説明

ポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルム及びその製造方法

【課題】取り扱い性に優れたポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルム及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリフェニレンサルファイド100質量部に対して、シンジオタクティックポリスチレンを0.8〜30質量部配合したポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を押出成形して得た成形体を、延伸温度:86〜100℃、縦方向の延伸倍率:3.0〜4.0倍、横方向の延伸倍率:2.4〜3.4倍として二軸延伸し、厚さが20〜100μmで、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面におけるシンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上のポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンジオタクティックポリスチレンを含有するポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルム、及びその製造方法に関する。より詳しくは、ポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムの物性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド(PPS:Poly(phenylene sulfide))フィルムは、耐熱性、耐薬品性、耐湿性及び各種電気特性が優れていることから、粘着フィルム用基材、離型フィルム、フィルムコンデンサ及び回路基板など、種々の用途に利用されている。
【0003】
また、従来、PPSフィルムの特性向上のための種々の検討がなされている(特許文献1〜4参照。)。例えば、特許文献1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、及び特許文献2に記載のポリアリーレンスルフィド系配向成形品では、シンジオタチック構造を有するスチレン系重合体を所定量配合することで、成形性向上を図っている。
【0004】
また、特許文献3には、PPS樹脂に、液晶性ポリエステル樹脂などの液晶性樹脂を50〜70質量%配合することにより、回路基板として使用する際の寸法安定性を向上させたPPSフィルムが開示されている。
【0005】
一方、特許文献4には、PPS樹脂と、ポリエチレンテレフタレート(PET:Poly(ethylene terephthalate))を主たる構成単位とするポリエステル樹脂とを、スピノーダル分解により相分離させて、構造周期0.001〜2μmの両相連続構造、又は粒子間距離0.001〜2μmの分散構造を形成することで、耐熱性などを低下させずに、PPS樹脂の使用量を低減したフィルムが開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開平2−70754号公報
【特許文献2】特開平2−175228号公報
【特許文献3】特開2004−96040号公報
【特許文献4】特開2004−231909号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1,2に記載されているポリアリーレンスルフィド樹脂組成物からなる二軸延伸フィルムは、成形性は優れているものの、取り扱い性については検討がなされておらず、フィルムにこしがないという問題点がある。また、特許文献3に記載されているPPSフィルムは、未延伸フィルムであるため、同様にこしがなく、取り扱い難いという問題点がある。更に、特許文献4に記載されているPPSフィルムは、PETを主たる構造単位とするポリエステル樹脂を含む両相連続構造であるため、PPSの特徴である耐熱性が低下し、十分に延伸することができなくなるという問題点がある。
【0008】
このように、従来のPPSフィルムにおいても種々の検討がなされているが、こしがなく、取り扱い性に劣るという問題点は、未だ解決されていない。
【0009】
