、その混合物を水に溶かすと、無色の開環体の(1)と(2)と(3)の混合溶液ができる。この状態で、紫外光を照射すると、水中で黒色に変化する。黒色に変化した状態に、440nmの光を照射すると、無色へ変化する。
【0064】
実際に、黒色フォトクロミック色素の吸収スペクトルを測定した結果を図5に示す。この溶液は、3種のフォトクロミック色素に対して水100%を溶媒として用い、イエロー色素(1)、マゼンタ色素(2)、シアン色素(3)を、モル濃度比で、イエロー(1)4×10−5M、マゼンタ(2)4×10−5M、シアン3.5×10−5Mをそれぞれ1:1:1の容量比で混ぜ、測定したときの結果を示す。開環体の状態では、無色で、313nmの光を照射すると黒色に変化する。黒色に変化した状態に、440nmの光を照射すると、無色へ変化する。
【0065】
実施例4:紙媒体への塗布方法の検討。インクジェットプリンターを用いた印字を行った。
この実験を試みるため、エプソン社製MJ−810Cを用いて測定を試みた。インクタンクとして、黒色、シアン色、マゼンタ色、イエロー色の各タンクを備えてある。インクヘッドとインクタンクをきれいに洗浄した後、フォトクロミックインクに詰め替え、サンプル画像の印刷を試みた。
【0066】
カラーインクは、イエローインクはイエロー(1)を0.3g、5mlの水に溶解し、マゼンタインクはマゼンタ(2)を0.1g、5mlの水に溶解し、シアンインクはシアン(3)を0.08g、5mlの水に溶解した。このインクをインクタンクに充填し、コピー紙上に印刷を試みた。
【0067】
カラーインクでコピー紙上に千円札の見本を印刷した。印字直後の開環体の状態は無色であったが、ブラックライトの光(254nm)照射によって着色した。実際、千円札の見本の印刷において実際に見える色は、3色のそれぞれの混合比によって異なる。赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、黒、そのほか多くの色が混合している様子が確認された。蛍光灯の下で、1週間放置すると無色に変化した。
【0068】
次にコピー紙の上のイエロー色素、マゼンタ色素、シアン色素に関して、それぞれのフォトクロミック反応の様子について検討した。上記のコピー紙に印刷するために作成した、それぞれのイエロー色素、マゼンタ色素、シアン色素のインクを空のマジックに詰め替えてそれぞれの色素が重ならないように紙に塗布し、ハンドランプ(254nm)の光を照射し、オーシャンオプティクスのS2000の装置を用いて紙に吸着された色素の反射率を測定した。図6にイエロー色素の反射率(D)のスペクトル、図7にマゼンタ色素の反射率(D)のスペクトル、図8にシアン色素が着色したときの反射率(D)のスペクトルを示す。この反射率Dは、D=−log((Isample−Idark)/(Ireference−Idark))で定義される値である。Isampleは着色サンプルの反射光強度、Ireferenceは無色サンプルの反射光強度、Idarkは検出装置の暗所下における信号強度をそれぞれ示す。その結果、イエロー色素の反射率は、460nm、マゼンタ色素の反射率は545nm、シアン色素の反射率は590−650nm付近に極大波長が現れた。蛍光灯の光を1週間照射するともとの紙の状態の反射率のスペクトル、つまり、測定波長領域で反射率(D)が0へと戻った。この結果、紙の上でも水と同様のフォトクロミック反応が起こっていることが証明された。
【0069】
次に黒色インクの作製を試みた。黒色インクは、イエロー色素(1)31mg、シアン色素(2)30mg、マゼンタ色素23mgを混合した色素を水5mlに溶解することにより作製した。作製した黒色インクをインクタンクに詰め替え、黒色インクのみの設定でコピー紙上に楽譜を印刷した。印字直後のコピー紙上のインクは無色であったが、ブラックライトの光(254nm)照射によって図9に示すようにインクを付着させた部分が黒色に変化した。蛍光灯の下で、1週間放置すると無色に変化した。
【0070】
実施例5:印字後の可視光照射による色変化に関する検討
コピー紙上にインクで印刷すると、開環体の状態では無色を示すが、紫外光を照射した状態では黒色になった。この状態を、蛍光灯の下で6時間放置すると青色に変色した。このことを応用すると、紙などの媒体上で、媒体上で紫外光を照射し黒色状態に変化させたのち、イエロー色、マゼンタ色成分を消す光を照射する。ことによって、青色を再現できる。
【0071】
