説明

ブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法

【課題】ブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】熱延鋼板を酸洗終了後に冷間圧延するに際し、酸洗条件や冷間圧延条件に応じて式(1)を満足するように、酸洗終了後冷間圧延開始までの時間tcおよび/または酸洗終了後の熱延鋼板の最高表面温度Tmaxを制御するブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法;Hc/Ho>exp{-0.002×(Tmax+tc/100)}・(1)、ただし、Ho:酸洗終了直後の鋼板中の水素濃度、Hc:冷間圧延条件により決まるブリスターによる表面品質不良が発生する冷間圧延開始直前の鋼板中の臨界水素濃度、熱延鋼板の最高表面温度Tmax:酸洗終了直後の鋼板表面温度のことであるが、熱延鋼板を加熱した場合は、酸洗終了直後の表面温度と加熱により到達した表面温度のうちの高い方の温度。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブリスターと呼ばれる表面欠陥の発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用や缶用の冷延鋼板あるいは冷延鋼板上にめっき処理などを施した表面処理鋼板の表面品質に対する要求がより一層厳しくなっている。なかでも、鋼板表面に数mmに及ぶ範囲で‘ふくれ’となって現れるブリスターと呼ばれる欠陥は、加工により開口し、割れや耐食性の劣化の原因にもなるので、鋼板メーカーでは、この欠陥が発見されると製品出荷の取り止めを余儀なくされる場合もあり、大きな歩留まり低下の一因にもなっている。
【0003】
冷延鋼板のブリスターは、非特許文献1に説明されているように、熱間圧延後の酸洗時に鋼板に侵入し、冷間圧延後に鋼板内の非金属介在物、気泡、偏析、内部割れなどの部位に滞留している水素が、焼鈍時の加熱とともに体積膨張して圧力を高め、加熱により軟化した鋼板を変形させたふくれ状の表面欠陥である。
【0004】
こうしたブリスターの発生を抑制する方法として、特許文献1には、質量%で、C:0.0005〜0.003%、Mn:0.10〜2.2%、Si:0.6%以下、P:0.07%以下、S:0.025%以下、sol.Al:0.02〜0.06%、N:0.0035%以下、O:0.003%以下、Ti:[(48/14)N+(48/32)S+4×(48/12)C]以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、次の式の関係を満足する冷間圧延鋼板に連続焼鈍あるいは連続溶融亜鉛めっきを施すに当り、室温から650〜720℃の所定の温度まで20℃/秒以上、その後の再結晶温度以上の均熱温度までを1〜5℃/秒の昇温速度で加熱することを特徴とする耐ブリスター性に優れた冷延鋼板あるいは溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法が開示されている。
min[Ti、(48/14)N+(48/32)S]≧0.002d2+0.003、
ただし、dは鋼板の板厚(mm)を、また、min[Ti、(48/14)N+(48/32)S]はTiと(48/14)N+(48/32)Sの小さい方を表す。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】小若正倫著、「金属の腐食損傷と防食技術」、アグネ社、1983年、p.207
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2936963号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、鋼板表層部に存在する水素の放出には有効であるが、鋼板内部に拡散した水素が気泡となって発生するブリスターを抑制できない場合がある。
【0008】
そこで、本発明は、鋼板表層部のみでなく、鋼板の内部にまで存在する水素を確実に放出させることにより、ブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記の目的のために様々な検討を行ったところ、以下のことを見出した。
【0010】