そこで、本発明は、取り扱い性に優れたポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルム及びその製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムは、ポリフェニレンサルファイド100質量部に対して、シンジオタクティックポリスチレンを0.8〜30質量部配合したポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を延伸して形成されたフィルムであり、厚さが20〜100μmで、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面における前記シンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上となっている。
この樹脂フィルムでは、厚さを20〜100μmとし、更に、シンジオタクティックポリスチレン相を島状に分布させ、厚さ方向に平行な断面におけるシンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比を10以上にしているため、こしが強くなる。
【0011】
本発明に係るポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムの製造方法は、ポリフェニレンサルファイド100質量部に対して、シンジオタクティックポリスチレンを0.8〜30質量部配合したポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を押出成形し、その押出成形体を、延伸温度:86〜100℃、縦方向の延伸倍率:3.0〜4.0倍、横方向の延伸倍率:2.4〜3.4倍として二軸延伸して、厚さが20〜100μmで、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面における前記シンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上のフィルムを得る。
本発明の樹脂フィルムの製造方法では、押出成形体を特定の温度及び倍率で二軸延伸し、厚さが20〜100μmのフィルムにしているため、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面におけるシンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上で、こしが強いポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムを製造することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、厚さが20〜100μmで、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面におけるシンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上となっているため、こしが強く、取り扱い性に優れたポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。本発明者は、上述した問題点を解決するために鋭意実験検討を行い、以下に示す知見を得た。ポリフェニレンサルファイド(PPS)にシンジオタクティックポリスチレン(以下、s−PSと略す。)を配合すると、耐熱性及び耐薬品性などのPPSの優れた特性を低下させずに、離型性及び成形性などのPPSの劣っている特性を向上することができる。しかしながら、PPSとs−PSは、ガラス転移温度が異なり、更に、非相溶性であるため、これらを混合した樹脂組成物は、製膜時にボイドや破断が発生しやすい。特に、フィルム厚さが20〜100μmの範囲では、ボイドや破断が発生しないよう厚さ方向に対して均一に熱を伝え、PPS及びs−PSの両方を均一に延伸することは困難であった。
【0014】
そこで、本発明者は、フィルム厚さが20〜100μmの範囲でも、製膜時にボイドや破断が発生せず、特性にむらがないフィルムが得られる条件などについて検討を行った。その結果、PPSに特定量のs−PSを配合し、特定条件で成形したフィルムは、s−PS相が島状に分布すると共にその平均アスペクト比が一定値以上となり、かつ平均ボイド値が一定値以下となって、従来にない強いこしが得られることを見出した。
【0015】
即ち、本発明のPPS系樹脂フィルムは、PPS100質量部に対して、s−PSを0.8〜30質量部配合したPPS系樹脂組成物を延伸して形成したものであり、厚さが20〜100μmで、s−PS相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面におけるs−PS相の平均アスペクト比が10以上となっている。以下、本発明のPPS系樹脂フィルムにおける数値限定理由について説明する。
