ポリペプチドの配列バリアントの決定方法
本発明は、以下の工程を含む、産生されたポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する方法に関する:(a)産生されたポリペプチドの試料を提供する工程、(b)該試料中の該ポリペプチドをプロテアーゼと共にインキュベートする工程、(c)該ポリペプチドのアミノ酸配列断片の逆相クロマトグラフィー接続型高分解能質量分析(FT-ICR/FT-orbitrap)およびMS/MS分析を用いて二次元分析を実施する工程、(d)試料について得られたLC-MSデータセットと参照試料のデータセットを並べて比較し、所定の保持時間でのシグナル強度の差異を探索し、アミノ酸配列変異に関して示差的シグナルを評価することにより、データ評価する工程。データ評価(d)用の参照試料は、十分に特徴決定された標準または分析対象試料の一つのいずれかであり得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、ポリペプチドのトリプシン消化、その断片のクロマトグラフィー分離、分離した断片の高分解能質量分析および配列バリアントの決定を含む、ポリペプチドの配列バリアントの決定方法を報告する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
タンパク質は、今日の医薬品ポートフォリオにおいて重要な役割を果たしている。ヒトへの適用のために、すべての治療用タンパク質は、明確な基準を満たしていなければならない。生物薬剤の対人安全性を確保するため、治療用タンパク質の特性は一定の制限内に収まらなければならず、かつ製造プロセスにおいて蓄積される副産物は、特に、除去されなければならない。
【0003】
ポリペプチドのアミノ酸組成および配列のそれぞれにおける、所望の形態とは異なる何らかの変化または修飾は、配列バリアントと定義される。これは、アミノ酸配列を変化させる核酸変異、望ましくない翻訳後修飾(PTM)または異常なポリペプチドバリアント(短縮化形態または長大化形態)であり得る。
【0004】
ポリペプチドの一貫性(consistency)を保証し誤産生を回避するため、配列バリアントの存在に対する生物学的メカニズム(例えば、複製の忠実性、転写および翻訳の正確性)および技術プロセス(細胞株樹立のためのトランスフェクションおよび増幅または発酵条件)の影響を評価する必要がある。また、潜在的な配列バリアントを高感度で発見および同定する方法を提供する必要がある。
【0005】
例えば、細胞株樹立プロセスは、細胞株スイッチおよびクローン変化にそれぞれ重要となる配列バリアントを生じる可能性がある。フィード培地中の特定培地成分が予期せず不足している条件下での発酵および下流プロセス(DSP)は、アミノ酸の配列バリアントまたは翻訳後修飾のそれぞれを引き起こし得る。したがって、産生物の均質性および一貫性を確認するために、配列バリアントの存在を検査する必要がある。
【0006】
Barnes, C.A.S., et al., Mass. Spectrom. Rev. 26 (2007) 370-388(非特許文献1)は、組み換えタンパク質医薬の構造的特徴決定における質量分析の利用を報告している。治療用抗体の構造的特徴決定のための質量分析は、Mass. Spectrom. Rev. 28 (2009) 147-176(非特許文献2)においてZhang, Z., et al.により報告されている。Yu, X.C., et al. (Anal. Chem. 81 (2009) 9282-9290(非特許文献3))は、高分解能質量分析による、組み換えモノクローナル抗体におけるコドン特異的なセリン-アスパラギン誤翻訳の同定を報告している。質量分析によるタンパク質酸化の決定および方法の品質管理移行は、Houde, D., et al., J. Chromatogr. 1123 (2006) 189-198(非特許文献4)により報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Barnes, C.A.S., et al., Mass. Spectrom. Rev. 26 (2007) 370-388
【非特許文献2】Zhang, Z., et al., Mass. Spectrom. Rev. 28 (2009) 147-176
【非特許文献3】Yu, X.C., et al., Anal. Chem. 81 (2009) 9282-9290
【非特許文献4】Houde, D., et al., J. Chromatogr. 1123 (2006) 189-198
【発明の概要】
【0008】
本明細書において、ポリペプチドのアミノ酸配列バリアント、すなわち、アミノ酸配列における変異の判定方法を提供する。それに伴い間接的に、核酸配列バリアントも決定することができる。
【0009】
より詳細には、本明細書は、以下の工程を含む、(産生された)ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する方法を報告する:(a)(産生された)ポリペプチドの試料を提供する工程、(b)該試料中の該ポリペプチドをプロテアーゼと共にインキュベートする工程、(c)該ポリペプチドのアミノ酸配列断片の逆相クロマトグラフィー接続型高分解能質量分析(FT-ICR/FT-orbitrap)およびMS/MS分析を用いて二次元分析を実施する工程、(d)試料について得られたLC-MSデータセットと参照試料のデータセットを並べて比較し、所定の保持時間でのシグナル強度の差異を探索し、アミノ酸配列変異に関する示差的シグナルを評価することにより、データ評価する工程。データ評価(工程d)用の参照試料は、十分に特徴決定された標準でも分析対象の試料の一つでもよい。
【0010】
本明細書で報告する第一の局面は、以下の工程を含むことを特徴とする、ポリペプチドのアミノ酸配列バリアント、特にアミノ酸配列におけるアミノ酸変異を判定する方法である:
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、プロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを含む二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定される差異の全てが、該ポリペプチドのアミノ酸配列バリエーション(変異)であり、それによってポリペプチドのアミノ酸配列バリアントを決定する、工程。
【0011】
本明細書で報告する別の局面は、
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、プロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを含む二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定される差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによってポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する、工程
あるいは、
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも1つ提供する工程、
(b)試料をプロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを含む二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で試料から得られたデータセットと、工程(b)および(c)で報告される方法により決定された参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定される差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによってポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する、工程。
を含むことを特徴とする、ポリペプチドのアミノ酸配列におけるアミノ酸配列変異を判定する方法である。
【0012】
提供される試料は、そのポリペプチドをコードする核酸の一過的なトランスフェクションにより得られる異なるクローン由来の場合もあり、安定なトランスフェクト細胞株由来、または異なる世代の、もしくは異なる発酵スケールの、もしくは異なる条件下で発酵が行われた細胞株由来の場合もある。一つの態様では2〜10,000試料が提供され、別の態様では2〜1,000試料が提供され、さらなる態様では2〜348試料が提供される。
【0013】
一つの態様において、この方法は
(e)MS/MSフラグメンテーションおよびデータ分析によりアミノ酸配列バリエーション(変異)の種類および位置を決定する工程
をさらに含む。
【0014】
別の態様において、既知のアミノ酸配列バリエーション(変異)を有するポリペプチドでスパイクされたポリペプチドを含むさらなる試料が提供される。提供された試料に加えて、さらなる試料も、インキュベート、分析、および比較される。一つの態様において、分析する工程は、pH8.0未満のpH値および40℃未満の温度で実施される。これらの条件は、この方法により誘導されるアミノ酸配列の変化を抑制する。さらなる態様において、pH値は、pH 6.5〜pH 8.0未満である。別の態様において、温度は20℃〜40℃である。別の態様において、試料は、酵素消化のために、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液中に提供される。なおさらなる態様において、試料とプロテアーゼをインキュベートする工程とは、ポリペプチドをプロテアーゼにより3〜60アミノ酸残基長の断片に切断することである。
【0015】
一つの態様において、工程(d)の比較する工程は、1つ、複数またはすべてのMS電荷状態のデータを用いて実施される。さらなる態様において、比較する工程は、参照試料と他の試料各々の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)をオーバーレイすることを含み、ここで、オーバーラップおよびアライン(aligned)したすべての質量の強度比が計算され、その比が10より大きいピークはアミノ酸配列バリエーション(アミノ酸配列変異)とみなす必要がある。なおさらなる態様において、比較する工程は、DNA翻訳タンパク質分解断片ペプチドパターン(DNA translated proteolytic fragment peptide pattern)と試料の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)を比較する工程を追加で含む。アミノ酸配列バリアント(アミノ酸配列変異)に関して調査対象となるポリペプチドのコード核酸配列における単一塩基置換、欠失および挿入の探索が実施され、得られた配列はインシリコ翻訳され、そしてこの方法で使用されたのと同じ酵素でインシリコ消化される。その後、実験的に決定されたペプチドのMS/MSフラグメントスペクトルと上記のインシリコプロセス由来のペプチドの理論的MS/MSスペクトルの照合により、アミノ酸配列バリアント(アミノ酸配列変異)が同定される。
【0016】
さらなる態様において、ポリペプチドは、完全体の免疫グロブリン、免疫グロブリン断片、または免疫グロブリン結合体である。別の態様において、試料中のポリペプチドはプロテアーゼとのインキュベートの前に還元され、遊離スルフヒドリル残基はカルボキシメチル化される。
【0017】
本明細書で報告する方法による工程において、試料はすべて、別々に、すなわち個々に、混合物としてではなく、処理される。一つの態様において、試料は、還元する工程、インキュベートする工程および分析する工程において個々に処理される。一つの態様において、この方法は、高スループットの決定方法である。
【0018】
一つの態様において、試料は、プロテアーゼと共に16時間〜18時間インキュベートされ、その後直ちに蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。さらなる態様において、試料はプロテアーゼと共に4時間インキュベートされ、その後直ちに蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。
【0019】
本明細書で報告する別の局面は、ポリペプチドの産生方法であって、アミノ酸配列バリエーションすなわちアミノ酸配列における変異を全処理試料中それぞれ最小数または最小比で含むポリペプチドを産生する細胞を選択する工程を含む方法である。本明細書で報告する別の局面は、ポリペプチドの産生方法であって、検出可能なアミノ酸配列変異(バリエーション)を含まないポリペプチドを産生する細胞を選択する工程を含む方法である。一つの態様において、アミノ酸配列バリエーション(アミノ酸配列における変異)のそれぞれ最小数および最小比は、参照試料または既定のアミノ酸配列に対して決定される。
【0020】
一つの態様において、この方法は以下の工程を含む:
(a)ポリペプチドをコードする核酸を含む細胞を少なくとも2つ提供する工程、
(b)細胞を個別播種(single depositing)および培養する工程、
(c)個別播種した細胞を用いて本明細書で報告する方法を実施する工程、
(d)アミノ酸バリエーション(アミノ酸配列変異)を最小数および/または最小比で含むポリペプチドを産生する細胞を選択する工程、
(e)選択された細胞を培養する工程、
(f)細胞または培養培地からポリペプチドを回収することによってポリペプチドを産生する工程。
【0021】
一つの態様において、提供される細胞は、一過的なトランスフェクト細胞もしくは安定なトランスフェクト細胞または免疫処理後の動物から得られる免疫細胞から選択される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】MS/MSスペクトルのデータ依存的取得におけるスキャンイベントサイクルの代表的時系列;略語:FT ICR - フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴;LIT - リニアイオントラップ;CID -衝突誘起解離;RP - 分解能;SID -ソース誘起解離(source induced dissociation)。
【図2】LTQ FT ICR(Thermo Scientific)において取得した参照抗CD19抗体(参照)および試料抗CD19抗体(試料)のトリプシン消化ペプチドマップのトータルイオンクロマトグラム。