1)酸洗終了後の熱延鋼板中の水素濃度H(質量ppm)は、酸洗条件で決まる酸洗終了直後の水素濃度Ho(質量ppm)、酸洗終了後の経過時間t(秒)および酸洗終了直後の鋼板の表面温度T(K)によって、H=Hoexp{-0.002×(T+t/100)}と表せる。
【0011】
2)酸洗終了後冷間圧延開始までの時間tcおよび/または酸洗終了後の熱延鋼板の最高表面温度Tmaxを制御して、上記の関係式から求まる冷間圧延開始直前の水素濃度Hが、予め求めた冷間圧延条件により決まるブリスターによる表面品質不良が発生する冷間圧延開始直前の鋼板中の臨界水素濃度Hc(質量ppm)より小さくなるようにすれば、確実にブリスターの発生を抑制できることになる。
【0012】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、熱延鋼板を酸洗終了後に冷間圧延するに際し、酸洗条件や冷間圧延条件に応じて下記の式(1)を満足するように、酸洗終了後冷間圧延開始までの時間tc(秒)および/または酸洗終了後の熱延鋼板の最高表面温度Tmax(K)を制御することを特徴とするブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法を提供する。
Hc/Ho>exp{-0.002×(Tmax+tc/100)}・・・(1)
ただし、
Ho:酸洗終了直後の鋼板中の水素濃度(質量ppm)、
Hc:冷間圧延条件により決まるブリスターによる表面品質不良が発生する冷間圧延開始直前の鋼板中の臨界水素濃度(質量ppm)、
であり、前記熱延鋼板の最高表面温度Tmaxとは、酸洗終了直後の鋼板表面温度のことであるが、酸洗終了後に熱延鋼板を加熱した場合は、酸洗終了直後の鋼板表面温度と加熱により到達した表面温度のうちの高い方の温度のことである。
【0013】
本発明の冷延鋼板の製造方法では、酸洗終了後の熱延鋼板を、酸洗終了直後の鋼板の表面温度よりも高い温度に加熱することが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、確実にブリスターの発生が抑制された冷延鋼板を製造できるようになり、表面品質に優れた冷延鋼板を提供することができる。本発明の方法は、酸洗から冷間圧延まで連続して行われる酸洗・冷間圧延連続ライン(PPCMライン、PPCM;Pickling and Profile-Control Cold Mill)で、特に効果的である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】酸洗終了後の熱延鋼板中の水素濃度Hと酸洗終了後の経過時間tおよび鋼板の表面温度Tとの関係を示す図である。
【図2】酸洗減量と酸洗終了直後の鋼板中の水素濃度Hoとの関係を示す図である。
【図3】冷間圧延開始直前の鋼板中の水素濃度Hとブリスターの発生個数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者等は、酸洗終了後の熱延鋼板中の水素濃度Hと酸洗終了後の経過時間tおよび酸洗終了直後の鋼板の表面温度Tとの関係を調査したところ、表1や図1に示すように、H=Hoexp{-0.002×(T+t/100)}で近似できることを見出した。なお、前記鋼板中の水素濃度は、鋼板を800℃まで加熱し、鋼板から放出された水素を質量分析装置で分析したものである(以下、同様)。
【0017】
ここで、Hoは酸洗直後の鋼板中の水素濃度であり、次のようにして求めることができる。すなわち、5つの酸洗槽が直列に配置された酸洗設備を用い、熱延鋼板を種々の条件で酸洗し、鋼板の酸洗減量と酸洗終了直後の鋼板中の水素濃度Hoを調べた結果、表2や図2に示すように、Hoは酸洗減量と良い相関があるので、酸洗減量から求めることができる。なお、表2に示すように、酸洗減量には酸濃度、酸洗温度・時間の酸洗条件依存性が見られないが、これは、酸洗減量は酸洗前の鋼板の表面状態(スケール厚み等)に大きく依存するためと考えられる。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【0020】