【0016】
s−PS配合量:PPS100質量部に対して0.8〜30質量部
PPSは、本発明のPPS系樹脂フィルムの主成分であり、耐熱性及び耐薬品性を確保するために重要な成分である。また、s−PSは、島状に一様に分布させることで、フィルムのこしを強くする効果がある。しかし、PPS樹脂組成物中のs−PS配合量が0.8質量部未満であると、s−PSが均一に分散しにくくなるため、フィルムの特性が不均一になりやすい。一方、s−PS配合量が30質量部を超えると、組成物中のPPS量が少なくなるため、耐熱性及び耐薬品性が低下すると共に、成形性も低下して横延伸時に破断が発生することがある。よって、PPS樹脂組成物におけるs−PS配合量は、PPS100質量部に対して、0.8〜30質量部とする。
【0017】
なお、PPS樹脂組成物におけるs−PS配合量は1.0〜25質量部であることが好ましく、より好ましくは1.2〜20質量部である。s−PS含有量をこの範囲にすることにより、後述するs−PS相の平均アスペクト比を一定値以上とし、更に、平均ボイド値も一定値以下とすることができるため、フィルムのこしをより強くすることができる。
【0018】
フィルム厚さ:20〜100μm
本発明のPPS系樹脂フィルムは、例えば離型フィルムとして使用することができるが、このような用途では、剥がすときに加わる力に耐え得るこしや強度が求められるため、一定以上の厚さが必要となる。具体的には、フィルムの厚さが20μm未満の場合、こしが弱く、作業性が低下する。一方、フィルムの厚さが100μmを超えると、延伸時にフィルム全体に均一に熱が伝わりにくくなり、製膜そのものが困難になる。よって、PPS系樹脂フィルムの厚さは、20〜100μmとする。
【0019】
なお、フィルム厚さは22.5〜80μmとすることが好ましく、より好ましくは30〜70μmである。これにより、フィルムのこしが強くなり、使用時の作業性を向上させることができる。このような厚さのフィルムを得るためには、例えば、縦方向の延伸倍率を3.0〜4.0倍、横方向の延伸倍率を2.4〜3.4倍にして、二軸延伸すればよい。
【0020】
厚さ方向に平行な断面におけるs−PS相の平均アスペクト比:10以上
本発明のPPS系樹脂フィルムでは、s−PS相が島状に分布しており、厚さ方向に平行な断面をとったとき、フィルム表面から厚さ方向に1/3〜2/3の範囲で、長さ(幅)300μmの領域におけるs−PS相の平均アスペクト比が10以上となっている。これにより、フィルムのこしをより強くすることができる。一方、上述した領域におけるs−PS相の平均アスペクト比が10未満の場合、s−PSを所定量配合してもこしを向上させる効果が十分でなく、こしの強いフィルムは得られない。なお、本発明における平均アスペクト比は、上述した領域に存在する各s−PS相のアスペクト比(長軸径/短軸径)を平均した値である。また、このs−PS相の平均アスペクト比を10以上にするには、例えば、延伸温度を86〜100℃にすればよい。
【0021】
更に、本発明のPPS系樹脂フィルムでは、厚さ方向に平行な断面における平均ボイド値が70%以下であることが望ましい。厚さ方向に平行な断面をとったとき、フィルム表面から厚さ方向に1/3〜2/3の範囲で、長さ(幅)300μmの領域における平均ボイド値が70%を超えると、こしの強さが低下することがあるからである。なお、本発明における平均ボイド値は、上述した領域に存在するボイドの長軸径とs−PS相の長軸径に基づき、下記数式1から求められる各ボイド値を平均した値(n=10)である。また、この平均ボイド値を70%以下にするには、例えば、延伸温度を86〜100℃にすればよい。
【0022】
【数1】

【0023】
次に、本発明のPPS系樹脂フィルムの主成分であるPPSの構造について説明する。PPSは、下記化学式1で表されるp−フェニレンサルファイドを繰り返し単位として有するポリマーである。本発明で使用するPPSは、ポリマー中に繰り返し単位として、p−フェニレンサルファイド単位を70モル%以上含有することが好ましい。p−フェニレンサルファイド単位が70モル%未満の場合、ポリマーの結晶性及びガラス転移点が低くなるため、PPSを主成分とするポリマーフィルムの特徴である耐熱性及び機械的強度を十分に発揮されない場合があるからである。なお、p−フェニレンサルファイド単位は、90モル%以上含有することがより好ましい。
【0024】
【化1】

【0025】