【図3】突出ピークの保持時間によりアラインしたLC-MSクロマトグラムのオーバーレイ。データは、2つの抗CD19抗体(参照および試料)のトリプシン消化ペプチドマップ由来のものである。AおよびBは2つの複製物の各々の平均TICプロフィールである。
【図4】試料と参照の抗CD19抗体間の差異を示す散布図。
【図5】図4の拡大像。
【図6】試料抗CD19抗体HCアミノ酸配列断片のMS/MSスペクトル割当(二重荷電親イオンの衝突誘起解離のyイオンシリーズおよびbイオンシリーズ)。アミノ酸配列バリアントに特徴的なMS/MSフラグメントは太字で示されている。
【図7】試料抗CD19抗体LCアミノ酸配列断片のMS/MSスペクトル割当(二重荷電親イオンの衝突誘起解離のyイオンシリーズおよびbイオンシリーズ)。アミノ酸配列バリアントに特徴的なMS/MSフラグメントは太字で示されている。
【図8】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CD19抗体HCアミノ酸配列断片のアミノ酸配列の抽出イオンクロマトグラム。定量化の結果:試料中に2 wt-%の変異アミノ酸配列(バリアント)が存在する。
【図9】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CD19抗体LCアミノ酸配列断片の抽出イオンクロマトグラム。定量化の結果:試料中に0.5 wt-%の変異アミノ酸配列(バリアント)が存在する。
【図10】突出ピークの保持時間によりアラインしたLC-MSクロマトグラムのオーバーレイ。データは、2つの抗CCR5抗体(参照および試料)のトリプシン消化ペプチドマップ由来のものである。
【図11】参照と試料の抗CCR5抗体間の差異を示す散布図。
【図12】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CCR5抗体LCアミノ酸断片の抽出イオンクロマトグラム。
【図13】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CCR5抗体HCアミノ酸配列断片の抽出イオンクロマトグラム。
【発明を実施するための形態】
【0023】
発明の詳細な説明
例えば組み換え法により産生される、治療用タンパク質は、アミノ酸配列がわずかに異なる分子の混合物であり得、その違いはアミノ酸配列のC末端またはN末端のみならず、アミノ酸配列内にも見られる(例えば、アミノ酸変異、交換、酸化またはチオエーテル形成)。アミノ酸配列変異(バリエーション)は、本明細書で報告する方法を用いてペプチドマッピング手法により検出することができる。これらのアミノ酸配列変異(バリエーション)は、例えば、i)核酸複製の際の核酸ポリメラーゼのエラーにより、またはii)核酸転写の際のRNAポリメラーゼもしくはスプライシング装置のエラーにより、またはiii)タンパク質翻訳の際の誤ったt-RNAの取得によりもしくは誤ったアミノ酸を保持するt-RNAにより、またはiv)意図せぬ翻訳後修飾もしくはシグナルペプチドの不完全除去として、発生し得る。したがって、アミノ酸配列変異(バリエーション)は、各ポリペプチドをコードするDNAの組み込み/増幅プロセス、またはコード核酸の複製、または転写後修飾(例えば、mRNAスプライシングの際もしくはRNA編成の際)を含む転写に起因し得るか、あるいは翻訳の間に起こりうる。リボソームから分子が放出された後の個々のアミノ酸残基の修飾に起因するアミノ酸バリエーションは、必ずしも意図されていないとは言えない翻訳後修飾と定義され、本明細書が指す変異(バリアント)ではない。
【0024】
真核生物(および原核生物)酵素が以下の程度の平均エラー率(average error rate)を有することは文献により公知となっている:
複製:-通常のポリメラーゼで、複製核酸塩基108〜1012個あたり1個、
-エラープローンポリメラーゼで、複製核酸塩基101〜103個あたり1個;
転写:転写核酸塩基対104〜105個あたり1個;
翻訳:導入アミノ酸残基103〜104個あたり1個。
【0025】
このことは、一方で複製工程の際にエラープローンポリメラーゼにより誘導されるエラー率および他方で翻訳の際のエラー率が、特に、例えばトランスフェクション後の選択プロセスの際または選択剤の存在下での増殖の際に細胞にかかる「ストレス」と組み合わせると、最も大きく影響することを示している。さらに、翻訳の際の変異は統計的事象であるのに対して、複製の際の変異は位置/遺伝子座が安定な単発事象となる。すなわち、複製の際のエラーは位置特異的かつ再現性のあるアミノ酸配列変異(差異)をもたらすのに対して、転写および翻訳の際のエラーは位置非特異的なアミノ酸変異(バリエーション)および分子全体に及ぶこれらの変化の統計的分布をもたらす。最後に、組み換え細胞を得るためのゲノムへの組み込みを含むトランスフェクションプロセスもまた、最大1%が変化したDNAを生じ得る(例えば、Lebkowski, J. S., et al., Mol. Cell Biol. 4 (1984) 1951-1960を参照のこと)。これは、最大1:100の頻度で、複製前に位置特異的な変異(バリエーション)をもたらし得る。
【0026】
本明細書において、ポリペプチドの正確な組成およびアミノ酸配列ならびに潜在的変異アミノ酸配列(バリアント)対非変異アミノ酸配列(非バリアント)の相対量を明らかにするための、最大限の配列カバー域を有するLC-MS/MSベースのペプチドマッピングを含む二次元データ分析を用いる試料調製、データ収集および評価法を報告する。本明細書で報告する方法は、インタクトなまたは完全体のタンパク質に代えて断片化されたタンパク質を分析に使用する点に注目されたい。これにより、この方法の超低レベルの変異に対する検出感度が増大する。また、これにより、干渉ならびに潜在的変異と等重の質量によるその識別および分解の必要性が回避される。
【0027】
アミノ酸配列変異(バリエーション)の判定において、二つの異なる出発位置を利用できる:
ケースA:予め特徴決定された試料を利用できる場合、これを参照試料として選択することができ、判定対象の試料をこれと比較することができる:既知のペプチドパターンおよびピーク割当(peak assignment)が参照として使用され、試料において検出された差異はいずれもアミノ酸配列変異(バリエーション)であり得る。そのような参照物質は、十分に特徴決定された細胞株由来、例えば明確な発酵プロセス由来の物質であり得る。
ケースB:予め特徴決定された試料が利用できない場合、
a)一つの試料のピーク割当に関する完全な特徴決定を実施し、ケースAを適用/続行することができる(ケースB-1);または
b)一つの試料を参照試料として任意選択し(ケースB-2)、残りの試料をそれと比較する;これは、参照試料および非参照試料の両方における差異すなわち変異の判定を含む。
【0028】
参照試料は、異なる細胞株もしくは細胞株世代もしくは培養スケール由来、または変更された/異なる培養条件(例えば、培地組成)下で得られたものであり得る。
【0029】
一つの態様において、多数の試料を分析する必要がある場合、任意の試料を参照試料として選択し、他のすべての試料をアミノ酸配列変異(バリエーション)の判定にしたがってグループ化することができる。その後に、各グループにおいて詳細な特徴決定を行う。
【0030】
本明細書で報告するすべての局面の一つの態様において、ポリペプチドは、完全体の免疫グロブリン、または免疫グロブリン断片、または免疫グロブリン結合体である。
【0031】
方法論概要:
分析対象のポリペプチドを含む試料をプロテアーゼ、例えばトリプシンで消化し、特有のアミノ酸配列断片(ペプチド)を得る。一つの態様において、アミノ酸配列断片のサイズは3または4アミノ酸残基長から始まり最大60アミノ酸残基長である。第二の工程では、アミノ酸配列断片のクロマトグラフィー分離(逆相高速液体クロマトグラフィー、RP-HPLC)と、それに接続された、フーリエ変換イオンサイクロトロン(FT-ICR/FT-orbitrap)技術を用いる高分解能質量分析(MS)および質量分析装置内での衝突誘起解離(CID)により得られたアミノ酸配列断片の質量分析(MS/MS)を行う。これは、二次元データ分析である。分析が二次元、すなわち時間対質量であるため、分解が向上し得る。また、二次元分析であるがゆえに、MS分析の前に低分解性の液体クロマトグラフィー分離を受け入れることができ、その際にオーバーラップしたピークはMS分析時に分解することができる。
【0032】
その後、得られたHPLC-MSデータセットを比較する、すなわち、試料のアミノ酸配列断片の溶出パターンおよび質量電荷(m/z)パターンの比較ならびに変異すなわち差異の同定を、MS/MSフラグメントスペクトルの分析によって行う。参照試料ベースの分析を実施する場合、アミノ酸断片の同定、ピークの割当および/または配列カバー域の決定を、アミノ酸配列変異(バリエーション)を含むアミノ酸配列断片およびそれらの相対量の検出に加えて実施する必要がある。一つの態様において、ポリペプチドは、免疫グロブリンまたは非免疫グロブリンポリペプチドのいずれかである。
【0033】
本明細書で報告する方法によって、試料の組成およびアミノ酸配列変異(バリエーション)を含む分子のフラクションを決定することができる。また、実験的に決定された質量分析フラグメンテーションデータを、ポリペプチドおよびそのバリアントのインシリコタンパク質分解消化ならびにその後の衝突誘起フラグメンテーションのシミュレーションにより得られる理論的なアミノ酸配列断片質量と照合することにより、試料の一貫性の量的決定を行うことができる。最後に、人為的なデータ評価により、提示された変異(バリエーション)および変異(バリエーション)位置を有する配列を入手および確認することができる。アミノ酸配列変異(バリエーション)が同定されれば、1つ、複数またはすべてのMS電荷状態のデータを使用することにより、それを非修飾アミノ酸配列に対して相対的に定量化することができる。
【0034】
スパイク実験を用いることにより、本明細書で報告する方法は、少なくとも0.1〜1.0%の変異アミノ酸配列(バリアント)の全体検出限界を有することが見出された。さらに、一方で試料調製時に塩基性pH値および高温を避けることが、脱アミノ化、すなわち方法により誘導される修飾を避けるのに有益であることも見出された。したがって、本明細書で報告する方法の一つの態様において、この方法は、中性および弱塩基性pH範囲、すなわちpH 8.0以下かつpH 6.5以上のpH値、ならびに穏やかな温度、すなわち40℃以下の温度で実施される。さらに、一つの態様において、一般的に使用されている重炭酸アンモニア緩衝液に代えてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液を質量分析に使用することにより、方法依存的な副産物が抑制されることも見出された。
【0035】
本方法は、決定にLC-MSデータセットを使用し、それによって試料ポリペプチドのトリプシン消化物中の1つまたは複数のアミノ酸変異(バリエーション)の検出および同定を実現する。同定にはMS/MSデータを使用することができ、「エラー・トレラント・サーチ(error-tolerant-search)」法は、単一核酸交換、挿入または欠失に基づきアミノ酸配列変異(バリエーション)を同定する。同様に、断片およびいくつかの他の既知の修飾を同定することも可能である。
【0036】
この比較アプローチは、詳細に分析する必要があるのが差異のみであるため、分析に必要な時間を劇的に短縮することができる。また、選択された場合、参照試料は一度しか分析する必要がない。試料中に多くの変異(差異)が存在する場合、これらは修飾ごとにグループ化することができ、各グループの代表試料を分析することができる。
【0037】
方法の詳細:
以下では、本明細書で報告するすべての方法の具体的態様について解説する。
【0038】
試料は、ジチオトレイトール(DDT)の添加により還元することができる。また、遊離スルフヒドリル残基は、ヨード酢酸によりカルボキシメチル化することができる。その後、試料の緩衝液を交換し、酵素消化用に調整することができる。試料は、一晩(16〜18時間)酵素消化することができ、消化はトリフルオロ酢酸の添加により停止することができる。消化した試料は、RP-HPLC分離および分離したアミノ酸配列断片の高分解能質量分析に供することができる(例えば、FT-ICR/FT-orbitrap質量分析装置を用いる)。
【0039】
本明細書で使用する場合、用語「データセット」は、試料中に含まれる消化されクロマトグラフィー溶出により時間分解されたアミノ酸配列断片をイオン化して荷電分子または荷電断片を発生させることにより質量分析装置において得られた質量電荷比を意味する。データセットは、少なくとも質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)および親分子の衝突誘起解離により得られるタンデム質量分析データ(MS/MSデータ)を含む。
【0040】
ケースA:
評価対象の試料を、利用可能な参照試料と共に分析する。各試料および参照試料に対して少なくとも2回、決定を行うべきである。陽性対照として、参照試料と類似する、すなわち1または2のアミノ酸配列変異(バリエーション)を含む試料を参照試料にスパイクし、人工変異アミノ酸配列(バリアント)として使用する。人工変異アミノ酸配列(バリアント)は、一つの態様において、この方法の全体感度の確認のために、0.5%(w/w)で参照試料にスパイクする。分析方法のパラメータを設定するために、参照試料、すなわち、変異(修飾)を有さないまたは既知の変異(修飾)パターンを有する組み換え産生ポリペプチドを用いて得られた結果、および人工アミノ酸配列変異(バリアント)を含む変異アミノ酸配列でスパイクした参照試料を用いて得られた結果を比較することができる。これらのパラメータを用いて、以下の分析を実施することができる。
【0041】
決定のために、参照試料および分析対象試料のトータルイオンクロマトグラム(TIC)をオーバーレイし、所定の保持時間での対応する質量シグナルのシグナル強度(すなわち、保持時間および関連質量)を比較することができる。したがって、一つの態様において、分析する工程および/または判定する工程は、クロマトグラフィー保持時間および質量(m/z値)にしたがう分離を用いる二次元分析である。オーバーレイ/アラインしたすべての質量の強度比、すなわち、参照試料のシグナル強度に対する試料のシグナル強度の比を計算することができる。この比を、保持時間に対してプロットすることができ、ここで:
a)参照試料と試料で同じ質量、同じ強度のピークは約1の値を示し、分析対象試料においてより高頻度で存在する質量は1より大きい値を示し、
b)1より大きい値を有する、一つの態様では、3より大きい、または10より大きい、または100より大きい値を有する、一つの態様では、10〜5*109の値を有する、別の態様では、100〜5*109の値を有する、すべての質量を同定し、ここで、その同定のために、親の質量に対応するすべてのMS/MSスペクトルを使用し、それらの異なる電荷状態も考慮し、
c)変異アミノ酸配列(バリエーション)の定量化は、質量スペクトルにおける1つまたは複数またはすべての電荷状態を使用することによって、互いに対して相対的に実施することができ、ここで、天然アミノ酸配列および変異アミノ酸配列(バリアント)で同じ電荷状態を選択し、抽出イオンクロマトグラム(EIC)を生成し、EICにおける相互に対応するピークの曲線下面積を、次式にしたがい、互いに対して相対的に定量化する。
【0042】
一つの態様において、分析に使用するm/zウィンドウは、各質量±1.6 amu m/zである。データが適時に処理できるようにするため、一つの態様において、2.5または3の比を閾値として設定する、すなわち、その限界を下回る比を分析しない。
【0043】
ケースB:
このケースでは、予め特徴決定された試料が利用可能でない。提供された分析対象試料の一つについて(このケースでは1つ以上の分析対象試料が利用可能である必要がある)、TICにおけるすべての決定された質量と理論的に決定されたペプチドパターンのアラインメントを、(消化に既定のプロテアーゼを用いて)実施することができる、すなわち、ピーク割当を実施することができる。正確なアラインメントのために重要なのは、一方では厳密な質量であり、他方では提唱されたペプチドの配列確認のためのMS/MSフラグメントカバー域であり得る。一つの特定の態様において、アミノ酸配列変異(バリエーション)は、算出された天然アミノ酸配列の理論的質量の各々に、または当該理論的質量から、核酸変異すなわちアミノ酸配列を変化させる三塩基組(コドン)における単一ヌクレオチド置換、欠失または挿入により生じる質量差を、それぞれ足すまたは引くことによるエラー・トレラント・サーチにより同定することができる。その後、提唱されたアミノ酸配列変異(バリエーション)を、MS/MSフラグメンテーションパターンにより確認する必要がある。それと共に、アミノ酸配列変異の種類(差異)だけでなくアミノ酸変異の位置(変化)も、MS/MS分析におけるフラグメントの質量によりカバーされている必要がある。
【0044】
しかし、LC-MSデータセットの完全なピーク割当は必須ではなく、差異のみを分析することができる。残りの全ての試料は、上記の通りに分析した試料と比較することができる。
【0045】
変異アミノ酸配列(バリエーション)の定量化は、質量スペクトルにおける1つ、複数またはすべての電荷状態を使用することによって互いに対して相対的に実施し、ここで、天然アミノ酸配列および変異アミノ酸配列(バリエーション)の各々で同じ電荷状態を選択し、抽出イオンクロマトグラム(EIC)を生成し、EICにおける相互に対応するピークの曲線下面積を、次式にしたがい、互いに対して相対的に定量化する。
【0046】
本明細書で報告する方法を用いることで、低百分率の範囲にまでアミノ酸配列変異(バリアント)の同定方法を利用することができる。全体感度は、アミノ酸配列断片の性質に依存して少なくとも約0.5%であると決定された。特定のケースにおいて、感度は、0.5%を下回ることがある(例えば、クロマトグラフィーおよび/またはイオン化特性の優れたアミノ酸配列断片の場合)。ケーススタディでは、0.1%〜10%のばらつきが検出され、いくつかのケースでは0.02%まで低下した。これは、例えば、有意かつ信頼性のある結果を達成するのに必要とされる定められたソフトウェアツールの組み合わせにより達成することができる。
【0047】
アミノ酸配列変異(バリエーション)の検出のケースにおいて、偽陽性結果は:
- ペプチドマップからアミノ酸配列変異(バリエーション)を含むポリペプチドを単離し、エドマン配列決定を行う、
- アミノ酸変異(バリエーション)を有するペプチドを合成し、それをMSおよびMS/MS分析においてポリペプチドにスパイクし、保持およびMS/MSプロフィールを確認する、
- 各試料を産生する細胞クローンのDNA配列決定によりその存在を確認する、
- 異なるタンパク質分解酵素で消化し、それによって得られた断片を分析する、
のいずれかによりその検出を確認することによって排除することができる。
【0048】
スパイク実験の例:
変異(バリエーション)を有するポリペプチドの検出感度の評価は、モデルポリペプチドであるモノクローナル抗体(mAb)を、アミノ酸配列変異(バリエーション)を有する第2のmAbにより様々な割合すなわち様々な濃度でスパイクすることによって実施した。一つの例において、本明細書で報告する方法により2つの異なるペプチドが同定されることを予想して、アミノ酸配列変異(バリエーション)を有するmAbを1%(w/w)スパイクした。
【0049】
第二の例において、17個の異なる変異(バリアント)ペプチドを予想して、変異(バリアント)mAbを様々な比率(0.5〜10%)でmAbにスパイクした。
【0050】
このように、本明細書は、以下の工程を含むことを特徴とする、変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する方法を報告する:
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、同一のプロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相液体クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを使用する二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定されるアミノ酸配列の差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによって変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する、工程。
【0051】
一つの態様において、参照質量スペクトルシグナルの強度に対する試料質量スペクトルシグナルの強度の比が3より大きいアミノ酸配列の差異の全てが、アミノ酸配列変異である。さらなる態様において、分析する工程で使用するm/zフレーム幅は、1.6またはそれを上回る。さらなる態様において、この方法はさらに、MS/MS分析によりアミノ酸配列中のアミノ酸変異の種類および位置を決定する工程(e)を含む。また、一つの態様において、既知のアミノ酸配列変異(バリエーション)を有するポリペプチドでスパイクされたポリペプチドを含むさらなる試料が提供され、かつ提供された試料に加えて、該さらなる試料がインキュベート、分析、および比較される。一つの態様において、分析する工程は、pH8.0未満のpH値および40℃未満の温度で実施される。別の態様において、試料は、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液中に提供される。また、一つの態様において、試料とプロテアーゼをインキュベートする工程は、ポリペプチドをプロテアーゼにより3〜60アミノ酸残基長のアミノ酸配列断片に切断することである。さらに、一つの態様において、工程(d)の比較する工程は、1つまたは複数またはすべてのMS電荷状態のデータを用いて実施される。一つの態様において、ポリペプチドは、免疫グロブリン、免疫グロブリン断片または免疫グロブリン結合体である。別の態様において、試料はプロテアーゼと共に16時間〜18時間インキュベートされ、その後に蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。さらなる態様において、試料はプロテアーゼと共に4時間インキュベートされ、その後に蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。また、一つの態様において、比較する工程は、参照試料と他の分析対象試料各々の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)をオーバーレイすることを含み、ここで、オーバーラップおよびアラインしたすべての質量の強度比が計算され、その比が3より大きい、特に10より大きいピークがアミノ酸配列変異と評価される。さらに別の態様において、比較する工程は、理論的アミノ酸配列のDNA翻訳タンパク質分解断片ペプチドパターンと分析対象試料の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)を比較する工程を追加で含み、かつ、該理論的アミノ酸配列の算出された理論的質量の各々にまたは該理論的質量から、アミノ酸を変化させる三塩基組(コドン)における核酸変異、欠失または挿入により生じる質量差をそれぞれ加えるまたは減ずることにより、アミノ酸配列変異が同定される。
【0052】
本明細書で報告するさらなる局面は、以下の工程を含む、ポリペプチドを産生する方法である:
- ポリペプチドを産生する細胞を選択する工程であって、該ポリペプチドが、全処理試料の中で、または、本明細書で報告する方法により決定された参照試料もしくは既定のアミノ酸配列に対して、それぞれ最小数もしくは最小比のアミノ酸配列変異を含む、工程。
【0053】
また、本明細書で報告する一つの局面は、以下の工程を含む、免疫グロブリンを産生する方法である:
(a)免疫グロブリンをコードする核酸を含む細胞を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該細胞を個別播種および培養する工程、
(c)本明細書で報告する方法を実施する工程、
(d)参照試料に対してそれぞれ最小数または最小比のアミノ酸配列変異を含む免疫グロブリンを産生する細胞を選択する工程、
(e)該細胞を培養する工程、
(f)該細胞または培養培地からポリペプチドを回収することによって該ポリペプチドを産生する工程。
【0054】
以下の実施例、配列表および添付の図面は、本発明の理解を助けるために提供されるものであり、本発明の真の範囲は添付の特許請求の範囲に示されるものである。本発明の精神から逸脱することなく示されている手順に変更を加えることができることを理解されたい。
【0055】
配列表の説明
配列番号:1 抗CCR5抗体重鎖可変ドメイン1
配列番号:2 抗CCR5抗体軽鎖可変ドメイン1
配列番号:3 抗CCR5抗体重鎖可変ドメイン2
配列番号:4 抗CCR5抗体軽鎖可変ドメイン2
配列番号:5 抗CCR5抗体重鎖可変ドメイン3
配列番号:6 抗CCR5抗体軽鎖可変ドメイン3
配列番号:7 ヒトIgG1定常領域
配列番号:8 ヒトIgG4定常領域
配列番号:9 ヒトκ軽鎖定常ドメイン
配列番号:10 ヒトλ軽鎖定常ドメイン
【実施例】
【0056】
実施例1
材料および方法
参照および試料の試料調製法:
a)還元およびアルキル化:
250μgの免疫グロブリン、最大100μl量を、変性緩衝液(0.4 M Tris-HCl、8.0 M グアニジン塩酸塩、pH 8)で希釈し終量240μlとした。この溶液に20μlのジチオトレイトール(変性緩衝液中240 mM)を添加し、混合物を37℃±2℃で60分間インキュベートした。その後、20μlのヨード酢酸溶液(純水中0.6 M)を添加し、激しく混合し、室温、暗所で15分間インキュベートした。アルキル化反応は、30μlのジチオトレイトール溶液(変性緩衝液中240 mM)の添加によって停止させた。
【0057】
b)緩衝液の交換:
変性、還元、カルボキシメチル化免疫グロブリンを含む溶液の300μl(およそ250μgまたは3.2 nmol)の緩衝液を、NAP(商標)5 Sephadex(商標)G-25脱塩カラムを用いて交換した。簡潔に説明すると、このカラムを、50 mM Tris-HClを含むpH 7.5の緩衝液溶液10 mlで平衡化し、試料をカラムに適用し、カラムを350μlの上記緩衝液溶液で洗浄し、そして試料をおよそ480μl分回収した。各工程(カラムの平衡化、試料の適用、洗浄および溶出)の間に、溶液を充填カラム床全体に行き渡らせた。
【0058】
c)酵素消化:
緩衝液交換した免疫グロブリン溶液に48μlのトリプシン溶液(Tris-HCl中0.2 g/l、pH 7.5)を添加し、37℃で約16時間室温でインキュベートした。消化は、20μlの10%(v/v)トリフルオロ酢酸(TFA)溶液の添加により停止させた。
【0059】
LC-MS/MSデータの取得法:
LC-MS/MS分析は、トリプシン消化工程で得られた加水分解ペプチドのクロマトグラフィー分離(LC)と、それに続く、HPLCと質量分析装置の間のインターフェースとしてAdvion BioSciences製のナノESIイオン源を用いるMSおよびMS/MS検出のそれぞれにより実施した。
【0060】
クロマトグラフィーは、以下のパラメータで実施した:
HPLC: Dionex Ultimate 3000
流速: 40μl/分
UV検出波長: 220 nmおよび280 nm
カラムオーブンの温度: 35℃
試料ループ: 10μl
カラム: Dionex pep Map C18、3μm、100Å、1 x 150 mm
注入量: 10μl
溶出液A=0.1%蟻酸を含むHPLCグラジエントグレード水
溶出液B=0.1%蟻酸を含むHPLCグラジエントグレードアセトニトリル
【0061】
適用した勾配は、75分間で5 vol%溶出液Bから100 vol%溶出液Bであった。
【0062】
ナノESI MSまたはMS/MSは、以下のパラメータで実施した:
ナノESI源: Triversa NanoMate(Advion)
質量分析装置イオン源への流量: およそ200 nl/分、フロースプリッター制御
ガス圧: 0.1〜0.5 psi
印加電圧: 1.1〜1.7 kV
陽イオン: 選択
【0063】
質量スペクトルの検出は、以下のパラメータで実施した:
機器: ESI LTQ-FT ICR(Thermo Scientific)
キャピラリー温度: 175℃
MS/MSのイオントラップ衝突エネルギー: 40%
チューブレンズ電圧: 100 V
動的除外(Dynamic exclusion)特性: 入(反復計数(Repeat Count):1、
除外時間(Exclusion Duration):8
秒、除外質量幅(Exclusion mass
width):3 ppm)
【0064】