一方、ブリスターによる表面品質不良が発生するか否かの条件を別途検討したところ、冷間圧延開始直前の鋼板中の水素濃度Hと冷間圧延条件で決まり、冷間圧延条件に応じて、ブリスターによる表面品質不良が発生する冷間圧延開始直前の鋼板中の臨界水素濃度Hcが決まることが明らかになった。一例として、板厚4.0mmの熱延鋼板を冷間圧延で種々の仕上げ板厚(冷間圧延の最終板厚)に圧延した場合について、冷間圧延開始直前の鋼板中の水素濃度Hとブリスターの発生個数(全発生個数/コイル全長:個/m)との関係を調査した結果を示す。表3や図3に示すように、冷間圧延開始直前の鋼板中の水素濃度Hがある値を超えると、ブリスターの発生個数は急激に増加することがわかる。また、仕上げ板厚が小さくなるほど、すなわち冷間圧延の圧下量が大きくなるほど、ブリスターの発生個数が急激に増加する水素濃度Hの値は小さくなることがわかる。これは、冷間圧延開始直前の鋼板中の水素濃度Hが高いほど、また、冷間圧延での圧下量が大きいほど、鋼板内に滞留した水素の内部圧力の上昇が大きくなるためであると考えられる。ここで、一般に、ブリスターの発生個数が0.035×10-2個/m程度を超えるとブリスター欠陥による表面品質不良が顕在化するようになるので、この発生個数を生む冷間圧延開始直前の鋼板中の水素濃度Hをブリスターによる表面品質不良が発生する冷間圧延開始直前の鋼板中の臨界水素濃度Hcとすればよい。図3に示した例では、仕上げ板厚1.8mmのときHcは0.030質量ppm、仕上げ板厚1.5mmのときHcは0.025質量ppm、仕上げ板厚1.2mmのときHcは0.020質量ppmとなる。
【0021】
【表3】

【0022】
以上のことから、酸洗減量から求まる酸洗終了直後の鋼板中の水素濃度Hoを用い、酸洗終了後冷間圧延開始までの時間tcと酸洗終了後の熱延鋼板の最高表面温度Tmaxを制御して、H=Hoexp{-0.002×(Tmax+tc/100)}がHcより小さくなるようにすれば、確実にブリスターの発生を抑制できることになる。
【0023】
本発明を実施するには、酸洗後の鋼板をコイルの状態で室温で放置し、上記式(1)を満足する経過時間t後に冷間圧延すればよい。酸洗後の鋼板を加熱すれば、上記式(1)より経過時間tを短縮できるので、PPCMラインにも適用でき、生産性の向上が図れる。鋼板の加熱には、ガスバーナー加熱、電気ヒーター加熱、高周波誘導加熱などを適用できるが、その後冷間圧延を行うので、酸素分圧の制御された不活性ガスの雰囲気中で行う必要がある。また、PPCMラインに適用する場合は、ロール間距離を変えられるルーパーを用いればラインスピードの調整は可能である。
【0024】
また、本発明の製造方法は、成分組成として、mass%で、C:0.003%以下、Mn:1.5%以下、Si:0.5%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Ti:0.04〜0.08%、Al:0.01〜0.05%、N:0.0035%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学成分を有する極低炭素鋼板において、顕著なブリスターの発生抑制効果が得られており、上記成分組成の鋼板製造に好適である。
【実施例1】
【0025】
連続鋳造機によって鋳造された極低炭素鋼鋳片(成分組成は、mass%で、C:0.0028%、Mn:0.4%、Si:0.10%、P:0.08%、S:0.008%、Ti:0.054%、Al:0.027%、N:0.0033%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物)を1200〜1300℃に再加熱して熱間圧延し、板厚2.8〜4.5mmの熱延鋼板を作製した。これらの熱延鋼板を表4に示す酸洗条件で塩酸酸洗し、表4に示す経過時間tc放置後、表4に示す冷間圧延条件で冷間圧延を行い、760〜870℃で連続焼鈍後、0.5%(伸張率)の調質圧延を行い、ブリスターの発生状況を調査し、ブリスターの発生個数(個/m)を求め、0.035×10-2個/m以下であればブリスターの発生が抑制されたと評価した。
【0026】
結果を表4に示す。上記式(1)を満たす条件で冷間圧延を行えばブリスターの発生個数が0.035×10-2個/m以下で、ブリスターの発生が抑制されていることがわかる。
【0027】
なお、表4のTmaxは酸洗終了直後の鋼板表面温度であり、HoとHcは予め表4に示す酸洗条件と冷間圧延条件で求めた水素濃度である。
【0028】
【表4】

【実施例2】
【0029】