また、PPSは、p−フェニレンサルファイド単位の他に、ポリマーの繰り返し単位のうち30モル%未満、好ましくは10モル%未満であれば、重合可能なスルフィド結合を有する繰り返し単位を含有していてもよい。この重合可能なスルフィド結合を有する繰り返し単位は、特に限定されるものではないが、特に下記化学式2で表される芳香族スルフィド単位であることが好ましい。なお、下記化学式2におけるArは下記化学式3〜8で表される各官能基を示す。また、下記化学式6におけるQはハロゲン原子又はメチル基を示し、mは1〜4の整数を示す。更に、本発明におけるPPSでは、これらの繰り返し単位のうち1種を単独で又は2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
【0026】
【化2】

【0027】
【化3】

【0028】
【化4】

【0029】
【化5】

【0030】
【化6】

【0031】
【化7】

【0032】
【化8】

【0033】
一方、PPSが、上記化学式2で表されるモノマー単位を含む共重合体である場合、ポリマーの形態はランダム重合体及びブロック重合体のいずれでもよい。また、ポリマーの末端又は末端近くに、上記化学式1以外のモノマー単位が存在していてもよい。
【0034】
本発明におけるPPSは、例えば、米国特許第4645826号明細書に記載された方法、即ち、アルカリ金属硫化物とジクロロベンゼンとを、N−メチル2−ピロリドンなどの極性溶媒中で、水が存在している条件下において、特定の二段階昇温重合法によって得ることができる。この重合法を適用することにより、実質的に直鎖状で高分子量のPPSが得られる。また、重合時にハロゲン置換基を3個以上有する芳香族ハロゲン化合物を少量添加することにより、若干の分岐又は架橋構造を導入したPPSを得ることもできる。
【0035】
また、PPSの溶融粘度は、310℃の温度で、せん断速度を1200/秒として測定したとき、20〜2000Pa・sであることが好ましい。溶融粘度が20Pa・s未満の場合、フィルムの機械的特性及び耐熱性が低下して、PPSフィルムとしての特徴が得られないことがあり、また、溶融粘度が2000Pa・sを超えると、押出機や濾過装置などの製造装置の付加が増加して、不具合が発生することがあるからである。このPPSの溶融粘度は、30〜1800Pa・sであることがより好ましい。なお、ここでいうせん断速度とは、平行な板の間を粘性流体が通過する際の勾配速度として定義される値である。
【0036】
次に、本発明のPPS系樹脂フィルムを形成するPPS系樹脂組成物に添加されるs−PSについて説明する。s−PSは、繰り返し単位に、主として、下記化学式9で表されるシンジオタクチック構造を有するスチレン系重合体である。シンジオタクチック構造とは、炭素−炭素結合から形成される主鎖に対して、側鎖であるフェニル基や置換フェニル基が交互に反対方向に位置する立体構造をいう。
【0037】
【化9】

【0038】
そして、s−PSのタクティシティーは、同位体炭素による核磁気共鳴法によって定量的に分析することができる。この核磁気共鳴法により測定されるタクティシティーは、連続する複数個の構成単位の存在割合で表すことができ、例えば2個の場合はダイアッド、3個の場合はトリアッド、5個の場合はペンダッドによって表される。本発明で使用されるs−PSは、ダイアッドで75%以上、好ましくは80%以上、若しくは、ペンタッド(ラセミペンタッド)で30%以上、好ましくは50%以上のシンジオタクティシティを有するポリスチレン、ポリ(アルキルスチレン)、ポリ(ハロゲン化スチレン)、ポリ(アルコキシスチレン)、ポリ(ビニル安息香酸エステル)又はこれらの混合物であることが望ましく、これらを主成分とする共重合体でもよい。
【0039】
また、s−PSは、例えば、特開昭62−187708号公報に記載された方法、即ち、不活性炭化水素溶媒中又は溶媒の不存在下において、チタン化合物及び水とトリアルキルアルミニウムとの縮合生成物を触媒として、スチレン系単量体を重合することにより得られる。
【0040】
次に、本発明のPPS系樹脂フィルムの製造方法について説明する。図1は本発明のPPS系樹脂フィルムの製造方法の一例を示す模式図である。本発明のPPS系樹脂フィルムを製造する際は、先ず、PPSを主成分とする樹脂組成物を押出機に供給し、ペレット状にする。ここで、PPSを主成分とする樹脂組成物とは、例えば、PPSに、必要に応じて炭酸カルシウム及びステアリン酸カルシウムなどの添加剤が添加された樹脂組成物である。
【0041】
引き続き、上述した工程で得られたPPSを主成分とする樹脂ペレットと、s−PSを主成分とする樹脂ペレットとを、特定の比率でドライブレンドし、図1に示す押出機1に供給する。なお、s−PSを主成分とする樹脂ペレットには、必要に応じて、滑剤、可塑剤、酸化防止剤、耐衝撃のためのエラストマーなどが添加されていてもよい。また、PPSとs−PSとのブレンドは、それぞれをペレット化する前に行ってもよい。