MS/MSスペクトルのデータ依存的取得におけるスキャンイベントサイクルの代表的時系列は、図1に示されている。
【0065】
MSスペクトルのデータ取得範囲は、350〜2000 m/zとした。MS/MSスペクトルのm/z範囲は、機器の標準設定を使用した。高分解能FTスキャンごとのMS/MSスペクトル数は、3〜5の間である。SIDスキャンはこのタイプの分析に必須ではない。
【0066】
実施例2
抗CD19抗体参照および試料の分析
データの生成:
参照および試料の抗CD19抗体を、材料および方法の節にしたがい処理した。MSデータを、材料および方法の節にしたがい取得した。
【0067】
データの分析:
a)LC-MSデータセットを用いる参照・試料間の差異の検出
参照および試料について得た質量プロフィール(トータルイオンクロマトグラム(TIC)、図2参照)の比較には、SIEVE(商標)ソフトウェアパッケージ(バージョン1.1.0、Thermo Scientific製)を使用した。簡潔に説明すると、参照および試料のTICデータセットを保持時間でアラインし(図3)、プリセットの保持時間ウィンドウ内のプリセットの閾値に達するまでの質量ピーク強度について比較した(図4および5)。
【0068】
評価用に予め定義したパラメータにしたがう参照および試料における質量シグナルの差異を表1に列挙する。参照および試料において同一強度で存在する質量シグナルは1の比で表される。参照よりも試料において高い強度を有する質量シグナル(例えば、アミノ酸点変異)は、1より大きい比で表される。これらの比は、試料の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度を参照における対応する強度で割ることによって計算した。参照の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度がゼロの場合(例えば、データ取得時の能動的なノイズ除去によりバックグラウンドシグナルがなくなった場合)、その比は、対応するフレームにおける試料の全体シグナル強度と同じとする(例えば、表1における第2〜10ヒット)。
【0069】
(表1)比が> 50のすべての示差的ピークのデータ
【0070】
SIEVEによる参照および試料のLC-MSデータの比較に使用したパラメータは、以下の通りであった:
フレームm/z幅: 1.6
フレーム時間幅: 0.3分
強度閾値: 10000
M/z開始: 350
M/z最終: 2000
検索ピーク幅: 30%
保持時間開始: 5分
保持時間終了: 60分
【0071】
これらのパラメータは、アミノ酸配列の差異に関連するヒットと偽陽性、すなわちアミノ酸配列の差異に関連しないヒットを識別するよう最適化した。以下のもののみ、LC-MSデータの実際のパラメータにしたがい調節する必要がある:
i)クロマトグラフィー分解能(フレーム時間幅)、および
ii)使用した機器の感度およびバックグラウンドノイズ(強度閾値)
【0072】
さらに、この方法の必要とされる感度、例えば微量の変異アミノ酸配列(バリアント)の検出に必要とされる感度は、設定すべき閾値強度を決定する。例えば、LTQ FT ICR機器を用いた場合、0.2%までの絶対頻度の変異配列(バリアント)が同定された。
【0073】
b)MS/MSデータを用いる参照・試料間の差異の同定
前段落に記載される手順を用いて見出された差異の同定に関して、最初に、同位体ピーククラスターを、ペプチドに典型的なものであることについて検査した。次に、各m/zシグナルがMS/MSフラグメンテーションの生成のために選択されたかどうか、およびそれがMascotエラー・トレラント・サーチ(Mascot ETS)によって同定されるかどうかを検査した。Mascot ETSによって同定された各暫定配列バリアントを、得られたMS/MSフラグメントイオンスペクトルを用いて手作業で検査および確認した(図6および7参照)。
【0074】
あるいは、MS/MSデータが記録されておりかつMascot ETSが配列を提示しなかった場合、手作業でまたはソフトウェアを用いてのいずれかによりデノボ配列決定を適用した。
【0075】
c)同定された変異アミノ酸配列(バリアント)の定量化
同定された変異アミノ酸配列(バリアント)を、変異(バリエーション)を含む(トリプシン消化)アミノ酸配列断片のレベルで、かつ同一試料中のオリジナルの非変異アミノ酸配列断片との関係で、定量化した(図8および9参照)。試料のLC-MSデータから2つの抽出イオンクロマトグラム(EIC)、一方は試料用、一方は参照試料用、を生成した。抽出イオンクロマトグラム(EIC)は、各ペプチドのすべての電荷状態およびすべての同位体ピークを含む。各EICにより生成されたピークを、機器ソフトウェア(XCalibur)を用いて積分し、それによって算出された面積を以下の式で使用する:
ここで、すべての電荷状態およびすべての同位体ピークを網羅する抽出イオンクロマトグラムのピーク面積を使用する。
【0076】
実施例3
抗CCR5抗体参照および試料の分析
可変ドメインすなわち軽鎖可変ドメインおよび重鎖可変ドメインにおける単一アミノ酸変化(変異)の判定のために、抗CCR5抗体を用いた。第一のすなわち参照抗CCR5抗体は、配列番号:1および2、配列番号:3および4、ならびに配列番号:5および6の対から選択される可変重鎖および可変軽鎖ドメインアミノ酸配列を有する。第二のすなわち試料抗CCR5抗体は、以下のアミノ酸変異(変化)を有する:重鎖可変ドメイン(VH)において、109アミノ酸位のイソロイシン残基がスレオニンに変異(変化)しており(VH-I109T)、軽鎖可変ドメイン(VL)において、52アミノ酸位のバリン残基がイソロイシンに変異(変化)している(VL-V52I)。
【0077】
試料抗CCR5抗体を、参照抗CCR5抗体に1 wt-%スパイクした。
【0078】
a)LC-MSデータセットを用いる参照・試料アミノ酸配列間の差異の検出
参照および試料について得た質量プロフィール(トータルイオンクロマトグラム(TIC))の比較には、SIEVE(商標)ソフトウェアパッケージ(バージョン1.1.0、Thermo Scientific製)を使用した。簡潔に説明すると、参照および試料のデータセットを保持時間でクロマトグラフィー的にアラインし(図10)、プリセットの保持時間ウィンドウ内のプリセットの閾値に達するまでの質量ピーク強度について比較した(図11)。
【0079】
評価用に予め定義したパラメータにしたがう参照および試料における質量シグナルの差異を表2に列挙する。参照および試料において同一強度で存在する質量シグナルは1の比で表される。参照よりも試料において高い強度を有する質量シグナル(例えば、アミノ酸点変異)は、1より大きい比で表される。これらの比は、試料の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度を参照における対応する強度で割ることによって計算した。参照の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度がゼロの場合(例えば、データ取得時の能動的なノイズ除去によりバックグラウンドシグナルがなくなった場合)、その比は、対応するフレームにおける試料の全体シグナル強度と同じとする。
【0080】
(表2)示差的ピークのデータ
【0081】
b)MS/MSデータを用いる参照と試料の間の差異の同定
前段落に記載される手順を用いて見出された差異の同定に関して、最初に、同位体ピーククラスターを、ペプチドに典型的なものであることについて検査した。次に、各m/zシグナルがMS/MSフラグメンテーションの生成のために選択されたかどうか、およびそれがMascotエラー・トレラント・サーチ(Mascot ETS)によって同定されるかどうかを検査した。Mascot ETSによって同定された各暫定配列変異(バリアント)を、得られたMS/MSフラグメントイオンスペクトルを用いて手作業で検査および確認した。
【0082】
あるいは、MS/MSデータが記録されておりかつMascot ETSが配列を提示しなかった場合、手作業でまたはソフトウェアを用いてのいずれかによりデノボ配列決定を適用した。
【0083】
c)同定された配列バリアントの定量化
同定された変異アミノ酸配列(バリアント)を、変異(バリエーション)を含む(トリプシン消化)アミノ酸配列断片のレベルで、かつ同一試料中のオリジナルの非変異ペプチドとの関係で、定量化した(図12および13参照)。試料のLC-MSデータから2つの抽出イオンクロマトグラム(EIC)、一方は変異ペプチド(バリアント)用、一方はネイティブペプチド用、を生成した。抽出イオンクロマトグラム(EIC)は、各ペプチドのすべての電荷状態およびすべての同位体ピークを含む。各EICにより生成されたピークを、機器ソフトウェア(XCalibur)を用いて積分し、それによって算出された面積を実施例1に示される式にしたがい使用する。
【技術分野】
【0001】
本明細書は、ポリペプチドのトリプシン消化、その断片のクロマトグラフィー分離、分離した断片の高分解能質量分析および配列バリアントの決定を含む、ポリペプチドの配列バリアントの決定方法を報告する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
タンパク質は、今日の医薬品ポートフォリオにおいて重要な役割を果たしている。ヒトへの適用のために、すべての治療用タンパク質は、明確な基準を満たしていなければならない。生物薬剤の対人安全性を確保するため、治療用タンパク質の特性は一定の制限内に収まらなければならず、かつ製造プロセスにおいて蓄積される副産物は、特に、除去されなければならない。
【0003】
ポリペプチドのアミノ酸組成および配列のそれぞれにおける、所望の形態とは異なる何らかの変化または修飾は、配列バリアントと定義される。これは、アミノ酸配列を変化させる核酸変異、望ましくない翻訳後修飾(PTM)または異常なポリペプチドバリアント(短縮化形態または長大化形態)であり得る。
【0004】
ポリペプチドの一貫性(consistency)を保証し誤産生を回避するため、配列バリアントの存在に対する生物学的メカニズム(例えば、複製の忠実性、転写および翻訳の正確性)および技術プロセス(細胞株樹立のためのトランスフェクションおよび増幅または発酵条件)の影響を評価する必要がある。また、潜在的な配列バリアントを高感度で発見および同定する方法を提供する必要がある。
【0005】
例えば、細胞株樹立プロセスは、細胞株スイッチおよびクローン変化にそれぞれ重要となる配列バリアントを生じる可能性がある。フィード培地中の特定培地成分が予期せず不足している条件下での発酵および下流プロセス(DSP)は、アミノ酸の配列バリアントまたは翻訳後修飾のそれぞれを引き起こし得る。したがって、産生物の均質性および一貫性を確認するために、配列バリアントの存在を検査する必要がある。
【0006】
Barnes, C.A.S., et al., Mass. Spectrom. Rev. 26 (2007) 370-388(非特許文献1)は、組み換えタンパク質医薬の構造的特徴決定における質量分析の利用を報告している。治療用抗体の構造的特徴決定のための質量分析は、Mass. Spectrom. Rev. 28 (2009) 147-176(非特許文献2)においてZhang, Z., et al.により報告されている。Yu, X.C., et al. (Anal. Chem. 81 (2009) 9282-9290(非特許文献3))は、高分解能質量分析による、組み換えモノクローナル抗体におけるコドン特異的なセリン-アスパラギン誤翻訳の同定を報告している。質量分析によるタンパク質酸化の決定および方法の品質管理移行は、Houde, D., et al., J. Chromatogr. 1123 (2006) 189-198(非特許文献4)により報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Barnes, C.A.S., et al., Mass. Spectrom. Rev. 26 (2007) 370-388
【非特許文献2】Zhang, Z., et al., Mass. Spectrom. Rev. 28 (2009) 147-176
【非特許文献3】Yu, X.C., et al., Anal. Chem. 81 (2009) 9282-9290
【非特許文献4】Houde, D., et al., J. Chromatogr. 1123 (2006) 189-198
【発明の概要】
【0008】
本明細書において、ポリペプチドのアミノ酸配列バリアント、すなわち、アミノ酸配列における変異の判定方法を提供する。それに伴い間接的に、核酸配列バリアントも決定することができる。
【0009】
より詳細には、本明細書は、以下の工程を含む、(産生された)ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する方法を報告する:(a)(産生された)ポリペプチドの試料を提供する工程、(b)該試料中の該ポリペプチドをプロテアーゼと共にインキュベートする工程、(c)該ポリペプチドのアミノ酸配列断片の逆相クロマトグラフィー接続型高分解能質量分析(FT-ICR/FT-orbitrap)およびMS/MS分析を用いて二次元分析を実施する工程、(d)試料について得られたLC-MSデータセットと参照試料のデータセットを並べて比較し、所定の保持時間でのシグナル強度の差異を探索し、アミノ酸配列変異に関する示差的シグナルを評価することにより、データ評価する工程。データ評価(工程d)用の参照試料は、十分に特徴決定された標準でも分析対象の試料の一つでもよい。
【0010】
本明細書で報告する第一の局面は、以下の工程を含むことを特徴とする、ポリペプチドのアミノ酸配列バリアント、特にアミノ酸配列におけるアミノ酸変異を判定する方法である:
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、プロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを含む二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定される差異の全てが、該ポリペプチドのアミノ酸配列バリエーション(変異)であり、それによってポリペプチドのアミノ酸配列バリアントを決定する、工程。
【0011】
本明細書で報告する別の局面は、