同様に、媒体上で紫外光を照射し黒色状態に変化させたのち、イエロー色成分を消す光(440nmの波長の光光)を照射する。このことによって、紫色を再現した。また、媒体上で紫外光を照射し黒色状態に変化させたのち、シアン色成分を消す光(630nmの以上波長の光)を照射する。このことによってオレンジ色を再現した。つまり、紫外光によって黒変した後、適切な波長の光を照射することによって、所望の色に変化させることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0072】
以上の記述から明らかなように、本発明のフォトクロミック化合物は、水や水有機溶媒の混合溶媒に可溶であり、溶媒に分散したフォトクロミック色素が、紙をはじめとする吸水性の媒体にフォトクロミックインクとして固着する性質を有する。固着したフォトクロミック色素は、紫外光照射によって、それぞれイエロー色、マゼンタ色、シアン色に着色し、可視光照射によってもとの無色の状態へと戻る。3つの色が着色すると、紫外光照射により黒色に変化する材料の作成も可能である。固体媒体に付着した状態で、紙、セルロース主体の繊維、吸水性ポリマーなどに塗布し、紫外光照射によって着色させたり、可視光によって発色の制御をさせたりできる表示材料としての用途や、紫外光を検知することが可能な紫外線センサーとしての好適な材料である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の第一の実施形態に係るフォトクロミック化合物のフォトクロミック反応を示す説明図である。
【図2】本発明の第二の実施形態に係るイエロー色素(1)の水中における紫外可視吸収スペクトル変化を示す。点線:開環体、実線:313 nmの紫外光を1分間照射後。
【図3】同マゼンタ色素(2)の水中における紫外可視吸収スペクトル変化を示す。点線:開環体、実線:313 nmの紫外光を1分間照射後。
【図4】同シアン色素(3)の水中における紫外可視吸収スペクトル変化を示す。点線:開環体、実線:313 nmの紫外光を1分間照射後。
【図5】本発明の第三の実施形態に係る水中における紫外可視吸収スペクトル変化を示す。点線:開環体、実線:313 nmの紫外光を1分間照射後。
【図6】本発明の第四の実施形態に係る紙へ印刷した場合の紫外光照射後のイエロー色素(1)の反射率(D)を測定した結果を示す。
【図7】本発明の第四の実施形態に係る紙へ印刷した場合の紫外光照射後のマゼンタ色素(2)の反射率(D)を測定した結果を示す。
【図8】本発明の第四の実施形態に係る紙へ印刷した場合の紫外光照射後のシアン色素(3)の反射率(D)を測定した結果を示す。
【図9】本発明の第四の実施形態に係る紙へ印刷した場合の紫外光照射後の黒色の印字例を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)もしくはその閉環体(I)’、または一般式(II)もしくはその閉環体(II)’、または一般式(III)もしくはその閉環体(III)’で表されることを特徴とするフォトクロミック化合物。
【化1】

(一般式(I)もしくはその閉環体(I)’、または一般式(II)もしくはその閉環体(II)’、または一般式(III)もしくはその閉環体(III)’のそれぞれにおいて、R1、R2はそれぞれ独立して炭素数1−4のアルキル基を示す。)
【請求項2】
請求項1記載のフォトクロミック化合物を含み、水溶液中、もしくは、30%以下の有機溶媒を溶かした水溶液中に分散していることを特徴とする光可逆性発色組成物。
【請求項3】
請求項1記載のフォトクロミック化合物を含み、紙、または、衣服に使われる繊維、または親水性ポリマー媒体上に分散していることを特徴とする光可逆性発色組成物。
【請求項4】
請求項1記載のフォトクロミック化合物を含み、請求項2記載の溶液媒体中、もしくは、請求項3記載の吸水性の媒体中で紫外光照射により黒色に発色することを特徴とする光可逆性発色組成物。
【請求項5】
請求項1記載のフォトクロミック化合物を含み、請求項4に示す吸水性の媒体上で、フォトクロミック化合物が着色した状態に、ある波長の可視光を照射し、媒体上で所望の色を出すことを特徴とする媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−215234(P2009−215234A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−60988(P2008−60988)
【出願日】平成20年3月11日(2008.3.11)
【出願人】(503080420)
【Fターム(参考)】