【0042】
そして、押出機1において、供給された樹脂を280〜340℃で溶融し、ダイにてシート状に成型し、吐出させる。このとき、溶融温度を280℃未満にすると、PPSが十分に溶融せず、また、溶融温度が340℃を超えると、押出時に樹脂の分解物が生成する。よって、溶融温度は280〜340℃とする。なお、この工程において、フィルターなどを使用して、溶融した樹脂組成物を濾過し、塵埃又は添加物の凝集物などの粗大異物を除去することが望ましい。その後、ダイから吐出されたフィルムを、金属ドラムなどの冷却体2上に押し当てて、冷却固化し、樹脂シートを得る。
【0043】
次に、上述した工程で得られた樹脂シートを延伸する。本発明において、延伸によりフィルムを形成しているのは、フィルムに強度を付与するためである。離型フィルムには、基板材料から剥離する際にかかる力に耐えうる強度が必要であるが、未延伸フィルムでは、加熱によって脆くなるため、剥離する際の強度に耐えきれず、フィルムが割れてしまう。このため、本発明においては、一軸又は二軸延伸によりフィルムを形成することとする。
【0044】
なお、本発明のPPS系樹脂フィルムは、延伸フィルムであればよいが、二軸延伸フィルムとすることがより好ましい。ここで、二軸延伸とは、縦方向及び横方向に分子配向を与えるために延伸することをいう。延伸は、二方向を別々に延伸(以下、逐次二軸延伸という。)してもよいし、同時に二方向に延伸してもよい。また、縦及び/又は横方向に再延伸を行ってもよい。
【0045】
以下、逐次二軸延伸により、PPS系樹脂フィルムを製造する方法を例にして説明する。先ず、以下に示す条件で、縦方向の延伸を行う。この縦方向の延伸は、通常、ロールの周速差により施される。また、延伸は、1段階で行ってもよく、複数本のロール対を使用して多段階で行ってもよい。
【0046】
延伸温度:86〜100℃
ロール3の温度は、s−PS相の分散構造に影響し、ロール3を86℃未満の温度にして延伸すると、ボイドが多くなり、フィルムのこしの低下に繋がる。一方、ロール3を100℃よりも高い温度にして延伸すると、s−PS相の平均アスペクト比が10未満となり、フィルムのこしが不足する。よって、本発明においては、86〜100℃の温度範囲で延伸を行う。
【0047】
縦方向の延伸倍率:3.0〜4.0倍
縦方向の延伸倍率は、s−PS相の分散構造やフィルムの平面性、製膜性に影響する。このため、縦方向の延伸倍率が3.0倍未満の場合、s−PS相のアスペクト比が小さくなり、フィルムのこしが不足する。また、延伸むらやたるみが発生し、特性の均一性が低下することもある。一方、縦方向の延伸倍率が4.0倍を超えると、縦方向の配向が強くなりすぎるため、横方向に延伸する際に、破断が発生しやすくなり、製膜が困難になる。よって、本発明においては、縦方向の延伸を行う際は、延伸倍率を3.0〜4.0倍とする。
【0048】
次に、上述した方法及び条件で縦方向に延伸したフィルムを、テンター延伸機4に導入し、クリップでフィルムの両端を挟んで引っ張ることにより、横方向の延伸を行う。このとき、延伸温度は、前述した縦方向の延伸と同様の理由から86〜100℃とし、延伸倍率は2.4〜3.4倍とする。
【0049】
横方向の延伸倍率:2.4〜3.4倍
横方向への延伸倍率も、s−PS相の分散構造やフィルムの平面性、製膜性に影響する。具体的には、横方向の延伸倍率が2.4倍未満の場合は、縦方向への延伸と同様に、s−PS相のアスペクト比が小さくなってフィルムのこしが不足したり、特性の均一性が低下したりする。一方、横方向の延伸倍率が3.4倍を超えると、延伸時に破断が発生しやすくなり、製膜が困難になる。よって、本発明においては、横方向の延伸を行う際は、延伸倍率を2.4〜3.4倍とする。
【0050】
次に、横方向の延伸後、直ちにフィルムを挟んでいるクリップ間の距離を0.1〜10%、好ましくは0.5〜7%程度縮めることにより、製膜されたフィルムを緩和させ、テンター延伸機内において、延伸温度以上でかつ融点以下の温度で熱固定処理を行うことが好ましい。これにより、耐熱寸法を安定させることができる。この熱固定処理の温度は、240〜290℃とすることが好ましい。熱固定処理温度が240℃未満の場合、横方向の緩和の効率が低下し、高温下で寸法安定性に優れるフィルムを得ることが困難になることがあり、また、熱固定処理温度が290℃を超えると、PPSフィルムの融点よりも高くなり、製膜が困難になるからである。なお、熱固定処理温度は、250〜285℃とすることがより好ましい。
【0051】