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、プロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを含む二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定される差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによってポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する、工程
あるいは、
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも1つ提供する工程、
(b)試料をプロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを含む二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で試料から得られたデータセットと、工程(b)および(c)で報告される方法により決定された参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定される差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによってポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異を判定する、工程。
を含むことを特徴とする、ポリペプチドのアミノ酸配列におけるアミノ酸配列変異を判定する方法である。
【0012】
提供される試料は、そのポリペプチドをコードする核酸の一過的なトランスフェクションにより得られる異なるクローン由来の場合もあり、安定なトランスフェクト細胞株由来、または異なる世代の、もしくは異なる発酵スケールの、もしくは異なる条件下で発酵が行われた細胞株由来の場合もある。一つの態様では2〜10,000試料が提供され、別の態様では2〜1,000試料が提供され、さらなる態様では2〜348試料が提供される。
【0013】
一つの態様において、この方法は
(e)MS/MSフラグメンテーションおよびデータ分析によりアミノ酸配列バリエーション(変異)の種類および位置を決定する工程
をさらに含む。
【0014】
別の態様において、既知のアミノ酸配列バリエーション(変異)を有するポリペプチドでスパイクされたポリペプチドを含むさらなる試料が提供される。提供された試料に加えて、さらなる試料も、インキュベート、分析、および比較される。一つの態様において、分析する工程は、pH8.0未満のpH値および40℃未満の温度で実施される。これらの条件は、この方法により誘導されるアミノ酸配列の変化を抑制する。さらなる態様において、pH値は、pH 6.5〜pH 8.0未満である。別の態様において、温度は20℃〜40℃である。別の態様において、試料は、酵素消化のために、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液中に提供される。なおさらなる態様において、試料とプロテアーゼをインキュベートする工程とは、ポリペプチドをプロテアーゼにより3〜60アミノ酸残基長の断片に切断することである。
【0015】
一つの態様において、工程(d)の比較する工程は、1つ、複数またはすべてのMS電荷状態のデータを用いて実施される。さらなる態様において、比較する工程は、参照試料と他の試料各々の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)をオーバーレイすることを含み、ここで、オーバーラップおよびアライン(aligned)したすべての質量の強度比が計算され、その比が10より大きいピークはアミノ酸配列バリエーション(アミノ酸配列変異)とみなす必要がある。なおさらなる態様において、比較する工程は、DNA翻訳タンパク質分解断片ペプチドパターン(DNA translated proteolytic fragment peptide pattern)と試料の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)を比較する工程を追加で含む。アミノ酸配列バリアント(アミノ酸配列変異)に関して調査対象となるポリペプチドのコード核酸配列における単一塩基置換、欠失および挿入の探索が実施され、得られた配列はインシリコ翻訳され、そしてこの方法で使用されたのと同じ酵素でインシリコ消化される。その後、実験的に決定されたペプチドのMS/MSフラグメントスペクトルと上記のインシリコプロセス由来のペプチドの理論的MS/MSスペクトルの照合により、アミノ酸配列バリアント(アミノ酸配列変異)が同定される。
【0016】
さらなる態様において、ポリペプチドは、完全体の免疫グロブリン、免疫グロブリン断片、または免疫グロブリン結合体である。別の態様において、試料中のポリペプチドはプロテアーゼとのインキュベートの前に還元され、遊離スルフヒドリル残基はカルボキシメチル化される。
【0017】
本明細書で報告する方法による工程において、試料はすべて、別々に、すなわち個々に、混合物としてではなく、処理される。一つの態様において、試料は、還元する工程、インキュベートする工程および分析する工程において個々に処理される。一つの態様において、この方法は、高スループットの決定方法である。
【0018】
一つの態様において、試料は、プロテアーゼと共に16時間〜18時間インキュベートされ、その後直ちに蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。さらなる態様において、試料はプロテアーゼと共に4時間インキュベートされ、その後直ちに蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。
【0019】
本明細書で報告する別の局面は、ポリペプチドの産生方法であって、アミノ酸配列バリエーションすなわちアミノ酸配列における変異を全処理試料中それぞれ最小数または最小比で含むポリペプチドを産生する細胞を選択する工程を含む方法である。本明細書で報告する別の局面は、ポリペプチドの産生方法であって、検出可能なアミノ酸配列変異(バリエーション)を含まないポリペプチドを産生する細胞を選択する工程を含む方法である。一つの態様において、アミノ酸配列バリエーション(アミノ酸配列における変異)のそれぞれ最小数および最小比は、参照試料または既定のアミノ酸配列に対して決定される。
【0020】
一つの態様において、この方法は以下の工程を含む:
(a)ポリペプチドをコードする核酸を含む細胞を少なくとも2つ提供する工程、
(b)細胞を個別播種(single depositing)および培養する工程、
(c)個別播種した細胞を用いて本明細書で報告する方法を実施する工程、
(d)アミノ酸バリエーション(アミノ酸配列変異)を最小数および/または最小比で含むポリペプチドを産生する細胞を選択する工程、
(e)選択された細胞を培養する工程、
(f)細胞または培養培地からポリペプチドを回収することによってポリペプチドを産生する工程。
【0021】
一つの態様において、提供される細胞は、一過的なトランスフェクト細胞もしくは安定なトランスフェクト細胞または免疫処理後の動物から得られる免疫細胞から選択される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】MS/MSスペクトルのデータ依存的取得におけるスキャンイベントサイクルの代表的時系列;略語:FT ICR - フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴;LIT - リニアイオントラップ;CID -衝突誘起解離;RP - 分解能;SID -ソース誘起解離(source induced dissociation)。
【図2】LTQ FT ICR(Thermo Scientific)において取得した参照抗CD19抗体(参照)および試料抗CD19抗体(試料)のトリプシン消化ペプチドマップのトータルイオンクロマトグラム。
【図3】突出ピークの保持時間によりアラインしたLC-MSクロマトグラムのオーバーレイ。データは、2つの抗CD19抗体(参照および試料)のトリプシン消化ペプチドマップ由来のものである。AおよびBは2つの複製物の各々の平均TICプロフィールである。
【図4】試料と参照の抗CD19抗体間の差異を示す散布図。
【図5】図4の拡大像。
【図6】試料抗CD19抗体HCアミノ酸配列断片のMS/MSスペクトル割当(二重荷電親イオンの衝突誘起解離のyイオンシリーズおよびbイオンシリーズ)。アミノ酸配列バリアントに特徴的なMS/MSフラグメントは太字で示されている。
【図7】試料抗CD19抗体LCアミノ酸配列断片のMS/MSスペクトル割当(二重荷電親イオンの衝突誘起解離のyイオンシリーズおよびbイオンシリーズ)。アミノ酸配列バリアントに特徴的なMS/MSフラグメントは太字で示されている。
【図8】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CD19抗体HCアミノ酸配列断片のアミノ酸配列の抽出イオンクロマトグラム。定量化の結果:試料中に2 wt-%の変異アミノ酸配列(バリアント)が存在する。
【図9】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CD19抗体LCアミノ酸配列断片の抽出イオンクロマトグラム。定量化の結果:試料中に0.5 wt-%の変異アミノ酸配列(バリアント)が存在する。
【図10】突出ピークの保持時間によりアラインしたLC-MSクロマトグラムのオーバーレイ。データは、2つの抗CCR5抗体(参照および試料)のトリプシン消化ペプチドマップ由来のものである。
【図11】参照と試料の抗CCR5抗体間の差異を示す散布図。
【図12】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CCR5抗体LCアミノ酸断片の抽出イオンクロマトグラム。
【図13】LC-MS試料泳動による天然アミノ酸配列および試料抗CCR5抗体HCアミノ酸配列断片の抽出イオンクロマトグラム。
【発明を実施するための形態】
【0023】
発明の詳細な説明
例えば組み換え法により産生される、治療用タンパク質は、アミノ酸配列がわずかに異なる分子の混合物であり得、その違いはアミノ酸配列のC末端またはN末端のみならず、アミノ酸配列内にも見られる(例えば、アミノ酸変異、交換、酸化またはチオエーテル形成)。アミノ酸配列変異(バリエーション)は、本明細書で報告する方法を用いてペプチドマッピング手法により検出することができる。これらのアミノ酸配列変異(バリエーション)は、例えば、i)核酸複製の際の核酸ポリメラーゼのエラーにより、またはii)核酸転写の際のRNAポリメラーゼもしくはスプライシング装置のエラーにより、またはiii)タンパク質翻訳の際の誤ったt-RNAの取得によりもしくは誤ったアミノ酸を保持するt-RNAにより、またはiv)意図せぬ翻訳後修飾もしくはシグナルペプチドの不完全除去として、発生し得る。したがって、アミノ酸配列変異(バリエーション)は、各ポリペプチドをコードするDNAの組み込み/増幅プロセス、またはコード核酸の複製、または転写後修飾(例えば、mRNAスプライシングの際もしくはRNA編成の際)を含む転写に起因し得るか、あるいは翻訳の間に起こりうる。リボソームから分子が放出された後の個々のアミノ酸残基の修飾に起因するアミノ酸バリエーションは、必ずしも意図されていないとは言えない翻訳後修飾と定義され、本明細書が指す変異(バリアント)ではない。
【0024】
真核生物(および原核生物)酵素が以下の程度の平均エラー率(average error rate)を有することは文献により公知となっている:
複製:-通常のポリメラーゼで、複製核酸塩基108〜1012個あたり1個、
-エラープローンポリメラーゼで、複製核酸塩基101〜103個あたり1個;
転写:転写核酸塩基対104〜105個あたり1個;
翻訳:導入アミノ酸残基103〜104個あたり1個。
【0025】
このことは、一方で複製工程の際にエラープローンポリメラーゼにより誘導されるエラー率および他方で翻訳の際のエラー率が、特に、例えばトランスフェクション後の選択プロセスの際または選択剤の存在下での増殖の際に細胞にかかる「ストレス」と組み合わせると、最も大きく影響することを示している。さらに、翻訳の際の変異は統計的事象であるのに対して、複製の際の変異は位置/遺伝子座が安定な単発事象となる。すなわち、複製の際のエラーは位置特異的かつ再現性のあるアミノ酸配列変異(差異)をもたらすのに対して、転写および翻訳の際のエラーは位置非特異的なアミノ酸変異(バリエーション)および分子全体に及ぶこれらの変化の統計的分布をもたらす。最後に、組み換え細胞を得るためのゲノムへの組み込みを含むトランスフェクションプロセスもまた、最大1%が変化したDNAを生じ得る(例えば、Lebkowski, J. S., et al., Mol. Cell Biol. 4 (1984) 1951-1960を参照のこと)。これは、最大1:100の頻度で、複製前に位置特異的な変異(バリエーション)をもたらし得る。
【0026】
本明細書において、ポリペプチドの正確な組成およびアミノ酸配列ならびに潜在的変異アミノ酸配列(バリアント)対非変異アミノ酸配列(非バリアント)の相対量を明らかにするための、最大限の配列カバー域を有するLC-MS/MSベースのペプチドマッピングを含む二次元データ分析を用いる試料調製、データ収集および評価法を報告する。本明細書で報告する方法は、インタクトなまたは完全体のタンパク質に代えて断片化されたタンパク質を分析に使用する点に注目されたい。これにより、この方法の超低レベルの変異に対する検出感度が増大する。また、これにより、干渉ならびに潜在的変異と等重の質量によるその識別および分解の必要性が回避される。
【0027】
アミノ酸配列変異(バリエーション)の判定において、二つの異なる出発位置を利用できる:
ケースA:予め特徴決定された試料を利用できる場合、これを参照試料として選択することができ、判定対象の試料をこれと比較することができる:既知のペプチドパターンおよびピーク割当(peak assignment)が参照として使用され、試料において検出された差異はいずれもアミノ酸配列変異(バリエーション)であり得る。そのような参照物質は、十分に特徴決定された細胞株由来、例えば明確な発酵プロセス由来の物質であり得る。
ケースB:予め特徴決定された試料が利用できない場合、
a)一つの試料のピーク割当に関する完全な特徴決定を実施し、ケースAを適用/続行することができる(ケースB-1);または
b)一つの試料を参照試料として任意選択し(ケースB-2)、残りの試料をそれと比較する;これは、参照試料および非参照試料の両方における差異すなわち変異の判定を含む。