連続鋳造機によって鋳造された極低炭素鋼鋳片(成分組成は、mass%で、C:0.0025%、Mn:1.1%、Si:0.15%、P:0.08%、S:0.009%、Ti:0.043%、Al:0.036%、N:0.0030%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物)を1200〜1300℃に再加熱して熱間圧延し、板厚2.8〜4.1mmの熱延鋼板を作製した。これらの熱延鋼板を、酸洗設備と冷間圧延機の間に電気ヒーターによる加熱炉の設置されたPPCMラインで、表5に示す酸洗条件で塩酸酸洗し、Arガス雰囲気とした加熱炉で表5に示す加熱温度(鋼板表面温度Tmax)に加熱後、表5に示す冷間圧延条件で冷間圧延を行い、775〜867℃で連続焼鈍後、0.5%の調質圧延を行い、実施例1の場合と同様に、ブリスターの発生状況を調査し、ブリスターの発生個数を求めた。なお、PPCMラインを用いると酸洗後から冷間圧延までの経過時間tcは120秒である。
【0030】
結果を表5に示す。上記式(1)を満たす条件で冷間圧延を行えばブリスターの発生個数が0.035×10-2個/m以下で、ブリスターの発生が抑制されていることがわかる。
【0031】
なお、実施例1と同様、表5のHoとHcは予め表5に示す酸洗条件と冷間圧延条件で求めた水素濃度である。
【0032】
【表5】

【実施例3】
【0033】
連続鋳造機によって鋳造された極低炭素鋼鋳片(成分組成は、mass%で、C:0.0025%、Mn:0.5%、Si:0.10%、P:0.09%、S:0.006%、Ti:0.071%、Al:0.044%、N:0.0031%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物)を1200〜1300℃に再加熱して熱間圧延し、板厚3.2〜4.4mmの熱延鋼板を作製した。これらの熱延鋼板を表6に示す酸洗条件で塩酸酸洗し、酸洗ラインと冷間圧延ラインの間に設置したArガス雰囲気とした加熱炉で、表6に示す加熱温度(鋼板表面温度Tmax)で加熱し、表6に示す経過時間tc後、表6に示す冷間圧延条件で冷間圧延を行い、790〜870℃で連続焼鈍後、0.5%の調質圧延を行い、実施例1の場合と同様に、ブリスターの発生状況を調査し、ブリスターの発生個数を求めた。
【0034】
結果を表6に示す。上記式(1)を満たす条件で冷間圧延を行えばブリスターの発生個数が0.035×10-2個/m以下で、ブリスターの発生が抑制されていることがわかる。
【0035】
なお、実施例1と同様、表6のHoとHcは予め表6に示す酸洗条件と冷間圧延条件で求めた水素濃度である。
【0036】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱延鋼板を酸洗終了後に冷間圧延するに際し、酸洗条件や冷間圧延条件に応じて下記の式(1)を満足するように、酸洗終了後冷間圧延開始までの時間tc(秒)および/または酸洗終了後の熱延鋼板の最高表面温度Tmax(K)を制御することを特徴とするブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法;
Hc/Ho>exp{-0.002×(Tmax+tc/100)}・・・(1)
ただし、
Ho:酸洗終了直後の鋼板中の水素濃度(質量ppm)、
Hc:冷間圧延条件により決まるブリスターによる表面品質不良が発生する冷間圧延開始直前の鋼板中の臨界水素濃度(質量ppm)、
であり、前記熱延鋼板の最高表面温度Tmaxとは、酸洗終了直後の鋼板表面温度のことであるが、酸洗終了後に熱延鋼板を加熱した場合は、酸洗終了直後の鋼板表面温度と加熱により到達した鋼板表面温度のうちの高い方の温度のことである。
【請求項2】
酸洗終了後の熱延鋼板を、酸洗終了直後の鋼板表面温度よりも高い温度に加熱することを特徴とする請求項1に記載のブリスターの発生を抑制可能な冷延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−106021(P2011−106021A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51464(P2010−51464)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】