そして、熱固定処理後のフィルムを、テンター延伸機4の出口部分において室温まで冷却した後、巻き取り機5で巻き取り、二軸延伸PPS系樹脂フィルムを得る。
【0052】
なお、一軸延伸によりフィルムを形成する場合も、前述した二軸延伸と同様に、延伸温度は86〜100℃とする。延伸温度が86℃未満であるとボイドが多く発生し、また、延伸温度が100℃を超えるとs−PS相の平均アスペクト比が10未満となり、いずれの場合もフィルムに十分なこしが得られないからである。また、一軸延伸する際、延伸倍率が2.4倍未満の場合、s−PS相のアスペクト比が小さくなり、フィルムのこしが不足することがあり、更に、延伸むらやたるみが発生して、特性の均一性が低下することもある。一方、延伸倍率が4.0倍を超えると、破断が発生して、製膜が困難になることがある。よって、一軸延伸する際の延伸倍率は、2.4〜4.0倍とすることが望ましい。
【0053】
上述の如く、本発明のPPS系樹脂フィルムは、PPS100質量部に対して、s−PSを0.8〜30質量部配合したPPS樹脂組成物を延伸して得たものであり、厚さが20〜100μmで、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面におけるシンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上であるため、こしが強い。その結果、従来のPPSフィルムに比べて、取り扱い性を向上させることができる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。本実施例においては、以下に示す方法で、本発明の範囲内の実施例1〜3のPPS系樹脂フィルム、及び本発明の範囲から外れる比較例1〜4のPPS系樹脂フィルムを作製した。更に、参考例として、s−PSを配合していないPPSフィルムを作製した。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
先ず、PPS(クレハ社製「フォートロンKPS(登録商標)」W312)粉末100質量部に対して、充填剤として平均粒径が0.7μmの炭酸カルシウム(日東粉化工業社製「NITOREX」#30PS)を0.3質量部、ステアリン酸カルシウムを0.2質量部添加した混合粉末をペレット化したPPSを主成分とする樹脂ペレットを調製した。
【0056】
次に、調製した樹脂ペレット100質量部に対し、s−PS樹脂ペレット(出光興産社製「XAREC(登録商標)」S−104)を1.2質量部配合し、ブレンダーを用いて混合して、PPS系樹脂組成物を得た。
【0057】
次に、このPPS系樹脂組成物を、直径が50mmの押出機を用いて310℃に加熱して溶融し、目開き40μmのディスクフィルターでろ過した。引き続き、溶融したPPS系樹脂組成物を、長さ560mm、間隙1.1mmの直線状リップを有するダイから押出し、表面を40℃に保持した金属製ドラム上にキャストして冷却させ、厚さが360μmの樹脂シートを作製した。
【0058】
次に、この樹脂シートを、表面温度を80〜90℃に調節した金属製ロールに接触させて予熱を行った後、表面温度を93℃に調節した金属製ロール上で縦方向の長さが3.5倍となるようロール間延伸を行った。引き続き、縦方向に延伸したフィルムをテンター延伸機に導入し、93℃の雰囲気中で横方向に2.9倍に延伸した。延伸後、直ちに横方向に約4%緩和させながら、250℃で約100秒間熱固定し、厚さ40μmの二軸延伸フィルム(PPS系樹脂フィルム)を得た。
【0059】
(実施例2)
前述した実施例1と同様の方法で、PPS樹脂ペレット100質量部に、s−PS樹脂ペレット6.2質量部を配合したPPS系樹脂組成物を使用し、実施例1と同様の条件で押出し、厚さが360μmの樹脂シートを得た。次に、この樹脂シートを、縦延伸温度を97℃とし、それ以外は実施例1と同様の条件で縦及び横方向に延伸した後、緩和させて、厚さ40μmの二軸延伸フィルム(PPS系樹脂フィルム)を得た。
【0060】
(実施例3)
前述した実施例1と同様の方法で、PPS樹脂ペレット100質量部に、s−PS樹脂ペレット19質量部を配合したPPS系樹脂組成物を使用し、実施例1と同様の条件で押出し、厚さが360μmの樹脂シートを得た。次に、この樹脂シートを、実施例1と同様の条件で縦及び横方向に延伸した後、緩和させて、厚さ40μmの二軸延伸フィルム(PPS系樹脂フィルム)を得た。
【0061】
(比較例1)