【0028】
参照試料は、異なる細胞株もしくは細胞株世代もしくは培養スケール由来、または変更された/異なる培養条件(例えば、培地組成)下で得られたものであり得る。
【0029】
一つの態様において、多数の試料を分析する必要がある場合、任意の試料を参照試料として選択し、他のすべての試料をアミノ酸配列変異(バリエーション)の判定にしたがってグループ化することができる。その後に、各グループにおいて詳細な特徴決定を行う。
【0030】
本明細書で報告するすべての局面の一つの態様において、ポリペプチドは、完全体の免疫グロブリン、または免疫グロブリン断片、または免疫グロブリン結合体である。
【0031】
方法論概要:
分析対象のポリペプチドを含む試料をプロテアーゼ、例えばトリプシンで消化し、特有のアミノ酸配列断片(ペプチド)を得る。一つの態様において、アミノ酸配列断片のサイズは3または4アミノ酸残基長から始まり最大60アミノ酸残基長である。第二の工程では、アミノ酸配列断片のクロマトグラフィー分離(逆相高速液体クロマトグラフィー、RP-HPLC)と、それに接続された、フーリエ変換イオンサイクロトロン(FT-ICR/FT-orbitrap)技術を用いる高分解能質量分析(MS)および質量分析装置内での衝突誘起解離(CID)により得られたアミノ酸配列断片の質量分析(MS/MS)を行う。これは、二次元データ分析である。分析が二次元、すなわち時間対質量であるため、分解が向上し得る。また、二次元分析であるがゆえに、MS分析の前に低分解性の液体クロマトグラフィー分離を受け入れることができ、その際にオーバーラップしたピークはMS分析時に分解することができる。
【0032】
その後、得られたHPLC-MSデータセットを比較する、すなわち、試料のアミノ酸配列断片の溶出パターンおよび質量電荷(m/z)パターンの比較ならびに変異すなわち差異の同定を、MS/MSフラグメントスペクトルの分析によって行う。参照試料ベースの分析を実施する場合、アミノ酸断片の同定、ピークの割当および/または配列カバー域の決定を、アミノ酸配列変異(バリエーション)を含むアミノ酸配列断片およびそれらの相対量の検出に加えて実施する必要がある。一つの態様において、ポリペプチドは、免疫グロブリンまたは非免疫グロブリンポリペプチドのいずれかである。
【0033】
本明細書で報告する方法によって、試料の組成およびアミノ酸配列変異(バリエーション)を含む分子のフラクションを決定することができる。また、実験的に決定された質量分析フラグメンテーションデータを、ポリペプチドおよびそのバリアントのインシリコタンパク質分解消化ならびにその後の衝突誘起フラグメンテーションのシミュレーションにより得られる理論的なアミノ酸配列断片質量と照合することにより、試料の一貫性の量的決定を行うことができる。最後に、人為的なデータ評価により、提示された変異(バリエーション)および変異(バリエーション)位置を有する配列を入手および確認することができる。アミノ酸配列変異(バリエーション)が同定されれば、1つ、複数またはすべてのMS電荷状態のデータを使用することにより、それを非修飾アミノ酸配列に対して相対的に定量化することができる。
【0034】
スパイク実験を用いることにより、本明細書で報告する方法は、少なくとも0.1〜1.0%の変異アミノ酸配列(バリアント)の全体検出限界を有することが見出された。さらに、一方で試料調製時に塩基性pH値および高温を避けることが、脱アミノ化、すなわち方法により誘導される修飾を避けるのに有益であることも見出された。したがって、本明細書で報告する方法の一つの態様において、この方法は、中性および弱塩基性pH範囲、すなわちpH 8.0以下かつpH 6.5以上のpH値、ならびに穏やかな温度、すなわち40℃以下の温度で実施される。さらに、一つの態様において、一般的に使用されている重炭酸アンモニア緩衝液に代えてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液を質量分析に使用することにより、方法依存的な副産物が抑制されることも見出された。
【0035】
本方法は、決定にLC-MSデータセットを使用し、それによって試料ポリペプチドのトリプシン消化物中の1つまたは複数のアミノ酸変異(バリエーション)の検出および同定を実現する。同定にはMS/MSデータを使用することができ、「エラー・トレラント・サーチ(error-tolerant-search)」法は、単一核酸交換、挿入または欠失に基づきアミノ酸配列変異(バリエーション)を同定する。同様に、断片およびいくつかの他の既知の修飾を同定することも可能である。
【0036】
この比較アプローチは、詳細に分析する必要があるのが差異のみであるため、分析に必要な時間を劇的に短縮することができる。また、選択された場合、参照試料は一度しか分析する必要がない。試料中に多くの変異(差異)が存在する場合、これらは修飾ごとにグループ化することができ、各グループの代表試料を分析することができる。
【0037】
方法の詳細:
以下では、本明細書で報告するすべての方法の具体的態様について解説する。
【0038】
試料は、ジチオトレイトール(DDT)の添加により還元することができる。また、遊離スルフヒドリル残基は、ヨード酢酸によりカルボキシメチル化することができる。その後、試料の緩衝液を交換し、酵素消化用に調整することができる。試料は、一晩(16〜18時間)酵素消化することができ、消化はトリフルオロ酢酸の添加により停止することができる。消化した試料は、RP-HPLC分離および分離したアミノ酸配列断片の高分解能質量分析に供することができる(例えば、FT-ICR/FT-orbitrap質量分析装置を用いる)。
【0039】
本明細書で使用する場合、用語「データセット」は、試料中に含まれる消化されクロマトグラフィー溶出により時間分解されたアミノ酸配列断片をイオン化して荷電分子または荷電断片を発生させることにより質量分析装置において得られた質量電荷比を意味する。データセットは、少なくとも質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)および親分子の衝突誘起解離により得られるタンデム質量分析データ(MS/MSデータ)を含む。
【0040】
ケースA:
評価対象の試料を、利用可能な参照試料と共に分析する。各試料および参照試料に対して少なくとも2回、決定を行うべきである。陽性対照として、参照試料と類似する、すなわち1または2のアミノ酸配列変異(バリエーション)を含む試料を参照試料にスパイクし、人工変異アミノ酸配列(バリアント)として使用する。人工変異アミノ酸配列(バリアント)は、一つの態様において、この方法の全体感度の確認のために、0.5%(w/w)で参照試料にスパイクする。分析方法のパラメータを設定するために、参照試料、すなわち、変異(修飾)を有さないまたは既知の変異(修飾)パターンを有する組み換え産生ポリペプチドを用いて得られた結果、および人工アミノ酸配列変異(バリアント)を含む変異アミノ酸配列でスパイクした参照試料を用いて得られた結果を比較することができる。これらのパラメータを用いて、以下の分析を実施することができる。
【0041】
決定のために、参照試料および分析対象試料のトータルイオンクロマトグラム(TIC)をオーバーレイし、所定の保持時間での対応する質量シグナルのシグナル強度(すなわち、保持時間および関連質量)を比較することができる。したがって、一つの態様において、分析する工程および/または判定する工程は、クロマトグラフィー保持時間および質量(m/z値)にしたがう分離を用いる二次元分析である。オーバーレイ/アラインしたすべての質量の強度比、すなわち、参照試料のシグナル強度に対する試料のシグナル強度の比を計算することができる。この比を、保持時間に対してプロットすることができ、ここで:
a)参照試料と試料で同じ質量、同じ強度のピークは約1の値を示し、分析対象試料においてより高頻度で存在する質量は1より大きい値を示し、
b)1より大きい値を有する、一つの態様では、3より大きい、または10より大きい、または100より大きい値を有する、一つの態様では、10〜5*109の値を有する、別の態様では、100〜5*109の値を有する、すべての質量を同定し、ここで、その同定のために、親の質量に対応するすべてのMS/MSスペクトルを使用し、それらの異なる電荷状態も考慮し、
c)変異アミノ酸配列(バリエーション)の定量化は、質量スペクトルにおける1つまたは複数またはすべての電荷状態を使用することによって、互いに対して相対的に実施することができ、ここで、天然アミノ酸配列および変異アミノ酸配列(バリアント)で同じ電荷状態を選択し、抽出イオンクロマトグラム(EIC)を生成し、EICにおける相互に対応するピークの曲線下面積を、次式にしたがい、互いに対して相対的に定量化する。
【0042】
一つの態様において、分析に使用するm/zウィンドウは、各質量±1.6 amu m/zである。データが適時に処理できるようにするため、一つの態様において、2.5または3の比を閾値として設定する、すなわち、その限界を下回る比を分析しない。
【0043】
ケースB:
このケースでは、予め特徴決定された試料が利用可能でない。提供された分析対象試料の一つについて(このケースでは1つ以上の分析対象試料が利用可能である必要がある)、TICにおけるすべての決定された質量と理論的に決定されたペプチドパターンのアラインメントを、(消化に既定のプロテアーゼを用いて)実施することができる、すなわち、ピーク割当を実施することができる。正確なアラインメントのために重要なのは、一方では厳密な質量であり、他方では提唱されたペプチドの配列確認のためのMS/MSフラグメントカバー域であり得る。一つの特定の態様において、アミノ酸配列変異(バリエーション)は、算出された天然アミノ酸配列の理論的質量の各々に、または当該理論的質量から、核酸変異すなわちアミノ酸配列を変化させる三塩基組(コドン)における単一ヌクレオチド置換、欠失または挿入により生じる質量差を、それぞれ足すまたは引くことによるエラー・トレラント・サーチにより同定することができる。その後、提唱されたアミノ酸配列変異(バリエーション)を、MS/MSフラグメンテーションパターンにより確認する必要がある。それと共に、アミノ酸配列変異の種類(差異)だけでなくアミノ酸変異の位置(変化)も、MS/MS分析におけるフラグメントの質量によりカバーされている必要がある。
【0044】
しかし、LC-MSデータセットの完全なピーク割当は必須ではなく、差異のみを分析することができる。残りの全ての試料は、上記の通りに分析した試料と比較することができる。
【0045】
変異アミノ酸配列(バリエーション)の定量化は、質量スペクトルにおける1つ、複数またはすべての電荷状態を使用することによって互いに対して相対的に実施し、ここで、天然アミノ酸配列および変異アミノ酸配列(バリエーション)の各々で同じ電荷状態を選択し、抽出イオンクロマトグラム(EIC)を生成し、EICにおける相互に対応するピークの曲線下面積を、次式にしたがい、互いに対して相対的に定量化する。
【0046】
本明細書で報告する方法を用いることで、低百分率の範囲にまでアミノ酸配列変異(バリアント)の同定方法を利用することができる。全体感度は、アミノ酸配列断片の性質に依存して少なくとも約0.5%であると決定された。特定のケースにおいて、感度は、0.5%を下回ることがある(例えば、クロマトグラフィーおよび/またはイオン化特性の優れたアミノ酸配列断片の場合)。ケーススタディでは、0.1%〜10%のばらつきが検出され、いくつかのケースでは0.02%まで低下した。これは、例えば、有意かつ信頼性のある結果を達成するのに必要とされる定められたソフトウェアツールの組み合わせにより達成することができる。
【0047】
アミノ酸配列変異(バリエーション)の検出のケースにおいて、偽陽性結果は:
- ペプチドマップからアミノ酸配列変異(バリエーション)を含むポリペプチドを単離し、エドマン配列決定を行う、
- アミノ酸変異(バリエーション)を有するペプチドを合成し、それをMSおよびMS/MS分析においてポリペプチドにスパイクし、保持およびMS/MSプロフィールを確認する、
- 各試料を産生する細胞クローンのDNA配列決定によりその存在を確認する、
- 異なるタンパク質分解酵素で消化し、それによって得られた断片を分析する、
のいずれかによりその検出を確認することによって排除することができる。
【0048】
スパイク実験の例:
変異(バリエーション)を有するポリペプチドの検出感度の評価は、モデルポリペプチドであるモノクローナル抗体(mAb)を、アミノ酸配列変異(バリエーション)を有する第2のmAbにより様々な割合すなわち様々な濃度でスパイクすることによって実施した。一つの例において、本明細書で報告する方法により2つの異なるペプチドが同定されることを予想して、アミノ酸配列変異(バリエーション)を有するmAbを1%(w/w)スパイクした。
【0049】
第二の例において、17個の異なる変異(バリアント)ペプチドを予想して、変異(バリアント)mAbを様々な比率(0.5〜10%)でmAbにスパイクした。
【0050】
このように、本明細書は、以下の工程を含むことを特徴とする、変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する方法を報告する:
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、同一のプロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相液体クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを使用する二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定されるアミノ酸配列の差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによって変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する、工程。
【0051】
一つの態様において、参照質量スペクトルシグナルの強度に対する試料質量スペクトルシグナルの強度の比が3より大きいアミノ酸配列の差異の全てが、アミノ酸配列変異である。さらなる態様において、分析する工程で使用するm/zフレーム幅は、1.6またはそれを上回る。さらなる態様において、この方法はさらに、MS/MS分析によりアミノ酸配列中のアミノ酸変異の種類および位置を決定する工程(e)を含む。また、一つの態様において、既知のアミノ酸配列変異(バリエーション)を有するポリペプチドでスパイクされたポリペプチドを含むさらなる試料が提供され、かつ提供された試料に加えて、該さらなる試料がインキュベート、分析、および比較される。一つの態様において、分析する工程は、pH8.0未満のpH値および40℃未満の温度で実施される。別の態様において、試料は、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液中に提供される。また、一つの態様において、試料とプロテアーゼをインキュベートする工程は、ポリペプチドをプロテアーゼにより3〜60アミノ酸残基長のアミノ酸配列断片に切断することである。さらに、一つの態様において、工程(d)の比較する工程は、1つまたは複数またはすべてのMS電荷状態のデータを用いて実施される。一つの態様において、ポリペプチドは、免疫グロブリン、免疫グロブリン断片または免疫グロブリン結合体である。別の態様において、試料はプロテアーゼと共に16時間〜18時間インキュベートされ、その後に蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。さらなる態様において、試料はプロテアーゼと共に4時間インキュベートされ、その後に蟻酸またはトリフルオロ酢酸が添加される。また、一つの態様において、比較する工程は、参照試料と他の分析対象試料各々の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)をオーバーレイすることを含み、ここで、オーバーラップおよびアラインしたすべての質量の強度比が計算され、その比が3より大きい、特に10より大きいピークがアミノ酸配列変異と評価される。さらに別の態様において、比較する工程は、理論的アミノ酸配列のDNA翻訳タンパク質分解断片ペプチドパターンと分析対象試料の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)を比較する工程を追加で含み、かつ、該理論的アミノ酸配列の算出された理論的質量の各々にまたは該理論的質量から、アミノ酸を変化させる三塩基組(コドン)における核酸変異、欠失または挿入により生じる質量差をそれぞれ加えるまたは減ずることにより、アミノ酸配列変異が同定される。
【0052】
本明細書で報告するさらなる局面は、以下の工程を含む、ポリペプチドを産生する方法である:
- ポリペプチドを産生する細胞を選択する工程であって、該ポリペプチドが、全処理試料の中で、または、本明細書で報告する方法により決定された参照試料もしくは既定のアミノ酸配列に対して、それぞれ最小数もしくは最小比のアミノ酸配列変異を含む、工程。
【0053】
また、本明細書で報告する一つの局面は、以下の工程を含む、免疫グロブリンを産生する方法である:
(a)免疫グロブリンをコードする核酸を含む細胞を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該細胞を個別播種および培養する工程、
(c)本明細書で報告する方法を実施する工程、
(d)参照試料に対してそれぞれ最小数または最小比のアミノ酸配列変異を含む免疫グロブリンを産生する細胞を選択する工程、
(e)該細胞を培養する工程、
(f)該細胞または培養培地からポリペプチドを回収することによって該ポリペプチドを産生する工程。
【0054】
以下の実施例、配列表および添付の図面は、本発明の理解を助けるために提供されるものであり、本発明の真の範囲は添付の特許請求の範囲に示されるものである。本発明の精神から逸脱することなく示されている手順に変更を加えることができることを理解されたい。
【0055】
配列表の説明
配列番号:1 抗CCR5抗体重鎖可変ドメイン1
配列番号:2 抗CCR5抗体軽鎖可変ドメイン1
配列番号:3 抗CCR5抗体重鎖可変ドメイン2
配列番号:4 抗CCR5抗体軽鎖可変ドメイン2
配列番号:5 抗CCR5抗体重鎖可変ドメイン3
配列番号:6 抗CCR5抗体軽鎖可変ドメイン3
配列番号:7 ヒトIgG1定常領域
配列番号:8 ヒトIgG4定常領域
配列番号:9 ヒトκ軽鎖定常ドメイン
配列番号:10 ヒトλ軽鎖定常ドメイン
【実施例】
【0056】
実施例1
材料および方法
参照および試料の試料調製法:
a)還元およびアルキル化:
250μgの免疫グロブリン、最大100μl量を、変性緩衝液(0.4 M Tris-HCl、8.0 M グアニジン塩酸塩、pH 8)で希釈し終量240μlとした。この溶液に20μlのジチオトレイトール(変性緩衝液中240 mM)を添加し、混合物を37℃±2℃で60分間インキュベートした。その後、20μlのヨード酢酸溶液(純水中0.6 M)を添加し、激しく混合し、室温、暗所で15分間インキュベートした。アルキル化反応は、30μlのジチオトレイトール溶液(変性緩衝液中240 mM)の添加によって停止させた。
【0057】
b)緩衝液の交換:
変性、還元、カルボキシメチル化免疫グロブリンを含む溶液の300μl(およそ250μgまたは3.2 nmol)の緩衝液を、NAP(商標)5 Sephadex(商標)G-25脱塩カラムを用いて交換した。簡潔に説明すると、このカラムを、50 mM Tris-HClを含むpH 7.5の緩衝液溶液10 mlで平衡化し、試料をカラムに適用し、カラムを350μlの上記緩衝液溶液で洗浄し、そして試料をおよそ480μl分回収した。各工程(カラムの平衡化、試料の適用、洗浄および溶出)の間に、溶液を充填カラム床全体に行き渡らせた。
【0058】
c)酵素消化:
緩衝液交換した免疫グロブリン溶液に48μlのトリプシン溶液(Tris-HCl中0.2 g/l、pH 7.5)を添加し、37℃で約16時間室温でインキュベートした。消化は、20μlの10%(v/v)トリフルオロ酢酸(TFA)溶液の添加により停止させた。
【0059】
LC-MS/MSデータの取得法:
LC-MS/MS分析は、トリプシン消化工程で得られた加水分解ペプチドのクロマトグラフィー分離(LC)と、それに続く、HPLCと質量分析装置の間のインターフェースとしてAdvion BioSciences製のナノESIイオン源を用いるMSおよびMS/MS検出のそれぞれにより実施した。
【0060】
クロマトグラフィーは、以下のパラメータで実施した:
HPLC: Dionex Ultimate 3000
流速: 40μl/分
UV検出波長: 220 nmおよび280 nm
カラムオーブンの温度: 35℃
試料ループ: 10μl
カラム: Dionex pep Map C18、3μm、100Å、1 x 150 mm
注入量: 10μl
溶出液A=0.1%蟻酸を含むHPLCグラジエントグレード水
溶出液B=0.1%蟻酸を含むHPLCグラジエントグレードアセトニトリル
【0061】
適用した勾配は、75分間で5 vol%溶出液Bから100 vol%溶出液Bであった。
【0062】
ナノESI MSまたはMS/MSは、以下のパラメータで実施した:
ナノESI源: Triversa NanoMate(Advion)
質量分析装置イオン源への流量: およそ200 nl/分、フロースプリッター制御
ガス圧: 0.1〜0.5 psi
印加電圧: 1.1〜1.7 kV
陽イオン: 選択
【0063】
質量スペクトルの検出は、以下のパラメータで実施した:
機器: ESI LTQ-FT ICR(Thermo Scientific)
キャピラリー温度: 175℃
MS/MSのイオントラップ衝突エネルギー: 40%
チューブレンズ電圧: 100 V
動的除外(Dynamic exclusion)特性: 入(反復計数(Repeat Count):1、
除外時間(Exclusion Duration):8
秒、除外質量幅(Exclusion mass
width):3 ppm)
【0064】
MS/MSスペクトルのデータ依存的取得におけるスキャンイベントサイクルの代表的時系列は、図1に示されている。
【0065】
MSスペクトルのデータ取得範囲は、350〜2000 m/zとした。MS/MSスペクトルのm/z範囲は、機器の標準設定を使用した。高分解能FTスキャンごとのMS/MSスペクトル数は、3〜5の間である。SIDスキャンはこのタイプの分析に必須ではない。
【0066】
実施例2
抗CD19抗体参照および試料の分析
データの生成:
参照および試料の抗CD19抗体を、材料および方法の節にしたがい処理した。MSデータを、材料および方法の節にしたがい取得した。
【0067】
データの分析:
a)LC-MSデータセットを用いる参照・試料間の差異の検出
参照および試料について得た質量プロフィール(トータルイオンクロマトグラム(TIC)、図2参照)の比較には、SIEVE(商標)ソフトウェアパッケージ(バージョン1.1.0、Thermo Scientific製)を使用した。簡潔に説明すると、参照および試料のTICデータセットを保持時間でアラインし(図3)、プリセットの保持時間ウィンドウ内のプリセットの閾値に達するまでの質量ピーク強度について比較した(図4および5)。
【0068】
評価用に予め定義したパラメータにしたがう参照および試料における質量シグナルの差異を表1に列挙する。参照および試料において同一強度で存在する質量シグナルは1の比で表される。参照よりも試料において高い強度を有する質量シグナル(例えば、アミノ酸点変異)は、1より大きい比で表される。これらの比は、試料の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度を参照における対応する強度で割ることによって計算した。参照の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度がゼロの場合(例えば、データ取得時の能動的なノイズ除去によりバックグラウンドシグナルがなくなった場合)、その比は、対応するフレームにおける試料の全体シグナル強度と同じとする(例えば、表1における第2〜10ヒット)。
【0069】
(表1)比が> 50のすべての示差的ピークのデータ
【0070】
SIEVEによる参照および試料のLC-MSデータの比較に使用したパラメータは、以下の通りであった:
フレームm/z幅: 1.6
フレーム時間幅: 0.3分
強度閾値: 10000
M/z開始: 350
M/z最終: 2000
検索ピーク幅: 30%
保持時間開始: 5分
保持時間終了: 60分
【0071】
これらのパラメータは、アミノ酸配列の差異に関連するヒットと偽陽性、すなわちアミノ酸配列の差異に関連しないヒットを識別するよう最適化した。以下のもののみ、LC-MSデータの実際のパラメータにしたがい調節する必要がある:
i)クロマトグラフィー分解能(フレーム時間幅)、および
ii)使用した機器の感度およびバックグラウンドノイズ(強度閾値)
【0072】
さらに、この方法の必要とされる感度、例えば微量の変異アミノ酸配列(バリアント)の検出に必要とされる感度は、設定すべき閾値強度を決定する。例えば、LTQ FT ICR機器を用いた場合、0.2%までの絶対頻度の変異配列(バリアント)が同定された。
【0073】
b)MS/MSデータを用いる参照・試料間の差異の同定
前段落に記載される手順を用いて見出された差異の同定に関して、最初に、同位体ピーククラスターを、ペプチドに典型的なものであることについて検査した。次に、各m/zシグナルがMS/MSフラグメンテーションの生成のために選択されたかどうか、およびそれがMascotエラー・トレラント・サーチ(Mascot ETS)によって同定されるかどうかを検査した。Mascot ETSによって同定された各暫定配列バリアントを、得られたMS/MSフラグメントイオンスペクトルを用いて手作業で検査および確認した(図6および7参照)。
【0074】
あるいは、MS/MSデータが記録されておりかつMascot ETSが配列を提示しなかった場合、手作業でまたはソフトウェアを用いてのいずれかによりデノボ配列決定を適用した。
【0075】
c)同定された変異アミノ酸配列(バリアント)の定量化
同定された変異アミノ酸配列(バリアント)を、変異(バリエーション)を含む(トリプシン消化)アミノ酸配列断片のレベルで、かつ同一試料中のオリジナルの非変異アミノ酸配列断片との関係で、定量化した(図8および9参照)。試料のLC-MSデータから2つの抽出イオンクロマトグラム(EIC)、一方は試料用、一方は参照試料用、を生成した。抽出イオンクロマトグラム(EIC)は、各ペプチドのすべての電荷状態およびすべての同位体ピークを含む。各EICにより生成されたピークを、機器ソフトウェア(XCalibur)を用いて積分し、それによって算出された面積を以下の式で使用する:
ここで、すべての電荷状態およびすべての同位体ピークを網羅する抽出イオンクロマトグラムのピーク面積を使用する。
【0076】
実施例3
抗CCR5抗体参照および試料の分析
可変ドメインすなわち軽鎖可変ドメインおよび重鎖可変ドメインにおける単一アミノ酸変化(変異)の判定のために、抗CCR5抗体を用いた。第一のすなわち参照抗CCR5抗体は、配列番号:1および2、配列番号:3および4、ならびに配列番号:5および6の対から選択される可変重鎖および可変軽鎖ドメインアミノ酸配列を有する。第二のすなわち試料抗CCR5抗体は、以下のアミノ酸変異(変化)を有する:重鎖可変ドメイン(VH)において、109アミノ酸位のイソロイシン残基がスレオニンに変異(変化)しており(VH-I109T)、軽鎖可変ドメイン(VL)において、52アミノ酸位のバリン残基がイソロイシンに変異(変化)している(VL-V52I)。
【0077】
試料抗CCR5抗体を、参照抗CCR5抗体に1 wt-%スパイクした。
【0078】
a)LC-MSデータセットを用いる参照・試料アミノ酸配列間の差異の検出
参照および試料について得た質量プロフィール(トータルイオンクロマトグラム(TIC))の比較には、SIEVE(商標)ソフトウェアパッケージ(バージョン1.1.0、Thermo Scientific製)を使用した。簡潔に説明すると、参照および試料のデータセットを保持時間でクロマトグラフィー的にアラインし(図10)、プリセットの保持時間ウィンドウ内のプリセットの閾値に達するまでの質量ピーク強度について比較した(図11)。
【0079】
評価用に予め定義したパラメータにしたがう参照および試料における質量シグナルの差異を表2に列挙する。参照および試料において同一強度で存在する質量シグナルは1の比で表される。参照よりも試料において高い強度を有する質量シグナル(例えば、アミノ酸点変異)は、1より大きい比で表される。これらの比は、試料の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度を参照における対応する強度で割ることによって計算した。参照の所定のm/z対保持時間フレームにおける全体シグナル強度がゼロの場合(例えば、データ取得時の能動的なノイズ除去によりバックグラウンドシグナルがなくなった場合)、その比は、対応するフレームにおける試料の全体シグナル強度と同じとする。