本発明の比較例1として、前述した実施例1と同様の方法で、PPS樹脂ペレット100質量部にs−PS樹脂ペレットを6.2質量部配合したPPS系樹脂組成物を使用し、実施例1と同様の方法で押出し、厚さが200μmの樹脂シートを作製した。次に、この樹脂シートを、実施例1と同様の延伸温度条件で、縦方向に3.5倍、横方向に3.5倍延伸した。その後、実施例1と同様に、緩和及び熱固定を行い、厚さが18μmの二軸延伸フィルム(PPS系樹脂フィルム)を得た。
【0062】
(比較例2)
本発明の比較例2として、前述した実施例1と同様の方法で、PPS樹脂ペレット100質量部にs−PS樹脂ペレットを6.2質量部配合したPPS系樹脂組成物を使用し、実施例1と同様の方法で押出し、厚さが360μmの樹脂シートを作製した。次に、この樹脂シートを、表面温度を約80℃に調節した金属製ロールに接触させて予熱を行った後、表面温度を84℃に調節した金属製ロール上で、縦方向に3.5倍延伸した。引き続き、横方向に84℃で2.9倍延伸した後、緩和させて、厚さが40μmの二軸延伸フィルム(PPS系樹脂フィルム)を得た。なお、本比較例においては、横延伸時に破断することが多く、延伸が困難であった。
【0063】
(比較例3)
本発明の比較例3として、前述した実施例1と同様の方法で、PPS樹脂ペレット100質量部にs−PS樹脂ペレットを6.2質量部配合したPPS系樹脂組成物を使用し、実施例1と同様の方法で押出し、厚さが360μmの樹脂シートを作製した。次に、この樹脂シートを、表面温度を約95℃に調節した金属製ロールに接触させて予熱を行った後、表面温度を105℃に調節した金属製ロール上で、縦方向に3.5倍延伸した。引き続き、横方向に102℃で2.9倍延伸した後、緩和させて、厚さが40μmの二軸延伸フィルム(PPS系樹脂フィルム)を得た。なお、本比較例においては、フィルム幅が周期的に変化する幅むらが発生した。
【0064】
(比較例4)
本発明の比較例4として、前述した実施例1と同様の方法で、PPS樹脂ペレット100質量部にs−PS樹脂ペレットを6.2質量部配合したPPS系樹脂組成物を使用し、実施例1と同様の方法で押出し、厚さが360μmの樹脂シートを作製した。次に、この樹脂シートを、実施例2と同様の延伸温度で、縦方向に3.5倍、横方向に3.5倍延伸した。しかし、延伸の際に破断が頻発し、フィルムを得ることは困難であった。
【0065】
(参考例)
本発明の参考例として、s−PSを添加しないPPSフィルムを作製した。具体的には、前述した実施例1と同様の方法で調製したPPSを主成分とする樹脂ペレットを、実施例1と同様の方法で溶融及び濾過した後キャストし、厚さが360μmの樹脂シートを作製した。次に、この樹脂シートを、表面温度を約85℃に調節した金属製ロールに接触させて予熱を行った後、表面温度を約90℃に調節した金属製ロール上で、縦方向の長さが3.5倍となるようにロール間延伸を行った。引き続き、縦方向に延伸したフィルムをテンター延伸機に導入し、92℃の雰囲気中で横方向に2.9倍に延伸した後、直ちに横方向に約3%緩和した。その後、260℃で約100秒間熱固定し、厚さ40μmの二軸延伸フィルム(PPSフィルム)を得た。
【0066】
次に、上記方法で作製した実施例、比較例及び参考例の各フィルムについて、平均アスペクト比及び平均ボイド値を測定すると共に、こし及び配向均一性について評価した。以下、具体的な測定方法及び評価方法について説明する。図2は平均アスペクト比及び平均ボイド値の測定領域を示す図であり、図2(a)は平面図、図2(b)は図2(a)に示すA−A線による拡大断面図である。
【0067】
平均アスペクト比及び平均ボイド値は、先ず、実施例及び比較例の各フィルムについて、図2(a)及び(b)に示すように、厚さ方向に平行でかつ幅方向(TD)に垂直な断面のSEM(Scanning Electron Microscope:走査型電子顕微鏡)写真を撮影する。そして、平均アスペクト比は、各フィルムの断面SEM写真に基づいて、フィルム表面から厚さ方向に1/3〜2/3(t/3)で、かつ製膜方向(MD)に300μmの領域に存在するs−PS相の長軸径及び短軸径を測定し、算出した。一方、平均ボイド値も同様に、各フィルムの断面SEM写真に基づき、フィルム表面から厚さ方向に1/3〜2/3(t/3)で、かつ製膜方向(MD)に300μmの領域に存在するs−PS相の長軸径及びボイドの長軸径を測定し、上記数式1を用いて算出した。
【0068】
一方、各フィルムのこしは、ループスティフネスの測定値に基づいて評価した。ループスティフネスとは、試料をループ状に曲げた状態で、自重によってたるみにくい方向に固定し、そのループを直径方向に所定量押しつぶすために要する荷重であり、その値によりフィルムのこしの強弱を評価することができる。本実施例においては、東洋精機製作所社製 ループステフネステスタ を使用し、試料の幅を25mm、有効長さを85mmとし、圧縮速度3.5mm/秒で、ループを15mm押しつぶすのに要する荷重を測定した。以上の結果を下記表1にまとめて示す。