【0080】
(表2)示差的ピークのデータ
【0081】
b)MS/MSデータを用いる参照と試料の間の差異の同定
前段落に記載される手順を用いて見出された差異の同定に関して、最初に、同位体ピーククラスターを、ペプチドに典型的なものであることについて検査した。次に、各m/zシグナルがMS/MSフラグメンテーションの生成のために選択されたかどうか、およびそれがMascotエラー・トレラント・サーチ(Mascot ETS)によって同定されるかどうかを検査した。Mascot ETSによって同定された各暫定配列変異(バリアント)を、得られたMS/MSフラグメントイオンスペクトルを用いて手作業で検査および確認した。
【0082】
あるいは、MS/MSデータが記録されておりかつMascot ETSが配列を提示しなかった場合、手作業でまたはソフトウェアを用いてのいずれかによりデノボ配列決定を適用した。
【0083】
c)同定された配列バリアントの定量化
同定された変異アミノ酸配列(バリアント)を、変異(バリエーション)を含む(トリプシン消化)アミノ酸配列断片のレベルで、かつ同一試料中のオリジナルの非変異ペプチドとの関係で、定量化した(図12および13参照)。試料のLC-MSデータから2つの抽出イオンクロマトグラム(EIC)、一方は変異ペプチド(バリアント)用、一方はネイティブペプチド用、を生成した。抽出イオンクロマトグラム(EIC)は、各ペプチドのすべての電荷状態およびすべての同位体ピークを含む。各EICにより生成されたピークを、機器ソフトウェア(XCalibur)を用いて積分し、それによって算出された面積を実施例1に示される式にしたがい使用する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含むことを特徴とする、変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する方法:
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、同一のプロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相液体クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを使用する二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定されるアミノ酸配列の差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによって変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する、工程。
【請求項2】
参照質量スペクトルシグナルの強度に対する試料質量スペクトルシグナルの強度の比が3より大きいアミノ酸配列の差異の全てが、アミノ酸配列変異であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
パターン比較用のm/zフレーム幅が、1.6またはそれを上回ることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項4】
(e)MS/MS分析によりアミノ酸配列中のアミノ酸変異の種類および位置を決定する工程
をさらに含む、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
既知のアミノ酸配列変異を有するポリペプチドでスパイクされたポリペプチドを含むさらなる試料が提供され、かつ提供された試料に加えて、該さらなる試料がインキュベート、分析、および比較されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
分析する工程が、pH8.0未満のpH値および40℃未満の温度で実施されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
試料が、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液中に提供されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
試料とプロテアーゼをインキュベートする工程が、ポリペプチドをプロテアーゼにより3〜60アミノ酸残基長のアミノ酸配列断片に切断することであることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
工程(d)の比較する工程が、1つまたは複数またはすべてのMS電荷状態のデータを用いて実施されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
ポリペプチドが、免疫グロブリン、免疫グロブリン断片、または免疫グロブリン結合体であることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
試料をプロテアーゼと共に16時間〜18時間インキュベートした後、蟻酸またはトリフルオロ酢酸を添加することを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
試料をプロテアーゼと共に4時間インキュベートした後、蟻酸またはトリフルオロ酢酸を添加することを特徴とする、請求項1〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
比較する工程が、参照試料および他の分析対象試料各々の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)をオーバーレイすることを含み、
ここで、オーバーラップおよびアラインしたすべての質量の強度比が計算され、比が10より大きいピークがアミノ酸配列変異と評価されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項14】
比較する工程が、理論的アミノ酸配列のDNA翻訳タンパク質分解断片ペプチドパターンと分析対象試料の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)を比較する工程を追加で含み、かつ、該理論的アミノ酸配列の算出された理論的質量の各々にまたは該理論的質量から、アミノ酸を変化させる三塩基組(コドン)における核酸変異、欠失または挿入により生じる質量差をそれぞれ加えるまたは減ずることにより、アミノ酸配列変異が同定されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
以下の工程を含む、ポリペプチドを産生する方法:
- ポリペプチドを産生する細胞を選択する工程であって、該ポリペプチドが、全処理試料の中で、または、請求項1〜14のいずれか一項記載の方法により決定された参照試料もしくは既定のアミノ酸配列に対して、最小数のアミノ酸配列変異を含む、工程。
【請求項16】
以下の工程を含む、免疫グロブリンを産生する方法:
(a)免疫グロブリンをコードする核酸を含む細胞を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該細胞を個別播種および培養する工程、
(c)請求項1〜14のいずれか一項記載の方法を実施する工程、
(d)参照試料に対して最小数のアミノ酸配列変異を含む免疫グロブリンを産生する細胞を選択する工程、
(e)該細胞を培養する工程、
(f)該細胞または培養培地からポリペプチドを回収することによって該ポリペプチドを産生する工程。
【請求項1】
以下の工程を含むことを特徴とする、変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する方法:
(a)ポリペプチドの試料を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該試料を各々、同一のプロテアーゼと共にインキュベートする工程、
(c)逆相液体クロマトグラフィー分離と質量分析および/またはMS/MS分析との組み合わせを使用する二次元データ分析により、該インキュベートした試料を分析する工程、
(d)工程(c)で一つの試料から得られたデータセットを参照試料と定義して、工程(c)で他の試料から得られたデータセットと参照試料のデータセットを比較する工程であって、判定されるアミノ酸配列の差異の全てが、該ポリペプチドにおけるアミノ酸配列変異であり、それによって変異アミノ酸配列を有するポリペプチドを決定する、工程。
【請求項2】
参照質量スペクトルシグナルの強度に対する試料質量スペクトルシグナルの強度の比が3より大きいアミノ酸配列の差異の全てが、アミノ酸配列変異であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
パターン比較用のm/zフレーム幅が、1.6またはそれを上回ることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項4】
(e)MS/MS分析によりアミノ酸配列中のアミノ酸変異の種類および位置を決定する工程
をさらに含む、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
既知のアミノ酸配列変異を有するポリペプチドでスパイクされたポリペプチドを含むさらなる試料が提供され、かつ提供された試料に加えて、該さらなる試料がインキュベート、分析、および比較されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
分析する工程が、pH8.0未満のpH値および40℃未満の温度で実施されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
試料が、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン緩衝液中に提供されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
試料とプロテアーゼをインキュベートする工程が、ポリペプチドをプロテアーゼにより3〜60アミノ酸残基長のアミノ酸配列断片に切断することであることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
工程(d)の比較する工程が、1つまたは複数またはすべてのMS電荷状態のデータを用いて実施されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
ポリペプチドが、免疫グロブリン、免疫グロブリン断片、または免疫グロブリン結合体であることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
試料をプロテアーゼと共に16時間〜18時間インキュベートした後、蟻酸またはトリフルオロ酢酸を添加することを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
試料をプロテアーゼと共に4時間インキュベートした後、蟻酸またはトリフルオロ酢酸を添加することを特徴とする、請求項1〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
比較する工程が、参照試料および他の分析対象試料各々の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)をオーバーレイすることを含み、
ここで、オーバーラップおよびアラインしたすべての質量の強度比が計算され、比が10より大きいピークがアミノ酸配列変異と評価されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項14】
比較する工程が、理論的アミノ酸配列のDNA翻訳タンパク質分解断片ペプチドパターンと分析対象試料の質量分析トータルイオンクロマトグラム(MS-TIC)を比較する工程を追加で含み、かつ、該理論的アミノ酸配列の算出された理論的質量の各々にまたは該理論的質量から、アミノ酸を変化させる三塩基組(コドン)における核酸変異、欠失または挿入により生じる質量差をそれぞれ加えるまたは減ずることにより、アミノ酸配列変異が同定されることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
以下の工程を含む、ポリペプチドを産生する方法:
- ポリペプチドを産生する細胞を選択する工程であって、該ポリペプチドが、全処理試料の中で、または、請求項1〜14のいずれか一項記載の方法により決定された参照試料もしくは既定のアミノ酸配列に対して、最小数のアミノ酸配列変異を含む、工程。
【請求項16】
以下の工程を含む、免疫グロブリンを産生する方法:
(a)免疫グロブリンをコードする核酸を含む細胞を少なくとも2つ提供する工程、
(b)該細胞を個別播種および培養する工程、
(c)請求項1〜14のいずれか一項記載の方法を実施する工程、
(d)参照試料に対して最小数のアミノ酸配列変異を含む免疫グロブリンを産生する細胞を選択する工程、
(e)該細胞を培養する工程、
(f)該細胞または培養培地からポリペプチドを回収することによって該ポリペプチドを産生する工程。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公表番号】特表2013−519099(P2013−519099A)
【公表日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−552430(P2012−552430)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【国際出願番号】PCT/EP2011/052282
【国際公開番号】WO2011/101370
【国際公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】
【公表日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【国際出願番号】PCT/EP2011/052282
【国際公開番号】WO2011/101370
【国際公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】
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