【0069】
【表1】

【0070】
上記表1に示すように、PPSにs−PSを本発明の範囲内で配合した実施例1〜3のPPS系樹脂フィルムは、s−PS相の平均アスペクト比が10以上であったため、ループスティフネスの値が参考例のPPSフィルムよりも高く、こしが強かった。
【0071】
これに対して、フィルム厚さが20μm未満の比較例1のPPS系樹脂フィルムは、厚さが薄く、s−PS相の平均アスペクト比も10未満であったため、ループスティフネスの値が極めて低かった。
【0072】
また、延伸温度が86℃未満であった比較例2のPPS系樹脂フィルムは、s−PS相の平均アスペクト比が10未満であり、更に平均ボイド値も70%を超えていたため、ループスティフネスの値が低く、参考例のPPSフィルムよりもこしがなかった。なお、比較例2のPPS系樹脂フィルムは、横延伸時に破断が多く、成形性にも劣っていた。
【0073】
一方、延伸温度が100℃を超えていた比較例3のPPS系樹脂フィルムは、s−PS相の平均アスペクト比が10未満となり、その結果、ループスティフネスの値が低く、参考例のPPSフィルムよりもこしがなかった。なお、比較例3のPPS系樹脂フィルムは、幅むらが大きく、特性が不均一なフィルムとなった。
【0074】
更に、横方向に3.4倍を超える倍率で延伸した比較例4では、破断が頻発し、厚さ40μmのフィルムを得ることはできなかった。
【0075】
以上のように、PPSにs−PSを本発明の範囲内で添加し、厚さ、s−PS相の平均アスペクト比が本発明の範囲内になるように、延伸により製膜した本実施例のPPS系樹脂フィルムは、本発明の範囲から外れる比較例のPPS系樹脂フィルム及び参考例のPPSフィルムに比べて、こしが強かった。即ち、本発明によれば、取り扱い性に優れたPPS系樹脂フィルムが得られることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明のPPS系樹脂フィルムの製造方法の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の実施例における平均アスペクト比及び平均ボイド値の測定領域を示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)に示すA−A線による拡大断面図である。
【符号の説明】
【0077】
1 押出機
2 冷却体
3 ロール
4 テンター延伸機
5 巻き取り機


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンサルファイド100質量部に対して、シンジオタクティックポリスチレンを0.8〜30質量部配合したポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を延伸して形成されたフィルムであって、
厚さが20〜100μmであり、
シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、
厚さ方向に平行な断面における前記シンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上である
ポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルム。
【請求項2】
ポリフェニレンサルファイド100質量部に対して、シンジオタクティックポリスチレンを0.8〜30質量部配合したポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を押出成形し、
その押出成形体を、延伸温度:86〜100℃、縦方向の延伸倍率:3.0〜4.0倍、横方向の延伸倍率:2.4〜3.4倍として二軸延伸して、
厚さが20〜100μmで、シンジオタクティックポリスチレン相が島状に分布し、厚さ方向に平行な断面における前記シンジオタクティックポリスチレン相の平均アスペクト比が10以上のフィルムを得る
ポリフェニレンサルファイド系樹脂フィルムの製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−121055(P2010−121055A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−296579(P2008−296579)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】